十時愛梨「それが、愛でしょう」
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34:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/18(木) 18:11:56.31 ID:n4MKx+790
『あの天海春香と?』
『はい、あの天海春香さんと』

 いつものように悪戯っぽく、だけど、どこか困ったような笑みを浮かべて、愛梨が答えた。
 この業界は広いようで狭い。天辺に近づけば近づくほど知っている顔が増えて、事務所が違っても仲のいい友達がいる、なんていうのはそんなに珍しいことでもない。
 勿論守秘義務とかそういうものはあるから、守ってくれているかどうかはアイドルたちの良心に任せるほかにないのだけれど、守れなかったアイドルがどうなるかなんて誰だって想像がつく。
 だから、結果としてそれを守れる人間だけが残っている。

 愛梨だって、天海春香と共演したことは何度かあった。同じ放送局が看板番組を二つ抱えているという都合もあって、夏頃に放映されるやたらと長い番組の中で「とときら学園」と「生っすか!? サンデー」がコラボレーションするのは、ここ数年の風物詩でもあった。
 そういう都合もあるから、別に愛梨と天海春香が個人的な親交を持っていたとしても不思議ではない。
 ただ、愛梨が語るには、天海春香と普段から親交を結んでいたわけではなく、その出会いも単なる偶然だったという。

『特に何かあったわけじゃないんです、特別嫌なこととか、普段から嫌がらせされてたりとか、そんなことなんて全然なくて』

 それでも何故か、その日は誰とも会わずに一人で歩きたい気分だったと、愛梨はどこか申し訳なさそうに、まるで懺悔でもするように語り始めた。
 多分、この国に住んでいる人間なら、生まれたての赤ん坊とか一、二年ぐらいの子供を除けば誰だって知っているような大きなテレビ局がある。東京湾の埠頭が程近い位置にそびえ立っているそれはとときら学園のキー局で、そこから少し歩けば海浜公園に辿り着ける。
 だから、その日愛梨は収録を終えると、スマートフォンの電源を落としてその公園に向かっていたらしい。道理で連絡がつかなかったわけだと嘆息する。

『どこか行きたい場所とかもなくて、ただ行ってみようって、夜の海でも眺めてみようかなって、そう思ったんです……って言うと、なんか思い詰めてるみたいですよね』
『……悪いけど、そう聞こえるよ』
『あはは……でも、それって半分は当たってなくて、半分は当たってたんです』

 半分は本当で、半分は嘘。どこか自嘲するように、愛梨は手持ち無沙汰になった指先をくるくると宙に回してみせる。
 行き先を失って、迷子になっていたのかもしれないと、そう思った。
 愛梨の仕草にそんな意図があったかどうかは確かめようもないし、仮にそうであったとしても、そこまでは踏み込んじゃいけない気がした。


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