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【艦これ】提督「風病」 2【SS】
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2 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:06:07.27 ID:Yh/EkjdW0
第三章
「霹靂」
3 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:08:18.33 ID:Yh/EkjdW0
罪を犯すということは、まっさらなキャンバスに絵を描いてしまうようなものである。
元の、何も描かれていない状態に戻すことはできない。
だが、消せないとしても薄めることは可能である。
例えば時間。時間はすべての万能薬であるという表現はまさに的を射ており、それは罪に対してもあてはまってしまう。場合によっては、思い出にまで昇華されてしまうことだってある。少年時代の悪行は、大人になれば酒を進める題材として扱われるようになるのはよくある話だ。
しかし、時間は遅効性である。緩く穏やかで、人間の良心に期待し依存する。全ての人間に平等に与えられる薬ではあるが、それで許される罪というのは実に軽い。
だから、重い罪に対しては時間に合わせて、もう一つ劇薬が必要となってくる。
それは、その罪に相応の罰を指す。
だから俺は、浜風へ劇薬を与えることに決めた。不本意ではあるが、それが責任のある立場についた人間の果たすべき役割でもあるから。
浜風は薬を受け入れた。不満など一つも漏らすことなく、穏やかに微笑みながら艤装を背負った。
榛名『――撃ち方、やめ! 両者元の位置に戻ってください』
榛名のアナウンスが聞こえる。甲高い砲音が止み、海は静けさを取り戻す。
二本の白波が引き合うように広がっていた。浜風と、対戦相手の深雪、両者の脚部ユニットのスクリューが作り出す人工的な波だ。両者はところどころペイント弾の粘っこい色味を体に浸み込ませて、ペンキを被ったかのごとき有様になっている。
俺は双眼鏡の倍率を上げて、浜風を見た。
一目見た瞬間、疲弊しきっていることが分かった。肩で息をして、航行が若干おぼつかなくなっている。疲労が足にきて震えているからだろう。無理もない。深雪との戦闘で三十一試合目だ。どれだけ屈強に鍛え上げた戦士であろうとも動けなくなってもおかしくはないくらいの対戦数である。
苦し気に歪んだ浜風の表情をみていると、胸が締め付けられる。
頑張れ。心の中でそう叫んでしまう。
だが、声に出すことは許されない。喉から出そうになった声を、下唇を噛んで堪えた。
この試合こそ、浜風に与えた罰なのだから。
4 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:12:02.62 ID:Yh/EkjdW0
五十人組手。艦娘の演習試合において最も難易度の高い荒行の一つである。原則として一対一の決闘の形をとり、一試合の長さは三分であるが、大破判定が出ても続行不可能と判断されるまで試合は続く。その苦しさはまさに地獄と表現されるほどのものである。これに挑戦したものは過去十名ほどしかおらず、その中で達成したものは三名しかいないことからもそれは明らかだ。挑戦したもののほとんどは戦闘における負傷のみならず、脱水症状や肝機能不全などで演習終了後に入渠による治療を受けている。
この荒行はあくまで『挑戦』の一種で、罰として実施するのはこれまでの事例にはない。それも当然、罰と言えば謹慎や体罰などが一般的だからだ。だが、浜風の犯した罪の重さを考えれば、通常の罰では到底贖えるとはいえない。俺はともかく、周囲はその程度では納得しない。浜風の今後の生活のためにも、ここにいる者たちの多くを納得させる形で罰を受けさせる必要があった。
その手段として、この荒行の実施を決めた。
死刑に比べれば軽いかもしれないが、それでも誰も実施したがらないような苦行には変わりない。実際、この罰を実施するにあたって最初は眉を顰めていたものたちも、今では浜風の奮闘ぶりを固唾を呑んで見守っているし、応援するものまで現れている。
この罰の実施自体は成功していると言えるだろう。
ただ、問題は浜風が耐えられるかどうか、だ。
俺は次の対戦相手を目にして、息を飲んだ。
とうとう彼女の出番か。
陽炎。
赤い髪を靡かせる彼女の目つきは獣のように鋭い。浜風が疲弊しきっているからといって、一切の手心を加える気がないのだろう。鈍く光る鋼鉄の義手を揉んで、腰辺りに取り付けられた第一砲塔のハンドルを触っている。隻腕でも引き金を引けるように改造された障がい者用の特殊艤装。ハンドルの動きに合わせ仰角や方向を変えられるようになっており、砲身がすべて浜風へと牙を剥いた。
周囲のざわつきが一層大きくなった。陽炎の気迫が波のように広がり、伝わっている。
榛名『両者、位置について』
榛名の声が、少しだけ震えていた。
榛名『――打ち方はじめ!』
5 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:14:08.10 ID:Yh/EkjdW0
陽炎が斉射を放った。轟音に叩きつけられる。頭の先から下腹まで電流のような震えが走り抜け、無意識に息を止めてしまう。息を吐く間もなく連撃が加えられた。
反応が遅れた浜風はなす術なく水柱に包まれた。いや、もはや水の壁というべきだろうか。浜風の姿が視認できない。
陽炎は走った。第二、第三、最大戦速で接近する。陽炎の艤装は並の艦娘のそれよりも性能が高く、トップスピードに至るまでの時間が優に速い。卓越した運動神経と艤装適正をもつ彼女だからこそ扱える「特別製」だ。
かなりの接近を許した段階で、浜風はようやく水柱から出てきた。右舷側に抜ける形で走行する。先ほどの斉射をくらったのか、新しい塗料がこべりついている。組手が始まって四度目の大破判定。普通の演習ならこの時点で終了だが、五十人組手はここで終わらない。
三分間、陽炎の攻撃を堪える必要がある。
浜風は肉薄する陽炎に気づき砲を構えた。ギリギリのタイミングである。砲身を陽炎の眼前につきつけ、引き金を引いた瞬間――。
陽炎の姿が消えた。ふっと、瞬きをする間もなく、霧のように。
上だ。陽炎は、浜風が砲撃を行うその瞬間に跳躍したのだ。空気抵抗も摩擦も慣性も重力も、すべてを忘れたかのような鮮やかすぎる動きだった。遠くから観戦している俺も思わず見失いかけるほどの常識を逸した回避行動。人間に、いや「船」である艦娘に出来る動きではない。
会場が静まり返った。刹那のこと。空気が凍ったその一瞬、陽炎が浜風の真後ろに着地し、浜風の砲弾が水柱を上げた。
二人の姿が、巻き起こった水の中に消えた。
時津風「な、なにが起こったの……?」
時津風の呟きは、この場にいるほとんどの者の感想を代弁していた。
戦いが始まってまだ二十秒も経っていない。
俺たちの認識が追いつかない。
浜風が、水柱を突き破って出てきた。
6 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:15:29.40 ID:Yh/EkjdW0
「……ひっ!」
誰かの押し殺した悲鳴が上がる。浜風の右腕があり得ない方向に捻じ曲がっている。
思わず口を押さえた。
陽炎が、関節技で破壊したのだろう。
歯を噛み締め、浜風は連装砲を構えた。が、水柱を切るような陽炎の鋭い蹴りが浜風の腕を跳ね上げた。軌道をずらされ、砲弾が空へと消える。瞬間、途切れることなく陽炎の反対の足が跳ね上がる。回転蹴りが浜風の眉間を捉えた。
よろめく浜風。装甲の効果で打撃のダメージはほとんどないが、それでも寸瞬間の目くらましには十分である。
着地した陽炎は浜風の腕を掴むと、勢いよく引っ張った。ぐんと伸びきった直後に足をかけ、浜風をうつ伏せに倒すとそのまま脇固めへと移行する。極まった。なんとか抜けようと足掻く浜風だったが、それを許すような陽炎ではない。鷹のように鋭い目つきで、体重をかけた。
ゴムが千切れるような音が聞こえた。
それは錯覚である。距離の関係上、聞こえるはずがない。だが、たしかに俺の耳には聞こえた。それだけ陽炎の関節技が見事に極まっていたということなのだろう。みんなが、小さく呻いた。
見ていられなくて目を閉じた。
これ以上はもう……もう無理だ。
陽炎、すまない。
俺は手を挙げて、無線を繋いだ。
提督「試合を中止しろ」
7 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:16:46.31 ID:Yh/EkjdW0
廊下に乾いた音が響いた。陽炎の平手打ちが俺の頬で爆ぜたのだ。
足から力が抜け、思わず尻餅をついてしまった。目の前が真っ白に染まり、鼓膜が痺れる。
手加減されてはいるが、怒りの乗った一撃だった。重い。鍛えていない人間なら頚椎を痛めただろう。
陽炎「……失礼しました」
陽炎が目を伏せ、謝罪を述べた。
陽炎「不敬を働いてしまいました。罰は、どんなものでも受けます」
提督「いや、いい」
口の中が鉄臭い。口元を拭うと、立ち上がる。若干の立ち眩みを覚えたが、なんとか堪えた。赤く染まった袖を見ないふりして、陽炎の肩に手を置く。
提督「この件は不問にする。……こちらこそ、無理をさせてすまなかった」
先ほどの五十人組手で、手加減をせず徹底的に浜風を攻撃した陽炎だったが、あれは俺の命令を受けてのことであった。
浜風の無断出撃を不問にするためには、ある程度の材料が必要となってくる。五十人組手はそのための一つのカードで、それをさらに強化する手段が陽炎に下した命令だ。
要は演出である。陽炎が浜風と旧知の仲であることは周知されていることだし、その陽炎が浜風相手に容赦のない攻撃を行い、徹底して「罰」を与えれば、周りも納得せざるをえなくなる。後日、浜風の件は不問にすると問題なく宣言できるようになるのだ。表面的な不満や反発が浜風へ向くこともなくなるだろう。
だが、この命令はあまりにも悪趣味なものだ。言い換えるなら、公開拷問に加担しろと言っているようなものだから。陽炎が憤慨するのは当然だ。いくら理屈を述べようと、親友を痛めつけることを感情的な部分で納得できるわけがない。
俺が頭を下げようとすると、陽炎は手で静止した。
8 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:20:27.29 ID:Yh/EkjdW0
陽炎「……もう、こんなことは二度とやりません」
提督「ああ」
陽炎「後は上手くやってください。提督なら、みんなを納得させられると思います」
苦笑いを浮かべそうになった気持ちは、胸中に押し隠す。この事態の遠因は、俺の甘さと俺の「平等主義」にあるのだ。
まったく、皮肉な話である。
陽炎は、俺の手を振り払うように距離を取ると、窓辺に寄り掛かって海を見た。一雨くるのだろうか。重たく覆うような雲に仄暗い黒さが沈んでいる。アメジストの瞳が、切なげに揺れる波を受け止めていた。
ぬるい潮風が、カーテンと俺たちを揺らす。
陽炎「浜風のこと、大切にしてあげてくださいね」
提督「約束するよ」
陽炎「本当ですよ? あの子は、ああ見ても繊細なんですから」
たしかに、繊細かもしれない。
ほとんど表情の起伏がなく、普段は凍るように冷静でニヒルだが、彼女の内面は誰よりも複雑で、しかし純粋だと思う。
意味のない命令違反も、病室で取り乱したときのことも……あの、温もりを知ったときの涙も。
浜風という少女の脆さが形となったものだ。
ここにいるみんなと、変わらない。だからこそ、大切にしなければならない。守らなければならない。
提督「浜風は、俺が守るよ」
陽炎「……」
陽炎が、小さく笑った気がした。
陽炎「なら、安心ですね。ここにいるみんなと同じように、守ってあげてください」
頷くと、陽炎は踵を返して歩き出した。
9 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:23:03.38 ID:Yh/EkjdW0
陽炎「それでは、私はそろそろ仕事に戻りますね。先日の遠征結果のレポート、上げないといけませんし」
提督「そうだったな。明日までには提出してくれよ」
陽炎「ええ、ええ。分かってますとも。……それより、後ろに大きな猫が隠れていますから、気をつけてください提督」
提督「え?」
……猫?
瞬きをしているうちに、陽炎は廊下の角を曲がってしまった。
俺は首を捻りながら、振り返る。
浜風「……猫ですか、私は」
廊下の角から、浜風がひょっこりと顔を出していた。猫と言われたのが少々不満だったのか、小さく頬を膨らませている。
提督「聞いていたのか」
浜風「ええ。本館についたのはついさっきなので、少ししか聞いていませんが…….」
浜風は珍しく言葉を詰まらせて、こちらを伺うようにしている。
浜風「その……本当、ですか?」
提督「……なにが?」
浜風「私を守る、というのは……」
遠慮がちに、上目遣いで、言葉尻を弱らせながら訊いてきた。頬に朱が差しているように見えるのは、廊下を照らす光のせいではない。
なんとなく決まりが悪くて頬をかいた。
提督「それは……その、そうだな」
浜風「……」
提督「それより、浜風。身体は大丈夫なのか? さっきまで入渠して戻ってきたばかりだろ」
浜風「体調は大丈夫ですよ。……話を逸らさないで」
ダメか。
提督「……えっと」
浜風「……」
提督「……本当だよ。なにがあっても、その……俺は浜風の味方だから」
顔を伏せてしまったのは仕方がないと思う。
恥ずかしいなんてものじゃない。浜風の顔を見ることなんて、とてもじゃないができない。
10 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:26:02.99 ID:Yh/EkjdW0
浜風「そうですか」
浜風の声は少しだけ弾んでいた。
浜風「ふふ、提督が守ってくれるなら、とても頼もしいですね」
提督「……そんなことないよ」
そんなことあるわけない。
俺は頼もしさなんてものとは無縁の人間だ。
浜風「そんなこと、あります。あなたは、私に温もりをくれた人だから」
それは、ただの錯覚にすぎない。盲目になっているだけ。
そう思いながらも言えなかったのは、彼女が向けてくれる信頼に水を差すのが躊躇われたためである。怖かったのだ。昔から、俺はそうだ。期待を失うことに堪えられない。堪えられないのだ。
浜風「あの提督……。お願いが、あります」
提督「なんだ?」
浜風「もう一度、手を握ってください」
まるでお菓子をねだる臆病な子供のように。甘く、それでいて遠慮を感じさせる声で、そう言った。
顔をゆっくりと上げる。薄い朱色に頬を染めた浜風は、まるで瑞々しい果実のようであった。かつての死んだように冷たい少女の面影はそこにはない。
静かに差し出された手を見る。淡い電灯の光を吸い込んだしなやかな手は、美しいの一言につきた。
俺が躊躇っていると、浜風の眉が少しずつハの字を書き始めた。
ええい、仕方がない。
俺は浜風の手を取った。雪のように冷たい手であった。それが重ねられ、冷たさに挟まれる。だが、愛おしさを感じさせる手つきだった。
浜風「えへへ……」
浜風の頬が綻び、解れた。
浜風「温かいです、とても」
提督「……」
浜風「温かい……」
じっくりと味わうように撫でられる。さすがに気恥ずかしくてたまらない。
だが、浜風の笑顔を見ていると、離せなくなってしまう。
死の病が取り払われた美しい笑顔を、少しでも翳らせたくないから。
11 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:27:50.44 ID:Yh/EkjdW0
雷「司令官」
凍てつくように冷たい声がした。感情が欠片もない、抑揚というものを限りなく抹殺した声である。背筋を走り抜けた悪寒に、思わず肩が震えた。
浜風の後ろに、雷が立っていた。
提督「い、雷……」
廊下が暗くなったのは、雲がさらに深まったからではない。目に光がない雷の異様さに空気が支配されたためだ。
浜風の手を振り払ってしまう。遠ざかった温もりを惜しむ小さな呟きが余韻を漂わせた。
雷「……執務室にいないと思ったら、こんなところで油売っていたんだ。仕事、まだ終わってないでしょ?」
提督「あ、ああ……」
雷「さっさと戻るわよ」
雷は有無を言わさず俺の手を取ると、信じられないほどの力で俺を引っ張った。ぐん、と身体ごと持って行かれる。
提督「い、雷……。痛い、もう少しゆっくり……」
雷は答えず、ずんずんと進む。
背後から感じる鋭い気配は、苛立ちの具現化というべきもので。彼女はこうなると俺の言うことなどまったく聞きはしない。
諦めて大人しく従うしかない。
俺は浜風の方を見た。
浜風「……」
青い瞳が、じっとこちらに向けられている。
先ほどとは違って、感情の篭っていない瞳だった。
彼女が何かを呟いた。
何を言っているかは、分からなかった。
12 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/08/06(日) 01:29:16.36 ID:Yh/EkjdW0
投下終了です
13 :
全治全能の未来を予言するイケメン金髪須賀京太郎様に純潔を捧げる
[sage saga]:2017/08/06(日) 07:10:12.27 ID:nxoMlVsA0
須賀京太郎×浜風の薄い本出ろ
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/06(日) 15:39:32.08 ID:wdKikOuG0
いいですね。浜風はやっぱりこうでなくちゃって感じの可愛さになってきました。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/08(火) 00:49:57.14 ID:s9p/pcqhO
拠り所が見付かってよかったなあ
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/08(火) 06:58:43.26 ID:OcsXLuTa0
乙でした。
拠り所は、雷も同じなんだよな。共存は・・・できませんよねww
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/09(水) 16:08:42.75 ID:wOnqlWEKO
雷の提督への執心が描写される度に冒頭で出てきていないことの不穏さが煽られる
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/12(土) 22:28:57.07 ID:/EfBPuYfO
乙です。 ゾクゾクするんじゃあ〜
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/15(火) 00:03:49.94 ID:lkW8F3iK0
かなーしーみのー
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/08/26(土) 23:17:35.44 ID:Hlt7PJs+0
やっぱりヤンデレは最高だぜ!
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/08/31(木) 20:30:10.36 ID:chLC6Y280
あ
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/09/01(金) 00:29:53.26 ID:2hcyqsbk0
い
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/09/01(金) 08:45:10.33 ID:2hcyqsbk0
う
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/09/03(日) 22:54:49.85 ID:noluQSef0
え
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/09/05(火) 19:24:39.09 ID:rrU576TC0
やっと追いついた
本当に引き込まれる文章だね、楽しみにしてます
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/05(火) 19:43:24.29 ID:UKfE4wxco
>>21-25
sageろks
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/16(土) 14:24:08.79 ID:GDYL9kQ30
次は雷の過去についてですかね?
ゆっくり待ってます。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/26(火) 18:01:18.20 ID:1dVCHsmr0
にょむん
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/09/27(水) 23:19:07.11 ID:ExVLEaBn0
まだぁ?
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/16(月) 21:17:38.04 ID:tNN/w3FO0
むふぁさ
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/24(火) 02:28:43.43 ID:+ykNWrkFo
楽しみに待ってるよ
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/24(火) 08:31:15.46 ID:0oAW65HxO
全裸で待ってます
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/06(月) 22:50:48.28 ID:vSAq6mfX0
久々に覗きに来たけど、更新なしかぁ。
そろそろ続き来てくれないかな。
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/06(月) 23:19:32.33 ID:1eChFKvbo
まあ待ちましょーよ
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/16(木) 00:26:38.93 ID:/D93QT2M0
浜風
36 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/11/28(火) 13:35:29.60 ID:qYOO9WP20
>>1
です。お久しぶりです。
いろいろ忙しくて書けませんでしたが、これから少しずつ書いていきます。お待たせして申し訳ありませんでした。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/28(火) 14:29:23.04 ID:6qaS3efqO
いいぞ!
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/11/30(木) 23:58:55.04 ID:rKzMhph50
続き楽しみにしてますよ!
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/02(土) 01:27:17.06 ID:oHFzzczH0
全裸でのんびり待機してます
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/06(水) 23:28:28.61 ID:SSbz/Qai0
マッチョった
41 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/10(日) 19:06:48.41 ID:eg0K5nIp0
■
帝国歴二十九年、七月。
雨しかない七月だった。
晴れた日のことを思い出せないのは、雨の日以外のことをロクに覚えていないせいだ。とくに雨が多い月だったわけでもなかったし、蝉がたくさん鳴いていたのは記憶の片隅に残っている。普通と変わらぬ夏だったはず。
だけど、その夏はあまりにも私の最愛の人たちが死にすぎた。そして、ことごとくその日が雨だったから、雨が頭の中に黴のようにこべりついて離れない。
雨、雨、雨。濡れて垂れ下がる髪、頬を伝い首筋を流れる冷たさ、肌に張り付く濡れたシャツ。雨の嫌な記憶、そして感触や匂い。すべてが私を脅かす。
第六駆逐隊のみんなを最後に迎えたのは、全部そんな嫌な思いに襲われるときの、暗く澱んだ港でだった。
電を出迎えたときも暁を出迎えたときも、響を出迎えたときも。
雨が煩かった。
42 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/10(日) 19:07:59.99 ID:eg0K5nIp0
三人とも、リランカ島沖での対潜訓練に参加していた。秋の大規模作戦に向けて鎮守府全体の練度を上げるために行われた訓練だったと思う。第六駆逐隊は、その筆頭訓練候補に選ばれたのだ。
最初、それを聞いたときは三人とも嬉しそうにしていた。提督から期待をかけていただいていることが、光栄だったから。あの奥手な電も、鼻の穴を広くして興奮していたほどだ。舞い上がった私たちは、絶対にこの訓練で強くなって大規模作戦に参加する艦隊に選ばれようと誓い合った。
そのときの気持ちは、忘れられない。小さいからと小馬鹿にされ続け、それでも毎日頑張ってきた成果が花開こうとしていたのだ。それがどれだけ私たちの誇りを呼び起こしたか。どれだけ私たちの心が熱くなったか。
だが、その喜びは線香花火のように一瞬で消えた。
誰一人。誰一人も、無事に帰ってきてはくれなかった。私以外の三人はそれぞれ個別に出撃し、それぞれが無残に戦死した。
まず最初に犠牲となったのは電だった。
彼女は、艤装の不具合で航行不能となったときに、戦艦タ級の主砲の直撃を受けた。一瞬で、電はバラバラになってしまった。随伴艦が助ける暇なんてなく。
帰ってきたのは、辛うじて残った「腕」だった。
その「腕」を、三人で出迎えた。雨が降っていたのに、誰も傘をさしていなかった。ずぶ濡れになりながら呆然と「腕」を見つめていた。暁が膝から崩れ落ちて、「腕」にしがみついた。
43 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/10(日) 19:08:58.62 ID:eg0K5nIp0
暁「電……電? 嘘よね? いくらあんたでも、こんなに小さくないわよ。ね、電。本当は、どこかに隠れているんでしょ?」
暁の言葉には、誰も答えなかった。答えられるはずがなかった。
「腕」を持ち帰ってきた出撃部隊のみんなに、暁は「電はどこ? 電を出して?」と語りかけていた。みんな、俯いて口を噤んだ。誰も何も言わなかったが、暁はそれでも縋り付いていた。
響「暁……」
響が、暁の肩に手を置いて首を横に振る。暁はその手を払い、出撃部隊旗艦の長門さんに掴み掛かった。
暁「嘘よ! こんなのが、こんなのが電なわけないでしょ! あんたたち、嘘をついているんでしょ? いいから電を出しなさいよ!」
長門「……もう出している」
長門さんが、唇に鉛でも吊り下げているかのように、重たく、苦しげに言った。
長門「その腕が、電だ。我々が回収できたのはそれだけだった」
暁「うるさい! 嘘をつくなって言っているでしょ! いいから早く電を出せ!」
長門「……もう、出しているんだ」
暁「いい加減に――」
長門「電は戦死した!」
長門さんの叫びが雨の音をかき消した。出撃部隊のみんなも、暁も、目を見開く。
44 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/10(日) 19:10:21.88 ID:eg0K5nIp0
長門さんは唇を戦慄かせ、声を震わせた。
長門「いいか、暁。電は死んだ。戦士として立派な最後だった」
握りしめた手から血が溢れ、雨に濡れた地面に溶ける。ただ、それを見詰めることしかできない。
長門「我々のせいだ。我々が、もっとちゃんと守っていれば……もっと早く助けに行けていたら……。こんなことにはならなかった。すべては、この艦隊の部隊長を務めた私の責任だ」
長門さんはそう言って、深々と頭を下げた。濡れた髪が重たげに垂れ下がる。
残酷な事実を突きつけられた暁は、よろめき、尻餅をついた。首を何度も横に振り、長門さんの揺れる瞳を見て、最後に「腕」に目を移すと号泣した。
割れんばかりの慟哭が、沈黙の港を引き裂いた。
響も唇を噛み締めて泣き、長門さんも目から涙を止めどなく流していた。出撃部隊のみんなも、すすり泣いていた。
私は、ただ呆然とその光景を見ていた。涙が流れたかどうかなんて、覚えていない。妹のように可愛がっていた親友が死んだ事実を、受け止められなかったのだと思う。きっと、暁よりも信じていなかった。
――嘘なのです。
そんな風に笑いながら、電がどこかから出てくるんじゃないか。
けど、現実は残酷で。電は、もう帰ってはこなかった。二度と笑いかけてはくれなかった。
あるのは、痛々しいほどに千切れた「腕」だけ。
司令官がやってきたのは、それから少ししてからだった。
東「……電」
変わり果てた電を見て、司令官は重たい声を絞り出すように呟いた。
長門「提督、すまない……」
東「電の最期は……どうだった?」
長門「立派だった。戦士として、誇り高い最期を迎えた」
東「そうか」
司令官は、泣き崩れる暁の側にしゃがんだ。
45 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/10(日) 19:11:39.25 ID:eg0K5nIp0
暁「しれい……かん……」
東「……」
暁「電が……私の妹が……、なんで、なんでなの……? どうしてあの子が死ななくちゃならないの?」
黒く塗りつぶされた目で、暁は尋ねていた。
東「ここは、戦場だ。残酷だが人が死ぬ」
暁「でも……」
東「暁……君は戦士だろう? 戦士なら分かるはずだ。辛いことだとは思うが、君は電の死を受け入れなければならない。受け入れて、進むしかないのだ」
暁「……」
東「それが、残されたものの役目。電は、真の戦士だった。彼女の勇敢さを忘れてはならない。君も……私も……彼女の勇姿を網膜に焼き付けて、戦うんだ」
暁「戦う……」
東「そうだ! 我々は、戦うしかない。戦って、彼女の無念を晴らそう! 掛け替えのない仲間の命を奪った奴らに鉛玉をくれてやれ!」
提督は、暁を強く抱き寄せる。暁の目が大きく見開かれた。雨の音を吹き飛ばす提督の力強い言葉が、暁の、そして私たちの耳朶を震わせた。
東「鎮魂の歌は、連装砲で奏でるのだ! それが戦場の仕来りなのだから!」
暁「……私は」
東「仇を取ろう。私は、絶対に奴らを許さない」
暁は提督の腕に手を置いて、僅かな逡巡を漂わせた後に「腕」を見た。火傷で黒ずんだ指が、暁や私たちへと助けを求めるように伸びている。電の怨嗟が、雨に混じって聞こえた気がした。
暁が頷いた。ゆっくりと、しかし力強く。響も鋭い眼差しを空へと向ける。憎しみの火が、硝煙の香りを伴いながら私たち三人の心に焼き付いた。
東「――」
司令官の言葉は、雨に消されていた。
なんて言ったのかは分からない。
ただ、司令官は三日月のように口元を歪め、笑っていた。
46 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/10(日) 19:12:15.11 ID:eg0K5nIp0
投下終了です
47 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/10(日) 19:18:27.15 ID:eg0K5nIp0
提督→司令官ですね……。すいません。つい、癖で提督と書いてしまいます…
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/10(日) 21:23:29.84 ID:lAcGWgp/O
乙
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/11(月) 21:37:52.23 ID:1/MQFVLeO
乙です
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/14(木) 23:52:53.71 ID:k7OaJJZ60
乙です
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/18(月) 07:49:10.05 ID:x9BjxNeF0
乙乙!
52 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:13:43.84 ID:rVvkDkxp0
■
私は、やり直す。
提督の側で。提督の温もりに抱かれるために。
陽炎「浜風?」
陽炎姉さんの言葉で我に帰る。怪訝そうなアメジストの瞳が私を捉えていた。
いけない、また提督のことを考えていた。彼のことを考え出すとどうしてか止まらなくなってしまう。思考がいつの間にか彼で埋まってしまうのだ。
任務中は、考えないようにしていたのだが。
浜風「すいません」
陽炎「分かっているとは思うけど、任務に集中しなさいよ」
浜風「はい」
注意を受けてしまった。私としたことが。
私は、連装砲のグリップをしっかりと握り直した。辺りを見渡す。海。水平線の向こうが空と溶け合うほどに青い海だ。波を砕く飛沫に洗われながら、私は海上を疾駆している。前方には眼を凝らす時津風と深雪、隣には陽炎姉さんがいる。私が所属する南西鎮守府第一駆逐隊のメンバーだ。
私たちは、重油資源の確保を目的とした遠征任務に就いていた。南西鎮守府は五月に入り東部オリョール海の攻略を終え、鬼門と言われる沖ノ島海域への挑戦権を得ていた。それに備えて重油を蓄えておきたいからだろう。ここ一週間はほとんど重油資源の確保に重点を置いた遠征が行なわれていた。
時津風「どうしたの浜風〜? 浜風がぼーっとするなんて珍しいこともあるもんだね」
時津風が振り返り、言った。
浜風「少し考え事をしていました」
時津風「考え事? なになに?」
浜風「それは……」
提督のことだとは言い辛い。適当に誤魔化そうと言葉を選んでいると、陽炎姉さんから肩を叩かれた。
53 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:14:46.34 ID:rVvkDkxp0
陽炎「私語はほどほどにしなさいよ。時津風も、前を向きなさい」
時津風「はーい」
時津風は少し面白くなさそうに顔を顰めたが、素直に前を向いた。
深雪「たく、二人とも弛んでるぜ。しっかりしてくれよなー」
時津風「むむっ、深雪に言われると腹立つなあ」
深雪「なんでだよっ? あたしは真面目に警戒してんだろ?」
時津風「いつもいい加減じゃん」
深雪「任務のときはちゃんとやるさ。おら、それより集中しな。あたしまで隊長さんに怒鳴られるのはごめんだぜ」
時津風「……ちっ」
時津風の舌打ちに、深雪が何か言いたそうに口を開きかけたが、何も言わずに警戒に戻った。陽炎姉さんを怒らせたら怖いことを骨身に沁みて知っているからだろう。
陽炎「まったく……」
陽炎姉さんは呆れたように息を吐き、腕に巻かれた羅針盤に眼を落とした。
陽炎「そろそろ目的地に到着するわよ! いつも通り妖精たちが回収作業をしている間、私たちは対潜・対空警戒に当たること。もし、敵と会敵するリスクがある場合は作業を中断してすぐに引き上げるわよ! いいわね?」
了解。私たちはそれぞれ声を張り上げて答えた。いつもやっていることだとはいえ、指先一つ分でも命を天秤にかけている以上は力が入る。
だが、私は例外だ。敵に発見された場合、時津風や深雪以上に集中して狙われてしまうが、それでも深海棲艦の攻撃では死ぬことは叶わない。そういう呪われた身体を持っていた。だから、私が声を張り上げたのはただの演技である。
しばらくすると、水平線に島影が見えた。回収地点。
陽炎姉さんが、曳航していたドラム缶の鎖を手繰り寄せ言った。
陽炎「それでは、作戦を開始する。各自警戒を怠るな!」
54 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:15:56.94 ID:rVvkDkxp0
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55 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:16:43.28 ID:rVvkDkxp0
undefined
56 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:18:26.43 ID:rVvkDkxp0
遠征を終えて鎮守府に戻ると、遠征隊のみんなが私たちを出迎えた。帰還の鐘が静寂を揺らしていた。
私たちはドラム缶を携えて港に上がる。みんなが集まって囲ってきた。
「陽炎、お帰り!」
「資源はどう? 回収できたの?」
「敵とは遭遇した?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問は恒例のものである。そんなに毎回大袈裟に聞く必要もないと思うが、ただでさえ娯楽が少ないのが鎮守府という場所だ。出迎えも、艦娘にとって楽しみの一つになるのも無理はない。
陽炎姉さんはドラム缶を豪快に地面に置いて、胸を張った。
陽炎「何事もなく回収できたわよ〜。それもいつもの二倍くらいね!」
感心する声が一斉に上がった。
「二倍! そんなに回収したんだ!」
「すごいね……」
時津風「浜風が考案した遠征ルートが見事に当たったね〜。ほとんど敵と合わなかったよ」
深雪「ああ。いつもより若干遠回りだったけど、びっくりした。あんないいルートがあったんだな」
時津風と深雪の言葉に、視線が一斉に私の方へと向いた。説明をせがまれているようだったので答えることとした。
浜風「以前所属していた鎮守府で私が発見したルートです。あの場所は、地図上には記載がない岩礁地帯と被っていて潜水艦の活動には適さないんですよ。それに、それ以外の艦種も『餌』である魚類の活動が活発ではないからか、避けてくれます。深雪の言うとおり遠回りになってしまうから、提督の皆さんは最初から無視しているようですが」
陽炎「まさに、急がば回れってやつよね。浜風の言う通りドラム缶の量をいつもより増やしていて良かったわ。いつも通りの量だったら、回収しきれなくて油まみれになるところだったろうし。――さすが私の妹」
陽炎姉さんは満足気に笑いながら私の背中を叩いてくる。たぶん、手を抜いてはいてもそれなりに力が入っているはずだ。後で赤くなるのだろうな。
57 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:19:30.21 ID:rVvkDkxp0
「浜風さん、頭いいなあ……」
「たしかに。浜風さんの物の捉え方や考え方ってかなり鋭いと思う。海域の情報や敵の生態にも専門家が顔負けするくらいに詳しい。悔しいけど、頭の出来が違うわ」
「本当に本配属されてから二年目なの?」
浜風「ありがとうございます。とても、嬉しいです。皆さんの役に立てていれば良いのですが……」
陽炎「役に立つもなにも。浜風の考えたことで、みんな本当に助けられてるんだから。胸を張りなさい」
浜風「姉さん……」
陽炎「真面目なあんたのことだから、負い目があったんでしょうけどね。あんたはきちんと罰を受けた。そして、自分の能力を生かして迷惑をかけた皆にお返しもしている。やってしまったことは消せないけど、あんたが誠意を持って償っていることは皆見ているわ。ね、そうでしょ?」
陽炎姉さんが周りに同意を求めると、みんなそれぞれに顔を見合わせて頷いてくれた。もちろん、この人だかりにいない人間もいるから全員ではないが……それでも多くの人間が、私を許そうと、歩み寄ろうとしてくれているのを実感できる。
浜風「……ありがとうございます」
私は、瞳を潤ませてみせた。
浜風「姉さん、皆さん……。これからも、頑張ります……」
58 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:20:26.63 ID:rVvkDkxp0
陽炎「な、泣かなくてもいいでしょ。ちょっと……」
時津風「陽炎慌ててる〜」
陽炎「あ、慌ててないわよ!」
深雪「どう見ても慌ててるんだよなあ」
陽炎「う、うるさい! ほら、浜風……。ハンカチで涙拭いて」
浜風「……」
私はハンカチを受け取り、目元を拭う。
本当、お人好しな姉だ。騙されているとも知らずに手を差し伸べてくるなんて。
私に向けられている優し気な目線の数々にも失笑をこぼしたくなる。なんて、単純な人たちなんだろう。反省の色を示し二三回涙を見せただけで、もう許す気になって心まで開こうとしている。
この鎮守府には、私と同じように他所の鎮守府で「辛い境遇」を経験して流れ着いてきた者たちが多いとはいえ……。はぐれ者に対してある程度寛容なのは分かるが、それにしても生温いのではないか。
しかし、呆れる一方で都合がいいとも感じる。優しさや寛容さほど、利用しやすいものはない。
時津風「げっ」
時津風が一歩引きながら小さく呟いた。苦手な野菜を前にしたときの子供のような反応である。視線の先を追いかけると、その理由が分かった。
雷さんがこちらに来たからだ。
59 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:21:42.12 ID:rVvkDkxp0
雷「お疲れ様、陽炎ちゃん」
陽炎「お疲れ様」
陽炎姉さんが雷さんを不思議そうに眺めていた。提督がいないからだろう。
雷「司令官はいないわよ。忙しくて手が離せない状況だったから、私が代わりに成果の確認に来たの」
陽炎「ああ、それで……。やっぱ、沖ノ島海域攻略ともなると忙しくなるわよねえ」
雷「鬼門だからね」
苦笑いしながら答えると、雷さんは手に持っていたファイルを広げた。
雷「それじゃ、確認するわよ。今回の鼠輸送任務で獲得した重油は」
言いかけて、固まる。私たちが持ち帰ったドラム缶の量を目にしたからだろう。
雷「えっと……。もしかして、このドラム缶全部持って行っていたの?」
陽炎「そうよ」
雷「ずいぶん無茶なことするわね。それで、どれだけ獲得できた?」
陽炎「これ全部」
60 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:22:36.67 ID:rVvkDkxp0
陽炎姉さんが、ドラム缶に肘をついて得意げに言うと、雷さんは目を白黒させた。
雷「えっ!? 通常の倍くらい量があるのに? う、嘘でしょ」
陽炎「本当だってば。よかったら確認してみてよ」
雷さんは陽炎姉さんの言葉に従い、ドラム缶一つ一つを検分し始めた。彼女のポケットには妖精たちが潜んでいたようで、ドラム缶の上に躍り出ると注入口を開く。匂いを嗅いだり、微量の重油を取り出して検査薬で品質を確かめたり、忙しなく働いていた。
やがて検査が終わると、妖精たちは雷さんの肩に止まり、耳打ちをして結果を伝えた。
雷「……全部、基準値をクリアーしているね。本当なんだ」
陽炎「まあ、信じられないのも無理ないわよね……」
雷「間違いなく、今までの鼠輸送で一番の成果よ。これは司令官、大喜びすると思う」
陽炎「そっか〜! だってよ、浜風。よかったじゃない」
陽炎姉さんがニヤニヤと笑いながら言ってくる。
浜風「はい。そうですね」
陽炎「なんか物足りない反応ね。もっと喜んでいいのよ、もっと」
浜風「一応、喜んでいるつもりですが……」
61 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:23:46.23 ID:rVvkDkxp0
雷「えっと、陽炎ちゃんどういうこと? なんで浜風さんが……」
困惑を表情に貼り付けて雷さんが訊ねてくる。
陽炎「あれ、雷ちゃん知らない? 今回の遠征は浜風がルートを組んだのよ。この大成功もそのおかげってわけ。……司令にも話し通していたから、聞いていたかと思ってたけど」
雷「一応、第一駆逐隊が遠征ルートの変更を上申してきたとは聞いていたけど……。浜風さんが考えた案だったのね。てっきり、陽炎ちゃんが考えたのかと思ってたわ」
陽炎「ちゃんと浜風が考えた案で行くとは言ってたんだけどね。提督が伝え忘れたのかも」
雷「そ、それで、どんなルートだったの? 私、そこまでは聞いてないから……」
陽炎姉さんが説明をする。黙って説明を聞いていた雷さんは、目から鱗とでも言うように驚いた表情を浮かべたが、だんだん苦々しい表情になっていった。私の提案の優位性を素直に認めたくないのだろう。
雷「……ふうん。そんなルートがあるんだ」
雷さんは唇を尖らせながら言った。
雷「すごいじゃない、浜風さん。命令違反ばかりする勝手な人だと思っていたけど、それだけじゃないんだね」
浜風「ええ、どうも」
雷「ちょっと見直しちゃったわ。この調子で、司令官のために頑張ってね」
浜風「……」
貴女に言われるまでもない。
私は提督のためになるのなら、なんでもやるつもりだ。そう、なんでも。
62 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:24:54.74 ID:rVvkDkxp0
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63 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:25:50.37 ID:rVvkDkxp0
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64 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:27:09.23 ID:rVvkDkxp0
雷「今回のこと、私から司令官にちゃんと報告しておくわね。それじゃ、検査も終わったし、そろそろ」
浜風「お待ちください」
踵を返そうとした雷さんに声をかける。彼女はピタリと立ち止まり、マリオネットのような機械的な動作で振り返った。
雷「何かしら?」
浜風「報告なのですが、私から提督にしたいです。今回の遠征は私が考えたものですし、私が報告するのが筋だと思うのですよ」
雷「必要ないわよ」
雷さんは、にべもなく言い放った。
雷「司令官への報告は特に必要な事由がないなら、秘書艦が行うのが通例でしょ? それこそ筋よ。私が検査に来たのも、そうする必要があるからだしさ。だから、気を回さなくても大丈夫」
浜風「別に気を使っているわけではないです。ただ、私が報告した方がより正確な報告ができると思うので言ったんです。遠征ルートのことが雷さんに伝わってなかったように、報連相は人を通すだけ正確な情報が伝わらなくなる可能性が高くなりますので。そのことを考慮しても、単純にそちらの方が効率が良いとは思いませんか?」
雷「心配しなくてもちゃんと伝えるわよ」
雷さんは怒気を込めて言った。
雷「ちょっと失礼じゃないかしら? 私がそんなことも伝えられないとでも言いたいわけ?」
65 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:28:08.76 ID:rVvkDkxp0
浜風「そうは言っていません。ただ、私は効率の話をしているだけですので。それに、さっき秘書艦が報告を行うのが通例と仰いましたが妙ですね。前の鎮守府では、遠征の報告は、その遠征を取り仕切る部隊長もしくは部隊長の代行者もしくは部隊全員で行うのが通例でしたよ? 情報の錯誤を避けるためにです」
私がそう指摘すると、雷さんの顔が青くなった。図星を指されたようである。
浜風「それとも、私の鎮守府だけだったのでしょうか? 陽炎姉さんは、前の鎮守府ではどうでしたか?」
陽炎「ええと……岬鎮守府も、たしかに遠征部隊みんなで報告していたわね」
浜風「だ、そうです。この鎮守府だけのルールみたいですね。もちろん、提督の判断でそうしているのなら従います。ただ、そのことについても確認したいので、一度お伺いを立てたいと思います」
雷「……ダ、ダメよ。ダメ」
浜風「何が駄目なんでしょう? 提督と会って話を聞くだけですよ?」
雷「ダメなものはダメなの! だって、今までは私がやってきたんだから」
浜風「理由になっていませんね。では、提督じゃなく雷さん……いえ、雷秘書艦に聞きましょう。報連相の手段が、そのような非効率な方法になっているのは何故なんですか?」
雷「そ、それは……」
雷さんは言葉を詰まらせる。言うべきことを探しているが、見つからないのだろう。あまりにも滑稽で、あまりにも愚かしい。
66 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:29:23.67 ID:rVvkDkxp0
浜風「ああ、それとも」
せせら笑うのを堪えながら、私は核心に触れた。
浜風「私が……いえ、私たちが提督に会うと何か不都合なことでもあるのでしょうかね。雷秘書艦にとって、不都合な何かが」
雷「――」
雷さんが目を見開き、噛み付かんばかりの勢いで睨んできた。
陽炎「ス、ストップストップ!」
私と雷さんの間に割って入り、陽炎姉さんが声を張り上げた。
雷「陽炎ちゃんどいて! こ、この。司令官に優しくされているからって、付け上がるんじゃないわよ!」
叫びながら突進してこようとする雷さん。だが、陽炎姉さんの腕に抑えられ、そこから先は一歩も前進できない。
しかし、付け上がるな、か。果たしてどの口が言うのだろうか。
陽炎「雷ちゃん、雷ちゃん落ち着いて! たくもう……報告に誰が行くかくらいでそんな揉めることないでしょ!」
雷「うるさい! 喧嘩を売ってきたのはあいつよ! あんな軍規違反女、私がぶっ飛ばしてやる!」
陽炎「落ち着きなさい! 浜風、あんたもよ!」
浜風「私は落ち着いてますが」
陽炎「そうかもしれないけど! でも、どんな形であれ発端はあんたでしょ? とりあえず謝りなさい」
67 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:30:56.24 ID:rVvkDkxp0
浜風「……」
眉を顰めそうになる。
鼻息を荒くして唸る珍獣に、どうして私が頭を下げなければならないのか。ただ、まあ、私が軽く挑発したことが原因であるのは確かだ。
私は溜息をつくのを堪え、頭を下げた。
浜風「そうですね。たしかに、私が怒らせてしまいましたから……。言い過ぎました。不愉快な思いをさせて、申し訳ありません」
雷「……ううぅ! この、この……!」
陽炎「雷ちゃん……ちょっと落ち着こう? ほら、浜風も謝っているし。ね?」
雷「……」
唸り声が徐々に落ち着いてくる。
陽炎「報告には私が行くわ。雷ちゃんと一緒にね。それだったら筋は通っているし、いいでしょ?」
浜風「はい」
陽炎「雷ちゃんも、それでいいかしら?」
雷「……」
雷さんは息を荒げながら、ゆっくりと頷いた。
陽炎姉さんが、安堵の息をついた。
陽炎「……深雪、時津風。私、報告に行ってくるから資源の運搬だけ頼めるかしら?」
深雪「おう。問題ないぜ」
時津風「私も大丈夫〜。任せて〜」
陽炎「ありがとう」
陽炎姉さんはお礼を言うと、動かなくなった雷さんの腕を肩に回して立ち上がった。そして、そのまま雷さんと一緒に、鎮守府本館の方へと歩いて行った。
二人が去った後の港には、気まずい空気が流れていた。潮風が走り抜け、沈黙にケチを付けてくる。五月の風が冷たいのかどうかは知らないが、きっと温かいものではないのだろう。
私は振り返って、みんなに頭を下げた。
浜風「お騒がせして、すいませんでした」
68 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:32:02.22 ID:rVvkDkxp0
時津風「いやいや、いいよ〜。みんな、あの腰巾着さんには少なからず思うところあるしさ」
時津風がさらりと棘のあることを言った。眠そうな眼差しは、陽炎姉さんたちの去ったところに向けられているが、その色は冷ややかだ。
深雪「……まあな。浜風、秘書艦様が言ったことなんかあんま気にすんなよ。別にお前、間違ったこと言ってねえしな」
浜風「……」
私が無言で頷くと、深雪はあからさまに嫌味な感じで舌打ちをした。
深雪「なにが『司令官に優しくされてるからって付け上がるな』だよ。それはお前じゃねえか。……たく、遠征も出撃もしねえいいご身分のくせに、人に対してそんなこと言えんのかよ」
「……たしかに、深雪の言うとおりね」
「私も、ちょっとそう思うなあ。昔、色々あったのは知ってるけど、それでもね……。提督にべったりで、みんなと仲良くしようともしないし」
「司令や陽炎は、優しすぎると思う」
時津風や深雪の言葉をきっかけに、みんなが次々と愚痴をこぼし始めた。雷さんに対して、みんながあまりいい感情を持っていないことは、私も把握していた。鎮守府に来て三カ月になるが、それくらいの期間があれば人間関係はおよそ掴めてくるものだ。やはり、どこの組織にも多寡に差はあれど人間関係のいざこざというものは付き纏ってくるようで、この鎮守府も例外ではない。
69 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:33:13.69 ID:rVvkDkxp0
とくに、雷さんは難しいポジションにいるようだった。彼女の複雑な出自もそうだし、この鎮守府での立場や扱われ方もそうだ。
彼女は形ばかりの秘書艦である。明らかにその適性や能力がないのに、秘書についているのだ。詳しい理由は分からないが、どうにも提督の意向でそうなっているとのことである。まあ、彼女の過去や、金魚の糞みたいに提督に付き纏っているところを見れば、察しはつくが。
ただ、その「特別扱い」がどうにもみんな面白くないようで、出撃部隊も遠征部隊も関係なく、彼女に良くない感情を持っている者は多い。しかも、出撃や遠征任務も免除されている優遇っぷりだから、なおさらその感情に拍車がかかる状況になっている。艦娘は、戦うことをアイデンティティとする存在だから、その嫌悪もまあ無理なからぬことであろう。働かざるもの食うべからず、なんて諺もあるが、いかに寛容なみんなであろうとも、戦う意思が米粒ほどもないものは冷遇するようである。
そして極め付けは、本人も提督以外に興味がないことだろう。誰とも交わろうとしないから、この状況が変わることはない。現に彼女に接するのは、間宮さんや榛名さん、そして陽炎姉さんくらいだ。
と、こんな感じで、雷さんはこの鎮守府では孤立している。身から出た錆びというべきもので、同情する余地はあまりない。
だが、私にとっては彼女の存在もとても都合がいいものだ。彼女は利用できる。この鎮守府の人間たちと信頼関係を築き、掌握する手段の足がかりとして。
ヤケを起こし、マイナスからスタートした私が、この鎮守府に溶け込む手っ取り早い方法。それは共通の敵を作ることだ。南鎮守府にいた頃は南提督を共通の敵に置いたが、この鎮守府では雷さんにその生贄役をやってもらう。
雷さん。貴女がこの鎮守府から消えるのはその後だ。
時津風「ささ、そんなことよりパパッと資源片付けちゃお〜。お腹空いたしさあ」
深雪「だなあ。今日はA定食らしいから、張り切ってやるぜ!」
ドラム缶を運び始める時津風たちを尻目に、私は海を見た。
海は、ただ静かに潮騒を打っている。
70 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2017/12/31(日) 12:34:38.09 ID:rVvkDkxp0
投下終了です。
来年も風病をよろしくお願いします。
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/31(日) 13:37:29.10 ID:WXSUsJ4Go
乙です
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/31(日) 14:43:01.74 ID:Y6lLsN+Qo
乙!相変わらずしたたかな浜風や
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/31(日) 19:49:09.46 ID:Xpv+DYr7o
乙ー
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/03(水) 11:39:42.97 ID:nG/JY0SX0
乙風
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/04(木) 19:20:35.36 ID:muUCf+zD0
乙でっす
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/09(火) 12:55:09.48 ID:RSrxuefe0
乙ですー
77 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:43:28.80 ID:tKC3niEB0
■
静かな夕刻だった。
執務室にはペンを走らせる音と、時計の音だけがある。俺は黙々と、山と積まれた資料の確認を行っていた。蟻が角砂糖を崩して巣に持ち帰るような、途方もない作業ではあるが、ルーティンと化しているから大して苦痛には感じない。いつものようにやっていれば、そのうち終わる。
が、今日はいつもより筆が乗らない。集中ができないのだ。理由は、秘書の雷である。
隣のテーブルに目を移す。そこには雷が座っていた。眉間に皺をよせ、乱暴な手つきでペンを動かしている。
いかにも虫の居所が悪そうな様子であった。そして、とにかく落ち着きがない。時折思い出したかのように溜息をついたかと思うと、今度は指でリズムを刻み、苛立ちを表現する。
陽炎と一緒に遠征の報告に来たときから、やけに機嫌が悪い。報告をしているときも声の端々に苛立ちがこもっていたし、陽炎が帰って事務作業を始めてからもずっとこの調子だ。
同室にいる身としては、気が気ではなかった。
78 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:44:29.38 ID:tKC3niEB0
提督「なあ、雷」
雷「……なに?」
提督「どうかしたのか? やけに機嫌が悪そうだが」
雷は返事をせず、頬を膨らませ俯いた。
提督「なにか嫌なことでもあったのなら、相談くらいにはのるぞ?」
雷「……」
提督「……うーん」
困ったな。本人が教えてくれなければ対処のしようもない。
まあ、無理に訊き出すのも良くはない。彼女が話したくないのなら、その意思を尊重しなければならないだろう。
執務に戻ろうとすると、椅子が擦れる音がした。雷が立ち上がったのだ。
お手洗いにでも行くのか。そう思ったが、雷は扉の方ではなくこちらにやって来た。
79 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:45:44.83 ID:tKC3niEB0
提督「雷?」
相変わらず何も言わない。きゅっと下唇を噛んで、俺を見下ろしている。栗色の瞳に映った俺の像は雨の日の水面のごとく揺れていて、不安定だ。
どうしたのだろう?
俺が様子を伺っていると、彼女は俺の後ろに回った。突然のことで反応が追いつかない。後頭部が何か柔らかいもので包まれた。布数枚の先にある人肌の感触が、首筋の辺りを撫でる。
驚いて振り返ろうとした。だが、頬が彼女の鼻先にぶつかった。温い吐息。心臓の音。そして遅れて感じる肌の熱。それらに気づいた瞬間、銀木犀にも似た香りがふわりと華やいだ。
提督「……」
突然どうしたのか。
困惑していると、雷がそっと囁きかけてきた。
雷「ねえ、司令官」
提督「……なんだ?」
雷「あの子に、優しくしないで」
提督「あの子?」
雷「浜風さんのことよ」
浜風の名前を、苦虫でも吐き棄てるように言う。
まさか、機嫌が悪い原因は浜風か? 遠征の出迎えの際、浜風と喧嘩でもしたのだろうか。
提督「ひょっとしてだけど」
雷「答えて」
尋ねようとすると雷に遮られた。有無を言わさない口調だった。
80 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:46:49.69 ID:tKC3niEB0
雷「答えてよ、司令官」
提督「……」
たしかに客観的に見れば、浜風に対して甘いと思われるのも仕方がないことではある。
が、それはあくまで彼女の特殊すぎる事情を勘案した結果だ。他の艦娘たちに対しても、それぞれの事情を考慮した上で、不平等になりすぎない範囲で個別に対応している。だから浜風だけを特別扱いしているつもりはない。あくまで、鎮守府の長としての視点で、鎮守府の仲間として見ているだけだ。
むしろ、特別扱いしているのは君の方だよ。そんなことは口が裂けても言えないので、飲み込んで他の言葉を述べた。
提督「……別に、特別、浜風に優しくしているつもりはない。みんなと同じように接しているはずだ」
雷「そうは思えないわ。あんな重大な違反をしたのに、解体処分にすらしようともしないし。普通なら、とっくに死刑よ。それを大目にみて、しかも遠征部隊として働かせている」
提督「それはあくまで彼女が優秀な艦娘だからだ。純粋に、能力として判断した結果だよ」
雷「……たしかに、浜風さんが優秀なのは認めるわ。でも、本当にそれだけ?」
提督「……なにが言いたい?」
81 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:47:59.58 ID:tKC3niEB0
雷「あの女に対して、何か特別な感情があるんじゃないの?」
雷の言葉は、重く冷たく耳朶に届いた。
背筋がぞっとする。彼女の細い腕が蛇のように蠢いて喉仏を軽く押さえつけてきた。
提督「そんな感情なんて、ないよ」
図星を刺されたわけではないのに、声が掠れた。
本当に、浜風に対してそのような想いは持っていないのだ。あるのは、救ってしまったことに対する責任感と、仲間としての感情だけ。それ以外にない。
慄きの正体は、後ろに纏わりついた暗い影にある。
可憐な少女の裏側から零れ出た闇に。
雷「ふうん」
うろん気に言うと、彼女は続けた。
雷「じゃあさ、聞いてもいい? あの時――なんで手なんて握っていたの?」
廊下で、二人きりで。
俺は心臓を鷲掴みにされたような気分でその言葉を聞いた。冷たい汗が、米神を伝う。
提督「……そ、それは」
一月前のことだ。今の今までそのことを一度も訊いてこなかったのに、ここで訊いてくるなんて。
俺は、動揺を隠せなかった。やましい気持ちなどないのに。ただ、浜風のささやかな望みに応えただけだというのに。雷の追求は、まるで刃のように鋭く突き刺さった。
雷の俺に対する執着心。そして、そこから形成される「愛情」という名の純粋な悪意。その怖ろしさを知っているから。
82 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:49:34.00 ID:tKC3niEB0
雷「ねえ、司令官。ねえねえ。なんで? なんでなの?」
雷の指が、頬をさする。
提督「……ち、違うんだ。別に、君が気にするような意図は」
なかった、と弁明を続けることはできなかった。
雷が、耳に優しく噛み付いてきたからだ。俺は悲鳴を上げそうになった。今度は舌が耳の中を這う。這い回る。身体中の関節という関節に甘い痺れが走る。その甘さ、その熱さ、そしてその奥にある負の感情――。それらがドロドロと入り込み、脳髄を痺れさせてきた。しかし、それは劣情には決して成り切れない恐怖そのものとして。
雷「言い訳なんて聞きたくないわ。ねえ、司令官。あんな雌猫の手なんて握ってはダメよ。どんな病原菌がへばりついているかわからないんだから」
彼女は俺の腕を鷲掴みにすると、もう片方の手で俺の胸ポケットからライターを取り出し、火をつけた。
雷「ちゃんと消毒しなきゃね」
提督「――」
――なにをする気だ。
雷「うふふ……。司令官、最初は痛いかもしれないけれど、我慢してね? ちょっと爛れちゃうかもしれないけど、大丈夫。高速修復材につければすぐに元通りになるから」
人間にも、高速修復材は効くんだよ。雷は、笑いながらそう言った。
提督「や、やめろ! なにを考えているんだ!」
雷「なにって? 消毒って言ったでしょ?」
提督「馬鹿なことはやめてくれ! それに、一か月前のことだぞ! どうして今になって……」
雷「うん、そのときは我慢したわ。だって、司令官ならあんな病原菌くらい平気だって思ったから。だけど、最近そう思えなくなったの。あの菌が、だんだん司令官の手を穢し始めた気がして……。あの菌って、遅効性だったのよ、きっと」
83 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:50:40.75 ID:tKC3niEB0
訳のわからない持論を展開し、火を近づけてきた。俺は雷の手を必死で振り払おうとしたが、艦娘の力には抗うことができない。押さえつけられ、なす術もなく彼女の良いように扱われる。
恐怖が臨界点に近づいてきた。
足がふるえる。カチカチと歯がなる。背中にシャツが汗で張り付く。潰れた悲鳴を上げ、俺はもがいた。椅子がガタガタと音を立てる様は、恐怖でのたうち暴れる牛のようであろう。
雷「じっとして……ね?」
提督「やめろおおっ!」
火が、俺の袖を微かに焦がし――消えた。
提督「……え?」
雷が、小さく笑って告げた。
雷「冗談よ」
提督「……冗談だと?」
雷「そう、冗談。いくらなんでもそこまではしないわよ」
ふざけているのか。こんなの、冗談の一言で済む問題じゃ――。
雷「でも、半分だけね。司令官に痛い思いをさせるのは嫌だけど、消毒をして欲しいというのは本当。……だから、ちゃんと手を洗ってね? 毎日一時間くらい。じゃないと、今度は本当に燃やしちゃうかも」
横目で微かに捉えられた雷の目には、光など一片もなかった。頭に昇りかけた怒りが一瞬で霧散する。
雷「そうすれば、あの子のことなんか気にしなくなる。……他の子達と同じように接するようになる。そうよね、司令官」
提督「……あ、ああ」
逆らっては、ダメだ。
逆らえば、本当に手を燃やされる。
雷「……司令官が、優しくしていいのは『家族』だけよ。ここにいるみんなは、仲間だけど『家族』じゃない」
そのこと、忘れないでね。
雷はそう告げて、腕を解いた。その際に袖が捲れたせいか、右腕に刻まれた無数の傷が見え隠れしたが、俺は見ないふりをする。
頭を撫でられた。
いつもなら、いや……前までは心地よく感じていたはずのそれも、今では憂鬱を呼び起こすだけだ。
84 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:51:49.44 ID:tKC3niEB0
雷「……司令官の『家族』は私だけよ」
違う。
違うんだ。家族とは、こんな脅迫と心の闇をひけらかした依存で結びついた関係であってはならない。彼女の言う家族の像は酷く歪で、酷くおかしい。
それに、俺の家族はとっくにみんな死んでいる。父も母も……妹の静流も。柊家の名を継ぐものは俺しかいない。
それは彼女だって同じだ。彼女の家族だった者たちは、全員あの事件の犠牲となった。艦娘制度始まって以来のシリアルキラーの手にかかり、殺された。
これは、もう存在しなくなった関係性を無理やり引っ張り出した、狂気じみたごっこ遊びでしかない。みんなに平等に接する義務を負う俺と、「特別な関係」を築くために彼女が考え出した方法だ。ここ一ヶ月近くは、ことあるごとにこの言葉を引き出して、俺とスキンシップを図るようになってきた。
元々、依存傾向の強い子だ。おそらく、この鎮守府に来る前は『家族』に依存していた。そして、家族を失くしてからは、ぽっかり空いた穴を埋めるように俺へと依存した。
最初は、それで仕方がないと思った。似たような境遇にあった彼女に同情したのもある。だからこそ、俺は彼女を拒まずに側へ置き、療養してもらおうとした。ある程度は、それで成功したのだ。塞ぎ込んでいた彼女は、徐々に明るさを取り戻した。
が、一度歪んだものは中々元には戻らない。光が強くなると影が深まるように、明るさの裏に隠れた闇はだんだんと暗く、深くなっていった。
俺は、それに気づくのが遅れた。
いや、彼女を受け入れた時点からすでに手遅れだったのかもしれない。俺は彼女の狂気を拒み切れず、そして彼女への情を捨てきれず、ずぶずぶと沼に嵌るように雷という子に囚われた。
雷「……ふふ」
愛おしげに、雷は笑う。
俺は、浜風の言葉を思い出していた。
カタツムリとレウコクロリディウム。俺と雷の関係性へのアイロニーだ。
俺は、カタツムリか。
なにかあれば、すぐにブラックニッカという殻に籠って身を守る俺には、ぴったりかもしれない。
85 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/16(火) 01:58:20.74 ID:tKC3niEB0
投下終了です。
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>>56
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>>57
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>>58
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>>59
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>>60
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>>64
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>>67
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>>68
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>>69
以上が、まとめ速報の方で更新されていませんでしたので上げておきます。あちらで読まれている方、申し訳ありませんでした。
86 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/16(火) 04:32:34.24 ID:vsIgh03y0
乙です。雷が想像以上に怖い子ですねぇ。良くも悪くも子供って感じですけど。
87 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/16(火) 06:35:52.90 ID:CwD4TKlbo
乙
怖いなぁ
88 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/16(火) 07:45:35.49 ID:U6MxKc5RO
乙風
89 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/21(日) 00:12:46.40 ID:ImO22PzG0
乙です
雷怖いよー
90 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/21(日) 17:17:01.35 ID:uo3Ji56C0
おつー
91 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/27(土) 23:08:25.59 ID:oux51JHM0
■
二度目の雨も煩かった。
粘りつくように、鬱陶しい雨だった。
電が荼毘に付されて一週間後のことだ。司令官の命令で、暁を加えた第一艦隊はリランカ島沖へと出撃した。
もちろん、これは弔い合戦だ。電の無念を晴らすことに躍起になっていた暁は、今まででは考えられないほどに鋭い怒りに満ちた表情をしていた。目は血走り、誤魔化しきれないほどの隈もあった。
暁「行ってくるわ」
響「……暁」
響が心配そうに暁の背中を見ていた。私も、同じ顔をしていたんだと思う。
妹の死を誰よりも深く悲しみ、誰よりも憎んだのは彼女だった。これまでの明るい暁は、面影すらも匂わせることなく豹変していた。
それが、怖かった。暁が急に遠くなった気がしたからだ。
響「……暁、いや姉さん。無理だけはしないでくれ」
暁「分かっているわ。無理なんてしない」
響「約束、だよ?」
暁「レディは必ず約束を守るわ」
だから心配しないで。
暁はそう言ったけど、そこに笑顔なんて欠片もなくて。私も、響も、そんな姉の表情に、どうしようもなく不吉な予感を覚えずにはいられなかった。
電のことが過ぎったこともある。だけど、それ以上に……戻ってきた暁が、もう二度と私の知っている暁じゃなくなるような気がしたのだ。
92 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/27(土) 23:09:55.56 ID:oux51JHM0
雷「私とも、約束して欲しい」
私は何度か逡巡し、絞り出すように言った。
雷「……必ず、戻ってきて」
暁は、振り返らずに手を挙げた。
そうして、暁は長門さんたちとともに出撃した。私たちは水平線の彼方に第一艦隊が消えるまで、ずっとずうっと港で見送った。
響「大丈夫。姉さんは、必ず帰ってくる」
響の呟きに、私は返事ができなかった。
たぶん、響も返事を期待して言ったわけではないだろう。自分に言い聞かせているだけで、不安を拭いたかったのだ。
だが雨は、響の言葉に不穏な響きを与えるだけだった。
それから、二時間ほど経った後だったと思う。出撃部隊から撤退を願い出る電報が入った。
電のときと同じように、暁の艤装が故障を起こしたのだ。機関部が突然火を上げ、航行不能となったという。あってはならない事態が二度も起こってしまったことに愕然とするしかなかった。一体、整備班は何をやっているのだろうか。こんな失態、許されることではない。
不安と苛立ちに苛まれる私たちと違って、司令官は冷静だった。同じ轍は二度と踏まないと、すぐさま進言を聞き入れ撤退を命令した。長門さんを殿に、動けない暁を重巡洋艦に曳航させ、状況を見極めながら指示を出し続けた。
隣で見ていた私たちは、暁の無事を祈った。
どうか。どうか、神様。
暁を……私たちの家族を、無事に帰してください。
93 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/27(土) 23:11:21.19 ID:oux51JHM0
東「……戦線からは、離脱したな」
時計の長針はどのくらい回っただろうか。気が遠くなるような祈りの時間は終わった。
司令官の一言に、私たちは崩れるみたいに尻餅をついた。
響「……よかった。本当に、よかった」
響が顔をくしゃくしゃにしながらそう言った。きっと、私も同じ顔をしていただろう。視界が滲んで、身体が震えて、訳がわからないくらいに安堵していた。
東「迎えに行こうか。この目で、暁のことを観なければ」
司令官の言葉に、私たちは頷いた。
私たちは艤装を身につけて急いで港へ向かった。出撃ドックから直接海に出て暁を迎えにいく。艤装が付けられない司令官は、「灯台の辺りから観るよ」と告げて、そちらへ向かった。
響「……」
雷「……」
私たちの間に言葉はなかった。
ただただ、暁の無事な姿を見たいという一念に囚われて、他のことなんてどうでもよかった。暁。私たちのお姉ちゃん。私たちの大切な家族。その顔がみたい。その顔を見るまで、心から安心なんてできない。
駆けるように、海へ出た。
暁。暁、暁、暁、暁――。
雨が、装甲の上で弾け飛ぶ。雨脚がさらに激しくなってきていた。
暁、暁、暁、暁――。
第一艦隊の姿が、雨で烟る水面に浮かんできた。影が少しずつ形を現してくる。
響「暁っ!」
雷「お姉ちゃん!」
喉を焼くように、私たちは叫んだ。
その声は暁に届いたのか。重巡洋艦の肩を借りていた暁は、私たちの姿を見ると小さく笑った。笑顔は血で化粧されている。大破しているのだろう。黒い煙。電気を走らせる壊れた装甲。痛々しい姿だった。
94 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/27(土) 23:12:49.18 ID:oux51JHM0
でも、生きている。
生きていてくれている。
お姉ちゃん、よかった――。
東『「勧酒」という詩を知っているかい?』
突然、通信が耳をくすぐった。やけにノイズが少なくて、明瞭に聴こえてくる。
東『人生の儚さを謳った漢詩だ。この国では、井伏鱒二の名訳の方が知られているだろう。――この盃を受けてくれ、どうぞなみなみ注がしておくれ、花に嵐のたとえもあるぞ……とね。ふふ、聴いたことはないかな? 私はこの詩が大好きでね。ふとした瞬間、風呂でも入っているときにでも、よく口ずさんでしまうんだ』
まるで歌うような調子の声。やけに明るくて、弾んでいるからか、雨の中でもはっきりと聴こえてくる。
私は、思わず振り返った。
灯台の下に司令官がいる。雨に邪魔されて司令官の顔だけは見えない。
なぜ振り返ったのか。わからない。響は暁の元へ向かっているのに。どうして私は……。
東『と、こんなことを言いたいんじゃない。言いたいのは、そう、この詩の最後の一文。特徴的な一文についてだ。そこに書かれていることが本当かどうか、観てみたいと思ったんだよ。なにぶん好奇心が強いものでね。……ああ、後学のために教えておくとしようか。それは、こういう一文だ』
最後の声音は、優しく紡がれた。
東『「さよなら」だけが人生だ』
95 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/27(土) 23:14:50.68 ID:oux51JHM0
その瞬間だった。
圧倒的な光と轟音が背後を貫いた。海が隆起し、全身を叩きつけるような衝撃が走る。私は前のめりに倒れてしまった。一瞬、世界から雨が消えた。視界も意識も真っ黒に染まる。
それは落雷のような爆発だった。
雷「――」
振り返ると、さっきまでの景色はなかった。炎が渦を起こし、黒煙が空を突き刺すように登っている。まるで海面が焼かれているようだった。
人が、何人も転がっていた。ある人は血だらけになり、ある人は火に包まれて狂ったように暴れ、ある人は顔の半分を失って泣き叫んでいた。
一体、なにが起こったのだろう。
近くの悲鳴が、遠くから聞こえる気がした。
前にいる響が、叫んでいる。あかつき、あかつき。そう叫んでいる。泣いているように叫んでいる。フラフラと前に歩きながら、炎に手を伸ばしながら。
私は起き上がることさえできなくて。
ただ、眼前に広がる光景を呆然と見ていることしかできなかった。
東『ふむ。どうやら本当かもしれないな。さよならだけが人生。ふふ、さよならだけが人生か。人生とは、脆いな』
司令官の嬉しそうな声だけが、はっきりと聴こえた。
今度の雨は遮りはしなかった。
96 :
◆jc3o0gJHYo
[sage saga]:2018/01/27(土) 23:20:19.30 ID:oux51JHM0
投下しました。
人とは何か、という問いはこの作品のテーマでもあります。人ってなんなんでしょうね。
97 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/28(日) 00:17:10.08 ID:cb9x9pSF0
乙風(´・ω・`)
98 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/28(日) 09:01:55.34 ID:DMK2Xz2ao
おつ
99 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/28(日) 21:44:11.78 ID:mjXcrJXx0
更新多くて嬉しい乙
100 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/01(木) 16:48:58.20 ID:uUB/Rq760
乙です。
101 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/01(木) 22:38:58.60 ID:sUoWaagD0
乙風です
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