138: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:35:23.21 ID:sg2qAd8w0
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ある日、その筋では有名なゴシップ雑誌の記者が面会を申し込んできた。
薄汚れたトレンチコートにハンチング帽といういでたちの男を来客用の部屋に招き入れ、向かい合って席に着く。
形式的な名刺交換を済ませたあと、男が「お忙しい中、ありがとうございます」と言って、へつらうような笑みを浮かべた。
「いやあ、それにしても噂には聞いてましたが、立派な事務所ですねえ」
男が部屋の中を見回して言った。
「今にも殺人事件が起こりそうですよね」と答えた。
自分がこの346プロダクションのプロデューサーというものになって、初めて事務所に足を踏み入れたときに抱いた感想がそれだった。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
男はカバンから写真を1枚取り出し、テーブルの上に置いた。
写っているのはカクテルバーのボックス席のようで、ひと組の男女が酒を酌み交わしていた。男のほうは、テレビに映らない日はないような人気の若手俳優で、女は、自分の担当アイドルだった。
「よく撮れてますね」
「でしょう? まるでドラマのワンシーンのようだ」
たしかにそう見えた。なにしろ写っているのは、つい最近まで放映されていた連続ドラマで共演していたふたりだ。ただし、そのドラマにこのような場面はなかったが。
「これを記事に?」
「まだ誰にも見せていませんから、あっしひとりが忘れれば、この写真はなかったことになります」
記事にしたところで自身に還元される金額はたかが知れている。それよりは、346プロに買い取ってもらったほうが実入りがいいと判断したということだろう。
写真から目を外し、男の顔を見る。男がわずかに身を固くした。こちらが激昂して殴りかかってきたらどうしようかとでも思っているようだった。
「おいくらですか?」と言った。
男が提示した金額は、たしかに安いものではなかったが、彼女が今後稼ぎ出すであろう額から考えれば微々たるものだ。
実際にカネを出すのは会社だし、監督不行き届きとして多少のお叱りは受けるだろうが、自分の懐が痛むわけでもない。
「また、いいのが撮れたら、持ってきてください」
軽い足取りで退出する男を見送る。それから、担当アイドルに電話をかけ、応接室にくるようにと言った。
やってきた彼女がテーブルの上の写真を見て一瞬顔をしかめる。しかし反省している様子はなく、ふてくされたように黙りこくっていた。
「逢引きならもう少し気をつけろ。なんだったら手伝うから」と言った。
説教をするつもりなんてなかった。色恋沙汰なんて、やめろと言われてやめられるものでもあるまい。それならば、いっそバレないように協力してやったほうがいいと考えたのだ。
だが、どうやらこの発言は失敗だったらしい。
彼女は燃えるような目でこちらを睨みつけ、写真をぐしゃりと握りつぶした。
「あなたは、さぞかしほっとしたでしょうね」
大股で部屋を出て行く彼女を、呼び止めることもできなかった。彼女の言い捨てていった言葉が、この上なく図星だったからだ。
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