85:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:06:29.35 ID:tRJaplXx0
やがてシーンが終わり、次の稽古の為に小休止を挟むことになった。水分を摂りながら反省を重ねる。多分、これでは駄目だ。暗い気分が、なんとなく雑然とした空間の中で、千夜を一人だけ切り取ったように包む。次はせめて集中しなくてはならない、と思う。
思い悩むところへ、りあむがやって来た。
「エへへ、あの」
「はい」
86:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:07:17.02 ID:tRJaplXx0
「千夜ちゃんは鰤でいったらネムだよね(笑)」
「は?」
「アッごめ」
「いやあ、楽しそうだねぇ」
87:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:07:42.48 ID:tRJaplXx0
演出家の先生がやってきて、目に朗らかな小皺を寄せた。
「白雪さん、上手くいかない実感あるでしょ?」
素直に首肯する。
「……はい」
「空間に負けてるんだよ。姿勢は意識して、でも力は抜いて、ね」
88:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:08:39.52 ID:tRJaplXx0
それから、また稽古の舞台に上がった。座った大勢の盗賊≠スちに見守られながら、物語の続きを演じる。
《千夜ちゃん》だの《千夜》だのと声援があった。結構な年下からちゃん付けに呼び捨てか、とも思ったが、アイドルとしてはこちらが後輩だし、そもそもさして嫌でもない。可愛いモノ扱いが板に付いているんだな、と内心苦笑する。あの愛情表現を惜しまないちとせと暮らしていたのでは、常日頃から彼女のアイドルをやっていたようなものだったのかもしれない。
――アイドルか、と思う。ちとせは自分に何を見ているのだろう。珊瑚のような瞳の内奥に、千夜を打った光はどんな像を結ぶのだろう。知りたい。成りたい。一ミリだけでも近付きたい。まだ見ぬ偶像に、珊瑚の奥に。それ以外、想いがない。
89:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:09:29.09 ID:tRJaplXx0
とりあえずは目の前の稽古。ババ・ムスタファというのがお調子者で、モルジアナの口止めなど意に介さず、街へ一人で潜入した変装姿の盗賊に、奇妙な仕事について明かしてしまう。財宝を盗んだアリババを狙う盗賊は金貨を差し出し、ムスタファに案内を依頼する。彼はカシムの家に行くまで目隠しをしていた事から一旦断るも、もう一度目隠しをされることで、なんと以前歩いた道を思い出し、盗賊をカシムの家まで導いてしまう。
「……いけませんね。ここで右だったか、左だったか……」
「ああもう、これだろッ! 五枚目だぞッ! これで辿り着けなかったら、タダじゃ――」
「思い出した、ここを真っ直ぐです。そして…… そうそう、ここだった!」
90:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:10:04.45 ID:tRJaplXx0
「これは、何でしょう。近所の子供のいたずら書きか、それとも……」
「こ、これはッ‼︎」横から覗き込んだアリババが大声を上げた。「なんと禍々しいっ! 二本の角にニタリと剥き出しの歯っ!」
91:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:10:37.42 ID:tRJaplXx0
「そうですか? サインか何かのような……」
台詞を返しながら、少々気圧される。というより、調子を乱される――その立ち位置、舞台が狭くならないか。
「そしてこの眼帯! いいえ、これは邪悪な精霊の似顔絵! 悪魔降臨の儀式です!」
――離れ過ぎ。どこの政治家の演説だ。
92:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:11:11.96 ID:tRJaplXx0
「ふむ、儀式とやらはともかく、これは盗賊が付けた目印かもしれない。なんとか誤魔化しておこう」
千夜なりに立ち位置を考えながら、見せ方を調整する。それを安斎都はしっちゃかめっちゃかに乱す。付いていっては豆鉄砲を食って、の繰り返し。奔放なアリババは千夜を振り回しながら、その苦労など意にも介さず笑った。
「盗賊? あっはっは、そんな筈はありません。そこはモルジアナがしっかり対処してくれたでしょう」
「アリババ様…… いえ、ともかく、綺麗に消している暇があるかどうか。それより、これと同じサインを近所の家々に付けておきましょう」
「待った! この悪魔を増やすですと⁉︎」
93:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:11:37.90 ID:tRJaplXx0
言いようのない疲労感を抱え、今度は盗賊たちの場を観る側に回る。先に来た一人が仲間たちを引き連れるも、モルジアナの機転によって、盗賊の印は意味を失っていた。彼らは目的の家を見失い、案内役は仲間たちに無駄足を踏ませた責任を取らされる。
コメディ調にアレンジされたシーンを眺めながら、都と頼子が小さく反省しているのを聞いた。
「なんだか冴えなかったと思うんです」
「え、なぜ? 都ちゃん、とっても良かったじゃないですか」
94:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:12:07.71 ID:tRJaplXx0
――ふうん。まさか、考えがあったのだとは。
「成る程。でも、元気たっぷりにやればきっと大丈夫ですね」
「ええ! 他はバッチリですから!」
「いいえ。あんな出来では、また抜き稽古になりますよ」
つい、口を挟む。
95:名無しNIPPER[sage saga]
2020/12/02(水) 01:12:52.55 ID:tRJaplXx0
段々、追い詰められているような気持ちがした。眼前の少女の手綱をとろうとして、その明るさの為に、余計にボロボロになっていく。心が狭くなったのか? 自分が悪いのか?
「次はもっと元気に動き回ってみますね。そしたらきっとポーズも……」
「冗談じゃない」
しまった、まただ。息苦しい。耐えられない。最近すぐ、かっとなる――
234Res/183.06 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20