【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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15: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2018/12/08(土) 00:21:54.53 ID:1bCRB9ws0
「もちろんです」
「やぁん、心配したぞ☆ じゃあじゃあ、サマーフェスも?」
はぁとさんの表情はぱっと明るくなる。
「……それは、レッスンの進捗次第です」
「っ……じゃあ、頑張るっきゃねーな☆」
そう言って、はぁとさんは立ち上がると、部屋の隅のPCが置かれた机にずんずんと歩いていって、椅子にどっかと座って、PCの電源を点けた。
プロデューサーさんはその姿を見て、肩で息をひとつ。
「佐藤さん。背筋が曲がっています。伸ばしてください」
「っ、はぁい!」
はぁとさんのやや苛立った返事が返ってきた。
プロデューサーさんは私のほうに向きなおる。
「さて、相葉さんは――」
「はいっ」
私の鼓動がほんのすこし早くなった。
プロデューサーさんがにっこりと微笑む。
「少し、散歩にでかけましょうか」
「……えっ?」
予想外の言葉に、私の口から裏返ったみたいなへんな声がでちゃった。
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美穂ちゃんとマキノちゃんはサマーライブのための説明を受けにライブ担当者さんのところへ。はぁとさんは書類つくりをしてからダンスレッスン。そして私とプロデューサーさんは、文字通り散歩に出かけた。
プロダクションのある場所を離れて、ビジネス街を抜け、住宅街のほうへと歩く。四月に入ったばかりの風は心地よくて、街路樹も道端のお花もみんな元気に色づいている。
私も思わず上機嫌――になっちゃってるけど、いいのかな。
私の右斜め前を黙って歩いているプロデューサーさんの横顔をちらっと見るけれど、なにを考えているのかはわからない。
立ち並ぶ家々の玄関を見ながら、事務所の前にプランターを置くのもいいかもしれないなぁ、なんて考えていたとき、プロデューサーさんが角を曲がった。プロデューサーさんの進む先には、都会にしてはちょっと大きな公園。ここが目的地だったみたい。
公園は学校のグラウンドくらいの広さがあって、一角には砂場やブランコ、鉄棒、ジャングルジムなんかの遊具が置かれ、遠くのほうは芝生になってるみたい。学校が終わった時間なのか、小学生や中学生と思われる子供たちがそこかしこで遊んでる。
「あそこが空いてますね」
プロデューサーさんは遊具の近くにあるベンチを指し、そこへ向かった。
座面をさっと撫でて、特に汚れていないことを確認すると、プロデューサーさんはベンチの片側に座り、私に隣に座るようにと手で示した。
「あ、じゃあ、失礼します」
私はほんのちょっと緊張を感じながら、示されるままに隣に座る。ちょっと離れたところで、中学生と思われる男女が集まってなにかを話してる。みんな私服だったけれど、鞄を持っているから、学校帰りなのかもしれない。
「すいませんね、付き合わせてしまって。社内はどうも落ち着かないもので」
プロデューサーさんは穏やかに言った。「相葉さんのこれからの方針のために、直接お話をしたいと思っていました。面談のようなもの、ですね。小日向さんと八神さんは今日までにその機会を持つことができたのですが、相葉さんは都合が合わなかったもので」
「そうだったんですね。突然散歩って言われたので、すこし驚いてしまいました」
「せっかく天気がいいので、散歩も楽しんでもらえればうれしい」
「もちろんです! お天気もいいですし。道端のお花さんたちも楽しそうな季節ですしね」
「それはよかった」プロデューサーさんは帽子をちょっと持ち上げて、小さく礼をする。「……さて、さっそくお伺いしましょう。相葉さんは、どういうアイドルになりたいと思っていますか。どうして、アイドルをやりたいと思っているのですか」
「……」
あたりまえな、ごくごくあたりまえな質問をされているのに、私は言葉に詰まった。
思い出すのは、この前落選したオーディションのときの、一緒に受けた他社の応募者の子からの言葉。
『――誰かを元気にするために頑張りたい、だっけ? じゃあまず、あたしを元気にしてよ。あんたが落ちて、あたしが通ったら、あたし超元気になれるよ。中途半端な気持ちで来んの、迷惑』
私が落ちて、あの子は通った。だからあの子は元気になった。あの子が通ったということは、私よりもあの子のほうが誰かを元気にできるっていうことだから、私は、私が落選したことで、私の希望を叶えてしまったことになる。
――あれ。でも、これで、いいんだっけ? 私がしたかったことって、こうだったっけ?
前より上手に踊れるようになっても。前より上手に歌えるようになっても。私の心は結局、あの時からずっと、同じところで立ち止まっている。
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