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曜「たとえみんなが望むとしても」
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46 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:06:24.59 ID:xnInN/pyO
千歌「決勝が終わったら。結果発表は翌日でしょ?」
曜「うん、そうだね」
千歌「夕方デートへ誘って、その時に告白する」
曜「そっか」
ラブライブの決勝に出場するチームにはビジネスホテルが手配される
好きな人へ向き合うのは全てが終わってからとは、基本的に一つの物事へ一途な千歌ちゃんらしい
千歌「わたし、先に教室へ戻ってるね」
曜「う、うん」
「頑張ってね」とエールを送ってあげられなかった自分が情けなかった
47 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:07:23.85 ID:xnInN/pyO
曜「あはは……そう、だよね」
わかっていた
千歌ちゃんはずっと、梨子ちゃんのことを一途に想っていたんだって
曜「うっ、ううっ……千歌ちゃん、千歌ちゃんっ」
全身の力が抜けて、足下から崩れ落ちた
とめどなく涙があふれ、嗚咽が止まらない
彼女がここを通りかかったのは、これまで17年生きてきて、これ以上ないほどの悲嘆に暮れていた時だった
ルビィ「曜さんっ!?」
曜「る、ルビィちゃんっ!?」
「後輩の前で情けないところは見せられない」と涙を袖で拭い、なんとか平静を装おうとするも──、
ルビィ「もしかして千歌ちゃんに……ごめんなさいっ」
──即座に看破されてしまいました
48 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:08:22.59 ID:xnInN/pyO
曜「いや、いいって。ルビィちゃんが思ったとおりだから」
ルビィ「いや、でも──」
曜「わかってたんだけどね。千歌ちゃんが梨子ちゃんへ恋してたって」
ルビィ「曜さん……」
曜「ああ……やだやだ! 『私が梨子ちゃんだったら』なんて、『梨子ちゃんになれたら』なんて」
真っ白だった心の中へ、どす黒い醜悪な感情がなみなみと注がれてゆくのが自覚できる
曜「そんなの……『あの頃から何にも変われてない』ってことじゃんか!」
2人が仲良くしている様へ疎外感を覚え、嫉妬心を向けるようになった夏の予備予選の頃と
自分が腹立たしかった
一番好きな人と、私にとっても大切な親友でもあるもう1人の仲を、素直な心持ちで応援できない自分が
曜「ううっ……ああーっ!」
ルビィ「泣いても、いいですよ。ルビィの胸で良ければ」
私よりも一回り小さな後輩が、慈愛の眼差しを向けながら両腕を大きく開いた
曜「うああぁーっ! 千歌ちゃん、千歌ちゃんっ、千歌ちゃぁーんっ!!」
涙と声が涸れるまで、私はルビィちゃんの胸の中で泣き続けた
49 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:09:13.98 ID:xnInN/pyO
曜「ごめんね、情けない先輩で」
ルビィ「いいんですよ。フラれたら悲しいのは当たり前ですもん」
函館のイベントで一皮剥けたのか、ダイヤちゃんの面影が垣間見えるほどしっかり応えてくれた
曜「ルビィちゃんは経験あるの?」
ルビィ「……知ったかぶりですよ。すみませんね」
あっ、拗ねた
こういうところはまだまだあどけなさが残ったままかも
曜「ふふっ、あははっ! 確かにルビィちゃんは恋とは無縁そうだしね!」
ルビィ「笑わないでくださいよぅー、これでも気にしてるんですからー」
曜「あはは、ごめんごめん」
50 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:10:41.05 ID:xnInN/pyO
ルビィ「花丸ちゃんと善子ちゃんだって付き合ってたりしますし」
曜「ああ、あの2人もかー」
善子ちゃんと花丸ちゃんも普段から親密なスキンシップをしているので納得がいく
ルビィ「さっき『上級リトルデーモン0号がどうたら』って言ってキスしてましたし、空き教室で」
曜「あの『占いの館』の?」
ルビィ「はいっ、そこです」
曜「へぇー、やるじゃん」
3年生の3人が卒業した後は、2組のカップルがイチャイチャしている様を眺めていなくちゃならないのか……
そんな光景が脳裏をよぎってしまった私は、今思い返せばあまりにも衝動的な行動に走ったのだ
曜「ねぇ、ルビィちゃん」
ルビィ「なんですか?」
51 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:11:22.31 ID:xnInN/pyO
曜「付き合おっか。私達も」
ルビィ「えっ?」
ルビィちゃんがさっきの千歌ちゃんと瓜二つに頬を真っ赤に染めて驚いた
ルビィ「……ええーっ!?」
曜「駄目、かな?」
ルビィ「いや、その……駄目ってことは、ない……ですけど」
両手を組んでモジモジする様を見ると、彼女も立派な女の子なのだと痛感させられる
ルビィ「一応……色々尊敬してますし」
曜「じゃあ、これからよろしくね」
なんだかんだ言って私だってルビィちゃんへ単なる「後輩」として以上の好意は抱いていた
2人きりで衣装作りをしたり、練習帰りに松月さんでスイーツを食べたりとそれなりに親しくしていたつもりだ
52 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:12:28.57 ID:xnInN/pyO
ルビィ「ま、まあ付き合い始めてから親しくなる恋ってのも、アリだとは思いますし」
だからこれから彼女の新しい一面をもっと知って、より深い関係になれたらいい
そう考えていた
一刻も早く「本命」に振られた傷から逃れたくて
ルビィ「……こんなルビィで良ければ、よろしくお願いします」
曜「うん。よろしくね、ルビィちゃん」
こうして、私とルビィちゃんは恋人同士になった訳だ
◆◆◆
53 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:13:23.19 ID:xnInN/pyO
曜「完全にその場のノリで……って感じだったけどね」
ルビィ「わかってますよ。長年片想いしてた人へフラれて、自棄になってたことぐらい」
何はともあれ、いざ付き合い始めると彼女の意外な素顔に次々と気付かされる
お喋りしていて楽しい心持ちになるのもまた事実だし
ルビィ「でも、きっかけなんてそんなんでいいんです」
曜「ルビィちゃん……」
ルビィ「ルビィとしても『憧れの人とお付き合いできる』ってことに浮かれてて、その後のプランなんかこれっぽっちも考えてませんでしたから」
曜「私のこと、そんな風に見ててくれてたんだね」
キュートな後輩から慕われるのは決して悪いことではなくて、つい口元が弛んでしまった
ルビィ「でも、もう付き合い始めて3ヶ月にもなるんです。だからそろそろルビィを『千歌ちゃんの代わり』じゃなくて『ルビィ』として見てほしいんです」
背伸びした彼女のふっくらとした唇が少しずつ距離を縮めてゆく
そうだ、もう私達は恋人同士なんだ
だからこのまま口づけを交わしても──、
???「ジー」
──と意を決した矢先、誰かの鋭い視線を感じてしまった
54 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:14:32.32 ID:xnInN/pyO
曜「ちょっとそこの君? 何見てるのっ!?」
???「何か問題でも? 別にカメラで撮影している訳ではありませんし」
静真高校の制服を着た、釣り目で少し鼻が高めな金髪の娘だった
リボンの色からして、私と同じ3年生らしい
曜「いや、それはそうだけどさ」
???「個人の肖像権を侵害していない以上、公共の場で起こっていることへ目を向けるのに特別の問題はありませんよね?」
曜「ま、まあ」
彼女の指摘どおり、商店街のど真ん中でいきなりキスをしようとすれば周りから注目されても仕方ないか
曜「ってことだから、また今度ね。ルビィちゃん」
ルビィ「そう、ですね。……わかりました」
彼女も渋々ながら承諾してくれた
でも本来なら、先輩である私の方からリードしてあげるべきなんだろうな
55 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:15:38.41 ID:xnInN/pyO
???「止めるんですか? 彼女さんとのキスを」
曜「そんなに見たかったの? 他人がキスしてるのを」
どうして他人のことへと口を挟みたがるのか、なかなか面倒な人らしい
???「いえ、別に」
曜「だったらいいでしょ、見せ物じゃないんだから」
ルビィ「そうですよ、みのり副会長」
曜「へっ!? 副会長?」
ルビィちゃんの口から出た意外な単語に驚きを禁じ得なかった
っていうか、なぜルビィちゃんが知ってるの?
みのり「はい、冬木みのりと申します。月会長から話は耳にしていますよ、『神童』渡辺曜」
曜「『神童』ねぇ」
月ちゃんが私のことを周囲へどう語っているのか気になるところではある
浦女時代でも「高飛び込みの技能がオリンピック選手級」だとか「同年代の娘の中ではかなり要領がいい」とか色々持て囃されたりはしてきたけど
さすがに「神童」は持ち上げ過ぎじゃないかな?
……あと横でルビィちゃんがニヤけているのが気になるんだけど
56 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:16:45.05 ID:xnInN/pyO
曜「別にそんな持ち上げるほどの人間じゃ──」
みのり「みたいですね。このヘタレっぷりからして」
曜「へ、ヘタレって……」
思っていることはズバズバ口にするタイプなのかな? この娘は
みのり「違いますか? 一番欲しかったモノを諦めて『代替品』で妥協しているんですから」
その言葉の意図していることは即座に理解できた
人をモノ扱いしていることへ生理的な嫌悪感を覚える
曜「ルビィちゃんをそんな風には──」
みのり「見え透いた嘘はつかなくていいですよ」
曜「だから嘘なんてついてないっての!」
本人が訴えるならともかく、なぜ無関係の第三者からどうこう干渉されねばならないのか
57 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:17:46.04 ID:xnInN/pyO
みのり「でしたら、どうしてキスしてあげなかったんですか?」
曜「それは、みのりちゃんが見ていたからで」
自分のことは棚上げですか、そうですか
みのり「高海千歌が相手なら、周囲の視線なんて二の次だった。でしょう?」
曜「千歌ちゃんなら……」
「あったかもしれない未来」が提示されたことへ、胸の古傷がズキリと痛む
いや、仮に千歌ちゃんと付き合えていたとしても同じことだ!
曜「……そんなことない、から」
みのり「でしょうね。一度フラれた程度で諦めてしまうヘタレですし」
曜「だからヘタレヘタレ言わないでよ!」
みのり「一番を本気で求めず、二番で満足したフリをする。これをヘタレと呼ばずして何と呼べばいいんですか?」
話が噛み合っているようで噛み合っていなかった
彼女は先入観に基づいて他人を見て「こういうものだ」と決め付けている
どんなに否定しても暖簾に腕押し、自分が決めたことは絶対に譲ろうとしない
58 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:18:51.91 ID:xnInN/pyO
ルビィ「もう止めてください、みのり副会長」
みのり「黒澤ルビィ……」
ルビィちゃんが初めて口を挟んだ
ルビィ「ルビィの……わたしの好きな人がヘタレ呼ばわりされるのって、とても気持ちいいものではないので」
しっかりとした物言いで、自分の不満をはっきり述べた
対してなんだよ、今までの私の返し方はさぁ!
みのり「貴女はいいんですか? 高海千歌の『代替品』として扱われている現状で満足なんですか?」
ルビィ「そりゃ満足はしてないですよ」
ルビィちゃんがキッパリと本音を言い切る
みのり「なのにそうやって『恋人ごっこ』しているんですか?」
ルビィ「今は……まあ、そうかもしれませんね」
声のトーンが少し下がる
59 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:19:45.53 ID:xnInN/pyO
みのり「だったら別れるべきですよ」
ルビィ「どうしてそう極論へ走るんです?」
今度は明らかに不機嫌を隠そうともしないムスッとした言い方だ
みのり「互いのためにならないからです。何のメリットもない人付き合いに意味なんてありますか?」
ルビィ「人付き合いは損得だけじゃないので、そのアドバイスは受け入れられません」
ルビィちゃんは私とは大違いだ
みのりちゃんが放つ否定の意見を、毅然とした態度で次々とはねのけてゆく
みのり「後になって『無駄なことをしてきた』と後悔しても遅いんですよ?」
ルビィ「何が無駄で何がそうじゃないのか、決めるのはみのり副会長じゃなくてわたし自身なので」
みのり「報われない努力ほど……虚しいものはないんですよ」
ここにきて表紙一つ変えずにいたみのりちゃんが、初めて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた
過去に何か挫折したことがあったのだろうか?
60 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:20:42.03 ID:xnInN/pyO
ルビィ「心配は結構です。曜さんはいつか、わたしが堕としてみせます」
私へ向けて舌を出して小悪魔っぽいウインクをするルビィちゃん
うっ//……ちょっとドキッとしちゃったじゃないの!
みのり「根拠のない自信ですね」
ルビィ「もうネガティブなままではいられないので」
自信たっぷりに宣言する彼女には、もはや1年前の捕まったウサギの如くオドオドビクビクな面影はなかった
ルビィ「行きましょう、曜さん。時間がなくなるんで」
曜「う、うん。失礼します」
一礼だけして、ルビィちゃんから引っ張られるままにその場を後にした
61 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:21:34.40 ID:xnInN/pyO
みのりちゃんの姿が見えなくなるくらい離れてから、初めてルビィちゃんが口を開いた
ルビィ「みのり副会長とは路上ライブの申請の時に知り合ったんです」
曜「そうなんだ。……にしてもなんか、ねぇ?」
お節介
口煩い
過干渉
余計なお世話
次々と浮かんだマイナスワードを吐き出したくなくて、ぼかした物言いをする
ルビィ「ですね。『損得』がどうとか『報われる』とかって……なんだか全てを金勘定してるみたいで嫌です」
曜「金勘定……そういうことか」
不快感の一番の原因はそこにあったのか
ルビィ「はいっ。ルビィは別にそんなビジネスライクな理由で、曜さんと付き合ってるんじゃないんで」
曜「ルビィちゃん……ありがとね」
一緒にいて心地いい
君が幸せなら私も幸せ
人と人とが付き合う理由なんて、それこそカップルの数だけあるに違いない
でもそれらを突き詰めてゆけば、何もかもが「快楽を得たいから」へ帰結してしまう
だとしても、さすがにそうした人の感情まで金勘定や快楽の獲得へ置き換えたくはなかった
置き換えてはならないものだ
62 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:22:19.62 ID:xnInN/pyO
その後は予定通り手芸店で衣装の生地選びをして、流行りの映画(平行世界からの侵略者と戦う高校生のお話)を観てから帰路についた
しかしルビィちゃんは自分が思っていた以上に成長していたんだなぁ……
にしても──、
曜「はぁ、みんなして『私イコール千歌ちゃんが好き』だなんて言うんだから」
千歌ちゃんも、梨子ちゃんも、ルビィちゃんも、初対面のみのりちゃんも
どうして私が未だに「千歌ちゃんのこと引きずっている」って口にするんだよ
こっちとしては、何度も治りかけのカサブタを剥がされているような苛立ちを覚えるってのに……
千歌ちゃんは梨子ちゃんと付き合ってて、私はルビィちゃんと付き合うことを決めたってのに……
こんなの私だけじゃなくて、誰に対しても失礼だよ
曜「ああーっ、モヤモヤするぅーっ!」
イライラが募り、頭を乱暴に掻き毟る
曜「もう寝よっ、寝ちゃおっ! うん、そうする!」
嫌なことがあった日は昔からこうしてきた
頭の中がごちゃごちゃになってきたら、ぐっすり眠って一旦リセットするに限る
ママが用意してくれた作り置きの晩ごはんをぱぱっと胃袋へ納め、パジャマへ着替えてシャワーも浴びずにベッドへ飛び込んだ
63 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:25:44.90 ID:xnInN/pyO
【Caramel Macchiato Nightmare】
「私」と千歌ちゃんは、駅前のモダンな雰囲気漂うおしゃれな喫茶店へ来ていた
千歌「うわぁ、さすがRX! ガン○ム級のサイズだねぇ!」
曜「えっ!? RXってそっちの意味だったの? SとかMじゃなくて?」
千歌「うん。っていうかSとかMって『よーちゃん』はどっち派なの?」
彼女がニシシといたずらっぽく笑みを浮かべる
曜「うーん、私はもちろんMで──」
千歌「わかった。じゃあ今度ベッドの上でたっぷり泣かせてあげるね♡」
彼女が無邪気に微笑む
幼い頃から何度も何度も私へ向けてくれた、向日葵のような笑顔が愛くるしい
64 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:27:24.60 ID:xnInN/pyO
曜「嘘ぉ!? そういう意味だったの? ポケ○ンのアカ○ちゃんネタ?」
千歌「へぇ〜、よーちゃんはア○ネちゃんみたいな娘がタイプなんだね。元気で、笑顔が似合う、スタイルもいい、チカみたいな♡」
曜「ははっ、言うようになったじゃん。千歌ちゃんも」
かつて「普通コンプレックス」を抱えていた彼女が、こうやって自分に自信が持てるようになれて、まるで私自身のことのように誇りに思える
千歌「よーちゃんが色々励ましてくれたからね。『東京のイベントで0票だった時』も」
曜「へっ?」
急に背筋がゾワッと冷える感覚がした
「あの時」励ましたのって私じゃなくて梨子ちゃんだったはずじゃ……
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/04/05(金) 04:28:25.27 ID:0Z+ScJfYo
つまんね
66 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:28:38.99 ID:xnInN/pyO
千歌「よーちゃんはイブ○さんかな? セクシーだし、なんかいつも競泳水着みたいなの着てるし」
曜「うーん、どっちかっていうと果南ちゃんっぽくない? 背が高いし、青髪でポニーテールだし、それに私ってイ○キさんほどクールって訳でもないし」
私の心と身体とが乖離しているようだった
まるで幽体離脱しているかのように私は「私」を外側から眺めている
そしてその「私」はやけにスラスラともう1人の幼なじみ評を口にしてゆく
千歌「ああっ、言われてみたらそうかもね。それによーちゃんはMだから○ブキさんみたくSっぽくないしねっ!」
曜「いやいや、まだそのネタ引っ張るの? でもイブ○さんがSっぽいのは同意。鞭持ってるし」
確かにアレで手持ちの○ケモンへ喝を入れるのか、前々から気になっては……
いや、まずはこの状況の方が気になるけどさぁ
千歌「でしょー。んでその鞭で○カネちゃんをピシッ、ピシッっていじめちゃう……って同人誌を梨子ちゃんから借りてて──」
曜「梨子ちゃん、千歌ちゃんへ何吹き込んだのさっ!」
清純な彼女を変な色で染め上げようとしないでよっ!
67 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:29:42.34 ID:xnInN/pyO
千歌「なんか『ベッドの上でアレコレやる時の参考にして』って」
曜「しなくていいから!」
それにまだ「えっちなこと」なんて早いから
なんてったって私達、高校生なんだしさ
というより、そもそもこれはどういう状況なんだろう?
あたかも「私」と千歌ちゃんが「恋仲」みたいなやり取りをしているこの状況は
だけど私が知ってる千歌ちゃんは、梨子ちゃんとお付き合いしている訳だし
千歌「んじゃ、さっそくRXこと『キャラメルマキアート生クリームマシマシ』を飲んでいきましょっか。よーちゃん♡」
曜「ってコレ2人用なの?」
千歌「うんっ、ストロー2本刺さってるし♡」
曜「でもこれじゃ間接キスになるんじゃ──」
千歌「チカと一緒じゃ、イヤ?」
彼女のルビー色の双眸に涙がジワッと滲む
68 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:30:41.71 ID:xnInN/pyO
曜「嫌……じゃないけど」
千歌「じゃあ『せーのっ!』で同時に口付けよっ♡」
曜「う、うん」
千歌「せーのっ!」
パシャッ☆
ん?
これってシャッター音?
曜「ちょっとルビィちゃん!? 何撮ってるのさぁ!」
ルビィ「ピギッ!? そ、それは──」
あどけなさの残る後輩が、申し訳なさそうに視線を逸らす
曜「それは?」
ルビィ「梨子さんに……頼まれた、からで……」
69 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:31:42.11 ID:xnInN/pyO
彼女が向けた視線の先には──、
曜「ジーっ」
??×2「「ビクッ!?」」
──サングラスとマスクに加えてスポーツキャップで顔を隠した、見るからに怪しい2人組がいるではありませんか!
曜「梨子ちゃん? 善子ちゃん?」
善子「ヨハネよっ! ……しまった!?」
梨子「『よっちゃん』のアホーっ! どうして突っ込むのを我慢できないのよっ!」
普段よりハイテンション気味な梨子ちゃんが、隣の後輩へ容赦なくチョップを叩き込んだ
曜「この脳ミソキャラメルマキアートコンビめーっ! 成敗してくれるーっ!」
善子「これはリトルデーモンが勝手にやったことで──」
曜「ルビィちゃんのせいにするなーっ!」
部下が犯した失態の責任は上司がとってください
……って、「私」のテンションもやけに高いなぁ
70 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:32:49.03 ID:xnInN/pyO
梨子「そうそう、私とルビィちゃんは全部よっちゃんの指示に従ったまでで──」
曜「千歌ちゃんにアレな同人誌を貸したのも?」
梨子「それは……奥手な曜ちゃんと千歌ちゃんのためを思ってのことよ」
なんとまあ余計なお節介だことで
曜「へぇ〜、そっか♡」
よしりこ「「ひ、ひぃーっ!!」」
表情は確認できないけど、「私」は般若を思わせるゾッとするような笑みを浮かべたに違いない
千歌「あはは……ほどほどにしてあげてね、よーちゃん」
ルビィ「うわぁ〜、美味しそぅ〜♡」
千歌「ルビィちゃんも飲む? 甘いよ〜♡」
ルビィ「えっ? いいんですか?」
千歌「いーよ♪ よーちゃん、あっちの『バカップル』2人と遊ぶのに夢中だし」
再び寒気が私を襲った
「バカップル」ってつまり、梨子ちゃんと善子ちゃんが付き合っているってこと?
でも善子ちゃんは花丸ちゃんとお付き合いしている訳で……さすがに二股とかじゃないよね?
71 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:33:44.21 ID:xnInN/pyO
千歌「ささっ、ぬるくなる前にっ♪」
ルビィ「は〜い♡」
曜「ちょっとルビィちゃん!? それ、私と千歌ちゃんの──」
千歌「よーちゃんが彼女を無視して遊んでるからでーす♡」
彼女が天使のような悪魔の笑みを向ける
ルビィ「んん〜っ、あんまぁ〜いっ♡」
曜「そんなぁーっ!」
梨子「ふふっ、いいもの見させてもらったわ〜♪」
梨子ちゃんがスマホ片手にガックリ落ち込む「私」を盗撮していた
曜「だから撮るなぁ! 肖像権ガン無視するなぁ!」
善子「良かったわね、リリー♡」
善子ちゃんが先輩の頭をフリスビーを取ってきた愛犬のを褒めるように優しげに撫でる
72 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:34:47.22 ID:xnInN/pyO
梨子「えへへぇ〜♡ よっちゃんにナデナデされちゃったぁ〜♡」
千歌「うわっ!? 梨子ちゃんの顔がとろけちゃってる……」
曜「普段の梨子ちゃんの原型はどこへやら、だね」
キリッとした佇まいはどこへやら、彼女が骨なしクラゲの如くふにゃりと脱力する様は見たくなかったなぁ
ルビィ「ですねぇ〜、ヨハネ様のしつけがなってないからですよ!」
善子「ってなんで私が責められるのよっ!」
梨子「違うよぅ〜♡ よっちゃんがしつけてくれたから『本来の私』が出せるようになったんだよぅ〜♡」
パシャッ☆
梨子「ってルビィちゃん、真顔で撮らないでぇ〜♡」
言葉とは裏腹にやたら嬉しそうですねー、「この」梨子ちゃんときたら
この2人こそ、ベッドの上でどんなプレイをしているのか気になるものだ
73 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:35:34.19 ID:xnInN/pyO
善子「リトルデーモンの内輪揉めに介入するつもりはないわよ」
梨子「介入してよぅ〜。よっちゃんが何度も『スクールアイドルやらない?』って誘ってくれたみたいに」
へっ!?
またもや違和感のある発言が出てきた
梨子「よっちゃんのおかげで、私はまたピアノと向き合えるようになったんだからぁ〜♡」
いや、それは千歌ちゃんがしてきたことじゃないの?
怖かった
ただただ怖かった
私達が辿ってきた道のりが、何もかも違う形に置き換えられているようで
そして極めつけは千歌ちゃんのこの一言だった
74 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:36:30.68 ID:xnInN/pyO
千歌「あははっ♪ この『5人』の時間が、これからもずーっと続けばいいのにね」
曜「へっ!?」
「5人」だって!?
ようやく私が「私」の身体へ戻ったような感覚がした
曜「ちょっと待ってよ、千歌ちゃん!」
金縛りが解けたように、やっとこさ自分の意思で口を動かせた
千歌「んっ!? どしたの、よーちゃん?」
彼女が真ん丸に両眼を見開き驚く
曜「今さ、千歌ちゃん『5人』って言ったよね?」
千歌「うん。チカ達aqoursの『5人』だよ」
聞き間違いでもなんでもなく、彼女ははっきり「5人」と言い切った
75 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:37:30.79 ID:xnInN/pyO
曜「いやいや、私達aqoursは『6人』でしょ!」
千歌「へっ? 『6人』?」
曜「ちょっと全員の名前、挙げてみて」
千歌「う、うん」
彼女が挙げた中には──、
千歌「チカでしょ、よーちゃんでしょ、あと善子ちゃんに梨子ちゃんでしょ」
善子「ヨハネよっ!」
千歌「そしてルビィちゃんの5人だよ。他に誰かいるの?」
──正直私と関わりが薄かった、ある後輩の名前がなかった
曜「いや、もう1人いるじゃん。花丸ちゃんが」
千歌「花丸ちゃん? 誰それ、知ってる?」
梨子「さぁ? よっちゃんのクラスの娘?」
千歌ちゃんも梨子ちゃんもボケている様子はなく、純粋に知らないでいるようだった
76 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:38:22.18 ID:xnInN/pyO
善子「ああ……言われてみればいたわね。図書委員の地味な眼鏡っ娘が」
ルビィ「なんだか話しかけづらいんですよね。休み時間中もずーっと1人で本読んでて」
さすがに同じ1年生の2人は花丸ちゃんのことを憶えているみたいだ
でも単に「同じクラスの娘」でしかない間柄らしい
曜「えっ? 花丸ちゃんがaqoursのメンバーじゃないの?」
千歌「さっきからそう言ってるじゃん、よーちゃん。まだボケるには早いよ、チカより3ヶ月先に産まれたんでしかないのに」
善子「私達aqoursは最初このヨハネと曜が、千歌から誘われたのから始まったんでしょ!」
善子ちゃんがご丁寧に「ここ」でのスクールアイドル部結成の経緯を説明してくれる
ただ、それは私が知っている経緯と矛盾が生じるものだった
曜「へっ? 梨子ちゃんじゃなくて善子ちゃんが?」
善子「ヨハネっ! 忘れたの? リリーは最初『作曲だけ手伝う』って話だったって」
確かに「私が知っている」梨子ちゃんは最初はそういう話だった
でもその後で千歌ちゃんとちょっとしたやり取りがあって、正式な部員として練習に参加してくれるようになったのだ
77 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:39:17.80 ID:xnInN/pyO
曜「それ本当? 梨子ちゃん?」
梨子「ええ、よっちゃんの言ったとおりよ」
ルビィ「そうですよ。体育館でのライブを観て感動したから、ルビィと梨子さんが加入を決めたんです」
梨子「うん。んで東京のイベントの後で、ダイヤさん達3年生の3人が加わったのよね」
ルビィちゃんと3年生回りは変わらないんだね
ただルビィちゃんと一緒に入部したのが、花丸ちゃんから梨子ちゃんへ置き換わっているけど
千歌「そうそう。果南ちゃん達が卒業するまで、チカ達『8人』のaqoursで頑張ってきたんだもんね。『浦女の名をラブライブの歴史へ遺そう!』って」
もうこれ以上は、違和感に満ちた何もかもに耐えられなかった
私達の人間関係が、辿ってきた道のりが、全く異なる形でまとまっているなんて
そして私以外の誰もが、そんな状態に何ら違和感を抱いてないことの不気味さに
78 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:40:25.65 ID:xnInN/pyO
曜「わかった。もう止めにしよ」
千歌「どうしたの、よーちゃん?」
彼女が心配そうに私の顔を覗き込む
曜「私達は『9人』で頑張ってきたんだよ! 悪ふざけも大概にしよう、ってこと」
怒鳴りつけた私へ向けて、みんなが怒りを露にして反論してきた
善子「悪ふざけなんてしてないわよ!」
ルビィ「どうしてそんなに、その『花丸ちゃんって娘がいる』ってことにしたいんですか? 『特別仲良くしていた訳でもなかった』ってのに!」
ギシリ、と歯車が軋む音が聞こえたような気がした
梨子「そうよ! 今の今まで『ロクにおしゃべりだってしてこなかった』のに!」
善子「『どうでもいい』って思ってるクセにね。『ずら丸』のことなんて」
どうして今の今まで花丸ちゃんがaqoursの一員だったことを頑なに否定していたのに、一転して私が彼女と親しくしてこなかったことを責め立てるのだ?
79 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:41:10.40 ID:xnInN/pyO
曜「そ、そんなことは──」
壁が、テーブルが、椅子が、ドロリと熱せられたキャラメルのように溶け始める
千歌「気にすることないじゃん、1人くらい欠けたって♪」
「本来の」千歌ちゃんなら、絶対に口にしない言葉を口走った
曜「……千歌、ちゃん?」
ルビィ「ですよね〜」
善子「そうよね〜」
後輩2人がキャラメル色の塊となり、その場で人の形を失ってゆく
曜「ひっ、ひいっ!」
梨子「じゃあ邪魔な私はさよならするね〜」
梨子ちゃんも2人に倣い、キャラメルの塊となって溶けていった
80 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:42:12.05 ID:xnInN/pyO
千歌「よーちゃん、大好きだよっ♡」
曜「いっ、嫌だ。やめてっ!」
それでも千歌ちゃんだけは人間のまま、私を後ろからギュッとハグしてくれた
千歌「『チカとよーちゃんだけのaqours』、それがお望みなんでしょ♡」
曜「いや、いやっ……」
そんなの、そんなこと……それが渡辺曜という人間の本質だというのなら!
曜「いやーーーっ!!」
私は、どこまでもどこまでも最低な人間じゃないか!!
81 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:43:11.91 ID:xnInN/pyO
【曜side】
三連休三日目
曜「いやぁーーーっ!!」
喉の奥底から叫び声を上げながら、私はガバッと両手で布団をめくり上げた
曜「はぁ、はぁ……夢、か」
少しずつではあるが、脳へ酸素が行き渡り頭が冴えてゆくのを感じる
まだ4月の半ばだというのに、パジャマは寝汗を吸い込んで気持ち悪かった
目覚まし時計を覗き込むと、時刻は午前9時半を回っていた
曜「明晰夢……ちょっと違うか」
明晰夢とは、夢の中にいながら「自分は夢を見ている」と自覚できる夢のことだ
でも「あの夢」の中で私の意識は、それが夢だとは感じていなかった
しかも途中で違和感を覚えるまでは、完全に舞台の外側視点にいた訳だし
82 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:44:11.37 ID:xnInN/pyO
曜「あるいは……深層心理?」
以前あるテレビ番組で観た話を思い出す
夢というものは「脳が記憶を整理する過程で生まれるもの」だそうだ
またその際に深層心理、すなわち「自分が心の奥底で望んでいること」が現れるとかなんとか
この話は本当ならば、私は未だに「千歌ちゃんと結ばれたい」と願っている訳で
更に言えば「そのためなら、千歌ちゃんと梨子ちゃんが出逢ってから1年かけて積み重ねてきた絆なんて、全てなかったことになってしまえばいい」と望んでいる訳だ
「あの夢」の中みたいな光景が、私が望む世界の有り様だっていうのなら……私はどれだけ自分本位な最低女なんだよ
ただ「私と千歌ちゃん」、「梨子ちゃんと善子ちゃん」の組み合わせで付き合っていることに対する違和感はなかった(あの2人だって昨年末くらいから特別親しい間柄になった訳だし)
花丸ちゃんの存在が抹消されていたり、千歌ちゃんが梨子ちゃんのためにしてきたことが善子ちゃんがしていたことへ置き換わっている等「私が生きる世界」で起こった出来事が全て改変されていたのが怖かったのだ
曜「いちいち気にしてても仕方ない、よね? 夢の内容なんて」
そうだ、こんなの単なる夢の話でしかない!
深く考えるだけ無駄なことだ!
ネガティブ感情に囚われるなんて馬鹿馬鹿しい!
83 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:45:09.66 ID:xnInN/pyO
ひとまずメール確認のためにスマホの電源を入れると──、
曜「不在着信が13件もっ!?」
しかも、つい1時間ほどの間に送られてきたものばかりだし
メールの中身を確認しようとすると──、
ヨハネヨッ! ヨハネヨッ!
曜「善子ちゃんっ!?」
──後輩から電話がきたことを示す着信音が鳴ったので、すかさずそれに応じる
曜「もしもし、善子ちゃん?」
善子(TEL)『曜っ! ……ようやく繋がったのね』
「ヨハネよっ!」のツッコミを忘れるほど動揺した様子だった
84 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:46:03.10 ID:xnInN/pyO
曜「どうしたの、善子ちゃん?」
善子『ずら丸が襲われたのよ』
曜「花丸ちゃんが!?」
よりによって「あの夢」の中でaqoursに在籍していないことにされていた後輩の名前が出たことで、全身が悪寒で身震いした
善子『外に出て。病院へ向かうから』
善子ちゃんのお母さんが運転する車で、私と善子ちゃんは市内で一番大きな総合病院へと向かった
曜「ごめん、スマホの電源切ってた」
善子「みたいね。しかも家に掛けても全然出ないし」
85 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:46:59.84 ID:xnInN/pyO
曜「……そっちもごめん。ウチのママ、朝からパートだから」
善子「やれやれ、よっぽど熟睡してたって訳ね」
曜「他のみんなには伝わってるの?」
善子「私からリリーと千歌へ連絡回したわ。でもルビィには繋がらなくて」
曜「……そっか」
花丸ちゃんが襲われた経緯についてはよくわからないが、もしやルビィちゃんも巻き込まれたのでは……と不安になってきた
善子「ルビィのお母さんの話だと『昨日の晩は花丸ちゃんのお家へ泊まりに行く』って。でもずら丸のおじいちゃんからは『ルビィちゃんは来とらんぞ』って言われたし」
曜「……了解」
行方不明になった彼女のことも気掛かりだったが、とにかくまずは花丸ちゃんの容態が心配でならなかった
86 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:47:55.15 ID:xnInN/pyO
総合病院には、既に千歌ちゃんと梨子ちゃんがお見舞いに来ていた
千歌「あっ、『曜ちゃん』に善子ちゃん」
曜「千歌ちゃんに梨子ちゃん。もう面会したの? 花丸ちゃんと」
千歌「うん。でも……会わない方がいいかも」
千歌ちゃんが顔を俯ける
善子「どういうことよ?」
梨子「そ、それは──」
善子「リリー?」
梨子「……酷かもしれないわ。特に『善子ちゃん』には」
2人の瞳は真っ赤で、頬にはうっすらと白い涙の跡ができていた
曜「善子ちゃん、ね」
梨子ちゃんが善子ちゃんを「よっちゃん」と愛称で呼んでいない
今、私が存在しているこの空間が夢ではなく現実なのだ……とはっきり自覚できた
87 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:48:46.09 ID:xnInN/pyO
その病室は他の人達との相部屋ではない、真っ白な壁紙で覆われた重篤患者用の特別な部屋だった
曜「失礼します」
花丸祖父「よく来てくれたのう」
昨晩からずっと寝ていないのか、花丸ちゃんのおじいちゃんは疲れきった表情をしていた
曜「おはようございます」
善子「それで、ずら丸の容態は?」
ベッドの上で上半身を起こしている花丸ちゃんは、薄緑色の病人服を着ている
頭部に包帯が巻かれているのがとても痛々しかった
そんな彼女が開口一番に放った言葉に、私達は耳を疑った
花丸「また『aqoursのメンバーだ』って人なの?」
ようよし「「へっ?」」
88 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:49:37.27 ID:xnInN/pyO
「記憶喪失」という単語が真っ先に脳裏をよぎる
「また」っていうのは、私達より先に面会した千歌ちゃんと梨子ちゃんのことだよね?
花丸「マルは知りませんよ、スクールアイドルなんて」
善子「ちょっと、寝言は寝て言いなさいよ。ずら丸!」
花丸「ひっ!? 寝言なんて言っていないずらよ、善子ちゃん……だよね?」
声を荒げた善子ちゃんへ怯える花丸ちゃんは、まるでオオカミに睨まれたウサギのようだった
善子「ヨハネよっ! ……って私のことは憶えてるみたいね」
花丸「うん。幼稚園一緒だったもんね」
あれ?
スクールアイドルのことは忘れているのに、幼なじみの善子ちゃんの記憶はあるのか?
だとしたら梨子ちゃんが「酷かも」と告げた理由は?
89 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:50:30.15 ID:xnInN/pyO
花丸「ところで、そちらの方は?」
曜「へっ? 私?」
花丸「もしかして、そのaqoursの先輩だっていう人? さっきの2人と同じで」
曜「う、うん。渡辺曜っていうんだけど……憶えてない?」
花丸「……すみません。憶えていないです」
頭に右手を当てて思い出そうとする仕草をした後、申し訳なさそうに彼女が答えた
となると、花丸ちゃんは「aqoursに関係する記憶」だけがすっぽり抜け落ちてしまった、ということなのかな?
善子「ねぇ、ずら丸。これを見て」
善子ちゃんがスマホを取り出し、次々と1年生3人が仲良くしている写真を見せる
それらは制服や学校指定のジャージ姿ではなく、練習着やライブ衣装を中心としたスクールアイドル活動をしている時のものばかりだ
花丸「善子ちゃんとルビィちゃんに……マル?」
どうやら中学時代からの親友であるルビィちゃんのことも憶えているようだ
90 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:51:53.99 ID:xnInN/pyO
善子「そうよ。私達、1年間ずっとaqoursのメンバーとして頑張ってきたのよ」
曜「花丸ちゃん、私達先輩のことはともかく、善子ちゃんやルビィちゃんと頑張ってきたことも思い出せないの?」
花丸「……すみません。善子ちゃんに関しては幼稚園の頃の、ルビィちゃんは中学でのことしか」
やっぱりか
それにしてもこんな風に特定の物事に関する記憶「だけ」が、綺麗さっぱり無くなってしまうなんてことがあるものなのか
善子「本当の本当に忘れたっての!? 私とアンタとルビィの3人でやってきたこと全部!」
花丸「……うん、信じられないずら。マルがこんなにキラキラ輝いているなんて」
善子「……信じられないでしょ? アンタなのよ、これ全部」
堪えきれなくなったのか、善子ちゃんの瞳から涙がぽろぽろこぼれ落ちる
善子「そっくりさんでもなんでもない……ずら丸本人なのよ」
花丸「善子ちゃん……」
善子「そして私はアンタへ告って、アンタは泣いて喜んで……『こんなマルで良ければ』って応えてくれて……なのに、なのにっ。ううっ……ぐうぅっ」
ベッドの上に泣き崩れる善子ちゃんを、花丸ちゃんが壊れ物を扱うようにそっと抱き寄せた
花丸「ごめんね……本当にごめんね、善子ちゃん。ううっ……うわあぁっ」
そして彼女もそのまま泣き出してしまった
後輩2人が号泣する様に居たたまれなくなり、私は先に病室を後にした
91 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:52:46.11 ID:xnInN/pyO
私自身、これが悪い冗談なんだと信じたかった
花丸ちゃんとは特別親しくしていた間柄ではなかったとしても、1年もの間苦楽を共にした大切な仲間であることに変わりはないんだから
梨子「……曜ちゃん」
曜「ねえ、千歌ちゃん」
千歌「どうしたの、曜ちゃん?」
曜「悪い夢、なんだよね? 花丸ちゃんがaqoursのこと、何もかも──」
ちかりこ「「リアルこそ正義」」
2人から両頬をムニッと引っ張られてしまう
その痛みが「これは現実なのだ」と改めて自覚を促させた
曜「ふぁ、ふぁい」
92 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:53:37.37 ID:xnInN/pyO
千歌「まあ、これは善子ちゃんの受け売りだけど……認めたくないよ、こんなリアル」
梨子「私だって千歌ちゃんと同じ。ここ数ヶ月でようやく花丸ちゃんとの間にあった壁を破れたのに……『一緒にコミケ行こう』って約束だってしてたのに」
曜「……そっか」
確かに最近になって、梨子ちゃんと花丸ちゃんが2人で親しく話をする様子を何回か目撃していたのを思い出す
そこで初めて、唯一私「だけ」が泣いていなかったことへ気付いた
彼女と1対1で何かした特別な思い出がないから?
単に部活の先輩後輩の関係でしかなかったから?
なんだか途端に自分が酷く冷たい人間のように感じられた
93 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:54:30.01 ID:xnInN/pyO
善子「記憶喪失が題材のアニメや映画は何作も観てきたけど、いざ自分が同じ立場になると……こんなに、辛いもの……なのね」
曜「善子ちゃん……」
花丸ちゃんのおじいちゃんに付き添われる形で、善子ちゃんが休憩室へ歩いてきた
善子「だってそうでしょ! aqoursとしての、私達との1年間が消えたってことは、私達の知ってるずら丸が死んだようなもんじゃないの!」
どうやらもう涙は流し切ったのか、代わりにふつふつと怒りが沸き上がってきたらしい
何かやらかしたりしないか……と心配になってくる
花丸祖父「うむ、マルは幸せ者じゃのう。こんなにも大切に想ってくれる友人達と巡り会えて」
千歌「はい。そういうものなんですよ、スクールアイドルって」
みんなで切磋琢磨して、嬉しいことも悔しいことも互いに経験して向き合って
あらゆる経験が個人の成長とメンバー間の絆を深めていくものなのだ
花丸祖父「みたいじゃな。マルもよく話してくれるからのう」
なんだかんだで私だって、月ちゃんや家族へ花丸ちゃんのことだって少しは話していたんだし、彼女もたまには私のことを話したりしたのだろうか?
花丸祖父「さてと、マルがどうしてあんな状態になったのか。ワシから伝えねばならんのう」
94 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:55:23.85 ID:xnInN/pyO
私達5人はテーブルに向かい合う形で椅子に座った
「少し長くなる」と告げられたので、全員が自販機で飲み物を買った上で、である
善子「んで、ずら丸はどうして記憶を無くしたの? しかもaqoursのこと『だけ』なんて」
花丸祖父「うむ、我が寺に封印されし数多の呪いの書が1冊、『忘却の書』によるものじゃ」
花丸ちゃんのおじいちゃんが口にしたのは、普段なら善子ちゃんが大喜びしそうなオカルティックなアイテムの名前だった
善子「『忘却の書』?」
梨子「なんかそのまんまな名前ですね」
未だに「悪い冗談の類だ」と信じたい思いがあるけれど、それが「真実だ」と仮定して話へ耳を傾ける
花丸祖父「うむ、本来の名は『ヨルダとジェレミアの理想の新婚生活』なる古代ローマの小説なんじゃが」
梨子「恋愛小説!? なんでそんな幸せそうなタイトルの本が呪いの書に?」
花丸祖父「嫉妬心、じゃよ」
梨子「嫉妬心?」
私は漠然とではあるが、そのお話がどんな内容であるか、またどんな人がどんな想いを込めて綴ったものなのか想像がついていた
花丸祖父「今は関係ないことじゃ」
95 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:56:16.77 ID:xnInN/pyO
曜「どう思う? この話」
梨子「嘘か真かってこと?」
曜「うん」
千歌「曜ちゃん、まさかこれがドッキリだとでも?」
曜「いや、そこまでは思わないけど」
だとしたらあまりにもタチが悪いが、事態が事態なのでいっそこの場にいる全員から「ドッキリでした〜!」と笑われる方がずっとマシだ
何より花丸ちゃんは悪戯っ子な一面があるものの、こんな誰かを傷付ける類の意地悪を何よりも嫌う娘なのは十分理解している
曜「3人とも信じられるの? こんなオカルト」
善子「信じたくはないけど……信じるより他ないじゃない。ずら丸が演技であんなドッキリ仕掛けられる訳ないでしょ」
「うんうん」と千歌ちゃんと梨子ちゃんが頷いた
彼女が他人想いな娘なのはみんなわかっている
善子「もし演技だっていうんなら、私が泣き出したら『ごめんね、冗談だから』って……絶対バツの悪そうな顔になるわよ」
曜「だよね、ごめん。変なこと言って」
96 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:57:13.96 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「曜くんの気持ちもわかるぞ。でも、これは事実なのじゃ」
何にせよ3人とも気が滅入っている以上、一番冷静な状態の私がしっかりしなくちゃ!
曜「その『忘却の書』は封印されていた……ということは誰かが盗み出したんですか?」
花丸祖父「うむ。我が寺に張ってあった『悪鬼払いの結界』を解いた上でのう」
またしてもオカルトな単語が出てきた
にしても近場にそんなスポットがあったなんて……やっぱり信じ難いなぁ
千歌「悪鬼? リトルデーモンのこと?」
善子「違うわよ、千歌。リトルデーモンはヨハネの友達、悪事は働かないのよ」
そもそも善子ちゃんが口にするリトルデーモンって、友達や親友のことを指す肯定的な呼称だしね
千歌「だよね。じゃあ何者?」
97 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:58:10.07 ID:xnInN/pyO
梨子「『他人の痛みが想像できない人』のこと、ですよね?」
梨子ちゃんが恐ろしいことを口に出した
花丸祖父「そうじゃ。君達も歴史の授業で習ったじゃろう? 魔女狩りやホロコーストといった、目を覆いたくなるような悪行の数々を」
同じ人間をカテゴリー分けして、気に入らない人達を暴力的な手段で排除しようとする悪行を学んだ時は絶句するより他なかった
「どうしてこんな酷いことが平気でできるんだよ……」と
近年でも20人近い障害者を自分勝手な動機を掲げて殺害したり、少数民族が起こしたデモをドローンで爆撃したり……といった信じられないほど残虐な事件をニュースで知ることがある
それらもまた悪鬼が引き起こしたものなのだろうか?
花丸祖父「そういった行為を平気で実行したり、命令できるような者達なのじゃ」
千歌「ううっ……おっかないね、そういう人って」
梨子「本当にね。大丈夫、千歌ちゃん?」
吐き気を催し口元を押さえる千歌ちゃんの背中を、梨子ちゃんが優しく撫でた
千歌「……うん、大丈夫」
98 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:59:01.58 ID:xnInN/pyO
曜「それで、もし結界の中へその悪鬼かもしれない人が入ったら、どうなるんですか?」
花丸祖父「激しい頭痛やめまい、吐き気に襲われて『早くここから出たい』という思いで頭がいっぱいになるそうじゃ」
曜「うわっ、なかなかえげつないですね」
花丸祖父「もっとも、千年以上も前にご先祖様が編み出した秘術ゆえ、実際はどうなるかわからぬがのう」
千歌「千年前ねえ。花丸ちゃんちって、そんなに由緒あるお家だったんだね」
花丸祖父「更に言うなら書庫にはより強力な結界が張られており、最悪魂そのものが浄化されてしまう……という記述が遺されておる」
善子「それだけ悪用されたらヤバい本がいっぱいある、ってことね」
他人の記憶を消せる本だけでも相当恐ろしい逸品なのに、それと同等かより危険性の強い本がたくさんあるだなんてとんでもない話だった
梨子「何か企んだりしてないわよね? 犯人へ仕返ししてやるとか」
善子「……してなくはないわ。嫌になるわ、怒りに呑まれたら……ずら丸を襲った奴と同じになるってのに」
梨子「善子ちゃん……」
花丸ちゃんと誰よりも親しかった善子ちゃんの心は、激しい憎悪に囚われそうになっていた
元々気配りのできる優しい娘だからこそ、自分の中に生まれた負の感情を苦々しく感じているようで私まで胸が苦しくなる
99 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 04:59:53.69 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「善子くんの考えが正しい。憎しみはまた新たな憎しみを生むだけじゃ」
曜「そう、ですね」
おとぎ話でも「悪い鬼を倒すため、自らもまた鬼になる」ようなお話は枚挙に暇がない
人は昔から憎しみが連鎖することの恐ろしさをよく理解していたようだ
花丸祖父「かつて織田信長や太平洋戦争下の日本軍、更にはGHQの占領軍なんかも呪いの書を求めてきたが、先代達はそうした圧力をはねのけてきたのじゃ」
確かに力を欲する人達にとっては、敵対する者へ災いをもたらす品はなんであれ手にしたいところだろう
「忘却の書」1冊だけだとしても、使い方次第ではどれだけの悪事を成せるか見当がつかない
例えば千歌ちゃんから梨子ちゃんの記憶だけを消して……って何を考えているんだ、私は!
全部あんな悪い夢を見たせいだ、うん
100 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:00:38.94 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「そしてこれが、昨晩の出来事じゃ」
古びた肩掛けの鞄から取り出されたのはなんと──、
千歌「ってノーパソ!?」
梨子「意外と最新機器を使ってるんですね」
花丸祖父「そうじゃろ、未来じゃろう?」
善子「やれやれ。この祖父にして、あの孫娘ありって訳ね」
内心喜んでいるよね、このおじいちゃん
何せ若者から「お寺=古臭い場所」ってイメージを持たれていそうだし
というか、私だってそうです。すみません
花丸祖父「それでこのファイルが、防犯カメラに映っておった映像じゃ」
善子「……何度も来てたのに気付かなかったわ」
花丸祖父「そりゃ像の中へ仕込んでおるからのう」
私も知りませんでした
まるでどこぞの秘密結社のアジトのようだよね?
101 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:01:37.95 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「あと最近は遠隔操作のドローンで盗まれないよう、電磁波でジャミングする装置も敷設する予定だったんじゃがのう」
千歌「うわぁ、最近のお寺ってハイテク機器満載なんだねぇ」
善子「魔術と科学の併用……人工の結界ってヤツね」
本当にそういうの好きだよね、禁書とか絶チ○とか
梨子「良心を持たない人には結界の力が働いても、心そのものが無いドローンには効きませんものね」
花丸祖父「そういうことじゃ」
ノーパソの画面上には、フードが付いた黒いローブで顔を隠した何者かが、針金で南京錠を解錠する様子が映し出されていた
善子「Xlll機関か、はたまたメカ○シ団か」
曜「いやいや」
花丸祖父「赤外線センサーくらい取り付けておくべきじゃったのう」
102 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:02:31.81 ID:xnInN/pyO
映像が早送りされ、ローブ姿の犯人が胸元に古ぼけた本を抱えて書庫から出てくるところでストップされた
曜「あの分厚い本が『忘却の書』ですね?」
花丸祖父「うむ」
そこに寝間着姿の花丸ちゃんが通りかかった
彼女は咄嗟に犯人へ飛びかかり「忘却の書」を取り返そうとするも、ひらりと身をかわされてしまった
そして犯人から後頭部を本の角で思いきり殴られ──、
千歌「うっ……」
梨子「……酷い」
そして犯人は「忘却の書」を倒れた花丸ちゃんへとかざした
すると本がぼんやり白く輝いたかと思いきや、そこから一筋の光線が彼女へ放たれた
曜「あの白いビームが呪い、なのかな?」
花丸祖父「みたいじゃのう。ワシもアレが使われたのを見たのは初めてじゃ」
103 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:03:24.29 ID:xnInN/pyO
善子「何なのコイツ……強盗殺人と変わらないじゃない!」
千歌「これが……悪鬼」
花丸ちゃんを殴る時も、忘却の呪いを放つ時も、犯人には一切の躊躇いは見られなかった
まるで「他人の家へ盗みに入ったものの、家族に見つかったから口封じのために殺害した」という時折世間を騒がせる凶悪な事件と変わらないではないか!
犯人が監視カメラの視界から消えたところで、花丸ちゃんのおじいちゃんが映像をストップした
曜「それで、何か手掛かりは掴めたんですか?」
花丸祖父「今のところ何も掴めてはおらぬ。髪の毛の1本、指紋の1つすら見つかってはおらんのじゃ」
曜「そう、ですか」
花丸祖父「結界の存在を知っておったことといい、極めて計画的な犯行じゃな」
一般人が耳にしたことすらないオカルトの存在を把握していた以上、犯人はただ者ではあるまい
善子「まさか外国のテロリストや、死の商人が放ったエージェントって可能性も」
曜「いや、さすがにそれは──」
花丸祖父「あり得んとは言い切れんのう」
曜「そ、そうですか」
とてもじゃないが一介の女子高生の手に負えないレベルで、スケールが大きな話となってきた
104 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:05:10.67 ID:xnInN/pyO
花丸祖父「現状は市内全域と海上に検問を張っておる。黒澤家や小原グループの全面協力もあって助かっておる」
梨子「それだけの一大事ってことなんですね?」
花丸祖父「うむ」
県警どころか内浦の有力者達が動くとはただごとではあるまい
千歌「わたし達にできることってないですか?」
困っている人は放っては置けない性分の千歌ちゃんが尋ねる
花丸祖父「ない」
千歌「即答ぉ!? でも花丸ちゃんがやられたのに何もできないなんて……」
梨子「落ち着いて、千歌ちゃん」
梨子ちゃんが子どもをあやすような口調で彼女をなだめる
千歌「梨子ちゃん……う、うん」
花丸祖父「こうやってお見舞いへ来てくれただけでも、ワシは嬉しいぞ。マルはこれだけ愛されておったんじゃから」
感謝の言葉を口にしてくれた彼へ頭を下げて、私達4人は病院を後にした
105 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:06:41.81 ID:xnInN/pyO
病院を発った私達4人は、近くの喫茶店──ちょうど夢に見た例の場所──へ来ていた
花丸ちゃんが記憶喪失、ルビィちゃんとは未だに連絡が取れない以上、今日の作業は全て中止となってしまった
それ以前に、仲間が何者かに攻撃されたショックが大き過ぎて、とても「何かやろう!」という気力など出るはずがないんだけど
千歌「はぁ、これからどうしたらいいんだろう?」
善子「私達の手で犯人を見つけてとっちめてやりたいけど……手掛かりゼロじゃねえ」
千歌「だよねぇ。相手は『忘却の書』持ち。しかもルビィちゃんは行方不明だし」
比較的落ち着きを取り戻していた千歌ちゃんと比べ、最愛の彼女をやられた善子ちゃんは強い復讐の念に囚われているように見える
そんな中、私にはある1つの仮説が浮かんでいた
曜「もしかして、ルビィちゃんが犯人なんじゃ──」
善子「疑うっての、彼女のこと?」
曜「いや、そういうつもりじゃ──」
善子「アイツが……ルビィがずら丸を傷付けるような真似、する訳ないでしょ!」
曜「……だよね、ごめん」
大切な親友を「悪者ではないか」と疑われたら嫌な思いをするのは当然なので、ちゃんと謝った
かくいう私とて、彼女があんな残酷なことするはずがないと信じているが
106 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:07:48.81 ID:xnInN/pyO
千歌「うんうん。もし『忘却の書』だけが目当てだとしても、花丸ちゃんからaqoursの一員として頑張ってきた1年を消すなんて絶対しないよ!」
曜「うん、千歌ちゃんの言うとおりだよね」
梨子「神様、お願い。花丸ちゃんを元に戻して……犯人が無事捕まり──」
千歌「大丈夫、梨子ちゃん?」
両手を組んで祈っていた梨子ちゃんの顔を千歌ちゃんが横から覗き込む
梨子「ほへっ!? 千歌ちゃん?」
千歌「ずっと上の空だけど、気分悪いの?」
梨子「うん。すっごい怖くなってきたの」
千歌「怖い? 記憶を失ったら……って?」
梨子「だってそうでしょ? 私が今こうしてここにいられるのは、千歌ちゃんやみんなに出逢えたからで」
aqoursのメンバーの中で一番思い入れが強いのは、きっと転校生として沼津の外から来た彼女なのかな?
107 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:08:38.02 ID:xnInN/pyO
梨子「それらが全部なかったことにされるって『今の私』が消えてなくなっちゃう、ってことだから」
千歌「大丈夫だよ」
さっきとは逆に、千歌ちゃんが梨子ちゃんの震える両手をぎゅっと握る
梨子「千歌ちゃん……」
千歌「もし犯人が襲ってきても、わたしが千歌ちゃんビームでやっつけてやるから。ビビー、ズドドドーン☆ って!」
梨子「ふふっ、ありがと」
善子「リトルデーモン・リリーへ手を挙げようとするのなら、この堕天使ヨハネも助太刀するわよ!」
ここは……ムードメーカー2人のノリに合わせる場面だよね
曜「もちろんウルトラマンヨーソローもいるでありますよ! デュワッ☆」
梨子「善子ちゃん、曜ちゃん……でも誰1人やられたら駄目だから、万が一が起こったらみんなで逃げようね」
ようちかよし「了解(であります)」
梨子ちゃんの言うとおり、これ以上スクールアイドルの記憶を消されるメンバーを出す訳にはいかない
108 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:10:01.47 ID:xnInN/pyO
梨子「とはいえ、こればっかりは神様へ祈るしかないわね」
善子「リトルデーモンでありながら神頼みなんて言語道断よ、リリー! ……って言いたいところだけど」
本物のオカルトを相手にしては、これぐらいしか成す術なしなのが辛かった
千歌「いいね、神様へお祈り」
梨子「いや、千歌ちゃん?」
千歌「きっと一介の女子高生にできることって、それくらいなんだと思う」
千歌ちゃんはさっきからずっと、自分に出来る何かを求めていたに違いあるまい
曜「私も千歌ちゃんに賛成!」
善子「って曜は基本的に、何でも千歌へ賛成してるじゃない」
曜「そうかな?」
善子「そうよ」
……一応これでも彼女が常識外れなことをやろうとしたら制止しているつもりですが?
109 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:11:04.04 ID:xnInN/pyO
私達4人は淡島神社を目指してバスへと乗り込んだ
最後尾の座席へ並んで座ると、隣り合った梨子ちゃんが話しかけてきた
梨子「ようやく花丸ちゃんと友達になれたのに……そんな矢先に全部お釈迦にされちゃうなんて」
曜「閉校祭で?」
梨子「うん」
どうやら彼女と花丸ちゃんは善子ちゃんの出し物を手伝った後、2人で閉校祭の出し物を見て回ったそうだ
(途中で千歌ちゃんと出くわして「ちょっと用事があるの」と誘いを断ったことを改めて謝ったりとか色々あったらしいが割愛する)
その間にお互いの趣味とか悩みを語り合い、2人は単なる部活の先輩後輩以上の関係になれたようだ
梨子「花丸ちゃん、ずっと悩んでたの。『梨子さんとの間に1枚壁があるみたいだ』って」
曜「まあ、端から見てもそう感じてたよ」
善子ちゃんを挟んだ「友達の友達」の関係でしかない、それは他7人全員の共通認識だった
実際梨子ちゃんと花丸ちゃんが2人きりで一緒に行動しているのを目にして、私を含めみんなが「珍しい組み合わせだね」と驚きを隠さなかったという話だし
ただ、私に限ってはそれを言う資格があるかは疑問ではあるけど
110 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:12:12.39 ID:xnInN/pyO
曜「善子ちゃんやルビィちゃんとは、仲良くなるきっかけがあった。でも花丸ちゃんとは特に何もなかった訳でしょ?」
梨子「うん。でも私の方から歩み寄ろうとしなかった。改めて1年を振り返って後悔したの」
曜「でも梨子ちゃんなりに少しずつ交遊関係を広げていったんだから、別に自分を責める必要はないんじゃないかな?」
私が「広く、浅く」タイプなのに対し、梨子ちゃんや花丸ちゃんは「狭く、深く」タイプの人付き合いをする人なのはよーく理解しているつもりだ
それ故に、この2人はなかなか距離を縮めようとできなかったのだろう
梨子「かもね、うん。ただ、花丸ちゃんは焦りを感じてたみたいなの」
曜「焦り?」
正直ピンとこなかった
マイペースでおっとり屋な彼女が?
梨子「善子ちゃんやルビィちゃんはaqoursに入る前と比べて色々と変われた。自分の殻に閉じ籠っていたのが、今や積極的に周りの人と向き合えるようになった」
曜「確かにね」
善子ちゃんなら中学時代のクラスメート達と、ルビィちゃんなら理亞ちゃんとの出来事が大きいかも
111 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:13:18.99 ID:xnInN/pyO
曜「でもやっぱり花丸ちゃんは巡り合わせが悪かっただけで──」
梨子「『自分は機会に恵まれなかった、なんて神様のせいにするのは甘えずら』って」
曜「まあ、一理あるかもね」
私とて梨子ちゃんと出逢っていなければ、未だに千歌ちゃんに「だけ」強く固執していたと断言できる訳だし
「他の人とすぐ親しくなれるよね」と褒められたりするものの、それはあくまで表層的なものでしかない
以前の私は基本的に他人へ興味が薄く、誰かへ胸中を曝け出したりなんてしないで生きてきたのだから
梨子「勇気が出せず、自分を律することができず、1人だけ遅れを取っていることに悩んでいたの」
曜「ああ見えて意識高い系なところあるんだね、花丸ちゃんって」
本当に彼女の本質について何も知らないでいたんだな、私ときたら
112 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:14:11.27 ID:xnInN/pyO
梨子「かもね。閉校祭の次の休みに2人でマルサン書店へ行った後、喫茶店で色々おしゃべりしたの」
千歌「ちょっと初耳なんだけど!」
梨子「あの時は私から誘ったじゃない! そしたら『ああ……ごめんなさい。わたしはちょっと用事があるの』って」
千歌「それは……善子ちゃんがスマ○ラやりたいからって」
実際は閉校祭の時の「埋め合わせ」をしようとした梨子ちゃんへの「意趣返し」みたいな意図もあったんだろうな……というのは想像に難くない
そんなすれ違いがあったにもかかわらずお付き合いを始められたのは、2人が積み重ねてきた絆がそう簡単に揺らいだりしない証なのだろう
善子「ヨハネよっ! だってリリーもずら丸も下手っぴだし」
曜「確かに」
梨子「むうっ」
卒業した3年生を含めたaqoursの9人の中で、この2人が断トツでゲーム音痴なのは事実ですし
曜「私とルビィちゃんの4人で遊んだんだよね。また今度やろっか」
善子「……千歌がもう少し手を抜いてくれるならね」
曜「それは同意」
3人がかりで挑んでも1機も倒せないってどういうことですかね?
こんな凄いスキルがあるのに自分を「普通怪獣」などと卑下するなし!
もちろんゲームの腕前に限らず、ねっ♪
113 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:15:05.86 ID:xnInN/pyO
千歌「それで、花丸ちゃんとどんな話をしたの?」
梨子「ある相談を受けたの」
千歌「相談? どんな?」
梨子「『もう1人分厚い壁がある人がいる。だけどマルと何一つ共通点が無いから、どういう話をしたらいいのかわからない』って」
曜「へぇ、誰のことだろう?」
すぐに「私のことだ」と気付いたけど、なんとなくすっとぼけてしまった
ちかよし「「ジー」」
やめて2人とも、視線が痛いから!
梨子「花丸ちゃんね、年が明けてから自主練を始めたらしいの。毎朝4時に起きて3キロのランニング」
千歌「4時起き!? はっや!」
曜「夏合宿の時もそうだけど、早起きするの得意なんだね」
善子「ずら丸なりに変わろうと、見えないところで努力してたのね」
114 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:15:53.49 ID:xnInN/pyO
梨子「うん。それで『自分だけ遅れを取っているから、練習に付き合ってほしいって素直にお願いしたら?』ってアドバイスしたの」
マジですか
さすがに4時起きは厳しいので……5時起きなら考えてもいいです
千歌「そっか。そしたら?」
梨子「『無理に早起きをお願いするのも失礼だから、マル1人で頑張ってみるずら』って」
善子「確かに厳しいわね、慣れてない人には」
梨子「一応『休みの日に1時間くらいならどう?』って提案したんだけど『あの人はいつも誰かと先約が入っているから』って」
曜「そっか、果南ちゃんも困ったものだね」
「1年分の過ち」から逃れたくて、またしてもすっとぼけてしまった
千歌「曜ちゃんさあ……果南ちゃんはもう沼津にいないんだよ」
善子「そんなにずら丸のこと避けてたのね、失望したわ」
2人の冷ややかな反応に耐えきれなくなり、もうとぼけるのは止めにした
115 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:16:43.60 ID:xnInN/pyO
曜「もしかしなくても……私のこと?」
ちかよしりこ「うん。他に誰がいるの?」
曜「やっぱり!?」
ちかよしりこ「うん」
花丸ちゃんにとって「壁がある」もう1人とは、私こと渡辺曜である
これは決して私の思い違いなどではなかったようです
千歌「曜ちゃんってさ、花丸ちゃんとまともに話してるの見たことなかったし」
善子「曜はずら丸のこと見えてなかったの? 存在そのものを認知できてなかった?」
曜「そこまではないから!」
昨日ルビィちゃんからも同様のことで弄られたし
でも単なる同じ部の先輩後輩以上の関係はない、そこは否定できなかった
116 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:17:35.76 ID:xnInN/pyO
バスからフェリーへ乗り換え、淡島神社へ到着した頃にはお昼の2時を回っていた
そこには先客が1人いた
犯人と同じ黒いローブを羽織った彼女は、私達がよく知っているあの人だった
???「うう……どうすれば良かったんだろう」
あの遠目にも目立つ赤髪のツーサイドアップは──、
曜「ルビィちゃんっ!? どうしてここに」
ルビィ「曜さんっ!? みんな……」
彼女が逃げ出したりしないよう囲う……必要はなかった
なぜならルビィちゃんの方から私の胸へ飛び込んできたのだから
曜「ルビィちゃんっ!?」
ルビィ「ううっ……ごめんなさい、ごめんなさい、花丸ちゃんっ……ううっ」
堰を切ったように泣きじゃくる彼女を優しく抱きしめてあげた
よく見れば両目は赤く充血し、髪はボサボサで顔色も良いとは言えない状態で……昨日から一睡もしていないのは明らかだった
117 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:18:29.62 ID:xnInN/pyO
ひとしきり泣いた後、ルビィちゃんが行方を眩ましていた理由を話してくれた
ルビィ「ルビィのせいなんです。花丸ちゃんが襲われて……『忘却の書』が盗まれたのは」
善子「ルビィ……アンタ、自分が何やらかしたのかわかってんの!」
善子ちゃんが彼女の胸ぐらを掴もうとするも──、
梨子「止めてっ! 善子ちゃんっ!」
──と制止され「……わかったわよ」と渋々伸ばしかけた腕を止めた
千歌「話してくれない? 何があったのか」
ルビィ「でっ、でも──」
千歌「最悪、警察へ突き出さなくちゃならなくなるよ……ルビィちゃんのこと」
ルビィちゃんの顔がますます青ざめた
ただ脅しをかけた千歌ちゃんからも「こんなこと言いたくないし、したくもない」というのは伝わってくる
千歌「わたし達はルビィちゃんの味方だよ、信じて」
彼女の訴えに私達3人が頷いて同意を示した
118 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:19:27.72 ID:xnInN/pyO
するとルビィちゃんは、ぽつりぽつりと何があったかを語り始めた
ルビィ「……脅されて、いたんです」
千歌「誰に?」
ルビィ「生徒会長に」
善子「ダイヤが?」
梨子「もう卒業したから。というか統合したし。それ以前に姉妹だから」
相変わらずツッコミご苦労様です
というより、この場合の「生徒会長」というのは私達もたびたびお世話になっていて、私の従姉妹でもあるあの娘のことだ
曜「つまり、月ちゃんから?」
ルビィ「うっ……はい」
3人が大きく口を開き、驚きの表情を作る
もちろん私だって嘘だと思いたかった
イタリアではガイド役を買ってくれた上、2度のライブを間近で観て感動して、最終的に私達aqoursや浦女のみんなを受け入れてくれた彼女がどうして!?
119 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:20:18.83 ID:xnInN/pyO
ルビィ「信じられない、ですよね?」
千歌「ま、まあ」
ルビィ「ルビィだって信じたくないです。でも……コレを見てください」
彼女がスマホを取り出し、ある画像を開いた
それは──、
曜「これって……私と千歌ちゃんの」
──全裸姿の写真だった
背景は千歌ちゃんと相部屋だった、イタリアのホテルの浴室だ
しかもそれ1枚だけでなく、下着姿のものまで含め6枚も
ルビィ「『コレを拡散されたくなかったら協力して』って」
善子「合成写真って感じでもなさそうね」
私と千歌ちゃんが気付かないうちに、こんなところを月ちゃんが盗撮していたという事実に驚きである
120 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:21:11.25 ID:xnInN/pyO
ルビィ「反対したんですよっ! 『どうしてっ!? スクールアイドルは凄いって認めてくれたんじゃなかったんですか?』って」
梨子「そうよね。イタリアの時のやSaint Snowとのライブを観て、あんなに感動してたのに」
それらを撮影した後で「僕達だけしか知らないなんてもったいない」と動画をネット上に公開し、静真高校のみんなと共に路上ライブの準備から本番の手伝いまでしてくれたというのに
ルビィ「そしたら『僕は生徒会長なんだよ。だからスクールアイドル部の活動を認めないことだってできる。賢いルビィちゃんなら、この意味がわかるよね?』って」
曜「私と千歌ちゃんのために、aqoursのために言い出せなかったんだね?」
ついでに「他言無用」と念を押されていたのは間違いあるまい
善子「曜は信じるっての?」
曜「うん。月ちゃんは目的のためには全力で取り組む性分だから」
頭が切れる娘だっていうのは、私が一番わかっている
だけど彼女がその頭脳を誰かを傷付けたり、貶めるために使ったことなんて一度とてなかった
121 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:22:05.89 ID:xnInN/pyO
千歌「で、ルビィちゃんが花丸ちゃんを殴りつけたの?」
ルビィ「ううん……ルビィがやったのは、お寺の結界を作る像を2体動かしただけで」
彼女が再びスマホから、とあるメモを撮った画像を見せる
そこには国木田の寺の大まかな見取り図と、その上から赤ペンで書かれた「上向きと下向き、2つの三角形を重ねた記号」が記されてあった
✡
善子「これは、六芒星の呪縛!?」
ルビィ「うん。『6体の像のうち2体を動かせば、結界のバランスが崩れて消える』って」
しかし月ちゃんはどこで「忘却の書」や「悪鬼払いの結界」の存在を知ったのだろう?
千歌「じゃあ書庫には入ってないんだね?」
ルビィ「うん」
善子「本当ね?」
ルビィ「本当だよ」
梨子「私は信じるわ、ルビィちゃんが花丸ちゃんを殴る訳ないもの。まして、わざわざaqoursの記憶を消すまですることないものね」
梨子ちゃんの言うとおりだ、ルビィちゃんが大切な親友を傷付けようだなんて考える訳がない
122 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:22:58.29 ID:xnInN/pyO
曜「私も信じるよ、ルビィちゃんのこと」
千歌「もちろんわたしもだよ」
善子「私も。っていうか、ルビィが自分からここまで壮大な計画を練るなんてあり得ないし」
ルビィ「みんな……ありがとう」
1年間共にスクールアイドル活動に励んできた仲間を信じること、それが何より大切だ!
ルビィ「ルビィは電話でやり取りするのを禁止されていたから『像を動かしてから30分後』まで隠れて待っていたんです」
曜「通話禁止、ねぇ」
イタリアでの鞠莉ちゃんのお母さんの場合と同様、小原グループ辺りに通話を傍受されるのを恐れての指示だろうか?
ルビィ「そしたらパトカーやら救急車やらが来て……担架で運ばれる花丸ちゃんが見えて……」
善子「ルビィ……」
ルビィ「それで……ルビィは取り返しのつかないことをしちゃったんだって……ううっ」
梨子「大丈夫? 最後まで話せる?」
また泣き出しそうになったルビィちゃんへ、梨子ちゃんがハンカチをそっと手渡した
ルビィ「う、うん。ありがとう、梨子さん」
梨子「気にしないで」
123 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:23:51.14 ID:xnInN/pyO
ルビィ「『誰かへ話さなくちゃ』って思ったけど、警察のお世話になったらaqoursのみんなやお姉ちゃんの迷惑になるから……隙をみてお寺から出て、会長のお家へ向かったんです」
千歌「月ちゃんへ報告するため?」
ルビィ「い、一応。そしたらお母さんから『朝から生徒会の仕事があるから学校へ行ってる』って教えられて」
曜「そっか、それは面倒なことで」
どんな仕事かはともかく、犯行計画について親の目が届くところで話をする訳にもいくまい
ルビィ「それで生徒会室まで行ったら副会長も一緒で。でも会長が『構わないよ』って言うから『どうして花丸ちゃんを!』って聞いたんです」
善子「副会長?」
曜「みのりちゃんだね。そしたら何て?」
ルビィ「『仕方ないでしょ? 見られた以上は』とだけ」
彼女の能面のような冷たい表情が脳裏をよぎる
曜「となると、実行犯はみのりちゃん?」
ルビィ「そこまではわからないです」
曜「……それもそっか」
別の娘へ指示を出して、報告を受けただけという可能性だって否めない
124 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:24:45.44 ID:xnInN/pyO
ルビィ「それで会長からメモリーカードを手渡されて『バックアップは取ってないよ。信じてほしい』って」
曜「なるほど、それで月ちゃんとの取り引きはおしまいって訳だね」
彼女の言葉に嘘はない、と私は信じている
善子「んでルビィはどうしてここへ?」
ルビィ「それは……神様へお願いしに──」
善子「ぷっ。私達と同じって訳ね」
梨子「ふふっ、これも巡り合わせ……もしくは1年も一緒にやってきて、考えが似通ってきたからかも」
千歌「梨子ちゃんの言うとおりかもね。何にせよ辛かったよね、ルビィちゃん」
曜「もう大丈夫だよ。私達がついてるから」
もう彼女1人へスクールアイドル部の命運を背負わせたりするものか!
ルビィ「千歌ちゃん、曜さん……ありがとう」
125 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:25:36.83 ID:xnInN/pyO
さて、問題はこれからどう動くかだ
曜「月ちゃんとみのりちゃんが首謀者で、もしかしたら生徒会全員が協力している可能性もあるってことだね」
善子「だとしたら厄介ね。ところで『忘却の書』を盗んだ理由は聞いてるの?」
ルビィ「うん。そしたら副会長が『余計な詮索はしない方が身のためよ』って」
やっぱりかなりヤバい娘じゃないかな、みのりちゃんって
千歌「とにかくウダウダ考えてても仕方ないよ! 月ちゃんへ直接尋ねてみようよ!」
曜「千歌ちゃん……うん、それが一番だよね」
考えるよりまず行動! な千歌ちゃんらしい
梨子「でも向こうは『忘却の書』を持ってて──」
曜「わかってる」
これが単なる「話し合い」や「交渉」で終わるはずがないってことぐらいは
曜「何か理由があるはずなんだ。単に個人で利用する以外の……大きな理由が」
善子「どうしてそう思うのよ?」
126 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:26:31.85 ID:xnInN/pyO
曜「ルビィちゃんの記憶を消さなかったから」
善子「あっ、なるほど。普通なら『貴様はもう用済みだ。消えろ!』ってなるものね」
曜「そういうこと」
向こうもルビィちゃんを通して私達へ事件の裏側を伝えた以上、真意を語る意志があるということだ
曜「とりあえず、月ちゃんの下には私と善子ちゃんの2人で行くよ」
善子「ヨハネね。了解」
千歌「いや、行くならわたし達全員で行こうよ」
梨子「千歌ちゃんの言うとおりね」
3人の力強い眼差しからは、荒事に巻き込まれても構わないという覚悟を感じ取れた
だけど……
127 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:27:09.42 ID:xnInN/pyO
曜「いや、千歌ちゃんと梨子ちゃんは『バックアップ』、万が一が起こった時の控えで」
梨子「万が一……うん、わかった」
千歌「でっ、でも2人だけじゃ──」
梨子「信じてあげて、曜ちゃんのこと」
千歌「梨子ちゃん……わかった」
承服しかねる様子だったが、渋々従ってくれた
ルビィ「だったらルビィにも償わせて!」
善子「ルビィは足手まとい!」
ルビィ「うぐうっ!?」
足手まといかはともかく、こういう時は最小限の人数で行くのが一番リスクが少ないはずだ
曜「どのみち月ちゃん達を説得しなくちゃならない。今なら警察のお世話になる前に、どうにかできるかもしれないから」
ルビィ「まあ、ルビィのお父さんならどうにかしてくれるかも」
内浦の有力者である黒澤家なら警察と交渉できるっての!?
私としては花丸ちゃんのおじいちゃんの下へ謝りに行って、何とか許してもらおう……くらいに考えていたのに
さすがに甘過ぎたかな?
128 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:28:09.47 ID:xnInN/pyO
千歌「曜ちゃん、善子ちゃん……ご武運を」
善子「こんな時くらいヨハネと呼びなさいよっ!」
梨子「本当に2人だけで大丈夫?」
曜「大丈夫だよ」
3人と別れ、私と善子ちゃんの2人で先に参道を下った
129 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:28:55.55 ID:xnInN/pyO
淡島から本土へ戻るフェリーには、私達以外に乗客はいなかった
善子「曜……アンタ、会長がどうしてこんな馬鹿やらかしたのか見当がついてるのね?」
曜「うん、一応」
動機について5、6個ほど仮説は浮かんでいる
その中の「最悪の説」が当たっていた場合を考慮したからこそ、千歌ちゃんと梨子ちゃんを同行させなかった訳だし
曜「これ以上、取り返しがつかなくなる前に──」
善子「もう十分に手遅れなのよっ!」
さすがにルビィちゃんの時みたいに胸ぐらを掴まれはしなかった
善子「ずら丸がやられたのよっ! 曜にとってはどうでもいいんでしょうけどね」
曜「そんな訳……ないよ」
善子「心からそう思ってる?」
彼女の記憶を消されて誰よりも怒っている善子ちゃんがキッと睨み付ける
このまま親友といがみ合うなんて嫌だ……だからはっきりと本心を告げた
130 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:29:41.15 ID:xnInN/pyO
曜「私だって花丸ちゃんとどう接したらいいか……わからなかったから」
善子「以前のリリーと同じなのね?」
曜「うん」
性格や趣味の違いのせいで、なかなかウマが合わなかったから?
距離を縮める特別なきっかけがなかったから?
向こうから誘いを受けなかった以上、こちらとしても誘う必要はないと決め付けたから?
そんなの、どれも甘えじゃないか!
花丸ちゃんは自分の行動力や勇気の無さを責めていたって話だけど、そこは私だって同じなんだから
善子「会長が従姉妹だから庇いたいのはわかる。けど私からすればアイツは『恋人の仇』なの」
曜「善子ちゃん……ごめん」
善子「理由によっては、きっちり法の裁きを受けてもらうわ」
曜「……わかってるよ。でも、まずは話をさせて」
善子「……ええ」
何にせよ、まずは月ちゃんの口から真意を語ってもらわねばなるまい
131 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:30:27.94 ID:xnInN/pyO
太陽が傾き始めた夕方4時半頃、私達は静真高校まで辿り着いた
不意討ちを警戒しつつ人気のない校舎を進むと──、
ピンポンパンポーン♪
『渡辺曜さん、津島善子さん、至急生徒会室までお越しください。繰り返します。渡辺──』
──と校内放送が流れた
善子「気付かれたみたいね」
曜「もっと警戒しながら進もう」
善子「ええ」
132 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:31:15.46 ID:xnInN/pyO
生徒会室には月ちゃんが、他の生徒会役員4人と共に立った状態で待っていた
生徒会の仕事があるためか、5人とも制服姿だ
月「やあ。待ってたよ、曜ちゃん」
机上には「忘却の書」らしき本は見当たらない
善子「単刀直入に聞くわ、生徒会長! アンタ──」
曜「ストップ。まずは私から話させて」
胸中で憤怒のマグマを滾らせた善子ちゃんだと、色々ややこしいことになりそうだし
善子「……了解」
曜「ねえ、月ちゃん」
月「なんだい?」
曜「どうしてあんなことしたの?」
133 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:32:00.69 ID:xnInN/pyO
月「あんなことって、どんなこと?」
「ここにきてとぼけるつもりなの?」とは口にしなかった
月ちゃんは昔から相手を口車に乗せるのが得意だ
向こうのペースに乗せられたら……こちらの負けだ!
曜「国木田のお寺から『忘却の書』を盗み出したこと。そしてそのためにルビィちゃんを脅して利用したこと」
月「うん、やっぱりその件について尋ねに来たんだよね?」
互いに感情を殺し、淡々とした口調で話を進める
曜「それ以外に何かあるの? やっていいことと駄目なこと、その区別がつかない訳じゃないよね?」
月「もちろんだよ」
迷いなくすっぱり言い切る彼女は決して気が狂った訳ではなかった
完全に正気の上で犯行を指示した訳か
134 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:32:52.77 ID:xnInN/pyO
曜「だったら──」
月「でも時と場合によっては、決まり事を破らなくちゃならないことだってある。違う?」
曜「それは……なくはないけど」
私とてラブライブの決勝前夜に、旅館で枕投げとかやらかしたりしてるし
だからといって他人の物を盗んだり、暴力を振るったりと誰かへ危害を加えるのはまた別問題だ!
善子「安問答はもういいわ。これだけの悪事を重ねた理由、さっさと答えなさいよ!」
月「ははっ。血気盛んだねぇ、善子ちゃんは」
善子「ヨハネよっ! 早く答えなさいよっ!」
月「うん、わかってる」
腸が煮えくりかえっている善子ちゃんに対し、月ちゃんは飄々とした自分のペースを崩さない
月「それはね──」
ようよし「「それは?」」
135 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:33:52.04 ID:xnInN/pyO
月「『千歌ちゃんと梨子ちゃんから、お互いの記憶を消すため』、だよ」
ようよし「「は?」」
頭の中に大きな疑問符が浮かんだのも束の間、すぐにそれがいったいどんな意味を持つのかが次々と想像できてしまった
月「あの2人が共に過ごした1年間の記憶を抹消して、もう一度赤の他人だった頃まで戻す。ただそれだけのこと」
大した問題ではなさそうに、淡々と彼女が補足する
曜「月ちゃん……自分が何を言ってるのか、わかってるの?」
月「もちろんだよ」
曜「千歌ちゃんと梨子ちゃんが付き合ってて、お互いのこと大切に想ってるって、わかってて言ってるの!」
まだ2人と知り合って日は浅くても、イタリアでの旅や路上ライブの舞台作りを一緒にやってきたのなら、彼女達がいかに深い絆で結ばれているか理解できなくはないはずだ!
月「わかってるも何も、だからこそ、なんだよ。曜ちゃん」
善子「何が目的なのよ? 冗談抜きでリリーと千歌の仲を引き裂くために、あんだけのことしたっての!」
月「うん。そうだけど」
月ちゃんが悪びれもせずにニヤリと笑う
136 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:34:55.01 ID:xnInN/pyO
月「正確には『曜ちゃんの長年の夢を叶えてあげる』ために、ねっ♪」
善子「長年の夢?」
曜「ま、まさか……」
やっぱり……そういうことだったのか!
いくつか浮かんでいた犯行動機の仮説、それらの中で「最悪の説」が的中してしまうなんて……
月「『曜ちゃんが千歌ちゃんと恋仲になる』ために。ねっ、曜ちゃん♪」
曜「あ、あ、ああ……」
そんな……
やっぱり狂ってるよ、月ちゃんは……
善子「曜っ!?」
月「ねえ、曜ちゃん? 物心ついた頃からずっとずっとずうーーーっと『将来千歌ちゃんと結婚したい♡』って口にしてたのに、どうして諦めがついたの?」
紛うことなき事実、というよりつい最近まで口にしていた事実だけど
駄目だ……これ以上私のエゴであの2人へ迷惑を掛けるだなんて
否定しないと……否定しなくちゃ……
137 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:35:56.50 ID:xnInN/pyO
曜「それは……千歌ちゃんを誰よりも笑顔にしてあげられるのは、梨子ちゃんだからで……」
そうだ、私にとっては千歌ちゃんが笑顔でいられることが、何よりも大切なんだ
千歌ちゃんが満ち足りた気持ちでいられるなら、何も隣にいるのが私である必要なんて──、
月「声がちっちゃいね。本心からそう思ってる?」
曜「思ってるよ!」
ついムキになって声を荒げてしまった
だってそんなの、誰に対しても失礼の極みじゃないか!
月「嘘臭いなぁ。わざとらしく怒鳴ってみせてさぁ」
違う、勝手な決め付けだ
月ちゃんはテレパスなんかじゃない、他人の心なんて読めやしないんだ!
月「去年の夏休みだったよね?『最近、千歌ちゃんが梨子ちゃんばっかり構うようになって寂しい』って愚痴ってきたのは」
曜「それは……もう済んだ話で」
その件も犯行の動機の1つだっての?
だけどアレが私の「勘違い」だったのは梨子ちゃんからの電話や、その直後に千歌ちゃんが来てくれたのでわかっている
2人とも、私のことを「親友として大切に想ってくれていた」ってはっきりわかったんだから
138 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:37:07.24 ID:xnInN/pyO
月「そうだったね。あの後から、梨子ちゃんの話題もたびたび出るようになったしね」
曜「でしょ。だから梨子ちゃんのことは認めて──」
月「でもさ、そんなあっさり諦めがつくものだったの? 曜ちゃんから千歌ちゃんへの想いはさぁ?」
善子「しつこいわよ! 曜が『いい』って言ってんだから!」
黙っていられなくなった善子ちゃんが、苛立ちを隠そうともせず口を挟んだものの、月ちゃんは涼しげな顔でスルーして詰問を続ける
月「ウチの高校じゃなくて『千歌ちゃんと一緒がいい』って理由で、廃校の話が出ていた浦女を選んだほどなのに?」
曜「それの何がいけないの?」
あの頃の私にとっては「千歌ちゃんと一緒がいい!」というのが行動原理の大部分を占めていたのは事実だ
月「某風邪薬じゃないけど『曜ちゃんの半分は千歌ちゃんへの想いで出来ています』ってほど、千歌ちゃんへお熱だったっていうのに?」
曜「そうだよ。でも──」
月「自分を殺したってさ、一銭の得にもならないよ。自分の気持ちへ素直になりなよ」
一瞬でも「一理ある」と納得しかけた自分に嫌気が差した
だけど私個人のエゴで2人を引き裂くなんて、とてもじゃないけど良心の呵責に耐えられる気がしない
そんな方法で千歌ちゃんと付き合えるようになったとしても、強引な手段を用いたことをずっと後悔し続けるに決まっている
139 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:38:09.21 ID:xnInN/pyO
善子「エゴの押し付けもいい加減にしなさいよ! まだ私達のこと、大してわかってないクセに!」
月「善子ちゃん、僕は曜ちゃんと話してるの。部外者が出しゃばらないでくれないかな?」
背筋が震えるほど冷たい声色で、かつ淡々と月ちゃんが善子ちゃんを拒絶する
善子「部外者じゃないわよ! リトルデーモンが、もとい親友が襲われるかもしれないって時に、止めようとしない訳にはいかないでしょ!」
月「襲う、ねぇ? 人聞き悪いなぁ。ただ2人から互いを忘れさせるだけだっていうのに。他は全部残すっていうのに」
善子「わかってるの! それがどれだけ残酷なことかっ!」
月「へぇ。わかってるかのようなこと言うんだね、堕天使ちゃんは」
善子「わかってるも何も……ずら丸がやられたのよっ!」
月「……」
その「残酷なこと」を目の当たりにした者の嘆きに、月ちゃんが大きく目を見開いた
そして「ぐっ」と歯軋りした後で、すぐに涼しげな表情を取り繕う
善子「ずら丸は、スクールアイドルの記憶を消されたと同時に『みんなとの絆』も消えちゃったのよ。アイツ自身、何も思い出せないことを苦しんでたのよ……」
月「そうか……花丸ちゃんが」
140 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:39:16.89 ID:xnInN/pyO
大切な人の痛みや苦しみに寄り添える善子ちゃんの訴えのおかげで、私も少しずつ冷静さを取り戻してきた
どうやら花丸ちゃんの記憶が消されたのは月ちゃんの指示によるものではなく、彼女としても想定外の事態だったようだ
善子「だから私はアンタを許せない。ずら丸の仇、討たせてもらうわ!」
曜「そう、だね」
法の裁きを受けるかはともかく、独善的な目的のために取った手段は到底許容できるものではないから
曜「それに月ちゃんの言い分は、全部『千歌ちゃんと付き合えていない私が可哀想だ』ってのが前提の話だよね?」
月「そうでしょ? 曜ちゃんにとって、ずっとそれが全てだったんだから」
曜「そんなの全部、決め付け以外の何物でもないよね? 人の気持ちを『こうなんだ』『これで間違いない』『こうあるべきだ』ってさ」
月「確かに決め付けだけど、違うの?」
月ちゃんが自分の非をあっさり認めたのは意外だった
月「さっきは一度口が利けなくなるほど動揺してたってのに?」
ただ、このままでは埒が明かない
話はずっと平行線のままだ
141 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:40:16.76 ID:xnInN/pyO
いい加減、自分の考えをしっかり固めなくちゃ駄目だろ、渡辺曜!
私の中の良心が強く訴えてくる
そうだ、でなくちゃ誰に対しても不誠実だ!
付き合い始めても私を気に掛けてくれる千歌ちゃんと梨子ちゃんにも
「代替品扱いしないでほしい」と訴えるルビィちゃんにも
曜「ああ、そうだよ! 『千歌ちゃんへの未練が全くないの?』って問われたら、嘘になるよっ!」
口にしてしまえば、すっと心の重荷が降りた気がした
そして勢いのまま、自分の本心をぶち撒ける
曜「千歌ちゃんにきっぱり振られても諦めきれなくて、その傷から目を背けたくてルビィちゃんと付き合い始めてさ……情けない、未練がましい女だって嘲笑ってくれても構わないよ」
月「でしょ。だったら僕らが協力して──」
曜「それでも私は……私にとっては『千歌ちゃんが幸せになること』が一番なんだよ! そこは千歌ちゃんと付き合ってる人が誰だろうと変わらないよ!!」
善子「曜……失礼でしょ! ルビィに対して!」
彼女をずっと「代替品」と見なしていたのは事実なのだから、こんな風に批判されるのは最初から承知の上だ!
142 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:41:21.72 ID:xnInN/pyO
曜「わかってる、わかってるよ……でも最近はルビィちゃんの良さもわかってきたから。未練は断ち切れそうだから」
彼女の献身さ、私の本心を知った上での一途さと寛容さ、みのりちゃんの挑発にも臆さない肝の強さ……
彼女はこれからもっともっと素敵な女性へ成長してゆくに違いない
月「ふーん、曜ちゃんの千歌ちゃんへの想いなんて、その程度のものでしかなかったんだ」
月ちゃんが態度を180度反転し、失望をあらわにする
曜「だからそういうのが決め付けだって言うんでしょ! それに今は梨子ちゃんだって、私の大切な親友なんだよ。千歌ちゃんの幸せだけじゃなくて、梨子ちゃんの幸せだって願ってるんだから!」
2人が幸せでいられるなら「私が一番でなくちゃ嫌だ!」なんてことはないんだ!
月「まあ、そうだね」
曜「それともう1つ、大切なことがあるよ」
月「大切なこと?」
143 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:43:30.95 ID:xnInN/pyO
曜「月ちゃんは『私が可哀想だ』って言うけど、そう思うなら『千歌ちゃんと梨子ちゃんの仲を引き裂くことは可哀想だ』って思えないの? 思わないの?」
従姉妹だから私を贔屓目で見るのは仕方ない
でも「特別親しい人のために、知り合ったばかりの人達を犠牲にしても構わない」なんて考え、普通に狂っているから
月「……だから両方から記憶を──」
曜「だよね。千歌ちゃんか梨子ちゃん、どっちかだけ記憶が残ってたら辛くなるもんね、善子ちゃん?」
善子「ヨハネよっ!」
月「何が言いたいの?」
私が伝えたいことは、全てここへ集約される
曜「月ちゃんは『誰かを幸せにするために、他の誰かから幸せを奪うこと』に対して、それがいけないことだって思わないの? 感じないの? 考えられないの?」
月「そ、それは……」
飄々としていた彼女が、はっきり動揺らしい動揺を見せた
144 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:44:14.74 ID:xnInN/pyO
曜「私はそんなの耐えられない。私が幸せになるために……千歌ちゃんと梨子ちゃんが過ごした1年がなかったことにされるなんて……」
だからこそ、私はあの「理想世界の夢」をおぞましい空間だと震えたのだ
曜「2人が悲しい思いをしなければそれでいい、じゃないの! 私が悲しい思いをするっての! わかる?」
月「ああ……なるほどね」
一度は見せた動揺をひた隠しにして、月ちゃんがニヤリと微笑んだ
曜「今ならまだ間に合うよ。花丸ちゃんのおじいちゃんの下へ『忘却の書』を返して、謝りに行こう。そしたら黒澤家と小原グループがもみ消して──あだっ!?」
隣の善子ちゃんからゲシッと蹴りをかまされた
善子「ずら丸がやられてるのによく言うわねっ!」
曜「……ごめん。でもやっぱり月ちゃんは私の従姉妹だから」
善子「やっぱり曜にとって、ずら丸はどうでもいい存在だったのね?」
曜「どうでもよくはないけど……さっきも話したとおり、私の方から関わろうとしなかったことは後悔してるから」
それこそ記憶を消すとかじゃなくて、1年前からやり直せたら……と願いたくなるくらいには
善子「……わかってるわよ。先輩と後輩として、最低レベルの情くらいはあったってのは」
曜「ま、まあ」
端的に言えば、そういうところへ落ち着くか
145 :
◆EU9aNh.N46
:2019/04/05(金) 05:44:55.34 ID:xnInN/pyO
言いたかったことを全て出し切った上で、改めて月ちゃんと向き合う
曜「わかったでしょ、私の気持ちが。私は千歌ちゃんと梨子ちゃんが付き合うのを認めるって決めたの」
こんな悪意に曝されてから気持ちを固めるなんて遅過ぎるのだけど
月「……」
曜「そして私もルビィちゃんと一緒に新しいスタートをするって決めたの。だからもう余計なお節介は必要ないから」
月「……そっか、曜ちゃんの気持ちはよーくわかったよ」
月ちゃんが芝居がかった答え方をした
曜「月ちゃん……だったら」
月「だからね」
彼女が制服の胸ポケットから5センチ四方くらいの小さな紙を取り出す
それは白くぼんやりと発光していて──、
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