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侑「ポケットモンスター虹ヶ咲!」

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753 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 14:40:56.19 ID:6bHKz0F20

セキレイデパートの中をげんなりした顔で歩いていた。


侑「まあ、突然帰ってきたから、食材が足りなかったってのは、わかるけどさ……」

リナ『侑さん侑さん! 今日の“パイルのみ”普段の価格よりも22%もお得だよ』 || > 𝅎 < ||

侑「リナちゃんが毎日買い物についてきてくれたら、お母さん喜びそうだね……」


帰るや否や、買い物袋とお金を渡されて、自宅をUターンしてしまったため、まだロクに旅の仲間も紹介出来てないし……。

帰ったら、リナちゃんや新しく捕まえたポケモンたちも紹介しないとね。


侑「ま……余ったお金で好きなモノ買っていいって言ってたし、いっか……」

リナ『侑さんのお母さん、太っ腹だね』 || > ◡ < ||


太っ腹って言うなら、むしろ久しぶりに帰ってきた娘を労って欲しいものなんだけど……。


リナ『ところで、何か欲しいものとかあるの?』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

侑「うん。まあ、なんとなくは」


デパートの中をうろうろしながら、私はお花のコーナーに足を向ける。


リナ『お花買うの?』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「うん。ちょっとね」


私は並べられた色とりどりの花を眺めながら考える。


侑「どれがいいかな……」

リナ『……あ、もしかして……贈り物?』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

侑「……ま、まあ……そんなところかな、あはは」


リナちゃん、意外と鋭いんだよなぁ……。ちょっと恥ずかしい。

並べられた花は、一輪の物から、ブーケになっているもの、ドライフラワーや、アクセサリーに加工してあるものもある。

そんな中、


侑「あ……これ……」


小さな、花飾りが私の目に留まった。

横にある小さなポップに、この花飾りに使っているお花の花言葉が書いてあって──


侑「……これにしよう」


私はこれしかないと思い、それを手に取って、レジに向かうのだった。



754 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 14:41:34.03 ID:6bHKz0F20

    🎹    🎹    🎹





──その夜。


侑「んー……やっぱ自分の部屋は落ち着くなぁ……」


自室のベッドに寝転がってくつろいでいた。

突然の帰宅だったのに、お母さんが私の好きなものをたくさん作ってくれて、お腹もいっぱいだ──その夕飯のための買い出しに駆り出されたのは少々不服ではあるけど……。

──まあ、その買い出しのお陰で、良いものも買えたし、いいんだけどさ。

私がリラックスして、だらけていると、


 「ブイ…」


イーブイがちょっと不機嫌そうに鳴く。


侑「ああ、ごめんごめん! 毛繕いするんだった! おいで」
 「ブイ」


イーブイは呼ばれると、私の膝の上で素直に丸くなる。

手に取ったブラシで毛繕いをしてあげると、


 「ブイィ♪」


ご機嫌そうに鳴く。


リナ『“おくびょう”だったイーブイもすっかり侑さんに慣れたね』 || > ◡ < ||

侑「慣れすぎて、軽くふてぶてしいけどね……」
 「ブイ?」


お父さんとお母さんの前では、人見知りを発動して、お人形さんみたいになっていたのに……。

そんな家族での夕食の際、当初の計画通りイーブイ以外の手持ちたちも家族に紹介したし、


リナ『それにしても、侑さんのお父さんとお母さん、二人とも優しかった』 || > ◡ < ||


リナちゃんのことも、しっかりと紹介出来た。

もちろん、最新型AIではなくロトム図鑑だと説明したけど……。

お父さんもお母さんも、最初は驚いていたものの……ロトム図鑑というものがあるのを説明したら、すんなり受け入れてくれて、しばらく私そっちのけでリナちゃんと談笑していたくらいだ。


リナ『いっぱいお話し出来て嬉しかった』 || > ◡ < ||

侑「お父さんもお母さんも、順応性高いんだよね……」


のほほんとしているというかなんというか……。

まあ、変に勘繰られるよりずっといいんだけど。

リナちゃんともすぐ仲良くなれるくらいの順応性のお陰で、イーブイ以外の手持ちたちも、可愛がってくれていたし。


侑「ライボルトを撫でまくってるときはちょっとひやひやしたけど……」

 「ライボ…」


苦笑いしながら言うと、いつものように部屋の隅で伏せて目を瞑っていたライボルトが静かに鳴く。
755 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 14:42:36.17 ID:6bHKz0F20

リナ『ライボルト、あんまり触られるの好きじゃないもんね』 || ╹ᇫ╹ ||


ライボルトは頭の良い子だから、気を遣って大人な対応をしてくれたんだろう……。


侑「お母さんたちがごめんね、ライボルト」

 「…ライボ」


相変わらず、目を瞑ったまま、気にするなとでも言わんばかりに相槌だけ打つライボルト。……クールだ。

イーブイの毛繕いをしながら、ライボルトと会話していると、


 「ワシャッ」
侑「おとと……」


頭の上にワシボンが止まる。


侑「ワシボンも毛繕いしてほしいの?」
 「ワシャ!」

侑「イーブイ、ワシボンも毛繕いして欲しいって」
 「ブイ…」


私がそう言うと、イーブイは私の膝の上からぴょんと飛び降りて、ワシボンに場所を譲る。


侑「よしよし、仲良く出来て、良い子良い子」
 「…ブイ♪」

侑「じゃあ、ワシボン、毛繕いするよー」
 「ワシャ♪」


リナ『侑さんの手持ちたちも随分打ち解けたよね』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「やっぱり、一緒に旅してると、仲間意識が湧くんだろうね」


手持ち同士の仲が悪かったりすると本当に大変だって言うから、その点は助かっている。

ただ、


 「ニャァ〜」


ニャスパーはなんというか……我が道突き進むというか、周りのポケモンにあまり関心がない。

相変わらず、リナちゃんを目で追いかけながら、とてとてと歩き回っていて、イーブイやワシボンと遊んだりもしないし……。


侑「ニャスパーは本当にリナちゃんが好きだよね……」

 「ニャァ〜」
リナ『リナちゃんボード「テレテレ」』 ||,,╹ᨓ╹,,||


このニャスパー……本当にどこの誰のポケモンなんだろう。


リナ『もっと動きまわった方がいいのかな』 || > ◡ < ||
 「ニャァ〜」


リナちゃんが飛び回ると、ニャスパーは上を見上げながら、短い足でとてとてと追いかけ始める。

正直この光景に関しては、微笑ましいことこの上ない。
756 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 14:43:17.61 ID:6bHKz0F20

侑「やっぱネコポケモンは動くものが好きなんだね」

リナ『だね』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「……よし! ワシボン、毛繕い終わったよ」
 「ワシャ♪」

 「ブイブイ」
 「ワシャ〜」


しっかり毛並みを整えてあげると、ワシボンはご機嫌に鳴きながら、イーブイと追いかけっこを始める。


侑「イーブイ、ワシボン、あんまり暴れちゃダメだよ〜」
 「ブイ♪」「ワシャ〜」


イーブイ、ワシボン、ライボルト、ニャスパー、なかなか個性的な手持ちになってきた気がする。

そして……最後の手持ち、と言っていいのかな。

私はその子をボールから外に出す。

丸いラグビーボール大くらいの──タマゴ。


リナ『そのタマゴ、全然変化がないね』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「うん……」


たまにボールの外に出して、撫でてみたり、優しく抱きしめてみたりしているけど……あんまり変化はない。


侑「本当に生まれてくるのかな……」


タマゴに直接耳を当ててみるけど……特に何も聴こえない。

どんなポケモンが生まれてくるのかわからないと、この子をどうするかの方針も立たないんだけどなぁ……。


リナ『まだまだ時間がかかりそうだね』 || ╹ᇫ╹ ||

侑「そうだね……」


まあ、根気よく待つしかないかな……。

何か早く生まれさせる方法があるわけでもないし。


リナ『……あ、侑さん』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

侑「ん?」

リナ『歩夢さんから、メールだよ』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

侑「歩夢から?」

リナ『ベランダ、今出られるかって、訊いてる』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

侑「ん、わかった」


私は上着を羽織って、ベランダの外に出る。

ベランダに出ると──歩夢が隣の部屋のベランダの手すりにもたれかかりながら、空を見ていた。

私も歩夢と同じようにベランダの手すりに手を掛けながら、歩夢に声を掛ける


侑「歩夢」

歩夢「あ、侑ちゃん。ごめんね、急に呼び出して」

侑「うぅん、平気だよ。どうしたの?」

歩夢「なんだか……お話ししたくなっちゃって」

侑「ふふ、そっか。旅に出る前はよくこうして話してたもんね」
757 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 14:44:13.12 ID:6bHKz0F20

そんなに前のことじゃないはずなのに、なんだかこうしてベランダで話すのも懐かしい気持ちになってくる。

そう思っていたのは歩夢も同じだったようで。


歩夢「ふふ♪ なんだか、そんなに前のことじゃないのに、懐かしい気持ちになっちゃうね♪」


そう言って笑う。


歩夢「侑ちゃん、お部屋で何してた?」

侑「ポケモンたちと遊んでた」

歩夢「ふふ、私と同じだね♪」

侑「旅で出会ったポケモンたちが、自分の部屋にいるのはなんか不思議な気分だけどね」

歩夢「そうだね。……私たち、旅してきたんだね」


歩夢は空を見上げながら、しみじみと言う。


歩夢「ちょっと前まで……旅してる自分を全然想像出来なかったんだけど……」

侑「そうだね……」

歩夢「旅に出たら、やっぱり戸惑うことばっかりで……大変だなって思うこともいっぱいあったけど……」

侑「うん」

歩夢「旅に出てよかったって……思ってるよ」

侑「なら、よかった」

歩夢「侑ちゃんが居てくれたお陰だよ♪」

侑「それはこっちの台詞だよ。歩夢、いつもありがとう」

歩夢「えへへ……なんか、照れちゃうね」


歩夢は嬉しそうにはにかむ。

そんな歩夢を見て、今かなと思った。


侑「ねぇ、歩夢」

歩夢「?」

侑「実は、歩夢にプレゼントがあるんだ」

歩夢「え、プレゼント……?」

侑「歩夢のお陰で旅が出来て、歩夢のお陰で毎日が幸せだからさ……そのお礼というか」

歩夢「そ、そんな……感謝してるのはこっちだよ……! それに私、何も用意してないし……」

侑「私が歩夢にあげたいって思っただけだからさ。受け取って欲しいな」


そう言って、私は上着のポケットから、小さな小箱を取り出して歩夢に渡す。


歩夢「……開けていい?」

侑「もちろん」


歩夢がゆっくりと小箱を開けると──


歩夢「……わぁ♪ 可愛い……♪」


中から、桃色の花飾りが顔を出す。
758 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 14:45:53.91 ID:6bHKz0F20

侑「さっき、夕飯の買い物に行ったときにたまたま見つけて……歩夢に似合うと思ってさ」

歩夢「ありがとう、侑ちゃん……♪」


歩夢はそう言いながら、早速花飾りを着けて見せてくれる。


歩夢「……どうかな?」

侑「ふふっ。やっぱり私が思ったとおりだ。すっごく、よく似合ってるよ♪」

歩夢「えへへ……ありがとう……///」


歩夢は照れ臭そうに笑う。


侑「この旅をしててさ……私、歩夢の知らないところ、たくさんあったんだなって思ったんだ」

歩夢「そうなの?」

侑「うん。だから、ケンカもしちゃったし……」

歩夢「あ……そうだね……」

侑「あ、でも、あのときケンカしちゃったことは、今となってはよかったって思ってるよ。ちゃんとお互い思ってることを言い合えたから」

歩夢「侑ちゃん……。うん、私もそう思うよ」

侑「だからさ、その……なんていうか……。これから先、もしかしたら、また気持ちがすれ違っちゃうこととか、一緒にいられないことが、あるのかもしれないけど……」

歩夢「……うん」

侑「……私はいつでも、歩夢を大切に思ってる。そんな気持ちを込めたから……何かあったら、その花飾りを見て、思い出してくれたら嬉しいなって……」

歩夢「侑ちゃん……。……うん、わかった」


歩夢が優しい表情で笑い返してくれる。本当に心の底から、私の言葉を受け止めて笑ってくれているんだって。

なんだか、それが妙に気恥しくて、


侑「……そ、それじゃ、そろそろ明日に備えて寝ないとね///」


思わず、話を切り上げてしまう。


歩夢「ふふっ♪ そうだね♪」


くすくすと笑いながら言う歩夢。

なんだか、今の私の気持ちを見透かされているみたいで、余計恥ずかしくなってくる。


歩夢「おやすみ」

侑「う、うん、おやすみ! また明日!」


半ば逃げるように、部屋に戻ろうと踵を返す。


歩夢「侑ちゃん」

侑「?」

歩夢「私の侑ちゃんへの想いも、ずっと変わらないから……安心してね」

侑「……うん、ありがとう」


──なんだかこそばゆい気持ちだけど、今日は良い夢を見られそうな気がする。

ふと見上げた夜空では、旅していたときと変わらず、月明りが優しく私たちを照らしていたのだった。



759 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 14:46:29.41 ID:6bHKz0F20

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【セキレイシティ】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ ●__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.39 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.38 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.34 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.29 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:136匹 捕まえた数:4匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.38 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.36 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.34 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      タマザラシ♀ Lv.29 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:146匹 捕まえた数:15匹


 侑と 歩夢は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



760 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 21:01:41.49 ID:6bHKz0F20

 ■Intermission😈



──ツシマ研究所にて。

子供たちを家に帰して、ひととおり仕事を片付けたところだ。


善子「……さて……気は進まないけど、連絡しようかしらね……」


私はパソコンの前に座って、ビデオ通話を掛ける。

アプリの呼び出し音が鳴る中、先方が応じるのを待つ。

10秒……20秒……30秒……。


善子「出ない……」


あのルーズな古巣の師を思い出して、溜め息が出る。

連絡してくるときは突然なのに、こっちから連絡してもなかなか捕まらないのだ。昔から。


1〜2分待って、諦めようかと思ったとき、


鞠莉「チャオ〜、善子〜」


やっと、マリーは通話に応じてくれた。


善子「それでマリー、用件は?」

鞠莉「そっちから掛けてきたのに、すごい切り出し方するわね……。そんな言い方するってことは、リナに会ったのね」

善子「ええ。とりあえず、あのリナってポケモン図鑑がなんなのか、教えて欲しいんだけど」

鞠莉「リナは自分のこと、ロトム図鑑って言ってなかった?」

善子「……ロトム図鑑じゃないことくらいわかるわよ」

鞠莉「あら……さすがね」

善子「誰の研究所で助手やってたと思ってるのよ……」


ロトム図鑑とはそれなりに付き合いが長い。一目見れば、違うことはすぐにわかった。

問題は──じゃあ果たして何なのかということ。


鞠莉「AIよ」

善子「マリーが作った……わけないわよね」

鞠莉「あら、失礼ね……マリーには出来ないってこと? わたしはこれでも、そっち方面も出来るのよ?」

善子「それは知ってる。だけど、あのポケモン図鑑──リナはあまりに感情が豊かすぎる」


あんなに感情豊かなAIは、見たことがない。

というか、今の技術で作れるのかも怪しい。
761 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 21:02:27.08 ID:6bHKz0F20

鞠莉「……ふふふ」

善子「何笑ってんのよ」

鞠莉「さすが、わたしの弟子だと思って」

善子「誰がマリーの弟子よ……」

鞠莉「あなたの言うとおり、あんなに感情豊かなAIは今の技術では作れない……」

善子「じゃあ、あのリナってポケモン図鑑は何?」

鞠莉「逆に聞くけど、なんだと思う?」

善子「……」


ああもう……この人のこういうところが苦手だ。

ただ、何故こんなまどろっこしい訊き返し方をしてくるのか。それを考えればなんとなくわかった。


善子「……マリーも知らないってことね」

鞠莉「正解。いや、正確には、確信が持てていないだけだけどね」

善子「……もう一度聞くけど、あのリナってポケモン図鑑はなんなの? いや……違うか──」


私は、この質問では不十分だと思って言い直す。


善子「──私にあの子を託して、どうするつもりだったの?」


あのポケモン図鑑は、侑の手に渡らなければ私か、千歌の手にあるはずのものだった。

確認をしなかった私の落ち度だけど──当初は本当に図鑑データ収集の雑用をさせられると思ったし──この人選には、意味がある。


善子「私か千歌にあのポケモン図鑑を任せるってことは──自分であんまこういうこと言いたくないんだけど……マリーにとって信頼のおける人物の手に置く必要があった」

鞠莉「……続けて」

善子「そして、何故マリーの手元にあるだけではダメなのか。……あの子により多くのデータを与えるため。言うなれば……リナに進化を促す、とでも言えばいいのかしら」


恐らく自己学習型のAIだと言うのは少し会話をしただけでも、想像に難くない。

なら、そのために必要なのは経験だ。それを得やすい人のもとに預けておくのは理に適っている。


鞠莉「……ふむ。当たらずとも遠からずね」

善子「そりゃ、どーも……」


とはいえ、私の推測で考えられるのはここまでが限界。

ここでマリーから正解と言ってもらえなかったということは──私には知りえない情報がまだあるということだ。


鞠莉「リナを成長させたいというのは合ってるわ。あなたの考えているとおり。ただ、進化って言うのは……正確じゃないかな」

善子「まあ……成長でも進化でも、表現はなんでもいいんだけど……」


言い回しに拘るのは、ある意味研究者らしい返答だ。
762 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/05(月) 21:03:00.05 ID:6bHKz0F20

善子「その上で、あの子に経験を積ませて……何が起こるの?」

鞠莉「……リナは……あの子はね──Keyよ」

善子「……キー……? 鍵?」

鞠莉「そう──これから、この地方で起こる、何かに対する重要なKey factor」

善子「……何か……?」

鞠莉「善子、あの子……リナの正体は──」


私は、マリーの言葉を聞いて……驚き、目を見開いてしまった。

そんなこと……ありえるの……?


………………
…………
……
😈

763 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:43:59.75 ID:hNufaooJ0

■Chapter039 『歩夢と桃色の花』 【SIDE Ayumu】





歩夢「──ん〜……! 今日はぽかぽかしてて、気持ちいいね〜……」

侑「こうぽかぽか陽気だと眠くなってくる……」
 「ブイ…」

歩夢「ふふ♪ 確かに、お昼寝したくなっちゃうね♪」


眠そうな侑ちゃんとイーブイを見て、くすくすと笑ってしまう。


リナ『今日は一日中晴れだと思うよ! お散歩日和になってよかったね、歩夢さん!』 || > ◡ < ||

歩夢「うん♪」


私たちは今、セキレイの街を東にある9番道路方面に向かって歩いているところ。

まだ午前中だと言うのに、今日はぽかぽかとした、まさにお散歩日和な日だ。

二人で歩き慣れたセキレイの街を進んでいると、


かすみ「──侑せんぱ〜い! 歩夢せんぱ〜い!」
 「ガゥガゥ♪」


かすみちゃんの呼ぶ声が聞こえてきて振り返る。


侑「おはよう、かすみちゃん」

歩夢「おはよう♪」

かすみ「おはようございます! って、あー! 歩夢先輩、なんですかなんですか、その新しい髪飾り! めっちゃ可愛いじゃないですかぁ〜!」

歩夢「あ、これ……えへへ、実は昨日、侑ちゃんに貰ったんだ……///」

かすみ「えー!? ずるいずるい! 侑先輩、かすみんにはプレゼントないんですかぁ〜!?」

侑「あ、えーっと……ごめん。かすみちゃんの分はちょっと用意してないや……」

かすみ「えー……むー……まあ、いいですけど。その代わり、今日のジム戦の応援、全力でお願いしますね」

侑「あはは、それなら任せて!」


というわけで、私たちはこれからサニータウンへ向かうために、セキレイシティを東に進んでいきます。

そしてその途中には──太陽の花畑がある。

私はこの太陽の花畑をすごくすごく楽しみにしている。

特に今日みたいなぽかぽか陽気な日に、あのお花畑をお散歩出来たら、きっとすごく気持ちいいに違いない。


歩夢「早くみんなに見せてあげたいな……♪」


素敵な景色を、私の大切なポケモンたちに見せてあげられるんだと思っただけで、気持ちがうきうきしていた。



764 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:44:34.78 ID:hNufaooJ0

    🎀    🎀    🎀





──セキレイを東に抜けて、しばらく9番道路を歩いた先、


歩夢「見えてきたよ!」


気持ちが逸っていたのか、自然と少し前を歩いて、先導するような形になっていた私は、侑ちゃんとかすみちゃんを振り返りながら、前方を指差す。

そこには──色とりどりの花が、ずーっと先まで広がっている光景。


侑「うわぁ〜! 久々に来たけど、やっぱすごいね!」
 「ブィ〜〜!!!」

歩夢「うん!」


ここが、セキレイの東にある大きなお花畑──太陽の花畑だ。


かすみ「かすみんはちょっと前に来たんですけど……そのときとなんかちょっと違うかも?」
 「ガゥゥ?」

歩夢「ちょうど開花時期のお花もあるからだと思うよ♪ この時期は、一番咲いてるお花の種類が多くて綺麗なんだ♪」

かすみ「へーそうなんですね! 前来たときは、コソ泥さんを追いかけてて、ゆっくり見る暇もなかったけど……こうしてみると、やっぱり絶景ですね!」

歩夢「うん!」


まさに花の絨毯と言っても差し支えない光景を目の当たりにしながら、


歩夢「みんな、出てきて!」


みんなをボールから出す。


 「バースッ!!」「マホイ〜♪」「タマァ…」


エースバーンは一面に広がる風景に目を丸くしていたけど、


 「バスッ♪」


ご機嫌になって、花畑を駆け出す。

進化した今でも、走り回るのが大好きみたい。


 「マホ〜♪」


マホイップは、近くにあるお花に近付いて、匂いを嗅いでいる。


 「マホ〜♪」
歩夢「ふふっ♪ いい匂いするよね♪」


マホミルの頃から、甘い匂いが好きだったマホイップも、ニコニコしながら、あっちこっちの花の匂いを嗅いでいる。

ただ、そんな中、


 「タマ…」


タマザラシは私の足元から離れようとしない。
765 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:48:06.20 ID:hNufaooJ0

歩夢「タマザラシ、お花綺麗だよ?」
 「タマァ〜…」

侑「歩夢と離れたくないんじゃない?」

歩夢「そっか……じゃあ、一緒にお花、見よっか♪」
 「タマァ…♪」


頭を撫でながら言うと、タマザラシは嬉しそうに鳴く。

この子はさみしがりやで甘えん坊だから、綺麗なお花畑よりも、私から離れたくないみたい。

まあ、私から離れないのはサスケも同じなんだけど……。


 「シャボ…」


いつものように私の肩の上にいるサスケは、鳴きながら軽く目を開けたけど、


 「シャボ…zzz」


すぐに目を瞑って、眠りだす。


侑「あはは……サスケは相変わらずだね」

リナ『ご飯あげれば起きるかもよ?』 || ╹ ◡ ╹ ||

歩夢「花より団子だからなぁ……サスケは……」


これに関しては昔から変わらないかも。


かすみ「それじゃ、せっかくですし、かすみんもポケモンたちを外に出してあげようかな〜♪」

侑「私も!」


侑ちゃんとかすみちゃんが私に倣うように、自分たちの手持ちを外に出す。


 「ワシャッ♪」「ライボ」「ニャァ〜」
 「ジュプトッ」「ザグマァ〜」「……サ」「ブクロン♪」


ボールから飛び出すと、ワシボンとジグザグマが元気よく飛び出して行く。


侑「あんまり、遠くに行っちゃダメだよ〜?」

 「ワシャ〜」

かすみ「ジグザグマ〜! 何か見つけたら、ちゃんとかすみんのところに持ってくるんだよ〜!」

 「クマァ〜♪」


一方で、ニャスパーとサニーゴはいつもどおり、ぼんやりしている。


 「ニャァ〜」「…………サ」


侑「ニャスパー。遊んできていいんだよ?」
 「ニャァ〜…?」


侑ちゃんが言うと、ニャスパーは近くの花に顔を近づけたり、手でてしてしと叩いてみたりしている。


かすみ「サニーゴは……うーん、まあいつもどおりですね」
 「…………ニ」


サニーゴは興味があるのかないのか、いつもどおりの無表情で、花畑の上をゆっくりと浮きながら移動している。
766 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:48:39.50 ID:hNufaooJ0

かすみ「あれ、楽しいのかな……」

リナ『たぶん……』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

侑「イーブイも、行っていいよ」
 「ブイ♪」


侑ちゃんの肩の上で待機していたイーブイも、侑ちゃんから許可をもらうと、元気よく花畑に飛び出して行く。

そんな、イーブイを追いかけるように、


 「ガゥガゥ♪」


ゾロアも、駆け出す。


かすみ「やっぱり、こ〜んな大きなお花畑があると、みんな開放的な気分になるんですね!」

侑「ふふ、そうだね。せっかくだし、タマゴも外に出してあげよっかな」


侑ちゃんはタマゴをボールから出して、落とさないようにしっかりと胸に抱える。


歩夢「タマゴ、何か変化あった?」

侑「全然……。でも、こうやって歩いてたら、何か刺激になるかもしれないしさ」

かすみ「昨日もちょっとだけ見せてもらいましたけど、一体どんなポケモンが生まれるんでしょうね?」

侑「そればっかりは生まれてみないとかなぁ」


そんな話をしながら、私たちも花畑の中を歩き出す。

すると、タマザラシはコロコロと転がりながら、さらにその後ろから、ジュプトルとライボルトが警護でもしているかのように、ゆっくりと付いてくる。


かすみ「ジュプトルも遊べばいいのに……」

侑「ライボルトとジュプトルは、遊ぶって感じじゃないみたいだね」

歩夢「でも、お花に囲まれて、嬉しそうだよ♪」


いつもどおりのクールな表情でこそあるものの、足取りは気持ち軽やかに見える。


かすみ「あれ……そういえば、ヤブクロンは……?」


そういえば、飛び出して行った子たちの中にヤブクロンはいなかった。かすみちゃんがキョロキョロと辺りを見回すと、ヤブクロンはたくさんの花の影に隠れていて、


かすみ「ああ、そんなところにいたんだね。……って!?」
 「ヤブ…」


もしゃもしゃとお花を食べているところだった。
767 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:49:44.85 ID:hNufaooJ0

かすみ「わー!? ヤブクロン、勝手に食べちゃダメでしょ!?」
 「ヤブ…?」

侑「かすみちゃんのヤブクロン、お花食べるの?」

かすみ「は、はい……お花が大好物なんです……。でも、お花畑の花は食べちゃダメでしょ!」
 「ヤブ…」

かすみ「そんな不機嫌そうな顔されても……勝手に食べたら、かすみんが叱られちゃいますよぉ……」

歩夢「うーん……ちょっとくらいなら大丈夫だと思うよ?」

かすみ「えぇ……? そんな、歩夢先輩まで……。管理してる人とかに叱られちゃわないですか……?」

リナ『太陽の花畑には管理人はいないよ』 || ╹ᇫ╹ ||

かすみ「はぇ……? え、だって、お世話してる人がいるでしょ?」

歩夢「あのね、かすみちゃん。太陽の花畑は、自然のお花畑で、人の手は入ってないんだよ」

かすみ「え!? こんなに大きくて、いろんな種類のお花があるのに!?」


かすみちゃんが驚くのも無理はない。

私も昔は、誰かが手入れをして、作ったものだと思っていたもの。


リナ『この花畑は花にとって、特別な環境になってるんだよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「特別な環境って、具体的には?」

歩夢「ここのお花畑はね、太陽のエネルギーに溢れてるって言われてるの」

かすみ「太陽のエネルギーに溢れてる……?」

歩夢「うん。あそこにある大きな花……見える?」


私は花畑の中央の方を指差す。


かすみ「ああ、あのでっかいヒマワリですよね! ここの名物ですから、あれは知ってますよ!」

侑「確か……大輪華・サンフラワーだっけ?」

かすみ「どうすれば、あんなに大きく成長するんですかねぇ……」

歩夢「あのヒマワリはね、太陽のエネルギーの塊だって言われてるの」

侑「太陽のエネルギーの塊……?」

かすみ「えぇ? じゃあ、あのおっきなヒマワリが、周りのお花を育ててるって言うことですかぁ?」


かすみちゃんが不思議そうに小首を傾げる。


歩夢「えっと……進化の石ってあるでしょ?」

侑「ああ、“ほのおのいし”とか“みずのいし”とかのことだよね」

歩夢「うん。あれは小さい手の平のサイズの石なんだけど……自然界には、あの進化の石と同じようなエネルギーを持った場所があるんだって」

リナ『ここはそんな“たいようのいし”のエネルギーが満ちてる場所って言われてるんだよ』 || ╹ 𝅎 ╹ ||

かすみ「え? じゃあ、“たいようのいし”いらずってことですか?」

歩夢「うん。チュリネやヒマナッツはここにいるだけで、進化することがあるみたいだよ」

かすみ「え!? ほ、ホントに“たいようのいし”いらずだった……」

リナ『そんなエネルギーの恩恵を受けて、多くの花が自生してるんだよ』 || ╹ ◡ ╹ ||

侑「でも、どうしてそんなエネルギーがここにはあるの?」

リナ『正確な理由はわかってないみたい……。私のデータにもない』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

歩夢「でもね、あのサンフラワーにまつわる伝説は残ってるんだよ」

かすみ「伝説ですか?」
768 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:51:17.05 ID:hNufaooJ0

私は、このお花畑が好きでもっと知りたくて……以前、学校の図書館で調べた、大輪華の伝説のことを話し始める。


歩夢「ここは最初は何もなかったんだけど……。このオトノキ地方に最初の輝きを与えたと言われるポケモン──ディアンシーは自らの輝きを地方中に分け与えたんだって」

かすみ「輝きって、なんかふわふわした言い方ですね?」

リナ『今ではこの輝きって言うのは生命エネルギーだったとか、宝石や鉱石だったんじゃないか、なんて言われてるね』 || ╹ᇫ╹ ||

歩夢「うん。その輝きの一つはここ……太陽の花畑に。大きな大きな、太陽の輝き。その太陽の輝きの上に、たまたま一つのヒマワリの種が芽吹いたんだって。そして、そのヒマワリの種は太陽の輝きの中に芽を伸ばして──大きく、大きく成長した」


私は、大輪華を見上げる。


侑「……もしかして、その太陽の輝きって……」

歩夢「うん。巨大な“たいようのいし”だったんじゃないかって言われてるみたい」


“たいようのいし”のエネルギーを吸って成長したから、サンフラワーはあんな大きな大輪を咲かせたと考えられているそうだ。


歩夢「だから、サンフラワー自身が強い太陽のエネルギーを放って、土地を潤し続けてる。そんな場所だから、長い年月を掛けて、自然といろんな種類のお花が集まってきたんだって」

かすみ「へ〜……なんだか、壮大な話ですねぇ……」

侑「だから、人の管理は必要ないんだね」

歩夢「うん。あ、でもね……人以外がお花のお世話をしてるんだよ」

侑・かすみ「「人以外……?」」


侑ちゃんとかすみちゃんの声が重なる。


歩夢「えっとね……」


私はキョロキョロと辺りを見回す。

真ん中の方に来ると、いつもだいたい何匹かいるんだけど……そう思って、周囲を確認していると、


歩夢「あ、いた……」


 「エッテ」「エッテ〜」「エッテエッテ♪」


歩夢「あの子たちがお世話してるんだよ」


少し離れたお花の上で、漂うように飛んでいる、小さなポケモンたちを指差す。


かすみ「わ、可愛い〜♡」

侑「あのポケモンは……確か、フラエッテだっけ?」

リナ『フラエッテ いちりんポケモン 高さ:0.2m 重さ:0.9kg
   自分の パワーを 花に 与え 心を こめて 世話を する。
   あちこちの 花畑を 飛び回り 枯れかけた 花を 見つけると
   世話を 始める。 花の 秘められた 力を 引き出して 戦う。』

侑「確か、フラベベの進化系で……さらにフラージェスに進化するんだっけ」

歩夢「ふふっ♪ そうだね♪」


ポケモンの話題になると、急に饒舌になるのが侑ちゃんらしくて、ちょっと笑ってしまう。


歩夢「フラエッテたちがお花のお世話をして、ここでお気に入りの花を見つけたフラベベたちが、花に乗って飛んでくんだよ」


そう説明していると、風が吹いて、ちょうど目の前で花に乗ったフラベベたちが花畑を飛び立っていく。
769 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:52:33.69 ID:hNufaooJ0

リナ『フラベベ いちりんポケモン 高さ:0.1m 重さ:0.1kg
   気に入った 花を 見つけると 一生 その花と 暮らす。 花の
   力が ないと 危険だが 好きな 色と 形が 見つかるまで
   旅を 続ける。 見つけると 風に 乗って 気ままに 漂う。』

歩夢「そうやって、世界中にお花を広げていくんだって♪」

かすみ「なんかロマンチックな話ですね! それにこれだけいろんな種類があったら、フラベベも絶対にお気に入りのお花が見つけられますもんね!」

歩夢「そうだね♪」


そして、お気に入りの花を見つけて飛び立っていったフラベベたちは、成長してフラエッテになると、お花のお世話をしにここに戻ってくるらしい。

まさにこのお花畑は、自然とポケモンが密接に結びついて繁栄させてきた、自然の楽園というわけだ。


侑「なんか身近な場所だったのに、全然知らなかったや……」

歩夢「ふふっ♪ 侑ちゃんは花よりポケモンだもんね♪」

侑「でも、ポケモンとも関わりがあるってわかったら、興味湧いてきたよ!」


やっぱり侑ちゃんらしくて、くすくす笑ってしまう。

そんな中、急に──prrrrrとポケギアのコール音が鳴る。

私のじゃない……。侑ちゃんを見ると、侑ちゃんも首を左右に振る。

じゃあ、


かすみ「あ、かすみんのポケギアです。……あれ、しず子から? もしもし、しず子?」

しずく『もしもし、かすみさん? 今どこ?」


私たちにも聞こえるように、かすみちゃんがスピーカーモードにしてくれる。


かすみ「太陽の花畑だけど……」

しずく『えっと……まだサニーに着くまで時間かかりそう? 曜さん、もう待ってくれてるんだけど……』

かすみ「え? ……って、もうこんな時間じゃん!?」

侑「……わぁ!? もうとっくにお昼過ぎてる!?」


どうやら、花畑でのんびりしすぎたらしい。


かすみ「すぐに行くって曜先輩に伝えてくれる!?」

しずく『うん、わかった。待ってるね』


──piと通話を切り、


かすみ「みんな〜! サニーまで行くから、戻ってきて〜!」


手持ちを呼び戻している。


侑「曜さんのこと待たせちゃってるみたいだね……歩夢、ちょっと急ごうか」

歩夢「うん。曜さん、忙しい中、予定空けてくれてるんだもんね」


私と侑ちゃんもポケモンたちを呼び戻し始める。


歩夢「みんな〜! 戻ってきて〜!」


タマザラシをボールに戻しながら呼び掛けると、


 「バース!!」
770 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:53:21.02 ID:hNufaooJ0

エースバーンがすぐに戻ってくる。

あとは、マホイップ……。


歩夢「マホイップ〜……どこ行っちゃったの〜……?」


呼んでも全然マホイップの姿が見えない。

恐らく、花の匂いに夢中になっているんだと思う。

マホイップは小さいから、花の影に隠れちゃうし……呼ばれていることに気付いてくれないと探すのが大変なんだけど……。

どうしようかと考えていると、


 「…シャボ」


私の意図を汲んだのか、さっきまで寝ていたはずのサスケが私の身体を伝って、するすると地面に降りていく。

舌をチロチロとさせたあと、花を掻き分けて、進んでいく。

どうやら、探してくれるようだ。

舌先で匂いを嗅ぎ分けるサスケの後に付いていくと、


 「マホ〜…♪」


マホイップは案の定、お花の匂いに夢中になっているところだった。


歩夢「やっと見つけた……ありがとう、サスケ」
 「シャボ」

歩夢「マホイップ。そろそろ、行くよ」
 「マホ?」


屈んで、マホイップを抱き上げる。

その際、ふと──小さなポケモンが地面にいることに気付く。


 「ベベ…」

歩夢「……フラベベ?」


いや、フラベベなら周りにたくさんいる。

ただフラベベが居ただけなら、特に気にしなかったんだろうけど……。

本来花に乗り、風を受けて空を漂っているはずなのに、そのフラベベは──地面をぴょんぴょんと跳ねていた。

つまり、花を持っていなかった。


歩夢「あなた……お花はないの?」

 「ベベベ…」


訊ねると、ふるふると首を振る。


歩夢「お花がないと、危ないよ?」

 「ベベベ…」


フラベベは花の力がないと、満足に戦えないポケモンだし、こうして花もないまま1匹でいるのは、少し心配になる。


歩夢「……好きなお花、見つからないの?」

 「ベベ…」


そう訊ねると、フラベベは頭を垂れて、しゅんとしてしまう。
771 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:55:22.15 ID:hNufaooJ0

歩夢「そっか……」


これだけいろんなお花があるから、こんな風にお気に入りの花を見つけられないフラベベがいるなんて考えたことがなかった。


侑「──歩夢〜!! どこ〜!?」

歩夢「あ、いけない……」


花畑の中で屈んでいたからか、侑ちゃんが大きな声で私を探し回っている。


歩夢「侑ちゃん、ここだよ〜!」

侑「あ、いた!」

かすみ「歩夢せんぱ〜い! 早く行きますよ〜!」

歩夢「う、うん」


かすみちゃんに促されて、行こうと思ったけど。


 「……ベベ」

歩夢「……」


なんとなく、このフラベベを放っておけなくって……。


歩夢「……ごめん、侑ちゃん、かすみちゃん、先に行ってもらってていい?」

侑「え? いいけど……一人で大丈夫?」

歩夢「うん、大丈夫。すぐに追いつくから」

かすみ「それじゃ、かすみんたち、先に行きますね! 行きますよ、侑先輩!」

侑「あ、うん! それじゃ、歩夢、何かあったら連絡してね!」

歩夢「うん、わかった」


侑ちゃんたちが先に行ったのを確認してから、もう一度花畑の中でしゃがみこむ。


歩夢「フラベベ」
 「…ベベ?」


私はフラベベの小さな体を抱き上げる。

……抱き上げると言っても、フラベベは手の平に乗るくらいのすごく小さなサイズだから、手の平で掬い上げる……くらいの表現が正確かもしれないけど。


歩夢「私もあなたのお花探し、一緒にしていい?」
 「ベベ?」

歩夢「あなた一人じゃ移動も大変だろうし……どうかな?」


訊ねると、


 「ベベ、ベベ」


フラベベはコクコクと頷く。


歩夢「ありがとう♪ それじゃ、素敵なお花、見つけよっか♪」
 「ベベ♪」


私は太陽の花畑で、フラベベのお花探しをお手伝いすることにしました。



772 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:56:02.88 ID:hNufaooJ0

    🎀    🎀    🎀





歩夢「フラベベ、このお花は?」
 「ベベ…」

歩夢「んー……じゃあ、こっちは?」
 「ベベ…」

歩夢「そっかぁ……」


フラベベを手に乗せたまま、太陽の花畑を歩き回ること数十分。

新しい種類の花が目に入るたびに、フラベベに訊ねているけど、フラベベは首を振るばかり。


歩夢「うーん……」


フラベベにとって花は一生を共にする相手。

しっくりこない限り、身の危険があるにも関わらず、いつまでも花を探し続けるらしいし……。

フラベベの多くが花畑に生息するのは、少しでも早く自分にあった花を見つけるためなんだと思う。

とはいえ、このまま虱潰しに探していたら、日が暮れてしまうかもしれない。


歩夢「まずは系統を絞らなくちゃ……!」
 「ベベ…?」

歩夢「ちょっと待っててね」


私はバッグの中から“ポロックケース”を取り出す。

このケースの中にはその名のとおり、“ポロック”が入っている。

“ポロック”というのはポケモンのお菓子のこと。いろんな味の“ポロック”があって、これを与えることによって、ポケモンのコンディションを整えることが出来ると言われている。

ポケモンコーディネーターが好んでポケモン与えるものだ。


歩夢「えっと……赤、青、桃、緑、黄、紫、紺、茶、空、黄緑、灰、白……」


色とりどりの“ポロック”をフラベベの前に並べる。

“ポロック”は味によって、種類が変わるんだけど……今回は重要なのは味じゃなくて……。


歩夢「フラベベ、どの色が好き?」


フラベベに聞きたいのは好きな色。


 「ベベ」


フラベベは“ももいろポロック”を指差す。


歩夢「色はピンクだね……」
 「ベベ」


となるとここからは出来るだけ、ピンク系統で探してみた方がいいのかな……。

お花探しの方針を考えていると、


 「ベベ…」


フラベベは並べられた“ポロック”をじーっと見つめている。
773 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:56:54.63 ID:hNufaooJ0

歩夢「もしかして、お腹空いてるの?」
 「ベベ…」


フラベベはコクコクと頷く。


歩夢「ふふ、そっか♪ 食べていいよ♪」
 「ベベ…♪」


許可してあげると、フラベベは“あおいろポロック”を食べ始める。“おっとり”した性格だから、渋い味の“あおいろポロック”が好きみたい。

それはそれとして……好きな色はわかったから……あとは、形かな。


歩夢「フラベベ、好きな形はどういうのがいいの?」
 「ベベ…?」


ひとえに花と言っても、様々な形がある。

サクラのようなポピュラーな形のお花から、アサガオのように漏斗型の物、壺のようなスズランや、バラのような幾重にも花びらが重なっているものもある。

もちろん、フラベベが乗るお花は、茎のあるものじゃないといけないけど……。


歩夢「自分の好きな形のお花があったら、指差して教えてくれないかな? 形がわかったら、それに似た形で好きな色のお花を探せると思うから」
 「ベベ」


そう言うと、フラベベは私の顔を見上げてくる。


歩夢「? どうしたの?」
 「ベベ」


今度は私の方を指差してきた。


歩夢「あはは……えっと、私じゃなくて……お花を……」


そこまで言い掛けて、


歩夢「……。……もしかして……?」


気付く。

私は自分の髪に留めた、花飾りを外して、


歩夢「……これ?」


フラベベに見せてみると、


 「ベベ、ベベ♪」


フラベベは嬉しそうに鳴きながら、花飾りに手を触れる。


 「ベベ、ベベ!!」


すると、今度はあっちあっちと言わんばかりに花畑の向こう側を指差し始める。


歩夢「もしかして……あっちにあるの?」
 「ベベ!!」

歩夢「わかった、行ってみよっか」



774 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:57:42.58 ID:hNufaooJ0

    🎀    🎀    🎀





フラベベを手に乗せたまま、花畑を進んでいくこと10分ほど。


 「ベベ♪ ベベ♪」
歩夢「ホントにあった……」


花畑の一角に──ピンク色の可愛らしい花びらのお花が僅かに咲いていた。

数はそんなに多くないけど、間違いない。私が侑ちゃんから貰ったこの花飾りと同じお花だ。

どうしてここに咲いていることをフラベベが知っていたのかはわからないけど……。

もしかしたら、フラベベは一度触れることで、同じ種類の花の持っているエネルギーのようなものを感じ取ることが出来るのかもしれない。

花と共生するポケモンだし、そういうことが出来てもなんらおかしくはない……のかな?

──私は、フラベベを手に乗せたまま、その花に近付く。


歩夢「ここでいい?」
 「ベベ♪」


花のすぐそばにフラベベを下ろしてあげる。

すると、フラベベは嬉しそうに、その花の上に登り、


 「ベベ♪」


嬉しそうに鳴き声をあげた。

どうやら、気に入ってくれたようだ。


歩夢「ふふっ♪ よかったね♪」
 「ベベ♪」


フラベベが再び嬉しそうに鳴くと同時に、フラベベが花ごとフワリと浮き上がる。

きっと、風に吹かれて、旅に出るんだと思う。


歩夢「ばいばい、元気でね」
 「ベベ♪」


せっかく、私と同じお花が好きな子と出会えたから、こうしてすぐお別れになっちゃうのは少しだけ寂しかったけど……。

フラベベはそういうポケモン。いつかフラエッテに進化したら、ここに戻ってきてくれるだろうから……きっとまた会える。

風に乗って、飛んでいくフラベベを見送っていたら──急に、強い風が吹いた。


歩夢「きゃ……!」


風はすぐに止む。そして、気付くと、


 「ベベ♪」


今さっき飛び立ったはずの、フラベベが私の目の前に戻ってきていた。

そして、それと同時に──フラベベがカッと光輝いた。


歩夢「これってまさか……進化の光……!?」
 「──エッテ♪」


──フラベベから姿を変えたフラエッテは、先ほど乗っていた花に、今度はぶら下がりながら、私の手の上に降りてくる。
775 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:58:15.11 ID:hNufaooJ0

歩夢「ふふっ♪ ……もう進化して戻ってきちゃったの?」
 「エッテ♪」


進化までして、もう戻ってきちゃったマイペースなフラエッテ。

この子がどうして戻ってきてくれたかなんて、わざわざ確認なんてしなくても、その気持ちはわかった気がした。


歩夢「一緒に行こっか、フラエッテ♪」
 「エッテ♪」


コツンと優しくボールを押し当てると、フラエッテはボールに吸い込まれていった。


歩夢「これからよろしくね、フラエッテ♪」


ボールに向かって話しかけると、カタカタと揺れて返事をしてくれた。


歩夢「さて……それじゃ、早くサニータウンに向かわないと……!」


もうとっくにジム戦は始まってしまっているだろうから、急がないと……!

私は新しくフラエッテを仲間に加え、サニータウンへ急ぐため、花の絨毯の中を駆け出したのでした。



776 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/06(火) 13:58:46.73 ID:hNufaooJ0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【太陽の花畑】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__●__.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.40 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.37 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.36 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      タマザラシ♀ Lv.30 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.20 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:154匹 捕まえた数:16匹


 歩夢は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



777 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:11:26.82 ID:0Ok5BWPG0

■Chapter040 『激闘! セキレイジム!』 【SIDE Kasumi】





かすみ「──歩夢先輩……遅いですねぇ……」

侑「そうだね……」


かすみんたちは、サニータウンの東の浜辺で、歩夢先輩を待っていたんですが……歩夢先輩は一向に現れません。


侑「リナちゃん、歩夢ってまだ太陽の花畑にいるの?」

リナ『うん。図鑑サーチすると……太陽の花畑をうろうろしてるみたい』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||

侑「何やってるんだろう……歩夢」


侑先輩は心配そうですけど……。


しずく「ですが、さすがにこれ以上お待たせするのは、曜さんに悪い気がします……」


さっき合流したしず子が、浜辺で作業をしている曜先輩に目を配らせながら言う。


侑「それもそうだね……。これ以上は待つわけにもいかないし、かすみちゃん、ジム戦始めてもらおっか」

かすみ「えぇ、いいんですか?」

侑「歩夢もちっちゃい子供じゃないし……太陽の花畑なら危ないこともないだろうからさ」

かすみ「……わかりました。それじゃ……曜せんぱ〜い!」


かすみんは、浜辺に向かって、駆け出しながら曜先輩に声を掛ける。


曜「お? もういいの? 歩夢ちゃん、結局来てないみたいだけど?」

かすみ「はい! 歩夢先輩、ちょっと遅れてくるみたいなんで、ジム戦始めちゃおうと思います!」

曜「なんかごめんね、急かしちゃったみたいで……」

かすみ「いえいえ! 急なお願いしたのはかすみんの方ですから!」

曜「そう言ってもらえると助かるよ」

かすみ「ところで……どこでバトルするんですか? この浜辺ですかね?」


キョロキョロと辺りを見回しても、バトルフィールドらしい場所は見当たらない。

となると、フリーバトルのように、この浜辺で戦うのかなと思っていたけど、


曜「うぅん、フィールドは用意出来てるんだ。こっちだよ」


曜先輩はそう言いながら、浜辺に向かって歩いていく。

そして、水面に向かって──ピュ〜〜〜イと、指笛を吹く。


 「マンタ〜」「マンタイ〜ン」「タイ〜ン」

かすみ「あ、マンタイン!」

曜「前に来たときに、かすみちゃんたちが一緒にマンタインサーフをした子たちだよ」

しずく「お久しぶりです!」

 「タイ〜ン」

曜「このマンタインに乗ってちょっと移動するから、付いてきて!」


曜さんはそう言いながら、かすみんたちにライフジャケットを手渡し、ぴょんとマンタインに乗って、海を進みだす。
778 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:11:58.12 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「え、ええ……?」

曜「ほら、早く早く〜!」

侑「えっと……マンタインに乗って移動すればいいんだよね?」

しずく「恐らくは……」

かすみ「と、とにかく曜先輩を追いかけなきゃ……!」


かすみんたちはせっせとライフジャケットを装備し、マンタインに乗って曜先輩を追いかけます。





    👑    👑    👑





ちょっとの間、マンタインに乗って、海を移動していると──それはすぐに見えてきました。


侑「わぁ〜!! すごい!!」


侑先輩が、見るまでもなく目を輝かせているのがわかる声音で、歓声をあげた。

そこにあったのは──


しずく「これ……バトルフィールドですか……!?」


水上に浮かぶ、バトルフィールドでした。


曜「そのとーり!」

侑「なんでこんな場所にバトルフィールドがあるんですか!?」


ウッキウキで訊ねる侑先輩。


曜「実は、レジャー開発の中で、バトルも出来たらいいんじゃないかって意見があってね。何か面白いものが作れないかなーって考えてたんだけど……海上のバトルフィールドって面白いんじゃないかなって思ってさ!」

侑「わぁ〜〜〜!!! それ絶対面白いです!! このフィールドでしか出来ないバトル、絶対ありますよね!! 想像するだけで、ときめいてきちゃった……!!」
 「ブィ…?」

曜「今回せっかくだから、これの試用も兼ねてみようかなって思って!」

侑「い、いいなぁ〜……!! 新生のバトルフィールドで戦えるなんて……羨ましい……!!」
 「ブイ…」


侑先輩がかすみんに向かって、本当に心底羨ましいんだなってことがわかる表情を向けてくる。


かすみ「ここで、ジム戦するんですね……」


見たところ、浮島はやや太めのアーチを向かい合わせたような形をしていて、中央にある大きな穴からは海面が覗いている。

そして大きな中央の穴のちょうど真ん中に半径1mくらいの丸い浮島があって、そこにも乗ることが出来るようです。

簡単に言うと、モンスターボールのようなシルエットをしています。


曜「この浮島を中心とした、周囲の海もバトルフィールドになってるんだけど……かすみちゃん、ジム戦はここででもいいかな?」


曜先輩がそう訊ねてくる。

このフィールド……みずタイプのポケモンが戦いやすいつくりになっているのは一目でわかりますけど……。
779 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:12:58.60 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「どんな場所でも戦えてこそ立派なポケモントレーナーです! もちろん、受けて立ちます!」

曜「あはは♪ かすみちゃんなら、きっとそう言ってくれると思ってた! それじゃ、フィールドに上がって!」

かすみ「はい!」


曜先輩に促されて、かすみんはマンタインから浮島の端っこに乗り移る。

乗った瞬間──波に合わせて上下する特有の揺れを感じる。


かすみ「う……結構揺れる……」

曜「まだ観戦席が完成してないから、侑ちゃん、しずくちゃんはマンタインの上から観戦してもらってもいいかなー?」

しずく「はーい! 承知しましたー!」

侑「わかりましたー! ……くぅ〜……私もあそこに乗ってみたかったぁ……!」

リナ『まだ言ってる……』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||
 「イブィ…」


かすみんは、浮島の上で軽く跳ねてみる。

特有の揺れこそあるものの、立っていられないとか、そんなことはないし、簡単にひっくり返ったり、沈んだりということもまずなさそうな、しっかりとした浮島で少し安心する。

これなら、きっと大丈夫……!


曜「ちなみにこのバトルフィールドにはトレーナースペースはないから、フィールド内でだったら、トレーナーも自由に動きまわって大丈夫だからね! ただし、わざと相手トレーナーを狙ったり、相手のポケモンの攻撃をトレーナーが身体で防ぐのは禁止だよ」


フィールドの形だけじゃなくて、フリーバトルに近い形式みたいですね……! かすみん好みの面白そうなルールじゃないですか……!


曜「さて、それじゃ始めようか! かすみちゃん、準備はいい?」

かすみ「はい! お願いします!」

曜「使用ポケモンは4匹! 全員戦闘不能になったら決着だよ! セキレイジム・ジムリーダー『大海原のヨーソローシップ』 曜! 君の全力の航海、私に見せて!」


曜先輩は敬礼してから、ボールをフィールドに向かって投げ放った。

バトル──開始です……!!





    👑    👑    👑





かすみ「行くよ、ヤブクロン!」
 「ブクロン!!」


かすみんの1番手はヤブクロン! 対する曜先輩は、


曜「タマンタ! 出発進行!」
 「タマ〜」


マンタインを二回りくらいちっちゃくしたポケモン、タマンタが1番手。

タマンタは、ボールから飛び出すと同時に、中央の水中にザブンとダイブする。


リナ『タマンタ カイトポケモン 高さ:1.0m 重さ:65.0kg
   2本の 触角で 海水の 微妙な 動きを キャッチする。
   とても 人懐っこく 人間の 船の 近くまで 寄ってくる。
   テッポウオの 群れに 混ざって 泳ぐことが 多い。』

侑「タマンタって確か……マンタインの進化前だよね?」

しずく「はい、そうですね……」
780 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:13:54.15 ID:0Ok5BWPG0

かすみんの後ろで流れるリナ子の図鑑解説とその感想を聞く限り、タマンタはまだ進化していない姿らしい。


かすみ「曜先輩ったら、ジム戦用のポケモンなのに進化させてないで大丈夫なんですかぁ〜?」

曜「ふふ♪ 舐めてかかると痛い目見るよ! “バブルこうせん”!」
 「タマ〜〜!!!」


水面から顔を覗かせたタマンタが、泡の光線を吐き出してくる。


かすみ「ヤブクロン! “ヘドロこうげき”!」
 「ヤブッ!!!!」


対抗するように、ヤブクロンが口から毒液を飛ばし、両者の攻撃がぶつかり合って、相殺する。


しずく「か、かすみさん! 海にヘドロなんか流したら……」

かすみ「え、ええ!? そんなこと言われても困るんだけどぉ!?」

曜「大丈夫だよ。このフィールド内は外の海からは隔離されてるから」

かすみ「そ、そういうことは先に言ってくださいよぉ!!」

曜「あはは、ごめんごめん♪」


むむ……曜先輩は顔馴染みということもあって、なんだか緊張感がない……。

で、でもでも! かすみん、手を抜いたりなんかしないんですから……!


かすみ「ヤブクロン、追撃の──……あ、あれ……?」


攻撃を畳みかけようとした矢先、


かすみ「た、タマンタはどこですか……!?」
 「ヤ、ヤブクゥ…」


気付けばタマンタはさっき顔を出していた水面から姿を消していた。

かすみんがキョロキョロと周囲を見回していると──ちょうど、背後からバシャっと何かが跳ねる音がした。


曜「タマンタ! “エアスラッシュ”!!」

 「タマァ〜〜!!!」

かすみ「!?」


驚いて振り向くかすみんの真横を“エアスラッシュ”が横切って、


かすみ「し、しまっ……!?」
 「──ヤブゥ!!!?」


ヤブクロンに直撃した。


かすみ「ヤブクロン、大丈夫……!?」


思わずヤブクロンに駆け寄る。


 「ヤ、ヤブ…!!」


すぐに起き上がるヤブクロン。どうやら、大きなダメージにはなっていないようで安心する。


侑「そうか……浮島の下は海だから、潜られると簡単に背後を取られちゃうんだ……」
781 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:14:32.52 ID:0Ok5BWPG0

侑先輩の分析どおり、タマンタは海中に潜って背後を取ってきたわけです。

気付けば、タマンタはまた海に潜って姿を消してるし……。


リナ『しかも、このルール……トレーナー自身もフィールド内にいるから、背後を取られたときに気付きにくい……』 || ╹ᇫ╹ ||


確かに、フィールド全体を後ろから把握できる普段の戦闘と違って、トレーナーの後ろ側にもポケモンが来る可能性がある。

そうなると、意識を前だけじゃなくて、前後左右に配らないといけないから……。


かすみ「や、ヤブクロンは後ろ見て! かすみんが前見るから!」
 「ヤ、ヤブッ!!!!」


こうなったら、役割分担です!

かすみんが前半分、ヤブクロンが後ろ半分をカバーすれば、死角を減らせる……!

あえてかすみんが前を見ている理由は──


曜「さぁ、次はどっちから来るかわかるかな?」


曜先輩を見るため──直後、曜先輩が一瞬だけ、向かって左側に視線を向けたのを見逃しませんでした。


かすみ「ヤブクロン、左から来──」

曜「“つばさでうつ”!!」
 「タマァッ!!!!」

 「ヤブゥッ!!!?」


ヤブクロンに指示を出した瞬間、右側から飛来してきたタマンタの“つばさでうつ”で吹っ飛ばされる。


かすみ「ぎ、逆!? 今、一瞬左側見て……!?」

曜「ふふ♪」


余裕そうに笑う曜先輩を見て、すぐ気付く。

──視線に誘われた。

かすみんに見られているのを理解した上で、曜先輩は一瞬左側に視線を送り、それに釣られて死角になった右側からの攻撃。


かすみ「ぐ、ぬぬぬ……!」


完全に術中にはまっている感じがする。


しずく「かすみさーん! 落ち着いてー!!」


しず子の声が飛んでくる。

こんなときこそ冷静にならなきゃ……!


かすみ「でも、相手がどこから飛び出してくるかわかんない……そうだ、それなら……! ヤブクロン、“まきびし”!!」
 「ヤブゥッ!!!!」


ヤブクロンが周囲にトゲトゲ状の硬いモノを吐き出し、それはぽちゃんぽちゃんと海に落下する。


かすみ「さらに、“タネばくだん”!」
 「ヤブッ!!!」


続けざまに、今度は“タネばくだん”を吐き出して、それも海にばらまく。
782 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:17:30.32 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「さぁ、どうですか……! これなら、海の中はトラップだらけですよ……!」

曜「! なるほどね……」


無暗に動き回れば“まきびし”が刺さるし、“タネばくだん”に触れればドカンです!


曜「でも、かすみちゃん! タマンタは海の中で簡単に障害物に当たったりしないよ!」


曜先輩の言葉と共に、タマンタがザバァッ!! っと音を立てて海面から飛び出してくる。

──もちろん、“まきびし”や“タネばくだん”によって負傷した形跡はない。


曜「“ハイドロポンプ”!!」
 「ターーマァーーーッ!!!!!」

かすみ「わぁーー!!? ヤブクロン、“ボディパージ”!!?」
 「ヤ、ブェェェェ…」


上空から襲い来る強烈な水流に対して、ヤブクロンは咄嗟に体から大量の花を吐き出し、身を軽くし、辛うじて回避する。

空振った“ハイドロポンプ”は、浮島に突き刺さり、


かすみ「わ、わわわ!?」


かすみんたちの足元がグラグラと揺れる。

かすみんは転ばないように、思わず四つん這いになってしまう。


曜「咄嗟に身を軽くして、避けられた……!」


ただ、曜先輩の言うとおり、回避には成功している。

“ハイドロポンプ”は大技だし、タマンタは飛び回りながらの攻撃。

ヤブクロンまでちょこまか動き回っていたら、なかなか狙いを定めるのは難しいはずです。


かすみ「ヤブクロン……! もっと“まきびし”と“タネばくだん”!!」
 「ヤブクッ!!!」


ヤブクロンはフィールド走り回りながら、さらにトラップを設置していく。


曜「あくまでトラップ設置をするんだね」

かすみ「……タマンタが頭の触角で、海流を察知して避けられるのはわかります」


それはさっき図鑑で読んだところだし。


かすみ「でも、これだけ大量にあったら、全部は避けきれないんじゃないですか?」

曜「むむ……」


しかも“タネばくだん”は1つが起爆すれば、他も誘爆します。“まきびし”への被弾で体勢を崩せば、それもまた“タネばくだん”への被弾の可能性が増えますし、もはや海中はタマンタにとって安全な場所ではありません。


かすみ「もはや、こうなったらあとは時間の問題ですね、曜先輩! 次、海に戻ったときが決着のときです!」


かすみんは早く下りて来い下りて来いと念じながら、空を飛ぶタマンタを見つめる。


曜「“みずでっぽう”!!」
 「タマァー!!」

かすみ「悪あがきですね! そんなの当たりませんよ!」
 「ヤブクッ!!!」
783 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:18:08.88 ID:0Ok5BWPG0

空を旋回しながら、“みずでっぽう”を撃ち下ろしてくるけど、お互いが高速で動き回っているせいか、狙いが定まらない様子。

……お陰で、浮島がめっちゃ揺れて酔いそうなんですけど……。


かすみ「で、でも、そろそろ限界なんじゃないですか……!」


揺れるフィールドの上で四つん這いになりながら、タマンタを見上げると──


かすみ「……あ、あれ……? 全然下りてきてないような……?」


むしろ……ちょっとずつ高く上がってるような……?


侑「かすみちゃーん!! タマンタ、“みずでっぽう”の反動で飛んでるよ!?」

かすみ「はぁ!?」


言われてやっと気付く。

タマンタは攻撃のために“みずでっぽう”を撃ってきたんじゃなくて──反動で、揚力を得るために水を噴射していた。

カイトの要領で旋回していたから、そのうち落ちてくると思ったのに……これじゃ、いつまで経っても着水しない。

海中をトラップで制圧したつもりだったのに、これじゃ……。


曜「さぁ……空からの攻撃、いくら素早くても、一生避け続けられるもんじゃないんじゃないかな……!」

かすみ「っ……!」


形勢が逆転している。

いくら命中精度が悪い状態とはいえ、ずっと撃ち続けられていたら、いつか当たってしまってもおかしくない。

きっと攻撃が命中したら、怯んだ隙をついて、畳みかけてくるはずだ。


かすみ「──……ま〜、自分から空に留まってくれるなら、こっちとしては万々歳なんですけどねぇ〜……♪」

曜「……え?」


かすみんはあまりに事がうまく運びすぎて、思わずニヤッと笑ってしまう。


曜「もう、かすみちゃん……そんな言葉で揺さぶろうなんて……」


曜先輩は溜め息交じりに言いながら──急にハッとして、かすみんと同じように身を屈めた。


曜「こ、この臭い……!? タマンタ!! 高度落として!!」
 「タ、タマァ…」


気付けば、空で滑空するタマンタの軌道はふらふらとし始めていた。


かすみ「もう遅いですよ!! ……とっくにこの上空には“どくガス”が充満してますからね!!」

曜「で、でも、ヤブクロンはそんな素振り……。いや……まさか、あの“ボディパージ”……!?」


曜先輩はカラクリに気付いたようで、ヤブクロンが“ボディパージ”でフィールド上に吐き出した──ヤブクロンの体の中で発酵された花に目を向けた。


かすみ「にっしっし……♪ そうです、そのヤブクロンが吐き出したお花がずっと“どくガス”になって上空に昇り続けてたんですよ!」


ヤブクロンにはあえて──毒性の強い花を吐き出すように予め打合せをしておくことで、“ボディパージ”はただ素早さを上げるだけでなく、“どくガス”発生装置にもなるということです!!


曜「く……! “ハイドロポンプ”で吹っ飛ばして!!」
 「タ、マァァァーーー!!!!」
784 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:18:42.72 ID:0Ok5BWPG0

上空から、ゴミを洗い流すように、浮島上が水流で掃除される。

ただ、もう今更掃除しても遅い。“どく”は十分に回っています……!!

動きの鈍ったタマンタの進行方向辺りに、


かすみ「ヤブクロン! “ベノムトラップ”!!」
 「ヤッブゥッ!!!」


霧状の毒液を散布する。滑空しているタマンタは咄嗟に方向転換できず、“ベノムトラップ”に突っ込んだ。


 「タ、マァァァ……!!!?」
曜「タマンタ……!?」


さらにふらふらになるタマンタ。


リナ『“ベノムトラップ”は“どく”状態の相手の能力を一気に下げる技……!』 || > ◡ < ||

しずく「かすみさん! 今だよ!!」


かすみ「言われなくても……!」


満身創痍のタマンタを撃ち落とすなんて、造作もありません!


かすみ「“ベノムショック”!!」
 「ヤーーーブゥッ!!!!!」


ブッ!! と毒液を鋭く吐き出して──


 「タマァッ!!!!?」


タマンタに直撃させた。

タマンタは完全にバランスを崩して、海に落っこち──

その直後──ドォンッ!! と特大の水柱が上がった。

海中の“タネばくだん”たちが大爆発したようです。

──打ち上げられた水が雨のように、サァァっと降り注ぐ中、


 「…タ、タマァ…」


タマンタがお腹を上にした状態でプカァっと浮かび上がってきたのだった。


曜「……戻って、タマンタ」

かすみ「ヤブクロン! 作戦大成功だね!」
 「ヤブッ」

曜「四つん這いになってたのも、揺れるのが怖くて屈んでたんじゃなかったんだね……」

かすみ「ええ! かすみんが“どくガス”を吸わないように、しゃがんでただけですよ!」

曜「いやぁー……かすみちゃんはこういうことしてくるって、警戒してたつもりだったんだけどなぁ……」


曜先輩は頭を掻きながら言う。


かすみ「かすみんと知恵比べで勝とうなんて思わない方がいいですよ!」


しずく「かすみさんの場合、知恵比べというよりかは、化かし合いとか騙し合いのような……」

リナ『詐欺、偽計、譎詐、嘘のつき合いとか?』 || ╹ᇫ╹ ||
785 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:20:25.69 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「外野! うるさい!!」

曜「あはは、確かに私はそういうので戦うよりも──真っ向から戦った方が向いてるかも」


曜先輩はそう言いながら──後ろに向かって2匹目のポケモンの入ったボールを放り投げる。

すると──


かすみ「……!?」


曜先輩の背後に巨大な壁が出現する。

いや、壁じゃない……あれは……!?


曜「行くよ、ホエルオー!!」
 「ボォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!」


壁に見えていたのは──あまりにも巨大な体躯を持ったポケモンだった。

ホエルオーは出て来るや否や、海に潜っていく。


かすみ「で、でっか……!? なにあれ!?」

リナ『ホエルオー うきくじらポケモン 高さ:14.5m 重さ:398.0kg
   見つかった 中では 最大級の ポケモン。 大海原を ゆったりと
   泳ぎ 大きな 口で 一気に 大量の エサを 食べる。 獲物を
   追い立てる ために 水中から ジャンプして 水しぶきを あげる。』

しずく「ホエルオー……!」

侑「うっわぁーー!! 私、実物のホエルオー見たの初めて!!」
 「ブ、ブィィ」


侑先輩が目をキラキラさせているのが、振り返らなくてもわかりますけど……あれは敵……。


かすみ「というか、あんなの倒せるんですか……!?」

曜「ふふ、それはかすみちゃん次第だよ……!」


曜先輩がすっと腕を真っすぐ振り上げると──海面が急に盛り上がっていく。


かすみ「!?」

曜「ホエルオー!! “とびはねる”!!」
 「ボォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!」


海中から、大量の水を巻き上げながら──ホエルオーが飛び出した。


かすみ「と、とんで……!?」


その体躯からは想像出来ないくらいに、明確に跳んでいた。宙にいた。

思わず、呆気に取られてしまった。

そんな巨体が海に落ちてきたら、どうなるかなんて、考えるまでもなく──


曜「“なみのり”!!」


巨大な波が一気にかすみんたちに向かって押し寄せてきた。


かすみ「ぎゃーーー!!?」
 「ヤ、ヤブゥ!!!?」


逃げ場なんてどこにもなく、かすみんはヤブクロンともども、巨大な波に押し流されて海に放り出される。
786 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:21:00.88 ID:0Ok5BWPG0

しずく「き、きゃぁぁぁ!!?」

侑「す、すごい迫力だぁぁぁぁ♪」
 「ブ、ブィィ…」

リナ『退避退避ぃ〜!?』 || ? ᆷ ! ||


観戦席の方からも悲鳴が聞こえてくる。

いや、なんか一人歓声だった気もするけど……。


かすみ「はぁ……はぁ……」
 「タィーン」


気付けば、かすみんをここまで連れて来てくれたマンタインが足場代わりになってくれていた。


かすみ「あ、ありがとうマンタイン……」
 「タィーーーン」


マンタインはかすみんを浮島に戻すと、再びフィールドから離れていく。

ヤブクロンは……と海を見渡すと、少し離れたところで、


 「ヤ、ブゥゥゥ…」


大量の水波を叩きつけられ、戦闘不能になった状態でぷかぷか浮かんでいるところだった。


かすみ「戻って、ヤブクロン」


ヤブクロンをボールに戻す。


曜「あはは♪ すごいでしょ、私のホエルオー」


曜先輩がけらけらと笑いながら言う。


かすみ「や、やりすぎですよ……」

曜「ごめんごめん♪ バトルに出してもらえることなんて滅多にないから、張り切っちゃったみたいでさ。ね、ホエルオー」
 「ボォォォォォォォォ」


そりゃ、このサイズで、しかも地上で出せないポケモンとなると、バトルに出て来ることなんて滅多にないでしょうね……。


曜「でも、安心して! 何かあってもマンタインがかすみちゃんたちの身の安全は保証するから!」

かすみ「それは、安心ですね……」


気付けば観客席の方にも、波を回避した侑先輩たちが戻ってきていた。


侑「ねぇ、今のすごかったね!! あんな大迫力、間近で見られるなんて!! 完全にときめいちゃった!! もう一度やってくれないかな!?」

しずく「わ、私は……遠慮したいです……あはは……」

リナ『ポケモン好きもここまで来ると、ちょっと怖い』 ||;◐ ◡ ◐ ||


もう一度やられるなんて、シャレにならない……。

となると、次使うのは──


かすみ「サニーゴ! お願い!」
 「──……サ」

曜「ガラルサニーゴ! 珍しいポケモン持ってるね、かすみちゃん!」


とりあえず、あんなバカみたいな“とびはねる”からの“なみのり”攻撃を食らっていたら、試合にならない。
787 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:21:37.75 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「“かなしばり”!!」
 「……サ」

 「ボォォォォ」
曜「おっと……」


大波を起こすための一連の行動を封じる。


曜「なるほどね、じゃあこれならどうかな! “しおふき”!!」
 「ボォォォォォォ!!!!!!!!!!!!」


ホエルオーの頭から、大量の潮が噴出され──それが降り注いでくる。


かすみ「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!?」
 「…………サ」


大量の水が上から降り注いできて、思わず膝を折る。

これは作戦とかじゃなくて──無理!! 水の勢いで立ってられない!!

サニーゴも、浮くのもままならず、浮島に押し付けられている。

必死に耐えて耐えて耐えて──やっと、上から降ってくる潮水の雨が止む。


かすみ「はぁ……はぁ……」


相手の攻撃の規模が大きすぎる。


かすみ「こんなの……は、反則……ですよぉ……」
 「……サ」


まだこっちから何も出来ていないのに、息が切れてしまう。

とにかく、攻撃をしなくちゃ……!


かすみ「……し、“シャドーボール”……!!」
 「…………サ、コ」


影の弾が発射され──ホエルオーに向かって、当たって弾けた。


 「ボォォォォォォ」
曜「そんなちっちゃい攻撃じゃ効かないよ!」

かすみ「あ、相手が……大きすぎる……」


勝てるビジョンが思い浮かばない。

さすがにヤバイと思ったとき、


 「…………サ、コ……」


サニーゴがのろのろとホエルオーに向かって、進んでいっていることに気付く。


かすみ「サニーゴ……?」


のろのろと前進しながら、サニーゴはゆっくりとこっちを振り返る。


 「………………ゴ」


相変わらず、吸い込まれるような虚ろな目。だけど、何故だか──今日のサニーゴはいつになくやる気なんだと言うことが自然と理解出来た。


かすみ「……私が弱気になっちゃダメだ」
788 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:22:08.02 ID:0Ok5BWPG0

サニーゴは戦う意思を見せてくれている。

なら、トレーナーが諦めるわけにはいかない。

だけど、どうする。パワーもだけど、あの大きさじゃ小細工が通用しない。

そのとき、ふと──


かすみ「……あ」


作戦が思い浮かんだ。


かすみ「え、いや、でもぉ……」


正直、この策を取るのは、嫌というかなんというか……癪だった。

だけど……。


 「ボォォォォォ…」


あの巨大な相手を倒すには……たぶん、これしかない。


かすみ「サニーゴ……!」
 「…………サ」

かすみ「“ハイドロポンプ”!!」
 「──サゴ」


サニーゴが口から勢いよく水流を発射した──


曜「……!?」


それを見て、曜先輩が驚いた顔をする。

何故なら──“ハイドロポンプ”を後ろ向きに噴射していたからだ。


かすみ「一気に近付くよ!!」


水流の逆噴射で、一気にホエルオーに接近するサニーゴ。


曜「でも、近付いてどうするつもりかな!?」
 「ボォォォォォ……!!!!」


ホエルオーが大口を開け、“おたけび”を上げながら、サニーゴを待ち構えている。

そんなホエルオーの大口目掛けて──


かすみ「つっこめーーー!!」


サニーゴは勢いよく、飛び込んだ。


曜「え!?」


さすがに自分から食べられに来たのは予想外だったのか、曜先輩が動揺の声をあげた。


曜「え、ち、ちょっと!? さすがに、ジム戦で相手のポケモン食べちゃうのはまずいって!? ホエルオー、吐き出さないと!?」
 「ボォォォォ」

かすみ「その必要は、ありませんよ」

曜「な、なにいって……!?」


ああもう、ホントにこういう作戦は可愛くないからやりたくないし……何より、あのにっくき──にこ先輩と同じ戦術なんてしたくなかったのに。
789 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:22:40.71 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「“じばく”!!」

曜「っ!?」


──ボォンッ!!!! と大きな音が、ホエルオーの方から発せられ、びりびりと空気を震わせた。

少しの間、辺りが波の音だけになる。

……が、


 「ボ、ォォ…」


程なくして、ホエルオーの体がひっくり返るように転覆し始める。


曜「わ、わぁぁぁ!? 戻って、ホエルオー!?」


曜先輩が慌てて、戦闘不能になったホエルオーをボールに戻すと──ホエルオーのいた場所に、


 「──……サ」


戦闘不能になって動かなくなったサニーゴがぷかぷか浮かんでいた。


かすみ「サニーゴ、戻って!」


ボールを投げて、サニーゴを戻してあげる。


かすみ「ありがとう、サニーゴ……“じばく”なんてさせて、ごめんね」


これしかなかったとは言え、最初から“じばく”特攻をさせるのはさすがに心が痛む。

ジム戦が終わったら、たくさん労ってあげよう。


曜「……す、すごいことするね、かすみちゃん……」

かすみ「出来れば、やりたくなかったですけど……」


まさか、にこ先輩に打開のヒントを貰うことになるとは思いませんでした……。

まあ、結果としてはうまく行きましたし……少しくらい感謝してやらなくもないですね。

──とにもかくにも、


かすみ「これで2対2……!」


お互い残りの手持ちは半分です。


曜「ホエルオーで勝ち切るつもりだったんだけどなぁ……ま、いいや! 切り替えていこー!」


曜先輩が3匹目のボールを構える。

かすみんも同じようにボールを構えて──後半戦スタートです!



790 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:23:14.07 ID:0Ok5BWPG0

    👑    👑    👑





かすみ「さぁ、行くよ、ジグザグマ!」
 「クマァ〜」

曜「ラプラス! 出発進行!」
 「キュゥ〜♪」


かすみんの3匹目はジグザグマ、曜先輩はラプラスです。


リナ『ラプラス のりものポケモン 高さ:2.5m 重さ:220.0kg
   人の 言葉を 理解する 高い 知能を持ち 背中に 人を
   乗せて 海を泳ぐのが 好きな ポケモン。 寒さに 強く
   氷の 海も 平気。 ご機嫌に なると 美しい 声で 歌う。』


曜「ラプラス! “うたかたのアリア”!」
 「キュ〜〜♪」


ラプラスが曜先輩の指示で歌を歌い始める。


しずく「わぁ〜……♪ 素敵な歌声です……♪」

侑「うん……! ときめいちゃう……♪」
 「ブイ〜…♪」


オーディエンスたちはどっちの味方なんでしょうか……。

確かにキレイな歌声なのはわかりますけど、これは攻撃なんです……!

その証拠に──ラプラスの周囲には水で出来たバルーンのようなものが複数浮かんでいる。


かすみ「歌で水を操る技ってことですね……!」

曜「正解!」
 「キュ〜〜〜♪」


水のバルーンたちがジグザグマに向かって飛んでくる。


かすみ「ジグザグマ、“ミサイルばり”!!」
 「クマァッ!!!」


対抗するように、水のバルーン向かって、硬く尖った体毛を飛ばす。

薄い音の膜のようなものに包まれたバルーンは“ミサイルばり”が直撃すると、破裂して、ただの水に戻る。

対策としては正解っぽいんだけど……。


かすみ「か、数が多い……!」
 「ク、クマッ」


撃ち落としても撃ち落としても、四方八方から、バルーンが飛んでくる。


曜「声が届く範囲にいる以上、“うたかたのアリア”からは逃げられないよ!」


どうやら、音の届く範囲内の水を操作できる技らしい。


かすみ「なら……! “しんそく”!」
 「ク、マァッ!!!!」


浮島を蹴って、ジグザグマが一気に飛び出す。

襲い掛かってくるバルーンたちを掻い潜るようにして、浮島を飛び出し──ザブンッ!!
791 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:23:48.22 ID:0Ok5BWPG0

曜「!? 自分から海に……!?」

かすみ「海の中なら、音は響いてきませんよ!」

曜「なるほどね……でも、みずタイプ相手に潜るとはね! ラプラス、行くよ!」
 「キュゥッ!!!」


曜先輩はラプラスに掴まって、海に潜っていく。


かすみ「あー……これ、いいのかな?」


かすみん、すでにジグザグマに指示してる技があるんですけど……。

ま、まあ、わざとじゃないし大丈夫だよね! ちょっとビリっとしますけど!

直後──海中から、バチバチと放電が発生する。

そして、それと同時に──ザバッと音を立てながら、


曜「げ、げほっげほっ……!! び、びりっときたぁ……!!」
 「キ、キュゥゥ…」


ジグザグマの“10まんボルト”に痺れて顔を出す曜先輩とラプラス。

水は電気を良く通しますからね。一緒に潜ったら、曜先輩もビリビリです。


かすみ「曜先輩、大丈夫ですか……?」

曜「う、うん、平気……」

かすみ「まだまだビリビリしちゃいますから、もう潜らないでくださいね!」


ジグザグマは、相手が倒れるまで“10まんボルト”をするはずですからね!

そんなことを考えている間にも、バチバチと海上の表面を火花が放電する。

ただ──ラプラスはなぜか平気な顔をしていた。


かすみ「あ、あれ……?」

曜「ふっふっふ、かすみちゃん、水は電気を通すのにって思ってるでしょ? でも、ラプラスはもう水の中にいないよ!」

かすみ「はい?」


いや、どう考えても水面に浮かんでいるようにしか──と、思ってら、ラプラスの真下は、


かすみ「!? こ、凍ってる!?」


分厚い氷になっていた。

というか、気付けば、


かすみ「へ……へ……へくしっ……! さ、寒い……!」


春の暖かい陽気が嘘のように、どんどん肌寒くなっていく。


曜「“ぜったいれいど”!!」
 「キュゥ〜〜♪」


直後、ラプラスを中心として、海が一気に氷漬けになる。


かすみ「わぁーーー!!!? な、なにしてくれてるんですかぁ!!?」


かすみんは大慌てで、氷の上を走り出す。

分厚い氷を上から覗き込むと──足元の氷の中で、戦闘不能になって動けなくなっているジグザグマの姿があった。
792 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:24:21.17 ID:0Ok5BWPG0

かすみ「じ、ジグザグマぁー!!!」

曜「確かに海は電気を通しやすいけど……冷気も伝わりやすいからね」

かすみ「そ、それより、助けてあげてくださいぃ!!」

曜「了解! ラプラス、“つのドリル”!」
 「キュゥ♪」


ラプラスが頭の角で、氷を砕き──ジグザグマのいるところまでボールが届くように穴を空けてくれる。


かすみ「ジグザグマ、戻って……!」


穴からボールに戻して、一安心。

でも……。


曜「さぁ、かすみちゃん。最後のポケモンになっちゃったね」


そうです。かすみん、次が最後のポケモンです……。

追い詰められたけど……。


かすみ「かすみん、まだ全然諦めてませんよ……!」

曜「お、いいね! かすみちゃんのそういうところ、私好きだなぁ♪」

かすみ「毎回頼ってばっかりだけど……今回も頼みますよ! かすみんのエース!」
 「──ジュプトォッ!!!」


最後のポケモンはもちろん、ジュプトル……!


かすみ「行くよジュプトル!!」
 「ジュプトッ!!!!」


ジュプトルは浮島を蹴って飛び出し──氷の上を駆ける。

ジグザグマはやられちゃったけど……結果として、ジュプトルの走り回るフィールドを増やしてくれました……!


曜「“フリーズドライ”!!」


迫るジュプトルに向かって、ラプラスは自分の周囲に冷気を発してくる。


かすみ「当たりませんよ!」
 「プトォルッ!!!」


ジュプトルは、氷の床を踏み切って、跳躍する。

地表の上を放射状に伝わる冷気攻撃。一見すると範囲の広い攻撃ですけど──ジュプトルは縦の動きにも強いんです!

冷気の届かない上空から、腕の刃を振りかぶる。


かすみ「“リーフブレード”!!」
 「プトォルッ!!!!」


縦に薙いだ刃をラプラスに直撃──させたつもりだったけど、


かすみ「んなっ!?」


気付けばラプラスの口には、大きな氷の結晶が咥えられていて、それを使ってジュプトルの攻撃を受け止めていた。


曜「“こおりのつぶて”には、こういう使い方もあるんだよ!」
 「キュウッ!!!」
793 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:24:57.80 ID:0Ok5BWPG0

そのまま、ラプラスは首を振って、刃を交えていたジュプトルを追い払う。

どうやら、大きく結晶化させた“こおりのつぶて”でジュプトルの攻撃を受け止めたらしい。

そして、その流れのまま、


 「キュウッ!!!」


“こおりのつぶて”をジュプトルに向かって投擲してくる。

もちろん、本来の先制技のような奇襲性は失われているため、


 「プトォル!!!!」


ジュプトルは、冷静に飛んできた氷の結晶を斬り裂いて対処する。


曜「“うたかたのアリア”!」
 「キュゥ〜〜〜♪」


再び、“うたかたのアリア”で周囲に水のバルーンが浮き上がり──ジュプトルに向かって襲い掛かってきた。


かすみ「迎え撃つよ!!」
 「プトォルッ!!!!」


だけど、かすみん怯みません!

周囲が凍っている分、さっきよりも攻撃の物量が少ない。

それにジュプトルなら──絶対に捌ききってくれるという信頼があった。

──次々に、飛び掛かってくるバルーンを斬り裂きながら立ち回る。


曜「いつまで持ちこたえられるかな……!」
 「キュ〜〜♪」


ただ、曜先輩とラプラスの攻撃も止まない。

斬り裂いても斬り裂いても、新しいバルーンが飛んでくる。

周りは海だから、無限に燃料があるような状態。

一度に出せる量が減っているんだとしても、確かにこのままじゃジリ貧……そんなことはかすみんもわかってます。


かすみ「だから、手はもう打ってます!!」

曜「ここから、どうする気かな!」


そのとき、ふいに風が吹いた。

海風にさらわれて──フィールドの上を草が舞っていた。


曜「……え、草……?」


曜先輩が目を丸くする。

そりゃそうですよね──ここは海のど真ん中!

草が舞うなんておかしいですもんね!!


曜「……!?」


そして、曜先輩はやっと気付く──自分たちの足元が生い茂る草に覆われていることに……!
794 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:25:31.20 ID:0Ok5BWPG0

曜「まさか、これ……“グラスフィールド”!!?」

かすみ「そのとおりです!! 技を捌きながら、フィールドを展開してたんですよ!!」
 「プトォルッ!!!!」


力強い緑のフィールドは、浮島だけでなく、ラプラスの作った分厚い氷の上にも緑の絨毯を広げ──ラプラスまで繋がる道を作り出していた。

そして、この緑の絨毯の上でだけ使える──最速の一撃がある。


曜「ま、まずい……!! ラプラス、一旦海に逃げ──」

かすみ「遅いです!! “グラススライダー”!!」
 「──プトォルッ!!!!」


── 一瞬だった。

気付いたときには、草の絨毯をラプラスの背後まで滑り抜け、刃で袈裟薙ぎに一閃していた。


 「キ、キュゥ…」


そして、ワンテンポ遅れて、斬り裂かれたことに気付いたかのように、ラプラスが崩れ落ちた。


侑「すっごーーーい!! 何今の!? すっごいかっこよかった!! ときめいちゃう!!」

しずく「今のは“グラススライダー”ですね。“グラスフィールド”上だと、高速の一撃になる技です」


うんうん。オーディエンスたちも魅了する、ちょーかっこいい、かすみんのエースの一撃が決まりましたね!

かすみんも会心の結果に思わず腕組みして頷いていると──


 「プトォ──」


ジュプトルが光り輝きだした。


かすみ「!? ま、まさかこれって……!!」

曜「進化の光……」


ラプラスを倒して──経験値を得たジュプトルが、新たな姿に……!


 「──ジュ、カイィィンッ!!!!」

かすみ「ジュプトルが進化……! 進化しました〜!!」


思わず、新しい名前を確認するために、図鑑を開く。

 『ジュカイン みつりんポケモン 高さ:1.7m 重さ:52.2kg
  腕に 生えた 葉っぱは 大木も すっぱり 切り倒す 切れ味。
  密林の 戦いでは 無敵。 背中の タネには 樹木を 元気にする
  栄養が 沢山 詰まっていると いわれ 森の 木を 大事に 育てる。』


かすみ「ジュカインって言うんだね……!」
 「ジュカィンッ!!!」


凛々しくなって……キモリからこうして成長してきたことを考えると、なんだか目頭が熱くなってきちゃいます……。


かすみ「さぁ、曜先輩! 最後のポケモンを出してください! かすみんとジュカインがスパッとやっつけちゃいますから!!」
 「ジュカィンッ!!!」

曜「ふふ、言うねかすみちゃん! 私も最後はエースポケモン。負ける気なんてないよ!」


曜先輩がそう言いながら繰り出した最後のポケモンは──
795 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:26:08.56 ID:0Ok5BWPG0

 「ガメーーー!!!!」
曜「さぁ、カメックス!! 全速前進だよ!!」

かすみ「カメックス……!」


ゼニガメの最終進化系ですね……!

 『カメックス こうらポケモン 高さ:1.6m 重さ:85.5kg
  甲羅の 噴射口の ねらいは 正確。 水の 弾丸を 50メートル
  離れた 空き缶に 命中させる ことが できる。 噴き出す
  水流は 分厚い 鉄板も 一発で 貫く 破壊力が ある。』


曜「さぁ、行くよ、かすみちゃん!!」
 「ガメェェェ!!!!!」

かすみ「望むところです!!」
 「ジュカインッ!!!!」


最終戦の火蓋が切って落とされる。

とはいえ、すでに周囲は“グラスフィールド”が生い茂っている、ジュカインにとって有利な状況……!

この勝負貰いました……!

と、思った矢先、


曜「まずは氷を溶かすよ!! “ねっとう”!!」
 「ガメェーー!!!!」


カメックスは背中のロケット砲から“ねっとう”を出して、周囲の氷を溶かし始める。


かすみ「わー!? 何やってるんですかぁ!?」


土台の氷が溶かされれば、もちろんその上に展開されていた“グラスフィールド”も消えるわけで……。

──とりあえず、ジュカインは“ねっとう”を浴びないようにかすみんの目の前まで戻ってきたけど……。

すっかり、周囲の氷は溶かされつくして、浮島上に“グラスフィールド”が展開されている以外は、最初の状態に戻ってしまった。

そして、そんな中、


 「ガメッ!!!」


カメックスは中央の浮島を陣取ってくる。

中央から狙いを定めて──


曜「“ハイドロポンプ”!!」
 「ガメェーーーーッ!!!!」


水砲で攻撃してくる。


かすみ「ジュカイン! “リーフブレード”!!」
 「ジュカイッ!!!!」


ジュカインは、真っ向から飛んでくる水の塊を、腕の刃で斬り裂く。

縦に一閃した、斬撃により斬り裂かれた水砲は、左右にわかれて後ろに海面に着弾する。

それと同時に背後で2つの水柱が上がる。


かすみ「ひ、ひぇぇ……す、すごい威力じゃないですかぁ……」


思わず、直撃したときのことを考えてヒヤッとしたけど──逆に言うなら、進化して新しい力を得たジュカインなら、あの威力でも斬り裂けるということ……!


かすみ「この勝負……本当に貰いましたよ……!」
796 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:26:42.57 ID:0Ok5BWPG0

勝ちを確信したそのとき、


曜「なるほどね……。じゃあ、こっちも本当に切り札、使わせてもらうよ……!」


そう言って、曜先輩はシャツの中から、イカリを模したようなネックレスを取り出した。

その中央には──キラリと光る珠が嵌め込まれていた。


かすみ「!? あ、あれってまさか……!?」

曜「カメックス──メガシンカ!!」
 「ガメェーーー!!!!!」


カメックスが眩い光に包まれる。

そしてその光の中から──


 「ガーーメェッ!!!!!」


両腕に2本のアームキャノン、そして背中に一際大きなキャノン砲を背負った姿で現れる。


かすみ「め、めめめ、メガシンカを使うなんて聞いてないですよぉー!!?」


完全に予想外の展開に動揺が声に出てしまう。


しずく「かすみさーん! 5人目のジムリーダーからは、メガシンカの使用が許可されてるんだよー!!」

かすみ「だからそういうのは先に言ってってば!?」

曜「さぁ、行くよ! カメックス!!」
 「ガーーーメッ!!!!」


曜先輩の掛け声と共に、メガカメックスの3門の砲全てがこちらを向く。


かすみ「や、やばっ!!」

曜「“ハイドロポンプ”!!」
 「ガーーーメェッ!!!!!」


指示と同時に、3つの水の塊がかすみんたちに向かって猛スピードで飛んでくる。

受ける前から、直感でわかった。この攻撃は防ぎきれない。


かすみ「ジュカインッ!! “みきり”!!」
 「カインッ!!!!」


背後に向かって、飛び退くジュカイン。だけど、メガカメックスの攻撃力はかすみんの予想を遥かに超えていて──

着弾と共に、爆発に近い衝撃と共に──浮島ごと吹き飛ばされた。


かすみ「っ……!!」
797 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:27:19.05 ID:0Ok5BWPG0

悲鳴をあげる暇もなく、ジュカインもろとも海に投げ出される。

視界が真っ青な海に包まれ、周囲にはかすみんたちが落ちた衝撃で、大量の泡が舞っていた。

かすみんは咄嗟に、ジュカインを探して周囲を見回す。

水の中のせいで、見えづらいけど……ジュカインは思いのほか近くにいた。

どうやら幸いなことに、同じ方向に飛ばされてきていたようだ。

少しだけホッとする。かすみんは、そのうちマンタインが助けに来てくれるけど、ジュカインは場所がわからなければ、狙い撃ちにされちゃうし……。

いや、その心配は居場所がわかったところでそんなに変わっていない。

どうする……。考えている時間はそんなにない。すぐに決断しないと──

普通のカメックスの攻撃だったら、斬り裂けたけど……メガカメックスの攻撃は“リーフブレード”じゃ、斬り裂けない。

じゃあ、どうやって攻略する……。

どうにか、策を巡らせるけど──あまりに相手のパワーが大きすぎる。

思わず水中で天を仰いでしまう。

天を仰ぐといっても……ここは海の中だから、海面が見えるだけなんだけど……。

見上げた海面からは──太陽の光が差し込んできていた。

幻想的な風景だった。

真っ青な世界の中に差し込む──太陽の、光……。

……太陽の光。

そうだ、“リーフブレード”で足りないなら、もっと強い刃を用意するしかない。

──“ソーラーブレード”。

ジュカインの切り札と言ってもいい、最終奥義。

かすみんは泳いで、ジュカインの肩に掴まる。


かすみ「──」
 「──」


水の中、お互い声は出せないけど、目を見つめ合って、気持ちを交わし合う。

ジュカインはコクリと頷き、陽光の下へと泳ぎ、ソーラーエネルギーのチャージを始める。

恐らく──チャンスは1回。

斬り裂ければ勝ち。出来なければ負けだ。

チャージをしながら──ジュカインは自分の足元に“タネばくだん”をいくつか漂わせる。

“タネばくだん”によるロケットスタート──準備は万端……行きますよ……!





    💧    💧    💧





しずく「かすみさん……」


メガシンカの圧倒的なパワーを前に、かすみさんたちは海に放り出されてしまった。

ただ、私たちはあくまでオーディエンス。見守るしか出来ない。


曜「やば……威力強すぎて、浮島ごと吹っ飛ばしちゃった……」
 「ガメェッ!!!」

曜「ま、いいや! カメックス!」
 「ガメッ!!!」
798 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:28:00.18 ID:0Ok5BWPG0

曜さんがカメックスの名を呼ぶと、カメックスは前傾姿勢になって、砲を海面に向ける。


曜「水の中でも関係ない……! 全部吹っ飛ばす!!」


さらなる追撃の姿勢を取る。


しずく「かすみさん……!」


私は思わず両手を合わせて祈ってしまう。どうにかかすみさんに逆転の一手を……!


侑「しずくちゃん、大丈夫」

しずく「侑先輩……」

侑「かすみちゃんを信じよう」

しずく「……はい」


私は息を整えてから──かすみさんに届くように、


しずく「かすみさーん!! 頑張ってー!!」


海に向かって叫んでみる。

どうか……かすみさん……!

その声に応えるかのように──急に海面が盛り上がり、ザパッと音を立てながら、ジュカインの背中にしがみついたまま、かすみさんが飛び出してきた。


しずく「かすみさん……!!」


ジュカインはその腕に、光を蓄えて……!!





    👑    👑    👑





かすみ「行くよ!! ジュカインッ!!」
 「ジュカイッ!!!!」

曜「飛び出してきた!! カメックス!! 照準を上空に!!」
 「ガメェッ!!!!」


3門のキャノン砲に集束された、みずのエネルギーが今まさに、こちらに向かって撃ち出されようとしているところだった。

それに対抗するように、ジュカインが右腕を振り上げる。


かすみ「曜先輩!! カメックス!! 勝負です!!」


小細工なしの最後の戦い……!!


曜「“ハイドロポンプ”!!」
 「ガーーーーメェッ!!!!!!!!!」


3門から同時に発射され、集束して襲い掛かる水砲。


かすみ「“ソーラーブレード”!!」
 「ジュカーーインッ!!!!!」
799 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:28:35.28 ID:0Ok5BWPG0

振り下ろされる、陽光剣が──水塊にぶつかる。

みずタイプのエネルギーと太陽のエネルギーがぶつかり合う。


かすみ「いっけぇぇぇぇぇ!!!」
 「カーーーイーーーンッ!!!!!!」


太陽の熱が、重く分厚い水の砲弾を、斬り裂いていく。


かすみ「ああああああっ!!!!」
 「ジュカァァァァイッ!!!!!!」


大きく眩く伸びた光剣が──水塊を真っ二つに切り裂いた。


かすみ「やったっ……!!」


割れた水塊の先には──カメックス。


 「ガメーーッ!!!!」


今まさに、目の前に降り立とうとするジュカインに対して──カメックスはガパッと口を開けた。


曜「カメックスは──口からも水を出せるよ」


最後の最後で、曜先輩が隠し持っていた──まさかの4門目。

今しがた使ったジュカインの“ソーラーブレード”は……強力な水塊と相殺しきって、もう輝きを失っていた。


 「ガーーーメェッ!!!!!」


カメックスの口から放たれる──“ハイドロポンプ”が自由落下中のかすみんたちに向かって飛んでくる。

もう、太陽の剣は消えてしまった。

──……右腕のは……!


かすみ「“ソーラーブレード”ォ!!!!!」
 「カィィィィンッ!!!!!!!」


ジュカインは左腕に宿した太陽の光を──振り下ろした。


曜「!!」


カメックスの最後の“ハイドロポンプ”を斬り裂きながら──ジュカインは中央の浮島に、ダンッ!! と音を立てながら着地した。


かすみ「はぁ……はぁ……っ……!!」


左腕の陽光剣で──カメックスを縦に一閃しながら。

フィールドが静寂に包まれる。


かすみ「……カメックスに口があるなら……ジュカインにも両腕があるんですよ……!!」

 「ガ…メ…」


カメックスが目の前で、崩れ落ちた。


かすみ「ぜぇ……はぁ…………これが……かすみんたちの……実力です……!!」
 「ジュカィィィンッ!!!!!」

曜「……は、はははっ!! かすみちゃん、すごい!! まさか、メガカメックスが真正面から負けるなんて、思ってなかったや!!」
800 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:29:10.54 ID:0Ok5BWPG0

曜先輩は負けたのに、心底嬉しそうに笑っていました。

かすみんはもうくたくただったし、安心で気が抜けたのもあって、中央の浮島でへたり込んでしまう。

そんなかすみんの背中に、


しずく「──かすみさんっ!」


いつの間にやら、マンタインでこっちまで来ていたしず子が抱き着いてくる。


かすみ「わとと……」

しずく「かすみさん、お疲れ様……」

かすみ「ふふん……かすみん、すごいかったでしょ?」

しずく「うん、すごかったよ……!」

侑「かすみちゃん本当に良い試合だった……! 最後の攻防、本当に……胸がときめいちゃった……」

かすみ「あはは……全く侑先輩ったら……今日何度ときめけば気が済むんですか〜……」

侑「それくらい、すごい試合だったんだもん! ね、リナちゃん!」

リナ『うん! 感動した!』 ||,,> ◡ <,,||

かすみ「それは……何よりです……」


オーディエンスも魅了出来たということで……かすみん、今日はオールオッケーって感じですね……。めちゃくちゃ疲れましたけど……。


曜「──かすみちゃん」


前方からの声に顔を上げると、曜先輩が中央の浮島まで、移動してきていた。

……というか、ずぶ濡れなんですけどこの人。……ここまで、泳いで来たみたい。

曜先輩は濡れる髪をかき上げながら、私の目の前で片膝を折って、身を屈める。


曜「私の完敗! かすみちゃんの諦めない心、立ち向かう勇気、仲間たちへの信頼、そして……その強さを認めて──この“アンカーバッジ”を贈るよ。受け取って!」


曜先輩がかすみんの手に小さなバッジを手渡してくれる。


かすみ「えへへ……♪ “アンカーバッジ”ゲットです……♪」
 「ジュカィィーンッ!!!!」


こうして、激闘の末──かすみんは5つ目のジムに無事、勝利したのでした。





    👑    👑    👑





──ジム戦を終えて、サニータウンに戻ってくると……。

──pipipipipipi!!! と図鑑が鳴り始める。図鑑の共鳴音です。

ということは……。


歩夢「おーい……! みんなー!」


浜辺に着くとほぼ同時に、歩夢先輩が手を振りながら駆け寄ってくるところだった。
801 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:29:55.06 ID:0Ok5BWPG0

侑「歩夢! よかった、ちゃんとたどり着けたんだね」
 「ブィブィ♪」

歩夢「うん。遅くなっちゃったけど……」

かすみ「全くですよぉ……かすみんの大活躍、見逃しちゃったんですからね」

歩夢「ご、ごめんね、かすみちゃん……。でも、大活躍したってことは……!」

かすみ「はい、このとおりです!」


かすみんは歩夢先輩に今しがた貰った“アンカーバッジ”を見せつける。


歩夢「おめでとう、かすみちゃん♪」

かすみ「ありがとうございます!」

しずく「今日のかすみさん、本当に頑張ったよね♪」

かすみ「でしょでしょ! 今日のかすみんは主役だよね!」

しずく「ふふ、そうだね♪」


珍しくしず子も素直に褒めてくれて気分がいいですね♪


曜「みんな、この後はどうするの? もう日も暮れ始めてるけど……」


曜先輩がそう訊ねてくる。

確かにもうサニータウンの空は夕暮れに包まれている。


かすみ「家に着く前に日が暮れちゃいそうですね……」

しずく「それなら、今日は私の家に泊まらない?」

かすみ「え、いいの?」

しずく「もちろんだよ! 侑先輩と歩夢さんもどうでしょうか?」

歩夢「迷惑じゃないなら、行きたい!」

侑「私も!」
 「イブィ♪」

リナ『全員合意、レッツゴー♪』 ||,,> ◡ <,,||

かすみ「それじゃ、ちゃちゃっと移動しちゃいましょう〜」


かすみんもうくたくたですからね……。


かすみ「曜先輩、今日は本当にありがとうございました!」

曜「こちらこそ、楽しいバトルだったよ! ジム戦とか抜きに、またバトルしたくなっちゃった!」

かすみ「えへへ、是非また今度戦いましょう! それじゃ、今日はこの辺で……」

曜「うん! みんな、気を付けて帰るんだよ!」

かすみ・しずく・侑・歩夢「「「「はーい!」」」」


4人揃って、しず子の家に向かって歩き出す。


しずく「……あ。歩夢さん。その髪飾り、どうしたんですか? 昨日はしてませんでしたよね?」

歩夢「あ、えっと……これは、侑ちゃんから貰ったの……えへへ」

侑「んっん……///」


侑先輩はわざとらしく、咳払いをして、


侑「それより、かすみちゃん! さっきのバトルの感想語ってもいいかな!」
802 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:30:27.55 ID:0Ok5BWPG0

かすみんの方に話を振ってくる。


かすみ「もう〜仕方ないですね〜! いくらでも聞いちゃいますよ〜!」


歩夢先輩に対する照れ隠しなのはバレバレですけど、かすみんを褒めてくれるならオールオッケーです!


しずく「可愛らしいお花の髪飾りですね……素敵です」

歩夢「侑ちゃんが、私のこと大切に想ってるって……そんな気持ちを込めて贈ってくれたの……えへへ」

しずく「それは、大切にしないといけませんね」

歩夢「うん♪」


侑「え、えっとぉ……/// き、今日の試合、まずヤブクロンVSタマンタの話からなんだけど……!」


照れを隠しながら、必死にかすみんの試合の感想を言う侑先輩はちょっと可愛かったです。

そんなサニータウンの夕暮れ時。かすみんたちは、楽しくおしゃべりをしながら、しず子のお家へ向かうのでした。



803 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/07(水) 12:31:13.81 ID:0Ok5BWPG0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【サニータウン】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.●‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.39 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.35 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.36 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.32 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ヤブクロン♀✨ Lv.32 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:149匹 捕まえた数:8匹

 主人公 しずく
 手持ち ジメレオン♂ Lv.29 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      マネネ♂ Lv.22 特性:フィルター 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アオガラス♀ Lv.29 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロゼリア♂ Lv.29 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      キルリア♀ Lv.29 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:156匹 捕まえた数:9匹

 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.42 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.41 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.38 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.32 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:153匹 捕まえた数:4匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.40 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.37 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.36 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      タマザラシ♀ Lv.30 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.20 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:155匹 捕まえた数:16匹


 かすみと しずくと 侑と 歩夢は
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



804 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 01:57:03.51 ID:S2FBcmzU0

 ■Intermission👏



──コメコシティ・DiverDiva拠点


果林「……姫乃ったら、とんでもない爆弾を見つけて来たみたいね」


カリンは数日前に姫乃から預かっていたデータを見ながら、そう漏らす。


愛「ホントにね。で、どうすんの?」

果林「利用しない手はないでしょ」

愛「ま、カリンならそう言うと思ってたけどね」


アタシはカリンに向かって、小さなフラッシュメモリを投げ渡す。


果林「……これは?」

愛「直近のマッキーのスケジュール」

果林「よくこんなもの手に入れられたわね……?」

愛「あっちこっちクラッキングして、やっとこさ入手した。セキュリティが厳重で足が付かないようにやるには結構苦労したよ……」

果林「ふふ、さすが愛ね」


果林は不適に笑いながら、メモリ内のデータを閲覧し始める。


愛「ホントギリギリになっちゃうけど、明後日……マッキーはいくつかの会社と、合同でビジネス発表会の会議があるはずだし、もしかしたらワンチャンそこに──菜々って子も現れるかもしんないよ」

果林「なるほど……。ただ……秘書を確実に同席させるなら、先方にスケジュール交渉をするように仕向けた方が……。時間がないわ……今すぐ、策を考えましょう」


カリンは拠点に戻ってきたところだと言うのに、次のミッションのために作戦を練り始める。

相変わらずストイックだ。まあ、カリンのそういうところは嫌いじゃないけど。

私もなんか手伝おうかと考えていると──拠点内をふよふよと漂っていた小さなポケモンが私の傍に近寄ってきた。


 「ベベノー♪」
愛「おおー、急にどうした?」

 「ベベノ、ベベノ♪」
愛「愛さんにかまって欲しいのか〜? 甘えんぼさんめ〜♪」


抱きしめて、撫でてあげると、相棒は嬉しそうに鳴き声をあげる。


果林「……仕事しないなら、外行ってくれる?」

愛「あーはいはい、手伝う手伝う。また後で遊んであげるから、待っててね」
 「ベベノ」


全く、このストイックさに付き合っていたら、パートナーと遊ぶ暇もないんだから。

アタシは肩を竦めながら、カリンとの作戦会議に興じるのだった。


………………
…………
……
👏

805 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:24:08.45 ID:S2FBcmzU0

■Chapter041 『最初で最後のポケモン図鑑』 【SIDE Yu】





──かすみちゃんのジム戦も無事終わり……私たちはその翌日、約束どおりツシマ研究所を訪れていた。


侑「こんにちはー!」
 「ブィ」

かすみ「ヨハ子博士〜! 可愛いかすみんが来ましたよ〜♪」
 「ガゥガゥ♪」


私たちが研究所に入ると──博士はモンスターボールを磨いているところだった。


善子「あら、来たわね、リトルデーモンたち」


大切そうに磨いているボールを見て──


侑「も、もしかして、そのボール……! 千歌さんのルガルガンが入ってるボールですか!?」


思わず目を輝かせて、詰め寄ってしまう。


善子「ん、あー……残念ながら、これは千歌のルガルガンのボールじゃないわ」

侑「あ……そうなんだ……」

しずく「それにしても、随分丁寧に磨かれているんですね」

かすみ「もしかして〜……めっちゃ貴重なポケモンなんじゃないですかぁ〜? それなら、見せてくださいよ〜!」

善子「……まあ、確かに貴重なポケモンだけど……貴方たちには見せられないわ」


そう言いながら、博士はボールを引き出しにしまってしまう。

その際──その引き出しの中にちらっとだけど……赤い板状のものが見えた。

あれって……?


かすみ「えー!! ヨハ子博士のケチー!!」

歩夢「か、かすみちゃん……そんなこと言ったら博士も困っちゃうよ……」

善子「まぁ……普通のポケモンだったら見せてあげてもいいんだけどね。……この子だけはちょっと特別なのよ」

侑「特別……?」

善子「……ま、そんなことはいいの。今ルガルガンを連れてくるから、ここで待ってて」

侑「! はいっ!」

リナ『侑さん、テンション爆上がり』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||
 「イブィ…」


──程なくして、博士が奥の部屋から、戻ってくる。

もちろん、ルガルガンと一緒に、だ。


侑「わぁ〜〜〜!!!」


ヨハネ博士の横で、毅然とした態度で歩いてくる黄昏色のルガルガンを見て、私のボルテージは最高潮に達する。


侑「ち、千歌さんのルガルガンだぁ〜!!」

 「ワォン」

侑「はぁ〜〜〜♪ やっぱ何度見ても実物で見ると、迫力が全然違う……! さ、触ってもいいですか!?」

善子「ルガルガン、触りたいって言ってるけど?」
806 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:25:07.54 ID:S2FBcmzU0

ヨハネ博士がそう訊ねると、


 「ワォン」


ルガルガンは私の目の前で、伏せの姿勢を取る。


善子「許可が下りたみたいね」

侑「あ、ありがとうございますっ!!」


膝を折って、ルガルガンを優しく撫でてみると、柔らかい毛並みの感触が手に伝わってくる。


侑「こ、これが、あの伝説のルガルガン……私触っちゃった……! か、感激……!」

歩夢「ふふ、侑ちゃん、よかったね」

侑「うん……!」

善子「感動してるところ悪いけど……これから、この子を連れてくんだってこと忘れてないわよね? そんなテンションじゃローズまでもたないわよ……?」

侑「だ、大丈夫です! 責任持って送り届けます!」

善子「なら、いいんだけど。ルガルガン、戻りなさい」
 「ワォン──」


ヨハネ博士はルガルガンをボールに戻して──


善子「それじゃ、千歌のルガルガン……確かに渡したからね」


ボールが私に手渡される。


侑「……はい!」


ぎゅっとボールを握りしめる。千歌さんの大切なルガルガン……責任を持って送り届けなくちゃ……!


かすみ「それはそうと〜……ヨハ子博士〜」

善子「? 何かしら」

かすみ「かすみん、昨日ジム戦すっごい頑張ったんですよ〜」

善子「そういえば、曜とジム戦をしてたんだったわね」

かすみ「ホントに激闘の末の勝利だったんですよぉ〜」

善子「そう」

かすみ「……」

善子「……えっと、なに?」

かすみ「もう! せっかく、自分のところから旅立ったかすみんが頑張ったのに、労いの言葉もないんですか!」

善子「あのねぇ……私は学校の先生じゃないのよ……」

かすみ「むーー!! ヨハ子博士のケチ!! 減るもんでもないんだし、褒めてくれてもいいじゃないですか!」

善子「かすみ、貴方は応援がないと頑張れないの?」

かすみ「頑張れませんっ! かすみんは人から応援されるのがパワーの源なんですっ!」
 「ガゥガゥ」


ゾロアと同調しながら、ぷりぷりと文句を言うかすみちゃん。

そんなかすみちゃんを見てヨハネ博士が溜め息を吐く。


善子「はぁ……先が思いやられるわ……」

 「──こら、善子ちゃん! そんな風に言っちゃダメでしょ!」
807 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:26:29.88 ID:S2FBcmzU0

急に私たちの背後から、聞き覚えのある声が響く。

振り返ると、そこにいたのは、ちょうど昨日も会った──


侑「曜さん!」

曜「ふふ、みんな、昨日振り!」

かすみ「曜せんぱ〜い……! ヨハ子博士がいじめますぅ〜……! かすみん、いっぱい頑張ったのに、ちっとも褒めてくれなくて〜……!」

曜「うんうん、酷い博士だよね〜……」

善子「曜……何しに来たのよ。あと、ヨハネって呼びなさい」

曜「えっと、昨日のバトルで水上フィールドが壊れちゃって……ちょっと耐久の見直しが必要だと思って、家まで設計資料を取りにセキレイに戻ってきたところだったんだけど……。ちょうど、研究所の前を通りかかったら、みんなの声が聞こえたからさ」

善子「それで、わざわざ寄ったってことね……」

曜「それより、善子ちゃん! 大切な図鑑所有者たちに、そんな冷たくしたらダメでしょ!」

かすみ「そうですそうです!」
 「ガゥガゥ!!」

曜「そんな風に、冷たく接してると……もう嫌だーって辞めちゃうかもしれないよ!」

かすみ「そうですそうで……え、いや、それはかすみんも困るんですけど……」
 「ガゥ?」


曜さんがヨハネ博士を窘める。私はてっきり、いつもみたいに軽くあしらうんだと思っていたんだけど……。


善子「……わ、悪かったわ……ごめんなさい……」


ヨハネ博士は気まずそうに、頭を下げる。


かすみ「あ、あれ……意外と素直に謝ってきましたね……」

曜「もう……善子ちゃん、本当は自分のもとから旅立った子たちが活躍してて嬉しい癖に、なんで素直に褒めてあげられないのかな」

善子「う……/// うっさいわね……余計なお世話よ……」


曜さんの言葉に、ヨハネ博士はプイっと顔を背ける。


曜「ごめんね、みんな……。善子ちゃん、前に失敗してるのもあって、君たちとの距離感を掴み損ねてるみたいでさ……」

しずく「失敗……?」

善子「あ、ちょっと、曜……! 余計なこと……!」

曜「やっぱりまだ言ってなかったんだね……」

善子「…………」

曜「善子ちゃん、そろそろ……この子たちには話してあげてもいいんじゃない?」

侑「……?」


一体、何の話だろう……?


善子「…………」

曜「善子ちゃんが、この子たちにどういう期待をしてて、どんな気持ちで旅に送り出したのか。その願いと想い……伝えてもいいんじゃないかな」

善子「でも、そんなの……私のエゴよ」


ヨハネ博士は困ったような表情をして言うけど、
808 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:27:15.89 ID:S2FBcmzU0

しずく「あ、あの……もし、ヨハネ博士に何か特別な想いがあるのでしたら……私は、聞きたいです」

善子「しずく……」

歩夢「き、期待に応えられるかはわからないですけど……私も、ヨハネ博士が何か考えてるなら……ちゃんと知りたいです」

善子「歩夢……」

かすみ「もう、ヨハ子博士、この期に及んで何を隠すことがあるんですか! 気になることがあるなら、このかすみんに話してくださいよ〜!」

善子「かすみ……あんたはなんか腹立つわね」

かすみ「なんでですかっ!?」


ヨハネ博士が選んだ3人からの言葉。


侑「あの、ヨハネ博士……私は博士に選んでもらったトレーナーじゃないですけど……みんなヨハネ博士のこと尊敬してるし、感謝してます! もし、何か気になることがあるなら、力になりたいです……!」

善子「侑……」


ヨハネ博士は少し悩む素振りを見せる。


善子「……もう、曜が余計なこと言うからよ……」

曜「こうしてあげないと、どこかの誰かさんはいつまでも抱え込むからね」

善子「……はぁ……わかったわよ」


ヨハネ博士は観念したように、溜め息を吐きながら──先ほど磨いていたボールをしまった引き出しを開けて、中から赤い板状の物を取り出した。


侑「あ、それ……」


さっきちらっと見たのと同じ物──


侑「ポケモン……図鑑……」

善子「……そうよ」


それは、真っ赤なポケモン図鑑だった。


かすみ「え、どういうことですか? 実はさらにもう1個ポケモン図鑑があったってこと?」

善子「……ええ。どの図鑑ともペアリングされてない。たった1つだけ……残された図鑑」

かすみ「ええ? なら、なんで侑先輩にはそれじゃなくて、リナ子を渡したんですか? リナ子はたまたま知り合いに頼まれて渡された〜みたいなこと言ってませんでしたっけ?」

善子「この図鑑を渡す相手は……もう決まってるの。ずっと……ずっと前から……」

侑「それって、どういう……」

善子「今から話すのは……2年前の話。私がこの研究所を持つ前のことよ──」


ヨハネ博士はそう切り出して──過去のことを話し始めた。



809 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:27:59.70 ID:S2FBcmzU0

    😈    😈    😈

──────
────
──




──2年前。


善子「やっと……やっと、手に入れた……!!」


私は現在建設中の研究所の前で、小躍りしたくなるくらい嬉しかった。

私の手元に届いたのは──真っ赤な旧式のポケモン図鑑。

旧式と言っても、それはガワだけで、中身は最新のモノだ。

本当は外身も最新型の物が欲しかったんだけど……いかんせん、博士の地位を得たばかりで……しかも、自分の研究所も建設中の私にそんなツテがあるはずはなかった。

どうにかこうにか、方々に頭を下げ、あちこちを自分の足で回り、やっとの思いで手に入れることが出来たのが、この旧式のポケモン図鑑だったというわけだ。

そして、図鑑と同時に──わざわざ遠い地方まで探しに行って手に入れた、最初のポケモン。

これで……これでやっと……!


善子「私も博士として……新人トレーナーを送り出せるのね……!」


私の研究のテーマは人とポケモンとの関わり合いの文化だ。

もちろん、自分の足で、目で、それを調べることは重要だし、自分自身で出来ることはたくさんあるけど……。

それ以上に、ポケモンと共に旅に出て、共に成長していくトレーナーから得られる情報が必要だと考えていた。

それに、何より……過去に古巣の師が私たちを送り出してくれたように、博士として、新しいトレーナーを送り出せる人間になりたかった。

マリーには口が裂けても言えないけど……私にとって、あの人は憧れだ。

ケンカしてばっかりだけど、いつかマリーみたいな研究者になって、追い付くんだって、そう思っていた。

これはその第一歩なんだ……!


善子「早速トレーナーを……! 旅立ちを待ってるトレーナーを探さないと……!!」





    😈    😈    😈





善子「…………」

曜「善子ちゃん、元気出しなよ」


項垂れる私に、カフェの向かいの席から、曜が言葉を掛けてくる。


善子「だって……全然……見つからないし……」

曜「まあ、鞠莉さんも新人トレーナー探しには苦戦してたもんね……」

善子「でも、ここセキレイよ!? ウラノホシとは違うのよ!?」

曜「そんなこと私に言われても……」


セキレイになら、明日にでも旅に出たくてうずうずしている子供がわんさかいると思っていたのに……まさかのマッチする子が誰も見つからない状態だった。
810 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:29:34.81 ID:S2FBcmzU0

善子「やっぱり私……不幸な堕天使なのね……」

曜「うーん……図鑑と最初のポケモンが1組しかないからかなぁ……」

善子「たぶんね……」


図鑑を貰って旅に出るとき、ポケモン図鑑と最初のポケモンは3組あるのが普通だ。

でも、私の手元にあるのは1組のみ……。


善子「やっぱり、最初のポケモンを選べないってのが、よくないのかしら……」

曜「まあ、一番最初の楽しみみたいなところあるもんね……」

善子「そうよね……」


今から、あと2組手に入れる……? いや、それこそ無理よ……。1組揃えるだけで、どれだけ大変だったか……。


曜「鞠莉さんに相談してみたら?」

善子「それは絶対嫌」

曜「はぁ……意地張らずにお願いすればいいのに……」

善子「絶対嫌よ……」


半ば強引に飛び出してきて独立したのに、なんやかんやあって、研究所を建てる際にも……頼んでもいないのにマリーが半ば強引に話を付けて研究所設立のお金を貸してくれたりして……。

そのお陰でどうにか自分の研究所を建てることが出来たようなものだったし……。

結局、私はあの人の世話になってばかりなのだ。

マリーは面倒見がいいし、お願いすれば、最初のポケモンどころか、ポケモン図鑑も工面してくれるかもしれない。

だけど……それじゃ、いつまで経っても私はマリーの腰巾着。あの人の隣になんていつまで経っても立つことが出来ない。


曜「なら……めげずに探し続けるしかないんじゃないかな」

善子「……わかってるわよ……」


机に突っ伏したまま、窓の外をちらりと見ると──まるで今のヨハネの気持ちを表したかのような、曇天に包まれていた……。

これは一雨来そうね……。





    😈    😈    😈





善子「──あーもうっ!! やっぱり降られた……!!」


ずぶ濡れになりながら、マンションの自室に駆け込む。

玄関でびしょ濡れになった靴を脱いでいると、


 「ムマァ〜ジ♪」


ムウマージがタオルを持ってきてくれる。


善子「ありがとう、ムウマージ……」
811 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:30:21.63 ID:S2FBcmzU0

タオルを受け取り、雨で濡れた身体を拭きながら、家に入る。

……お風呂沸かさないとね。

部屋に入ると、既にドンカラスがくちばしで器用にお風呂の給湯器を操作しているところだった。

自分の手持ちでありながら、賢い子が多くて助かる……。


善子「みんな、ただいま」

 「カァ」「ゲコガ」「ヒュラ」「シャンディ」「ゲルル…」


ドンカラス、ゲッコウガ、ユキメノコ、シャンデラ、ブルンゲル……アブソルだけ返事がないけど……。

少し探すと、アブソルは部屋の隅の方で丸くなっていた。少し窮屈そうだ。

研究所が完成すれば、この子たちにも窮屈な思いをさせずに済むかもしれない。

もう少しの辛抱だ。


善子「とにかく今は……トレーナー探し……!」


お風呂が沸くまでの間に、パソコンを立ち上げる。

まだ研究所が建設中とはいえ、研究者の端くれ。

情報収集やメールチェックもしなくてはいけないのだ。

……知り合いがまだ少ないから、ほとんどはマリーから一方的にメールが送られてくるくらいだけど……。

──メーラーを開いて、カリカリとスクロールしながら、目を通す。


善子「スパム……多い……」


嘆息気味に目を滑らせながらスクロールしていくと──


善子「……え?」


一通のメールが目に留まった。

そこには──『新人トレーナー募集のお話について』と銘打ったメール。

開くと、そこには、こんな内容が書いてあった。


『初めまして。突然のご連絡、失礼いたします。この度、ツシマ研究所にて新人トレーナーを探されているとお伺いしました。もしよろしければ、詳しくお話を聞かせてもらえないでしょうか?』


善子「……来た」
 「ムマァ〜ジ?」

善子「来た……!! 来たわ!! 新人トレーナーから連絡!!」


私はびしょ濡れで早くお風呂に入りたかったことなんてすっかり忘れて、メールに即行で返事をする。

メールに対するお礼と、こちらの詳細な連絡先、連絡可能時間、出来ればポケギアでいいので、一度直接話したい旨を送信する。

その際、送り主の名前を再度確認する。


善子「──ナカガワ・菜々……」


この子が、私が図鑑と最初のポケモンを託すことになる……最初のトレーナーなんだ……。


善子「くぅぅ……やった……やったわ……!」


思わず、拳を握りしめてしまう。それくらい嬉しかった。

まだ見ぬ、ナカガワ・菜々という少女と早く連絡が取りたい、そう思っていると──ピコンとメールの受信音。
812 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:31:21.33 ID:S2FBcmzU0

善子「嘘!? もう返事来た!?」


まさにそのナカガワ・菜々さんから返事だった。

今すぐにでも、話したいという旨と彼女の連絡先が書かれていた。

私はポケギアを引っ張り出し、すぐにその番号をプッシュした。

通話先の主は──ワンコールも掛からずに、電話に応じてくれた。


 『……も、もしもし……』


ギアの向こうから、緊張気味な少女の声が聞こえてきた。


善子「ナカガワ・菜々さんね……?」

菜々『は、はい……ツシマ・善子博士ですか……?』


咄嗟に善子じゃなくてヨハネと言いそうになったけど、今はそれよりも大事な用件だから、言葉を呑み込む。


善子「ええ……! そのとおりよ、私がツシマ・善子よ」

菜々『よかった……ちゃんと繋がって……』

善子「それで……新人トレーナー募集の話なんだけど……」

菜々『は、はい……私、ポケモンと旅……ずっとしてみたくて……偶然、博士が新人トレーナーを探してるって話を聞いて……連絡してみたんです……』

善子「そうだったのね……」


ああ、私のやってきたことは無駄じゃなかった。

思わず涙ぐみそうになる。


菜々『あ、あの……もしかして……もう旅立ちの子、決まっちゃってたりとか……』

善子「ええ、決まってるわ」

菜々『え、あ……そんな……』

善子「貴方よ」

菜々『……え?』

善子「菜々。……貴方が、私のもとから旅立つことになる新人トレーナーよ……!」

菜々『……! はい!』


これが、私と菜々のファーストコンタクトだった。



813 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:32:18.16 ID:S2FBcmzU0

    😈    😈    😈





私は菜々と何度かやり取りをして、彼女のプロフィールを教えてもらった。

ナカガワ・菜々。

歳は15歳。

住んでいるのはローズシティ。

そして、驚くことにローズの名門スクールに通っている子だった。

そのスクールは今どき珍しい座学メインで、ポケモンの授業がほとんどない学校。

ほとんどの生徒がそのままローズの大企業に就職すると聞く。

そんな学校に通うだけあって、今までポケモンに触れた経験はなし。

ただ、本人はポケモンにすごく興味があり、どうしても旅に出てみたくて、いろいろ調べているうちに、偶然私が新人トレーナーを探しているということにたどり着いたらしかった。

これから初めてポケモンと関わって、一緒に過ごして、繋がりを作っていこうとしている少女……。まさに私が探している人物像そのものだった。

運命すら感じた。


善子「──菜々は、どんなポケモントレーナーになりたい?」

菜々『すっごく強いポケモントレーナーになりたいです……! 誰にも負けない、ポケモントレーナー! 私……そんなトレーナーになれますか……?』

善子「ええ、きっとなれるわ。そういう風に言ってて、本当に強くなった友達がいるの」

菜々『本当ですか……!』


菜々との打ち合わせは順調に進んでいった。

──そして、彼女の旅立ちまであと1週間と迫ったある日のことだった。

ポケギアが鳴り響き、画面を確認すると、いつものように、菜々の番号からだった。


善子「もしもし、菜々?」

菜々『……ヨハネ……博士……っ……』

善子「……菜々?」


通話越しでも、すぐに理解できた。

菜々の声が、震えていた。


善子「どうしたの、菜々!? 何かあったの!?」

菜々『ご、ごめん……なさい……。あ、あの……お、親に……代わり、ます……』

善子「え……?」


親……?


菜々父『──初めまして、ツシマ博士でしょうか』


ポケギアの向こうから聞こえてきたのは、男性の声だった。

つまり、菜々の父親だろう。

真面目そうで、堅い……威圧感のある声。
814 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:33:14.34 ID:S2FBcmzU0

善子「は、はい……間違いありません」

菜々父『この度は、娘がご迷惑をおかけして申し訳ございません』

善子「はい……? い、いえ、ご迷惑だなんて……」

菜々父『いえ、ギリギリになって、旅立ちのお断りの連絡を入れることになってしまって、申し訳ない……』

善子「……は?」


今、なんて言った……?

旅立ちを断る……?


善子「え、ち、ちょっと待ってください、どういうことですか……!?」

菜々父『今回、娘が勝手に博士に連絡を入れて、旅立ちの約束をしてしまったと伺いまして』

善子「……な……」


完全に予想外だった。

菜々は15歳という年齢でありながら受け答えもしっかりしていて、よく出来た子だったから、てっきり保護者とも話がついているんだと思い込んでいた。


菜々父『直前の連絡になってしまったことは、私たちの監督不行き届きに他なりません。本当に申し訳ない』

善子「ち、ちょっと待ってください……!」

菜々父『なんでしょうか』

善子「菜々は……菜々さんはなんと言ってるんですか……!?」


確かに親の了解を取っていなかったのはまずい。とはいえ、話が一方的すぎる。

私はずっと菜々がどれだけ旅を楽しみにしていたのか知っている。期待を、希望を、夢を、全て聞いてきた。

それなのに、二の句を継がせずに、旅に出させないという話になっているのは、あまりに急すぎる。

だけど、菜々の父親は、


菜々父『娘の意見は関係ありません』


その一言で切り捨てた。


善子「な……」

菜々父『我が家の教育方針では、ポケモンとは関わる必要はないと考えています』

善子「ポケモンと関わる必要がないって……」

菜々父『菜々はスクールでも主席。私たちもこの子の未来には期待しています。学校を卒業して、ローズの企業に就職すれば、ポケモンと関わらなくてもそこまで問題はないはずです』

善子「…………それは」


確かにローズシティにはそういう人が少なくない。

人口も多く、他の街に比べると、街中にいるポケモンは少ない方で、このオトノキ地方でも、一生涯ポケモンを持たずに暮らす人間が最も多いと言われている。

安全管理が徹底しているから、野生のポケモンに至ってはほぼゼロと言って差し支えないほどに少ないのがローズシティという街なのだ。

ポケモンを排除しようとしているのではない。人が多いからこそ、ポケモンとの住み分けをしっかりし、お互いの領域を守る。そういう理念で動いている街。


菜々父『それなのに、わざわざポケモンと旅に出るなんて、危険な真似をさせたがる親がいますか?』

善子「…………」


言葉に詰まる。

だけど、ダメだ。ここで何も言い返さなかったら──菜々の夢がここで終わってしまう。


善子「で、ですが……ローズもポケモンの力を全く借りていないわけじゃないはずです」
815 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:34:21.23 ID:S2FBcmzU0

当たり前だが、この世界でポケモンと全く無関係に生きるというのは不可能なはずだ。

程度の問題であって、ゼロではない。


善子「ポケモンのことを実際に自分の目で見て、知ることは教育の上でも重要だと私は考えていて──」

菜々父『それは貴方の考えでしょう』


ぴしゃりと返される。

……怯むな。


善子「ローズシティと言えば、この地方のモンスターボール生産の98%を占めていますよね? モンスターボール事業に関わることになれば、ポケモンの知識が重要に──」

菜々父『逆にお聞きします。この地方でポケモンによって起こる事件・事故の発生件数がどれほどのものか……博士ならご存じですよね?』

善子「それ……は……」

菜々父『並びにローズではそのような事件・事故がどれだけ少ないかも』

善子「…………」


ポケモンが街中にほとんどいないというのは裏を返せば、ポケモンによる事件や事故は格段に少ない。

そりゃそうだ。居ないのだから、起こるはずがない。


菜々父『その上でお訊ねします。娘を危険な目に遭わせたくない。だから、ポケモンと距離を置かせる。そう考える私の考えはおかしいでしょうか?』


──極端だ。そう思った。

だけど、親が子を守るための方便として、これ以上のものはなかった。


善子「……仰る通りだと思います」

菜々父『わかっていただけたなら、幸いです』

善子「いえ……」

菜々父『この度は本当に、申し訳ございませんでした』

善子「いえ……こちらこそ、確認不足でいらぬご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした……」

菜々父『とんでもないです』


思わず、下唇を噛む。

私は、こんなことが言いたいんじゃないのに。


善子「……あの」

菜々父『なんでしょうか』

善子「最後に……菜々さんとお話させてもらえませんか……」

菜々父『わかりました』


菜々のお父さんの了承の言葉のあと、


菜々『ヨハネ……博士……っ……』


菜々の声が聞こえてきた。震える、菜々の声。


善子「菜々……」

菜々『ご迷惑おかけして……申し訳……ございません……。……私には、まだ……ポケモンは……早かった……みたい、です……』

善子「……っ……!!」
816 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:35:07.92 ID:S2FBcmzU0

──頭がカッとなる感覚がした。

もちろん菜々への怒りではない。菜々の親への怒りだ。

こんな──どう考えても言わされているような言葉。

私は菜々の想いを散々聞いてきたからわかる。こんなの菜々の本心じゃない。


菜々『最初のポケモンと図鑑は……他の子にあげてください……。きっと……私が貰うより……幸せだから……』

善子「菜々……っ……私は……っ」

菜々『いっぱいお話聞いてくれて……ありがとう、ございました……』


──ツーツーツー。その言葉を最後に、通話は切れてしまった。


善子「…………何よ、これ……」


私は思わず椅子にもたれかかって、天井を仰いだ。





    😈    😈    😈





その日の深夜のことだった。

どうしても眠る気分になんてなれずに、ボーっと椅子に腰かけていると──prrrrrとポケギアが鳴った。


善子「…………深夜2時よ、何考えて──」


ぼやきながらギアの画面を見て、目を見開いた。

急いで通話に応じる。


善子「菜々……!?」

菜々『……よは、ね……はか……せ……っ……。……わた……し……っ……たびに……でたい、です……っ……』


菜々は通話の向こうで泣いていた。

悲痛な声で、親の前では言うことを許されなかった気持ちを、吐露しながら。


善子「菜々……っ……いいわ、私が許可する……!! 私の所に来たら、旅に送り出してあげるから……!!」

菜々『……たくさん……ポケモンと……っ……なかよく、なって……っ……つよい……とれー、なーに……なり、たい……です……っ……』

善子「なれるわ……っ!! 菜々なら、絶対……っ!!」

菜々『ほん、と……ですか……?』

善子「ええ!! 私が保証する!!」

菜々『でも……お父さんも、お母さんも……ゆるして、くれない……から……っ……』

善子「説得しましょう……!! いえ、ヨハネが説得してあげるわ……!! 旅が危ないって言うなら、ヨハネが貴方の旅に付いていってもいい……!! だから……!!」

菜々『………………ぐすっ……。…………ありがとう、ございます……っ……。……はかせ……っ……わたし……もうちょっとだけ……がんばります……っ……』

善子「菜々……?」

菜々『……当日……待っててください……絶対、ツシマ研究所に……行きます……から……』

善子「……ええ、待ってるわ。……菜々のこと、待ってるから……!」

菜々『……はいっ』
817 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:35:44.29 ID:S2FBcmzU0

──だけど、当日……菜々が姿を現すことはなかった。

そして、この通話が、菜々との最後の会話になった。

これ以降はメールも返事がなくなり、ポケギアも通じなくなってしまった。

そして、その数ヶ月後──


善子「……手紙……?」


研究所のポストに入った一通の手紙。宛先は書いていなかった。

封筒を開けると、中から一枚の便箋が出てくる。


──『ごめんなさい』──


とても綺麗な文字で、たった6つの文字だけが書いてある手紙だった。

その綺麗な文字を見るだけで、育ちの良さが伺える。そんな筆跡だった。

それが逆に、菜々の痛みを体現しているかのようで、私は胸が締め付けられるような気持ちになるのだった──




──
────
──────

    🎹    🎹    🎹





善子「──何度か、菜々の家を直接訪ねようと思ったこともなかったわけじゃないんだけど……。……これ以上、私が口を挟むと、余計に菜々を傷つけるんじゃないかと思って……出来なかったわ」

侑「……じゃあ、その図鑑と、モンスターボールは……」

善子「……ええ。菜々に渡すはずだったものよ」


博士はそう言いながら、ポケモン図鑑を大切そうに引き出しに戻す。


善子「これは……菜々以外が持っちゃいけない……」

侑「……」


それは重さを感じる言葉だった。


善子「そこから2年……ようやく、3組の図鑑と最初のポケモンを揃えることが出来た」

歩夢「それによって、旅立つことになったのが……」

しずく「私たち……なんですね」

善子「……そうよ」


少し、研究所の中が静かになる。


善子「……ごめんなさい。やっぱり、こんな重い話、聞きたくなかったわよね……」


ヨハネ博士は申し訳なさそうに言う。

が──


かすみ「そんなわけないじゃないですかっ!!」


かすみちゃんが、真っ先に声をあげた。
818 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:36:24.22 ID:S2FBcmzU0

善子「か、かすみ……?」

かすみ「むしろ、なんでそんな大事なこと、今の今まで黙ってたんですかっ!!」

善子「え、えっと……」

しずく「そのとおりです、ヨハネ博士」

善子「しずくまで……」

しずく「もちろん私たちは、その菜々さんにはなれません……ですが、意志を受け継ぐことくらい出来ます」

かすみ「菜々先輩の分まで、かすみんたちが立派なトレーナーになってやりますよっ!! 当り前じゃないですかっ!!」

善子「貴方たち……」


力強く、自分たちの意志を示す、かすみちゃんとしずくちゃん。


歩夢「……博士」

善子「歩夢……?」

歩夢「私……実はずっと、どうして自分が選ばれたのかわからなくて、悩んでました。だけど……この旅で、侑ちゃんと一緒にいろんな場所を巡って、いろんな人と会って、戦って、ポケモンたちと友達になって──ちょっとずつだけど、自分が旅で出た意味がわかってきた気がするんです」

善子「……」

歩夢「それに、今の話を聞いて……もっともっと、博士が選んでくれたことを誇りに思おうって、今はそう思ってます。もしどこかで……私たちの先輩──菜々さんに会ったときに恥ずかしくない私になれるように……」

善子「貴方たち……っ……」


ヨハネ博士は目頭を押さえて、顔を背ける。


曜「……ふふ。ちゃんと言ってよかったでしょ?」


曜さんがそう言いながら、博士の背中をポンと叩く。


曜「善子ちゃんが選んだこの子たちは、確実に信用出来る強さを持った、立派なトレーナーに成長していってるよ」

善子「うっさいバカ……当たり前じゃない……っ……。この子たちは、私が選んだリトルデーモンなんだから……っ」

曜「あはは、ホント素直じゃないんだから」


やれやれと言った感じで、曜さんが優しく笑う。


侑「ヨハネ博士」

善子「……侑」

侑「私は歩夢のお陰で偶然図鑑を貰っただけかもしれません……だけど、私も今の話を聞いて、博士の力になりたいって思いました。私も博士から図鑑を貰った人間として、この研究所から旅立ったトレーナーとして、一人の図鑑所有者として恥ずかしくないトレーナーを目指します!」

リナ『私、侑さんと一緒に頑張る! リナちゃんボード「ファイト、おー!」』 || > ◡ < ||

善子「侑もリナも……ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」


ヨハネ博士は涙を拭いながら、お礼の言葉を返してくれる。


かすみ「そうとなったら、もたもたしてられませんね!! かすみん、菜々先輩の代わりに最強のトレーナーになっちゃいますよ!!」

しずく「目指すはローズシティだね!」

侑「残るジムは、あと3つ……!」

歩夢「セキレイから北の、オトノキ地方の残り半分……どんなポケモンに会えるかな?」

リナ『きっと、みんなとなら、素敵な冒険が待ってる!』 || > ◡ < ||


私たちは、決意を新たに──ローズシティに向かって旅立ちます……!!



819 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:37:09.00 ID:S2FBcmzU0

    😈    😈    😈





善子「……あの子たち、行っちゃったわね」

曜「よかったね、善子ちゃん」

善子「……ヨハネだってば。……それにしても……子供たちの成長は、早いわね」

曜「そうだね。旅立った頃からは比べ物にならないくらい逞しくなってたね。……鞠莉さんも案外こういう気持ちだったのかもね」

善子「そうね。当時のヨハネの成長は目を見張るものがあっただろうし」

曜「ふふ♪ ルビィちゃんも、花丸ちゃんも、梨子ちゃんも、千歌ちゃんも──私も。みんな旅の中でいろんな経験したもんね」

善子「……ええ」


なんだか、自分たちが旅をしていた頃が、遠い昔のように感じる。


善子「……菜々。貴方の意志は貴方の後輩たちが受け継いでくれるって……」


私はそう独り言ちた。

今、彼女がどうしているかはわからない。

でも、きっと……あの子の想いは無駄になんてならない。ちゃんと、繋がったから。

今は少しだけ、そう思えて……心が救われたような気分だった。



820 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/08(木) 10:37:48.31 ID:S2FBcmzU0

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【セキレイシティ】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____| |____    /      ||
  ||.  | ____ ●__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.44 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.44 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.41 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.36 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
      ルガルガン♂ Lv.83 特性:かたいツメ 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:153匹 捕まえた数:5匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.41 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.38 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.36 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      タマザラシ♀ Lv.31 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.24 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:155匹 捕まえた数:16匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.40 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.37 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.37 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.33 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ヤブクロン♀✨ Lv.34 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:149匹 捕まえた数:8匹

 主人公 しずく
 手持ち ジメレオン♂ Lv.30 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      マネネ♂ Lv.23 特性:フィルター 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アオガラス♀ Lv.30 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロゼリア♂ Lv.30 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      キルリア♀ Lv.29 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:156匹 捕まえた数:9匹


 侑と 歩夢と かすみと しずくは
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



821 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2022/12/08(木) 18:34:12.95 ID:Vi/9troWO
『続・マジ強パーティー出来たから見てくれ。』
SVレート(シングル)/ハイボ〜マスボ級:Round.4
(19:00〜放送開始)

https://youtube.com/watch?v=vTP4Azqbcww
822 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 03:08:03.99 ID:9oar5n900

 ■Intermission😈



曜「そういえばさ、善子ちゃん」

善子「ヨハネだって言ってんでしょ。ってかあんた、いつまでいるのよ」

曜「千歌ちゃんのルガルガンから、何のデータ取ってたの?」

善子「聞きなさいよ!!」


全く、このヨーソローは本当に昔から私の話を聞かないのよね……。


善子「えっと……千歌のルガルガンって特殊個体でしょ?」

曜「うん。なんかこの地方にはあんまりいないんだっけ……?」

善子「今確認されてるのは進化見込みのイワンコを含めて9匹だけね」

曜「少ないって聞いてたけど、そんなに少ないんだ……」

善子「しかも、3年前に突然生まれたのよね……」


一応原因は──地方の危機を察知したルガルガンたちが、生存本能から特殊な変異個体を生んだんじゃないか……なんて言われてるけど、実際のところはまだ調査中だ。

ルガルガンたちの縄張りで問題が起こってしまったため、特殊なイワンコたちは派遣された調査団によって保護され……グレイブ団事変解決後にはパタリと生まれなくなったらしい。


曜「じゃあ、それの真相究明みたいな?」

善子「それもあるけど……私の研究テーマ、覚えてる?」

曜「えーっと……人とポケモンの関わりの文化……だっけ?」

善子「そう。……ポケモンの中には、いろんな姿を持ってる種類がいるでしょ?」

曜「オドリドリとか、ポワルンとか……それこそ、ルガルガンもだよね」

善子「ええ。オドリドリのように、アイテムによって姿を変えるポケモン。天候によって姿を変えるポワルンやチェリム。ルガルガンのように、進化の際に別の見た目になるものもいる」

曜「確か……カラナクシなんかは、地方によっては違う姿があるんだよね」

善子「水色の個体ね。この地方にはピンク色の個体しかいないからね。ガラルやシンオウで見られる姿らしいわ」

曜「そうなんだ」

善子「あとは♂♀で姿が違うポケモンもいるわ」

曜「ニャオニクスとかイエッサンとか?」

善子「それもそうだけど……もっと明確に違うのは、ニドランやバルビート、イルミーゼね」

曜「え、あれって姿の違いなの?」

善子「ポケモン図鑑だと一応別種って扱いになってるけど、生物学的にはほぼ同じ種類って考えられてるのよ」


実際、イルミーゼのタマゴやニドラン♀のタマゴからは、バルビートやニドラン♂が生まれるしね。
823 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 03:08:42.21 ID:9oar5n900

善子「それと──メガシンカも」

曜「メガシンカもなの?」

善子「当然よ。そして、メガシンカはトレーナーとのキズナの力によって姿を変えるわけだけど……」

曜「うん」

善子「極稀に……メガシンカとは違う方法で、姿を変えるポケモンがいるらしいの」

曜「メガシンカと違う……? “キーストーン”と“メガストーン”を使わないってこと?」

善子「ええ。……“キーストーン”や“メガストーン”を介さずに、ポケモンとの強いキズナで同調して、力を引き出すポケモンがいるらしいのよ」

曜「……なんかずいぶんふわふわしてるね?」

善子「何分資料がほとんどないからね……。数百年に一度確認されることがあるとかないとか……“キズナ現象”って呼ばれてるってことだけはわかってるんだけど」

曜「つまり、善子ちゃんは今……その“キズナ現象”って言うのについて研究してるんだ」

善子「そういうこと。ただ、あまりに情報が少なすぎてね……もしかしたら、特殊な姿をしている個体なら何か関係があるかもって思って、千歌のルガルガンを調べさせてもらってたってわけよ」

曜「なるほどね。それで、何かわかったの?」

善子「……正直収穫としては微妙ね。まあ、これでわかったら最初から苦労してないしね」


研究とは得てして地道なものだ。これくらいのことでへこたれている場合じゃない。


善子「でも……“キズナ現象”は人とポケモンの関わり合いの文化の中では、重要なファクターになってくるはずよ……」


それこそ、人とポケモンが関わり合いの中で、新たな力に目覚めるなんて、まさに私の研究したいことそのものなのだ。

もしその謎の解明が出来れば……人とポケモンはさらに一歩先に進めるんじゃないか。そんな気がする。

真剣な顔をしながら、次のことを思案していると、


曜「ふふ、善子ちゃん、すっかり研究者さんなんだね」


曜は笑いながら言う。


善子「前から研究者よ。あとヨハネだって言ってるでしょ」

曜「ごめんごめん。“キズナ現象”、解明出来るといいね」

善子「任せなさい。ヨハネが絶対解明してみせるんだから……!」


………………
…………
……
😈

824 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:30:29.69 ID:9oar5n900

■Chapter042 『菜々──せつ菜』 【SIDE Setsuna】





──カーテンクリフで修行していた私は、急な仕事が入ったため、一旦ローズシティへと帰ってきていた。

どうやら、直近の会議の中でスケジュールそのものを調整しなくてはいけないらしく、それなら秘書である私も同席せざるを得ない。

会議は明日の朝一からあるため、前日のうちにローズへ戻ってきたというわけだ。


せつ菜「三つ編み……大丈夫。髪留めも……よし。ちゃんと外してる」


手鏡で自分の姿を確認。

あとは……ポケモンたち。


せつ菜「みんな、窮屈かもしれないけど……少しの間、我慢してくださいね」


ボールをベルトごと外して、カバンに入れる。

最後に、上着のポケットから眼鏡を取り出して──

ユウキ・せつ菜は……ナカガワ・菜々になる。


菜々「……ふぅ」


小さく息を整えてから、私は──久しぶりに帰ることになった自宅を目指して、歩き始めた。





    🎙    🎙    🎙





菜々「……ただいま」

菜々母「あら、菜々。おかえり」


帰宅して、自宅のリビングへ赴くと、母親が紅茶を飲みながら映画鑑賞をしているところだった。

ただ、ポケウッドでやっているような溌剌なものではなく、いかにも貴婦人が好みそうな洋画であることが、今ワンシーンをちらりと見ただけでもよくわかった。

なんというか……いつものお母さんの昼下がりだ。


菜々「……お父さんは?」

菜々母「お仕事よ。平日だもの。今日は遅くなるみたいで、帰ってくるのは深夜になるって言ってたわ」

菜々「……そっか」


今日帰ることは予め連絡していたんだけどな……。

久しぶりに娘が帰ってきたというのに、仕事熱心なようで何よりだ。


菜々母「それより菜々こそ、お仕事の方はどう? 順調?」

菜々「うん。真姫さんも優しいし……仕事もやりがいがあって楽しいよ」

菜々母「なら、安心だわ。あの真姫お嬢様の秘書になるって聞いたときは驚いたけど……誰もが出来る仕事じゃないものね。お母さんも誇らしいわ」


そう言いながら、ニコっと笑うお母さん。


菜々母「今日は菜々の好きな物、作ってあげるわ♪」

菜々「うん、ありがとう。楽しみにしてるね」
825 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:31:18.25 ID:9oar5n900

私は簡潔に返事をして、踵を返す。


菜々「ちょっと疲れてるから……部屋で休むね」

菜々母「そう? それじゃあ、夜ごはんになったら、部屋まで呼びに行くわね」

菜々「うん」





    🎙    🎙    🎙





普段は真姫さんの手配してくれた社員寮で寝泊まりしている──ということになっている──ため、家に帰ってくること自体が随分久しぶりだ。

──そんな久しぶりの自室。

一息吐くために、荷物を置いて、使い慣れた机に向かって腰を下ろす。

久しぶりに帰ってきたというに妙にしっくりくるのは、何度もこの机で勉強をしてきたからだろう。

回転椅子の上で振り返り、久しぶりの自室を見回すと──本棚にはたくさんの参考書たち……そして、賞状やトロフィーが飾られている。

読書感想文や、スクールで主席に送られるもの。陸上で表彰されたときのものや……文武問わずいろいろなモノがある。

これも全て、幼い頃から両親の期待に必死に応え続けてきた結果……。

だけど──そこにポケモンに関わるモノは一つものなかった。


菜々「…………」


まるで私──ナカガワ・菜々という人間の歴史全てを物語っているような部屋だと思った。

幼い頃から、ナカガワ・菜々の生活の中には、驚くくらいにポケモンが存在していなかった。

スクールに入るまで、実際にポケモンを目にしたことがなかったし、そういうものがいる、くらいの認識しかしていなかったと言えば、その異常さがわかるかもしれない。

ほぼフィクションの存在。私にとっては全てのポケモンが伝説の存在のようなものだった。

ただ……この世界でそんなことが可能なのか? 今では、そう思う。

この世界では……至る所にポケモンが居る。それはもう、数えきれないくらいに。

そんな重度の箱入り娘を作り上げたのは、他でもない──両親の影響だったというのは言うまでもないだろう。

両親は父母二人揃って、ポケモンが苦手だと聞く。……特に父親は相当なポケモン嫌いらしく、母親が話題に出すことを忌避するくらいだ。

どうやら、父は小さい頃にポケモンに襲われたことがあるらしく……それ以来、ポケモンを毛嫌いしている節があるそうだ。

そんな家で育ったが故に……私は、酷くポケモンと遠ざけられて育ってしまった。

お陰で我が家ではポケモンの話をしたことは、一度もなかった。

そんな私がポケモンに興味を持ったのは──忘れもしない……3年前。

世に言うグレイブ団事変と言われる大事件でのこと。

街中にゴーストポケモンが大量発生し、ポケモンに耐性のない人が多いこのローズシティは大パニックに陥った。

それは私たちも例外ではなく……民家であろうが、お構いなしに壁をすり抜け侵入してくるゴーストポケモンから逃げる母親に手を引かれて、逃げ惑うことになった。

826 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:31:57.22 ID:9oar5n900

──────
────
──



菜々「はぁ……はぁ……」

菜々母「菜々、頑張って走って……!!」


息が切れて、苦しかった。

もう何時間逃げ回っているんだろうか。

もういい加減休みたかった。

ただ──ゴーストポケモンは人の命を奪うらしい。

それが恐ろしくて、怖くて、ただ逃げていた。

ただ、ずっと走り続けていれば、体力に限界は来るもので、


菜々「……あっ!」

菜々母「菜々……!?」


私は足をもつれさせて、転んでしまった。


菜々「……っ……」

菜々母「菜々、大丈夫……!?」

菜々「う、うん……。……っ゛……!」


立ち上がろうとすると、足に痛みが走った。

足をくじいてしまったらしい。

どうにか立ち上がろうとしていた、矢先、


菜々母「きゃぁぁぁっ!!」


お母さんが私の背後を見て、悲鳴をあげた。

恐る恐る振り返ると──


 「サマヨーー…」


一つ目のゴーストポケモンが私の背後に立っていた。


菜々「……ヒッ!」


私は転んだまま、強引に足を引きずって、どうにか距離を取ろうとするけど、


 「サマヨーー」


ゴーストポケモンは一歩一歩にじり寄ってくる。

怖くて怖くて仕方なかった。


 「サマヨーー」


そのゴーストポケモンは、大きな手を私に伸ばしてくる。

もうダメだと思った。

そのとき──
827 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:32:51.83 ID:9oar5n900

 「──“バレットパンチ”!!」
  「ハッサムッ!!!!」

 「サマヨォッ!!!!?」


弾丸のような速度で、真っ赤なポケモンが、ゴーストポケモンを殴り飛ばしていた。

そして、それと同時に、一人の女性が駆け寄ってくる。


女性「大丈夫!?」

菜々「は……はい……っ」

菜々母「あ、ありがとうございます……!!」


気付けば周囲では、その女性以外にも、駆け付けた“ポケモントレーナー”と呼ばれる人たちが、ゴーストポケモンたちと応戦を始めていた。


女性「ポケモンは私たちがどうにかするから、早く行きなさい!」

菜々母「は、はい……! 菜々、立てる?」

菜々「う、うん……」


お母さんに肩を貸してもらって、私は足を引きずりながら歩き出す。


菜々母「お父さんの会社まで行けば、きっと安全だから……! 頑張って……!」

菜々「う、うん……」


ローズの大きな会社は災害時にも機能を失わないために、非常に頑丈なつくりをしている。

父の会社も例外ではなく、しかもゴーストポケモンが侵入出来ないように、特殊な磁場で防ぐ機構もあるそうだ。

そこを目指して、再び進み始める。


菜々母「きっと、大丈夫だからね、菜々……!」

菜々「うん……」


私は逃げながら──ふと、今助けてくれた人の方を振り返る。


女性「“バレットパンチ”!!」
 「ハッサムッ!!!!」

 「ゴスゴスッ!!!?」


女性は今も懸命にゴーストポケモンたちを撃退し続けている。

いや、その人だけじゃない……。


男性トレーナー「キリキザン! “メタルクロー”!!」
 「キザンッ!!!」

女性トレーナー「クチート! “アイアンヘッド”!!」
 「クチッ!!!」


たくさんのトレーナーたちが、街の人を守るために、戦っていた。

私はその姿を見て、心の底から……思った。


菜々「──……かっこいい……!」


──
────

828 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:33:25.80 ID:9oar5n900

今までポケモンをほぼ見たことすらなかった私にとって、その経験は今までの人生全ての価値観をひっくり返してしまうほどに、衝撃的だったのは言うまでもない。

この頃には、両親がポケモン嫌いなことに気付いていたものの……私は湧き上がる好奇心とトレーナーへの強い憧れを抑えることが出来なかった。

両親に隠れて、図書館でポケモンバトルを題材にした作品を読み漁り、スクールの帰りにこっそり街の隅にあるバトル施設を見に行ったりもした。

そこには、私の知らない世界が広がっていた。

トレーナーがポケモンと力を合わせて、ぶつかり合い、競い合い──切磋琢磨し合う……そんな世界。

私は一瞬で、ポケモンとポケモントレーナーという存在の虜になった。

そして、そんな私がその次に考えることは、もちろん──


菜々「──私も……ポケモントレーナーになりたい……!!」


止め処なく溢れる熱い感情に突き動かされ、私はどうすれば自分がポケモントレーナーになれるかを必死に考えた。

調べて調べて調べて……そして、たどり着いたのが、


菜々「ツシマ研究所……新人用ポケモンと……ポケモン図鑑……」


ヨハネ博士だった。

ヨハネ博士は連絡を取ると、私のことを歓迎してくれて、私を旅立ちのトレーナーとして、選んでくれた。

嬉しかった。

ただ、懸念はあった。

もちろん、両親のことだ。

果たしてあの両親が……特に父親が私の旅立ちを認めてくれるのだろうか。

勢いで旅立ちを決めてしまったけど……許してもらえるんだろうか。

怖かったけど……。


菜々「……説得するんだ」


そのときの私は、きっとこの気持ちを真っすぐ伝えればわかってくれるなんて、そんな甘いことを考えていた。


──
────



菜々「お母さん、お父さんいつ帰ってくる……?」

菜々母「お父さん? そうね……今日も遅くなるんじゃないかしら」

菜々「そっか……」

菜々母「何か話があるなら、私が伝えておくけど……」

菜々「うぅん、お父さんがいるときに、直接伝える」

菜々母「そう?」


多忙な父とはなかなかタイミングが合わず……気付けば、旅立ちの日が迫っていた。

そんな中──父が休みの日に、やっと話が出来るタイミングがあって……。


菜々「よし……今日、お父さんに話すんだ……!」


ギリギリになっちゃったから……叱られるかな。こんな急だと、さすがに来週に旅に出る……なんてことを許してもらうのは急すぎて無茶かもしれない。

でも、今はとにかく気持ちをちゃんと伝えなくちゃ……!

自室でそう意気込んでいると──コンコンとドアがノックされた。


菜々父「菜々」
829 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:34:24.48 ID:9oar5n900

父の声だった。


菜々「は、はい……!」


意気込んでいたところだったから、少し面食らったけど、私は慌ててドアを開く。

開いたドアの向こうに立っていた父は、私の姿を確認すると、


菜々父「私の部屋に来なさい」


それだけ言うと踵を返してしまう。


菜々「……お父さん……?」


私は言われるがままに、父の書斎へ足を運ぶ。

書斎に入ると、父は鋭い視線で私を見つめていた。

なんだか、背筋が凍るような視線だった。

……でも、今しかない。


菜々「…………あのお父さん、実は話が……」

菜々父「最近、誰かとしきりに連絡を取っているようだな、菜々」

菜々「え、あ……うん。……そのことについてなんだけど……」

菜々父「ツシマ研究所だそうだな」

菜々「……!? し、知ってたの……?」

菜々父「最近様子がおかしいと、お母さんから聞いた」


どうやら、お母さんに電話しているところを聞かれていたらしい。

頻繁に連絡を取っていたし……様子がおかしいことに気付いていたなら、不思議なことでもないかもしれない。


菜々父「ポケモンを貰って旅に出る……か」

菜々「う、うん……!」

菜々父「今すぐにでも断りの連絡を入れないといけないな……」

菜々「……え」


一気に血の気が引いた。


菜々父「……今からツシマ研究所に連絡するから、ポケギアを取ってきなさい」

菜々「え、あ……いや……」

菜々父「早くしなさい。わざわざこのために仕事を休んだのだから」

菜々「……ま、待って……わ、私……」

菜々父「早くしなさい」

菜々「……っ!」


静かな口調だった。

静かで……とても、強い口調。

有無を言わせない、そんな、口調。


菜々「……は……はい……っ……」
830 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:35:51.35 ID:9oar5n900

──ああ、私……なんで説得出来るなんて思い上がってしまったんだろう。

取り付く島なんて、どこにもなかった。

私がトレーナーになれる可能性なんて──最初からなかったんだ……。



──
────
──────



菜々「…………」


なんだか、辛いことを思い出してしまった。

ヨハネ博士に断りの連絡を入れたその日の深夜に、私は親が寝静まったあと……ヨハネ博士に一度だけ電話をした。

励ましてくれて、『ヨハネが説得してあげるわ……!!』──そう言ってくれた博士の言葉に勇気を貰って、もう一度だけお父さんに話をしたけど……それが逆鱗に触れてしまったのか、ポケギアを没収され、連絡する手段すらも失ってしまった。

あの後……ヨハネ博士に会った──というか、見かけたのは1回だけ……ポケモンリーグ本選の会場で見かけたとき。

そのときは、思わず声を掛けそうになってしまったけど……。

今更、どの面を下げて話せばいいのかもわからず……結局、話しかけることは出来なかった。

何より……そのときの私は菜々ではなく──せつ菜でしたし。


菜々「……そう考えると……今が信じられないな……」


あのときはもう本当に、一生ポケモントレーナーになれないんだと思っていたから。

あの人が──私に“せつ菜”をくれたから。

──prrrrrr!!!!


菜々「あ、電話……」


仕事を始めてから、再び持たせてもらうようになったポケギアには──今思い浮かべていた人の名前が書かれていた。


菜々「はい、菜々です」

真姫『菜々、明日のことだけど……』

菜々「大丈夫ですよ、もうローズに戻っていますから」

真姫『急だったのに対応してくれてありがとう』

菜々「いえ、これも仕事ですから、気にしないでください。……ですが、本当に急でしたね」

真姫『なんでも先方がちょっと特殊な業種の人らしくて……』

菜々「特殊な業種……ですか?」

真姫『ええ。モデルらしいわ』

菜々「モデルさん……?」

真姫『今度のビジネス発表会に出てくれることが急に決まったらしくて……諸々の擦り合わせをしなくちゃいけなくてね……』

菜々「なるほど……」


確かにそうなると、両者で確認をしながら、直接スケジュールを押さえる必要が出てくることもあるだろう。
831 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:36:49.51 ID:9oar5n900

真姫『今は寮?』

菜々「いえ、実家です」

真姫『実家なの……?』

菜々「はい。たまには顔くらい見せないと……両親に悪いですし……」

真姫『大丈夫……?』

菜々「ふふっ、大丈夫も何も、自分の家ですよ」

真姫『それはそうだけど……』

菜々「心配してくれて、ありがとうございます。……お父さんもお母さんも、厳しいですけど……私のことを想って言ってくれてるだけですから」


そんなお父さんとは会えそうもないですけど……。


真姫『そう……。……でも無理はしちゃダメよ』

菜々「はい、ありがとうございます」


いろいろと事情を知っている真姫さんは、何かと気遣ってくれる。

彼女には本当に頭が上がらない。


真姫『それと今日の午後から天気が崩れそうだから、気を付けてね。それじゃ』

菜々「はい」


通話が切れる。

ふと窓から外を見ると──真姫さんの言うとおり、空は曇天に覆われていた。


菜々「これは……確かに天気が崩れそうですね……」


あまり酷くならないと良いのですが……。





    🍅    🍅    🍅





真姫「…………」


菜々との通話を終えて、私は少し複雑な気分だった。

菜々は……なんというか、危うさがある。

優しすぎると言うか……真面目すぎるというか……無垢というか……一切ズルさがないのだ。

まあ……だからこそ、面倒を見ている節はあるのだけど……。

梨子のことと言い、私はどうやら、ああいう子たちを放っておけない性質らしい。



──────
────
──
832 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:37:42.66 ID:9oar5n900

──菜々と出会ったのは、ローズシティの外周区にあるポケモンバトル施設でのことだった。

私はローズジムのジムリーダーとして、たまに街のバトル施設に視察に赴くことがある。

グレイブ団事変ではっきりしたが……この街は有事の際に戦えるトレーナーが非常に少ない。

ローズシティの人とポケモンの住み分けをしっかり行う考え方にはそこまで反対する気はないが、少し極端な考えを持った人が見られるのは難しいところだ。

ただ……どうしても、ポケモンが苦手な人というのも居て、そういう人たちがローズに集まってくるからこそ、そういう文化が形成されやすいのは仕方のない話なのかもしれない。

ポケモンが苦手な人間に、無理にポケモンと触れ合えというのもまた道理の違った話なので、ポケモンリーグに所属するジムリーダーの一人としては──この街に今いるトレーナーたちを大切にすることが重要だと考えている。

だから、こうして折を見て、視察を行っているわけだ。

セキレイほどではないが、こうしてローズのバトル施設を訪れると、そこそこの数の人が居る。

人口比率で言うとやや物足りないのかもしれないが……それでも、こうしてバトルに興味を持ってくれている人がいるのは良いことだ。

観戦席から、トレーナーたちの戦っている様を観察していると──


 「……違う、私だったら……ここは“シャドーパンチ”……ああ……だから言ったのに……」


何やら、ぶつぶつと言いながら観戦している少女がいることに気付く。

──結論から言うと、この子が菜々だった。

フィールドを見ると、ゴーストの放った“シャドーボール”をソーナンスが“ミラーコート”で反射して、ゴーストがやられてしまっているところだった。

……確かに、彼女の言うとおり相手のソーナンスからしたら、“ミラーコート”をしたいというのはわかりきっている盤面。

“シャドーパンチ”なら、意表を付けるし、仮に“カウンター”をされても、かくとうタイプだからゴーストにはダメージがない。

ただ……。


真姫「あのゴースト……“シャドーパンチ”は覚えてなかったんじゃなかしら」

菜々「え?」

真姫「ごめんなさい、独り言が聞こえちゃって……ゴーストは特殊攻撃が得意だから、物理技を覚えさせていないトレーナーは少なくないわ」

菜々「確かにそうかもしれません……だとしても、今のは悪手です」

真姫「どうして?」

菜々「相手の次の行動は読めている……なら交換すればいい。ゴーストタイプには“かげふみ”が効かないですし……」

真姫「……確かにそうね」


確かにそのとおりだ。“かげふみ”という特性はゴーストタイプ相手には効果がない。第一印象としては、よくバトルの勉強をしている子だと思った。


真姫「貴方、ポケモントレーナー?」

菜々「……いえ、私は……ポケモントレーナーではありません……」

真姫「トレーナーじゃないのに、随分バトルに詳しいのね」

菜々「……ポケモンバトルを……見るのが……好きなので……」


言葉とは裏腹に──彼女は、酷く寂しそうに返事をする。


菜々「あ……もうこんな時間……そろそろ、帰らないと……」


彼女はそう言って立ち上がり、私に会釈をしたあと、駆け足でその場を去ってしまった。


真姫「ポケモンバトルを見るのが好き……ね」


その割に──随分悲しそうな顔で観戦するのね……私はそう思った。



833 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:38:16.47 ID:9oar5n900

    🍅    🍅    🍅





それからというもの、


菜々「ああ……そこは一旦“まもる”で時間を稼いで……」

真姫「あの子……またいる」


彼女をよくこのバトル場で見かけることが多くなった。


真姫「また来てたのね」

菜々「あ……こんにちは……」


彼女は相変わらず、沈んだ声音で独り言を呟きながら、バトルを観戦していた。

何度かこの子を観察していてわかったのは……恐らくこの子は毎日ここにきている。

恐らくというのは、他の仕事で、ここに訪れるのが少しでも遅れるとこの子には会えないからだ。

滞在時間は恐らく10〜15分ほど……1試合見るか見ないかくらいで、帰ってしまう。


真姫「ねぇ、貴方」

菜々「……なんでしょうか」

真姫「いつもここに来てるけど……観戦しかしないのね」

菜々「……私は……ポケモントレーナーではないので……」

真姫「……興味はないの?」

菜々「……あります。……ありますけど……私は、ポケモントレーナーに……なれなかった……。……なっちゃ……いけなかった……」


最初からなんとなく勘付いてはいたけど……どうやら訳アリらしい。


真姫「貴方、名前は?」

菜々「……知らない人には名乗るなと……親からきつく言われています」

真姫「……ごめんなさい。貴方の言うとおりね。自分から名乗りもしない相手に、名前なんて教えられないわよね。私は真姫。ローズジムのジムリーダーよ」


こちらから、名乗ると、


菜々「……え?」


少女はこちらを向いて、目をぱちくりとさせる。


菜々「……ジ、ジムリーダー……?」

真姫「嘘じゃないわよ。ほら、このとおりローズジム公認の証の“クラウンバッジ”も持ってるし」


ポケットから、ジムバッジを取り出して見せる。


菜々「じ、ジムバッジ……! 初めて見ました……!」


彼女はバッジを見ると目を輝かせる。
834 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:39:08.63 ID:9oar5n900

真姫「ふふ、やっと笑った」

菜々「え……?」

真姫「貴方……ずっと、この世の終わりみたいな顔しながら、バトルを見ていたから……」

菜々「……私……そんな顔をしていましたか……?」

真姫「ええ。絶望の底にいるみたいだったわよ」

菜々「そう……ですか……」


私の言葉を聞くと、少女は俯いて、再びしゅんとしてしまう。


真姫「……ポケモントレーナーになっちゃいけないって、どういうことか聞いてもいい?」

菜々「…………」


少女は少し迷ったあと、


菜々「……私……本当は旅に出たかったんです……」


ぽつりぽつりと話し始めた。


菜々「……博士と、最初のポケモンと……ポケモン図鑑を貰う約束までして……。……博士もそれを喜んでくれて……歓迎してくれて……。……でも……結局、親に反対されちゃって……」

真姫「……ダメになっちゃったのね」

菜々「……はい」

真姫「親御さんには貴方の気持ちは伝えたの?」

菜々「……取り付く島もありませんでした。……私の気持ちは……関係ないって……聞いてすらくれませんでした……」

真姫「…………」


どこかで聞いたような話だった。

親が全て判断して、親が全てを決めて、こちらの意思も、言葉も、全て無視されて。

所詮、子供言うことだとあしらわれて。大切に扱ってもらえなくて。


菜々「……私のお父さん……小さい頃にポケモンに襲われて大怪我をしたことがあるそうです……。……そのときに、お父さんのお母さん──私のお祖母さんは、お父さんを庇って……もっと酷い大怪我をして……それが原因で亡くなってしまったそうです……」

真姫「……だから、ローズに住んでいるのね」

菜々「……はい」


この街に住んでいれば、ポケモンに襲われる可能性は格段に減る。

実際、それが目的でここに移住している人は多いし。


菜々「私……もう15歳なのに、最近になるまで、ほとんどポケモンを見たことすらなかったんです……。両親がずっと……私からポケモンを遠ざけていたんだって……最近になってやっと気付いて……」

真姫「なら……どうやってポケモンバトルを好きになったの?」

菜々「……助けてもらったんです。ある日突然、野生のポケモンが街中に現れて……襲われたときに、ポケモントレーナーの方が助けてくれたんです。あまりに急なことだったので……助けてくれたトレーナーの方の顔もよく覚えてないのですが……」


恐らく、グレイブ団事変のときのことだろう。あのときは多くの人が野生のポケモンに襲われたし、私も数えきれない人数を保護した記憶がある。

もしかしたら、この子もそんな人たちの中の一人だったのかもしれない。
835 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:41:05.26 ID:9oar5n900

菜々「ただ……そのとき私を助けてくれたポケモントレーナーの人たちを見て……ああ、なんてかっこいいんだろう。私もあんな風にかっこよくて、強くて……誰かを守れる人になりたい……そう強く思ったことだけは覚えてます」

真姫「それはすごく立派なことよ。私はこの街のジムリーダーとして……貴方みたいな人にトレーナーになって欲しいわ」

菜々「あはは……ありがとうございます。……でも、ダメなんです。……私は、ポケモンを持っちゃいけない人間なので……ポケモンと関わっちゃいけない人間なんです……」

真姫「…………」

菜々「……あ……もう、こんな時間だ……。……帰って勉強しないと……親に怒られちゃいます……」


そう言って彼女はいつものように、立ち上がって、踵を返す。

その折に、


菜々「……菜々です。……ナカガワ・菜々」


彼女はそう名乗った。


真姫「……知らない人には名乗っちゃいけないんじゃないの?」

菜々「えへへ……この街のジムリーダーなら、知ってる人みたいなものです。お話を聞いてくれて、ありがとうございました」


そしていつものように会釈をして──去って行った。


真姫「……ままならないものね」


この世界はポケモンと共存して回っている。だけれど、そんなポケモンの人智を越えたパワーに恐怖する人間は決して少なくない。

ポケモンに命を救われる人がいる中で、ポケモンによって命を落とす人もいる。

だから、ポケモンを忌避し、関わらないように生きる人がいることはわかっているし、否定する気はない。

だけど……ポケモンと関わりたくて、力を合わせたくて、強くなろうとしている子の気持ちが……捻じ曲げられてしまうのを見ているのは……心苦しかった。

ただ、親の言葉というのは……年端もいかない子供にとっては絶対と言っても差し支えないほど、大きな大きな影響力を持って降りかかってくる。

──私もそうだったから。

あのとき、凛と花陽が、私を連れだしてくれなかったら……私は今でも親の敷いたレールの上を走り続けていたのかもしれない。

……菜々は、あのとき誰からも手を取ってもらえなかった……私なんじゃないか。

そう思えて仕方がなかった。


真姫「ナカガワ……菜々……。……ナカガワ……?」


そういえば、ナカガワって名前……どこかで聞いた気が……。





    🍅    🍅    🍅





真姫「……やっぱり」


私は関連企業役員の名簿を見て、一人納得していた。

ナカガワというファミリーネーム、どこかで聞いたことがあると思ったら……ニシキノ家が出資している企業の中の一つにナカガワという名前の社長が居た。

彼は優秀な人物であると共に──ポケモン嫌いなことで有名な人でもあった。

有事の際にポケモンに頼らなくてもいいように、会社の外装や外壁に、“リフレクター”や“ひかりのかべ”と似たような効果を持たせた頑強なビルを建てていて、実際にグレイブ団事変のときも、住民の避難所として重宝した。

その理由は前述したとおり、ポケモン嫌い故にポケモンに頼らなくてもポケモンからその身を守ることが出来るように、そのような設計をしたというのは、グループ内では有名な話だ。

もちろん、ただファミリーネームが同じだけという可能性もなくはないが……。
836 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:41:58.16 ID:9oar5n900

真姫「菜々の話とも辻褄が合う……。十中八九、このナカガワ社長が菜々のお父さんで間違いないわね……」


確か……数回程度だけど、私も父親と一緒に会ったことがあった気がする……。

そういえば、優秀な娘が居るという自慢をしていたような……。


真姫「ゆくゆくは娘も……ニシキノのグループ傘下の会社に……とかも言ってたような」


私は、菜々の言葉を思い出す。

──『ただ……そのとき私を助けてくれたポケモントレーナーの人たちを見て……ああ、なんてかっこいいんだろう。私もあんな風にかっこよくて、強くて……誰かを守れる人になりたい……そう強く思ったことだけは覚えてます」──

──『……でも、ダメなんです。……私は、ポケモンを持っちゃいけない人間なので……ポケモンと関わっちゃいけない人間なんです……』──

15歳そこそこの女の子が、そんな風に自分の夢を諦めていいのだろうか。


真姫「……ダメよ、そんなの」


……正直リスクはある。だけど、今の菜々は昔の自分を見るようで──黙って見ていることが出来なかった。

それに私には、それを可能に出来るカードが揃っている。


真姫「……梨子のときと言い……私ってお節介焼きなのかしら……」


自分ではドライな方であるつもりなのにね。


真姫「……いいわ、私がどうにかしてあげようじゃない」





    🍅    🍅    🍅





──次の日。

バトル施設に赴くと、


真姫「菜々。こんにちは」

菜々「……あ、真姫さん……」


菜々は今日もバトル施設に来ていた。


菜々「あの……昨日はおかしな話を聞かせてしまって……」

真姫「そんなことは良いの、ちょっと一緒に来てくれない?」


私は菜々の手を取って、立ち上がらせる。


菜々「え、えぇ……?」


困惑気味の菜々を強引に引っ張って歩き出した。



837 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:42:43.29 ID:9oar5n900

    🍅    🍅    🍅





私が来たのは──ローズジム。


菜々「こ、ここ……ポケモンジム……」


菜々がポカンと口を開けている。

まあ、急に連れてこられたら驚くわよね。


真姫「菜々。正直に答えて欲しいんだけど」

菜々「……?」

真姫「貴方、トレーナーになりたい?」

菜々「え……」

真姫「貴方の正直な気持ちを教えて」


菜々の目を真っすぐ見つめて、問いかける。


菜々「……えっと…………」


菜々は少し、言葉に迷う素振りを見せたけど……。


菜々「…………なりたい……です……」


迷いながらも、確かにそう口にした。


真姫「……なら、私が貴方をポケモントレーナーにしてあげる」

菜々「……え?」


菜々は私の言葉に目を丸くする。


菜々「いや、あの……む、無理なんです……私は……」

真姫「貴方のお父さんは貴方にちゃんとした企業に就職して欲しいと思っているのよね」

菜々「は、はい……だから……」

真姫「なら、私が貴方を雇うわ。私の専属秘書として」

菜々「……え?」


菜々はまたしても目を丸くする。


真姫「私は貴方のお父さんの会社にも出資している。何度か会ったこともあるわ。そんな私から指名で専属秘書になれば、安定した就職については納得してくれるわよね」

菜々「そ、それはそうかもしれませんが……」

真姫「そして、その仕事をこなしてもらいながら──貴方をその裏でトレーナーとして、育ててあげる」

菜々「へ……」


菜々は目をパチクリとさせる。

無理もない。こんな突拍子もない提案をされたら、誰だって驚く。

だけど、私は──私には、今のこの子を助けるだけの力がある。
838 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:43:20.31 ID:9oar5n900

真姫「決して楽な道じゃない……。普通のトレーナーよりも何倍も、何十倍も大変な道になるかもしれない。……それでも、やりたいなら、やるべきよ。親に何を言われたんだとしても」

菜々「で、でも……」


ただ、菜々は困惑している。


菜々「お、お父さんが……ダメ……って……。……ダメ、だって……」

真姫「菜々。貴方の人生は貴方のモノよ」

菜々「……!」

真姫「貴方が決めなさい」


私は手を差し伸べる。


真姫「この手を掴むか……貴方が決めなさい。今ここで」

菜々「…………私……ポケモントレーナーになって……いいんですか……?」

真姫「それも全部、貴方が決めることよ」

菜々「…………」


菜々は私の言葉を聞いて、自分の手を胸の前にぎゅっと引き寄せる。

その手が、震えているのがわかった。

きっと彼女の中では今、たくさんの葛藤がぶつかり合っているに違いない。

不安、期待、恐怖、憧れ、悲哀、希望、後悔、いろんな感情がぶつかり合っているはずだ。

でも私は……この子はその感情の奔流に負けない子だと信じられた。

会って間もないけど、この子の好きは、ポケモンが、ポケモントレーナーが、ポケモンバトルが好きだという言葉は気持ちは──嘘じゃないと断言出来たから。


菜々「…………」


考えて、考えて、考えた菜々は震える手で──


菜々「……私は……ポケモントレーナーに……なりたい。……なります……!」


確かに、自分の意思で、意志で──私の手を握った。





    🍅    🍅    🍅





菜々「──い、今でも……胸がドキドキしてます……」

真姫「ふふ、頑張ったわね」


本当に勇気を振り絞って、私の手を取ったことは言うまでもない。

そんな彼女の最初の勇気を労って、頭が撫でてあげる。
839 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:44:33.90 ID:9oar5n900

菜々「えへへ……。……それで……あの……私はどうすればいいんでしょうか……」

真姫「そうね……秘書の件は貴方の親御さんたちと話さないといけないとして……」

菜々「さ、最初のポケモン……とか……」

真姫「それは、用意はしてあげられないから、一緒に捕まえるしかないわね。それよりも、必要なことがあるわ」

菜々「必要なこと……?」

真姫「トレーナーとしての名前よ」

菜々「トレーナーとしての……?」

真姫「菜々って名前のままトレーナーになったら、公式戦に出たときにご両親に感付かれる可能性があるでしょう?」

菜々「あ……確かに……」


菜々の父親は、話を聞く限り筋金入りのポケモン嫌いみたいだし……。

そうなると、そのままの名前でトレーナーになるのはあまり得策とは言えない。

トレーナーとしての登録名自体を変えた方が安全だ。

それに……。


真姫「見た目もね……」


三つ編みに眼鏡。いかにも優等生でポケモンバトルをしなさそうなこの子の見た目は、バトルフィールドに立つと却って目立ちそうだ。


真姫「ちょっとじっとしてて」

せつ菜「は、はい……」

真姫「三つ編み、解くわね」


結ばれた三つ編みを解いて、髪を下ろし──


真姫「眼鏡も外した方がいいわね……後でコンタクトを買いに行きましょう」


眼鏡を取る。

あとは……。


真姫「……髪留め持ってる?」

菜々「ゴムしか持ってないです……」

真姫「……じゃあ、これ」


私はポケットから、髪留めを一つ取り出す。

──これは梨子から貰ったものだ。私は髪留めは使わないと言ったんだけど、まさかこんな形で使うことになるとはね。

髪を菜々の右側頭部で結んで、それを髪留めで留めてあげる。


真姫「……いい感じじゃない」


菜々の手を引いて、私の部屋の姿見の前まで連れていく。
840 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:45:17.57 ID:9oar5n900

菜々「……これ、私……?」

真姫「そうよ。これが貴方の新しい姿。名前はどうしましょうか……」

菜々「ゆ、ユウキと、セツナ……!!」

真姫「え?」

菜々「わ、私……図書館でポケモンのお話をたくさん読んで……! その中で、大好きな作品の主人公がユウキくんとセツナちゃんなんです……!」

真姫「……ふふ、いいじゃない。どっちも貰っちゃいましょう」

菜々「……はい!」


菜々は元気よく返事をして、


せつ菜「私は今日から──ユウキ・せつ菜です……!」


ここにユウキ・せつ菜という一人のトレーナーが誕生したのだった。



──
────
──────



真姫「あれからもう2年か……」


あのときはまさか、せつ菜がここまで強くなるとは思ってなかったけど……。

彼女は──本当に強くなった。

それこそ、チャンピオンまであと一歩のところまで来ている。

これも全て、あの子の努力の結果。


真姫「願わくば……このまま、せつ菜が夢を叶えてくれればいいんだけどね……」


気付けば、空は今にも雨が降り出しそうな灰色の雲に覆われていた──



841 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:46:02.61 ID:9oar5n900

    🎹    🎹    🎹





歩夢「空……曇ってきたね……」

侑「ちょっと急いだ方がいいかな……?」
 「ブイ…」


まだセキレイを出て、10番道路に差し掛かったところなんだけど……。


かすみ「行けます行けます!! 今のかすみん、ちょーーー気合い入ってますから!! レッツゴーです!!」
 「ガゥガゥ♪」

リナ『レッツゴー♪』 || > ◡ < ||


元気よく飛び出す、かすみちゃんとリナちゃん。


しずく「大丈夫かな……」

侑「とにかく、雨が降り出す前に出来るだけ急ごう!」

歩夢「うん!」


──私たちは、曇天の空の下、ローズシティを目指して、10番道路を駆け出しました。



842 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/09(金) 12:46:56.96 ID:9oar5n900

>レポート

 ここまでの ぼうけんを
 レポートに きろくしますか?

 ポケモンレポートに かきこんでいます
 でんげんを きらないでください...


【10番道路】
 口================== 口
  ||.  |○         o             /||
  ||.  |⊂⊃                 _回/  ||
  ||.  |o|_____.    回     | ⊂⊃|  ||
  ||.  回____  |    | |     |__|  ̄   ||
  ||.  | |       回 __| |__/ :     ||
  ||.○⊂⊃      | ○        |‥・     ||
  ||.  | |.      | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     ||
  ||.  | |.      | |           |     ||
  ||.  | |____●|____    /      ||
  ||.  | ____ 回__o_.回‥‥‥ :o  ||
  ||.  | |      | |  _.    /      :   ||
  ||.  回     . |_回o |     |        :  ||
  ||.  | |          ̄    |.       :  ||
  ||.  | |        .__    \      :  .||
  ||.  | ○._  __|⊂⊃|___|.    :  .||
  ||.  |___回○__.回_  _|‥‥‥:  .||
  ||.       /.         回 .|     回  ||
  ||.    _/       o‥| |  |        ||
  ||.  /             | |  |        ||
  ||. /              o回/         ||
 口==================口


 主人公 侑
 手持ち イーブイ♀ Lv.45 特性:てきおうりょく 性格:おくびょう 個性:とてもきちょうめん
      ワシボン♂ Lv.45 特性:はりきり 性格:やんちゃ 個性:あばれるのがすき
      ライボルト♂ Lv.41 特性:ひらいしん 性格:ゆうかん 個性:ものおとにびんかん
      ニャスパー♀ Lv.36 特性:マイペース 性格:きまぐれ 個性:しんぼうづよい
      タマゴ  なにが うまれてくるのかな? うまれるまで まだまだ じかんが かかりそう。
      ルガルガン♂ Lv.83 特性:かたいツメ 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:153匹 捕まえた数:5匹

 主人公 歩夢
 手持ち エースバーン♂ Lv.41 特性:リベロ 性格:わんぱく 個性:かけっこがすき
      アーボ♂ Lv.39 特性:だっぴ 性格:おとなしい 個性:たべるのがだいすき
      マホイップ♀ Lv.36 特性:スイートベール 性格:むじゃき 個性:こうきしんがつよい
      タマザラシ♀ Lv.31 特性:あついしぼう 性格:さみしがり 個性:ものおとにびんかん
      フラエッテ♀ Lv.24 特性:フラワーベール 性格:おっとり 個性:すこしおちょうしもの
 バッジ 3個 図鑑 見つけた数:155匹 捕まえた数:16匹

 主人公 かすみ
 手持ち ジュカイン♂ Lv.40 特性:かるわざ 性格:ゆうかん 個性:まけんきがつよい
      ゾロア♀ Lv.38 特性:イリュージョン 性格:ようき 個性:イタズラがすき
      ジグザグマ♀ Lv.37 特性:ものひろい 性格:なまいき 個性:たべるのがだいすき
      サニーゴ♀ Lv.33 特性:のろわれボディ 性格:のうてんき 個性:のんびりするのがすき
      ヤブクロン♀✨ Lv.34 特性:あくしゅう 性格:がんばりや 個性:たべるのがだいすき
 バッジ 5個 図鑑 見つけた数:149匹 捕まえた数:8匹

 主人公 しずく
 手持ち ジメレオン♂ Lv.30 特性:スナイパー 性格:おくびょう 個性:にげるのがはやい
      マネネ♂ Lv.24 特性:フィルター 性格:わんぱく 個性:こうきしんがつよい
      アオガラス♀ Lv.30 特性:はとむね 性格:ようき 個性:ちょっぴりみえっぱり
      ロゼリア♂ Lv.30 特性:どくのトゲ 性格:いじっぱり 個性:ちょっとおこりっぽい
      キルリア♀ Lv.29 特性:シンクロ 性格:ひかえめ 個性:ものおとにびんかん
 バッジ 0個 図鑑 見つけた数:156匹 捕まえた数:9匹


 侑と 歩夢と かすみと しずくは
 レポートに しっかり かきのこした!


...To be continued.



843 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 02:49:46.28 ID:hRdoaDre0

 ■Intermission👠



──DiverDiva拠点。


愛「カリン、調子どう?」


愛は端末をいじりながら、こちらに顔を向け、そう訊ねてくる。


果林「……大体まとまったわ。当日は愛にも手伝ってもらうけど」

愛「ん、りょーかい。それはそうと、報告があるんだけど」

果林「報告?」

愛「“星のガス”が十分に溜まったよ」

果林「……いいタイミングね」


私はそれだけ返すと、席を立つ。


愛「どっか行くの?」

果林「……ええ。今夜はエマと約束しているから」

愛「そっか」


愛はそれだけ答えると、また端末の方へと向き直り、作業を始める。


果林「……いつもみたいに、茶化してこないのね」

愛「ま、今日くらいはね」

果林「……」


今日くらいは──それが何を意味しているのかは、言うまでもない。


果林「行ってくるわ」

愛「ん、行ってら〜」

 「ベベノ〜」


私は今日もきままに漂っている愛の相棒の、のんきな鳴き声を聞きながら、拠点を後にする。



愛「……まあ、今日くらいは監視はやめといてあげようかな。……たぶん、最後の機会だろうしね」


 「ベベノ〜」





    👠    👠    👠





 「チャムー」「ヤンチャー」「チャム」


今日もヤンチャムたちが元気に鳴いている部屋で、私はエマと食卓を囲む。


エマ「──果林ちゃん、おいしい?」

果林「ええ、すごくおいしいわ。ありがとう、エマ」
844 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 02:51:31.93 ID:hRdoaDre0

私はエマの作ってくれたクリームシチューを食べながら、お礼を言う。


エマ「えへへ♪ 今日のはね、搾りたての“モーモーミルク”で作ったんだよ♪」

果林「ふふ♪ この前も同じこと言ってたわよ?」

エマ「でもね、でもね! 今日は特別ミルタンクの元気がよくてね! お乳の出もすっごく調子がよかったから、きっといつもよりもおいしいよ!」


エマは幸せそうに笑いながら、シチューを口に運び、


エマ「ん〜、ボーノ……♪」


一口食べるたびに、もっともっと幸せそうに笑いながら、つぼめた指先を唇に当ててキスをする。

彼女の生まれ育った国における、すごく美味しいということを表す仕草らしい。


果林「ふふ」

エマ「んー? どうかしたの、果林ちゃん?」

果林「エマっていっつも幸せそうに食べるから……見てる私もなんか嬉しくなっちゃっただけ」

エマ「えへへ♪ だって、おいしいものを食べてると幸せになるんだもん♪」


エマが嬉しそうに笑っていると、


 「チャムー!!」「ヤンチャー!!!」「チャムチャム!!!」「チャムチャー!!」「ヤンチャムッ!!」


ヤンチャムたちが、空になったお皿を持って、エマの足元に群がってくる。


果林「こら、貴方たち……まだエマがご飯食べてるんだから……」

エマ「うぅん、大丈夫だよ。ヤンチャムちゃんたちもおかわりが欲しいんだよね? すぐによそってあげるね♪」

 「チャムー!!」「チャムチャー」「ヤンチャ!!」

果林「いつもごめんなさいね……」

エマ「うぅん、わたしも好きでやってるだけだから♪ この子たちを連れて来たのも、わたしだし!」

果林「そういえば、そうだったわね……」


このヤンチャムたちは……ある日突然、エマが私にくれたポケモンだった。

もうずいぶん昔のことのように感じる。


果林「ねぇ、エマ」

エマ「ん〜?」

果林「……いつも、ありがとう」

エマ「ふふ、どうしたの?」

果林「ここに来てから……私はずっとエマのお世話になりっぱなしだっただから……」

エマ「そんなことないよ、果林ちゃんもわたしのこと助けてくれたもん♪」

果林「……そんなことあったかしら」


……心当たりがない。


エマ「あったよ? 私がここに来て1年くらいのとき……ケンタロスが暴れて逃げ出しちゃって……それを果林ちゃんが止めてくれたんだよ!」

果林「ああ……初めて会ったときのことね」

エマ「うん! そのときね、この地方にはこんなに優しい人がいるんだって、すっごく嬉しくなっちゃって!」
845 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 02:52:18.74 ID:hRdoaDre0

もう、耳にタコが出来るくらいこの話は聞いた。あれはただの気まぐれというか……私もここに来たばかりで──計画のために、面倒な騒ぎが起こるのが嫌だったから、手を出しただけ。

でも……それがきっかけでエマにはいたく気に入られ、その後、彼女はなにかと私の世話を焼いてくれるようになった。

ヤンチャムたちも……その中で貰ったポケモンだ。


エマ「それに、御守りの石もくれたし……今も大切にしてるんだよ?」

果林「まだ持ってたのね……」

エマ「当たり前だよ! 果林ちゃんからの贈り物だもん! 一生大切にするに決まってるよ!」


一生の宝物だなんて大袈裟な……。

あれは……ただ私の故郷で拾っただけの石なのに。

エマにとっては……本当にただの石ころのはずなのに……。


果林「そういえば……前から聞きたかったんだけど……」

エマ「?」

果林「どうして、ヤンチャムをくれたの?」


ある日突然ヤンチャムを渡され──次会ったときにも……またその次会ったときにもと、あれよあれよとヤンチャムの数は増えていった。

あまりに毎回ヤンチャムを渡されるから、さすがに6匹目で止めたんだけど……。


エマ「だって果林ちゃん、ヤンチャムが好きみたいだったから」

果林「え……? そんなことがわかる機会……あったかしら……?」

エマ「あったよ〜! 果林ちゃん、いっつもテレビでヤンチャムが出てくると、じーっと見てたもん!」

果林「そ、そうかしら……」


こっちに関しては逆に心当たりがあった。

私は……ここに来るまで、ヤンチャムというポケモンを見たことがなかった。

初めて見たときから、あの白と黒のボディに丸っこいフォルムが妙に私のツボを突いてきて── 一目惚れだったと思う。

エマはそれを見逃さなかったということらしい。

本当にエマは、私のことをよく見ている。……ずっと、ずっと見ていてくれた。


果林「……ねぇ、エマ」

エマ「なにかな?」

果林「もし……もしね、私がここを離れなくちゃいけないって言ったら……どうする……?」

エマ「……」


私の言葉を聞いて、エマはスプーンを持った手を止める。そして、


エマ「……やっぱり、果林ちゃん……いなくなっちゃうんだね」


そう続ける。


エマ「果林ちゃん……ここを出ていこうとしてるんだよね」

果林「……気付いてたの?」

エマ「なんとなく……そうなのかなって」

果林「……そう」
846 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 02:52:48.93 ID:hRdoaDre0

エマは……本当に私をよく見てくれていたようだ。

そして、それは……私も。

最初は、そんなつもりはなかった。……こっちの人と仲良くするつもりなんてなかった。……情が湧いてしまうから。

なのに、エマはどんなにあしらっても、私の傍に居て……笑ってくれた。

いつの間にか、エマは──……私にとって、大切だと思える存在になってしまっていた。

だから、私は……エマは……エマだけは……巻き込みたくなかった。

私はここまで、自分を殺して頑張ってきたつもりだ。……一つくらい、わがままを言ってもいいんじゃないか。

だから、


果林「……エマ」

エマ「……ん」

果林「何も言わずに……私と一緒に……来て……」


気付けばそう、言葉にしていた。


エマ「……」

果林「貴方は私が守るから……だから……」


私の言葉を受けてエマは、


エマ「……ごめんね」


そう言って、首を横に振った。


果林「……」

エマ「わたしね、この町が大好きなの。牧場も、牧場の人たちも、牧場のポケモンたちも、大好きなんだ。だから、今ここから離れることは出来ない……」

果林「エマ……」

エマ「だから……果林ちゃんとは一緒にいけない」

果林「……そっか」

エマ「……ごめんね」

果林「……こっちこそ、ごめんなさい。変なこと聞いて」

エマ「……うぅん」

果林「……」

エマ「……あ、果林ちゃん、おかわりよそうよ? 食べる?」

果林「……ええ、お願い」

エマ「……うん♪」



847 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 02:53:27.89 ID:hRdoaDre0

    👠    👠    👠





エマ「──それじゃ、また来るね!」

果林「ええ、またね」

エマ「あ! ここを出て行くときは、ちゃんと一言言ってね? 勝手にいなくなったら……わたし、怒っちゃうから!」

果林「ええ、わかってる」

エマ「うん! 約束だよ♪」


エマは笑いながら去って行った。


果林「…………」


私はエマが出て行ったドアを──しばらく見つめていた。





    👠    👠    👠





程なくして、DiverDiva拠点に戻る。


愛「あ、カリン、お帰り」

果林「……愛、荷物をまとめて。次の作戦が始まったら──ここにはもう戻らないと思うから」

愛「……カリン、エマっちは?」

果林「……何の話かしら」

愛「……まあ、カリンがいいなら、いいけどさ」


愛は言われたとおり、テキパキと荷物をまとめ始める。


 「ベベノ〜」

愛「お、手伝ってくれんの? お前はいい子だな〜♪ 愛してるぞ〜♪」
 「ベベノ〜♪」

果林「……明朝には発ちましょう」

愛「りょうか〜い」


愛が作業を始める中、拠点内の大モニターに目をやると──先ほどまでエマと一緒に食事をしていた部屋のカメラだけが真っ黒になっていた。

恐らく……愛が気を遣ってくれたのだろう。

当初の予定からは、想像出来ないくらい……ここには長く居ついてしまった。

あまり持たないようにしていたのに……愛着も、少しだけ湧いてしまった。……けど、


果林「……思い出作りは……もう十分、出来たから……。──さようなら。……エマ」


私は最後の踏ん切りをつけるために──小さく別れの言葉を呟いたのだった。


………………
…………
……
👠

848 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 16:08:59.80 ID:hRdoaDre0

■Chapter043 『マネネ? まねっこ? ものマネネ?』 【SIDE Shizuku】





──ローズシティを目指して10番道路を北上している私たちですが……。


 「ヒヒィーーンッ!!!」

侑「かすみちゃん、ごめん! ギャロップそっちに行った!!」

かすみ「任せてください! ゾロア! “ナイトバースト”!!」
 「ガァゥゥッ!!!!!」

 「ヒヒィンッ!!!?」


突撃してくるギャロップを、かすみさんのゾロアが迎撃する。


歩夢「侑ちゃん! 茂みの奥にマルノームがいるよ!」

侑「え、どこ!?」

 「マァールノォー!!!」


今度は、マルノームが茂みの奥から、“ヘドロばくだん”を侑先輩に向かって放ってきた、


侑「う、うわぁ!?」

しずく「キルリア! “サイコキネシス”!!」
 「キルゥ!!」


その“ヘドロばくだん”をキルリアが念動力で逸らす。


侑「あ、ありがとう、しずくちゃん……! ライボルト!! “10まんボルト”!!」
 「ライボォォォ!!!!!」


反撃する侑先輩、だが──マルノームは近くにあった岩を丸呑みにし始めた。


 「マル、ノー」


すると、不思議なことに、ライボルトの“10まんボルト”を意にも介さなくなる。

ほとんどダメージが通っていない。


侑「くっ……“たくわえる”で耐えてきた……」
 「ライボ…!!」


持久戦が苦手な侑先輩は苦い顔をする。

マルノームは緩慢な動きで、攻撃の姿勢に移ろうとするが、


歩夢「タマザラシ、“アンコール”!」
 「タマァ〜〜♪」


歩夢さんのタマザラシがパチパチで手を叩くと、


 「マル、ノー…」


マルノームは再び、“たくわえる”をし始める。

“アンコール”は相手のポケモンに前使ったのと同じ技を強制させる補助技だ。

それで出来た隙に向かって、
849 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 16:09:38.42 ID:hRdoaDre0

侑「ライボルト、“オーバーヒート”!! イーブイ、“めらめらバーン”!!」
 「ライボォォォ!!!!」「ブーーイィッ!!!!!」

 「マ、マルノォーーー」


2匹のほのお技で一気に圧倒する。


侑「歩夢、ありがとう!」

歩夢「ふふ、どういたしまして♪」

リナ『二人とも、まだ来るよ! 上空から、オオスバメ!』 || ˋ ᨈ ˊ ||

 「スバァーーー!!!!!」


リナさんの言うとおり、鳴き声をあげながら突撃してくるオオスバメの姿。


かすみ「ああもう次から次へと……!! ヤブクロン!! “ヘドロこうげき”!!」
 「ヤーブッ!!!」


ヤブクロンが向かってくるオオスバメに向かって、ヘドロを吐きつけるけど、


 「スバッ!!!」


攻撃を察知し、オオスバメは上空へと回避する。


歩夢「フラエッテ! “ようせいのかぜ”!!」
 「ラエッテッ!!」


オオスバメが逃げた上空に向かって、歩夢さんのフラエッテが“ようせいのかぜ”を放つが、オオスバメはダメージを受けるどころから、風攻撃の届かない範囲ギリギリを飛んで、おちょくっている。


歩夢「あ、あれ……?」

かすみ「歩夢先輩、全然攻撃が届いてないですよぉ〜!」

侑「相手が速すぎるんだ……!」


ひこうタイプにとって、地上からの攻撃はさぞ回避しやすいのだろう。

だけど、それならこちらにも考えがある。


しずく「ジメレオン」
 「ジメ…」


ジメレオンは手の平に水の玉を作り始める。

ジメレオンというポケモンは自分の体液で膜を作ることによって、水をボール状に丸めることが出来る。

その水のボールを、


 「ジメッ…!!」


空中を旋回しながら様子を伺っているオオスバメに向かって、投擲する。

でも、


かすみ「し、しず子〜!! 投げてる方向が全然違うじゃん!?」

 「スバ…」


ボールは明後日の方向に飛んでいく。

オオスバメもあまりのノーコンっぷりに、空中で鼻を鳴らす。
850 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 16:10:14.59 ID:hRdoaDre0

しずく「ふふっ、ジメレオンは頭脳戦が得意なんですよ」

かすみ「……はぇ?」


明後日の方向に飛んでいたはずの水のボールは──急に空中で軌道を変えた。


侑「空中で動きが変わった!?」

 「スバッ!?」


急に変化したボールの動きに対応出来ず、水のボールがオオスバメに炸裂し、驚いたオオスバメはバランスを崩す。


しずく「今度こそ、ストレートで決めるよ!」
 「ジーーメッ!!!!」


ジメレオンは用意していた2球目を、オオスバメに向かって、投球し、


 「ス、スバァーーーッ!!!?」


剛速の水球は先ほどよりも強い威力で炸裂する。

オオスバメは弾けた水の塊に吹き飛ばされて、戦闘不能になった。


しずく「やったね、ジメレオン♪」
 「…ジメ」

かすみ「ちょっと、しず子、今何したの!? ボールが空中で変な動きしたけど……!?」

しずく「ふふっ♪ 上空に吹いていた風を利用しただけだよ♪」

歩夢「もしかして……フラエッテの“ようせいのかぜ”?」

しずく「はい♪ 使わせていただきました♪」


すでに空中で吹いていた“ようせいのかぜ”にジメレオンの水球を乗せ、軌道を変えて攻撃を当てたということだ。

ジメレオンは水のボールを使って、相手を追い詰めていくのが得意なポケモン。

うまく意表を突く展開で、ジメレオンの良さが生かすことが出来た。


侑「とりあえず……これで、野生のポケモンは落ち着いたかな」

かすみ「ですねぇ……ちょっと、疲れましたぁ……」

歩夢「一度にたくさん出てきて、びっくりしちゃったね……」

しずく「それに1匹1匹が、今まで戦ったきた野生のポケモンより強かった気がします……」

リナ『オトノキ地方は北側の方が野生のレベルも高いからね』 || ╹ᇫ╹ ||


先ほどから、こんな感じで何度も野生ポケモンの群れと出くわしている。

こちらも4人いるので、負けることはないが……何度も戦いながらのため、いかんせん進みが遅い。


かすみ「“むしよけスプレー”でも買っておけばよかったですぅ……」

歩夢「私は……“むしよけスプレー”はあんまり好きじゃないかも……。ポケモンが可哀想だし……」


かすみさんの言葉に遠慮がちに言う歩夢さん。


侑「私はみんなで戦いながら進むのも楽しいけどな〜。みんなのポケモンが戦う姿も見られるし!」

リナ『それに、強い相手と戦うのは悪いことばっかじゃないからね』 || ╹ ◡ ╹ ||

かすみ「そうなの?」

リナ『経験値がたくさんもらえる。その証拠に、ほら』 || ╹ 𝅎 ╹ ||
851 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 16:10:57.23 ID:hRdoaDre0

そう言いながら、リナさんの視線が私の傍らのキルリアに向けられる。


 「キルゥ…」


気付けば、キルリアはぶるぶると震えていて……次の瞬間、カッと眩い光を放つ。


歩夢「これって……!」

侑「進化の光だ……!」


光が晴れると──


 「──…サナ」


キルリアはサーナイトに進化していた。


しずく「サーナイト……」

かすみ「わ、やったじゃん、しず子!」

しずく「…………」

かすみ「……しず子? どうしたの?」

しずく「……え?」

かすみ「なんか反応薄いよ? サーナイト、前から欲しかったって言ってたのに……」

しずく「あ、う、うぅん! 嬉しいよ! 新しい姿にちょっと感動してただけ!」
 「サナ」

しずく「サーナイト、これからもよろしくね!」
 「サナ」


サーナイトは恭しく頭を下げる。


リナ『サーナイト ほうようポケモン 高さ:1.6m 重さ:48.4kg
   未来を 予知する 能力で トレーナーの 危険を 察知したとき
   最大 パワーの サイコエネルギーを 使うと 言われている。
   空間を ねじ曲げ 小さな ブラックホールを 作り出す 力を 持つ。』


リナさんの図鑑解説を聞きながら、


侑「わかるよ、しずくちゃん! 新しいポケモンを見ると、なんか言葉失っちゃうよね!」


侑先輩が目を輝かせながら、私の手を握ってくる。


しずく「は、はい……」

リナ『侑さんはちょっと感動しすぎなところあるけど』 ||  ̄ ᇫ  ̄ ||
 「ブイ…」

しずく「あ、あはは……」



呆れ気味なイーブイとリナさんを見て、苦笑してしまう。

そのとき、突然、


かすみ「──つめたっ!」


かすみさんが、声をあげた。

空を見上げると──パラパラと雨の粒が降り始めたところだった。
852 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2022/12/10(土) 16:11:39.76 ID:hRdoaDre0

かすみ「わー!? 雨、降ってきちゃったぁ!?」
 「ガゥゥ…」

侑「本降りになる前に急ごう……!」
 「イブィッ」


侑先輩たちは大急ぎで手持ちをボールに戻して、10番道路を駆け出す。

私も、サーナイトとジメレオンをボールに戻す。

ボールに戻して──今しがた姿を変えたサーナイトのボールをまじまじと見つめてしまう。


しずく「…………私も……侑先輩みたいに、思えたら……」


──小さく独り言ちる。


歩夢「しずくちゃん……?」


そんな私の呟きが聞こえたのかどうかはわからないが、歩夢さんが足を止めて、こちらに振り返り、


歩夢「大丈夫……?」


ととっと近付いてきて、私の顔を心配そうに覗き込みながら訊ねてくる。


しずく「あ、いえ……すみません! なんでもないんです……!」

歩夢「そう……?」


咄嗟に誤魔化すものの、歩夢さんはやはり心配そうに私の顔を見つめている。


かすみ「しず子〜! 歩夢せんぱ〜い! 何してるんですかぁ〜!? 早く行きますよ〜!!」

しずく「あ、う、うん!! 歩夢さん、行きましょう!」

歩夢「……うん」


歩夢さんの視線から逃げるように、私はかすみさんたちを追って駆け出した。


歩夢「…………」





    💧    💧    💧





──10番道路は長い道路だ。

二つの大きな都市に挟まれている割に、自然豊かで様々な種類のポケモンが生息している。

また東側を上流とする河川も流れていて、道路の中腹辺りには橋が架かっている。

多少勾配はあるものの、基本的には歩きやすく、多種多様なポケモンとの邂逅を求めて、多くのトレーナーが訪れるそうだが……。


かすみ「ほ、本降りですぅぅ〜〜!!!」
 「ガゥ、ガゥガゥッ!!!!」


今日みたいな土砂降りだと、話は変わってくる。

私たちはバッグからレインコートを取り出して、ぬかるむ道を疾走中だが……かすみさんだけは何故か、レインコートを羽織っていない。
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