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球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」
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640 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 18:51:55.81 ID:xlUQQs3U0
「それにしても、基地の皆が何も聞かずに哨戒艇を貸してくれたのはびっくりしたクマー」
「……最初は何人か絞めてから、こっそり哨戒艇を奪うつもりだったんだけど……それで執務室の扉を開けてみたら、本当びっくりしたよ……だって基地内の皆が、音も無く扉の前で待ち構えていたんだからね。あの時は取っ組み合いになるかと思って腹を括ったけど、まさか上にも黙って艦艇を貸してくれるなんて……」
「基地の皆は、帰投した木曾の急変具合を見てたクマ。だから皆、色々と思う所があった筈だクマ」
「……そうだね」
二人は警備基地に停泊する、お守り程度にしか役に立たない12.7ミリ機銃を積んだ高速哨戒艇で、静寂が降りた凍て付く海原を進んで行った。
寒月が天高く照らす月の道を、その一艇の艦艇は進んで行った。
641 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 18:54:27.99 ID:xlUQQs3U0
「でも、正直言って近海なら提督直々に哨戒艇を出す必要はなかったクマ」
「……それもそうだけど、居ても経ってもいられなくてね。それに、こうすれば球磨の艤装の燃料も、多少なりとも浮くだろうし」
「その提督の気持ちだけでも十二分に嬉しいクマ。ありがとうクマ」
「……これぐらいしか僕に出来る事はないからね」
提督は手慣れた様子で、自分達の行動を他の誰にも悟られない様に注意深く、電探(レーダー)の電波範囲を広げていく。
642 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 18:55:45.30 ID:xlUQQs3U0
「それにしても……不思議なくらい、深海棲艦の姿が無いね……」
「恐らくは、アイツの仕業クマー」
しかし黒々と光る電探には、本艇と漂流物か何かの反応以外、まるで世界には自分たちの他に誰も居ない様に、反応が返ってこなかった。
643 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 18:56:55.32 ID:xlUQQs3U0
………………………………
――――0400、日本国近海航路、海上警備ルート、地点C。
「球磨、やっと電探に反応があったよ。数は……2……いや、1だね。ここから20海里(マイル)南西に行った地点」
暫く哨戒艇を沖合へと走らせていた提督は、電探に小さく光る、弧影の反応を見据えた。
644 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 18:58:08.62 ID:xlUQQs3U0
「以前、球磨たちが戦った場所だ……恐らくは、彼女だろうね」
「なら、この辺りでいいクマ」
「分かったよ」
その球磨の言葉に提督は、哨戒艇を減速させる。
そして船速計の針がゼロになったのを確認し、哨戒艇の機関を停止させた。
辺り一面には波の音と静寂だけが残った。
645 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:00:02.31 ID:xlUQQs3U0
制帽を被り直した提督は、常装冬服の上に整然と着込んだ幹部外套を夜風にはためかせながら、操舵室の外、艇尾甲板へと静かに躍り出る。
そして白息を凍らしながら、一面をぐるりと見渡してみた。
南の空では、涙ぐむ蒼い目玉を抱いた小犬座が、亡き主の帰りを待ち、夜空を思い惑っていた。
また反対側の北の空では、大熊・小熊座の親子が、毎晩休む事もせず、夜空を駆け抜けていた。
そして哨戒艇の電燈と降り注ぐ月光と星彩以外、辺り一面に光は無く、遠くを見渡してみると、水平線の先が黒く沈んでいた。
それを見た提督は、視界がぐらつき、思わず身震いし、考えたくもない考えが脳裏を過ぎった。
646 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:01:08.54 ID:xlUQQs3U0
――この娘がこの先、進んで行くであろうこの海闇。
――その実、端っこは崖になっていて、この娘がこのまま進んで行ったら落っこちてしまうのではないか。
647 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:03:09.91 ID:xlUQQs3U0
「……提督、どうかしたクマ?」
同じく艇尾に降りた艦娘・球磨は、淑やかに白銀の息を凍らせながら、提督へと声を掛けた。
「……いや、なんでもないよ」
「……そっか」
提督は胸騒ぎの念を無理やり押しのけて、球磨に言葉を返した。
球磨は、提督が立ち竦んでいる横を通り抜け、哨戒艇の縁へと腰を下ろした。
648 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:04:26.70 ID:xlUQQs3U0
「さて……アイツの元に行く前に、艤装の具合でも確かめるクマか」
球磨の凛と響くその声色で、提督の胸騒ぎが幾分か和らいだ気がした。
そして落ちたら二度と戻って来られない様な漆黒を孕んだ海原へと、球磨の小柄で華奢な身体は、何の躊躇も無く、水飛沫を立てて降り立った。
649 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:06:11.51 ID:xlUQQs3U0
「スクリュー……シャフト……主舵……艦本式タービンの出力設定は……よし、注文通りの仕上がりだクマ」
その場で、一回、二回、くるくると回転し、水飛沫を上げながら艤装の具合を確かめる球磨。
月下の明かりに反射して、サラサラと煌めく水滴を纏わり付かせる球磨のその姿は、無邪気にきゃあきゃあと水遊びをする少女の様にも、海原をひとりぼっちで踊っている少女の様にも見えた。
「魚雷発射管……副砲……主砲……問題なし……良い感じだクマ」
そして、キラキラと煌めく水滴を纏わり付かせながら、ぽつりぽつりと透きとおった声色を響かせる球磨の姿は、呪文を唱え、世界に魔法をかけようとする少女の様にも見えた。
650 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:06:48.38 ID:xlUQQs3U0
その球磨の姿を哨戒艇の上から見ていた提督は、ふと思った。
――その魔法は、一体、誰が為に。
651 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:07:44.66 ID:xlUQQs3U0
時代の波浪。
世界の無常。
少女の無垢な横顔は、その揺らぎの中、静かに輝いていた。
652 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:10:40.43 ID:xlUQQs3U0
………………………………
「……よし、問題ないクマ!」
全ての艤装の点検を終えた艦娘・球磨は、無垢な頬笑みを哨戒艇の上に居る提督に投げかける。
提督は、その月明かりに映る球磨の表情を捉えた。
653 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:11:14.53 ID:xlUQQs3U0
「じゃあ、そろそろ行くクマ」
その球磨の表情を見た瞬間、提督は先程押し退けた筈の胸騒ぎの念を強く呼び覚ました。
654 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:12:29.82 ID:xlUQQs3U0
提督を一瞥した球磨の瞳。
それは先程、球磨が執務室で見せた「不安」とはまた別の色を孕んでいた。
――――それは過去の自分と真正面から向き合わなければならないと言う「怖さ」の色であった。
655 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:13:33.29 ID:xlUQQs3U0
――この儘、この娘を行かせてはいけない。
656 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:14:32.42 ID:xlUQQs3U0
「待ってくれ、球磨」
「……提督?」
心の中でそう叫んだ提督は、意を決した様に言葉を投げかけ、球磨のその「怖さ」の色を孕んだ鳶色の目を見据えた。
657 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:15:14.67 ID:xlUQQs3U0
「行く前に言っておきたい事があるんだ」
提督は被っていた制帽を脱ぎ、凍て付いた空気を目いっぱい吸い込み、そして吐き出した後に、球磨へと言葉を紡いた。
658 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:17:00.43 ID:xlUQQs3U0
「前に球磨は……『何で未だに軍人をやっているのか』って僕に尋ねたよね。その話なんだけどさ……」
そうして提督は、諦観した表情を浮かべ。
659 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:17:47.47 ID:xlUQQs3U0
「実はね、僕は軍人になるつもりなんて全く無かったんだ」
――――その表情の儘、提督は更に言葉を投げかけた。
660 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:19:01.97 ID:xlUQQs3U0
「……提督」
「……だけど人生って儘ならないよね……僕も当時は他にやりたい事が沢山あったけど、気が付くと僕は、流れのまま軍人になっていた。そして不思議な事に神さまが僕に与えてくれたのは、一等海佐(大佐)って言う地位と、それを可能にする能力だけだった。だから僕は、それを生かそうと決めたんだ」
そうした提督の表情には、どこか後悔と懺悔の念が含まれていた。
661 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:20:00.30 ID:xlUQQs3U0
「でもね、球磨。僕は此処に来てやっと、僕が軍人になった本当の理由が、ようやく分かった気がするんだ……無力な僕は、この瞬間の為に……君に僕の想いを託すこの時の為に、此処に居るんだと思う」
しかし、そうした表情を含んだ提督の目に迷いは無く。
662 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:20:47.34 ID:xlUQQs3U0
「僕はね、球磨。僕は本当に何かを成し遂げる為に、軍人になったんだと思う。誰かを護り、そして誰かを本当に救う為に、軍人になったんだと思う」
――――自分自身の清らかな想い、己が「生きる意味」を球磨へと宣言した。
663 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:22:33.70 ID:xlUQQs3U0
「人生は辛く、苦しい……いっそ心が壊れてしまった方が、死んでしまった方が、どんなに楽かと思う事が多々ある……人は生まれたら、あとは死ぬだけのちっぽけな存在なのに、他人と戦ってまで生きる意味があるのかと思う事が多々ある……」
「……」
「でもね……それでもなお、生き長らえているという事は、こんな僕にも成すべき事があるのではないか……生きる意味があるのではないか……自分勝手で我儘で、ひねくれ者の僕だけど……そう信じて生き続けたからこそ、此処まで生きてこれたんだと思うんだ……」
提督のその目は、とても言葉では言い表せない程、激しく熱く輝いていた。
ギラギラと血潮を滾らせた提督のその目は、貞潔な信念を纏っていた。
664 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:23:22.67 ID:xlUQQs3U0
「僕は今まで生きてきた分、敵味方問わず、どれだけ人を傷付けたのか……どれだけ誰かから奪ったのか……その責任として、僕は多くのモノを失ってきた……何かを成し遂げる為に『戦う』という事は、それだけの責任を負う事になるんだ……でも僕は、その責任から一度も目を背けた事はないよ」
そして一呼吸の後。
665 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:24:15.32 ID:xlUQQs3U0
「だからお願いだ、球磨。それを承知の上で、僕と一緒に、基地に居る皆と一緒に、最後まで戦って欲しい」
――――信念と熱量を纏った眼差しを、球磨へと投げかけ、提督は球磨に自身の想いを委ねた。
666 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:25:13.56 ID:xlUQQs3U0
「……やっと分かったクマー」
その提督の言葉に対して、球磨は暫くの後、母親が浮かべる様な柔らかな笑顔を提督に向けて、口を開いた。
667 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:26:29.32 ID:xlUQQs3U0
「提督は散々傷付いてきたクマ。だから提督は、そんなにも優しいクマ」
琥珀色に光る長い髪を夜凪に梳かしながら、艦娘・球磨は提督に告げた。
「自分の苦しみを誰かに味わって欲しくない。そう言う願いを胸に提督は、球磨よりも長い時間ずっと戦ってきたクマ」
先程浮かべていた「怖さ」の色は消え失せ、球磨は提督と同じく、信念と熱量を纏った眼差しで、提督を見据えた。
668 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:27:21.80 ID:xlUQQs3U0
「でも、安心しろクマ」
そして一呼吸の後。
669 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:28:20.84 ID:xlUQQs3U0
「もう提督は十二分に傷付いたクマ。後は、球磨に任せろクマ」
――――球磨は月明かりに輝く琥珀色の目を提督へと投げかけた。
670 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:29:23.83 ID:xlUQQs3U0
「……ありがとうね、球磨」
「クマ!」
提督の想い。
頭上の月輪の明かりに負けないくらいの満面の笑みを浮かべ、艦娘・球磨はその想いを胸に秘めた。
671 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:30:01.83 ID:xlUQQs3U0
「球磨! 出撃するクマ!」
そしてその球磨の掛け声と共に、球磨は提督から離れ、月明かりだけが道標となって照らす、海の闇へと消えていった。
離れ行く艦娘・球磨を見つめながら、提督は心の中で呟いた。
672 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:31:35.91 ID:xlUQQs3U0
――出来る事なら、僕が君の代わりに行きたいよ。
――だからもし、君が失敗したら、次は僕の番だからね。
提督は、球磨に内緒で執務机の中に入れた、肉親と知り合いの司令官宛てに認めた手紙の内容を想起しながら、遠ざかる球磨の後ろ姿を見据えた。
提督は、球磨の後ろ姿が見えなくなっても、球磨が進んで行った方向を、何時までも見据え続けた。
673 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:32:13.44 ID:xlUQQs3U0
――――そして提督は、唯、無心で、艦娘・球磨の無事を、神さまに祈った。
674 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:34:19.31 ID:xlUQQs3U0
………………………………
――――0450、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西10シーマイル。
「……!」
海原に照らす月の道を進んでいた艦娘・球磨。
突如として、海原に砲撃音が響き渡り、球磨の元へと砲弾が飛来した。
675 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:34:59.43 ID:xlUQQs3U0
――しかし、些か狙いが甘い。
球磨は何の苦労もせず、飛来した砲弾を軽々と避けた。
そして砲弾が飛んできた方向を静かに見据えた。
676 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:35:41.69 ID:xlUQQs3U0
「……」
「……駆逐イ級……クマか?」
其処に居たのは、脚が生え、魚の様な魚雷の様な出で立ち、そして髑髏の様な顔を浮かべた一体の個体。
深海棲艦の中では最も戦闘能力が低いとされる敵、駆逐イ級だった。
677 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:36:55.08 ID:xlUQQs3U0
駆逐イ級は、金属が軋む様な唸り声を上げ、球磨に対して敵意を剥き出しにしていた。
そして駆逐イ級は、金属が潰れる様な甲高い声を上げ、球磨に対して砲撃と雷撃を放った。
678 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:38:01.86 ID:xlUQQs3U0
………………………………
――お願い、当たってよ!!
この駆逐イ級は、言ってしまえば深海棲艦の中でも一番弱い存在である。
戦闘能力を底上げした上位種も存在していたが、この駆逐イ級はその類の存在ではなかった。
679 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:41:07.17 ID:xlUQQs3U0
「敵ながら中々の腕だクマ」
しかし今のイ級は、どうだろうか。
艦娘・球磨の目の前に居る駆逐イ級の戦闘能力は、駆逐イ級と言う枠組みを軽く凌駕していた。
精密機械とも例えられる程の致命的な魚雷命中精度を持ち、その砲弾の着弾位置たるや、敵に的確なダメージを与えられる最善手である。
動きも通常の駆逐イ級とは比べ物にならない程、洗練されたものであった。
今や駆逐イ級の戦闘能力は、その上位の存在である後期型を軽く凌駕していた。
通常の戦闘部隊であったら、この駆逐イ級に苦戦を強いられたのは容易に想像がつく。
680 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:41:54.32 ID:xlUQQs3U0
「もうやめるクマ」
「……!?」
――――しかし、相手が悪かった。
その静止の声と共に、一発の砲弾が駆逐イ級へと落ちた。
681 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:42:37.75 ID:xlUQQs3U0
そして僅かに狙いが逸れた砲弾が駆逐イ級に当たり、駆逐イ級は大破した。
「悪いけど、今のお前に球磨は倒せないクマ」
682 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:44:14.16 ID:xlUQQs3U0
――こんなにも力の差があるなんて……!
大破したイ級は既に満身創痍であった。
――それでも……何としてでもコイツを此処で止めなくちゃ……! 此処で倒さなくちゃ……! じゃないと……!
放った砲撃と雷撃は、艦娘・球磨に尽く躱され、そして殆どを吐き切った。
683 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:45:04.33 ID:xlUQQs3U0
――残りの兵装は、魚雷一発だけ……。
だが、当たらない砲弾や魚雷など、何の意味があると言うのだろうか。
闇雲に魚雷を放っても、無駄撃ちに終わるのは目に見えていた。
684 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:45:34.20 ID:xlUQQs3U0
――何とかしてこの魚雷を当てなくちゃ……!
ふと、ある光景が駆逐イ級の脳裏を横切った。
685 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:46:15.93 ID:xlUQQs3U0
白銀の長髪を海風に梳かし、蒼玉色の柔和な目を投げかけながら、自分の頭を撫でてくれた、己が主の優しげな頬笑み。
686 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:47:21.16 ID:xlUQQs3U0
――そうか……当てさえすればいいんだ。
そして覚悟を纏った駆逐イ級は、最後の力を振り絞り、速度を上げた。
しかしその速度は、通常限界出力である「最大戦速」の更に上、自身の耐久性や艤装限界性能を一切無視した出力「一杯」であった。
687 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:48:22.87 ID:xlUQQs3U0
………………………………
「……クマっ!?」
唐突に異常な速度で加速した駆逐イ級は、ジグザグと之字運動を行いながら、艦娘・球磨へと肉薄した。
球磨は、こちらへと近付いてくるイ級に対し、後退しながら砲撃の雨を落とした。
しかし殺意が無い砲弾の雨が、イ級を貫く事は無かった。
688 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:50:39.84 ID:xlUQQs3U0
――お前は一体、何をしようとしているんだ?
既に駆逐イ級は大破状態。
駆逐イ級は、既に砲弾を撃ち尽くしており、魚雷発射管は空っぽになっていた。
また出力「一杯」でこれだけ無茶苦茶な運動を繰り返していれば当然、燃料や艤装の消耗も激しい。
今は速度面で艦娘・球磨に勝ってはいるものの、持って1、2分でイ級の燃料は空となり、艤装は破損し、やがて動けなくなるだろう。
689 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:51:13.13 ID:xlUQQs3U0
だが球磨には、直感的な確信があった。
――この駆逐イ級は、一本だけ、魚雷を隠し持っている。
690 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:51:55.85 ID:xlUQQs3U0
ならば残りの兵装は、たかが21インチ魚雷の一本だけ。
その状態で、この駆逐イ級は何をしようとしているのか。
691 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:52:44.85 ID:xlUQQs3U0
そんな事、先の大戦を知っている者なら誰にだって分かる事だ。
――――たかが魚雷一本で、戦艦さえも一撃で葬る、必中必殺の攻撃がある事を。
692 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:53:34.69 ID:xlUQQs3U0
「そっか……」
駆逐イ級の行動を悟った球磨は、吐息を一つ洩らすと、動くのを止め、駆逐イ級を見据えた。
「……!」
それがチャンスと思った駆逐イ級は、之字運動を止め、球磨に全速力で接近した。
693 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:54:16.78 ID:xlUQQs3U0
接触まで数十メートル。
そして球磨は、駆逐イ級に向かって。
694 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:54:51.16 ID:xlUQQs3U0
「……」
――――ただ一つ、柔らかな頬笑みを浮かべた。
695 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:56:53.23 ID:xlUQQs3U0
「……!?」
そして駆逐イ級は、あまりに唐突過ぎる球磨の行動から、思わず海面を切り裂き、球磨の目の前で静止した。
更にあろう事か、球磨は目の前で動きを止めたイ級へとゆっくり近付き、腕を伸ばし、その頭に触れる。
そうして、そっとその頭を撫でた。
696 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:57:33.31 ID:xlUQQs3U0
「……お前は、そこまでして誰かを護っているクマか」
球磨には分かっていた。
この子にも、護るべき想いがあった事を。
そして、まさに今、護るべき想いがある事を。
――――自分の身を挺してまで、護るべき者が居る事を。
697 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:58:14.09 ID:xlUQQs3U0
強靭な顎を持つ駆逐イ級に触れるなど、自殺行為に他ならない。
噛み付かれでもしたら、最悪、腕を無くす可能性もある。
だが、それ以上に危険なのは、駆逐イ級が隠し持った、魚雷の存在である。
それを知っててもなお、球磨は駆逐イ級へと触れた。
698 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:58:55.82 ID:xlUQQs3U0
――それを知っててもなお、球磨は思った――。
699 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 19:59:39.28 ID:xlUQQs3U0
それでもいい。
腕一本で何かが成せるなら安いモノだ。
この命で何かが残るのなら安いモノだ。
700 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:00:08.54 ID:xlUQQs3U0
――提督のあの強く輝く想いが残せるのなら、それでもいい――。
701 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:01:20.38 ID:xlUQQs3U0
………………………………
一方、駆逐イ級はこの艦娘・球磨の行動に、どうしていいか分からなかった。
――今ここで、この艦娘の腕を喰らい、引き千切るべきなのかな。
――今ここで、隠し持った魚雷の信管を叩くべきなのかな。
702 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:02:15.32 ID:xlUQQs3U0
しかし駆逐イ級の目には、この艦娘の頬笑みが、己が護るべき者である主の頬笑みと何処か重なって見えていた。
自分の頭を撫でる温もりが、己が護るべき者である主の温もりと何処か重なって感じていた。
だからこそ駆逐イ級はこの後、どうすればいいのか分からなかった。
703 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:03:17.40 ID:xlUQQs3U0
「すまないクマ。どうしても道を開けて欲しいクマ。球磨には、何が何でも会わなければならない人が居るクマ」
艦娘・球磨は、駆逐イ級の頭を撫でながら、諭す様な柔和な声で、駆逐イ級に懇願した。
その声色は駆逐イ級の、己が護るべき者である主の声色と、そっくりであった。
704 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:04:01.88 ID:xlUQQs3U0
「……」
そして駆逐イ級は、暫く悩んだ後、ゆっくりと後退し、艦娘・球磨に針路を譲った。
「ありがとうクマ」
お礼を言った球磨は、ゆっくりと速力を上げ、駆逐イ級の横を通り過ぎ、そのまま直進した。
705 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:04:48.92 ID:xlUQQs3U0
………………………………
「艦娘・球磨」の向かう先は唯一つ。
もう一人の自分である「軍艦・球磨」、その深淵へと触れる為である。
706 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:05:52.79 ID:xlUQQs3U0
『僕は此処に来てやっと、僕が軍人になった本当の理由が、ようやく分かった気がするんだ……無力な僕は、この瞬間の為に……君に僕の想いを託すこの時の為に、此処に居るんだと思う』
提督の想いを乗せ、海風の如く、艦娘・球磨は進んだ。
『僕はね、球磨。僕は本当に何かを成し遂げる為に、軍人になったんだと思う。誰かを護り、そして誰かを本当に救う為に、軍人になったんだと思う』
海原を駆ける疾風の如く、艦娘・球磨は進んだ。
巻き起こした疾風が、嵐となり、嵐が鎌鼬となり、やがては球磨の刃となろう。
707 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:06:54.40 ID:xlUQQs3U0
『僕は今まで生きてきた分、敵味方問わず、どれだけ人を傷付けたのか……どれだけ誰かから奪ったのか……その責任として、僕は多くのモノを失ってきた……』
――――その刃は何を成す為に。
――――それは、誰かを救う為である。
708 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:07:42.94 ID:xlUQQs3U0
――艦娘・球磨は心の中で高らかに謳った――。
709 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:08:48.87 ID:xlUQQs3U0
『何かを成し遂げる為に「戦う」という事は、それだけの責任を負う事になるんだ……でも僕は、その責任から一度も目を背けた事はないよ』
提督は己が命さえも厭わない、その強く輝く想いを、この艦娘・球磨に託してくれた。
ならば軍艦艇の魂を宿した一人の艦娘としてやる事は、その想いを乗せ、唯この身で、その想いを表現するだけだ。
710 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:09:53.06 ID:xlUQQs3U0
『だからお願いだ、球磨。それを承知の上で、僕と一緒に、基地に居る皆と一緒に、最後まで戦って欲しい』
艦娘は、誰かの強い想いさえあれば、己の身が散華するその時まで、戦う事が出来る。
711 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:10:29.67 ID:xlUQQs3U0
誰かを護り、そして救う事が提督や皆の想いなら。
712 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:11:16.17 ID:xlUQQs3U0
――「自分自身」を救わずして、一体この先、誰を救えるのか――。
713 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:12:19.63 ID:xlUQQs3U0
そんな提督の想いを乗せた艦娘・球磨の強く輝く琥珀色の目に、迷いは無かった。
そんな想いを乗せた艦娘・球磨は、たった一人、軍艦・球磨の元へと進んで行った。
そして駆逐イ級は、遠ざかる艦娘・球磨の背中、信念を纏ったその背中を、悲しげな目で何時までも見つめていた。
714 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/26(土) 20:15:17.02 ID:xlUQQs3U0
※ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。本日分の投稿は以上となります。
なお次回の投稿で最終回となります。何卒よろしくお願い致します
■Tips■
○琥珀石(アンバー)こはく
石言葉:誰よりも優しく・大きな愛・抱擁・家長の威厳
○蒼玉石(サファイア)せいぎょく
石言葉:深海・高潔・一途な想い・平和を祈る
715 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/26(土) 21:48:38.71 ID:DIPxGrpkO
乙
716 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/26(土) 22:10:20.18 ID:A2XLxcCYO
おつおつ
717 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/27(日) 04:42:51.26 ID:RDCEooJqo
深いぜ
718 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/27(日) 08:04:00.71 ID:z7x+FALPO
素晴らしい
タイトル回収した時は息を飲んだ
719 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 22:49:28.00 ID:bYTKMj840
こんばんは。
コメントをお寄せ頂き誠にありがとうございます。
早速ですが、最後の投稿を開始致します。
720 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 22:53:23.37 ID:bYTKMj840
………………………………
――――0550、日本国近海航路、海上警備ルート、地点Cから南西20シーマイル。
「……不思議な気分だ」
「……不思議な気分だクマ」
夜の静寂、月の光、そして星の瞬き。
海風を戦ぎ、邂逅するは、二つの影。
「まさか私の自己像幻視に出会う事になるとは。本当、世界は不思議で溢れている」
「まさか球磨のドッペルゲンガーに出会う事になるとは。本当、世界は不思議で溢れているクマ」
冬の星空、無数の想いが生まれ、そして散って星屑となったその跡地。
その最果ての空と海に映る無数の星々、その天象儀に抱かれた、二つの影。
721 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 22:55:27.73 ID:bYTKMj840
「お前もそう思うか?」
「常々そう思うクマ」
其処には、海面に映る月光の道を境に、一つで二つの存在、「軍艦・球磨」と「艦娘・球磨」が相対していた。
形は違えど、同じ「魂」を持つ者同士が邂逅し、旧知の友人と久闊を叙する様に、言葉を交わしていた。
722 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 22:56:51.25 ID:bYTKMj840
「……それにしても、一人で来るとは良い心がけだ」
「そう言う癖にお前は、えらく可愛い前哨を配置してたクマ」
「……なんだと?」
「駆逐イ級が一隻、球磨の目の前に立ち塞がったクマ。まぁ……どうやらお前のその様子だと、お前自身も知らなかったようだクマ」
「……あの馬鹿者」
723 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 22:58:03.77 ID:bYTKMj840
もう一人の自分の言葉を聞いた軍艦・球磨は、物思いに沈み、悲しみを吐き出す様に吐息を一つ洩らした。
そして顔を上げ、静かな、でも何処か悲しげな顔でもう一人の自分を見据え、尋ねた。
「お前は……アイツを沈めたのか?」
724 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 22:59:02.00 ID:bYTKMj840
その言葉に、優しげな頬笑みを浮かべた艦娘・球磨は穏やかに答えた。
「安心しろ、沈めてないクマ。戦いはしたけど、素直に通して欲しいって言ったら、ちゃんと通してくれたクマ。お前は本当、良い部下を持ったクマ」
「そうか……」
725 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:01:22.92 ID:bYTKMj840
自身の不安が杞憂に終わった軍艦・球磨は、安堵と感謝の表情をもう一人の自分へと投げかけた。
「……ありがとう。アイツの事だ、例えお前と刺し違えてでも止めてただろう」
「気にするなクマ。お前が命を投げ出してまで、球磨の妹たちに手心を加えて戦ってくれたのと一緒だクマ」
「……流石にバレてたか」
二人は気恥ずかしげな表情を浮かべ、更に言葉を紡いだ。
726 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:03:12.66 ID:bYTKMj840
「多摩にはバレバレだったクマ。途中で北上と大井も気付いたクマ。木曾も普段だったら直ぐに気付いたクマ」
「……だが、最後まで気付かなかったな」
「それだけ、頭に血が上っていたという事だクマ」
「……本当、お前は良い妹を持ったな。正直、羨ましい」
軍艦・球磨は、決して自分には届かないであろう、悠久とも言える程の距離感を感じていた。
冬空の窓の外から一人、別れた家族の面影を眺める様な疎外感に襲われていた。
727 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:04:18.79 ID:bYTKMj840
「お前の妹でもあるクマ」
それに気付いたもう一人の自分が、内側からその窓を開けてやって、そっと呼びかけた。
728 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:05:16.65 ID:bYTKMj840
「……ありがとう。そう言ってくれると、本当、嬉しい」
艦娘・球磨はニコリと笑い、あっ、と思い出した様に、もう一人の自分に対して口を開いた。
729 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:07:03.38 ID:bYTKMj840
「……そう言えば、木曾に一撃食らったと聞いていたクマ。だけどその様子だと、どうやら気遣いは無用みたいだクマ」
「そうだな、気遣いは無用だ。こっちにだって高速修復材ぐらいある。見ての通り、準備は万全だ」
「……それを聞いて安心したクマ。出来ればお前とは双方、万全の態勢で戦いたかったクマ」
「私もだ」
730 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:08:27.03 ID:bYTKMj840
ふと、二人が気が付くと、先程まで二人を包んでいた星の煌きは、輝きを潜めていた。
そして東の空は、うっすらと白み始め、完全な闇は消えかけていた。
731 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:10:49.34 ID:bYTKMj840
「夜明け前が一番暗い。だけど、日の出ももう近いクマ」
ブルーモーメント。
太陽の光と月夜の闇、その二つの世界が重なり、溶け合い、そして儚く消える蒼の時間帯。
732 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:11:46.76 ID:bYTKMj840
二人は暫しの時間、薄明の東の空を眺めながら、物思いに耽っていた。
二人は透きとおった瑠璃色を、唯ひっそりと抱き締めていた。
733 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:13:23.13 ID:bYTKMj840
「……昔、軍艦として初めて海に出た日の事を思い出した。激動と混沌の時代……中々の暗黒時代に私は産み落とされたと思った」
「……球磨も昔、艦娘として初めて海に出た日の事を思い出したクマ。動乱と混迷の時代……神さまは中々酷い世界を考える奴だと思ったクマ」
734 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:14:35.13 ID:bYTKMj840
そしてぽつりと、軍艦・球磨から言葉が漏れ、艦娘・球磨はそれに合わせる様に言葉を重ねた。
その二人の表情には、「運命」に抗う事は出来ないと言う諦観が含まれていた。
735 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:16:08.56 ID:bYTKMj840
「それでも……初めて海の上で朝を迎えて拝んだ、あの暁の水平線はとても美しかった」
「それでも……東の御空を抱くあの暁光は、とても輝かしかったクマ」
だが二人は、太陽の様な眩しげな笑顔を浮かべ。
736 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:17:22.54 ID:bYTKMj840
「軍艦として生きるのも、悪くないと思った」
「艦娘として生きるのも、悪くないと思ったクマ」
――――己が境遇、己が「運命」を誇った。
737 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:18:51.79 ID:bYTKMj840
そして、蒼玉石の瞳と琥珀石の瞳。
柔和ながらも強い信念を含んだ、二人の目線が絡み合った。
738 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:20:01.82 ID:bYTKMj840
「……気付けばお互い、随分と遠くへ来てしまったな」
「……でも、此処が最果てクマ」
739 :
◆AyLsgAtuhc
[saga]:2017/08/27(日) 23:21:17.53 ID:bYTKMj840
そう、誰も居ない世界の果てまで来てしまったと言う寂寥感を二人は覚えていた。
しかし、其々が抱いているたった一つの想い。
それだけが、たった一つの世界の燈火として、二人の深淵を照らしていた。
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