白垣根「花と虫」

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435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:35:35.92 ID:Wj4tb5390



「死んだ、仲間たち?」



「あら? それがお望み?」



彼女は嘲笑し、告げた。



「あそこで私以外は実験で死んだって言ってたでしょ? あれ、本当は私がやったのよ」



彼の瞳が、重い影に閉ざされた。


436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:37:29.82 ID:Wj4tb5390



「と言っても、実験に失敗して半身不随になったり、体が奇形化したり、脳に障害が出て使い物にならなくなった『死に損ない』の処理って形でだけどね。研究者共が煙たがってやりたがらない仕事を、率先して引き受けたまでよ。でも、昔の人間って偉いわね。ガス室に集めてちゃちゃっと殺すのが一番効率的だって、既に証明しちゃってるんだから」



自分が成し遂げた仕事を誇らしく語るその姿に、かつて自分の前で罪悪感に苛まれ、優しい涙を零した少女の姿は微塵も残っていないと、彼は確信していた。



「じゃあ、その首のマークは……」



「自分で付けたに決まってるでしょ? 誰があんな不良品共と臭い飯食いたがるのよ」



余りにも弱者を見下し切ったその物言いに、遠くから眺めている初春は眉間を歪め、拳を握った。


437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:39:19.14 ID:Wj4tb5390



「……何で」



「アレイスターの為よ」



彼女は即答する。



「親に捨てられたも同然でこの街に来て、イかれた実験の末に貼られたレッテルは『無能力者』。ふざけんじゃないわよ。どいつもこいつも私をバカにしやがって。掌から風だ雷だ出すのがそんなに偉いのかよ。くっだらない。何としてでも私は自分の価値を証明したいのよ」



彼女は怒りを顔に滲ませた。劣等感と自尊心がせめぎ合い生まれた、歪んだ怒りだ。


438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:42:44.83 ID:Wj4tb5390



「私はすぐに力を求めて、暗部に堕ちた。そこであらゆる技術を習得したの。能力になんて頼らなくても、私は強いことを知らしめる為にね。そして、ついにこの街の頂点。学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーに会うことができた」



彼女は頬を赤らめた、牝の表情で彼に告げた。



「衝撃だった。それはもう、あんたなんか目じゃないくらいにね。私は思ったの。ああ、私の人生は、この人に捧げる為にあったんだって。あの人の持つ、途方も無い力に私は惚れたの。あの人の為なら私はどんなことでもするわ。嘘だろうと、殺人だろうと、好きでもない男とのキスだろうとね」



彼は目はもう、何も見ようとしていなかった。初春には痛いほど分かった。彼はきっと、この現実を存在しないものに、しようとしているのだと。


439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:44:28.33 ID:Wj4tb5390



「嘘だ」



「ホントガキね。アンタ」



彼女の引き金を握る指に、力が入る。



「言ったでしょ? この『作戦』は、あんたを限りなく絶望させて暗部に堕とすのが目的なのよ。本当は何も知らないまま、私をあいつらに殺させるつもりだったんだけどね。でも、今のアンタを見てると、こっちの方が良かったのかもしれないわ」



彼女は恐れのない笑みを浮かべる。



「止めろ」



「大体さ」



彼女は彼に告げる。


440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:51:49.09 ID:Wj4tb5390



「肝心の襲撃場所を私に選ばせたり、偉そうなこと言った割には『たった』2年で根を上げ出したり、あんたのやること成すことには『芯』がないのよ。結局、自分が気持ちよければそれでいいんでしょ? 周りにいいように見られたいだけの自意識過剰なガキが、この街を救うなんて笑わせるんじゃないわよ」



彼女は息を吸い、もう一度強く、こめかみに銃口を当てた。



「止めろ! お前が居なくなったら、俺は」



「知らねぇよ。そんなの」



それを最期に、彼女の頭を銃声と銃弾が貫いた。脳髄と鮮血を撒き散らしながら、彼女の体は重力に吸われ、再び地べたに仰向けに横たわった。



「ッ……………………」



初春は目を覆った。その惨劇も、それを目の当たりにした彼の姿も、もう、見たくなかった。


441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:54:55.03 ID:Wj4tb5390



だが彼女の頭を垣根は横から掴み、無理やり顔を上げさせた。



「ッ、や、ぃや…………」



「イヤじゃねぇよ。いいか? しっかりと見ろ。これが俺の過去なんだよ。どうしようもなかった、惨めな結末なんだよ。ホラ、ちゃんと見ろ!」



その声は冷静で、どこか荒んでいて、そして哀しげだった。



彼女の亡骸を見下す彼は、口を半開きにして、何かを言おうとしている。だが、どんな言葉もこの絶望を表現できないことを分かっている。彼はそれでも何かを言わずにはいられない。



「違う」



彼はようやく一言口にした。


442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:56:42.13 ID:Wj4tb5390



「違う。違う。違う! 違う違う違う違う! 違う!違うッ!」



一度溢れ出したら、もう止まらない。彼は壊れたレコーダーのように、何度も同じ言葉を繰り返した。






「……止めろ! 違う! 俺が、俺が望んだのは…………」






彼はそう言って、背中から6枚の翼を展開させた。その翼の周囲に黄金の絹の糸のようなものが揺蕩い、空間に天使の歌のような荘厳な音が轟き始める。初春は知っている。これは、太陽の門の前で発動しかけていた、世界改変の前兆だ。


443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:58:47.10 ID:Wj4tb5390



彼の翼が根元から、ゆっくりと黄金色に染まって行くのを見ながら、隣の垣根は口を開いた。



「分かっただろ? 俺が引き下がれない理由を。俺にはもう、何も残っていないんだよ」



初春は垣根を見る。冷静に、過去の自分を見つめるその瞳が、何よりも孤独でひ弱に感じられた。



「この街がある限り、間違いなく『ああいうこと』は繰り返される。もう、そんなのは御免なんだよ。分かったら初春、邪魔をしないでくれ」



垣根は静かにそう言って、初春に背中を見せ、この場を去り出した。それを目で追う暇もなく、翼の輝きが最大限になり、目の前が再びホワイトアウトした。



寸前。初春の視線が、黄金の翼を持つ彼の視線と重なった。彼は初春を認識できないにも関わらず、何かを訴えるように彼女を見ていた。


444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:03:08.86 ID:BlGJYkS/0



一方通行が隣の繭が見つめていると、突如発光し出した繭が内側から緩やかに解けていき、その中から解放された初春が、膝から地面に着地した。



「……………初春さん」



高架下の広場からそれを確認した垣根は、彼女の名前を呟いた。一方、道路上でそれを見ていた彼が口を開く。



「これで十分か?」



初春はハァ、ハァと息を荒げ、両手を地面に付き、項垂れている。汗が一雫、コンクリートの地面に落ちた。



そして初春は、顔を上げて壁越しの彼を見た。


445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:04:50.72 ID:BlGJYkS/0



「ッ、何だその目は」



彼女の瞳は、ただ真っ直ぐに彼を見ていた。その目に宿っているものの全てを彼は理解しきれなかったが、そこに自分が望んだものは混じっていないことは明らかだった。



彼はたまらず何かを言おうとしたが、自身の体に白い糸が絡みつき、その動きを封じ込めたことにより、言葉を繋げることができなくなった。



そして、彼の体は高架下から音速で追突してきた垣根の拳に押し出され、数十メートル先の空中へと吹き飛んだ。跡地に残った垣根は、初春を見る。



垣根はゆっくり微笑んだ。



初春はそっと頷いた。


446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:06:54.39 ID:BlGJYkS/0



一瞬の、しかし確かな邂逅の後、垣根は吹き飛ばした彼を追い、銀色の翼を震わせて飛翔した。



「……垣根さん、勝てますかね?」



初春は隣の一方通行に聞く。



「さァな。だが、ある程度の算段は聞いた」



その言葉の後、僅かな沈黙が生まれる。初春は彼を見た。



「……本当に、やる気なのかあの野郎」


447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:08:08.28 ID:BlGJYkS/0







彼は顔を歪ませ、翼を駆使しバランスを整え、迫り来る垣根を迎撃する準備を整える。



「クソがッ! 失せろッ!」



彼は掌を垣根にかざした。5秒前の次元からの不可侵の攻撃により、垣根の体は、だるま落としのようにバラバラになる。



しかし彼の周囲に、先ほどと同じような繊維が集結している。彼は顔に動揺を浮かべ、そして自身の真上を見た。



「こっちだ」


448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:10:42.53 ID:BlGJYkS/0



無傷の垣根が、翼の先端をこちらに向けて突撃してきている。垣根の制御下にある状態の彼は、的同然の、蹂躙されるのを待つだけの存在だ。圧倒的有利の攻勢から垣根は彼を狩ろうとする。



そこで垣根は振り返り、背後から襲撃をかけてきた『2人目』の彼の黄金の翼を、銀色の翼で迎え撃った。翼の先端同士が激突し、拮抗したまま両者は睨み合う。




「2度も同じ手は通用しませんよ」



そう言う垣根の背後で、白い糸に絡まった彼が蝋燭が溶けるようにドロドロになり、消滅した。



「ハッ。だが追撃をかまさねぇ辺り、お前の分身の限界は、真の科学の世界の拡張も含めると4人までってことか? いや、それもブラフかもしれねぇな。何にせよ、しぶとい野郎だ」


449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:12:03.24 ID:BlGJYkS/0



彼は、忌々しげに垣根を睨む。



「さあ? ご想像にお任せします。それと、この私にしぶといだなんて今更じゃありませんか?」



垣根は鋭い目で彼を睨み返しながらも、口元には細い笑みを浮かべている。



「だな。全く、ムカつく野郎だ。お前も、あのガキも」



あのガキ。その言葉に垣根の眉がぴくりと動いた。



「ムカつく、というのは、どこか彼女に期待してしまっている自分がいるからじゃないですか?」



450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:13:23.65 ID:BlGJYkS/0



垣根はそう言って、また不敵に笑った。彼は沸騰したように顔を憤怒に濁らせ、5秒前の次元に干渉し、垣根に翼の斬撃の嵐を浴びせた。垣根の体はテッシュを破くように散り散りになっていく。



「その怒りが、答えのようなものですよ」



既に背後に作られていた『2人目』の垣根の言葉に、彼は歯を食いしばる。



「きっと、『2回目』の世界でも、貴方と彼女は同じような結末を辿ったのでしょう。貴方は初春さんにその全てを伝えた。だが彼女は折れなかった。彼女はまだ、貴方に希望を見出している」



彼は勢いよく振り返り、翼で垣根を横から一刀両断する。


451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:15:30.31 ID:BlGJYkS/0



「私もですよ」



すぐさま『3人目』が背後に回り込み、語りかける。彼は破裂しそうな怒りに震える。



「貴方はきっとやり直せる。そう信じているんだ。それを拒み続けているのは、偏に貴方が光の世界を恐れているだけだ。『人を殺した自分が許されるはずがない』『一度折れた自分がやり直せるはずがない』貴方はそうやって自分をーーー」



「ウルセェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」



彼は咆哮し、掌から再現した黒翼を噴出させ垣根にぶつけた。吹き飛ばされた垣根は再び中央の高速道路の上に落下し、仰向けに横たわった。その体は卵の殻を砕いたかのようにヒビだらけだ。


452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:17:27.78 ID:BlGJYkS/0



「どの視点から説教垂れてやがんだコラァッ! やり直せるだぁ? 虫酸が走るんだよ! クソみてぇに薄っぺらい希望をチラつかせやがって。んなモンに惑わされてたまるか! テメェの不始末くらいテメェでつけるんだよ。この街さえなかったことにすれば、俺も、俺以外の奴らもきっと」



「笑わせるな」



低く、冷たい声で垣根はそう言い、全身を再生させながら立ち上がる。




「貴方が自分の弱さと、犯した罪にとことん向き合おうとしたならば、そんな安易な答えは生まれないはずだ。自分以外の人間も救われる? 自分の正当化に、他人の不幸を利用するな。貴方はただ、逃げ出したいだけだろ」



その言葉に、彼は唸り、憎悪に滾った拳を握りしめる。


453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:19:59.27 ID:BlGJYkS/0



「『もしも』の世界に逃げられるなら、誰だってそうしたい。でも、本来それは出来ないんですよ。だからこそ皆、自分の弱さも、過ちも、後悔も全部引き連れて、それでも何とか生きようとしているんだ。貴方がやろうしていることは、そんな『覚悟』への冒涜以外の何物でもない!」



垣根は右足を、強く前に踏み出した。壁の向こうの一方通行は、それを静かに見守る。



「逃げ切らせてたまるか」



全身を再生し切った垣根は、6枚の銀色の翼を背中に広げる。



「そんな腑抜けた答え、私は絶対に認めない。足掻いて、苦しんで、その末に絞り出したものがそれだと言うのなら、真っ向からそれを否定してやるまでだ。自分を何一つ省みないまま、『もしも』の世界に逃げて満足しようとするのなら、そのふざけた幻想は私がぶち殺す」



垣根は迷わぬ意志を瞳に乗せ、彼を睨んだ。


454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:23:36.32 ID:BlGJYkS/0



「カッコつけてんじゃねぇよ」



彼は怨嗟の声を口から吐き出す。



「大層なこと言いやがって! お前の方こそ、本当は怖くて仕方ないだけだろ!? 学園都市が存在しない世界を作り上げれば、お前の存在は完全に消滅する。そもそも俺が肉体を失くすことがなくなるからな。それが怖いだけだろ! アァッ?!」



彼が発する罵倒を受けても、垣根の瞳が揺らぐことはなかった。



「……やってみろよ」



彼は空中で静止したまま、そう言う。



「そこまで言うなら見せてみろよ。お前の意地を。こいつを喰らっても尚、んなナメたことが言えんのならなぁッ!」


455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:33:27.86 ID:BlGJYkS/0



それと同時に、彼の翼が根元から、黄金を更に超えた輝きすぎるほど輝くプラチナに変色していった。一方通行は、その翼の色に目を見開く。



「その翼……真の科学の世界と同じ領域の力、ですね」



「ああ。その世界に根付いた天使、『エイワス』の力だよ。学園都市のクソどもに利用されてる間、そいつの存在に触れる機会があってな。何とか再現しようとしたんだが、魔神クラスの難易度で随分時間がかかったもんだ。だが、もうじき終わる。完璧な力をふるえるまで、後30秒もねぇよ」



プラチナの翼がキィィンと鳴動し、眼下の垣根に照準を定める。



「同じ次元の力だ。お前にこいつを防ぐことはできない。発動を許せば最後、お前は必ず死ぬ。それまでに俺を食い止めてみせろよ虫ケラ。やれるモンなら、な」


456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:37:11.76 ID:BlGJYkS/0



垣根は上空の彼を見つめる。翼の輝きはまるで太陽のようで、この空間全てに等しく異常な光の波動を浴びさせている。伸びた背後の陰に誓いを立てるように、垣根は左足を後ろに下げ、来るべき瞬間に備えた。



「決着をつけましょう」



垣根の言葉に、彼は口元を歪ませ、告げた。



「残り10秒」



それが合図だった。垣根は瞬時に彼との間合いを詰め、彼を制御下に置いて身動きを封じ、その胸元を拳で貫いた。彼の体はその傷口から、砂の城に水をかけたかのようにボロボロと崩れていった。


457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:48:49.11 ID:BlGJYkS/0



「残り6秒」



背後に強烈な光。『2人目』の彼がプラチナの翼を掲げ、不敵に笑っている。




「無駄だ!」



垣根は再び真の科学の世界を拡張させ、彼を封じ込めようとする。



だがそれよりも先に、過去からの攻撃により垣根の体は縦に真っ二つに切断された。



「グッ……」



「ほら、残り4秒」


458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:53:04.47 ID:BlGJYkS/0



プラチナの翼の輝きが更に増していく。鋭利な先端がこちらを冷酷に見つめるのを見て、垣根は、フッと笑った。



同時に、彼の周囲に真の科学の世界が展開される。蜘蛛の巣のように白い糸が張り巡らされた2メートル四方の空間の中で、彼は無表情、切り裂かれた垣根を見つめる。



垣根は自分の半身を再生させ、そしてもう2人の分身を創造した。計3人となった垣根は、彼の周囲を取り囲む。



「この空間を『お前』と考えると、生み出せる分身は5人までか」



垣根は問いに答えず、3方向からの、合計18枚の銀色の翼で、彼を切り刻もうとした。後2秒。これが、最後の攻撃だった。


459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:57:29.64 ID:BlGJYkS/0



だが突如、彼を縛り付けていた空間は消滅し、3人の垣根は過去からの攻撃により翼を粉々に砕かれた。垣根は、表情を凍らせる。



(まさ、か、あの時!)



脳裏をよぎったのは、自分を槍で貫いたあの瞬間。



(既に、能力を読み取られていたのか!)



少なくともそうとしか考えられない目の前の現実に答えるように、彼は笑みを浮かべた。



「同じ未元物質で、できないとでも思ったか? おかげで3秒ほどなら制御可能だ。切り札は、とっておくべきだろ?」



3秒。その一瞬が、最後の勝敗を分けた瞬間だった。



タイムリミットが訪れた。


460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 23:59:35.79 ID:BlGJYkS/0



「ここでお別れだ」



彼の翼がこれまでで最大の輝きを放った。瞬きの間もなく、3人の垣根の体は、紙吹雪のように散り散りになった。



「垣根さん!」



壁の外から、決着の瞬間を眺めていた初春が悲痛に叫んだ。



粉砕された垣根が、徐々に空中に溶けていき、完璧に消滅していく様を見届けた彼は、歓喜を滲ませた声で呟いた。



「勝った…………」


461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:01:21.06 ID:Q/r+SgUt0






彼が口元を緩ませた、その時だった。






白い光の柱が、中央の高速道路上に、轟音と共に天から降り立った。





462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:03:17.55 ID:Q/r+SgUt0



「ッ、何だ?」



彼は思わずその柱を見る。純白の輝きの線が段々細くなっていくと、その中から人影が見え始めた。



「貴方の質問に答えましょう」



人影は声を発した。その声は、聞こえるはずのないものだった。



「私の分裂の限界は、6人までです。それくらいにしておかないと、また主導権を奪われてしまいますから」



光の柱の中から現れた白い影は、紛れもない垣根帝督だった。


463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:05:01.99 ID:Q/r+SgUt0



「……どこに隠れてやがった?」



彼は尋ねる。



「最初からずっと、真の科学の世界に潜んでましたよ。とあることの為にね」



その返答に彼は、顔を歪めながらも笑う。



「……そうか。お前、第1位とそっちに避難してやがったな。自分にムカつくな。『この世界』のお前が、お前全てだとは限らなかったことを失念してたぜ」



彼は頭を掻き、それで、と言葉を繋げる。


464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:07:43.54 ID:Q/r+SgUt0



「どうするつもりだお前。真の科学の世界に雲隠れしてたはいいが、この戦況、覆す手はあんのかよ!」



彼はそう言い、プラチナの翼を数百メートルほど巨大化させ、その内の1枚を垣根に向かい振り下ろした。法則の制御下に置くこともできない同等の次元の力。垣根が再三縦から肉体を切り裂かれることは必然のはずだった。






垣根は右手を翼にかざした。パキィンという音が響き、翼は軌道をずらされ右横に振り下ろされ、高速を切断した。





465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:15:45.45 ID:Q/r+SgUt0



彼はその光景に絶句する。同様に、壁の外の一方通行も驚きを隠せない様子だった。



「本当に、やったのか。あの野郎……」



初春は何が起こっているかも分からない表情で、一方通行と壁の向こうの垣根を交互に見つめている。



「……何だ、その右手」



彼の問いに、垣根は答える。



「とあるのヒーローの能力ですよ。貴方と同じように、能力の再現に漕ぎ着けただけです」



垣根は不敵に笑い、その能力名を口にした。



466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:16:43.71 ID:Q/r+SgUt0










「幻想殺し。あらゆる異能を打ち砕くだけの、最強(さいじゃく)の能力ですよ」









467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:18:49.21 ID:Q/r+SgUt0



能力の全貌を聞いた彼は、呆然と垣根を見つめる。



「本来、彼の右手でないと宿らない能力なんですがね。その法則を制御して、私の右手でも使えるようにしました。中々大変でしたよ。この世界で貴方を食い止めつつ、この能力を完成にまで持っていくというのは」



垣根の語る経緯など全く耳に入っていない彼は、純粋な驚愕をぶつける。



「自分が何やってんのか、分かってんのか?」



彼は言う。



「異能を打ち消す右手だと? お前がそんなもん体に宿らせたら、どうなるか分かるだろ」


468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:20:17.74 ID:Q/r+SgUt0



彼が語っているその間にも、垣根の右手は歪にひび割れていき、その余波はやがて垣根の全身を蝕み始めていく。



「ええ。笑えるくらいに相性最悪の能力だ。法則制御で何とか抑え込んでいますが、長くは持たない。だから、今ここで終わらせます」



垣根はしゃがみ、右手を地面に付かせた。



「この右手の持ち主にヒントを頂きましてね。彼が魔神との戦いで世界改変に巻き込まれた際、幻想殺しで書き足した世界を破壊し元の世界に戻ったそうです。つまり、貴方が改変したこの世界も、幻想殺しでリセット可能ということですよ」



垣根は右手に力を込める。すると、そこを中心に空間に亀裂が走り始め、世界の全てのメッキを剥がすように次々と広がっていく。



「ぅ、グッ、ガッ…………ッ!」


469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:22:39.19 ID:Q/r+SgUt0



だがその破壊は、使用者である垣根をも巻き込んだ。垣根の体にはより深刻なひびが入り、皮膚の表面は彫刻刀で抉られた木のように、各部分が少しずつ弾け、崩壊していく。



「垣根さん! 止めて!」



初春は叫ぶ。その訴えが耳に届いたのか、垣根は初春の方を一瞬見て、誇らしげに笑った。



「そこまでするのかよ。そこまでして俺を、認めないつもりかよ」



彼の背中のプラチナの翼は無残にひび割れていく。彼はそれを一向に気にせず、眼下の垣根に問いかける。



「貴方を認めないんじゃない。貴方に、認めて欲しいんですよ。己の弱さを。強さを。そして、私のことを」


470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:24:26.59 ID:Q/r+SgUt0



垣根は言う。その覚悟に返す言葉を失った彼は、呟くように言った。



「死ぬぞ。お前」



「そうかもしれない。だが私の」



いや、と垣根は言い、そして笑みを浮かべて告げた。






「俺の未元物質にその常識は通用しねぇ」






それを聞いた彼が、何かを言おうとする直前、世界に行き渡った亀裂から白い光が溢れ出し、全てを飲み込んでいった。


471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 14:57:43.68 ID:Q/r+SgUt0



…………………………。



「…………ッあ!」



初春は目の前を覆っていた腕を下ろすと、そこは見たことのない、ボロボロになった甲板の上だった。一体自分がどこにいるのか、辺りを見渡してみると、一面廃材や木屑の山、錆びついたタンカーの死骸が山のように横たわっている異様な光景が目に飛び込んできた。



「ここは、一体……」



よくよく見てみると、自分がいるこの甲板も、死に絶えた豪華客船のそれのようだ。彼女は客室の方に向かおうと、足を進めた。前方はどうやら、水のないプールサイドのようだ。



そこに飛び込んできた光景に、彼女は息を詰まらせた。


472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:24:06.28 ID:Q/r+SgUt0



「…………垣、根、さん…………垣根さん!」



プールの底で立ち尽くしていたのは、塗装が剥げた遊具のように全身にくまなくひびを行き渡らせた、惨めな垣根の姿だった。最早それは生きていることすら怪しい、抜け殻のような姿だった。



初春は一目散にプールサイドに向かい、プールの底に降り立ち垣根の側に寄り添う。



「垣根さん! しっかりしてください! 大丈夫ですか?! 」



初春に肩を触れられた垣根は、あっ、と息をこぼし、彼女に向かい倒れこんできた。彼女はそれをしっかりと受け止める。



不意に、自分の背後に何かの気配を感じた。初春は振り返る。


473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:29:33.20 ID:Q/r+SgUt0



そこには旋風のように白い糸が集結し、みるみると人の形を形成していく様があった。やがて時が経つと、それは完全に人間の姿になった。初春は呟く。



「…………垣根さん」



自分を殺そうとした方の垣根帝督が、地面に膝をつき、全身を再生し切った姿がそこにあった。



「してやられたぜ。まさかあんな捨て身の特攻しかけるとはな」



彼は立ち上がる。



「だが払った代償もデカかったな。その様子じゃもう、碌な戦闘はできないだろうよ。残念だったな。いくら幻想殺しで世界を元に戻そうと、もう一度俺が世界改変すれば全て元通りだ」



ありったけの嘲りを凝縮して、彼は小さく笑った。


474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:38:51.40 ID:Q/r+SgUt0



「……ええ。私はもう、ここまでです」



だが垣根は、敗北宣言とも取れるその言葉の後、力強い笑みを口元に浮かべた。



「ただ、忘れていませんか? 私以上に、貴方の最大の敵たる存在を」



彼は何かに気づき、口を開こうとした。瞬間、左横からの高速の拳が、彼を船の外に押し出した。



「よくやった。後は任せろ」


475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:40:51.45 ID:Q/r+SgUt0



その男は、垣根にそう告げて、船の外に向かった。



吹き飛ばされた彼は空中で体勢を立て直し、船外の広場に積み上がった錆びたクルーザーの船首に着地した。それを追うようにして、目の前の平坦な鉄屑の大地に降り立った者。



「悪りィが、こっから先は一方通行だ」



学園都市最強の能力者、一方通行はそう言った。そして彼の背中から、6枚の銀色の翼が展開した。



「……似合わなすぎんだろ。メルヘン野郎」



「心配するな。自覚はある」



彼は黄金の翼を広げ、最強に立ち向かう。


476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:46:42.94 ID:Q/r+SgUt0







初春はプールサイドから、両者の激突が始まったのを横目で確認した。そして、一方通行の背中に垣根と同じ翼が生えていることに、不可解な顔をする。



「何で、第1位さんが……」



すると、彼女の膝上で横たわる垣根が、ぴくりと動いた。



「ッ! 垣根さん! 」



初春は反応する。



「……ずっと、彼の周囲に私の力を発動させていたんですよ。彼の能力の真髄は、『自身が観測した現象から逆算して、限りなく本物に近い推論を導き出す』事。つまり、未元物質の真の力を解析し切ることができたなら、私と同じようにその力を扱える。彼は今、自身の周囲に展開された未元物質を、導き出した推論の元駆使しているのです」


477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:48:21.96 ID:Q/r+SgUt0



垣根はフッと笑ったが、その拍子に左腕のひび割れた表皮がパラパラと地面に落ちた。初春はそれを見る。



「もし私がこの戦いで死ぬことがあっても、彼が私の力を扱えるようになったなら、結果的に戦況は覆らないでしょ? まあ、その犠牲として私自身が能力を使える時間を大幅に失ってしまいましたがね」



垣根は自分の右手を見た。手首から先が引きちぎられたように、荒い断面を残して消滅している。彼はまた力なく笑った。



「何、笑ってんですか」



初春は呟く。垣根は彼女の表情を見る。今にもふり落ちそうな澱んだ顔と、潤んだ瞳が見える。




「死ぬところだったんですよ。本当に」


478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:49:58.41 ID:Q/r+SgUt0



初春の言葉に垣根は苦笑した。



「ははは。ムチャし過ぎました。流石にこの右手は、私の器に収まるものではなかった」



垣根は右手を地面に下ろした。



「認めて欲しかったんですよ」



垣根は語り出した。


479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:54:47.85 ID:Q/r+SgUt0



「あの時、貴女が彼に誘われて、スクールの皆と初めて会ったあの瞬間。皆の幸せなそうな笑顔を見て思ってしまったんですよ。この世界に、私は必要ないって」



初春はその言葉に、息を詰まらせた。



「『彼女と会わなかった』。その前提の元に改変されたあの世界は、全てが理想に近かった。そこに私という異物が混じっても、何の得にもならない。そう思えてくると、悔しくて、悔しくてならなかった。思わず私は、貴女に声をかけてしまった」



あの瞬間に聞こえてきた声。あれはやはり、垣根のものだった。初春は記憶を振り返り、そう確信した。



「でも、考えてみると、元々私の存在は世界にとっての『異物』なんですよ。本当は、『人間』としての垣根帝督が、『人間』として公正して、人生をやり直すのが正しい道筋だった。それなのに、私という存在が生まれてしまい、挙句彼が成さなければいけないことまで奪ってしまった」


480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:02:50.24 ID:Q/r+SgUt0



垣根は形を残した左手で、自分の顔を隠した。



「あの世界で身に染みましたよ。自分がどこにも必要じゃないと分かった時の、やるせなさって奴を。私の存在が、彼にとってどんなに苦痛なのかも。でも、それでも私は認めて欲しかった。認めさせたかった。私は紛れも無い垣根帝督だってことも。私のいるこの世界でも、貴方がやり直すことはできるってことも」



垣根はそこで一旦言葉をつぐみ、初春の方をしっかりと見ながら言った。



「こんな気持ちになったのも、貴女がいてくれたからです」



初春は、息を呑み、彼の言葉に聞き入る。



「あの世界で貴女は、どんな目にあっても彼の側にいようとした。あの姿を見て、決心が着いたんです。これ以上貴女を裏切ってなるものかって。垣根帝督として、もう、初春飾利を傷つけるのは御免なんですよ」



気づけば初春は涙を流していた。頬を伝う雫が、垣根のひび割れた体に落ちて染み込んでいく。


481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:04:29.74 ID:Q/r+SgUt0



「貴女は強い人だ」



垣根は手を伸ばし、初春を涙を拭った。



「私よりも、ずっと、ずっと強い。いつの間にか私は、貴女の強さに甘えようとしていたようだ。一方通行に言われたんですよ。自分と向き合う気はあるようだけど、貴女と向き合おうとする気はないのかって。私は、怖かっただけなんですよ。貴女に、自分の弱さをさらけ出すのが」



垣根はそこで、悲しげに笑った。



「やっぱり私は、真のヒーローにはなれないようだ」



その言葉に、初春は涙を拭い、募りに募った想いを彼にぶつけた。


482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:08:41.71 ID:Q/r+SgUt0



「違いますよ!」



初春の怒号に、垣根は目を見開き、彼女の顔をみる。



「そこまでして、誰かを思いやれるあなたが、弱いわけないじゃないですか。大体、私を過大評価し過ぎですよ。私だって、ガキだし、バカだし、何か上手く言えないけど……」



初春は頬を伝う雫を拭い、思いの切れ端を何とか繋げようとする。



「あなたの、あの人の優しさに触れる度に、心の奥から、よく分からないものが這い上がってくるんですよ。それがとても怖くて、だから、何とかこの一瞬を留めておきたいって。それだけなんですよ」



だから、と初春は続ける。


483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:09:50.38 ID:Q/r+SgUt0



「生まれてきたのが間違いだったなんて、そんな風なこと言わないで。あなたもあの人も、私の側から離れないで欲しい。今ここで消え去られるのが、一番怖いの……」



人が人を信じようとするのは、辛く、苦しいことだ。



千切れそうな糸の上を歩く曲芸師のように、側から見れば危険で滑稽で、不恰好な行為だ。



彼女はそれを分かっていながら、尚も自分に手を伸ばそうとした。垣根はその事実に気づき。彼女に向けて微笑んだ。


484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:13:30.56 ID:Q/r+SgUt0



(私たちの関係は、なんて歪で、例えようのないものだ。だけど、一つだけ言える)



垣根は左手を伸ばし、人差し指で初春の目尻の涙の轍を拭き取った。



「こんなことを言う資格がないのは分かってますが、貴女に、出会えてよかった。本当にそう思います」



初春は彼の左手をそっと握りしめ、微笑み返した。だが。瞳の涙はまだ止まらずにいた。



2人の手は固く繋がり合い、その間に流れる温度は、ただ暖かった。


485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:15:47.86 ID:Q/r+SgUt0








一方通行は船の墓場の上空を飛びながら、より天空に舞い上がった彼を睨む。黄金の翼が、再び輝き過ぎるほど輝くプラチナに生まれ変わる。



「死ねえェェェェェェェェェェェェェッ!!!」



時間、空間、認識の概念を超えた翼の一撃が一方通行に降り注ぐ。かつて手も足も出なかった巨大な力をに向かい、一方通行は手をかざした。



翼は彼の掌の上で静止し、そのまま右横に軌道を逸らされた。



「グッ、このっ……」



彼は苦虫を噛み潰したような顔で一方通行を睨む。本来、制御下に置かれないはずのない攻撃のはず。何故奴は、涼しい顔で防ぐことができる。彼の中でその疑念が暴れ出すと同時に、脳の片隅に淡々としている理性が、どうしようもなく合理的な回答を導いて行く。


486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:18:07.60 ID:Q/r+SgUt0



(理論上、絶対能力者に辿り着けるのはあいつだけだった。クソがッ! そうだよな。お前の方が、その力を上手く扱えるのは当然だッ)



受け継いだ力を、より昇華して練り上げた鈍い銀色の6枚の翼。それを背中にはためかせる一方通行は、一切表情を動かさずただ彼に向かう。



彼は回避するために翼を翻し、降下しようとした。



その瞬間、彼の周囲に白い氷柱のような、鋭利な包囲網が張り巡らされた。



「ッ……!」



垣根の時以上の協力な封じ手に、彼は迫り来る一方通行に対してただの「的」に成らざるを得なかった。


487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:20:47.80 ID:Q/r+SgUt0



(何でお前と俺が1位と2位に分けられているか知ってるか?)



「ッ、止めろッ!」



記憶の底から、一方通行の宣言が自分の魂を蝕む。



(その間に、絶対的な壁があるからだ)



そしてそのまま、一方通行の拳は彼の胸下に叩き込まれた。彼に絡みついた白い氷柱は、殴打の衝撃でいともたやすく砕け、辺りを雪のように旋回する。


488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:24:05.52 ID:Q/r+SgUt0



吹き飛ばされた垣根は錆びたトタンと鉄パイプに囲まれた漁船に墜落し、粉塵を巻き上げた。すぐに立ち上がり、追撃に備えようとする彼の頭上に、巨大な影が舞い降りた。



彼は上を向く。空が落ちてきたかのような、全長400メートルほどのタンカーが頭上を覆っていた。そのままタンカーは重力に導かれ地面に落下し、辺りに破滅的な轟音をまき散らした。



そのタンカーを蹴り飛ばした張本人。一方通行は、再び翼を広げタンカーのあった場所から墜落地点まで移動した。目の前に横たわるタンカーは、まるで国を隔てる壁のように圧倒的にそこにあった。



突如、タンカーの表面に亀裂が走った。亀裂は次第に表面を伝っていき、内部から押し出すように砕け、中から翼を震わす彼が一方通行めがけて飛び出してきた。


489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:29:06.11 ID:Q/r+SgUt0



彼の鋭利な翼が一方通行に照準を定めた途端、彼の周囲に16本の光の槍が円状に地面に突き刺り、彼の駆動を封じ込めた。



「チィッ! このッ」



彼は素早く包囲網を破壊しようと、魔神の力を使おうとした。だがその時、肋骨が溶けるような胸の蠢きを感じ、彼は思わず右ひざを地面についた。



「な、何が……」



彼は胸下を見た。一方通行に殴打された部位に、白い花のようなものが寄生し、脈動している。彼は息を呑み、目を見開いた。



「お前に攻撃した時。内臓に未現物質を送り込んだ。どうやら別の場所に移動させる時間はなかったようだな。まァ、幻想殺しの影響から肉体を再生させたばかりだ。それも仕方ねェ」



「ッ…………テメェ…………」



彼は怒りと、焦燥に身を任せ歯を食いしばる。生身の内臓に未現物質を寄生されたということは、自身が紡ぎ出す魔神の力の制御の法則を、目の前の男に制御されてしまうということだからだ。



だが彼はすぐに、不敵な笑みを浮かべた。


490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:31:43.08 ID:Q/r+SgUt0



「……これで魔神の力はもう使えない。とでも思ったか?」



彼の言葉に続くように、船の墓場のスクラップの山たちから白いツタが増殖し出した。一方通行は振り返る。



「この島に散りばめられた並列演算装置のこと忘れたか! あれに接続すれば、魔神の力の行使に必要な演算はまだ行えるんだよ!」



白いツタは血流のように島の隅々に行き渡り、演算装置に絡みついていく。



「生身の俺の主導権握ったからって、勝ち誇ったのがテメェの敗因だ。これでもう一度、世界を改変してやる!」



勝利を確信した笑みを浮かべる彼に、一方通行は冷ややかな表情で告げた。


491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:33:49.84 ID:Q/r+SgUt0



「つまらねェ小細工で勝ち誇った面してンのはお前だろ。まだ分からねェのか? もうお前は詰ンでるンだよ」



何? と彼は返した。そして異変に気付く。接続した演算装置たちから、反応が一切帰ってこないのだ。



「オイ、待て。何だこれは。一体どういうことだ!」



彼は打って変わって顔に焦りを浮かべる。その落差は、見ているものにどうしようもない哀れみを買うほどの乱高下だった。



「自業自得ってのは、このことだな」



一方通行の言葉に、彼は何かに気づき、島に張り巡らせた未現物質の一部と自分の視覚情報を共有させた。


492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:36:00.46 ID:Q/r+SgUt0



「初春っ、お前………………」



視界に移ったのは、傍に垣根を寝かし、演算装置のキーボードを操作する初春の姿だった。彼女のクラッキングにより、島全ての演算装置は使いようのない箱になっていたのだ。



「これで分かっただろ? もうお前は何もできねェ」



目の前の一方通行との距離は、3メートルもないほどだ。それなのに、この槍の囲いにより、手も足も出ない。彼の奥底から、ドロドロしたものが沸騰し、次第に顔面を醜く歪ませていった。



「殺す、殺す! お前だけはッ! 殺してやる! クソがッ! クソがあああああああああッ! 出しやがれェッ! ちくしょうッ! ぶっ殺してやる!」



彼は槍に殴りかかり、何とかしてここから抜け出そうとした。しかし槍は寸分の狂いもなく、ただそこにあり続ける。彼はそれに構いもせず、ひたすら槍に攻撃を加え続ける。



「ここがお前の通行止めだ」



一方通行の言葉に、彼はより憎悪を滾らせた。


493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:42:08.47 ID:tGvY6N++O



「ふざ、けんじゃねぇ」



血の滲むような声で彼は言う。



「認めてたまるか。諦めてたまるか。俺は俺を救い、学園都市の闇を晴らすんだよ。こんな、こんなところで」



彼の目から、赤黒い液体が一雫流れた。



「終わってたまるかああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」




彼の背中の黄金の翼が内部から弾け、虫に喰われたようなボロボロの黒い翼が現れた。勢いよく全貌を露わにした翼は、そのまま周囲の槍を全て破壊した。ガラスの破片のように地面に飛び散った砕けた槍を、彼は踏み潰す。




「…………………………」




一方通行は無言で彼を見つめる。胸元の花弁が、硫酸に沈めたように消滅していった。


494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:43:52.73 ID:tGvY6N++O




「内臓に、魔力を通わし未現物質を排除した。これで、俺も力を使える……」



そういう彼の姿は、誰がどう見ても悲惨だった。体には至る所に小さな亀裂が走り、目と口からは血が流れ出ている。



「能力者に魔力は馴染まねぇ。今まではその副作用をダミーの内臓に肩代わりさせてたんだが、こいつは、かなりキくな……。早く、終わらせるぞ」



悲しげに笑う彼の瞳には、殺意の眼光が宿っている。それを見た一方通行は、翼を震わせ上空に飛翔した。彼もすぐさま後を追う。



「お前さえ殺せば、後はどうとでもなる! どうせ世界を改変すれば、お前だって違う人生を送って生きてるんだよ! 今ここで、ぶっ殺すのに何の問題もねぇ!」



自分を追いかけて上昇してくる彼の背後の翼は、まるで昆虫の足のように濁っていて、無機質だと一方通行は感じた。彼はその翼を一方通行に向ける。


495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:47:55.52 ID:tGvY6N++O



「殺してやる。粉々に切り裂いて、跡形もなく殺してやる。絶対に、殺してやる」



その瞳には、狂信的な信念が見えた。彼は血反吐を吐きながら、翼の先端を一方通行目掛け、射出した。



「ゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」



焼け付くような憎しみと懇願を腹に込め、絶叫上げた彼に向けて一方通行は右手を前にかざし、透明の防御壁を精製した。






翼の突撃はそれにぶつかり、クラッカーを割るように容易く砕け散った。






彼の瞳の殺意は一瞬で消え、曇りなき絶望に支配された。



「一つだけ教えてやる」


496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:49:31.69 ID:tGvY6N++O



目の前の絶対強者の声が、彼の鼓膜を執拗に揺らしていく。



「例えこの絶望的状況から、大逆転を起こして俺を殺し、世界を作り変えたとしても、その世界で幸せになった人間を見届けたとしても」



一方通行は自身の瞳に憂いを乗せ、彼に告げた。



「自分の犯した罪からは、決して逃れることはできねェ。一生背負い続けるしかねェンだ」



一方通行の背中の6枚の翼が脈打ち、融合し、一つの塊になっていく。



(彼を、殺すつもりですか?)



垣根の言葉が、脳内で再び自分に問いかけてきた。一方通行は、あァと答える。


497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:51:55.47 ID:tGvY6N++O



「殺してやるよ。メルヘン野郎」



やがて翼の融合は完了し、6枚だった銀色の翼は、2つの純白の噴出へと生まれ変わった。この世のあらゆる美しさを統合したような神々しい白を掲げる一方通行に、彼は呆然と見とれてしまった。



「その、惨めな幻想をな」



最早自分が負けることは決まりきっている。だが、そんなことを歯牙にもかけず、彼は心のままに叫ばずには入られなかった。



「何で、何でだよ! お前だってこんな世界に生まれて後悔してるはずだろうが! 何にも悪くねぇのにこんな力を植え付けられた挙句血に塗れたんだぞ! おかしいだろ! 俺たちにはもっと、相応しい世界が」



「必要ねェよ」



彼の悲痛な訴えを遮った一方通行は、拳を強く握った。


498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:53:59.53 ID:tGvY6N++O



「俺の欲しかったものは全部」




一方通行の脳裏に、様々な人影が過ぎった。ジャージ姿の女教師。白衣を着た元女研究員。アオザイを身にまとった目つきの悪い少女。そして、自分を闇から救ってくれた、最愛の少女。



その全てを、余すことなく胸に秘め、一方通行は白翼の噴出を強める。そして最後に、彼にこう言い残した。



「ここにある」



一方通行の豪速の拳が、一瞬の内に彼の腹部に炸裂した。彼の背中の翼は砕け、そのまま一気に地面に墜落し、地表に大穴を開けてその下の空洞へと突き抜けていった。



圧倒的な瞬殺だった。


499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:08:01.39 ID:Q/r+SgUt0







一方通行は穴の側に降り立ち、白翼をしまった。穴は直径50メートルほどはある。その下は空洞になっており、穴の周囲には無造作にチューブや鉄骨が突き出ている。下へ行くには、この出っ張った廃材たちに足を引っ掛けて行くべきだと彼は思った。



「第1位さん」




声の方向へ彼は振り向いた。肩に垣根を抱えた初春がそこにいた。垣根の全身の亀裂は、少し元どおりになりつつある。




「あの人と話させてください」




彼女の言葉に、彼は無言で側に立ち寄り、垣根を背負う役を交代した。初春は頭を下げ、廃材の足場を伝い下に降りていった。


500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:12:18.87 ID:Q/r+SgUt0



「彼女に任せていいんですか?」



垣根の問いかけに、一方通行は鼻で笑う。



「心配すンな。此の期に及ンでまだくだらねェ答えだすなら、迷わず殺すつもりだ」



彼なりの情が詰まった返答に、垣根は思わず笑ってしまった。



「何笑ってンだコラ」



「いえ。何でもありません」



垣根はそう言い、ふと辺りを見渡した。すると、とあるものが目に入ってきた。



垣根は気のせいかと思い、もう一度目を凝らす。海の向こうに見える親指サイズの軍艦の、砲台がこちらに向いている気がしたのだ。


501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:13:51.47 ID:Q/r+SgUt0







穴の奥底。太陽の光が差し込むその中心で、彼は力なく、仰向けに横たわっている。



(……クソが。結局、何もできず終いかよ。畜生…………あのクソ一位。虫けら。お前らのせいで……)



心の中の罵倒も、ただただ虚しさが募るだけだった。今の自分に、未来などありはしない。降り注ぐ太陽の光を見ないように、彼はそっと目を閉じようとした。



その時、自分の体に影が覆い被さった。彼はその影の本体を見て、皮肉げに笑う。



「……何だよ。恨み言でも言いにきたか? 初春」



初春は彼の足元に立ち、無言で彼を見下している。



502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:17:50.01 ID:Q/r+SgUt0



「何とでも言えよ。どうせ太陽になれなかった負け犬だ。今更何言われたって、どうってこと」



彼が言葉を言い終わる前に、初春は彼の胸元に近づき、そこ思いっきり手繰り寄せ、二発鋭いビンタをかました。



「ガッ、な、何……」



彼は冷水を浴びたような目で、彼女を見る。



「あなたに対する怒りは、これくらいで収めておきます。そしてここからが、私の言いたいことです。垣根さん。逃げないでください」



その真っ直ぐな視線に目を合わせた後、彼は力なく笑って俯いた。


503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:20:04.37 ID:Q/r+SgUt0



「……どいつもこいつも。じゃあ俺はどうすればいいんだよ。このクソったれた世界で背負わされた罪に、成すすべなく打ちのめさせれて、這い蹲るしかねぇのかよ」



「そうです」



初春は即答した。



「自分の過ちを背負い、一生苦しみながら生きてください。それが、本当の意味での救いになるんです」



初春は一つ一つ、丁寧に紡いだ言葉を彼に届けようとする。


504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:22:52.66 ID:Q/r+SgUt0



「あなたなら出来ますよ。自分の汚れた部分にばかり、目を向けないでください。あなたの中には、優しさも、強さも、勇気も兼ね備えた、色んなあなたがいるんです。学園都市のない世界を作って、実験に晒された人を救おうとしたのも、あの世界で太陽の門を作ったのも、紛れもない優しさの一部じゃないですか」



「……違ぇよ」



彼は言い返す。余りにもか細い声で。



「あいつらの言う通りだ。全部、自分なんだよ。自分が良ければそれで良かったんだ。もういいよ。俺に構うんじゃねぇ」



「嫌です」



初春は迷わず告げた。



「あなたを諦めたくない」



その言葉に彼は、胸ぐらを掴む両手をそっと払いのけ、再び地面に仰向けになった。


505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:26:09.69 ID:Q/r+SgUt0



「何なんだよ。もう。お前は一体、俺に何を求めてるんだ」



その姿は、まるで駄々っ子のように無防備だった。初春は少し口元を緩め、彼にとある提案を言おうとする。



「垣根さん、良かったらーーー」






その時、突如飛来した白い槍が彼の腹部を貫いた。






「………………え?」


506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:29:30.61 ID:Q/r+SgUt0



初春の口から思わず声が漏れた。



「あ、ガ、ぅ、うああああああああああああああああああああああッ!!! グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! ガアアアアアアアアアアアッ!!!」



彼は地面をのたうち回る。痛々しく?くその姿からは、一目で想像できる激痛の気配があった。初春は顔を青ざめ、後ずさる。



「予想通りだったよ。やはり君では、彼らは越えられなかったか」



初春と彼は、声の方向に顔を向けた。地上の穴の淵。垣根と一方通行がいる方向とは逆の場所に人影が見える。緑色の手術服に身を包み、銀色の長髪をたなびかせる異質な存在。



吐血し、番犬のように唸る彼は、その「人間」の名前を口にした。



「アレイスター、クロウリーッ!」



男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』がそこにいた。彼の登場に、向こう岸の垣根と一方通行も息を飲んでいる。


507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:32:55.47 ID:Q/r+SgUt0



「とりあえず、礼は言っておくよ。君との競り合いのお陰で、未元物質の進化。そして一方通行の力をより『プラン』の実現に近づけることができた」



とすると、と彼は告げる。



「君の存在は最早完全に不要なんだよ。これ以上過去に干渉されるのも、あまり好ましくないしね。未元物質の現統率者の彼はその心配はないようだが、君は、そうじゃないだろ?」



アレイスターの冷ややかな眼光が、彼の充血した眼を貫く。彼は槍の刺さった腹部を抑えながら、何とか言葉を発しようとした。



「まさか………」


508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:36:31.73 ID:Q/r+SgUt0



「そうさ。察しの通り、君を貫いたその槍は妖精化の槍だよ。君が右方のフィアンマを利用して作った、魔神を殺す用の変異型を小型化したものだ」



垣根は怨嗟と屈辱の篭った目で、槍を見た。



「今は君の体内にある魔力が微量のため、効果も今ひとつのようだな。だが、その力を10倍に高めたら、どうなるかな?」



アレイスターは手にしたねじれた銀色の杖を彼に向けた。彼の顔は、死期を悟り蒼白になった。



「その恐れが、君の死因だよ」



無慈悲な宣告と共に、アレイスターは杖の効果を発動させた。『衝撃の杖(ブラスティングロッド』。魔術の効果を、標的の想像の10倍に強化する補助術式。



それにより、彼の腹部に刺さった槍が、より一層輝きだした。


509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:40:22.49 ID:Q/r+SgUt0



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! グ、ガアッ! ぃ、アアアアアアアアアアッ!!! アアッ!!! は、ハハハハハハッ! ガアアアアアアアアアアアッアアアアアアアアッ!!!」



余りの激痛に、途中笑い声を挟みながら、彼はただ地面を無様に転げ回った。



「垣根さん! 垣根さんっ!」



目も当てられないその姿に彼女は悲痛に叫び、垣根と一方通行は、顔を歪めながら、杖を振るう彼を食い止めようと拳を構えて突撃した。



しかし、彼は瞬時に自分たちが元いた場所に移動していた。



「どうした第1位。彼を救いたいのか? 私を止めたかったか? だが真の科学の世界を操る時間はもうないだろ? 彼が死ぬのは、もう確定だよ」



その宣告に、垣根は何かを言おうとしたが、上空から甲高い音が聞こえたのをきっかけに、空を見上げた。


510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:43:25.79 ID:Q/r+SgUt0



「これは…………」



そこには渡り鳥の群れのように、列を描いて飛行する戦闘機の姿があった。



「この島には、彼が寄生した未元物質の残骸が数多く眠っている。やるなら徹底的に、だよ。君にはこの島ごと、眠ってもらおう」



アレイスターがそう言うと、海上の軍艦から砲撃音が鳴り響き、数拍の間を置いて島の岸辺に砲弾が炸裂した。火柱と鉄屑が、島の中央から確認できるほど強く巻き上がる。



「原型制御(アーキタイプコントラー)で、この島に対する人類の認識を変換させた。かつて世界に混乱をもたらした魔神の古巣。それを早急に取り除く為、いち早く学園都市が動きだした。というシナリオさ。これなら沖合で島が一つ消滅しようと、対岸で見守っている人々は安心できるだろ?」



「原型、操作…………?」



虫の息の彼が、アレイスターに問いかける。


511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:45:30.03 ID:Q/r+SgUt0



「ああ。私の力の一つさ。人間の共通価値観、認識を自由に変換する。要するに君は、この力により世界から完全に拒絶されたということだよ。異物を司る者として、皮肉な最期だな」



アレイスターは眉一つ動かさず、ただ事実を淡々と彼に告げ、そしてこの場から背を向け去ろうとした。



「待て!」



穴の底からの声に、アレイスターは振り向く。



「人間の、認識の操作っ、だと? お前、まさかその力であいつを……」



芋虫のように這いずりながら、眼球が飛び出そうな勢いで彼はアレイスターを睨む。


512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:49:01.33 ID:Q/r+SgUt0



「……あいつ、というのは君を裏切った彼女のことかな?」



アレイスターは一瞬記憶を辿り、そして彼に問いの答えを告げた。






「そんなわけないだろ。彼女は自分の自分の意思で私に忠誠を誓い、自分の意思で君を裏切ったんだ」






今度こそ、彼の目から一縷の隙間もなく、希望が消滅した。初春は再び訪れた無惨な末路に、思わず口を押さえる。



「……仮に彼女が私に操られていたとして、それで何なんだ? 今際の際に、私に全ての責任をなすりつけられるとでも思ったのか? 自分がここまで堕ちたのは、私のせいだとでも言いたいのか?」


513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:52:23.73 ID:Q/r+SgUt0



作り物のように微動だにしなかったアレイスターの顔が、深い軽蔑の表情を浮かべた。



「甘ったれてんじゃねぇよクソガキが。私はお前のような奴が一番嫌いなんだ」



腐った内臓を見るような目で彼を見下し、アレイスターは続ける。



「大層な理想や信念を語って自分を大きく見せたがる。そのくせ何の犠牲も背負う覚悟がない。確かに君を暗部に堕ちるよう仕向けたのは私だ。だがそこまで腐りきったのは、ひとえに君のその弱さが原因じゃないのか?」



アレイスターは背を向けて、最後の言葉を吐き捨てた。



「軟弱者に与えられる役目の駒などない。大人しくここで死んで、今すぐ盤上から失せろ。負け犬が」



直後にアレイスターはこの場から姿を消した。そして戦艦と、戦闘機による砲撃が巻き起こり、少しずつ島を破壊していく音が無造作に響いていく。


514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:56:21.36 ID:Q/r+SgUt0



だが穴の底では、アレイスターが去った後を見つめたまま、ぴくりともしない彼と、その様子を見つめる初春が、静寂に取り残されている。



「垣根さん…………」



初春は言葉を発したが、それは砲弾の音と、どうしようもない虚夢に晒されたこの場の空気に負け、情けなく消滅していく。



「フッ」



彼はようやく、一言を発した。



「ハハハハハハハハハッ。ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ…………アハハハッ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! アヒャハハハハハハハハハハッ!!!」



途端に堰が切れたように、止まらない乾いた笑いが彼の口からあふれ出した。


515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 23:58:40.64 ID:Q/r+SgUt0



「何だよ。結局何もできず終いじゃねぇか。なぁ? アハハハハハハハハッ!」



彼は初春を見た。剥き出しの自棄が宿ったその瞳に、初春の胸は抉るような痛みに襲われる。



「分かったか初春? これが現実なんだよ! 幻想に溺れた人間に、現実は容赦しねぇんだ! 分かったらとっとと失せろ! ここに居たら巻き込まれて死ぬぞ? ハハハハハハハハハハッ!」



そう言っている間にも、彼の口からは血が溢れ、全身は痛々しくひび割れていく。深く重い絶望の淵で、彼は今すぐ目の前の彼女が居なくなることを望んだ。



「…………嫌だ」


516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:00:13.68 ID:z9MlvUfY0



その返答に、彼は疼くめていた顔を上げ、彼女を見た。



「…………は?」



初春は潤んだ瞳で彼を見つめ、言う。



「ここであなたを見捨てたら、あなたは本当に1人になる。そんなの嫌だ! 」



「……お前、何言って」



「私が」



初春は彼の側に寄り添い、乾いた餅のように割れた彼の右手をにぎりしめた。



「最期まで、側に居ます!」


517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:02:13.29 ID:z9MlvUfY0



彼の目は彼女を見つめ、固まる。



「何言ってんだ、お前っ。死ぬぞ」



「分かってますよ」



初春は言う。



「何、言ってんだ! 俺がお前に何したのか忘れたのか!」



「分かってます」



変わらずに彼にそう告げる。



「…………………何で」



「言ったじゃないですか」



初春は彼の手を握る力を強めた。


518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:03:39.27 ID:z9MlvUfY0



「あなたの味方だって」



自分の手に走った温もりが、改変した世界でそう言っていた彼女の姿を思い出させた。彼女と過ごした情景が、止まらない速さで彼の脳裏を駆け巡る。



澱んだ感情の油に火が灯り、震える口元から言葉が漏れ出した。



「失せろ」



彼は初春を思っ切り突き飛ばした。彼女は尻餅をつき、彼を見る。


519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:06:11.51 ID:z9MlvUfY0



「失せろ! ウゼェんだよお前! 自分に酔ってんじゃねえ! 目障りなんだよ! 今すぐ目の前から消えろクソガキがッ!」



彼の罵倒を喰らっても、瞳に宿った決意を変えない彼女はゆっくりと立ち上がった。



「止めろ。来るんじゃねぇ。消えろ。こっちに来るな!」



彼の言葉を物ともせず、初春は彼へと一歩を踏み出す。



「来るなつってんだろッ!」


520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:08:00.69 ID:z9MlvUfY0



彼は後ずさり、近くにあったL字の鉄パイプを初春に思いっきり投げた。パイプは回転しながら彼女の左目の上の額に激突し、カランと地面に転がった。彼女は顔を伏せ、立ち止まる。



顔を上げると、傷口から血が滴っていた。それでも彼女は、彼に向かい足を進める。



「止めろ! いいか? そこから後一歩でも動いてみろ。お前をぶっ殺すからなッ!」



彼は後ずさり続け、そして背中に廃材の壁が当たった。息を荒げ、充血した目で彼女を睨み続けている間にも、妖精化の槍の破壊が全身を蝕み、彼はまた呻き出し胸元を抑える。



初春はそんな彼を見て少し足を止め、また歩き出した。


521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:09:14.27 ID:z9MlvUfY0



「止めろ! 来るなっ」



掠れた声と共に、口から血を吐き出す彼は、右手で自分の口を覆い、その後、顔全体を覆い隠した。



「頼むっ、から…………」



地べたに吐き出された血溜まりの上に、透明な雫が落下した。彼はより強く掌で顔面を覆い隠すが、頬を伝う涙と、歯を食いしばった口元は隠し切れずにいた。



「垣根さん…………」



初春は震えた声で、彼の名を呼んだ。



その時、砲撃が穴の淵に炸裂し、爆音と共に崩れた瓦礫が初春の頭上に向かい降り落ちてきた。


522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:11:41.61 ID:z9MlvUfY0



「ッ!」



初春は身動きを取れず、ただ反射的に両腕を顔の上にかざした。彼の顔に、焦りが浮かび上がった。



瓦礫は彼女の居た場所に降り注ぎ、粉塵と小さな鉄の破片を巻き上げた。やがて視界が晴れてくると、彼の視線の先に、2つの人影が見えてきた。



「っ、第1位さん!」



彼女を抱き抱え、瓦礫の倒壊から避難した一方通行が、彼から5メートルほど離れた位置に凛と立っていた。



「行くぞ」



彼は初春に告げた。


523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:13:03.75 ID:z9MlvUfY0



「え? ちょっと待って、嫌だ。あの人が、まだ! 離して!」



初春は一方通行の腕の中でもがくが、彼は彼女の額の傷口に触れ、血中酸素のベクトルを操作した。彼女は安らかに、気絶する。



瓦礫越しに、一方通行は瀕死の彼を見る。互いの瞳はじっと見つめ合い、そこに言葉は一向に交わらない。



「行けよ」



「あァ」



ただそれだけを言い残し、一方通行はこの場から飛び去った。たった1人になった彼はズルズルと壁を伝い、仰向けに地べたに倒れこんだ。


524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:14:53.58 ID:z9MlvUfY0



遠くから聞こえる砲撃の音と、地響きの揺れが、自分の終わりを着実に運んでいることを、細胞に染み渡るように感じる。



「グッ」



彼は息を詰まらせ、瞳から氷が溶けたように涙を溢れさせた。



「ウッ、グッ、アァッ! ッ、ウゥッ! アッ! ガァッ! ァッ…………」



彼は泣きながら、何度も何度も、廃材の壁を必死で右手で叩き続ける。



「ァッ……グッ……クソ、クソッ、ちく、しょう…………」



そうしている間にも、妖精化の破壊に内臓は削り取られていき、口からは血反吐が飛び出す。彼は地面にうずくまり、潰れそうな勢いで拳を握った。


525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:16:08.39 ID:z9MlvUfY0



不意に、彼の霞んだ視界の先。鉄くずの群れのその向こうに、白い影が現れた。



彼は最期の力を振り絞り、震えながら立ち上がる。



「気分は、どうだ? あ? これでお前は、晴れて垣根帝督だ。嬉しいだろ? 何か、言えよコラ」



目の前の、自分と全く同じ形をした白い男に、彼はそう言う。



「ふざけんじゃねえ」



彼の目が、殺意に濁る。


526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:17:23.57 ID:z9MlvUfY0



「何で俺が死んで、紛い物のお前が残る! ふざけるな! せめて、お前だけは、お前、だけはああああああああああああああああああああッ!!!」



彼は背中から、ボロボロになった白い6枚の翼を展開する。それはもうかつての面影など微塵もないほど哀れな翼だったが、それでも彼はその翼をはためかせ、男に向かい突撃する。





その男、垣根帝督は、俯いていた顔を上げ、素早く彼の懐に潜り込み腹に拳を炸裂させた。






刺さっていた槍は粉々に砕かれ、胴体も呆気なく貫通された。カウンターも出来ぬまま、瞬時に反撃を食らった彼は、口から盛大に血を吐き出す。



彼の体が、徐々に白化していき、繊維状に分解され垣根の肉体に吸収されて行く。


527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:18:49.67 ID:z9MlvUfY0



「………素直じゃない方だ。こんな回りくどいやり方をしなくても、介錯くらい、頼まれればやりますよ」



垣根はやり切れない表情で、彼に言う。



「何言ってんだよ。ボケ。お前に何が分かるんだ」



もう上半身しか残っておらず、体もほとんど白化した彼が、悪戯げな笑みを浮かべる。



「分かりますよ」



垣根ははっきりと、彼に告げた。彼はそれに何も返さなかったが、垣根に完全に吸収され、消滅する寸前、小さく口を開いた。


528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 00:20:00.84 ID:z9MlvUfY0



「そうかよ」



彼は煙のように棚引きなから、消滅した。



垣根は彼の体を貫いた、自分の右手に目を落とし、そして、翼を広げて上空に飛び立った。



ある程度の高度に達した時、船の墓場を見下すと、軍艦や戦闘機の砲撃により至る所から黒煙を上げ、ゆっくりと、海上で死んでいく様が見えた。



夕刻の近い時間の微睡んだ太陽も、西の方からそれを見届けていた。


529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:26:36.77 ID:ldGZ8cbIO







日が傾き、茜色になった太陽が海面に光の道筋を刻んでいく光景を、東京湾のとある港から一方通行は眺めていた。背後にはトタンで覆われた倉庫がぽっかりと扉を開け、その奥に影をもたらしている。



彼は振り返る。倉庫の手前には、目を閉じた初春が座り込み、壁際にもたれかかっている。額の傷は、ベクトル操作で細胞を活性化させて癒着させた。彼女は寝息を立て、静かにそこにいる。



そして両者の間に、6枚の翼から羽毛を散らし、垣根が上空から降り立ってきた。



一方通行は垣根と目を合わし、また海の方面へと振り返った。垣根は初春を見る。


530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:28:18.95 ID:ldGZ8cbIO



「もうしばらくしたら起きるだろ。その時に、ちゃンと伝えてやれ」



一方通行は背中越しの彼に向けてそう言った。



「申し訳ありません。貴方に、心苦しい役目を負わせてしまった」



「気にすンじゃねェ。嫌われ役は性に合ってる」



垣根は一方通行の方へ向く。



「アイツはどうなった?」



彼の質問に、垣根は憂いた笑みを浮かべて答える。




531 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:30:36.91 ID:ldGZ8cbIO



「最期は、私の手で葬られることを望みました。この手で彼を貫き、未元物質のネットワークの中へと吸収した」



そう言って垣根はまた、自分の掌に視線を落とした。



「戻ってくる可能性は、あるのか?」



彼は首を横に降る。



「私が未元物質の統率者である限り、彼の人格は、ネットワーク上のデータに過ぎない。戻ってくることはまずないでしょう」



波の音が、両者の間に虚しく響く。一方通行は何も言わず、垣根は、しばしの沈黙の後事実を告げた。



「生身の内臓が消滅した今、『人間』垣根帝督は、完全に死にました」



そうか。と一方通行は返した。


532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:31:53.68 ID:ldGZ8cbIO



垣根はまたしばし沈黙する。脳内に、アレイスターが言っていたあの言葉が浮上してきたらだ。



(どうした第1位。彼を救いたいのか?)



垣根はゆっくりと、言葉を切り出す。



「一方通行。貴方本当は………」



「アァ?」



一方通行は上半身を振り返らせ、赤い瞳で彼を睨んだ。その反応に、垣根は笑う。


533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:33:27.72 ID:ldGZ8cbIO



「……いえ、貴方と私の関係に、それは無粋だった」



ただ、と垣根は言う。



「これだけは言わせてほしい。ありがとう。本当に」



その言葉に、一方通行はハッとため息をもらした。



「行きますか」



垣根はそう言い、初春の方へと歩き出し、彼女を抱き上げた。一方通行も彼に続き、そちらへ歩き出す。



道中、彼はまた海の方面を向いた。


534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/26(月) 16:34:50.25 ID:ldGZ8cbIO



「…………………………」



海は太陽を飲み込み、その表面を赤く焦がしていく。そこにはもう、船の墓場の姿はない。戦闘機と戦艦の爆撃により、海底深くに沈んでいる。それでも彼は、かつてそこにあったはずのそれを思い浮かべ、ただ海を見つめた。



ポケットの中の携帯電話が震えた。彼はそれを取り出し、応答する。



『あなたー? もうそろそろ帰ってくるの? ってミサカはミサカは待ちきれない思いを伝えてみる!』



電話の向こうには、自分が守るべき最愛の少女の声がした。彼は彼女の姿と、そこにいる、大切な人たちの顔を思い浮かべて答えた。



「アァ。もう終わった。今から帰る」


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