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関裕美「魔法の手鏡」
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85 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:05:14.09 ID:bBMqw/ks0
日本ゴールドディスク大賞の授賞式の日、みんなが私を送り出してくれた。
ちょっとだけ緊張はしたけど、いつもと同じ。私は、お店にいるつもりで歌って、踊った。
そして、その結果は……
ほたる「裕美ちゃん、おめでとう」
泰葉「やっぱり今年は、裕美ちゃんだったか」
裕美「みんな、ありがとう」
千鶴「私たちも、来年は続くわよ。待っててね」
裕美「うん!」
信じられなかったけど、私は日本ゴールドディスク大賞を受賞した。
これもきっと、みんなのおかげだ。
みんなが協力してくれたから、獲れた賞だ。が
そう、特に……
86 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:11:32.82 ID:bBMqw/ks0
裕美「店長さん! やったよ!! 私、大賞だって!!!」
P「おめでとうございます。私も感動いたしました。すばらしいステージです」
裕美「ほんと? えへへ、みんなも見てくれたかな」
P「……コウモリが伝えてくれました。私同様、みな喜んでおりました」
裕美「よかった。私、それが1番嬉しい。早くみんなに会いたい!」
P「……」
裕美「ね、はやく帰ろうよ。みんなの所へ」
P「それにつきまして、大事なお話があります」
裕美「え? 今?」
P「はい」
店長さんの真剣な顔。
な、なにかな……
……あれ?
87 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:12:45.17 ID:bBMqw/ks0
P「関裕美様は、数多のアイドルの中で大賞を獲得されました」
裕美「うん。全部、店長さんのお陰だよ。あと、お店のみんなと」
P「これで則ち、関裕美様は文字通りトップアイドルになられたわけです」
裕美「まだ実感がないけど……でも私、ちょっと自信がついたよ。店長さんと魔法の鏡が言ってくれた事、ほんとだったって」
P「……そうですか」
まただ。
店長さん、私が「店長さん」って言っても「店長ではなくプロデューサーです」って訂正してくれない。
88 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:15:07.90 ID:bBMqw/ks0
P「それでは、これをもって私と関裕美様の契約も終了ということとなります」
裕美「……え?」
P「魔法の手鏡は、正しかった。今そうお認めになられましたね?」
裕美「それは、そうだけど」
P「あなた様は、やはり可愛かった。たった今、そう証明されたのです」
裕美「待って、ねえ待って!」
P「……そしてこの契約書をご覧ください。こちらの項目にこう書かれております」
89 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:17:20.91 ID:bBMqw/ks0
『魔法を売るプロダクションとその代表である私、魔法を売るプロデューサー(以下甲とする)は、関裕美様(以下丙とする)と、以下のマネジメント契約を取り交わす。
ひとつ、甲は丙に対し魔法の手鏡が正しく機能している事を証明するため、誠心誠意プロデュースに努めるものとする。
ふたつ、具体的には甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと。
みっつ、契約の期間は上記の証明がなされ、かつ丙よる魔法の手鏡の未納代金分の支払い完了をもって終了するものとする』
契約書の内容は、私も覚えている。
いつだったか、店長さんが言ったことをデイジーちゃんとバイオレットちゃんが書いてくれた、あの契約書だ。
90 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:19:10.20 ID:bBMqw/ks0
P「先日、私と魔法を売るプロダクションは、未納であった魔法の手鏡の代金を、関裕美様からお支払いいただきました」
裕美「あっ!」
私は思いだした。
そう、先日の事だ。
私は確かに、店長さんと魔法を売る店に九千円を支払った。
あれは……
91 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:20:29.57 ID:bBMqw/ks0
裕美「魔法の手鏡の、代金だったんだ……」
P「それを明かすわけには参りませんでした。私がそれを話してしまえば関裕美様は、敢えてずっと払わないでいるという選択を第三者からならともかく、当事者である私からの助言で知ってしまう事になるからです」
裕美「店長さんは、いつだってフェアだもんね……」
P「でありますから、本日この時をもちましてこの契約は終了となります。ご理解いただけましたか」
理解はできた。
でも、それじゃあこれから私と店長さんはどうなっちゃうの?
裕美「もう店長さんは、私のプロデューサーじゃないの?」
P「そうなります。が、今後も関裕美様がアイドルは続けられるよう、移籍の手配をしておきました。岡崎泰葉様や松尾千鶴様、白菊ほたる様のおられるプロダクションです。これが私からの、最後のアフターケアとなります」
裕美「そんなの……そんなの嫌だよ。私、そんなの嫌!」
P「……」
裕美「私、店長さんがいい! 魔法を売るプロダクションがいい!! お店のみんなといっしょがいい!!!」
P「最後にもうひとつご説明せねばなりませんが、魔法を売る店は何かひとつ魔法の品を売り代金を受け取るごとに、店の場所が変わります」
92 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:22:04.04 ID:bBMqw/ks0
裕美「え?」
P「魔法はいつでも、同じ場所で手に入るとは限らないのです」
裕美「そ、それって……」
P「次がどこの国のどこの街になるのか、それは私にもわかりません。魔法を売る店は、そういう特別な魔法の品なのです」
裕美「それじゃあ、もうあの場所に魔法を売る店はなくなっちゃうの!?」
P「はい。ですので、これでお別れです。関裕美様、魔法の手鏡のお買い上げありがとうございました」
裕美「嫌! 嫌! 嫌! そんなの嫌!! お別れなんて嫌!!!」
その時だ。店長さんの姿が、少しずつ薄くなってきている事に私は気がついた。
93 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:24:10.02 ID:bBMqw/ks0
P「私という存在もまた、魔法を売る店の品と同様に店に帰属しています。店が移動し始めているのです。私も店と共に行かねばなりません」
裕美「嫌……嫌。そんなの……」
P「さようなら、関裕美様。どうぞお元気で……」
裕美「……プロデューサー!」
P「今や私はプロデューサーではありません。店長です」
裕美「私といて、楽しかった? アイドルのプロデュースって仕方なくやっていたの?」
P「私は……」
最後の言葉を聞くことなく、店長さんは消えてしまった。
その場に崩れ落ちる私の目の前に、その時何かが落ちてきた。
94 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:48:53.67 ID:bBMqw/ks0
裕美「これ……店長さんが持ってた魔神の瓶だ」
瓶のコルクには羊皮紙が張り付けてある。
私は急いで、その羊皮紙を広げた。
『親愛なる仲間、関裕美様。日本ゴールドディスク大賞の受賞、おめでとう。これはみんなからのお祝いの品です。これがみんなであのプロデューサーさんの目を盗んで贈れる、ただひとつの魔法の品。また会える日を楽しみにしています――魔法を売るプロダクションの仲間より』
たったふたつ、魔法の手鏡とこの瓶だけが手に残り、私は一人になった。
そして私は、生まれてから一番たくさんの涙をこの夜に流した。
95 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:53:25.14 ID:bBMqw/ks0
1ヶ月が経った。た。
私はまだ、瓶を開けずにいる。
お店のみんなが贈ってくれたあの瓶には、魔神さんが入っているはずだ。
開ければ私の質問に答えてくれると思う。
そう、どうすればまた魔法を売る店に行けるのか、どうすればまたみんなに会えるのか。
そして一番大切なこと――
どうすればまた、店長さんにプロデュースをしてもらえるのか。
何度か瓶を開け、それを聞こうと思った。
でも、その度にやめた。
それは、自分で自分のことを知ろうと思ったからだ。
そう、今なら私にもよくわかる。
自分で自分のことはわからないもの……いや、わかろうとしていなかった。
だから、新しいプロダクションでがんばってみた。
もしかしたら、私はアイドルそのものが楽しかったんじゃないだろうか。
魔法を売る店は、関係ないのかも知れないと。
だが、それは――間違いだった。
96 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:55:00.22 ID:bBMqw/ks0
移籍したプロダクションは、みんな新設だ。
設備も人員も整っていて、活動もしやすい。
レッスンもしっかりできる。
ただ……
歌っても、誰かが飛び出して一緒に踊ってくれることはない。
踊っても、誰もそれに合わせて歌ってはくれない。
私は……
裕美「やっぱり、魔法を売るプロダクションに……帰りたい……みんなに……会いたいよ――」
泰葉「……その方がいいよ」
97 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:56:36.14 ID:bBMqw/ks0
裕美「あ、泰葉さ……」
泰葉「一緒にアイドルできるのも楽しいけど、やっぱり裕美ちゃんはあのプロダクションじゃなきゃ」
ほたる「そうです……裕美ちゃんが一番輝くのは……」
千鶴「あのプロダクションとプロデューサーさんだもんね!」
みんなに言われ、私は決心した。
急いで家に帰り、あの魔人さんの瓶を取り出す。
私は瓶のコルクを抜いた。
と、次の瞬間にいつかと同じようにもくもくと煙が中から湧きだし、魔神さんの顔になった。
98 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:57:46.18 ID:bBMqw/ks0
魔神「時は至れり」
裕美「え?」
魔神「契約の時は来た。ついに我は自由の身となった」
ど、どういうこと? 魔神さんは、コルクを抜いた人の質問に答えてくれるんじゃないの?
魔神「そうではない」
裕美「そうでは……って、え?」
魔神「聞かれる前に答えておこう。貴様の認識は間違っている。我はあの店長と個人的な契約を結んでいた」
裕美「契約?」
魔神「我は魔法的なもの、及びそうでないものの法や契約の専門家だ。古来よりすべての法や契約に通じている」
裕美「そっか。それで店長さんは、アイドルのなり方を魔神さんに聞いたんだ」
魔神「左様。法規的な手続きを我に問いただしたのだ」
裕美「じゃあ私の質問には答えてくれないの?」
魔神「ふうむ」
魔神さんは、私の顔をまじまじとのぞき込む。ちょ、ちょっと恥ずかしいな。
99 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 19:58:55.27 ID:bBMqw/ks0
魔神「貴様の問いには答えられぬ。そしてなにより、我は貴様と契約してはおらぬ」
裕美「じゃあ店長さんが聞いたら、答えてくれるの」
魔神「今やそれも叶わぬ。なぜなら契約の時はきたからだ。我とあの店長は、両者以外の誰かがコルクを抜くまで我が店長に使役するという契約を結んでおった」
裕美「それってなんのために?」
魔神「代わりの報酬として、快適な住処を用意してもらう為。魔法のランプだ」
裕美「魔法のランプ……」
魔神「魔神にとって、魔法のランプは快適な住まいだ。最高のランプの報酬として、我は店長と契約を交わした。そして今日この時、我は自由を得た」
魔神さんがそう言うと、どこからかランプが飛んできた。
魔神「約束通り、これは我のもの。では、さらばだ。可愛らしい人間の娘よ」
煙がどんどんとランプの中に入っていく。私はあわてて叫んだ。
裕美「待って!」
魔神「なんだ?」
100 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:01:03.37 ID:bBMqw/ks0
裕美「私の質問に答えて!」
魔神「貴様の質問には答えられぬ。それは我の専門外であるからだ。そして答える義理もない」
裕美「そんなの……冷たいよ。そうじゃない?」
魔神「なんだと?」
裕美「だってコルクを抜いたのは、私だよ? それで自由になれたのなら、ちょっとぐらい義理とか恩を感じてくれてもいいんじゃないの?」
一瞬あっけにとられたような顔をした魔神さんは、次の瞬間に笑いだした。
魔神「我をおそれもせず、そのような事を言う人間は珍しい。だが……」
裕美「だめ?」
魔神「我は法と契約の専門家。それ以外の質問には答えられぬ。しかし、確かに貴様の言うように多少の義理や恩は感じてしかるべきやも知れぬな」
裕美「本当に? ありがとう!」
魔神「貴様に法と契約の専門家として、アドバイスをやろう。契約を交わした際は、その契約をよくよく見るがいい」
裕美「え?」
101 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:02:39.25 ID:bBMqw/ks0
魔神「完璧な人間などいないように、完璧な契約や法というものは存在しない。必ずどこかに瑕疵がある」
裕美「えっと、そういうことじゃなくて、私が聞きたいのは……」
魔神「法や契約とは道路ではない。行き止まりの袋小路などないのだ」
裕美「あの、私の話を聞いて」
魔神「必ず抜け道はある」
裕美「あのね!」
魔神「ただし……!」
裕美「え?」
魔神「抜け道とは、歩いている者だけに役に立つ……決して立ち止まるな。立ち止まらない限り、抜け道はある――では、さらばだ」
裕美「ま、待って! そういうのじゃなくて、私が聞きたいのは……ねえ、魔神さん!? 待ってよ!!」
ランプの中に煙がすべて収まると、ランプは窓から外へ飛んで行ってしまった!
どうしよう……あの魔神さんが、最後の希望だったのに……
102 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:03:29.80 ID:bBMqw/ks0
途方に暮れて私は、ランプが飛んでいった空を見上げる。
どうにかしてもう一度、魔法を売る店に行き店長さんに会う。会ってまたプロデュースをしてもらう。その望みは絶たれてしまった。
夜空の月が、とても綺麗に光っている。
裕美「そういえばジニーさん。私の衣装にだいぶ絨毯を使ってくれてたけど、今頃あの月の光で絨毯は元に戻っているかな……」
そのジニーさんが最後に贈ってくれた魔神さんの小瓶も、結局私は役に立てる事は出来なかった。
魔神さん……最後になんて言ってたっけ。
確か……
103 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:05:24.05 ID:bBMqw/ks0
魔神「法や契約とは道路ではない。行き止まりの袋小路などないのだ」
魔神「必ず抜け道はある」
104 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:07:00.20 ID:bBMqw/ks0
裕美「だっけ。抜け道……?」
抜け道……抜け道ってなんの事だろう。
そもそも魔神さんは、私の質問についてじゃなくて、何について話してくれたんだっけ。
105 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:23:11.80 ID:bBMqw/ks0
魔神「抜け道とは、歩いている者だけに役に立つ……決して立ち止まるな。立ち止まらない限り、抜け道はある――」
106 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:25:41.70 ID:bBMqw/ks0
裕美「そんなこと言われても、もうどうしようもないよ……魔法を売る店と店長さんが今どこにいるのか、どうすれば会えるのかも難しい問題だけど、そもそも会えたとしてどうすればまた私のプロダクションとプロデューサーさんになってもらえるのか……」
もう、無理……なのかな。
107 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:27:10.26 ID:bBMqw/ks0
魔神「抜け道とは、歩いている者だけに役に立つ……決して立ち止まるな。立ち止まらない限り、抜け道はある――」
108 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:28:22.89 ID:bBMqw/ks0
裕美「……」
そうだ。あきらめたらもう終わり、でも歩き続ければ道はあるのかも知れないんだ。
私は、契約書を引き出しから取り出す。
店長さんと契約を交わした日から、しまったままの契約書を。
魔神さんの言う通り、よくよく読んでみよう。
109 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:30:22.97 ID:bBMqw/ks0
『魔法を売るプロダクションとその代表である私、魔法を売るプロデューサー(以下甲とする)は、関裕美様(以下丙とする)と、以下のマネジメント契約を取り交わす。
ひとつ、甲は丙に対し魔法の手鏡が正しく機能している事を証明するため、誠心誠意プロデュースに努めるものとする。
ふたつ、具体的には甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと。
みっつ、契約の期間は上記の証明がなされ、かつ丙よる魔法の手鏡の未納代金分の支払い完了をもって終了するものとする』
110 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:32:07.19 ID:bBMqw/ks0
1回だけじゃなく、私は何度も契約書を読み返した。
そうして7回目に契約書を読み直した時だ。
裕美「……あ!」
その瞬間、月が輝いた気がした。
暗い夜の空の中に、光る道が見えた。
魔神さんの言う通りかも知れない。
瑕疵のない契約はない。
私は――道を見つけた!
急いで魔法の手鏡を取り出す。
裕美「鏡よ鏡、鏡さん――」
111 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:35:46.29 ID:bBMqw/ks0
〜北緯67度32分45秒東経133度23分13秒〜
――ロシア連邦サハ共和国ベルホヤンスク――
P「今日も雪……ですか。昼でも日は昇らないし、相変わらずお客様の来店もなく、当分この地にいることになりそうですね」
ジニー「魔法の温度計を見てくださいよっ! 室内なのにマイナス10度ですよ」
P「外はマイナス40度だからな。これでもまだ、暖かい方だ。それよりもジニー、なぜ呼ばれてもいないのに出てきている?」
ジニー「ほら、あの歌で」
P「魔法の白い小鳥……そのDVDをかけては、一緒に歌うのが日課になっていますね」
ジニー「みんな裕美ちゃんの歌が大好きなんですよっ☆」
P「……」
112 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:37:33.36 ID:bBMqw/ks0
ジニー「店長もでしょ?」
P「素晴らしい歌声だと思います」
ジニー「……ねえ」
P「なりません」
ジニー「アタシ、まだなんにも言ってませんけど?」
P「関裕美様との契約は終わったのです。魔法の手鏡も完全に購入され、あの方とこの店を結びつけるものは今や何もありません。何も、そう何も……」
ジニー「でも」
P「あんな可愛い方と、共に歌い、踊り、その活躍を目の当たりにし、力を合わせ共に活動することは楽しかったかも知れません。しかし、我々はもう関係のない部外者なのです」
ジニー「……それは、誰に向かって言ってるんですか?」
P「……なに?」
ジニー「アタシは、店長のひいお爺さんの時代からこのお店にいます。店長が生まれる前からですよっ!」
P「それがどうしたというのです」
113 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:39:41.46 ID:bBMqw/ks0
ジニー「店長は、先代の店長から教えられた仕事を完璧にこなしてますよ。今までのどの店長よりも。でも……」
P「……でも?」
ジニー「アタシ、店長が楽しそうに仕事をしている所、見たことありません。いつも礼儀正しいけれど、笑ったことなんてないでしょっ?」
P「仕事とは、そういうものです」
ジニー「でも、裕美ちゃんをプロデュースしてる時は違った」
P「……」
ジニー「裕美ちゃんと話している時や、その活躍を見守っている時……ううん、裕美ちゃんをどうトップアイドルにしようか、それを考えている時だって店長は楽しそうに、笑っていましたよっ!」
P「笑った? 私が?」
ジニー「店長は、見つけたんですよっ! 本当に楽しい、自分にとっての天職を。やりがいのある、そしてあなたがやるべき仕事をっ!!」
P「……」
ジニー「……」
P「自分で自分の事は、わからないものです……か」
114 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:41:37.28 ID:bBMqw/ks0
ジニー「店のみんなは、わかってますよっ☆ 店長は裕美ちゃんのプロデューサーに戻るべきだ、って。それにみんな、裕美ちゃんも店長も大好きなんですから」
P「……もう、遅いのです。それに今頃、関裕美様も新しいプロダクションで……」
カランカラン♪
P「おや、お客様だ。ようこそ、魔法を売る……」
裕美「やっと会えた! 久しぶり、店長さん!!」
P「……これは夢か」
店長さんは、私の顔を見るなり固まっちゃった。
でも私も寒さで凍って固まっちゃいそう。
話には聞いていたけど、こんなに寒いんだベルホヤンスク。
115 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:45:36.20 ID:bBMqw/ks0
裕美「ここって本当に寒いね。ね、いつだったか話してくれたあれを出してよ。火を噴く魔法の蛇さん」
P「なぜここに!? どうしてここが……どうやってここまで来られたのですか!?」
裕美「あのね、魔法の手鏡に聞いたんだ。鏡よ鏡、鏡さん――魔法を売る店は、今どこにあるの? って。魔法の手鏡は『それはベルホヤンスクです』って教えてくれたけど、私はそれを聞いてもどこだかわからなかったんだ」
P「ならば、どうして……」
裕美「千鶴さんに聞いたんだ。ベルホヤンスクってどこ、って。千鶴さんは勉強家だから知ってたよ。ベルホヤンスクは、人間の住んでいる中で一番寒い町だって」
P「しかしだからといって……」
裕美「うん、場所がわかっても行き方とかわからないし、ロシア語も私はわからないし。だからね」
P「……だから?」
裕美「魔法の手鏡に聞いたんだ。『ベルホヤンスクのロケがあるお仕事とかそういう企画はないの?』って。そうしたらブーブーエスに、十時愛梨ちゃんは世界で一番寒い町でも暑がるのかって企画があるって」
P「もしかして、あなた様は……」
裕美「うん。頼み込んだんだ。愛梨さんに。そのお仕事受けて、それで私も一緒に参加させて、って」
P「なんて無茶を……」
116 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:49:04.99 ID:bBMqw/ks0
裕美「ほたるちゃんや、泰葉さんも一緒にお願いしてくれた。愛梨さんとプロダクションの人に。裕美ちゃんとは友達だけど、ライバルとして戦いたいからって」
P「……」
裕美「それで私は、今ここにいるの。撮影もさっき終わったから、急いで来たんだよ」
P「あなた様が、いかにして再びこの店においでになられたのかはわかりました。しかしながら、もう我々はアイドルとプロデューサーという関係ではないのです。ですから――」
裕美「どうして?」
P「せっかくおいでいただきましても……は?」
裕美「どうしてもう、アイドルとプロデューサーという関係じゃないの?」
店の中が、ざわざわし始めた。
店のみんな、そう魔法の品物たちが私と店長さんのやり取りを、期待を込めて見守っている。
そう、私はひとりじゃない。
117 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:50:43.18 ID:bBMqw/ks0
P「どうして、ではありません。先日ご説明しました通り、私と関裕美様との間に交わされた契約は既に終了しております」
裕美「あのね、店長さん」
P「? はい」
裕美「私はね、店長さんやお店のみんなに会いたかったからここに来たわけじゃないんだよ? あ、えっと会いたかったのはそうなんだけど、一番の目的は……」
P「なんでしょうか?」
裕美「私、クレームをつけに来たの。うん、今日の私はクレーマーなんだから」
店長さんは再び呆気にとられ、店内のざわざわが大きくなる。
みんな、私を見守ってて!
118 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 20:53:00.21 ID:bBMqw/ks0
P「クレームとは……? 魔法の手鏡に不具合でも?」
裕美「私、契約書をよくよく読んでみたんだ。それで気がついたの、この契約書には瑕疵がありまーす!」
瑕疵って言葉の意味は、実はあんまりわかってないけど、私は精一杯の虚勢を張って、契約書を店長さんに見せる。
119 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:00:32.28 ID:bBMqw/ks0
『魔法を売るプロダクションとその代表である私、魔法を売るプロデューサー(以下甲とする)は、関裕美様(以下丙とする)と、以下のマネジメント契約を取り交わす。
ひとつ、甲は丙に対し魔法の手鏡が正しく機能している事を証明するため、誠心誠意プロデュースに努めるものとする。
ふたつ、具体的には甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと。
みっつ、契約の期間は上記の証明がなされ、かつ丙よる魔法の手鏡の未納代金分の支払い完了をもって終了するものとする』
120 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:01:14.95 ID:bBMqw/ks0
P「これのどこに、瑕疵が?」
裕美「契約書のここ、こう書いてあるでしょ」
121 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:01:54.59 ID:bBMqw/ks0
ふたつ、具体的には甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと。
122 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:02:22.98 ID:bBMqw/ks0
P「……書いてありますね。丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと……そしてあなた様は、トップアイドルになられました。なので次の項目の『上記の証明がなされ』の条件が満たされた事になります」
裕美「それは店長さんの、間違った解釈だと思うな。私は」
P「なんですって?」
裕美「正確に読んで欲しいの。契約書にはこう書いてあるでしょ? 『甲と丙は魔法の手鏡の言うとおり丙が可愛い事を証明する為トップアイドルを目指すこと』」
P「それのどこに違いが……」
私は、魔法の手鏡を取り出した。
お願い、私の――魔法の手鏡。
123 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:02:56.89 ID:bBMqw/ks0
裕美「鏡よ鏡、鏡さん。世界で1番可愛いのはだあれ?」
最初に魔法の鏡さんがしゃべった、全ての始まりになったあの質問を、もう一度私はしてみる。
鏡「それは、関裕美ちゃんです」
あの時と同じ。その返事に、私は安堵する。
そして、店長さんを必死で説明をする。
裕美「契約書には『魔法の手鏡の言う通り』、って書いてあるでしょ? 魔法の手鏡に私が聞いたのは『世界で1番可愛いのは誰?』って質問。そして魔法の手鏡の答えは私、関裕美」
P「確かにそうでした。認めます」
124 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:07:00.48 ID:bBMqw/ks0
裕美「店長さんは、私をトップアイドルにしてくれた。可愛いって証明はしてくれた。でも……でも私、まだ世界で1番じゃない!」
P「あっ!」
裕美「この契約書、まだ有効だと思うの。私の質問の答えとして魔法の鏡の言う通りに、アイドルとして私が世界で1番になるまで!」
魔法を売る店の中は、静まりかえった。
店長さんはまた固まり、お店のみんなは息をのむようにして成り行きを見守ってくれている。
そして、次の瞬間――
P「は」
裕美「?」
125 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:10:24.11 ID:bBMqw/ks0
P「ははははは! あはははははは、ははははははは!! 私とした事が……確かに、関裕美様の仰る通りです。それにしても……ははははははははははははは!!!」
店長さんが。あの店長さんがお腹を抱えて笑い出した。今にも転げ回りそうになりながら、大笑いをしている。
P「こんな……そんな解釈の仕方がありましたか……いや、私は、とんでもない勘違いをしておりました。認めます。関裕美様からのクレームに対し、私とこの魔法を売る店の過失を、契約書の間違った解釈を」
店内はまた、ううん……これまで以上にざわざわしてきた。
裕美「じゃあ……」
私も期待に胸が高まる。
裕美「店長さんは、また私の……」
P「いいえ」
裕美「え……?」
ダメなの?
やっぱりダメなの……?
126 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:12:25.06 ID:bBMqw/ks0
P「店長ではありません」
裕美「え? あ!」
P「私はプロデューサーです。関裕美様」
店長さんが、私にウインクしてくれる。
そしてお店の中は、ひっくり返したような大騒ぎになった。
みんなが飛び出してきて、私に抱きついてくれる。
ジニーさんも、デイジーちゃんとバイオレットちゃん、魔法の白い小鳥さんたち、顔にベールを被ったメデューサさん、その他のみんながみんな私を抱きしめてくれた。
メデューサ「チャンスをモノにしたねっ! よくやったよ、この娘は!」
裕美「うん! 私、手に入れたよ!! 大切なものを!!!」
ジニー「裕美ちゃんならやれると信じてたよっ!」
裕美「ありがとう、ジニーさんの応援のお陰だよ」
ジニー「いいんだっ☆ それに裕美ちゃんと同じぐらい、店長も嬉しいはずだからね」
裕美「そうなの?」
127 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:14:42.41 ID:bBMqw/ks0
P「オッホン! さあさあ、それでは再びこの魔法を売る店を元の位置に戻し、プロダクションに登記し直さねばなりません」
裕美「どうするの?」
P「泣きクジラの背に乗せて運びます」
店長さんがそう言い終わるか終わらないうちに店がグラグラと揺れ出す。
と、窓の外の景色が動き出す。
いや、動いているのは魔法を売る店の方だ。
P「十時愛梨様をはじめ皆様に、連絡を入れておきます。先に帰国することと、関裕美様が再移籍する件を」
裕美「うん。私も改めてお礼に行くね」
P「それにしましても、世界で1番とは大きく出ましたね」
確かに。言われてると、必死だったとはいえ大変な事を言ってしまったものだと自分でも思う。
でも……
128 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:15:44.86 ID:bBMqw/ks0
裕美「だって私には、すごいプロデューサーとすごい仲間がいるんだもん。だから、大丈夫!」
P「ならば始めましょう。またあの、わくわくするような、手応えのある、輝くような日々を」
裕美「うん!!!」
泣きクジラの背に乗って、私たち……私と店長さんと魔法を売る店とその仲間は、日本を目指した。
また始まるんだ――あの、キラキラ輝く日々が。
Fin.
129 :
◆hhWakiPNok
[saga]:2018/08/05(日) 21:18:10.57 ID:bBMqw/ks0
以上で終わりです。おつきあいいただきまして、ありがとうございました。
少し早めですが、もうすぐ関裕美ちゃんの誕生日ということで書かせていただきました。
おめでとう、裕美ちゃん。
130 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/05(日) 21:18:59.41 ID:T0m0xnyT0
乙です
とても良いお話でした
131 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/05(日) 21:24:13.21 ID:xji7Y9UiO
おつおつ
力の入った誕生日SSでした
132 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/05(日) 22:34:40.31 ID:miCllQhrO
ブラボー素晴らしい
133 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/06(月) 17:47:15.08 ID:rsUDwXsoo
乙です
素晴らしいおとぎばなしで引き込まれて一気に読みました
誤字二ヶ所ほど気づいたので一応報告しますね
>>58
係員「はい、そういう事で。始めます先ずは……ええと松白菊ほたるさん」
>>82
P「そりよりも……」
134 :
◆hhWakiPNok
[sage]:2018/08/17(金) 20:57:28.59 ID:91JW4wRV0
はしがきシンデレラ#00参加中
以下はしがき↓
ある日関裕美が訪れたのは、不思議な魔法を売る店。
本物の魔法だとは信じていなかった彼女だが、その店で買った魔法の手鏡が……
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