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【ガルパン】西絹代の無邪気な魅力 と 邪気な人々
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166 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/08(土) 23:41:00.39 ID:RJrJO7NV0
乙乙
辻隊長はキャラが定まってない上元ネタの悪評のせいで登場するとだいたい貧乏くじの傾向があるような気がする
今作はチョイ役ながら良い役どころをもらえてるな
167 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/14(金) 15:44:17.59 ID:OzOwpbkNo
乙。
>>166
後知波単と黒森峰の試合が、うん。「山の上に陣取る黒森峰の布陣に一本道の山道正面から突っ込んでシューティングゲームされた」
で大体カタついてさらに「戦車の質的に勝ち目はほぼ無かったけどもうちょいマシな戦法あったろ(意訳」って解説から酷評されてるから……ww
168 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 00:49:57.68 ID:NMg4Acl70
※ みんな、ありがとう。
たぶん明日…もう今日か、今日中には最後の投稿が出来ると思います。
待っててくれる人がいたら嬉しい。
169 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/17(月) 07:08:23.34 ID:gJv8dYuSO
待ってる!
170 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/07/17(月) 09:13:17.79 ID:fa+EEmsLo
なんか最後の戦いに向かう人の言い残した言葉みたいでかっこいいぞ、その宣言
171 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:36:48.65 ID:NMg4Acl70
※ お待たせしました。
最後の投稿を開始します。
かなり文量が多くなっちゃって、ほぼここまでと同じ量くらいあるので、気長に付き合っていただけたら嬉しいです。
172 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:38:34.12 ID:NMg4Acl70
「西住……まほ……殿?」
「ずいぶんと早かったな。 横浜港から連絡船で来ると聞いていたから、あと1時間はかかると思っていたんだが」
「あ、いや、久里浜港から来たから……って、ええ?」
西住殿……と呼ぶと、大洗の西住みほ殿と混同してしまいそうなので、馴れ馴れしいとは思うが、以後「まほ殿」と呼ぶことにする。
そのまほ殿が、なぜか紅茶の園にいらっしゃった。
え? なんで? あれ? まほ殿って聖グロの人だったっけ? 黒森峰? あれ?
まほ殿の醸し出す雰囲気が、この非現実的な紅茶の園の空間に妙にマッチしていて、まほ殿が紅茶の園の主人だと言われても不思議じゃないと思ってしまった。
173 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:40:57.17 ID:NMg4Acl70
「えーと、当初は横浜港からここへ来るつもりだったんですが、わざわざそこまで行かなくても、久里浜港から聖グロの学園艦へ行けることを道中で思い出しまして。
それで、福田の“ すまほ ”で簡単に宿の取り直しができたので、昨晩はそれで横須賀市内に泊まって、そしてここへ来ました」
ついでに、私が横須賀市に降り立ってみたかった、という理由もあった。
「そうか」
まほ殿は、簡単に返事をし……その後に言葉が続くのかと思ったら、続かなかった。
なんだろう。 まほ殿はさも当然のようにこの場所にいらっしゃるので、私が場違いな気がしてきた。
しょうがないので、素直に聞くことにする。
「ま……まほ殿は、なぜここに?」
「……ダージリンから聞いていないのか? 今日の打ち合わせに、私も来てほしいと言われたんだが」
「え?」
初耳だった。 ダージリン殿からは、今日はまほ殿も交えて話し合うなんて聞いていない。
どうして聖グロとウチの練習試合の打ち合わせに、まほ殿が入ってくるのだろう?
「えーっと……それはつまり、聖グロリアーナ女学院と知波単学院の練習試合に、黒森峰女学院も参戦する、ということですか?」
私は、ダージリン殿から練習試合の内諾を得るため、前もって電話していた。
その後にダージリン殿が、私に内緒でまほ殿に声をかけたということだろうか?
……と思ったら、そうではなかったらしい。
「ああ、すまん、説明不足だったな。 そうじゃないんだ。
私がダージリンを訪ねに来た理由は、タンカスロンの大会企画を相談するためだ」
「えーっと、タンカスロンって……あの野良試合の?」
「ああ」
174 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:42:28.16 ID:NMg4Acl70
タンカスロン(強襲戦車競技)。
簡単に言えば、戦車道の野良試合のことだ。
全国大会のような公式戦、もしくはエキシビジョン戦のような非公式戦は、戦車道連盟が直接的、あるいは間接的に関わっているが、
タンカスロンは戦車道連盟とは一切関わりが無いため、相当に自由度が高い試合が出来る、らしい。
「らしい」というのは、雑誌等々で知っているだけで、実際に見たことが無いからだ。
確か、唯一の規定は 「戦車道で使用できる戦車のうち、10トン以下の車輛を使うこと」のみだったはずだ。
それゆえ、ある程度の暗黙のルールは存在しつつも、それは建前上。
裏切り上等当たり前、気付いたら多対一の試合になっていた……なんてこともあるらしい。
車外行動にも一切の制限なく、戦車の乗員が家々に放火しまくって、集落を丸々火の海に包むような作戦もあれば、
いつだか掲載していた月刊戦車道のタンカスロン特集では、「弓矢を使って試合に勝った」とかあった気もする。
なんだ? どうやって弓矢で戦車を倒したんだろう?
175 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:44:50.95 ID:NMg4Acl70
「私達は今度、タンカスロンの大掛かりな大会をやろうと企画しているんだ。
ダージリン曰く“ 大鍋(カルドロン) ”という大会名にするそうだが、私はその大鍋の打ち合わせをするために聖グロへ来た」
「はぁ」
「ダージリンは、その打ち合わせに西さんも混じってもらおうって言っていたぞ」
またまた初耳だった。
なんだ? どうなっている? ダージリン殿に問わねばならないが、そのダージリン殿はどこにいるのだろう?
私が困惑していると、まほ殿は円卓に置かれていた手紙をつかんで、私に差し出した。
「そんなわけで聖グロの学園艦に来たんだが……当のダージリンは不在のようだ」
「えっ? でも、私も今日この時間に聖グロへ来ることを約束しておりました。 そんな複数人との約束を反故にするなど、ダージリン殿は……」
そう言って、差し出された手紙を受け取る。
手紙の内容を目で追うと、そこには、ダージリン殿がこれからしばらく不在になるということ、練習試合についてはオレンジペコ殿と打ち合わせて欲しいこと、大鍋についてはアッサム殿、まほ殿、私の3人で詰めて欲しいこと、などなどが書かれていた。
そして最後に 「迷惑をかけて ごめんなさい」 とも。
「これは……どういうことかな? アッサムさん」
まほ殿が、私の横で佇んでいたアッサム殿に、穏やかだけれどほんの少しの棘が含まれた声で聞いた。
176 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:45:48.78 ID:NMg4Acl70
「……騙すような真似をして、申し訳ありません」
アッサム殿は視線を落として、詫びるように言った。
「騙すような……ということは、何か理由があるのですか?」
私が訊ねると、アッサム殿は言おうかどうか迷うような顔をした後、静かに口を開いた。
「この紅茶の園ならば、ダージリンがいなくなった理由について、誰かに聞かれる心配は無いと思ったからです」
沈痛な面持ちのアッサム殿を見て、私はこれがただ事でないことを理解した。
でなければ、いつも冷静沈着なアッサム殿がこんな表情をするわけがない。
私が身構えるようにして言葉の続きを待っていると、アッサム殿は訳の分からないことを言った。
「ダージリンは、もう戦車道を辞めてしまうかもしれません」
「………………は?」
177 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:47:02.41 ID:NMg4Acl70
……なんだそれは。
……なんなんだそれは。
聖グロの戦車道を誰よりも愛し、誰よりも先を見通し、そして戦車道においては誰よりも清らかな御心を持ったダージリン殿。
そのダージリン殿が、どうして戦車道を辞めるというのだ?
「……もっ、もしや!? 何かお怪我をされたのですか!?」
「……いいえ」
否定するアッサム殿。 少しだけ胸を撫でおろす。
ではなんだというのだろう。
「ダージリンは、聖グロリアーナ女学院の戦車道のために……自分の人生を犠牲にしようとしています」
178 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:51:19.11 ID:NMg4Acl70
アッサム殿の説明を要約すると、こうだった。
聖グロリアーナ女学院の戦車道隊は、新隊長を含めた新しい体制を決めるにあたり、ちょっとだけ特殊な過程が存在する。
もうすぐ行われる引退式において、それまでの隊長が新隊長を任命する、というところまでは、多くの学校と同じ。
では、なにがちょっとだけ特殊なのかというと、その前に卒業生から承認を得なければならない、ということだ。
聖グロにはOG会が存在し、特にマチルダ会、チャーチル会、クルセイダー会の高級役員らによって構成された幹事会には、現役隊員の人事に口を出す力があるのだという。
だから現役の隊長職にある者は、引退式前にOGらによる幹事会へ顔を出し、新体制案の承認をもらわなければならない。
一方、幹事会の役員らも、いくら力があるとはいえ現役隊員の人事に卒業生が口を挟むのは野暮、聖グロ風に言えば 「優雅でない」 と分かっているので、まず反対することはないという。
情報科の一部署である“ じーあいしっくす ”によると、事実、今回もすでに根回しは済んでおり、幹事会で反対されることはないと見られている。
今回、それまで隊長職にある者というのはダージリン殿を指し、新隊長職に任命される者はオレンジペコ殿を指す。
聖グロの戦車道隊の新体制は、もうすぐオレンジペコ殿を筆頭として、何の問題もなく産声を上げるだろうと見込まれている。
179 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:52:33.03 ID:NMg4Acl70
問題なのは、ダージリン殿の方だった。
ダージリン殿は、聖グロの戦車道隊が採り得る戦術の幅を広げるべく、その策の一つとして、クロムウェル巡航戦車を隊列復帰させようとした。
それは、一部のOGらから反感を買い、幹事会でも良い顔をされなかったらしい。
それでもダージリン殿は、臆することなくOGらに立ち向かい、説き伏せ、クロムウェル巡航戦車の隊列復帰を認めさせた。
……そして、その上で敗けた。
今年の全国大会、準決勝戦。 相手は黒森峰女学園。
あの優勝常連校の黒森峰と、激戦の末、敗けてしまった。
このことについて、一部のOGはダージリン殿に責任を追及する姿勢を見せており、それが今度の幹事会で議題に上ることがわかった。
ダージリン殿も「全力で戦って敗けたのだから、その責は隊長である自分が全て負うべきだ」と、非を認めているらしい。
180 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:53:15.35 ID:NMg4Acl70
その責任の取らせ方が、問題だった。
幹事会がダージリン殿に要求するであろう、責任の取らせ方。
選択肢は二つあり、どちらかを選ばせるつもりらしい。
一つは、とある大学へ進学すること。
OGの一人に関係が深い大学らしく、そこの戦車道部へ入部しろと言う。
そして、もう一つ。
それは、ダージリン殿が戦車道を辞める、というものだった。
どちらも拒否すれば、OG会から聖グロの戦車道隊に寄せられている多額の寄付金が、減らされてしまうらしい。
181 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:54:23.81 ID:NMg4Acl70
寄付金を減らされたらどうなるか。
……いや、この場合、寄付金そのものの話じゃないだろう。
「戦車道の活動予算に困窮したらどうなるか」だ。
戦車道にはお金がかかる。
戦車の修繕費もそうだし、弾薬の補給代、燃料費、それに訓練場の維持費も高くつく。
特殊カーボンの整備費用は特に高額だ。
高額なのだが、乗員の身の安全を保障する物である以上、そこに手をかけない訳にはいかない。
特殊カーボンは、素材の段階から高価であるからして、今や世界中の研究機関が、もっと加工しやすく、もっと量産できるように研究しているほどだ。
あのサンダース大だって、きっとその内の一つなのだろう。
強豪校というのは、例外なくスポンサーが背後に付いている。
そして、潤沢な活動資金を提供してくれるから、良い戦車が導入できて火力は向上し、燃料や弾薬の消費を気にせずに済むから、満足な訓練が出来るようになる。
それは、勝利に繋がる。
勝利すれば、また寄付金が増える。
182 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:55:43.32 ID:NMg4Acl70
では、その逆は?
活動資金に困窮すれば、強い戦車の導入が望めないどころか、既存戦車の維持だって難しくなる。
燃料や弾薬をケチる必要があるので、満足に訓練することができず、結果、試合に勝てなくなる。
試合に勝てなくなれば、寄付金はさらに減る。
その負の連環は、すなわち、弱小校への仲間入りだ。
知波単学園も、アンツィオ高校ほどではないにしろ、金が無いからわかる。
金がないのは首がないのと同じことだ。 戦車道の場合は特に。
183 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:56:58.64 ID:NMg4Acl70
ダージリン殿は、戦車道が描く太い轍の中に自分の人生を置こうとしている、と、私は勝手に思っていた。
戦車道を「愛している」 とか、そういう概念的な、抽象的なものではない、と思う。
ダージリン殿の人生にとって、戦車道はおそらく「必要な何か」 なのだろう。
だから 「戦車道を辞める」 という選択肢は、本当に最後の最後まで追い詰められない限りは、選択しないはずだ。
となると、もう一つの選択肢である 「とある大学への進学」 という方を選ぶ……のか?
「その選択肢は、ダージリンをいずれ籠の中へ押し込むことになります」
アッサム殿は、そう答えた。
184 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 16:58:58.11 ID:NMg4Acl70
とある大学への進学。 そこの戦車道部への入部。
聖グロのOG会に名を連ねる者は、社会的に地位のある者が少なくない。
中には、大学の戦車道関係者や実業団リーグの関係者もおり、そんなOGにとっては、一人の高校生を息のかかった大学へ推薦入学させるなどワケない、らしい。
そんなロクでもないOGと関係を持ったらどうなるか。
ロクなことにならないのは目に見えている。
仮に、その大学を4年間を耐え忍んだとしても、OGに目を付けられた卒業生は、半ば強制的にある実業団へ送り込まれる。
その実業団の戦車道隊に入ってしまうと、ほぼ仕事と戦車道訓練だけが繰り返される日々を送ることになる。
人間関係的に、とても閉鎖された日々。
いつしか結婚適齢期を迎えるも、そんな生活の中では結婚相手が出来る可能性なんてほとんど無い。
そしていつしか、上司から「良いヒトがいるから」と、男性を紹介される。
そんなの断れば……とも思うが、断ってしまったら結婚のチャンスを失いかねない。 人生の伴侶を得る機会が、その先に巡ってくるとは思えない。
ただでさえ、仕事上でも隊内でも上下関係を強いられ、嫌なことが嫌とは言えない環境にある、らしいのだ。
なし崩し的に結婚へ至る女性が後を絶たない……という。
185 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:00:19.08 ID:NMg4Acl70
あくまで、可能性の話だ。
しかし「そういう人生を歩みかねない」という可能性だけで、夢見る女子高生を絶望させるには十分だろう。
嫌ならば。
その可能性に襲われたくないならば。
戦車道を、諦めなければならない。
戦車道の無い人生を、受け入れなければならない。
186 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:01:00.57 ID:NMg4Acl70
誰よりも戦車道に真摯なダージリン殿が、なぜ、そんな理不尽を被るのか?
私は、怒りで視界が真っ赤に染まりそうだった。
腹の腑あたりから湧き出た黒いモヤのような何かによって、理性が吹っ飛びそうだった。
今すぐその幹事会とやらに九七式中戦車で乗り込んでいって、一人残らず的にしてやろうと思った。
187 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:02:50.37 ID:NMg4Acl70
しかし、その前に我に戻ることが出来たのは、まほ殿の冷静な声が聞こえたからだった。
まほ殿の、やるせない表情。
クロムウェル巡航戦車を導入したダージリン殿を、知らなかったとはいえ打ち負かした罪悪感。
しかし、手を抜ける道理も無かったから、尚更やるせないのだろう、と思った。
「……タンカスロンの理由は、これだったのか?」
私は顔を上げた。
降ってきた雨が頬を濡らすが、神経の感度が底まで落ちた私には、冷たさを感じることが出来なかった。
まほ殿の声が、円卓の上に落ちる。
「ダージリンが、タンカスロンに介入しようとした理由だ」
「……どういう……こと……ですか?」
黒いモヤのような何かを一緒に吐き出しそうになるが、私はそれを無理やり喉元まで抑え込んだ。
まほ殿は、悪鬼のような顔をしているだろう私を見ても怯む様子なく、まっすぐに言ってくれた。
「強制された将来を選びたくはない。 だけど、戦車道は辞めたくない。 どちらの選択肢も選びたくはない。
……だから、自分で第3の選択肢を用意した、ということだ」
「それが……タンカスロン?」
「ああ。 私の想像の域を出ない話ではあるがな。
ダージリンは、表向きは戦車道を辞めたことにして、見えないところでタンカスロンに救いを求めるつもりなのかもしれない。
だから大鍋(カルドロン)を開いて、タンカスロンの認知度を上げ、その地位を押し上げて、そこに自分の居場所を確保しようと思ったのかもしれない」
188 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:04:07.93 ID:NMg4Acl70
雨足が強まってきた。
円卓の上には石組みの屋根が掛かっているが、その外にいる私と福田、そしてアッサム殿は、前髪から滴が垂れていた。
「お願いがあります」
アッサム殿の声。 悲痛な声だった。
「……ダージリンを、助けてください」
アッサム殿は頭を下げ、戻した後に、私と福田、そしてまほ殿の目を順に見た。
言葉が出ない我ら3人。
アッサム殿のそんな声音は、この優雅極まる紅茶の園にまったく似つかわしくなかった。
189 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:05:50.23 ID:NMg4Acl70
「こんなことを他校の皆さんにお願いするのは、全くもって筋違いだということを、重々承知しております。
私達が引き起こした問題なのだから、私達が解決するべきだということも」
「……お聞きしたいのであります。 聖グロリアーナのみなさんは、このことをご存知で?」
それまで無言を貫いていた福田が口を開いた。
アッサム殿が答える。
「聖グロリアーナで現在、この状況を知っているのは私だけです。
きっとペコ達に言えば、何を投げ売ってもダージリンを助けようとするでしょう。
それで寄付金を減らされようとも、自分達が苦労しようとも」
「……そうでありましょうね」
「しかし、その事態こそを、ダージリンは恐れています。
新体制がOG会と敵対してしまえば、寄付金減額の期間はおそらく延びてしまいます。
そうなれば、力を失った聖グロリアーナ女学院は、もはや弱小校の枷から抜け出ることが難しくなります」
「……………」
「私達はアンツィオ高校のように、自分達で戦車道の活動費を稼ぎ出すほど、たくましくありません。
それになにより、OG会から目を付けられるのが、ダージリン一人では済まなくなる可能性があります」
「……………」
何も言い返さずに、福田はただただアッサム殿を見ていた。
190 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:07:15.24 ID:NMg4Acl70
「私は……ダージリンの右腕として、この聖グロリアーナ女学院の戦車道を支えてきました。
だから、ダージリンが危機に陥っているならば、私だって助けたい……!!」
アッサム殿が慟哭した。
「けれど、同じように聖グロリアーナの戦車道が危機に陥るならば、私はそれも助けなければならない!
私にはもう、どうすればいいのか……!」
「……アッサム殿」
私はアッサム殿の両肩に手を添えて、視線をのぞき込むようにして言った。 笑顔で。 思い切りの笑顔で。
191 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:07:59.68 ID:NMg4Acl70
「我らと聖グロリアーナは、言わばお隣さんです。 ダージリン殿も、ダージリン殿が率いた隊員の皆さんも、我々にとっては同志のようなものです。
水臭いことを言わないでください」
そして私は、大きく息を吸い込んで、紅茶の園全体に響き渡る声量で返事をした。
「 かしこまりでございます!!!!」
192 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:09:32.93 ID:NMg4Acl70
当たり前だ!
我こそは、知の波を単身で渡る、知波単学園 戦車道隊の隊長だ!!
ここで義によって立たないで、何が隊長だ!! 何が戦車道だ!!
この西絹代、恩人を救えぬほどに不出来者になった覚えはない!!!!
「ダージリン殿は、今どちらにいらっしゃるのですか!?」
私はアッサム殿に訊ねた。
なにはともあれ、ご本人に会わねばなるまい。
会って、話を聞いてもらうのだ。
「ダージリンから口止めされているのですが……お教えします」
「お願いします」
193 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:10:29.48 ID:NMg4Acl70
そして、アッサム殿の口から出た言葉に、私はまた頭を悩ませることになった。
「ダージリンがいる場所……それは、防衛大学校です」
194 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:13:51.48 ID:NMg4Acl70
防衛大学校。
神奈川県 横須賀市の、東京湾を見渡せる高台に本部が置かれている、防衛省所管の施設である。
幹部自衛官を養成するための教育、訓練施設であり、諸外国では士官学校に相当する。
アッサム殿は言った。
「元々、大鍋(カルドロン)を支援してもらうために、蝶野亜美一尉を通じて、防衛大学校へ行く用事があったのです。
……ですが、ダージリンは防大を……そこへの進学を、第4の選択肢として考えているフシがあります」
195 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:15:38.86 ID:NMg4Acl70
……戦車道の試合を開催する場合、膨大な事前準備をこなす必要がある。
例えば、発砲禁止区域の設定や、戦車道保険の適用範囲の確認など。
試合場内に住宅があれば、そこに住む住民に移動してもらう必要があるし、物損が発生した場合の補償内容について、予め同意してもらわなければならない。
広い範囲の住民を丸々移動させることもあるので、火事場泥棒を防いだり、それこそ本当に火事が起こった場合を想定して、警察や消防への事前届け出が必要になる。
日本戦車道連盟が関係する試合の場合は、こうした事務的な手続きは同連盟がほぼやってくれるので、試合当事者らはずいぶん楽が出来るのである。
196 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:16:56.61 ID:NMg4Acl70
その戦車道連盟からの協力依頼を受ける、という形で、陸上自衛隊が担う作業がある。
富士学校 富士教導団 戦車教導隊に所属する蝶野亜美一尉殿が、全国大会で審判長を務めた、というのはその最たるものだろう。
他にも、陸上自衛隊は戦車道の試合の影に日向に、いろいろな部分で関わっている。
命に関わる事故が発生した場合の救助活動や、砲弾が試合場外へ飛んでいかないようにするための特殊カーボンネットの敷設、
そして “ 試合道具である戦車 ”が悪用されないための抑止力として、“ 本物の兵器である戦車 ”を試合場外に配備しておくのも、陸上自衛隊の仕事である。
陸自としては、これらの協力対応は市民マラソン大会で給水支援したり、自治体の祭りで車両展示するのと同じような取り扱いらしい。
市民生活を応援することで、自衛隊の広報活動を展開する。
あわよくば、一人でも多くの入隊希望者を確保するためだ。
197 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:18:24.20 ID:NMg4Acl70
一方、日本戦車道連盟が関与しないタンカスロンの場合はというと、試合を行うにあたり、やはり事前準備が必要になる。
タンカスロンの試合は要するに野良試合であり、「怪我人を出さない」 「物損補償する」 「トラブルの際は試合当事者が責任を負う」 という点さえ守られれば、あとはどこで試合をしようと勝手ではある。
……が、住民避難もしていない街中で、いきなりドンパチを始めるワケにはいかない。
そのために事前準備が必要になるのだが、日本戦車道連盟をアテにできないので、試合当事者らが何とかしなくてはならない。
これから行おうとしている大鍋(カルドロン)も、きっと参加校が分担して事前準備をこなすのだろう。
しかし、陸上自衛隊に協力依頼するべき事柄については、さすがに自分達ではどうしようもない。
そこでダージリンは、防衛大学校に目を付けたのだという。
具体的に言えば、防衛大学校の中にある校友会に、だ。
校友会とはいわゆるクラブ活動であって、要するに防衛大学校所属の戦車道部というものが存在する。
198 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:20:04.12 ID:NMg4Acl70
陸上自衛隊としては、公的機関の色合いが強い日本戦車道連盟からの協力要請ならば、それを受けるのは可能だ。
しかし、タンカスロンは有志の集いゆえに、協力要請されても受けることは出来ない。 公平性の確保のためだ。
「イベントの開催のため」という理由で民間人から協力要請を受けてしまったら、誰彼構わず協力要請されて、際限なく対応しなくてはいけなくなる。
だから、タンカスロンの試合を開催するにあたり、陸上自衛隊そのものには協力要請は出来ない。 ならばどうするか。
小規模な試合ならば、陸自がいなくてもトラブルは起き難いだろう。
しかし、大鍋(カルドロン)は、相当大規模な試合が組まれるという。
そして、そこに大勢集まるのは、戦車の扱いに長けた女子高生だ。
だから、防衛大学校の校友会、その戦車道部、だった。
校友会ならば 「クラブ活動の一環」という理由で協力対応できるだろうと、そう踏んだのである。
なんといっても、未来の入隊希望(予定)者がワンサカ集まるのだ。 陸自として入隊募集活動を仕掛けない手はない。
「陸自としては公式に協力はできないけれども、非公式には手伝いたい」
ダージリン殿はそう考えて、前々から蝶野一尉殿に仲介を頼んで、校友会へ赴く手筈を整えていたのだそうだ。
199 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:21:22.27 ID:NMg4Acl70
そうこうしてたら、聖グロのOG会から難癖を付けられた。
行きたくもない大学に進学するか、戦車道を辞めろという。 嫌なら聖グロ戦車道隊への寄付金を減らすぞ、とも。
どちらも飲めないダージリン殿は 「戦車道を辞めたことにしてタンカスロンに生きる」 という第3の選択肢を選ぶのか、とも思えたが、
アッサム殿が言うには、「防衛大学校に進学する」という第4の選択肢も視野に入れているのではないか、という。
200 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:22:47.65 ID:NMg4Acl70
中学、高校、大学に関係なく、日本戦車道連盟に加入する戦車道隊は、所属する母体から支給される活動予算とは別に、同連盟から「戦車道振興費」という予算が交付される。
“ 乙女の嗜みである戦車道をさらに普及させ、以て健全な婦女子の育成に資する ”という目的で交付されてはいるが、つまりは活動補助金のようなものだ。
知波単学園の戦車道隊も、このお金で砲弾を買ったりしている。
この「戦車道振興費」の財源は、実は防衛費である。
詳しく言えば、防衛省の広告宣伝予算の一部であり、陸上自衛隊が市民マラソンで給水支援したりしながら、その横で入隊希望者を募る活動をする予算と同じ扱いである。
そしてこの「戦車道振興費」は、とある条件を満たすと増やすことが出来るのだ。
201 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:23:59.96 ID:NMg4Acl70
「試合道具の延長線上に、現代の兵器がある」 とは、いつぞやダージリン殿が言った台詞であるが、それは道具でなく、人であってもそうなのかもしれない。
戦車道の履修者は、培った技能、叩き込まれた礼節、そうした多くのことを陸上自衛隊で活かすことが出来る。
だから戦車道履修者の進路に陸上自衛隊が選ばれることは珍しくないし、陸自側としても、各校の戦車道隊員を未来の入隊者候補として有力視している。
「戦車道振興費」は、そんな戦車道履修者を増やす目的で支給されており、戦車道が盛んになればなるほど、陸上自衛隊は入隊希望者を得やすくなる、というわけだ。
そうしたカラクリがあるので、見事、陸上自衛隊に人員を送り込んだ学校の戦車道隊には、戦車道振興費が上乗せされる……という大人の世界があることを、私は辻先輩から聞いたことがあった。
202 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:26:28.37 ID:NMg4Acl70
アッサム殿は言う。
日本戦車道連盟が世界大会の誘致に大きく前進したことを受け、これから実業団リーグの人気が増々高まることが予想される。
戦車道履修者、特に高校生達の進路がそちらに流れていくことを、陸上自衛隊は恐れている。
ただでさえ近年、自衛隊の入隊員数が減ってきているのに、さらに入隊希望者が減る危機感を持った防衛省は、戦車道振興費に割り振る予算を来年度から増やそうとしているという。
だから、ダージリンは防衛大学校に入るつもりなのかもしれない、と。
防大に入ることで、聖グロに支給される戦車道振興費を増やそうとしているのかもしれない、と。
そのために、蝶野さんに進路相談することも兼ねて、いま、防衛大学校へ行っているのかもしれない、と。
蝶野一尉殿は、富士学校 富士教導団の所属であるが、校友会の戦車道部の教官として、定期的に防衛大学校へと訪れているらしい。
203 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:33:22.28 ID:NMg4Acl70
ダージリン殿は、校友会の戦車道部に対しては、タンカスロンの大鍋(カルドロン)開催に向けての協力要請をするため、
そして、そこにいる蝶野亜美一尉に対しては、ひょっとしたら進学相談をするために、今、防衛大学校にいるという。
「我々も行きましょう、防衛大学校に!」
他校の問題ゆえ、私が顔を突っ込むのは間違いなのかもしれない。
具体的な解決策だって思いついてやしない。
けれど、私は昨年、ダージリン殿と約束したのだ。
「貴女の矛となり敵を打ち倒し、盾となって貴女を守りましょう」 と。
だから私は、ダージリン殿の未来を……ダージリン殿の心を救うのだ。
そう決心して踵を返そうとした私に、福田が声を掛けた。
「お待ちください、西隊長殿!」
「なんだ?」
「あ、いや……」
「福田、いまは時間が惜しいのだ。 可能ならば後にしてくれないか」
「……了解であります」
204 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:35:18.94 ID:NMg4Acl70
聖グロの学園艦から防衛大学校のすぐ近くの港まで、アッサム殿が小型高速艇を用意してくれるという。
私はアッサム殿の背中を追って、紅茶の園から退出しようとした。
そこで、まほ殿から声が掛かった。
「もともと大鍋(カルドロン)の打ち合わせのために来たんだ。 それに防大が関係するというなら、私も行こう」
そう言って、まほ殿も付いてきてくれた。
さらにその後ろに福田も続く。
福田はまだ何かを言いたそうだったが、今は一刻も早くダージリン殿にお会いしなければならないし、会うまでに具体的な解決策を考えなければならない。
申し訳ないが、福田の用件は後回しにさせてもらおう。
福田(……なんでありましょう、この違和感……? 何かおかしい気がするのであります……)
205 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:37:53.51 ID:NMg4Acl70
雨が降りしきる東京湾上を、聖グロ印の小型高速艇が進む。
波は高くない。 諸々の問題がなければ、きっと楽しい海上散歩になっただろう。
しかし今は、空の灰色と暗い海色に挟まれていて、それがまるで自分の心を映しているようで、憂鬱な気持ちがいっそう強くなった。
さすがに事前連絡もせず突撃したら、防衛大学校の正門にて追い返されるだろうということで、船上でまほ殿に電話を掛けてもらった。
相手は当然、蝶野一尉殿である。
予想どおり、蝶野一尉殿は防衛大学校にいて、校友会の戦車道部で指導中らしかった。
「そこにダージリンはいますか?」 と、直球で聞くまほ殿。
『私からは何とも言えないわね。 ま、来てみれば分かるわ』 と、答える蝶野一尉殿。
これでは、ほぼ「いる」と言っているようなものだ。
私は電話向こうの蝶野一尉殿に感謝しながら、波の向こう、高台の上にそびえ立つ建物を眺めた。
隣では、福田が“ すまほ ”を操作して、なにやら熱心に調べものをしていた。
波は高くないとはいっても結構な揺れだ。 そこで読書まがいのことをして船酔いしなければいいが……。
いや、今は他のことを考えている余裕は無い。
ダージリン殿に出会う前に、具体的な解決策を考えなければならないのだ。
私の思考は、この上下に揺れる高速艇のようにまとまっていなかったが、それでも努めて思考の海に没頭しようとした。
福田(…… ありました! 「戦車道振興費の増額について」の記事!! ………えぇ!? この額は……!?)
206 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:38:35.42 ID:NMg4Acl70
防衛大学校がある高台の麓、走水(はしりみず)の港に小型高速艇が接岸した。
港にはすでにタクシーが1台待ち構えていた。
タクシーの助手席にはアッサム殿、私と福田とまほ殿が後部座席に座って、走ること5分。
タクシーが、防衛大学校の正門に到着した。
そして、そのタイミングとほぼ重なるようにして、
「まほさん、ご無沙汰ね! それにアッサムさんと西さん、福田さんも、ようこそ防衛大学校へ!」
にこやかな顔をした蝶野一尉殿が現れた。
207 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:39:28.44 ID:NMg4Acl70
蝶野一尉殿は、先の大学選抜戦で圧倒的不利な大洗女子学園に増援が認められるよう、審判長として粋なお取り計らいをしてくれた。
ああして増援が認められたから我々も参戦することが出来たし、そこで多くを学ぶことが出来た。
だから間接的ではあるが、蝶野一尉殿は我々知波単学園の恩人でもある、と思っている。
「大学選抜戦の際には、大変お世話になりました!」
私は深々と頭を下げた。 隣で同じように福田も頭を下げている。
「やあねえ、お世話なんかした覚えないわよ? 西隊長さん?」
蝶野一尉殿はヘラッっと笑った後、くるっと背中を向けて校門の中に入っていった。
「まあとにかく、せっかく来てくれたんですもの。 まずは防大の中を案内するわ。 付いていらっしゃい」
楽しげに私達を手招きして、ずんずん先へ進んで行ってしまった。
208 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:40:14.11 ID:NMg4Acl70
だから、私は思わず聞いてしまった。
まるで緊迫感が感じられない蝶野一尉殿の雰囲気に、ダージリン殿が本当にここにいるのか不安になったのだ。
「ダっ、ダージリン殿は、どちらにいらっしゃるのですか!?」
止まらない蝶野一尉殿の背中。 私はもう一度呼び掛ける。
「あ、あの……!」
「……そのうち向こうから姿を現すわ。 だから今は、社会見学だと思って楽しんでちょうだい」
含みのある笑顔で、一蹴されてしまった。
福田(……………………。)
209 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:41:16.03 ID:NMg4Acl70
ダージリン殿に会えないというわけではないらしい。 そのうち、向こうから姿を現すとも。
……ならば、今は焦ってもしょうがないということか。
確かに、蝶野一尉殿の仰るとおり、周りには好奇心を刺激する物がたくさんあった。
防衛大学校の中なんて、そうそう簡単には入れる場所ではない。
昨晩、我々が横須賀市内に宿を取ったのだって、軍港の雰囲気を味わいたかったからではあるが、出来ることなら防衛大学校の中にだって入ってみたかったのだ。
それがおいそれと入れないから、軍港部にある公園をちょっと歩いただけで、あとは観光もせずに聖グロの学園艦へ向かったのだ。
降って湧いた、せっかくのこの機会。
内心でダージリン殿に申し訳ないと謝りながら、私は抑え込んでいた好奇心を少しだけ解放させて、防衛大学校内を見学することにした。
210 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:42:26.89 ID:NMg4Acl70
我々とすれ違う、防大の女学生と思しき一行。
降りしきる雨をものともせず、きっちりと隊列を組んで、規則正しく目的地に向かって歩いていた。
「そうか、ここでは日常生活の移動ですら、隊列を組んで行進する必要があるのだな……」
集団行動に求められる水準が、我々とは比べ物にならないほど高いことを知る。
その水準に到達するまで、どれほど指導を受けたのだろう。
その水準に到達するまで、どれほど努力をしたのだろう。
その水準に到達したら、どんな世界が見えるのだろう。
戦慄と畏怖と尊敬の感情が、ごちゃ混ぜになって湧き起こった。
どの学生のお顔にも、清冽で真の通った力強い眼差しが見てとれた。
どこかで聞いた 「精強無比」 という単語が、脳内に思い浮かぶ。
211 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:44:03.37 ID:NMg4Acl70
「防衛大学校に入校した学生は、国家公務員に準じた扱いになるのね。 だから彼女らにとって、授業を受けることは業務扱いになるの。
そして、業務をこなせば当然、給料が支給されるわ」
「学費を払うのではなく、お給料がもらえるのですか!?」
「そうよ。 彼ら、彼女らは、国民の税金で給料を貰って、それで“ 防衛大学校生という仕事 ”をしているのよ。
努力してもらうのは当然で、その結果として、なにがなんでも高い水準に達してもらう必要があるわ」
それが、この学校全体から醸し出される、張り詰めた空気感の理由、なのか。
「厳しい世界だな……」 と、率直に思った。
そして、そんな厳しい世界に自ら望んで飛び込んでいく者がいるのだ。
私は……どうなのだろう?
私は将来……どうするのだろう?
深く深く、胸の奥底に沈み込もうとする私を心を遮るように、蝶野一尉殿の声が掛かった。
「じゃあ、まずはここから見ていきましょうか!」
そう言って蝶野一尉殿に案内されたのは 「防衛大学校資料館」 という建物だった。
212 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:45:41.31 ID:NMg4Acl70
「ここはまぁ要するに、防衛大学校がどんなところかをバーっと紹介しているところね!」
真新しい感じがするエントランスで、蝶野一尉殿が大雑把に説明して下さった。
「あなた達には2階から見てもらった方が面白いかもね」 と言って、そのまま正面の階段を昇っていく。
私達も後に続くが、その前にチラッとだけエントランス横のスペースをのぞくと、綺麗な作りのコーナーがあった。
「なんとか記念室」 という札と、お偉い感じの人物画が飾られていたので、雰囲気から「防大創設に関わった誰かを紹介しているのかな?」と思った。
時間があれば後でのぞいてみようと思った。
213 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:47:04.81 ID:NMg4Acl70
2階に着くと、広い一室に様々なパネルや模型などが展示されていた。
展示物には、付随するパネルにその内容が説明されていたが、今はさらに現役の自衛官が横にいて、ご自身の実体験を交えて説明してくださるので、それぞれの展示内容がとてもよく理解出来た。
展示順路を、ゆっくりした速度で歩む我々一行。
防衛大学校の創設から現在に至るまでの過程、学生の教育課程、訓練課程、生活内容、校友会活動などを説明するパネルや模型の前を通り、
制服の移り変わりなどを説明するマネキンを見上げ、そして、年間行事内容を説明するパネルの前に来た。
「ん? 蝶野一尉殿、これはなんですか?」
「ああ、それは、開校祭のときに使われる大隊旗ね」
ガラスの向こうに “ 第五大隊 ” という文字と、虎の絵が描かれた旗が飾られていた。
「防衛大学校と言えば棒倒し! 聞いたことない?」
「棒倒し……ですか?」
214 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:48:58.51 ID:NMg4Acl70
防衛大学校では、毎年11月に開校祭が催される。
その日は防衛大学校に多くの一般人が訪れ、今や、横須賀市きっての人気行事になっているそうだ。
きっと、一般大学で言うところの「学園祭」のようなものなのだろう。
アンツィオの学園艦祭で見たのと同じように多くの出店が立ち並び、それ以外にも様々な展示や体験行事が行われるという。
この開校祭には、目玉行事が3つある。
一つは、学生らによる「観閲行進」。
一つは、学生らによる「訓練展示」。
そしてもう一つが、学生らによる 「棒倒し」 ということらしい。
蝶野一尉殿の話によると、防衛大学校の学生らは日頃から、第一大隊から第四大隊までの4つに分けられており、開校祭においては「棒倒し」による大隊対抗戦が行われるのだそうだ。
その棒倒しは、園児が砂場で遊ぶようなチャチなものではない。
棒は、丸太を使う。
参加者は、各大隊それぞれ精鋭150人。
つまり“ 150人 VS 150人 ”で、しかもそれが、全員屈強な自衛官候補生。
力、技、知略、戦術を駆使した集団戦。
要するに……凄まじく見ごたえのある棒倒し、なのだそうだ。
215 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:50:04.36 ID:NMg4Acl70
「現在は、第一大隊から第四大隊までの4つしかないのだけど、かつてね、第五大隊が存在したのよ。 この旗は、その第五大隊の大隊旗だったってわけ」
「なるほど」
中学の頃の運動会で、各チームに応援団旗というものがあったのだけど、これはそういうものらしい。
「今年も11月に開校祭が行われるから、もしお暇だったら遊びに来たらいいわ。 楽しいわよぅ?」
「はっ。 ぜひとも勉強させていただきに参ります!」
楽しみが一つ増えた。
……が、それはダージリン殿の問題が解決出来てからだ。
まずは目下の悩みをなんとかしないと、遊びに行く心の余裕なんて取れそうにない。
216 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:52:01.14 ID:NMg4Acl70
防衛大学校資料館を出た我々は、蝶野一尉殿の案内に従って、陸上競技場、学生舎、学生会館、図書館、理工学館などを見て回った。
学生会館については、中にファミリーマートが設置されており、通常の生活雑貨や食料品、訓練等に使うであろう迷彩柄のあれこれ……の他に、
焼き菓子やTシャツなど、防衛大学校印の入った土産物が棚にたくさん並んでいたのが面白かった。
学校全体から感じられる張り詰めた空気に泡を食っていた私だったが、そんなところで変な親近感を感じたりして、
「自衛官も人間なのだなぁ」 と、なにか阿保らしい納得の仕方をしてしまった。
いずれにせよ、蝶野一尉殿の案内のおかげで、近い将来、国防を担うことになる幹部自衛官候補生らが、どのように学び、どのように修練を積んでいるのか、その一端をうかがい知ることが出来た。
蝶野一尉殿には、ますます感謝せねばなるまい。
私はまだ知波単学園の2学年であるゆえ、卒業後の進路を考える段には来ていないのだが、それでもいずれ考えなければいけない時が来る。
その時、今日のこの思い出は、間違いなく将来を考えるための材料になるだろう。
……しかし。
自分の手で将来を掴み取れない人物が、いま、身近にいるのだ。
「ダージリン殿の将来は……どうなってしまうのだろうか……」
私の呟きが、灰色の雨音に溶けていった。
217 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:54:33.34 ID:NMg4Acl70
蝶野一尉殿が最後に案内してくれた場所は、校友会の戦車道部が使用する訓練場だった。
それは、雨に煙る広大な敷地だった。
原野のようにも見える丘の連なりの向こうに、樹木に覆われた小高い山が見えた。
その右手には住宅街。 おそらく市街戦を想定した訓練が行われるのだろう。
敷地の向こうには東京湾を臨むことが出来た。
いま、訓練場には戦車はいない、が。
そんな無人の訓練場を眺める、傘を差した一人の少女の後ろ姿があった。
218 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:55:25.34 ID:NMg4Acl70
「ダージリン殿!!」
私は思わず叫んでいた。
ゆっくりと振り向く少女。
傘の下から現れたお顔は、まぎれもなくダージリン殿のものだった。
「あら、西さん、ごきげんよう」
「ダージリン殿……どうして……ここに?」
気を付けないと、声が震えてしまいそうになる。
「どうして…って? そこに西住まほさんがいらっしゃるということは、私がここにタンカスロンのイベント開催を相談しに来たことはご存知じゃなくて?」
「あ、いや、それは知っておるのですが……」
普段と変わらない、悠然とした面持ちで言葉を紡ぐダージリン殿。
私にはそれが、とても寂しそうに見えた。
219 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:56:32.77 ID:NMg4Acl70
「それとも、そこにいるアッサムから変なことを吹き込まれたのかしら? 例えば……私が戦車道を辞めるかもしれない、って」
「……っ!!」
胃の底が重く落ち込むような感覚があった。
私は、焦燥感に突き動かされる勢いのままに言葉を吐く。
「っ、そうです!! 私はだからっ、そのためにここへ来ました!」
「……そのため、とは?」
「ダージリン殿を、お救いするためです!!」
私は、はっきりと告げた。
数瞬のあと、ダージリン殿は表情を消し、背中を向けた。
ダージリン殿の持つ傘は、小刻みに震えていた。
アッサム(……………………)
220 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:57:43.11 ID:NMg4Acl70
私に背中を向けたまま、ダージリン殿は言った。
「仮に、アッサムの話が本当だったとして……西さんがどうして私達の揉め事に手を出すのかしら?」
「私は、ダージリン殿と約束しました……貴女の心を守ると」
そうだ。 その想いは本心だった。
約束を違えるつもりはこれっぽっちもない。
しかし。
「そうね、約束したわよね。 1年前のあの時、必ず連絡を頂戴と。 でも貴方はそれを守ってくれなかったわ。 なのに今更、何の約束を守るというの?」
そうなのだ。
私はすでに、ダージリン殿との約束を一つ、違えてしまっていた。
……正確には、あれからずっと練習試合が組まれず、結果として連絡する必要がなかっただけなので、約束を違えたことにはならないと思うのだが。
でも、素直に謝ることにする。
221 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 17:59:22.83 ID:NMg4Acl70
「それは……申し訳ありません」
「今さら謝られても遅いわ」
「私も、前回の練習試合から次の練習試合を組むまでに1年掛かるなんて、思いませんでした」
「……ん?」
「だからこそ、何の因果か私が知波単の新隊長になったので、1年前のお約束を果たすために、こうして直ぐに練習試合のお願いをしに参りました」
「……え?」
「本当はもう少し早くご連絡差し上げるつもりだったのですが、エキシビジョン戦と大学選抜戦が間に挟まってしまったので……」
「…………え?」
「辻先輩が現役のうちに、もう1回くらい練習試合が組まれるかなと安易に考えた私が浅はかでした。 申し訳ありませんでした!」
「………………え?」
私はこれでもか! というくらいに、深く頭を下げた。
福田(……………………。)
222 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:01:44.13 ID:NMg4Acl70
「……まあいいわ」
こちらに向き直ったダージリン殿。
言葉とは裏腹に、全然良くなさそうな顔をしていた。
今は会話を進めるために、いったん私の過ちを横に置いておくというのだろう。
やはり、ダージリン殿はお優しい方だ。
「それで、具体的にどう助けてくれるつもりなのかしら?」
ダージリン殿が問い掛けた。
そう、それなのだ。
終ぞ、ここに至るまでに、私は具体的な解決案が思い浮かばなかった。
といっても、何も思い浮かばなかった訳ではない。
案があるにはあるのだが、解決案というには程遠いシロモノだった。
それを口に出すべきかどうか躊躇していると、蝶野一尉殿がたしなめる口調で私に言った。
「よく考えた方がいいわね、西さん。 大洗女子学園を助けた時とは訳が違うわ。
あの時は“ 勝てば廃校を免れる ”という単純な図式だったから、あなた達は助けに入ることが出来た」
「……はい」
「しかし今回は、ダージリンさんを助けたからといっても、お金の問題が残る。
その問題を解決しない限りは、ダージリンさんを救ったことにはならないのよ?」
「くっ……」
正論を言われて、私はさらに言葉が詰まってしまった。
223 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:02:45.53 ID:NMg4Acl70
何らかの方法でもってダージリン殿が自ら将来を選択できるようになれた、としてもだ。
それでOG会から寄付金を減らされて、聖グロの戦車道隊の財布が火の車になっては意味がないのだ。
不意に、一昨日のアンツィオの学園艦祭を思い出す。
アンツィオ高校は、安斎殿のお人柄として、戦車道隊の気風として、アンツィオ高校の校風として、自ら資金を稼ぎ出す条件に恵まれていたから、P40の修繕費を賄えたのだ。
聖グロが同じ方法で資金を賄えるなんて、とてもじゃないが思えない。
試しに、屋台で“ じぇらーと ”を売るダージリン殿の姿を想像してみるが、あまりに現実離れしていて、まるで幻想小説の一部の様だと思った。
224 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:04:15.69 ID:NMg4Acl70
解決案がまったく思いつかなかった訳ではなかった。
ただそれは、私にとっても将来を左右するもので、効果のほども大きく期待は出来なかった。
……しかし、今はそれしかない。
私は覚悟を決める。
そうだ。 私はすでにダージリン殿を守ると約束したあの時に、覚悟なんて決まっていたはずなのだ。
なにをいまさら怖がる必要があるのだ。
ダージリン殿の心の在り方に深い感銘を受けたあの時から、私は彼女のようになりたいと……だから私は、彼女の心を守ろうと誓ったのだ。
ダージリン殿を真っ直ぐ見据える。
もう迷わない。
だから、私はこう叫んだのだった。
225 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:05:37.15 ID:NMg4Acl70
「私が、防衛大学校に入ります!!!」
ポカンとするダージリン殿。
唖然とするアッサム殿と福田。
無表情のまほ殿。
そうだろう。 私のような不出来者が、防衛大学校になんか入れるわけがない、そう思っているのだろう。
みんなの不安と疑いの眼差しを払拭せねばなるまい。
私は宣誓した。
「防大に入れるほどの学力が足りないことは十分承知しております! だから、私はこれから死ぬ気で勉強します!!」
そして、こう続けた。
「それで、私が防大に入ったら……知波単に支給される戦車道振興費の増額分を、聖グロへお渡しします!!」
私に考えつくことが出来たのは、これしかなかった。
226 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:08:06.46 ID:NMg4Acl70
そこまで言い切って、私はまほ殿に向かって土下座をした。
雨が背中を濡らす。
黒のロングパンツと地面の接地部分が、あっという間に濡れていくのが分かった。
「西住流の次期家元、西住まほ殿にお願い申し上げます!
2年間……いえ、1年間だけで構いません! 聖グロの戦車道隊を支援してはいただけませんか!?」
まほ殿は無表情で、私の土下座姿を眺めていた。 まほ殿から声が掛かる。
「良いも悪いも言う前に、どうして私に助力を願うのか聞いても良いか?」
「はい。 来年、ダージリン殿が卒業されてから、私が卒業するまでに1年の間が開いてしまいます。
私が卒業した後は、知波単に支給される戦車道振興費の増額分も、場合によっては防大から支給された給料も、聖グロの戦車道隊へお渡しすることが出来ます。 しかし、私は卒業するまでは何も出来ません」
「だから、聖グロへの寄付金が減らされる来年4月から、西さんが卒業する再来年の3月までの間、西住流に助けを求めたい、と」
「そうです」
眼前いっぱいに映る、舗装された地面。
視界の端には、私の黒髪が地に落ちて水たまりに広がっていくのが見えた。
今の私は、さぞかし無様なことだろう。
227 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:09:23.21 ID:NMg4Acl70
実は、知波単学園の戦車道隊と、聖グロリアーナ女学院の戦車道隊を、統合させてしまってはどうか、とも考えた。
それでも貧乏から脱することにはならないだろうが、知波単の戦車道隊の家計は火の車という程ではないので、両隊を統合して財布を一つにしてしまえば、幾分マシになるかと思ったのだ。
しかし、それでは今度は福田達の将来を捻じ曲げることになるし、両校がそれぞれ受け継いできた伝統を壊すことにもなる。
私の身勝手でそんなことが許されて良いわけがない。
だから、私一人の身で状況を少しでも打開できる策を……と考えた結果、これしか思い付かなかったのだ。
土下座の姿勢のまま、今度は福田に向き直る。
「福田、すまん! そういうことになった! 本来なら知波単学園の戦車道隊に支給される戦車道振興費の増額分……聖グロリアーナへ譲りたいのだ! 私の我儘を許してほしい!!」
まさか直属の隊長から土下座されるなんて思っていなかったのだろう。
福田は言葉を失ったように硬直した後、それでもなんとか喉から声を搾り出そうとした。
「……あ、いえ! あの!? 西隊長殿!? ちょっと待って欲しいであります!! やはり、何かがおかし……」
「勝手に話を進めないでもらえるかしら!?」
普段のダージリン殿には似つかわしくない大きな声で、福田の声は遮られた。
228 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:11:11.95 ID:NMg4Acl70
「どうして、私が貴方の言いなりになって助けられなければいけないの?」
睨むようにして、私に言葉をぶつけてくるダージリン殿。
「それに、大洗の時とは状況がまるで違います。 西住流が、たかだか内部問題で揺れる聖グロリアーナを助けてくれるとは思えませんわ」
私はまほ殿を見た。
相変わらず無表情を貫くまほ殿だったが、溜息を一つ吐いて、こう仰ってくれた。
「……家元である母と相談しないとわからないが、強豪校をわざわざ弱体化させる道理はない。
直接資金を融通することは出来ないが、部品の斡旋や、戦車道保険の掛け金の一部負担ぐらいはできるだろう。
ただし、部品の導入先や保険会社を西住系のものに乗り換える、という条件は付くがな」
それでも前向きに検討する、というまほ殿のお言葉だった。
福田(……西住流が、ありえない要求を飲んだ? ……ますますおかしいのであります……)
229 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:12:11.19 ID:NMg4Acl70
私もまさか受けてくれるとは思わなかったので、しばらく耳を疑ってしまった。
だから直後、吹き上がるようにして喜んだ。
「ありがとうございます!!」
私は額を地面に擦り付けた。
もう、髪から服から何からビショ濡れだったが、そんなこと気にならなくなるくらいに嬉しかった。
……が、その喜びに水を差したのは、当のまほ殿だった。
「しかし分かっているのか? たった1年間とはいえ、西住流と関わるんだ。
“ 聖グロリアーナが西住流に降った ”と、周りはそう判断するだろうな」
「!!」
「それを聖グロのOG会が許すとは思えないし、なによりオレンジペコさんら次代を担う人達が許すとも思えない。 そこはどうするつもりなんだ?」
「くっ……!」
私は、いよいよ何も言い返せなくなってしまった。
230 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:13:10.73 ID:NMg4Acl70
「そこは……私がなんとか説得してみせますから……!!」
「説得できると思っているのかしら? それこそ不可能よ」
ダージリン殿が否定した。
「貴方はペコの頑固さを甘く見ているわ」
「しかし、他に方法がないのです……!!」
「そもそも、どうして私が貴方に助けられなければならないの?」
「だって、約束しました!!」
「貴方は一度、約束を破っているわ! それで何を信用しろというのかしら!?」
「破ろうとして破ったわけではありませんし、破ったつもりもありません!! 信用してください!!」
「なんて勝手な言いぐさ……! そうやって、また私を期待させて裏切るのでしょう!?」
「は!? 私がいつ裏切ったというのですか!!」
だんだん言い争いの様相を呈してきた。
おかしい。 どうしてこうなった?
231 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:14:12.03 ID:NMg4Acl70
お互い言葉が止まらない。 止められない。
本格的にどうしよう……と思い始めたところで、キリッとした大人の女性の声が、雨の訓練場に響き渡った。
「はいはい、そこまでよ!」
私とダージリン殿の関係がこじれ切る前に、蝶野一尉殿が止めに入ってくれたのだ。
「うんうん、両者の言い分は良く分かったわ!」(← 蝶野殿)
「……蝶野さん?」(← ダージリン殿)
「二人とも、青春120%!って感じで、とっても素敵ね!!」(← 蝶野殿)
「……ちょっと、蝶野さん?」(← ダージリン殿)
「どちらが悪いってわけでもなさそうだし……うん、そうね! ここは勝負で決めたらどうかしら!?」(← 蝶野殿)
「……は?」(← 私)
「ちょっと!? 台本にそんな手順は無……(← 急に焦り出すダージリン殿)
ダージリン殿が何かを言いかけたが、蝶野一尉殿はなぜだがとても良い笑顔でこれを無視した。
232 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:15:04.46 ID:NMg4Acl70
そして、事態は予想の斜め上方向に動き出した。
――その動かした張本人である蝶野一尉殿は、こう言った。
「ここは防衛大学校よ! うってつけの勝負方法があるから、私にドーンとまかせときなさい!!」
233 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 18:16:07.12 ID:NMg4Acl70
※ 最後の投稿、ちょっと一旦休憩。
最後まで書き溜めてあるので、ちょっとしたら投稿再開します。
234 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/17(月) 18:21:45.69 ID:UWdAtGA8O
西が気付いたらえらい怒るんじゃね、これ。
235 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:32:43.93 ID:NMg4Acl70
※ 再開しまっす。
236 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:33:11.12 ID:NMg4Acl70
それから2時間後の、午後4時。
まだ小雨がパラついているが、西の空が明るくなってきた。
これならもう少ししたら、雨は上がるかもしれない。
237 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:35:54.35 ID:NMg4Acl70
そんな、私が空を見上げた場所は、
―――防衛大学校の、だだっ広い陸上競技場の、ただ中だった。
視線を前に戻す。
そこには、見知った顔の者達が二列横隊に並んで、私の命令を待っていた。
「西隊長殿! 福田ほか、総員15名、準備完了したであります!!」
「うむ」
私は体操着姿の福田に返礼したあと、愛しの知波単学園の隊員らの前に立った。
そこにいたのは福田だけではなかった。 玉田も、細見も、名倉も、寺本も、浜田も、久保田もいた。
その他にも7名の良く見知った顔が、福田と同じ知波単学園の体操着を着て並んでいた。私も同じ体操着姿だった。
238 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:37:03.86 ID:NMg4Acl70
陸上競技場内、我々がいる位置の対角線上。
そこにはダージリン殿が、聖グロリアーナ女学院 戦車道隊の隊員らの前に立って、何かを伝えていた。
向こうの隊員らも、やはり体操着姿だった。
私が今立っているこの知波単陣地から、聖グロの陣地まで100m近く離れているので、ここに届くダージリン殿のお声はかすかに聞こえる程度だった。
ダージリン殿が隊員らに何を伝えているのかまではわからない……が。
「こんなはずでは……」 とか 「西さんの進路がわかったのでもういいのに……」 とかいう会話の一部が、風に乗って聞こえてきた。
あわせて、ダージリン殿が隊員らに、しきりに謝っているのが見えた。
239 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:38:15.15 ID:NMg4Acl70
「私の進路、つまり進撃路について、話し合っているのか……?」
なるほど、さすがダージリン殿だ。
私を食い止めるための作戦をすでに考えついて、それを隊員らに伝えているに違いない。
ならば、こちらもちゃんと作戦を練る必要があるな。
“ 安易な突撃はもうしない ”
それは、戦車道の試合であっても、この勝負であっても、同じことだ。
私は息を吸い込んで、目の前に並ぶ知波単学園 戦車道隊の精鋭らに、指示を下すことにした。
「これより “ 棒倒し ” に勝利するための作戦を伝える!!」
240 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:40:35.03 ID:NMg4Acl70
話は2時間前に戻る。
蝶野一尉殿が言った勝負方法とは、“ 防大名物 棒倒し ”だった。
「本当は戦車道で決着を付けるべきなんだろうけど、知波単と聖グロの練習試合って直ぐには出来ないんでしょ?」(← 蝶野殿)
「はい。 事前準備もありますので、早くても4週間後にはなるかと」(← 私)
「ダージリンさん、聖グロの“ 本当の ”引退式っていつ?」(← 蝶野殿)
「うっ、えーっと……3週間後、ですわね」(← 目線を背けるダージリン殿)
「ってことは、その前に“ OGの幹事会 ”ってのがあるから、それまでに勝負をつけなくちゃならないわけよね?」(← 蝶野殿)
「そうなりますね」(← 私)
「どっちかの学園艦で試合すれば早いんだろうけど、お互い将来を賭けているのに、どちらかの学園艦で試合するってのも不公平よね?」(← ニヤリとする蝶野殿)
「そうですね。 地の利の有る無しで、勝負の行方は大きく左右されますからね」(← 頷く私)
「……ちょっと?」(← ダージリン殿)
「そうなると、今この場所で、タンカスロンばりのサシの試合をやらしてあげたいんだけれど……」(← 思案顔の蝶野殿)
「おぉ……!」(← ひょっとして防大の戦車に乗れるのか? と期待する私)
「……ねえちょっと?」(← ひきつり顔のダージリン殿)
「さすがにここの戦車を部外者に使わせたら、私が後で大目玉喰らうからね!」(← よい笑顔の蝶野殿)
「ちぇっ」(← 残念顔の私)
「だからちょっと!? 蝶野さん!? わたくし、そんな勝負は頼んでな……」(← なんか焦っているダージリン殿)
「というわけで、棒倒しでいきましょう!! 場所と道具は貸してあげるわ!! それならオープンキャンパスの取り扱い範疇で処理できるから!!」(← 盛大に無視する蝶野殿)
「話を聞いて!?」(← 涙目のダージリン殿)
「さあさあ、お二人とも!! 急いで学校に電話して、隊員をここに呼び寄せるのよ!!」(← 面白くなってきたという顔の蝶野殿)
「………………。」(← 「あちゃー……」という顔のアッサム殿)
「………………。」(← 何かに気付いた顔の福田)
241 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:42:39.46 ID:NMg4Acl70
それで、棒倒しだった。
蝶野一尉殿から、その場でルールとハンデと、勝利条件が言い渡された。
その内容は以下のとおりだった。
・ 肉体的戦力差がありすぎるので、参戦者数は 知波単15人 VS 聖グロ20人 とする(ハンデ)
・ 各チームとも、オフェンス、ディフェンスに一定の人数を割り振ること。
・ といっても、聖グロのオフェンス人数は自由に決めて良し。 一方、知波単のオフェンス人数は4人まで(これもハンデ)
・ ディフェンスは、棒から半径7mの円の外に出ることは出来ない。
・ 殴る、蹴る、髪を引っ張る、服を脱がす等の、乙女に相応しくない行為は禁止。
・ ただし、棒の頂上で棒を守るディフェンス員(1人)だけは、よじ登ってくる敵チームのオフェンス員を蹴り落とすことが出来る。
・ それ以外の者は、ラグビーで言うところのタックルはOK。 柔道でいうところの抑え込みもOK。
・ 棒は、長さ3mの特殊カーボンで出来た丸太を使用する(特殊カーボン製なのでそれほど重くない)
・ 相手チームの丸太を、3秒間、30度以上傾けた方が勝ち。
・ 1回こっきりの勝負。
・ 知波単が勝てば西絹代の案で聖グロを支援する。 ダージリンが勝てば西絹代はもう聖グロに関わらないことを約束する。
242 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:43:58.23 ID:NMg4Acl70
私は、蝶野一尉殿から棒倒しのルール等を聞き終えると、知波単学園 戦車道隊の隊員詰所に電話した。
電話口には玉田が出た。
ちょうど授業が終わって、これから戦車道の訓練を始めるところだったらしい。
私は挨拶もそこそこに簡単に事情を説明すると、玉田含めて13名で防衛大学校へ来るように言いつけた。
二つ返事で請け負ってくれた玉田だったが、
「は? 棒倒し……でありますか? 防衛大学校? え? なんで?」
簡単な説明ではやはり足らなかったようだ。
玉田らがここに着いたら、あらためて説明する必要があるな。 なんて説明しよう……?
ちなみに、知波単の学園艦から防衛大学校までの移動手段は、アッサム殿が何とかしてくれた。
聖グロの学園艦から中型の高速艇を走らせ、知波単の学園艦を経由して防大に進路を取ってくれたらしいのだが、
船内で知波単の隊員と聖グロの隊員が鉢合わせになったとき、両隊とも「なんで棒倒し????」となったらしい。 そりゃそうだよなぁ。
243 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:45:16.36 ID:NMg4Acl70
それで現在。
私の目の前に、14名の知波単学園の隊員がいた。 私含めて15名だ。
「うぬぬ、聖グロのOGめ! なんという鬼畜な振る舞い! 我々でダージリン殿をお救いしましょうぞ!!」
「昨日の敵は今日の友! 炎のごとき知波単魂を込めた吶喊をもって、聖グロOGを粉砕しましょう!!」
「我々は西隊長の下に集いし若獅子の群れです! 彼奴らに勝つためのご采配をお願いします!!」
「体操着姿の西隊長も素敵です!」
「ブルマーを……ブルマーをはいてください西隊長!!」
「みんな……すまない!」(……最後の声はなんだったんだろう?)
私は隊員の皆に頭を下げた。
私と福田を除く13名の隊員達にこれまでの経緯を説明したら、皆ちゃんとわかってくれたのだった。
さすが、私の愛する知波単学園 戦車道隊の隊員達だ。
私の身勝手を責めるどころか、その想いに同調してくれた。
本当にありがとう、みんな。
一丸となった我々の強さを……ダージリン殿に思い知らせてやろうじゃないか!
244 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:45:56.34 ID:NMg4Acl70
「では、棒倒しのルールについては以上だ! これから各員の配置を説明する!」
私が考えた知波単学園の布陣内容は、以下のとおりだった。
・ オフェンス 4名(西・玉田・細見・寺本)
・ ディフェンス:棒の頂点 1名(福田)
・ ディフェンス:棒の支え役 6名(浜田・名倉・久保田・他3名)
・ ディフェンス:壁役 4名(円の境界線で相手のオフェンスを食い止める役)
245 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:47:10.34 ID:NMg4Acl70
ハンデとして、知波単のオフェンスは4人までと制限されてしまったので、このような構成にするしかなかった。
ディフェンスのうち、棒の支え役と壁役にどう人数を割り振るか悩んだが、棒支え役については、棒の前後左右に計4名配置し、その4名の肩の上に2名が上がって、登ってきた敵オフェンス員を引き剥がす、という態勢にした。
さらには、棒の頂上に福田を配置して、敵オフェンスを蹴り落としてもらう、という寸法だ。
できるだけ壁役の人数を増やしたかったが、ただでさえ 知波単15名 対 聖グロ20名 という人数差があった。
1秒でも長く敵の攻撃に耐えられる城構えを……と考えた結果、こうなった。
そうして敵の攻撃に耐えてもらっている間に、私を含めたオフェンス4人が相手の城へ突撃を敢行して、これを打破するのだ。
まぁ、知波単学園の生徒は、乙女らしい立ち振る舞いを身に付ける為、柔道、剣道、弓道、合気道、日本拳法などを嗜んでいる。
私ほどではないが、皆、十二分に強い乙女達だ。
敵に直接手をあげることは出来ないが、それでも各員、獅子奮迅の働きを見せてくれるに違いない。
246 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:48:11.40 ID:NMg4Acl70
「では、両チームのリーダー、副リーダーは、試合場中央へ!」
蝶野一尉殿が、戦車道の審判員さながらの凛とした声を上げた。
陸上競技場の中央に相対する二組。 私と福田、ダージリン殿とオレンジペコ殿。
てっきり聖グロ側の副リーダーはアッサム殿かと思ったのだが、アッサム殿はこの棒倒しに参加しないようだった。
陸上競技場の観客席で、優雅に紅茶を飲んでいた。
247 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:49:21.21 ID:NMg4Acl70
雨はほとんど上がって、西の空が明るさを取り戻しつつあった。
地面は濡れているが、この陸上競技場はしっかりと整備されているため、泥だらけになるということはなさそうだ。
それでも少なからず身体は汚れるとは思うが、勇猛果敢な知波単生徒が、土汚れ程度で臆することはない。
臆することがあるとするなら、それは、お嬢様学校である聖グロの方だと思った。
「ダージリン殿……図らずもこのようなことになってしまいましたが、私は貴女をお救いするため、今このときだけは鬼になりましょう。
泥だらけになるのが御嫌ならば……まだ間に合います。 私の前に立ち塞がらずに、試合を放棄してください」
「あ、いや、西さん? あのね? 違くてね? 本当は貴方の進路をね? ちょっと探ろうと思ってね? 立ち塞がろうとかそんなね?」オロオロ
「なるほど、私の進撃路を正確に予測し、立ち塞がるまでもなく私を……そして知波単学園を打ち倒そうとおっしゃるか。 さすがダージリン殿……!!」ギリッ
「違っ、あのっ、あのね? 西さん? そうじゃなくてね?」オロオロオロ
「わかりました、ダージリン殿! そこまで仰るならば、我々も本気で挑ませていただきます!」ギリリッ
ザッ!! という効果音が聞こえてきそうな勢いで、私は踵を返した。
248 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:50:14.77 ID:NMg4Acl70
4歩ほど進んだその時、オレンジペコ殿が私の背中に声を掛けた。
「お待ちください、西さん」(← オレンジペコ殿)
「……なんでしょう?」(← 顔だけ振り向く私)
「え、ペコ? ……そ、そうよ、あなたも何か言ってあげて!!」(← 援軍来たれり! という顔のダージリン殿)
「本気の勝負です、西さん! 我々聖グロリアーナ女学院は、棒倒しでも優雅に勝ってごらんにいれますわ!」ビシィ! (← 私を指を差すオレンジペコ殿)
「ペコォォォぉぉぉ!!??」(← ペコォォォォォォ!!?? という顔のダージリン殿)
249 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:51:04.69 ID:NMg4Acl70
さすがはオレンジペコ殿。 次代の聖グロリアーナ女学院を背負って立つお方はやはり違うな。
しかし、こちらだって負けられないのだ。
私は口の端を少しだけ吊り上げて、知波単学園の陣地へと歩いていった。
福田(ダージリン殿は不器用でありますなぁ……)トオイメ…
250 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:52:02.37 ID:NMg4Acl70
私は体操着の半袖を、さらに腕の付け根あたりまで捲り上げた。
膝丈まである半ズボンの裾も、太腿の中程まで捲り上げる。
そして、さらに動きやすいように髪を後ろでまとめ、まるで馬の尾のような髪型になった私の頭に、裂帛の気合と共に赤色のハチマキを締めた。
玉田、細見ら、ここに集いし知波単の隊員らが、私の一挙手一投足を凝視している。
ああ、わかっているさ。
お前らの隊長は頼れる隊長なんだというところを、ちゃんと見せてやる。
「では皆の者、いくぞ!!」
「「「「 応っっ!!!!」」」」
知波単学園 戦車道隊………出撃だ!
251 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:52:49.56 ID:NMg4Acl70
玉田(西隊長の体操着姿……)キュンキュン
細見(なんと凛々しく……)キュンキュン
浜田(なんと愛くるしく……)キュンキュン
久保田(なんと乙女心をくすぐるのでしょう……)キュンキュン
名倉(食べてしまいたい……)キュンキュン
寺本(あとで写真撮りまくろう……)キュンキュン
その他の知波単隊員全員(((その写真、言い値で買います……)))キュンキュン
福田(ここ数日身近にいた私ですら腰砕けそうな西隊長殿のジゴロ波動……! 体操着姿でさらに倍……! これは大変なことになるかもしれないであります……!)キュンキュン
252 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:53:56.66 ID:NMg4Acl70
知波単学園の陣地。
特殊カーボンで出来た棒を垂直に立て、まずはそれを4人が中腰姿勢で支える。
その4人の肩の上に2人が上がり、さらに棒を支える。
最後に、この2段構造になった城構えをよじ登って、福田が棒の先端、頂上部にしがみ付いた。
さらには、棒から描かれた半径7mの円の上に、壁役の4人が聖グロのオフェンス陣を迎い撃つ形で立ち並ぶ。
私、玉田、細見、寺本のオフェンス4人は、棒の真横に待機した。
「試合開始、5秒前!」
蝶野一尉殿の声。
ゴクリと唾の飲み込む。
そして。
パァン! というスターターピストルの炸裂音が鳴り響いた。
「ディフェンスの皆! 頼んだぞ!!」
「オフェンスのみなさんもご武運を!!」
私はディフェンス役の皆に声を掛けて、玉田、細見、寺本と一緒に駆けだした。
253 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:55:11.74 ID:NMg4Acl70
私を含めた4人は、聖グロ陣地にそびえ立つ棒へと最短距離で駆けていく。
途中、試合場の真ん中で、聖グロ側のオフェンス陣とすれ違った。
聖グロ側のオフェンス役は……9人!
先頭をローズヒップ殿が走り、その後にルクリリ殿、ニルギリ殿、その他5名が鋒矢(ほうし)陣形、いわゆる「↑」という矢印形の陣形を組んで、知波単陣地に向かっていった。
鋒矢陣形の最後尾にいたのはオレンジペコ殿だ。
「ほーほっほっほっ! ダージリン様のお紅茶が冷めてしまう前に、このローズヒップが棒をぶち倒してご覧にいれますわー!!」(← ローズヒップ殿)
「こらぁ! おまっ、ヒップっ、お前っ! 速いっての!! みんなの速度に合わせろって!!」(← ルクリリ殿)
「ルクリリ様! ルクリリ様も早いですわー!」(← ニルギリ殿)
すれ違いざま、そんな声が聞こえてきたが、同時に今すれ違った者の誰かから、強者が放つ特有のオーラを感じた。
もともと人数差がある戦いではあるが、相手に猛者が混じっているようだ。 「厳しい戦いになる」と直感した。
早期に決着をつけるべく、私はさらに速度を上げて駆けたのだった。
254 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:56:33.68 ID:NMg4Acl70
間もなく、聖グロの壁役と接敵する。
相手の壁役の人数を見る。 4人だった。
そして。
棒の頂上には、ダージリン殿がしがみ付いているのが見えた。
となると、聖グロの棒支え役も6人か!
「玉田! 細見!!」
「はい!」
「了解です!」
私は少しだけ速度を下げて、玉田・細見の両名を先行させた。
「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
玉田・細見は、聖グロの壁役にそのまま突撃した。
それぞれが壁役2人の腕をとって、勢いを使って上手く地面に引き倒した。 そして抑え込む。
玉田が2人の壁役を、細見も2人の壁役を道連れにして、地面に抑え込んでいる形だ。
両者とも私と同じ知波単学園の2学年。 1人で2人同時に抑え込むなんて芸当も可能なのだった。
「西隊長! 露払いは済みました!」
「我らの分まで駆け抜けてください!」
「すまない二人とも! お前達の犠牲は無駄にはせんぞ!」
これで聖グロにもう壁役はいない!
玉田、細見が開けてくれた進攻路を、私と寺本が進む。
聖グロの本丸は目の前だ。
255 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:57:49.61 ID:NMg4Acl70
聖グロの棒支え役も、知波単と同じように2段組みになっていた。
やはり4人が中腰姿勢で棒を支え、その4人の肩に2人が上がり、その上の、棒の頂上にはダージリン殿が鎮座する、という構えだった。
「寺本、頼む!」
「おまかせください!」
私はあと2〜3mで聖グロの棒に辿り着く、という位置で急制動をかけ、背後を振り向いて、腹の前で両手を組み合わせた。
「準備良し!」
「はいっ!!」
私の背後に付いてきた寺本は、私の両手に片足を乗せると、私はそれを限界いっぱいに上方へ放り投げた。
寺本自身の跳躍力も加わり、果たして寺本は空中に躍り出た。
「大戦果、いただきであります!!」
空中から聖グロの棒支え役に襲い掛かる寺本。
2段目で棒を支える聖グロの隊員2人の首を同時に、それぞれ片腕で裸締めするような形で捕まえた。
それで2段目の棒支え役を棒から引き剥がすことは叶わなかったが、首を捕まえられた隊員らは振り落とされないよう棒にしがみ付くしかなく、寺本はそんな2人にぶら下がるようにして揺れていた。
1段目の棒支え役4人が、寺本を引きずり落とそうと一斉にあちこちを引っ張り出した。
256 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:58:23.58 ID:NMg4Acl70
「隊長! 早く!!」
「ああ! 2秒だけ我慢しろ!!」
私は跳躍。
寺本を引きずり落とそうとする1段目の棒支え役の背中に着地。
そこを1回目の踏み台にして、寺本の肩を掴み、一気に自分の身体を押し上げた。
そして寺本の肩を2回目の踏み台にして、さらに跳躍。
ついに、棒の頂上を守るダージリン殿を捉えることが出来た。
257 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 19:59:16.35 ID:NMg4Acl70
「ダージリン殿、お覚悟!!」
「ひゃぁ!?」
私は棒を素早くよじ登り、ダージリン殿の真正面まで来た。
棒を挟んで相対する二人。
お互いに棒をつかんでいないと下に落ちてしまうため、顔と顔の距離は吐息が感じられるほど近い。
さらにお互い、体のあちこちが触れ合っていた。
「ふん!!」
「あわわわっ」
私は、振り子の要領で、思い切り体重を外側へ傾けた。
傾けきったら、今度は同じ要領で、逆側へ思い切り体重を傾けた。
それを何回も繰り返す。
繰り返す度に、ダージリン殿の顔や胸や腕や脚が、私のあちこちにぶつかった。
ダージリン(ひゃわわわわ!……あ、西さん柔らか……あわわわわ!!……あ、西さん良い匂い……ひょわわわわ!!)
258 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 20:00:37.07 ID:NMg4Acl70
見た目にわかるほどに棒が傾いてきた。
「よし! この調子ならばもうすぐ……!!」
……と、期待をにじませたところで、1段目の棒支え役から足を掴まれた。
一気に下へと引っ張られる。
「ぐっ!!」
私はなんとか下に落とされまいと、棒の頂上を両手で掴んで、下へと引っ張られる力に抵抗した。
振り子のように揺れながら傾いてきていた聖グロの棒だったが、ここでピタッと止まってしまった。
「あっ……」(← 体の接触が無くなってちょっと寂しそうな顔のダージリン殿)
「ぐぐぐ……!!」(← 必死に抵抗する私)
まずい……!
人数差があるゆえ早期決戦しかない、と考えて、このような作戦に出たのだ。
知波単陣地が猛攻に晒され、棒が倒されてしまう前に、電撃戦を挑んで勝しかないと思ったのだ。
こうしている間にも、我々の棒はどんどん危うくなっているはずだ。
私は腕に力を込め、下から伸びる手に必死に抗いながら、チラッと自分の陣地にそびえ立つ棒を見た。
そして、そこでは……
信じられない出来事が起きていた。
259 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 20:04:11.76 ID:NMg4Acl70
後に聞いた話も統合すると、知波単の陣地ではこんなことが起きていたらしい。
まず、ローズヒップ殿が先行して、知波単学園の陣地に到着。
知波単の壁役がローズヒップ殿を捕まえようとして―――ローズヒップ殿は華麗な身のこなしで、その防御線を抜けたのだという。
その壁役の防御線に空いた穴へ、後続の敵オフェンス陣が殺到した。
乱戦の様相を呈し、結果として知波単の壁役は、敵オフェンス9人のうち5人を捕まえて地面に抑え込んだのだが、残り4人が棒がそびえ立つ本丸に辿り着いてしまった。
その残りの敵オフェンス4人は、すでに棒支え役へと襲い掛かっているローズヒップ殿と、一拍遅れてやって来たルクリリ殿、ニルギリ殿、そしてオレンジペコ殿だった。
「ローズヒップ、下がれ!!」(← ルクリリ殿)
「!! ……アレをやるんですのね!! 了解ですわ!」(← ローズヒップ殿)
「ニルギリ! 斬り込み役は私達だ! いくぞ!!」(← ルクリリ殿)
「わたくし、か弱いんですけどーーー!!」(← 涙目のニルギリ殿)
そうして、棒支え役 計6人 + 福田 が守る知波単陣地の棒に、ルクリリ殿とニルギリ殿が特攻した。
「私と刺し違えてもらうわ!!」(← ルクリリ殿)
「ぬぐっ!? 小癪な……!!」(← 知波単の棒支え役1段目にいた名倉)
「ごめんなさーい!?」(← 半ベソのニルギリ殿)
「なんとっ!? この力、どこから…!?」(← 知波単の棒支え役1段目にいた浜田)
ルクリリ殿とニルギリ殿が用いた特攻方法。
それは、ラグビータックルだった。
それぞれ、名倉と浜田の腰に抱き着いた二人は、全力で相手を棒の外側へと押し倒した。
名倉と浜田は、反撃しようにも殴る蹴るはルール違反だし、それに棒支え役として棒から手が離せなかったので、どうしたものかと一瞬の躊躇。
その隙に予想外の力を発揮され、名倉と浜田は棒から引き剥がされて、地面に抑え込まれてしまった。
260 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 20:05:04.77 ID:NMg4Acl70
それでも、知波単の棒支え役はまだ4人残っていた。
そして、ここで……
鬼神のごとき人物が現れることを、誰が予見できただろうか。
261 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 20:06:28.73 ID:NMg4Acl70
知波単の残った棒支え役は2段組みを解除し、全員が地に足を付けて、棒の前後左右で守りについた。
この時、聖グロ側のオフェンスで自由に動ける人員は2人。
一旦、後ろに下がったローズヒップ殿と……
「な!?」
いつの間にか、棒支え役の1人である久保田の懐にいた、オレンジペコ殿だった。
オレンジペコ殿は、いつものあのにこやかな笑顔で、久保田の胸に掌底を触れさせたかと思うと……
「ふぅん!!」
久保田が、綺麗な弧を描いて吹っ飛んでいった。
262 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 20:08:11.46 ID:NMg4Acl70
私は、聖グロ陣地の棒から引きずり降ろされないよう必死に抵抗しながら、そのオレンジペコ殿のあり得ない強さに目をむいた。
直後、また知波単の棒支え役の1人が、オレンジペコ殿によって吹っ飛ばされる光景を見る。
知波単の棒支え役は、これで残り2人。 あと福田。
私は考える。
オレンジペコ殿のあれは、パンチや掌底打ちの挙動ではなかった。
あれは……おそらく……!
「……装填だ……!!」
人を砲弾に見立てて、全身のバネを余すところなく最大効率になるよう使って、弾を……じゃない、人を押し出しているのだ!!
オレンジペコ殿の戦車内での役どころを思い出す。
そう、装填手だ……!!
聖グロリアーナ女学院の隊長車を任される装填手であり、そして、次代の隊長となるお方だ。
あの小柄で可愛らしいお姿に騙されてはいけなかったのだ!
ダージリン殿を長らく支えた、あの逞しい力があったからこそ、次代の隊長候補足り得たのだ!!
263 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 20:09:01.92 ID:NMg4Acl70
オレンジペコ殿が3人目を吹っ飛ばそうとしたところで、久保田が起き上がって、オレンジペコ殿に抱き着いた。
オレンジペコ殿をなんとか食い止めようとする久保田。
棒の上から、福田がなにやらオレンジペコ殿に声を飛ばしたようだった。
福田(ペコ殿!? ちょっとペコ殿!? この茶番に気付いているんでありましょう!? どうして……!?)
ペコ(……ダージリン様が……どこぞの馬の骨と……くっつくなんて……見過ごせるわけ……ないじゃありませんかぁ)ニコォォ…
福田(ひいっ)ガタガタ
264 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 20:10:41.45 ID:NMg4Acl70
知波単陣地の棒を支える隊員は、残り2名 + 福田(棒の頂上にしがみついている) になってしまった。
棒支え役が2名では、棒を垂直に維持するだけで精一杯だ。
これでは、敵オフェンスに対する耐久力はほとんど無いといって良いだろう。
そんなボロボロの状態になってしまった知波単陣地の城構えに、ここぞとばかりにローズヒップ殿が飛び掛かった。
「もらいましたわーーーーーー!!!!」
棒支え役の2名を足蹴にして、福田へと迫るローズヒップ殿。
人間2人分(福田+ローズヒップ殿)の体重が掛かったことで、知波単の棒支え役は、棒を垂直に維持するのがさらに難しくなる。
「あわわわわわ!? 来るなでありますーーー!!?」
そのローズヒップ殿を足蹴にして、一生懸命 下へ叩き落そうとする福田。
久保田に組み付かれたオレンジペコ殿が、久保田を振りほどいて戦線に復帰するのは時間の問題だろうと思われた。
今のままでも相当危ないが、オレンジペコ殿が戦線復帰した時、知波単学園は負ける。
急がなければ不味い……!!!
265 :
◆OBrG.Nd2vU
:2017/07/17(月) 20:11:28.19 ID:NMg4Acl70
「……ダージリン殿!!」
私は目の前にいるダージリン殿に、ぶつけるように言った。
「本当に……本当にいいのですか!?」
「な……なによ!?」
ダージリン殿の目に、ちょっとだけ戸惑いの揺らぎが発生する。
「あなたの戦車道は……あなたの人生は! こんなところで光を失ってしまうのですか!?」
「よっ、余計なお世話だわ! 私がどんな人生を選ぼうと、貴方に関係ないでしょう!?」
「関係なくなんかない!!」
「なんでよ!?」
私は、眼前で赤い顔して言い返してくる分からず屋の娘に、思いの丈をぶつけた。
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