白垣根「花と虫」

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335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:35:26.55 ID:oJDfpXxLO



「……あな、た、は」



失われていた記憶が、元の姿を現す。それは、こことは違う別の世界の記憶。いや、本来の自分の中に根付いた、真実の記憶。







「私を、殺そうとした!」








完全に思い出した。目の前のこの男は、闇を憎み、太陽になろうとした不殺を誓うこと男は、かつて自分を殺そうとしていた。自分の肩を踏みつけ、支配者の笑みで自分を見下すその姿が、目の前の彼とリンクした。


336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:43:53.28 ID:oJDfpXxLO



「そうだ。俺はお前を殺そうとしていた。全部思い出したようだな。どんな気分だ? そんな男の味方になろうとしてたなんてよ! アアッ?! どうなんだよ?!」



垣根は初春の首を握る手に更に力を込める。初春は悶絶し、体を激しく揺らす。薄くなる意識の中で、彼は自分に問い続けている。それはどこか自棄を孕んでいるような勢いだ。



「、けて」



初春は何か言おうとする。蘇った記憶の中から、自分に笑いかける誰かが見える。彼女はもう、ちゃんと分かっている。それが一体誰なのかを。



初春は、叫ぶ。


337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:46:02.29 ID:oJDfpXxLO






「助けて!」






その瞬間、地面に転がった白いカブトムシの発光が増し、白い光の柱のようになった。垣根と初春はその方向へ視線を移す。



そして、光の柱の中から現れた人影が、垣根へと突進し彼を吹き飛ばした。垣根は数メートル先まで飛び、土埃を巻き上げて地面に転がる。初春は呪縛を解かれ、あうやく地面に落下しそうになるが、その体をそっと、白い腕が抱き抱えた。



「お待たせしました。初春さん」


338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:47:04.66 ID:oJDfpXxLO










この声。そしてこの感触。確かに覚えている。前にも同じ様に、彼にこうやって抱えられてた。朝日が完全に浮上し、黄金色を世界にもたらす。その光が、彼の姿を明確に、初春の視界に映し出した。









339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:48:07.39 ID:oJDfpXxLO










「さあ。目覚めの時間です。帝督」










白き男。垣根帝督はそう宣言した。











340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:49:08.67 ID:oJDfpXxLO
ひとまずここまで。次の投稿は5月の中盤を予定です。
いよいよ物語も佳境に。
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:10:53.45 ID:Kg04rnJk0
投下します。
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:17:33.64 ID:Kg04rnJk0



…………………………。



彼女との日々は、彼にとってかけがえのない幸福な時間だった。彼女は彼の半身だった。共に学園都市の闇に立ち向かう同士にして、愛すべき者。大切な人。彼には彼女が必要で、そして彼女も彼を必要としていた。



また、時の流れはいつしか彼らの仲を男女のそれへと変えていき、作戦のない日は2人で街へ繰り出し、甘い一時を過ごしていた。



彼女の服も彼が新調し、羽衣のような白いレースのワンピースに、胴に茶色の細いベルトを巻き、同じ色のヒールを履かせることで、彼女の埋もれていた女性らしさを呼び起こさせた。彼女も最初は恥ずかしがっていたが、慣れていったのか彼と遊ぶ時は大体その姿になった。



そんな日々が2年と過ぎた。あいも変わらず、暗部との戦いを繰り返す毎日だったが、その中で彼は次第に焦りを感じていた。


343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:27:48.93 ID:Kg04rnJk0



一体いつまで戦い続ければ、この街の闇は消えてなくなるのか? 終わりの見えない戦いの中で次第に彼の精神は消耗していった。



一度見逃した敵がまた、同じような施設で同じような実験を行っていたこともあった。



救い出した子供たちの体内に小型爆弾が仕込まれていて、脱出と同時に敵に「爆散」されたこともあった。



自分のしていることを悉く踏みにじる暗部の「悪意」は、想像を上回る勢いで彼を蝕んでいった。


344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:30:27.14 ID:Kg04rnJk0



そして、それと同時に見過ごせなかったのが、彼女の体だった。



気づけば彼女の体には、治癒しきれない痛々しい傷跡がいくつか残っていた。元々無能力者で、重火器や近接戦闘を戦いの主とする彼女では、戦いの度に傷が増えて行くのも無理はなかった。



治療を施す際、苦しい声を上げたり、時には泣き叫び、地べたにうずくまる彼女を見るのは、彼にとって耐えられない光景だった。



何より、どんな激しい戦いの後も傷一つ負わない自分と、癒えぬ傷が増えて行く彼女を比較してしまい、いつしか彼の心は真冬のように冷たい罪悪に満たされて行った。


345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:31:56.68 ID:Kg04rnJk0



彼の憔悴を隣で見続けていた彼女は、3月のある日、彼を第21学区の小高い丘の上へと連れてきた。



既に日は沈み、前方には学園都市の眩い灯が広がっている。時々ここに来てるの。彼女はそう言って芝生に座った。彼も後を追うように座り、2人は夜景を見ながら語り出す。



ごめんね。私が弱いから、そんな風に心配かけちゃって。



彼女の言葉に彼は怒気を込めて止めろ、と言い換えした。そしてしばらく考え込んだ後、一言ずつ丁寧に、彼は彼女に伝えた。


346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:33:31.12 ID:Kg04rnJk0



もう、お前は戦わなくていい。大丈夫だ。俺1人で何とかするよ。



2人の間に流れる沈黙と夜風。彼女は、彼をただ見つめる。その透明で揺るぎない視線に、彼は目線を合わせることはできない。



そして、彼女は張り詰めた空気を綿で包むように笑った。



私は、何も傷付かずにアンタの側にいることの方がよっぽど辛いの。ずっと、一緒にやってきたじゃない。いいことだけじゃない。迷いも、苦しみも、味わうならアンタと一緒がいいの。


347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:34:58.49 ID:Kg04rnJk0



一瞬の曇りもない発言だった。彼は心にかけられていた重い鎖が緩むのを感じた。だが、やはりまだきつく、心に食い込んだ鎖の痛みは彼を更に不安に追いやり、それを解くために彼は質問する。



本当に、お前はそれでいいのか? 俺は超能力者だから、傷なんて何でもない。でもお前はーーー



そこまで言った彼の口を、彼女は人差し指で塞いで、その後に続けた。



知らねぇよ。そんなの。アンタ、そう言ってたでしょ?



348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:36:24.79 ID:Kg04rnJk0



彼女の笑みを見て、彼はもう疑うことを止めた。彼女は既に覚悟できている。自分が本当に恐れていたのは、今ここで怖気付いてしまったこの魂だ。彼はそれに気づき、彼女と同じように笑い、彼女を抱きしめた。



悪かったな。これからも一緒に、よろしく頼むぜ。



彼女は首を縦に振り、ええ。一緒に戦いましょう。と言った。



そこで、彼は彼女の背後のあるものに気づいた。それは、白いアネモネの花だった。


349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:37:37.51 ID:Kg04rnJk0






綺麗。






ああ。






互いの体が、そっと触れ合い、彼女は彼の方へ振り返る。


2人は微笑み、そして、何も言わずに唇を重ねた。永遠にも近い時間が、2人の間に流れた。


350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:39:23.69 ID:Kg04rnJk0



帰り道、無言の時間が長く続いた。合間に適当なことを話しては、まだ黙りった。それがもどかしくもあり、また幸福でもあった。



そうしそうしている間に2人は丘の麓まで降り、帰りのバスに乗った。車窓からの景色の灯りはまばらだったが、街の近くへと近くごとに輝きを増していった。2人はそれを眺めながら適当なことを話していた。バスはそろそろ、第4学区に差し掛かろうとした。



だがその時、バスの前方に、2台の黒いバンが現れ道を塞いだ。



運転手と他の乗客はざわざわとしたすが、2人は落ち着いて、自分たちを下ろすように運転手に頼んだ。


351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 19:41:28.19 ID:Kg04rnJk0



バスから降りた途端、8人の重武装の男たちが2人に銃口を向けた。後ろの方でざわめきが聞こえるが、2人は一向に気にしない。すると、バンの中から白衣を着た老年の研究員が現れた。



彼は思わず鼻で笑う。その老研究員は一度襲撃した組織のトップだった男だ。俺への復習が目的か? と彼は老研究員に聞いた。



彼は顔の皺と無精髭をにんまりと広げ、彼に宣言した。



それもあるんだけどね、そろそろ潮時かと思ったんだ。君の元に送った彼女が、どれほど君に影響を与えたのかを見るのにね。





352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:20:36.92 ID:Kg04rnJk0







「ずっと待ち構えてた、ってわけか」



土埃を払いながら、彼は立ち上がる。



「待ち構えてた、というのは少し違います。この世界に『移動』するのに時間を有しただけです。まあ、多少の干渉はできたので、あなたの行動も見させてもらいましたがね」



垣根は明瞭な声でそう言う。彼の腕の中の初春は、まだこの状況になれないのか戸惑いを隠せない瞳をしている。



「ハッ。そうかよ。それじゃあ、分かるよな垣根帝督。俺はさっさとこの世界を改変して『次』に行きたいんだよ。邪魔、しないでくれるか?」



彼は自分自身の名前を、目の前の男に向かって告げる。だがそれは、逆説的に相手の存在を認めないことを誇張する言い方だった。


353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:22:02.30 ID:Kg04rnJk0



「いいえ。そうはいかない。この世界での貴方を見ていて分かった。貴方は、ここで私が止めなければならない」



垣根の宣言に一切の迷いはなかった。



「垣根さん……私…………」



垣根は胸元の初春を見て、優しく笑い、彼女を地面に下ろした。



「分かりますよ。貴方だって、彼に募る想いがあることを。でも今は、彼がしようとしていることを止めなければならない。彼と話すのは、その後でよろしいですか?」



少ししゃがんで、自分にそう言ってきた緑の瞳をしっかりと見つめて、初春は頷いた。垣根は立ち上がり、もう本来の自分の方へと向かい歩き出す。


354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:23:14.43 ID:Kg04rnJk0



「結局、お前とはこうなる他にないか。覚悟しろよ、虫ケラ」



彼は迫り来る垣根を蔑んだ目で睨み、口元に笑みを貼りながら6枚の翼を広げた。垣根もそれに対して、同じく6枚の翼を背中から生やす。



「ようやく、この時が来ましたね」



垣根はそう言った後、少しだけ口元を緩めた。





次の瞬間、両者の距離は消滅し、拳と拳の激突による衝撃波が発生した。





355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:24:33.30 ID:Kg04rnJk0



「ッ!」



初春は後ずさる。そして両者は音速で朝焼けの空へ舞い上がり、この場から姿を消した。跡地に舞い落ちる羽の群れを見て、彼女は息を呑んだ。



「本当に、ようやくだな。クソッタレ」



後ろからの声に初春は反応し、振り返る。そこに居たのは、玄関から外に出てきた杖をつく白髪赤眼の男。その周囲には先ほどの激突の衝撃で目覚めた子供たちが何人か付いて来ている。



「第1位さん! あなたもこの世界に?」



初春の問いに、学園都市第1位の能力者、一方通行は気怠げにああ、と返した。


356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:26:04.40 ID:Kg04rnJk0



「初春の姉ちゃん。この人誰? 急に現れたんだけど」



「あれ? 垣根の兄ちゃんはどこに行ったの? ねえねえ、知ってる」



周囲の子供たちは彼の服の裾を掴み、執拗に質問を続ける。彼は軽くそれを払い、初春の横まで向かう。



「……私、ずっと思ってたんです」



横の彼の方には向かず、初春は語り出す。


357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:27:01.67 ID:Kg04rnJk0



「私を殺そうとした、本来の垣根さんとも、いつか向き合いたいって。叶わない願いなのは分かってました。でも、そうしないと、垣根さんのことが、いつまでたっても信じ切れない気がして、怖かったんですよ」



初春は一方通行の方を向く。



「あの人は、生きてたんですね。垣根さんは、それを知っていた」



一方通行はさっきと同じようにああ、と言った。


358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:28:22.67 ID:Kg04rnJk0



「俺があいつに聞いたんだよ。本来のお前はどこにいるって。あいつもあいつで、ウジウジとしてたようだからな。それでもあいつは自分の過去にケリ付けようとした。お前は、どうするつもりだ?」



一方通行は視線を彼女に移す。彼女の瞳は憂いを宿しながらも、迷わない決意を秘めている。



「答えるまでもないですよ」



返答を聞いた一方通行はしばし黙して、そして口を開いた。


359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:29:12.37 ID:Kg04rnJk0



「もっと早く、必要だったのかもな」



え? と初春は言ったが、直後に一方通行は彼女を両手で抱き抱えた。



「なんでもねェよ。さあ、後追うぞ」



一方通行は前方へ歩き出し、背中から4枚の竜巻状の噴出を発生させる。しかし、初春はあることが気になっていた。



「……第1位さん。腕、震えてません?」


360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:30:54.82 ID:Kg04rnJk0



自分を抱える細い両腕が頼りなく震えているのを背中から感じた初春はそう聞いた。彼の性格からして恐怖ではないことは分かる。つまり、物理的な問題だと初春は察した。



「アァ? 全然震えてねェよ。これくらい余裕だクソッタレ」



「あの、無理しなくていいですよ? 別に空飛ぶ以外にも移動方法があれば」



「大丈夫だつッてんだろ!」



瞳孔の開いた赤い瞳に睨まれ、初春は黙り込んだ。すぐ側で、全然行けるんだよ。と自分に言い聞かせるように呟く声を聞いて、思わず胸元で笑いそうになった。


361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:32:11.43 ID:Kg04rnJk0



(……垣根さん、全てを分かった今だからこそ、話したいことが山ほどあります。だからまずは、自分自身に負けないでください)



行くぞ。と声がして、その瞬間には初春の身体は空中に居た。



「しっかり掴まってろ」



彼の言葉通り、初春は身を固めた。







「ねえ。あれ何?」


362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:33:28.57 ID:Kg04rnJk0



11学区を流れる高速道路を運転する一台の乗用車。その助手席に座る8歳ほどの少年が、バックミラーをじっと見ている。少年の父親は自分側のミラーを覗き込んだ。



「ッ! な、何だ?」



そこには6枚の翼を掲げた2人の男が、互いに接近しては一撃を加え、一進一退の攻防を繰り返しながら、高速の上空を前進している光景だった。父親は思わず見とれたが、すぐに前方の運転へ意識を向け、アクセルを踏んでスピードを早めた。



「映画の撮影かな? 2人とも凄い能力だったね」



「あ、ああ。かもな。やっぱり学園都市は凄いよ」


363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:35:04.42 ID:Kg04rnJk0



引きつった笑顔で父親は答えた。そして、本当にこんなところに息子を預けていいのだろうか、としばらく思索していた。



一方、上空の2人の男。翼だけではなく、容姿も瓜二つの男たちは、張り詰めた表情で、時には笑みを浮かべながら激突を繰り返している。両者の違いと言えば、片方は蝋人形のように真っ白な身体と、人工的な緑色の瞳をしているくらいだ。



「さあ垣根帝督! 遊んでやるのもこの辺にしといてやるよ! こんな戦いはさっさと終わらせたいもんでな!」



「来るがいい。貴方の全力を受け止め、その上で貴方を超えてみせます。帝督」



彼らは互いに、同じ名前を呼んだ。


364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:36:33.75 ID:Kg04rnJk0



「抜かせ。本来なら、お前如き既に世界改変で存在ごと消したはずだった。だがこうして目の前で生きていることと、改変の能力が封じられたことを考えると、別の方法で攻めた方がいいらしいな」



冷静な瞳の奥に憎悪をちらつかせ、彼は垣根を見、そして右の掌を翳した。






次の瞬間、垣根の身体の左半分が吹き飛んだ。





365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:38:31.60 ID:Kg04rnJk0



「グアッ!?……」



彼は驚き、バランスを崩して地面への落下を始める。しかし途中で半身を再生させながら、体勢を立て直し、再び上昇を始めようとした。



「無駄だ虫ケラ」



間髪入れず、見えない一撃が垣根の右腕を吹き飛ばし、続けて胴体を真っ二つに切り裂いた。損壊した箇所の周囲にひびを入れながら、上半身だけになった彼は落下する。身体の半分が再生途中の彼の姿は、まるで制作途中で放り出された粘土細工のようだ。



「……なる、ほど。貴方のその力、純然たる魔神のものではないらしい」


366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:44:40.83 ID:Kg04rnJk0



落下しながら垣根は呟き、一気に全身を再生させた。翼をはためかせ、高速の高架下を潜り抜け再び前進する。背後から追跡してきている彼を少し振り返る。



「まあな。本来の魔神の力、何てものは流石に扱いきれる代物じゃねぇ。だから俺は、全体論の超能力に魔神の力を組み込んだ」



全体論の超能力。マクロの世界を歪めることによりミクロの世界に影響を及ぼすという、軍神の槍の創造にも用いられた新たなベクトルの超能力理論。垣根は船の墓場で、彼がこの理論について少しだけ触れていたことを思い出した。



「この全体論にはある特徴がある。マクロを変化させ、ミクロに影響を及ぼすのがこの理論だが、その影響は時間軸を超えて発動できるんだよ。俺はこれを利用し『過去を改変した』。すなわち、軍神の槍で制御した魔神の力でマクロの世界を歪め、過去の一瞬に干渉し、バタフライ効果で世界を作り変える。これが世界改変の真相だ。そして今は、『5秒前のお前』に干渉して、攻撃を加えている」



367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:46:47.23 ID:Kg04rnJk0



彼は笑う。



「過去への攻撃を防ぐ手段なんてものはない! 例え第1位のベクトル操作だろうと、演算する暇もない概念上の攻撃を反射するなんてできやしねぇだろうかな!」



彼は再び手をかざし、5秒前の垣根に遅いかかる。陽炎のように全てがぼやけた世界。右腕は崩れ、上半身だけになった垣根の首を切り落とそうと、彼は翼の一枚を垣根に振り下ろした。






だがその時、存在していないはずの垣根の右手が、彼の攻撃を受け止めた。





368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:53:27.00 ID:Kg04rnJk0



「これが貴方が、修羅の果てに掴んだ力ですか。だとしたら、余りにも悲しい。この翼の先から伝わってくるのは、貴方の幼稚さと、深い嘆きだけだ」



垣根は彼を見据えてそういった。気づけば世界は視界のはっきりとした、現在の世界だった。彼は翼を元に戻し、舌打ちをした。互いに高架下から再び上空に舞い上がり、彼は垣根に言う。



「何をしたんだ?」



「気づいたんですよ」



垣根は自分の真っ白な掌を見つめる。




「こんな身体になったからこそ、分かったことがたくさんあります。未元物質とはどこから来たのかというのも、その1つです。貴方も一方通行との戦いで少し分かっていたようですが、まず前提として、この能力と、そして一方通行は虚数学区の制御のために作られたものだ」


369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:55:46.91 ID:Kg04rnJk0



虚数学区。学園都市の能力者たちが発生しているAIM拡散力場を集合させ、出来上がった人工的な異世界。かつて純粋な人間だった頃の自分を完膚なきまでに叩き潰した一方通行の黒い翼を見て、垣根は虚数学区の意味と、自分の役割というものを察していた。



「そこまでは分かっている。だから俺はあの時、AIM拡散力場の流れを操作し、未元物質の出力を最大限まで上げた。だがそれでもあの黒い翼には敵わなかった。あれはAIMだ虚数学区とかで表せる代物じゃねぇ」



かつての敗北を思い出しながら、彼は言う。



「その通りです。彼の翼は虚数学区のその先の次元から引用したものだ。その次元こそが、未元物質の起源なんですよ」



彼の目元が僅かに震えたのを見て、垣根は一拍を置いて続ける。


370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:58:17.91 ID:Kg04rnJk0



「帝督。貴方も魔神の力に触れたものとして分かるでしょう。私たちのいるこの世界は、様々な宗教の世界をモチーフとした『位相』というフィルターが重なりあい出来ている。この位相越しに私たちは世界の全てを認知している。だが、その位相に頼らない、本来の世界というものがあります。『真の科学の世界』と呼ぶべき、真っさらな世界が」



垣根は明瞭な声で、彼に告げた。






「未元物質とは、そこから来た物質だ。純粋な物理法則のみが支配する世界。その世界を支える素粒子こそ、この未元物質だ」






彼はその真相を聞き、一瞬小さな声を漏らしたが、すぐに納得したかのような口を結わえた。僧正から魔神の力を読み取ったあの時から、どんな魔術にも根付いていないこの力の正体がそういうものであることを、薄々感づいていたからだ。


371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:02:21.03 ID:Kg04rnJk0



「そして帝督。まだオリジナルの肉体が残っている貴方とは違い、私は全身を未元物質で構築している。つまり、私という存在は、『真の科学の世界そのものと結合している』と言えませんか?」



彼はそこで目を凝らした。目視数メートル先の垣根の6枚の翼が、根元から眩い銀色に染まっていっているのだ。



「真の科学の世界とは『法則』の世界。私は私を基準として、真の科学の世界をこの世に拡張し、あらゆる法則を自由に塗り替えることができる。『法則の制御』これが未元物質の本質だ。そして、この段階に達したものを、学園都市ではこう呼んでいる」



垣根は微笑を浮かべ、言った。


372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:03:11.13 ID:Kg04rnJk0










「絶対能力者。レベル6と」









373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:13:16.88 ID:Kg04rnJk0



言い終わったと同時に、垣根の翼は銀色に染め上がり、鈍い光を周囲に放った。あらゆる色を内部に詰め込んだように、怪しく光るそれの周りには青いオーラのようなものが揺蕩っている。



「……ハッ。なるほどな。俺の世界改変の影響を受けなかったのも、その真の科学の世界とやらに自分の存在と、第1位のクソも一緒に避難させてたってことか。この世界に拡張できるってことは、その逆もできるだろ」



「ええ。そしてこの世界と、真の科学の世界を隔てる『門』の役割を果たしているのが、虚数学区です。しかし何分慣れていませんから、虚数学区を通しての移動の際に、多少強引な演算をしてしまいましてね。学園都市全体のAIM拡散力場に多少の乱れを生み出してしまいました」



「それがここ最近のチンケな事件の正体ってわけだな。やれやれ。こいつは困った。全ての法則を制御。レベル6、ねぇ。そいつは少し厳しいーー」



垣根の圧倒的な能力の説明を聞いても尚、余裕げな表情と口調を崩さない彼は、口調を荒げていった。


374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:15:59.14 ID:Kg04rnJk0



「なんて思うわけねぇだろ!!!」



彼は再び5秒前の垣根に向かい、攻撃を仕掛けた。今度は逃げ場のないよう翼を縦横無尽に動かし、あらゆる角度から執拗に、垣根を切り刻もうとする。先ほどと同じように攻撃は途中で無効化され、再び現在の時間軸に戻り、垣根は高架下の柱の間や、その下の道路を通る車の頭上ギリギリを飛行し全て交わした。



「ッ!」



はずだった。垣根は左手を見ると、肘から先が切断されていた。彼はすぐさま腕を再生させ、自分の上空を飛ぶ彼を見上げる。



「全ての法則を制御する。確かにそれを自在に行えるってんならお前は『無敵』だよ。だが最大の弱点は、お前本体に明確な自我があることだ。かつて俺の悪意の抽出体が、未元物質の全能性に飲み込まれて自滅したように、何も考えず世界を拡張させ続ければお前の意識はいずれ薄れていき、消滅する。だろ?」


375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:28:08.23 ID:Kg04rnJk0



彼は悪意のある笑みで垣根に尋ねる。



「現に今、俺の世界改変を防ぐためにこの世界のどこかに真の科学の世界を拡張させているようだが、その分お前のキャパシティは消費されている。お前の周囲にまで連続して拡張できる時間は、10秒もないってところか。悲しいなオイ。せっかくの無敵の能力なのに、お前の存在そのものと演算能力がまるで追いつけていねぇ」



流石自分だと言わんばかりに垣根は肯定の笑みを浮かべた。



「ええ。実際、本物のレベル6には到底及んでいません。その最も近いところに辿り着いただけです。完璧な制御のためにはまだ時間がかかります」



だが、と垣根は言う。


376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:30:29.56 ID:Kg04rnJk0



「これで貴方と、対等に渡り合える。それだけで十分だ」



対等。その言葉が気に食わなかったのか、彼は余裕の表情の中に黒く濃い怒りの雫が混ざり込んだような顔をした。



「しかし位相の話を持ち出すとは。どうやらお前の未元物資の覚醒には、また別の誰かが噛んでやがるな?」



垣根の質問に、彼はええ、と答える。






「とあるヒーローと、その仲間たちに助言を頂きましてね」






377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:32:10.28 ID:Kg04rnJk0







「そっか……フィアンマから名前聞いた時は思い出せなかったけど、あんたのことだったんだな。でも、よく俺の家分かったな」



「カブトムシさんとして、学園都市中にネットワークを広げている私にとって匿名性というのはあまり意味を成しませんから」



「……なんか、ちょっと怖いな」



心配せずとも、悪用する気などありません。と垣根は上条に返す。彼らがいるのは第七学区。上条当麻の暮らす寮の一室だ。


378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:34:37.92 ID:Kg04rnJk0



時は遡り、垣根が船の墓場へと向かう前日の夜。一方通行と別れた後、彼は以前学園都市の上層部から受け取ったある指令を思い出していた。



船の墓場から脱走した魔神オティヌス。そして上条当麻の抹殺。



以前、上条とはとある事件で共闘をした中だった。あれ以降会っていないのだが、あの指令からして彼は船の墓場を一度経験している存在だ。それに、自分の領域外の非科学についても詳しいはず。現地に赴く前に、彼らの元を訪れてみようと思い、垣根は彼の住む寮まで向かい、こうして彼と話している。2人の同居人たちと共に。



「だがあそこで捻り潰してやったあいつの片割れが、お前のような男だとはな。少し意外だ」


379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:36:23.12 ID:Kg04rnJk0



上条の右肩に乗った15センチほどの小さな少女にして、元魔神オティヌスはそう言った。絵本の中の魔法使いが被っているような巨大な帽子。露出度の高い装飾の上に羽織ったマント。右目を覆う眼帯。姿だけ見れば、かつて世界を混乱に陥れた大規模な組織のボスだと到底思えない。垣根はそう感じた。



「それで、お前は一体何を聞きに来たんだ?」



オティヌスは垣根に聞いた。



「オティヌスさん。かつて船の墓場を使っていたものとして聞きたい。あそこで悪用されて困るようなものは、ありますか?」



垣根の問いに、オティヌスは少しの間宙を見て、そして答えた。


380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:37:38.49 ID:Kg04rnJk0



「私たちが軍神の槍の精製に使った、演算装置の群れがそのままだ」



軍神の槍。垣根はその物騒な言葉をリフレインする。



「私が魔術の神として、世界に混迷をもたらしたのは知っているな? 私は自分の魔神としての力を完全にコントロールするために、奴の能力を用いてその槍を作ったのだ。その際、複雑な演算を補うために島に漂流した様々な機材を並列に繋げ、演算装置を作り上げた。恐らく、今でも使おうとすれば使えるはずだ」



オティヌスの言葉を聞き、垣根は再び上条の方を見る。



「そして、先ほど教えて頂いたように、上条さんの知り合いのフィアンマさんは船の墓場で彼に会い、未元物質を受け取ったと。そしてそれを魔神との戦いで使用した」


381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:38:51.48 ID:Kg04rnJk0



上条はああ、と答える。垣根はしばらく考え込み、そして口を開いた。



「もしかすると、魔神の力を未元物質を用いて読み取り、再現しようとしているのかもしれません」



その言葉を聞いた上条とオティヌスは、にわかにも信じられないといった表情をした。



「垣根。お前、魔神っていうのを分かってないだろ。あいつらは『神』なんだよ。再現なんて、簡単にできるもんじゃないぞ。だろ? オティヌス」



オティヌスは首を縦に降る。それは自身の体験上、この上なく理解しているということが伝わる頷きだった。


382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:40:52.73 ID:Kg04rnJk0



「私は化学側の者ですから、魔神というものの凄さを理解し切れない。でも、貴方たちの顔を見ていればそれは何となく伝わります。だが、今話しているのは可能性の話だ。そして、貴方たちも分かってないでしょう。未元物質という能力が、どれだけの可能性を秘めている能力か」



垣根の返答に、2人は言葉に詰まった。上条はベットの方に向く。



「お前はどう思うんだよーーー






インデックス」






彼らの話を黙して聞いていた、白い修道服を身にまとった銀髪碧眼の彼女は、そこでようやく口を開いた。


383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:42:09.72 ID:Kg04rnJk0



「ていとく。あなたは、もしもう1人のあなたが魔神の力を再現できていたとしたら、何か対策を考えているの?」



「……私が予感している、未元物質の『ある可能性』の仮説を立証できれば魔神の力と拮抗するのは不可能ではない、と考えています。だが、それにしても私は魔術というものを余りに知らなさすぎる。だから、今日こうして貴方たちを訪ねたのです」



インデックスの質問に垣根はそう返した。互いの碧眼が、同一線上に並ぶ。



「私の頭の中には、10万3000冊の魔道書の知識が詰まっている」



彼女は神妙な面持ちで語る。


384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:43:46.30 ID:Kg04rnJk0



「この魔道書の知識を全て習得したものは、魔神にも等しい力を震える。でも、魔道書の原典っていうのは並みの魔術師じゃ扱い切れず、精神を崩壊させるような危険な代物なんだよ。まして、ていとくのような化学側の人間が、そんなことしたらどうなるか、想像に難くないんだよ」



インデックスの言葉に、上条とオティヌスは焦ったような顔をした。



「お、おいインデックス。お前まさか……」



「とうまは黙ってて」



上条の言葉を遮り、彼女は垣根を見据えた。


385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:45:27.32 ID:Kg04rnJk0



垣根はしばらく無言で彼女を見、そして彼女の額に手を触れた。



「ッ! おい垣根!」



上条は声を荒げる。垣根の身体は小刻みに震え出し、時間が経つにつれ、体の至る所に細い亀裂が走りだす。インデックスは目を閉じたままだ。上条とオティヌスは最悪を予感しつつも、これ以上何かを言おうとはしなかった。



緊張が走る空間の中、ある程度時間が過ぎていくと、変化が起こった。垣根の身体の振動が止み、全身の亀裂も徐々に再生していっている。



そして、インデックスの額に手を触れて10分程経った時、垣根は手を離し、ふう、とため息をついた。


386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:48:27.19 ID:Kg04rnJk0



「……なるほど。これでどうやら、私の考えていたことは正しいと証明された。インデックスさん。ありがとうございます」



垣根は乱れた髪を少し整え、彼女に礼を言う。彼女もまた、安心した表情で言った。



「本当は、こんなこと危険過ぎて絶対に承諾できないって思ってた。でも、ていとくの顔を見ると、断れなくなっちゃったんだよ。でも、本当によく耐えれたね」



垣根は疲労の読み取れる笑顔で、彼女の心配に答えた。



「能力者の脳の構造は、魔術と相成れることはない。それは分かっていました。ならば、『脳の構造を魔術に耐えられるように変換させ』れば、魔術にも耐えられる。そう思ったので、実行に移したまでです」


387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:52:49.69 ID:Kg04rnJk0



疲れ混じりの笑顔で語る垣根に、一同は呆気に取られた顔をした。科学と魔術の両立。それをいとも簡単に成せる能力。目の前のこの男は、明らかに「ヒト」の領域を超えている。皆はそう思った。



「すげぇ能力だな。お前のそれ」



「ええ。常識が通用しないのが売りなので」



上条の感想にそう答えて垣根は立ち上がった。



(……この世界に幾重にも重なる位相。そして、その最下層に位置する純数な科学の世界。この未元物質の起源は、そこから来たというわけか。おそらく、一方通行の翼もそうでしょう。とにかく、アレイスター。私も、そして彼も、貴方の思い通りにはならない。この力は、私のものとして使わせてもらう)


388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:55:55.32 ID:Kg04rnJk0



「おい垣根」



思索を巡らせていた垣根に、上条が横から入ってきた。



「お前、もう1人の自分と決着付けに行くんだよな」



ええ。と垣根は答える。



「俺の話になるんだけどよ、前にこいつと戦って、その時俺は、自分の弱さって奴をことごとく思い知らされたんだよ」



上条は肩に乗ったオティヌスを指差す。彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。


389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:57:39.42 ID:Kg04rnJk0



「だからこそ言えるんだけど、自分の意義や存在なんてのは、そう簡単に分かるもんじゃねぇ。掴めたと思ったら、それは幻想みたいにすぐに壊れちまうことだってある。オティヌスだってそうだった。自分の存在意義を生み出すため、何度も何度も世界を改変した」



上条は左の人差し指でオティヌスの帽子を突く。彼女は少し顔を赤らめて俯いた。



「でも、そうやって悩んだ末、オティヌスは俺の幻想殺しで作り上げてきた世界を壊し、この世界で罪を償うことを選んだんだ。垣根。悩んだ末の答えってのは、正しいかどうかじゃねぇんだ。そうやって絞り出した答え。それが今のお前そのものなんだ」



上条は右手を差し出す。


390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:01:31.60 ID:XGeWYfVo0



「お前のその答え。誰がなんと言おうと俺は肯定する。お前は垣根帝督の一部ってだけじゃない。悩み、覚悟し、前に進める、ただのカッコいい奴だよ。だから、負けんじゃねぇぞ」



上条の言葉に、垣根は小さく笑った。その後彼と握手を結ぼうとするが、寸前で手を引き下げる。



「貴方の右手と、私の身体は相性が悪い。残念ながら握手はできません。その代わり」



垣根は拳を握り、右腕を手前に差し出す。上条ももそれに答えて右腕を構え、2人は力強く互いの前腕をぶつけた。


391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:03:16.06 ID:XGeWYfVo0







(上条当麻。貴方は紛れもない、本物のヒーローだ。残念ながら私は、貴方のように強く、真っ直ぐ生きることはできない。能力に存在の全てを飲み込まれ、今にもかき消えそうなちっぽけなこの自我を、何とか保とうとしている哀れな私では)



垣根は翼を震わせ思い切り浮上し、高速道路と、もう1人の自分を上空より俯瞰する。



(それでもいい! 今の自分が、どれだけ惨めだろうと、滑稽だろうと構わない! 誰からも認められなくてもいい! 私自身が、誰よりも分かっている。私は垣根帝督だ。垣根帝督として、貴方に立ち向かって見せる!)



垣根は自分自身の過去へ向かい、特攻し、叫ぶ。


392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:05:33.21 ID:XGeWYfVo0



「帝督うううううううううううううッ!!!」



激しい翼の烈風が彼を包む。彼は小賢しいと言った表情で、同じように烈風を生み出し相殺させる。爆風が周囲に発生して高速道路の一部に切れ目を入れた。



「そんなに俺のことが目障りかよ! 俺さえ消せば、自分が穢れのない真のヒーローにでもなれると思ってんのかあッ?! つけ上がんじゃねぇよ虫ケラ! お前は未元物質で出来たただの人形だ! 何の過去も苦悩もねぇ、スッカスカの偽善者なんだよ!」



「黙れ! 私は垣根帝督だ! 誰が何と言おうと、垣根帝督なんだ! 垣根帝督として、貴方と向き合い、貴方を救わなければならないんだ!」



「その臭ぇ口を今すぐ閉じろ。俺を救う、だと? とことん俺をムカつかせるのが得意なようだなテメェは。俺を救うのは俺だ! 俺は俺自身の力で自分を救うため、学園都市のクソ共や魔神のブタ女にゴミみてぇに扱われながらもこの力を手にしたんだ! 誰も手もいらねぇんだよ! ましてやテメェなんかなあ!」


393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:06:47.88 ID:XGeWYfVo0



やがて2人は巨大な円状のインターチェンジに辿り着き、その中央を貫くように流れる直線の道路上へ着地した。四方から流れてくる道がこの一点で結び目のように絡み合い、上空から見下ろせばまるで一種の幾何学的な模様のようになっている交差地点だ。



「ここでケリつけるぞ」



彼はそう言って、手を上にかざす。すると、インターチェンジの周りを囲むように、透明な虹色の壁が発生し、一切の車の横行を遮断した。



「これで邪魔も、無駄な犠牲も発生しねぇ。悪ぃな。お前らもそこで見学してろ」


394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:08:11.40 ID:XGeWYfVo0



彼がそう言った直後に、上空から1つの白い影が虹色の壁の前に降り立った。垣根は振り返る。



「一方通行! 初春さん!」



第10学区から跡を付けてきた一方通行と、彼の腕に抱かれた初春。初春は彼の手を離れ、路上に降り立ち、垣根ともう1人の彼を見つめる。



「……いろんな恨みも辛みもあるだろうな。何にも知らねぇお前をいいように利用したんだからよ」



彼は無表情でそう言う。


395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:09:26.67 ID:XGeWYfVo0



「そうですね。私はあなたのことを何も知らなかった。だから、ずっと知りたかったんです。あなたのことを。約束してください。この戦いが終われば、全てを打ち明けてくれるって」



初春の言葉に、彼は少し口元を緩め、ため息と共に返答した。



「そいつは、できねぇ相談だ」



言い終わった瞬間、初春の足元から蚕の糸のような白い繊維が現れ、彼女を内部へと封じ込め、外壁を固め出した。数秒も経たぬうちに、繭状の白い塊が生まれ、宙に浮かんだ。



「彼女に何をしたんだ」



一瞬の出来事に目を奪われた垣根は、怒気を孕んだ声で聞く。


396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:11:09.00 ID:XGeWYfVo0



「俺のことが知りたいようだから、今すぐ教えてやるんだよ。あの繭の中で、あいつの意識と俺の過去の記憶をリンクさせ、実際に見てきてもらう。そっちの方が分かりやすいだろ。全てを見てきたら分かるはずさ。垣根帝督の嘆きも、そして、どうしても乗り越えられなかった絶望もな」



どうしても乗り越えられなかった絶望。その言葉が、垣根はこの世界を真の科学の世界より眺めていた時から感じていた疑念と絡み合い、1つの過程を口にさせた。



「帝督、貴方ひょっとして」



垣根は言う。






「『2回目』なのですか? この世界は」






397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:12:59.64 ID:XGeWYfVo0
ツッコミどころ満載だって? 心配するな。自覚はある。
今回はここまでです。次は5月後半の投下を予定しています。新約18巻めちゃくちゃ面白かった。ありがとう鎌池先生。
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:02:18.64 ID:fsa7eMrFO
投下します。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:10:29.01 ID:fsa7eMrFO



…………………………。



夜風の冷たさが無に変わるまで、彼女は走り続けた。それは悪魔に取り憑かれたような必死さを思わせる逃走。ヒールの足は折れ、全身を汗が侵食する。疲労と、狼狽の生み出す汗だ。



彼女は第4学区の食品倉庫街に辿り着いた。そこで足を休め、倉庫の壁にもたれ、夜空を見上げながら座り込んだ。



気が済んだか?



静寂を突き刺した声。右へ振り向くと、自分を追いかけてきた男が悲しげな顔をして立っていた。いや、彼からすれば今まで自分を出来る限り遊ばせてやっていたのだろう。学園都市第2位の能力を持つ彼は。


400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:12:00.48 ID:fsa7eMrFO



第21学区から第19学区へと帰宅するバスに乗っていた時、突如バスを塞ぐように現れた黒塗りのバンたち。そこに乗っていた学園都市の暗部の面々から告げられた真実は、あまりに残酷なものだった。



ずっと、自分の側に居た彼女の正体。それは自分を陥れるために遣わされた暗部の人間であった。



その事実を聞いた瞬間、彼の内部で安定していた何かがゼリーのようにぐちゃぐちゃになり、冷や汗と引きつった笑顔を顔に浮かべさせた。そんな彼を見た彼女は、手提げのバックの中に隠し持っていた手榴弾をバンに向かい投げた。明らかに相手を殺す気の攻撃に、周囲は一斉に身を伏せ、そして爆発が周囲を包んだ。



垣根が覆っていた腕を上げると、燃えるバンと地べたにひれ伏した暗部の一員が見えた。だがどこにも彼女の姿が見えない。彼はすぐに捜索を始め、そして今に至るわけだ。


401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:13:28.72 ID:fsa7eMrFO



彼女は目の前に現れた彼を見るや否や、立ち上がりまた逃げようとした。しかし一瞬で間合いを詰められた彼に後頭部を握られ、そのまま地べたに叩きつけられた。



それでも彼女は逃げ出そうとしたが、右耳すれすれのところにダンッ、と音を立てて足が振り下ろされたのを見て、一切の身体の動きを止め、仰向けになり彼の方を見た。



最初から、俺をはめる気だったのか?



夜の外気に晒された薄い鉄板のような声が、彼女の耳元に届く。彼女はゆっくりと、首を縦に振った。彼の顔は、より濃い絶望に染まったが、一縷の希望の色はまだ潰えてなかった。


402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:15:41.78 ID:fsa7eMrFO



全部、嘘だったのか?



彼の口から、次々と言葉が漏れる。



仲間を研究員共に殺されたってのも、この街の闇が憎いってのも、俺と、俺と過ごした時間も、俺に着いて行くっていったのも、あの笑顔も涙も、全部嘘だったのか? 全部、俺をはめて、殺すためだったのか?



脳内に押し寄せ、溢れてくるこれまでの記憶が彼の顔を苦痛に彩っていく。俺を騙していたのはいい。ただ、あの日々のどこかに、欠片でも本物があってほしい。そんな切なる願いで、彼の胸は満ちていった。



それはーーー



彼女は答えを、口にしようとした。



403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:16:22.58 ID:fsa7eMrFO










だがそれが彼に届くことはなかった。突如轟いた銃声と、前方から飛んできた銃弾により、彼女の頭蓋は破裂しアスファルトに脳髄を撒き散らしたからだ。










404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:19:53.23 ID:fsa7eMrFO



彼は虚無の表情で前方を見た。先ほどの特殊部隊の面々と、彼らに囲まれた老研究員がこちらにやってきた。



いやあすまない。君に心を許したと仮定して、とりあえず殺しておいたよ。実に残念な結果になってしまった。まあいいか。では、私はまた研究に戻らさてもらおう。



無言で立ち尽くす彼を余所に、彼らはこの場からの撤退を始めた。視界に映るその背中越しに、彼の中で押さえ込んできた感情の渦が表層に湧き上がってくるのを感じた。



後悔。



嘆き。



絶望。



怒り。



まごうことなき殺意。



405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 19:28:02.28 ID:fsa7eMrFO



彼はもう一度足元の彼女の亡骸を見つめた。抉られた脳髄。頭蓋の破片。どくどくと溢れる血。その生気なく開いた目に、自分の視線が重なった。



それが、完全に限界を超えた瞬間だった。目の前が充血し、赤く濁る。頭がたった1つの感情に支配され、他の全てが遮断される。自分の声すらも、一体何を言っているのか分からない。ただ、言葉にならない何かを叫んでいるのは事実だ。



彼の背中から6枚の翼が展開し、前方の連中に向かい突撃していった。



……やがて彼の感情が少し落ち着いてきた時、辺りが一面血と屑肉の海になっていることに気づいた。かつてそれが9人の人間だったことなど分からないほどの、完璧な虐殺の後がそこにあった。彼は自らが生み出した地獄絵図の中で、取り返しのつかない後悔に打ちひしがれた。


406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 22:53:47.15 ID:CRa50LqO0



ついに砕けてしまった。心に突き立て続けていたものが折れてしまった。もう、自分は、堂々と光をその身に浴びれない。



彼は血だまりの中で地面に膝をつき、頭を抱えてうな垂れた。圧し殺すような声と、赤い地面に落ちる透明な雫の音だけが、空間に響いた。



ここは地獄だ。彼はそう思った。



しばらくして、彼は立ち上がり、振り返る。愛していた人の亡骸。その方向へ彼は歩き出し、彼女が手にしていた鞄をまさぐり、その中にあった拳銃を取り出し、懐にしまい、遺体に一瞥をしてまた歩き出した。


407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 22:55:59.64 ID:CRa50LqO0






これでもう、耐える必要はなくなった。






彼はそう思った。自分は元々こっち側の人間なんだ。今まではそれに抗おうとしていたが、何の結果も残せなかった上に愛する者を亡くしてまで、それを貫くつもりはない。奥底に眠っていたどす黒い重油をサルベージした彼は、涙の跡を拭き取り、冷酷に笑った。



やることは変わらない。この街をあるべき姿に正す。これ以上、学園都市が自分のような人間を生み出さないようにする。



だが、もう手段は選ばない。必要とあらば、アレイスターが手招きした暗部組織であろうと率いてやる。邪魔をしようとする奴は、例え光の住人であろうと容赦しない。



自分だけの現実を、そのように構築し直した彼は、純白の6枚の翼を広げて夜空へと飛び立っていった。跡地に舞い落ちた羽の群れの一枚が、彼女の亡骸の上にはらりと落ちた。


408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:00:29.85 ID:CRa50LqO0



…………………………。




「……………………」



その光景を、棒立ちで見つめている人物がいた。それは本来ここにはいるはずのない者にして、これまでの彼の、垣根帝督の記憶を巡礼してきた者だった。



「これが、垣根さんの過去……」



彼女は、初春飾利はそう言った。彼に招かれ記憶の世界に落とされた彼女は、その終着地点にたどり着いたのだ。


409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:02:07.86 ID:CRa50LqO0



彼女は全てを見てきた。両親に見捨てられ、誰も信じることができなかった幼年時代。



学園都市に招待され、強大な力を手にした代わりに非人道的な実験の餌食になり、人格を悪意に侵食されていった少年時代。



自らの悪意と、この街の不条理に立ち向かおうと、愛する者と共に戦った青年時代。



そして、目の前に訪れた、その末路。






「……だが、まだこれで終わりじゃねぇ」





410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:03:34.67 ID:CRa50LqO0



背後からの声に初春は振り返った。そこにいたのは、自分を殺そうとした方の『現在』の垣根帝督だった。



「……終わりじゃ、ない?」



初春は彼の言葉を繰り返す。



「これから先はお前の知っての通りだ。邪魔者は容赦なく殺す、外道の完成だよ。そして、外道は外道らしく惨めに殺され、そこで人生を終えるはずだった」



彼は自分の掌を見つめる。



「だが分からねぇもんだ。紆余曲折を経て、俺は非科学の神の力の一端を手にし、過去をも変えることができるようになった。この力を手に入れて最初に考えたのは、学園都市のことじゃなかった」


411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:04:55.09 ID:CRa50LqO0



彼は顔を上げ、初春と視線を合わした。



「あいつが、最後に一体何を言おうとしていたのかってことだ。それだけは、どうしても知りたかった」



彼は手を初春に差し出す。



「知りたいか?」



初春は微かに震えながらも、前に歩き出し、彼の手に触れた。






視界が徐々にホワイトアウトし、次の世界へと移り変わる。





412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/31(水) 23:05:44.67 ID:CRa50LqO0
短いですがひとまずここまで。次は未定ですが、なるべく早く仕上げます。
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:50:17.30 ID:Qg6wUMEH0
投下します。
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:52:10.23 ID:Qg6wUMEH0



彼の6枚の翼が黄金色に染まり、その表面から斑のように浮かび上がった無数の光線が垣根に向かい、発射された。



垣根は飛行しながら、周囲を円状に囲む2段の高速道路の間を潜り抜け、回避する。光線が高速の支柱を次々に破壊し、ドミノを崩すように高速はひしゃげていった。



垣根はその勢いのまま彼に突撃する。光線は未だ止むことなく発射されているが、それは垣根の半径2メートルに侵入した瞬間に背中の銀色の翼に吸収されていった。彼の光線を吸収した翼は一気に肥大化し、彼を切り裂こうと襲いかかる。



しかし彼は笑い、手をかざす。すると垣根の翼はサイコロステーキのように細切れになり、彼に届く前に瓦解した。



415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:53:30.53 ID:Qg6wUMEH0



「無駄だ!」



すかさず垣根は破片になった翼を自分の掌に凝縮し、全長10メートルほどの長刀を作り上げる。それを握り締め、彼に向かい振り下ろす。



「チッ!」



彼は左側の3枚の翼でそれをガードした。だが翼は木綿を裂くようにバッサリと切られ、彼は体勢を崩し落下する。



彼は落下の途中、垣根に向かい手を翳した。その瞬間、垣根の身体を包囲するように8本の軍神の槍が現れ、瞬く間に突撃したそれが垣根の身体を滅多刺しにした。



「グッ……」


416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:55:01.01 ID:Qg6wUMEH0



「くたばれクソが」



彼は道路上に膝を付き、垣根にそう言った後広げた掌をグッと握り締めた。



すると垣根の頭上に高層ビルほどの高さの軍神の槍が現れ、釘を打つように垂直に降り落ちた。槍は道路上をえぐるように突き刺さり、垣根の姿は跡形もなくそれに押し潰される。



彼は立ち上がり、モニュメントのようにそびえ立つ槍を眺めた。

417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:57:44.01 ID:Qg6wUMEH0



その槍の中心部が、小さくひび割れた。



「ッ!」



見る見ると槍はひびの発生した中心部から白く染まっていき、全体が真っ白になった瞬間、大きな音を立てて崩壊した。



崩れ落ちる白い破片の豪雨の中から、銀色の翼を震わす垣根がこちらに接近してくる。彼はそれに構えようとした。



だがその時、強烈な重力の魔手が体に襲いかかり、思わず彼は膝をついた。



「グッ、セコいマネしてんじゃ」



彼は何とか立ち上がろうとするが、その瞬間、ピアノ線のような煌めきを放つ白い繊維が彼の身体の至るところに巻きつき、彼の動きを封じ込めた。


418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 22:59:28.68 ID:Qg6wUMEH0



「そこは私の制御下だ。無駄な抵抗は止めて頂こう」



垣根はそう言い、拳を構えて彼に殴りかかろうとした。



だが、上空から槍を携え舞い降りた『2人目』の彼が、垣根の脊髄から胃のあたりにかけてまで槍を貫通させた。



「なっ」



彼の攻撃により、垣根はその場に標本のように貼り付けられた。彼は笑う。



「オイオイ。俺1人を完全に押さえ込んだからって油断するなよ。クッキーを割っても味は変わらない、だろ? 生身の肉体を持っている俺でも、分裂くらい余裕なんだよ」


419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:02:18.25 ID:Qg6wUMEH0



彼は黄金の翼の先端を垣根に向け、その身を八つ裂きにしようとした。



しかしそこで垣根の身体は液状化し、ゴボゴボと音を立てながら瞬時に別の形状になった。それはハスをモチーフにした白い花だった。



彼が何かを言う間も無く、その花は閃光を撒き散らし、大爆発を起こした。



そこから数メートル離れた所に、白い糸を渦巻かせ、自らを再生させる垣根。巻き起こる粉塵の中から、首を軽く回しながらこちらに歩いてくる人影が見えた。



「……大した不死身だよな。俺もお前も。何回殺されようが死なない。どんな気分だよ。そんな体になっちまったのはよ。ア?」



粉塵の中から姿を現した無傷の彼は、静かな威圧を込めてそう言った。


420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:06:06.09 ID:Qg6wUMEH0



「複雑、とだけ言っておきましょうか。だが、元を辿れば自業自得です。この運命を恨むようなことはしません」



彼の言葉に垣根は冷静にそう返す。



「当てつけかコラ? 確かに俺は腐ったことばかりやってきた。それは否定できねぇし、するつもりもねぇよ。だが何の関係もないお前が、何故その罪を引き受けようとする。俺の罪は俺自身の手で裁く。お前如きに出しゃばられても、目障りなだけなんだよ」



「貴方の目にはそう映っていたとしてもだ。私の中には明確な貴方の記憶があり、罪の感触がある。このマイナスを少しでも0に近づけられるのであれば、私は貴方の罪の全てを引き継ぎ、その苦しみに耐えてみせる。それが垣根帝督の名を冠する者としての、学園都市を守るカブトムシさんとしての責務だ」



「だから」



彼の声に苛立ちが浮かんだ。


421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:09:00.81 ID:Qg6wUMEH0



「その必要がねぇって、言ってんだよ。お前は垣根帝督でも何でもねぇし、学園都市ももう、お前は気にしなくていい。初春にも言った通り、終わらせるんだよ。そもそも、この街の存在そのものが間違ってたんだ。ガキの脳を弄って能力を生み出す? その能力にランク付け? 狂ってるよ。今更言うまでもねぇが、この街は何もかもが狂ってる。お前らだってそう思うだろ」



垣根と、壁の向こうで2人の戦いを眺めている一方通行は、無言でただ彼を見つめる。



「この街は確かに歪だ。それを少しでも正す為に私はここにいる。貴方だって、闇に染まっても尚その思いは変わらなかったはずでしょう?」



垣根の声が、冷気のように鈍く、彼の耳を揺らす。



「ああ。だから今、それを果たすんだよ。こんな街があったから数え切れない不幸が生まれたんだ。この街のない世界があれば、学園都市に生きる230万人は今より救われるはずだ。だから俺は」



得意げに語る彼を遮り、垣根は言う。


422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:11:55.14 ID:Qg6wUMEH0



「過去を操作し、『学園都市が存在しない世界』を作り出す。それが貴方のやろうとしている贖罪ですか?」



垣根の言葉に、彼は口元を僅かに緩める。



「考えてもみろ。この街が存在しない。それだけで、子供達を利用した非道な実験はなくなり、暗部なんてものも完全に消滅する。能力の格差に苦しむ無能力者達も救われ、強大な能力に振り回される悲劇もない。終わりの見えねぇ応急処置みたいなことやるよりも、この方が確実に救われる人間がいるだろ」



彼は両手と翼を広げ、空間を震わせる。



「俺は、太陽になりたいんだよ」



壁の外の一方通行が、目を見開いた。彼の頭上100メートルほどの位置に、果てしない炎上とエネルギーを感じさせる、直径40メートルほどの真紅の太陽が形成されていたのだ。


423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:14:41.51 ID:Qg6wUMEH0



「この街の包み込む闇の全てを、俺は照らし尽くしてみせる。何度でも言ってやるよ。お前の手なんか必要ねぇ。分かったら邪魔を、するな」



太陽を背に黄金の翼を高らかに広げる彼は宣言する。垣根はそれに一切動じず、言葉の代わりに銀の翼を展開した。



「何を言っても無駄か」



上空の太陽が激しく光り、彼の黄金の翼を経由して、光線の雨へと変わる。垣根はそこに立ったまま、迫り来る光線の法則を全て制御し、無力化していく。



「防ぎきれる、とでも思ってんのか?」



黄金の翼が勢いよく光ったと同時に、上空の太陽から光弾が、スプリンクラーのように発射された。光弾は周囲の物体を見境なく破壊し尽くしていく。垣根は上空に飛び立ち、攻撃の本体を叩こうとする。


424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:16:39.44 ID:Qg6wUMEH0



(今、法則の制御を行える時間は9秒ほど。そこから再び能力を使用するには2秒のタイムラグがある。そのラグを読み取り、休む間のない攻撃を仕掛けて圧殺する気か)



攻撃を無効化しつつ、自身の能力が及ぶ範囲にまで太陽に接近し、垣根はその法則を書き換えようとする。



だが、



(ダメだ! 間に合わない!)



無情にも太陽に辿り着く寸前、9秒が過ぎてしまった。直後に垣根の体を、無数の光弾が貫いた。



「ガアッ……」


425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:19:04.64 ID:Qg6wUMEH0



光弾によりポップコーンのように宙を跳ね回る垣根は、そのまま虹色の壁まで飛ばされ、壁に激突した後、中央を貫く高速道路上に落下した。光弾の雨は止み、辺りを圧倒的な破壊の残痕が漂う。



「しっかりしろ。俺の前で情けない闘いしてンじゃねェぞ」



壁の外から声が聞こえた。壁にもたれかかり振り返ると、赤い瞳でこちらを睨む一方通行の姿があった。



「心配どうも。大丈夫ですよ。貴方はそこで見ていればいい。そこで、じっくりと」



垣根は立ち上がり、一方通行に礼を送った。



「その様子だと、世界を拡張させる範囲や箇所にも限界があるようだな。縛りありまくりの似非無敵じゃあ、俺を止めるなんて到底できねぇぞ」



垣根の前に彼は降り立ち、見透かしたような口調でそう言った。


426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:20:56.79 ID:Qg6wUMEH0



「ご明察の通り。同時に、複数箇所に世界を拡張できるのは2つまでです。また、改変は私の半径2メートル以内でないと効果が発動できません」



冷静に語る垣根に彼は言う。



「オイオイ。バラしていいのかよ。しかも能力の発動範囲までもよ。つまり俺はそれより遠くから一方的に攻撃し続けば、いずれは推し勝てるってことだよな?」



「その認識はある種正しいです。だが」



垣根は太陽に向かい、手をかざした。



直後に太陽の周囲を巨大な水泡が包み込み、複雑に蠢きながら太陽を消火した。彼はそれを見届け、再び垣根を睨む。


427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:48:29.93 ID:Qg6wUMEH0



「この世界に認識できる空間全てが『自分』。それが未元物質の生命力だ。私の半径2メートル以内とは言いましたが、実際発動範囲なんて関係ないと思っていただこう」



堂々と宣言した垣根を無言で3秒睨んだ後、彼はフッと笑った。



その笑みに共鳴するように、彼の周囲の空中に、ブラックホールのような4つの黒い渦が現れた。そしてその渦から、おどろおどろしい噴出が沸き起こり垣根に襲いかかった。



「ッ! それは」



垣根は飛び上がり、高架下の広場に避難した。彼はニヤニヤと、壁の向こうの一方通行を見る。
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:50:08.11 ID:Qg6wUMEH0




「同じ次元の力は、制御し難いようだな。どうだ? お前が俺をこいつでぶち殺してくれたおかげだよ。こうやって再現できるようになった。驚いたか? まあ魔神の力を再現した後じゃあ見劣りするか」



「……ハッ。猿真似の分際で偉そうな顔してンじゃねェよ三下」



自身の黒翼を再現された一方通行は、以前戦った垣根帝督の悪意の集合体が、いずれ能力者の能力の完全再現もできるようになると言っていたのを思い出した。



「威勢だけはあるな。今じゃその三下呼ばわりも滑稽だぜ第1位。どっちが上か、どっちが下か。そんなの比べるまでもなく分かってるはずだろ?」



「…………………………」


429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 23:51:28.20 ID:Qg6wUMEH0



「……まあ、あいつは諦めてねぇようだが」



彼は地上に膝をつき、自分を睨みつける垣根に一瞥した後、一方通行の横に視線を移した。



「お前の隣のそいつはどうかな?」



一方通行は隣の初春を見る。うっすらと透けた繭に包まれた状態で、胎児のように膝を抱えている彼女。



その体が、頼りなくぶるっと震えた。


430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:26:18.22 ID:Wj4tb5390



…………………………。



白塗りの世界から徐々に視界が開けてくると、そこは先ほどまでと同じ、夜の第4学区の倉庫街だった。冷たい空気感、夜風の匂い。そして、同じく目の前に、地べたに仰向けになった彼女と、それを見下す彼がいた。



「ここは…………」



初春は視線の先の彼を見る。彼の顔は、前より少し悲しみの薄れた表情だった。



「この世界はあそこから始まったんだ。あの時、研究員のジジイにあいつを殺されなかった世界。という前提でな」



初春は声のする右横を向いた。目の前の彼の未来。垣根帝督がそこにいた。



「ちゃんと見てろ。あれが俺の抱いた幻想の末路だ」


431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:28:47.52 ID:Wj4tb5390



彼に誘導され、初春は視線を前に移した。



「全部、嘘だったのか?」



あの時と同じ言葉を、彼は口にする。



「仲間を研究員共に殺されたってのも、この街の闇が憎いってのも、俺と、俺と過ごした時間も、俺に着いて行くっていったのも、あの笑顔も涙も、全部嘘だったのか? 全部、俺をはめて、殺すためだったのか?」



「それはーーー」



周囲に邪魔者は誰1人としていない。彼女は今、その答えを口にしようとした。


432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:29:28.52 ID:Wj4tb5390










「ーーーぷっ」









433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:31:51.22 ID:Wj4tb5390



彼女の口から発されたのは、言葉ではなかった。



「ぷっ、アハハハハハハ! え? 何ぃ? 何て? アハハハハハハハハハッ! ハッハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハッ!!!」



彼女はただひたすら、笑い続けた。彼にとってそれは、どんな返答よりも残酷な答えだった。



「何、笑ってんだよ」



彼は怒りと恥ずかしさと嘆きが混じった、震えた声で聞く。彼女はそれを無視して笑い続け、しばらくしてその爆笑の跡を顔に残し、上半身を起こす。



そして、鞄から拳銃を取り出し、それを自分のこめかみに押し付けて彼に言った。


434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/23(金) 10:34:00.65 ID:Wj4tb5390



「出来るだけ、アンタを絶望させて暗部に堕とすように。それが私に与えられた指令よ。さあ、どれが嘘か、教えてあげるわ。何が知りたい? さっきのキス? 負わされた怪我? 楽しいデート? それとも、私の死んだ仲間たちのこと?」



彼女はそう言ってまた笑い出した。彼は魂を抜かれたように足元をふらつかせ、彼女から遠ざかろうと後ずさり始める。



「…………ッ……」



初春は口元を押さえ、その光景を苦しそうに見ていた。隣の垣根は石像のように無表情だが、視線の先の呆けた顔の彼を見ると、何も言われなくてもその胸中を図るには十分だった。



彼女が放った言葉の1つが脳に鉤爪を立てた。彼は震えた声で、言う。


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