球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」

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740 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:22:11.63 ID:bYTKMj840


「名残惜しいが……」

「……そろそろ始めるクマか」


清らかに対照した二人は、すう、と優しく息を吸い込む。

そして二人は、心の中の燈火を凛と鮮やかに燃やした。

741 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:23:33.15 ID:bYTKMj840



「……行くぞっ!!」

「……望む所だクマっ!!」


742 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:24:54.54 ID:bYTKMj840



誰も知らない世界の中心で。

後の世の誰もが知りえぬ場所で。


――――二発の砲弾音が水界に響き渡り、黎明を迎える鐘の音を轟かせた。


743 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:27:40.91 ID:bYTKMj840


時交えず、二人は砲雷撃の篠突く雨をお互いに降らせた。

魚雷の波浪、副砲の豪雨、主砲の迅雷。

暁闇の月下、緩急を付け、雷雨を潜り、二人はお互いの弾幕を躱していく。

ステップを踏み、身体を回転させ、海風を切り裂いて滑り、鉄弾を躱していった。

744 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:28:53.25 ID:bYTKMj840



――――二本の平行線を描く様に飛沫を上げる二人は、同航戦のまま撃ち、相見える。


745 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:30:06.92 ID:bYTKMj840


着弾した水面には、波紋が広がる。

二人は響く波紋の間隔を感じながら、神経を研ぎ澄ました。

水界線上を玉彩絢爛たる閃光が揺らめく。

746 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:33:03.16 ID:bYTKMj840



――――二人は仲を裂く様に左右へと移動方向を切り替え、同航戦から反航戦に移行する。


747 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:35:33.86 ID:bYTKMj840


二人は寸秒に一度のペースで、繰り返し、繰り返し、水面を鮮麗な火花で彩った。

鮮やかに海面を彩る火花、その一滴一滴が煌めき、一瞬を生きた大輪の花火の様に、海の暗闇と空の白明に溶けて沈んで行った。

決して潮流に遡行せず、流れの儘、二人は華奢でしなやかな身体を揺り動かした。

748 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:36:40.12 ID:bYTKMj840



――――二人は呼吸を合わせ、合わせ鏡の様に、丁字での優位を得る為に踊った。


749 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:38:21.12 ID:bYTKMj840


月下に咲く花火の下、円舞曲を踊る様に、水界の舞台をくるくると踊った。

驚くほど親密で、そして驚くほど悠遠の距離を二人は踊った。

退廃と混沌の海を、秩序づける様に、二人は規則的に舞った。

海世界で二人は踊り、唯、命を燃やしていた。

750 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:39:07.73 ID:bYTKMj840



――――そして二人は、お互いの海世界を、己が極彩色で塗り潰していった。


751 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:40:07.62 ID:bYTKMj840



お互いの長い髪が靡き、掠め、着弾点誤差数ミリの攻防戦が展開される。


752 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:41:52.78 ID:bYTKMj840


「左舷斉射クマっ!!」

「甘いっ!!」


軍艦・球磨は、砲撃を避ける為、外套をその華奢な身に絡ませ、拍子良く中空へと身体を舞わせた。

753 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:44:52.45 ID:bYTKMj840


「食らえっ!!」

「させるかクマっ!!」


艦娘・球磨は、雷撃を避ける為、己が身をしなやかなに反らせ、水切って魚雷を飛び跳ねた。

754 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:46:15.71 ID:bYTKMj840


「ぐぅ……!」

「くっ……!」


丁字有利を互いに取れぬ儘、二人は反航戦へと戻る。

755 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:47:53.51 ID:bYTKMj840


二人は、擦れ違い様、砲撃及び雷撃の嵐を起こした。

二人は、水柱と魚雷の間を縫う様にすり抜け、お互いの側面を通過した。

756 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:49:06.20 ID:bYTKMj840



お互い身体を反転させ、二人は同航戦へと移行。


――――そして再び、お互いが正対した。


757 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:50:26.46 ID:bYTKMj840



その二人の距離は、自身の攻撃を絶対に外さないであろう、超近距離であった。


758 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:51:47.18 ID:bYTKMj840



「魚雷発射っ!!」

「魚雷発射クマっ!!」


その距離の儘、刹那、二人の号令が交わり。


759 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:52:49.14 ID:bYTKMj840



「避けられるものなら……!!」

「……避けてみろクマっ!!」


――――二人は、手投げと脚艤装の魚雷を、全て発射した。


760 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:54:03.01 ID:bYTKMj840



――――そして辺り一面に氷柱が降り注ぎ、その鋭利さ故、二人は身を裂き、紅血を散らせた。


761 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:56:33.08 ID:bYTKMj840


 ……………………………… 


「はぁ……はぁ……」


痛みに耐え、呼吸を洩らす二人。

お互いの視線が静かに絡む一瞬。

二人には、その一瞬が永遠とも思えた。

762 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/27(日) 23:58:16.60 ID:bYTKMj840



先瞬、お互い捨て身の雷撃を浴びた、軍艦・球磨と艦娘・球磨は、大破していた。


763 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:00:04.98 ID:ybY1IxA60


「ふぅ……ふぅ……」


二人はお互いを見据え、絶え絶えに白銀の息を漏らし、寒冷の海に凍らせていた。

二人はお互いを見据え、主砲塔と魚雷兵装を静かに確認した。

764 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:00:39.05 ID:ybY1IxA60



――これで撃ち止めか。


765 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:03:14.00 ID:ybY1IxA60


既に二人の主砲塔は折れ、魚雷は尽きた。

以前の時とは違い、お互いの主砲と魚雷が死んだ状態である。


艦娘と深海棲艦、その主武装たる主砲と魚雷が使えない以上、両者が矛を交えられる筈も無かった。


これ以上は、もう戦えない。

766 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:04:19.19 ID:ybY1IxA60



――だが、それが何だって言うんだ?


767 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:07:24.42 ID:ybY1IxA60


「なめるなぁあああ!!」

「なめるなクマぁあああ!!」


軍艦・球磨は右脚艤装の出力を上げ、もう一人の自分の頭を捉えた右回し蹴りを放った。

艦娘・球磨は咄嗟に左腕で頭を覆い、前のめりになって右回し蹴りを防御し、そのまま肘を立て、もう一人の自分の懐へと突っ込み、かち上げる様に顎を捉えた肘打ちを叩き込むと、続けて右掌底打ちを放つ。

軍艦・球磨は瞬時に左脚で海面を蹴り、もう一人の自分の肘打ちを回避し、更に後ろに下がりながら、右ストレートを放つ。

刹那、軍艦・球磨の右ストレートと艦娘・球磨の右掌底打ちが左右で交差し、お互いの顎を掠め、空を切った。

768 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:09:55.94 ID:ybY1IxA60



――――もう二人が武器と言えるモノは、脚に装備した艤装と己の拳のみだった。


769 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:11:25.67 ID:ybY1IxA60


「何故だクマっ!? お前は誰かを護り、そしてその先の平和を願う想いを乗せて、戦っていた筈だクマ!」


艦娘・球磨はもう一人の自分に対して、言葉をぶつけた。

770 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:15:51.15 ID:ybY1IxA60


「そんなお前が、どうしてこの国の平和を乱そうとするクマかっ!?」


艦娘・球磨は、脚艤装の出力を上げ、後ろに下がったもう一人の自分へと肉薄し、追撃の右掌底を放つ。

軍艦・球磨は、もう一人の自分の右掌底を左手で払い除け、そのまま右下段蹴りを叩き込む。

艦娘・球磨は、もう一人の自分の脚を掬い上げる様に左手を振い、蹴り脚をずらす事により、攻撃を回避した。

771 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:19:40.24 ID:ybY1IxA60


「ふざけるなぁあああ!!」


軍艦・球磨は、もう一人の自分に対して、右ストレートを放った。

艦娘・球磨は、左手で円を作る様な軌道を描き、もう一人の自分の右ストレートを散らし、ガードが空いたもう一人の自分の顎に掌底打ちを叩き込む為、腕を振るう。

軍艦・球磨は、飛んできた掌底打ちの方向へと右肩を入れ、もう一人の掌底打ちを潜る様に、避けた。

772 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:24:41.41 ID:ybY1IxA60


「誰かを護る為にその身を捧げたあの人達の想いを否定して、何が平和だっ!?」


軍艦・球磨は、右、左、右と続け様に、もう一人の自分へと拳を打ち込む。

艦娘・球磨は、一発目、二発目を左手で払い、そして三発目を払うと、拳を引くタイミングを狙い、踏み込み、もう一人の自分の右手を両手で掴み、捻って、海面へと叩きつけようとする。

軍艦・球磨は、倒される一瞬、掴まれた手を軸に、弧を描く様に空中へと身体を投げ出し、側宙でもう一人の自分の拘束から逃れた。

773 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:26:17.72 ID:ybY1IxA60


「あの人達の想いを踏み躙り、蔑ろにしてまで得た平和に、一体何の価値があるんだっ!?」


軍艦・球磨はもう一人の自分に対して、言葉をぶつけた。

774 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:27:55.66 ID:ybY1IxA60


「まるで腫物を扱う様に、私たちの戦いの時代を、闇に葬ろうとした人間が何人居たっ!?」


軍艦・球磨は、ぽろぽろと清らかな涙を零しながら、もう一人の自分へと想いをぶつけた。

775 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:29:10.23 ID:ybY1IxA60


「あの人達が行った戦いを、あの人達の想いを利用しようとした政治家や活動家が何人居たっ!?」


軍艦・球磨は美しく泣きながら、もう一人の自分へと想いをぶつけた。

776 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:30:24.35 ID:ybY1IxA60



「私たち深海棲艦とお前ら艦娘が現れるまで、大戦の事なんて過去の話だと見向きもしなかった人間が何人居たっ!? 言ってみろっ!!」


777 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:33:16.36 ID:ybY1IxA60


――――正義と悪、善悪正邪、勧善懲悪。


そんな二項対立構造では決して言い表せない、理論思考や政治的概念さえも超越した、荒々しくも温かく、粘着ながらも清らかな想いのぶつかり合いが其処にはあった。

過去から引き継がれた想い、現在から引き継がれた想いのぶつかり合いが唯、其処にはあった。

778 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:35:51.09 ID:ybY1IxA60


「アイツらは、あの人達の想いを否定したっ!!」


軍艦・球磨は、過去の想いを乗せ、駆ける、避ける、そして、拳を振るう。


「分かるかお前にっ!! 私に想いを託し、私と運命を共にした、あの人達の悲しみがっ!! 存在理由を否定された、私自身の恐怖と苦しみがっ!!」


艦娘・球磨は、その想いに応えるべく、現在の想いを乗せ、駆ける、避ける、そして、拳を振るう。

779 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:37:14.01 ID:ybY1IxA60



既にこの戦いは「体」の優劣の戦いでも、ましてや「技」の習熟度の戦いでもなかった。


どちらの「想い」が強いかという、「心」の戦いであった。


780 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:38:39.27 ID:ybY1IxA60


刹那、軍艦・球磨の放った右フックが、艦娘・球磨のこめかみを捉えた。

咄嗟に腕を上げて艦娘・球磨は攻撃を防御したが、その衝撃はガード越しからでも計り知れず。

艦娘・球磨の視界を白く染め、そしてよろめいた。

781 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:40:12.81 ID:ybY1IxA60


「……分かるクマ」


それでもなお、艦娘・球磨はもう一人の自分の蒼玉石の瞳を見据え続けた。

艦娘・球磨は、ぶらんと腕を下げ、構えを解いた。

それを見た軍艦・球磨は、思わず攻撃の手を止め、後ろに飛び退いた。

782 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:41:50.56 ID:ybY1IxA60


「お前は『球磨』自身だ」


艦娘・球磨は、もう一人の自分の言葉を優しく受け止めた。

すう、と一粒の温かな涙を落としながら、もう一人の自分へと囁いた。


「だから、もういいんだクマ」


艦娘・球磨は慈愛の笑みを浮かべ、もう一人の自分へと赦しの祈りを捧げた。

783 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:43:57.53 ID:ybY1IxA60


艦娘・球磨は知っていた。

もう一人の自分、軍艦・球磨が何故、この様な凶行に走ったのか。


「この世界は冷徹だクマ。他人の想いなんて、これっぽっちも気に留めない無情の輩が蔓延っている世界だクマ。そうした想いを否定する人間が多数を占める世界だクマ」


それでもなお、艦娘・球磨は敢えて問いを投げかけた。

784 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:45:23.99 ID:ybY1IxA60


「だけど……過去の想いを語り、未来へと受け継ぐ人間も中には居るクマ」


もう一人の自分がどれだけ世界に対して絶望していたのか。

どれだけ一人で苦しんできたのか。

どんな信念で戦ってきたのか。

785 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:46:44.33 ID:ybY1IxA60


「そして……その想いを引き継ぐ人間も中には居るクマ」


その想いを直接、その口から聞いておきたかったからだ。

786 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:47:44.32 ID:ybY1IxA60


「お前の悲しみは全て……お前自身である球磨が引き継ぐクマ。だからもう、その責任を下ろすクマ」

「……!」


その言葉に、軍艦・球磨の心が微かに揺らいだ。

787 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:49:25.43 ID:ybY1IxA60



そして琥珀石に燃える瞳で、軍艦・球磨を見据え。


「それで球磨は、『球磨』自身を……救ってみせるクマぁあああ!!」


――――艦娘・球磨は、手をぶらりと下げた儘、脚艤装から黒煙と火花を噴き上げ、爆発的に加速した。


788 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:50:42.82 ID:ybY1IxA60



「……やってみろぉおおお!!」


軍艦・球磨は、迎え撃つべく渾身の右ストレートを、神速で接近するもう一人の自分へと放った。


789 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:52:54.44 ID:ybY1IxA60


軍艦・球磨の拳が当たるその一瞬、艦娘・球磨は膝を沈め、身体を横に捻り、もう一人の自分の腕を潜り、皮一枚でその拳を躱した。

極力の一撃を潜り抜けた艦娘・球磨は、脱力からの一瞬、軍艦・球磨の胸元へと、引き付けられる様に腕を伸ばす。

そうして艦娘・球磨は、掌が触れる一弾指、腕を捻り、腰を返した。

790 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:53:57.53 ID:ybY1IxA60



――――刹那、軍艦・球磨の胸元に、主砲を撃ち込まれた様な衝撃が走った。


791 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:56:11.80 ID:ybY1IxA60


それは、爆発的な力の転換、艤装の最大出力による踏み込み、技の発動タイミング、その全てが合わさった、艦娘・球磨の掌底突きだった。


そして直撃弾を喰らった様な衝撃を受けた軍艦・球磨。

792 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:57:12.80 ID:ybY1IxA60



――――その衝撃は、軍艦・球磨の身体を、軽々と空中へと舞わせる程であった。


793 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:58:30.22 ID:ybY1IxA60


直後、太陽柱が水平線に浮き上がり、辺り一面、東の空から輝く暁光に包まれた。

そうして、二人の影は橙色に滲み溶け、混ざり合った。

794 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:59:21.46 ID:ybY1IxA60


日出る海空にその身を優しく抱かれた軍艦・球磨。

意識が遠のく寸前、その軍艦・球磨の脳裏に浮かんだのは。

795 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 00:59:52.77 ID:ybY1IxA60



『――大佐だ。よろしく頼むよ、球磨』


――――在りし日の提督の笑顔であった。


796 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:00:44.86 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


『球磨』


軍艦・球磨は、懐かしい声を聴いた気がした。

797 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:01:58.01 ID:ybY1IxA60


『すまなかった。私の身勝手な約束のせいで、貴様には随分と面倒を掛けた』


一面に輝く白銀の光の中。


『もう約束に縛られて苦しまなくていい』


鮮やかに蘇る記憶の中。

798 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:03:20.53 ID:ybY1IxA60


『それに貴様の想いが負けた以上、貴様に残された時間はあと僅かだろう』


軍艦・球磨は、懐かしいあの人の声を聴いた気がした。

799 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:04:30.66 ID:ybY1IxA60


『だが貴様にはまだ、やる事があるようだな』


そして、大きな海風が軍艦・球磨を揺り起した。


『貴様に面倒を掛けた分、私は幾らでも待つ。私は何時でも、貴様の事を待っている』

800 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:05:44.90 ID:ybY1IxA60


――おい! 君、大丈夫かいっ!? ……おい!


『それに「もう一人の私」が貴様の事を呼んでいるようだ』


次第に遠のいていく懐かしい声。

徐々に覚醒していく意識の中。

801 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:06:58.97 ID:ybY1IxA60



『球磨。大変だろうけど、もう一寸だけ頑張れるか?』


軍艦・球磨はその声へと静かに告げた。


802 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:07:59.03 ID:ybY1IxA60




「提督。球磨、もう一寸だけ頑張る」



803 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:13:17.52 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


――――0800、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西20シーマイル。


「……」

「ああ、目を覚ましたんだね、よかった……! 彼是1時間近く目を覚まさないから心配したよ……!」


目を覚ました軍艦・球磨の目に映ったのは、心配げに自分の顔を覗き見る、壮年の男の姿であった。

その直ぐ横には、少し呆れ、けれども優しさを噛み締めた表情でその男を見つめる、ボロボロになった自身のセーラー服の上から、その男のモノであろう外套を羽織る、艦娘・球磨の姿があった。


――ああ、そうか。

804 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:14:19.26 ID:ybY1IxA60


「……お前が……」

「……え?」

「艦娘の私の提督か……?」


しげしげとその男を見つめた軍艦・球磨は、その男に尋ねた。

805 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:16:02.86 ID:ybY1IxA60


「……そうだよ。僕が『艦娘・球磨』の提督、一等海佐の――――だ」


提督は一呼吸の後、熱の籠った声色で、軍艦・球磨に己が名を受け答えた。


「そうか……」


軍艦・球磨は、溜息を静かに吐き捨てると、自分が置かれている状況を、ぼんやりとした頭で確認した。

806 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:20:01.81 ID:ybY1IxA60


「ここは……船の上か……?」


軍艦・球磨は、仰向けになって小さな艦艇の艇尾甲板の上に寝かされている。

造りと設置された武装から見るに、恐らくは軍所有の哨戒艇だろう。


冬の海の割には随分と温かいなと思ったら、先の戦闘でボロボロになった軍艦・球磨の水兵服の上から、救急用毛布が掛けられていた。

その周りには、包帯やら艤装用工具やら使い切った高速修復材やらが慌しく整頓されていた。


気が付けば朝になっていたのか、透きとおる様な寒さを抱いた淡い空色が、軍艦・球磨の眼前に広がっていた。

そして煌々と昇り行く白銀の太陽が、水上世界の全てを明るく照らしていた。

807 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:21:58.14 ID:ybY1IxA60


「気絶したお前と動けなくなった球磨を、提督が哨戒艇の上まで運んでくれたクマ」


その言葉に、軍艦・球磨はゆっくりと、もう一人の自分と提督の様子を一瞥した。


「今まで軍で培ってきた技術が、まさかこんな形で役立つとは思わなかったよ」

「人生そんなもんだクマ」


提督が纏っている常装冬服は、幾分か乾いていたとは言え、水分を吸ってやや重そうに見えた。

808 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:22:39.77 ID:ybY1IxA60


――つまりこの男は、何の装備も無しに、この寒冷の海に飛び込んだという事か。

――無茶な事をする。

809 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:24:10.46 ID:ybY1IxA60


「ふむ……」


軍艦・球磨は提督の顔を、己が抱いた蒼玉石の瞳で、まじまじと見つめていた。


――それにしても似ている。

810 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:25:27.01 ID:ybY1IxA60


「ええと……何かな……?」


その視線に気が付いた提督は、少し戸惑いを浮かべた表情で、軍艦・球磨に対して尋ねた。

その言葉に軍艦・球磨は、ふっと懐古的な笑みを零しながら、言葉を繋げた。

811 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:27:10.75 ID:ybY1IxA60


「いや、すまない……お前の声とその柔和な眼差し、アイツにとてもよく似ている、と思っただけだ……」

「アイツって……もしかして……君の提督の事かな?」

「そうだ」


軍艦・球磨は、目の前に居る提督を通し、遠い遠い昔、共に過ごした在りし日の提督の事を、しみじみと懐かしんだ。

812 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:28:49.86 ID:ybY1IxA60


「お前の声を聴くと、とても懐かしい気持ちに襲われる。お前のその眼差しは、とても安心する」


軍艦・球磨は、決して得がたいモノ、既に失われたモノが、今目の前で再生した様な気がした。

813 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:29:48.20 ID:ybY1IxA60


「そっか……」


その軍艦・球磨の答えに、提督は色彩のある、けど何処か悲しげな色を浮かべた柔らかな頬笑みを、軍艦・球磨に返した。

814 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:30:25.33 ID:ybY1IxA60



「……あれ?」


815 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:32:02.69 ID:ybY1IxA60


ふと、提督の目に留まる軍艦・球磨の姿が、微かに揺らいだ様な気がした。

見間違えだと思いながら目を擦り、提督は再度、軍艦・球磨へと視線を投げかけた。

816 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:33:29.36 ID:ybY1IxA60


――やはり、彼女の姿が霞んで見える。


気がかりになった提督は、隣に居る艦娘・球磨へと視線を投げかけた。


「……クマー?」


そして艦娘・球磨も、提督と同じ様に訝しげな表情を浮かべていた。

艦娘・球磨と提督の視線が交わり、二人は腹を括り、コクリと頷くと、軍艦・球磨へと視線を戻した。

817 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:34:12.11 ID:ybY1IxA60


「……ちょっと傷の具合を確認したいから、毛布を退かすけどいいかい?」

「別に構わない」


心配になった提督は、軍艦・球磨の身体を覆っていた毛布を静かに退けた。

818 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:34:52.04 ID:ybY1IxA60


「……クマっ!?」

「……君の身体がっ!?」


そして艦娘・球磨と提督は、一様に驚愕した。

819 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:35:54.62 ID:ybY1IxA60



軍艦・球磨の水兵服と身体は、風に舞う桜花の様に静かに、透きとおる光の粒となって、その輪郭を崩していったからだ。


820 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:37:36.49 ID:ybY1IxA60


「ああ、そっか……」


納得した様な声を上げた軍艦・球磨は、「気にしなくていい」と言わんばかりの表情を艦娘・球磨と提督に投げかけ、言葉を紡いだ。


「元々、私は想いだけで形作っていた怨霊みたいなモノだ。私の想いが負けた以上、還る時が来たって事だろう」

「そんな……! それじゃあ君は……!」


だが、心配する提督とは裏腹に、消え行く軍艦・球磨の表情はとても落ち着いた様子だった。

821 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:38:58.22 ID:ybY1IxA60


「いいんだ、私の身体はとっくの昔にバラバラだ……これは自ら然るべき事だ……それに私が知っている提督は、もうこの世界には居ないだろうしな。今更、未練なんてあるものか」


そして軍艦・球磨は、もう一人の自分を見据えた。

822 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:40:55.77 ID:ybY1IxA60


「だが、お前が知っている提督は此処に居る。それだけ分かれば満足だ」


その表情は、やっと「答え」を見つける事が出来たという、安堵と歓喜の表情。


「そして艦娘の私を見て確信した。あの人達の想いは、形は違えどちゃんと生きている。それだけ分かれば私は満足だ」


もう他に何も必要無いという満ち足りた表情、己の心が満たされた表情であった。

823 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:44:02.25 ID:ybY1IxA60


「だけど……それじゃあ、あまりにも……」


しかし提督は、やっと自分自身の手によって助けられた命の焔が、自身の目の前で消え行くのを唯、見続けるのはとても耐えきれないものであった。

提督の脳裏には、在りし頃の自分、誰かを救おうとして必死に奔走した自分自身、そしてそれでもなお誰かを救えなかった自分自身の姿がありありと映っていた。


「そうだ、この哨戒艇にはまだ高速修復材が……!」


自分のエゴとは十二分に分かり切っていたが、それでも提督は、何かせずには居られなかった。

提督は、哨戒艇に積んであった物資を取りに、立ち上がって、踵を返した。

824 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:44:56.65 ID:ybY1IxA60



「提督」


しかし提督の行動は、艦娘・球磨が、提督の制服の裾をぎゅっと掴んだ事によって妨げられた。


825 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:45:49.68 ID:ybY1IxA60


「球磨……」


艦娘・球磨のその目は、とても切なげであった。

そしてその目には、懇願が含まれていた。

826 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:46:54.62 ID:ybY1IxA60



「もう一人の球磨は、もう何十年も一人で苦しみ、彷徨い、そして戦い続けたクマ」


そして艦娘・球磨は、嘆願の笑顔を浮かべ。


827 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:47:33.05 ID:ybY1IxA60



「だからそろそろ、休ませてあげて欲しいクマ」


――――精一杯の祈りを、提督へと捧げた。


828 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:48:44.78 ID:ybY1IxA60


「……」


その艦娘・球磨の表情を見た提督は、その懇願を否定できる訳も無く、軍艦・球磨の元へとしゃがみ込み、その表情を見据える。

涙を零しそうなほど潤んだ目で、消え行く焔の姿を抱いた。

829 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:49:32.20 ID:ybY1IxA60


「……本当に……僕たちに何か出来る事は無いのかい?」


そして提督は、悲しみを押し殺した声で、軍艦・球磨に尋ねた。

830 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:50:46.36 ID:ybY1IxA60


――こういう所も、本当そっくりだ。


その提督の表情を見た軍艦・球磨は、母親が諭す様な優しげな表情を提督へと投げかけ、そして口を開いた。

831 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:52:14.72 ID:ybY1IxA60


「なら、最後に頼みがある……」


そして軍艦・球磨は祈った。

832 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:53:55.76 ID:ybY1IxA60


「あの人達の想いは、時が経てば何時かこの海風に溶けて消えていくのだろうな……」


永遠など存在しない無常の世界で。


「それでも……あの人達が護ろうとしたこの世界を護り続けて欲しい……」


誰かの想いを抱き、担い、そして戦った少女。

833 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:54:58.73 ID:ybY1IxA60


「そして……一つの時代、この国や誰かを必死になって護ろうとした、あの人達の想いを否定しないで欲しい……」


自分自身が抱いた、その想い。


「この世界を護ろうとした、あの人達の想いを忘れないで欲しい……」


自分自身の存在理由。

834 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:56:08.03 ID:ybY1IxA60



「この私の想いを……否定しないで欲しい……」


その願いは唯、自分の存在を否定しないで欲しい、忘れないで欲しいという、少女の切実な祈りであった。


835 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 01:57:54.10 ID:ybY1IxA60


「……分かったよ」


その願いを聞いた提督は、潤んだ目を隠そうともせず、軍艦・球磨へと言葉を紡いだ。

しかしその目の奥底には、強く輝く光が潜んでいた。

836 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:00:11.85 ID:ybY1IxA60



「ありがとうね、『球磨』。こんなになるまでずっと誰かの為に戦ってくれて……約束するよ……僕で良ければ、喜んでその責任を背負わせて貰うよ」


そして月光とも例えられる様な、柔和ながらも信念を纏った目で、提督は軍艦・球磨に約束した。


837 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:01:21.17 ID:ybY1IxA60


「ありがとう。もう一人の提督」


その提督の言葉に、軍艦・球磨は嬉しげな笑みを浮かべた。

そして隣で話を静かに聞いていた、艦娘・球磨に視線を投げかけた。

838 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:02:15.87 ID:ybY1IxA60


「そして……これは約束と言うか、私の願いなのだが……」


軍艦・球磨と艦娘・球磨の視線が絡んだ。

839 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:03:41.17 ID:ybY1IxA60


「私は深海棲艦になってから、あまりにも多くの者達から奪い過ぎた……今更、赦して貰おうだなんて都合の良い事は言わない」


一人は蒼玉石の如く輝く瞳で。


「……だからこそ艦娘の私には……この先の人生、誰からも奪わずに、さっきみたいに誰かに何かを与えられる存在で居て欲しい」


一人は琥珀石の如く輝く瞳で。

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