【デレマス】「先輩プロデューサーが過労で倒れた」
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38: ◆Z5wk4/jklI[saga]
2017/05/07(日) 01:16:54.73 ID:LHxNoXTK0
「始まるぞ」
俺が短く言うと、茜と比奈も真剣な表情になった。
スタッフが出演者たちに合図をした直後、ステージと舞台袖とを隔てるカーテンを開く。
安部菜々はスタッフとダンサーたちに向かって穏やかな顔で頷いたあと、暗転しているステージへと飛び出していった。
そのあとを、バックダンサーたちが追いかける。
茜が小さく「頑張って」と声に出した。春菜たち三人に向けたのだろう。
「菜っ々でーーーーっす!」
舞台の明転と同時に、高く明るい安部菜々の声がステージに響いた直後、雄たけびのような歓声が返ってくる。曲の前奏が流れた。
「メンバーの入場は終わった、もうすこしステージの近くまで寄ろう」
俺は客席が見えるか見えないかのところ、アイドルたちの背中が見えるあたりまで二人を連れていく。
そこから垣間見えるのは、アイドルしか見ることが許されない景色。
ステージライトと、無数のサイリウムの光の波に照らされ。
音に乗り、歓声と熱気に包まれて。
場の全てのエネルギーが、その中心にいるアイドルへと向けられる。
普通の人生では絶対にたどり着けない夢の世界が、そこに広がっている。
茜と比奈は、声を発することもなく、ただ安部菜々というアイドルのステージに見入っていた。
俺はそこから二歩下がった。二人が少しでもよくステージを見ることができるように。
ステージを見つめる二人を見て――心がちくりと痛んだ。どんなに憧れても。求めても。
あそこまでたどり着けないアイドルだっている。
たった一歩の距離、たった一枚の薄い緞帳で遮られたあの向こう側には、才能と運に恵まれた、運命の女神に見初められた者しか、たどり着けない。
たどり着けないものもいる――だから。
プロデューサーなんて、やりたくなかったのに。
俺は目を細めた。同時に、曲が終わり、客席のほうからは再び、歓声の音の波が襲ってくる。
茜と比奈が同時にこちらを向いた。
「……すごいっスね」
比奈が真剣な眼をして言った。
ふだんよりゆっくりとした動きで、比奈は自分の頭を掻く。すこし震えているのかもしれなかった。
茜は声すら出せていない。口で、ゆっくりと深く呼吸していた。
胸の内の興奮をどう表現したらいいかわからない。そんな表情だった。
「……二人とも、まだ美城プロダクションのアイドルステージは何曲かある。立ち見になるだろうが、客席のほうからも見てみるといい。俺はここに居るから、ステージが終わったらまたここに戻ってきてくれ」
そう言って、客席側へと続く通路を示した。
二人は頷くと、客席のほうへと歩いて行く。
俺はその後ろ姿を見送って、それから肩をすくめた。
「先輩、早く……戻ってきてくれませんかね……」
ぼそりと呟いた俺の声は、次の曲のアイドルに向けられた歓声にかき消された。
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