304: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:16:02.62 ID:8mPTevMeO
この登山者の友人は、よく山頂から見える光景のことをアナスタシアに話して聞かせてくれた。高いところでは空気が薄い。空気の色も薄くなり、痛みをもたらす寒さに瞬く眼をがんばって見開くと、いままで踏破してきた黒い岩肌や遠くにみえる山肌を覆う雪の色がまるで変わって見える。空の色の濃さ、膨らむ雲のかたち、太陽から降ってくる光は線であり、また拡散する粒子でもある。時刻の移り変わりとともに、それが絶えず変動し一遍たりとも同じ光景は出現しない。すべてが澄み渡って、地上の光景とはまるでちがって見える、と父親の友人は言う。
「途方も無い光景が目の前に現れ、死んでも構わないという感覚が自然に生まれていくる。というより、生きることと死ぬことの構造的な差異が消失し、両者が互いに近づいているとでも言うべきか」
彼は、宇宙に向かってのびる指先の上にいることを許されている、というふうにも語った。そして、彼は夜の星についても話しはじめる。星々の輝きと同じくらい詳細に、夜空の暗黒の美しさについても語る。
「ナースチャ、きみが見てきた夜空の星よりも一億倍は美しいぞ。星たちは空にいるんじゃなく、宇宙に浮かんでいるのだと、はっきりと思い知らされる。星を見上げてる自分も宇宙と浮かんでいるのだと思い出すんだ」
「ママはアーニャってよぶんだよ」
幼いアナスタシアは話に夢中になりなからも、しっかり訂正することを忘れない。それからアーニャは一億倍という数字について想像してみる。
「ストーよりおおきいの?」
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