8:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 12:55:42.73 ID:5FDHqpH0O
「――ところで、五月雨中尉、ひとつ質問いいかな?」
「あっ、はい! どうぞ!」
「この司令部の前任者のことなんだが、普通なら司令部を引き継ぐ時は両者の立会いの元で行うのが慣例というか決まりだが、前の司令官は今どこにいるのかい??」
そう訊くと五月雨は一瞬、大きく目を見開いたように思えた。
「前の司令官のことは……」
9:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 12:56:44.42 ID:5FDHqpH0O
「分からないって……それじゃあ、君も何も聞いていないんだね」
「はい、それに私は艦娘ですから、司令の人事関係のことはよくわからないです」
「そうか……それならちょっと質問を変えるけど、前の司令官と共にここにいた艦娘たちの事とかは知っていたりしないかい?」
その質問をすると五月雨は顔を曇らせて面倒だなという表情を一瞬したが、すぐに我に返ったかのように微笑んでみせた。
「それも私は分からないです。そもそも、私もつい昨日くらいに違う司令部からここに赴任して来たばかりですから。
10:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 12:57:19.81 ID:5FDHqpH0O
微妙に五月雨の声のトーンが落ちたような気がした。
「ど、どうしたのかい? あんまり良い思い出じゃないとか、ブラック司令部とかだったのかな……」
「い、いえ! そんなんじゃありませんっ。いろいろあったなって……えへへ……」
五月雨は苦笑いしてごまかす素振りをみせた。まぁ、辛い思いでもしたのだろう。近年は連日オリョクル、バシクルに連日東京急行といったブラックな事をする司令部も多いと聞く。私は、そんな事をするつもりはさらさらない。例え上官にきついノルマを課されても、私は艦娘にはできる範囲で無理をさせないつもりである。ノルマは仕事を半ば強制的にさせるために課すものであって、達成する為に設けているのではない。無理に達成してしまうと更に高度なノルマを課せられ、それがブラックへの道となる。もっとも、上官の昇進の材料をわざわざ部下が作る必要はないのだから、ノルマは軽く聞き流すのが丁度良い。
11:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 12:57:55.38 ID:5FDHqpH0O
「まぁ、私は新人だし、五月雨中尉も良い意味で上手く私を使ってくれると助かる。そうしたほうが、君にも私にもよいだろう」
「私が司令官を使う??」
「ああ、私は新人だから、君好みの司令官にしてもよいんだぞ」
私はそう言って、笑ってみせる。
「えへへ、なんか恥ずかしいけど、嬉しいです。私、なんだかやる気がでてきました!」
12:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 12:58:32.86 ID:5FDHqpH0O
その後、五月雨は私に指揮所の案内と私が寝泊りする寝室を紹介してくれた。そして一階の食堂も。しばらくは五月雨が作ってくれるというので楽しみだ。
「艦娘たちが住む部屋も見せて欲しいな」
「それは、秘密です!」
いやいや、今見せても問題はないだろう。
13:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 12:59:23.38 ID:5FDHqpH0O
「こうやって見るとつい最近までいたんだなって思えるよ」
「……ですね。司令官もここを沢山の艦娘が居るようなとこにしたいですか?」
「いや、今のままでも私は別に構わないがね」
そういうと五月雨はなんとなく嬉しそうな表情をした。
「でも、それじゃあ何のお仕事もできなくて私も司令官もぶーたろーです!」
14:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 13:00:03.87 ID:5FDHqpH0O
夕方、私は夕飯を食べに食堂に入る。食堂と言ってもカウンタ席とテーブル席を合わせて十人入れるかどうかの小さな所だ。カウンタの奥では五月雨がトマトシチューを作っていた。
……って、量多くない!?
「今日はトマトシチューか。楽しみだよ」
「そう言ってくれて嬉しいです!」
15:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 13:00:46.97 ID:5FDHqpH0O
「こうみえても、私、お酒強いんです」
一口飲んで、五月雨はそんなことを言ってみせる。ああかわいいな。
トマトシチューの方は程よく甘く、私の口にあっていた。ドジだが五月雨の料理は美味しいと分かって私は安心したのであった。
16:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 13:01:28.24 ID:5FDHqpH0O
夜、私は三階に備え付けてある司令用の普通の風呂に身体をつかった。だが、置いてあったシャンプーとコンディショナーは一髪であった。加えて洗顔料も専科であった。もしかしたら前任者は女性司令であったのだろうか。
風呂を出ると、なんだか散歩に出たい気分になった。私は浴衣の格好で、司令部庁舎を出ると、桟橋に立ち、夜の宇和海を見渡した。おおよそ五、六海里先の戸島付近に三隻程の艦娘が夜間哨戒しているのが見えた。
と、彼女らのサーチライトを照らす先が白く沸き立って水柱を上げているのがみえた。敵潜を轟沈したのだろうか。
それから、私は少しして、庁舎に戻ろうとした。ふと庁舎横にならぶ小さな入渠施設と工廠を見た。……あれ。
17:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 13:01:56.30 ID:5FDHqpH0O
工廠の明かりが薄ら点いているではないか。五月雨が艤装の整備でもしているのだろうか。そう思ったが、庁舎の五月雨がいる部屋の明かりもぼんやり点いていた。
そんな訳で私は木造の小さな工廠へ向かい、扉を開ける。
――小学校の体育館のような広さの工廠には、整備されて薄明かりの中きれいにかがやく駆逐艦の艤装が三つクレーンに吊るされて並んでいるのが目にとまった。かたや、工廠の端にはスクラップ同然の艤装や開発品、武器みたいなものが散らかっている。その中にはペンギンの成り損ないみたいな物もいくつか転がっていた。
18:名無しNIPPER
2017/08/08(火) 13:02:35.78 ID:5FDHqpH0O
「さみだ……ああ、貴方が噂の新人さんですかい」
突然、右からハスキィボイスの女に呼びかけられ私は驚いた。あわてて右を振り返ると桃色の髪をしたこれまた艦娘のような女が立っていた。女はロシアンブルーを抱いていた。猫は私を睨むなり、にゃあと挨拶する。左目が青、右目が黄色のオッド・アイが特徴的な猫である。それから私は視線を女に移し口開く。
「君も艦娘かね?」
「ええ、『艦娘』ですよ。といっても、戦力にはならないですがね」
「となると、あなたが工作艦の明石ということかな」
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