6:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:36:26.23 ID:z07AMiQQO
ラーメンにとろろ。すり下ろしたものではなく、かなり小さく短冊切りされた長芋。
これが意外なほどマッチするのだ。
7:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:37:16.39 ID:z07AMiQQO
「……氷川さん?」
と、静かな声でエルシオンから花女の教室へ紗夜は帰ってくる。眼前にはきょとんとした燐子の顔があった。愛想よく笑う店員さんの姿はない。机に目を向けても、そこにはどんぶりなんてない。一昨年くらいに日菜がくれた(正確には強引に押し付けてきた)姉妹でお揃いの淡い青色をしたお弁当箱しかない。
8:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:37:50.34 ID:z07AMiQQO
「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう」
「……そう、ですか……」
9:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:38:38.34 ID:z07AMiQQO
あこと一緒にご飯を食べに行く、というワードは紗夜の脳内で全て『ラーメン』に書き換えられる。日菜に混じってあこまで『らーめん♪ らーめん♪』と踊りだす。加えて燐子まで静かなウィスパーボイスで『らーめん……らーめん……』と言うんだからもう堪ったものじゃない。
目の前の友人に悪気があるわけじゃないのはもちろんわかっている。だけど、それでも恨みがましい思いを抱かずにはいられない。
10:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:39:22.23 ID:z07AMiQQO
放課後になっても紗夜の激動は収まる兆しを見せなかった。
静かな生徒会室で風紀委員の書類仕事をやっつけている今も、心の中には淡い聖杯が浮かぶ。そこから漂う湯気と濃厚なスープの匂いが浮かぶ。
11:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:40:00.00 ID:z07AMiQQO
そんな風に窓の外を眺める紗夜を遠巻きに見つめる影がふたつあった。名もなき生徒会役員と風紀委員である。彼女たちの思いは同じだった。
――いつも凛々しくまっすぐ未来を見据えるその眼差しが、今日はどこか遠くへ向けられている。ちらりと窺える横顔には愁眉。きっと何か貴い物思いに耽っているに違いない。昨今の世界情勢だろうか、貧困に喘ぐ国の子供たちの未来を憂いているのだろうか、それとも、わたくしたちのような下賤の身では到底思い至らない宇宙の真理に想いを馳せているのだろうか。風にそよぐカーテンと揺れる陽射しに照らされたその姿は、まるで一枚の絵画だ。イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢にも負けず劣らずの肖像だ。ガールズバンド時代が生み出した高貴な青薔薇の花……ああ、なんて素敵なんだ。それを手が届きそうな距離から見守れる以上の幸福がこの世界にあるだろうか? いや、ない。あるわけがない――なんて、そんな風に紗夜の姿に見惚れて、やんごとなき憧憬と尊敬と情熱を込めたため息を揃って吐き出す。
12:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:40:50.86 ID:z07AMiQQO
だけど紗夜の頭にあるのは自分対ラーメンの様相だった。ネギととろろとチャーシューを率いたラーメン軍の一大決戦。天下分け目の関ケ原である。
いっそもう、行ってしまおうか。
13:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:41:27.47 ID:z07AMiQQO
とうとう紗夜はラーメン軍との和睦を果たした。するとどうしたことか、先ほどまでやけに重たかった頭も肩も一気に軽くなった。その勢いのまま、机に広げた書類をやっつける。
兵は神速を尊ぶ。善は急げ。思い立ったが吉日。兵法の基本だ。風林火山だ。古代中国の孫子の兵法だ。
14:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:42:12.84 ID:z07AMiQQO
『はぁー……やっぱ書類仕事ってすげー肩が凝りますよね』と伸びをする市ヶ谷有咲。
『ええ……ゲームや読書をしている時も……』と困ったような笑顔を浮かべる燐子。
15:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/19(木) 22:42:52.19 ID:z07AMiQQO
「…………」
座ったまま姿勢を正す。顔だけを真下に向ける。特に何にも邪魔されることなく机の書類が見えた。
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