6:名無しNIPPER[sage saga]
2018/01/03(水) 22:47:46.12 ID:2D1W7Azp0
それから。
かすかにだけど、覚えてることがある。
何か大きなものが、背中を押したこと。
七海の唇から息を送り込まれたこと。
水の中なのに、誰かの声が聞こえたこと。
次に目覚めた時には、父さまの背中が目の前にあった。きっとすぐに飛び込んで追ったんだろう。同じくらいびしょびしょだった。
長く海に浸かって溺れかけて、冷たくなった七海の身体は、指の一本さえ動かなかった。
眠くてしかたなかったけど、なんとか声だけは出せたから、父さまの名前を呼ぶ。
ごめんなさい、釣り竿、なくしちゃいました。
そんなことを気にするな、馬鹿娘。
七海、助かったんれすか。
そうだ。浮き上がってきたお前を抱えて、岸まで泳いだ。
やっぱり……七海、人魚姫に……助けてもらった、れすよ……。
……今は寝てろ。病院まで連れてく。
あとはずいぶん時間が飛んだ。
真っ白い病院のベッドで、点滴を付けられてた七海が起きたのは、もう三が日がすっかり過ぎたころ。
母さまがそばにいて、こっちの様子に気づいてすぐナースコールを押した。
しばらく検査とか診察とかでばたばたしたけど、結局後遺症もなくて、明日には退院って話になって。
夕方、入院したことを七海の家族から連絡受けたプロデューサーが、お見舞いに来てくれた。
すぐ食べられるからって持ってきてくれたプリンを有り難く頂きながら、簡単な経緯を説明する。
もちろん怒られた。別に夜釣りをしたからじゃなくて、一人で頑張ろうとしちゃったことを。
ごめんなさいって謝って、苦笑するプロデューサーの顔を見てから、あの、と言葉を続けた。
もしかしたら。七海、イヴさんに会ったかもしれないれす。
唐突な話だから、プロデューサーが首を傾げるのはわかる。
あの時の記憶はおぼろげで、上手く説明するのも難しい。
でも、これだけは、自分が伝えなきゃいけなかった。
だって、暗い海の中で七海を助けてくれた人魚姫は、言っていたんだ。
――さんに、謝っておいてください〜。
帰れなくて、ごめんなさいって。
短いその伝言を聞いたプロデューサーは、しばし呆然として、そっか、と呟いた。
あいつ、事務所に衣装置きっぱなしなんだよなって、ちょっとだけ泣きそうな顔で溜め息をついてから、何事もなかったみたいに退院してからの予定を話して帰っていった。
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