256: ◆CItYBDS.l2[saga]
2019/06/02(日) 16:17:29.97 ID:NZ43uSLl0
片膝をつき、前傾姿勢をとる。膝とつま先に、全神経を集中し力を籠める。あとは、死ぬ覚悟だけだ。
覚悟を決めるまで、そう時間はかからなかった。
籠められた力を、まるで爆発させるかのように一気に解き放つ。雑念を全て取り払い、ただ前に進むことだけを考え地面を蹴る。彼女にたどり着くまで、ただの一歩も無駄にできない。全ての歩みに、ありったけの力を籠め、俺は加速していく。
遊び人が、俺との間合いを図り大鎌を振るう。遠心力によって浮き上がった刃が、月明かりに晒される。
脇腹に重い衝撃が走った。肋骨のいくつかが砕かれ、メキメキと不快な音を鳴らす。肉が弾け、痛みに顔が歪む。
俺の勝ちだ。
俺は既に、遊び人の間合いの内側へと入り込んでいた。脇腹にめり込んでいるのは、大鎌の柄。たとえ圧倒的な力で振るわれようと、柄では俺を両断できまい。だが、大鎌はその速度を緩めることなく俺の体ごと振りぬいてくる。
せっかく間合いに入ったのだ、吹き飛ばされてはたまらないと俺は彼女の肩をつかむ。俺の体は、つかんだ彼女の肩腕を軸に時計回りに回転した。彼女の背後に到達した俺は、その腕を彼女の首に巻き付けた。
結局のところ、彼女を傷つけずに倒すにはこれしか方法はないのだ。俺は、彼女の首に回した腕にグッと力をいれた。
「やめて! 勇者!」
彼女は大鎌を手放し、全力で俺の腕をほどきにかかってきた。その細い腕に見合わない強大な力が、彼女が間違いなく魔族であることを如実に語っている。だが、こちらも負けじと渾身の力で首を絞める。
「キミを傷つけたくないんだ。しばらく眠ってくれ!」
「いや! いや! いやああああああああああ!」
ぶちっ。何処からともなく、糸が引きちぎれるような音が届く。以前、自分で繕ったズボンの穴だろうか。だが、この状況下でそんなこと気にしていられない。
ぶちっぶちぶちっ。
「きゃああああああ……あっ……」
唐突に、彼女の悲鳴がとまった。
彼女の体が、前のめりに倒れる。俺は、その姿を呆然と眺めていた。
思わず、俺は彼女の頭をギュッと抱きしめる。そう。倒れた体をよそに、彼女の頭は俺の腕に抱かれたままだった。
あの、ぶちぶちという気味の悪い音は。糸や布ではなく、肉が、……皮が引きちぎれる音だったのだ。
俺は、彼女の頭を、その体から、ちぎり取ってしまっていた。
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