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白垣根「花と虫」
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284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/01(土) 23:07:59.58 ID:yT3u8uUq0
「誉望さんからで……なんか、子供の1人が暴れ出して、それで、あそこの先生を…………」
それを聞いた2人は顔を青ざめ、そして心理定規はエレベーターのある方向へ急いで走り出した。残された2人も我を取り戻したように走り出す。
一階の駐車場まで降りた3人は黒塗りのバンに乗り、猟虎の運転で太陽の門まで向かった。道中、後ろの席に座った心理定規は、携帯を片手に誉望に連絡を取ろうとする。
「ダメだわ。出ない」
何度コールしても反応のない誉望。この時既に、彼女は最悪の想定を脳内に描いていた。それを覚悟しつつも、抑えられない冷や汗が、額を伝った。
初春は助手席で、最悪を回避するように祈りながらも、先ほど心理定規に告げられたことがずっと脳内をぐるぐる回っており、そのとっ散らかった感情が全身の震えになって現れていた。
285 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/01(土) 23:10:39.92 ID:yT3u8uUq0
初春は隣の猟虎に目をやる。彼女もまた、顔に滲み出す焦燥を隠せずにいた。
「初春さん。心配しないでください。わたくしは大丈夫です」
初春の視線に気づいた猟虎はそう返した。彼女の気丈さに、初春はほんの少し心のゆとりを取り戻せた。
だが、それも次の一言で瞬時に崩れ去ることになった。
「わたくし達の期待を裏切って、暴れ出した子なんか、友達でもなんでもありません。わたくしは、全然傷ついてませんから」
初春の顔は失望に固まった。彼女のその返答は、明らかに自分が主体であり、暴走した子供の心情やその周囲の被害など意識の中にない、あまりにもずれたものだった。
286 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/01(土) 23:12:43.82 ID:yT3u8uUq0
「それよりも、誉望さんや垣根さんが心配です。急がないと……」
猟虎の言葉に、初春は何も返そうとしなかった。そんな彼女の姿を、心理定規は後ろから見つめていた。
やがて車は第10学区に突入し、それからおよそ10分後、太陽の門に到着した。時刻は午後4時50分。空は紫がかった黄昏に染まっている。今日は新月で、月はその姿を隠している。
3人は車から降りた。それと同時に、予想した最悪に、限りなく切迫した現実が視界に入ってきた。
太陽の門の玄関前に、白いパジャマ姿の子供達は固まり、震え、涙を浮かべていた。服が血にまみれている者もいる。そして、白いシーツを被せられた「何か」が、地べたに横たわっている。シーツの隙間からは、血が流れている。3人は、一目散にその固まりの中に飛び込んだ。
287 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/01(土) 23:24:28.50 ID:yT3u8uUq0
心理定規は、恐る恐る白いシーツをめくる。
「ウッ」
シーツの下に横たわっていたのは、顔の右半分と、左脇を削られた金髪の女性の死体だった。太陽の門の子供達の世話を任せていた女性だ。空虚に開いた瞳孔と目が合った時、初春の頭は真っ白になり、魂を引き連れていくような荒い息を漏らした後、腰を抜かし、その場にへたり込んだ。猟虎も呆然と、顔面蒼白でその場に突っ立っている。
心理定規は側にいた少女に質問する。
「皆、大丈夫? 一体何があったの?」
その問いに反応し、泣きじゃくる少女は何とか声を出そうとする。
「あの子が、先生が、研究者だったって知って、それで、突然暴れだして、お兄ちゃんも、それを止めようとして、それで」
過呼吸気味の説明はそこで途切れ、そらから少女はただただ泣き続けた。
「ッ、心理定規さん!」
突如猟虎が声を荒げた。心理定規は右に視線を移す。
288 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/01(土) 23:27:11.04 ID:yT3u8uUq0
「誉望!」
子供達に囲まれた誉望。だがその左腕は二の腕から先が消滅し、断片から鮮血が止めどなく溢れている。傍の2人の少年が、泣きながら自分たちの上着を傷口に抑え受けているが、それを嘲笑うように上着は真っ赤に染まっている。
「しっかりして! ちょっと、そこのあなた。上着頂戴!」
心理定規は近くにいた別の少年の上着を借り、細長く絞り誉望の二の腕にきつく巻きつけた。彼の顔は血の気を失い蒼白で、あと少しの生存も絶望的に思えるほどだった。
誉望は心理定規に向かい、虫の声で告げる。
「あそこ、垣根、さんが……」
誉望は指差す。施設の奥側にある池のほとり。そこに生えた一本の楓の木。その根元に、木にもたれて座る黒髪の少年と、彼を見下ろす垣根の姿があった。
289 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/01(土) 23:35:16.41 ID:yT3u8uUq0
「垣根、さん」
初春はフラフラと立ち上がり、彼の元に駆け寄った。
「垣根さん。これは一体……」
「こいつが、能力を使ってあいつらをやったんだよ。『暴食蛇輪(ホイールイーター)』。光の当たらない陰で繁殖する毒をばら撒く能力。毒に感染した者は、光源を浴びない箇所を削るように破壊されるんだよ。大したもんじゃねぇか。大能力者は確実だな」
垣根は無表情で賞賛を送る。少年は憎悪と、敵意と、恐怖の混じった目で垣根を睨む。
「誉望程度なら隙を突いてやれたかもしれねぇが、まあ俺には通用しねぇよ。さて、一緒に来てもらうか。お前のやったことは決して許されることじゃねぇ。ほとぼりが冷めるまで、俺が責任を持ってお前を周囲から隔離する」
垣根は少年に手を伸ばす。しかし少年はその手を勢いよく払った。明確な拒絶だった。
290 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/01(土) 23:38:16.36 ID:yT3u8uUq0
その反応に、垣根は少年の首を掴み自分の目線の高さまで持ち上げる。少年は苦しげな呻き声を上げ、それでも自分の首を掴む手に思いっきり爪を立て、反撃の意思を見せた。
「垣根さん!」
「心配すんな。殺さねぇよ。それだけは絶対にしねぇ。だからこそ、こいつのやったことを俺は許せないんだよ。何で殺したんだ。お前の人生は、これから一生その十字架を背負うんだぞ」
初春はその口調に違和感を覚えた。それはまるで、実際に経験のある者が誰かに伝えようとする時の口調だった。
「知る、か、んなもん」
少年は息を詰まらせながら反論する。
「あいつらは、俺の毒を使って、俺の妹を殺したんだ! 絶対に許さない。この街の研究者は、全員ぶっ殺すんだよ! クソが! 離せ! ああっ、畜生!」
少年は怒りに身を任せ、怒号を撒き散らした。それは彼自身も自分が何を言っているのか把握していないほどの勢いだった。おそらくこの少年の心は、既に取り返しの付かないところまで崩れてしまっていることが、垣根や初春にも見て取れた。
291 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/01(土) 23:56:38.49 ID:yT3u8uUq0
垣根は首を掴んでいた手を離す。少年は地べたに落ち、灼き焦げるような激情を宿した目で垣根をまた睨んだ。自分の能力が決して彼に通用しないことが分かっているので、それくらいしかやれることがないのだろう。
「うう、あ、あああああああああああああああああああッ!!!」
それでも少年は目の前の彼を薙ぎ倒そうとした。垣根は眉間を歪め、また軽くあしらおうとした。
だがそこで、乾いた銃声が鳴り響いた。
「……………………え?」
少年は、自分の頭部から流れる血に気づき、糸が切れたように地面に倒れこみ、そして絶命した
垣根は絶句し、銃弾が飛んで来た方向へ視線を向けた。そして、この殺人を誰がやったのか。それを把握した瞬間彼は絶叫した。
292 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/02(日) 00:05:37.01 ID:cOci0a/J0
「誉望ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
残った右手に、拳銃を強く握りしめた誉望。側で介抱していた心理定規も、その近くにいた猟虎も、一瞬の出来事に唖然とし、固まっていた。
垣根は彼の元へ、怒気を発しながら迫り寄る。
「テメェ、自分が今何やったか分かって」
だがその道半ば、誉望の瞳が、軽蔑するような視線で垣根を見据えた後、その瞳をゆっくりと閉じていった。
「ちょっと、誉望? ねぇ、誉望?!」
293 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/02(日) 00:07:08.75 ID:cOci0a/J0
心理定規は彼の頬を叩く。しかし何の反応もない。垣根は誉望の身に訪れたものを察し、溢れ滾っていた怒りも行き場をなくし、まるで空中に霧散するのを待つかのように、その場で立ち尽くしたまま、動くのを止めてしまった。
銃殺された少年の側に居た初春は、また腰を抜かして地べたに崩折れた。
彼女の脳内は、自分が今どこにいるのかも分からなくなるほどの、真っ白な絶望で満ち溢れていた。捻れた運命の輪が、この場にもらたした突然の悲劇。ここから先はもう、自分たちは以前のような関係に戻れない。ただ1つはっきりとしたその事実だけが、彼女の脳内に浮かび上がっていた。
死んだ少年の頭部から流れる鮮血が、池に侵食して水を染めていた。水面に浮かんだ、ハスの葉に血の流れがぶつかって、それが二つに分かれていった。
294 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/02(日) 00:09:30.38 ID:cOci0a/J0
ひとまずここまで。次は四月後半の予定です。すまんな誉望。
295 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/04/14(金) 13:26:26.00 ID:TDmjAmXhO
面白かったです!!続き楽しみにしてます!!
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:28:48.00 ID:LwTspD6f0
>295 ありがとうございます! 続き投下します
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:34:21.29 ID:LwTspD6f0
「……いつから聞いてた。誉望のこと」
落ち着いた声で、しかし張り詰めるような感情を込めて、垣根は心理定規に聞いた。
「ここ2カ月くらいよ。私に相談してきたの。もう、あなたについて行けないって」
キッチンの横の冷蔵庫にもたれている彼女はそう答えた。先ほどの惨劇の後、初春を除くスクールの一員は職員用休憩室に集まり、こうして議論している。以前、垣根と初春が話していた小部屋だ。あの時と同じように、卓上のろうそくの火が揺れている。
垣根は息を吐き、背中を椅子にもたれかける。目の前に座っている猟虎を見ると、彼女はすぐに俯き、垣根から視線を避けた。
298 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:36:54.09 ID:LwTspD6f0
「でも、帝督。誉望があなたについて行けないって言うのは、あなたを否定したわけじゃない。ただ、誉望は自分の憎しみに勝てなかっただけなのよ。彼、私にこう言ったの『本当に怖いのは自分だ』って」
「それはここにいる全員がそうじゃねぇのかよ」
冷ややかな声で彼は言い返した。
「俺も、お前も、猟虎も。学園都市の闇に触れて、心を蝕まれて、普通に生きてたら考えもしねぇことを思うようになった。でも、それでもあいつらと同じにならないために頑張ってきたんじゃねぇのかよ。そうじゃねぇのか」
心理定規は顔をしかめ、机の側まで近づき手を卓上に置き、母親が子に諭すような声で彼に言った。
299 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:43:36.03 ID:LwTspD6f0
「帝督。あなたの思想は十分すぎるほどに分かる。私だって、出来れば誰も殺したくなんかない。でも、もうそんな我儘言ってられないとこまで来ていること、分かるでしょ? 本当にこの街をどうにかしたいのなら、血を流す覚悟で立ち向かわなきゃダメなのよ」
「血には血を、殺しには殺しで立ち向かうってか。闇を晴らすために俺たちが闇になるってか。それじゃあ結局前と同じじゃねぇか。もううんざりなんだよ! なんのために俺が」
そこまで言いかけて、彼は言葉を噤んだ。心理定規は怪訝な目で彼を見つめている。
「……考えさせてくれ」
先ほどの怒号とは違い、弱々しい声だった。分かった、と心理定規が言おうとした直前に、猟虎が口を開いた。
「あ、あの」
2人は彼女の方を見る。混乱と臆病が肌から発散されているのが目に見て取れた。これから彼女が話す内容を半分以上察しながら、2人は耳を傾ける。
300 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:50:37.77 ID:LwTspD6f0
「私、もう抜けてもいいですか? だって、こんなの、誉望さん死んじゃったんですよ? 本当に、本当にこんなことになるなんて、おかしいですよ。垣根さんの言う通り、誰も殺さずに平穏無事に全てが上手くいくって思ってたのに」
舌が上手に回っておらず、額から冷や汗が滲み出ている。2人は何も言わず、その沈黙が更に彼女の額の冷や汗の勢いを増した。
「行きましょう。猟虎」
心理定規は静かに言った。猟虎は無言で素早く立ち上がり、見えない力に操られているように彼女の後ろへと周り、部屋を後にしようとした。
「俺もだよ」
心理定規は立ち止まる。
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:52:42.57 ID:LwTspD6f0
「今度こそ、上手くいくと思ったんだけどな」
後ろで垣根がそう呟いた。そして、立ち止まっていた彼女はまた歩き出した。今度こそ、という言葉の意味が分からなかったが、もう気にせず歩き続けた。
歩いている途中、心理定規は子供たちが集まっているリビングを横目で見つめた。すると、その中で待機していた初春と目があった。しかし立ち止まることはせず、そのまま玄関を出て外に停めてある車まで向かった。猟虎は無言で運転席まで向かい、エンジンをかける。
「心理定規さん!」
振り返ると、初春が彼女の元まで追いかけて来ていた。
「垣根さんと、どうなったんですか?」
302 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:55:12.73 ID:LwTspD6f0
彼女の問いに、心理定規は悲しげな微笑を浮かべた。
「多分、スクールが解散するのも時間の問題ね。あの様子じゃ、もう彼とお別れになりそう」
初春は息を詰まらせ、それでも何とか、目の前の彼女を引き止めようとする。
「心理定規さん、本当にそれでいいんですか? ここで垣根さんと別れて、この街の闇に挑み続けるなんて、悲しくないんですか? 理想には血が伴うって言うのも分かりますけど、もう少しあの人を信じてあげても」
「すっかり、綺麗になっちゃったわね」
初春の言葉を遮り、心理定規は口を開いた。
303 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:57:19.32 ID:LwTspD6f0
「あの先生も、子供も、誉望も、血の跡も残さずに消えちゃった。彼がやってくれたのよ。能力を使って、彼らの死体をこの世から完全に消滅させた」
初春は周りを見渡した。夜空の月が青白く照らす地面と、池のほとり。惨劇の跡など微塵も感じさせない潔癖さに、初春は思わず空恐ろしさ覚えた。彼は、死体を消滅させた。
「初春さん。もう分かるでしょ? 私も彼も、あなたのように穢れのない存在じゃないのよ。心の奥底には、どうしようもない憎しみと、残酷さが渦巻いてる」
違う、そんなことは。初春はそう言おうとするが、口が上手に開かない。
304 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 22:59:06.82 ID:LwTspD6f0
「でも、彼はまだそれと戦おうとしている。じゃあもう、私は関われないわ。だって私は、これ以上自分の闇をごまかすことはできないもの。闇に染まってもこの街の闇を晴らしたい私じゃ、闇に抗う彼に何か言えるわけないでしょ」
さ、帰りましょ。心理定規はそう言って、車へと向かおうとした。
「私は」
初春はその場から動かずに言った。
「ここに残ります」
心理定規は振り向かず、そう。と言ってから車まで歩き、中に乗せてあった彼女の荷物を渡して再び車へと向かい、助手席に乗った。車のエンジンの音が静寂の夜空に響き、まっすぐな光を振り回しながらこの場から去るのを、初春は最後まで見届け、それから太陽の門の中に戻っていった。
その目尻には、小さな雫が溜まってあり、流れ出す前に彼女は右手でそれを拭った。
305 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:02:15.33 ID:LwTspD6f0
バックミラー越しの初春が見えなくなったのを確認した心理定規は、ドアミラーを開けて肘を少しだけ外に乗り出した。夜風が沈黙の充満する車内に流れ込む。
「猟虎。気にしないでいいのよ」
猟虎の肩が震えた。
「あなたなら、きっと私たちよりもっと素敵な友達見つけられるわよ。元の学生生活に戻って、そこできっと」
心理定規は猟虎の方を見る。彼女の肩の震えは全身に広がっていき、それがやがて声にも伝染していった。
「何で、そんなこと言えるんですか」
猟虎の膝下に、数滴の雫が落ちた。
306 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:04:08.19 ID:LwTspD6f0
「此の期に及んで、自分のことしか、考えれないのに、何で、そんなこと」
そこから言葉を繋げることができなくなった猟虎は、服の裾で涙を拭い、何も言わずに目の前の運転に意識を向けた。だが、涙はまだ止まらず、頬伝うそれを何度も裾で拭った。
心理定規はふうと息を吐き、夜が包み込む第10学区の街並みを見つめる。
(あなたとの心の距離は、結局埋められなかったわね)
込み上げてくる記憶や感情を一つずつ、丁寧に振り分けていくように、心理定規は思いに馳せる。
(あなたはこの街の闇を憎み、自分が闇に染まることも拒んだ。きっと、あなたは光を渇望していて、そして、恐れているんだと思う。あなたも本質は私と同じ、こっち側の人間だから)
307 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:13:42.50 ID:LwTspD6f0
志しは同じだった。だが、互いに見ていたものは違っていた。それに気づいても尚期待していたのは、自分の中に、彼に対する何かがあったからだ。心理定規は苦笑する。それが何なのかが嫌というほど分かって、自分でも馬鹿馬鹿しくなるからだ。
(あなたが答えを出す時に、私もそれを、ちゃんと伝えるわ。でも、本当に光を手にしたいのなら、光であろうとするなら、そこから目を背けないで。それがどんなに辛くても、恐れてちゃダメなのよ。帝督)
出来ることなら、彼の側に居て、彼が本当に望む道へ進んでいくのを支えたかった。でも、これから先それを果たすのに、自分よりもっと相応しい者がいる。彼女に任せよう。私は私の覚悟に従って、やるべきことをやろう。
そう思った彼女の口から、自然に一つの言葉が漏れ出した。
「ごめんね、帝督」
「気にしないでください。ありがとう。心理定規」
308 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:16:16.75 ID:LwTspD6f0
どこからともなく聞こえた声に、心理定規はハッとし、猟虎の方を見た。だが彼女は腫れた目と、不思議そうな顔で自分を見ているだけだった。
心理定規は気のせいだと思い直し、背もたれに体を委ね、ドアミラーを閉じていった。
※
「…………垣根さん?」
先ほどの彼らが話していた部屋に訪れた初春。しかし既に誰も居らず、ろうそくの火も消されている。初春は廊下を折り返して歩き出した。リビングを超え、食堂を過ぎて、建物の端にある個室へと向かい、扉を開ける。
309 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:18:04.49 ID:LwTspD6f0
「ここに居たんですか。垣根さん」
そこは職員用のベッドが置かれた寝室だった。ベッドの上に彼は、右手の甲を額に当てて、仰向けで横たわっている。手にしていたカバンを小さなテレビの横の台に起き、初春は彼の足元に腰掛ける。
初春は彼を見る。両目は手で隠れて見えず、口元は固く結わえたまま動こうとしない。自分の小さな指が彼のズボンの生地に触れた。初春は何か言おうとするが、それは喉元で泡となり、消えていく。
「やれると思ったんだ」
310 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:20:13.92 ID:LwTspD6f0
すると、先に垣根が口を開いた。
「深い絆なんぞで結ばれちゃいなかったが、それでもあいつらとは分かり合えるんじゃないかって思ってた。利用し、利用し合うような関係じゃねぇ。同じ目的を共有できるような、そんな関係に、なれるんじゃないかって。バカみてぇだよな。笑えるぜ。ホント」
彼の口元に笑顔はない。初春は返答をせず、ただ、彼の想いを受け止めることを選んだ。
「結局、俺はあいつらのことなんか、何も見ちゃいなかったってことだ。そしてあいつらも、俺のことなんか信じちゃいなかったって、そういうことだよな」
初春は答えない。胸の中には今にも決壊しそうな感情が渦巻いてるが、それを抑えて沈黙を続ける。
「これじゃああのガキたちも、何一つ救われねぇ。俺のことももう、信用しちゃいねぇだろうよ」
311 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:26:14.04 ID:LwTspD6f0
垣根の放ったその一言が、初春の心の結界を砕いた。
「それは違います」
「あ?」
垣根は手を退け、初春を見る。
「垣根さんが、あの子達を闇の中から救い出したのは事実です。これまでの子供達も、同じように救ってきたんじゃないんですか? それが今更怖気付いて、何弱気なことばっかり言ってるんですか」
一度堰が切れた感情を止めることはできず、初春の語調は次第に勢いを増して言った。
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:29:24.56 ID:LwTspD6f0
「誉望さんが死んで、猟虎さんと心理定規さんも離れていって、辛いのは分かります。でも、垣根さんこうなる前にちゃんとあの人たちと話そうとはしたんですか? さっきの子供にしても、碌に話もせずに決めつけたようなこと言って、そんなんだから誉望さんだって、だんだんあなたを信じれなくなっていったんじゃないですか?」
垣根は一言も発さず、ただじっと、初春を見ている。俯きながら話し続けている彼女の顔は、とても苦しそうだった。
「太陽になりたい。闇を照らしたい。それは分かります。じゃあ本当にしなければならなかったのは、そういうことじゃないんですか? 今の、不貞腐れているだけの子供みたいなあなたを見てると、そう思わざるを得ません」
そこまで言い切った後、初春は急に語気を弱め、ごめんなさい。と言った。
313 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:30:59.13 ID:LwTspD6f0
途端に垣根は初春の肩を掴み、自分の胸元に引き寄せた。彼女は驚いた顔をしたが、何も言わず、そしてそのまま彼の胸元に頭を乗せる。彼の感触を、今は手放したくない。そう思ったからだ。
「俺はどうしたらいい」
すぐ側で彼が囁く。
「それは、私の決めることじゃない」
初春は返す。静かな時間が、2人の間に流れる。
314 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:36:05.51 ID:LwTspD6f0
「でも、これだけは言えます。私は、あなたの味方です」
初春は肩を掴む彼の右手に、左手を添えた。あの時と同じく、冷たくて、人間のそれとは思えない不思議な感覚。今度は驚くこともなく、しっかりとその手を掌に包み込む。
「寒くないですか? 垣根さん」
「大丈夫だ。心配いらねぇよ」
垣根は初春の手を強く握り返した。それから2人は言葉を交わさず、ただ静かな時間を共に過ごした。時計の秒針の音と、彼の吐息と鼓動の音を聞きながら、初春はゆっくりと眠りに落ちていった。
315 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/04/26(水) 23:51:07.40 ID:LwTspD6f0
ひとまずここまで。次はGW中にあげます
316 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:09:21.53 ID:v0MUzLE6O
投下します
317 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:12:01.31 ID:v0MUzLE6O
…………………………。
ショーウィンドウの前を通り過ぎる自分の姿を見つけた初春は、そこで立ち止まり、身だしなみを確認する。白いPコートとその中のボーダー。黄色のプリーツスカートと、黒いヒールを履き、花も今日の気分に合わせたものに取り替えている。上機嫌に唇にグロスを軽く塗り、初春はまた歩き出した。
そして待ち合わせの公園のベンチにたどり着き、彼を待つ。手鏡を見ながら髪や花をいじっていると、向こうから人影が見えた。初春は立ち上がる。
「垣根さん! こっちこっち」
初春は手を振りながら彼を呼ぶ。こちらへ近づいてくる彼はほくそ笑見ながら、軽く手を上に上げた。
318 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:16:02.73 ID:v0MUzLE6O
「張り切ってんじゃねぇか初春。そんなに俺が待ち遠しかったか?」
初春の元にたどり着いた彼はそう言った。
「ち、違いますよ。楽しみにしてたのは、今日のカフェでの食事です。ほら、行きますよ」
初春は顔を赤らめ弁明する。垣根ははいはいと笑いながら、互いに横に並んで歩きだす。
「いやあ。ようやく垣根さんとあそこに行けますね。前から約束してましたもんね」
「だな。お前、ずっとあそこに行きたがってたもんな。何であそこにこだわってるんだ?」
「いやあ、だってそれは」
319 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:20:43.97 ID:v0MUzLE6O
初春はそこで足を止め、表情を固まらせた。これから2人で行こうとしているカフェ。そう言えば自分は、何故あそこを選んだ?
「思い出の場所なのか?」
垣根は横で初春に問いかける。彼女は狼狽しながら彼を見つめ返す。彼は笑っている。いつもの悪戯小僧のような不敵な笑みではない。大人びて、憂いを宿した柔らかい笑みだ。
「それは、だって、約束してたから」
声が震える。今現在に、蔓延る違和感に背筋が痒くなる。
320 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:22:43.08 ID:v0MUzLE6O
「誰と?」
「垣根、さんと……」
321 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:24:49.09 ID:v0MUzLE6O
初春は彼の右手を見た。すると、指先が乾いた絵の具のようにひび割れていた。
「そう。私は、あなたと約束した」
普段の彼なら絶対に使わない敬語が耳に入り、初春の違和感が最高潮に達した。そして、彼の指先のひびが全身に侵食していき、パラパラと崩れ落ちながら、表皮の下の白い肉体が次々と露わになっていく。
「垣根、さん? いや、違う、あなたは…………」
薄れていく意識の中、目の前の白い男は、こちらに微笑みかける。包まれるような穏やかな緑色の瞳と目があった時、初春の意識は、完全に途切れた。
322 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:26:24.97 ID:v0MUzLE6O
※
目を覚ました時、最初に視界に入ってきたのは薄暗い天井だった。手を二回ほど握り、体を起こすと、初春は自分が太陽の門の寝室にいることを確認した。
(あのまま寝ちゃってたのか。私)
ベッドに座ったまま窓の方を見ると、夜明け前の静かな明るさがそこに差し込んでいる。部屋の輪郭も次第にくっきりしていき、初春の思考も同じように明確になっていく。
(さっきの夢、一体なんだったの)
323 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:28:06.57 ID:v0MUzLE6O
垣根の表皮が崩れ落ち、真っ白のマネキンのような姿になっていったあの夢。シュールな夢の一言で片付けられない予感が、今も胸の中に溢れている。
初春はハッとし、枕元に振り返る。既にそこには垣根の姿はなかった。初春は立ち上がり、テレビの側に置いた鞄を持って部屋を出た。
※
同じ頃、一足先に起きていた垣根は、子供たちの眠る寝室へと向かっていた。平行に並んだベッドの周りを歩き回り、その中の一つに手をかけ、眠りについている少年を見つめる。
「お兄ちゃん。起きてたの」
不意に少年が目を覚ました。垣根は落ち着いた声で、ああ。と返す。
324 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:29:33.54 ID:v0MUzLE6O
「昨日は、すまなかったな。怖かっただろ。あんなことがあって」
囁くような声で彼は言う。少年は昨日を思い出したのか、布団の端をぎゅっと握ったが、すぐに笑顔を取り戻して答えた。
「大丈夫だよ。だって、昨日初春のお姉ちゃんが言ってくれたもん。お兄ちゃんがいるから、僕たちは心配しなくていいって」
垣根の目が少しだけ見開く。自分が心理定規と猟虎と話している間、あいつはずっと子供たちを励ましていたのか。垣根はそっと笑いながら言った。
325 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:31:01.02 ID:v0MUzLE6O
「優しいだろ。あいつ」
「うん。お姉ちゃんも優しいし、お兄ちゃんも、優しいよ。ありがとう。僕たちを助けてくれて」
垣根は笑う。顔を俯かせ、小さな声で笑う。そして、少年の目をじっと見つめて言った。
「心配するな。俺が何とかする。お前たちはもう、何も怖がらなくていいんだ」
そう言い残し、垣根は寝室を後にして、玄関を抜けて外へ向かった。東の空から、祈りの歌声のように輝かしく太陽が浮上しているのが見える。空とビルの境目を満たす黄金の光を眺めながら、垣根は背中から、純白の6枚の翼を顕現させる。
326 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:32:28.69 ID:v0MUzLE6O
(もう、大丈夫だ。これで何もかも、全てがうまくいく)
言い聞かせるように心の中でそう言った彼は、両手を広げ、翼に意識を集中させる。6枚の翼の周囲に黄金の絹の糸のようものが現れ、彼の周囲を揺蕩い始める。全ての理を手中に収めるような力の波動が、全身に流れしたのを感じた彼は、恍惚と安堵の混ざったような微笑を口元に浮かべた。
「…………垣根、さん?」
垣根は後ろを振り返る。目の前の現象を信じられないような目で見る初春がそこにいた。彼は慌てる様子もなく、力の制御に取り組む。
327 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:33:44.08 ID:v0MUzLE6O
「垣根さん、ちょっと、何しようとしてるんですか? 一体これは」
状況を掴めない初春に、垣根は諭すように答える。
「初春。俺は今から全てを終わらせる。これできっと、全てが救われるんだ。だから、お前ともここでお別れだ」
困惑したままの初春は、何も返すことができない。垣根は最後にと思い、自分の感情を打ち明けた。
328 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:34:44.17 ID:v0MUzLE6O
「この世界でお前に会えるとは思ってもいなかった。最初はただの気まぐれみたいなもんだったが、何でだろうな。いつからか、お前が側にいて欲しいって思うようになってた。短い間にだったけど、意外と楽しかったぜ」
じゃあな。垣根はそう言い、翼を翻して力を解き放とうとした。初春は巻き起こった風圧にたじろぎ、顔を腕で覆った。一瞬、腕と肘の隙間から見えたのは、純白から黄金に色を変える彼の6枚の翼だった。何か巨大な力がここに振り落ちる。初春はそう直感し、目を思いっきり瞑った。
だが、次の瞬間、垣根の6枚の翼は空中に溶けるように霧散した。
329 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 18:38:17.68 ID:v0MUzLE6O
「なッ」
辺りを羽毛の群れがはらはらと舞い落ち、それが朝日を浴びて透けるように輝く。突如訪れた朝焼けの中の静寂に、初春は、そして垣根は呆然とした。
「……何だ。どういうことだ? 今俺は確実に世界を変えようとしていた。何があった。何故急に力が!」
垣根は混乱し、取り乱す。初春はその場に立ち尽くしたままだったが、頭の中で、とあることを思い出していた。
(ここ最近、多発している能力者による能力不全。まさか、今ここで?)
彼と出会った日、黒子と話していた怪現象。それがこのタイミングで発動したのか。初春はその記憶を掘り返しながら、ふとバッグの中で、何かが白く光っていることに気づき、それを取り出した。
330 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:16:18.95 ID:oJDfpXxLO
「ッ、これ…………」
それはいつからか所持していた、白いカブトムシのキーホルダーだった。眩い光を放つそれを見た垣根は、目を大きく見開いたまま固まってしまった。
「……フッ、クハハハ……アハハハハハハハハハハハハハッ!」
大声で笑いだす垣根。全てを理解した者、証明を解き終えた者特有の快活さすら感じる笑いっぷりに、初春はたじろぎ、声をかけようとした。
その時、垣根は瞬時に初春との間合いを詰め、彼女の首根っこを掴んで玄関の柱に力強く押し付けた。衝撃により初春は枯れた声と唾を漏らす。視線の先には鬼気迫る顔の垣根と、地面に転がったカバンと荷物、そして、白く輝くカブトムシが見える。
331 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:19:26.18 ID:oJDfpXxLO
「か、きねさん、何して……」
恐怖と混乱が頭を支配する中、何とか外へ絞り出した問い。垣根は怒気を打ち消すように笑う。だかそれは、今まで見せたことのないような邪悪さがこもった笑みだ。
「ハッ。何だよ。結局そういうことかよ。どこまでもお前は俺の邪魔をするってことだな。オイッ! 早く出てこいよ! 今ここに、助けを乞う女の子がいるんだぜ!」
垣根は叫ぶ。それはある種の慟哭のような声の荒げ方だ。初春は自分の首を締め付ける彼の手を握り、何とか引き剥がそうとする。
「なんなんですか! 一体、どうして、お願い。垣根さん! 止めて!」
掠れた声で哀願する初春。足をジタバタさせ、拘束を解こうとするが彼は微動だにしない。
332 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:27:10.69 ID:oJDfpXxLO
「何も知らずにいれば、幸せなままだったろうに。初春。お前、薄々感じ始めてるんだろ? この世界の違和感によ。こうなった以上教えてやるよ。お前、俺と出会った時のこと覚えてるか?」
冷たい眼差しが、涙の滲んだ初春の瞳を突き刺す。
「出会った時のことって、それは、あのカフェで……」
「そうだ。お前と俺はあそこで出会った。この世界でも。そして、元の世界でもな」
元の世界。その言葉に、初春の脳裏に漂っていた違和感の霧が、少しず消滅していく。
「元の……世界?」
333 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:31:42.62 ID:oJDfpXxLO
フラッシュバックする映像。10月9日、カフェのオープンテラス、御坂美琴に似た少女、パフェ、右手に大きなピンセットをはめた謎の男、そして、痛み。
垣根は言う。
「まだ思い出せないのかよ。『お嬢さん』」
そう。その男は、自分のことをそう呼んでいた。そして、その男は自分にこう尋ねて来ていた。
334 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:32:45.67 ID:oJDfpXxLO
ー垣根帝督。人を探しているんだけどー
335 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:35:26.55 ID:oJDfpXxLO
「……あな、た、は」
失われていた記憶が、元の姿を現す。それは、こことは違う別の世界の記憶。いや、本来の自分の中に根付いた、真実の記憶。
「私を、殺そうとした!」
完全に思い出した。目の前のこの男は、闇を憎み、太陽になろうとした不殺を誓うこと男は、かつて自分を殺そうとしていた。自分の肩を踏みつけ、支配者の笑みで自分を見下すその姿が、目の前の彼とリンクした。
336 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:43:53.28 ID:oJDfpXxLO
「そうだ。俺はお前を殺そうとしていた。全部思い出したようだな。どんな気分だ? そんな男の味方になろうとしてたなんてよ! アアッ?! どうなんだよ?!」
垣根は初春の首を握る手に更に力を込める。初春は悶絶し、体を激しく揺らす。薄くなる意識の中で、彼は自分に問い続けている。それはどこか自棄を孕んでいるような勢いだ。
「、けて」
初春は何か言おうとする。蘇った記憶の中から、自分に笑いかける誰かが見える。彼女はもう、ちゃんと分かっている。それが一体誰なのかを。
初春は、叫ぶ。
337 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:46:02.29 ID:oJDfpXxLO
「助けて!」
その瞬間、地面に転がった白いカブトムシの発光が増し、白い光の柱のようになった。垣根と初春はその方向へ視線を移す。
そして、光の柱の中から現れた人影が、垣根へと突進し彼を吹き飛ばした。垣根は数メートル先まで飛び、土埃を巻き上げて地面に転がる。初春は呪縛を解かれ、あうやく地面に落下しそうになるが、その体をそっと、白い腕が抱き抱えた。
「お待たせしました。初春さん」
338 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:47:04.66 ID:oJDfpXxLO
この声。そしてこの感触。確かに覚えている。前にも同じ様に、彼にこうやって抱えられてた。朝日が完全に浮上し、黄金色を世界にもたらす。その光が、彼の姿を明確に、初春の視界に映し出した。
339 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:48:07.39 ID:oJDfpXxLO
「さあ。目覚めの時間です。帝督」
白き男。垣根帝督はそう宣言した。
340 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/05(金) 19:49:08.67 ID:oJDfpXxLO
ひとまずここまで。次の投稿は5月の中盤を予定です。
いよいよ物語も佳境に。
341 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:10:53.45 ID:Kg04rnJk0
投下します。
342 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:17:33.64 ID:Kg04rnJk0
…………………………。
彼女との日々は、彼にとってかけがえのない幸福な時間だった。彼女は彼の半身だった。共に学園都市の闇に立ち向かう同士にして、愛すべき者。大切な人。彼には彼女が必要で、そして彼女も彼を必要としていた。
また、時の流れはいつしか彼らの仲を男女のそれへと変えていき、作戦のない日は2人で街へ繰り出し、甘い一時を過ごしていた。
彼女の服も彼が新調し、羽衣のような白いレースのワンピースに、胴に茶色の細いベルトを巻き、同じ色のヒールを履かせることで、彼女の埋もれていた女性らしさを呼び起こさせた。彼女も最初は恥ずかしがっていたが、慣れていったのか彼と遊ぶ時は大体その姿になった。
そんな日々が2年と過ぎた。あいも変わらず、暗部との戦いを繰り返す毎日だったが、その中で彼は次第に焦りを感じていた。
343 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:27:48.93 ID:Kg04rnJk0
一体いつまで戦い続ければ、この街の闇は消えてなくなるのか? 終わりの見えない戦いの中で次第に彼の精神は消耗していった。
一度見逃した敵がまた、同じような施設で同じような実験を行っていたこともあった。
救い出した子供たちの体内に小型爆弾が仕込まれていて、脱出と同時に敵に「爆散」されたこともあった。
自分のしていることを悉く踏みにじる暗部の「悪意」は、想像を上回る勢いで彼を蝕んでいった。
344 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:30:27.14 ID:Kg04rnJk0
そして、それと同時に見過ごせなかったのが、彼女の体だった。
気づけば彼女の体には、治癒しきれない痛々しい傷跡がいくつか残っていた。元々無能力者で、重火器や近接戦闘を戦いの主とする彼女では、戦いの度に傷が増えて行くのも無理はなかった。
治療を施す際、苦しい声を上げたり、時には泣き叫び、地べたにうずくまる彼女を見るのは、彼にとって耐えられない光景だった。
何より、どんな激しい戦いの後も傷一つ負わない自分と、癒えぬ傷が増えて行く彼女を比較してしまい、いつしか彼の心は真冬のように冷たい罪悪に満たされて行った。
345 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:31:56.68 ID:Kg04rnJk0
彼の憔悴を隣で見続けていた彼女は、3月のある日、彼を第21学区の小高い丘の上へと連れてきた。
既に日は沈み、前方には学園都市の眩い灯が広がっている。時々ここに来てるの。彼女はそう言って芝生に座った。彼も後を追うように座り、2人は夜景を見ながら語り出す。
ごめんね。私が弱いから、そんな風に心配かけちゃって。
彼女の言葉に彼は怒気を込めて止めろ、と言い換えした。そしてしばらく考え込んだ後、一言ずつ丁寧に、彼は彼女に伝えた。
346 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:33:31.12 ID:Kg04rnJk0
もう、お前は戦わなくていい。大丈夫だ。俺1人で何とかするよ。
2人の間に流れる沈黙と夜風。彼女は、彼をただ見つめる。その透明で揺るぎない視線に、彼は目線を合わせることはできない。
そして、彼女は張り詰めた空気を綿で包むように笑った。
私は、何も傷付かずにアンタの側にいることの方がよっぽど辛いの。ずっと、一緒にやってきたじゃない。いいことだけじゃない。迷いも、苦しみも、味わうならアンタと一緒がいいの。
347 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:34:58.49 ID:Kg04rnJk0
一瞬の曇りもない発言だった。彼は心にかけられていた重い鎖が緩むのを感じた。だが、やはりまだきつく、心に食い込んだ鎖の痛みは彼を更に不安に追いやり、それを解くために彼は質問する。
本当に、お前はそれでいいのか? 俺は超能力者だから、傷なんて何でもない。でもお前はーーー
そこまで言った彼の口を、彼女は人差し指で塞いで、その後に続けた。
知らねぇよ。そんなの。アンタ、そう言ってたでしょ?
348 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:36:24.79 ID:Kg04rnJk0
彼女の笑みを見て、彼はもう疑うことを止めた。彼女は既に覚悟できている。自分が本当に恐れていたのは、今ここで怖気付いてしまったこの魂だ。彼はそれに気づき、彼女と同じように笑い、彼女を抱きしめた。
悪かったな。これからも一緒に、よろしく頼むぜ。
彼女は首を縦に振り、ええ。一緒に戦いましょう。と言った。
そこで、彼は彼女の背後のあるものに気づいた。それは、白いアネモネの花だった。
349 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:37:37.51 ID:Kg04rnJk0
綺麗。
ああ。
互いの体が、そっと触れ合い、彼女は彼の方へ振り返る。
2人は微笑み、そして、何も言わずに唇を重ねた。永遠にも近い時間が、2人の間に流れた。
350 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:39:23.69 ID:Kg04rnJk0
帰り道、無言の時間が長く続いた。合間に適当なことを話しては、まだ黙りった。それがもどかしくもあり、また幸福でもあった。
そうしそうしている間に2人は丘の麓まで降り、帰りのバスに乗った。車窓からの景色の灯りはまばらだったが、街の近くへと近くごとに輝きを増していった。2人はそれを眺めながら適当なことを話していた。バスはそろそろ、第4学区に差し掛かろうとした。
だがその時、バスの前方に、2台の黒いバンが現れ道を塞いだ。
運転手と他の乗客はざわざわとしたすが、2人は落ち着いて、自分たちを下ろすように運転手に頼んだ。
351 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 19:41:28.19 ID:Kg04rnJk0
バスから降りた途端、8人の重武装の男たちが2人に銃口を向けた。後ろの方でざわめきが聞こえるが、2人は一向に気にしない。すると、バンの中から白衣を着た老年の研究員が現れた。
彼は思わず鼻で笑う。その老研究員は一度襲撃した組織のトップだった男だ。俺への復習が目的か? と彼は老研究員に聞いた。
彼は顔の皺と無精髭をにんまりと広げ、彼に宣言した。
それもあるんだけどね、そろそろ潮時かと思ったんだ。君の元に送った彼女が、どれほど君に影響を与えたのかを見るのにね。
352 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:20:36.92 ID:Kg04rnJk0
※
「ずっと待ち構えてた、ってわけか」
土埃を払いながら、彼は立ち上がる。
「待ち構えてた、というのは少し違います。この世界に『移動』するのに時間を有しただけです。まあ、多少の干渉はできたので、あなたの行動も見させてもらいましたがね」
垣根は明瞭な声でそう言う。彼の腕の中の初春は、まだこの状況になれないのか戸惑いを隠せない瞳をしている。
「ハッ。そうかよ。それじゃあ、分かるよな垣根帝督。俺はさっさとこの世界を改変して『次』に行きたいんだよ。邪魔、しないでくれるか?」
彼は自分自身の名前を、目の前の男に向かって告げる。だがそれは、逆説的に相手の存在を認めないことを誇張する言い方だった。
353 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:22:02.30 ID:Kg04rnJk0
「いいえ。そうはいかない。この世界での貴方を見ていて分かった。貴方は、ここで私が止めなければならない」
垣根の宣言に一切の迷いはなかった。
「垣根さん……私…………」
垣根は胸元の初春を見て、優しく笑い、彼女を地面に下ろした。
「分かりますよ。貴方だって、彼に募る想いがあることを。でも今は、彼がしようとしていることを止めなければならない。彼と話すのは、その後でよろしいですか?」
少ししゃがんで、自分にそう言ってきた緑の瞳をしっかりと見つめて、初春は頷いた。垣根は立ち上がり、もう本来の自分の方へと向かい歩き出す。
354 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:23:14.43 ID:Kg04rnJk0
「結局、お前とはこうなる他にないか。覚悟しろよ、虫ケラ」
彼は迫り来る垣根を蔑んだ目で睨み、口元に笑みを貼りながら6枚の翼を広げた。垣根もそれに対して、同じく6枚の翼を背中から生やす。
「ようやく、この時が来ましたね」
垣根はそう言った後、少しだけ口元を緩めた。
次の瞬間、両者の距離は消滅し、拳と拳の激突による衝撃波が発生した。
355 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:24:33.30 ID:Kg04rnJk0
「ッ!」
初春は後ずさる。そして両者は音速で朝焼けの空へ舞い上がり、この場から姿を消した。跡地に舞い落ちる羽の群れを見て、彼女は息を呑んだ。
「本当に、ようやくだな。クソッタレ」
後ろからの声に初春は反応し、振り返る。そこに居たのは、玄関から外に出てきた杖をつく白髪赤眼の男。その周囲には先ほどの激突の衝撃で目覚めた子供たちが何人か付いて来ている。
「第1位さん! あなたもこの世界に?」
初春の問いに、学園都市第1位の能力者、一方通行は気怠げにああ、と返した。
356 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:26:04.40 ID:Kg04rnJk0
「初春の姉ちゃん。この人誰? 急に現れたんだけど」
「あれ? 垣根の兄ちゃんはどこに行ったの? ねえねえ、知ってる」
周囲の子供たちは彼の服の裾を掴み、執拗に質問を続ける。彼は軽くそれを払い、初春の横まで向かう。
「……私、ずっと思ってたんです」
横の彼の方には向かず、初春は語り出す。
357 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:27:01.67 ID:Kg04rnJk0
「私を殺そうとした、本来の垣根さんとも、いつか向き合いたいって。叶わない願いなのは分かってました。でも、そうしないと、垣根さんのことが、いつまでたっても信じ切れない気がして、怖かったんですよ」
初春は一方通行の方を向く。
「あの人は、生きてたんですね。垣根さんは、それを知っていた」
一方通行はさっきと同じようにああ、と言った。
358 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:28:22.67 ID:Kg04rnJk0
「俺があいつに聞いたんだよ。本来のお前はどこにいるって。あいつもあいつで、ウジウジとしてたようだからな。それでもあいつは自分の過去にケリ付けようとした。お前は、どうするつもりだ?」
一方通行は視線を彼女に移す。彼女の瞳は憂いを宿しながらも、迷わない決意を秘めている。
「答えるまでもないですよ」
返答を聞いた一方通行はしばし黙して、そして口を開いた。
359 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:29:12.37 ID:Kg04rnJk0
「もっと早く、必要だったのかもな」
え? と初春は言ったが、直後に一方通行は彼女を両手で抱き抱えた。
「なんでもねェよ。さあ、後追うぞ」
一方通行は前方へ歩き出し、背中から4枚の竜巻状の噴出を発生させる。しかし、初春はあることが気になっていた。
「……第1位さん。腕、震えてません?」
360 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:30:54.82 ID:Kg04rnJk0
自分を抱える細い両腕が頼りなく震えているのを背中から感じた初春はそう聞いた。彼の性格からして恐怖ではないことは分かる。つまり、物理的な問題だと初春は察した。
「アァ? 全然震えてねェよ。これくらい余裕だクソッタレ」
「あの、無理しなくていいですよ? 別に空飛ぶ以外にも移動方法があれば」
「大丈夫だつッてんだろ!」
瞳孔の開いた赤い瞳に睨まれ、初春は黙り込んだ。すぐ側で、全然行けるんだよ。と自分に言い聞かせるように呟く声を聞いて、思わず胸元で笑いそうになった。
361 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:32:11.43 ID:Kg04rnJk0
(……垣根さん、全てを分かった今だからこそ、話したいことが山ほどあります。だからまずは、自分自身に負けないでください)
行くぞ。と声がして、その瞬間には初春の身体は空中に居た。
「しっかり掴まってろ」
彼の言葉通り、初春は身を固めた。
※
「ねえ。あれ何?」
362 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:33:28.57 ID:Kg04rnJk0
11学区を流れる高速道路を運転する一台の乗用車。その助手席に座る8歳ほどの少年が、バックミラーをじっと見ている。少年の父親は自分側のミラーを覗き込んだ。
「ッ! な、何だ?」
そこには6枚の翼を掲げた2人の男が、互いに接近しては一撃を加え、一進一退の攻防を繰り返しながら、高速の上空を前進している光景だった。父親は思わず見とれたが、すぐに前方の運転へ意識を向け、アクセルを踏んでスピードを早めた。
「映画の撮影かな? 2人とも凄い能力だったね」
「あ、ああ。かもな。やっぱり学園都市は凄いよ」
363 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 22:35:04.42 ID:Kg04rnJk0
引きつった笑顔で父親は答えた。そして、本当にこんなところに息子を預けていいのだろうか、としばらく思索していた。
一方、上空の2人の男。翼だけではなく、容姿も瓜二つの男たちは、張り詰めた表情で、時には笑みを浮かべながら激突を繰り返している。両者の違いと言えば、片方は蝋人形のように真っ白な身体と、人工的な緑色の瞳をしているくらいだ。
「さあ垣根帝督! 遊んでやるのもこの辺にしといてやるよ! こんな戦いはさっさと終わらせたいもんでな!」
「来るがいい。貴方の全力を受け止め、その上で貴方を超えてみせます。帝督」
彼らは互いに、同じ名前を呼んだ。
364 :
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[saga]:2017/05/16(火) 22:36:33.75 ID:Kg04rnJk0
「抜かせ。本来なら、お前如き既に世界改変で存在ごと消したはずだった。だがこうして目の前で生きていることと、改変の能力が封じられたことを考えると、別の方法で攻めた方がいいらしいな」
冷静な瞳の奥に憎悪をちらつかせ、彼は垣根を見、そして右の掌を翳した。
次の瞬間、垣根の身体の左半分が吹き飛んだ。
365 :
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[saga]:2017/05/16(火) 22:38:31.60 ID:Kg04rnJk0
「グアッ!?……」
彼は驚き、バランスを崩して地面への落下を始める。しかし途中で半身を再生させながら、体勢を立て直し、再び上昇を始めようとした。
「無駄だ虫ケラ」
間髪入れず、見えない一撃が垣根の右腕を吹き飛ばし、続けて胴体を真っ二つに切り裂いた。損壊した箇所の周囲にひびを入れながら、上半身だけになった彼は落下する。身体の半分が再生途中の彼の姿は、まるで制作途中で放り出された粘土細工のようだ。
「……なる、ほど。貴方のその力、純然たる魔神のものではないらしい」
366 :
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[saga]:2017/05/16(火) 22:44:40.83 ID:Kg04rnJk0
落下しながら垣根は呟き、一気に全身を再生させた。翼をはためかせ、高速の高架下を潜り抜け再び前進する。背後から追跡してきている彼を少し振り返る。
「まあな。本来の魔神の力、何てものは流石に扱いきれる代物じゃねぇ。だから俺は、全体論の超能力に魔神の力を組み込んだ」
全体論の超能力。マクロの世界を歪めることによりミクロの世界に影響を及ぼすという、軍神の槍の創造にも用いられた新たなベクトルの超能力理論。垣根は船の墓場で、彼がこの理論について少しだけ触れていたことを思い出した。
「この全体論にはある特徴がある。マクロを変化させ、ミクロに影響を及ぼすのがこの理論だが、その影響は時間軸を超えて発動できるんだよ。俺はこれを利用し『過去を改変した』。すなわち、軍神の槍で制御した魔神の力でマクロの世界を歪め、過去の一瞬に干渉し、バタフライ効果で世界を作り変える。これが世界改変の真相だ。そして今は、『5秒前のお前』に干渉して、攻撃を加えている」
367 :
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[saga]:2017/05/16(火) 22:46:47.23 ID:Kg04rnJk0
彼は笑う。
「過去への攻撃を防ぐ手段なんてものはない! 例え第1位のベクトル操作だろうと、演算する暇もない概念上の攻撃を反射するなんてできやしねぇだろうかな!」
彼は再び手をかざし、5秒前の垣根に遅いかかる。陽炎のように全てがぼやけた世界。右腕は崩れ、上半身だけになった垣根の首を切り落とそうと、彼は翼の一枚を垣根に振り下ろした。
だがその時、存在していないはずの垣根の右手が、彼の攻撃を受け止めた。
368 :
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[saga]:2017/05/16(火) 22:53:27.00 ID:Kg04rnJk0
「これが貴方が、修羅の果てに掴んだ力ですか。だとしたら、余りにも悲しい。この翼の先から伝わってくるのは、貴方の幼稚さと、深い嘆きだけだ」
垣根は彼を見据えてそういった。気づけば世界は視界のはっきりとした、現在の世界だった。彼は翼を元に戻し、舌打ちをした。互いに高架下から再び上空に舞い上がり、彼は垣根に言う。
「何をしたんだ?」
「気づいたんですよ」
垣根は自分の真っ白な掌を見つめる。
「こんな身体になったからこそ、分かったことがたくさんあります。未元物質とはどこから来たのかというのも、その1つです。貴方も一方通行との戦いで少し分かっていたようですが、まず前提として、この能力と、そして一方通行は虚数学区の制御のために作られたものだ」
369 :
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[saga]:2017/05/16(火) 22:55:46.91 ID:Kg04rnJk0
虚数学区。学園都市の能力者たちが発生しているAIM拡散力場を集合させ、出来上がった人工的な異世界。かつて純粋な人間だった頃の自分を完膚なきまでに叩き潰した一方通行の黒い翼を見て、垣根は虚数学区の意味と、自分の役割というものを察していた。
「そこまでは分かっている。だから俺はあの時、AIM拡散力場の流れを操作し、未元物質の出力を最大限まで上げた。だがそれでもあの黒い翼には敵わなかった。あれはAIMだ虚数学区とかで表せる代物じゃねぇ」
かつての敗北を思い出しながら、彼は言う。
「その通りです。彼の翼は虚数学区のその先の次元から引用したものだ。その次元こそが、未元物質の起源なんですよ」
彼の目元が僅かに震えたのを見て、垣根は一拍を置いて続ける。
370 :
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[saga]:2017/05/16(火) 22:58:17.91 ID:Kg04rnJk0
「帝督。貴方も魔神の力に触れたものとして分かるでしょう。私たちのいるこの世界は、様々な宗教の世界をモチーフとした『位相』というフィルターが重なりあい出来ている。この位相越しに私たちは世界の全てを認知している。だが、その位相に頼らない、本来の世界というものがあります。『真の科学の世界』と呼ぶべき、真っさらな世界が」
垣根は明瞭な声で、彼に告げた。
「未元物質とは、そこから来た物質だ。純粋な物理法則のみが支配する世界。その世界を支える素粒子こそ、この未元物質だ」
彼はその真相を聞き、一瞬小さな声を漏らしたが、すぐに納得したかのような口を結わえた。僧正から魔神の力を読み取ったあの時から、どんな魔術にも根付いていないこの力の正体がそういうものであることを、薄々感づいていたからだ。
371 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:02:21.03 ID:Kg04rnJk0
「そして帝督。まだオリジナルの肉体が残っている貴方とは違い、私は全身を未元物質で構築している。つまり、私という存在は、『真の科学の世界そのものと結合している』と言えませんか?」
彼はそこで目を凝らした。目視数メートル先の垣根の6枚の翼が、根元から眩い銀色に染まっていっているのだ。
「真の科学の世界とは『法則』の世界。私は私を基準として、真の科学の世界をこの世に拡張し、あらゆる法則を自由に塗り替えることができる。『法則の制御』これが未元物質の本質だ。そして、この段階に達したものを、学園都市ではこう呼んでいる」
垣根は微笑を浮かべ、言った。
372 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:03:11.13 ID:Kg04rnJk0
「絶対能力者。レベル6と」
373 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:13:16.88 ID:Kg04rnJk0
言い終わったと同時に、垣根の翼は銀色に染め上がり、鈍い光を周囲に放った。あらゆる色を内部に詰め込んだように、怪しく光るそれの周りには青いオーラのようなものが揺蕩っている。
「……ハッ。なるほどな。俺の世界改変の影響を受けなかったのも、その真の科学の世界とやらに自分の存在と、第1位のクソも一緒に避難させてたってことか。この世界に拡張できるってことは、その逆もできるだろ」
「ええ。そしてこの世界と、真の科学の世界を隔てる『門』の役割を果たしているのが、虚数学区です。しかし何分慣れていませんから、虚数学区を通しての移動の際に、多少強引な演算をしてしまいましてね。学園都市全体のAIM拡散力場に多少の乱れを生み出してしまいました」
「それがここ最近のチンケな事件の正体ってわけだな。やれやれ。こいつは困った。全ての法則を制御。レベル6、ねぇ。そいつは少し厳しいーー」
垣根の圧倒的な能力の説明を聞いても尚、余裕げな表情と口調を崩さない彼は、口調を荒げていった。
374 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:15:59.14 ID:Kg04rnJk0
「なんて思うわけねぇだろ!!!」
彼は再び5秒前の垣根に向かい、攻撃を仕掛けた。今度は逃げ場のないよう翼を縦横無尽に動かし、あらゆる角度から執拗に、垣根を切り刻もうとする。先ほどと同じように攻撃は途中で無効化され、再び現在の時間軸に戻り、垣根は高架下の柱の間や、その下の道路を通る車の頭上ギリギリを飛行し全て交わした。
「ッ!」
はずだった。垣根は左手を見ると、肘から先が切断されていた。彼はすぐさま腕を再生させ、自分の上空を飛ぶ彼を見上げる。
「全ての法則を制御する。確かにそれを自在に行えるってんならお前は『無敵』だよ。だが最大の弱点は、お前本体に明確な自我があることだ。かつて俺の悪意の抽出体が、未元物質の全能性に飲み込まれて自滅したように、何も考えず世界を拡張させ続ければお前の意識はいずれ薄れていき、消滅する。だろ?」
375 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:28:08.23 ID:Kg04rnJk0
彼は悪意のある笑みで垣根に尋ねる。
「現に今、俺の世界改変を防ぐためにこの世界のどこかに真の科学の世界を拡張させているようだが、その分お前のキャパシティは消費されている。お前の周囲にまで連続して拡張できる時間は、10秒もないってところか。悲しいなオイ。せっかくの無敵の能力なのに、お前の存在そのものと演算能力がまるで追いつけていねぇ」
流石自分だと言わんばかりに垣根は肯定の笑みを浮かべた。
「ええ。実際、本物のレベル6には到底及んでいません。その最も近いところに辿り着いただけです。完璧な制御のためにはまだ時間がかかります」
だが、と垣根は言う。
376 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 23:30:29.56 ID:Kg04rnJk0
「これで貴方と、対等に渡り合える。それだけで十分だ」
対等。その言葉が気に食わなかったのか、彼は余裕の表情の中に黒く濃い怒りの雫が混ざり込んだような顔をした。
「しかし位相の話を持ち出すとは。どうやらお前の未元物資の覚醒には、また別の誰かが噛んでやがるな?」
垣根の質問に、彼はええ、と答える。
「とあるヒーローと、その仲間たちに助言を頂きましてね」
377 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:32:10.28 ID:Kg04rnJk0
※
「そっか……フィアンマから名前聞いた時は思い出せなかったけど、あんたのことだったんだな。でも、よく俺の家分かったな」
「カブトムシさんとして、学園都市中にネットワークを広げている私にとって匿名性というのはあまり意味を成しませんから」
「……なんか、ちょっと怖いな」
心配せずとも、悪用する気などありません。と垣根は上条に返す。彼らがいるのは第七学区。上条当麻の暮らす寮の一室だ。
378 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:34:37.92 ID:Kg04rnJk0
時は遡り、垣根が船の墓場へと向かう前日の夜。一方通行と別れた後、彼は以前学園都市の上層部から受け取ったある指令を思い出していた。
船の墓場から脱走した魔神オティヌス。そして上条当麻の抹殺。
以前、上条とはとある事件で共闘をした中だった。あれ以降会っていないのだが、あの指令からして彼は船の墓場を一度経験している存在だ。それに、自分の領域外の非科学についても詳しいはず。現地に赴く前に、彼らの元を訪れてみようと思い、垣根は彼の住む寮まで向かい、こうして彼と話している。2人の同居人たちと共に。
「だがあそこで捻り潰してやったあいつの片割れが、お前のような男だとはな。少し意外だ」
379 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:36:23.12 ID:Kg04rnJk0
上条の右肩に乗った15センチほどの小さな少女にして、元魔神オティヌスはそう言った。絵本の中の魔法使いが被っているような巨大な帽子。露出度の高い装飾の上に羽織ったマント。右目を覆う眼帯。姿だけ見れば、かつて世界を混乱に陥れた大規模な組織のボスだと到底思えない。垣根はそう感じた。
「それで、お前は一体何を聞きに来たんだ?」
オティヌスは垣根に聞いた。
「オティヌスさん。かつて船の墓場を使っていたものとして聞きたい。あそこで悪用されて困るようなものは、ありますか?」
垣根の問いに、オティヌスは少しの間宙を見て、そして答えた。
380 :
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[saga]:2017/05/16(火) 23:37:38.49 ID:Kg04rnJk0
「私たちが軍神の槍の精製に使った、演算装置の群れがそのままだ」
軍神の槍。垣根はその物騒な言葉をリフレインする。
「私が魔術の神として、世界に混迷をもたらしたのは知っているな? 私は自分の魔神としての力を完全にコントロールするために、奴の能力を用いてその槍を作ったのだ。その際、複雑な演算を補うために島に漂流した様々な機材を並列に繋げ、演算装置を作り上げた。恐らく、今でも使おうとすれば使えるはずだ」
オティヌスの言葉を聞き、垣根は再び上条の方を見る。
「そして、先ほど教えて頂いたように、上条さんの知り合いのフィアンマさんは船の墓場で彼に会い、未元物質を受け取ったと。そしてそれを魔神との戦いで使用した」
381 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 23:38:51.48 ID:Kg04rnJk0
上条はああ、と答える。垣根はしばらく考え込み、そして口を開いた。
「もしかすると、魔神の力を未元物質を用いて読み取り、再現しようとしているのかもしれません」
その言葉を聞いた上条とオティヌスは、にわかにも信じられないといった表情をした。
「垣根。お前、魔神っていうのを分かってないだろ。あいつらは『神』なんだよ。再現なんて、簡単にできるもんじゃないぞ。だろ? オティヌス」
オティヌスは首を縦に降る。それは自身の体験上、この上なく理解しているということが伝わる頷きだった。
382 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 23:40:52.73 ID:Kg04rnJk0
「私は化学側の者ですから、魔神というものの凄さを理解し切れない。でも、貴方たちの顔を見ていればそれは何となく伝わります。だが、今話しているのは可能性の話だ。そして、貴方たちも分かってないでしょう。未元物質という能力が、どれだけの可能性を秘めている能力か」
垣根の返答に、2人は言葉に詰まった。上条はベットの方に向く。
「お前はどう思うんだよーーー
インデックス」
彼らの話を黙して聞いていた、白い修道服を身にまとった銀髪碧眼の彼女は、そこでようやく口を開いた。
383 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/05/16(火) 23:42:09.72 ID:Kg04rnJk0
「ていとく。あなたは、もしもう1人のあなたが魔神の力を再現できていたとしたら、何か対策を考えているの?」
「……私が予感している、未元物質の『ある可能性』の仮説を立証できれば魔神の力と拮抗するのは不可能ではない、と考えています。だが、それにしても私は魔術というものを余りに知らなさすぎる。だから、今日こうして貴方たちを訪ねたのです」
インデックスの質問に垣根はそう返した。互いの碧眼が、同一線上に並ぶ。
「私の頭の中には、10万3000冊の魔道書の知識が詰まっている」
彼女は神妙な面持ちで語る。
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