40: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/15(木) 20:55:46.38 ID:An8umD0so
「鶴の恩返し、かあ。」
桃子はこのみから資料の束を受け取り、何枚かに目を通しながら呟いた。
「ええ。鶴……、娘の役はどうか、ってお話をもらっててね。」
41: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/15(木) 20:56:20.91 ID:An8umD0so
「最後のところで、青年との別れがあるの。離れたくないのに、それは許されなくて。」
「初めから人間の姿をして会っていなければ、こんな悲しい思いをしなくてよかったのかな、って。」
大切な人と別れたくない。
42: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/15(木) 20:56:46.99 ID:An8umD0so
「……。桃子は、……あんまりそういう風に考えたこと、なかったかな。」
「でも。やっぱり、役を掴めるまで、何回でもやるしかないと思う。」
桃子は自身の経験を踏まえたうえでそう答えた。
43: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/15(木) 20:58:39.49 ID:An8umD0so
このみはしばらくその言葉を反芻したのち口を開いた。
「……うん、そうよね。ありがとう、やってみる。」
44: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/15(木) 20:59:42.36 ID:An8umD0so
このみは、握られた左手を見て、それを辿るようにして桃子と顔を合わせた。
このみの目を見据えていたその目は、寂しさのようなものを含んでいるようだった。
桃子はそれからすぐ目線を逸らした。
「その……。」
45: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/15(木) 21:01:15.46 ID:An8umD0so
思わぬ言葉に、このみは驚きを隠せなかった。
どう返すべきか言葉に詰まったこのみを察してか、あるいはそうではないのか、
桃子はこのみの目をまっすぐに見て続けた。
「『屋根裏の道化師』のとき、このみさんを見て、負けてられないな、って思ったの。」
46: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/15(木) 21:02:00.69 ID:An8umD0so
「あの子は……。モニカは、『いまの桃子だから』演じられたと思ってる。」
「シンシアさんも、きっとそうなんだ、って。あのとき見てて思った。」
「桃子ちゃん……。」
47: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/15(木) 21:02:34.88 ID:An8umD0so
桃子は自身の両の手が、このみの手を包んでいることに気づいた。
自身の顔が少しずつ熱くなっていくのを感じて、あわてて手を離した。
「な、なんか恥ずかしくなってきちゃった……。と、とにかく。桃子はこのみさんとは違うから……。」
48:名無しNIPPER[sage]
2019/08/16(金) 18:44:13.68 ID:/J9ed0xSo
ええやん
49: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/31(土) 00:29:43.70 ID:BiyDrPqgo
***
桃子と別れたこのみは、例の書類の束を持って、レッスン室へ向かっていた。
とはいえ、昼のような調子で張り詰め過ぎるようなことをするつもりはもうなかった。
役作りに充てられる時間はまだ十分あるし、視野が狭まっている状態ではいいものは当然できない。
50: ◆Kg/mN/l4wC1M
2019/08/31(土) 00:31:42.16 ID:BiyDrPqgo
レッスン室までの途中、窓越しに廊下に落とされた新緑の木々の影を見て、このみは太陽が傾き始めていることを知った。
木々の葉が海風で揺れる音に気がつき、しばらくの間このみは目を閉じて、それが心地よく耳を撫でるのを感じていた。
……のであったが、それも束の間だった。
なにやら聞こえてきた騒がしい声と、がらがらと何かが倒れるような物音に、その小さな音色はすぐさま掻き消されてしまった。
それらを少し聞いただけでも、曲がり角の向こう側の惨状が目に浮かんでくるようだった。
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