ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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36:名無しNIPPER[saga]
2020/09/22(火) 20:23:36.93 ID:kGu0y7r00

 だが、成功だ。

「……!?」

 一瞬、敵が確かにこちらを見失ったのを星の海から俯瞰する。

 自分の身体は十数メートルを上昇し、木々の背を越えて夜天の下を舞っていた。足元には大盾。持ち手につま先をひっかけて、サーフボードのようにぴったりと足裏にくっ付いている。

 大盾の特性。一定時間ごとに可能となる魔力放射。

 盾を拾うことはせずに踏みつけ、魔力放射を行った反動で飛びあがったのだ。彼の言葉は、<反転(リバース)>が可能になったことを示すもの。

 全ては間合いと隙をつくる為に――聖槍を解き放つ時間を稼ぐために。

「Gray……Rave……Crave……Deprave……」

 アッドを大盾からグリム・リーパーへ。星の下で、自己を変革する為の言葉を刻む。

 既に上昇する力は重力と均衡を結び、つかの間の浮遊感へと変わっていた。恐怖は無い。そんな余計な機能は既に停止している。

 ただ槍を放つ為の機構となる。その為の詠唱。その為の収奪。濃密であったマナがことごとく吸収され――

 それ故に、敵は頭上にある死の気配に気づいた。

「Grave……me……」

 地上。空を仰ぐ頭部らしき部位から、射竦めんばかりの殺気が向けられる。

 構うことはない。確かに敵の性能は脅威だが、圧倒的に先手を取れている。いまはただ、封印の解放と範囲の調整に意識を注いだ。何も考えずに放てば、村を消し飛ばしてしまう。

「Grave……for you……」

「疑似人格停止。魔力の収集率、規定値を突破。第二段階限定解除を開始」

 無感情なアッドの声が響く。いつもの皮肉気な調子はまったく見えない。この一瞬、彼もまた、自分と同じく"槍"の為だけに存在する機構と成った。

「聖槍、抜錨」

 告げる。それは世界を支える塔の影。紛れもない神造兵装のひとつ。故に、この一撃は神霊すら打倒する。

 テスカトリポカが炎を放った。指向性を持ち、こちらへ迫る赤の奔流。だがこちらが真名を解放する方が早い。解けたアッドは既に光へ変じ始めていた。

「最果てにて――!」

 聖槍が形を成すのと同時、轟、と敵の放った炎が周囲を取り巻く。だが身体が熱を感じる前に、真名を唱え終えることが――

「……!?」

 ――できる、筈だった。

 世界が一瞬で静寂の海へ落とされる。炎による気流も、落下による気圧の変化も感じない。ただ気分が悪くなるほどの無音が周囲を包んだ。

 思わず喉に手を当てる。口は幾度も開閉を繰り返し、舌は絶えず蠢いている。懸命に己が役目を果たそうとする声帯の振動すら感じられるのに――確かに紡いだ筈の真名が、音を結ぶ前に雲散霧消

していた。

 周囲に渦巻く紅蓮を見て、その正体に行きつく。

(音を焼く炎――!?)

 なんて、出鱈目。

 収束させたマナが霧散する。極光の奔流は消え失せ、再びグリム・リーパーの形に押し込められた。

 そしてこの炎は、真名解放を妨害するだけではないらしい。取り巻いたこの身を焦がす激痛を感じる。真名解放の妨害と、熱による殺傷。攻防一体の尋常ならざる異形の炎。

 逃げねば不味い。強制された沈黙の中、アッドに目線を送る。彼はその意をくみ取ってくれたようだった。変形と展開が始まる。

「っ……!」

 新たに組み上げた形は破城槌。全力で魔力放出を行い、ジェット噴射の如き推進を得る。落下起動を大幅に変え、炎の範囲から脱出することに成功。

 だが上手くできたのはそこまでだった。咄嗟のことで、着地まで手が回らない。

 落下と離脱の勢いを全く殺せぬまま地面に叩きつけられる。聖槍に魔力を回していたせいで強化が十分ではなかった為、ダメージは大きい。体に染み込んだ衝撃と激痛が次の動きを封じていた。

 歪む視界に、鮮烈な赤の揺らめき。墜落したこちらに、テスカトリポカは悠然とした歩みで近づいてくる。

「グレイ! おい、グレイ! くそ、マジか!」

 アッドの叫びも遠くに聞こえる。ただ、死の気配がこれ以上ないほど傍に忍び寄ってきていることだけは分かっていた。

 僅かに顔を上げれば、視界に映ったのは腕を振り上げる炎の怪人。



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