黒埼ちとせ「進化論」
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76:名無しNIPPER[saga]
2020/06/26(金) 19:52:56.96 ID:W5lmC8VA0
 私は藍子ちゃんの方を見つめた。
 これは、この子に返してあげるべき言葉だと思ったから。

「ちとせさん……?」



「楽しかったよ」


 私の頬に、滴がひとつふたつ、パタリと落ちた。


「すごく楽しかった……夢を見る方法を、教えてもらえたおかげだね。
 藍子ちゃんと、フレデリカちゃんに」


 私を見て、楽しい気持ちになる人がいてくれたなら――。

 探していたものは、呆れるほどに簡単で軽く、こんなにも快い。

「ありがとう、藍子ちゃん」
「ちとせさん……!」


 藍子ちゃんが力強く取った私の手の上に、大粒の雨がポロポロと降り注ぐ。

「辞めないでください……アイドル、もっと……続けてください……!
 今回のオーディションだって……私、なんかのために……う、うぅ……!」


 いつも笑ってくれる彼女が初めて見せた、悔しくて、悲しい涙。

 彼女の本気のバロメーターは、怒りではなく、誰かを慈しむがための悲しみだった。



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