ロード・エルメロイU世の事件簿 case.封印種子テスカトリポカ
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12:名無しNIPPER[saga]
2020/09/21(月) 20:30:09.67 ID:amUbMXcr0
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 数日後、自分はメキシコの地をどうにか踏みしめることに成功していた。ふらふらとした、おぼつかない足取りではあるが。

「……大丈夫かね、レディ?」

「だ、大丈夫です」

 ロンドンはヒースロゥからメキシコ・シティ空港まで、実に12時間にも及ぶ空の旅は、自分の耳に多大なダメージを与えていた。気圧の差によって鼓膜が引っ張られ続けたせいである。

 恐ろしく妙な感覚だ。耳がぼうっとするとでも言えばいいのだろうか。自分を心配する師匠の声も、分厚い布越しに聞くような茫洋さがある。この時はまだいつものフードも被っていたが、その内側にクッションでも挟んでいるかのような気分だ。

 耳抜きなる技法を用いると予防できると聞いたが、とうとう自分は習得できなかった。慣れない状態で無理にやろうとすると、逆に鼓膜を痛めるらしい。師匠は慣れたものらしく、耳へのダメージはほとんどないようだ。昔、世界中を旅をしていたというからその経験だろうか。

 ともあれ、冒頭とは全く逆の立場で、自分は師匠の袖を掴んでどうにか歩いていた。平衡感覚もどことなく狂っている気がする。

 何とかその状態で入国審査をパスし、ボストンバッグに詰めた荷物を受け取る。トランクはやめておけ、というのは師匠から念を押されていた。常に肩からたすき掛けにかけていられるようなものでないと、目をつけられてすぐに盗まれるらしい。

 目の前に広がる空港のエントランスと、雑多な人ごみ。倫敦で多少は慣れたつもりだったが、人口密度で言えばこちらも勝るとも劣らない。情報量の多さに目を回しそうになる。

 メキシコの首都であるメキシコシティは、元をただせばアステカ王国の首都でもあった。それをスペイン人たちが征服し、打ち壊して今の街を造ったのだという。

 時計を見やると、現地時間で朝の5時。イギリスとこちらの時差は6時間。時差ボケもかなりあるが、こちらに関しては師匠が用意してくれた魔術薬で体内時計をリセットできるらしい。

「……それで、師匠。これからの予定は? いえ、例の村へ向かうのは分かっていますが」

 違和感を噛み砕くように強く合わせた歯列の隙間から、どうにか質問を紡ぎだす。

 ライネスによって選定された調査チームは、すでに部族の村へ向けて出発しているらしい。自分達は彼らの後を追い、村で合流してから遺跡へ向かう予定だった。

 師匠もまた小ぶりの旅行鞄を肩にかけながら応えた。

「南アメリカ支部の支部長が出迎えてくれるらしい。断ったのだが、強引に押されてな」

「支部……協会のですか?」

「ああ。教会ほどではないが、時計塔は世界各地に支部を持っている。とはいえ、そこに詰めているのは大抵が食い詰め者の分家筋だがね。アルビオンのスパイよりはましだろうが」

 霊墓アルビオン。時計塔の地下に存在する異界。

 三大貴族ほどの勢力ならば、分家筋をその異界に放り込むことなど躊躇いなくやってのける。事実、それがこの前の事件において、大きな謎を産みだす要因のひとつとなっていたのだから。

 ここの支部とやらも、それは同じらしい。僻地での仕事を押し付けられている、ということなのだろう。

「まあ、アメリカ大陸における協会の支部は北と南にひとつずつしかないし、配置されている人員も少ない。今回の件で成果を出して時計塔に返り咲こうと考えるのは、むしろ魔術師としては真っ当な考え方だ。とはいえ、ゴマを摺るならもっと摺り甲斐のある相手にしたほうがいいだろうに」

「……それって、つまり」

 ぼんやりした頭で、しかし聞き逃せない違和感を手繰り寄せる。

「その人、師匠を接待しにくるってことですか!?」

「……何故、そこまで驚くのかね、レディ」

「あっ、いえ、その」

 師匠が訝しげにこちらを見てくるが、まさか『師匠が人に接待される場面がどうしても想像できなかった』などと言える筈もない。


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