【モバマス】水曜日の午後には、温かいお茶を淹れて
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14: ◆Z5wk4/jklI[sage saga]
2018/12/08(土) 00:20:06.83 ID:1bCRB9ws0
2.Gentiana scabra
「……ふう」
美穂ちゃんはほっとしたような息をついて、湯のみを長机に置いた。
「美味しいけど……美味しいけど、やっぱスウィーティーじゃねえな……」
はぁとさんが小さい声で愚痴を言ってる。
マキノちゃんは黙って、砂糖菓子をひとつ摘まみあげて、じっと数秒見つめてから、半分くらいをかじった。
「さて」プロデューサーさんが机の上でB5のノートを開く。「それでは、はじめましょうか」
新しいプロデューサーさんと私たちが出会ってから一週間後の水曜日の午後。私たちは、私たち自身が警備員室から模様替えをした事務室で、これからの打ち合わせをした。
事務室は十二畳くらいで、入口と対角線のあたりにガスも使える流し台がある。その隣にプロデューサーさんお気に入りの茶箪笥。そこから部屋の壁に沿って書類棚やラック、ノートPCを置いた事務机を置いている。長机は会議室みたいに部屋の中央に二台並べて、部屋の奥側、長机を並べた長方形の短い辺にプロデューサーさん。机の脚があるからちょっと座りづらいけど、プロデューサーさんがここを希望した。プロデューサーさんから見て左側に私と美穂ちゃん。右側にはぁとさんとマキノちゃんが座っている。
「あのう、打ち合わせの前にプロデューサー……お茶は今日もとーっても美味しいんだけどー、コーヒーとか、紅茶とかじゃあダメなんすか?」
はぁとさんが尋ねると、プロデューサーさんは微笑んでひとつ頷いた。
「申し訳ない。午後にこうして茶を淹れるのは長年の私の日課でして。老い先短い者のささやかな願として、みんなで打ち合わせる水曜の午後については、ご辛抱いただきたい。もちろん、普段この部屋を使うときには好きに持ち込んでいただいて結構」
プロデューサーさんは後ろ頭を掻きながら言った。普段の落ち着いた、厳格な態度とは違って、ちょっとくだけた雰囲気だったから、たぶんプロデューサーさんのこだわり、わがままなんだろうなと私は思って、思わず笑みがこぼれた。
「じゃあ、打ち合わせのときにはいつもこのお茶をいただけるんですね! 私、お茶菓子持ってこようかな」
美穂ちゃんは嬉しそう。いっぽう、はぁとさんはちょっと口をとがらせていた。
「では、打ち合わせを。今は皆さん、特に決まった活動はされていないとききました。美城には季節の節目にプロダクションを挙げてのライブがある。当面はそれを目標に活動をします」
「てことは、ユニット? ユニット?」
はぁとさんが身を乗り出したけれど、プロデューサーさんは首をゆっくりと横に振った。
「焦ってはいけない。まだ、私自身もみなさんたちのことをよく理解できてはいません。あなたたちのイメージと合わない曲や衣装を作るわけにはいきません。まずは地固めです」
「……なるほど☆」
はぁとさんは素直に頷いた。
「では……、小日向さん、八神さんのお二人には、それぞれレッスンを受けていただきます。お二人は夏の大きなイベント……サマーフェス、ですね。これのバックダンサーとして出演できるように調整していきます。ほかにも随時、仕事をご相談させていただくことになるでしょう」
「はいっ!」
「わかったわ」
美穂ちゃん、マキノちゃんは二人とも嬉しそうに返事をした。そうだよね、ぜんぜん先が見えないと思っていたところに、さっそくライブに出られる予定が決まったんだから。
……私は、どうなるんだろう?
「プロデューサー、はぁとは?」
はぁとさんも私と同じことを考えたらしく、ちょっと焦ったような声で訊く。
「佐藤さんには……こちらの書類を整えていただきたい」
プロデューサーさんは真面目な顔でそう言うと、何枚かのルーズリーフをはぁとさんの前に置いた。手書きの書類みたい。
「レッスンスケジュールなどを作ったのですが、トレーナーからデータのほうが助かると言われてしまいまして。申し訳ないが、これをパソコンで打ち込んでいただけますか」
「ちょっ……」はぁとさんは、ちょっと言葉に詰まった。「プロデューサー、冗談キツいぞ☆」
はぁとさんは、明るく装って、そう言ったけれど。
「申し訳ない、新しい機械には不慣れでしてね」
プロデューサーさんは、淡々とそう言った。
はぁとさんの顔がさぁっと青くなる。
「でも、でも、だってそれ……アイドルじゃなくて、OLとか、バイトの仕事だろ……? はぁとは、アイドルを……」
唇がちょっと震えている。
プロデューサーさんは、はぁとさんのほうに身体を向ける。
「レッスンスケジュールを見てください」
はぁとさんは言われて、手渡されたスケジュールを眺める。
「あ、はぁとの名前……と、夕美ちゃんも。レッスン、あるんだ……」
はぁとさんの声は、ちょっとだけ和らいでいた。
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