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【ガルパン】西絹代の無邪気な魅力 と 邪気な人々
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66 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:23:32.29 ID:CrgWt4E90
翌朝。
サンダース大付属高校の宿泊施設に泊まらせてもらった我々は、実に清々しい気持ちで愛車ウラヌスの前に立った。
「昨晩は皆さんに盛大に歓待していただいて、本当に楽しかったな」
「あのばーべきゅーという焼肉に、この世の極楽を見た気がしたあります」
昨晩、ケイ殿を救ったお礼も兼ねてと、サンダース大付属の隊員総出でばーべきゅーが行われたのだ。
私もあんなに肉を食べたのは、小学校のときの誕生日以来だ。
「宴席ではケイ殿もすっかり元気になられて、しきりに抱擁されたよ。
二人で抜け出さないかとも言われたが、まだ校内の安全がすべて確認されていない以上、勝手な行動は出来なかったからな。
丁重にお断りさせていただいたよ、ははは」
福田(ケイ隊長殿の悲しそうな顔が目に浮かぶであります……)
「次にサンダースへ来た時には、パパとママに紹介するからね! って言われたんだが、
そうか、ケイ殿のご両親は、サンダース大の戦車道関係者で、ひょっとすると顧問か教官殿なのかもしれないな。
旅の最初に素敵な人脈が築けて僥倖というほかない。 やったな福田!
来年、福田が知波単を担うときには、これでサンダースとの練習試合が組みやすくなったぞ!」
福田(ご愁傷様であります、ケイ隊長殿……)
67 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:25:53.27 ID:CrgWt4E90
サンダース大付属高校の戦車道隊の強さが、いかにして練り上げられるのか、その現場をこの目で確かめられたし、
当初の目的である練習試合の申し込みもちゃんとできた。
ちょっとしたトラブルでケイ殿に迷惑を掛けてしまったが、それも新たな人脈の発掘に結び付いたようなので、
これにてサンダース大付属の学園艦訪問は、大成功だったと言って良いだろう。
願わくはこの調子で残り2校も回れたらいいな、と空を仰いで、私は愛車ウラヌスにまたがった。
68 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:26:22.65 ID:CrgWt4E90
※ 今回はここまで。 また書き溜めてきます。
次回、アンツィオ高校 訪問編です。
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/30(金) 00:43:48.23 ID:k11pqcP7o
股間が水で濡れてるからバレないね
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/30(金) 07:09:33.29 ID:8qNXfbhT0
いい
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/30(金) 08:19:57.33 ID:VvCsQkRAO
乙!
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/30(金) 18:49:32.75 ID:ZE18OAFp0
乙乙
スペクタクルだのう
73 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:17:05.68 ID:z2pI01hi0
※ 再開しまっす。
74 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:18:07.19 ID:z2pI01hi0
「さーて、鹿島港から清水港だと……えーっと……」モグモグ
「下道だと、270qくらいであります」ポチポチ モグモグ
「サイドカー付きのバイクで270qとなると……8時間。 休憩入れて10時間ってところか。 高速使えれば楽なんだがなぁ、金掛かるしなぁ」モグモグ
私が紙の地図を覗き込んで距離を推し測ろうとしたら、福田が“ すまほ ”であっという間に調べてくれた。
知波単生徒の多くは機械音痴ゆえに“ がらけー ”の扱いだけで手いっぱい。
私も例に漏れずそうなのだが、福田は大学選抜戦後、こうした機械類も意欲的に使って情報収集に励んでいるようだ。
うんうん、新生知波単学園を担う者の一人として、福田は順調に成長していると思う。 この旅に連れてきて良かった。
そんな私の手には昆布おにぎり、福田の手には牛味噌おにぎり+すまほ が握られていた。
おにぎりはそこのコンビニで買ってきた。 今日の朝ご飯だ。
75 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:19:06.32 ID:z2pI01hi0
朝8時。 鹿島港からそんなに離れていないコンビニの駐車場である。
私と福田はオニギリをもぐもぐしながら今日の道程について話し合っていた。
ケイ殿から朝飯まで食べていくよう誘ってもらったのだが、今日は茨城県の鹿島港から静岡県の清水港まで移動しなければならない。
そのため、早朝にサンダース大付属の学園艦から下艦し、近場のコンビニで突撃準備……じゃなかった、出発準備を整えているのだ。
ケイ殿を始め、サンダース大付属の方々には最後の最後まで熱く待遇していただいたので、本当に感謝感激雨あられである。
朝食のお誘いや昨晩のばーべきゅーだけではない。
部外者が見てはいけない機密事項まで披露していただいたのだ。
ケイ殿との別れ際、その目に涙が浮かんでいたことを思い出し、私は胸がいっぱいになる。
ケイ殿の涙は友情の証。 戦車に乗れば敵同士だが、戦車から降りれば友達同士。
それを地でいくサンダース大付属の懐の深さを、私は生涯忘れないだろう。
「あれだけの温情を掛けていただいたのだ。 我々はこれを力に変え、試合会場で披露することが最大の御恩返しとなる。
これからますます精進せねばならんな、福田!」
「はっ! 粉骨砕身、突撃精神をもって鍛錬に励む所存であります!」
「うむ! 私もさらに精進し勝利に貢献できるよう、隊長としての役目を果たそうぞ!」
福田(……ただ、最後のケイ殿の涙は、たぶん違う意味の涙だと思うのであります……)
76 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:21:54.96 ID:z2pI01hi0
福田は“ すまほ ”の地図を見ながら、ここから清水港へ至る大まかな道順を教えてくれた。
「まず利根川越えて千葉県に入って、利根川沿いを西進、都心を抜けて神奈川県央へ。
さらに西進して御殿場を越えて駿河湾に至り、あとは海沿いを進む、という感じであります」
「うむ、ありがとう」
私は脳内で進行ルートを思い描き、かねてより温めていた作戦が無理なく行えることを確信した。
「では、本格的に出発する前にちょっと寄り道をしよう。 利根川越えて千葉県に入った辺りに老舗の醤油屋がある。
そこでアンツィオ高校へのお土産を買っていこうと思う」
「アンツィオ高校へのお土産? また落花生最中ではないのでありますか?」
「ああ、別の物にしようと思うんだ。 一応、ただの落花生ならすでに大量に用意してあるがな。 千葉県名物のド定番だし、乾物だから物持ち良いし」
「はぁ、それでその落花生に加えて、醤油屋でお土産を追加する、と」
「そうだ。 アンツィオ高校の学園艦は食文化が豊かで、菓子も上等なものばかりが揃っていると聞く。
大学選抜戦の会場でアンツィオの生徒が出していた屋台……あの“ じぇらーと ”という氷菓子を福田も食べただろう。
あんな美味いものを日常的に食べている方々に、ただの和菓子を持って行っていくというのもどうかと思って。
落花生最中は美味いんだが、相手がアンツィオ高校ではちょっとな。」
「それで醤油でありますか」
「料理好きのアンツィオ高校なら、変わった調味料をお土産にしてもきっと喜んでくれるだろうさ。
それに千葉県は醤油の産地だ。 立派な千葉県土産になる」
(※ 知波単学園の本拠地は、千葉県習志野市です)
「さすが西隊長であります! ご慧眼に脱帽したであります!」
「ははは、ただの醤油ではないのだぞ?
買おうと思っているのは、その老舗に売っている“生醤油”と“蛤(はまぐり)だし醤油”なんだが、どちらも実に美味いのだ。
スーパーで売っている刺身をこの生醤油で食うと、築地で食う刺身に進化する! と言ってのける知人がいるくらいだし、蛤だし醤油の方は福田も食べたことがあるはずだぞ?」
「え? そうでありましたっけ?」
「私が夕飯当番の時、まぜご飯を作ることがあるだろう。 あれの醤油はその蛤だし醤油だ」
「おお! 西隊長殿のまぜご飯はあまりに美味すぎて、隊員達のお替わり争いが本気のケンカになる程であります!」
「ケンカはどうかと思うんだが……福田達が美味いと言ってくれるんだ。 お土産として間違いはあるまい」
福田(西隊長殿が作る料理は、美味いのはモチロンなのでありますが、隊員達にとっては憧れの人が作る手料理なので目の色が変わるのであります……)
77 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:23:35.28 ID:z2pI01hi0
「で、実は練習試合の申し込み相手にアンツィオ高校を選定した理由も、そんな料理に関係があったりする」
「あれれ、戦車道とは関係が無いように思えるのでありますが……」
「ところがそうでもないんだ。 アンツィオ高校の戦車道隊では、炊事による親交で隊員同士の結束を固めているらしい。
我々知波単では、炊事はただの炊事だが、アンツィオでは日常生活における料理や食事ですら戦車道訓練の一部だという。 面白いだろう?」
「アンツィオ高校では飯時にあっても常在戦場というわけでありますな。 いやはや、侮りがたしアンツィオ高校であります!」
「もちろん、CV33を中心とした高速機動戦術とか“ まかろに作戦 ”という欺瞞作戦の運用方法とか、訓練環境が知りたいとかもあるんだが」
「火力不足、装甲薄に悩んでいるのは我々もでありますからね。
奇をてらい、高速機動で敵を翻弄するアンツィオ高校の戦い方はきっと参考になるであります!」
「だから此度の旅では、アンツィオ高校の戦車道訓練だけではなく、炊事、食事の風景も視察させてもらおうと思っている。
そして練習試合になったら、両校で協力して飯を炊き、同じ釜の飯を食って更なる親睦を深めよう、と提案をするつもりだ」
「実に良いお考えであります!」
「安斎殿曰く、明日は視察するには絶好の日らしいからな。 きっと私の提案を受け入れてくれるだろう。
ふふふ、喜べ福田! また楽しい思いができそうだぞ?」
「は? それはどういう……?」
私はキョトンとした顔の福田にヘルメットを被らせると、自分もヘルメットを被って、ウラヌスのエンジンを掛けた。
そして目的の醤油を手に入れたあと、途中休憩を挟みながら、えっちらおっちら清水港へとバイクを走らせたのだった。
78 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:24:59.12 ID:z2pI01hi0
夜7時、清水港エリアに到着。
港に停泊したアンツィオ高校の学園艦が間近に見える。
「うう……さすがにこうも魚介類の看板やらノボリやらが目に付くと、腹が空くのであります……」
「耐えろ福田……安斎殿が夕食を振る舞ってくれることになっている……」
我らがいる場所は、観光客向けの魚河岸の駐車場だった。
もう時間が遅いので多くの店が閉まっていたが、あちこちに設置されている「桜エビのかき揚げ丼」や「桜エビ天ぷら定食」などのノボリが、視覚を通して空腹中枢を刺激する。
清水港がある駿河湾は桜エビが特産だ。 漁期は春と秋しかなかったはずだが、干し桜エビならいつでも食えるはずだ。
せっかく静岡までやってきたのだから名物が食いたいとは思うが、しかしこちとら高速道路代すらケチっている身。
そんな贅沢は許されない……が、食べたい……。
私と福田が空腹に身を悶えていると、遠くから豆戦車らしいエンジン音と、舗装道路を走る履帯の音が聞こえてきた。 カルロ・ヴェローチェCV33だ。
そのCV33が我々のバイクの横に停まった。
髪を両脇で束ねた少女が降りてくる。 安斎殿だ。
「いやーよく来た! ようこそアンツィオ高校へ! 私がドゥーチェ・アンチョビだ!」
「ご無沙汰しております、安斎殿! この度はご高配を賜り、誠に感謝しております!」
「安斎じゃない! アンチョビだ!」
「これは失礼いたしました、安斎殿!」
私と福田は、アンツィオ高校の戦車道隊の隊長で、総統とも肩書が付いている安斎千代美殿に深々と頭を下げた。
79 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:27:42.79 ID:z2pI01hi0
CV33に先導された我々のバイクは学園艦の乗艦ゲートをくぐり、2台まとめて昇降リフトに乗り込んだ。
「え!? 明日、学園艦祭なのでありますか!?」
「そうだ! だから実に良いタイミングで視察に来たな2人とも!
アンツィオの学園艦祭は、観光客向けに盛大にやるからな! ぜひとも楽しんでいってくれ!」
昇降リフトが艦上へと昇っていく。
私、福田、安斎殿の3人は、規則的な揺れを感じながら、あらためて挨拶を交わした。
そうなのだ。 練習試合の内諾を得るために前もって安斎殿へ電話した際、私は学園艦祭の話をうかがっていたのだ。
今年のアンツィオの学園艦祭は、戦車道隊の訓練展示も行われるし、美食尽くしの屋台も並ぶ。
となれば、戦車道隊の訓練風景も見れるし、隊員らが協力して炊事に取り組む姿も見られるので、此度の旅の目的に合致するわけだ。
だから私は、まずはただの客として学園艦祭を楽しみつつ外側からアンツィオ高校の戦車道隊の実力を推し測り、明後日は隊内に案内してもらって、内側から実力を推し測ろうと考えた。
つまりは2日間の訪問日程だ。
「学園艦祭の準備でお忙しい中をお邪魔してしまい、誠に申し訳ありません」
「いいんだいいんだ。 ウチも他校同様、隊長職は引き継ぎつつあるし、お客さんが増える分には万々歳だしな。
……1円でも多くP40の修理費を稼がないといけないし」ゴニョゴニョ
「アンツィオ高校では、次の隊長殿は誰がなられるのでありますか?」
「ペパロニだ。 あいつのノリと勢いはアンツィオのドゥーチェとして相応しいものだしな。
副長としてカルパッチョが締めるところを締めてくれるだろうから、まぁ、あの二人なら次のアンツィオを任せられるよ」
「なるほど。 我々の突撃精神も勢いだけは負けておりません。 練習試合の会場でまみえる時を楽しみにしております!」
80 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:29:37.93 ID:z2pI01hi0
安斎殿の話だと、アンツィオの学園艦祭は「アンツィオ高校の学園祭」ではないらしい。
アンツィオ高校の生徒らはもちろん、学園艦住民の有志も祭りに参加するので、“ アンツィオの学園艦祭 ”なんだとか。
そのため、メイン会場はアンツィオ高校ではあるものの、校舎の内外に多彩な出店が立ち並び、観光客の入りも凄まじいことになるんだそうだ。
だから各店はしのぎを削って集客に努め、少しでも売上を伸ばそうとてんやわんやの大騒ぎになる。
安斎殿が率いる戦車道隊の隊員らは、その儲けを戦車道隊の運営費に計上できるとあって、いつも以上にヤル気に満ち溢れるんだとか。
……そういえば、知波単にも回覧来たな。P40の修理のための寄付願い。
ウチより貧乏な戦車道隊もあるのだなぁと、ちょっとしんみりしたものだ。
艦上についた我々は、CV33先導のもとアンツィオ高校の敷地内に入り、そのまま校舎の駐車場へ向かうのかと思いきや、戦車整備工場の横に案内された。
私と福田は自分の荷物を持ってCV33の元に近寄る。 暗いせいか、安斎殿はキューポラからゆっくり降りていた。
「福田、私の荷物を持っていてくれ」
「はっ」
私は荷物を一時福田に預け、まだ地に足を付けていない安西殿に向かって手を差し出した。
タイミング良く雲の隙間から半月が顔を覗かせ、月光があたりを照らす。 急造の月のステージのようだ。
「安西殿、お手を」スッ
「えっ?」
「着地に失敗して足でも挫いたら大変です。宜しかったらおつかまりください」
「えっ、あっ、ありがとうっ」カァァ
「いえいえ」
アンチョビ(なっ、なんだ!? 知波単隊長が一瞬、王子様に見えたぞ!? 恋愛小説の読み過ぎか私!?)
福田(……こういうことをサラッとやるのが西隊長殿の良い所でもあり、悪いところでもあります……)
81 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:34:19.28 ID:z2pI01hi0
「ごっ、ごほん! あー…明日の学園艦祭の準備のために、隊員のみんながここで準備中なんだ」
私の手を取って無事着地した安斎殿は、ちょっとあたふたしながら説明してくれた。
「戦車道隊の皆さんは、明日、何の出店をやられるのですか?」
「今年は ピッツァとジェラートで2店舗に分ける予定だ。 P40の修理費をここで一気に稼ぐためにな」
「あれ? でも訓練展示も行うのでありますよね?」
「そうなんだ。 2回戦止まりとはいえ全国大会出場を果たしたし、あちこちから修理費の寄付金を募っている関係上、戦車道の訓練展示は外せなくて。
だから今年は3班編成を組んだんだよ。1班はカルパッチョをリーダーにジェラート販売。 2班はペパロニをリーダーに戦車道の訓練展示。
で、3班は私が指揮をとってピッツァ屋をやろうと思っているんだ」
「「おおー」」
私と福田は揃って感嘆の声を出した。
実に楽しそうだし、それに美味そうな学園艦祭になりそうだ。
「去年まではパスタ屋だけだったんだけどな。 パスタはペパロニの得意料理だったし。
でも戦車道の訓練展示をやるなら、その指揮は次のドゥーチェであるペパロニが執らなくちゃいけない……すっごい不安だが」
「ペパロニ殿といえば“ 鉄板なぽりたん ”という料理がお得意と、月刊戦車道の隊員特集コーナーで拝見したであります」
「そうなんだよ。 だから去年まではパスタ屋1本だったんだけど、今年はそんなわけでパスタ屋は止めて、代わりにジェラート屋とピッツァ屋をやろうと思ってね。
ジェラートは毎日ランチのときに店を出しているから慣れているし、ピッツァは特色を出しやすいから、他の出店と差別化を図りやすいと思って」
「聞いただけでお腹が空いてきそうですね」
「ああ、期待してくれ! 私の作る桜エビのピッツァは絶品だぞ! これでたくさん稼いで、学園艦祭の後の引退式までには、P40を直してみせる!
それが私の……ドゥーチェとしての最後の仕事だからな!」
そう言って二カッと笑った安斎殿は、戦車整備工場の扉を開けた。
「ただいまー! みんな! 知波単学園からお客さんを連れてきたぞ!」
そして陽気な安西殿の声に帰ってきたのは、切羽詰まったペパロニ殿の声だった。
82 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:35:09.64 ID:z2pI01hi0
「アンチョビ姐さん!? あーもう、やっと帰ってきた! 大変っスよ、姐さん!」
「お、おう? どうした?」
出鼻を挫かれた形の安斎殿。 畳みかけるようなペパロニ殿の言葉が続く。
「明日の学園艦祭、ピザが作れなくなったッス! どうしましょうか姐さん!?」
「え? ………え?」
「いや、だから、ピザが作れなくなったんですって!」
「えぇ……ええええええ!? なんで!? どうしてだ!?」
戦車整備工場に入って早々、大きな声で掛け合いを始める安斎殿とペパロニ殿。
いやぁ、アンツィオ高校の隊員達は元気があって良いなぁ。
83 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:36:38.96 ID:z2pI01hi0
「あー…私から説明します、ドゥーチェ」
「カルパッチョ? ……そうだな、何がどうなったのか、説明を頼む」
埒が明かないと思ったのか、カルパッチョ殿が前に出てきた。
「はい。 ……明日の学園艦祭の準備のために、ピッツァ班、ジェラート班、訓練展示班と、それぞれ分かれて動いていたんですが…」
「ああ」
「ピッツァ班がCV33で、ピッツァ生地の材料となる小麦粉を食品科へ取りに行き、それをCV33の車上に積んでここへ戻ろうとしたところ……」
「あ」(何か察したアンチョビ)
「ショートカットのつもりで訓練場を横切ってしまい……」
「……あぁ……」(察しがついたアンチョビ)
「訓練展示の練習をしていたセモベンテに誤って砲撃され、乗員は無傷だったものの、小麦粉がすべてダメになりました」
「……あぁーー……」
安斎殿は、カルパッチョ殿の話を聞くなり、
_| ̄|○ ⇒ _|\○_ ⇒ _/\○_ ⇒ ____○_
という五体投地の姿になっていった。
84 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:37:47.76 ID:z2pI01hi0
「……なんで訓練展示に参加しない車両が訓練場に入るんだとか、ペパロニは指揮官としてそれを撃つ前に確認しなかったのかとか、いろいろ言いたいことはあるが……言っても無駄なんだろうな……」プルプル
安斎殿は全身の力を振り絞って身を起こしたが、いまだプルプルしている。
“ P40の修理費用を稼ぐんだ! ”と意気揚々に言った5分前の彼女と、打ちひしがれた今の彼女。 そのあまりの落差。
まるで突き落とされたような今の彼女の境遇に、思わず同情してしまう。
うちも金はないからなぁ……。
金が全てではないが、金が無いのは首が無いのと同じことだ。 戦車道に限っては特になぁ。
85 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:39:11.44 ID:z2pI01hi0
「……あ゛ーもう! へこたれていてもしょうがない! 撃たれた乗員達は無事なんだな!?」
「はいッス!」
元気良く返事するペパロニ殿。
「ダメにした小麦粉は補充できるか!?」
「無理です。 食品科に問い合わせましたが、あらかじめ申請していた量以上は融通できないと…。
それに量が量です。 今からでは艦外に買いに行っても量が確保できません」
「他の食材は!?」
「ジェラート関係はすべて問題なし。あとはピッツァ用のチーズやその他の乳製品、それと干し桜エビは別に保管していたので大丈夫です。
塩コショウ、オリーブオイル、ニンニクやショウガ等の薬味なども問題ありません。
あとは、大人のジュース関係も大丈夫です」
“ 大人のジュース関係 ”というのは、要するに酒のことか。
なるほど、アンツィオの学園艦祭では、おそらく事前申請をすればアルコール提供も可能なのだな…と私は推測する。
ここまでは明快に答えていたカルパッチョ殿だったが、続きを言い淀んだ様子を見せた。
先を促す安斎殿。
「あとは?」
「……それと、我が隊の在庫のパスタを全て放出すれば、学園艦祭用の食材として、なんとか足りるかと思います」
86 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:41:38.85 ID:z2pI01hi0
アンツィオ高校の戦車道隊は、試合が終わると宴を開いて、敵味方関係なく親睦を深める。
その宴用に常備していた食材を、おそらく学園艦祭の打ち上げ用として使うつもりだったのだろう。
しかし緊急事態につき、打ち上げ用ではなく本番の商品用として回すというのだろう。
となれば、打ち上げに使う食材が無くなることを意味する。
カルパッチョ殿ら隊員にとっては、安斎殿に隊長として参加してもらえる残り1回か2回あるかないかの打ち上げであり、宴だ。
そんな貴重な機会が潰れるとまではいかないにしても、宴の規模が縮小してしまうのは避けられない。
カルパッチョ殿の悔しそうな顔から、私はそんな背景があるのだろうと想像した。
カルパッチョ殿の視線の先には、うつむいた安斎殿がいる。
しばらくして、安斎殿はため息を一つ。 そしておもむろに顔を上げた。
「……大きく売り上げは落ちてしまうだろうが、ペペロンチーノくらいは作れるか。
不必要な乳製品などは食品科に返却しよう。 ……今年もパスタ屋かぁ」
「さっすがアンチョビ姐さん! この料理上手のやりくり上手!!」
「お前はもうちょっと反省しろぉ!」
87 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:42:41.48 ID:z2pI01hi0
安斎殿の哀愁漂う喜劇のような悲劇が、戦車整備工場の中で繰り広げられている。
隣にいた福田が、小さな声で私に問いかけてきた。
「西隊長殿? “ ぺぺろんちーの ” というのも、確か美味い麺料理だったと思うのですが、それではダメなのでありますか?」
「“ ぺぺろんちーの ”は作り方が簡単だからな。同業店舗が出やすいだろうし、それゆえに多くの店がしのぎを削る学園艦祭では没個性と見なされるだろう。
つまりは売りが弱いのだと思う。それではP40の修繕費を稼ぐどころか、原価を回収するのがやっとかもしれないな」
私は気丈に振る舞う安斎殿の背中を眺めながら答えた。
88 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:44:09.14 ID:z2pI01hi0
「アンツィオ高校の隊長としての責務を果たしてから引退したい」と言った安斎殿。
私よりも1つ先輩で、戦車道の隊長として苦労された経験は圧倒的に安斎殿の方が上だろうが、
それでも同じ隊長職の人間として、その心中は容易に察せられた。
後輩達には……次代の隊員達には……なんの憂いもなく戦車道を楽しんでもらいたいのだ。
そのためならば、どんな苦労でも背負いこむのが隊長であり、引退していく先輩の務めなのだ。
私も知波単の隊長としての責務を果たしたいから、こうして各校を訪ねまわり、練習試合を申し込みに来ている。
隊員達の努力が報われる、そんな勝利を得る方法を模索するのが、私の責務である。
ならば、我々が今この場にいるのも何かの縁だと思うのだ。
安斎殿の努力が……アンツィオ高校の戦車道隊の努力が報われる、そんな方法を探すお手伝いをするのだ。
知波単学園とアンツィオ高校は微力ながらも、先の大学選抜戦で大洗女子学園を助けるため、ともに強大な敵へと挑んだ間柄だ。
他人事とは突き放せない。 なんとか助けになりたい。
89 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:47:19.17 ID:z2pI01hi0
聞けば、明日の学園艦祭で売れる商品が用意できなくなったご様子だ。
ならば、残った食材を使って、明日の学園艦祭で売れる商品を考え出せばいいのだろう。
うーん……アンツィオの学園艦祭……パスタと干し桜エビと乳製品はある……アンツィオの校風の中でも個性的な商品に……。
私は、脳内で手持ちの札を確認した。
しばしの熟考。
そして不意に、我らだから加える事ができる札があることに気づく。
私はこれらの全ての札を抱えて、調理法の海に沈みこんだ。
再度の熟考。
……海の底で見えたのは、3つの光。
「うん、これならいけるかな」
90 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:48:14.56 ID:z2pI01hi0
私は、いまだ両膝を床についている安斎殿の隣に移動し、自分も片膝をつき、両手で安斎殿の両手を包み込んだ。
「……ふぇっ!?」
「安斎殿、我ら客人の身なれど、安斎殿に具申することをお許しください」
「なななな、なん!? ……ですか!?」
「在庫のパスタを使わせていただく必要はありますが、この料理勝負、なんとかなるかもしれません」
安斎殿の目を真っ直ぐ見つめながら、その手を胸に抱くようにして言った。
安斎殿は何を言われたのか分からないように、ぱちくりと目を瞬かせている。
「今ある食材で、それなりに美味しいものが3種類ほど作れます」
私はそれから安斎殿を始めとした隊員の皆さんに、私が提案する料理の内容と調理法を説明した。
91 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:50:18.63 ID:z2pI01hi0
翌朝、午前9時。
空に景気よく花火が打ち上がった。 アンツィオの学園艦祭の始まりだ。
「では皆さん、よろしくお願いします!」
「「「「よろしくお願いします!!」」」」
私はピッツァ班の皆さんに声を掛けると、元気な返事が返ってきた。
場所はアンツィオ高校の中庭、戦車道隊に割り当てられた出店だ。
まだ開会したばかりなのでお客はいないが、安斎殿の話によれば、例年あと15分もすればごった返すほどの人がやってくるらしい。
私は白ブラウスの腕をまくり、シックな色のエプロンをまとって、出店のカウンター内で仕込みを続けていた。 つまりはピッツァ班の助っ人だった。
あ、いや、ここで提供するのは結局パスタなので、パスタ班と言った方が正解か。
「では、客の呼び込み部隊の諸君! 手筈通りチラシを持って校門まで前進! 客を呼び寄せてこい! ここで包囲殲滅するぞ!」
「「「「 Si!!」」」」
安斎殿はパスタ班の隊員に向かって激を飛ばしていた……が、なぜか私の方をチラチラ見ている。
激を飛ばされた方の隊員達も、なぜか私の方をチラチラ見ている。
なんだろう? やはり他校の生徒が出店を手伝うことに違和感を感じるのだろうか?
ううむ、ならば働きで返すしかないな。 頑張ろう。
アンチョビ(速水もこ〇ちだ……)ドキドキ
隊員達(MOCO'S キッ〇ンだ……)ドキドキ
福田(そんな身なりでエプロン付けて凛々しさ振りまいたら、速水〇こみちにしか見えないのであります……)ドキドキ
92 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:51:18.62 ID:z2pI01hi0
およそ15分後、お客らが中庭に姿を現し始めた。
その中の一人、他校の制服を着た女生徒と私は偶然目が合った。
何だか熱にうかされたような足取りで我らの出店に並んでくれる女生徒。
「あ……あの……ここは何のお店なんですか? なんだかとても美味しそうな香りですね」ドキドキ
私は内心でコブシを握る。 栄えあるお客さん第一号だ。
逃がしてなるものかと私が口を開きかけたところで、隣で仕込みを続けていた安斎殿が代わりに答えてくれた。
「毎度ありがとうございます!
ここは……桜エビの和風パスタと、和風チーズのお店です!!」
93 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:53:02.10 ID:z2pI01hi0
話は昨晩に戻る。 私と安斎殿のやりとりだ。
私は安斎殿にこう提案した。
「干し桜エビの和風パスタと、和風チーズを作りましょう」
「え? 和風……パスタと……チーズ? それも全部で3品も?」
「はい、材料ならなんとかなります」
「材料って……聞こえただろう? そんなもの作れるような食材、今の私達には……」
「それがあるんです」
私はそう言って福田に目配せし、福田が背負っていた背嚢からお土産用の生醤油と蛤だし醤油、それと乾物の落花生を取り出した。
「これって……」
「この度、アンツィオの皆さんにお世話になるのでお土産として買って来た物です。 数も十分にあります」
あの老舗で買った生醤油と蛤だし醤油はそれぞれ1ダース買った。 乾物の落花生も大量に用意してあった。
「これを使って、和風のパスタと和風のチーズ料理を作りましょう」
「ちょっ…! ちょっと待ってくれ知波単隊長! ………料理……できたのか……!?」
「ははは、良く言われます」
94 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:53:54.28 ID:z2pI01hi0
そこで福田がすすすすと近づいてきて、会話を補足するように口を開いた。
「確かに知波単学園では節制・節度を重んじているので、日々の食事も豪勢とは無縁の質素な物ばかりでありますが……
しかしそれは、決して料理当番が無能だからではないのであります」
「そうなのか……私はてっきり……」
「知波単学園の生徒はみな料理上手であり、その気になれば和洋中、なんでもござれであります」
「マジか!」
安斎殿が目を見開いている。
「知波単学園では、花嫁修業の一環として料理の授業がありますし、各選択科目の幹部生になれば「料理道」という科目が必修になります。
特に戦車道の隊長殿になられるお方は、その料理道で優秀な成績を収める必要があるのであります」
「そんなに大したことではないよ福田。 子供の頃から母の手伝いをして慣れていただけだ。 ははは」
安斎殿が信じられないような物を見る目つきで私達を見た。
95 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:55:22.62 ID:z2pI01hi0
「なにはともあれ、どんな料理なのかご賞味いただいた方が早いでしょう。
もしこれから夕食の調理をされるのであれば、台所の一角を私にお貸しいただけないでしょうか?」
「あ、ああ、それは構わないが……」
それで私達とアンツィオ高校の隊員の皆さんは、合宿などで使う宿泊施設の調理室へやって来た。。
「まずはこの醤油を舐めてみて下さい」
「おう……ペロッ……これはっ!?」
「たかが醤油なんですが、なかなかどうして良い醤油なんですよ」
「いやこれ……ただの醤油じゃないな……すごい美味い……!」ペロッ
さすが安斎殿、料理好きなだけはある。
「それではパスタを茹でましょう」
「まかしとけ! ……それで?」
「パスタが茹で上がる間に、残りの2品を作ります。
まずはこの生醤油に、にんにくの欠片をいくつも入れて、ニンニク醤油を作ります。
そこに一口大に切ったモッツァレラチーズを投入。 モッツァレラは固めのタイプがいいですね。 これで1品完成」
「ふむふむ……えっ!? 」
「次に、ブルーチーズ……これはドルチェタイプが良いでしょう。 そこに生クリームとちょっとのマヨネーズ、それと白ワインを入れてかき混ぜます。
こうして作ったブルーチーズソースに、落花生を混ぜ込んで……はい、2品目完成」
「えぇっ、 もう!?」
「続いて3品目です。 フライパンでにんにくとしょうがをオリーブオイルで炒め、香りが立ったら干し桜エビを入れましょう。
で、ほんのちょっと固めに茹で上がったパスタを投入したら蛤だし醤油を加えて炒め、最後にパスタの茹で汁を加えてさらに炒めて、これで完成っと」
96 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 21:57:32.34 ID:z2pI01hi0
「モッツァレラのにんにく醤油漬け、落花生のブルーチーズソース和え、干し桜エビの和風パスタの3品です」
自分で作っておいてなんだが、美味そうな香りが空きっ腹に直撃して腹が鳴りそうだ。
私はつまみ食いしたい衝動を抑えて、調理した3品を手際よく食堂のテーブルに並べた。
「うっま! え、なにこれ!? うっま!! アンチョビ姐さん、これムチャ美味ッス!!」
「ペパロニ早えぇ!! 私が最初に食う空気だったろうがよもう!!」
安斎殿が取り皿を取りに行くわずかな間にペパロニ殿が試食を始めてしまったので、そんなペパロニ殿を横にどかして、安斎殿は恐る恐る3品を小皿に取った。
続いてカルパッチョ殿、その後に隊員の方々が続々と試食をしていった。
「確かに美味い! この和風パスタ、さっぱり感があるのに、ハマグリの出汁の旨味とニンニクのガッツリ感がなんとも食欲をそそるぞ!!」
「ドゥーチェ! このモッツァレラのニンニク醤油漬け、大人の白ブドウジュースの肴にピッタリです!!」
「落花生にブルーチーズの組み合わせ……! こっちは大人の赤ブドウジュースにバッチリだ……!!」
皆さんに喜んでいただけたようで何よりだ。 私はホッと胸を撫でおろした。
福田(なんでアンツィオの皆さんは、未成年なのに大人のブドウジュースの味を知っているんでありますかねぇ……)
97 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:03:26.08 ID:z2pI01hi0
「……知波単隊長! いや、西さんと呼ばせてくれ!
ど、どうしてこんなメニューが思いついたんだ!?」モグモグ
安斎殿が和風パスタを頬張りながら、私に問いかけた。
私が作った料理を美味そうに食べてくれる安斎殿。 嬉しいな。
私は安斎殿に微笑みを返して、若干の補足説明を入れた。
安斎殿は頬を上気させていた。
「これらの料理を提案したのは、まぁ美味いってだけではなくて、それなりにちゃんと理由があります。
一つ目は調理が簡単なこと。 調理場所が出店なので手間は掛けられませんし、手のかかる料理はコストが増えますからね。
二つ目は個性的なこと。 イタリア色の強いアンツィオ高校においてパスタとチーズは馴染みの食材でしょうが、和風な味付けは珍しいかと。
最後は酒の肴に合うこと。 酒があるなら酒の肴になる商品は回転率が良いでしょう」
「それに、」と言葉を続けかけたところで、安斎殿を見たら顔が赤い。
そうか。 そんなに私の作った料理に興奮してくれたのか。 嬉しい。
私はさらに微笑みを返して安斎殿に近づいた。
だから気が付いた。 安斎殿の左右に分けた髪の束に何か付いている。 ゴミかな?
私は安斎殿の真横に立つと、安斎殿の右の髪の束を大事にすくい取った。
髪のすき間からのぞいた可愛らしい耳は真っ赤だったので、安斎殿の緊張を和らげるようにハッキリと想いを告げた。
「私は貴方の心を救いたい。 そう思っていたら、自然と考えつきました」
目をこれでもかというほどに見開く安斎殿。
と同時に、私は安西殿の髪に付いていた何かを取る。
「ひゃわっ! ななななな!? なっ、なに!?」
「じっとしていてください」
アンチョビ(え!? え!? このシチュエーション……まさか……キス……!?)
あわあわしていたと思ったら、急に目をギュッとつぶった安斎殿。
私は無視して、安斎殿に優しく語りかけた。
「干し桜エビ、髪に付いてましたよ」ヒョイパク
アンチョビ(!!!!!)トゥンク…
福田(はい堕ちた……胃袋を掴んでからのさりげないボディタッチ……と見せかけての寸止め! いつもの勝ちパターンに入ったであります……!)
98 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:05:38.04 ID:z2pI01hi0
で、話は現在の学園艦祭当日に戻る。
「パスタ2人分、それとブルーチーズのやつも2人分ください!」
「こっちはパスタ3人前、あとモッツァレラのニンニク醤油漬けも3人前! 大人の赤ブドウジュースはグラスで4人前ね!」
「すいませーん、パスタの出前ってやってもらえますかー? 実行委員テントに20人分なんですけどー」
安斎殿の言った通り、みるみるうちに中庭にもお客が増え始め、各店の前に行列が出来た。
戦車道隊のこの出店の前にも長蛇の列が出来ている……っていうか、開始1時間でこんなにお客が来たのか。
目の前の作業が忙しすぎてちゃんと見てないが、この中庭でお客の列はウチが一番長そうだ。
「ブルー落花、10人前、あがったよ!」
「40秒後にパスタ茹で上がるよ! そっちは!?」
「いま干し桜エビを入れました! 30秒後に準備完了です!」
「パスタ2人前とモッツァのにんにく醤油漬け1人前、合わせて1000リラになるであります! ありがとうございました!」
99 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:09:28.35 ID:z2pI01hi0
パスタ班の面々は、各員とも獅子奮迅のフル回転状態だ。
私は今回の言い出しっぺでもあるので、3品の調理工程の中で最も気を使う、茹で上がったパスタを蛤だし醤油で炒める作業に志願した。
フライパンを4つ同時に面倒見ながら、パスタ茹で担当の安斎殿と連携を図り、適宜、盛り付け担当の方に進捗をお伝えする。
安斎殿は安斎殿で、パスタを茹でながらブルーチーズソースを下拵えし、同時に会計担当の一人である福田の補助もしていた。
最初こそ部外者の我々がいたので連携につまづくことがあったが、程なくそれも解消され、今や一つの生物のような滑らかな連携作業が実現していた。
お客さんを集めて、出迎えて、料理を作って、提供して、お金を貰って、お礼を言って、またお客さんを出迎える。
一連の流れが寸分の狂いも無く噛みあう、まるで生物の代謝のごとき連携作業だ。
それもこれも、アンツィオ高校の戦車道隊の皆さんが日頃から炊事、食事に力を入れていたのが大きいのだろう。
想定外の事態ではあるが、こうして間近でその力を拝見できたのは僥倖だな。
それに……特に安斎殿の手際の良さは、お見事としか言いようがない。
私は横目で安斎殿の鮮やかな手際を見ながら、この方がアンツィオ高校にスカウトされて戦車道隊を立て直した、というその実力を、あらためて実感することになった。
「さすがですね、安斎殿! パスタ8人前、出まーす!」
「なにが!? 15秒後にパスタ茹で上がるよ! そちらのお客様ー! こちらでもお会計どうぞー!」
私と安斎殿は、お互い別々の方向を向き、別々の作業をしながらも、阿吽の呼吸で意思疎通し、全体の作業が履帯のように強く太く回るよう、さらに動きを加速させた。
アンチョビ(西さんの朴訥とした人柄に似合わぬあの仕事ぶり……そのギャップが甘く胸に疼くのはなぜだ!?)カァァァ
隊員の皆さん(ドゥーチェと知波単隊長……なんだあの神がかった動き……すげぇな……)ゴクリ
福田(もはやお二人がこの出店を回しているであります……)ゴクリ
100 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:12:13.14 ID:z2pI01hi0
出店に並んでくれたお客を、片っ端からやっつけていく。
いいぞ、このままならばそれなりの売り上げがあるだろう。 私も提案者として面目躍如できそうだ。
身体の動きはさらに機敏に、しかし内心では安堵し始めていた私だったが、学園艦祭の開始4時間後、一人のパスタ班の隊員の声がその安堵の心を断ち切った。
「ドゥーチェ! 大変です! このままいくとパスタが足りません!!」
「なんだと!?」
見れば、バックヤードに積んでいた段ボールが残り2箱しかなかった。
段ボールには乾麺状態のパスタ麺が入っている。 あ、今残り1箱になった。
「元々、私達の常備用と備蓄用の量しかなかったですし、まさかこんなにお客さんが来るとは思ってませんでしたから……」
「確かにこの客数は、私がアンツィオにいた3年間の中で最大だ。 ひょっとしたらアンツィオの戦車道チーム史上、最高かもしれん……!」
「どうしましょう!?」
「むぐぐ……!! どこかへ買いに出るか、早々にSOLD OUTとするか……!?」
私は手を止めず、顔だけ安斎殿の方へ向けて問いかけた。
「この客数に恵まれた状態で売り切れとするのは、ちょっと勿体ない気がしますね。
足りない分を買いに出るのは難しいのですか?」
「大量のパスタを買うとなると艦内のスーパーじゃ間に合わない。
学園艦の外へ出て、行きつけの業務用食品店へ行けばなんとかなると思うが……」
「なるほど。 大量のパスタを買って運ぶにはCV33で行く必要があり、この人出では豆戦車と言えども動かせない、と」
「ああ、学校外も出店が並んでいるからな。
それにこの時間では、まだ昇降リフトの昇り列が大渋滞を起こしているはずだ。
仮にCV33で艦外へ出られても、艦内へ戻るのは厳しいだろう」
101 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:13:45.93 ID:z2pI01hi0
私はしばし考える。
「あとどのくらいのパスタ麺があればいいのですか?」
「いちばん忙しいお昼時は乗り切った。
ピークは過ぎたし、あと学園艦祭は3時間程度だから……もう2箱もあれば十分だと思う」
「段ボールで2箱……」
うん、いけるな。
「福田!」
「はっ!!」
会計作業をしていた福田だったが、先ほどまでに比べればお客の列が短くなり、若干の余裕が出来たようだ。
福田は別の隊員に作業を代わってもらって、私のそばへ来た。
「私が担当していた作業をお前に任せる。 出来るな?」
「もちろんであります!」
隊員の皆さん(あれできるんだ!?)
102 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:15:21.02 ID:z2pI01hi0
「すみません、安斎殿の代わりも誰かお願いします」
私はそう言うと、安斎殿の手を取った。
「行きましょう! パスタ麺を買いに!」
「えっ!? どっ、どうやって!?」カァァ
「私のバイクです。 サイドカーを外せば人の多いところでも走れます!」
二人で戦車整備工場へ向かって走り出した。
「私一人で行っても店の場所が分かりませんから、安斎殿に道案内をお願いしたいのです」
「安斎じゃなくてアンチョビだ! ……ふ、二人乗りしていくのか?」
「もちろん!」
ウラヌスの駐車場所に着くと、私は手早くサイドカーを切り離し、安斎殿の頭にヘルメットを被せた。
そして先にウラヌスにまたがり、後部座席に安斎殿を誘導した。
「しっかりつかまっていてください!」
二人が乗ったウラヌスは、青空のもと勢いよく走りだした。
103 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:16:40.43 ID:z2pI01hi0
流れる街並み、建物の隙間からのぞく駿河湾の海原、潮風、降り注ぐ秋の陽光。
そして背中に伝わる安斎殿の温もり。
いやあ、実に気持ちの良い日だ。
「はっはっはっ、隊長が二人して抜け出すなんて、なんだか逃避行みたいですね!」
「ばっ、ばかなことを言うな!!」カァァァ
安全運転を心掛けつつも、私は法定速度ギリギリで昇降リフトのあるエリアへとバイクを飛ばした。
「バイクの二人乗りは初めてですか!?」
「あ、ああ!」
「どうです!? なかなか気持ち良いでしょう!?」
インカムの使い方を教えていないので、私は大きめの声で後ろの安斎殿に語りかけた。
返答はなかったが、腹に回った安斎殿の腕がいっそうきつく締まったので、同意の反応だと思うことにした。
アンチョビ(はわわわわわ!! バイクに2人乗り、学校を抜け出して海を眺めるなんて……この間読んだ恋愛小説みたいじゃないか……!!)キュンキュン
104 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:18:15.63 ID:z2pI01hi0
バイクが昇降リフトに着いたが、安斎殿は後部座席から降りようとはせず、私にしがみ付いたままだった。
あまり無理な運転はしなかったはずなんだが、それでも怖がらせてしまったのかもしれない。
仕方がないので私もバイクから降りず、安斎殿に抱き着かれたまま、階下へ着くのを待った。
そして乗降ゲートのある階に着くと、私は安斎殿に一声かけて、先ほどよりもゆっくりした調子でバイクを発進させた。
105 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:21:02.34 ID:z2pI01hi0
アンツィオ高校の戦車道隊が行きつけとしている業務用食品店で、パスタ麺を箱買いした私達。
店の駐車場に停めたウラヌスの前にその箱(2箱)を置いて、私はポケットから括り紐を取り出す。
「な、なあ、この段ボール、後部座席に乗せるんだろ?
そうなると私は乗れないから、西さんは一足先に学園艦へ向かってくれないか。 私は自力で帰……」
「ん? ああ、大丈夫ですよ」
若干後部座席にはみ出る形で、段ボール箱をバイクの荷台に括りつけた。
「ちょっと座り難くはなっちゃいますが……こうすれば、安斎殿も乗れます。 では急いで帰りましょう」
「え? あ、これ……これだとさらに体が……」
顔を赤くさせていた安斎殿だったが、今は時間が惜しいので、急かすようにバイクに乗ってもらった。
「では、再度出発!」
アンチョビ(やっぱりぃぃぃ! 箱を積んだ分、スペースが狭くなって、二人の身体がさらに密着したぁぁぁぁぁ!!)
106 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:24:11.17 ID:z2pI01hi0
そうして、私達は清水港まで戻ってきた。
安斎殿は先程から「ふぇぇ」だの「ふわぁぁ」だのという可愛らしい声を上げるようになった。
もしかしたら、バイクの愉しさが分かってきてくれたのかもしれない。
学園艦の方を見れば、乗艦ゲート前にはまだまだ車の長い列が出来ている。
なので、私達は清水港内の駐輪場にバイクを停めた。 そして段ボール箱を地面に下ろす。
「ここからどうするんだ?」
「車両を使わなければすぐに乗艦できますからね。 ここからは歩きです」
「歩きって……まぁしょうがないか。 重いけどなんとか頑張って持って行くしかないな」
安斎殿が一つ息を吐いて腕をまくったところで、私は両脇に段ボール箱を抱えた。
「まぁこのくらいの重さなら、私でも持てますよ。 さあ行きましょう」ヒョイ
「えっ!? いやこれっ、結構重いけど……!?」
段ボールを両脇に抱えたまま学園艦に掛かるタラップに上がり、階段で艦上へと登っていく。
後ろから安斎殿の視線を感じるが、それは安斎殿の仕事を奪うようにして、私一人で段ボールを抱えてしまったからだろう。
しかし、安斎殿にはこの後、出店での仕事が残っているからな。 疲れが残るようなことはさせられない。
パスタ麺の在庫が枯渇する直前に出店へ戻ってこれた私達は、急いで元の配置に戻った。
そして、まだまだ途切れないお客の列を捌き始めたのだった。
アンチョビ(料理ができて仕事ができてバイクで颯爽と走って、おまけに力持ちで気遣い紳士とか……なんだよ! なんというかもう……なんだよ!)キュウウウウン
107 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:25:59.20 ID:z2pI01hi0
空に鳴り響く花火音。
午後4時になった。 学園艦祭、終了だ。
「「「「終わった〜〜〜!!!」」」」
パスタ班の面々は、互いにハイタッチしたり抱き合ったりして、喜びを全身で表現していた。
私もエプロンを外して、一息つく。
「ふう」
「お疲れ様でありました、西隊長殿!」
「ああ、福田もお疲れ様」
「勿体ないお言葉であります」
私が福田と慰労し合っていると、そこに安斎殿が明るい表情で現れた。
「私からも礼を言わせてくれ、西さん。 おかげでアンツィオ高校の戦車チームは救われた」
「いやいや、皆さんの結束の固さゆえの大戦果でしょう。私は隅の方で微力を出したに過ぎません」
「謙遜しないでくれ。 現在、売上を集計中だが……いままで学園艦祭に出店してきた我々の歴史の中で、おそらく1番になるよ。
それを微力で成し遂げたというなら、来年の知波単は間違いなく強豪校の一角に食い込むだろう」
「できれば本当にそうありたいものです。
そのためには明日もこのアンツィオ高校で、いろいろ勉強させていただきたいと思います」
「モチロンだ! ……にっ……西さんならっ、明日といわず明後日でも来週まででも来月まででもいいぞ!?」
「はっはっはっ、ありがとうございます。
しかしながら、私も予定がある身ですので、予定通り明日の夕方までしっかり学ばせていただこうと思います」
「そうかー……」シュン
108 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:29:19.14 ID:z2pI01hi0
「ドゥーチェ、お疲れ様でした」
「あ、ああ、カルパッチョ! そちらのジェラート屋はどうだった?」
「予想以上の売り上げでした。 どうもペパロニが訓練展示の中で
“ ウチラが全国で2回戦まで行けたのは全部アンチョビ姐さんのお陰っス! アンチョビ姐さんの絶品パスタとジェラートをぜひ食べていって欲しいッス!”
とか宣伝しちゃったみたいで、どうもその影響もあったみたいです」
「どうりでこちらも売り上げが良かったワケだ。 あいつは訓練展示を何だと思っているんだ……」
額に手を当てて溜息をつく安斎殿と、苦笑しているカルパッチョ殿。
そこに金銭管理担当の隊員が、安斎殿に声を掛けた。
「ドゥーチェ! すべての売上結果が出ました!」
「本当か!?」
安斎殿とカルパッチョ殿は、出店のバックヤードで電卓を叩いていた隊員の方へと歩いていった。
それ以外の隊員は、出店の撤収作業に取り掛かっている。
「どれどれ……ゼロがひいふうみい……これは!!」
売上結果を確認したらしい安斎殿。
驚きで二〜三歩後ずさり、そのまま後ろに倒れ込みそうになった。
私は「おおっと危ない」 と安斎殿を両手で受け止め、自分の胸元で安斎殿の頭を支えるように抱きとめた。
不意に至近距離で見つめ合う私と安斎殿。
瞳が揺れている。 数拍の間。
そしてがばっと抱き着かれた。
「やった……! やったぁぁぁ!! これでP40の修理に目途がついたぁぁぁぁぁ!!」
「はっはっはっ、おめでとうございます、安斎殿」
「アンチョビだぁぁぁ!! うわーん!! 」
安斎殿は、私の肩に縋りつくように、本気泣きし始めた。
それだけP40の修理に……いや、アンツィオ高校戦車道隊の隊長としての責務を果たすことに、並々ならぬ決意と心理的負担を感じていたのだろう。
見事、目的を果たしたその解放感に涙腺が決壊してしまった、ということかな。
私は安斎殿の頭をゆっくりと撫でながら、落ち着くまでそのまま肩を貸し続けた。
109 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:31:17.67 ID:z2pI01hi0
5分後。
「……ヒック……ヒック……」
「……落ち着きましたか、安斎殿?」
「うん…………………うん?」(我に返った)
「あらためて、おめでとうございます」
「ふぁっ……ふわぁぁぁぁぁぁぁ!! 私はなんて姿を……!」
「ああ、大丈夫ですよ。 皆さんは撤収作業のため、今この場には私しかいません」
「ふぬぁ!?」ボッ
真っ赤になる安斎殿。
110 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:31:43.74 ID:z2pI01hi0
「いや! あのその! これは違うんだ!! え? っていうか何で私抱かれてるの!?」
「安斎殿のあそこまで後輩達を思いやる姿に、この西絹代、感服いたしました!」
「え? いやっ、ありがとう? えっ?」
「大丈夫です。 隊員の皆さんはそんな安斎殿の崇高なお姿に敬意を表し、そっとしておいてくれました」
「あああああ!!! 気を使われたぁぁぁ!!!!!」
悶絶する安斎殿。
111 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:32:51.21 ID:z2pI01hi0
「もうドゥーチェの威厳も何もあったもんじゃない……」シクシク
「そんなことありません」
「ふぇっ?」
私は自分の指で安斎殿の涙を拭いながら、安心させるように笑顔で言った。
「貴女はアンツィオ高校で最高の指揮官です。
そして、私にとっても目指すべき最高の指揮官だと、心より思いました。
ぜひ(明日は)手ほどきをお願いします」
「はふぁ」バタリ
私の腕の中で安斎殿が気絶した。 実に良い笑顔だった。
なぜだろう?
112 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:35:34.05 ID:z2pI01hi0
翌日、アンツィオ高校の戦車道隊の訓練に参加させてもらった我々は、
高速機動戦術や“ まかろに作戦 ”の効果的な運用方法、“ なぽりたーん ”などの戦車操縦技術、
そして、練習後に隊員一丸となって行う炊事の愉しさを、身をもって学ばせていただいた。
それらの案内は安斎殿にやっていただけるものかと思っていたら、案内役はカルパッチョ殿が主に務めてくれた。
安斎殿も同行してはくれたのだが、始終ずっと頬を赤らめてフワフワした足取りで、こちらから話しかけると物凄いテンパった様子であわあわ言った。
あれか。 昨日ずいぶん無理をされたから、風邪でも召されたのかもしれない。
ときどき、ボーっとした表情で「手ほどき……夜の……手ほどき……」と呟いては「はわわわわ!」と頭を振っていた。
あの熱のうかされ具合は、たぶんそうだろう。
いくら隊長職をペパロニ殿に引き継ぎつつあるとはいえ、安斎殿はまだまだアンツィオ高校で頼れる隊長殿なのだ。
ぜひとも身体をご自愛いただきたいものだ。
113 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:37:32.09 ID:z2pI01hi0
夕方まで戦車道隊の訓練を見せていただいた我らは、アンツィオの隊員全員に見送られて、学園艦を後にした。
安斎殿が涙目で 「練習試合……本当の本当の本当に楽しみにしているからな! でっ…出来れば宿も借りちゃったりするんだからな!」と仰っていたのが嬉しかった。
サイドカーに座る福田に、インカム越しに話しかける。
「練習試合の申し込みはもちろん、両校で協力して飯を炊き、共に食事をして親睦を深めるという私の提案を、
“ だったらそれ、恒例行事にしよう ”と安斎殿は言ってくださった。
安斎殿の懐の広さと、隊員の皆さんの明るい人柄には感謝せねばなるまいな」
「それだけ西隊長殿に恩義を感じているのでありましょう」
「恩義を感じているのはこちらなんだがなぁ。 サンダース大付属に引き続き、アンツィオでも盛大に歓待していただいた。
別れ際の安斎殿の涙も、両校の発展を心から願う真の友情の証だろう。
アンツィオ高校……実に良い学校だったな」
私は後ろ髪をひかれる思いで、もう一度アンツィオ高校の学園艦をふり返った後、ウラヌスのアクセルを握り込んだ。
前を見据える。
「さあ、最後の訪問先は聖グロリアーナ女学院だ。 ダージリン殿は元気にしているかな?」
114 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/05(水) 22:38:34.04 ID:z2pI01hi0
※ 今回はここまで。また書き溜めてきます。
次回、聖グロリアーナ女学院 訪問編です。
あと1〜2回で終わりたいと考えています。
115 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/05(水) 22:49:22.23 ID:jpzX+YBKO
おつんこー
116 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/06(木) 01:19:02.57 ID:w5daDsRyo
乙!!
チョビ子のチーズ(意味深)…
黒森峰編あって欲しい。
117 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/06(木) 21:24:49.21 ID:tmx531ry0
おつおつ
ドゥーチェは乙女脳だからね、仕方ないね……
パッチョが陥ちなかったのはたかちゃん結界か
黒森峰編はイケメンが二人に増えて隊員勢惑乱ルートか、それとも姉住殿が珍しく乙女面見せて隊員勢混乱ルートか
118 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/06(木) 22:54:53.22 ID:P5hB8DzVO
しほさん陥落ルートだろうな
119 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/08(土) 20:29:45.76 ID:QG3iUQlJO
ここまで一気に読んだ
面白い!続きも期待だ
120 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:48:31.72 ID:m/QFnT1o0
※ 再会しますです。
121 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:49:30.02 ID:m/QFnT1o0
夕方、清水港を発った我々は、そのまま東進して箱根の山道を越え、小田原市に入った。
そして沿道のカマボコ屋で聖グロリアーナへのお土産を購入し、西湘バイパスに乗って湘南海岸をさらに東へ進んだ。
横須賀市へ着いた夜8時頃には、ポツポツと雨が降り出した。
「降ってきたでありますね」
「そうだな。 幸い今日の宿はもうすぐだ。 濡れてしまう前に辿り着こう」
横須賀市の中心街にほど近い、とある駅前のホテル。
外見は立派なホテルだが、ほぼビジネスホテル並みの宿泊プランがあったため、果たして今日の宿となった。
金が無いなら、このまま聖グロの学園艦に乗り込んで寝床を確保してもらおうとも思ったが、今から洋上にいる聖グロの学園艦に行こうと思ったら、到着は深夜になってしまう。
かといって、清水港の出発時間を早めることも出来なかったし、それに横須賀市には一度来てみたいと思っていたので、前もってこのホテルを予約していたのだ。
122 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:50:38.87 ID:m/QFnT1o0
神奈川県 横須賀市。
三浦半島の半分を占める政令指定都市だ。
かつては軍港として栄え、現在も海上自衛隊や米軍の第七艦隊の母港がある街として知られている。
また、一部の人間のあいだ……我々のような者にとっては、自衛隊の防衛大学校が置かれていることでも有名だ。
戦車道は軍事ではないが、その起源は約70年前の世界大戦にあるからして軍事とは切っても切れず、戦車道を嗜む女子高校生の中には、その後の進路として防衛大学校を選択する者も多い。
それゆえ横須賀市というのは、私にとっても、なんとなく目を引く土地であった。
特に知波単の学園艦は、東京湾の出入り口、浦賀水道からちょっと外れたあたりが投錨の定位置の一つになっている。
艦上から見た三浦半島、その対面にある房総半島は実に見慣れた光景であり、つまり三浦半島にある横須賀市の街並みも、海からの眺めであれば良く知っていた。
良く知ってはいるのだが、降り立ったことは無い。
だから、この機会に横須賀市を見てみようと思ったのだ。
ちょうど上手い具合に、横須賀市内にある久里浜港から聖グロの学園艦に向けてフェリーが出航している。
特段、市内に戦車道と所縁の深い物があるわけではないので、ゆっくり観光したりはしないが、明日、久里浜港へ向かう前に軍港部をさらっと歩いてみようと思う。
123 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:51:41.73 ID:m/QFnT1o0
翌朝。 雨は降っていなかったが、ぐずついた空模様だった。
朝食を済ませた私と福田は、ウラヌスをホテルの駐車場に置いたまま、横須賀駅の方へと歩いていた。
横須賀駅の裏手には海上自衛隊の横須賀地方総監部の施設群があり、そこから市内中心街方向へ臨海公園が整備されていた。
“ う゛ぇるにー公園 ”というらしい。 散策路としてはうってつけと、観光パンフレットにあった。
ほどなくして公園に入った我々は、停泊している灰色の艦船に気が付いた。 あれは……護衛艦だ。
良く見れば、潜水艦も停泊していた。 真っ黒だ。 潜水艦の上半分を海上から出して浮かんでいる。
あの海上に見えている部分のどこかに、戦車でいうところのキューポラがあるんだろうが、潜水艦なんか初めて見るので、それがどこにあるのか見分けは付かなかった。
「こうしてみると学園艦の方が圧倒的に大きいが、それでも学園艦とは違った威圧感を感じるな」
「護衛艦も潜水艦も、現役の兵器でありますからね。 我々の戦車もかつては兵器だったのでしょうが、今はただの試合道具でありますから」
「……ただの試合道具、か」
124 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:52:08.57 ID:m/QFnT1o0
どんよりとした空と海。
眼前には、灰色の護衛艦と黒一色の潜水艦が複数隻。 それらが鎮座するかのごとく停泊している。
「そういえば、あの日もこんな……雲が重く垂れ込めた日だったな」
不意に甦る思い出があった。
物言わぬその巨大な兵器達を眺めながら、心はその思い出に吸い込まれていった。
125 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:52:58.66 ID:m/QFnT1o0
聖グロリアーナの学園艦、というと、私にとっては真っ先に一人の女生徒が思い浮かぶ。
そうだ。 あれも今と同じ9月下旬で、今日と同じようにぐずついた空模様だった。
1年前、私は当時の知波単学園 戦車道隊の隊長だった辻先輩に連れられて、生まれて初めて聖グロの学園艦に足を運んだのだ。
訪問理由も今回と同じ。 練習試合の申し込みだった。
知波単と聖グロは、寄港地も学園艦の投錨位置もお隣さんと呼べるほどに近いため、昔から交流が盛んであった。
ゆえに戦車道隊の練習試合もそれなりに多く行われてきたのだが、全国大会の長い試合日程が終わって一息ついた今の時期は、両校とも試合を組まないのが常であった。
しかし、昨年はそれでもこの時期に練習試合を組もうとした。
理由は……そう。
昨年の全国大会、決勝戦にあった。
126 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:53:48.39 ID:m/QFnT1o0
当時の私は、福田と同じように1学年で車長を任され、全国大会にも出場していた。 無様な働きしか出来なかったことを今でも悔しく思っている。
戦車道隊としても試合に負けて1回戦敗退。 我々にとっての全国大会はそこで終わった……のだが、その後の決勝戦の内容はよく覚えいていた。
現代の戦車道は擦り傷や軽い脳震盪くらいならつきものであるのに、この試合では人命が危険に晒されたからだ。
黒森峰女学園が10連覇を逃した、昨年の全国大会決勝戦。
黒森峰女学園の敗因は、ある車両がトラブルに見舞われ、増水した河に落下したせいだった。
当時の黒森峰の副隊長であり、現 大洗女子学園の隊長である西住みほ殿の救助活動により、落下した乗員は全員無事だった。
しかし、だからといってすべてが水に流せるようなことにはならなかった。
127 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:54:28.72 ID:m/QFnT1o0
戦車道関係者にとって禍根を残すことになった点は3つ。
一つ目は、西住みほ殿の行動は車外行動であり、それが規則上認められているとはいえ、非常に危険な行動であったこと。
二つ目は、このトラブル時に黒森峰のフラッグ車が撃破されたが、本来ならばその前に審判によって、試合中断の指示が下される場面だったこと。
最後の三つ目は、いくら特殊カーボンがあってもこのようなトラブルには対処できないということ。
いずれも、似たような問題点は前々から取り沙汰されていた。
だから日本高校戦車道連盟は、選手の車外行動にあたって、さらに厳しい条件を盛り込むことにした。
戦車に浸水検知機能を付けて、落水トラブルが起きた瞬間に、審判団が即座に試合中断できるようにもした。
これらの対応策は、比較的直ぐに取られることになった……が、三つ目の禍根だけは技術的にどうにもならなかった。
「渡河を認めないルールを作る」という案も出たが、それだと強豪校に有利と言われる現ルールにおいて、さらにその偏重傾向が強くなってしまうし、
そもそもとして今回のケースは渡河中に起きた訳ではなく、不慮の事故で河に転落したので、このルール設置案は解決策とはならなかった。
そうこうしているうちに、世間からは
「兵器を用いた武道を武道と呼べるのか」
「安全性が完璧に確保できるまで試合をするべきじゃない」
という声が出てきて、全国的に試合自粛の流れが出来てしまった。
128 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:55:12.30 ID:m/QFnT1o0
これに異を唱えたのが、知波単学園の先代隊長だった辻先輩だ。
当時の辻先輩はこう言っていた。
「柔道や剣道にだって事故はある。 弓道の弓だって元は兵器だったはずだ」
「大事なのはルールでも道具でもなく、礼を欠かさない心だ。 勝利を求めつつも相手を思いやる心だ」
「礼に始まり礼に終わる戦車道は、そういう心を育てる道だ 」
そして、 こうとも。
「それなのに試合自粛の流れが止まらない。 これでは西住みほって娘の心が救われない」
「世間がどう思おうと、あの娘が行動したから一人の死者も出ず、今日も平穏無事に戦車道が続けられるんだということを、我々だけでも示さなければならない」
それで、練習試合を組むことになった。
その打診相手はお隣さんで、それなりに気心の知れた聖グロリアーナ女学院。
幸運だったのは、その聖グロリアーナ女学院の先代隊長、アールグレイ殿が、話の分かるお人であったということだ。
辻先輩の目的を理解し、練習試合は実施された。 多くの人の目に留まる形で。
このことについて、一部雑誌などで辛辣に叩かれたりしたが、聖グロのOG会と、微力ながら知波単のOG会が協力してくれたこともあって、世間では概ね好意的に取り扱われた。
そして、私達の練習試合が功を奏したのか、次第に日本のあちこちで自粛の空気は薄らいでいった。
129 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:56:03.56 ID:m/QFnT1o0
……話を戻そう。
そんなわけで、1年前のちょうど今頃、私は聖グロリアーナ女学院の学園艦に来たのだ。
その時の面子は、当時3学年だった辻先輩、あとは1学年だった玉田、細見、私の、計4人。
知波単の学園艦から、直接連絡船で聖グロの学園艦に乗り込んだ私達は、そのまま聖グロの校舎に向かった。
校門に着いたところで、ちょうど良くアールグレイ殿が現れて、
「あなた達が乗艦したことを情報科が連絡くれたから、こうして待ち構えていたのよ」と言った。
辻先輩はアールグレイ殿と友人だったらしく、親しげに挨拶を交わして私達のことを紹介してくれた。
アールグレイ殿は優雅な仕草でご自身の紹介をされた後、私達を戦車道の訓練場へ案内してくれた。
訓練場では、チャーチル歩兵戦車、マチルダU歩兵戦車らが、見事に息の合った隊列機動を繰り広げていた。
その鮮やかな戦車隊の動きに、私と玉田と細見の1学年3人組は、紅茶を薦められるのもそっちのけで見入ってしまった。
隊列指揮を執っていたのは、後ろで辻先輩と談笑しているアールグレイ殿ではなかった。
それは、当時2学年の一人の女生徒。
アールグレイ殿の横には無線機が置かれ、その無線機から女生徒の力のこもった声が流れていた。
「今はまだ野薔薇のように奔放な子なのだけれど、聖グロにとってその奔放さが必要になる日がくる。だからあの子に託したのよ」
アールグレイ殿は、紅茶の湯呑を無線機の前に置いて、そんなことを言った。
当時の私は「戦車道に奔放さが必要って、戦車道ははじめから奔放だろう?」と頭を傾げたもんだが、声には出さなかった。、
今になって思えば、あの女生徒の声がダージリン殿だったのだろう。
私はそれに気付かず、機敏で精緻な戦車隊列の動きに目が奪われるばかりだった。
130 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:56:59.69 ID:m/QFnT1o0
辻先輩とアールグレイ殿は、練習試合の内容を詰めるため、場所を紅茶の園に移すと言った。
本来ならばそう易々と部外者が入れる所ではないらしいが、辻先輩の崇高な目的を聞いていたアールグレイ殿は、敬意を表して我々一行を紅茶の園へ案内すると言ってくれた。
席を立つ辻先輩とアールグレイ殿。 続いて、知波単の1学年3人組。
しかし私は、目の前で繰り広げられている戦車の見事な動きをどうしても見ていたくて、後ほど合流させてほしいと願い出たのだ。
私はアールグレイ殿から紅茶の園の位置をお聞きして、一人でそこに残ることになった。
131 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:58:04.60 ID:m/QFnT1o0
30分後。
隊列機動の訓練は終了したようで、訓練場から戦車隊がはけていった。
「隊長となる者は、ああいう指揮力、統率力に優れた者でなければ務まらないのだろうな。 まぁ私には関係ないか。ははは」
そんなことを思いながら物見台を降り、私は紅茶の園へ向けて歩き出した。
そして、見事に迷った。
教えられたとおりに歩いてきたはずだったのだが、気が付いたら戦車整備工場の鉄扉の前にいた。
おかしい。 どこかで道を間違えたのだろうか?
道沿いを真っ直ぐススメと言われたから進んだし(← 道に関係なく直進した)
校舎に着いたらグランドを迂回して艦橋を目指せって言われたから目指したし(← グランドじゃなくて戦車道の訓練場を迂回した)
あとは看板があるからそれ見てススメと言われたから進んだのになあ(← 「この先、戦車整備工場」という看板)
132 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 20:59:07.96 ID:m/QFnT1o0
私が鉄扉の前で「あれぇ?」と首を傾げていると、鉄扉の向こうから話し声が聞こえてきた。
盗み聞きは良くない。 しかも私は部外者だ。
だから早々に鉄扉の前から立ち去ろうとした……のだが。
聞こえてくる話し声が急に大きくなった。 怒声のようだった。 しかも大人の声。
聖グロリアーナ女学院、それもその戦車道隊といえば、100人に聞いたら100人ともが「いついかなる時も優雅」と答えるほどに、気品に満ち溢れた存在である。
そこの戦車道隊にとって我が家とも言うべき戦車整備工場から、怒鳴り声が聞こえている。
まったくもって穏やかじゃない空気が、鉄扉の隙間から漏れ出ていた。
だから私は思わず覗いてしまった。
整備工場の中、作業台のすぐそばに一人の妙齢の女性と、聖グロのパンツァージャケットを着た女生徒。
その妙齢の女性が、女生徒に対して声を荒げているようだった。
133 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:00:10.12 ID:m/QFnT1o0
「……マチルダ会のOGとして認められないと言っています! クロムウェル巡航戦車を復帰させるなんて!」
「…………」
「さらにコメットの導入までしたい!? 馬鹿馬鹿しい!! 笑わせないでちょうだい!!」
「…………」ギリッ
妙齢の女性が、一方的に女生徒を責めている図式だった。
「由緒ある聖グロリアーナ女学院の戦車道には、マチルダUとそこそこのチャーチル、オマケ程度にクルセイダーがいれば充分です。
その構成こそ最も気品に満ち溢れた隊列が組めると、聖グロリアーナ女学院の戦史が証明しています!」
「………ですが」
「そこに異物を加えるのはまったくもって優雅ではないわ。 貴女がそんなでは、来年不安しかないわね」
妙齢の女性が吐き捨てた。
134 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:01:14.17 ID:m/QFnT1o0
しばらく言われるままの女生徒だったが、さすがに腹に据えかねたのか、静かに、しかし相手を睨み返すようにして言った。
「………マチルダU、チャーチル、クルセイダーが、聖グロリアーナの戦車道を高い次元で支えてきたことは、重々承知しています」
「そのとおりです。 だからその構成を変える必要はありません」
「しかし、その高い次元というのは全国大会 準決勝止まりのことです。
固定化した戦車構成では、採れる戦術も固定化しやすく、集中できる火力の上限も敵に見透かされてしまいます。
だから先輩方も、準決勝止まりなのではありませんか?」
「……!」グッ
「歴史も由緒も大事ですわ。 長い時間をかけて選抜されて、それでも残ってきた、ということですもの。
いろいろ試してきて、結果的に聖グロリアーナにとって最も効果的だった戦車が、マチルダU、チャーチル、クルセイダーの3種だったと」
「そっ、そうよ! そのとおりよ!!」
「だから戦車についてはそうなのでしょう………しかし、戦車に乗る隊員達は時代とともに変化しています。 当然、用いる戦術もですわ」
「……それがなに?」
「戦車の構成が固定化されていれば、採れる戦術幅は限られてしまいますわ」
「…………!!」ギリッ
妙齢の女性は、今にも奥歯から音が聞こえてきそうだった。
135 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:02:21.95 ID:m/QFnT1o0
「世界の戦史は今この瞬間にも更新されております。 そして作戦指揮を執る戦車道の隊員は、その最新の戦史まで取り込んで作戦に活かそうとする」
日進月歩の戦術を繰り広げてくる相手に対して、聖グロリアーナは今後、歴史と由緒だけで勝ち進んでいけるのでしょうか?」
「………………!!」プルプル
妙齢の女性は、ついに赤い顔して押し黙ってしまった。
女生徒の言葉が畳みかけるように続いた。
「私達は、戦車という“ 試合道具 ”を使って戦車道をしていますが、元は“ 兵器 ”です。 戦争の道具です。
現代の兵器は、そんな私達の試合道具の延長線上にあるのでしょう? 違いますか?」
鉄扉の隙間を覗きながら、私は女生徒の言葉を聞き入ってしまっていた。
考えたこともなかった。 自分がいつも乗っている戦車が、元は兵器だったなんて。
いや、知識としては当然知っていたが、ただただ楽しく戦車道訓練に明け暮れていたゆえに、実感が無かったのだ。
136 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:03:12.17 ID:m/QFnT1o0
「だからこそ、現代の戦史が私達の戦車道に活きる部分が出てくる。
……そうして生れ出た新しい戦術に、凝り固まった頭で対抗できるでしょうか?」
「こ、凝り固まった頭ですって……!?」プルプル
「こんな言葉をご存知ですか?
“ もしあなたが、過失を擁護する態度を取るだけならば、進歩の望みはないだろう” 」
「ウィンストン・チャーチル……なによ! 私を馬鹿にする気!?」
「……違いますわ。 私が言いたいのは、先に行われた高校戦車道の全国大会、その決勝戦です。
そこでフラッグ車を犠牲にしてまで隊員の命を救った方が、これからの戦車道に自由な風を吹かせるかもしれないということ」
137 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:04:51.43 ID:m/QFnT1o0
私は目を見開いた。
まさにその方の命を張った行動に感化されて、我々はここへ練習試合を申し込みにやって来たのだ。
「彼女の行動は、今までの黒森峰のドクトリンでは考えられないものでした。
彼女を形作った西住流としても、おそらく間違いだったのでしょう」
「なによ……何が言いたいの!?」
「しかし、彼女の取った行動は、礼を尽くし、相手を思いやる心の体現。 それは戦車道を貴ぶ乙女の在り方として、間違っていなかった」
「……それがなによ!?」プルプル
「彼女はきっと……今の停滞した戦車道に、見たことのない華麗な花を咲かせますわ。
そして、彼女の行動を間違いとさせないどこかの誰かが、あちらこちらに現れて、今の戦車道の常識とされているものを覆してしまうかもしれません」
「だから、それとクロムウェルと何の関係があるのかって……!」
「ただでさえ日々新しい戦術が生まれゆく中で、彼女が現れた。
戦車道の歴史が、大きく変わるかもしれない。
………聖グロリアーナが時代の転換点から取り残されてしまうわけにはいきませんの」
138 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:05:59.94 ID:m/QFnT1o0
なるほど。 そのための布石として新しい戦車を組み入れたいというのか、あの聖グロの女生徒は。
なんという先見性、なんという大局観だろう!
あの女生徒が誰だかは分からないが、私と同じ高校生とはとても思えない。 自分が矮小に思えてしまう。
……と同時に、彼女への憧れが沸騰する勢いであふれ出てきた。
「たかだか高校生の分際で偉そうに……!!」
「ご理解いただけないなら、もう一度ご説明しましょうか?」
「あなた、OGを……それもマチルダ会のOGを、敵に回すというのね……!」
「いえいえ、尊敬すべきお姉様方ですわ」
「このっ…馬鹿にするな!!」
妙齢の女性が手を振り上げた。 あれはいけない。
139 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:07:38.56 ID:m/QFnT1o0
「すいませーん!」
私は鉄扉を勢いよく押し開いた。 整備工場内に外の空気が流れ込んだ。
二人とも、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
数拍して「……誰かしら?」と女生徒が聞いてきたので、私は努めて明るい調子で二人に近づいた。
「いやー! 知波単学園の者なんですが、隊長やアールグレイ殿とはぐれてしまいまして! お恥ずかしい限りです、ははは!」
怪訝な顔をする女生徒。
だが、知波単学園が今日、練習試合を申し込みに来ることをアールグレイ殿から聞いていたのだろう。
女生徒は 「……そう、じゃあ隊長室まで案内するわ」 と言ってくれた。
そして女生徒が妙齢の女性に背を向けて3歩進んだところで、妙齢の女性が激高した。
「勝手に……話を終わらしているんじゃない!!」
140 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:08:34.49 ID:m/QFnT1o0
きっと“ ひすてりっく ”というのは、こういうことを言うのだろうなあ。
おそらくご本人も意識しての行動ではなかったのだろうが、作業台に置いていた紅茶の湯呑を勢いで投げつけてしまったようだった。
刹那、私は湯呑の軌道を読み、それが女生徒に直撃コースであることを理解すると、湯呑を掴み取……ろうとして、顔面で受けた。
その代わり、なるべく大きな声で痛がることにした。
「あいたーーーー!!」
床に湯呑が落ち、ガシャンと盛大に割れた。
投げつけた方も、標的にされた女生徒の方も、何が起こったのか分からない顔をしていた。
141 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:10:23.38 ID:m/QFnT1o0
ほら、腹が立った時って、それ以上に周りが喧々囂々(けんけんごうごう)していると、逆に冷静になれたりする。
だから私は、そんな喧々囂々な第3者として騒ぎを起こし、このいがみ合いの雰囲気を壊そうと考えたんだが、
「あ……鼻血」
紅茶の湯呑が当たった場所が悪かった。
額で受けようと思ったら、鼻の根本に当たってしまったようだ。 うーん、私も修行が足りん。
妙齢の女性は顔面蒼白になって 「ちがう……私は違う……! 本当に投げようとしたんじゃ……!」とオロオロするばかり。
うん、結果はどうあれ、この人が戦意喪失してくれれば、これ以上いがみ合いにはならんだろうから目的達成か。
じゃあもう一方の女生徒の方はどうしたかな、と逆側を振り向くと、私の至近距離で固まっていたその女生徒とバッチリ目が合った。
そして、か細い声で「血ぃぃぃ……」と鳴きながら、その場に倒れて込んでしまった。
え? たかだか鼻血でそんな反応?
戦車道履修者なら掠り傷くらいしょっちゅうだから、血ぐらい見慣れているだろうに……と思って手を顔にやったら、手の平が真っ赤になった。
鼻血だけではなくて、額からも血が流れているらしい。
なんだ、ちゃんと額で受けられたじゃないか。 あ、いや、ちがう、そういう場合じゃないな。
この女生徒は、額からも鼻からも血を流している私を見て、きっとこの人の凄惨許容値を超えたしまったのだろう。 で、気を失ったと。
さすがお嬢様学校だなぁ、と感心しながら、とりあえずは手ぬぐいを額に巻いて血止めとし、チリ紙を鼻に詰めた。
そして、いまだオロオロしっぱなしの妙齢の女性に「彼女を保健室へ連れて行きますね」と告げ、ついでに保健室の場所を聞いて、私は彼女を横抱えにして走り出した。
142 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:11:15.55 ID:m/QFnT1o0
幸運にも、保健室へは迷わずに着くことが出来た。
私はまだちょっと血が止まっていなかったが、すでに応急処置を施していたゆえに、抱きかかえた彼女を私の血で汚すことは避けられた。 よかった。
保健室の扉を叩き、自分の所属と訪問理由を告げるも、返答は返ってこない。
どうも保健室の先生殿は不在のようだった。
しかし鍵は開いていたので、彼女を横抱えにしたまま恐る恐る室内に入る。
そして、彼女をベッドに寝かせると、とりあえずは身体に異常が無いかを確かめた。
大丈夫。 気絶というか、今はただ寝ているだけのようだった。
私はベッドを離れ、自分の手当てを始めた。
といっても、医薬品棚は施錠されていたので、傷口を水で洗い、ついでに血で汚れた手ぬぐいも水でじゃかじゃか洗って、もう一回頭に巻きなおしただけだったが。
ちなみに鼻血はもう止まったので、鼻の孔からチリ紙は抜いてしまった。
143 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:11:46.85 ID:m/QFnT1o0
ダージリン(……ど……どうしましょう……実はここに運ばれる途中で目が覚めたのだけど……まさかお姫様抱っこされてるとは思わなかったから、ちょっと……そう、ほんのちょっとの興味が湧いて、そのまま身を任せてしまいましたわ…)
144 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:12:21.85 ID:m/QFnT1o0
自分の手当てが終わり、彼女が寝ているベッドの横に椅子を引いて、私はそこに座り込んだ。
彼女の顔を見やる。
ちょっとうなされたような彼女の表情。
私は彼女の額に掛かった髪を、なるべくやさしく払ってやった。
ダージリン(!!!)ドキドキドキ
145 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:13:21.83 ID:m/QFnT1o0
彼女の寝顔を見ながら、私は彼女が発した言葉を思い出した。
――――我々の乗っている戦車は“ 試合道具 ” だが、その延長線上には現代の“ 兵器 ”がある。
――――戦車は変わらなくても、乗員は変わる。 当然、用いる戦術も。
――――生れ出た新しい戦術に、凝り固まった頭で対抗できるのか。
いずれも、考えたことすらなかったことだった。
戦車道に用いる戦車は、ただの道具だと思っていた。 いや、思い込もうとしていた。
しかし、そこに詰め込まれた可能性は、無限軌道の勢いをもって今日に至り、国防を担う兵器へと昇華されている。
そして、それら兵器は日々効果的な運用方法が模索され……その中で磨かれた戦術思想は、場合によっては戦車道に活かすことも出来るのだ。
146 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:14:07.72 ID:m/QFnT1o0
月刊戦車道の技術特集ページで見たことがある。
光学技術の発展によって、ステルス迷彩の戦車が実用化しつつあると。
もちろんそんな戦車はレギュレーションに違反しているので、戦車道では使えない。
しかし、たとえば「周囲の風景に溶け込む戦車」ということだけなら、高校戦車道でも出来るだろう。
草木を戦車に括りつける、なんてありふれたものじゃなくて、例えば……
そう、戦車に市街地の絵を描いた看板を張り付けて、それを市街地内に配備して敵戦車を待ち構えるのだ。
あるいは遊園地のような試合会場だったら、戦車に着ぐるみを着せてしまうのはどうだろう。
それで、周囲の風景に溶け込んだ我々がいるとは知らず、やって来た敵戦車を……ズドン!だ。
欺瞞作戦は昔からある手法だが、そこまで馬鹿な方法を採る戦車道隊は、今までにいなかった。
しかし、果たして本当に馬鹿な方法だろうか?
確かに我が知波単でそんな作戦を提案した日には、「臆したか!!」と怒鳴られた上に、懲罰房に放り込まれるだろう。
でも、仮にそんな常識に捕らわれない戦車道隊が出てきたら?
もしそれで、弱小の戦車道隊が、強豪の戦車道隊を倒すことが出来たなら?
147 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:15:03.27 ID:m/QFnT1o0
ベッドに眠る彼女は、最後にこうも言っていた。
――――西住みほ殿は、この停滞した戦車道に、見たことのない華やかな花を咲かせるだろう。
私の不出来な頭では、ベッドで眠る彼女の先見性を理解するのにまったくもって役立たずであったが、この最後の言葉だけは、直感で腹にストンと落ちるものがあった。
それが何かは、頭で理解できないし言葉にできない。
それでも無理矢理言葉にするならば……戦車道の心を体現した西住みほ殿なら、いつか、常識を吹き飛ばすような戦車道を見せてくれそうだから、だ。
そしてそれは、きっと、万人が楽しめる、そういう戦車道になるに違いないと思った。
148 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:16:46.43 ID:m/QFnT1o0
私は思わず、ベッドに眠る彼女の右手を握っていた。
この方は……本当に凄い。
私がいま考えついたことの、遙か先、遙か深いところまでを見通しているのだと思う。
そうして組み上げた未来予測に基づいて、今から布石を用意し、すでに次代の聖グロの戦車道隊へと組み込もうとしている。
真に凄いと思うのは、そうした自分の行動を阻もうとする組織の体制すらも恐れない、突撃精神があることだ。
そして、西住みほ殿の行動を「戦車道を貴ぶ乙女の在り方として間違っていない」と断言した、その御心だ。
知波単魂の顕れとも言うべき、突撃精神。
辻先輩の目的とも合致する、西住みほ殿の心を救うための言動。
これでは、我々の同志ではないか。
さぞかし聖グロリアーナ女学院の中でも名のある方なのだろう。 お名前をうかがえないのが実に残念であった。
ダージリン(手っ……! にぎっ……!! ひゃぁぁぁぁぁぁ………!!)
149 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:18:04.24 ID:m/QFnT1o0
手を握ったまま、うなされた表情の彼女を見る。
とても同じ高校生とは思えない彼女だったが、ああして大人とやり合うことには恐怖を感じただろう。
そのあたりはやはり高校生なのだ。 大人から怒鳴られれば、そりゃ恐怖を感じるはずだ。
なのに、この方は自身の考えを曲げず、ブレることもなく、ああして一歩も引かなかった。
聖グロの戦車道隊を強くしようと、人一倍の想いを持っていらっしゃればこそ、だと思った。
その高貴な心、私も見習わなければならないし、この先もああして危機に晒されるようなことがあるなら……
「私は……貴女の心を守りたい」ボソッ
そう思った。
ダージリン(!!!!!!!!!!!!!!!!)キュウウウウウウウン
150 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:18:52.23 ID:m/QFnT1o0
考えに没頭していたからか、結構な時間が経っていた。
いけない。 辻先輩らが捜しているかもしれない。
私はベッドの彼女から手を離し、その場を離れようと立ち上がった。
そして背中を向けたところで、彼女が嗚咽を漏らし始めたことに気付いた。
「……ひっ……ひっくっ……ひうっ………」
「……ど、どうしました?」
彼女を起こしてしまった。 しかも泣いている。
どうやら最後に盛大なヘマをやらかしたようだ。
151 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:19:50.11 ID:m/QFnT1o0
「……ひっく……今まで……私が聖グロリアーナ女学院を引っ張っていかなくちゃって……ずっとそう思ってて……
周りの皆さんも……期待ばかりを寄せてきて……ひっく……」
「は、はあ」
「ずっと……ずっと、頑張らなくちゃ、って思ってきたから……ひっ……ひっく……
OGの方と言い争いになっても……退きませんでしたけど……やっぱり怖くて……ひうっ……」
「…………」
「……でも貴方は……私の心を守りたいって……ひぐぅぅぅ……うぇぇぇぇん……」
152 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:21:02.23 ID:m/QFnT1o0
なにやら思いの丈を吐露してくれた彼女。
目を覚まして喋れるようになってくれたのは良かったと思うのだが、
なにぶん嗚咽を堪えながらの会話だったので、えーっと……よくわからん……。
だから、よくわからないので、とりあえず頭を撫でた。
ダージリン(!!!!)トゥンク……
153 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:22:09.30 ID:m/QFnT1o0
「あー……なんといいましょうか」ナデナデ
「はい……」ポー
「この西絹代、貴女のように心から尊敬できる方のためならば、どこにでも馳せ参じて、貴女の矛として敵を打ち倒し、または盾として貴女を守りましょうぞ」
ダージリン(プっ……プププっ……プロポーズきましたわぁぁぁぁぁぁ!!???)
「じゃあ私はこれで」
「待ってらして!!!」
なんだか盛大に呼び止められた。
154 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:23:22.86 ID:m/QFnT1o0
そこからがちょっと大変だった。
辻先輩らが待っているから戻らなければならない、というのに、彼女は「待て」だの「なぜ帰るのだ」だのと私を呼び止め続けた。
いや、そりゃ帰りますよ。 だって知波単学園の生徒ですもの。
今頃、辻先輩は練習試合の詳細を詰め終えて、帰り支度をしているはずだ。 玉田も細見もだ。
その中で、私一人だけ隊列行動を乱すわけにはいかない。
なので、きっとこの先も聖グロとは練習試合を組むこともあるだろうと思って、こんなことを言った。
「ま、また聖グロの学園艦に来ますから」(← いつか練習試合を申し込みにいくつもりで)
「本当ですのね!? 」(← 私に会いにくるためだと思っている)
「もちろんです。 いわば我々はお隣さんですし、それに同志ならば、もはやそれは家族と同じこと」(← チームは家族、と言いたかった)
「家族ぐるみのお付き合い……」(← あ、もうこれ婚約だと思った)
155 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:25:04.34 ID:m/QFnT1o0
そんなこんなで、ようやく解放してもえたのだが、最後に“ すまほ ”の電話番号を書いた紙を握らされた。
「わっ……私のスマホの番号を教えて差し上げますわ、西さん。
次にこちらにいらっしゃるときは、必ず連絡してくださいな」
「はい。(ん? なんでだろう?)」
「きっと卒業後になるでしょうが……しっ……式の段取りとかっ……決めなきゃいけませんしっ」
「はい、了解しました。(指揮の段取り?……ああ、次の練習試合の日程か。卒業後ってことは、辻先輩が卒業した来年4月以降ってことか?)」
「いいですこと!? 必ず! 必ず連絡してくださいませね! ……わたくし待っていますからね」ゴニョゴニョ
「了解しました!」
156 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:27:36.20 ID:m/QFnT1o0
「………ってことがあってだな」
場所は、まだヴェルニー公園だった。
護衛艦と潜水艦は、重苦しい空と海に挟まれながら、何も変わらぬ表情でそこに鎮座していた。
「今になって思えば……練習試合後に一部雑誌から叩かれたとき、聖グロのOGとウチのOGがアレコレ支援してくれたっていう件だ。
ひょっとしたらあのマチルダ会のOGとやらが、現役の知波単隊員に手を挙げちゃったのが怖くなって、先んじてウチのOGと手を組んで支援行動に走ったのかもしれないな」
「うーん、西隊長殿が怪我されたと聞くと、結果良ければ……とは素直に頷けないのであります」
まあでも、額は表皮を浅く切っただけだったし、鼻血はすぐに止まったので、それで辻先輩の目的が達成できたと考えれば安いものだと思った。
「で、ベッドの彼女とはどうなったのでありますか?」
「ああ、練習試合を組む権限は隊長にあったし、当時の私は露ほども自分が隊長になるなんて思ってなかったからな。
とりあえずは当時の隊長だった辻先輩に、彼女の番号をお伝えして、それで任務完了! 私から連絡する必要はないな! と思ったのだ。
いやぁ、番号を受け取った時にちゃんと名前を聞いていれば、それがダージリン殿だったってことに後で気付けたんだろうがなぁ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ………であります……」
「だから今回、聖グロに練習試合を申し込むついでに、あの時教えてもらった番号に掛けたら、ダージリン殿が出ただろう?
心底ビックリしたよ。 あの時の彼女が、まさかダージリン殿だったなんてなぁ」
「私は西隊長殿にビックリでありますよ……」
157 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:28:47.12 ID:m/QFnT1o0
図らずも思い出話に花を咲かせてしまったら、結構な良い時間になってしまった。
うん、いまから久里浜港に向かえば、ちょうど約束した時間に、聖グロの学園艦へ着けるだろう。
我々はホテルへ戻ると、身支度を整え、ウラヌスを発進させた。
そして久里浜港で、聖グロリアーナ女学院行きの東京湾フェリーに乗ると、約束の時刻の5分前に聖グロ校舎の敷地内にある駐車場へ辿り着いた。
158 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:30:47.95 ID:m/QFnT1o0
およそ1年ぶりに見る聖グロの校舎。 いやぁ、懐かしい。
そしてちょうど良く、アッサム殿が現れた。
去年のアールグレイ殿といい、今年のアッサム殿といい、実に良いタイミングで落ち合えるものだな。 どこかで見張っていたのだろうか?
私は福田の背嚢から、小田原土産のカマボコを取り出すと、
「ご無沙汰しております、アッサム殿! この度は練習試合を受けてくださり、誠にありがとうございます!」
そう言って、福田ともども頭を下げて、アッサム殿に土産を手渡した。
「ありがとうございます。 ダージリンは紅茶の園で待っていますので、これからご案内いたしますわ」
そう言ってアッサム殿は、私と福田を連れて歩き出した。
これから紅茶の園までご案内いただけるという。 あの、昨年私が辿り着けなかった紅茶の園に。
ふと、途中の廊下で外をのぞいたら、いよいよ雨が降すところだった。
そんな重苦しい天気でも、私の心は高鳴っていた。
あの噂に伝え聞いていた紅茶の園に、これから入れるのだという高翌揚感。
そして、大学選抜戦以来となるダージリン殿との再会だ。
私は胸をドキドキさせながら、その秘密の園に足を踏み入れた…………のだが。
159 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:31:15.84 ID:m/QFnT1o0
そこには、ダージリン殿はいらっしゃらなかった。
その代わり、円卓の上には1枚の置手紙。
そして、その置手紙の前に
―――――――西住まほ殿がいらっしゃった。
160 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 21:33:26.56 ID:m/QFnT1o0
※ 今回はここまで。 また書き溜めてきます。
あと1回で終わりたい…!
あとオチが決まってないんだけどどうしようという、この行き当たりばったり感がたまらねえ(現在右手に発泡酒
161 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/08(土) 22:01:10.92 ID:mTp6PZZoo
乙
無論左手には干し芋を
162 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/08(土) 23:03:45.91 ID:ztrD2bavo
乙
横須賀は政令指定都市じゃなかったような?
163 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/08(土) 23:05:43.64 ID:BFNbu4acO
今回も面白かった乙乙
164 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/08(土) 23:20:40.23 ID:m/QFnT1o0
>162
うひゃあ、そのとおりでした。
政令指定都市 → 中核市 の間違えだ…
165 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/08(土) 23:37:18.05 ID:CQR3Z/V20
いい。
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