勇者「遊び人と大罪の勇者達」

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465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:22:41.48 ID:HqgdqaCI0
折れた笛が地面に転がった。

お姫様は傲慢に蹴り飛ばされ、教会の中に入っていった。

お姫様「ちくしょお……」

中には気絶して地面に横たわっている神父だけがいた。

お姫様「……う、うぐっ!?」

お姫様はえびぞりに身体を反らせ、硬直した。

お姫様「う、うぐ…!がは…!!」

遊び人は教会の中を見て言った。

遊び人「……何が檻よ。こんなの拷問器具と一緒よ」

勇者「神父気絶してるぞ……」

傲慢「次の対策を練るわよ。この子は何かの時間稼ぎをしているようにしか見えなかったわ」

勇者「さっきの研究者達だけど、この街ごと檻で閉じ込めようとしているんじゃ……」

憤怒「この範囲の街に何かを施そうとしたら軍隊レベルの数が必要だ。それに、街の守護というものは強力で、外部から手を加えるなんてことはそうそうできん」

憤怒「傲慢、頼みがある。傲慢の盾を持ってきて欲しい」

傲慢「…………」

憤怒「僕が憤怒の兜を装備したら、理性を失って、誰にもとめることができなくなる。その時は傲慢の盾を装備した君しか僕を抑えられるものはいないんだ」

傲慢「……わかったわ。でも、時間がかかるわよ」

遊び人「トロフィールームに置いてないですよね?」

傲慢「もうそんなことしてないわよ。誰も興味を引かないような場所に埋めてある」

傲慢「私が取りに行く間、憤怒はこの街を守っていてちょうだい」

憤怒「ああ」

傲慢「それと。あなた達も、城の中に避難しなさい」

勇者「えっ?」遊び人「うっ?」

傲慢「あなた達の戦闘能力はよく知ってるわよ。教会に結界が張られた今、精霊の加護に頼っていられた今までとは違うの」

勇者と遊び人は顔を見合わせた。

憤怒「憤怒の兜を君たちが持っていてくれ。脇に抱えながら戦うことはできない。必要になったときは合図をするから、城からそいつを投げてくれ」

勇者「…………」

遊び人「そうね。勇者、お城の中に入りましょう。敵のいない今のうちしか、城内への橋を渡す時間が取れないわ」

遊び人「行きましょう」

遊び人と勇者が、城の中に戻ろうと歩み始めた時だった。





バチバチバチ。
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:23:12.02 ID:HqgdqaCI0
遊び人「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

遊び人は絶叫した。

勇者「どうした!?」

勇者が遊び人を見ると、右手の小指が焼き焦げていた。

切断された小指の先端からは、電気がぱちぱちとほとばしっていた。

遊び人「いだい!!!いだい!!!!」

遊び人「だずげで!!!いだああああいいい!!!」

遊び人はぼろぼろと涙を流していた。

左手で短剣を取り出そうとしていた。

傲慢「自殺するつもりよ!!今教会に転送されるのはまずいわ!!」

勇者は遊び人を力づくで抑えた。

遊び人「死にだい!!いだい!!!死ぬの!!!」

憤怒「その子を連れて早く城の中へ!!医術師に診てもらうんだ」

勇者「わ、わかった!」
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:23:58.11 ID:HqgdqaCI0
広場には憤怒と傲慢だけが取り残された。

憤怒「何が起きているというんだ……」

傲慢「わからないけれど。私、もう行くわ。一刻も早く盾を持ってこないと」

憤怒「ああ。君も気を付けてくれ。街の外では敵が大勢待機している。できるだけ高く飛んでから移動するんだ」

傲慢「ええ。それじゃあ」

「その必要はないよ」

一人の男が、街に侵入していた。

「これがほしいんだろ?」

傲慢の盾を手に持っていた。。

冷たい風が流れた。
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:25:29.74 ID:HqgdqaCI0
お姫様「あぐ…うがっ……」

「遅れて済まなかったね。物体感知に傲慢の盾が引っかかってね、急遽それを奪うことにしたんだ」

「ここは君に任せてるから、安心していたんだよ」

男は結界の張られた教会の中に平然と歩み入り、お姫様を抱きかかえた。

男の首元ではネックレスのようなものが鈍く輝いていた。



広場に横たわせられたお姫様は、依然としてピクピクと身体を痙攣させていた。

「僕達の王国の者に酷い仕打ちをしてくれたね」

傲慢「あなた、誰よ」

「殺してみれば、少しずつ僕の正体がわかるだろうさ」

「できるものなら、だけどね」
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:26:15.58 ID:HqgdqaCI0
城内にいる者が見守る中、遊び人は痛みに呻いていた。

医術師「敵は近くにいたのかね?」

勇者「いいえ。広場には、誰も……」

医術師「街の外から呪文を放って街人を攻撃できるんなら、魔物は苦労しないよ」

薬剤師「ねえ、よく見せて」

薬剤師は遊び人の手を取った。

薬剤師「……これは」

薬剤師「間違いない。雷撃の攻撃呪文よ」

勇者「雷撃?」

勇者「ば、馬鹿言うなって!憤怒と傲慢が遊び人を攻撃したっていうのか?」

薬剤師「まさか。でも、間違いないわよ。王子様の后を決める筆記試験の内容が気になって、最近勉強していたんだもの」

薬剤師「こんな冗談を聞いたことはないかしら。人間が認知できないはずの魔王城へ侵入する方法にはいくつかあってね。その1つが、魔王城へ帰ろうとしている魔物と自分をヒモでくくりつけるというもの」

薬剤師「自分がいくら認知できなくとも、魔物と結ばれていたら、強制的に引っ張られて中に侵入することができるの」

薬剤師「この子と、この子を攻撃したものは、何かで結ばれていたのよ」

薬剤師の言葉に反応するかのように、遊び人は言葉を発した。

遊び人「見破られていたのよ……私のまじないを……」

遊び人「勇者……あいつが……あいつが来る……」

遊び人「私の里を滅ぼした、あの男が……」
470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:26:58.46 ID:HqgdqaCI0
遊び人は起き上がり、城内を移動しはじめた。

勇者「どこに行くんだよ!」

遊び人「上の階へ。あいつの姿を確認できる場所に行きたいの」

遊び人は右手を庇うようにしながら、人混みの中を移動した。

遊び人「ここからなら、ちょうど街全体を見渡せるわ。まだ鍵を返してなくてよかったわ」

遊び人は選考中に使用していた個室の鍵を開けた。

部屋に入り、真っ直ぐに窓辺へと歩いた。

勇者「遊び人、大丈夫なのか」

遊び人「大丈夫じゃないわよ。でも、今は向き合わなくちゃ」

勇者「…………」

勇者は言葉をつぐむことしかできなかった。

遊び人の身体は、震えていた。
471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:27:35.80 ID:HqgdqaCI0
遊び人は外を見た。

教会に閉じ込められていたはずのお姫様が、救出されていた。

そして、忘れられない男がいた。

「そんなところにいないで、こっちに来たらどうだ?」

男は遊び人の存在に即座に気付き、広場から大声で呼びかけた。

「今日は婚姻の儀式のはずだったんだろ。せっかくだから、僕達で式を挙げたらどうだ?」

男はにんまりと笑った。

「赤い糸で、長年結ばれていた者同士」

遊び人は、膝から力を失うように倒れかけた。
472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:30:47.31 ID:HqgdqaCI0
勇者は遊び人の身体を支えながら、視界の端で、傲慢の勇者が祈りを結んでいるのが見えた。

男は、気づいているのかいないのか、こちらを見つめたままほくそ笑んでいた。

傲慢「滅びなさい!!」

突如、巨大な爆発が起きた。

傲慢の唱えた呪文が、男に直撃したのだった。

傲慢「あれだけ長い詠唱をさせてくれるなんて、どれだけ舐め腐ってるのよ」

煙で視界がくぐもる中、遊び人は叫んだ。

遊び人「……駄目」

遊び人「逃げて!!」

傲慢「えっ?」

傲慢の勇者は自分の胸元を見た。

背後から、剣で貫かれていた。

傲慢の身体は、棺桶に保管され、精霊によって教会に転送された。

神官によって蘇らせられた傲慢は、捕縛の結界に締め付けられた。

「さすが神官だ。気絶しながら勇者を蘇らせるとは。自分の死よりも勇者の蘇生を優先させるだけのことはある」

「それにしてもだ。噂通りで笑ってしまうよ。傲慢の勇者といい、憤怒の勇者の君といい、僕といい。パーティメンバーを3人加えられるにも関わらず、一人で生きようとする。あまりに傲慢だ」

「同じ勇者として、恥ずかしいと思わないか」

憤怒の勇者は、怒りをにじませながら尋ねた。

憤怒「お前は何者だ」

「ある時は処刑の王国の元奴隷だった。ある時は処刑人と名乗った勇者殺しでもあった」

「今ではその処刑の王国も、国民の性質を以て、嫉妬の王国と呼ばれている」

「今の俺を民はこう呼ぶ」

嫉妬「嫉妬の首飾りに選ばれし、勇者と」
473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:31:16.86 ID:HqgdqaCI0
TIPS

処刑の王国の元奴隷は、勇者に選ばれた。

1人の女奴隷と一緒に、逃亡を果たした。

時は経ち。彼は王国に戻り、君主として返り咲いた。

大罪の賢者の里を罠に陥れ、嫉妬の首飾りを手に入れた彼は、嫉妬の勇者と呼ばれるようになった。

偉大な存在でありながら、ある目的のために、処刑人と名乗り勇者の捕縛も行っていた。
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:32:29.37 ID:HqgdqaCI0
嫉妬「大罪の賢者の里の残骸を、研究者共とあさり尽くした」

嫉妬「里から少し離れた森の中に、小屋があった。驚くべきことに、そこは俺らの王国の研究員の小屋だった」

嫉妬「そこに埋まっていた研究資料には、研究者の連中共も驚いていたよ。まさか、左遷されていた君の父親が、あれほどまでに深遠な研究を進めていたとは誰も思っていなかったそうだ」

嫉妬「赤い糸の呪文の存在をそこで知った。大罪の賢者の里において、口述で伝えられてきた恋のまじないの呪文」

嫉妬「驚かされたよ。魔力を一切消費せず、マハンシャなどの防御呪文も一切通用しない。また、使用者が解除を命ずるか、被使用者がその存在に気づき解除をするまで、呪文は永続する」

嫉妬「大罪の賢者の一族のみ使用でき、また、可視化することができる。何より、対象として結ばれた相手の、移動に関するコントロールを得る」

嫉妬「人間が魔王城を認知できず、魔族が人間の村や街を認知できないように、赤い糸の呪文は認知不可の領域にある」

嫉妬「俺がたどり着いた暴食の村、色欲の谷、傲慢の街から全ての大罪の装備は奪われたあとだった。そこには必ず一人の勇者と一人の遊び人の噂が残っていた」

嫉妬「俺の到着を、可能な限りコントロールしていたというわけだ。おかげで長い月日を無駄に過ごした」

嫉妬「研究者に俺の非合理的な行動を指摘され、ようやく気づいたよ。恥をかいたものだ。今日という計画の日を迎えるまでは、放置しておいたがな」

嫉妬「この街に侵入するため、精一杯の愛情を込めて、雷撃で解除させてもらったよ」
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:47:19.22 ID:HqgdqaCI0
憤怒「詳しい事情はわからんが……」

憤怒「昨日、お前らが聞かせてくれた通りなら、勇者であるこいつを倒す方法は1つしかあるまい」

大罪の装備を狙うものが現れる可能性について話した昨晩、”精霊殺しの一族”と呼ばれた大罪の賢者の魂を宿した、大罪の装備に関する説明に触れていた。

“大罪の装備には、精霊を破壊する力がある”

憤怒「勇者」

憤怒は振り返った。

憤怒「さっそくだが、今だ」

勇者は憤怒の兜を窓から投げつけた。

憤怒は兜を受け取るなり、身に付けた。

憤怒の勇者は雄叫びをあげた。
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:47:46.26 ID:HqgdqaCI0
遊び人「待って。身に付けたら、暴走した彼を誰にも止められないわよ。嫉妬の首飾りの能力だってわからないのに……」

勇者「憤怒の兜は、一度傲慢の盾に攻略されている。嫉妬の勇者に盾の能力を把握された時点で、負けてしまう」

勇者「考えてる暇はない。今すぐ倒しにかかるしかないんだ」

遊び人「もう一つ気になる点があるのよ」

勇者「何だ?」

遊び人「嫉妬の体内に宿っている精霊の光が、やけに強いの」
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:48:38.66 ID:HqgdqaCI0
幸いにも、憤怒の飛び出しの速度の方が早かった。

嫉妬「……ほお」

嫉妬の腕は引き裂かれ、傲慢の盾は遠くへと吹き飛ばされていた。

遊び人「なんて速さなの……飛行中の目の呪文でも捉えられるかどうか……」

勇者「あの男、防戦一方だぞ」

嫉妬の勇者は、自身の身体を回復し続けるだけだった。

腕をちぎられては再生し、身体を引き裂かれては再生する、ということを繰り返していた。

勇者「大罪の装備を身に着けてトドメを刺せば、精霊を破壊することができる」

勇者「憤怒があいつを倒せば、もう何者も恐れる必要がなくなるんだ」

勇者「遊び人。お前の仇が、今にも討ち取れるかもしれない」
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:50:42.80 ID:HqgdqaCI0
嫉妬「馬鹿みたいな直線攻撃しか来ないが、馬鹿げているほどに強い」

嫉妬はため息を付いた。

嫉妬「これならどうかな」

嫉妬は教会の内部に入っていった。

遊び人「おかしいよ。どうして結界の張られた教会に自由に出入りできるのよ」

勇者「味方が創った結界だからじゃないか?」

遊び人「強力な結界で、そんなに都合の良いものはないよ。実際、お姫様は苦しんでいたでしょ」

勇者「確かに……」

憤怒の勇者は、獣のように重身を落としながら、血走った目で嫉妬を睨んでいた。

僅かに残る理性が、結界に入ることに抵抗をしていた。

嫉妬は遠距離攻撃のための詠唱を唱え始めた。

嫉妬に動きに反応し、憤怒は本能に任せて突進をした。

憤怒「ウゴァアアアアアアア!!!!!!」
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:53:27.91 ID:HqgdqaCI0
教会内部に入った憤怒は、結界により捕縛され、身体を硬直させられた。

傲慢「……憤怒」

同じく結界の捕縛にかかり、意識を失いかけている傲慢が、変わり果てた憤怒の姿を見た。

憤怒「グオアアアアアアアアアアアアア!!!!」

憤怒は傲慢には目もくれず、魔力を力でねじ伏せるように、暴走を続けた。

嫉妬「この呪力に抗うか」

憤怒「グウウウウォオアアアアアアアアア!!」

ピキ、ピキピキ、と、ヒビが割れるような音がした。

傲慢「そのまま……、全部、壊して頂戴……」

憤怒「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

憤怒が身体中の繊維を破壊させながら、力を暴走させ魔力をねじ伏せた。

ガラガラと、崩れる音が聞こえたかと思うと、黄土色に覆っていた建物の結界が崩壊した。

嫉妬「馬鹿げた力だ……」

憤怒は右手を突き出し、嫉妬の心臓部分を貫いた。
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:54:01.88 ID:HqgdqaCI0
バリイイインン!!!

ガラスが激しく割れたような音がした。

勇者「なんだ今の音!教会の中はどうなってるんだ!」

遊び人「精霊が破壊されたのよ」

遊び人は教会を見つめながら呟いた。

遊び人「本当に、終わったの……?」

遊び人「もう、あいつは、いなくなったの……?」



2人は教会を見ていた。

しばらくすると、何かがもぞもぞと動くのが見えた。

傲慢「はぁ……はぁ……」

右手に憤怒の兜を持ち、左手で憤怒を引きずる傲慢の姿だった。

傲慢「私だって、死ぬほど痺れてるっていうのに……」

憤怒「……すまん。だが俺も、死ぬほどの頭痛に襲われてる」

傲慢「おかげさまで、兜を取るスキができたけどね」
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:54:30.62 ID:HqgdqaCI0
勇者「や、やった……!!」

勇者「勝った!!勝ったんだよ!!」

城中のあちこちから歓声の声が聞こえた。


隊長「橋を降ろせ!!城と街を繋げるんだ!!」

隊長「お二人を救出するんだ!!」


薬剤師「傲慢……生きててよかった……」

薬剤師「また2人で、森の中を歩きたいな……」


周りの興奮や安堵の声の中、遊び人だけは表情を変えずに教会を見つめていた。

勇者「どうしたんだよ」

遊び人「暴食の勇者と色欲の勇者が殺害されたという話」

遊び人「嫉妬があの2人を殺害したのだとしたら」

遊び人「こんなに、呆気なく、倒せる相手なのかしら」
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:55:19.05 ID:HqgdqaCI0
教会から出て広場で横たわる2人の英雄。

ぼろぼろになっているお互いの姿を見て、笑いあった。

笑った衝撃で身体が痛み、少し苦痛で顔を歪めながら。



嫉妬「よかった。何かいいことでもあったみたいだ」

嫉妬「俺にも教えてくれないか?」

嫉妬の勇者が平然とした表情で、教会から出てきた。
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:56:04.99 ID:HqgdqaCI0
勇者「馬鹿な!!精霊は破壊されたはずじゃ!!」

勇者「なあ!遊び人!!これは一体……」

遊び人は恐怖の表情を浮かべていた。

遊び人「う、嘘でしょ……」

遊び人「ゆ、ゆうしゃ……」

遊び人は震えながら、勇者の袖をつかんで言った。

遊び人「せ、精霊が……」

遊び人「あいつの体内に、まだ6体も……」
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:57:34.33 ID:HqgdqaCI0
遊び人「精霊の光が巨大だったんじゃない……」

遊び人「7体分の精霊を体内に宿していたのよ……。おそらく、一体が消滅したら、次の一体が出現するように施しているんだわ……」

遊び人「処刑の王国が呼び集め、行方不明になった数多の勇者がいたでしょ」

遊び人「彼らに住み着いていた精霊は」

遊び人「あいつの体内に、移し変えられたってことよ……」




嫉妬「勇者にとっては不幸なことに、時代は常に移り変わる」

嫉妬は語り出した。

嫉妬「精霊を一体所持していれば完全な命を保証されていた時代は終わったんだ」

嫉妬「魔族が創り出した精霊殺しの陣。精霊を切りつけることのできる魔剣」

嫉妬「おまけに精霊殺しの一族なんてのがいると知った。今は一人しか生き残りがいないが」

嫉妬「精霊が多くて困るということはない。数多くの勇者の精霊を奪って、その何体かを俺に宿させた。まだ王国には何体もストックがいるがな」

嫉妬「俺の精霊を一体破壊した罪は重い。君たち二体分の精霊を補填でもしないと気が済まない」

嫉妬はぼろぼろの2人に歩み寄った。
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 19:58:51.60 ID:HqgdqaCI0
傲慢「まだ六回も殺害しなきゃいけないらしいわ」

城内から大げさなジェスチャーをする勇者を見て、傲慢はため息を着いた。

憤怒「……貸してくれ」

傲慢「そういうと思ったわ」

憤怒「止めるか?」

傲慢「ううん。その代わり、あなたが戦っている間、私も盾を取ってくる」

さきほどの戦闘中に、街の隅みまで飛ばされた傲慢の盾を彼女は見やった。

傲慢「2人で3体ずつよ。がんばりましょ」

憤怒「5体分は倒しておくよ」

傲慢「助かるわ」

傲慢は、憤怒の兜を手渡した。。

憤怒は嫉妬を真正面から見据えた。

憤怒「何をするか、わかっているな」

傲慢「もちろん。ペナルティーを避けるために、普段なら宿屋で休みたいところだけれど」

もはや教会の結界は崩壊していた。

傲慢「いくわよ!」

憤怒は自分の首に剣を突き刺した。

身体は棺桶に保管され、出現した精霊により気絶した神官の前まで転送され、蘇生した。

傲慢は自分の首に剣を突き刺した。

身体は棺桶に保管され、出現した精霊により気絶した神官の前まで転送され、蘇生した。

傲慢「取ってくる」

全快した傲慢は、傲慢の盾を取りに駆け出した。

憤怒「倒してくる」

全開した憤怒は、憤怒の兜を装備した。

憤怒の勇者が背後から嫉妬に飛びかかった。
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:02:06.21 ID:HqgdqaCI0
傲慢「……えっ」

落ちていた盾を拾おうと手を伸ばした時に、自分の両手がなくなっていることに気づいた。

嫉妬「君の恋人にちょっと前に同じことをされたんだよ」

嫉妬を見ると、左手で、ぼろぼろになった憤怒の勇者を掴んでいた。。

憤怒と行動を別にしてから、数十秒も経っていなかった。

傲慢「な、なによこれ……」

死にかけた憤怒と、血のあふれる両腕を見て、傲慢はとっさに回復呪文を無口詠唱しようとした。

しかし、嫉妬の無口詠唱によって、マフウジをかけられた。

傲慢「あ……あ……」

嫉妬「まったくもって、妬ましいよ。憤怒の兜に選ばれたことも。傲慢の盾に選ばれたことも」

嫉妬「君たちの強さもそうだ。今朝までの僕が手にしていなかったものを、君たち2人は当たり前のように手にしている」

嫉妬「君たち2人の関係なんて、それこそ、吐き気がするほどにね」

嫉妬は兜をかぶったままの憤怒の頭を掴むと、電撃を流し始めた。
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:03:31.98 ID:HqgdqaCI0
憤怒「ぐぉおおおあ!?」

嫉妬「街が認めた支配主を、支配することが一番楽な崩壊方法だ。まぁ、魔物にはできない芸当だけどね」

城下町を覆っていた特殊な結界が、ぱらぱらと崩れ落ちていった。

荒野を彷徨っていた魔物たちは、目の前に人間の住処があることを認識し始めた。

嫉妬「研究者以外は、まだ街に入ってくるな。その代わり、城の周りを囲うように並べ。人間を一匹たりともこの領域から逃すな」

魔物に指示を出す嫉妬のもとに、研究者が駆けつけてきた。

嫉妬「こいつらを王国まで連れて帰れ。自殺をさせないように拘束させながらな」

嫉妬は兜を取ると、憤怒を無造作に投げ飛ばした。
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:04:26.98 ID:HqgdqaCI0
お姫様「嫉妬……様……」

倒れていたお姫様が、嫉妬に話しかける。

嫉妬はお姫様のもとに歩み寄った。

嫉妬「よくやった。君のおかげで僕は夢へとまた一歩近づいた」

お姫様「お、お許しになってくださるのですが……この弱き私めを……」

嫉妬「何を罰することがある。君は僕の国において、最高の音色を奏でる術士だ」

お姫様「嫉妬様……」

お姫様は感動で涙を流していた。

嫉妬はお姫様に様々な治癒呪文を施した。

お姫様はよろけながらも、再び立ち上がった。

嫉妬「研究者が開発したさっきの結界は厄介でね。通常呪文では痺れを完全には治せないんだ」

お姫様「いえ、充分でございますわ」

嫉妬「城のあそこから僕らを見ていた、冒険者2人を捕縛するのを手伝ってほしい。間違いなくやつらが暴食の鎧と色欲の鞭を所持している」

嫉妬「今日は人生最良の日だ。大罪の装備が4つも手に入るのだから」

嫉妬とお姫様は、城に向かって歩み始めた。



薄れ行く意識の中、傲慢は、ぼろぼろになった最愛の人を見つめた。

傲慢「二人とも、ここまで強くなったのにね……」

ふと、以前に傲慢の街のコンテストで優勝した遊び人を蔑んだことを思い出した。

傲慢「私達こそ」

傲慢「運の良さが、足りなかったかしら」
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:04:59.34 ID:HqgdqaCI0
遊び人「あいつらがこっちに向かってくるわ。逃げなくちゃ」

勇者「どうやって」

遊び人「お城の屋上に行って、移動の翼でどこか遠くに……」

勇者はかつての暴食との会話を思い出した。

『空から降り注ぐ雷撃の呪文を使用する勇者を相手に、そんな愚かな逃亡を図ろうとする勇者がいるとはな』

勇者「駄目だ。嫉妬の勇者は雷撃の呪文を使用できる。空から発動することも可能なはずだ。それに、結界の解かれた今、鳥系の魔物が周辺を旋回しているはずだ」

遊び人「どうするのよ」

勇者「僕達といったら、あれしかないだろう」

勇者「屋上に向かうまでは、正解だ」
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:05:50.46 ID:HqgdqaCI0
遊び人「……くっ!!」

勇者「大丈夫か!?」

遊び人「きっと、遊び人を対象にして感知呪文を発動してるのよ。こんな職業の人、そうそう多くはないでしょうからね」

遊び人「でも、もしも私以外に遊び人がいたら、殺されてしまうわ。ハズレを見つける度に殺していけばやがて私にたどり着くもの」

遊び人「ねえ、勇者……」

勇者「君の好きなようにやれ」

勇者は遊び人を見透かして言った。

遊び人「まったく、そんなにやさしかったら、いくら死んでも足りないわ」

遊び人は涙を堪えながら、所持していた拡声石を取り出した。

遊び人「私達が屋上に逃げることを伝えるわ」
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:07:29.26 ID:HqgdqaCI0
お姫様「まさか、本当にいるとはね。呆れるわ。選考中から馬鹿だとは思ってたけど」

城の屋上にて、4人は対峙した。

嫉妬「そこの男の情報はあるか」

お姫様「ただの冒険者よ。ええーっと、航海士だったかな」

お姫様「あっ、でも、もしかしたらさっきの2人のパーティだったかも。あまり確認してないですけど……」

嫉妬「足らない人物に変わりは無い。問題はあの遊び人だ」

嫉妬「賢者の里の生き残りの少女が、こんなに大きくなったとはな。感激するぞ」

嫉妬は称えるように言った。

嫉妬「そして、賢者にふさわしき知恵をあの頃既に供えていた。最後に俺の手を握った時、命乞いの同情を引くためにそうしたのかと思ったが。赤い糸の呪文を発動させていたとはな」

嫉妬「だが、残念なことに、お前らの冒険もここで終わりだ。大方、その袋の中に大罪の装備を封印している壺があるのだろう」

遊び人「…………」

嫉妬「選べ。俺達の奴隷になるか、俺達に殺されるか。それとも、今ここで戦うか」
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:10:33.26 ID:HqgdqaCI0
勇者「…………」

戦う、という選択肢はありえなかった。

嫉妬の首飾りの能力を見せつけられ、仮にここで暴食の鎧と色欲の鞭を装備しても、勝ち目がないことは完全にわかっていた。

嫉妬の質問に答えず、勇者は話しだした。

勇者「城内に逃げ、追い詰められた民達は、ここから脱出する手はずになっているんだ」

勇者「普通の人間同士の争いであれば、充分過ぎる道具が袋詰にされて保管されている」

お姫様「さっきから、一体……」

お姫様の視界に、白い羽根が浮かんできた。

お姫様「移動の翼?嫉妬様が何の呪文の使い手か……」

勇者「俺達は」

勇者と遊び人は短剣を取り出した。

勇者「俺達に、殺されることを選ぶ」

勇者は短剣を自分に突き刺した。

遊び人は短剣を自分に突き刺した。

2人の身体は棺桶に保管されたあと、即座に精霊によって教会に転送された。

お姫様「姿を消した!!」

お姫様「精霊の加護!!そんな、ありえない!!」

お姫様「私と戦闘した時、勇者感知をしたけれど2人しか引っかからなかったはず!!」

お姫様「嫉妬様!!お許し下さい!!私にはどういうことか!!」

嫉妬「……ふん、なるほど」

嫉妬は蔑みの表情を浮かべた。

嫉妬「精霊の加護こそ所持しているものの、勇者ですらなかったということか」
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:15:56.47 ID:HqgdqaCI0

教会に転送され、勇者は目覚めた。

ふらふらの頭で勇者は思考を回転させた。

勇者「もしも、嫉妬も自殺を試みたら、即座にここに……」

遊び人を蘇らせる時間などなかった。

教会内には、気絶している神官だけがいた。

勇者「…………」

勇者の中に、黒い感情が流れた。

この神官を殺害して、もう一度自殺を試みれば、最後に訪れた街で蘇ることができる。

傲慢の街を出て憤怒の城下町にたどり着くまでに、小さな無名の村を経由していた。

精霊の転送に勝る移動手段はなかった。

勇者「そうすれば、確実に……」

棺桶の中に入っている遊び人を想った。

彼女のやさしさに救われたことを思い出した。

勇者「……やさしくなんかないよ、俺は」

勇者「戦わないことを許してくれた君に、報いたいだけだ」

勇者は教会を飛び出すと、移動の翼を大量にばらまいた。
494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:18:22.14 ID:HqgdqaCI0
回転する景色の中で、不思議と嫉妬が追いかけてきていないことに気づいた。

空を旋回していた魔物に追従されながらも、勇者は移動の翼をばらまき続けた。

精霊の加護によって繋がれた棺桶と、勇者は、行く宛もなく飛び続けた。

心細い思いをしながらも、勇者は遊び人を蘇らせなくてよかったと思った。

蘇らせる時間もなかったのだが。

もしも彼女が蘇っていたら。

今、勇者が涙を流していた姿を見られてしまっていただろうし。

それ以上に、遊び人は深く悲しんでしまったであろうから。



暴食の勇者。

色欲の勇者。

傲慢の勇者。

憤怒の勇者。

それらの街に住んでいた人々。

大罪の装備と、2人に関わった者達は、嫉妬の王国に囚われ。

残酷な末路を、迎えてしまった。

勇者「あの子一人が長生きすることを望むことが、そんなに罪深いことなのかよ」

勇者「答えてくれよ、神様」



傲慢の勇者達&憤怒の勇者達 〜fin〜
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 20:23:17.69 ID:HqgdqaCI0
ご支援ありがとうございました。

またしばらく書き溜めます。

娯楽商品があふれる時代に、このSSを読んでくれて本当に嬉しいです。

次回は怠惰の話と勇者と遊び人の出会い等。

おやすみなさい。
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 20:55:23.62 ID:lL5iFy/no
乙!
497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 21:23:27.93 ID:RlxVSez90
498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 09:55:00.69 ID:11Jw7LYl0
乙!
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:15:35.56 ID:Hga49WgN0
『不老不死』

身の丈に合わぬものを、手に入れようとしてはいけない。

言われるほどには理不尽でない、因果応報の成り立つこの世界では。

与えた分だけ返ってくることがあるように。

奪った分だけ、奪われる。

【第6章 強欲の街『欲望に伸びる腕輪』】

神は二つの事を禁じられた。

自殺をすること。

不死を望むこと。
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:20:22.77 ID:Hga49WgN0
遊び人「……ここは、どこ?」

蘇生されたばかりの遊び人は痛そうに頭を抑えながら尋ねた。

勇者「教会だよ。『庭の宝の村』という場所の」

遊び人「……ごめん、色々有りすぎて、頭がごちゃごちゃしちゃってさ」

遊び人「憤怒と傲慢の勇者と一緒にいて。それからお姫様が裏切って。そして、あいつが現れて……」

勇者「無理するな。宿屋に行ってゆっくり休もう」

遊び人「何言ってるの。ゆっくりしてる場合じゃないでしょ。今すぐにでも」

勇者「もう終わったんだ。落ち着ける場所で、頭を整理しよう」

遊び人「勇者はそうやって、いつもいつも問題を先延ばしにして……」

遊び人は怒りを込めた口調で言いながら、頭痛を堪えながら勇者を見上げた。

遊び人「……勇者!!」

勇者の顔色は、不健康に青白くなっていた。

身体は傷だらけで、頬も痩せこけ、目に隈ができていた。

勇者「俺達は敗北したんだ。逃げ切れたのは俺達だけだ」

勇者「やつらの魔物から逃げるのもぎりぎりだったよ。いつもならかすり傷程度で棺桶送りだったけど、自分の中に眠る精霊に保護しなくていいと願ったんだ。付近の教会に敵が配置されていたかもしれなかったから」

勇者「おかげさまで、この有様だけど、逃げ切ることができた。ろくに呪文の力を貸してくれないくせに、こういう願いばっかり聞き届けてくれるんだから」

勇者「とにかく、遊び人も無事蘇生できて……よか……」

勇者は言い切らぬ内に、地面に倒れ込んだ。

遊び人「勇者!!」

遊び人は勇者のそばに寄った。

勇者の呼吸は浅く、早かった。

勇者「……ここまでの輸送料、500Gな」

遊び人「馬鹿なこと言ってないの。肩を貸して。宿屋まで連れて行くから」

遊び人は勇者の身体を支えた。

勇者「…………」

勇者「……ごめん」

遊び人「何を謝ってるのよ」

勇者「……弱くて、ごめん」

遊び人は言い返そうとするも、胸に何かが詰まり、口をつぐんでしまった。

口を開くと、涙が溢れてしまうと思った。
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:21:03.60 ID:Hga49WgN0
お互いの弱さを補う合う、なんていうのは、強い部分を1つは持っている2人組だけの特権で。

弱いだけの2人にとっての助け合いとは、ただ交代に傷つくということだけだった。
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:26:12.79 ID:Hga49WgN0
〜宿屋〜

ろくに身体も拭かぬまま、ベッドに倒れ込み、2人は身体を休めた。

幾らか時間が経った頃、遊び人が喋りだした。

遊び人「勇者、起きてる?」

勇者「…………」

遊び人「なんだか、疲れてるのに眠れないね」

遊び人「ほんと、なんなんだろうね。よくわかんないね」

遊び人「生きるって、なんなのかなぁ」

遊び人「私の一族が寿命を望んだばっかりに、多くの人の命が失われてしまった」

遊び人「私という人間が一人生まれなかったら、失われずに済んだ命を数えてみたら、けっこう多そうだった」
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:26:42.09 ID:Hga49WgN0
遊び人「このまま寝ちゃってさ。次起きたら全部解決してるといいな」

遊び人「例えば、私が勇者にこんなお願いをするの。眠っている私を殺して、起きるべき時になるまで棺桶の中で死なせててって」

遊び人「ある時、目覚めたら、勇者が全部を解決してくれてるの」

勇者「俺が何も解決しないまま、100年経っちゃったらどうするんだよ」

遊び人「死んでる間に年を取っちゃうなら私も死んでるだろうけど」

遊び人「もしも、今の年齢のまま目覚めたとしたら」

遊び人「勇者のいない世界で一人目覚めても、独りぼっちで苦しいだけだな」

遊び人「生きてても、死んでても、苦しいね」

遊び人「はは。ごめんね、暗いね。夜に考え事をしてもよくないね。もう寝るね」

勇者「…………」
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:27:16.48 ID:Hga49WgN0
勇者「……ふわーあ」

遊び人「おはよう」

勇者「おはよう。えっと、今は……」

勇者がベッドから起き上がると、もう昼下がりの時間になっていた。

勇者「やべっ、俺どれだけ寝てたんだ……イテテテ!!」

勇者は全身に痛みを感じた。

遊び人「疲労が溜まってるんだから無理しないで。日付確認して驚いたよ。何日間不眠不休で移動してたのよ」

勇者「逃げるのに必死で……。それより、早く残りの大罪の装備を入手しないと……イテテテ!!」

遊び人「そこの人、動かない!」

起き上がろうとする勇者に遊び人は注意をした。

遊び人「昨日私に言ったことを思い出してよ。落ち着いて、まずは、体力つけないといけないでしょ」

遊び人「ご飯用意するから待っててね。といっても、店主に貰ってくるだけだけどね」

遊び人は部屋を出て、階下に降りていった。
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:32:05.15 ID:Hga49WgN0
勇者は窓の外を見た。

偶然たどり着いた土地だったが、身なりの良い住民が多く、風情のある景観だった。

冒険者なのだろうか、小金持ちそうな商人や、屈強な戦士も多く歩いていた。

勇者「みんな、立派に生きてるな」

勇者「精霊の加護がなかったら」

勇者「一体、俺には何が残るんだろうか」

独り言をつぶやいていると、ドアが開いた。

遊び人「おまたせ。味には期待しないほうがいいかな。でも残さず食べてよね」

しなびたパンと、食用の野草という、質素な食事だった。

自分が寝ている間に、遊び人も同じ物を食べていたのだろう。



思い返せば、この子にまともな食事をさせてあげたことがどれだけあっただろう。

まだ暴食の村に着く前の頃も、金銭的な余裕などなく、いつも安い宿屋の安い部屋で、2人でしなびた食事を摂っていた。

それでも遊び人が食事中に楽しそうに話をするものだから、陰鬱な気持ちにはならなかったのだが。
506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:36:05.78 ID:Hga49WgN0
憤怒の王子から多額のお金を貰ったお陰で手持ちは多いものの。

道具を買ったり、装備を買い替えたりするのにお金が必要になるかもしれない。

遊び人の蘇生なんて特に多額の費用がかかる。

赤い糸の制約がなくなった今、無駄なことはしていられない。

今までは、遊び人の赤い糸の呪文によって、嫉妬の勇者の認知・移動に関してコントロールを行うことができていた。

嫉妬の“認識不可の領域”を操り、巧妙に大罪の装備の探索に遠回りをさせ、嫉妬の周囲の部下ごと非合理的な移動を繰り返させた。

赤い糸が焼き切られた今、嫉妬は制限なく大罪の装備を探すことができるようになった。

以前よりも遥かに短い時間で、残りの大罪の装備のある場所にたどり着くだろう。

遊び人こそ、呪力に対する感性は最高峰の逸材であり、大罪の装備から溢れ出る呪力を感じ、且つ装備の影響によって急激な変化を遂げた街や村の噂を分析し、短い期間で大罪の装備の居場所を特定することができていた。

居場所の特定に関しては先んじている今のうちに、一刻でも早く装備の場所に立ち寄りたかった。

何もかもが、切羽詰まっている。
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:41:57.83 ID:Hga49WgN0
〜翌朝〜

遊び人「変わった村だね。1件1件の建物の裏に小さな果樹園みたいなのがある。昔読んだ本に書いてあったけど、庭って呼ぶんだって」

勇者「へぇー。いい眺めだな」

遊び人「さて。今日は情報収集がてら、2人で小さなクエストでもこなしましょうかね」

勇者「でも、そんなことしてる場合じゃ……」

遊び人「勇者だって全快じゃないでしょ。身体を慣らさないと」

勇者「……そうだな」

遊び人「勇者はどれを選ぶの?」

勇者「……古い地図の更新の手伝いかな。洞窟マップ造りとか」

遊び人「そう。私は薬草摘みに行ってくるね」

勇者「わかった」

2人は別々に受付に行った。

遊び人は薬草詰みのクエストを受注した。

勇者「…………」

勇者は大型キメラ討伐のクエストを受注した。
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:43:30.85 ID:Hga49WgN0
「あなた、作業を中断して。今すぐ医療所へ向かってちょうだい」

遊び人「えっ、私ですか?」

村人からの報せを受けて、遊び人は指定された場所へと向かった。




「おい、あんたがこいつの仲間か!?」

遊び人「勇者!!」

身体が傷だらけになった勇者がベッドに横たわっていた。

「ろくに戦力にならねえくせに上級クエストに挑むんじゃねえ。たまにいるんだよな。集団クエストに参加しておこぼれに預かろうとするやつが」

「気絶してるだけだから、あとはあんたが面倒を見てくれや」

クエスト参加者達は文句を吐くと去っていった。

遊び人は倒れている勇者を見る。

治癒呪文が施された痕跡はあるが、対峙した魔物が特殊な毒でも持っていたのか、治癒に時間がかかっているようだった。

遊び人「どうしてキメラ狩りなんかに挑んだのよ」

勇者の体内に宿っている精霊は、小さく光り続けている。

遊び人「こんなに傷を負ってたら、いつもならすぐに肉体保護の棺桶が現れるのに」

遊び人「精霊様。勇者は、あなたに何を願って戦ったんですか」

遊び人は治療にかかった料金を支払い、勇者を担ぐと、宿屋へと戻った。
509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:44:00.56 ID:Hga49WgN0
勇者「……はっ。ここは。教会……?」

遊び人「おはよう。宿屋だよ」

勇者「あれ、俺、たしか……イデデデ!!」

遊び人「動かないで。今日こそは絶対安静だからね」

勇者「遊び人、ごめん。俺は……」

遊び人「病人は黙って寝るのが仕事だよ」

遊び人の強めの言葉に勇者は口を閉じた。

遊び人「ちょっと外に行ってくるね。昨日のクエストの続きがあるから」

そういうと、勇者を残して出ていった。
510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:45:47.52 ID:Hga49WgN0
勇者「……はぁー。死んでしまいたい」

勇者は、惨めな思いを抱えた。

恥ずかしくて、情けなかった。

戦闘から逃げ続けてきた弱い自分を克服したい、という思いが今更になって芽生えて。

いざ強敵に挑んだら、惨敗してしまった。

勇者「当たり前だよ」

勇者「今までみんなが毎日コツコツと積み重ねてきたものを、数日間の覚悟で越せたら苦労しないよ」

勇者「覚醒なんていうものは、積み重ねてきたものの特権で」

勇者「逃げ続けてきた俺の中には、そもそも力なんて眠っていないんだ」

勇者「精霊の加護を取り除いたら。俺は、空っぽなんだ」

暴食、色欲、傲慢、憤怒、四人の最強の勇者が勝てなかった嫉妬の勇者を相手にしているというのに。

勇者でもなんでもない、普通の人間が挑んでいたクエストさえ攻略できない自分は。

大切な者を守ることなんて、到底できやしないだろう。

勇者「俺こそ、なんで生きてるんだろうな」

劣等感に打ちひしがれながらも、勇者はいつしか眠りについていた。
511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:48:06.60 ID:Hga49WgN0
物音が聞こえ、目を覚ました

窓の外を見ると夜になっているのがわかった。

音の正体を探ろうと首を動かすと、小さなあかりだけを灯して遊び人が机の上で何か作業をしていることに気づいた。

遊び人「…………」

大きな木箱に入った無数の小枝からきのみを剥がし、丁寧に皮を剥き、色ごとに分類をしていた。

道具屋が依頼をかけている小さなクエストを、黙々とこなしていた。



作業に集中している彼女の横顔を見る。

小さな灯りのなかで、地味で、退屈な作業に一所懸命に集中している。

普段ろくでもないことで言い争っているせいか、あまり意識はしてこなかったが。

綺麗な顔立ちだった。

加えて、呪文に関する知識も、歴史や自然に対する知識も深い。

どうして彼女は自分なんかと一緒にいるんだろう。

彼女は遊び人で、自分は精霊の加護がついているからだろうか。

世界には、自分より頼れる冒険者など、星の数ほどいるというのに。
512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:49:57.23 ID:Hga49WgN0
遊び人「勇者、起きた?」

視線を感じたのか遊び人は作業をとめて、勇者のもとまで寄ってきた。

勇者はとっさに目を瞑り、そら寝をした。

遊び人「あれ、気のせいか。ここんとこ無理してたもんね」

遊び人「具合はどうかな」

ふと、冷たい手の感触が額にあてられた。

遊び人「どれどれ」

遊び人「うん、熱はなさそう」

ほっとしたような声が聞こえた。



とっさに寝たふりをしてしまった勇者は、緊張しながら目を瞑り続けていたが。

遊び人はベッドの脇から動く気配がなかった。

目を瞑っていても、強い視線を感じ、焦りで不自然に動いてしまいそうだった。





しばらくすると、遊び人は再び言葉をかけてきた。

遊び人「ねえ、勇者」

遊び人「がんばらなくても、いいからね」

やわらかい声色だった。

遊び人「私にだけは正直に伝えてね」

遊び人「駄目なものは駄目、無理なものは無理、ってさ」

遊び人は、んふふ、と笑うと、椅子に戻って作業の続きをした。
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 12:50:33.11 ID:Hga49WgN0
せめて。

役立たずだと、失望してくれたら。

諦めたよと、ため息をついてくれたら。

やさしさに、ここまで胸が張り裂けそうにはならなかったのに。
514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:09:06.34 ID:Hga49WgN0
〜翌朝〜

遊び人「それじゃあ、行きましょうか」

2人は村を出て、移動の翼を取り出した。

遊び人「魔王消滅の噂の時期に急激に変化した都があるの。それに、大罪の装備独特の魔力の気配を感じる」

遊び人「もっと準備を整えてから行きたいところだけど、やつらに先を越されないように急ぎましょ」

翼に念を込め、2人は飛び立った。
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:09:40.44 ID:Hga49WgN0
遊び人「……あれ」

目的地付近に降り立った時、遊び人は不思議そうな顔をした。

勇者「どうした?場所を間違えたか?」

遊び人「ううん。装備の気配は確かに強くなってるし、間違いはないんだろうけど」

遊び人「この場所、見覚えがある気がして……」

勇者「里を出た後に訪れたのか?」

遊び人「里を出てからもあちこちまわったけど、ここら辺りには近づかなかったな。強い魔物も多い地域だし」

勇者「じゃあ小さい頃とか?」

遊び人「生まれてからずっと里育ちだよ。里の結界から出ると寿命の放出が凄かったんだもの。今でこそ遊び人に強制転職されたおかげで大分ましになってるけど」

勇者「とにかく入ってみるか」
516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:13:22.33 ID:Hga49WgN0
勇者「すいません、ここの名前は……」

案内人「ここは強欲の都だぁああああああ!!!」

遊び人「どのような都市で……」

案内人「勇者が都長を務める欲望に塗れた都さぁああああ!!!!」

案内人「案内料200Gいただこうかぁああああああ!!!」

遊び人「馬鹿言うんじゃないわよ!払うわけないでしょ!!」

案内人「盗っ人だぁああ!!!情報の盗っ人が現れたぁああああああ!!!誰かお金を取り返してくれぇえええ!!!」

遊び人「ちょ、ちょっと!!わかったわよ!!払うわよ!!」

遊び人は200G手渡した。

案内人「へっへっ、毎度あり」

道具屋「いつもうるさいんだよ案内人。騒音料300G払いなさい」

案内人「そっちこそいつも陰気に商売しやがって!!静音料400G払いやがれ!!」

道具屋「なんだと。侮辱料で500G払って……」

遊び人達はにげだした!
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:17:31.16 ID:Hga49WgN0
勇者「いきなりとんでもない目に遭ったな。払う必要あったのか?」

遊び人「多分なかったと思う……。でも、大罪の装備の影響で、この国のルールがどれだけ非常識なものになってるかもよくわかんないし」

遊び人「強欲の都。案内人という職業の者にとっては良い商売のできる場所ね。なにせ、町の中で冒険者と一番最初にコンタクトを取れる職業だもの。最初にぼったくりできるわけよ」

勇者「まあ実際、貴重な情報は手に入った」

勇者「この都の長が勇者だと言っていた。おそらく、その勇者が持っている大罪の装備の影響で、この都は強欲な発展を遂げたんだ」

勇者「それにしても、どうやって強欲の勇者様とお近づきになろうか」

遊び人「堂々といけばいいじゃない。もう、奪ったり盗みに行くんじゃないんだから」

勇者「……それもそうか」



今までの冒険は、遊び人が7つの大罪の装備を身につけることを第一に考えていた。

他に大罪の装備を所持している勇者達がどんな人間性であるかもわからず、黙って盗めるのであればそれが一番であった。

里を滅ぼした男が嫉妬の装備に選ばれており、勇者達を殺してきた現状を見れば、もうこれは彼女達だけの問題ではなくなったといえる。

強欲の装備を持つ勇者と出来る限り情報を共有し、嫉妬を打ち倒すのが最善策に思われた。

遊び人「でも、大丈夫かな」

勇者「何が」

遊び人「強欲に選ばれた人よ」

遊び人「それこそ、大罪の装備を望むような人格かもしれない」

勇者「…………」

大丈夫だよ、なんて気軽に言えなかった。

なんとかなるよ、なんて励ませなかった。

全てを覆せるだけの力がなかったから。

全然大丈夫じゃなくて、なんともならなかった今があるのだ。

実力の無い今は、それでも黙って進むしか無い。
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:26:31.03 ID:Hga49WgN0
遊び人「あの、すいません」

遊び人は荘厳な建物の入口に立っている兵士に尋ねた。

兵士「何だ」

遊び人「都長に謁見したいのですが」

兵士「他所の国の遣いのものか?」

遊び人「はい。私は傲慢の街の遣いのものです」

勇者「私は憤怒の城下町の遣いのものです」

兵士「悪いが、遠国のことはあまり詳しくないんだ。用件はなんだ」

遊び人「強欲の装備の件についてお話したいと伝えてくだされば」

兵士「なんだそれは。まあいい。ついてこい」
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:27:02.77 ID:Hga49WgN0
兵士「伝言を頼んでおいた。しばらく待っててくれ」

建物の中に入ったあと、小さな部屋で待たされた。

遊び人「王国とはまた雰囲気が違うね。さっき通ったエントランスの材質も大理石だった。この危険な地域で栄えてるだけあるね」

勇者「ただ品物の物価が高いのは困りものだけどな。ここの周囲に街が少ないから、冒険者は嫌でも買うしかないんだろうけど」

兵士「田舎者かお前らは。そんなみすぼらしい装備でここまで来る冒険者なんて滅多にいないぞ」

遊び人「遣いの者に失礼なこと言ってくれるわね」

兵士「はは。悪い悪い。俺も元冒険者で、田舎から出てきたんだよ。それ、皮のドレスだろ。懐かしくなっちまった」
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:28:14.95 ID:Hga49WgN0
勇者「あなたもどうしてこんな地までやってきたんだ?」

兵士「貧しい村で育ってな。まずは裕福な隣町に行こうって決意をして。隣町で働いてから、さらに裕福な街があることを知って。気づいたら、パーティ組んで、冒険に出ていたんだよ」

勇者「そうだったのか。パーティメンバーは解散したのか?」

兵士「いいや」

兵士は憂いを帯びた顔で答えた。

兵士「全員魔物にやられて死んじまった。俺だけ逃げ延びたんだ」

勇者「わ、わるい……」

兵士「もうずっと前のことだ。あんたが気にすることじゃない」

兵士「あんたらも装備を買い替えな。値段は高いが、優れた材質の装備がこの都にはたくさんある」

兵士「金より、命の方が大切だろ?忘れちゃ駄目だぜ」

その時ドアが開いた。

兵士2「お二人方、私についてきてください。都長直々にお話しされたいとのことだ」

勇者「わかりました。ではまた」

兵士「はっ」

かしこまって敬礼をする兵士を後にし、二人は部屋を出た。
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:40:20.95 ID:Hga49WgN0
強欲「率直に言わせてもらう。お前らは傲慢の街の使者でも、憤怒の城下町の使者でもないな?そう名乗り出たと聞いたが」

遊び人「はい」

強欲「お前たちは何者だ?何故大罪の装備について知っている」

遊び人「事情があって、世界に散らばった大罪の装備を集めています」

遊び人「しかし、現在は、傲慢の街の勇者と憤怒の城下町の勇者は、嫉妬の王国の勇者に捕縛されました。装備を奪われ、おそらく、殺されているでしょう」

強欲「そしてお前らは憤怒の街から無事逃げ出したと」

強欲の勇者はにやりと笑っていった。

勇者「どうしてそれを……」

強欲は、束になった羊皮紙をめくった。

強欲「そこの女性は、憤怒の勇者の嫁候補に立候補したみたいじゃないか」

遊び人「はい。正直に申し上げますと、それは憤怒の装備を手に入れるためでした。しかし、殺害へは無関与であり、全ては嫉妬の王国の……」

強欲「どうでもいい。それより、湯水の国の姫君とは話したか」

遊び人「えっ、はい。どうして」

強欲「俺達の都と湯水の国の繋がりは深いからな。貿易による繋がり、というだけだが」

遊び人「ではあれは、本物の姫君だったのですか?」

強欲「そうだ。自ら名乗るなど愚かなことだが、遠国だからと高をくくっていたのだろう」

強欲「湯水の国の姫君はある日を境に姿を消した。国の警護は厳重である上、姫君自身が音色を操る最高峰の術士であった。身代金の要求もなく、誘拐であるとは考えにくかった」

強欲「姫君自身の望みで、王国を出られたのだろう」

遊び人「一体、何を望んで」

強欲「さあな。だが、1つ言えるのは」

強欲「嫉妬の首飾りを持つ勇者は、心に闇を持つ者を手懐ける魅力を持っているということだ」

強欲「奴には2人の強力な従者がいる。どちらも女で、そのうちの一人が姫君というわけだ」

強欲「魔王の四天王といい、悪い奴らは強力な部下を揃えるのが趣味の1つなのだろう」
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:46:32.25 ID:Hga49WgN0
強欲「憤怒の城下町が侵略されたように、俺達の都にも奴らの手が確実に延びている」

強欲「嫉妬の首飾りは、7つの大罪の装備の中で頂点に君臨する。このままのんびり待っていれば、俺も殺されかねない」

強欲「あいつらに関する情報をできるだけ教えてくれ」

遊び人「……勇者、怪しいよ」

勇者「どうした?」

遊び人「この人知りすぎている。大罪の装備が7つあることも、嫉妬の装備が首飾りであることも、普通は知らないはずだよ?」

勇者「だとしたら、こいつは嫉妬の王国と繋がって……」

強欲「おいおい、よしてくれ。手の内を隠している時間はないだろう」

強欲は呆れた顔をした。

強欲「まあ、お前の言う通り、確かに嫉妬の王国との繋がりはある」

遊び人「やっぱり!!」

強欲「扉の前で聞き耳立てるくらいなら、入って来たらどうですか。嫉妬の王国の元研究者さん」

強欲「それとも、孫娘のことが心配でしょうがない、錬金術師のお爺ちゃんと言ったほうがいいかな」

扉が開いた。

錬金「……急に呼び出すから何かと思ったぞ、馬鹿勇者め」

強欲「彼女たちが行方をくらましてうろたえていただろう。見つかってよかったじゃないか」

遊び人「うそ……あなたが……」

錬金「初めて会ったのは赤子の時じゃったな。里の中で、短い時間だったが」

錬金「里が滅ぼされたと聞いた時は、絶望したものだった。立派に生きていてくれて、嬉しいぞ」

遊び人「お父さんの、お父さんですか?」

錬金「お爺ちゃんで構わんよ、孫娘よ」

遊び人は、ワッと泣き出し、老人に抱きついた。

老人もやさしく彼女を抱きしめた。

里を出てから、初めて会えた親族だった。
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:50:26.69 ID:Hga49WgN0
都の周辺に辿りついたとき、遊び人は不思議と懐かしさを感じていた。

それは、遊び人のお父さんがこの辺りの風景を描いた絵や、薬草辞典の本などを里に置いていたからなのだろう。

勇者は奇跡的な再会を、ただ感動しながら眺めていた。

それに気づいた錬金は、表情を変えて睨んできた。

錬金「愚か者!!」

錬金が手をかざすと、勇者の身体が吹き飛ばされた。

羊皮紙の書類が舞い散った。

勇者「グボォ!!」

遊び人「お爺ちゃん!!」

強欲「部屋の中でやめてくれ……」

錬金「なんたる脆弱!!なんたる浅学!!」

錬金は遊び人から離れ、壁に叩きつけられた勇者の元に詰め寄ってきた。
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 15:57:43.47 ID:Hga49WgN0
錬金「この子を危険な目に遭わせおって!!精霊の加護がついているからと安心していたが、勇者ですらないそうではないか!!」

錬金「お前たちの旅路の噂を集めていたぞ!!棺桶を引きずる遊び人のオナゴの噂がどれだけ世界に散らばってると思ってる!!嫉妬の王国に対抗するために集めていた情報だったが、それらの噂が全てわしの孫娘のことだったとはな!」

遊び人「どうして私がお父さんの子だってわかったんですか」

錬金「嫉妬の王国の魔物の中には、わしらの国のスパイの魔物もおる。鳥系の魔物が多いんじゃが、何匹かの羽毛に”集声石”を隠している」

錬金術師は石を取り出し、念を込めた。

石から遊び人の声が響いた。

『リコルダーティ・スケルツォ・ベルスーズ』

『主を失いし旋律の怨嗟よ』

『大罪の仇讎曲を奏で給え』

勇者「これは、遊び人が憤怒の街で唱えようとした呪文……」

錬金「呪文の詠唱は個人によってやり方にアレンジが加わる。禁術ともなると無口詠唱で唱えるのは難しい。そこで、有口詠唱をするとなると、精霊への敬意の示し方に使用者の癖が見られるようになる」

錬金「『大罪の』という枕詞を付けたな。あの里の十八番とも言える言葉じゃ。ノーマルの人間ならまずつけることもないことばで、つけても効力を発揮しない」

錬金「この術自体は、遥か昔に魔王討伐を果たした勇者一行の術士が創造したと言われているものじゃ。こちらノーマル側の一部の人間しか知らぬもので、賢者の里で知っているものもそうはいまい」

錬金「わしの息子が持ち帰った本に書いてあったのだろう」

錬金「私達と通じている嫉妬の王国の研究者も言っていた。大罪の賢者は消滅し、ノーマルは殺されるか王国に拉致されていたと。そして、わしの息子の亡骸を見たところ、強制転職の痕跡があったとも」

錬金「もしかしたらと思っていたよ……。本当に、生きていてよかった……」

遊び人「お爺ちゃん……」

『……死ね私』

遊び人「……………」

勇者「あっ、これは石を投げて口でキャッチした時のイデデデ!!足、足痛い!!」
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 22:58:17.49 ID:Hga49WgN0
強欲「不思議な縁があるものだ。おかげで話は早く済んだ」

強欲「俺の持つ『強欲の腕輪』を近々やつは奪いに来る。この都でやつの息の根をとめる」

強欲は懐から、黄金色の鮮やかなブレスレットを取り出した。

遊び人「それが、強欲の腕輪……」

強欲「悲しいことに、俺の存在は勿論、この大罪の装備は既に感知されている。つい先日にその痕跡を見つけた」

強欲「感知呪文対策はしていたし、今まではそれで防げていたんだがな」

勇者「それはきっと遊び人が、赤い糸の呪文で嫉妬をコントロールしていたおかげだ。大罪の装備を認知不可の領域に持ってこれていたんだ。けれど今は、呪文を破られてしまって……」

錬金「……愚かなことをするわい。敵との絆を作るなんて、どこでアダになるかわからんぞ」

錬金は頭を抱えた。

強欲「次に嬉しい報せだが、やつがこの都に侵入してくる日も大方把握できている。嫉妬の王国に我々の味方がいるからな」

勇者「二重スパイの可能性はないか?」

勇者は手を顎に乗せ、鋭い眼光で指摘した。

遊び人「何か酔ってるよ……」

強欲「強欲の都で長をしている俺だ。信頼等という尺度は持たない代わりに、利害関係は熟知しているつもりだ」

強欲「それに、わが都きっての優秀な占い師もいる。緻密に準備して、返り討ちにしてやるさ」

遊び人「二つの大国の全面戦争になるのかしら」

強欲「そうはならない。俺だけをターゲットにした暗殺だ」

強欲「この戦いは詰まるところ、大罪の装備を奪った者が勝ちなのだ」
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 23:06:49.41 ID:Hga49WgN0
遊び人「でも、気になることがあるの。あなたの強さも知らずに失礼なことを言ってしまうけど」

遊び人「奴には絶対に勝てないわ。大罪の装備の中で、嫉妬は頂点に君臨すると言ってもいい」

遊び人「私たちは嫉妬の首飾りの力を見たの。そして、どうしてあいつが精霊を集めて体内に複数宿しているのかの理由もわかった」

遊び人「嫉妬の首飾りはね『一度起きた妬ましい状況を発生させない』装備なの」

遊び人「あいつは一度被害に遭った攻撃に対して、無効化する力を持っているの」



2人は憤怒の勇者に起こった出来事を忘れない。

憤怒の兜を被った彼が、目で捕らえられぬほどの速度で嫉妬に飛び出して行ったものの。

首飾りから冷気のようなものが吹き出し、憤怒を包み込み我に返させた。

遊び人「捕縛の結界の中を自由に出歩くことができたのも、一度その結界内に入ったことがあるからに違いないわ」

遊び人「あいつは一度受けた攻撃に対して免疫を持つの。だからこそ、一度目の攻撃は効いても、二度目は絶対に効かない」

遊び人「精霊を複数体内に宿しているのもきっとそのためよ。精霊殺しの陣、魔剣、大罪の力、今では精霊の加護を打ち砕く手段が複数存在する。それらを克服するためには、当然その方法で一度は破壊されなくちゃならないんだもの」

遊び人「あいつの体内にはまだ6体の精霊がいるの。その腕輪の力で一体分倒したところで……」

強欲「だからこそ、知恵を絞るのだ。さっきも言っただろう、この戦いは大罪の装備を奪った者が勝ちだ。奴の嫉妬の首飾りさえ奪うことができればいいのだ」

強欲「あいつに関する情報を、詳しく教えてくれ」
527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 23:19:25.01 ID:Hga49WgN0
勇者「こういうの苦手だからお願いしたい」

遊び人「はいよ」

強欲「筆記具も使ってくれ。地形や絵を書きながら説明してくれると助かる」

遊び人は机の上に置いてあった羊皮紙と筆記具を手に取り、語りだした。

遊び人「どこから話し出せばいいかな」

強欲「大罪の装備にまつわる全ての街の記憶についてだ。何か手がかりを掴めるかもしれない」

遊び人「わかった。まずは、暴食の村についてから。ええっと、私は教会で目覚めたところからしか……」

錬金「また死んでいたのか!!お前はわしの孫を常に棺桶に閉じ込めていたのか!!」

勇者「ひっ……」

強欲「構わん、続けてくれ」
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 23:29:45.25 ID:Hga49WgN0
暴食の村、色欲の谷について、(恥ずかしい記憶はそれとなく濁しながら)遊び人は一通り記憶を語り終えた。

遊び人「それじゃあ、続いては、憤怒の街での出来事について」

強欲「嫉妬が現れた場所だな。一番詳しく聞きたいところだ」

遊び人「もう知ってるみたいだけど、私たちはまずお嫁さんの候補としての演説会に出場したの。それから……」




遊び人「お姫様との戦闘が終わったかと思った時、私の赤い糸が電撃で焼き切られたの。それであいつは街に侵入してきた」

遊び人「物体感知に傲慢の盾がひっかかったって言ってた。多分、あいつは赤い糸の呪文に以前から気づいていたのよ。赤い糸の呪文は見抜かれた瞬間に効力が切れるものなの」

遊び人「私と会話しているうちに、傲慢の勇者の爆発呪文があいつに直撃したわ。煙がなくなると、傲慢は嫉妬に剣で刺しぬかれていた」

遊び人「最後は教会の内部に入った嫉妬を憤怒が倒して、ガラスが激しく割れた音がした。奴の精霊が砕けた音ね」

遊び人「勝利に喜んだのも束の間。教会から嫉妬が出てきて、やつの体内に精霊が6体いるのがみえた」

遊び人「兜を被った憤怒が再び襲いかかったけれど、あっけなくやられたの。傲慢の盾も使う間もなく一瞬で奪われてしまったわ」

遊び人「それから、私たちは、移動の翼で逃げ出して……」

錬金「もうよい。よく話してくれた」
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/12/31(日) 23:36:42.59 ID:Hga49WgN0
強欲「…………」

強欲は顎に手をあて、深く考え込んでいるように見えた。

遊び人「今の話を聞いて何かわかった?」

強欲「話を聞いてもわからぬことは多いが。手が語ってくれたことはある」

遊び人「手?」

遊び人は自分が描いた数々の図を見た。

その中でも嫉妬との戦闘シーンを記した図を見ると、嫉妬の移動にある特徴が見られた。

遊び人「……全然気づかなかった」

勇者「嫉妬の行動範囲が、ほとんど教会付近だ」

強欲「どういう訳かわからんが、教会の中に入ろうとしているように見える。傲慢の爆発が起きてから憤怒と戦うまで」

勇者「捕縛の結界があるからじゃないか?」

強欲「やつにとって教会にいることは何か意味があるのかもしれない、力を引き出すとか、弱点を防ぐとか」

強欲「爆発が最初に起きたと言ったな。嫉妬は確かに死んだのか?」

遊び人「煙がたっていたからなんとも」

強欲「妙だな。嫉妬の首飾りは無効化する装備なのだろう。だとしたら、爆発そのものを防ぐのではないのか」

遊び人「爆発が効かない身体になるのか、爆発そのものを抑えるのかは私達にもわからないわ」

強欲「もしかしたら、直撃していたかもしれんな」

強欲「なにせ、通常呪文で倒されたところですぐそばの教会ですぐに復活できるのだ。嫉妬のパーティメンバーは他にはいないと聞いている。」

強欲「首飾りの乱用をしたくないのかもしれない。大罪の装備の使用は術者の寿命を食らう」

強欲「自分が浴びる全ての呪文を無効化なんかしていたら、それだけで寿命が大方持って行かれてしまうだろう。奴は麻痺や石化などの状態異常に関する呪文だけに首飾りの能力を使用するのではないだろうか。もちろん、一度でも精霊の加護の破壊を遂げた攻撃に対しても、全て無効化しているのだろう」
530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 00:02:50.30 ID:OQIpRnKs0
遊び人「さっきも言ったけど、あいつの体内にはまだ6つ精霊が宿っているの。そして、憤怒の兜による攻撃はもう無力化されている」

遊び人「嫉妬の首飾りを除いたら、残る大罪の装備は5つよ。それら全てを使用しても奴の精霊を全ては破壊できない」

遊び人「加えて、精霊のストックもあるって言ってたわ。また体内に補充しているかもしれない……」

錬金「それは難しいじゃろう。可能な限り体内に詰め込んだ結果が、今の数のはずじゃ。賢者の石の発明を試みたわしだからわかる」

錬金「半年に1体ほどのスペースじゃろうて。それでも困ったことじゃがな」

強欲「だからこその、捕縛なのだ。奴の身動きを一度封じ、首飾りさえ奪えれば良い」

遊び人「状態異常の呪文は全て無効化の対象にしているに違いないわ。眠り、麻痺、混乱、そういった意思をコントロールする呪文はきっと効かない」

遊び人「魔法陣による呪縛も無効化の対象にしていたのだから、きっと呪文の捕縛も出来ないわよ」

強欲「大方の攻撃は無意味だろう。だが、奴の装備はこの世の全てを支配する能力を持っているわけではない。勝機は探せばいくらでもある」

強欲「俺は強欲な男なのでな。ここで人生を終わらせるつもりはないんだ」
531 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 00:09:27.13 ID:OQIpRnKs0
強欲「さて、今までの旅の状況はわかった。だが、1つ気になることがある。勇者といったか」

勇者「な、なんだよ」

強欲「お前の職業が勇者ではないとしたら。一体、何なのだ?」





勇者「何だろ」遊び人「なんなんだろうね」

強欲「はぁあ!?」

強欲「お前、自分の職業もわからずにずっと冒険してきていたのか!?」

勇者「ずっと昔、旅の仲間と冒険してた時に転職神殿を訪れたことがあったけど、わからないって言われたんだ。イレギュラーな存在だって言われて」

勇者「でも何の能力も発現しないし。自分の適性もよくわからないし。戦術に優れたわけでもないし、呪文もほとんど使えないし」

勇者「困っちゃうよね……はは……」

錬金「こやつ……」

錬金「転職神殿が近くにある!一流の占い師がおるからそこで鑑定してもらえ!!」

錬金「無職だったら何かしらの職業についてこい!!」

勇者「ひっ!!」

遊び人「い、行きましょ!勇者!」
532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 00:18:02.51 ID:OQIpRnKs0
〜転職神殿〜

勇者「けっこうな人だかりだな」

遊び人「各地から集まっているそうよ。世界にある転職神殿の中でも最も優秀な神官、術士、占い師が集まっているからって」

勇者「それにしても多いよ。みんな自分の職業に満足していないのかな」

遊び人「キャリアアップをしたいんじゃない?」

勇者「賢者とか一流の職業を目指すのかな」

遊び人「だとしたら遊び人になるのかしらね」
533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/01(月) 01:31:59.06 ID:4FxQJvj00
あけおめ乙
534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 12:58:44.66 ID:OQIpRnKs0
勇者「色んなコーナーがあるな」

遊び人「転職相談をしている場所もあるわ。ちょっと覗いてみましょ」



武道家「今まで武道家をしていたんですけど、どう考えても、剣や槍を持った方が強いということに気づきまして……。もう辞めたいです……。毎朝起きた時から憂鬱で……新卒のときを思い出しては、若気の至りで長武器を持とうとしなかったことに後悔していて……」



僧侶「わたし、生まれつき魔力の器が小さくて。すぐ尽きてしまうんです。だから結局、呪文じゃなくてやくそうを使って仲間を回復してるんです。これだったらもう僧侶やめたほうがいいなって」



盗賊「犯罪じゃないですか。僕らの職業って。まずいなって、ふと気づいたんです」




勇者「人の悩みはそれぞれだな」

遊び人「みんな深刻な表情ね」
535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 12:59:58.23 ID:OQIpRnKs0
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。
536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 13:11:26.45 ID:OQIpRnKs0
遊び人「あっちでは面接をしてるね。こちらも覗いてみましょ」



面接官「自己紹介をお願いします」

踊り子「私は踊り子と申します。故郷で飲食店を中心に働いていました。食べるという目的で集まった人達を、演技によって一層食事の時間を楽しんでもらうことに、やりがいを感じていました」

面接官「なるほど、素敵な経験ですね。それでは、僧侶への志望動機をお願いします」

踊り子「はい。私が僧侶への転職を志望する理由は、人々のために祈り、より多くの人達への救いに貢献したいと考えたからです。回復手段や補助手段が一層多いことに僧侶への魅力を感じています」

面接官「そうですか。でも、踊り子のままでも味方に回復呪文をかけることはできるんじゃないですか?魔法封じの呪文をかけられても踊りであれば使用することもできます」

踊り子「はい。確かに踊りで回復することはできます。しかし、僧侶のように身体の傷を完全に癒やすほどの力もなく、また、瀕死の者を救う呪文などは使用できません。また、踊りを封じる敵もいるため、その場合は回復手段が失われてしまいます」

踊り子「私は、踊り子という職業を否定するつもりはなく、僧侶を経験してこの踊り子という職業を別の視点で振り返ってみたいと考えています。踊れる僧侶、が私の目指す姿です」

面接官「……わかりました。合否の結果は後日お知らせします。採用、不採用に関わらず1ヶ月以内に連絡致します。本日はありがとうございました。。お気をつけてお帰り下さい」

踊り子「はい。ありがとうございました。失礼します」
537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 13:26:03.81 ID:OQIpRnKs0
遊び人「面接官が満足げな顔してるわ」

勇者「合格したんだろうな」

遊び人「面接の模擬練習もできるみたい。ねーねー、私達もやってみようよ」

勇者「ええー、嫌だよ。ここで見てるからやってこいよ」

遊び人「つれないなぁー。じゃあ行ってくるね」

勇者「志望職種は何にするんだよ」

遊び人「遊び人に決まってるでしょ」





面接官「まずは自己紹介をお願いします」

遊び人「エントリーシートに書いてありますのでそちらを御覧ください」

面接官「失礼しました。それでは、あなたが直近で打ち込んだことを教えてください」

遊び人「はい、私はギャンブルにお金を注ぎ込みました。汗水たらして仲間が魔物を倒して稼いだお金を浪費して、自分の趣味に投資していました。リターンはかえってこず、野宿する羽目に何度もあいました」

面接官「わかりました……。では、あなたを物に例えるとなんですか?」

遊び人「私を物に例えると、やくそうです」

面接官「なぜ?」

遊び人「噛めば噛むほど、味がでるからです」

面接官「それはスルメのことでは?」

遊び人「やくそうだと言ったでしょう!どうしていきなりスルメがでてくるんですか!話聞いてくださいよ―」

面接官「…………」

面接官「最後に何か質問はございますか」

遊び人「はい。食事補助付きクエストの昼食代の支給に関して、昼食を取らずに私的に利用することは可能でしょうか」

面接官「あくまで労働者の方が昼食を摂取することを目的とした支給ですので、適切な使い方をして頂きたいというのが我々の気持ちでして……。他に質問はございますでしょうか」

遊び人「着替えの時間は勤務時間に含まれますでしょうか」

面接官「それに関しては……」

遊び人「また、入社三年目で退職した場合、退職金はどのくらい出るでしょうか」




遊び人「やった!!合格間違い無しだって!!ここ近年で最高得点だって言われた!!」

勇者「お前の右に出る遊び人はそんなにいないと思う」

遊び人「えへへ」
538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 14:34:29.72 ID:OQIpRnKs0
勇者「意外とやってみたら俺も行けたりして」

遊び人「おっ、やる気でてきたかな?」

勇者「でもこういうの苦手だしさ」

遊び人「やめとく?」

勇者「子供じゃないんだ。たまにはリーダーらしいところ見せてやろうかな」

遊び人「おお!」

勇者「ここで見ててくれ」



面接官「はーいつぎー。自己紹介してー」

勇者「し、しつれいじまず!!」カクカック


遊び人「(めっちゃあがってるじゃん……)」


面接官「希望する職業は何?」

勇者「はい、私は」

面接官「っていうかさ、レベルも20にも達していないのに転職できないよ」

勇者「(うっ、これ圧迫面接だ……)」

面接官「まあいいや、あなたのことを聞かせてよ。あなたをものにたとえるとなんですか」

勇者「わ、わたしは潤滑油です!!」

面接官「何故?」

勇者「なぜなら、人と人との間をぬるぬる、ぬちゃぬちゃ、効率よくぬちゃぬちゃ、することが得意だからでしゅ!!」


遊び人「(噛んだ……)」


面接官「私にはそうは見えないけどなぁ」

勇者「ど、どのように見えましゅか?」

面接官「見る限り、武道の心もない。神に対する信仰心もない。精霊に対する敬意も勿論見えない」

面接官「その割には中途半端に善意の心も持ち合わせている。盗みの心もないし、詐欺の心も無い」

面接官「戦士にも、武道家にも、魔法使いにも、僧侶にも適性がない。農夫、道具屋、盗っ人、商人も難しいだろうな」

面接官「最後になんか質問ある?」

勇者「……いいえ、ありません」

面接官「採用の通知については1ヶ月以内にお知らせ致します」
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 14:35:06.81 ID:OQIpRnKs0
遊び人「あっ、勇者が肩を落としてこちらに歩いてくる……」

主婦A「最近の若い人たちは、やりたいことばかり口にして、すぐにやめちゃうっていうからねえ……」

主婦B「石の上にも3年って言う言葉もあるのにね」

勇者「うっうっ……乗せてくれる石もねぇんだよぉ……」ポロポロ…

勇者「職業選択の自由はどごにあるんだお……」

遊び人「勇者!泣かないで!一旦世間から逃げましょ!」

勇者「うう……」

勇者「今度こそ頑張ろうと思っでだのにぃ……」

遊び人「勇者は何もわるくないよ!!世間、政治、経済、社会がわるいのよ!!」

勇者「ビェええエン!!!」シクシク…

遊び人「ううう泣かないでぇ…」



勇者たちはにげだした!
540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 17:23:08.31 ID:OQIpRnKs0
勇者「俺なんか無職がお似合いなんだ……」

遊び人「元気を出して」

勇者「このまま都に帰るの嫌だなぁ」

遊び人「あれ、勇者。あそこにあるのって」

勇者「占い師がいるみたいだな。俺は占いなんて信じねーぞ」

遊び人「でも凄い人気みたいだよ。そういえばお爺ちゃんも、この都には優れた占い師がいるから会いにいけって言ってたじゃない」

勇者「本当に占いなんてあたるのかよ」

遊び人「私は占い好きなんだけどな。ねっ、ちょっと行ってみましょ」

勇者「ええー……」トボトボ…
541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 17:25:42.70 ID:OQIpRnKs0
勇者「やっと順番まわってきた」

遊び人「よろしくおねがいします」

占い師「あらあら、よろしくね」

遊び人「この人が職業のことで悩みを抱えているんです。相談に乗って頂けませんか?」

勇者「遊び人、ちょっと待てって。占って貰う前に、本物の実力持った占い師なのか証明して貰わないと。例えば、今俺たちが持っている所持金の額を当ててもらうとかさ」

遊び人「何言ってるのよ!」

占い師「申し訳ないけど、それは出来ないわ」

勇者「ほらな」

占い師「額はわからないけれど。最近まともな食事を摂っていないようね。肌に表れているわ。冒険者の身なりをしている割には、装備も安価なもの。あなた達のお金の使い方は特殊なようね」

勇者「…………」

占い師「私は目の前の人の生い立ちもわからなければ、水晶玉の中に未来を見る力もない」

占い師「その代わりに、人を見る勘にかけては長けていると自負しているわ。占いって、本来そういうものだとも思ってるの」

占い師「ほら、あそこで面接を受けている人をみてみなさい」



女盗賊「僧侶への転職を希望するわ!!僧侶ならみんな安心して近寄ってくるし、盗み放題、騙し放題に違いないんだもの!!人を騙すにはまず見た目からよ!!」



占い師「彼女の未来は明るいと思う?暗いと思う?」

勇者「暗いだろ。神の遣いを偽って人を騙したことがばれたら、殺されかねないぞ」

占い師「ほら、あなたにも未来が見えた」

占い師「自然の成り行きに未来は通じる。今自分の瞳に映る光景を適切に判断することは、未来予知と一緒よ」

占い師「それはパーティメンバーのリーダーこそ、最も数多く、そして責任を抱えてやっていることでもあるわ」

占い師「かつて偉大な勇者様もこうおっしゃっていたわ。自分の仕事はただ二つの指令を与えることだけだったと。すなわち、『たたかう』か『にげる』か」

占い師「私に任せれば、あなたに関する”自然の成り行き”を見通すことができる。あなたにとって最善な選択を、今この瞬間の状況からきっと判断してみせるわ」

占い師「どうする?『たたかう』か『にげる』か、選んでごらんなさい」

勇者「……こんな長蛇の列に並んで、今更帰るわけないだろ。俺を診てほしい」

占い師「ふふ、そう言うと思っていたわ」
542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 18:03:44.48 ID:OQIpRnKs0
占い師「……それで、あなた自身は、かつての勇者様のようになりたいと強く願っていると」

勇者「はい、そうです」

占い師「……わかりました。診断結果が出ました」

占い師「あなたにふさわしい職業は……」

勇者「…………」





占い師「案内人です」

勇者「はっ!?」

遊び人「案内人って……」

占い師「村や街の入口付近で立っている住民のことです。『ここは○○の村だよ!』というセリフパターンが多いですね」

遊び人「適性があるとは、どういうことでしょうか?」

占い師「あなた達が出会った案内人の中には、個性がある者もいたでしょう」

遊び人「確かに、暴食の村の案内人は食べ物を食べていたし、色欲の谷の案内人は変な椅子に乗ってたかな……。傲慢の街については自慢気に語られて、憤怒の城下町ではいきなり怒ってきたし。強欲の都の案内人からはお金をふんだくられちゃったよ」

占い師「その街がどういう街かを示すのに、彼らは素晴らしい仕事をしていたと言えるでしょう」

占い師「周囲の環境を自分に反映させるという能力において、彼らは人より極めて優れているのです。そして、あなたも」

占い師「今すぐ、案内人の募集をかけている場所に行きなさい。仕事を始めたその日から、あなたは頭角を現すでしょう。もしかしたら、世界中の案内人の誰よりも、その才能を発揮するかもしれません」

勇者「ちょっとまってくれ。意味わかんねーよ。そもそも、そんなことに得意な自覚なんて持ったことねーよ」

占い師「自分は根無し草だと、蔑んでいた過去はありませんか?」

勇者「…………」

占い師「欠けていることと、長けていることは表裏一体です。どこにでも馴染めるのは、どこにでも定着できなかったからです」

占い師「あなたは心に柔らかい壁を張っている。人々はそれを突き破ろうとはしないけれど、寄り掛かるにはちょうどいいと感じます。あなたが案内人として住み着いた場所は、人々の交流を盛んにさせ、やがて大きな発展を遂げるでしょう。自分がもう不要になったと感じたあなたは、他の村にまた移動することを繰り返すのでしょう」

占い師「世界中の町村があなたを求めることになりますよ」

勇者「勇者の適性は……」

占い師「そのことについて全く言及しないのは、あなたを傷つけたくないからですよ」

勇者「……わかったよ。ありがとうよ。もう帰るわ」

遊び人「勇者……」
543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 18:12:56.17 ID:OQIpRnKs0
勇者「1つ聞きたいんだけど。あんたが占い師になったのは、自分で自分が占い師として大成する未来が見えたからなのか?」

占い師「違いますよ。占い師として、世界中に共通している定説が1つあるのです。それは、占い師は自身の未来は見通せないということです」

占い師「同情を引くわけではありませんが、占い師は、自身が悲惨な人生を送っている人がとても多いのです。手に入れられなかった経験、認められなかった経験、結ばれなかった経験が、常人とは比較にならないほど深く刻まれていたりするのです」

占い師「どうして占い師は自分のことを占えないのか。それは、都合の良い予防線なんかではないのです」

占い師「とても自身を、直視することなんて出来ないからなのです。優れた占い師は、無数の他者への占いを通して、自身を見ることを望んでいるのです」

占い師「他者は自身の鑑であり、自身は他者の鑑である。そういう意味で、人を映す水晶玉を覗くことは、理にかなっている行為なのかもしれませんね」

占い師「それでは、良き未来を選択することを願っています」
544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 21:07:05.22 ID:OQIpRnKs0
勇者「職業差別なんかいけないっていう価値観は、当たり前のように持ってるけどさ」

勇者「自分が案内人として、村の入口に1日中立ち続けるのが最もふさわしい人生だって言われたら、どうすりゃいいかわかんねーよ」

勇者「それどころか、魔物から逃げに逃げてきたせいで、まだ転職できるレベルでも無いらしいんじゃんか」

勇者「転職できないし、適性あるのは案内人だけ。俺って、何なんだろうな」

遊び人「適性が1つでもあることは凄いことだと思うよ。案内人としては世界で最も優秀な存在になれるかもしれないって言われてたじゃない」

勇者「いいよな遊び人は。昔から賢者の一族きってのエリートだったんだから。他人事だよな」

遊び人「私はそんなつもりで言ったんじゃ……」

勇者「もう罵られてもいいからあの2人に報告にいくよ。僕は一流の案内人になれそうですってさ」

勇者は子供のように露骨に不貞腐れて先に歩いていった。



遊び人は呆れたりはしなかった。

これが憤怒の街を訪れる前であったら、遊び人もつられて不機嫌になっていたのかもしれないが。

人は自分の弱さや臆病さを、怒りで押し隠す不器用な生き物であると、今までの冒険を通して学んでいた。
545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 21:07:34.40 ID:OQIpRnKs0
能力を否定されることほど、男性にとってつらいことはない。

やさしい心を持っている勇者は普段、表ではなんでもなさそうにヘラヘラ笑っていても。

夜の布団の中では、ちゃんと一人で傷ついている。

遊び人「他人事じゃないよ」

遊び人「この職業になって、何もかもできなくなってから見えてきたことも、ちゃんとあるんだよ」

遊び人「何もできないというあなたが、それでも何かは成し遂げようと頑張ってくれてる姿、ちゃんと見ているつもりだよ」

遊び人は不貞腐れた子供のもとへ、走っていった。
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 22:16:30.96 ID:OQIpRnKs0
〜夜 宮殿内〜

強欲「またせたな。ここのところやることがあまりに多くてな。もちろん嫉妬の王国に関する仕事だが」

強欲「さきほど占い師と話をしていた。そういえばお前らも昼間、彼女にあったそうだな。不機嫌にさせたようで申し訳ないと言っていたよ」

勇者「別に……」

強欲「嫉妬との戦闘の日に関して、情報の更新があったそうだ。今日から一月ほど経った頃になるそうだ。その日が嫉妬にとって最も暗殺をしやすい日にあたるとのことだ」

遊び人「なにそれ。だったらその日が訪れる前に、こちらから仕掛ければいいじゃない」

強欲「占いによって未来は変わらない。占い師によれば、それが俺達にとって最も防衛しやすい日でもあるそうだ」

勇者「占いさまさまだな。どうせどちらが勝つかの予言はできないって言うんだろう」

不機嫌そうに言った勇者に、錬金が睨みつけて返答した。

錬金「彼女にできるのは今を把握することだけじゃ。スタート地点に双子の子供が並んでいるのを見ることはできても、どちらが先にゴールするかは予測できまい」

錬金「わしらが今成すべきことは、不確定要素の多い未来に対し、勝利の可能性をできるだけ積み上げることじゃ」
547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 22:17:33.69 ID:OQIpRnKs0
錬金「と、いうことで、案内人の貴様」

勇者「案内人じゃねーよ。仕事についてないから無職だよ」

錬金「徹底的に鍛えてやる。精霊の加護を持つ貴様は必ず戦闘の要になる」

勇者「なんだよそれ。急に言われても」

強欲「錬金、孫娘に関わることだからといって感情的になるな。勇者、これはお互いにとって全く悪い話しじゃない」

強欲「もしもお前らが根無し草なら、俺達の都の住人になれ。無謀な冒険もここで終わりだ」

勇者「何言ってるんだよ!そしたら遊び人は……」

強欲「大罪の装備については俺もこの爺さんから話を聞いている」

強欲「7つの大罪の装備を揃えたら、遊び人、あなたに70年分ほどの寿命を吸わせよう。そのあとは全ての装備を俺に預けてもらう。俺は大罪の装備の力を利用して、世界を統一する」

強欲「俺の父親は魔物に、母親は人間によって殺された。俺はくだらない争いの起きるこの世界を調停する鍵が欲しいんだ」

強欲「俺らの仲間になってくれ、勇者、遊び人」
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 22:36:27.79 ID:OQIpRnKs0
〜宮殿裏 寮〜

寮母「今日からここがあなた方のお家です。男子寮は手前の建物、女子寮は奥の建物になります」

勇者「うわ、外観からして綺麗だな」

遊び人「本当に泊まっていいのかな……」

寮母「宮殿に勤務する職員の宿舎として使われているの。門限は無いけれど、あまり夜まで遊ばないようにね。私たちはそこの事務所の中にいるから、用があったらいつでも声をかけてね」

遊び人「ついに、私達にもこんな平穏な寝床が……」

寮母「それと、男子寮は女子禁制、女子寮は男子禁制ですので。デートは街中のレストランにでも行ってくださいな」

遊び人「だって勇者」

勇者「な、なんだよそのフリ」
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 22:49:21.78 ID:OQIpRnKs0
〜部屋〜

勇者「ふぅー、なんてふかふかなベッドなんだ。寮母さんのご飯も、温かくて美味しかったし」

勇者「宿屋に泊まる時はいつも最安値の場所だったからな。飯もろくなものなかったし」

勇者「俺なんかと冒険させたせいで、遊び人には苦労をかけたなぁ」

勇者「はぁー」

勇者「部屋に一人きりって、変な感じがするな」

勇者「女の子と相部屋なんて、落ち着かないしで、最初はすげぇ困ってたのにな」

勇者「女風呂を覗くのは望んでも、混浴で女性を直視はできないのと一緒だって言ったらドン引きされたんだったな」

勇者「変なところでズボラだったり、変なところで几帳面だったりで、文句の言い合いや我慢のし合いで正直ストレスが溜まることも多かったけど」

勇者「もうそれにも、けっこう慣れてきた頃だったんだけどな」

勇者「さて、明日も早いし寝るか」
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/01(月) 23:01:09.03 ID:OQIpRnKs0
〜早朝 前〜

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

勇者「う、うわ!!何の音だ!!」

勇者「机の上からだ!!」

真っ暗な部屋の中を手探りで進みながら、勇者は震える石を手に握った。

勇者「昨日錬金から貰った目覚まし石か!ギュッと握ったら止まるんだったな……。うへー、すげぇ振動」

勇者がしばらく石を握ると、振動は落ち着いた。

勇者「でも、どうしてこんな時間に。まだ日も登ってないし。うう、寒い」

勇者「あの神経質そうな爺さんが時間の設定を間違えるだろうか。ただの嫌がらせをするような人でもあるまいし」

勇者「……もしかして」

勇者「もう出社の時間ってこと?」
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 00:00:43.23 ID:do1GsOP20
〜宮殿 地下室〜

錬金「待っておったぞ」

勇者「どうしてこんなに早いんだよ。もっと遅くでいいじゃんか」

錬金「馬鹿言うな。時間がないことへの自覚が足らんのか。夜も遅くまで付き合ってもらうぞ」

勇者「修行って何するんだよ。憤怒の勇者も、傲慢の勇者も勝てなかった相手に、俺が一ヶ月訓練したからって何になるんだよ」

錬金「……どこから叩き直せば良いのか」

勇者「こんな寝ぼけた状態で。まともに修行できるかよ。もっと、短時間で、集中的に、効率的に鍛錬してさ……」

錬金「その思考回路の結果が、今のお前じゃろう」

勇者「…………」

錬金「お前が届かないと言っている者達も、決して才能や効率的な努力だけでのしあがって来たわけではない。無駄な時間も、無意味な時間も、常人よりはるかに多く積み重ねてきたはずじゃ」

錬金「その点では嫉妬の者も、勇者に選ばれるだけの素質があったのじゃ。妬みや嫉みを、自分の力に変えてきたのじゃ」
552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 00:02:12.02 ID:do1GsOP20
錬金「だが、確かに貴様の言う通り、ちまちまと魔物を倒しても大した進歩はない。そこでだ」

錬金「強欲の都には、嫉妬の王国に引けを取らぬ技術の粋が集められておる。まだ未公表のものも多いが、貴様を確実に強くさせてくれる研究の成果物もある」

錬金「その部屋に入って、兜を身に着けろ」

勇者は大きな牢獄のような部屋に入り、特殊な形をした兜をかぶった。



勇者「あれ!!どういうことだ!!」

勇者「闘技場の真ん中にいる!!」

錬金「その兜には、強欲の勇者の電流が蓄積されておる。今のお前は洗脳されている状態じゃ」

錬金「装着者の脳内に保管されている戦闘の記憶を呼び出すこともできれば、こちらから戦闘データの転送を行うこともできる」

錬金「安心しろ。精霊の加護がなくとも死にはせんし、負けても経験値は手に入る。それも、通常に戦うよりも短時間でな」

錬金「まずは、その過去をやり直してみろ」



勇者はいつの間にか剣を握っていた。

そして、足元には使い捨ての魔法銃と移動の翼が散らばっていた。

勇者「見覚えがあるぞ」

勇者「だとしたら、対戦相手は……」

傲慢「…………」

夜中の闘技場に、傲慢の勇者があらわれた!
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 00:04:11.30 ID:do1GsOP20
勇者「ぶはぁっっ!!!!」

勇者「痛ぃいい!!!だ、たずげで!!!ごろざれるぅうう!!!」

汗だくになった勇者は、兜を外すと同時に床に転がり落ちた。

錬金は呆れた顔を向けた。

錬金「傷1つついてないわい。情けない。もう60回は負けてるぞ。まだ昼にもなっておらんというのに」

錬金「対戦相手のデータは、貴様の記憶と、既に兜に蓄積されている強者のデータの混合物じゃ。当然、オリジナルには遥かに劣る戦闘力のはずじゃぞ」

錬金「さあ、また兜をつけろ。今日中にそやつを攻略する勢いで戦うんじゃ」

勇者「ちょっと、ちょっとまってくれよ」

錬金「一月後に嫉妬を前にして同じセリフを吐くつもりか?『ちょっとまってくれ
、俺がお前より強くなるまで。あと100年ほど』」

錬金「笑わせるわ。さあ、戦って、勝つんじゃ」

勇者は錬金に、何度もそうされたように無理やり兜を被らされた。



結局、勇者は一日中、”精霊の加護の無い状態で殺される体験””を繰り返し、一度も脳内の傲慢に勝てないまま帰路についたのだった。
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/02(火) 01:28:46.16 ID:OuVvj/sDO
正月更新乙
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 12:47:59.98 ID:do1GsOP20
遊び人「寮母さん、こんにちは」

寮母「遊び人ちゃん、こんにちは」

遊び人「勇者は今部屋にいますか?」

寮母「下駄箱に靴があるか見てごらんなさい。女性は入り口まで入っても大丈夫だから」

遊び人「わかりました」

遊び人「……えーっと、ここかな」

遊び人「あれ、カラだ。今日も外出してるみたい」

寮母「忙しいみたいね。遊び人ちゃんはこれから何か用事あるの?」

遊び人「はい、宮殿の方に呼ばれていて。色んな施設を見学させて貰えるみたいです」

寮母「あら、よかったわね。いってらっしゃい」

遊び人「はい!いってきます!」
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 12:49:08.01 ID:do1GsOP20
勇者「う、うぇ、うぇええ……」

勇者「オェエエエエ!!!」ビチャビチャビチャ!!

錬金「精霊の加護に依存してきた報いじゃ。全ての冒険者は死と隣り合わせの覚悟で戦ってきたんじゃ。嫉妬と戦う貴様にもその覚悟を身に着けてもらわねばならん」

錬金「じゃが、精神の前に、やはり身体面の能力が低すぎるみたいじゃ。肉体を鍛えれば精神も鍛えられよう」

錬金「午後からは別室で肉体の鍛錬じゃ。昼の間に吐瀉物を掃除しておけ。わしゃ飯を食ってくる」

そう言うと錬金は去っていった。

勇者「…………」

勇者「……くそ、ちくしょう」

勇者「死んじまえ。ぶっ殺してやる」

遊び人と冒険していた頃には無かったような、負の感情を勇者は抱えた。

勇者「あれが、遊び人のお爺ちゃんって、本当なのかよ。嘘ついてんじゃねーのか」

勇者「亡くなった奥さんを蘇らせようと賢者の石の創造に狂っていたって聞いたことがあるけど」

勇者「叶わなかった夢の腹いせに、弱い冒険者を虐め抜いている腐れジジィじゃねーか」

勇者は掃除用具を手に取り、悪態をつきながら掃除を始めた。
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 13:04:25.28 ID:do1GsOP20
勇者「ウグァ……!!アアアア!!」

勇者は小さい結界内に閉じ込められ、腹ばいになって呻いていた。

錬金「話で聞いた憤怒の城下町の教会に張られていた結界と同じものを用意した。術士の人数が多いほど力が増すものじゃ。わし一人分の力しかないんじゃからさっさと抜け出せ」

勇者「無理だこんなの……指一本動かすので精一杯だ……」

錬金「口は立派に動いてるじゃないか」

勇者「……なんか、ヒントとか」

錬金「はぁ?」

勇者「ヒントをくれ……相殺できる呪文とか、特技とか……」

錬金「…………」

錬金「お前はそんなことを、わしの孫娘の前でも言ってきたのか」

勇者「……えっ」

錬金「答えをやろう。自殺すればよい。教会に転送されて、あんたは晴れて自由の身じゃ」

錬金「そしたらもう明日から来なくても良い」



錬金はそう言うと、勇者を置いて部屋から出ていった。
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 13:54:12.58 ID:do1GsOP20
〜夜〜

錬金「……とっくに逃げていると思っていたが」

錬金「この都まで生き延びてきただけのことはあるようじゃ」

勇者「…………」

勇者は気絶をしていた。

結界によって、身体中を床に押し付けられ、かなりのダメージが蓄積されているにも関わらず。

錬金「精霊の加護が出現していないということは、精霊が少しでもこやつを信用しているという証じゃろう」

錬金は呪文を唱えると、結界がガラガラと音を立てて崩れていった。

気絶している勇者に、錬金は気付けの呪文をかけた。

勇者「うう……」

錬金「ほれ、起きろ。今日の訓練は終わりじゃ。早めに返してやる」

錬金「明日は武器と防具の選定じゃ。遅刻するでないぞ」

身体中が激痛に侵されていた勇者は、長い時間をかけて寮までたどり着いた。

身体を洗う気力もわかず、そのままベッドに倒れ込んだ。

気絶しながらも耐え抜いた、という達成感など微塵もなく。

理不尽な痛みに耐え続けている自分に、惨めさと悔しさで涙が出そうだった。
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 14:00:38.71 ID:do1GsOP20
兵士「久しぶりだな」

遊び人「この前案内してくれた兵士さん!」

兵士「元気でやってるか?」

遊び人「はい!色々宮殿の中も見学させてもらいました!」

勇者「…………」

兵士「勇者さん、大丈夫か?」

勇者「ええ、あ、ああ」

遊び人「勇者は最近1日中訓練してるみたいで、疲れてるんだ」

兵士「なるほどな。俺もこの都で働き始めた頃は大変だったよ。鬼隊長直属のチームに所属しちまってな。丸太担がされたり、焼けた地面の上を素足で走らされたり、訳のわからん地獄の特訓を受けたもんだよ」

兵士「まあじきに慣れるさ。今日は俺と散歩するだけだから、身体を休めるといいさ」

勇者「……ああ」
560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 14:55:15.93 ID:do1GsOP20
遊び人「こんな上質のローブ買って貰っちゃってよかったのかしら。道具も一通り揃えてもらったし。おいしいごはんまで奢ってもらっちゃって」

兵士「強欲の勇者様が、あんた達の望みは何でも叶えてあげるようにとおっしゃっていた。勇者様の特別な客人に、俺も失礼したな。身なりがあまりにボロボロなんで同じ田舎者出身かと思っちまったよ」

遊び人「あはは、気にしなくていいよ。私が無駄遣いをよくしたもので、装備を買うお金もなくってさ」

兵士「はは、なんつー冗談だ」

勇者「…………」

遊び人「勇者、どうしたの、浮かない顔して」

勇者「……明日からまた訓練が始まる」

兵士「お互い大変だな。宮殿内も最近バタバタしててよ、俺もろくに遊ぶ時間もねぇ」

兵士「まあ自分のペースでやるこったな。そんじゃあ、俺は宮殿に戻ることにするわ」

遊び人「私も宮殿に呼び出されてるの。上級術士の人が里の呪文について詳しく聞きたいんだって。私も都の開発した呪文に興味があるから話だけでも伺いたいなって」

勇者「……そっか」

遊び人「じゃあね、勇者。今日はゆっくり休んでね」

勇者「ああ」

遊び人「それと、この皮のドレス。捨てずに大事に取っておくからね!」

兵士と遊び人は笑顔で勇者に手を振った。



勇者「あの笑顔を守れる可能性が増えるなら」

勇者「それと引き換えに俺が憂鬱になることは、仕方のないことなのかもな」

勇者は重い足取りで寮に帰った。
561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 15:06:25.23 ID:do1GsOP20
勇者「…………」

勇者「わっ!!」

勇者「酷い夢見たな……てか、今何時だ!?」

勇者は慌てて布団から飛び出し、外を見た。

街中はまだ真っ暗だった。

勇者「はぁー、よかった。寝坊したかと思った……。二度寝するか」

勇者「…………」

勇者「……神経が張り詰めて、ろくに熟睡もできないよな」

勇者「嫌だぁな。半日後にはまたあの地獄の訓練場にいるんだよな」





〜早朝〜

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

勇者「……時間か」

勇者は石を握りしめ、音をとめた。

勇者「こんな石に無理やり叩き起こされて。ぼこぼこにされるとわかっている場所に自ら足を運びに行く」

勇者「俺が今客人として迎えられてるのも、優遇をきかされているのも、精霊の加護を持つ者として立派に働くことを期待されているからなんだ」

勇者「はぁー、逃げ出しちゃいたいなぁ。みんなの期待を裏切って、案内人として自分のペースで生きていくのもいいかもなぁ」

勇者「ずっと昔にそうやって、仲間を裏切ったように」

勇者「…………」

勇者「はぁー。行くか」
562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 15:27:46.63 ID:do1GsOP20
勇者「……今日は何をやるんだよ」

錬金「陣の真ん中に立て」

地下室の中には、錬金と勇者の他に、術士が6名、円をつくるように立っていた。

地面には六芒星の陣が描かれていた。

錬金「いつもとやることは変わらん。兜を被って、脳内の敵と戦闘をするんじゃ」

錬金「今日は強欲の勇者のデータを転送しておる。最も蓄積の多いデータじゃ。記憶の中の傲慢の勇者とは比較にならない強さじゃろうて」

錬金「今日は中断は無しじゃ。戦闘に負けた瞬間から、また別の場所から戦闘を再開するようになっておる。途中で兜ははずせん」

錬金「では、検討を祈ろう」

勇者「ちょっと待てよ!!こいつらは何なんだよ!!この地面に書かれた魔法陣は一体!!」

勇者が喚くも、身体を硬直させられ、兜を無理やり被らされた。

訳のわからぬまま、勇者は痛覚の感じる世界で強欲の勇者との戦闘を開始させられた。

半日で殺された回数は、数百回に及んだ。
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 15:37:42.20 ID:do1GsOP20
〜真夜中〜

遊び人「どうしたの?」

公園にあるベンチに座っている勇者に、遊び人が心配そうに話しかけた。

遊び人「ここ数日少しも会えなかったから、心配して寮に行ったんだよ」

遊び人「寮母さんに聞いたらまだ帰ってないって聞いたから。お爺ちゃんのところに聞きにいったんだけど、まともに取り合ってくれなくて。心配して探しに来たんだよ」

勇者「…………」

遊び人「何かあったの?」

勇者「…………」

勇者「……しにたい」ポロポロ…

遊び人「つらいことがあったの?話せる?」

勇者「大丈夫……。大丈夫だから」

遊び人「大丈夫じゃないよ」

勇者「扉が……」

遊び人「扉?」

勇者「朝起きて、心を無にしたつもりで、外に出ようとするんだけど」

勇者「扉に手をかけた瞬間、身体が凄く重たくなって」

勇者「それでも、あの地下室に向かうしかなくて……」

勇者「逃げたいって思った壁は、一生立ちはだかり続けてくるものなんだって思い知らされてさ……」

遊び人「…………」

勇者「俺、また逃げ出しちゃうのかな……」

勇者は手に顔を埋めて言った。
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/02(火) 15:47:39.30 ID:do1GsOP20
遊び人「そっか」

勇者「…………」

遊び人「よっこいしょっと」

遊び人はうなだれている勇者の隣に座った。

遊び人「助けてって、私に言ってくれればよかったのに」

勇者「…………」

遊び人「言っても何も変わらないことを言うことと、何も言わないことは全然違うことだと思うよ」

遊び人「まあ、私も自分の中にしまいこんじゃうタイプだから偉そうには言えないけどさ」


遊び人の独り言を、勇者は黙って聞いていた。

自分の弱さにほとほと嫌気がさしていた。

こんなことなら、まっすぐ寮に帰るんだった。

尋ねてきた遊び人に、何でもない顔をして、冗談の1つでも言えればよかったのに。

強くあることを願いながら。

弱いままだった。





遊び人「ねえ、勇者」

遊び人「そばにおいで」

遊び人はぽんぽんと、自分の膝の横を叩いた。

遊び人「そばにおいで。やさしくしてあげる」
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