38: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/05/10(木) 17:33:28.34 ID:xTncLF7m0
プロデューサーさんがいちど腕時計を見てから携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけ始める。
おそらく、開始時刻までにオーディション会場にたどり着けないことが確定したんだろう。
渋滞に巻き込まれて間に合わない旨を告げ、時間を遅らせる、あるいは日をずらすことは可能かと問いかける。しばらく相手の言葉に合わせて相槌を打つ。
プロデューサーさんのほうの声しか聞こえないけど、「無理だ」という回答が返ってきたらしいことはわかった。
念のため訊いてみたといったところなのだろう、プロデューサーさんは特に落胆した様子もない。
それから改めてお詫びの言葉を言って、電話を切った。
「それにしても動かないな」
「……ですね」
「ヒマだな」
「ですね」
「白菊は、やってみたい仕事とかある?」
「えっと……お仕事でしたら、なんでも」
「女の言うなんでもはアテにならないんだよ」
なんですかそれ、と思った。
しかし、「なんでも」では、なにも答えてないのと同じかもしれない。私がやってみたいお仕事は――
少し考えて、浮かんだのはやっぱり、かつてテレビで見たアイドルの姿だった。
「歌のお仕事を、やりたいです」
「歌番組?」
「はい。あと、大きい会場で、お客さんがいっぱいいる前で……」
言っていて、顔が熱くなった。
「ライブか」
こくりとうなずく。
「そのうち、出させるよ」
「大人の言うそのうちは、アテにならないです」
「たしかに」
プロデューサーさんは笑った。
「でも本当だよ」
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