白垣根「花と虫」

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535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:37:22.09 ID:ldGZ8cbIO



…………………………。



少し前に、本で読んだことがある。



エジプト神話の神々の1人、ネフェルティムと言う美しい花の神のことを。


彼は頭に睡蓮の花を携えていた。



その花の香りは、エジプト神話を代表する神、太陽神ラーに捧げられた。彼が冥界の深くで復活を待つ間、花は絶えず花弁の中に彼を内包し、活力を与え続けたという。



そして、復活を遂げたラーは、蓮の花の上で神々しく輝いたそうだ。


536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:38:55.36 ID:ldGZ8cbIO







一週間後、垣根と初春は、互いが始めて出会ったカフェのオープンテラスに居た。時刻は午後4時を過ぎ、太陽は茜色になりつつある。



テーブルの上には、初春が注文した大型甘味パフェがある。彼女はそれをスプーンで掬い、満面の笑みで頬張り続ける。



「ん〜、やっぱり美味しい! あ、垣根さんも食べます?」



初春はスプーンに乗ったパフェを彼の口元に運んだ。垣根は微笑む。



「遠慮しておきます。貴方が全部食べればいい」



彼女はまた笑顔で、分かりましたと答えた。彼女の周りには、張り詰めた陽気さが漂っている。


537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:40:23.09 ID:ldGZ8cbIO



お待たせしました、と言いながら店員は垣根の注文を持ってきた。バラの香りが漂うダージリンティーが机の上に置かれ、彼はありがとうと告げる。



垣根はカップを持ち、鼻先へと近づけ花の香りを味わい、そして一口すする。カップを皿の上に戻し、彼は暖かいため息を吐いた。



(あのことを思い出した時、思わず笑ってしまった。頭に花なんて、正に目の前の彼女だ)



初春は依然と、幸せそうにパフェを食べている。垣根はそんな彼女の姿を見ながら、思索に耽る。


538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:42:03.19 ID:ldGZ8cbIO



(もう1つ、笑ってしまったことがある。太陽神ラーは数ある形態の1つとして、夜明け前、蓮の花に包まれている時は、スカラベの姿をしたケプリと言う神になるらしい)



古代、スカラベは神聖な甲虫として崇められていた。スカラベが転がす糞球が、沈んではまた登る太陽の運行と同一視されていたからだ。



そのことからスカラベは、復活と再生の象徴とされていたようだ。



(花から生まれ出る、復活と再生の象徴の虫、か)



垣根は思い出して、また微笑む。



(初春さん。貴女は紛れもない花だ。汚れた泥土を吸い上げても尚、美しく咲こうとする立派な花だ。ならば私は、そんな貴女に勇気を貰い、復活を遂げた一匹の虫だ)


539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:43:11.23 ID:ldGZ8cbIO



ずっと、この関係を何と呼べばいいのか分からなかった。最低の出会いから始まった、この奇妙な関係は、名付けるのにはあまりにも複雑だった。



男と女でもない。



被害者と加害者でもない。



(ようやく見つけた気がしますよ。貴方と私の、絆の名前を)



例えるなら、そう。


540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:44:24.62 ID:ldGZ8cbIO



「花と虫」



垣根の言葉に、初春はパフェを頬張る手を止め、彼を見た。



「垣根さん、何か言いました?」



「いえ、何でもありません」



垣根はそう言い、また手前の紅茶を軽くすすった。



やがてカップを皿に置いた彼は、初春に向かい語り出す。


541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:46:42.77 ID:ldGZ8cbIO



「初春さん。まずは、今日時間を取っていただいて感謝します。そして、謝らなければいけない。私は結局、彼を救い出すことができなかった」



あの日、眠りから目覚めた初春に全てを伝えた。彼女はただ頷き、一言も喋らず、終始顔を埋めていた。垣根はその時のことを思い出し、彼女に謝罪する。



初春は黙っていたが、すぐに顔に笑顔を戻す。



「嫌だなぁ。垣根さんが謝ることじゃないですよ。仕方なかったことなんですから」



その笑顔の真意を理解している垣根は、一切表情を緩めない。



「それに、あの人は最後まで、救われることを拒んでた。きっと、私なんかが何言っても意味がなかったんですよ。だから垣根さんも、そんな顔しないでください」



それは違う。と垣根は素早く返す。


542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:49:06.77 ID:ldGZ8cbIO



「貴女は最後まで、彼を救おうとした。その想いはきっと彼に伝わっていたはずだ。でなければ、あんな涙は流さない。違いますか?」



初春は笑顔を続けるが、次第にそこに暗い影が混ざり始める。



「分からないですよ」



彼女は顔を下に向ける。



「確かめようにももう、あの人はいないんですから」



その言葉に、垣根は答える。



「そうだ。彼はもうこの世界にはいない」



彼女の顔から笑顔が消えた。それを見た垣根は、そっと手を伸ばす。



「だが、ここに『もしも』の世界がある。もし、あの時彼が死ななかった後の世界が」


543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:51:04.96 ID:ldGZ8cbIO



その言葉に、初春は顔を上げた。自分に向かって伸びた垣根の掌から、万年筆ほどの大きさの、軍神の槍が発されていた。



「垣根さん、それ…………」



「彼を吸収した際、彼が記憶していた軍神の槍のデータを元に、新たに作り上げたものです。これで私も、魔神の力を制御できるようになった。後は法則制御と組み合わされば、彼が行なったような過去改変を行える」



ただ、と垣根は続ける。



「幻想殺しをこの身に宿らせた後遺症が少し、発生しましてね。法則制御の力を、安定して使うことが出来なくなってしまった。このまま過去改変をしても、おそらく5分もしないうちにバランスを崩し、元の世界に戻ることになるでしょう」



5分。初春はその言葉を繰り返す。


544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:52:29.40 ID:ldGZ8cbIO



「これが所詮、幻想なことは分かっています。だがそれでも、私は貴女に伝えたい。貴女がどれだけ、彼を、垣根帝督を、救ってくれたのかを」



あり得たかもしれない世界。



たった5分の間の幻想。



そんなものに縋ったって、現実が変わるわけじゃない。



そんなことは彼女にも分かっている。



だが、それでも彼女は、彼が差し出した手に、触れようと手を伸ばした。



世界が白に染まり、生まれ変わる。


545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:12:22.10 ID:z9MlvUfY0



…………………………。



初春が目を開けると、そこは学園都市を見下ろせる展望台がある、レンガ式の道が敷かれた遊歩道だった。



「ここは…………」



初春は辺りを見渡す。道の脇には木々が並び、山中に建てられた風力発電のプロペラの回る音が耳に過ぎる。視線の先には下へ続く階段があり、その先に展望台がある。



「さあ。行ってきてください」



隣の垣根が、初春の背中をそっと押した。彼女は振り返り、無言で頷く。


546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:15:50.34 ID:z9MlvUfY0



初春は歩き出し、階段を降り、展望台から学園都市を見下ろしたた。改変前と同じく、時刻は夕方で、街はオレンジ色の光を反射して切なく輝いている。



初春はそこで、あることに気づいた。



(……何か私、少し大きくなってるような)



自分の顔や胸や腹をペタペタと触り、改変前よりも成長していることを感じる。とすると、ここは未来なのだろうか?



そんなことを考えていると、不意に左側から声がした。


547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:16:30.47 ID:z9MlvUfY0










「初春」









548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:17:47.73 ID:z9MlvUfY0



聞き覚えのあるその声に、彼女は振り向く。そして、息を詰まらせた。



「…………垣根、さん?」



目の前に居たのは、紛れもない、かつて自分を殺そうとした『本来』の垣根帝督だった。初春は言葉を失い、じっと、彼を見つめる。



「何ボッーとしてんだコラ。パトロールは済んだのか?」



「へ?」



パトロールと言う言葉が彼の口から出たことに、初春は呆けた声を漏らす。そして、彼の右肩にかけられたものを見て、震えながら指を指した。


549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:19:21.23 ID:z9MlvUfY0



「あ、あの……その、腕章は……」



「ハァ? オイオイ。天然なのは知ってるけどよ、遂にボケが始まったのか? ずっと付けてんだろうがよ」



彼は腕を上げ、彼女にそれを見せびらかす。それは自分がずっと掲げてきた、風紀委員の腕章だった。



(そうか。この、世界は……)



初春はあの時、彼に言いそびれた言葉を思い出した。


550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:20:06.25 ID:z9MlvUfY0










ー垣根さん。もし良ければ、風紀委員に入りませんか?ー









551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:22:25.29 ID:z9MlvUfY0



(それじゃあ、あの後、垣根さんは私の誘いに乗って…………)



初春はそれに気づき、唇を固く結わえる。そして、すぐに顔の緊張を解いて笑みを浮かべた。



「そうでしたね。うっかりしてました」



「ったく。しっかりしろよ。あ、悪りぃ電話。もしもし……ああ、白黒か。んだよウルセェな……分かってるよ…………ああ、ちゃんと用意してる………ウルセェよボケ。殺すぞ」



彼は電話越しに会話を続ける。白黒、ということは、おそらく相手は黒子だろう。初春は少し笑い、掌をぎゅっと握り締めた。



(良かった)



彼女の奥底で、感情の波が荒立ち、激しさを増していく。彼女はそれを抑え込み、自分に言い聞かせる。


552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:23:38.11 ID:z9MlvUfY0



(あなたは、ちゃんと自分に打ち勝てたんですね。じゃあ、泣くなんてダメだ。あなたの為にも、最後まで笑顔でいて、この世界と別れよう)



この世界で過ごせる時間は、後4分を切った。初春は息を吸い込み、彼へと向かう。



彼は眉間に皺を寄せながら電話を切った。そして初春の方へ向くと、彼女は満面の笑みをして、すぐ目の前にいた。



「パトロール完了しました。さあ、本部に帰りましょう」



「おう」



彼はそれに微笑みながら答えたが、その後直ぐに掌を彼女に向け、静止させる。


553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:25:35.13 ID:z9MlvUfY0



「その前に、初春。手ぇ前に出してくれないか? ちょっと、赤ん坊を抱き抱えるようなポーズで頼む」



初春は怪訝に思いながら、言われた通りのポーズをとる。



「よっしゃ。3、2、1!」



彼が指を鳴らすと、初春の腕の中に突然花束が現れた。赤や黄色、紫の花々が咲き誇る、華やかなギフトだ。初春はわっと驚き、花束を握りしめたまま少し後ずさった。



「ハハハッ! ビビったか? 未元物質を駆使した瞬間移動だ。白黒のお株を奪っちまうが、俺の未元物質に常識は通用しねぇからな」



彼は無邪気な笑みを浮かべて手を叩く。そして、一転して真摯な表情で、彼女と向かい合う。



554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:27:22.66 ID:z9MlvUfY0



「初春。今日で俺が風紀委員に入って、2年が経った。そいつは、お前への礼だよ。どうしようもねぇ俺に手を差し伸べてくれた。お前へのな」



初春の口元が、歪に震えた。



「俺は最初、お前を殺そうとしていた。それなのお前は、そんな俺に光を与えてくれたんだ。その思いを、全部言葉で伝えるってのは、ちと難しいだろ? その花束が代わりだよ。初春。ありがとな」



彼は照れ臭さそうに、時々視線を逸らしながらそう言う。



(ダメだ)



初春は必死で、自分に言い聞かす。


555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:28:27.94 ID:z9MlvUfY0



(甘えちゃダメだ。泣くな。泣いちゃダメ)



彼女は顔を上げて、笑う。



「ありがとうございます。垣根さん。これからもよろしくお願いします」



ああ、と垣根は笑った。



「でも、もう2年か。早いもんだな。色々あったよな」



彼はまた語り出す。


556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:29:54.27 ID:z9MlvUfY0



「俺が犯人捕まえる際にやり過ぎて、始末書に追われたりした時は皆んなにめちゃくちゃ怒られたよな。特に白黒がうるさくてよぉ。よく2人であいつの悪口言い合ったよな」



「ですね」



ダメだ。



「夏皆んなで海行ったときもよ、お前の貧相な体と美偉の体比べてイジったら、顔真っ赤にして怒りまくってたな。あの後やった花火で俺に向かって火花ぶっ放してきた時は、マジでヤバい奴だと思ったぜ」



「あはは、まあ」



泣くな。


557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:32:23.04 ID:z9MlvUfY0



「一端覧祭の時は、一位の野郎と組んでバンドやらされたな。あんなに空気の悪りぃライブ初めてだったぞ。あいつと音楽の趣味も全く合わねぇし。ニルバーナが好きなんて、信じられねぇよ。お前の頼みだからやったんだぜアレ」



「うん」



甘えるな。



「クリスマスの日には、カブトムシと一緒に学園都市中のガキにプレゼント配ってたよな。あれは恥ずかったぜ。サンタの代わりに天使が来たとかそこら中に言いふらされてよ。あ、そうそう。最後にお前にマフラー渡したら、満更でもねぇ顔してたな。あの時のお前の顔、中々見ものだったぜ」



「……うん」



ダメだ。ダメだ。ダメだ。



「入って一年も経てば後輩も出来るし、ようやく一番下っ端から抜け出せたと喜んだもんだ。どいつもこいつも、学園都市2位を顎で使いやがって。中でも1番こき使ってやがったのは、お前だけどな。負い目に漬け込みやがって。腹黒い野郎だ」



「ちょっと」



「でも、悪くなかったぜ。初めて俺に、まともな居場所が出来たたんだ。背負った罪は一生消えねぇけど、それでも少しずつ、削ぎ落としながら進むつもりだ。初春。本当に」



「ねぇ」


558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:34:53.95 ID:z9MlvUfY0



彼はそこで、言葉を失った。目の前で笑顔を保っている彼女の瞳から、大粒の涙が溢れていたからだ。



「止めて…………」



初春はもう、耐え切れず、手にした花束の影に顔を隠してひたすら涙を零す。



「初春……?」



彼は口を開け、彼女をただ見つめる。



そしてあることが、頭によぎった。


559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:36:22.50 ID:z9MlvUfY0



「違うの……何も、出来なかった。こんなの、貰う資格なんてない……私は、あなたを救えなかったの……だから、止めて…………」



初春はそこではっとしたように顔を上げ、涙を拭き取り、また顔に笑顔を灯す。だが、一度流れ落ちた涙は決して止まらず、頬を伝うのを止めようとしない。



「あ、アハハ。何、言ってんでしょう私。垣根さんが言うように、ちょっとボケて来ちゃったのかなー? ハハハハハハ」



「……お前、ひょっとして」



「さあ、もう帰りましょうよ! この花どうしましょっか? んー、風紀委員の本部に飾るのは邪魔かなあ? じゃあ、寮の部屋にでも、飾ろっ、かなあ……」



何度も瞳を擦り、涙を拭き取ろうとするが、その度にまた溢れ出す涙に、初春は逆らう気力を失くしつつあった。


560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:39:06.29 ID:z9MlvUfY0



「えへへ。垣根さん。ありがとう。私、大事に」



それでも何とか笑いながら、彼に礼を言おうとしたが、言い終わるよりも先に彼は初春を抱きしめていた。花束が花弁を散らしながら、地べたに落ちる。



「へ? あの、垣根さん?」



彼は強く、初春を抱く腕に力を込める。彼女の体に、何度も肌に触れたあの感触がよみがえる。彼は右手で彼女の頭を優しく撫でながら、ゆっくりと話し出す。



「そっちじゃ、俺はもういないのか?」



その言葉に、初春は腹が痙攣した。それでも彼女はまだ、自分の意思を貫こうとする。


561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:40:16.07 ID:z9MlvUfY0



「な、何言ってるんですか? そっちて、垣根さんもちょっと疲れて」



「ごまかすんじゃねぇよ」



彼の声は低く、暖かく、初春の鼓膜を満たす。



初春はそこで反逆の意思に、決定的な亀裂が走ったのを感じた。



「俺も世界改変をやった身だ。大体分かる。答えてくれ。そっちじゃ、俺はもう居ないのか?」



意思が儚く崩れ落ちていく音が、自分の口から嗚咽に変わって漏れ出すのを初春は感じた。


562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:41:55.12 ID:z9MlvUfY0



「風紀、委員に、誘おうとしたんです。だけど、アレイスターって人に、それで…………」



そこから先は言葉にならなかった。ただ胸元で泣き続ける彼女を、彼は頷きながら、しっかりと抱きしめる。



「そうか。頑張ったんだな。最後まで諦めずに、俺を救おうとしてくれたんだな。初春。ありがとな。本当に」



彼の言葉が、優しい感触で内側に入ってくる度に、それが巡り巡って涙に変わり、瞳から溢れかえってくる。初春はその激情を乗せるようにして、首を勢いよく横に振った。



「結局、何も出来なかった。私はあなたを、どうすることも、だから、あなたにそんなこと言われる資格なんか」



彼は首を、ゆっくりと横に振る。


563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:43:50.74 ID:z9MlvUfY0



「例え俺はもうそっちに居なくても、お前の言葉が、お前の優しさが、俺の心に光を指したのは変わらねぇよ。お前は十分、俺を救ってくれたんだ」



「違う、違うっ」



初春は涙を散らしながら、何度も首を横に振り否定する。



「私じゃない。あなたが、自分に勝っただけなの。だから、違うの。そんな優しいこと、言わないで……」



「俺はそんなに強くねぇよ」



彼は囁く。



「俺にそんな力があるなら、それはお前から貰ったもんだ。ずっと、自分の弱さにムカついてた。俺がこの世界でこうしてられるのも、お前が側に、居てくれたからなんだよ」



彼は初春の頬を伝う涙を指で拭き取り、その頬を掌で包む。彼女は顔を上げた。


564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:45:35.28 ID:z9MlvUfY0



「だから、そんな顔すんな」



彼は笑う。一点の曇りのない笑顔で。



「俺はもう、大丈夫だ」



その笑顔を見た初春は、何かを言おうとして、そして、大声を上げて泣いた。自分の存在は、確かに彼の中で花開いていた。そのことが分かった今、彼女は何も包み隠すことなく、ただ涙を流し続けた。彼はそんな彼女の頭を、優しく撫でていた。






一秒、一瞬、一目でも、この笑顔を見れてよかった。






私たちはこんなにも、分かり会えたんだ。





565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:48:12.63 ID:z9MlvUfY0



「グェッ?!」



突如、自分を抱きしめていた彼がバランスを崩して前に倒れてきた。初春は咄嗟に彼から離れ、彼はただ1人地べたに倒れ落ちる。



「全く。気になって来てみれば、よくもまあ初春に熱い抱擁をしやがりましたわね。このペ天使」



そこに居たのは黒子と、彼女のテレポートで同伴してやって来た固法だった。黒子が彼の後頭部にドロップキックをかましたたのだ。2人とも2年経って、少し体が大きくなっていると初春は感じた。



「初春さん! どうしたの? 泣いてるじゃない! 帝督に何か言われたの?」



固法は急いでテッシュを取り出し、初春の目元を拭く。初春は戸惑いつつ、為すがままでそれを受け入れた。


566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:49:39.47 ID:z9MlvUfY0



「どう言うことですの? 説明によっては磔にしてやりますわよ」



「やってみろよ雑魚が。よくもやりやがったな。いつまでもナメていられると思ったら大間違いだぞ白黒」



彼は後頭部を摩りながら立ち上がり、怒りのオーラを周囲に発散する。だが、横から固法に耳を抓られ、その怒気は一瞬で消滅した。



「帝督? 説明しなさい。あなた一体初春さんに何言ったの?」



「イテテッ! ちょ、止めろ美偉。何も言ってねぇよ! だろ初春!? 説明してやれ!」



彼の懇願に、初春はプッと吹き出し、したり顔で固法に言った。


567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 23:51:04.68 ID:z9MlvUfY0



「とっても、とっても酷いことしました。死ぬかと思った」



彼の顔から血の気が引いた。



「ちょ、初春、おま」



彼の言葉は、今度は顔面に直撃した黒子のドロップキックにより遮られた。



「やっぱりそうですのねこのペ天使があああああああああッ!!! 私のパートナーを痛ぶった罪、覚悟するんですのォッ!!!」



黒子に足蹴にされる彼と、それを見つめてため息を吐く固法。そんな光景を眺めながら、初春は心の底から笑った。その瞳からまた一筋、涙が垂れ落ちた。



そこから少し離れた、遊歩道の柵にもたれていた垣根は、耳に入ってくるそのやり取りを聞き静かに笑った。



空を見上げると、茜に混じった薄い紫色の向こうに、透明な月が輝いていた。


568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 18:52:08.45 ID:3RpTEa7NO



…………………………。



12月の太陽は、死んだ動物の皮膚のような温度を街中に放っている。彼はその空気の中を当て所なく歩きながら、そんなことを思った。



(まさか、この世界でもあいつらと共にいるとはな。とんだ縁を用意してくれたもんだ。魔神の力って奴はよ。ムカつくなクソったれ)



彼女の凄惨な裏切りから逃れる為、彼は2度目の世界改変を行なった。



それは、彼女と合わなかったという前提の世界だった。その世界で彼は、スクールの面々を引き連れ学園都市の闇に戦いを挑んでいた。



思いがけずまた、彼らと行動を共にすることになった彼の胸中には、逃れられない自分の業というものを感じた。


569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 18:53:29.61 ID:3RpTEa7NO



(なあに。前とは違う。あいつらとも上手くやって、今度こそ俺はこの街をあるべき姿に戻してやるさ)



彼は自信のある笑みを浮かべた。



しかし、その表情はすぐに崩れ、代わりに虚しさを顔に浮かべた彼はその場に立ち止まった。人の往来が、自分の左右を満たしていく。



彼の脳内に、彼女に裏切られた時に堪らず発した言葉が蘇る。



(俺が本当に望んだのは……何だ? 俺は何がしたかったんだ。この街を正して、俺のような奴を生み出さないようにすることじゃ……)



彼の自分自身への確認は、空風のように胸の内を通り過ぎていくだけだ。


570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 18:56:05.54 ID:3RpTEa7NO



(ホント、ムカつくな。ああ。分かってんだよ。俺はただ、自分を変えたかっただけなんだ)



彼は自覚していた。幼い頃に絡みついてきた人間の残酷さ、非情さ、どうしようもなく汚れた闇が、いつの間にか自分の中にも同じような闇を作り上げていた。



(分かってんだよ。こんな奴が、幸せになれるわけがねぇってことくらい。それなのに、俺はどうしても俺を認めることができねぇんだ)



元の世界で、自分が引き起こしてきた様々な血染めの惨劇が頭に再生される。その度に彼は、自分を正当化し続け弱さから目を背けてきたのだ。



その末に手に入れた魔神の力。これでやっと、彼は自分が変われると思った。過去に根付いた闇をなかったことにさえすれば、自分は本当の存在に生まれ変われる気がした。


571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 18:59:02.35 ID:3RpTEa7NO



だが、何度世界を変えても、前提を変えても、自分の記憶を、感情までも塗り潰すことはできない。



掴みかけていた答えが、敢え無く散っていく幻想だったことに彼は気づき、その空漠を紛らわすためこうして彷徨くことになった。



彼はまた、歩き出す。



(どうするつもりだ。こうしてブラブラしてても、何の解決にもならねぇってのに)



彼は自分にまた問いかける。答えも出ぬまま歩き続けていると、とあるカフェのオープンテラスに差し掛かり、そこで見覚えのある人影を見つけた。


572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:00:30.97 ID:3RpTEa7NO



(あのガキ、確か…………)



それは、かつての世界で自分が殺そうとしていた花飾りの少女だった。



彼女は自分の手で死の淵に追い込まれても、己の信念を曲げようとはしない強い女性だった。



そして自分はその直後、一方通行との戦いに敗れたのだ。だから自分が手をかけてきた人間の中でも、一際印象に残っていた。



(こいつもまた縁なのか? 魔神様よ)



自分は結局、彼女を救うことも、自分を救うことすらもできなかった。



その業が、今度はこの花飾りの少女に、償いを求めているとでもいうのか。


573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:02:13.71 ID:3RpTEa7NO



気づけば彼はカフェの中に入り、彼女に近づこうとしていた。彼女は立ち上がり、ここから去ろうと振り返った瞬間、彼とぶつかる。



「うおっ」



「ひゃ、あ、すみません」



その衝撃で、鞄の中の荷物が地面に盛大に散らばった。



「あ、あわわ。ごめんなさい」



慌てふためく彼女を見て、彼は内心笑い、2人してしゃがみこみ荷物を拾い始めた。彼はその時、1つの黒いUSBを見つけ、それをそっとくすねた。


574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:03:47.38 ID:3RpTEa7NO



「おい。ホレ」



「あ、ありがー」



ついでに見つけたピンク色の巾着も彼女に渡す。セクハラかもしれないが、自分の顔立ちなら許されるだろう。彼は自然にそう思った。



「ちょ」



彼女は素早くそれを受け取り、顔を俯かせながら警戒した瞳で彼を睨む。



「おいおいお嬢さん。悪気はねぇって。白昼堂々セクハラするほど飢えてねぇよ」



彼は冗談交じりの弁明をするが、彼女の表情は和らぐことはない。だが直後に、警戒とは違う何とも言えない顔をした。自分のことを覚えているのか? それはないだろ。彼は思い直した。


575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:05:43.16 ID:3RpTEa7NO



「悪かったって。あんまジロジロ見るなよ。何だ? 通報でもする気か? そういやその腕の腕章……」



「へ? あ、いや、そういうわけじゃないんです。まあ、周りを見てなかった私も悪いですし、それじゃあ」



彼女は立ち上がり頭を下げ、去ろうとしたが、立ち止まって振り返り、ゆっくりと彼に問いかけてきた。



「……あの、名前は?」



「帝督。垣根帝督だ」



彼ははっきりと答えた。



「……そう、ですか」



「何だ? 聞いただけか?」



「いや、その……それでは」


576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:36:18.15 ID:3RpTEa7NO
577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:40:31.37 ID:3RpTEa7NO




彼女はその答えに満足したのか、その場を離れていった。彼は彼女が座っていた席に座り、メニューを開いて卓上に置いた後、くすねたUSBを見つめる。



(……何、バカなことやってんだろうな)



自分はまた、幻想に縋ろうとしている。そもそも、彼女は自分のことなど覚えていないだろう。一体どうしてこんなことをしたのか、彼は甚だ疑問に思った。



ふと、記憶の奥底から声がした。それは自分が学園都市に来る前。孤児院に居た頃に教師から聞いた言葉だった。






(いい? 誰かを想う心さえあれば、どんな時でも希望は消えないの)





578 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:45:02.22 ID:/h5vBD7I0



彼はUSBを、ギュッと握りしめた。



(くだらねぇ)



記憶の奥底からの声を、彼は一蹴した。



(これは断じてそういうつもりじゃねぇ。そうだ。あいつは風紀委員なんだろ? じゃあ、この街の闇の正体を知らせれば黙っちゃいないはずだ)



彼は右目の虹彩を黄金に染め、魔神の力を使用し、彼女の過去に軽く干渉した。



(名前は、初春飾利。オイオイ。学園都市有数の凄腕ハッカーじゃねぇか。こいつは使えるな。初春。お前のその正義は、俺たちの目的の為に役立たせてもらうぜ)



少し、彼女を側で見てみたくなった。殺されようとしても尚曲げながった、風紀委員としての意思の強さ。結果的にそれは、スクールの活動にも役立ってくれるだろう。



彼はUSBを懐にしまい、静かに笑った。


579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:46:49.83 ID:/h5vBD7I0





もう一度やり直そう。





垣根帝督は、己にそう誓った。





580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:49:11.74 ID:/h5vBD7I0










とある魔術の禁書目録SS 白垣根「花と虫」








ー完ー









581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/29(木) 19:51:49.42 ID:/h5vBD7I0
以上で、垣根帝督と初春飾利の物語は終了です。時々レスをくれた方々、本当にありがとうございました!



新約6巻で白垣根が登場した時から、いつかこいつを初春と元の垣根と絡ませるSSを書きたいと思っていました。そうこうしていると、元垣根が船の墓場でバレーボールになったりオティヌスが世界をぶっ壊したり、フィアンマがラリアットで吹っ飛ばされたりと色んなことがありました。



しかし、このパーツから何か新しいモノを作れそうだと思い、色々考えた末にようやく去年から執筆に取り掛かることができました。原案では僧正や上里や美琴を絡ませようとしたこともあります。でも、最終的にこの形に落ち着くことになりました。



僕の中では、白垣根が「今生きる理由」を作ってくれたのがフレメアと打ち止めの2人だと思っています。なので、初春は白垣根の「垣根帝督としての過去」を救ってくれた存在として描いたつもりです。



至らぬ所は沢山あると思います。こんなSSでも見てくれる誰かがいると思うと、感謝の気持ちでいっぱいです。



ラストはELLEGARDENの「花」を聞きながら一気に書き上げました。もしよければこの曲を聞きながらもう一度ラストシーンを読んでみてください。



それでは、ここで筆を下ろさせていただきます。もう一度、本当にありがとうございました!
582 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/30(金) 01:06:50.07 ID:MxWPeaHBo
乙!
一年近く掛かったんだな・・・
途中からだったけど、楽しみに読ませてもらったぜ
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/04(火) 13:12:16.39 ID:Z0Y1j9u5O
>582 感想ありがとうございます! 楽しんで頂けたのなら幸いです。
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/16(日) 22:56:42.06 ID:Tnr+eKNqO
遅くなったけど乙でした!!!
めちゃくちゃよかったです!!!
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