十時愛梨「それが、愛でしょう」
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33:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:10:34.98 ID:n4MKx+790
『私、プロデューサーさんには感謝してるんです』
『……それは、僕もだよ』

 そこに嘘はない。進む気配のない渋滞の中で、息が詰まりそうな緊張がどこかに空いた隙間から流れ込んできて、背筋を伝っていくような、そんな寒気を感じた。
 その言葉に嘘はなくても、喋っていない部分に嘘が隠されている。
 そんなことは、この業界に限らず日常茶飯事だ。あってはいけないことのはずなのに、本当なら責められるべき間違いなのに、訊かなかった方が悪いと責任を転嫁して、自分たちは間違っていないと開き直る。

 言ってしまえば、僕もその手法を使ったことがないかと訊かれてきっぱりと首を横に振れるような人間ではない。
 本当ならそんなことをするべきじゃないし、したくもなかった。そんなことを、半ば騙してしまった相手の前で宣ったって、何を今更と、嘘を言うなと詰られるのが関の山だ。
 それでも、もしも僕が嘘をつくことで、真実を少しだけ伏せて話をするだけで多くの人間が得をするなら、それは正しいことなんじゃないか。
 そんな風に、騙し騙しやってきた。正しくありたいと願って、正しい結果を出すために間違ったことをする。ひどい矛盾だ。

 愛梨の目は、僕の奥底を引き抜いてそのまま映し出しているかのように透明だった。濁って見えるのは、目を逸らしたくなってしまうのは、きっと僕自身が重ねてきたことがそうさせてしまうのだろう。
 だから、せめて今だけは、愛梨から目を逸らしたくなかった。
 アイドリングを続ける車たちの排気音が、カーステレオから流れる音楽が遠ざかって、一秒が薄く引き延ばされていく。そんな、重苦しい沈黙はどれぐらい続いたのかはわからない。

『私、春香さんに会ったんです』

 だけど、愛梨がしゃべり出す頃には、ステレオから流れている音楽がとっくに終わってしまっていたことだけは覚えている。


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