白垣根「花と虫」

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384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:43:46.30 ID:Kg04rnJk0



「この魔道書の知識を全て習得したものは、魔神にも等しい力を震える。でも、魔道書の原典っていうのは並みの魔術師じゃ扱い切れず、精神を崩壊させるような危険な代物なんだよ。まして、ていとくのような化学側の人間が、そんなことしたらどうなるか、想像に難くないんだよ」



インデックスの言葉に、上条とオティヌスは焦ったような顔をした。



「お、おいインデックス。お前まさか……」



「とうまは黙ってて」



上条の言葉を遮り、彼女は垣根を見据えた。


385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:45:27.32 ID:Kg04rnJk0



垣根はしばらく無言で彼女を見、そして彼女の額に手を触れた。



「ッ! おい垣根!」



上条は声を荒げる。垣根の身体は小刻みに震え出し、時間が経つにつれ、体の至る所に細い亀裂が走りだす。インデックスは目を閉じたままだ。上条とオティヌスは最悪を予感しつつも、これ以上何かを言おうとはしなかった。



緊張が走る空間の中、ある程度時間が過ぎていくと、変化が起こった。垣根の身体の振動が止み、全身の亀裂も徐々に再生していっている。



そして、インデックスの額に手を触れて10分程経った時、垣根は手を離し、ふう、とため息をついた。


386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:48:27.19 ID:Kg04rnJk0



「……なるほど。これでどうやら、私の考えていたことは正しいと証明された。インデックスさん。ありがとうございます」



垣根は乱れた髪を少し整え、彼女に礼を言う。彼女もまた、安心した表情で言った。



「本当は、こんなこと危険過ぎて絶対に承諾できないって思ってた。でも、ていとくの顔を見ると、断れなくなっちゃったんだよ。でも、本当によく耐えれたね」



垣根は疲労の読み取れる笑顔で、彼女の心配に答えた。



「能力者の脳の構造は、魔術と相成れることはない。それは分かっていました。ならば、『脳の構造を魔術に耐えられるように変換させ』れば、魔術にも耐えられる。そう思ったので、実行に移したまでです」


387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:52:49.69 ID:Kg04rnJk0



疲れ混じりの笑顔で語る垣根に、一同は呆気に取られた顔をした。科学と魔術の両立。それをいとも簡単に成せる能力。目の前のこの男は、明らかに「ヒト」の領域を超えている。皆はそう思った。



「すげぇ能力だな。お前のそれ」



「ええ。常識が通用しないのが売りなので」



上条の感想にそう答えて垣根は立ち上がった。



(……この世界に幾重にも重なる位相。そして、その最下層に位置する純数な科学の世界。この未元物質の起源は、そこから来たというわけか。おそらく、一方通行の翼もそうでしょう。とにかく、アレイスター。私も、そして彼も、貴方の思い通りにはならない。この力は、私のものとして使わせてもらう)


388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:55:55.32 ID:Kg04rnJk0



「おい垣根」



思索を巡らせていた垣根に、上条が横から入ってきた。



「お前、もう1人の自分と決着付けに行くんだよな」



ええ。と垣根は答える。



「俺の話になるんだけどよ、前にこいつと戦って、その時俺は、自分の弱さって奴をことごとく思い知らされたんだよ」



上条は肩に乗ったオティヌスを指差す。彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。


389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:57:39.42 ID:Kg04rnJk0



「だからこそ言えるんだけど、自分の意義や存在なんてのは、そう簡単に分かるもんじゃねぇ。掴めたと思ったら、それは幻想みたいにすぐに壊れちまうことだってある。オティヌスだってそうだった。自分の存在意義を生み出すため、何度も何度も世界を改変した」



上条は左の人差し指でオティヌスの帽子を突く。彼女は少し顔を赤らめて俯いた。



「でも、そうやって悩んだ末、オティヌスは俺の幻想殺しで作り上げてきた世界を壊し、この世界で罪を償うことを選んだんだ。垣根。悩んだ末の答えってのは、正しいかどうかじゃねぇんだ。そうやって絞り出した答え。それが今のお前そのものなんだ」



上条は右手を差し出す。


390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:01:31.60 ID:XGeWYfVo0



「お前のその答え。誰がなんと言おうと俺は肯定する。お前は垣根帝督の一部ってだけじゃない。悩み、覚悟し、前に進める、ただのカッコいい奴だよ。だから、負けんじゃねぇぞ」



上条の言葉に、垣根は小さく笑った。その後彼と握手を結ぼうとするが、寸前で手を引き下げる。



「貴方の右手と、私の身体は相性が悪い。残念ながら握手はできません。その代わり」



垣根は拳を握り、右腕を手前に差し出す。上条ももそれに答えて右腕を構え、2人は力強く互いの前腕をぶつけた。


391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:03:16.06 ID:XGeWYfVo0







(上条当麻。貴方は紛れもない、本物のヒーローだ。残念ながら私は、貴方のように強く、真っ直ぐ生きることはできない。能力に存在の全てを飲み込まれ、今にもかき消えそうなちっぽけなこの自我を、何とか保とうとしている哀れな私では)



垣根は翼を震わせ思い切り浮上し、高速道路と、もう1人の自分を上空より俯瞰する。



(それでもいい! 今の自分が、どれだけ惨めだろうと、滑稽だろうと構わない! 誰からも認められなくてもいい! 私自身が、誰よりも分かっている。私は垣根帝督だ。垣根帝督として、貴方に立ち向かって見せる!)



垣根は自分自身の過去へ向かい、特攻し、叫ぶ。


392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:05:33.21 ID:XGeWYfVo0



「帝督うううううううううううううッ!!!」



激しい翼の烈風が彼を包む。彼は小賢しいと言った表情で、同じように烈風を生み出し相殺させる。爆風が周囲に発生して高速道路の一部に切れ目を入れた。



「そんなに俺のことが目障りかよ! 俺さえ消せば、自分が穢れのない真のヒーローにでもなれると思ってんのかあッ?! つけ上がんじゃねぇよ虫ケラ! お前は未元物質で出来たただの人形だ! 何の過去も苦悩もねぇ、スッカスカの偽善者なんだよ!」



「黙れ! 私は垣根帝督だ! 誰が何と言おうと、垣根帝督なんだ! 垣根帝督として、貴方と向き合い、貴方を救わなければならないんだ!」



「その臭ぇ口を今すぐ閉じろ。俺を救う、だと? とことん俺をムカつかせるのが得意なようだなテメェは。俺を救うのは俺だ! 俺は俺自身の力で自分を救うため、学園都市のクソ共や魔神のブタ女にゴミみてぇに扱われながらもこの力を手にしたんだ! 誰も手もいらねぇんだよ! ましてやテメェなんかなあ!」


393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:06:47.88 ID:XGeWYfVo0



やがて2人は巨大な円状のインターチェンジに辿り着き、その中央を貫くように流れる直線の道路上へ着地した。四方から流れてくる道がこの一点で結び目のように絡み合い、上空から見下ろせばまるで一種の幾何学的な模様のようになっている交差地点だ。



「ここでケリつけるぞ」



彼はそう言って、手を上にかざす。すると、インターチェンジの周りを囲むように、透明な虹色の壁が発生し、一切の車の横行を遮断した。



「これで邪魔も、無駄な犠牲も発生しねぇ。悪ぃな。お前らもそこで見学してろ」


394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:08:11.40 ID:XGeWYfVo0



彼がそう言った直後に、上空から1つの白い影が虹色の壁の前に降り立った。垣根は振り返る。



「一方通行! 初春さん!」



第10学区から跡を付けてきた一方通行と、彼の腕に抱かれた初春。初春は彼の手を離れ、路上に降り立ち、垣根ともう1人の彼を見つめる。



「……いろんな恨みも辛みもあるだろうな。何にも知らねぇお前をいいように利用したんだからよ」



彼は無表情でそう言う。


395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:09:26.67 ID:XGeWYfVo0



「そうですね。私はあなたのことを何も知らなかった。だから、ずっと知りたかったんです。あなたのことを。約束してください。この戦いが終われば、全てを打ち明けてくれるって」



初春の言葉に、彼は少し口元を緩め、ため息と共に返答した。



「そいつは、できねぇ相談だ」



言い終わった瞬間、初春の足元から蚕の糸のような白い繊維が現れ、彼女を内部へと封じ込め、外壁を固め出した。数秒も経たぬうちに、繭状の白い塊が生まれ、宙に浮かんだ。



「彼女に何をしたんだ」



一瞬の出来事に目を奪われた垣根は、怒気を孕んだ声で聞く。


396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:11:09.00 ID:XGeWYfVo0



「俺のことが知りたいようだから、今すぐ教えてやるんだよ。あの繭の中で、あいつの意識と俺の過去の記憶をリンクさせ、実際に見てきてもらう。そっちの方が分かりやすいだろ。全てを見てきたら分かるはずさ。垣根帝督の嘆きも、そして、どうしても乗り越えられなかった絶望もな」



どうしても乗り越えられなかった絶望。その言葉が、垣根はこの世界を真の科学の世界より眺めていた時から感じていた疑念と絡み合い、1つの過程を口にさせた。



「帝督、貴方ひょっとして」



垣根は言う。






「『2回目』なのですか? この世界は」






397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:12:59.64 ID:XGeWYfVo0
ツッコミどころ満載だって? 心配するな。自覚はある。
今回はここまでです。次は5月後半の投下を予定しています。新約18巻めちゃくちゃ面白かった。ありがとう鎌池先生。
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:02:18.64 ID:fsa7eMrFO
投下します。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:10:29.01 ID:fsa7eMrFO



…………………………。



夜風の冷たさが無に変わるまで、彼女は走り続けた。それは悪魔に取り憑かれたような必死さを思わせる逃走。ヒールの足は折れ、全身を汗が侵食する。疲労と、狼狽の生み出す汗だ。



彼女は第4学区の食品倉庫街に辿り着いた。そこで足を休め、倉庫の壁にもたれ、夜空を見上げながら座り込んだ。



気が済んだか?



静寂を突き刺した声。右へ振り向くと、自分を追いかけてきた男が悲しげな顔をして立っていた。いや、彼からすれば今まで自分を出来る限り遊ばせてやっていたのだろう。学園都市第2位の能力を持つ彼は。


400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:12:00.48 ID:fsa7eMrFO



第21学区から第19学区へと帰宅するバスに乗っていた時、突如バスを塞ぐように現れた黒塗りのバンたち。そこに乗っていた学園都市の暗部の面々から告げられた真実は、あまりに残酷なものだった。



ずっと、自分の側に居た彼女の正体。それは自分を陥れるために遣わされた暗部の人間であった。



その事実を聞いた瞬間、彼の内部で安定していた何かがゼリーのようにぐちゃぐちゃになり、冷や汗と引きつった笑顔を顔に浮かべさせた。そんな彼を見た彼女は、手提げのバックの中に隠し持っていた手榴弾をバンに向かい投げた。明らかに相手を殺す気の攻撃に、周囲は一斉に身を伏せ、そして爆発が周囲を包んだ。



垣根が覆っていた腕を上げると、燃えるバンと地べたにひれ伏した暗部の一員が見えた。だがどこにも彼女の姿が見えない。彼はすぐに捜索を始め、そして今に至るわけだ。


401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:13:28.72 ID:fsa7eMrFO



彼女は目の前に現れた彼を見るや否や、立ち上がりまた逃げようとした。しかし一瞬で間合いを詰められた彼に後頭部を握られ、そのまま地べたに叩きつけられた。



それでも彼女は逃げ出そうとしたが、右耳すれすれのところにダンッ、と音を立てて足が振り下ろされたのを見て、一切の身体の動きを止め、仰向けになり彼の方を見た。



最初から、俺をはめる気だったのか?



夜の外気に晒された薄い鉄板のような声が、彼女の耳元に届く。彼女はゆっくりと、首を縦に振った。彼の顔は、より濃い絶望に染まったが、一縷の希望の色はまだ潰えてなかった。


402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:15:41.78 ID:fsa7eMrFO



全部、嘘だったのか?



彼の口から、次々と言葉が漏れる。



仲間を研究員共に殺されたってのも、この街の闇が憎いってのも、俺と、俺と過ごした時間も、俺に着いて行くっていったのも、あの笑顔も涙も、全部嘘だったのか? 全部、俺をはめて、殺すためだったのか?



脳内に押し寄せ、溢れてくるこれまでの記憶が彼の顔を苦痛に彩っていく。俺を騙していたのはいい。ただ、あの日々のどこかに、欠片でも本物があってほしい。そんな切なる願いで、彼の胸は満ちていった。



それはーーー



彼女は答えを、口にしようとした。



403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:16:22.58 ID:fsa7eMrFO










だがそれが彼に届くことはなかった。突如轟いた銃声と、前方から飛んできた銃弾により、彼女の頭蓋は破裂しアスファルトに脳髄を撒き散らしたからだ。










404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:19:53.23 ID:fsa7eMrFO



彼は虚無の表情で前方を見た。先ほどの特殊部隊の面々と、彼らに囲まれた老研究員がこちらにやってきた。



いやあすまない。君に心を許したと仮定して、とりあえず殺しておいたよ。実に残念な結果になってしまった。まあいいか。では、私はまた研究に戻らさてもらおう。



無言で立ち尽くす彼を余所に、彼らはこの場からの撤退を始めた。視界に映るその背中越しに、彼の中で押さえ込んできた感情の渦が表層に湧き上がってくるのを感じた。



後悔。



嘆き。



絶望。



怒り。



まごうことなき殺意。



405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:28:02.28 ID:fsa7eMrFO



彼はもう一度足元の彼女の亡骸を見つめた。抉られた脳髄。頭蓋の破片。どくどくと溢れる血。その生気なく開いた目に、自分の視線が重なった。



それが、完全に限界を超えた瞬間だった。目の前が充血し、赤く濁る。頭がたった1つの感情に支配され、他の全てが遮断される。自分の声すらも、一体何を言っているのか分からない。ただ、言葉にならない何かを叫んでいるのは事実だ。



彼の背中から6枚の翼が展開し、前方の連中に向かい突撃していった。



……やがて彼の感情が少し落ち着いてきた時、辺りが一面血と屑肉の海になっていることに気づいた。かつてそれが9人の人間だったことなど分からないほどの、完璧な虐殺の後がそこにあった。彼は自らが生み出した地獄絵図の中で、取り返しのつかない後悔に打ちひしがれた。


406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 22:53:47.15 ID:CRa50LqO0



ついに砕けてしまった。心に突き立て続けていたものが折れてしまった。もう、自分は、堂々と光をその身に浴びれない。



彼は血だまりの中で地面に膝をつき、頭を抱えてうな垂れた。圧し殺すような声と、赤い地面に落ちる透明な雫の音だけが、空間に響いた。



ここは地獄だ。彼はそう思った。



しばらくして、彼は立ち上がり、振り返る。愛していた人の亡骸。その方向へ彼は歩き出し、彼女が手にしていた鞄をまさぐり、その中にあった拳銃を取り出し、懐にしまい、遺体に一瞥をしてまた歩き出した。


407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 22:55:59.64 ID:CRa50LqO0






これでもう、耐える必要はなくなった。






彼はそう思った。自分は元々こっち側の人間なんだ。今まではそれに抗おうとしていたが、何の結果も残せなかった上に愛する者を亡くしてまで、それを貫くつもりはない。奥底に眠っていたどす黒い重油をサルベージした彼は、涙の跡を拭き取り、冷酷に笑った。



やることは変わらない。この街をあるべき姿に正す。これ以上、学園都市が自分のような人間を生み出さないようにする。



だが、もう手段は選ばない。必要とあらば、アレイスターが手招きした暗部組織であろうと率いてやる。邪魔をしようとする奴は、例え光の住人であろうと容赦しない。



自分だけの現実を、そのように構築し直した彼は、純白の6枚の翼を広げて夜空へと飛び立っていった。跡地に舞い落ちた羽の群れの一枚が、彼女の亡骸の上にはらりと落ちた。


408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:00:29.85 ID:CRa50LqO0



…………………………。




「……………………」



その光景を、棒立ちで見つめている人物がいた。それは本来ここにはいるはずのない者にして、これまでの彼の、垣根帝督の記憶を巡礼してきた者だった。



「これが、垣根さんの過去……」



彼女は、初春飾利はそう言った。彼に招かれ記憶の世界に落とされた彼女は、その終着地点にたどり着いたのだ。


409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:02:07.86 ID:CRa50LqO0



彼女は全てを見てきた。両親に見捨てられ、誰も信じることができなかった幼年時代。



学園都市に招待され、強大な力を手にした代わりに非人道的な実験の餌食になり、人格を悪意に侵食されていった少年時代。



自らの悪意と、この街の不条理に立ち向かおうと、愛する者と共に戦った青年時代。



そして、目の前に訪れた、その末路。






「……だが、まだこれで終わりじゃねぇ」





410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:03:34.67 ID:CRa50LqO0



背後からの声に初春は振り返った。そこにいたのは、自分を殺そうとした方の『現在』の垣根帝督だった。



「……終わりじゃ、ない?」



初春は彼の言葉を繰り返す。



「これから先はお前の知っての通りだ。邪魔者は容赦なく殺す、外道の完成だよ。そして、外道は外道らしく惨めに殺され、そこで人生を終えるはずだった」



彼は自分の掌を見つめる。



「だが分からねぇもんだ。紆余曲折を経て、俺は非科学の神の力の一端を手にし、過去をも変えることができるようになった。この力を手に入れて最初に考えたのは、学園都市のことじゃなかった」


411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:04:55.09 ID:CRa50LqO0



彼は顔を上げ、初春と視線を合わした。



「あいつが、最後に一体何を言おうとしていたのかってことだ。それだけは、どうしても知りたかった」



彼は手を初春に差し出す。



「知りたいか?」



初春は微かに震えながらも、前に歩き出し、彼の手に触れた。






視界が徐々にホワイトアウトし、次の世界へと移り変わる。





412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:05:44.67 ID:CRa50LqO0
短いですがひとまずここまで。次は未定ですが、なるべく早く仕上げます。
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:50:17.30 ID:Qg6wUMEH0
投下します。
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:52:10.23 ID:Qg6wUMEH0



彼の6枚の翼が黄金色に染まり、その表面から斑のように浮かび上がった無数の光線が垣根に向かい、発射された。



垣根は飛行しながら、周囲を円状に囲む2段の高速道路の間を潜り抜け、回避する。光線が高速の支柱を次々に破壊し、ドミノを崩すように高速はひしゃげていった。



垣根はその勢いのまま彼に突撃する。光線は未だ止むことなく発射されているが、それは垣根の半径2メートルに侵入した瞬間に背中の銀色の翼に吸収されていった。彼の光線を吸収した翼は一気に肥大化し、彼を切り裂こうと襲いかかる。



しかし彼は笑い、手をかざす。すると垣根の翼はサイコロステーキのように細切れになり、彼に届く前に瓦解した。



415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:53:30.53 ID:Qg6wUMEH0



「無駄だ!」



すかさず垣根は破片になった翼を自分の掌に凝縮し、全長10メートルほどの長刀を作り上げる。それを握り締め、彼に向かい振り下ろす。



「チッ!」



彼は左側の3枚の翼でそれをガードした。だが翼は木綿を裂くようにバッサリと切られ、彼は体勢を崩し落下する。



彼は落下の途中、垣根に向かい手を翳した。その瞬間、垣根の身体を包囲するように8本の軍神の槍が現れ、瞬く間に突撃したそれが垣根の身体を滅多刺しにした。



「グッ……」


416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:55:01.01 ID:Qg6wUMEH0



「くたばれクソが」



彼は道路上に膝を付き、垣根にそう言った後広げた掌をグッと握り締めた。



すると垣根の頭上に高層ビルほどの高さの軍神の槍が現れ、釘を打つように垂直に降り落ちた。槍は道路上をえぐるように突き刺さり、垣根の姿は跡形もなくそれに押し潰される。



彼は立ち上がり、モニュメントのようにそびえ立つ槍を眺めた。

417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:57:44.01 ID:Qg6wUMEH0



その槍の中心部が、小さくひび割れた。



「ッ!」



見る見ると槍はひびの発生した中心部から白く染まっていき、全体が真っ白になった瞬間、大きな音を立てて崩壊した。



崩れ落ちる白い破片の豪雨の中から、銀色の翼を震わす垣根がこちらに接近してくる。彼はそれに構えようとした。



だがその時、強烈な重力の魔手が体に襲いかかり、思わず彼は膝をついた。



「グッ、セコいマネしてんじゃ」



彼は何とか立ち上がろうとするが、その瞬間、ピアノ線のような煌めきを放つ白い繊維が彼の身体の至るところに巻きつき、彼の動きを封じ込めた。


418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:59:28.68 ID:Qg6wUMEH0



「そこは私の制御下だ。無駄な抵抗は止めて頂こう」



垣根はそう言い、拳を構えて彼に殴りかかろうとした。



だが、上空から槍を携え舞い降りた『2人目』の彼が、垣根の脊髄から胃のあたりにかけてまで槍を貫通させた。



「なっ」



彼の攻撃により、垣根はその場に標本のように貼り付けられた。彼は笑う。



「オイオイ。俺1人を完全に押さえ込んだからって油断するなよ。クッキーを割っても味は変わらない、だろ? 生身の肉体を持っている俺でも、分裂くらい余裕なんだよ」


419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:02:18.25 ID:Qg6wUMEH0



彼は黄金の翼の先端を垣根に向け、その身を八つ裂きにしようとした。



しかしそこで垣根の身体は液状化し、ゴボゴボと音を立てながら瞬時に別の形状になった。それはハスをモチーフにした白い花だった。



彼が何かを言う間も無く、その花は閃光を撒き散らし、大爆発を起こした。



そこから数メートル離れた所に、白い糸を渦巻かせ、自らを再生させる垣根。巻き起こる粉塵の中から、首を軽く回しながらこちらに歩いてくる人影が見えた。



「……大した不死身だよな。俺もお前も。何回殺されようが死なない。どんな気分だよ。そんな体になっちまったのはよ。ア?」



粉塵の中から姿を現した無傷の彼は、静かな威圧を込めてそう言った。


420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:06:06.09 ID:Qg6wUMEH0



「複雑、とだけ言っておきましょうか。だが、元を辿れば自業自得です。この運命を恨むようなことはしません」



彼の言葉に垣根は冷静にそう返す。



「当てつけかコラ? 確かに俺は腐ったことばかりやってきた。それは否定できねぇし、するつもりもねぇよ。だが何の関係もないお前が、何故その罪を引き受けようとする。俺の罪は俺自身の手で裁く。お前如きに出しゃばられても、目障りなだけなんだよ」



「貴方の目にはそう映っていたとしてもだ。私の中には明確な貴方の記憶があり、罪の感触がある。このマイナスを少しでも0に近づけられるのであれば、私は貴方の罪の全てを引き継ぎ、その苦しみに耐えてみせる。それが垣根帝督の名を冠する者としての、学園都市を守るカブトムシさんとしての責務だ」



「だから」



彼の声に苛立ちが浮かんだ。


421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:09:00.81 ID:Qg6wUMEH0



「その必要がねぇって、言ってんだよ。お前は垣根帝督でも何でもねぇし、学園都市ももう、お前は気にしなくていい。初春にも言った通り、終わらせるんだよ。そもそも、この街の存在そのものが間違ってたんだ。ガキの脳を弄って能力を生み出す? その能力にランク付け? 狂ってるよ。今更言うまでもねぇが、この街は何もかもが狂ってる。お前らだってそう思うだろ」



垣根と、壁の向こうで2人の戦いを眺めている一方通行は、無言でただ彼を見つめる。



「この街は確かに歪だ。それを少しでも正す為に私はここにいる。貴方だって、闇に染まっても尚その思いは変わらなかったはずでしょう?」



垣根の声が、冷気のように鈍く、彼の耳を揺らす。



「ああ。だから今、それを果たすんだよ。こんな街があったから数え切れない不幸が生まれたんだ。この街のない世界があれば、学園都市に生きる230万人は今より救われるはずだ。だから俺は」



得意げに語る彼を遮り、垣根は言う。


422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:11:55.14 ID:Qg6wUMEH0



「過去を操作し、『学園都市が存在しない世界』を作り出す。それが貴方のやろうとしている贖罪ですか?」



垣根の言葉に、彼は口元を僅かに緩める。



「考えてもみろ。この街が存在しない。それだけで、子供達を利用した非道な実験はなくなり、暗部なんてものも完全に消滅する。能力の格差に苦しむ無能力者達も救われ、強大な能力に振り回される悲劇もない。終わりの見えねぇ応急処置みたいなことやるよりも、この方が確実に救われる人間がいるだろ」



彼は両手と翼を広げ、空間を震わせる。



「俺は、太陽になりたいんだよ」



壁の外の一方通行が、目を見開いた。彼の頭上100メートルほどの位置に、果てしない炎上とエネルギーを感じさせる、直径40メートルほどの真紅の太陽が形成されていたのだ。


423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:14:41.51 ID:Qg6wUMEH0



「この街の包み込む闇の全てを、俺は照らし尽くしてみせる。何度でも言ってやるよ。お前の手なんか必要ねぇ。分かったら邪魔を、するな」



太陽を背に黄金の翼を高らかに広げる彼は宣言する。垣根はそれに一切動じず、言葉の代わりに銀の翼を展開した。



「何を言っても無駄か」



上空の太陽が激しく光り、彼の黄金の翼を経由して、光線の雨へと変わる。垣根はそこに立ったまま、迫り来る光線の法則を全て制御し、無力化していく。



「防ぎきれる、とでも思ってんのか?」



黄金の翼が勢いよく光ったと同時に、上空の太陽から光弾が、スプリンクラーのように発射された。光弾は周囲の物体を見境なく破壊し尽くしていく。垣根は上空に飛び立ち、攻撃の本体を叩こうとする。


424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:16:39.44 ID:Qg6wUMEH0



(今、法則の制御を行える時間は9秒ほど。そこから再び能力を使用するには2秒のタイムラグがある。そのラグを読み取り、休む間のない攻撃を仕掛けて圧殺する気か)



攻撃を無効化しつつ、自身の能力が及ぶ範囲にまで太陽に接近し、垣根はその法則を書き換えようとする。



だが、



(ダメだ! 間に合わない!)



無情にも太陽に辿り着く寸前、9秒が過ぎてしまった。直後に垣根の体を、無数の光弾が貫いた。



「ガアッ……」


425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:19:04.64 ID:Qg6wUMEH0



光弾によりポップコーンのように宙を跳ね回る垣根は、そのまま虹色の壁まで飛ばされ、壁に激突した後、中央を貫く高速道路上に落下した。光弾の雨は止み、辺りを圧倒的な破壊の残痕が漂う。



「しっかりしろ。俺の前で情けない闘いしてンじゃねェぞ」



壁の外から声が聞こえた。壁にもたれかかり振り返ると、赤い瞳でこちらを睨む一方通行の姿があった。



「心配どうも。大丈夫ですよ。貴方はそこで見ていればいい。そこで、じっくりと」



垣根は立ち上がり、一方通行に礼を送った。



「その様子だと、世界を拡張させる範囲や箇所にも限界があるようだな。縛りありまくりの似非無敵じゃあ、俺を止めるなんて到底できねぇぞ」



垣根の前に彼は降り立ち、見透かしたような口調でそう言った。


426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:20:56.79 ID:Qg6wUMEH0



「ご明察の通り。同時に、複数箇所に世界を拡張できるのは2つまでです。また、改変は私の半径2メートル以内でないと効果が発動できません」



冷静に語る垣根に彼は言う。



「オイオイ。バラしていいのかよ。しかも能力の発動範囲までもよ。つまり俺はそれより遠くから一方的に攻撃し続けば、いずれは推し勝てるってことだよな?」



「その認識はある種正しいです。だが」



垣根は太陽に向かい、手をかざした。



直後に太陽の周囲を巨大な水泡が包み込み、複雑に蠢きながら太陽を消火した。彼はそれを見届け、再び垣根を睨む。


427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:48:29.93 ID:Qg6wUMEH0



「この世界に認識できる空間全てが『自分』。それが未元物質の生命力だ。私の半径2メートル以内とは言いましたが、実際発動範囲なんて関係ないと思っていただこう」



堂々と宣言した垣根を無言で3秒睨んだ後、彼はフッと笑った。



その笑みに共鳴するように、彼の周囲の空中に、ブラックホールのような4つの黒い渦が現れた。そしてその渦から、おどろおどろしい噴出が沸き起こり垣根に襲いかかった。



「ッ! それは」



垣根は飛び上がり、高架下の広場に避難した。彼はニヤニヤと、壁の向こうの一方通行を見る。
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:50:08.11 ID:Qg6wUMEH0




「同じ次元の力は、制御し難いようだな。どうだ? お前が俺をこいつでぶち殺してくれたおかげだよ。こうやって再現できるようになった。驚いたか? まあ魔神の力を再現した後じゃあ見劣りするか」



「……ハッ。猿真似の分際で偉そうな顔してンじゃねェよ三下」



自身の黒翼を再現された一方通行は、以前戦った垣根帝督の悪意の集合体が、いずれ能力者の能力の完全再現もできるようになると言っていたのを思い出した。



「威勢だけはあるな。今じゃその三下呼ばわりも滑稽だぜ第1位。どっちが上か、どっちが下か。そんなの比べるまでもなく分かってるはずだろ?」



「…………………………」


429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:51:28.20 ID:Qg6wUMEH0



「……まあ、あいつは諦めてねぇようだが」



彼は地上に膝をつき、自分を睨みつける垣根に一瞥した後、一方通行の横に視線を移した。



「お前の隣のそいつはどうかな?」



一方通行は隣の初春を見る。うっすらと透けた繭に包まれた状態で、胎児のように膝を抱えている彼女。



その体が、頼りなくぶるっと震えた。


430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:26:18.22 ID:Wj4tb5390



…………………………。



白塗りの世界から徐々に視界が開けてくると、そこは先ほどまでと同じ、夜の第4学区の倉庫街だった。冷たい空気感、夜風の匂い。そして、同じく目の前に、地べたに仰向けになった彼女と、それを見下す彼がいた。



「ここは…………」



初春は視線の先の彼を見る。彼の顔は、前より少し悲しみの薄れた表情だった。



「この世界はあそこから始まったんだ。あの時、研究員のジジイにあいつを殺されなかった世界。という前提でな」



初春は声のする右横を向いた。目の前の彼の未来。垣根帝督がそこにいた。



「ちゃんと見てろ。あれが俺の抱いた幻想の末路だ」


431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:28:47.52 ID:Wj4tb5390



彼に誘導され、初春は視線を前に移した。



「全部、嘘だったのか?」



あの時と同じ言葉を、彼は口にする。



「仲間を研究員共に殺されたってのも、この街の闇が憎いってのも、俺と、俺と過ごした時間も、俺に着いて行くっていったのも、あの笑顔も涙も、全部嘘だったのか? 全部、俺をはめて、殺すためだったのか?」



「それはーーー」



周囲に邪魔者は誰1人としていない。彼女は今、その答えを口にしようとした。


432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:29:28.52 ID:Wj4tb5390










「ーーーぷっ」









433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:31:51.22 ID:Wj4tb5390



彼女の口から発されたのは、言葉ではなかった。



「ぷっ、アハハハハハハ! え? 何ぃ? 何て? アハハハハハハハハハッ! ハッハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハッ!!!」



彼女はただひたすら、笑い続けた。彼にとってそれは、どんな返答よりも残酷な答えだった。



「何、笑ってんだよ」



彼は怒りと恥ずかしさと嘆きが混じった、震えた声で聞く。彼女はそれを無視して笑い続け、しばらくしてその爆笑の跡を顔に残し、上半身を起こす。



そして、鞄から拳銃を取り出し、それを自分のこめかみに押し付けて彼に言った。


434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:34:00.65 ID:Wj4tb5390



「出来るだけ、アンタを絶望させて暗部に堕とすように。それが私に与えられた指令よ。さあ、どれが嘘か、教えてあげるわ。何が知りたい? さっきのキス? 負わされた怪我? 楽しいデート? それとも、私の死んだ仲間たちのこと?」



彼女はそう言ってまた笑い出した。彼は魂を抜かれたように足元をふらつかせ、彼女から遠ざかろうと後ずさり始める。



「…………ッ……」



初春は口元を押さえ、その光景を苦しそうに見ていた。隣の垣根は石像のように無表情だが、視線の先の呆けた顔の彼を見ると、何も言われなくてもその胸中を図るには十分だった。



彼女が放った言葉の1つが脳に鉤爪を立てた。彼は震えた声で、言う。


435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:35:35.92 ID:Wj4tb5390



「死んだ、仲間たち?」



「あら? それがお望み?」



彼女は嘲笑し、告げた。



「あそこで私以外は実験で死んだって言ってたでしょ? あれ、本当は私がやったのよ」



彼の瞳が、重い影に閉ざされた。


436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:37:29.82 ID:Wj4tb5390



「と言っても、実験に失敗して半身不随になったり、体が奇形化したり、脳に障害が出て使い物にならなくなった『死に損ない』の処理って形でだけどね。研究者共が煙たがってやりたがらない仕事を、率先して引き受けたまでよ。でも、昔の人間って偉いわね。ガス室に集めてちゃちゃっと殺すのが一番効率的だって、既に証明しちゃってるんだから」



自分が成し遂げた仕事を誇らしく語るその姿に、かつて自分の前で罪悪感に苛まれ、優しい涙を零した少女の姿は微塵も残っていないと、彼は確信していた。



「じゃあ、その首のマークは……」



「自分で付けたに決まってるでしょ? 誰があんな不良品共と臭い飯食いたがるのよ」



余りにも弱者を見下し切ったその物言いに、遠くから眺めている初春は眉間を歪め、拳を握った。


437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:39:19.14 ID:Wj4tb5390



「……何で」



「アレイスターの為よ」



彼女は即答する。



「親に捨てられたも同然でこの街に来て、イかれた実験の末に貼られたレッテルは『無能力者』。ふざけんじゃないわよ。どいつもこいつも私をバカにしやがって。掌から風だ雷だ出すのがそんなに偉いのかよ。くっだらない。何としてでも私は自分の価値を証明したいのよ」



彼女は怒りを顔に滲ませた。劣等感と自尊心がせめぎ合い生まれた、歪んだ怒りだ。


438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:42:44.83 ID:Wj4tb5390



「私はすぐに力を求めて、暗部に堕ちた。そこであらゆる技術を習得したの。能力になんて頼らなくても、私は強いことを知らしめる為にね。そして、ついにこの街の頂点。学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーに会うことができた」



彼女は頬を赤らめた、牝の表情で彼に告げた。



「衝撃だった。それはもう、あんたなんか目じゃないくらいにね。私は思ったの。ああ、私の人生は、この人に捧げる為にあったんだって。あの人の持つ、途方も無い力に私は惚れたの。あの人の為なら私はどんなことでもするわ。嘘だろうと、殺人だろうと、好きでもない男とのキスだろうとね」



彼は目はもう、何も見ようとしていなかった。初春には痛いほど分かった。彼はきっと、この現実を存在しないものに、しようとしているのだと。


439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:44:28.33 ID:Wj4tb5390



「嘘だ」



「ホントガキね。アンタ」



彼女の引き金を握る指に、力が入る。



「言ったでしょ? この『作戦』は、あんたを限りなく絶望させて暗部に堕とすのが目的なのよ。本当は何も知らないまま、私をあいつらに殺させるつもりだったんだけどね。でも、今のアンタを見てると、こっちの方が良かったのかもしれないわ」



彼女は恐れのない笑みを浮かべる。



「止めろ」



「大体さ」



彼女は彼に告げる。


440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:51:49.09 ID:Wj4tb5390



「肝心の襲撃場所を私に選ばせたり、偉そうなこと言った割には『たった』2年で根を上げ出したり、あんたのやること成すことには『芯』がないのよ。結局、自分が気持ちよければそれでいいんでしょ? 周りにいいように見られたいだけの自意識過剰なガキが、この街を救うなんて笑わせるんじゃないわよ」



彼女は息を吸い、もう一度強く、こめかみに銃口を当てた。



「止めろ! お前が居なくなったら、俺は」



「知らねぇよ。そんなの」



それを最期に、彼女の頭を銃声と銃弾が貫いた。脳髄と鮮血を撒き散らしながら、彼女の体は重力に吸われ、再び地べたに仰向けに横たわった。



「ッ……………………」



初春は目を覆った。その惨劇も、それを目の当たりにした彼の姿も、もう、見たくなかった。


441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:54:55.03 ID:Wj4tb5390



だが彼女の頭を垣根は横から掴み、無理やり顔を上げさせた。



「ッ、や、ぃや…………」



「イヤじゃねぇよ。いいか? しっかりと見ろ。これが俺の過去なんだよ。どうしようもなかった、惨めな結末なんだよ。ホラ、ちゃんと見ろ!」



その声は冷静で、どこか荒んでいて、そして哀しげだった。



彼女の亡骸を見下す彼は、口を半開きにして、何かを言おうとしている。だが、どんな言葉もこの絶望を表現できないことを分かっている。彼はそれでも何かを言わずにはいられない。



「違う」



彼はようやく一言口にした。


442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:56:42.13 ID:Wj4tb5390



「違う。違う。違う! 違う違う違う違う! 違う!違うッ!」



一度溢れ出したら、もう止まらない。彼は壊れたレコーダーのように、何度も同じ言葉を繰り返した。






「……止めろ! 違う! 俺が、俺が望んだのは…………」






彼はそう言って、背中から6枚の翼を展開させた。その翼の周囲に黄金の絹の糸のようなものが揺蕩い、空間に天使の歌のような荘厳な音が轟き始める。初春は知っている。これは、太陽の門の前で発動しかけていた、世界改変の前兆だ。


443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:58:47.10 ID:Wj4tb5390



彼の翼が根元から、ゆっくりと黄金色に染まって行くのを見ながら、隣の垣根は口を開いた。



「分かっただろ? 俺が引き下がれない理由を。俺にはもう、何も残っていないんだよ」



初春は垣根を見る。冷静に、過去の自分を見つめるその瞳が、何よりも孤独でひ弱に感じられた。



「この街がある限り、間違いなく『ああいうこと』は繰り返される。もう、そんなのは御免なんだよ。分かったら初春、邪魔をしないでくれ」



垣根は静かにそう言って、初春に背中を見せ、この場を去り出した。それを目で追う暇もなく、翼の輝きが最大限になり、目の前が再びホワイトアウトした。



寸前。初春の視線が、黄金の翼を持つ彼の視線と重なった。彼は初春を認識できないにも関わらず、何かを訴えるように彼女を見ていた。


444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:03:08.86 ID:BlGJYkS/0



一方通行が隣の繭が見つめていると、突如発光し出した繭が内側から緩やかに解けていき、その中から解放された初春が、膝から地面に着地した。



「……………初春さん」



高架下の広場からそれを確認した垣根は、彼女の名前を呟いた。一方、道路上でそれを見ていた彼が口を開く。



「これで十分か?」



初春はハァ、ハァと息を荒げ、両手を地面に付き、項垂れている。汗が一雫、コンクリートの地面に落ちた。



そして初春は、顔を上げて壁越しの彼を見た。


445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:04:50.72 ID:BlGJYkS/0



「ッ、何だその目は」



彼女の瞳は、ただ真っ直ぐに彼を見ていた。その目に宿っているものの全てを彼は理解しきれなかったが、そこに自分が望んだものは混じっていないことは明らかだった。



彼はたまらず何かを言おうとしたが、自身の体に白い糸が絡みつき、その動きを封じ込めたことにより、言葉を繋げることができなくなった。



そして、彼の体は高架下から音速で追突してきた垣根の拳に押し出され、数十メートル先の空中へと吹き飛んだ。跡地に残った垣根は、初春を見る。



垣根はゆっくり微笑んだ。



初春はそっと頷いた。


446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:06:54.39 ID:BlGJYkS/0



一瞬の、しかし確かな邂逅の後、垣根は吹き飛ばした彼を追い、銀色の翼を震わせて飛翔した。



「……垣根さん、勝てますかね?」



初春は隣の一方通行に聞く。



「さァな。だが、ある程度の算段は聞いた」



その言葉の後、僅かな沈黙が生まれる。初春は彼を見た。



「……本当に、やる気なのかあの野郎」


447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:08:08.28 ID:BlGJYkS/0







彼は顔を歪ませ、翼を駆使しバランスを整え、迫り来る垣根を迎撃する準備を整える。



「クソがッ! 失せろッ!」



彼は掌を垣根にかざした。5秒前の次元からの不可侵の攻撃により、垣根の体は、だるま落としのようにバラバラになる。



しかし彼の周囲に、先ほどと同じような繊維が集結している。彼は顔に動揺を浮かべ、そして自身の真上を見た。



「こっちだ」


448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:10:42.53 ID:BlGJYkS/0



無傷の垣根が、翼の先端をこちらに向けて突撃してきている。垣根の制御下にある状態の彼は、的同然の、蹂躙されるのを待つだけの存在だ。圧倒的有利の攻勢から垣根は彼を狩ろうとする。



そこで垣根は振り返り、背後から襲撃をかけてきた『2人目』の彼の黄金の翼を、銀色の翼で迎え撃った。翼の先端同士が激突し、拮抗したまま両者は睨み合う。




「2度も同じ手は通用しませんよ」



そう言う垣根の背後で、白い糸に絡まった彼が蝋燭が溶けるようにドロドロになり、消滅した。



「ハッ。だが追撃をかまさねぇ辺り、お前の分身の限界は、真の科学の世界の拡張も含めると4人までってことか? いや、それもブラフかもしれねぇな。何にせよ、しぶとい野郎だ」


449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:12:03.24 ID:BlGJYkS/0



彼は、忌々しげに垣根を睨む。



「さあ? ご想像にお任せします。それと、この私にしぶといだなんて今更じゃありませんか?」



垣根は鋭い目で彼を睨み返しながらも、口元には細い笑みを浮かべている。



「だな。全く、ムカつく野郎だ。お前も、あのガキも」



あのガキ。その言葉に垣根の眉がぴくりと動いた。



「ムカつく、というのは、どこか彼女に期待してしまっている自分がいるからじゃないですか?」



450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:13:23.65 ID:BlGJYkS/0



垣根はそう言って、また不敵に笑った。彼は沸騰したように顔を憤怒に濁らせ、5秒前の次元に干渉し、垣根に翼の斬撃の嵐を浴びせた。垣根の体はテッシュを破くように散り散りになっていく。



「その怒りが、答えのようなものですよ」



既に背後に作られていた『2人目』の垣根の言葉に、彼は歯を食いしばる。



「きっと、『2回目』の世界でも、貴方と彼女は同じような結末を辿ったのでしょう。貴方は初春さんにその全てを伝えた。だが彼女は折れなかった。彼女はまだ、貴方に希望を見出している」



彼は勢いよく振り返り、翼で垣根を横から一刀両断する。


451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:15:30.31 ID:BlGJYkS/0



「私もですよ」



すぐさま『3人目』が背後に回り込み、語りかける。彼は破裂しそうな怒りに震える。



「貴方はきっとやり直せる。そう信じているんだ。それを拒み続けているのは、偏に貴方が光の世界を恐れているだけだ。『人を殺した自分が許されるはずがない』『一度折れた自分がやり直せるはずがない』貴方はそうやって自分をーーー」



「ウルセェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」



彼は咆哮し、掌から再現した黒翼を噴出させ垣根にぶつけた。吹き飛ばされた垣根は再び中央の高速道路の上に落下し、仰向けに横たわった。その体は卵の殻を砕いたかのようにヒビだらけだ。


452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:17:27.78 ID:BlGJYkS/0



「どの視点から説教垂れてやがんだコラァッ! やり直せるだぁ? 虫酸が走るんだよ! クソみてぇに薄っぺらい希望をチラつかせやがって。んなモンに惑わされてたまるか! テメェの不始末くらいテメェでつけるんだよ。この街さえなかったことにすれば、俺も、俺以外の奴らもきっと」



「笑わせるな」



低く、冷たい声で垣根はそう言い、全身を再生させながら立ち上がる。




「貴方が自分の弱さと、犯した罪にとことん向き合おうとしたならば、そんな安易な答えは生まれないはずだ。自分以外の人間も救われる? 自分の正当化に、他人の不幸を利用するな。貴方はただ、逃げ出したいだけだろ」



その言葉に、彼は唸り、憎悪に滾った拳を握りしめる。


453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:19:59.27 ID:BlGJYkS/0



「『もしも』の世界に逃げられるなら、誰だってそうしたい。でも、本来それは出来ないんですよ。だからこそ皆、自分の弱さも、過ちも、後悔も全部引き連れて、それでも何とか生きようとしているんだ。貴方がやろうしていることは、そんな『覚悟』への冒涜以外の何物でもない!」



垣根は右足を、強く前に踏み出した。壁の向こうの一方通行は、それを静かに見守る。



「逃げ切らせてたまるか」



全身を再生し切った垣根は、6枚の銀色の翼を背中に広げる。



「そんな腑抜けた答え、私は絶対に認めない。足掻いて、苦しんで、その末に絞り出したものがそれだと言うのなら、真っ向からそれを否定してやるまでだ。自分を何一つ省みないまま、『もしも』の世界に逃げて満足しようとするのなら、そのふざけた幻想は私がぶち殺す」



垣根は迷わぬ意志を瞳に乗せ、彼を睨んだ。


454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:23:36.32 ID:BlGJYkS/0



「カッコつけてんじゃねぇよ」



彼は怨嗟の声を口から吐き出す。



「大層なこと言いやがって! お前の方こそ、本当は怖くて仕方ないだけだろ!? 学園都市が存在しない世界を作り上げれば、お前の存在は完全に消滅する。そもそも俺が肉体を失くすことがなくなるからな。それが怖いだけだろ! アァッ?!」



彼が発する罵倒を受けても、垣根の瞳が揺らぐことはなかった。



「……やってみろよ」



彼は空中で静止したまま、そう言う。



「そこまで言うなら見せてみろよ。お前の意地を。こいつを喰らっても尚、んなナメたことが言えんのならなぁッ!」


455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:33:27.86 ID:BlGJYkS/0



それと同時に、彼の翼が根元から、黄金を更に超えた輝きすぎるほど輝くプラチナに変色していった。一方通行は、その翼の色に目を見開く。



「その翼……真の科学の世界と同じ領域の力、ですね」



「ああ。その世界に根付いた天使、『エイワス』の力だよ。学園都市のクソどもに利用されてる間、そいつの存在に触れる機会があってな。何とか再現しようとしたんだが、魔神クラスの難易度で随分時間がかかったもんだ。だが、もうじき終わる。完璧な力をふるえるまで、後30秒もねぇよ」



プラチナの翼がキィィンと鳴動し、眼下の垣根に照準を定める。



「同じ次元の力だ。お前にこいつを防ぐことはできない。発動を許せば最後、お前は必ず死ぬ。それまでに俺を食い止めてみせろよ虫ケラ。やれるモンなら、な」


456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:37:11.76 ID:BlGJYkS/0



垣根は上空の彼を見つめる。翼の輝きはまるで太陽のようで、この空間全てに等しく異常な光の波動を浴びさせている。伸びた背後の陰に誓いを立てるように、垣根は左足を後ろに下げ、来るべき瞬間に備えた。



「決着をつけましょう」



垣根の言葉に、彼は口元を歪ませ、告げた。



「残り10秒」



それが合図だった。垣根は瞬時に彼との間合いを詰め、彼を制御下に置いて身動きを封じ、その胸元を拳で貫いた。彼の体はその傷口から、砂の城に水をかけたかのようにボロボロと崩れていった。


457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:48:49.11 ID:BlGJYkS/0



「残り6秒」



背後に強烈な光。『2人目』の彼がプラチナの翼を掲げ、不敵に笑っている。




「無駄だ!」



垣根は再び真の科学の世界を拡張させ、彼を封じ込めようとする。



だがそれよりも先に、過去からの攻撃により垣根の体は縦に真っ二つに切断された。



「グッ……」



「ほら、残り4秒」


458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:53:04.47 ID:BlGJYkS/0



プラチナの翼の輝きが更に増していく。鋭利な先端がこちらを冷酷に見つめるのを見て、垣根は、フッと笑った。



同時に、彼の周囲に真の科学の世界が展開される。蜘蛛の巣のように白い糸が張り巡らされた2メートル四方の空間の中で、彼は無表情、切り裂かれた垣根を見つめる。



垣根は自分の半身を再生させ、そしてもう2人の分身を創造した。計3人となった垣根は、彼の周囲を取り囲む。



「この空間を『お前』と考えると、生み出せる分身は5人までか」



垣根は問いに答えず、3方向からの、合計18枚の銀色の翼で、彼を切り刻もうとした。後2秒。これが、最後の攻撃だった。


459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:57:29.64 ID:BlGJYkS/0



だが突如、彼を縛り付けていた空間は消滅し、3人の垣根は過去からの攻撃により翼を粉々に砕かれた。垣根は、表情を凍らせる。



(まさ、か、あの時!)



脳裏をよぎったのは、自分を槍で貫いたあの瞬間。



(既に、能力を読み取られていたのか!)



少なくともそうとしか考えられない目の前の現実に答えるように、彼は笑みを浮かべた。



「同じ未元物質で、できないとでも思ったか? おかげで3秒ほどなら制御可能だ。切り札は、とっておくべきだろ?」



3秒。その一瞬が、最後の勝敗を分けた瞬間だった。



タイムリミットが訪れた。


460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:59:35.79 ID:BlGJYkS/0



「ここでお別れだ」



彼の翼がこれまでで最大の輝きを放った。瞬きの間もなく、3人の垣根の体は、紙吹雪のように散り散りになった。



「垣根さん!」



壁の外から、決着の瞬間を眺めていた初春が悲痛に叫んだ。



粉砕された垣根が、徐々に空中に溶けていき、完璧に消滅していく様を見届けた彼は、歓喜を滲ませた声で呟いた。



「勝った…………」


461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:01:21.06 ID:Q/r+SgUt0






彼が口元を緩ませた、その時だった。






白い光の柱が、中央の高速道路上に、轟音と共に天から降り立った。





462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:03:17.55 ID:Q/r+SgUt0



「ッ、何だ?」



彼は思わずその柱を見る。純白の輝きの線が段々細くなっていくと、その中から人影が見え始めた。



「貴方の質問に答えましょう」



人影は声を発した。その声は、聞こえるはずのないものだった。



「私の分裂の限界は、6人までです。それくらいにしておかないと、また主導権を奪われてしまいますから」



光の柱の中から現れた白い影は、紛れもない垣根帝督だった。


463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:05:01.99 ID:Q/r+SgUt0



「……どこに隠れてやがった?」



彼は尋ねる。



「最初からずっと、真の科学の世界に潜んでましたよ。とあることの為にね」



その返答に彼は、顔を歪めながらも笑う。



「……そうか。お前、第1位とそっちに避難してやがったな。自分にムカつくな。『この世界』のお前が、お前全てだとは限らなかったことを失念してたぜ」



彼は頭を掻き、それで、と言葉を繋げる。


464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:07:43.54 ID:Q/r+SgUt0



「どうするつもりだお前。真の科学の世界に雲隠れしてたはいいが、この戦況、覆す手はあんのかよ!」



彼はそう言い、プラチナの翼を数百メートルほど巨大化させ、その内の1枚を垣根に向かい振り下ろした。法則の制御下に置くこともできない同等の次元の力。垣根が再三縦から肉体を切り裂かれることは必然のはずだった。






垣根は右手を翼にかざした。パキィンという音が響き、翼は軌道をずらされ右横に振り下ろされ、高速を切断した。





465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:15:45.45 ID:Q/r+SgUt0



彼はその光景に絶句する。同様に、壁の外の一方通行も驚きを隠せない様子だった。



「本当に、やったのか。あの野郎……」



初春は何が起こっているかも分からない表情で、一方通行と壁の向こうの垣根を交互に見つめている。



「……何だ、その右手」



彼の問いに、垣根は答える。



「とあるのヒーローの能力ですよ。貴方と同じように、能力の再現に漕ぎ着けただけです」



垣根は不敵に笑い、その能力名を口にした。



466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:16:43.71 ID:Q/r+SgUt0










「幻想殺し。あらゆる異能を打ち砕くだけの、最強(さいじゃく)の能力ですよ」









467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:18:49.21 ID:Q/r+SgUt0



能力の全貌を聞いた彼は、呆然と垣根を見つめる。



「本来、彼の右手でないと宿らない能力なんですがね。その法則を制御して、私の右手でも使えるようにしました。中々大変でしたよ。この世界で貴方を食い止めつつ、この能力を完成にまで持っていくというのは」



垣根の語る経緯など全く耳に入っていない彼は、純粋な驚愕をぶつける。



「自分が何やってんのか、分かってんのか?」



彼は言う。



「異能を打ち消す右手だと? お前がそんなもん体に宿らせたら、どうなるか分かるだろ」


468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:20:17.74 ID:Q/r+SgUt0



彼が語っているその間にも、垣根の右手は歪にひび割れていき、その余波はやがて垣根の全身を蝕み始めていく。



「ええ。笑えるくらいに相性最悪の能力だ。法則制御で何とか抑え込んでいますが、長くは持たない。だから、今ここで終わらせます」



垣根はしゃがみ、右手を地面に付かせた。



「この右手の持ち主にヒントを頂きましてね。彼が魔神との戦いで世界改変に巻き込まれた際、幻想殺しで書き足した世界を破壊し元の世界に戻ったそうです。つまり、貴方が改変したこの世界も、幻想殺しでリセット可能ということですよ」



垣根は右手に力を込める。すると、そこを中心に空間に亀裂が走り始め、世界の全てのメッキを剥がすように次々と広がっていく。



「ぅ、グッ、ガッ…………ッ!」


469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:22:39.19 ID:Q/r+SgUt0



だがその破壊は、使用者である垣根をも巻き込んだ。垣根の体にはより深刻なひびが入り、皮膚の表面は彫刻刀で抉られた木のように、各部分が少しずつ弾け、崩壊していく。



「垣根さん! 止めて!」



初春は叫ぶ。その訴えが耳に届いたのか、垣根は初春の方を一瞬見て、誇らしげに笑った。



「そこまでするのかよ。そこまでして俺を、認めないつもりかよ」



彼の背中のプラチナの翼は無残にひび割れていく。彼はそれを一向に気にせず、眼下の垣根に問いかける。



「貴方を認めないんじゃない。貴方に、認めて欲しいんですよ。己の弱さを。強さを。そして、私のことを」


470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:24:26.59 ID:Q/r+SgUt0



垣根は言う。その覚悟に返す言葉を失った彼は、呟くように言った。



「死ぬぞ。お前」



「そうかもしれない。だが私の」



いや、と垣根は言い、そして笑みを浮かべて告げた。






「俺の未元物質にその常識は通用しねぇ」






それを聞いた彼が、何かを言おうとする直前、世界に行き渡った亀裂から白い光が溢れ出し、全てを飲み込んでいった。


471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 14:57:43.68 ID:Q/r+SgUt0



…………………………。



「…………ッあ!」



初春は目の前を覆っていた腕を下ろすと、そこは見たことのない、ボロボロになった甲板の上だった。一体自分がどこにいるのか、辺りを見渡してみると、一面廃材や木屑の山、錆びついたタンカーの死骸が山のように横たわっている異様な光景が目に飛び込んできた。



「ここは、一体……」



よくよく見てみると、自分がいるこの甲板も、死に絶えた豪華客船のそれのようだ。彼女は客室の方に向かおうと、足を進めた。前方はどうやら、水のないプールサイドのようだ。



そこに飛び込んできた光景に、彼女は息を詰まらせた。


472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:24:06.28 ID:Q/r+SgUt0



「…………垣、根、さん…………垣根さん!」



プールの底で立ち尽くしていたのは、塗装が剥げた遊具のように全身にくまなくひびを行き渡らせた、惨めな垣根の姿だった。最早それは生きていることすら怪しい、抜け殻のような姿だった。



初春は一目散にプールサイドに向かい、プールの底に降り立ち垣根の側に寄り添う。



「垣根さん! しっかりしてください! 大丈夫ですか?! 」



初春に肩を触れられた垣根は、あっ、と息をこぼし、彼女に向かい倒れこんできた。彼女はそれをしっかりと受け止める。



不意に、自分の背後に何かの気配を感じた。初春は振り返る。


473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:29:33.20 ID:Q/r+SgUt0



そこには旋風のように白い糸が集結し、みるみると人の形を形成していく様があった。やがて時が経つと、それは完全に人間の姿になった。初春は呟く。



「…………垣根さん」



自分を殺そうとした方の垣根帝督が、地面に膝をつき、全身を再生し切った姿がそこにあった。



「してやられたぜ。まさかあんな捨て身の特攻しかけるとはな」



彼は立ち上がる。



「だが払った代償もデカかったな。その様子じゃもう、碌な戦闘はできないだろうよ。残念だったな。いくら幻想殺しで世界を元に戻そうと、もう一度俺が世界改変すれば全て元通りだ」



ありったけの嘲りを凝縮して、彼は小さく笑った。


474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:38:51.40 ID:Q/r+SgUt0



「……ええ。私はもう、ここまでです」



だが垣根は、敗北宣言とも取れるその言葉の後、力強い笑みを口元に浮かべた。



「ただ、忘れていませんか? 私以上に、貴方の最大の敵たる存在を」



彼は何かに気づき、口を開こうとした。瞬間、左横からの高速の拳が、彼を船の外に押し出した。



「よくやった。後は任せろ」


475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:40:51.45 ID:Q/r+SgUt0



その男は、垣根にそう告げて、船の外に向かった。



吹き飛ばされた彼は空中で体勢を立て直し、船外の広場に積み上がった錆びたクルーザーの船首に着地した。それを追うようにして、目の前の平坦な鉄屑の大地に降り立った者。



「悪りィが、こっから先は一方通行だ」



学園都市最強の能力者、一方通行はそう言った。そして彼の背中から、6枚の銀色の翼が展開した。



「……似合わなすぎんだろ。メルヘン野郎」



「心配するな。自覚はある」



彼は黄金の翼を広げ、最強に立ち向かう。


476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:46:42.94 ID:Q/r+SgUt0







初春はプールサイドから、両者の激突が始まったのを横目で確認した。そして、一方通行の背中に垣根と同じ翼が生えていることに、不可解な顔をする。



「何で、第1位さんが……」



すると、彼女の膝上で横たわる垣根が、ぴくりと動いた。



「ッ! 垣根さん! 」



初春は反応する。



「……ずっと、彼の周囲に私の力を発動させていたんですよ。彼の能力の真髄は、『自身が観測した現象から逆算して、限りなく本物に近い推論を導き出す』事。つまり、未元物質の真の力を解析し切ることができたなら、私と同じようにその力を扱える。彼は今、自身の周囲に展開された未元物質を、導き出した推論の元駆使しているのです」


477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:48:21.96 ID:Q/r+SgUt0



垣根はフッと笑ったが、その拍子に左腕のひび割れた表皮がパラパラと地面に落ちた。初春はそれを見る。



「もし私がこの戦いで死ぬことがあっても、彼が私の力を扱えるようになったなら、結果的に戦況は覆らないでしょ? まあ、その犠牲として私自身が能力を使える時間を大幅に失ってしまいましたがね」



垣根は自分の右手を見た。手首から先が引きちぎられたように、荒い断面を残して消滅している。彼はまた力なく笑った。



「何、笑ってんですか」



初春は呟く。垣根は彼女の表情を見る。今にもふり落ちそうな澱んだ顔と、潤んだ瞳が見える。




「死ぬところだったんですよ。本当に」


478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:49:58.41 ID:Q/r+SgUt0



初春の言葉に垣根は苦笑した。



「ははは。ムチャし過ぎました。流石にこの右手は、私の器に収まるものではなかった」



垣根は右手を地面に下ろした。



「認めて欲しかったんですよ」



垣根は語り出した。


479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:54:47.85 ID:Q/r+SgUt0



「あの時、貴女が彼に誘われて、スクールの皆と初めて会ったあの瞬間。皆の幸せなそうな笑顔を見て思ってしまったんですよ。この世界に、私は必要ないって」



初春はその言葉に、息を詰まらせた。



「『彼女と会わなかった』。その前提の元に改変されたあの世界は、全てが理想に近かった。そこに私という異物が混じっても、何の得にもならない。そう思えてくると、悔しくて、悔しくてならなかった。思わず私は、貴女に声をかけてしまった」



あの瞬間に聞こえてきた声。あれはやはり、垣根のものだった。初春は記憶を振り返り、そう確信した。



「でも、考えてみると、元々私の存在は世界にとっての『異物』なんですよ。本当は、『人間』としての垣根帝督が、『人間』として公正して、人生をやり直すのが正しい道筋だった。それなのに、私という存在が生まれてしまい、挙句彼が成さなければいけないことまで奪ってしまった」


480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:02:50.24 ID:Q/r+SgUt0



垣根は形を残した左手で、自分の顔を隠した。



「あの世界で身に染みましたよ。自分がどこにも必要じゃないと分かった時の、やるせなさって奴を。私の存在が、彼にとってどんなに苦痛なのかも。でも、それでも私は認めて欲しかった。認めさせたかった。私は紛れも無い垣根帝督だってことも。私のいるこの世界でも、貴方がやり直すことはできるってことも」



垣根はそこで一旦言葉をつぐみ、初春の方をしっかりと見ながら言った。



「こんな気持ちになったのも、貴女がいてくれたからです」



初春は、息を呑み、彼の言葉に聞き入る。



「あの世界で貴女は、どんな目にあっても彼の側にいようとした。あの姿を見て、決心が着いたんです。これ以上貴女を裏切ってなるものかって。垣根帝督として、もう、初春飾利を傷つけるのは御免なんですよ」



気づけば初春は涙を流していた。頬を伝う雫が、垣根のひび割れた体に落ちて染み込んでいく。


481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:04:29.74 ID:Q/r+SgUt0



「貴女は強い人だ」



垣根は手を伸ばし、初春を涙を拭った。



「私よりも、ずっと、ずっと強い。いつの間にか私は、貴女の強さに甘えようとしていたようだ。一方通行に言われたんですよ。自分と向き合う気はあるようだけど、貴女と向き合おうとする気はないのかって。私は、怖かっただけなんですよ。貴女に、自分の弱さをさらけ出すのが」



垣根はそこで、悲しげに笑った。



「やっぱり私は、真のヒーローにはなれないようだ」



その言葉に、初春は涙を拭い、募りに募った想いを彼にぶつけた。


482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:08:41.71 ID:Q/r+SgUt0



「違いますよ!」



初春の怒号に、垣根は目を見開き、彼女の顔をみる。



「そこまでして、誰かを思いやれるあなたが、弱いわけないじゃないですか。大体、私を過大評価し過ぎですよ。私だって、ガキだし、バカだし、何か上手く言えないけど……」



初春は頬を伝う雫を拭い、思いの切れ端を何とか繋げようとする。



「あなたの、あの人の優しさに触れる度に、心の奥から、よく分からないものが這い上がってくるんですよ。それがとても怖くて、だから、何とかこの一瞬を留めておきたいって。それだけなんですよ」



だから、と初春は続ける。


483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:09:50.38 ID:Q/r+SgUt0



「生まれてきたのが間違いだったなんて、そんな風なこと言わないで。あなたもあの人も、私の側から離れないで欲しい。今ここで消え去られるのが、一番怖いの……」



人が人を信じようとするのは、辛く、苦しいことだ。



千切れそうな糸の上を歩く曲芸師のように、側から見れば危険で滑稽で、不恰好な行為だ。



彼女はそれを分かっていながら、尚も自分に手を伸ばそうとした。垣根はその事実に気づき。彼女に向けて微笑んだ。


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