勇者「遊び人と大罪の勇者達」

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365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 14:40:15.75 ID:47YAtSoK0
王子の后候補の選考に勇者がエントリーをしてから、数日が経った。

体調が治りつつあった遊び人は、”ちょっと気分転換に”ギャンブルをしに行き、再び体調を崩し寝込んだ。

珍しく勇者が遊び人に怒って説教をした。

勇者は街の小さなクエスト(物品の収集)をこなし、日銭を稼いだ。

ぼろぼろの安い宿屋に泊まる日は続き、王子の后候補の選考の日が訪れた。
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 14:46:25.50 ID:47YAtSoK0
〜選考会場〜

女性A「……ちょっと、あれ」ヒソヒソ…

お嬢様A「何かしら……」ヒソヒソ…



勇者「視線が痛い」

勇者「遊び人に着させるつもりだったバニースーツ着て来たけど、目立ちすぎたか」

兵士「準備が出来た。筆記試験を行うため順番に入室するように」



町娘「筆記試験なんて聞いてないわよ!!私の特技は料理とお裁縫なのに」

お嬢様「どういう問題かしらね。自分の経歴とか、結婚動機とかを書く問題だったらいいけど」

兵士「制限時間は30分間とする。その間入退室は禁ずる。退出するものはその時点で受験資格を失う」

勇者「(やべっ、トイレいっときゃよかった……。遊び人のためにつくったおかゆを俺が食べすぎたせいで尿意が限界に近い……)」

兵士「全員席についたな。申し付けがあるものは手をあげて近くの試験監督に相談するように」

兵士「それでは、試験を開始する!」
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:07:28.85 ID:47YAtSoK0
問1 ヒュブリスへの諌め
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の□□に打たれますのは際立って大きいものばかりで、神は彼らの思い上がりを許し給わぬのでございますが、微小のものは一向に神の忌諱にふれません。また、家や立木にいたしましても、雷撃を蒙るのは常に必ず最大のものに限られておりますことは、これまた御存じのとおりで、神は他にぬきんでたものはことごとくこれをおとしめ給うのが習いでございます。神明はご自身以外の何物も驕慢の心を抱くことを許し給わぬからでございます」

□□に入る単語を記入せよ。

問2 精霊の加護の特性
一人の戦士に対して、勇者Aと勇者Bがパーティメンバーに同時に加入させることは可能であるか、それとも不可能であるか。
可能である場合、勇者Aは町A、勇者Bが町Bで同時に死亡した場合、2人から同距離の町Cにいる戦士が死んだ場合はどちらの町で復活するか。


問3 時事
魔王消滅の噂が流れた後、情勢は大きく変化している。憤怒の城下町と呼ばれるこの王国も……

問4 ……


勇者「(なんだよこれ!!)」

勇者「(嫁候補の問題だろ!!なんでこんなわけわかんない問題出すんだよ!!)」

勇者「(精霊の加護の特性だなんて。勇者の存在を公にしているこの国ならではの問題とも言えるけど……)」

勇者「(一体どうすりゃ……)」

勇者「(ハッ!!)」

勇者「(よく考えろ!!これは嫁探しの試験だ!!嫁目線で回答すればいいんだよ!!)」

勇者「(試験の鉄則、わかるところから埋めよう)」

問3 時事

回答:わたしバカだからわかんなーい☆
でも、鶏肉の調理には自信があります!!王子様には甘いお菓子もいっぱいつくってあげたいです!!

勇者「(よし、まず1問解けた!!)」

問1 「ヒュブリスへの諌め」
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の■■に打たれますのは際立って大きいものばかりで……」

勇者「(はっはーん。これは巧みな、夜の生活に関する問題だな。確かに、夫婦生活を営む上で欠かせない問題だからな)」

勇者「(神=王子様だといいたいわけか。神に打たれるのは大きいもの……つまり巨乳か)」

勇者「(答えはムチだ!!憤怒の勇者は巨乳をムチで打つのが趣味な変態なわけだ!!)」

勇者「(解ける、解けるぞ!!この調子で他の問題も!!)」
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:10:59.12 ID:47YAtSoK0
憤怒「選考の様子はどうだった」

家臣「滞りなく。筆記試験を無事終えました。面接の予定は……」

憤怒「面接は飾りのようなものだ。筆記試験はどうだったんだ」

家臣「優秀なものが3名」

憤怒「そうか」

家臣「かつての彼女に伍する頭脳の持ち主探しですか」

憤怒「何か問題でも?」

家臣「い、いえ。滅相もございません」
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:12:40.81 ID:47YAtSoK0
遊び人「薬がきれちゃった……」

遊び人「勇者の帰りいつになるかわかんないし、ちょっと買ってきちゃおうかな」

〜道具屋〜

遊び人「こんな症状でして……」

薬剤師「まだ喉が少し腫れてるようね。調合するので少し待っていてくださいな」

薬剤師「暇だったらそれでも解いてて。難しくて私はろくに解けなかったよ。今日はその問題を解くために、たくさんの女性が躍起になっていたそうよ。私は優男がタイプだから興味なかったけどねー」

遊び人「なんだろうこれ。問題用紙?」

薬剤師「じゃ、ちょっと待っててねー」


問1 ヒュブリスの諌め
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の□□に打たれますのは際立って大きいものばかりで、神は彼らの思い上がりを許し給わぬのでございますが、微小のものは一向に神の忌諱にふれません。また、家や立木にいたしましても、雷撃を蒙るのは常に必ず最大のものに限られておりますことは、……」

遊び人「知識問題かな、それとも読解問題かな。知識問題ならこんな長ったらしい書き方しないよね」

遊び人「『また、家や立木に……』なるほど。並立の関係なのね。だとしたら、打たれると蒙るの主語が同じと考えてよさそうね」

遊び人「問2は、なんだ、精霊の加護の特性に関する問題ね。どれだけ私が死んできたと思ってるのよ。勇者に関する冒険譚もたくさん読んできたし」

遊び人「問3は……」



薬剤師「調合が終わりましたよ」

遊び人「ありがとうございます。それでは」

薬剤師「お大事にね」
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:20:04.11 ID:47YAtSoK0
兵士「邪魔する。毒消し薬の在庫が少なくなってきてな、大量に発注したいんだが」

薬剤師「いつもありがたいわ。どれくらい?」

兵士「5千G分だ」

薬剤師「ひぇ〜。うちの在庫で足りるかしら。ちょっと確認してくるわね」

兵士「……おい。これは、どういうことだ」

薬剤師「ああー、それ?あなた達のお城で今日試験してたんでしょ?さっき掲示板で問題が公表されてたわよ」

兵士「回答もか?」

薬剤師「まさかー。誰も解けなくて、ますますみんな怒りっぽくなってるわよ。さっきそれ見てた女の子も諦めてすぐ出てったみたいで」

兵士「さっきすれ違った女か!!」ダッ!!

薬剤師「ちょ、どこいくのよ!!」

薬剤師「えっ、これって……」

回答1:雷撃

回答2:一人の人物を複数のパーティに入れることはできない。

回答3:暴食、色欲、傲慢、憤怒、怠惰、強欲、嫉妬

回答4:魔剣

回答5:A材料を36個、B材料を24個、C材料を244個使用することで最適化される。
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:21:15.20 ID:47YAtSoK0
〜翌日〜

遊び人「すっかりよくなった!!宿飽きた!!外出たい!!!」

勇者「病み上がりなんだから無理すんな!」

遊び人「カジノ!!カジノいかなくちゃああ!!」

勇者「落ち着け!!」

遊び人「手の震えがとまらないよおおおおお」

勇者「新しい病気が再発しやがった!」



遊び人「うぅ!」

勇者「どうした?」

遊び人「今、頭がキーンって……」

勇者「やっぱり治ってねえじゃねえか。大人しく寝てろ」

遊び人「違うの、今の感触は……」

コンコン

兵士「来なさい。面接だ」

遊び人「さっきのは感知呪文だったのね。でも、なんで私に……」

勇者「私は王子をお慕い申し上げております。ぜひ、夜の生活も……」

兵士「お前に用はない。そこの女、来い。お前に行き着くまでに他の女を感知して何度謝ったことか」

兵士「優秀な冒険者が、この国にたどり着いたものだ」
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:22:33.52 ID:47YAtSoK0
〜城内〜

憤怒「そう固くなるな。憤怒の城の主も、出会ったばかりの女性に怒鳴り散らしたりはしない」

遊び人「はい」

遊び人「(体内に精霊を宿しているのが見える。彼が、この王国の王子様で、元勇者。そして、憤怒の装備の持ち主……しかも)」

遊び人「(イケメンだ。こりゃあ各国から女性が集まるわ……)」

憤怒「君か。薬剤師の場所で問題を解いたそうだな」

遊び人「はい」

憤怒「満点は君を除いて数名だけだ」

遊び人「そうなんですか」

憤怒「どうしてわかった」

遊び人「勇者に関して私は詳しいんです」

憤怒「職業は何だ?研究者か?それとも賢者か?」

遊び人「えっと……」

遊び人「あ、遊び人です……」

遊び人「(くっ、世間様に後ろめたい……)」

憤怒「なるほど。賢者を目指しているというわけか。もう十分その資格はあると思うがな」

遊び人「へっ?」
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:24:33.09 ID:47YAtSoK0
TIPS

職業 ”賢者” に転職する方法は2つ有る。

1つは、賢者になるための魔法陣が封じ込まれた巻物を使用し、賢者の書の儀式を行うこと。

もう一つは、遊び人として冒険をし、一定以上のレベルに達すること。

何故、あそびにんが賢者に転職できるか。

“戦闘というものを傍観することに集中することで、戦闘の真髄を見極めることができる”というのが教科書に書いてあるが。

冒険者はこれが机上の空論だと知っている。何故なら遊び人は、戦闘中も空を眺めるのに夢中だからである。

世界の大きな謎の一つである。

ちなみに、強制転職呪文を利用しても構わない。
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:25:20.55 ID:47YAtSoK0
遊び人「ち、違います!!」

憤怒「はは、面白いことを言う!他の候補者もなかなか個性的だが」

遊び人「筆記試験合格者にはどんな方が」

憤怒「それはこれからのお楽しみだ」

遊び人「これから?」

憤怒「君も候補者として次の段階に進むということだ」

憤怒「最後まで残ったその時は……」
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:28:20.96 ID:47YAtSoK0
勇者「どんな男だった」

遊び人「思ったよりもやさしかった」

勇者「男前らしいな。それで見かけやさしいとか。絶対家庭内暴力が激しいやつだな」

遊び人「…………」

勇者「それにしても、どうやってまた城内に侵入するか。いっそのこと兵士にでも志願して」

遊び人「その必要はないよ」

勇者「どうして?」

遊び人「憤怒の伴侶にふさわしいものを見極める試練は城内で行われるの」

遊び人「1週間後に決定される。その時の儀式で、王子様は兜を掲げるの」

遊び人「元王様を死に至らしめたと噂されている、いわくつきの兜だそうで、普段は地下牢獄の中に閉じ込められているそうなの」

勇者「その兜が……」

遊び人「ねえ、勇者」

遊び人「私、あの人の后を目指す」
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:30:58.98 ID:47YAtSoK0
赤色は人々にさまざまな気付きを与える。

西洋での逸話によると、怒り狂った人の頭にのぼる血を見て、科学者は重力を発見したという。

逆上。逆鱗。逆襲。

怒りは下から上へ登る性質を持つ。

父は娘を叱る。母は息子を叱る。

同時に、上から下へ押さえつけようとするものである。

怒りは怯えや愛の裏返しでもある。

怒りはいつも、逆にある。

怒りの本質を見つけたければ、いつも怒りの対極を探さねばならぬ。

例えば。

人が最も怒りを覚えるのは。

怒りと対極にある、穏やかな時間を奪われたときである。
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:32:20.27 ID:47YAtSoK0
遊び人「おはよう」

勇者「…………」

遊び人「おはよう」

勇者「…………」

遊び人「おはよう!!!」

勇者「……おはよ」

遊び人「なに不貞腐れてんのよ」

勇者「別に……」コンッ…

遊び人「今両手をポケットに突っ込みながら片足で地面を蹴ったよね!!それ典型的な不貞腐れ行為だから!!不貞腐れの概念を可視化したものだから!!」

勇者「ぎゃーぎゃー朝から怒るなよ」

遊び人「怒ってんのはそっちじゃん」

勇者「で、何時から行くんだよ」

遊び人「夕方からだよ」

勇者「そんな村人みたいな格好して。高いドレスでも買ったらどうだ。優勝できなかったら王子様に近寄れすらしないだろ」

遊び人「なんでさっきから喧嘩口調なの?」

勇者「羨ましいですね。王子様はかっこよくて強くてやさしくて」

勇者「結婚したら、一緒に大罪の装備を探してくれるかもしれませんね」

遊び人「一国の君主が、国を置いて冒険になんか出ないわよ」

勇者「出たらどうすんだよ」

遊び人「なによさっきから仮定の話ばかり」

勇者「ほら!!もう家庭を築いた時のはなししてる!!」

遊び人「はぁ!?」
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/21(土) 15:35:52.84 ID:47YAtSoK0
勇者「……なあ」

遊び人「なによ」

勇者「チッスせがまれたらどうすんだよ」

遊び人「はあ?」

勇者「チッスだよ」

遊び人「なによそれ」

勇者「なんでもねえよ」

遊び人「発音ごまかさないではっきり言いなさいよ。情けないわね」

勇者「わかってたんなら聞き返すなよ」

遊び人「せがまれてもしないわよ」

勇者「お前が好きになる可能性だってあるだろ」

遊び人「まー、私だって私の心がどうなるかなんて保証はできないわね。雰囲気に流されていい感じになったらしちゃうかもね」

勇者「あー!!そうかよ!!!」

勇者「…………」

勇者「……まじかよ」

遊び人「あのさー、あんたがあの王子の何が気に食わないのかわかんないけどさ。私の寿命がかかってるのよ?」

勇者「やっぱするんじゃねーか!!」

遊び人「するとは言ってないじゃん!!」

勇者「イケメンのやり手王子様に本気で求婚されてもか?」

遊び人「あんたがそんなに言うならイケメン王子とチッスしてやるわよ!!」

勇者「発音ごまかさないでセッ○スってはっきりいえよ!!」

遊び人「そっちの意味で使ってたんかい!!」

かいしんのいちげき!

勇者に69のダメージ!

遊び人「まぎらわしいわ!!死ね馬鹿!!するわけないだろクソ勇者!!」

遊び人「何が身も心も遊び人よ!!ファック!!ファックユー!!ファックユーシャ!!」

勇者「うるせー媚売り女!!心はバニーガールなのに格好は地味な農サーの姫!!」

遊び人「仲間も信じられない臆病者!!あんたなんて勇者じゃない!!者よ!!シャ!!一人で色欲の谷に戻ってなさい!!一人でシャってなさい!!」

勇者「ニートからついに転職できたな!!人の心を弄び人にな!!独り立ちおめでとう!!」

遊び人「……わたしが、どんな思いで。戦闘で役立てない私が……」ウルウル…

遊び人「ええ……。ええ!!一生出てってやるわよ!!今までお世話になりました!!これからはシンデレラストーリーを叶えて天井のついたベッドで寝ます!!」

勇者「勝手にしろ!!」

遊び人「賢者の石を喉につまらせて死ねば!」

勇者「やくそうを頭にぶつけてくたばれ!」




勇者「(あー、ムカつく!)」

遊び人「(もー、ムカつく!)」

勇者「(どうしてこんなに……)」

遊び人「(ムカつくのかしら……)」
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/10/22(日) 02:43:22.07 ID:Fy480I5w0
待ってました!久しぶりに面白い勇者ss。応援してます。
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/30(月) 20:51:17.44 ID:B9zt/fVE0
学者「はじめまして」

お嬢様「さっさとしてよー」

呪術師「…………」

遊び人「は、はじめまして!」

家臣「全員集まったようですな」

家臣「では、王子の結婚相手として最もふさわしいものを探す最終選考を行います」

家臣「では、ルールの説明です」


ルール
@期間は一週間。
A1日に15分間だけ広場で演説をすることができる。
B演説の時間を除き、候補者は部屋を出ることを許されない。

家臣「そして、怒りを顕すことじゃ。以上」

遊び人「???」

学者「なるほど……」

お姫様「わけわかんないんだけど!」

呪術師「…………」

学者「ルールといっておきながら、勝利条件が書いていないのですが」

家臣「怒りを顕せと言ったじゃろう」

家臣「それに、結婚したら勝ち組か?必ずしもそうとは言えないであろう。ならば、当然勝つための条件などない。次は演説会場で会おう」

お嬢様「ちょっと!!」

呪術師「…………」
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/30(月) 21:00:21.14 ID:B9zt/fVE0
〜1日目〜

遊び人「あのまま他の三人の候補者とも話す時間も与えられず、部屋に閉じ込められたまま、いきなり演説の時間だ」

遊び人「しかも私は3番手か……。うう、緊張して吐きそう」

遊び人「怒りを顕せって何よ!!この言葉に関して怒りを表明したいわ!」

遊び人「広場で喋るなんて緊張するよ……」

遊び人「沈黙のまま15分、なんてことになってしまったら……」

兵士「定刻です。一番目、学者様」

学者「わかりました」

遊び人「が、がんばってね!」

学者「敵なのに応援していいんですか?」

遊び人「あ、えっと、がんばらないで!」

学者「いいえ、頑張ります」

遊び人「(うう、とっつきづらいなぁ。それに全然緊張してなさそう……)」


兵士「この魔法石に話しかけてください。拡声されて広場中に響き渡るようになる代物です」

兵士「今から15分間です。はじめてください」
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/30(月) 21:05:26.95 ID:B9zt/fVE0
ガヤガヤ…

ワイワイ…

遊び人「(うっわ!めっちゃ人いるの見える!!)」

学者「初めまして。異国からやってきた学者と申します」

学者「突然ですが、皆様に残念なお知らせがあります」

学者「王子の后の候補者は、私と、他国のお姫様と、呪術師と、遊び人でございます」

学者「皆様もご覧になった通り、あの極めて珍しい知識が求められる問題を解いた人達でございます」

学者「しかし、残念ながら、王子様にふさわしい者が彼女たちの中には一人もおりません」

遊び人「(えっ)」

学者「まず、お姫様ですが、彼女は湯水の国のお嬢様です。魔法水があふれる地に生まれて、贅沢な暮らしを送ってきました。最高級の賢者を家庭教師につけて、知識こそ身に付けてきたものの、国民の生活については何も知らないまま育ってきたと言ってもいいほどです」

学者「王子様の見た目だけで結婚を申し出たいと言っているのです」

ガヤガタ…

お姫様「あの女ぶっと○してやる…!」ワナワナ…

遊び人「お、落ち着いて!」

学者「次の候補者について。遊び人です」

遊び人「(わたし!?)」

学者「彼女がギャンブル場に入っていく姿を私は目撃していました。町娘のような格好をした冒険者だったので気になっていたんです。私も観光を兼ねてギャンブル場に入っていきました」

学者「まったく、運の悪いこと悪いこと。いつも大博打ばっかり狙って、賭けたもの全てを外しておりました。加えて、体調も崩されていたようです。自分の財布を空にしようとするその執念には恐れ入りました」

遊び人「あの女ぶっこ○してやる…!!」ワナワナ!!

お姫様「あなたこそ落ち着きなさいよ!」

呪術師「…………」ニヤ…

学者「このような女性らに一国の主の財布をにぎられてよいのでしょうか」

学者「続いて、呪術師についてです。3番目に演説する時にわかると思いますが、頭までフードをすっぽりとかぶっております。私達他の候補者も、素顔はおろか、声も一言も聞いていません」

学者「私は彼女が、敵国のスパイではないかと疑っております」

学者「彼女は即刻候補者から排除するべきです」

学者「以上、お三方の悪口を連ねてきましたが、私は元来このようなことを伝えにきたのではないのです」

学者「私は学者として、祖国に貢献してきました。今まであげてきた実績としては……」
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/30(月) 21:07:32.02 ID:B9zt/fVE0
学者「はい。次はあなたの番ですよ」

お姫様「散々ネガキャンしてくれたよね!!最後に自分がいかに優れた人材か自慢ばっかりしてさ。行ってくるわよ!!」

トコトコ…

学者「頭に血が上ってるわね。自滅してくれるとありがたいわ」

遊び人「あなたこそ愚かよ!!この街にはギャンブル好きが多い!!そしてギャンブルでは負けている人の方が多い!!あなたはその人達の票を失って、私はその人達の票を得たのよ!!!」

学者「男性のギャンブル好きにうんざりしている女性も多いんじゃないかしらね。まあいいわ。先手で悪口を言っておけば、あなた達はそれに対する反論に15分間を注ぎ込むしかないでしょうから」

遊び人「王子様がそんな人を好きになるかしら」

学者「王子様の好き嫌いで后を決めるなら、同棲生活を勝負内容にすればよかったじゃない。きっと、大勢の人の前で何を言うべきかをわかっている女かどうかを試しているのよ」

学者「さて、お姫様が何を言うか聞いてみましょうよ」
384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/30(月) 21:49:28.83 ID:B9zt/fVE0
お姫様「はじめまして、湯水の王国の姫と申します」

お姫様「一つ訂正しておきますが、私は王子の見た目が好きですが、それだけが王子に惚れた理由などでは決してございません。異国の国の姫が、愛などという言葉を使うのも白けてしまうと思うので、政略結婚が主な理由である、ということは初めに申しておきましょう」

お姫様「私の国は豊かです。魔法水の資源に恵まれて、飢えと縁の無い生活を送っています」

お姫様「けれど、私達が持つ豊かさは、資源の豊かさです。資源が豊かな国が必ずしも生き残るとは限りません。歴史を見てもわかるよう、寒い地域の人々は火を起こすための知恵を身につけますが、暖かい地域の人々は実っている果実を薄着で取りに行くことだけを考えても生きていけるのです」

お姫様「私の国は今、思考をしていない状態です。ですから、来るべき戦いに向けて供えなければなりません」

お姫様「憤怒の城下町と呼ばれているこの国の皆様でなくとも、例の王国に怒りを示すものは多い」

お姫様「そう、処刑の王国です」

お姫様「遥か昔から奴隷制度を導入し、他国からの強奪を繰り返し、近年では勇者殺しの疑惑までかけられているこの王国に対して、即刻に手をうたねばなりません」

お姫様「悲しいことを言いますが、仮に王子様が私を后にふさわしいと認めてくれなくとも、私は受け容れることにしています。その時でも、軍事力をたった数年で劇的に伸ばしてきたこの国の皆様と私達とで手を取って、敵国に立ち向かわねばならないと思っています」

お姫様「とはいっても、私の王子様への気持ちが強いことも事実でございます。あれは、私がまだアカデミーに通っていた頃のことでした。他国への交流で……」



遊び人「(最初は単なるわがまま娘に見えたけど、人前で話す時は一切躊躇をしていない)」

遊び人「(なんだか、力強さを感じさせる女の子だな)」


お姫様「と、いうわけでございまして」

お姫様「恋のある政略結婚をしたい。以上、お姫様からのスピーチでした」
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/30(月) 21:50:41.27 ID:B9zt/fVE0
お姫様「……ふぅ」

お姫様「うへー、思いつきでつけた最期のキャッチフレーズ寒すぎでしょ!!」

遊び人「す、すごかったよ!!思わず聞き入っちゃった!!」

お姫様「あら、そりゃどーも」

学者「湯水の国のわがままお姫様にしては、ちゃんとお国のことも考えているようで」

お姫様「いくら本を読んでも、私達王族がどのような気持ちで生きているかなんてわからないでしょう」

お姫様「ワガママでいられるはずがないんだもの。閉じ込められてずっと生きてきたんだから。叶わない夢を部屋の中に押しつぶされてる分、許される範囲での主張をしてきただけだわ」

お姫様「あんたは机上の空論と他人の悪口を楽しんでなさい」

学者「学者が机上の空論だなんてのも偏見に満ちたことよ。空論であるならどうして世間からその地位を保証されていると……!」

お姫様「言っておくけどね!!あんたら学者は……!」

遊び人「お、落ち着いて!」

遊び人「(……みんなこの街に選考の時から滞在してたからか、憤怒の装備の影響で怒りっぽくなってるんだろうなぁ)」
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/01(水) 20:23:05.90 ID:5cuMI1ad0
お姫様「まったく。はい、つぎ。あなたの番でしょ」

遊び人「う、うん!行ってくる!」

トットット…

お姫様「大丈夫かしら」





遊び人「(う、うへぇ……。こんなに大勢の人に注目されるの初めてかもしれない)」

遊び人「(里で呪文の被験体になってた時だって多くても10人くらいだったし、みんな知り合いみたいなもんだったし)」

遊び人「(一応話すことは昨日の夜考えておいたし)」

遊び人「(行くぞー!!)」
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/01(水) 20:26:44.96 ID:5cuMI1ad0
遊び人「わ、わわ」


遊び人「わわわわ、わわ」

遊び人「わわわたくしは」

遊び人「…………」

遊び人「…………」

遊び人「…………」

ガヤガヤ…

ザワザワ…

遊び人「    」

遊び人「(や、やばい。内容吹き飛んだ)」

遊び人「(あれ、何話すんだったっけ。王国についての質疑応答みたいなことで)」

遊び人「(やばいやばいこの空気!!早く話さないと!!)」

遊び人「みんなー!!!」

遊び人「ギャンブルは、好きかー!!?」

ザワザワザワザワ……

遊び人「(わたし、何言ってるんだろう……)」
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/01(水) 20:43:18.26 ID:5cuMI1ad0


遊び人「(もういいや……沈黙よりはましだ……)」

遊び人「えーっと。そうですね」

遊び人「目撃情報があったとおりに、私はギャンブルが好きです」

遊び人「体調を崩して寝込んでいたのに、リハビリにギャンブルをしにいくくらいにギャンブルが好きです。おかげで、また体調を崩してしまいましたが」

遊び人「これでも私だって、昔はギャンブルなんかにこれっぽっちも興味がありませんでした」

遊び人「よくある言葉を言う側の人間でした」

遊び人「『そのカジノが運営される収益源はどこだと思う?』『確率という学問によれば全体で何割損をするか知っている?』」

遊び人「今言われる側の身になってみれば、そんなこととっくに知ってるんですよね」

遊び人「いいですか、ギャンブル好きでない皆さん」

遊び人「10人のうち2人しか幸せになれないと言われる世界で、私たちはその2人になれると信じているのです」

遊び人「信じることを諦めてはいけません。さあ、気になる女性に思いをぶつけましょう。9回断られても、1回実れば幸せです。さあ、気になる職業に転職をしましょう。9回職場に馴染めずとも、1回合えば幸せです」

遊び人「9回ギャンブルに負けたっていいじゃないですか。最後に1回勝てば、十分しあわ……」

遊び人「しあわ……」

遊び人「(……いや、さすがに9回負けたら取り戻せないわ)」

ガヤガヤ…

遊び人「(あああ……まだ全然時間残ってる。誰か助けて……)」

遊び人「(誰か……)」

遊び人「(そういえば……)」
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/01(水) 20:50:01.49 ID:5cuMI1ad0
緊張しないように極力見ないように気を付けていた広場を、遊び人は注意深く見渡した。

しかし、勇者の姿はどこにも見当たらなかった。

遊び人「(わたしがこんな目に遭ってるっていうのに!!今日演説するのは知ってるはずよね!!まだ不貞腐れて宿屋で寝てるのかしら!?)」

遊び人「女性のみなさん!!本当に、男の人ってどうしてこうなんだろうと思うことってありませんか!?」

遊び人「この人いいな、って思った時は本当にかっこよく見えるのに、どうしてそれを長続きさせてくれないんでしょうかね!!」

ザワザワ…

遊び人「広場の奥様方、うんうんと頷いていただきありがとうございます」

遊び人「男性は、だらしがないですよ!!人前だと偉そうなのに、誰もいないとこではぐちぐち弱気で!!」

遊び人「弱ってる時にやさしくしてあげると感謝してくるくせに、一旦活躍し始めると偉そうに振る舞ってきますからね!!こんな俺と旅が出来て光栄だろうと言わんばかりに!!」

遊び人「一人にしてほしい時にかぎって鬱陶しく話しかけてくるくせに、必要な時にはそばにいない!!!」

遊び人「これでよくも偉そうに……」

…………

遊び人「その時なんて言ったと思います!?『やくそうを頭にぶつけてくたばれ!!』ですよ!!」

兵士「終了時間です。戻ってください」

遊び人「しかも人には無駄遣いするなとか言ってくるくせに自分も女関係に金を費やしてますからね!!報われない女関係に!!お釣りで手を握ってほしいばっかりに!!気持ち悪くないですか!?だったら普段から尽くしてくれる女性に少しでも還元させようという考えはないんですかね!?」

兵士「時間です!!戻ってください!!」

遊び人「それに!!!!!」
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/01(水) 20:55:00.39 ID:5cuMI1ad0
遊び人「はぁ、はぁ……ふう」

遊び人「スッキリしたぁ!!」

お姫様「あんた……なんかあったの?」

遊び人「毎日あるよ」

学者「馬鹿ね。王子様との結婚演説で、元恋人の陰をにおわすなんて。勝手に自滅してくれて助かったわ」

遊び人「元恋人じゃないし!!」

学者「じゃあ現恋人?」

遊び人「現下僕よ!!略してゲボよ!!」

お姫様「あはは!!」

学者「はぁ……」

お姫様「男の性格なんて似たり寄ったりなんだから、見た目で決めればいいのに」

学者「知性こそ男性のかっこよさでしょう。だから男性も戦士より賢者がもてる」

お姫様「私は戦士の方が好きだけど。まぁ結局財力だよね」

学者「同意ですわ」

遊び人「そうね、ギャンブル運が強い男性がやっぱり……」

学者「お断りです」

お姫様「お断りよ」

遊び人「湯水のお姫様まで……」
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/02(木) 21:54:03.57 ID:HvNqaT2J0
遊び人「それじゃあ、次の番は……」

呪術師「…………」

お姫様「あんた呪術師って聞いたけど。頭までフードをかぶって、顔見せられない事情でもあるの?」

呪術師「…………」

トコトコ…

お姫様「返事くらいしなさいっての!」
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/02(木) 22:01:52.58 ID:HvNqaT2J0
呪術師「…………」




遊び人「どうしたんだろ」

お姫様「もう5分は経ったんじゃない?」

学者「なのに、一言も喋ろうとしない」

ガヤガヤ…

「おーい、緊張してんのかー!」

「声を出せない事情があるのかしら」

広場に集まっている民の声を無視し続けた。

人々の苛立ちが募り、14分が経過した時のことだった。

呪術師「この国の王子は、殺されます」



遊び人は驚いた。

彼女の発言内容に対してではない。

すれ違いざまに、呪術師――と呼ばれていた者――はフードの中から遊び人にウインクをした。

傲慢「久しぶりね、負け犬さん」
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/02(木) 22:07:56.15 ID:HvNqaT2J0
遊び人「はぁー、1日目が終わった」

遊び人「部屋に閉じ込められて誰にも会えない。豪華な夕食は運ばれるし要望したものはなんでも持ってきてくれるそうだけど」

遊び人「それにしても、どういうつもりなんだろう。傲慢の勇者は何故お嫁さんに志願したんだろう」

遊び人「湯水の国のお姫様みたいに政治的な問題なのか」

遊び人「それとも、私みたいに憤怒の装備を奪いに来たのか」

遊び人「何故正体を隠しているのか」

遊び人「うーん、わかんないことばっかりだよ。こんな時、勇者がいれば……」

遊び人「…………」

遊び人「いても何も考えないよあいつ。もう寝ちゃおう」
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/02(木) 22:11:41.74 ID:HvNqaT2J0
〜2日目〜

お姫様「ごきげんよう。いかがお過ごしでしたか?」

遊び人「部屋にこもりっきりでつまんなかったよー」

学者「学者はそういう日が続きますよ」

お姫様「私も小さいときからそうだったから慣れてるわよ。遊び人さんは后に向いてないんじゃない?」

遊び人「そうだろうね」

お姫様「張り合いのない人。さて、あなたは今日はどんな悪口を言ってくださるのかしら」

学者「これは戦いです。容赦はしません」

お姫様「社交術が身についてないのね。外交の基本は味方づくりですよ」

学者「私のことなんかいいじゃないの。それより、あなた。今日はどんな爆弾を投げてくれるのかしら」

傲慢「…………」

学者「まただんまり」
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/02(木) 22:29:14.49 ID:HvNqaT2J0
順番は変わらず、学者の演説から始まった。

学者は昨日と同様、他の候補者の批判からスピーチをはじめた。

しかし、民はろくに集中して聞いていないようだった。

4人目の候補者が、今日は何をのたまうのか興味津々であるかのようだった。

学者「……以上です。ご清聴ありがとうございました」



お姫様「今日もまあ次から次に他人の欠点を批判してられるわよ」

学者「いいじゃない。誰も集中して私の話なんか聞いてなかったみたいだし」

学者はフードをかぶった傲慢を睨んだ。

学者「でも、あんな猫騙しが効くのは最初だけよ。今日も驚かせられるといいわね」

傲慢「…………」

遊び人「ちょ、ちょっと……」

お姫様「はいはい。次は私の番なんだから、ちゃんと聞いてなさい」
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/03(金) 07:42:47.02 ID:SoNdNCFi0
お姫様「ねえ、あなた」

学者「何かしら」

お姫様「怒りを顕せ、が何を意味しているのかは私もわからないけれど」

お姫様「他人の悪口を言葉にすればいいってことじゃないのは教えてあげるわ」

お姫様「準備はできてるかしら」

兵士「ハッ」

お姫様「人間は、人間なりの方法で、怒りを昇華してきたの」



お姫様は演説場へと歩いた。

要望したものはなんでも持ってきてくる、との兵士からの説明にしたがって。

彼女は大きな物の要望をしていた。

兵士が布の覆いを剥がすと。

巨大な、黒い物体が現れた。

学者「あれは……ピアノ!!」
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/03(金) 07:52:08.50 ID:SoNdNCFi0
群衆のざわつきが大きくなった。

演説の開始の合図がされても、お姫様は黙って椅子に座ったままだった。

1分間ほど経ち、群衆のざわめきは収まった。

静寂が場を支配した時に、お姫様は腕を楽器に乗せた。



激しい曲調だった。

華奢で小柄な体型に似合わぬ、強い音だった。

聴く者に不安を呼び起こすような、怒りや恐れを込めた音楽だった。

遊び人「(なんでだろう。自分の中の血が騒ぐような気持ちになると同時に)」

遊び人「(大切な人を失ったかのように、切ない)」
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/03(金) 08:14:34.85 ID:SoNdNCFi0
お姫様「私のコンサート、どうだった?」

遊び人「とてもよかったよ。なんだか涙ぐんできちゃった」

お姫様「あはは、どーも」

学者「……ふん」

お姫様「はい、次はあなたの番。また元カレの悪口言ってきなさい」

遊び人「元カレじゃないってば!!」



お姫様と入れ替わりで、遊び人は演説の場に立った。

観客はまだ余韻に浸っているようだった。

遊び人「(うわぁ、やりづらいなぁ……)」

遊び人「おー、おほん!」



結局遊び人は15分間、ある男に対する怒りの表明に時間を全て費やした。

その男は今日も広場にいないようだった。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 20:02:58.18 ID:fSaMgZ1a0
遊び人「ど、どうぞ」

傲慢「…………」

遊び人は拡声の魔法石を傲慢に渡した。

彼女は黙ってそれを受け取ると、演説に向かった。

遊び人「(あれ、何してるんだろう)」

傲慢は魔法石を指でなぞりながら、ぼそぼそと何かを唱えているようだった。

兵士「それでは、はじめてください」

魔法石を口元にあてながら、傲慢は演説を開始した。

傲慢「この、クズめ」

野太い男性の声が広場に響き渡った。

ざわめきが起こった。

遊び人「(酷い一声)」

遊び人「(あの石に変声の呪文をかけていたのね。正体を隠すためかしら)」

遊び人「(それにしても)」

気になるのは群衆の反応だった。

恐怖や怒りに満ちた表情をしていた。

群衆の一人が叫んだ。

「王を……侮辱するのか!!」

今にも奮起が爆発しそうな群衆を、警護にあたっている兵士が必死に抑えつけていた。

兵士らもまた、緊張に満ちた表情を浮かべていた。

どうやら亡くなった王様の声を再現したようだった。
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 20:28:49.80 ID:fSaMgZ1a0
“怒りで我を失う”

とはよくいったもので。

理性が飛んでしまう、ということだけを言い表しているのではなく。

怒りは自分から発信されるものであり、その怒りによって自らを滅ぼすことを意味している。

決して、怒りたくて怒る人など、いないというのに。

傲慢「王子は、王様から、怒鳴られて育てられました」

傲慢「彼を庇っていたやさしい母君も、心労で倒れ、病気でこの世を去りました」

傲慢「国王は、決して好かれてる人ではありませんでしたが、畏怖されている人でありました」

傲慢「小国でありながら、列強からの侵略を防ぎきれたのは、間違いなく元国王の決断力が優れていたためです」

傲慢「優しい王様では国を守れません。怒れる王様によって国は守られていたのです」

傲慢「怒りにも二種類あり、静的な怒りを冷徹と呼ぶのであれば、動的な怒りを憤怒と呼ぶのがふさわしいでしょう」

傲慢「みなさんもよくご存知のように、元国王は、憤怒の人でした。決して口には出せないけれど、恨んでいる方もさぞ多いことでしょ」

傲慢「息子とて例外ではありませんでした。国王の期待にそぐわない結果を出した王子を、国王は容赦なく突き放していました。彼が身体に負った傷は、魔物に与えられた傷よりも父に与えられた傷の方が多いといわれています」

傲慢「王子が精霊によって勇者に選ばれたことが救いでした。彼は魔王討伐を名目に、城を抜け出すことができたのですから」

傲慢「魔王消滅の噂も流れ、またこの国に危機が及んでいた頃。王子はこの国に戻って参りました」

傲慢「病床に伏していた父に代わり、彼は天才的な指揮力によりこの国を危機から救い、そして勢力を短期間で拡大させていきました」

傲慢「そんな中、彼の父は命を落としました」

傲慢「その理由が”憤死”であるということについて、詳細を詮索することは暗黙の禁止とされていきました。夜な夜なパブで、こんな声がささやかれながら」

傲慢「国王を殺害したのは、王子なのではないか」
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/04(土) 21:10:43.60 ID:fSaMgZ1a0
今日も荒れた1日となった。

傲慢の勇者が演説を終えた時には、群衆の怒りは爆発寸前であった。

遊び人「どうしてあんなに過激な発言をしたんだろう」

遊び人「それにしても、私も勇者の悪口しか言ってない。このままじゃお姫様に后の座を奪われちゃうよ」

寿命。

遊び人にとっての旅の大名義とも言える、7つの大罪の装備の収集による寿命の延長。

このコンテストこそ命がけで取り組まねばならぬものに関わらず、彼女は内心、乗り気がしなかった。

勇者の前でこそ決して口にはしないものの。

遊び人の寿命は、彼女の力の対価によって短く設定されているだけであり、つまり、彼女の能力に対して、正当な寿命であった。

30代か、40代か、どこまで生きられるかはわからないものの。

彼女の母親が背負った宿命を、なぞることは生まれる前からわかっていたことなのだ。

偽りの愛情を示して、王子に取り入るなんてことを、やさしい彼女の心が望むわけもなかった。

気づけば、このままどうでもいい内容のスピーチを続けながら、兜だけを盗む方法はないかと考えていた。

遊び人「怒りを顕せって」

遊び人「そもそも人は、どういう時に怒るんだろうか」
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 13:21:30.44 ID:oIVGdzz50
3日目の演説でのことだった。

学者がいつものように演説を開始しようとすると、怒号が飛んだ。

それは、酔っ払った男による、特に意味のない批判であったが。

他の候補者の悪口を言う学者に対して、不愉快な感情を抱いていた者達がその感情を顕しはじめた。

学者は冷静沈着に演説をはじめたが、恐怖で足が震えているのが見えるほどだった。

一方、お姫様は自分の魅力を伝えることに集中していたため、彼女への好意を抱くものは多かった。

今日は笛による楽器の演奏を簡単にしたあとに、処刑の王国へ立ち向かわねばならぬ近況について述べた。

まさにこの演説場所は、友好を求める外交の場として適しているようだった。

遊び人は、性懲りもなく勇者への悪口を言っていた。



呪術師に関しては、驚くべきことに、演説を辞退した。

彼女が姿を見せないことに大衆は憤りを感じていた。

4日目、5日目、も同じような演説光景が繰り返され。


6日目になった時に、変化が起きた。
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 13:30:09.53 ID:oIVGdzz50
学者「じ、辞退します……」

学者は毛布を身体に巻き付けながら、ガタガタと震えていた。

お姫様「人の批判ばっかりしてるから石を投げられるのよ。自業自得よ」

学者「わかってるわよ。でも、それにしたって……」

学者「どう見ても、様子はおかしいわよ」

学者の言葉に、お姫様は黙るしかなかった。



学者の辞退の後、お姫様が演説場に向かった。

他の候補者を批判せず、自分の魅力を伝え、友好に関する本音をありのままに彼女は伝えてきた。

にも、かかわらず。

「おい、クソガキ!!」

「俺らの国を買い取ろうってんじゃねーんだろうなぁ!!」

「色目使ってんじゃないわよ!!」

お姫様「私が何言ったっていうのよ……」

お姫様「でも、話すしかないわよね」

お姫様は演説を始めた。

群衆は聞く耳を持たなかった。

各々が怒りを主張するばかりであった。

憤怒の城下町、と呼ばれるにふさわしい様相を呈していた。
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 13:36:31.65 ID:oIVGdzz50
お姫様「やっと終わった。15分間が永遠のようだった。こんな国に嫁いでいいものかしら」

お姫様「ねえ、あなた、何かやったんじゃない?」

お姫様は、今日も控え場所で黙ってうつむいている傲慢に話しかけた。

お姫様「魔法石に細工をして声を変えたわよね。最初は変声が目的だと思っていたけど、興奮の混乱呪文を封じ込めていたんじゃないのかしら」

傲慢「…………」

遊び人「だったら私達にも影響が出ているはずだし、そもそもこの二日間彼女は演説をしていなかったよ」

お姫様「なに、庇うつもりなの?」

遊び人「これは、違う理由によるものなのよ」

お姫様「何よ」

遊び人「きっと……」

遊び人は確信していた。

憤怒の装備の力が増しているのだと。

持ち主である、憤怒の勇者の心理に何かしらの変化が生じているのだと。

遊び人「とにかく、私の番だよね。行ってくるよ」
405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 13:59:58.23 ID:oIVGdzz50

遊び人が魔法石に語りかけようとした時だった。

「いい加減あの女を出せ!!」

「逃げ出したんじゃないでしょうね!!」

「正体を顕しなさいよ!!」

遊び人「(みんな目が血走ってる。初日はこんな雰囲気じゃなかったのに)」

遊び人「(お父さんの書斎にあった哲学の本に書いてあった。全体とは、個々の総和以上のなにかであるって)」

遊び人「(彼ら、彼女ら一人ひとりが、たとえ穏やかな人達であろうとも)」

遊び人「(群れをなしたら、別の存在へと変貌するんだわ)」

遊び人は会場を見渡した。

遊び人「(まったく。あの馬鹿は今日も姿を見せないのね)」

遊び人「(私達だって同じでしょ。ひとりぼっちだった私達が、2人になれば2人以上の何かになれると思ってパーティを組んだのに)」

遊び人「(あとで何をしてたかきっちり問い詰めてやらないと)」

遊び人「(だから今日くらいは、あいつへの怒りは溜め込んで置かなくちゃ)」

遊び人は怒れる群衆に語りかけた。

遊び人「初日の演説から今日に至るまで、私は一人の男に関する悪態をつくのに費やしてきました」

遊び人「演説以外の時間に候補者は個室から出ることを許されません。その時間に、私はこの憤怒の城下町について考えを巡らせながら、怒りという感情に向き合ってきました」

遊び人「しかし、怒りそのものをいくら突き詰めていっても、答えは見つからないのでした」

遊び人「怒りという感情は特別で、”怒りという感情に対処するために怒りがある”のではないかと思いました。怒りが存在するのは、怒りのためでしかないと」

遊び人「人は、人から怒られたくないから、人を怒るんです」

遊び人「怒りたくもないのに、怒っているふりをするんです」

遊び人「みなさんがこの数日間、そうしていたように」

最期の一言は、遊び人が何の気なしに思ったことを言ったものだった。

しかし、それが群衆の逆鱗に触れた。
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 14:11:58.15 ID:oIVGdzz50
兵士「下がってください!!」

遊び人「わ、私そんなつもりじゃ……」

兵士「あなたは口にしてはいけないことを口にした!!」

彼は遊び人の回答を拾った兵士だった。

兵士「恐れるべき存在の消失に対して、内心ほっとしてしまう」

兵士「そんなこと、許されるのは、心の中だけです。決して口に出してはいけなかったんだ」

控室に戻ってからも、怒号が聞こえてきた。

お姫様「なに火に油を注ぐようなこと言ってんのよ」

学者「ひどい目にあいました。こんな国の面倒を見るなんてごめんだわ」

お姫様「私も。もう懲り懲りよ。せっかくイケメン王子と結ばれると期待してたのに」

遊び人「私は、なんであんなことを……」

遊び人は震えていた。

その遊び人の手をこじ開け、魔法石を奪い取った者がいた。

傲慢「じゃあ、行ってくるわ。私の番よね」

学者「あなた!!喋った!!」

お姫様「フードも取ってる!!び、美人じゃないの!!」

傲慢「あなたが話しやすい空気にしてくれたおかげで助かったわよ」

遊び人「……一体何を」

傲慢「怒りを顕してくるの」
407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 14:28:42.63 ID:oIVGdzz50
傲慢の勇者はわざとフードを被りなおし、演説場まで歩いた。

遊び人の発言で興奮していた群衆は、勢いをつけてざわめき出した。

傲慢は一呼吸つき、変声の呪文をかけずに、魔法石に語りかけた。

傲慢「ただいま」

群衆のざわめきが、急速に収まった。

困惑している者が多い中、唖然とした表情を浮かべている者もいた。

傲慢「自己紹介がまだでしたね」

傲慢はフードを取り去り、素顔を見せてもう一度話しかけた。

傲慢「この城下町との冷たい戦争状態にある傲慢の街の勇者であり」

傲慢「憤怒の王子様の、許嫁でした」

傲慢は噴水のそばに立っている薬剤師の女の子に手を振った。

薬剤師の女の子は、その場で泣き崩れてしまった。
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 14:49:10.51 ID:oIVGdzz50
傲慢は思い出を語り始めた。

傲慢の街の故郷には、才能を見出された逸材のみが集う一流のアカデミーが在ったこと。

そこに、隣国の王子である憤怒の勇者も一時期通っていたこと。

彼女は、彼に嫁ぐふさわしき者として選ばれたこと。

彼女自身それを望んでいたこと。

精霊の加護の降り注ぐタイミングが異なり、魔王討伐の冒険にお互い別のタイミングで出発したこと。

憤怒の国王の裏切りにより、彼女の祖国が侵略され、彼女の両親は処刑されたこと。

傲慢の勇者は魔王消滅の噂がされていた時期に、今の傲慢の街の立役者として身を捧げたこと。

その傲慢の街がまた、憤怒の王国によって侵略されようとしていること。

傲慢「幼いころの私にやさしくしてくれたみなさん」

傲慢「私は、怒っていますよ」
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 15:04:24.84 ID:oIVGdzz50
演説はとっくに15分以上過ぎていた。

旅の途中で受け取った不条理な祖国の報告について、彼女はその時の感情を述べた。

冷静に交渉をするでもなく、昂ぶらせて扇動をするでもなく、一人の少女だった者として淡々と悲しき思い出を話し続けた。

遊び人「そっか」

遊び人は悟った。

遊び人「王子様も、私達をその気にさせてひどいなぁ」

遊び人「王子様の結婚相手を見つけるのが、この選考の趣旨だったんだもんね」

遊び人「はじめから、相手は決まっていたんだ」

憤怒「そのとおりだよ。ごめんね」

控室に憤怒の王子が姿を表した。

憤怒「あの問題は、僕達の通ったアカデミーで出題された難問だったんだ。少し内容に変化を加えたけどね。当時満点を取ったのは一人だけだった」

憤怒「優秀で、鼻持ちならなかった彼女に、久しぶりに話してくるよ」
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 15:30:37.79 ID:oIVGdzz50
悲しき時間となった。

久しぶりの再会にも関わらず、対話ではなく口論が始まった。

質問という名の非難を遊び人は繰り返した。

理由という名の言い訳を王子は繰り返した。

誰だって、怒りたくて怒っているわけじゃない。

不幸になりたくて不幸になっているわけじゃない。

その時は最善だと信じた選択が。

振り返ってみたら、誤った選択だというだけで。

亀裂の入ったこの状況を、誰も望んでいたわけではなかった。

これは2人だけの問題でもなく。

無き国王の意思や。

国民の総意や。

他国の思惑が。

余計なものが入り混じっていて。

誰もが納得できる正解を、導くことなどできないのだ。

憤怒「だからこそ。こうして、君に発言する場所を与えたんだ」

傲慢「随分回りくどいやり方をしてくれたわね」

憤怒「君こそ随分まわりくどい演出をしてくれたじゃないか」

傲慢「この短期間だといろいろな準備が必要だったのよ。この選考が終わったあとのことも含めて」

憤怒「何の準備だというんだ」

傲慢「戦争よ。怒れる王国が本格的に乗り出して来たら、傲慢な街に勝ち目などないもの」

傲慢「できるだけ被害を少なくして、守れるものを守ることしかできないの」

傲慢の勇者は、涙を流した。

憤怒の勇者は、ただ立ち尽くしていた。
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 15:48:39.95 ID:oIVGdzz50
傲慢「もしも、よ」

傲慢「あなた自身の意思が、私と同じものだとしたら」

傲慢「つまりね」

傲慢「いちばん大切な存在が、今目の前にいる相手だと心の奥底で思っているなら」

傲慢「あの子に、憤怒の装備を渡してほしいの」

傲慢が突然遊び人を指差した。

傲慢「あの子の過去を覗いたことがあってね。あの子なら一次選考の問題を解ける可能性が高いと思ったの。彼女一人をこの選考に乗せるために、私の国の人達がどれほど動いたことか」

傲慢「彼女は、大罪の装備を封印する壺を持っているの。そこにあなたの持っている憤怒の装備を封印すれば、この城下町の怒りは次第に収まっていくでしょう」

傲慢「元の小国に戻ろうとするわ。激情よりも同情が上回って、私を拾ってくれた街を侵略しようとはしなくなるでしょう」

傲慢「お願い。助けてほしいの」

憤怒「…………」

憤怒「俺がこの街を守りきれたのは、憤怒の兜があってこそだ」

憤怒「大罪の装備の及ぼす影響は甚大だ。やさしさではこの国を守れない」

憤怒「自分一人の私情で、国を滅ぼせというのか」

傲慢「あなたの国の総意で、一国を滅ぼすというの?」

憤怒「どうすればいいと言うんだ!!」

憤怒の王子は傲慢に怒鳴りだした。

傲慢は悲しそうな顔を浮かべるだけだった。





遊び人「あ、あの……」

遊び人「憤怒の城下町と傲慢の街を、1つに繋げてみてはどうでしょう?その間に隣接する小国も含めて」

遊び人「それで、大きな1つの傲慢の王国にしてしまうんです」

遊び人「あなた達が強大な軍事国家をつくりたいなら、憤怒の装備で支配すればいいと思いますが……」
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:00:44.61 ID:oIVGdzz50
憤怒「どういうことだ」

遊び人「大罪の装備の影響が及ぶのは1つの王国・街・村などの単位です」

遊び人「この国と傲慢の街を結びつければ、1つの巨大な王国とみなされます。もちろん条件があって、一定間隔に建物が置かれていることや、住民がいることなどがありますが」

遊び人「傲慢の街を訪れたことがありますが、素敵な街です。己の価値を示すために、自分に賭ける人達が多い街です」

遊び人「傲慢の盾は決して軍事的な力が高まる装備ではありませんが、文化や経済の発展に大きく寄与する装備です」

遊び人「それほど巨大な王国が建設できれば、他国との利害など些細なものです。覇者になれるのですから」

憤怒「……どれだけの年月と費用がかかると思っているんだ」

遊び人「お金なら、湯水の王国の姫様を后にして、支援してもらったらどうでしょうか」

傲慢「えっ……」

遊び人「意義あることに時間はかかるものです。学者様から知識をお借りして、短くする方法を考えましょう」

遊び人「簡易的でいいんです。人間らしさがそこにあれば、精霊はそこを人間の領域と簡単に認定してくれます。私の故郷でも、丸太を使った小屋を一定間隔に配置して、領域の拡大をしたりしていましたから。そこの区域に住むもの好きを募るのが大変ですが」

遊び人「怒りに寿命を奪われながら他国を侵略するよりは、よっぽどやりがいのある計画だと思いませんか?」
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:11:28.86 ID:oIVGdzz50
〜7日目〜

傲慢「私達、結ばれることになりました!」

などと、いきなり言えるわけもなく。

王子の口からは、休戦の延長について述べられた。

他国への支配は続けるという宣言のもと、秘密裏に1つの巨大な王国の建設計画が進められることになった。

それは、昨日の遊び人の一言がすべてのきっかけだったというわけでもなく。

大罪の装備の特性についてまだ完全に把握していない王子も、この装備を利用してより良き国の建設をすることについては日々考えをめぐらしていた。

最期の一滴がコップから溢れて、怒りがわき出すことがあるように。

ある一日をきっかけに、今まであたためていた計画が動き始めることもあるのだ。

わかってから動こうとすると、いつまで経っても動くことはできない。

わからないまま動こうとすると、必ず道を誤る。

誤るのは仕方のないことで、誤る度に修正しながら、正しき道を模索していくしか無い。

ただ、今回、王子に一つだけ落ち度があるとしたら。

憤怒「……すまなかった」

傲慢「もういいよ」

謝ることが、遅かったことだ。

そしてここにも、もう一人。
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:19:51.71 ID:oIVGdzz50
選考の終了が宣言された広場では、昨日までとは打って変わって人がいなくなっていた。

演説場の高台で一人座る遊び人と、一人の男の観客がいた。

勇者「昨日で終わったんじゃないのかよ」

遊び人「選考は7日間。今日まで本当は選考は続いているのよ」

勇者「そうかよ」

遊び人「王子の目にかなう者はいなかった、ってことで中止にされちゃったけどね」

勇者「誰も信じてないだろそんなこと。王子があの子のことを……」

遊び人「誰もがわかっているからといって、口に出しちゃいけないことってあるじゃないの」

勇者「そんなもんか」

遊び人「そんなものでしょ」

勇者「でも、その逆もまた然りだろ」

遊び人「なによそれ」

勇者「遊び人」

遊び人「何?」

勇者「色々酷いこと言って悪かった。本当にごめん」

わかっているからといって、言葉で伝えなきゃいけないことがある。
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:35:36.99 ID:oIVGdzz50
遊び人「ちょ、勇者!頭あげてよ!」

勇者「本当にごめん」

遊び人「しゃ、謝罪はいいからさ!それよりこの数日間どこに姿を消してたのよ!」

勇者「傲慢の街に行ってたんだ」

遊び人「えっ?」

勇者「俺も問題を解いただろ。第二問に精霊の加護の特性に関する問題があった」

勇者「一人の戦士に対して、勇者Aと勇者Bがパーティメンバーに同時に加入させることは可能であるか、それとも不可能であるか。
可能である場合、勇者Aは町A、勇者Bが町Bで同時に死亡した場合、2人から同距離の町Cにいる戦士が死んだ場合はどちらの町で復活するか」

勇者「答えは不可能。でも、その答えを知っているのなんて、研究者か、それらを試した本人達くらいのものだ」

遊び人「私もお父さんの本棚にあった本から見たけど……学者はともかく、姫様も解けたわけだし」

勇者「可能である場合は問題が長く続くだろ。そうすると回答者は可能であると思い込む。お姫様はそれがひっかけだと見抜いたんじゃないのかな」

勇者「傲慢の街とそう憤怒の城下町はそう距離が離れていない。そして2人の勇者がいる。俺はこの2人の間に何かしらの繋がりがあるんじゃないかと思ったんだ。実際に、過去に一人の戦士を同時にパーティに入れる試みをしたのかもしれないって。彼女の故郷が、この王国に飲み込まれたことまでは想像つかなかったけどな」

勇者「いろいろな聞き取りをしたけど、噂話を拾えたくらいで、確信に迫るものはなかった。無駄足だったんだ」

勇者「遊び人が一人で戦ってる中、俺も何かしなくちゃって気持ちが駆られてたんだ」

遊び人「そうだったんだ……」

勇者「ごめん」

遊び人「だから、もう、謝らなくて……」

遊び人「…………」

遊び人「わ、私も……」

遊び人「ええーと、その……」

遊び人「私こそ……」
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/05(日) 16:36:25.03 ID:oIVGdzz50
愛おしいから、怒った。

好きだから、泣いた。

怒りは赤色。

愛も赤色。

怒りはいつも、本音と反対の場所にある。

本音を伝えれば済む問題を、人間は愚かなもので、誤って怒りを選択してしまう。

生きてるうちに、他人と争ってしまうのは仕方のないことで。

そのまま争いを続けるのも、別れてしまうのも簡単で。

でも、それがどうしても嫌だと思うなら。

それが嫌だと、伝えるしか無い。

それが嫌だと、思っているだけでは伝わらない。

怒りを救う魔法の呪文は、無口詠唱では唱えられない。

言い訳を、ぐっと飲み込んで。

照れ笑いや、苦笑いを堪えて。

勇気を、出して。

遊び人「私こそ、ごめんなさい」

遊び人「仲直り、しましょ」

赤い糸は、愛と、微量の怒りで紡がれている。
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/05(日) 21:45:13.11 ID:6onohx9R0
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/06(月) 23:30:11.57 ID:r02MmztDO
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/08(水) 15:50:30.84 ID:QlXDfpqBo
何というか、かなり綺麗な憤怒だったな
まぁガチな怒りの応酬を見せられても引いただろうけどな
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:22:06.56 ID:qJCDgkCy0
6日目の演説の日。

拡声石を外した傲慢と、突然現れた憤怒の王子が何を話していたか、騒ぎ立てる群衆は聞き取れてなどいなかった。

けれど、傲慢に対するあの王子の怒りと怯えの入り混じった表情を見て、群衆は理解していた。

王子は許嫁を諦め切れてなどいない。

この2人の糸は、もつれていれど、ほつれてはいなかったのだと。

遊び人「本来であればさ、今日お嫁さんが決定して、儀式が行われていたはずなのよ」

遊び人「なのに、あの2人は、周囲のわだかまりから抜け出せず、お互いをどう思っているかを公言しようともしない。今は敵国として対峙し合うそれぞれの国の長であるから」

遊び人「みんな、うすうすわかっていることなのよ?」

遊び人「どうにかできないのかな」

勇者「…………」

勇者「もしも、怒りが人の理性を奪うもので」

勇者「感情的で愚かな選択に導いてしまうものならば」

勇者「人々を怒らせれば、2人を結ばせてあげられるかもしれない」

遊び人「どういうこと?」

勇者「この6日間必死で聞き集めた、2人の思い出を話せばいい」

勇者「結ばれない2人が生まれる理不尽な世界に対して、腹を立てて貰うんだ」
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:27:11.51 ID:qJCDgkCy0
2人は数時間かけて準備を整えた。

再び演説場に立ち上がり、兵士から(適当な理由を並べて)借りた拡声石に、勇者は語りかけた。

勇者「号外!!号外!!」

通行人が何人か立ち止まった。

勇者「優勝者の発表です!!優勝者の発表です!!」

次々と通行人が足をとめて、遊び人と見慣れぬ男に注目をした。

演説場には他にも。

お姫様「他人の恋の応援に、手伝う義理なんかないんだけどなぁ」

学者「私も、今夜中にでも祖国に帰るつもりでしたのに」

遊び人「まあまあ。振られたもの同士、たぶらかしてくれた王子様に対する怒りでもあらわしましょうよ」

遊び人「あなた達が2人を認める姿を見せることで、”公認”のための大きな後押しになるの」

遊び人は勇者の持つ拡声石に話しかけた。

遊び人「さあ、最期のスピーチです。今夜のゲストは、私が6日間語り続けたこの男です」

勇者「えっ、なに、俺のこと話してたの?なんかざわついてるんだけど」

遊び人「それでは、お願いします!!」

勇者「後で詳しく聞くからな……」

勇者「それでは、語らせていただきます」

勇者「国家という大きな責務に人生を束縛され、結ばれることが叶わなかった2人の物語について」
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:27:55.70 ID:qJCDgkCy0
その人が身内に接する態度をみよ。

それがやがてあなたに接する態度である。

その人が敵に対峙する姿勢をみよ。

それがいつかあなたを守る時の姿勢である。


【傲慢の勇者の思い出&憤怒の勇者の思い出】


生まれつき優秀な少女に、お母さんは諭した。

「いつも怒ってちゃいけないのよ」

「どうして?」

「好きな人の前でだけ怒るとね、それが愛情だとちゃんと伝わるからよ」
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:43:07.38 ID:qJCDgkCy0
「ふざけんじゃないわよ!!!」

バン!!

アカデミーの昼食の時間、おぼんを叩きつける音が食堂中に響いた。

傲慢「あんた達!またあいつの教科書捨てたでしょ!!」

「知るかよばーか」

傲慢「そんなんで世界を救う英雄になるとか言ってるの?」

「こいつ、気があんじゃねえのか」

傲慢「あんた達の卑屈さが許せないだけよ!!」

傲慢は、食堂の隅で一人ご飯を食べている憤怒に話しかけた。

傲慢「あんたも何か言い返したらどうなの!?」

憤怒「…………」

傲慢「勇者でしょ!?立ち向かいなさいよ!!」

憤怒「……いいよ」

傲慢「はぁ!!」

憤怒「ご飯食べないと昼休み終わっちゃうよ」

傲慢「もう!!食べるわよ!!」

憤怒の少女……ではなく、傲慢の少女は自分の席へと戻った。
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:44:29.47 ID:qJCDgkCy0
生まれながらに器用で、優秀で、賢く、両親から溺愛されていた少女。

彼女は自分に絶大な自信を持っており、自分は他の弱者を救うために生まれてきたと自覚しており、多少の歪みはありつつも正義感に溢れて生きていた。

生まれながらに器用で、優秀で、賢いはずだったが、父親から怒鳴られ続けていた少年。

彼は短気な父親から自分の振る舞いを全て暴言や暴力で否定されており、本来の自分を出せなくなった。いつしか人と触れ合うことを避け、孤独に生きていた。

しかし、彼には幸いにもやさしい母親がおり、人を許して生きていくことができた。

そして、もう一つ幸いなことに。

人に期待することを諦めたかのような彼の態度に苛立ちを覚えながらも、傲慢な女の子が彼の存在を認めてくれたのだった。
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:50:55.40 ID:qJCDgkCy0
先生「次の生徒」

憤怒「……はい」

憤怒は校庭の指定された位置に立ち、右手を前に突き出した。

先生「放て」

憤怒はぼそぼそっとした声で、炎の呪文を唱えた。

先生のつくりだした呪文壁に命中した。

先生「うーん、4点ね。狙いはいいけど、威力が弱い。完全に無効化されてるわ」

「なんだよ、あの王国の王子様も大したことねーじゃん」

「しっ、やめとけ。あいつの親に知れたらどんなことになるかわかんねーぞ」

「知るかよ。あいつの国はな、俺の友達の故郷を燃やしたんだ」

傲慢「あんたたち試験中よ、うるさいわ」

先生「次の生徒」

傲慢「はーい」

傲慢は校庭の指定された位置に立ち、左手を前に突き出した。

先生「放て」

傲慢「『傲慢の化身よ、己が自尊心を打ち立て神に雷撃を突き返し給え』」

傲慢「『ヒュブリス!!』」

傲慢は雷撃の呪文を放った!

先生のつくりだした魔法壁を粉微塵に破壊した!

先生「…………」

傲慢「ねえねえ、先生、何点?」

先生「はぁー……私も自信を無くしちゃうわね。雷撃の呪文を使用できるだけでなく、精霊への敬意の込め方も独創的だったわ。10点満点だけど、100点よ」

傲慢「やったー!」
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:52:09.29 ID:qJCDgkCy0
傲慢「ねえ。どうしてあんた雷撃の呪文を使わなかったのよ」

憤怒「……目立ちたくないから」

傲慢「本当に勇者の素質があるのかって、みんなから疑われているよ?」

憤怒「僕はただ、雷の呪文が操れるだけだよ」

傲慢「それが凄いことなのよ!このアカデミーでも雷撃の呪文が使えるのは私達だけなのよ?」

傲慢「精霊の加護がいつか降り注ぐ日が楽しみだと思わない?不死の身体を手に入れられるのよ?」

憤怒「魔物に引き裂かれて、焼かれて、それでも立ち上がって戦う義務に過ぎないよ」

傲慢「はぁー。あんた、話してると疲れるわ」

憤怒「ご、ごめん」

傲慢「まあいいけど」
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 21:55:03.07 ID:qJCDgkCy0
傲慢「ねえ、あの噂本当なの?」

傲慢「お父上様から酷い虐待を受けてるって」

憤怒「…………」

憤怒「虐待じゃないよ」

傲慢「嘘ばっかり」

憤怒「父上は短気だけれど、決断力があって、頭も切れるし剣技の腕も立つ」

憤怒「ただ。自分の期待に沿わないものに、徹底的に厳しいだけなんだ」

憤怒は服をまくって、自分の身体を見せた。

傲慢「……嘘でしょ」

憤怒の身体は痣だらけだった。

憤怒「初めて人にみせた。どう思った?」

傲慢「……どうって」

傲慢「私のパパも、ご存知の通り国を統べるような偉い人だけどさ。ずっと私に愛情を注いでやさしく育ててくれたわよ」

傲慢「こんな、酷いことって……」

その時、遠くから学友の声が聞こえた。

「おい!!傲慢が憤怒の服を脱がせようとしてるぞ!!」

「痴女だ痴女!!成績優秀ハレンチスケベ〜!!」

傲慢「あいつら、空気も読まずに……。全員焼き殺してやる……!!」

蒸気が出そうな勢いで歩いて行こうとする傲慢に、憤怒は尋ねた。

憤怒「あのさ。君は、どういう時に怒るの?」

傲慢「こういう時よ!!」

憤怒「こういうって?」

傲慢「プライドを侮辱された時よ!!」

憤怒「プライドってなに?」

傲慢「傷つけられたくない心をそう呼ぶの!」

傲慢「私は私が守りたいものを守るの!!その中には私自身も含まれるの!!」

傲慢「なぜなら、私を愛してくれる人がいるからよ!!」

憤怒「それは、君の恋人?」

傲慢「馬鹿!!そんなのいるわけないでしょ!!私のパパとママよ!!」

憤怒「ふふ、そっか」

傲慢「何がおかしいのよ」

憤怒「何でもない」

傲慢「あいつらに地獄見せてくる!!」

怒れる人を見て、安堵を感じたのは彼にとって初めてのことだった。

恋人をつくるには少し早い、傲慢な少女と、諦めた少年。

この日から幾月も経たない内に、将来の王子と后となることが周囲によって決められた。

そして。

この少年が本気の怒りを顕すのも、先のこと――。
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/08(水) 23:56:42.34 ID:kfSpgEmDO
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 00:07:58.24 ID:+ixiB5Soo
追い付いた
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:50:24.37 ID:o2j1FwQ00
許嫁の王国に、祖国を破壊され、両親を処刑された。

過去に滞在した時には、国民は自分のことを王女のように慕ってくれた。

薬草の調合が趣味の変わった少女とも仲良くなり、第二の故郷のように感じていた場所だった。



故郷の消滅に関して、情報は錯綜していた。

敗者の語る事実は闇に葬られ、勝者の語る言葉が歴史に刻まれるように。

世界に表立って言われていることと、傲慢が独自に集めた情報とでは、あまりにも情報が異なっていた。

傲慢の両親がまるで極悪人の裏切り者であるかのように、周辺諸国は信じ切っていた。

元々呪文のセンスに長けていた傲慢は、勇者の雷撃呪文を活かした洗脳呪文を開発し、全ての事実を知ったのだった。
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:52:14.31 ID:o2j1FwQ00
憤怒「ふざけるな!!!!」

地面に横たわる傲慢に向かって、青年になった憤怒は激怒した。

傲慢「……ははっ。数年ぶりの再会で、倒れているところを怒鳴られるなんて。前に再会した時はあんなに泣きそうになっていたのに」

憤怒「独りで魔王城なんかに乗り込むからだ。エルフから無謀な女がいると聞いたぞ。魔剣の存在も知らないのか」

傲慢「知ってるよ。死ぬ覚悟で戦いにきたのよ」

傲慢「大切に思ってた人達から裏切られて、大切な人達がみんな殺されちゃって」

傲慢「あなたの国が、私の故郷を滅ぼして」

傲慢「死んでもいいから、戦おうかなって、自暴自棄になっただけ。これは覚悟とはいえないかな」

憤怒「…………」
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:53:39.08 ID:o2j1FwQ00
「ちょっといいかなー。イチャイチャするのはかまわないけど、戦闘中だよ?」

黒いドレスを着た少女は呆れていた。

「ハンサムなお兄さん初めまして。私の名前はマリア。四天王の一人よ」

マリア「ところで、3人いたはずのお仲間は死んじゃったのかな?」

憤怒「この広間にたどり着く途中でな」

マリア「よかったね。おわかりのように、ここの地面には精霊殺しの陣が敷かれている。目立つけれどとっても頑丈な造りなの」

マリア「だから、あなた達がここで負けたら精霊ごと死んじゃうの。よくも魔王城で、私に挑もうなんて思ったなぁ」

マリア「それにしても、泣けちゃうなぁ。大切な仲間を危険に晒して、一人で私達を倒そうなんていう傲慢甚だしい女を追いかけてくるなんて」

傲慢「……人間を舐めるんじゃないわよ」

マリア「ふわぁー」

あくびをしている少女に向かって、傲慢は左手を向けた。

傲慢「『ヒュブリス!!』」

眩い閃光と共に雷撃が少女に伸びた。

マリア「キャッ!!」

少女は驚いて口を開けて、雷撃をゴクンと飲み込んだ。

マリア「…………クゥ〜!!沁みるぅうう!!」

少女は目をつむって痛そうに頭を抑えながら、地団駄を踏んだ。

「許さないんだから〜!!」

少女が口を開けると、口の中からぬいぐるみがヌメェッっと吐き出されてきた。
433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:54:07.18 ID:o2j1FwQ00
憤怒「気をつけろ!あいつは召喚を司る四天王。あの人形も何か……」

ぬいぐるみを見て、憤怒は思わず言葉をとめた。

傲慢「……わたし?」

傲慢の勇者を模した人形だった。

少女は人形の腕をふりまわすようにいじった。

傲慢「危ない!!」

傲慢の身体が勝手に動き、剣で憤怒を切りつけようとした。

憤怒は寸出のところで躱した。

憤怒「コントロール系の呪術か」

マリア「ふふーん、しんでからのお楽しみ」

少女はニンマリと笑った。
434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:55:02.05 ID:o2j1FwQ00
憤怒は傲慢を抑えることができなかった。

気絶させようとして万が一にでも殺してしまったら、傲慢を教会に転送しようとして現れた精霊が殺されてしまう。

ただでさえ戦闘能力の高い傲慢を、魔族最高峰の召喚士が操っており、簡単に組み伏せることはできなかった。

傲慢の攻撃をただ躱すしかなかった。

マリア「たいくつだなぁ。じゃあ、これならどう?」

傲慢は剣を自分の首にあてた。

傲慢「う、うそ……」

憤怒「やめろ!!」

傲慢の自殺をとめようと憤怒が飛び出した。

途端に傲慢は左手を突き出した。

傲慢「『ヒュブリス』!!」

近距離まで迫った憤怒に、雷撃が直撃した。
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:56:38.50 ID:o2j1FwQ00
ぼろぼろになった憤怒を見てニンマリしながら、少女は言った。

マリア「呪文のコントロールまで可能なんて、どれだけ戦闘力に差があるのよ」

マリア「あなた達なんて目瞑っても殺せるわね。どんなものかなと思って遊んであげたけど、やっぱり人間は弱過ぎるわね。そろそろ終わりにしよっか」

少女は色の着いた棒を取り出し、異様に早い速度で地面に絵を描き始めた。

マリア「六芒星なんて描いてらんないよね。生み出したい絵を描いた方が楽しいのに」

カカカカ、カカッっと響く音がして、即座に絵が完成した。

マリア「キャー!素敵ー!!うっとりするわ」

憤怒「あ、あれは!禁書に姿絵が載っていた……!」

マリア「本物には及ばないけど充分素敵よ。さあ、あいつらを殺してちょうだい」

マリア「魔王さま!」

絶望が2人に襲いかかった。
436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:57:16.62 ID:o2j1FwQ00
傲慢「っ……!動ける……!」

傲慢のコントロールが解かれた。

憤怒「下がっていろ!!」

憤怒は傷ついた身体で戦った。

傲慢の勇者を相手にしてこそ力を全く出せなかった憤怒の勇者。

今でこそ、実力の全てを発揮することができるが。

憤怒「……ぐぉおおお!!!」

マリア「うふふ!!やっちまえー!!」

魔王のコピーの戦闘能力に遥かに及ばなかった。

マリア「たかが人間の代表と、魔族の最高峰では、呆れるくらいに実力がかけ離れているよねー」

マリア「だからこそ、”不死”という加護を精霊が人間に与えることになったんだろうけど。精霊殺しが開発された今じゃもう勝ち目ないね」

マリア「じゃ、まずはそっちの女の子から殺してくださいませ」

傲慢「あ……あ……」

憤怒「やめ…ろ…」

マリア「素敵な男性が、絶望に苦しむ顔を見たいの。人間でもハンサムはいいものだわぁ」

マリア「死になさい」

魔王のコピーが、黒々と輝く魔法玉を創り出した。
437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:58:15.05 ID:o2j1FwQ00
生涯結ばれるはずだった女の子。

生きがいを失って、孤独に冒険していた。

それは全て。

憤怒「俺が、守ってやれなかったからだ」

憤怒は腹立たしく思った。

世界が絶望的で、理不尽な人間で溢れかえっていることなど、とっくに諦めていた。

けれど、そんな世界においても、守りたいものを守ることのできる自分でありたかった。

傲慢「ごめんね。私のせいで」

傲慢は憤怒の頬に手を添えた。

やさしかった母親が亡くなった日以来。

ずっと流すことのなかった涙を、憤怒は流した。

静かな憤りを感じた。

叫ぶことも、嘆くことも、怒り狂うこともない。

母親のやさしさに包まれて穏やかに生きてきた少年は。

この時、初めて自分の体の中に流れる、父親の血を感じた。

憤怒「……嬉しかったんだ」

傲慢「えっ?」

憤怒「俺のために、おぼんを机に叩きつけてくれたことが」
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 08:58:57.57 ID:o2j1FwQ00
魔王のコピーが放った最大級の闇の呪文は、憤怒によって弾かれた。

マリア「はぁー!?うそでしょ!?」

憤怒「グォァアアアアアアアア!!!!!」

怒り狂った獣のように、憤怒は駆け出した。

傲慢「今の、なによ……」

傲慢「いきなり、兜が現れて……」

憤怒の動きを、もはや傲慢は目で追うことができなかった。

魔王のコピーは憤怒に馬乗りにされ、物凄い速度で殴られていた。

バサバサという音が響き渡り、紙切れが風で飛ぶように魔王のコピーは消滅していった。

マリア「魔王様がおっしゃっていた話は本当だったというの……?」

マリア「だとしたら、あれは、”憤怒の兜”!!」
439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 09:01:26.70 ID:o2j1FwQ00
少女は焦りながら、自分のお腹に手をあてた。

マリア「まずはコントロールを……」

マリア「……!?」

べちゃべちゃと液体が飛ぶようなくぐもった音が聞こえたあと、少女は紫色の血液とともに人形を吐き出した。

マリア「グボォオエエエエ!!!」

吐き出した憤怒の人形は召喚士のコントロールを振り切り、主を攻撃しようとした。

少女が急いで呪文のキャンセルを唱えると、人形は消滅した。

マリア「グブ……オェ……これも駄目……」

マリア「もう、あれを使うしか……」

少女は両手を同時に使い、地面に絵を描き始めた。

マリア「……えっ?」

憤怒「グァアアアアアアアアアア!!!」

少女の両手は吹き飛んでいた。

マリア「……遊ぶ余裕くらい、与えてちょうだいよ。短気な男は嫌いよ」
440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 09:02:35.32 ID:o2j1FwQ00

魔族最高峰の四天王の一人は、原型を留めないほどに一人の勇者に潰された。

打撃音がしばらく続いたあと、ぴたりと音が止んだ。

傲慢「……憤怒?」

憤怒「……ニゲ…ロ……」

憤怒は身体を地面に激しくぶつけた。

怒りに満ちた目で傲慢を睨みながら、必死でそれを自制しようとしているように見えた。

傲慢を殺す欲望に駆られながら、破壊を止めようと理性が虚しく抵抗していた。

傲慢「……世界はどうしてこうも」

傲慢「人間を、悲しませることしかできないの」

自分の身体を掻きむしる憤怒を、泣きながら見ていた。

傲慢「……私はどうしてこうも」

傲慢「自分のことしか、気にかけることができなかったの」

傲慢「大好きな王子様が救ってくれることを当然のように期待するだけで」

傲慢「私が彼を、守ってあげようとはしなかった」

傲慢「誰かに認められることばかりを望んで」

傲慢「誰かを認めてあげることなんて考えなかった」

傲慢はのたうち回る憤怒の元に歩み寄った。

傲慢「もう、いいよ。そのままじゃ死んじゃうよ」

傲慢「世界中を滅ぼしてでも、あなたには生き残ってほしいの」

傲慢「まずは、世界一傲慢な私を、殺してちょうだい」

傲慢「今まで見てあげなくて、ごめんね」



理不尽な世界は、最期まで理不尽だった。

今まで散々不幸な出来事を2人に与えておきながら。

傲慢「……今の光は、さっき現れたのと同じ」

傲慢「この、盾は」

気まぐれに、救いを与えた。
441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 09:21:08.68 ID:o2j1FwQ00
勇者「2人はアカデミーを卒業してからも、幾度か再会を果たしました。祖国の事情さえなければ、2人はパーティを結んで冒険していたのかもしれません」

勇者「四天王を倒してからもまた、2人は離れ離れになってしまいました」

勇者「傲慢の勇者は、彼の足枷になることをやめたかったんです」

勇者「けれど、お互いに惹かれる思いは強く、2人は再びこの王国で再会することがかないました」

勇者「みなさん」

勇者「また2人を、引き裂いてもいいのでしょうか」

勇者「もしも傲慢の勇者がこの国を許してくれるのなら。いや、決して許すことなどできないでしょう」

勇者「しかし、許せないままに、再び手を取り合うことを望んでくれるのなら」

勇者「彼女を、后に迎えませんか?」
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 11:26:46.28 ID:o2j1FwQ00
遊び人「広場の声、聞いた?」

遊び人「裏切ったのは傲慢の少女の祖国だと信じて戦っていたって」

勇者「うん」

遊び人「どっちが正しいんだろうね」

勇者「何も正しいことなんてないんだろ」

遊び人「そうかもね。でも」

遊び人「今日という日は、正しそうに見えるけど?」

多くの人が駆り出されて、急いで式典の準備を始めていた。

本来行われるはずだった結びの儀式は中止になっていたが。

憤怒の城下町と、傲慢の街の友好を結ぶ式を挙げる準備が行われていた。

遊び人「勇者が頑張ってくれたおかげかな」

勇者「俺はきっかけの1つにしか過ぎないよ。みんなが本当は望んでいたことだったんだ」
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 21:56:03.73 ID:L2GqVEPDO
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:04:21.64 ID:HqgdqaCI0
王様を死にいたらしめたという、曰く付きの兜。

その兜を掲げ、王子は宣言した。

憤怒「傲慢の街と私達は、手を取り合って生きていかなければならない」

私情が見え透いたその言葉に、しかし反対を示すものはいなかった。

遊び人「憤怒の兜の封印は、もうしばらく待ってもよさそうね」

遊び人「封印でもしなければ、市民がまた暴動を起こすと思っていたけど」

遊び人が広場を見渡すと、薬剤師の女の子が、今度は嬉しそうに涙を流していた。

勇者「当初の予定だと、ここで兜を奪う予定だったんだよな」

遊び人「あはは。あらゆる人々の激怒を買っちゃうね」

憤怒と傲慢は、握手をしていた。

遊び人「傲慢の勇者、照れを隠しきれてないね。かわいいなぁ」
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:06:05.70 ID:HqgdqaCI0
儀式が一通り終わると、兜を脇に抱えた憤怒と傲慢が、勇者達を招き寄せた。

傲慢「昨日も言ったけど、冒険が終わったら、最後に私達の場所を訪れなさい。傲慢の盾も、憤怒の兜も好きに使わせてあげるから」

遊び人と勇者は顔を見合わせ、笑みをこぼした。

傲慢「私達も国を守らなければならないから、しばらくは持っていさせてほしいの。これから大国統一の計画にも取り掛かるし」

遊び人「本当にありがとう」

傲慢「お礼を言うのはこっち。あなたたちが、私の代わりに怒ってくれたんだもの」

傲慢「この国が憤怒の父、元国王に騙されていたことは知っていたの。だけれど、故郷を滅ぼされたこと自体に対する怒りはおさまらなかった」

傲慢「怒りを主張して何が変わるかもわからない。冒険を通してやることなすこと全て裏目に出てね、何を信じればいいかわからなくなっていたの」

傲慢「プライドがへし折られちゃってたから」

傲慢は力無く笑った。
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:06:41.91 ID:HqgdqaCI0
学者「私達も手伝ったんですよ。情報の裏付けを確認して、話を繋ぎ合わせて、勇者さんの言葉を意味あるものに仕立てたんです」

お姫様「はぁー、王子様タイプだったのになぁ…」

お姫様はため息をついた。

学者「これから忙しくなりそうですね」

憤怒「ああ。今まで目指していた方向と、対局に向かうわけだからな。君達の力もどうか貸して欲しい」

遊び人「全国の女性をたぶらかしておいてよく言いますねえ」

憤怒「僕のことを本心で好きでいてくれた女性なんて1人しかいないさ」

傲慢「はぁ!?」

遊び人「ふふふ」

お姫様「羨ましいなぁ…タイプだったのになぁ…」
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:07:52.01 ID:HqgdqaCI0

遊び人「味方も今ならたくさんいますよ」

憤怒「そうだな。そして、彼女もいる」

憤怒は傲慢を見つめた。

傲慢「そ、そういうのは人の前では……」

遊び人「二人きりの時がいいってこと?」

傲慢「ちょっと!!」

一同は笑った。

照れくさそうにしている傲慢と、一名を除いて。

お姫様「いいなあ。素敵だなぁ」

お姫様「ハンサムだし、強いし、やさしいし」

学者「あなた、いつまで……」


お姫様「精霊の加護もついてるし、不思議な兜も持ってるし、羨ましいなぁ」

お姫様「"嫉妬"しちゃうくらいにさぁ」

お姫様は、取り出した笛に口をつけた。。
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:08:46.51 ID:HqgdqaCI0
傲慢「一体なんなのよ…!!」

殺気を感じて傲慢が反射的に発動した防御呪文のおかげで、勇者達は気絶せずに済んだ。

しかし、憤怒の持っていた兜ははじきとばされ、奪われてしまった。

広場では人々が耳を抑えながらうずくまっていた。

傲慢「音の呪文の使い手だったのね。まさか湯水の国が裏切るなんて……」

憤怒「それはまだわからない。成りすましだったのかもしれない」

憤怒「この女が何度も繰り返している言葉があった。それを愉しんで言っていたとしたら」

清々しい顔で演奏を終えたお姫様は言った。

お姫様「そうよ。世界中の嫌われ者にして、数多くの勇者を殺してきたと噂されてきた」

お姫様「処刑の王国の、術士よ」

お姫様は、憤怒から奪い取った兜を手でいじっていた。

お姫様「魔力も備わっているし、国宝にふさわしいものなんだろうけど、憤怒の装備じゃないわね」
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:09:24.61 ID:HqgdqaCI0
憤怒「遊び人、君の警告した通りだった。大罪の装備を狙うものが現れる可能性が高いと」

遊び人「元々は、私達が強奪する予定だったんだけどね」

お姫様「気に食わないわね。本物はどこに隠してあるの?」

憤怒「世界のどこかにな」

お姫様「だったら、手始めに。この国の住民全員殺して、隅から隅まで探してやるわよ」

お姫様は再び笛に口をつけた。
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:10:06.26 ID:HqgdqaCI0
戦闘が始まって、しばらく膠着状態が続いていた。

避難する市民を守りながら、憤怒と傲慢はお姫様を隅に追いやっていた。

憤怒「まだ城内に避難できていないものはいるか」

隊長「市民の避難は済みました。残るは兵士のみです」

憤怒「わかった。君たちも下がれ」

隊長「そんな!!私達は何のために!!」

憤怒「相手が違いすぎる。君たちは、城内で市民を守り続けるんだ」

隊長「しかし」

憤怒「私を怒らせるな」

隊長「……承知しました」

去ろうとする隊長は、思い出したかのように付け加えた。

隊長「それと、非常事態の対策に従い、例の職業の者だけは……」

憤怒「わかっている。こういう時、彼らはテコでも動かない」

憤怒は教会を見て、その中に神父がとどまり続けていることを確認した。
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:10:37.96 ID:HqgdqaCI0
お姫様は疲れて地面に座り込んでいた。

お姫様「はぁー。思ってたより手強いなぁ。あのウスノロどもはまだ迷ってるみたいだし」

お姫様「おーい!こっちだよぉ!」

お姫様は町の外に向かって手を振った。

魔物の大軍が草原をうろうろと彷徨っていた。

お姫様「街の守護すら突破できないなんて。これだから図体でかいだけの魔物は嫌なのよ」

お姫様「バカの研究者達もいつまで経っても来ないし。全員処刑にされても知らないわよ」
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:11:14.41 ID:HqgdqaCI0
お姫様は、気だるそうに立ちあがった。

お姫様「さて、と。研究者が到着するまでは適当にいなしておく予定だったけど、遅刻してるんだからちょっとくらい遊んでもいいよね」

お姫様「さて、隕石でも降らせますか」

お姫様は目を閉じた。

憤怒「詠唱する隙きを与えるな!!」

傲慢「もちろん!!」

2人が飛び出そうとした時だった。

遊び人「待って!!あの構えで物体召喚なんて……」

傲慢「うっ!」憤怒「くっ!」

憤怒と傲慢がよろめいた。

お姫様「残念、勇者感知の呪文でした!」

お姫様「今のうちにっと」

お姫様は大きな鈴を取り出して振り始めた。

勇者「遊び人、自分の耳を塞げ!」

勇者は駆け出し、両腕でだき抱えるように、傲慢と憤怒の両耳を可能な限り塞いだ。

勇者「ぐぁああああ!!!」
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:11:47.69 ID:HqgdqaCI0
勇者は雄叫びをあげて倒れた。

両耳から血が流れていた。

傲慢「どうして……」

遊び人「より戦闘能力の高い、あなた達を優先させたのよ」

傲慢「私が聞きたいのは……」

遊び人「次の攻撃くるよ!!」
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:12:31.85 ID:HqgdqaCI0
勇者は雄叫びをあげて倒れた。

両耳から血が流れていた。

傲慢「どうして……」

遊び人「より戦闘能力の高い、あなた達を優先させたのよ」

傲慢「私が聞きたいのは……」

遊び人「次の攻撃くるよ!!」
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:12:59.35 ID:HqgdqaCI0
傲慢「きゃっ!!」

憤怒「うぐっ!」

神官の前に、どこからともなく傲慢と憤怒が現れた。

憤怒「突然巨大な爆発呪文を唱えられた」

傲慢「なんなのよあいつ。並の人間の強さじゃないわ!」

息着く間もなく、教会の扉がバンと開いた。

お姫様「すごーい、本当に転送されてる。肉眼じゃ追えなかったよ」

お姫様「あれ、あんた達もどうして?」

お姫様は勇者と遊び人を見た。

遊び人「くっ……」

お姫様は悩んだ表情をしたあと、言った。

お姫様「もしかしてパーティメンバーだった?どっちに所属してるのかしんないけど」

お姫様「まぁ、雑魚はどうでもいいか」

お姫様は笛を取り出した。
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:13:25.86 ID:HqgdqaCI0
傲慢「言葉が通じなくなるけど、背に腹は変えられないわね」

傲慢が呪文を唱えると、耳の中に水が詰まったような感触がした。

周囲の音が聞こえなくなった。

傲慢「%(O)J」”$(‘%”(!!」

傲慢は剣を構え、お姫様へ突進した。



高速で繰り出される戦闘に、他者の入る余地はなかった。

傲慢が剣で斬りかかろうとするも、お姫様は笛ではじき軽くいなしていた。

戦闘を見守る中、憤怒の勇者が異変に気づいた。

憤怒「$(%“%&‘”)!!?」

憤怒が地面を指差すと、うっすらと魔法陣のようなものが出現し始めているのが見えた。

憤怒は教会の隅へ走り、ぼろぼろの木箱から”憤怒の兜”を取り出した。

お姫様はそれをみやると、嬉しそうに笑った。

傲慢が戦闘する中、3人は外へと出た。
457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:14:31.23 ID:HqgdqaCI0
憤怒「お前らは一体!!」

教会の外に出ると、白衣を着た男たちが数名、教会を囲って詠唱を唱えていた。

遊び人「これ、教会ごと、捕縛呪文をかけようとしてるんだと思う!」

勇者「憤怒!!傲慢を外に連れ出すんだ!!」

憤怒「わかった。持っててくれ」

憤怒は兜を遊び人に預け、再び教会の中に入り込んだ。
458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:15:41.78 ID:HqgdqaCI0
勇者「処刑の王国の連中か!!」

勇者は白衣を着た男に突進した。

しかし、見えない壁のようなものに阻まれた。

勇者「いって!!なんだこれ!!」

遊び人「詠唱の邪魔をされないように防御壁を張ってるんだわ。ちょっと見せて」

遊び人が勇者のもとにかけより、見えない壁をなぞった。

勇者「硬化の呪文か?」

遊び人「えっと、だとしたら、軟化の呪文で相殺できるけど……」

遊び人「指でなぞると、硬い感触は感じられないわね」

遊び人「…………なるほど」

遊び人「時延化の呪文よ。時の流れを遅くしてるんだわ。だから、時間のはやさが通常の私達が触れようとすると摩擦が生じてしまうの」

勇者「?????」

白衣を着て詠唱を続けていた男は、驚いた表情を見せた。

遊び人「時間を対価にして物体の移動を許してるの。時間の進みが遅ければ、物体はゆっくりとしか動けない。そしてこの壁は、早い時間で動く私たちに、そんなに大きな対価は受け取れませんって拒んでるわけ」

遊び人「仲間と会話したり詠唱のタイミングを合わせるためにどこかに穴はあけてあるんだろうけどね」

遊び人「対処は二つ。この壁の時間を通常の流れに戻すか、私達がもの凄く遅い時間の流れに合わせるか。前者の選択しかありえないけどね」

遊び人が解説しているうちに、憤怒と傲慢と、お姫様が外に飛び出してきた。

その瞬間、教会全体が黄土色の輝きに包まれた。

研究者「ふん、惜しかったな。だが、檻は完成した。あとはもう一度そいつらをこの中に追いやれば終わりだ」

研究者「俺らの仕事はここまでだ。そこの女に防御壁の性質を見抜かれた。あとは任せたぞ」

6人の研究者たちは移動の翼を取り出すと、その場を離れた。

お姫様「ちょっと!!あんた達遅れといて何なのよ!!」
459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:16:09.30 ID:HqgdqaCI0
お姫様「まぁいいわ。憤怒の兜も姿を現したし」

お姫様は遊び人の抱える兜を見た。

お姫様「よく考えれば教会に隠すのはいい案よね。だって、非常時に教会に転送されるわけなんだから」

お姫様「それじゃ、頂くわよ」

お姫様は遊び人のもとに歩みだした。

傲慢と憤怒も駆け出そうとするが、見えない障壁に阻まれた。

傲慢は急いで時縮化の呪文を唱え始めた。

お姫様「あいつら良い置き土産を残してくれたじゃない」

お姫様と、勇者と、遊び人が対峙した。
460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:16:55.16 ID:HqgdqaCI0
お姫様「さっきから戦闘に加わらない男と村娘の格好をした仲間だなんて、何の役に立つのかしら。航海士か何か?」

お姫様「安心して。死んで教会に転送されても、捕縛されるだけだから。しばらくは死ななくても済むわ」

お姫様「思う存分、戦いましょう」

お姫様が笛を構えた。

勇者「くそっ……時間を稼がないと」

遊び人「勇者、少し持っててちょうだい」

遊び人は兜を勇者に渡すと、前に出た。

遊び人は両手を空中に乗せるように浮かし、祈りを唱え始めた。

お姫様「へえ、魔法使いか何かだったの?」

お姫様「雑魚の呪文なんて興味ないわ。すぐ叩きのめすのみよ」

お姫様は構わず笛に口をあてた。



遊び人「『リコルダーティ』」

遊び人「『スケルツォ』

お姫様は顔色を変え、演奏を止めた。

遊び人「『ベルスーズ』」

憤怒も空気の流れが変わったことに気づいた。

遊び人「『主を失いし旋律の怨嗟よ』」

お姫様「な、なんなのよ、この魔力は……」

遊び人「『大罪の仇讎曲を奏で給え』」

お姫様は恐怖に駆られた顔をし、後退りをした。

遊び人「『Morte』」

遊び人「『Tremolo……』」

遊び人はしゃがみ込み、落ちていた小石を宙に放り上げ、口でキャッチした。

遊び人「…………」

遊び人「……死ね私」
461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:17:25.07 ID:HqgdqaCI0
震えながら笛を構えていたお姫様は、きょとんとしていた。

お姫様「…………えっ」

お姫様「えっ、えっ」

お姫様「えええええ!!?」

お姫様「う、うそでしょ!?」

遊び人は赤面しながら、悔しそうに唇を噛んでいた。

お姫様「あはははは!!!うける!!!ちょー笑ける!!!」

お姫様「もしかしなくても、あんた!」

お姫様「遊び人なのね!!」
462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:17:54.48 ID:HqgdqaCI0
TIPS

遊び人という職業の者は、基本的に、戦いをさぼる。

とりわけ、戦うなという父の願いを込めて強制転職された彼女は、その度合いが甚だしい。
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:18:48.02 ID:HqgdqaCI0
TIPS

遊び人という職業の者は、基本的に、戦いをさぼる。

とりわけ、戦うなという父の願いを込めて強制転職された彼女は、その度合いが甚だしい。
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 13:19:21.83 ID:HqgdqaCI0
お姫様「はぁー、びっくりしたぁ。凄まじい魔力の気配を出して禁術を唱え始めるんだもの。はったりがお上手なのね」

お姫様「いつか賢者になれた時に、唱えられるといいわね、遊び人さん!」

お姫様は再びケタケタと笑った。

遊び人「と、唱えたことあるのに……」

涙目の遊び人の背中を勇者はやさしく叩いた。



傲慢「解除できたわ!!」

傲慢と憤怒が駆け寄ってきた。

憤怒「いい時間稼ぎになったぞ」

傲慢「あいつの特性はだいたい見抜いたわ。あとは私たちに任せなさい」

傲慢「広範囲にわたる音の呪文を発動している割には、本人は耳栓の呪文も唱えていない。なのに私達の会話は聞こえてる」

傲慢「音色の範囲に穴があるのよ。音への着色をすれば、攻略できそうだわ」

肩を落とす遊び人の前に立ち、2人の勇者は力強く胸を張った。、
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