ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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54:名無しNIPPER[saga]
2020/10/10(土) 22:30:16.98 ID:mG1v5QBi0

 だが彼女の表情にこちらを憎悪するような色は見えなかった。むしろ後ろめたさから息を詰まらせたこちらを慮る様に、首を傾げて覗き込んでくる。

「んー、どうかしたのシンデレラ。元気ないガオ。お酒飲むぅ?」

 道中でも見せた竹の水筒をこちらに差し出してくる。どうやら今回の中身は水ではないらしいが。言われてみれば、何やら発酵臭のようなものが漂っている。どこかで似たような臭いを嗅いだ気もするが、思い出せそうになかった。それよりも、どうして彼女がここまで平常心を保っていられるのかといった方が謎すぎる。単に表に出してないだけだとすれば、彼女はロイヤルオペラハウスでも十分にやっていけるだろう。

 どうしたものかと迷っていると、師匠が制止するように手を掲げた。

「まだやることがあるので今は遠慮しておこう。ただ、個人的には興味深い。これは村で作っているものかね?」

「そうそう、昔ながらの製法ってやつ。欲しいならあげるガオ」

「では、ありがたく」

 そういって師匠はティガーから竹筒を受け取った。

 ……少し、珍しく思う。師匠は日常的に酒を嗜む方ではない。祝い事の時に口を付ける程度で、プライベートな時間でも葉巻を燻らせている方が多かったのだが。

「ところで、あのゴッフとかいう子から伝言。朝ごはん食べないか、って。私もお呼ばれしてるガオ」

「了解した。後で向かうと伝えて欲しい」

 師匠がそう答えると、ティガー再びするすると木に登って樹上に消えて行った。近道なのだろうか。

 それを見送ってから、ふう、と息をつく。そんな動作が目についたのか、師匠は受け取った竹筒を手の中で転がしながらこちらの方に向き直った。

「彼女――というか、この部族との関係についてはあまり心配する必要は無さそうだな」

「……何故でしょうか。時計塔が依頼した仕事で、もう何人も犠牲者が出ています。恨むなり、これ以上は仕事を受けないようにするなり、何らかのアクションがあるのが普通だと思うのですが」

 ここまで何もないと、逆に不気味だ。ティガーが腹芸の出来るタイプだとは思えないが、疑心暗鬼にもなろうというものである。

 だが師匠は気負ってもいない様子で肩をすくめて見せた。

「ああ、理由は分かっている。彼女は頭がおかしいんだろう」

「あ、あの、師匠。そんな身も蓋も……いえ、お世話になっているのに陰口をたたくような真似は」

「そういう意図はないのだが――」

 言いながら、師匠は受け取ったばかりの水筒の栓を抜きとり、僅かに手のひらに中身を垂らす。そのどろりとした白濁色の液体を指先で擦り、さらに立ち上る芳香をまるで科学者が試験管に注いだ薬液を嗅ぐように手で仰いで臭った。

 僅かに顔をしかめて、再び栓を詰めながら師匠はひとり納得するように頷く。

「やはりか……レディ、今後、彼女から受け取った食べ物はあまり口にしないように」

「……毒でも入ってるんですか?」

「まあ、普通のアルコール飲料と同じ程度にはな」

 竹筒を慎重にポケットへしまうと、師匠はようやくこちらへ視線を向けた。自分が浮かべていた表情を見ると、宥めるように肩をすくめて見せる。

「詳しく説明してもいいんだが、あまり村の中で話す話題でもなくてね。それより、調査が何も進展しないというのは問題だな」

「何故、テスカトリポカがこの村を襲ったのか……でしたか」



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