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【ガルパン】西絹代の無邪気な魅力 と 邪気な人々
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1 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:23:26.52 ID:Nq27nfbX0
※ 天然ジゴロな西隊長を、西隊長自身の目線で語るだけのSSです。
私も天然ジゴラーな西隊長を書きたかったんや……。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1498368206
2 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:24:06.46 ID:Nq27nfbX0
勢い良くパンと合わせた両手に、皆の視線が集まる。
「いたーだきーます!」
私の号令の後に続く、隊員達の元気な声。
「いたーだきーます!」
「やった! 今日はシャケであります!」
「おおい! 急須を取ってくれ!」
「早速、豚汁のおかわりに吶喊!」
隊員達による賑々しい空気が、食堂に満ちていく。
私はいつもと変わらないその喧騒に苦笑しながら、箸を手に取った。
銀シャリと豚汁、漬物、焼き鮭。
今日の夕飯のメニューだ。
3 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:24:42.08 ID:Nq27nfbX0
「ふむ、今日の漬物は野沢菜か」
まずは漬物を口の中に放り込む。
身体が塩分を欲していたので、この野沢菜は私の人生史上、最高に美味い気がした。
戦車道の授業で散々汗を流し、空腹をこらえながら風呂に入った後の、この夕食である。
美味く感じないワケがない。
野沢菜の程よい塩味と酸味が、私の空腹中枢をさらに刺激した。
急いで白米を掻っ込みたくなる……が、隊長である私が隊員達の前で無作法な姿を見せるわけにはいかない。
米は八十八回噛んで食べろとも言うしな。
私は静々と白米を口に運んだ後、豚汁を手に取った。
4 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:25:14.18 ID:Nq27nfbX0
夕食開始、5分後。
気が付いたら茶碗を手にもって、白米を掻っ込んでいた。
ううむ、今日もダメだったか。
豚汁に焼き鮭の組み合わせで、自制心を保てと言う方がおかしいのだ。
……なんて言い訳を毎回している気もするが、まあ早飯食いは我が知波単の伝統であるし、それに今日はこの後、私から皆へ連絡事項があるしな。
このまま飯を掻っ込んで、ちゃっちゃか満腹になってしまった方が良いか。
そう思って再度、豚汁の椀を手に取ろうと視線を前に向けたら、
真正面に座る玉田が私の方を見ていた。 赤い顔して。
「ん? どうした玉田?」
「ふぁ!? いっ、いえ! 西隊長の見事な食べっぷりに見とれておりました!」
「ああ、いやぁ、食い意地を張った姿を見せてしまったな。はは」
あらら、案の定みっともなかったか。
5 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:25:48.78 ID:Nq27nfbX0
私は羞恥心を誤魔化したくて、斜向かいに座る細見に視線を向けた。
細見も私の方を見ていた。 玉田と同じく赤い顔をしていた。
「んん? なんだ細見?」
「ふぇ!? いやっ、あのっ、そのっ! 」
「確かに隊長たる者が、ガッついて飯を喰らうのはよろしくなかったかな。ははは」
「いえいえ! そうではなくて! ……その……隊長の御髪が……」
「私の髪?」
うーん、風呂から出て髪を拭いたときに、糸くずでも付いたのかな?
それとも、寝間着代わりの浴衣を着た際に、髪に何か付いてしまったのだろうか?
いや、ゴミじゃないのかもしれない。
首元が蒸れるのが嫌だったので、髪を後ろで束ねたのがおかしかったか?
確かに、馬の尾のような髪型になってしまっているが、そんなにおかしいかなコレ?
うなじが涼しくて良いんだけどなぁ。
6 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:26:19.87 ID:Nq27nfbX0
玉田と細見が、私の髪に何か気になることがあるのは分かった。
しかし、場所が頭部であるだけに、自分では何がおかしいのか確認が出来ない。
なので、別の誰かに確認してもらおうと右隣に座る福田を見た。
福田も赤い顔で私を見ていた。熱にうなされたような顔をしている。
なんだろう? そんなに私の髪がおかしいのだろうか。
私は馬の尾のように垂れている自分の髪の束を巻き上げて、福田に近づいた。
「すまん福田、私の髪に何かおかしいところはあるだろうか?」
「ふぬぁぁ!? とぅあっ、隊長殿!? いけないであります!」
「え、いけないってなにが?」
いったい何だというのだろう?
そういえば以前から、この風呂上がりの夕飯時になると、隊員達の視線をチラチラ感じていた。
まあ私は隊長だし、夕食の号令も私が掛けるから、皆が気にするのは当たり前なんだが、
それにしても今日は特に皆の視線を感じる……気がする。
7 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:26:57.31 ID:Nq27nfbX0
そんなふうに私が訝しんでいると、何やら目線で語り合った玉田・細見・福田の三人が、意を決したような顔でうなずき合った。
そして福田が高らかに右手を挙げた。 左手には握り飯を持ったままだ。
「不肖、福田! 西隊長殿に具申いたします!」
「お、おう、福田、どうした?」
「我が知波単は女学園であります!」
「?? そ、そうだな? それで?」
「我々は殿方に対する免疫力が皆無であります!」
「うん、私もそうだけど……どうして急に殿方の話なんだ?」
「特に、益荒男のような凛々しさと、かつ、艶やかな色気も持っている御仁には、イチコロであります!」
「お、おう……うん?」
「今の西隊長殿は、あたかも五条大橋の欄干に立ち、月を背にする牛若丸のごとしであります!」
「う…うしわか…?」
「凛々し過ぎであります! 艶やかさがゴボゴボ漏れ出ているであります!!」
8 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:27:32.36 ID:Nq27nfbX0
髪の話をしていたはずなんだが、なぜか牛若丸が出てきた。
私が脳内を「???」で埋めていると、今度は玉田が手を挙げた。
「不肖、玉田! 私も隊長に具申いたします!」
「お、おう?」
「西隊長殿の八面六臂なご活躍ぶりは今更語るまでもなく、そのお姿は我々隊員にとって眩く輝く一条の光であります!」
「あ、ありがとう…?」
「それでっ、隊長の射干玉(ぬばたま)色の御髪が、そのような素敵な髪型に整えられると、憧れ指数が二次関数並に跳ね上がるのであります!」
「あこがれ、え? なに?」
「さらに、白く細いうなじが露わになっているせいで、凛々しさの中にで艶やかさが完璧な形で同居しているのであります!」
9 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:28:21.75 ID:Nq27nfbX0
「不肖、細見! 私だって西隊長殿に具申いたします!」
今度は細見が手を挙げた。
「加えて、西隊長殿は現在、風呂上がりの浴衣姿であります!」
私は自分の浴衣姿を見た。 もうすぐ10月になるとはいえ、風呂上がりには蒸し暑さを感じる夜だ。
寝間着代わりの浴衣でおかしい所など無いはずだが…。
「西隊長殿は、そんな胸元の防御力が低下している状態で石鹸の香りを振り撒くという、魅惑の金床作戦を無意識に展開しているのであります!」
「え? 胸元だらしない? そ、そうかな?」
確かに今着ている浴衣は寝間着代わりの物なので、薄手で、しかも胸元がちょっと開いている。
(※ 中にタンクトップ的な物は着ています)
「そっ、そんな状態でっ、飯を掻っ込む仕草なんてされた日にはっ、
うなじ−首筋−鎖骨−胸元に至る黄金路が顕現し、我々の視線を集めてしまうのは道理……いや、必定であります!」
「ちょっ、何を言っておるのだ?」
「いいえ! 西隊長にはご自覚がないのです! 我々だからいいものの、これが他の学園艦の女生徒らであったら、いらぬ面倒を引き起こすことになりますぞ!」
10 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:29:07.08 ID:Nq27nfbX0
いつの間にか、謂れのない罪で裁かれてる私。
なんで私が他校の女生徒をたぶらかすことになるのだ。
隣を見たら、福田が口を半開きにして私をガン見しているし、玉田は両手で目を覆っているが、指を少しだけ開いてこちらを覗いている。
ううむ、さすがにこれは無罪を主張せねばなるまい。
そう思ってまずは福田に反論しようと思ったら、福田の口元に何か付いているのに気付いた。 ご飯粒だ。
「もう。 私もだらしないと言えばだらしないが、お前だって口元がだらしないではないか」
そう言って、福田の口元に着いたご飯粒を取って、そのままパクリと食べた。
「ふぁっ!?」
真っ赤になる福田。 カチンコチンになった。
私はそんな福田の顎に左手でツイと持ち上げ、右手の親指で福田の下唇をなぞるように拭ってやった。
「まったく……まあ、これはこれで福田の可愛いところでもあるか」
その親指を、福田の目の前でペロッと舐めた。
「くふぁっ」バタン
福田がテーブルに突っ伏すようにして倒れ込んだ。
11 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:30:03.03 ID:Nq27nfbX0
それで慌てたのが玉田と細見だった。
「福田!?」
「衛生兵! 衛生兵はいるか!?」
慌てて立ち上がった二人。 その拍子に、細見の前にあった湯呑が倒れてしまった。
「あっちぃい!?」
細見の太ももに、熱い緑茶がこぼれてしまったようだ。
これはいかん。
私はすぐに細見のそばへと移ると、緑茶が引っかかった部分を検めた。
「ひゅあぁ!? にっ、西隊長殿!? 何を!?」
「ヤケドはないか細見!? すぐ冷やさなければ!」
緑茶が掛かった部分は、細見の足の付け根部分、太腿の内側に近い辺りだった。
私は患部に顔を近づけ、ヤケドの具合を確かめる。
「大丈夫か細見!」
「にゅぁぁぁ! たっ! 隊長殿! 大丈夫でありますからそんな近くでそんなとこを見な……あ、胸の谷間」コポリ
細見が鼻血を吹いて倒れた。 えぇぇ?
なんでヤケドで鼻血を吹くんだ? しかも凄い良い顔してるし。
なにはともあれ、まずは患部の冷却をしなければならん。
私は細見を横抱えすると、そのまま食堂を出て風呂場へと走った。
玉田(屈んだ体勢の西隊長殿を上から見下して、うなじから胸元への黄金路を直視しちゃったんだろうなぁ……)
12 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:30:53.05 ID:Nq27nfbX0
20分後。
食堂に戻ってくると、福田は復活したようで「西隊長殿……(ハート)」と呟きながら中空を見上げていた。
福田は何事もなかったか。 うむ、良かった。
その他の隊員達は、食事を終えて律儀に待っていたようだ。
そうだな。 まだ御馳走様の号令を掛けていないもんな。
私は一旦席に着き、夕食終了の号令を掛けた後、細見の処置内容と、細見はまだ目を覚まさないので保健室に寝かしてきたことを皆に伝えた。
まあ処置といっても、衣服を剥いで風呂場の冷水で患部を冷やしただけだし、ヤケドの具合も全然大したことなかったし、
あとはただの失神だから、まぁ心配するまでもないのだがな。
13 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:31:33.71 ID:Nq27nfbX0
「……それで諸君。 ここからは連絡事項、というか、皆と相談したいことがあるのだが」
私は、ようやく今日のメインイベントとも言える話題を引っ張りだした。
隊員達は緊張の面持ちで、私の声を聴く体勢に入った。
「先の大学選抜戦の後、私は皆にこう言ったと思う。“ これからは安易な突撃はしない ” と。
これは、知波単の伝統であり、知波単魂の顕れとも言える突撃戦法を否定するものではない」
皆の表情に少しの不安感と、それよりは多くの安堵感が見てとれた。
「しかしながら、苦境に立つたびに突撃のみで活路を切り開いてきた我らが、敗北の苦汁を舐め続けてきたことも事実。
その責任は、不出来者である私にあることは重々承知している」
「そんなことありません! 隊長!」
「西隊長殿以外に、知波単の隊長は務まりません!」
そんな声が隊員達から飛んできたが、私は慰めの言葉が欲しくてこんな話を振ったワケではない。
本題はここからだ。
14 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:32:41.31 ID:Nq27nfbX0
「でな、私も不出来なりに、ちゃんと隊長としての責務を果たしたいと思うのだ。
つまりは勝ちたい。 皆の努力が報われる、そんな勝利を得たいのだ」
「隊長!」「だいぢょう!」「お慕い申し上げております!」
「(なんか最後に変な声が混じった気がするな…)そこでだ!
私はあの大学選抜戦後から、突撃に限らず多彩な戦法を訓練に取り入れてきたことは、皆の知っての通りだ!
皆の不屈の精神ゆえか、その習熟の早さには私も驚いているぞ!」
「隊長!!」「だいぢょう゛!!」「今晩お部屋に行ってもいいですか!」
「(やっぱり最後に変な声が混じった気がするな…)そんな皆の練度を、そろそろ試合で確認したいと思う! 玉田! 福田!」
「「はっ!!」」
私が両名の名を呼ぶと、元気な返礼が返ってきた。
「私は来週月曜から1週間、学校を公休させてもらう。
訓練メニュー等は事前に書置きしていくが、私が留守の間は車長であるお前達に知波単を任せる。よろしくな」
「なんと隊長殿!?」
「我らを置いてどちらへ行かれるのでありますか!?」
「他の学園艦を回って、練習試合を組んでくるよ」
15 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:33:22.60 ID:Nq27nfbX0
「嫌であります、隊長!!」
「私もお伴いたします、隊長!!」
「はっはっ、大げさだなぁ。 練習試合を申し込みに行くだけだぞ?
それにな、私はお前達の自主性を伸ばしたいと思っている。 かの大洗女子学園のようにな。
私が居なくても滞りなく訓練が出来るところを見せてみよ!」
そう、エキシビジョン戦や大学選抜戦で見た大洗女子学園の強さ。
それは西住みほ隊長による見事な采配だけによるものではなかった。
各戦車が各々頭を振り絞り、バラバラなようで実に理に適った動きをしていた。
あれは隊長たる者の指揮力の高さと、各戦車搭乗員らの自主性が上手く合わさった結果だった。
16 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:34:45.56 ID:Nq27nfbX0
「ぐっ……了解であります…!」
福田が目に涙を溜めて、不承不承と頷いた。
玉田もやはり納得しかねるのか素直に頷いてはくれなかったが、それでも了承してくれた。 しかし。
「……ご命令とあらば了解しました。 しかし、一点だけお聞かせください」
「うん? なんだ玉田?」
「他の学園艦に赴く際、どのような格好で行かれるおつもりですか?」
「え? 格好? そうだなぁ……ウラヌス(愛車バイク)で移動するから、パンツルックにしようと思っているが」
実はエキシビジョン戦以後、西住みほ隊長が採る戦術に興味が出て、いろんな雑誌を見返したのだが、
それで偶然、西住隊長のご母堂、西住しほ殿が載ったページを拝見したのだ。
その凛としたお姿に私はいたく感銘し、まずは格好からでも真似てみようと、あの白ブラウス+パンツルック姿をいつか試そうと思っていた。
そんな話を玉田に伝えると 「了解しました。失礼いたしました」と返礼してくれた後、「こりゃ大変なことになるな……」と小さく呟いたような気がした。
なんだ、大変なことって?
ああそうか。 私一人では練習試合の申し込みに苦労すると思っているのかもしれない。
なあに、皆が苦労して成長している真っ最中だというのに、隊長である私が苦労を厭うと思っているのか?
大丈夫だぞ玉田。 お前達の隊長は、やる時はやるのだぞ。
私は玉田の頭を撫でながら、ニコッと笑いかけた。
「お前の苦労は私の苦労でもある。 大丈夫だぞ、玉田。
お前の抱える重みくらい、私が軽々と担いでやるさ。
ああそうだ、細見にも任せたぞって伝えておいてくれくれないか?」ナデナデ
「むふぁ」バタリ
玉田が倒れた。 ええぇぇ…?
17 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:35:58.66 ID:Nq27nfbX0
余談だが、この一連の騒動を後日、福田が細見に伝えたところ、「ぬふぁ」って言ってまた倒れたらしい。
「お姫様抱っこ……下着見られた……触られた……」と、うわ言のように繰り返していたらしい。
玉田は玉田で 「わたし……あの人と結婚しゅるぅ……」とか呟きながら悶絶しているらしい。
いったいどうしたというのだろう。 みんな疲れているんだろうか?
18 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/25(日) 14:36:47.16 ID:Nq27nfbX0
※ 今日はここまで。また書き溜めてきます。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/25(日) 17:03:51.56 ID:aqhLh0xpO
いい
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/25(日) 17:16:57.89 ID:hYHALmQzO
こんなことしてるから負けちゃうんじゃないか...w
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/25(日) 17:21:25.58 ID:c/dXQ9o9O
良い……俺も結婚しゅるぅ……
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/06/25(日) 20:28:30.22 ID:wqN2pBwu0
西隊長は一度謀反に遭わないと分かってくれない(ゲス顔)
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/25(日) 21:17:47.15 ID:yZepvkVHo
女子高特有の同性愛
24 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:47:15.83 ID:CiKeuUR60
出発日の朝は、胸がすくような快晴だった。
私は愛車ウラヌスの前に立ち、出発前の最後の確認を行った。
「財布よし、携帯よし、着替えその他よし、生徒手帳よし、燃料よし、格好はー…うん、いいだろう」
白ブラウスに黒色のパンツ姿。
それに防寒服代わりのパンツァージャケットを羽織っている。
「それと……福田、お前も準備は良いか?」
「大丈夫であります、西隊長殿!」
サイドカーには福田がちょこんと座っていた。
「本当に付いてくるのか? あんまり面白いことはないぞ?」
「いえ! 他の学園艦を見る絶好の機会でありますので、ぜひとも連れて行ってほしいのであります!」
「そんなに言うなら是非もないが……」
当初は私一人で旅立とうと考えていたが、福田が「どうしても一緒に行きたいのであります!」と言って聞かなかったのだ。
まあ私一人でなければいけない理由は無かったし、福田は次代の隊長候補として様々な経験を積んでほしいので、
この機会に他の学園艦を見て回るのは良いことかもしれない。
それに……
「お前と一緒なら、楽しい旅になるのは間違いないしな」ニコッ
「ふむぁっ!?」
隊内では元気印の代名詞と言われる福田。
その福田と二人旅ならば、道中賑やかになるだろう。
福田(不意打ち……西隊長殿はこれがあるから油断できないのであります)カァァァ
25 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:48:09.55 ID:CiKeuUR60
福田はややテンパった様子で、上気したように赤くなっていた。
「どうした? 出発前から緊張していたら疲れてしまうぞ? ははは」
「大丈夫であります! なんでもないのであります!」(耳まで真っ赤)
「そうか、じゃあ出発しよう」
私はフルフェイスのヘルメットを被り、ウラヌスに跨ってエンジンをかけた。
サイドカーに座る福田はなにやら決死の表情をしていたが、緊張しているのだろうと無視してアクセルを握る。
さあ突撃……じゃなかった、出発だ!
26 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:48:51.24 ID:CiKeuUR60
福田(……自分は先輩達から、密命を言付かったのであります)
福田(西隊長殿を一人で出歩かせたら、他校の女生徒を無意識に籠絡しまくって大惨事になる)
福田(だからお前も一緒に行って、火の粉を振り払ってこい、と)
福田(この場合、火の元が西隊長殿ご自身なのだから、やるせないのであります……)
27 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:49:23.12 ID:CiKeuUR60
知波単の学園艦は現在、東京湾の浦賀水道に入る手前で錨を下ろしている。
だから我々は連絡船に乗り換えて千葉港で降りた後、進路を東に向けた。
最初の目的地、(茨城県)鹿島港へ向かうためだ。
「なぜ鹿島港なのでありますか?」
「ちょうどサンダース大付属の学園艦が鹿島港に停泊しているんだ。 大洗と練習試合をしに来たらしくてな」
「それでは大洗港に向かうべきなのでは?」
「鹿島港に陸揚げされた穀類や飼料なんかの物資を、学園艦に搬入する必要があったらしい。
だから、学園艦は鹿島港に、ケイ殿らは戦車と伴に鹿島港から陸路で大洗へ向かうそうだ」
つまり、千葉港から実に近い距離でサンダース大付属の学園艦に行くことが出来る。 ありがたい話だ。
28 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:49:59.63 ID:CiKeuUR60
「最初の練習試合の申し込み相手は、サンダース大付属なのでありますね」
「そうだ。 で、その後に(静岡県)清水港に行く。 アンツィオ高校だな」
「せっかく大洗の手前まで行くのに、大洗女子学園にも練習試合を申し込まないのでありますか?」
「今回の練習試合の目的は、皆の練度を確かめるためだからな。
大洗に胸を借りるのは、自分達の実力をしっかり確かめた後にしたいのだ」
大洗女子学園が保有している戦車は、知波単とそこまで大きな戦力差はないので、練習試合の相手としてはうってつけだ。
しかし、そんな戦力なのに全国大会を勝ち上がり、先の大学選抜戦では各戦車とも見事な立ち回りを演じて見せた。
だから、まずは此度の練習試合で自分達の成長度合いを見極め、その上で大洗女子の胸を借りることによって、
新生知波単学園と全国大会優勝校との差がどれだけあるのかを見たい、という思惑があった。
29 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:50:35.95 ID:CiKeuUR60
「ということは、練習試合のお相手はサンダースとアンツィオの2校でありますか?」
「いいや、清水港からの帰り道で横浜港に寄って、聖グロの学園艦にも立ち寄るつもりだ。 だから3校だな」
対戦相手の選定要素は、戦力がなるべく拮抗していて、特徴的な戦車や選手がいること等であったが、なにより重要なのは学園艦までの距離だった。
洋上で相手の学園艦に接触できれば良かったのだが、学園艦の航行には莫大な燃料が必要となる。
節制を重んじる知波単学園の生徒として、たかだか練習試合の申し込みのために貴重な燃料を使わせることは出来ない。
ならば電話連絡で済まそうか、とも思ったが、私自身、他の学校の戦車道隊がどういう環境で訓練しているか見たかった。
だからこうして、陸路をバイクで走っている。
言い換えれば、バイクで行ける距離にある寄港地が、アンツィオ、聖グロ、それとたまたま近場に来てくれたサンダース大付属だった、ということだ。
30 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:51:22.70 ID:CiKeuUR60
練習試合の最後の対戦相手を、聖グロに務めてもらおうと思ったことにも理由がある。
千葉港から東京湾を挟むようにして位置している横浜港は、聖グロリアーナの寄港地であるが、
我々知波単の学園艦と同じく浅い水深に侵入できないので、常日頃は東京湾の入り口辺りに停泊している。
それゆえに、聖グロと知波単はいわゆるお隣さんというやつであり、あの気品漂うエゲレス婦女子の方々と、
我々肩で風切る知波単生徒は、昔から交流が多いのだ。
もちろん親しき仲にも礼儀ありだが、聖グロ相手ならば多少の無茶はきいてくれるだろう。
まずはサンダース、アンツィオ相手に実力を確かめ、最後の聖グロで実力以上が発揮できるかどうかを確かめる、という寸法だ。
31 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:52:00.33 ID:CiKeuUR60
それにもう一つ、私事で恐縮だが、聖グロを試合相手に選んだ理由があった。
「実は去年、私が1学年の時だな。 先代の辻隊長に連れられて聖グロの学園艦に行ったことあるんだ」
「そうなのでありますか」
「その時も練習試合の申し込みの為だったんだが、その時、私は辻隊長とはぐれてしまってな。
私だけ紅茶の園に辿り着けなかったんだ」
「はあ」
「だからこの機会に、あの有名な紅茶の園を見てみたくてな。
ダージリン殿に連絡したら見せてくれるって。 やったな福田!」
32 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:53:38.01 ID:CiKeuUR60
「ちなみに、なんで西隊長殿は先代隊長殿とはぐれてしまったのでありますか?」
「道中で知り合ったあちらの女学生が倒れてしまってな」
(それは西隊長殿が何かをやらかしたせいでは……)
「それで彼女を横抱えにして保健室に連れて行ったら、もうどこにも行くなと泣かれてしまって。ははは」
「…………」
「次に聖グロの学園艦へ来るときは必ず連絡すると約束させられて、ようやく解放してもらえたよ。ははは」
「……………………」
「あの時、式の日取りを決めるためとかなんとか言っていたけど、次の練習試合の日程のことだったのだろう。
だから私は、隊長同士の連絡で事足りると思って、その後ずっと私からは連絡しなかったんだ」
「………………………………」
「だけど今回は私が隊長だからな。 まずは聖グロの代表番号に電話して、
ダージリン殿に練習試合の内諾を得た後に、あの時教えてもらった携帯番号に連絡したんだよ」
(………まさか…………)
「そしたら、なんでか電話相手がダージリン殿だった」
(………ああ……………)
「ダージリン殿はあの時から次の聖グロの隊長は自分がなるのだと確信していたのだろう。
だから、自分の携帯番号も教えて事務連絡の利便性を図ろうと。 いやぁ、大した御仁だ」
(………すでに大惨事になっていたのであります……)
33 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:54:27.38 ID:CiKeuUR60
福田がなぜかどんよりした声で答えてきた。
「大学選抜戦の開始直前で、参加車両数の間違えをご指摘いただいたダージリン隊長殿が、
どうしてあんなに冷たかったのか、分かったであります……」
「ん? まあそうだよな。 私なんぞは事前の決意もなく隊長になったからな。
ダージリン殿のご指導、ご指摘が厳しくなるのは当然だろう」
(違うであります……)
サイドカーに座る福田と、インカム越しに会話していたら、バイクは利根川を越えて茨城県に入った。
あと少しで鹿島港だ。
サンダース大付属のケイ殿、ナオミ殿、アリサ殿らと会うのも大学選抜戦以来となる。
すでに電話連絡で練習試合の内諾と学園艦訪問の件は伝えてあるが、それでもやはり緊張する。
そして、それ以上に楽しみでもある。
だんだんと強くなっていく潮の香りに導かれながら、私はバイクを走らせた。
34 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/27(火) 14:54:56.80 ID:CiKeuUR60
※ 今日はここまで。 また書き溜めてきます。
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/27(火) 19:24:02.38 ID:8hg7gwf/O
乙
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/06/27(火) 20:47:41.31 ID:LmSXHU4+0
このモテっぷりはらぶらぶ作戦からギャグを抜いたレベルかな
37 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:10:06.96 ID:cP+2zguP0
サンダース大付属高校の駐車場にバイクを停めた後、来客受付カウンターで訪問目的を伝えた私達は、
ほどなくしてケイ殿と再会を果たした。
来客受付カウンターまで迎えに来てくれたケイ殿は、前回お会いした時と同じく、お天道様のような眩いオーラを放っていた。
「ハァイ! キヌヨ! サンダースへようこそ!」
「ご無沙汰しております、ケイ殿! 本日は我らの為に貴重なお時間を割いていただき、誠にありがとうございます!」
お土産の落花生最中をケイ殿に手渡しながら、私と福田は深々と頭を下げた。
「いいのいいの。 隊長職は実質アリサに引き継いじゃったから、私なんて暇なものよ?」
「おや、サンダース大付属の次の隊長は、アリサ殿なのですね」
「そう。 来月の引退試合までは、まだ私が隊長ってことになっているけどね」
戦車道を履修科目に入れている学校は、その多くが9〜10月に世代交代、隊長職の引継ぎが行われる。
全国大会後のエキシビジョン戦が8月。 それが3年生にとって最後の公式戦になるからだ。
厳密に言えばエキシビジョン戦は非公式戦だが、あれは全国大会の延長戦みたいなものだからな。
サンダース大付属は今年のエキシビジョン戦の出場校ではなかったが、他と同様のタイミングで世代交代が行われるのだろう。
38 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:13:02.55 ID:cP+2zguP0
「我々はまだまだ西隊長殿を中心にして、盤石の布陣を敷いていくのであります」
「知波単は…あーそうか、キヌヨはまだ2年生だったもんね。 じゃあ来年は手強くなるわね!」
「私がケイ殿のような統率力と指導力に優れた指揮官になれたら、の話ですが」
「ハハハ! 褒めたってなにも出ないわよ?」
「試合会場で見たサンダース大付属の隊員達は、実に楽しそうにしておられました。
選手も応援席の方々もです。 あれを見れば、その隊員らを率いてきたケイ殿が、人間としても好ましい方であるのは一目瞭然です」(真顔)
「ちょっ…もうキヌヨ! 褒め過ぎよ!」
ケイ殿が両手を前に突き出して、顔を横に背けた。
照れ隠しのおつもりだろうが、事実は事実なのだから仕方ない。
私はケイ殿が突き出した両手をそっと自分の両手で包み込んで、胸の前で抱くようにして言った。
39 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:18:42.47 ID:cP+2zguP0
「ひぁっ?」
「私は駆け出しの隊長として、ケイ殿が歩んでこられた努力の轍(わだち)を辿り、どうやってこの両手で勝利を掴んでこられたのか、純粋に学びたいと思っております」
私がサンダース大付属に練習試合を申し込むついでに、わざわざ学園艦まで来たのは、こんな理由もあったのだ。
「ケイ殿は実際スゴイのだぞ? 福田」
「私もこの機会にぜひ学ばせてほしいのであります」
「サンダース大付属はな、全国でも人員数・車両数ともに最大規模を誇っている。
それらを管理し、率いるということは、単純な組織運用の話に収まるものではないんだ」
「どういうことでありますか?」
「サンダース大付属には、情報科、整備科、機械科、工学科、戦車工学科といった様々なコースがあるが、
そこで学ぶ生徒達は、それぞれの得意分野で自校の戦車道を支えるべく、日夜励んでおられる。
ケイ殿はただでさえ500人以上もいる戦車道履修者を束ねる立場だというのに、こうした後方支援の方々とも上手く連携しなければならない」
「おおぉ……サンダース大付属の戦車道は、我々が知る以上に層が厚いのでありますね」
「そうだ。 そして、これらの後方支援部隊へは、車両整備や兵站補給を依頼するだけではない。
随時あらゆる情報を収集し、どうすればその情報が活きるのか注力しなければならない」
「なるほどであります」
「つまりは、情報収集能力と、集めた情報を加工して他者に分からせる能力があるということ。
そして、情報がどこに活きるのかを知り得るためには、専門性が高い学力も必要だ」
「ははぁ〜」
「それらの能力が統合された結果、ある種の未来予測を行えるようになる。 でないと、ここまで大規模な人、物の掌握など出来ん。
ケイ殿は、人を率いる者として必要な要素を、実に高いレベルでバランスよく備えているから、本当に尊敬できるのだ」
「良く分かったであります! それと西隊長殿!」
「なんだ?」
「そろそろ、ケイ隊長殿のお手を離してあげた方が良いと思うのであります!」
視線を前に戻したら、ケイ殿は顔を真っ赤にして俯いていた。
か細い声で「も……もう……許して……」と唱えている。
40 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:24:00.17 ID:cP+2zguP0
「もう! まったくキヌヨったら!」
「これは失礼いたしました」
まだ頬が赤いケイ殿の後を追うようにして、私と福田はサンダース大付属の学校敷地内を進んでいた。
「これじゃ、いっぱいサービスしてあげなくちゃダメじゃない……」ゴニョゴニョ
「は? なんでありましょうか?」
「そ、そんな男装の麗人みたいな格好しているのがいけないって言ったの! ほら、いくわよ!」カァァ
ケイ殿は赤い顔を隠すためか、ズンズンと先を急いだ。
努力することを誇らず、他人に褒められても謙遜するケイ殿。 やはり出来たお方だ。
福田(玉田先輩の言った通りであります……今日の西隊長殿は、衣装効果で天然ジゴロ力が跳ね上がっているであります……)
41 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:25:17.83 ID:cP+2zguP0
「はぁぁぁぁぁ〜〜〜」
「ほぉぉぉぉぉ〜〜〜」
私は思わず間抜けな声を出してしまった。
隣で福田も間抜けな声を出している。
「どう、キヌヨ? 私達の戦車のホームと、縁の下のヒーロー達よ」
「ちょっとケイ、それを言うならヒロイン達でしょ?」
「ま、確かにナリは男みたいだけどね」
「ちがいないわ、ふふふ」
ケイ殿の溌溂とした声に応えたのは、そのすぐそばでM4中戦車シャーマンを整備しているツナギ姿の女生徒達だ。
42 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:27:18.43 ID:cP+2zguP0
戦車道の訓練風景が見渡せる物見台や、戦車の防水確認用プール、果ては1000人規模のトイレなどを見て回り、
最後にケイ殿に案内された場所は、奥行きが霞んで見えるほどの巨大な戦車整備工場だった。
その圧倒的スケール感たるや、豊富な物量と裕福な予算に恵まれるサンダースならではである。
“ 学園艦住民、総火の玉 ”の気概を持つ知波単生徒が、間抜けな声を上げてしまうのも無理からぬことだ。
見たことのない機材や資材もたくさんあったが、きっと戦車の整備に関係するものなのだろう。
「これは凄い……知波単の戦車整備工場が掘っ立て小屋に思えてしまうな」
「同感であります……」
「へへ〜、ウチの戦車は整備性がピカ一だって言われているけど、ピカ一なのは戦車だけじゃないわ。
整備体制だってピカ一なのよ!」
ケイ殿は整備中のM4シャーマンの前で胸を張り、整備ルーチンワークの手順を説明してくれた。
ケイ殿のYシャツの内側に押し付けられた胸部が苦しそうである。
調子が出てきたケイ殿の説明は、M4シャーマンをシャーマン・ファイアフライに改造するため、
どこに手を加えて17ポンド対戦車砲を搭載したか、という内容に移っていた。
「ケ、ケイ殿、その辺は機密事項なのではありませんか?」
「いいわよ、キヌヨにだったら教えてあげるわ」
福田(西隊長殿の天然ジゴロ力も、たまには役に立つであります)
43 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:28:28.47 ID:cP+2zguP0
所々でケイ殿の説明を聞きつつ、巨大な戦車整備工場を奥に向かって歩いていく私達。
いつしか戦車工学科の実験棟に入ったようだった。
“ Authorized Personnel Only. Violators will be Prosecuted.”(※)
と赤字で書かれた扉をいくつか越えたようだが、私も福田も英語はからきしなので、今いる場所がどんな所なのか分からない。
まあ、ケイ殿自らご案内いただいているのだから、問題ないのだろう。
ケイ(……本当はここ、部外者侵入禁止なんだけど、キヌヨならまぁいっか)
※ “ 関係者以外立ち入り禁止、違反者は起訴します”
44 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:30:20.69 ID:cP+2zguP0
いくつかの研究室を案内していただいた後、我々は“ 装甲素材実験室 ” という一室にたどり着いた。
カードキーで施錠を解いたケイ殿に続いて、我々も入室する。
その部屋は、様々な機械設備に囲まれており、部屋の中央に一両のM4シャーマンが鎮座していた。
「この実験室はね、戦車道に使う戦車の装甲やシュルツェンの素材を研究しているのよ」
「サンダース大付属は素材開発まで行っているのですか!」
「開発自体は大学の研究室がやってるんだけどね。 私達は実用化のためのモルモットみたいなものよ」
「それでもスゴイであります!」
「スゴイっていっても、戦車道のレギュレーションを逸脱するほど硬い金属素材は、開発しても意味ないからさ。
基礎研究が目的って、大学サイドからは聞いているわ。
高校サイドの私達は、ただ用意された戦車に乗って、用意された実験手順をこなすだけ」
ケイ殿のお声を耳に入れながら、私は辺りをキョロキョロ見回していた。
ここに来るまでにも、私と福田はまるでお上りさんのように周りをキョロキョロしまくっていたが、
この「いかにも何か戦車で実験します!」という雰囲気は、私の知的好奇心をくすぐるのに充分だった。
45 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:33:00.65 ID:cP+2zguP0
だから、思わず目に入ってしまったのだ。
鈍色の工具類が雑然と並ぶ作業台の上に、銀色の輝きを放つジュラルミンケース。
ケース表面には“ J-PARCセンター ”の文字が刻まれていた。
「ケイ殿、これも何かの実験材料ですか?」
「ん? なんだろう? 大学の研究室で使ってるものだと思うけど……高校生の私には分からないわ」
「不肖、福田、J-PARCという単語をどこかで見たような気がするであります」
「私もあるな……エキシビジョン戦で大洗に立ち寄った際、近辺で見たような……」
「たぶん、東海村にある陽子加速器群と実験施設群のことね。 っていうかどうして東海村に?」
「試合会場の下見をした際、道に迷ってしまって。 はは、お恥ずかしい」
そうだ、思い出した。
エキシビジョン戦の前に行われた奉納試合(※ リボンの武者参照)で、何だか血がたぎってしまい、
突撃精神の赴くままに戦車を走らせたら、いつのまにか大洗町を越えて、さらにお隣のひたちなか市も越えて、
そのお隣の東海村へ入ってしまったのだった。
46 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:33:45.74 ID:cP+2zguP0
「して、そのJ−PARCとは?」
「原子力関係の実験施設なんだけど、素粒子や物理科学などの最先端研究もしているところよ。
ミューオンビームとかいうので物質の状態を詳しく調べることができるらしくて、サンダース大もたまにお世話になっているみたい」
「さすがケイ隊長殿、博識であります」
「うむ、私もそう思
最後まで言えなかった。
実験室のドアが急に開き、見知らぬ男が侵入してきたからだ。
47 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:35:08.51 ID:cP+2zguP0
男は作業服姿で、帽子を目深に被っていた。
一見、どこぞの業者のようだが、ただならぬ気配を発している。
私は相手を刺激しないよう、そっとケイ殿と福田の前に立った。
「ケイ殿、この方は?」
「え? いや、誰?」
ケイ殿の混乱ぶりを見ると、本気でこの殿方が誰だかご存知ない様子だ。
私は念のため福田に視線を送った。 声に出さない「了解であります」のうなずきが返ってくる。
「……どうもすみません。わたくし、J-PARCセンターの職員でして、そこのジュラルミンケースを預かりに参りました」
そう言って、男は歪な笑顔でこちらに近づいてきた。
ケイ殿を振り向くと 「そんな話は知らない」とばかりに顔を横に振っている。
この実験室は大学サイドが管理しているため、高校生のケイ殿では判断できないのだろう。
ふむ、どうしたものか。
48 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:36:14.83 ID:cP+2zguP0
仕方がないから、私が聞くことにした。
「ちょっとお待ちいただけますか、御仁」
男が立ち止まった。 私との彼我距離は3メートル。
「失礼ですが、この場所へは何しに参られたのですか?」
「……そこのジュラルミンケースに入れ忘れた試料があったので、一度、J-PARCセンターに持ち帰ろうかと」
「ということは、このケースの中身をご存知なのですね。 差し支えなければうかがっても?」
男の眉がピクリと動いた。
「……本当は部外秘なのですが、まあ隠すものでもないですからね。 ……戦車の履帯パーツです」
「ほう」
「高マンガン鋼に別の素材を加えて、靭性を高めた合金で作ったそうです。
それの物性を調べて欲しいと、ここの研究室から当センターに依頼があったのですよ」
男がじりじり近づいてくる。
彼我距離が2.5メートルに縮まった。
49 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:37:51.28 ID:cP+2zguP0
「ならば、もう一つお聞かせ下さい」
「……はい」
「この部屋は、カードキーが無ければ入れないほどの、部外者立ち入り禁止の場所。
それゆえ、部外者一人では立ち入ることなど出来ないはず。
我々はサンダース大付属の隊長殿と一緒だから、こうして入ることができましたが」
「……ええ」
私は顔を男の方に向けながら、ケイ殿に呼びかけた。
「ケイ殿、ここの実験室のカードキーを部外者に預けるようなことはありますか?」
「……ないわね」
「ならば、どうしてお一人で、しかもまるで扉が開いたのを見計らったかのように、あなたは現れたのです?」
男が放つ気配が、ますます尋常ではなくなっていく。
彼我距離が2メートルになった。
50 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:39:26.04 ID:cP+2zguP0
突然、携帯の着信音が鳴り響いた。 着信元はケイ殿だ。
私は眼前の男がこれ以上近づかないよう威圧の気を放ち、ケイ殿はその様子を見守りながらこわごわと携帯を取った。
「もしもし? アリサなの?」
「隊長! 報告です! 校舎内にスパイが侵入したと情報科から連絡あり!」
「またオッドボール三等軍曹?」
「違いますよ! 今度はシャレにならないやつです!」
「なによ、シャレにならないって」
「産業スパイですよ!!」
アリサ殿のお声は、通話口越しでも良く聞こえるのだな。
刹那のときではあったのだが、意識をアリサ殿のお声に取られてしまったのがいけなかった。
男の先手を許してしまった。
51 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:40:44.97 ID:cP+2zguP0
男の右手には何かが握られていた。
それが何なのかを確認する前に、自分の右手で相手の右腕を掴み取る。
そこでようやく、男が握っていたのはスタンガンだと気付いた。
まあスタンガンだろうが刃物だろうが変わりはない。 当たらなければいいだけだ。
私は左手で相手の右手首を逆側に決めながら、足を払いのけた。
男が綺麗に背中から床に落ちる。
「ごはっ!!」
52 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:43:03.81 ID:cP+2zguP0
ケイ殿は、信じられないような目つきで私と男を交互に見た後、携帯越しに大きな声を出した。
「ちょっとアリサ! そのスパイ、目の前にいるよ!」
「はぁ!?」
「警備部に連絡! 場所は戦車工学科の装甲素材実験室! 急いで!!」
「マジですか! ああもう、了解です!」
ふむ、なんだか分からないが、ここの学園艦に不審者が紛れ込んだということか。
ここの警備部にお縄になってくれるなら、私も面倒がなくて良いな。
そんな悠長なことを考えていたら、男が立ち上がった。
手にはナイフを握っている。
襲う相手は―――――ケイ殿か!
男がケイ殿に向かって、ゆらりと1歩近づいた。
53 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:47:19.71 ID:cP+2zguP0
「福田!!」
「はいであります!!」
いつの間にか作業台の横に移動していた福田が、40p超のロングスパナを投げて寄越した。
私はそれを逆手で受け取り、受け取った勢いそのままに男のナイフをスパナで叩き落とし、
そのまま脳天に叩き込もうと思ったところで死んでしまうと思い直し、一拍おいて、
その体勢から相手の鳩尾へ肘鉄をめり込ませた。
喉から搾り出るような聞き苦しい声が、男から発せられる。
まあ自発呼吸できなくなるからな、鳩尾打たれると。
「私も部外者だから、貴方がこれ以上の不届きを働かないのであれば、これで手打ちにするが」
後ろで私に庇われる形となったケイ殿は、私の白いシャツをギュッと握っていた。
顔が青い。 怖かったのだろうな。
私はケイ殿の震える手を包み込むように握り、顔を近づけて「もう大丈夫です」と笑いかけ、
男の方に向き直って告げた。
「婦女子、それもまだ歳若い少女に危害を加えようとした罪、許されるものではない。
憲兵の元でしっかり悔い改めよ」
54 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:50:00.35 ID:cP+2zguP0
男はうずくまったまま痙攣している。 これならば大丈夫だろう。
それでも念のため残身の構えを解かずに、私はジュラルミンケースを手に取った。
「……これは私の憶測なのだが」 と一言断った上で、言葉を続ける。
「J-PARCでは、なんとかビームとかいうので物質の物性を詳細に調べることができるらしい。
我が国の名立たる研究機関の施設だから、きっと最先端の解析装置で調べるのだろうな。
そこに、サンダース大の研究室が何らかの試料を送った。
このジュラルミンケースの中には、その結果と、試料サンプルが入っている」
男は動かない。
「貴方はこの中に合金製の履帯パーツが入っていると言ったが、
レギュレーション内に収まるスペックの合金を、わざわざそんな凄い研究機関に送ってまで解析するだろうか」
男は私に見えないように、ゆっくりゆっくり、右手を懐に忍ばせた。
「この実験室は工学を専攻しているようだが、それでも戦車道の関係施設だろう。
戦車に使われている素材で、そのような凄い解析装置にかけるものと言えば………」
55 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:51:08.91 ID:cP+2zguP0
―――― 特殊カーボンだ。
確証はないが、確信はある。
戦車道を嗜む乙女にとって特殊カーボンとは、日頃応援してくれる両親の次に頼りになる存在だ。
仮に、装甲薄の九五式軽戦車が超大口径のカール自走臼砲の直撃をもらったとしても、中の乗員の安全は確保される。
特殊カーボンがあるおかげだ。
おそらく、サンダース大は特殊カーボンを研究していて、何らかの成果が出たのではないだろうか。
だから物性を詳しく調べるために、J-PARCへ解析を依頼した、と。
なんせ特殊カーボンは汎用性が高いからな。
あらゆる産業に応用できると聞いたことがある………もちろん軍事にも。
サンダース大は日本の戦車道を隠れ蓑に特殊カーボンの改良研究をしていたのかもしれないな。
56 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:53:24.62 ID:cP+2zguP0
「さて、福田、ジュラルミンケースを持って私に付いてこい」
「はっ」
「ケイ殿、走れますか?」
「えっ? えっ?」
走れなさそう。
「うーん、腰が抜けているのかな? では仕方ない。 失礼します、ケイ殿」
「きゃっ!? えっ? なにっ?」
ケイ殿を横抱えにして、私達は実験室を飛び出した。
直後に階下から突き上げるような振動と、耳をつんざく爆発音。直後にスプリンクラーが作動した。
「きゃぁっ!!」
「やはり」
「やはりって何よ!?」
ケイ殿は私に抱きかかえられたまま、混乱の極みに達したような顔をしていた。
そんなお顔でも、ヒマワリのような華やかさがあるから素敵である。 スプリンクラーでびっしょりだったが。
「あの男ですよ。 スパイなら、捕まった時のことを考えて、あらかじめ退路を確保しておくでしょう。
産業スパイ程度で自爆するってことはないだろうから、たぶん別の部屋に爆弾でも仕掛けておくだろうなと。
ただそれも憶測ですからね。 念のため、こうして脱出を図っている次第です。
この感じだと、実験用のアセチレンボンベか何かを無線で爆破できるようにしていたのかな?」
「なんでそんな冷静なの!?」
「喋っていると舌を噛みますよ」
私はケイ殿を安心させるように笑いかけ、ケイ殿を抱える腕に力を入れ直した。
57 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:54:56.18 ID:cP+2zguP0
実験棟の屋上に来てしまった。
階下で爆発が起こったので、上へ上へと昇るしかなかったのだ。
潮の香りが鼻孔をくすぐった。 サンダース大の学園艦に広がる街並みと、大海原が見える。 良い眺めだ。
屋上の柵まで近づいて見下ろすと、プールのような施設が実験棟に差し迫る形で設置されていた。
プールに戦車用のスロープが付いている所を見ると、あれも戦車の実験施設の一部なのだろう。 防水気密の実験に使うのかもしれない。
あの男はどうなっただろうか。
まあ自殺願望でもない限りは爆発に巻き込まれてはいないだろうが、
警備部による包囲網は完成しているだろうから、脱出は難しいと予測する。
どちらにせよ、部外者である私には関係がない。
関係があるのは、ケイ殿と福田の身の安全だ。
「さて、ここからどうしましょう? 怖い方法と、怖くない方法で脱出しようと思うんですが」
「どうするって、救助が来てくれるまでココにいればいいじゃない」
「うーん、それだと不味そうなんですよね」
私は屋上の片隅に設置されている、実験用と思しきボンベ群を指差した。
通常、ああいったボンベは野外に設置するのだが、ここでは屋上に設置していたのか。
となると、階下の爆発はプロパンかな?
そんなことを考えながら、視線の先のボンベを観察していたら、バルブの部分に何かの装置がくっ付いていた。
「たぶんあれでボンベを爆破するんでしょうねぇ」
「ええぇっ!?」
「あの男が屋上に退路を取ることを想定しての仕掛けなんでしょうけど、どうも別の退路を取ったようですね。
ただ、爆発が段々上階へと迫ってきているみたいなので、あのボンベも近いウチに爆発するのかもしれません」
「えええええぇぇぇぇっ!!?」
私に抱かれたケイ殿が発したお声は、今日一番の大きさだった。
見渡す限りの青空に吸い込まれるような、良く通る声音だと思った。
58 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/29(木) 23:58:11.72 ID:cP+2zguP0
「なので、ここから脱出しようと思うのですが」
「へっ!? あっ、えっ!?」
「怖い方法と、怖くない方法がありまして、どちらがよろしいかなと」
ケイ殿が私の胸元で口をパクパクさせている。
「……そっ、その前に! いくつか聞かせて!」
「はい」
「なんで、あんな強いの!?」
「強い? ああ、あの男を抑え込んだ徒手空拳ですか」
「うんっ! うんっ!」
ケイ殿が首をブンブン縦に動かした。
「我が知波単の戦車道隊は、みな常日頃から戦車道の訓練に励んでいるわけですが、同時に各種武道も乙女の嗜みとして貴んでおります」
「……武道?」
「はい。 柔道、剣道を始め、弓道、銃剣道、日本拳法、あとは合気道ですかね」
そこで福田が口を挟んだ。
「知波単の隊長となられるお方は、それら武道でも優秀な実力を持ち合わせていなければならないのであります」
「優秀というかなんというか、ただ子供の頃から親にやらされていただけだよ」
「と言いつつも、西隊長殿の武道の実力は、知波単学園で右に出る者がいない程であります」
59 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:00:08.46 ID:CrgWt4E90
ケイ殿は目を見開いていた。 そんなにおかしかっただろうか。
「……じゃあっ、じゃあっ、そんなに冷静でいられるのは何で!?」
「うーん、冷静かぁ……自分では実感がありませんが、知波単学園における精神修養の賜物なのかもしれません」
「精神修養って……」
「地に足のついた、母性溢れる、たおやかな女性となるには、何事にも動じない心、いわゆる肝っ玉が必要です。
そのため知波単では、各履修科目の幹部生となると、ちょっとやそっとじゃ挫けない心を養うための修養課程が別メニューで組まれます」
「……た、例えばどんな?」
「戦車道履修者であれば、総重量25sの装備を担ぎ、鉄帽を被って25km行進します。
それで、到達地点にいる敵勢力を徒手空拳で倒します」
福田(空挺レンジャーかな?)
「25sの装備で25km歩くから、通称“ ニコニコ行進 ”なんて言われていますが、実際には25kmじゃないんですよね。
死ぬ思いで敵勢力を制圧して、ようやく終わりかと油断したところで“ 実はゴール地点はあと15km先 ”なんて言われるわけです」
福田(英国陸軍特殊部隊だったであります)
「ちなみに福田も来年受けることになるからな?」
「ひっ」
60 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:09:33.38 ID:CrgWt4E90
足元の振動がますます大きくなった。
爆発が近づいていることもそうだが、建物がもう持たないのかもしれない。
私はケイ殿の不安を払拭するように一度笑った後、ケイ殿の頭を胸元に抱きよせ、耳元で囁くようにして言った。
「そろそろ限界の様です。 脱出しましょう」
「ふぇっ!?」カァァ
「で、どうされますか?」
「最後に、もう一つだけ言わせて!!」
「はい」
ケイ殿は、福田が抱えているジュラルミンケースを見やり、
「その……私も知らなかったとはいえ、このケースの中身については誰にも言わないでほしいの……」
と伏目がちに言った。
「おや、私はこのジュラルミンケースの中身について、皆目見当ついておりません。 そうだな、福田?」
「ジュラルミンケースって何でありますか? 私は横文字が苦手であります」
ケイ殿は驚いた顔をすると、私の胸に顔を埋め直し、小さく「ありがと」と呟いた。
61 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:10:47.85 ID:CrgWt4E90
「で、どうされますか?」
「じゃあっ! こっ、怖くない方でお願いします!!」
「わかりました。 福田、いくぞ!」
「はっ!」
ケイ殿を抱きかかえた私は、福田を従えて、いったん屋上の柵から距離を取った。
柵の向こうの下には、防水気密の実験用と思われるプールがある。
「ときにケイ殿」
「ひゃいっ!!」
「先程、怖くない方法もあると言いましたが」
「はい……はい?」
「あれは嘘です」
私は、ケイ殿の視界が私の胸元だけしか映らないように強く抱きしめると、全力で屋上の柵に向かって走り出し、
そして、ハードル走よろしく柵を飛び越えた。
突然襲い掛かる浮翌遊感、のち、落下感。
「えっ……えっ……えええええええええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!???」
62 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:13:21.80 ID:CrgWt4E90
「ひゃぁ、なんとかなりました」
プールの縁にケイ殿を押し上げ、福田も無事付いてきたことを確認すると、私は空を仰いで笑顔になった。
3人とも怪我なく、無事に脱出できたからだ。 火照った身体にプールの水が心地良いせいもある。
「………………」
「あれ、どうかしましたか、ケイ殿?」
怪我が無いことは確認したし、意識もしっかりしているハズなんだが、ケイ殿は突っ伏したまま動かない。
うーん、やはりどこか怪我したのだろうか?
そう思って、ケイ殿の身体のあちこちを検めようと顔を近づけたら、急に抱き着かれた。
その勢いで、またプールに落っこちる二人。
「ゴボ、ゴボボボ!?」(ちょっ、ケイ殿!?)
突然の出来事に、私は思わず両眼をつぶって水面へ這い上がろうと腕を振り回した。
そしたら、ケイ殿に顔をガシッと掴まれ、直後に唇に何か軟らかい感触があった。 何だ? 目をつむっているからわからん。
63 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:14:24.83 ID:CrgWt4E90
「「ぷはぁっ」」
二人とも水面から頭を出した。
ケイ殿はまだ私の顔を両手で挟んでいた。 目が潤んでいるように見えるが、まあプールだしな。 気のせいかもしれない。
「ふっ……くっくっくっ……あっはっはっはっは!!」
そしてケイ殿は私に抱き着き、高らかに笑ったのだった。
「キヌヨ! あなた最高よ!」
「ははは、お褒めにあずかり光栄です」
「もう私! どうにかなっちゃいそう!」
「あれ、まだどこか具合が悪いのですか?」
「どうしてくれるのよ! もう貴女無しじゃいられないじゃない!」
64 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:17:42.00 ID:CrgWt4E90
ケイ殿は助かった安心感ゆえか私のことを褒めてくれたのだが、「私無しじゃダメだ」というのは、まだあの男を怖がっているということか。
なので私は、ケイ殿に「もう大丈夫ですよ。暴漢はもう襲ってきません」と語り掛け、
そっと肩抱いて、真っ直ぐ目を見つめてこう言った。
「たとえ襲ってきたとしても、また私が守ります」
「はひゅん」ボッ
ケイ殿が意識を失って水中に没した。
あれぇ? やはり具合が悪かったのか?
福田(あれだけアメリカチックな映画の主人公ばりの活躍をして、お姫様抱っこで大冒険活劇を演じられたら、惚れるなという方が無理であります……)
65 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/06/30(金) 00:19:36.31 ID:CrgWt4E90
その後、救助に来た学園艦警備部の方々と、アリサ殿、ナオミ殿といった戦車道の隊員の方々にケイ殿を預け、一連の経緯を話した。
ついでにジュラルミンケースも返した。
あの男は貨物コンテナが収容されるエリアに隠れていたところを捕縛されたらしい。
よかった。 これにて一見落着だ。
「……それにしても、どうしてウチの隊長はこんなに幸せそうな顔して寝ているワケ?」(←アリサ)
「慣れないトラブルから解放されたせいでしょう」
「……うへへへへ……キヌヨ……アイニージュー……」(←ケイ)
「……………」(←何かを察したナオミ)
ナオミ殿が福田に何かを訪ねていたが、それを受けた福田は「どうしようもないのであります……」と首を横に振っていた。
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