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関裕美「魔法の手鏡」
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46 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 17:55:55.50 ID:bBMqw/ks0
メデューサ「あいつは店長、あたしは品物。それを考えたら、あいつはあたしに命令さえすりゃいいんだ。それを事もあろうに人もあろうに、あたしの言う事を本気にして頭を下げやがった。それを汲んでやんなきゃ、今度はあんたの女が廃るよ」
メデューサさんの言っていることは、なんとなくはわかる。
でもこの、両親以外の誰からも可愛いなどと言われたことのないこの私には、それをいっぺんに理解するのはなかなか難しい。
メデューサ「それに今、あいつはあたしに言われて嬉々として小走りに品物を取りに行ったろ? あいつはあんたの為に喜んで使役してる。なら、あいつの為に綺麗になっておやんな。とりあえずは、それでいい」
アイドルになるということは、どこの誰とも知らない人に自分を可愛い、素敵だと思ってもらうことになる。それがどういうことか、私にはまだよくわかっていないけど、今は彼女の言うことに……うん、従おう。
P「持って来ましたよ。これでよろしいので?」
メデューサ「ああ。じゃあメイクが終わるまで、あんたはすこっんでな」
P「は? いやしかし、私は関裕美様のプロデューサーですが?」
メデューサ「レディが身支度してるとこを、ジロジロ見るのはマナー違反だよ! さあ、出て行きな!!」
店長さんは、少し残念そうに微笑んでお店の外に出て行ってくれた。
それからメデューサさんは、私にメイクを教えてくれた。
メデューサ「口紅は、あんまり濃く塗るんじゃないよ。この口紅はここを回せば色んな海の色に変わる。最初は朝焼けの映る海がいいだろ」
裕美「こう?」
47 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 17:57:04.03 ID:bBMqw/ks0
※訂正
>>46
は削除してください。二重投稿になってしまっています。申し訳ありません。
48 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 17:59:02.76 ID:bBMqw/ks0
メデューサ「そうそう。あたしは海の生まれだから、海にゃ詳しいのさ。あたしのメイクの基本は海」
裕美「じゃあ今日から、私もそうするね」
メデューサ「……チャンスをモノにおし。絶対に機会を逃がすんじゃないよ」
裕美「?」
メデューサ「女の人生は戦いさ。戦わなきゃ勝てない。勝たなきゃ欲しいモノは手に入らない」
裕美「私、欲しいものとか、別にないよ?」
メデューサ「あたしも昔は、そう思っていた。無知だった」
裕美「それって……」
メデューサ「結局、自分のことは自分でもわかっちゃいないのさ」
裕美「それ、店長さんも言ってた気がする」
メデューサ「あの男が、その言葉の意味を本当に知ってて言ったのかはわからないけどね」
裕美「? うん」
メデューサ「欲しいものが、本当に欲しいものができた時、戦うことを躊躇っちゃいけないよ。さもないと……」
裕美「さもないと?」
メデューサ「あたしみたいな身になっちまうのさ」
49 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:00:47.55 ID:bBMqw/ks0
メデューサさんのこと、もっと聞きたかったけど私は遠慮した。
きっと色々と大変なことがあったんだと思う。
私は、メデューサさんの手ほどきでメイクを覚えた。
メイクを終え、鏡の中にいる私は、私じゃないみたいだった。
メデューサ「どうだい?」
裕美「……私じゃないみたい」
メデューサ「あんたは基がいいからね。ほら、あの店長が戻ってきたよ」
裕美「あ、店長さんおかえりなさい。私……どう、かな?」
P「……まさか、これほどとは」
裕美「?」
P「可愛いですよ。関裕美様」
裕美「ありがとう……店長さん」
P「……店長ではなく、プロデューサーです」
それ以上、私はなにも言えず、店長さんもなにも言わなかった。
私のレッスンの日々が始まった。
50 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:05:41.17 ID:bBMqw/ks0
P「うむ、ダンスも歌もサマになってきましたね。では、次に」
裕美「上手くなってるかはわからないけど、なんだか楽しいよ。みんなと一緒に歌ったり踊ったりして、こんなの私初めて」
P「オーディションを受けていただきます」
裕美「うん!あ、え……?」
P「オーディションです。歌番組のオーディションに申し込んでおきました」
裕美「お、オーディションって、人前で歌ったり踊ったりするの?」
P「当然です」
裕美「ちょ、ちょっと早くないかな。私、まだ……」
P「大丈夫です。歌も踊りもなかなか上手になられましたし、それな何より」
裕美「?」
P「あなたは、可愛いですから」
店長さんにそう言ってもらえるのは嬉しい。
私にそう言ってくれる人は初めてだ。
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/08/05(日) 18:07:20.64 ID:bBMqw/ks0
P「ジニーも魔法の白い鳥たちも、あなたの歌や踊りには太鼓判を押してくれてます。大丈夫です」
裕美「そうか……うん、みんなが私の為に協力してくれたんだから、やってみる」
P「その意気です」
裕美「それで、そのオーディションっていつあるの?」
P「今から1時間後ですね」
裕美「……え?」
P「なので急ぎましょう」
裕美「ええーーー!?」
52 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:09:14.73 ID:bBMqw/ks0
P「いやあ、走りましたね」
裕美「はあ……はあ……こ、こういう時に使える魔法とかはなかったの……?」
P「空飛ぶワイバーンとか、背に乗れる泣きクジラとかがいるのですが、どうにも街中の人前で乗るものではないですし、翼の生えたブーツは免許が必要ですし……」
裕美「うーん。魔法っていっても何でもできるわけじゃないんだね。私、もっと簡単にどこかに行けたりするのかと思ってた」
P「それはそうです。そして特に、時間や空間を飛び越えるというのは魔法が苦手とするところでもあります」
裕美「そうなの?」
P「『あった事』を『なかった事』にする行為やその逆、そして未来を限定するような行為は自分だけではどうにもできないのです。空間を飛び越える行為もそうです。『いる事』と『いない事』の差異は、自身の存在では購えないものです」
裕美「どういう意味?」
P「……ものすごく大ざっぱに例えれば、大きな滝から落ちてくる水すべてを帽子で汲んで滝の上に戻すのは無理という事です」
53 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:10:15.40 ID:bBMqw/ks0
裕美「そっか。よくわからないけど、わかったよ店長さん」
P「店長ではなく、プロデューサーです。まあ魔法を売る店……いや、今は魔法を売るプロダクションは例外ですが、その説明はやめておきましょう。オーディションが始まってしまいますから」
裕美「そうだっけ!」
54 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:11:51.96 ID:bBMqw/ks0
裕美「うわ……みんな可愛い娘ばっかり……」
オーディションの控え室は、まるで花々が咲き誇っているみたいに輝いて見えた。
可愛い娘ばかりが、大勢集まっている。
松尾千鶴「私はできる……私は可愛い……私は合格する……」
裕美「あの、お隣失礼していいかな」
千鶴「私は……ハッ! わ、私は別に自己暗示なんかしてないから!!」
裕美「あ、う、うん」
あれ、自己暗示だったんだ……
白菊ほたる「合格するのは4人だけ……無理かもしれない……けど、あきらめたくない……」
岡崎泰葉「同じ事務所の3人で受かりたいけど、どうかしらね。あれ? あなた、初めて見る顔よね」
裕美「あ、う、うん……いえ、はい。関裕美って言います……」
泰葉「裕美ちゃんね。よろしく!」
ほたる「あの、裕美ちゃんはどこの事務所なんですか……?」
裕美「え? 事務所? あ、えーと……魔法を売る店。じゃなくて、今は魔法を売るプロダクション。……かな?」
千鶴「魔法を売るプロダクション? 聞いた事ないわね」
55 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:13:33.92 ID:bBMqw/ks0
泰葉「そうね。どう、ほたるちゃん」
ほたる「私も……聞いた事ないです。魔法を売るプロダクション……」
千鶴「ほたるちゃんが知らないとなると、新規立ち上げの事務所かも知れないわね」
裕美「あ、そ、そうです。……だと思う」
泰葉「やっぱり。そうだと思った。ほたるちゃんは今まで色々な事務所を渡り歩いていて、事務所については詳しいのに、そのほたるちゃんが知らないんだもの」
裕美「そうなの? あ、ごめんなさい、そうなんですか?」
ほたる「あ、いいよ敬語じゃなくても。私……行く先々の事務所が倒産してて、その度に次の事務所を探していたから……」
裕美「そうなんだ」
千鶴「新規立ち上げ事務所かあ。何人ぐらい所属アイドルがいるの?」
裕美「え? 所属してるのは……たぶん、私ひとりだと思う」
千鶴「え!?」
裕美「他には誰もいないと思う」
泰葉「え、ちょっと待って。新規立ち上げ事務所で、所属しているのはあなただけなの?」
裕美「うん」
千鶴「それって……」
ほたる「……もしかして」
56 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:14:49.73 ID:bBMqw/ks0
泰葉「もしかしなくても、あなたの為に立ち上げられた事務所ってことよね!?」
言われてみると確かに、魔法を売るプロダクションは私の為に立ち上げられた芸能事務所ということになるのかな。
魔法の手鏡が正しいという証明の為とはいえ、私がトップアイドルになる為に店長さんがお店をプロダクションにしたんだから。
裕美「うん……そう、かな?」
千鶴「し、失礼しました。私、知らなか……存じ上げなかったもので!」
ほたる「今日は、よろしくお願いします!」
裕美「え? ええ??」
泰葉「ま、待って。待って!」
裕美「?」
泰葉「失礼だけど私、あなたに初めてお目にかかりましたけど」
裕美「う、うん」
泰葉「芸歴は? これまでの」
裕美「芸歴って……そんなのないよ。今日、初めてオーディションも受けるし」
泰葉「……私ね。これでも芸歴は10年ほどあるんだけど」
あ! この娘……岡崎泰葉ちゃんだ!! ドラマで見た事ある、有名な子役の娘だ!!!
57 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:17:01.84 ID:bBMqw/ks0
泰葉「もしかしてあなた、どこかの令嬢とかなの?」
裕美「そんなことないよ。ふ、普通の家庭です」
泰葉「じゃあどうして、あなたの為にプロダクションが立ち上げられたの? コネがあるわけでもない、お金があるわけでもないのに」
裕美「それは……色々と事情があって……」
泰葉「聞かせて」
裕美「えっ!?」
ほたる「あ、あの……」
千鶴「泰葉さん?」
泰葉「他人を詮索するのは礼儀に反するのは、わかってる。でも、私は芸能界で生きてきたしこれからもそうするつもりなの」
裕美「う、うん」
泰葉「だから、芸能界に関する事情なら、知っておきたい。何よりあなたはきっと、私のライバルになると思うから」
裕美「ら、ライバル?」
ほたる「それは……わかります」
裕美「え? え?」
千鶴「可愛いものね。あなた」
裕美「えーーっ!?」
こ、こんな可愛い人達から、私が可愛いって言われた?
58 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:19:20.14 ID:bBMqw/ks0
泰葉「だから知りたいの。どういった事情で……」
係員「それではオーディションを始めまーす。今回の十時愛梨ちゃん司会の歌番組に、ゲストで出演を希望される方はお集まりくださーい!」
千鶴「あ、始まるみたい」
ほたる「泰葉さん……行かないと」
泰葉「う、うん……あ、じゃあまたね。お互いがんばりましょう」
裕美「あ、う、うん……はい」
愛梨「みなさん、今日はよろしくお願いしますね。オーディションという形ではあるけど、楽しい番組にしたいからこの段階から楽しもうと思ってるから」
係員「はい、そういう事で。始めます先ずは……ええと松白菊ほたるさん」
ほたる「は、はい!」
愛梨「あ、ほたるちゃん。やっほー、がんばってねー」
千鶴「あ、愛梨さん……いくら同じ事務所でも、あんな風に……合格してもコネだと思われたらどうしよう」
泰葉「別にいいと思うよ」
千鶴「えっ?」
泰葉「コネだって、その人の持ってる立派な素質だもの。それにコネだけで渡っては行けないのは、いずれみんなわかることだし」
千鶴「確かに……そうかも。それになりふり構っていられる余裕なんて、ないのよね」
泰葉「そう」
な、なんだか圧倒されるな……こ、こういう人たちの中で、私やっていけるかな。
59 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:21:05.31 ID:bBMqw/ks0
P「大丈夫です」
裕美「あ、店長さん。どこ行ってたの!? 私、なんだか不安で」
P「店長ではなくプロデューサーです。挨拶回りをしておりました。いずれここで多くの仕事をするつもりですので……」
裕美「私、合格できるかな……」
P「ジニーや魔法の白い鳥たちを始め、店のもの達とやってたようにやればよろしいのです」
裕美「でも、ほら。みんななんだか流行の歌とか、すごいダンスをやってるよ?」
P「お気になさらず。先程のように、歌って踊ってください」
係員「次、えーと……関裕美さん」
裕美「は、はい!」
愛梨「ええと、裕美ちゃんだね。今日は何をやってくれるのかな?」
裕美「え、ええと……」
ほ、本当にいいの? いいのかな、店長さん!
愛梨「? どうしたの?」
こ、こうなったら仕方ない。やってみるしかない。
裕美「わ、私は魔法のうたを、歌います!」
愛梨「魔法のうた?」
私は、魔法を売る店でいつもみんなと歌い、踊っているレッスンをそのままにやった。
最初は緊張していたけど、すぐにいつもの調子が出てきた。
お店のみんなといるように。
お店のみんなと歌うように。
お店のみんなと踊るように……
60 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:22:45.81 ID:bBMqw/ks0
係員「それでは合格者を発表します。呼ばれた方は、前に出てください。まず、関裕美さん」
裕美「え? あ、は、はい!」
ほたる「え……!?」
千鶴「関裕美ちゃんだっけ。合格したのね」
ほたる「え、ええ。でも……それよりも……」
係員「それから、白菊ほたるさん、松尾千鶴さん、岡崎泰葉さん。以上の4名が合格となります。お疲れ様でした」
千鶴「よ、良かった。合格……」
ほたる「嬉しいです……これで愛梨さんと一緒に番組に出られるんですね……」
泰葉「……あの娘……関裕美ちゃん……私たちより後に審査を受けたはずなのに、真っ先に名前が呼ばれた……? どうして?」
P「オーディション合格、おめでとうございます」
裕美「ありがとう。でも……なんか信じられないな」
あれだけいた、可愛いアイドルの中から私が選ばれた。
きつい目をした私が。
なんだかとても、信じられない。
61 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:24:26.50 ID:bBMqw/ks0
P「これもあなた様の実力です。自信をお持ちください」
裕美「ねえ、本当に何もしてないよね? 魔法とかで」
P「審査員の心を変えるとか、ですか? いいえ、そのようなことはいたしておりません」
裕美「わかった、信じる。でも」
P「?」
裕美「店長さんがその気になったら、魔法で審査員の人の心を変えたりできるの?」
P「店長ではなく、プロデューサーです。その答えはイエスでもありノーでもあります」
裕美「どういうこと?」
P「実際、そういう魔法も存在します。それに人生においての大きな決断ならともかく、何かをひとつ選択するぐらいの心変わりはたやすく行う事ができます。その意味で、先程の問いの答えは、イエスです」
裕美「でもノーでもあるんだよね」
P「2つの理由から、私はその魔法を使いません。ひとつは、これは関裕美様が可愛いことの証明が目的であるからです」
裕美「だから魔法を使ったズルはしないってこと?」
P「魔法の手鏡が間違っていない事の、これは証明です。誰かに思ってもないことを言わせたりさせたりしては、フェアではありませんから」
裕美「……2つめの理由は?」
P「その必要がないからです。関裕美様……あなたは、可愛いです」
裕美「ひとつめの理由より私、2つめの理由の方が好き……ありがとう店長さん」
P「店長ではなく、プロデューサーです。どういたしまして」
裕美「……もうひとつ、いいかな」
P「いくつでも、なんなりと」
62 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:25:36.75 ID:bBMqw/ks0
裕美「店長さんは、私の質問にちゃんと答えてくれた。嘘やごまかしなしに、そういう魔法はあるけど使わないって」
P「店長ではなくてプロデューサーですが、ええ」
裕美「だから私も、フェアじゃないといけないと思うの」
P「と、言いますと?」
裕美「私、もう魔法のこと信じてるよ。お店の魔法全部。だから魔法の手鏡のことも、今はもう信じてる。なにより、店長さんのこと信用している」
P「……」
裕美「だから……証明はしなくてもいいんだよ? 魔法の手鏡は、本物。壊れてるって思ったのは、私の間違い。今はそう思ってるの」
P「……」
裕美「つまりその……私をもう、アイドルにしなくても……そ、そう私は思っていて。でも私の為に店長さんやみんなが協力してくれるのは嬉しいし、アイドルになりたくないわけじゃなくて……だけど、もう魔法の手鏡を信用してるのに、手鏡が正しいことを示す為にやってもらうのは、フェアじゃないかな、って」
P「もう一度」
裕美「え?」
P「魔法の手鏡に聞いてみていただけますか? あなた様が最初に聞いたあの質問を」
裕美「うん……鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番可愛いのはだあれ?」
鏡「それは、関裕美ちゃんです」
魔法の手鏡は、前と同じ答えを返してくれる。
でも本当かな?
私が持ち主だから、気をつかってそう言ってくれてない?
可愛いっていうのは嬉しいけど、本当に? 私が?
63 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:27:38.21 ID:bBMqw/ks0
P「いかがですか?」
裕美「嬉しいけど、本当かなあ……」
P「つまりまだ、疑念を抱かれておられるわけですね?」
私は、ハッとした。
うん、魔法を売る店も、魔法の手鏡も、そして店長さんも信用しているけど、でも私が可愛いって本当? 本当の本当に?
そうだ、私はまだ信じきれないでいる!
P「自分のことは、自分ではわからないものなのですよ。ですがご案じになる必要はございません。なぜなら、私が証明して見せて差し上げるからです。この鏡の正しさを」
この時、ようやく私はわかった。
店長さんはもちろん、魔法の手鏡を信用している。
それなのに、私の為に色々とやってくれているのだ。
裕美「ありがとう……」
P「どういたしまして。さて、仕事も入ったのですから、がんばらないといけませんよね」
裕美「うん! 私、がんばるね!!」
64 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:29:42.35 ID:bBMqw/ks0
泰葉「……」
泰葉「魔法?」
65 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:31:10.50 ID:bBMqw/ks0
ほたる「不正……ですか?」
泰葉「というか、上手く私も言えないんだけど、何か本人の実力じゃないことで合格したんじゃないかな、って」
千鶴「うーん。確かにそういうの、私も良くないとは思うけど、何か確証があるんですか?」
泰葉「ないけど……でも、なんだか気になるの」
千鶴「泰葉さん、あの裕美ちゃんって娘を気にしすぎじゃないです?」
ほたる「可愛いのは私も認めますし、歌もダンスもすごかったですけど……」
泰葉「うん。実力は間違いなくあるわ。でも……一見キツそうなのに、笑うとこっちまで笑顔になっちゃうあの不思議な魅力には、何か秘密があるような気がして……」
千鶴「ふう、わかりました」
泰葉「え?」
ほたる「泰葉さん、言い出したら聞かない人ですから……ふふっ」
千鶴「行ってみましょう、裕美ちゃんのプロダクション」
泰葉「2人とも……いいの?」
ほたる「はい」
千鶴「どんなレッスンしてたら、あんな歌やダンスができるようになるのか、私も興味ありますし」
泰葉「そうよね、うん」
66 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:35:16.79 ID:bBMqw/ks0
裕美「あ〜♪ あーあ〜あーあ〜あー♪」
私が音程を取ると、7羽の姉妹の小鳥さんたちが合わせてさえずってくれる。
と、それに合わせて、店の中の人形さんたちは踊りだし、喋れる品物は歌ってくれる。
私はこの魔法を売る店……しゃなかった、今は魔法を売るプロダクションでのレッスンが大好き! 本当に楽しいんだもん」
ジニー「いい感じだよっ☆ 音程もリズムも、バッチリ身についてきたね!」
裕美「みんなのお陰だよ。歌も、ダンスも、メイクも……お店のみんなが協力してくれてるから」
67 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:35:43.33 ID:bBMqw/ks0
泰葉「住所は間違いないと思うんだけど……あ、ほたるちゃん戻ってきた」
千鶴「どうだった? 窓から覗いた感じ」
ほたる「……それが裕美ちゃん、小鳥と一緒に歌ってて……」
泰葉「……小鳥と?」
ほたる「あと、人形が踊ってた」
泰葉「???」
68 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:37:37.24 ID:bBMqw/ks0
ジニー「もう一人、忘れてない?」
裕美「え? あ、うん。店長さん!」
P「店長ではなくプロデューサーですが、お呼びになられましたか?」
裕美「呼んだわけじゃないけど、いつも私のプロデュースをありがとう。感謝してるよ」
P「今はプロデューサーなのですから、これが私の仕事です。それに……なんというか、やってみると面白いものです。ん……?」
裕美「どうしたの?」
P「宮殿の影が、誰かがプロダクションを覗いていると教えてくれています」
裕美「宮殿の影?」
P「この店……いや、今はプロダクションの影はそれ自体が意志のある存在です。以前は由緒ある宮殿の影でしたが、宮殿が取り壊される際に影だけを引き取りました」
裕美「じゃあ魔法を売るプロダクション本来の影は?」
P「バカンス中です」
裕美「え? バカンスって……お休みなの?」
P「ちょっと前にアメリカから手紙が届きました。アメリカ各地を転々と旅しているようです。機会があれば、ご紹介しましょう」
裕美「うん! 楽しみにしてる」
相変わらずこのお店……じゃなかった。プロダクションは不思議なことが多い。でもそれが私には楽しい。
店長さんはいつだって、面倒がらずに私におプロダクションのことを説明してくれる。
それでもまだまだ、プロダクションには不思議なことがいっぱいだ。
69 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:39:09.86 ID:bBMqw/ks0
P「さて、訪問者にどのように対処しましょうか……ここが魔法を売る店ならお客様として出迎えますが、今はプロダクションなので……」
裕美「私、見てくるよ」
P「あ、それには及びま……」
店長さんが最後までしゃべる前に、私は外に飛び出した。
そしてそこには――
裕美「あ!」
千鶴「えっ!?」
ほたる「ど、どうも……」
泰葉「……こんにちは」
裕美「千鶴さんにほたるちゃんに、泰葉さん! 遊びに来てくれたの!?」
千鶴「え……?」
ほたる「えっと……」
泰葉「そ、そう!」
千鶴「えっ!?」
ほたる「や、泰葉さん!?」
泰葉「と、友達になりたいと思って」
裕美「わあ、嬉しい! 店長さん、私のお客さんだったよ」
70 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:41:24.84 ID:bBMqw/ks0
P「これはどうも、アイドルの白菊ほたる様に松雄千鶴様、そして岡崎泰葉様」
泰葉「あ、あの実は今、見ちゃったんだけど……」
P「? はい」
泰葉「小鳥が歌ってませんでした!?」
裕美「うん。紹介しようか?」
泰葉「人形も動いてたし!!」
P「みな、魔法の品ですので……」
泰葉「魔法……」
P「何かご不審な点でも?」
泰葉「そ、そういうのって人にしゃべってもいいの!?」
裕美「え? だめ……だった?」
P「岡崎泰葉様には、はい。そして関裕美様には、いいえ」
泰葉「いいの!?」
71 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:42:39.14 ID:bBMqw/ks0
P「魔法とは、人の求めによって生じる力です。人を拒むことはありません。ただ、なかなかに魔法を受け入れられる方も少ないのですが」
裕美「うん。私も最初は、信じてなかったもの。手品だと思ってたぐらい」
千鶴「じゃあさっきのは、本当に小鳥が歌って」
ほたる「人形が踊ってた……んですか?」
裕美「そうだよ。みんなで私に、レッスンしてくれてるの」
泰葉さんは、びっくりした顔をしてたけど、やがて笑い出した。
裕美「どうしたの?」
泰葉「ううん。なんだか疑ってた自分がばかみたいだな、って。ごめんね、裕美ちゃん」
裕美「? 何がごめんなの?」
泰葉「魔法とかって聞いて、私は疑ってしまったの。何か不正をしてるのかも、って。だからごめんなさい」
裕美「そ、そんなのいいよ。ね、店長さん」
P「店長ではなくプロデューサーです。ええ、何も問題はありません。それよりも、芸能界のアイドルの先輩として、こちらの関裕美様をどうか、よろしくお願いします」
ほたる「あ、それは……こちらこそ」
千鶴「ええ。ライバルではあるし、所属は別だけど友達としては仲良くしたいわ」
泰葉「ええ。今後ともよろしくね」
裕美「うん! えへへ、友達が増えたよ。やったね」
P「では、おもてなしに冷たいものでもご用意いたしましょう。確かスキタイの実が冷やしてありました」
芸能界は、色々と厳しい部分もある。泰葉さんが懸念していたみたいに、不正みたいなこともあるみたい。
でも、私はこのプロダクションとプロデューサの店長さんとならやっていけると思う。
それに……友達もできたし!
72 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:44:33.24 ID:bBMqw/ks0
私のアイドル活動は、店長さんのおかげで順調だ。
CDも自社レーベルを立ち上げてくれた。
そしてそのCDは……
P「これは魔法の靴屋と魔法の鶴に任せます」
裕美「靴屋さんと鶴さん? CDを靴屋さんや鶴さんが作ってくれるの?」
P「ええ。しかし彼らは……いや、彼らと彼女はあなた様が寝ていないと仕事をしてくれません」
裕美「え?」
P「なので関裕美様には、これから寝ていただきます」
まさか寝ることがアイドル活動に必要になるとは思ってもいなかったけど、私は店長さんを信頼している。
P「あまりぐっすりと眠ってしまわれると夜に眠れなくなってしまうので、魔法のシュラフではなく普通のベッドをご用意いたしました」
それは天蓋のついた、綺麗なベッドだった。
裕美「ここで寝ていればいいの?」
P「はい。どうぞ」
裕美「……」
P「……」
裕美「なんだか、急には眠れないみたい」
P「……弱りましたね」
73 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:46:00.69 ID:bBMqw/ks0
裕美「そうだ、歌。歌とか聞いたら眠れるかも」
P「では魔法の小鳥たちをよびましょうか」
裕美「……ねえ、店長さん」
P「店長ではなくプロデューサーですが、なんでしょう?」
裕美「私、店長さんの歌が聞きたい」
P「……そういった事は不得手でして」
裕美「それでもいいから、お願い」
P「……致し方ありません」
店長さんは、困った顔をしながらも歌ってくれた。私のために。
どこの言葉かわからない歌詞の、聞いたこともない曲は甘いバリトンで、私はもっと聞きたいと思いながらも目を閉じていると、眠りに落ちてしまっていた。
74 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:46:29.78 ID:bBMqw/ks0
裕美「……! あ、お、おはよう」
P「朝ではありませんが、おはようございます。出来上がっておりますよCD」
私は会うこともできなかったけど、靴屋さんと鶴さんは、確かにCDを作ってくれていた。
私がジャケットの、素敵なCDだ。
だけど……
裕美「こ、これどうしてジャケットが私の寝顔なの!?」
P「可愛かったので……いけませんでしたか?」
裕美「……て、店長さんが可愛いと思ったから?」
P「店長ではなく、プロデューサーです。魔法の靴屋と魔法の鶴が、そう申しますので」
裕美「へえー……ふうん……」
P「私も同意いたしました」
裕美「え? うふふ。しょ、しょうがないなあ。それならいいよ、寝顔がジャケットでも。少し恥ずかしいけど」
P「? わかりました。では今夜、関裕美様がぐっすりと寝ている間に大量生産させましょう」
裕美「靴屋さんと鶴さんって、どういう風にCDを作ってくれてるの?」
75 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:47:59.58 ID:bBMqw/ks0
P「それは企業秘密です。というか、あなた様はそれを知ってはなりません」
裕美「え? どうして?」
P「寝ている間に何が起きているのかを知る事と、寝ている間に何が起きているのかを見る事は、形而下学的には同義だからです」
裕美「? よくわからないけど、わかった」
CDはジャケットだけでなく、中の入った私の歌もきちんと入っていた。
試しに魔法の白い蛇さんにCDを取り込んでもらい、自分の歌を聞いていると不思議な気持ちになってくる。
裕美「これ……どうなのかな。自分ではよくわかんないよ。このCD、売れるかのかな……?」
P「売れますとも」
裕美「? 店長さん、どうしてそんなに自信満々なの?」
P「店長ではなく、プロデューサーです。実は既に100枚近く売れました」
裕美「え?」
P「あちらをご覧ください」
店長さんが指さした方を見ると、お店のみんながCDを持って笑っている。
ジニーさんやメデューサさん、デイジーちゃんにバイオレットちゃん、その他大勢のお店の品々がみんなCDを持ってる。
あ、あそこにいるのが靴屋さんと、鶴さんかな?
76 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:48:25.79 ID:bBMqw/ks0
ジニー「すっごくいい曲だよっ☆ 聞いてると身体が自然に動いちゃうぐらい!」
メデューサ「可愛い顔、するようになったじゃないか……いいや、もともとか」
裕美「みんな……ありがとう!」
私のCDは飛ぶように売れた。というか、店長さんによると、実際に飛んでいたらしいけど私はそれを見ていない。
でも、私はアイドルとして、売れ出してきた。
77 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:50:31.61 ID:bBMqw/ks0
P「仕事がどんどん入ってきています」
店長さんはいつものにように、それが重大な発表であるみたいに私に話しかけてきた。
裕美「すごいね。まるで本物の有名芸能人みたい」
P「まるで、ではありません。あなたは今や、世間の誰もが注目する一流の有名芸能人です」
確かに店長さんの言う通りかも知れない。ちょっと前までは人から「怒ってるの?」と聞かれていた私が、今はメガネとかで変装していても周りがヒソヒソと「あれ関裕美ちゃんじゃない?」とか言っているのがわかるし、時にはサインも求められる。
でも、それでも私は、もしかしたらこれは夢なんじゃないだろうかと思ったりもしている。
幸運で幸福な夢を、私はずっと見ているんじゃないかな−−?
78 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:51:47.00 ID:bBMqw/ks0
P「ライブやイベントを組んでいます。そして実は、日本ゴールドディスク大賞にも、ノミネートされました」
裕美「え!? あの年末にテレビでやる、その年の音楽界の表彰をする!?」
P「そうです。その為に当初お話していた年末の予定を、少々変更いたしました。スケジュールを鏡にかざしておきましたので、後ほど魔法の手鏡でご確認ください」
裕美「日本ゴールドディスク大賞かあ、すごいね。もしも大賞とか取っちゃったら……」
P「無論、関裕美様は、トップアイドルとして認知されることでしょう」
裕美「私、今でもまだ自分が可愛いって信じられないんだ。でも……」
P「……なんでしょう?」
裕美「そういう賞とかもらったら、違うのかな? 信じられるようになる……のかな?」
P「……それは私にもわかりません。結局は、どこまでいっても自分では自分のことはわからないものなのかも知れません。ですが−−」
裕美「?」
P「トップアイドルと呼ばれるようになれば、本人ではなく周りが変わります。その時、答えは見えるのではないでしょうか」
裕美「そうなのかな……」
トップアイドルへの大きな門、日本ゴールドディスク大賞。
ちょっと前までは考えもしなかった舞台に、私が立つ時が近づいてきていた。
79 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:53:32.09 ID:bBMqw/ks0
千鶴「あ、裕美ちゃん」
事務所は違うけど、同期として活躍する千鶴さんと泰葉さんとほたるちゃん。
泰葉「聞いたわよ。日本ゴールドディスク大賞のノミネート。負けないわよ!」
裕美「ということは、みんなも?」
ほたる「はい……夢みたいです、ゴールドディスク大賞にノミネートされるなんて」
千鶴「ちょっとほたるちゃん、泣かないで」
泰葉「そうよ。それに、ノミネートか最終目標じゃないでしょ? 目指すのは……」
裕美「大賞……だね」
ほたる「はい。できたら……」
裕美「え?」
ほたる「できたら、大賞はこの4人の中から出したい……です」
千鶴「そうね。4人で大賞を争いたいな」
泰葉「でも……」
裕美「え?」
泰葉「ううん、なんでもない」
泰葉(誰が大賞になるにしても、絶対にあなたが最後まで候補に残るわきっと。魔法の力とか関係なく、ね)
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/08/05(日) 18:55:12.02 ID:bBMqw/ks0
P「関裕美様、大事なお話があるのですが」
日本ゴールドディスク大賞の受賞式も近づいてきたある日、いつも通りの神妙な顔で、店長さんが私にそう話しかけてきた。
いつも通りだけど、どこかいつもよりも真剣……ううん、なんだか不安そうだ。
裕美「どうかしたの? 何かあったとか?」
P「いえ。実は、プロダクションの収益とあなた様のギャランティの件で少々ご相談したいと思いまして」
裕美「ぎゃらんてぃ……?」
P「関裕美様の芸能活動によって生じる収益は、必要経費を差し引いても黒字となっております。そこでその黒字収益は、あなた様のギャランティ、つまりギャラ……報酬としてお支払いしたいと思います」
そっか。私はそういう事を全然考えてなかった。
この魔法を売るプロダクションも、芸能活動を行う会社なんだから、そういうお金の事も店長さんはやってくれてたんだ。
裕美「ごめんなさい。私、お金のことって全然考えてなかったの」
P「よいのです、それは。ただ、この機会にちゃんとしておこうと思いまして」
裕美「うん。あれ? でも黒字になった分が私の報酬って、店長さんは?」
P「お話したいのは、その件でして」
裕美「? うん」
81 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:56:33.89 ID:bBMqw/ks0
P「関裕美様の報酬から、いくらかを私……というかこの魔法を売るプロダクションに支払っていただいてもよろしいでしょうか」
裕美「もちろんだよ。今まで思いつかなくてごめんなさい」
P「よろしいのですね?」
裕美「うん。というか私、別にお金なんて要らないよ? 全部、魔法を売る店のものにしてもいいのに」
P「そういう訳にはまいりません。それではプロダクションが法律によって罰せられてしまいますから」
裕美「そういうものなの? じゃあ、半分こ」
P「……なんですって?」
裕美「私と店長さんで、半分こでどうかな?」
P「店長ではなく、プロデューサーです。そのように過分にいただくわけには参りません」
裕美「でも、私をアイドルにしてくれたのは店長さんだし、芸能活動だって全部店長さんが準備とかもしてくれてるんだし」
P「……お支払いいただきたいのは、九千円です」
裕美「え?」
それだけ?
よくわからないけど、それって安くないの?
82 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 18:58:35.19 ID:bBMqw/ks0
P「こちらに関裕美様の口座を作っておきました。ここからこの魔法を売るプロダクションに、九千円を振り込んでもよろしいでしょうか」
私は、店長さんの差し出した通帳を開いてみた。
裕美「0の数がえーと……ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ……え!? こんなに!?」
P「最終的な収支はまだですが、現時点でこれだけの収益が入ってきております」
裕美「こんな……こんなに私、要らない!」
P「それは違います」
裕美「え?」
P「報酬はあなた様の評価のひとつです。それのみに囚われてはいけませんが、それを否定してもなりません」
そう……なの?
私にはよくわからない。でも、こんな大金を受け取っていいのかな?
P「あなた様のファンや、あなた様の為に仕事をした人たちからの報酬がこれです。あなた様は受け取らねばなりません。それもまた、アイドルのなすべきことです」
裕美「それならやっぱり、店長さんと半分こに……」
P「それは本当にいいのです。私は……いえ、なんでもありません」
裕美「?」
P「そりよりも……」
裕美「え?」
P「よろしいでしょうか? この口座から、魔法を売るプロダクションに九千円をお支払いいたただいても……」
店長さんは真剣に、そしてなんだか寂しそうに言った。
その時。
83 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:00:10.32 ID:bBMqw/ks0
「……ダメダヨ」
裕美「え?」
「ダメ……」
どこからか、かすかに声が聞こえてくる。
ふと見ると、2体のお人形さんと目があった。
確か……そう、デイジーちゃんとバイオレットちゃんだ。
裕美「どういう……」
P「デイジー! バイオレット! 口を挟んではなりません!! これは大事な話なのです」
店長さんがそう言うと、デイジーちゃんとバイオレットちゃんは目をそらし、口をつぐんだ。
裕美「店長さん?」
P「店長ではなく、プロデューサーです」
でもささやいてくるのは、デイジーちゃんやバイオレットちゃんだけじゃなかった。
「ダメ」「ハラッチャダメ」「ダメダヨ」「ソンナコトシナイデ」「ソレハダメ」「モシモ」「ハラッチャッタラ」「ソノトキハ」「ソンナコトニナッチラ」「ハラワナイデ」「オネガイ」
店中から、誰のものかわからないぐらい小さな声が、次々と私にささやいてくる。
裕美「え? どういうこと?」
P「みんな黙りなさい! これは関裕美様がご自分で判断されなければならないことなのです!! 差し出がましい真似をするものは、虚無の壷に放り込みます」
店内は一瞬で静かになった。
84 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:02:33.54 ID:bBMqw/ks0
P「さあ、関裕美様。いかがです?」
裕美「え……と、お金を払うかってことだよね?」 うーんと……」
お店のみんながささやいていた事も気になるけど、やっぱりお金のことはきちんとしておきたい。
これまでプロデュースをしてもらったんだし、払わないといけないものは払っておきたい。
私をアイドルにしてくれて、そして可愛いって認めさせてくれて、そういう感謝も込めて。
裕美「うん、払うよ。九千円でも、いくらでも。店長さんの欲しいだけ」
P「……いただきたいのは、九千円だけです。では、電子決済で振り込みをいたします」
裕美「うん、お願い」
P「……本当によろしいのですね?」
裕美「? ええ」
店長さんが、手にしたスマホを操作した。
P「ご確認を。関裕美様の口座から、魔法を売るプロダクションに九千円が支払われました」
裕美「うん」
P「……ありがとう……ございました」
裕美「どういたしまして」
私は頭を下げると、その日は帰った。
この時私は、とうとう払った九千円の意味に気づくことは――いや、思い出すことはできなかった。
85 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:05:14.09 ID:bBMqw/ks0
日本ゴールドディスク大賞の授賞式の日、みんなが私を送り出してくれた。
ちょっとだけ緊張はしたけど、いつもと同じ。私は、お店にいるつもりで歌って、踊った。
そして、その結果は……
ほたる「裕美ちゃん、おめでとう」
泰葉「やっぱり今年は、裕美ちゃんだったか」
裕美「みんな、ありがとう」
千鶴「私たちも、来年は続くわよ。待っててね」
裕美「うん!」
信じられなかったけど、私は日本ゴールドディスク大賞を受賞した。
これもきっと、みんなのおかげだ。
みんなが協力してくれたから、獲れた賞だ。が
そう、特に……
86 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:11:32.82 ID:bBMqw/ks0
裕美「店長さん! やったよ!! 私、大賞だって!!!」
P「おめでとうございます。私も感動いたしました。すばらしいステージです」
裕美「ほんと? えへへ、みんなも見てくれたかな」
P「……コウモリが伝えてくれました。私同様、みな喜んでおりました」
裕美「よかった。私、それが1番嬉しい。早くみんなに会いたい!」
P「……」
裕美「ね、はやく帰ろうよ。みんなの所へ」
P「それにつきまして、大事なお話があります」
裕美「え? 今?」
P「はい」
店長さんの真剣な顔。
な、なにかな……
……あれ?
87 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:12:45.17 ID:bBMqw/ks0
P「関裕美様は、数多のアイドルの中で大賞を獲得されました」
裕美「うん。全部、店長さんのお陰だよ。あと、お店のみんなと」
P「これで則ち、関裕美様は文字通りトップアイドルになられたわけです」
裕美「まだ実感がないけど……でも私、ちょっと自信がついたよ。店長さんと魔法の鏡が言ってくれた事、ほんとだったって」
P「……そうですか」
まただ。
店長さん、私が「店長さん」って言っても「店長ではなくプロデューサーです」って訂正してくれない。
88 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:15:07.90 ID:bBMqw/ks0
P「それでは、これをもって私と関裕美様の契約も終了ということとなります」
裕美「……え?」
P「魔法の手鏡は、正しかった。今そうお認めになられましたね?」
裕美「それは、そうだけど」
P「あなた様は、やはり可愛かった。たった今、そう証明されたのです」
裕美「待って、ねえ待って!」
P「……そしてこの契約書をご覧ください。こちらの項目にこう書かれております」
89 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:17:20.91 ID:bBMqw/ks0
『魔法を売るプロダクションとその代表である私、魔法を売るプロデューサー(以下甲とする)は、関裕美様(以下丙とする)と、以下のマネジメント契約を取り交わす。
ひとつ、甲は丙に対し魔法の手鏡が正しく機能している事を証明するため、誠心誠意プロデュースに努めるものとする。
ふたつ、具体的には甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと。
みっつ、契約の期間は上記の証明がなされ、かつ丙よる魔法の手鏡の未納代金分の支払い完了をもって終了するものとする』
契約書の内容は、私も覚えている。
いつだったか、店長さんが言ったことをデイジーちゃんとバイオレットちゃんが書いてくれた、あの契約書だ。
90 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:19:10.20 ID:bBMqw/ks0
P「先日、私と魔法を売るプロダクションは、未納であった魔法の手鏡の代金を、関裕美様からお支払いいただきました」
裕美「あっ!」
私は思いだした。
そう、先日の事だ。
私は確かに、店長さんと魔法を売る店に九千円を支払った。
あれは……
91 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:20:29.57 ID:bBMqw/ks0
裕美「魔法の手鏡の、代金だったんだ……」
P「それを明かすわけには参りませんでした。私がそれを話してしまえば関裕美様は、敢えてずっと払わないでいるという選択を第三者からならともかく、当事者である私からの助言で知ってしまう事になるからです」
裕美「店長さんは、いつだってフェアだもんね……」
P「でありますから、本日この時をもちましてこの契約は終了となります。ご理解いただけましたか」
理解はできた。
でも、それじゃあこれから私と店長さんはどうなっちゃうの?
裕美「もう店長さんは、私のプロデューサーじゃないの?」
P「そうなります。が、今後も関裕美様がアイドルは続けられるよう、移籍の手配をしておきました。岡崎泰葉様や松尾千鶴様、白菊ほたる様のおられるプロダクションです。これが私からの、最後のアフターケアとなります」
裕美「そんなの……そんなの嫌だよ。私、そんなの嫌!」
P「……」
裕美「私、店長さんがいい! 魔法を売るプロダクションがいい!! お店のみんなといっしょがいい!!!」
P「最後にもうひとつご説明せねばなりませんが、魔法を売る店は何かひとつ魔法の品を売り代金を受け取るごとに、店の場所が変わります」
92 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:22:04.04 ID:bBMqw/ks0
裕美「え?」
P「魔法はいつでも、同じ場所で手に入るとは限らないのです」
裕美「そ、それって……」
P「次がどこの国のどこの街になるのか、それは私にもわかりません。魔法を売る店は、そういう特別な魔法の品なのです」
裕美「それじゃあ、もうあの場所に魔法を売る店はなくなっちゃうの!?」
P「はい。ですので、これでお別れです。関裕美様、魔法の手鏡のお買い上げありがとうございました」
裕美「嫌! 嫌! 嫌! そんなの嫌!! お別れなんて嫌!!!」
その時だ。店長さんの姿が、少しずつ薄くなってきている事に私は気がついた。
93 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:24:10.02 ID:bBMqw/ks0
P「私という存在もまた、魔法を売る店の品と同様に店に帰属しています。店が移動し始めているのです。私も店と共に行かねばなりません」
裕美「嫌……嫌。そんなの……」
P「さようなら、関裕美様。どうぞお元気で……」
裕美「……プロデューサー!」
P「今や私はプロデューサーではありません。店長です」
裕美「私といて、楽しかった? アイドルのプロデュースって仕方なくやっていたの?」
P「私は……」
最後の言葉を聞くことなく、店長さんは消えてしまった。
その場に崩れ落ちる私の目の前に、その時何かが落ちてきた。
94 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:48:53.67 ID:bBMqw/ks0
裕美「これ……店長さんが持ってた魔神の瓶だ」
瓶のコルクには羊皮紙が張り付けてある。
私は急いで、その羊皮紙を広げた。
『親愛なる仲間、関裕美様。日本ゴールドディスク大賞の受賞、おめでとう。これはみんなからのお祝いの品です。これがみんなであのプロデューサーさんの目を盗んで贈れる、ただひとつの魔法の品。また会える日を楽しみにしています――魔法を売るプロダクションの仲間より』
たったふたつ、魔法の手鏡とこの瓶だけが手に残り、私は一人になった。
そして私は、生まれてから一番たくさんの涙をこの夜に流した。
95 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:53:25.14 ID:bBMqw/ks0
1ヶ月が経った。た。
私はまだ、瓶を開けずにいる。
お店のみんなが贈ってくれたあの瓶には、魔神さんが入っているはずだ。
開ければ私の質問に答えてくれると思う。
そう、どうすればまた魔法を売る店に行けるのか、どうすればまたみんなに会えるのか。
そして一番大切なこと――
どうすればまた、店長さんにプロデュースをしてもらえるのか。
何度か瓶を開け、それを聞こうと思った。
でも、その度にやめた。
それは、自分で自分のことを知ろうと思ったからだ。
そう、今なら私にもよくわかる。
自分で自分のことはわからないもの……いや、わかろうとしていなかった。
だから、新しいプロダクションでがんばってみた。
もしかしたら、私はアイドルそのものが楽しかったんじゃないだろうか。
魔法を売る店は、関係ないのかも知れないと。
だが、それは――間違いだった。
96 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:55:00.22 ID:bBMqw/ks0
移籍したプロダクションは、みんな新設だ。
設備も人員も整っていて、活動もしやすい。
レッスンもしっかりできる。
ただ……
歌っても、誰かが飛び出して一緒に踊ってくれることはない。
踊っても、誰もそれに合わせて歌ってはくれない。
私は……
裕美「やっぱり、魔法を売るプロダクションに……帰りたい……みんなに……会いたいよ――」
泰葉「……その方がいいよ」
97 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:56:36.14 ID:bBMqw/ks0
裕美「あ、泰葉さ……」
泰葉「一緒にアイドルできるのも楽しいけど、やっぱり裕美ちゃんはあのプロダクションじゃなきゃ」
ほたる「そうです……裕美ちゃんが一番輝くのは……」
千鶴「あのプロダクションとプロデューサーさんだもんね!」
みんなに言われ、私は決心した。
急いで家に帰り、あの魔人さんの瓶を取り出す。
私は瓶のコルクを抜いた。
と、次の瞬間にいつかと同じようにもくもくと煙が中から湧きだし、魔神さんの顔になった。
98 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:57:46.18 ID:bBMqw/ks0
魔神「時は至れり」
裕美「え?」
魔神「契約の時は来た。ついに我は自由の身となった」
ど、どういうこと? 魔神さんは、コルクを抜いた人の質問に答えてくれるんじゃないの?
魔神「そうではない」
裕美「そうでは……って、え?」
魔神「聞かれる前に答えておこう。貴様の認識は間違っている。我はあの店長と個人的な契約を結んでいた」
裕美「契約?」
魔神「我は魔法的なもの、及びそうでないものの法や契約の専門家だ。古来よりすべての法や契約に通じている」
裕美「そっか。それで店長さんは、アイドルのなり方を魔神さんに聞いたんだ」
魔神「左様。法規的な手続きを我に問いただしたのだ」
裕美「じゃあ私の質問には答えてくれないの?」
魔神「ふうむ」
魔神さんは、私の顔をまじまじとのぞき込む。ちょ、ちょっと恥ずかしいな。
99 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:58:55.27 ID:bBMqw/ks0
魔神「貴様の問いには答えられぬ。そしてなにより、我は貴様と契約してはおらぬ」
裕美「じゃあ店長さんが聞いたら、答えてくれるの」
魔神「今やそれも叶わぬ。なぜなら契約の時はきたからだ。我とあの店長は、両者以外の誰かがコルクを抜くまで我が店長に使役するという契約を結んでおった」
裕美「それってなんのために?」
魔神「代わりの報酬として、快適な住処を用意してもらう為。魔法のランプだ」
裕美「魔法のランプ……」
魔神「魔神にとって、魔法のランプは快適な住まいだ。最高のランプの報酬として、我は店長と契約を交わした。そして今日この時、我は自由を得た」
魔神さんがそう言うと、どこからかランプが飛んできた。
魔神「約束通り、これは我のもの。では、さらばだ。可愛らしい人間の娘よ」
煙がどんどんとランプの中に入っていく。私はあわてて叫んだ。
裕美「待って!」
魔神「なんだ?」
100 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:01:03.37 ID:bBMqw/ks0
裕美「私の質問に答えて!」
魔神「貴様の質問には答えられぬ。それは我の専門外であるからだ。そして答える義理もない」
裕美「そんなの……冷たいよ。そうじゃない?」
魔神「なんだと?」
裕美「だってコルクを抜いたのは、私だよ? それで自由になれたのなら、ちょっとぐらい義理とか恩を感じてくれてもいいんじゃないの?」
一瞬あっけにとられたような顔をした魔神さんは、次の瞬間に笑いだした。
魔神「我をおそれもせず、そのような事を言う人間は珍しい。だが……」
裕美「だめ?」
魔神「我は法と契約の専門家。それ以外の質問には答えられぬ。しかし、確かに貴様の言うように多少の義理や恩は感じてしかるべきやも知れぬな」
裕美「本当に? ありがとう!」
魔神「貴様に法と契約の専門家として、アドバイスをやろう。契約を交わした際は、その契約をよくよく見るがいい」
裕美「え?」
101 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:02:39.25 ID:bBMqw/ks0
魔神「完璧な人間などいないように、完璧な契約や法というものは存在しない。必ずどこかに瑕疵がある」
裕美「えっと、そういうことじゃなくて、私が聞きたいのは……」
魔神「法や契約とは道路ではない。行き止まりの袋小路などないのだ」
裕美「あの、私の話を聞いて」
魔神「必ず抜け道はある」
裕美「あのね!」
魔神「ただし……!」
裕美「え?」
魔神「抜け道とは、歩いている者だけに役に立つ……決して立ち止まるな。立ち止まらない限り、抜け道はある――では、さらばだ」
裕美「ま、待って! そういうのじゃなくて、私が聞きたいのは……ねえ、魔神さん!? 待ってよ!!」
ランプの中に煙がすべて収まると、ランプは窓から外へ飛んで行ってしまった!
どうしよう……あの魔神さんが、最後の希望だったのに……
102 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:03:29.80 ID:bBMqw/ks0
途方に暮れて私は、ランプが飛んでいった空を見上げる。
どうにかしてもう一度、魔法を売る店に行き店長さんに会う。会ってまたプロデュースをしてもらう。その望みは絶たれてしまった。
夜空の月が、とても綺麗に光っている。
裕美「そういえばジニーさん。私の衣装にだいぶ絨毯を使ってくれてたけど、今頃あの月の光で絨毯は元に戻っているかな……」
そのジニーさんが最後に贈ってくれた魔神さんの小瓶も、結局私は役に立てる事は出来なかった。
魔神さん……最後になんて言ってたっけ。
確か……
103 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:05:24.05 ID:bBMqw/ks0
魔神「法や契約とは道路ではない。行き止まりの袋小路などないのだ」
魔神「必ず抜け道はある」
104 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:07:00.20 ID:bBMqw/ks0
裕美「だっけ。抜け道……?」
抜け道……抜け道ってなんの事だろう。
そもそも魔神さんは、私の質問についてじゃなくて、何について話してくれたんだっけ。
105 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:23:11.80 ID:bBMqw/ks0
魔神「抜け道とは、歩いている者だけに役に立つ……決して立ち止まるな。立ち止まらない限り、抜け道はある――」
106 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:25:41.70 ID:bBMqw/ks0
裕美「そんなこと言われても、もうどうしようもないよ……魔法を売る店と店長さんが今どこにいるのか、どうすれば会えるのかも難しい問題だけど、そもそも会えたとしてどうすればまた私のプロダクションとプロデューサーさんになってもらえるのか……」
もう、無理……なのかな。
107 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:27:10.26 ID:bBMqw/ks0
魔神「抜け道とは、歩いている者だけに役に立つ……決して立ち止まるな。立ち止まらない限り、抜け道はある――」
108 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:28:22.89 ID:bBMqw/ks0
裕美「……」
そうだ。あきらめたらもう終わり、でも歩き続ければ道はあるのかも知れないんだ。
私は、契約書を引き出しから取り出す。
店長さんと契約を交わした日から、しまったままの契約書を。
魔神さんの言う通り、よくよく読んでみよう。
109 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:30:22.97 ID:bBMqw/ks0
『魔法を売るプロダクションとその代表である私、魔法を売るプロデューサー(以下甲とする)は、関裕美様(以下丙とする)と、以下のマネジメント契約を取り交わす。
ひとつ、甲は丙に対し魔法の手鏡が正しく機能している事を証明するため、誠心誠意プロデュースに努めるものとする。
ふたつ、具体的には甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと。
みっつ、契約の期間は上記の証明がなされ、かつ丙よる魔法の手鏡の未納代金分の支払い完了をもって終了するものとする』
110 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:32:07.19 ID:bBMqw/ks0
1回だけじゃなく、私は何度も契約書を読み返した。
そうして7回目に契約書を読み直した時だ。
裕美「……あ!」
その瞬間、月が輝いた気がした。
暗い夜の空の中に、光る道が見えた。
魔神さんの言う通りかも知れない。
瑕疵のない契約はない。
私は――道を見つけた!
急いで魔法の手鏡を取り出す。
裕美「鏡よ鏡、鏡さん――」
111 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:35:46.29 ID:bBMqw/ks0
〜北緯67度32分45秒東経133度23分13秒〜
――ロシア連邦サハ共和国ベルホヤンスク――
P「今日も雪……ですか。昼でも日は昇らないし、相変わらずお客様の来店もなく、当分この地にいることになりそうですね」
ジニー「魔法の温度計を見てくださいよっ! 室内なのにマイナス10度ですよ」
P「外はマイナス40度だからな。これでもまだ、暖かい方だ。それよりもジニー、なぜ呼ばれてもいないのに出てきている?」
ジニー「ほら、あの歌で」
P「魔法の白い小鳥……そのDVDをかけては、一緒に歌うのが日課になっていますね」
ジニー「みんな裕美ちゃんの歌が大好きなんですよっ☆」
P「……」
112 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:37:33.36 ID:bBMqw/ks0
ジニー「店長もでしょ?」
P「素晴らしい歌声だと思います」
ジニー「……ねえ」
P「なりません」
ジニー「アタシ、まだなんにも言ってませんけど?」
P「関裕美様との契約は終わったのです。魔法の手鏡も完全に購入され、あの方とこの店を結びつけるものは今や何もありません。何も、そう何も……」
ジニー「でも」
P「あんな可愛い方と、共に歌い、踊り、その活躍を目の当たりにし、力を合わせ共に活動することは楽しかったかも知れません。しかし、我々はもう関係のない部外者なのです」
ジニー「……それは、誰に向かって言ってるんですか?」
P「……なに?」
ジニー「アタシは、店長のひいお爺さんの時代からこのお店にいます。店長が生まれる前からですよっ!」
P「それがどうしたというのです」
113 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:39:41.46 ID:bBMqw/ks0
ジニー「店長は、先代の店長から教えられた仕事を完璧にこなしてますよ。今までのどの店長よりも。でも……」
P「……でも?」
ジニー「アタシ、店長が楽しそうに仕事をしている所、見たことありません。いつも礼儀正しいけれど、笑ったことなんてないでしょっ?」
P「仕事とは、そういうものです」
ジニー「でも、裕美ちゃんをプロデュースしてる時は違った」
P「……」
ジニー「裕美ちゃんと話している時や、その活躍を見守っている時……ううん、裕美ちゃんをどうトップアイドルにしようか、それを考えている時だって店長は楽しそうに、笑っていましたよっ!」
P「笑った? 私が?」
ジニー「店長は、見つけたんですよっ! 本当に楽しい、自分にとっての天職を。やりがいのある、そしてあなたがやるべき仕事をっ!!」
P「……」
ジニー「……」
P「自分で自分の事は、わからないものです……か」
114 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:41:37.28 ID:bBMqw/ks0
ジニー「店のみんなは、わかってますよっ☆ 店長は裕美ちゃんのプロデューサーに戻るべきだ、って。それにみんな、裕美ちゃんも店長も大好きなんですから」
P「……もう、遅いのです。それに今頃、関裕美様も新しいプロダクションで……」
カランカラン♪
P「おや、お客様だ。ようこそ、魔法を売る……」
裕美「やっと会えた! 久しぶり、店長さん!!」
P「……これは夢か」
店長さんは、私の顔を見るなり固まっちゃった。
でも私も寒さで凍って固まっちゃいそう。
話には聞いていたけど、こんなに寒いんだベルホヤンスク。
115 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:45:36.20 ID:bBMqw/ks0
裕美「ここって本当に寒いね。ね、いつだったか話してくれたあれを出してよ。火を噴く魔法の蛇さん」
P「なぜここに!? どうしてここが……どうやってここまで来られたのですか!?」
裕美「あのね、魔法の手鏡に聞いたんだ。鏡よ鏡、鏡さん――魔法を売る店は、今どこにあるの? って。魔法の手鏡は『それはベルホヤンスクです』って教えてくれたけど、私はそれを聞いてもどこだかわからなかったんだ」
P「ならば、どうして……」
裕美「千鶴さんに聞いたんだ。ベルホヤンスクってどこ、って。千鶴さんは勉強家だから知ってたよ。ベルホヤンスクは、人間の住んでいる中で一番寒い町だって」
P「しかしだからといって……」
裕美「うん、場所がわかっても行き方とかわからないし、ロシア語も私はわからないし。だからね」
P「……だから?」
裕美「魔法の手鏡に聞いたんだ。『ベルホヤンスクのロケがあるお仕事とかそういう企画はないの?』って。そうしたらブーブーエスに、十時愛梨ちゃんは世界で一番寒い町でも暑がるのかって企画があるって」
P「もしかして、あなた様は……」
裕美「うん。頼み込んだんだ。愛梨さんに。そのお仕事受けて、それで私も一緒に参加させて、って」
P「なんて無茶を……」
116 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:49:04.99 ID:bBMqw/ks0
裕美「ほたるちゃんや、泰葉さんも一緒にお願いしてくれた。愛梨さんとプロダクションの人に。裕美ちゃんとは友達だけど、ライバルとして戦いたいからって」
P「……」
裕美「それで私は、今ここにいるの。撮影もさっき終わったから、急いで来たんだよ」
P「あなた様が、いかにして再びこの店においでになられたのかはわかりました。しかしながら、もう我々はアイドルとプロデューサーという関係ではないのです。ですから――」
裕美「どうして?」
P「せっかくおいでいただきましても……は?」
裕美「どうしてもう、アイドルとプロデューサーという関係じゃないの?」
店の中が、ざわざわし始めた。
店のみんな、そう魔法の品物たちが私と店長さんのやり取りを、期待を込めて見守っている。
そう、私はひとりじゃない。
117 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:50:43.18 ID:bBMqw/ks0
P「どうして、ではありません。先日ご説明しました通り、私と関裕美様との間に交わされた契約は既に終了しております」
裕美「あのね、店長さん」
P「? はい」
裕美「私はね、店長さんやお店のみんなに会いたかったからここに来たわけじゃないんだよ? あ、えっと会いたかったのはそうなんだけど、一番の目的は……」
P「なんでしょうか?」
裕美「私、クレームをつけに来たの。うん、今日の私はクレーマーなんだから」
店長さんは再び呆気にとられ、店内のざわざわが大きくなる。
みんな、私を見守ってて!
118 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:53:00.21 ID:bBMqw/ks0
P「クレームとは……? 魔法の手鏡に不具合でも?」
裕美「私、契約書をよくよく読んでみたんだ。それで気がついたの、この契約書には瑕疵がありまーす!」
瑕疵って言葉の意味は、実はあんまりわかってないけど、私は精一杯の虚勢を張って、契約書を店長さんに見せる。
119 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:00:32.28 ID:bBMqw/ks0
『魔法を売るプロダクションとその代表である私、魔法を売るプロデューサー(以下甲とする)は、関裕美様(以下丙とする)と、以下のマネジメント契約を取り交わす。
ひとつ、甲は丙に対し魔法の手鏡が正しく機能している事を証明するため、誠心誠意プロデュースに努めるものとする。
ふたつ、具体的には甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと。
みっつ、契約の期間は上記の証明がなされ、かつ丙よる魔法の手鏡の未納代金分の支払い完了をもって終了するものとする』
120 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:01:14.95 ID:bBMqw/ks0
P「これのどこに、瑕疵が?」
裕美「契約書のここ、こう書いてあるでしょ」
121 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:01:54.59 ID:bBMqw/ks0
ふたつ、具体的には甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと。
122 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:02:22.98 ID:bBMqw/ks0
P「……書いてありますね。丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと……そしてあなた様は、トップアイドルになられました。なので次の項目の『上記の証明がなされ』の条件が満たされた事になります」
裕美「それは店長さんの、間違った解釈だと思うな。私は」
P「なんですって?」
裕美「正確に読んで欲しいの。契約書にはこう書いてあるでしょ? 『甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと』」
P「それのどこに違いが……」
私は、魔法の手鏡を取り出した。
お願い、私の――魔法の手鏡。
123 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:02:56.89 ID:bBMqw/ks0
裕美「鏡よ鏡、鏡さん。世界で1番可愛いのはだあれ?」
最初に魔法の鏡さんがしゃべった、全ての始まりになったあの質問を、もう一度私はしてみる。
鏡「それは、関裕美ちゃんです」
あの時と同じ。その返事に、私は安堵する。
そして、店長さんを必死で説明をする。
裕美「契約書には『魔法の手鏡の言う通り』、って書いてあるでしょ? 魔法の手鏡に私が聞いたのは『世界で1番可愛いのは誰?』って質問。そして魔法の手鏡の答えは私、関裕美」
P「確かにそうでした。認めます」
124 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:07:00.48 ID:bBMqw/ks0
裕美「店長さんは、私をトップアイドルにしてくれた。可愛いって証明はしてくれた。でも……でも私、まだ世界で1番じゃない!」
P「あっ!」
裕美「この契約書、まだ有効だと思うの。私の質問の答えとして魔法の鏡の言う通りに、アイドルとして私が世界で1番になるまで!」
魔法を売る店の中は、静まりかえった。
店長さんはまた固まり、お店のみんなは息をのむようにして成り行きを見守ってくれている。
そして、次の瞬間――
P「は」
裕美「?」
125 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:10:24.11 ID:bBMqw/ks0
P「ははははは! あはははははは、ははははははは!! 私とした事が……確かに、関裕美様の仰る通りです。それにしても……ははははははははははははは!!!」
店長さんが。あの店長さんがお腹を抱えて笑い出した。今にも転げ回りそうになりながら、大笑いをしている。
P「こんな……そんな解釈の仕方がありましたか……いや、私は、とんでもない勘違いをしておりました。認めます。関裕美様からのクレームに対し、私とこの魔法を売る店の過失を、契約書の間違った解釈を」
店内はまた、ううん……これまで以上にざわざわしてきた。
裕美「じゃあ……」
私も期待に胸が高まる。
裕美「店長さんは、また私の……」
P「いいえ」
裕美「え……?」
ダメなの?
やっぱりダメなの……?
126 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:12:25.06 ID:bBMqw/ks0
P「店長ではありません」
裕美「え? あ!」
P「私はプロデューサーです。関裕美様」
店長さんが、私にウインクしてくれる。
そしてお店の中は、ひっくり返したような大騒ぎになった。
みんなが飛び出してきて、私に抱きついてくれる。
ジニーさんも、デイジーちゃんとバイオレットちゃん、魔法の白い小鳥さんたち、顔にベールを被ったメデューサさん、その他のみんながみんな私を抱きしめてくれた。
メデューサ「チャンスをモノにしたねっ! よくやったよ、この娘は!」
裕美「うん! 私、手に入れたよ!! 大切なものを!!!」
ジニー「裕美ちゃんならやれると信じてたよっ!」
裕美「ありがとう、ジニーさんの応援のお陰だよ」
ジニー「いいんだっ☆ それに裕美ちゃんと同じぐらい、店長も嬉しいはずだからね」
裕美「そうなの?」
127 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:14:42.41 ID:bBMqw/ks0
P「オッホン! さあさあ、それでは再びこの魔法を売る店を元の位置に戻し、プロダクションに登記し直さねばなりません」
裕美「どうするの?」
P「泣きクジラの背に乗せて運びます」
店長さんがそう言い終わるか終わらないうちに店がグラグラと揺れ出す。
と、窓の外の景色が動き出す。
いや、動いているのは魔法を売る店の方だ。
P「十時愛梨様をはじめ皆様に、連絡を入れておきます。先に帰国することと、関裕美様が再移籍する件を」
裕美「うん。私も改めてお礼に行くね」
P「それにしましても、世界で1番とは大きく出ましたね」
確かに。言われてると、必死だったとはいえ大変な事を言ってしまったものだと自分でも思う。
でも……
128 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:15:44.86 ID:bBMqw/ks0
裕美「だって私には、すごいプロデューサーとすごい仲間がいるんだもん。だから、大丈夫!」
P「ならば始めましょう。またあの、わくわくするような、手応えのある、輝くような日々を」
裕美「うん!!!」
泣きクジラの背に乗って、私たち……私と店長さんと魔法を売る店とその仲間は、日本を目指した。
また始まるんだ――あの、キラキラ輝く日々が。
Fin.
129 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:18:10.57 ID:bBMqw/ks0
以上で終わりです。おつきあいいただきまして、ありがとうございました。
少し早めですが、もうすぐ関裕美ちゃんの誕生日ということで書かせていただきました。
おめでとう、裕美ちゃん。
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/05(日) 21:18:59.41 ID:T0m0xnyT0
乙です
とても良いお話でした
131 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/05(日) 21:24:13.21 ID:xji7Y9UiO
おつおつ
力の入った誕生日SSでした
132 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/05(日) 22:34:40.31 ID:miCllQhrO
ブラボー素晴らしい
133 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/06(月) 17:47:15.08 ID:rsUDwXsoo
乙です
素晴らしいおとぎばなしで引き込まれて一気に読みました
誤字二ヶ所ほど気づいたので一応報告しますね
>>58
係員「はい、そういう事で。始めます先ずは……ええと松白菊ほたるさん」
>>82
P「そりよりも……」
134 :
◆hhWakiPNok
[sage]:2018/08/17(金) 20:57:28.59 ID:91JW4wRV0
はしがきシンデレラ#00参加中
以下はしがき↓
ある日関裕美が訪れたのは、不思議な魔法を売る店。
本物の魔法だとは信じていなかった彼女だが、その店で買った魔法の手鏡が……
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