ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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35:名無しNIPPER[saga]
2020/09/22(火) 20:22:49.39 ID:kGu0y7r00

 敵の戦闘スタイルは徒手格闘じみたものだった。炎を纏った拳打。雨の如く降り注ぐ連打に、大盾の防御が甲高い音を立てて震える。

 無手特有の素早いリズムで撃ちこまれるその一撃一撃に、人体を容易く砕いてしまえる威力が秘められている――否、その威力が砕こうとしているのは、人体だけではなく、

「アチャチャチャ! おいグレイ! こんなのそう長くは受けられねえからな!」

 そんな悲鳴と共に、大盾が軋む感触が伝わってくる。

 盾が揺れるたびに腕が肩からもげそうになる。凄まじい膂力だ。このまま時間をかければ、遠からずアッドは砕かれるだろう。彼にはある程度の自己修復機能もあるが、決して万能ではない。

 早期に決着を付ける必要があった――だがどうやって?

 その事実に気づき、心の中に焦りが生まれる。膂力、反応速度、格闘センス――すべて相手が格上。反撃の為の取っ掛かりが見つからない。その上、敵は考える時間すら与えてくれなかった。

 格闘戦においては、敵の身体を包む炎熱も脅威だ。熱で体力が削られるだけではなく、揺らめく陽炎は目測を迷わせる。その歪む視界の端で、何かが鋭く動いた。

「くっ!」

 慌てて盾を引く。鉤の様に曲がった敵の指が空を切り、アッドの縁を引っ掻いて退いていく。

 再び盾を掴まれれば、今度こそ終わるだろう。打撃に織り交ぜられる掴みにのみ対応しようと、視界を確保するために大盾を少しだけ下げる。

 だが、それこそが敵の狙いだった。

「う、ぐぅ!?」

 視界が一瞬ブラックアウトする。腹部を貫かれた様な衝撃。いや、文字通り衝撃は体を貫いていたのだろう。成す術もなく後方へ吹き飛ばされる。

 無我夢中で手に握っていたアッドを振り回す。大盾の先端が地面に触れる衝撃。そのまま盾を突き入れ地面を削って速度を殺そうとするが、握力がもたなかった。途中で持ち手を離してしまい、そのま

ま地面を転がる。

 それでも即座に復帰できたのは、僅かながらにでも速度を殺せたおかげだろう。爪先を地面に突き刺すような心地で強引に停止。素早く立ち上がり視界を前へ向ければ、片足を中段に掲げた敵の姿が

確認できた。腕を下げ、衝撃をいなしきれなくなるタイミングで渾身の一撃を放たれたのだ。どうやら十数メートルほども蹴り飛ばされたらしい。強化を施していなければ、それだけで死ねた威力だ。

 掲げられていた足が下げられ、敵が地を蹴る。武器を失った愚か者へ追撃をかける為に。

 手から零れ落ちた大盾形態のアッドは、自分へ向かってくる敵の予想進路上に、持ち手を上にして転がっていた。

「っ、アッド!」

 向かってくる炎の人型に呼応するように、こちらも前へ出る。後退したところで、アッドが無ければ追いつかれて殺されるだけだ。

 半減した強化効率に歯噛みしながら、全力で地面を蹴った。速度は敵の方が上。だがアッドまでの距離はこちらの方が近い。互いに接近し合うことで、距離は急速に縮まっていく。

 時間にして一秒足らず。その一瞬の様な時間で理解し、絶望が心臓を締め付けた。即ち――アッドを拾い上げるのが間に合わない。

 このままいけばちょうど自分が大盾に辿り着いた辺りで、敵もまた攻撃の間合いに入ってしまう。そうなればアッドを構える間もなく、炎拳の猛襲に晒される。

 不味い。退いても進んでも待つのは敗北だ。だがどうすることも――

「問題ねえ。そのまま来い、グレイ!」

「……!」

 不安を断ち切るような、友人の声。

 伊達に長い付き合いではない。言葉の意図を察し、加速を断行する。迷いが消えれば、後は進むだけだ。

 敵との距離が縮まっていく。5メートル、4メートル、3、2、1――

 あと一歩踏み込めばアッドに手が届く距離に達する。敵も同じく、あと一歩を踏み込めばこちらに拳が届くだろう。盾を拾うひと手間がある限り、こちらの防御よりも敵が攻撃する方が早い。

 だから、アッドは拾わない。一瞬後に起こるであろう激烈な状況の変化に耐えるため、歯を食いしばる。

 再び、衝撃が全身を襲う。全身を圧縮されるような勢いに、僅かに吐き気を覚えた。


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