球磨「面倒みた相手には、いつまでも責任があるクマ」

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840 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:05:15.59 ID:ybY1IxA60



「そして艦娘の私には……この先、幸せに生きて欲しい」


軍艦・球磨は、自分自身に対して、この先の幸福を願った。


841 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:06:05.21 ID:ybY1IxA60


「……分かったクマ」


艦娘・球磨は、大きく自分自身に対して頷き。

842 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:07:15.91 ID:ybY1IxA60



「お前が苦しんだ分だけ、『球磨』は幸せになれるよう、精一杯、頑張るクマ。精一杯、この世界を、駆け抜けてやるクマ」


そして自己受容の笑みを浮かべ、自分自身の願いを胸に秘めた。


843 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:09:34.30 ID:ybY1IxA60


「ありがとう。艦娘の私」


もう一人の自分の笑みを見た軍艦・球磨は、にっこりと太陽の様な笑みを浮かべた。

そうして頭に被っていた軍帽をひっそりと脱ぎ、両の手で胸元に優しく抱き寄せた。

844 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:10:48.68 ID:ybY1IxA60


軍帽を脱いだ軍艦・球磨の顔立ち。

今までは軍帽の影で分かり辛かったが、その軍艦・球磨の白く儚い端麗な顔立ちは、艦娘・球磨の生き写しであると言えた。

その軍艦・球磨の顔立ちは、とても鮮やかで穏やかなモノであった。

845 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:12:20.00 ID:ybY1IxA60



そして、すう、と息を洩らした軍艦・球磨は、風に乗ってその身全てが消えゆく、その時を待った。


846 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:13:15.81 ID:ybY1IxA60



 ……………………………… 


847 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:14:59.14 ID:ybY1IxA60




「この体勢では本当……海が見えんな……」



848 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:16:14.39 ID:ybY1IxA60



――軍艦・球磨は薄れゆく意識の中、吹き行く海風に心情を語った――。


849 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:19:24.45 ID:ybY1IxA60



だけど私の目には、瑠璃色と白の濃淡が広がる、もう一つの海が広がっている。

一面に広がる大空が私を包み込んでいる。


ゆっくりと形を変え、きらきらと空を揺蕩う雲の姿は、まるで灯籠流しだ。

蒼空を優しく漂う御霊達の様だ。

私もあの中に加わる時が来たと言う事だろうか。


850 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:19:58.47 ID:ybY1IxA60




「……でも、不思議と悪い気はしない」



851 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:21:31.28 ID:ybY1IxA60



だって、世界はこんなにも。

あの人達が護ろうとした世界は、こんなにも輝かしく綺麗だって分かったんだ。

あの人達の想いはしっかりと引き継がれている事が分かったんだ。


852 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:22:04.74 ID:ybY1IxA60




「ああ……空が綺麗だ……」



853 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:23:17.38 ID:ybY1IxA60



あの御空に、白く眩く照らす太陽と淡く蒼く浮かぶ月が見つめ合っている。

あのふいと横を向いている月なんか、お前そっくりだ。

あれは、私とお前か?


854 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:24:57.97 ID:ybY1IxA60



あの御空を切り裂く様に、一筋の白線を描いて進む飛行機が見える。

この世界の果てを目指して飛んで行くのだろう。

あの日、帝国の栄光と誉、そして数々の想いを胸に、日輪が照らす水平線の果てを目指してお前と一緒に進んで行ったな。

あれは、私とお前か?


855 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:25:26.32 ID:ybY1IxA60




「提督」



856 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:27:59.77 ID:ybY1IxA60



海風が私の濡れた頬と髪を撫で、波の音を運んできた。

ああ、先程よりも鮮やかに聞こえる。

その海風が運んできた波の音と共に囁く、あの人の声が聞こえる。


857 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:29:01.81 ID:ybY1IxA60




――あの日、球磨に語りかけてくれた、提督の温かな声色が聞こえる――。



858 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:30:53.13 ID:ybY1IxA60





「球磨、やっと答えを見つけたよ」




859 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:32:47.84 ID:ybY1IxA60




その言葉に答えるかの様に、辺り一面に大きくて優しい海風が吹き込み、軍艦・球磨はその風を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。



860 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:34:36.63 ID:ybY1IxA60




――――そして軍艦・球磨の魂は、優しげに吹く海風に乗って、蒼空へと昇っていった。



861 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:35:30.07 ID:ybY1IxA60







862 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:38:09.50 ID:ybY1IxA60


 ………………………………


 ◆エピローグ:永遠平和の為に鐘は鳴る


 ………………………………

863 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:40:52.67 ID:ybY1IxA60


――――これがこの数週間、艦娘・球磨と僕が体験した不思議な出来事だった。


この出来事を誰かに伝えなければと言う焦燥に駆られた僕は、僕が最も信頼を置いている地方総監部(鎮守府)司令官に、この一連の出来事を話した。

そしたら彼は『興味深い』と呟き、そして『この話を公表しよう。歴史に名を残すぞ』と提案してくれた。

864 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:43:42.90 ID:ybY1IxA60


正直、僕は渋った。

僕は、軍艦・球磨と在りし日の提督の話、彼女たちの話を、艦娘・球磨と一緒に、そっと胸にしまっておきたかったんだ。

何故なら、彼女たちの想いが、世間と言う現実に曝され、そして穢されてしまう事が、僕にはとてもではないけど辛くて、苦しくて、恐ろしくて、怖くて、耐えられなかったからだ。

865 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:45:54.05 ID:ybY1IxA60


でも、僕はそれでも。

彼女が生きた、あの激動の時代の出来事を。

そして彼女が担った、あの時代を生きた人達の想いを、このまま忘れさせてはいけない。

僕は、彼女との約束を守る為、誰かにこの事を伝えなくちゃいけないと言う、脅迫概念にも近い感情に見舞われたんだ。


だから僕は球磨とよく話し合って、球磨と僕の名前は伏せる事を条件に、その提案を飲み、僕が最も信頼を置いている司令官の彼に、この出来事の公表を依頼した。

僕は別に、何かを本当に成し遂げたかっただけであって、歴史に名を残したかった訳ではなかった。

866 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:47:59.08 ID:ybY1IxA60


そして僕の話は彼を通して、瞬く間に国防海軍全体へと広がった。


話の主語を伏せていた為、内容は紆余曲折を経たものの、結果として、全ての話の行き着く先は決まっていた。

867 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:49:09.41 ID:ybY1IxA60



『深海棲艦は、過去の大戦で沈んだ軍艦艇の成れの果てであり、誰かを護ろうとしたその想いを否定された無念から生まれた存在である』


868 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:50:55.62 ID:ybY1IxA60


海軍の皆がこの話に触れ、皆様々な反応を示した。

その話を聞いたある者は憐情から涙を流し、ある者は実際に起こった事なのかを懐疑し、ある者は上手い創作だと気にも留めず、ある者は己が司令官としての行いを反省し、贖罪を心に誓った。


そして僕は、とある出来事が起った事により、生まれて初めて自分が本当に何かを成し遂げたんだと言う、実感を得たんだ。

869 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:53:34.56 ID:ybY1IxA60


それは、司令官の誰かが始めた事なのか、はたまた艦娘の誰かが始めた事なのか。

誰が最初に始めた事なのかは僕には分からなかったけど、艦娘たちが深海棲艦との戦闘後に行ったある儀礼が、非公式に慣例化していったんだ。

870 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:54:48.82 ID:ybY1IxA60



――――その艦娘たちの儀礼とは、深海棲艦との戦闘後に、沈めた深海棲艦に対して献花を供え、最高礼である21発の弔砲を3度鳴らし、弔辞を捧げて、弔意を表す、洋上慰霊儀礼だった。


871 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:55:18.93 ID:ybY1IxA60



その右手には砲塔(ターレット)を。

その左手には献花(カーネーション)を。


872 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:56:05.10 ID:ybY1IxA60



純白色のカーネーション。

その花言葉は、「尊敬」「純潔」。


873 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:56:42.91 ID:ybY1IxA60



「その想いは今も生きている」。


874 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 02:59:20.00 ID:ybY1IxA60


この1年、艦娘たちは誰に命令された訳でも無く、必ずと言っていい程、献花である白色のカーネーションを装備品に加え、深海棲艦と戦っていた。

司令官たちは、この非公式儀礼を黙認、と言うよりは推奨していた。

何故なら、司令官や国防海軍、ひいては国民の大多数が、艦娘たちの行いに希望の光を見出していたからだった。


また、弔辞は部隊によって様々だったけど、とある英国詩人が遺した説教の一節が最も多く用いられた。

875 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:00:59.18 ID:ybY1IxA60



『貴女たちの死は、私たちの死。何故なら、貴女たちと私たちは同じ存在なのだから。それ故、あえて私たちが言う必要はない。誰の為に弔いの鐘の音は鳴るのかと。その弔いの鐘の音は、貴女たちだけのモノではない。それを聞く私たち自身の為にも、その鐘の音は、鳴っているのだから』


876 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:01:42.90 ID:ybY1IxA60



――――そうして彼女たち、深海棲艦たちは、日に日に姿を現さなくなっていった。


877 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:06:52.49 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


深海棲艦との戦闘が殆ど報告されなくなった影響、また戦闘行動を止めた一部の深海棲艦の娘を、国防海軍が「艦娘」と言う扱いで人道的に保護していった影響により、「深海棲艦と戦う任務」を次第に解かれていった艦娘たちは、其々が生きる道を模索し始めた。


ある艦娘は姉妹たちと一緒に海軍を去り、今では一般人として学校に通い、立派に生活しているそうだ。

また、ある艦娘はそのまま海軍に残り、退職後の事を考慮した一般教育や職業教育を受けながら、国家公務員という立場で、今でも誰かを護る為に、心血を注いで働いてくれている。

878 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:08:47.91 ID:ybY1IxA60


そして、現在の艦娘たちの任務は、「深海棲艦と戦う任務」から、その快速と機敏さ、そして艤装の恩恵から得た丈夫さを武器に、海で発生した船舶事故の対応および救難者の救助、また水害が発生した場合は、いち早く現場に駆けつけ、住民を避難させる、「救難・救助任務」が主となっていた。


中には艦娘たちを非難する人も居たけど、大多数の人たちが、嬉々として彼女たちの存在を受け入れていた。

879 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:10:20.28 ID:ybY1IxA60


人生は戦いの連続だとも言える。

この先、彼女たちには人生という様々な戦い、困難が待ち受けているだろう。


――――だけどもう、彼女たちが武器を持って戦う事は無いだろう。

880 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:12:13.24 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


また、少しずつではあるけど、深海棲艦について肯定的に捉え、歴史を学ぼうとする理知的な人達も出て来た。


喪った多くの人命は決して戻らない。

彼女たちが行った事は、道徳的に考えれば、決して許される事ではないだろう。

881 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:13:52.54 ID:ybY1IxA60


だけど、それでもなお、あの時代を生きた人達が必死になって何かを護ろうとした、その想い。

あの時代を生きた人達の想いを次の世代へと伝えようとした彼女たちの想い。

その両者の想いを、後世に残す事は出来ないだろうか。


その両者の想いを、永き平和状態の維持に役立てる事は出来ないだろうか。

882 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:16:07.16 ID:ybY1IxA60


歴史的に考えれば、戦争状態の方が自然な状態だ。

むしろ平和状態の方が異常なんだ。


人間の本質は性善ではない、性悪だ。


そう言える程、人類は戦争を繰り返してきた。

ちょっと歴史を勉強すれば、永遠平和を望むなど、思想家の非現実的な夢想でしかない。


それが夢のまた夢の話であるという事を、僕は知らなかった訳ではなかったんだ。

それに自分で考えもしないで他者に流される儘、短絡的に、そして闇雲に平和を叫ぶという事だけは、僕には出来なかったし、それだけはしたくなかった。

恐らくは、歴史を学んだ人達も、同じ想いを抱いていると思う。

883 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:17:19.30 ID:ybY1IxA60


でも、それでも。


歴史を学んだ人達は、一人一人が自分で考え、信じ、願い、そして祈ったと思う。

僕と同じく、自分で考え、信じ、願い、そして祈ったと思う。

884 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:18:20.55 ID:ybY1IxA60



――――願わくは、あの時代を生きた人達や彼女たちの、誰かを護ろうとした想いが、永き平和への礎と成さん事を。

――――願わくは、古の軍艦艇の魂を抱いた彼女たちが、平和に過ごせる事を。


885 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:22:38.47 ID:ybY1IxA60


 ……………………………… 


――――0800、国防海軍警備施設、埠頭。


『こんな所に居たクマか。執務室に居ないから、探したクマ』


日出でる早春の海、絶えず昇り続ける太陽によって、空と海は瑠璃色に輝いていた。

風光る海原、その隅っこにある軍港の桟橋にぽつりと座り、古びた士官軍帽を膝の上に乗せた男が一人。

其処には、まるでそれが仕事であるかの様に、静かな波を立てている海を呆然と眺め、黄昏ている男の姿があった。

886 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:25:00.39 ID:ybY1IxA60


「まったく……こんな所で油を売ってるなんて、提督さまは本当、良いご身分だクマ。仕事の方はどうしたクマ?」


桟橋に座っているその男、提督へと、鳶色の長い髪を揺らし、春に浮かれる様に、ふわりと近付いてくる少女が一人。

そして提督に歩み寄った少女は、己が端麗な顔立ちを提督へと投げかけた。

887 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:26:29.49 ID:ybY1IxA60


「球磨……」


提督はその声の主、艦娘・球磨へと、静かな声で答えた。

何か押込める様に目頭を押さえ、そうして笑顔を浮かべた提督は、球磨を見据えて弁明した。

888 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:27:56.56 ID:ybY1IxA60


「いや、何て言うかさ……ちょっと考え事がしたくなってね……一応、緊急連絡が受信出来る様に軍用携帯端末(PDA)は持ってきたけど……ごめんよ、直ぐに執務室に……!」

「てーとく」


その呼び掛けと共に、手を後ろに組んだ球磨は、立ち上がろうとしている提督へと身体を傾けて。

889 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:30:28.31 ID:ybY1IxA60



「お疲れだクマー。たまにはゆっくり休むといいクマー」


――――お日さまの様な温かな笑みを、提督に投げかけた。


890 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:33:08.47 ID:ybY1IxA60


「……そうだね、たまにはそうさせて貰うよ。ありがとうね、球磨」


その笑顔を見た提督は、自然と零れ落ちたお月さまの様な静かな笑みを浮かべ、球磨に返した。


「クマ♪」


そして球磨は、提督の隣にちょこんと座ると、脚を海の方へぶらぶらと投げ出した。

暫くの間、球磨と提督は、眼前に広がる水平線を、穏やかに眺めていた。

891 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:36:47.58 ID:ybY1IxA60


白銀の太陽、正対して蒼白く群青に浮かぶ月。

水平線の果てまで続く、暗雲一つない蒼空。

キラキラと白く光る、凍て溶けた浪間。

温かな息吹を運ぶ、柔らかな海風。

辺り一面を彩る、渡り鳥の旋律。


この世界の理想を映した様な、穏やかな海。


――――季節はもうじき、春。

892 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:41:19.20 ID:ybY1IxA60


「あれ? そう言えば、球磨の妹たちはどうしたんだい?」


ふと、球磨と普段一緒に居る筈の四人が居ない事に気付いた提督は、球磨に顔を向けず、問いを投げかけた。


「今日は非番で皆出かけているクマ」


同じく海原を閑やかに眺めていた球磨は、視線を交えずに、提督へと言葉を返した。

893 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:43:42.70 ID:ybY1IxA60


「ああ、そう言えばそうだったね。それにしても、球磨一人とは珍しいね。ここ1年近くは皆一緒だったってのに。特に木曾なんか、信じられないくらい球磨にベッタリだったじゃないか」

「もう1年以上前の出来事とは言え、あんな事があったから皆色々と思う所があったクマ。本当、可愛い妹たちだクマー」

「それなら尚更、球磨は一緒に行かなくてよかったのかい? 今は別に僕や基地の皆だけでも対処できるのに」


その問いかけに球磨は、柔らかな呼吸の後、母親の様な優しげな頬笑みを浮かべて、答えた。

894 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:45:23.22 ID:ybY1IxA60


「たまには一人になりたい時もあるクマ」


球磨にちらりと視線を投げかけた提督の目に映ったのは、淡い桜色で頬を染めている球磨の横顔だった。

895 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:46:08.36 ID:ybY1IxA60


「……そっか」


提督は静かに笑い、再び海へと視線を戻した。

896 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:46:40.18 ID:ybY1IxA60



暫くの間、二人の間には心地良い沈黙が降りていた。


897 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:48:25.11 ID:ybY1IxA60


「……球磨」


そして別段、言葉を探していた訳でも無かった提督であったが、海原を見つめていた顔を球磨へと投げかけ、ぽつりと球磨に呼びかけた。

898 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:49:16.14 ID:ybY1IxA60


「なんだクマ?」


その視線に気付いた球磨は、上目遣いで提督を見据えた。

二人の目線が絡み合い、提督は言葉を紡いだ。

899 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:50:18.18 ID:ybY1IxA60


「球磨はこの先、どうするか決めているのかい?」

「まだ、決めていないクマー」


その提督の問いかけに腕組みをしながら答えた球磨は、この先の展望を語った。

900 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:52:46.96 ID:ybY1IxA60


「少なくとも、妹たちの教育課程が終わるまでは、此処に居るクマ。このまま海軍に居続けるか辞めるか、大学か民間企業か……まあ、道は沢山あるし、それに当分先の話だクマ。妹たちの進むべき道については、其々の判断に委ねているクマ」

「なら当分は、此処に居るって事かな。まぁ、球磨だったらどんな道を選んでも、卒なくこなせそうだしね」

「そうクマ。球磨は意外に優秀な球磨ちゃんって、よく言われるクマ」


腰に手を当て、ふふん、と愛らしげに鼻を鳴らした球磨であった。

901 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:54:11.50 ID:ybY1IxA60


「それに……アイツとの約束もあるクマ」


そして提督の膝に置かれた、古びた士官軍帽を一瞥して、言葉を紡いだ。


「……そうだね」


海風は、二人の頬と髪を撫でる様に優しく吹き抜けていた。

902 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:55:09.60 ID:ybY1IxA60


「……なぁ、球磨」

「どうしたクマ?」

「結局、彼女は最後に答えを見つける事が出来たけどさ……」


不意に何時ぞやの夜の胸騒ぎを思い出した提督は、心配げな顔を浮かべ、球磨へと問いかけた。

903 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:55:51.87 ID:ybY1IxA60



「球磨の方はどうなんだい? 球磨も彼女と同じ様に、世界に対して絶望を……」

「提督」


904 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:56:50.97 ID:ybY1IxA60



憂虞の念を浮かべた提督に対して球磨は、「もう心配しなくていい」と言わんばかりの表情を投げかけ、言葉を紡いだ。


905 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 03:58:48.48 ID:ybY1IxA60



「それは可能性の一つだクマ。希望を託し沈んでいった球磨……絶望を叫び沈んでいった球磨……どっちも同じ、球磨ちゃんだクマ」


そして日光の様な力強い笑みを浮かべた艦娘・球磨は。


906 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:00:06.54 ID:ybY1IxA60




「今の球磨は、古の軍艦の魂、その希望と絶望の想いを引き継ぎ、そして、その想いを胸に抱いて現在を生きる、艦娘・球磨だ」


――――提督に対し、高らかに己が存在を誇った。



907 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:02:23.94 ID:ybY1IxA60



提督を静かに見据えた球磨の瞳。

その瞳は、太陽が乱反射する海鏡の光を抱き、きらきらと琥珀色に輝いていた。

その瞳は、海原と群青の空を抱き、きらきらと蒼玉色に輝いていた。


908 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:03:23.68 ID:ybY1IxA60



「……そっか」


――月光の様な笑みを浮かべた提督は、心の中で思った――。


909 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:04:58.51 ID:ybY1IxA60


この娘は強い。

この娘は、僕が口を出さなくても、そうした数々の想いを胸に抱いて、この先もっと、僕が思っている以上に、もっとずっと遠くへと進んでいくだろう。

910 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:05:48.21 ID:ybY1IxA60


その内、この娘だけの幸福を見つけるだろう。

その内、この娘だけの愛を見つけるだろう。

その内、この娘だけの生きる意味を見つけるだろう。

911 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:07:02.95 ID:ybY1IxA60


僕が立ち止り、人生を振り返る頃には、もうこの娘は此処には居ないのだろう。


去る者は追わず。

僕なんかが、この娘の人生に口を挟んじゃいけない。

僕なんかが、この娘の人生を邪魔しちゃいけない。

912 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:07:36.02 ID:ybY1IxA60


でも、それでも。

今この瞬間、この僕の想いだけは、君に伝えておきたい。

913 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:08:30.39 ID:ybY1IxA60


例え、僕の想いが泡沫の夢だとしても。

恐らく、在りし日の提督の想いと同じ様に。


例え、血は繋がっていなくても。

恐らく、在りし日の提督の想いと同じ様に。

914 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:09:23.71 ID:ybY1IxA60



君が僕の下を去るその時まで、これからも君と一緒に誰かを護り、そして誰かを救っていきたい、と。


915 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:09:59.18 ID:ybY1IxA60



――そして僕は、そんな君の提督、父親の様な存在、理解者でありたい、と――。


916 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:11:32.23 ID:ybY1IxA60


突然、提督のポケットに入っていた軍用携帯端末(PDA)から、無機質な機械音が響く。


『近海20海里(マイル)地点の船舶より救難信号を捕捉』


作戦司令室から、緊急任務の連絡が入る。

917 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:15:15.41 ID:ybY1IxA60


「さぁ、球磨! 休憩はお仕舞だ。今し方、救難信号を捕捉した。サポートは僕に任せてくれ!」


それを見た提督は、先程まで燻っていた火が灯った様に目を煌々と光らせ、球磨へと命令を伝達した。


「了解クマ! 球磨、出撃するクマー!」


そしてその提督の言葉を合図に、艤装を展開した球磨は、人々が紡ぎ出した光り輝く海世界へと踏み出していった。

918 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:16:28.40 ID:ybY1IxA60



日輪は栄え、西の方に太陽は落とされ、暗闇が世界を染める。

月輪は栄え、東の方に月は落とされ、光明が世界を染める。


――――そうして、暁の水平線に、数多の想いが刻まれる。


919 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:17:10.97 ID:ybY1IxA60



艦娘である一人の少女は、日出でた海原を滑走し、提督である一人の男は、その少女へと己の想いを託す。


920 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:19:35.18 ID:ybY1IxA60


「さて、今日も人助け頑張るクマ!」


過去の歴史、人々が必死に生きた時代、その希望と絶望の軌跡はなぞられ、やがて現在を生きる人々の想いへと募る事により、両者の想いはより一層、輝きを増していくだろう。

太陽に寄り添った月の輝き、月に寄り添った太陽の輝き。

艦娘・球磨と提督が抱いた、その強く輝く想いは今日も、水平線を駆け抜けて行くのであった。



Fin.


921 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:21:20.14 ID:ybY1IxA60


◇あとがき

拙文ですが、最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

本作品のメインテーマは「戦う者の想い」そして「想いを乗せて戦う」です。
また、バックテーマは「過去と現在を紡ぐ」「自己受容」です。

「軍艦・球磨」の軌跡を描く際の狂言回しとなった在りし日の提督のモデルにつきましては、
実際に艦長を務められた方をモデルとさせて頂きました。

その方のお名前は此処ではご紹介致しませんが、後方任務を頑張った球磨ちゃんと後詰で頑張った提督さん。
そのせいか話が膨らみ、随分と長いSSになってしまいました。

本当は球磨ちゃんの進水日である7/14に合わせて投稿したかったのですが、
とても間に合いそうにはありませんでしたので、終戦記念日直後からの投稿とさせて頂きました。

私は本作で球磨ちゃんの歴史を探ってみましたが、
皆さまも、皆さま自身が好きな艦娘の歴史をもう一度探られてみては如何でしょうか。
其処には思わぬ史実が隠されているかもしれません。

922 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:24:51.35 ID:ybY1IxA60


◇追記

本作品では、「大東亜戦争」あるいは「太平洋戦争」という、非常にセンシティブな歴史の一幕が題材の為、
私自身も気合を入れて、史実や証言を調べつつ、慎重に作品を描いたつもりです。

ですが私の知識が拙いせいか、それが十分描き切れたかと言いますと、
まだまだ不十分であったかと思われます。

また、この作品はあくまでも「史実モノ」に近い形を取っている作品でございます。
その為、受け取り方によっては何かしらの政治的意図があって描かれているのではないかと、
お考えの方も中にはいらっしゃるかと思われます。

しかし筆者である私の意見と致しましては、そうした政治的意図が一切無く、
そんな公の事よりも個人の想いや心情を描く事が何よりも大事であると考えおり、
この作品も極めて個人的な考えの上で描いている事を、この場をお借りして断言させて頂きます。

一先ずはどこかしらのタイミングで、過去作と今作を手直ししたものを合わせて、
小説投稿サイトに掲載するかもしれません。

最後にこの作品を作る際に参考した文献を何冊か下記に掲載致しまして、この話をお仕舞とさせて頂きます。
ご興味がある方は、是非とも図書館などで本をお手に取ってご覧頂ければ幸いです。

長々と文章を並べてしまい、大変恐縮ではございますが、
今後また、ご機会がございましたら、その時は何卒よろしくお願い致します。

【参考文献】
○木俣滋郎『日本軽巡戦史』(図書出版社、1989)
○原 為一ほか『軽巡二十五隻』(潮書光人社、2015)
○『戦艦大和&武蔵と日本海軍305隻の最期』(綜合図書、2015)
○『特攻 最後の証言』(文春文庫、2013)
○『図解 太平洋戦争』(河出書房新社、2005)
○加藤 陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫、2016)
○E.H.カー『歴史とは何か』(清水 幾太郎訳、岩波新書、1962)
○夏目漱石「私の個人主義」(青空文庫、2017年5月閲覧)

923 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:25:58.48 ID:ybY1IxA60


■修正1■

致命的なミスや表記揺れなど細かなミスが多い結果となり、
大変申し訳ございません。

他にもあるかもしれませんが、私自身が気付いた本作の修正点を、
下記に書き留めておきます。


>>50

本日の軍務である近海海路の海上警備任務の為、



本日の軍務である近海航路の海上警備任務の為、


>>160

姫と対面する木曽の傍を掠め、姫へと撃来する。



姫と対面する木曾の傍を掠め、姫へと撃来する。


>>259

やっぱり球磨は、意外と優秀クマー!



やっぱり球磨は、意外に優秀クマー!


>>260

フィリピン侵攻作戦が一段落した安堵からか、



比島(フィリピン)攻略作戦が一段落した安堵からか、


今思い返してみても腹が立つクマー! クマ―!



今思い返してみても腹が立つクマー! クマー!


>>280

シンガポールのセクター軍港から『駆逐艦・浦波』と出港、



マレーシアのペナンから『駆逐艦・浦波』と出港、


>>293

流石に抱き着かれた程度では、



流石に抱き付かれた程度では、


>>315

熱が籠った目を私たちに投げかけてくるのよね、



熱の籠った目を私たちに投げかけてくるのよね、

924 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:26:44.01 ID:ybY1IxA60


■修正2■


>>322

独りぼっちで、



ひとりぼっちで、


>>334

多摩の指示を受けながら移動し、姫の砲弾を躱しながら、



多摩の指示を受けながら移動し、姫の砲弾を躱し、


>>358

木曾は姫の二の腕へと左手を引掛け、



木曾は姫の二の腕へと右手を引掛け、


>>395

自分の頬から離れた軍艦・球磨の手を握ろうと、木曾は手を伸ばす。



自分の頬から離れた軍艦・球磨の手を握ろうと、手を伸ばす。


>>423

比島(フィリピン)侵攻作戦の時に米魚雷艇と戦って、



比島(フィリピン)攻略作戦の時に米魚雷艇と戦って、


やっぱり球磨は、意外と優秀だ。



やっぱり球磨は、意外に優秀だ。


>>462

セクター海軍基地を後にした。



セレター海軍基地を後にした。


>>463

軍需省の管理部長の任に着いていた。



軍需省の管理部長の任に就いていた。

925 : ◆AyLsgAtuhc [saga]:2017/08/28(月) 04:27:23.36 ID:ybY1IxA60


■修正3■


>>507

陸軍中将は、



陸軍将校は、


>>630

そう言った球磨の鳶色に光る目に、迷いは無かった。



そう言った球磨の光る鳶色の目に、迷いは無かった。


>>637

柔らかな頬笑みと鳶色に光る目を提督へと投げかけ



柔らかな頬笑みと光る鳶色の目を提督へと投げかけ


>>639

提督って実は球磨と同じく、意外と優秀クマかー?



提督って実は球磨と同じく、意外に優秀クマかー?


>>657

球磨へと言葉を紡いた。



球磨へと言葉を紡いだ。


>>683

だが、当たらない砲弾や魚雷など、

だが、当たらない魚雷など、

926 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 05:45:04.18 ID:SiWJklNi0
乙!
いい話だった!
927 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 11:40:51.82 ID:pju5Swnq0


よかったよ
928 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 16:09:54.50 ID:op9VfAs+o


こうなるとわかっていても、球磨の最後に泣いた
929 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/28(月) 16:40:56.57 ID:IczJ2Q8oO
おつかれ、おつかれ
930 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/08/29(火) 00:52:52.68 ID:VDGFPfof0
とても素晴らしいお話でした
931 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/29(火) 01:51:19.33 ID:FToZbmQcO

過去作も調べて読んでみたくなった
新作もぜひ読みたい
932 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/31(木) 22:43:29.33 ID:rTW0IUC1o
「軍艦と人間、その境界で生きる」の人だったか
これは次作も期待ばい!
933 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/10(日) 13:47:05.26 ID:bMNuW1CC0
投稿乙です
後半涙なしでは読めませんでした
本当に素晴らしかったです ありがとうございます
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