153: ◆CItYBDS.l2[saga]
2019/04/07(日) 14:12:15.28 ID:NdD66LHM0
「魔王を殺さないでいてくれる?」彼女は再び俺に問いかけた。それは既に質問というより懇願に近いものだった。
その問いに、俺は答えることができなかった。
なぜなら、そんなこと一度たりとも考えたことがなかったからだ。
魔王を殺さない選択だって?果たして、そんなものがありえるのだろうか。
……仮に選択肢の中にあったとしても、俺がその一つを選び取れるのだろうか。
この店に来て初めて魔王そっくりのマスターの姿を見た時。
俺の中から沸き上がったものは、遂に魔王を殺せるという喜びだった。
かつて深手を負わせたものの殺しそこなった男を。
長年にわたって追いかけてきた宿敵に、ようやくトドメを刺すことができると俺は歓喜に打ちひしがれていたのだ。
もしも、遊び人の静止がなければ俺は間違いなく剣を抜いていただろう。
全く情けないことに、あの時の俺に勇者としての使命感はほんの欠片すらなかった。
ただひたすらに、自身の感情、欲望に衝き動かされ剣の柄に手をかけたのだ。……そんなの、まるで酔っ払いではないか。
そんな俺が本物の魔王を相対して、どうなるのか。殺さないという選択を取ることができうるのか。俺にはわかりかねた。
「そう……」
沈黙する俺に、何かを察したかのように遊び人が呟いた。
何を察したのかはわからないが、おそらく何かしらの誤解が生じた気がする。
296Res/317.15 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20