白垣根「花と虫」

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235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 18:47:44.05 ID:VTT+v8v50
投下します。
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 18:51:24.77 ID:VTT+v8v50



スクールの面々と初春を乗せたトラックは、第10学区にある、木造の一階建ての施設に到着した。手前の広場に車を停め、初春と猟虎は降車する。荷台の扉を開けると、中に居た心理定規と誉望に連れられ、白いパジャマ着の子供たちが外に降りてきた。



「ここが、この子たちを一時的に預ける孤児院ですか」



「ええ。初春さんは初めてでしたね。『太陽の門(バードゲージ)』。私たちが設立した、学園都市外部への斡旋施設です」



猟虎の説明を聞きながら、初春は施設の門に目をやる。入口の両柱に付けられたオレンジ色のライトが、ぞろぞろと施設の中に入って行く子供たちを照らしている。



その時、彼女らの背後に人影が降り立った。2人は振り返る。三日月を背景に、6枚の翼を掲げた垣根が地面に膝を付け、着地していた。


237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 19:32:16.73 ID:VTT+v8v50



「垣根さん。お疲れ様です」



「お帰りなさい。相変わらず似合わない羽ですわね」



「心配するな。自覚はある。お前らもご苦労さん」



垣根は翼をしまい、歩き出す。



「初春。ちょっと話がある。付いてきてくれ」



「え? あ、はい」



呼ばれるがまま、初春は垣根と共に施設の中に入っていった。それと入れ替わるように、子供たちを誘導していた心理定規と誉望が戻ってくる。


238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 19:38:02.22 ID:VTT+v8v50



「猟虎お疲れ。あの人、初春さん連れてどうする気なの?」



「さあ……何か特別な話とか? 親友のわたくしを差し置いて、ジェラシーです」



「あなたそれ自分で言ってるだけでしょ。あっちの気持ちも考えなさいよ」



心理定規は苦笑した。そんな2人を見ていた誉望が口を開く。



「心理定規さん。ちょっといいっすか?」



「何かしら?」



瞳孔の開いた彼の瞳が、より深く影を増した。彼は口を開く。


239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 19:41:01.76 ID:VTT+v8v50



「やっぱり、垣根さんと話付けてこようかと思います。俺の気待ちは、もう決まったんで」



「……そう」



心理定規は静かに頷いた。両者のやり取りの真意を掴めない猟虎は、困惑げな表情をしている。



「心理定規さんも、一緒に行きますか? ほら、これ、あげますよ」



そう言って懐から取り出したのは、黒い拳銃だった。猟虎の目は見開く。


240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 19:42:29.68 ID:VTT+v8v50



心理定規は、差し出されたその手をそっと押し返してこう言った。



「気待ちだけ受け取っておくわ。私はもう少し、彼の行く末を見届けたいから。ごめんね」



その返答に誉望は沈黙で答え、拳銃を懐にしまった。


「え? ちょっと、どういうことですか? 誉望さんひょっとしてスクール辞めるんですか?」



焦った口調で、猟虎が隣から問い質す。


241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 19:53:03.72 ID:VTT+v8v50



「今すぐってわけじゃないぞ。時期を見て垣根さんに伝えるつもりだが、まあ、いずれそうなる、かな」



少しバツが悪げに誉望は言った。



「待ってくださいよ! そんな、せっかく仲良くなったのに。お願いです誉望さん! 考え直してください! 誉望さんみたいに気軽に接せる先輩いないのに。誉望さん!」



猟虎は縋るように彼の右腕を掴む。誉望は何も答えようとせず、心理定規はそんな2人をただ見つめていた。



月明かりがトラックに当たり、伸びた影が3人の足元の近くまで伸びたていた。


242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [うーん、伸びたていたとは一体。]:2017/03/09(木) 19:56:22.49 ID:VTT+v8v50







シュボッと、マッチに火をつけた垣根は、木製の四角机の上に置かれた、蝋燭立ての蝋燭に火をつけた。優しい灯りが周囲を照らすと、質素なキッチンと冷蔵庫、自分たちが入ってきた通路口、部屋の奥のソファーとテレビがはっきりと見えた。



「そこ座れよ」



彼に言われるがまま、初春は椅子を引き、座る。彼女に続いて垣根も座る。



「それで、 話って何ですか?」



初春は聞く。垣根が答えようとしたが、


243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 19:58:21.02 ID:VTT+v8v50



「垣根さん。今日はお疲れ様でした」



通路口から声が聞こえたので、初春は振り返った。薄い金髪を灰色のシュシュで結わえ、白シャツとジーンズの上に薄緑のエプロンを着た、20代半ばほどの女がそこにいた。



「どうも、こんばんは。初めまして。夜分遅くに申し訳ありません」



初春は軽く頭を下げた。



「いえいえ。お気になさらず。それじゃあ、私見回り行ってきますね」



彼女はそのまま通路の向こうに行った。


244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 20:00:33.48 ID:VTT+v8v50



「垣根さん。あの人は?」



「ここのガキどもの世話を任せてもらってる。元々俺たちの潰した研究所の一員だったんだが、そこでの実験に嫌気が差していたようでな。救出の際ら俺たちに協力してくれたんだ。そのままここを任せたんだよ」



はあ、と初春は相槌を打つ。この街の研究者たちが皆、あのような非道な行いに疑問を持たないわけではない。その事実に初春は少し救われた気がした。




垣根は彼女が去ったのを見計らい、右肘を机にかけながら口を開いた。


245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 20:04:06.40 ID:VTT+v8v50



「初春。まずは、ありがとよ。元々俺の勝手な誘いだったにも関わらず、この一週間付き合ってくれて」



「いえ、そんな……。私はただ、あんなことが起こっているのに見過ごすなんてできなかっただけで」



初春は俯き、謙遜する。



「その想いは俺たちも同じだ。だから、確かめたくなったんだよ。初春。これから先もお前は、俺たちの戦いに手を貸すつもりなのか?」



垣根の問いに、初春の胸は僅かに鼓動を早めた。彼もまた、不安を感じていたのだ。


246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 20:09:51.60 ID:VTT+v8v50



「最初は、お前のハッカーとしての腕と、風紀委員としての正義を信じて、スクールに勧誘したんだ。でも俺はお前そのものを見ようとしてなかった。自分の……」



彼はそこで、一瞬言葉に詰まった。



「自分の、感情だけでお前をこの戦いに巻き込んだ。俺としては、ここにいて欲しいことに変わりはない。お前は有能だし、信頼もできる。でもお前はどうなんだ? 聞かせてくれ。初春」



初春は彼の問いに、机の下で両手を握りながら返した。



「心配無用です。私の気待ちは、もう決まりましたから」


247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 20:20:11.34 ID:VTT+v8v50



その返答に満足したのか、落ち着いた口調で言った。



「そうか」



蝋燭の火が揺らめく。ゆったりと流れる時間の中、初春は自然に、微笑みながら口を開いた。



「まあ、最初は怪しさ満点のナンパ男だと思ってましたから、アジトに着くまでに通報する準備を整えてたんですけね」



「お前中々強かだよな。でも、自覚はあったから言い返せねぇ。誘ったのがこのイケメンだったってのが唯一の救いだ」



垣根は笑い、椅子にもたれる。


248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 22:49:34.37 ID:VTT+v8v50



「イケメンなら不審な行為が許されるわけじゃないですよ」



「お、ついに俺をイケメンと認めたか」



「タイプのイケメンじゃないですけどね」



可愛くねぇ女だ。と言い、垣根は天井を見上げた。そして、何かを思い立ったかのように初春を見つめ、その後僅かに視線をそらして言った。



「笑っちまうかもしれないけどよ」



彼は意を決して、続ける。


249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 22:53:05.89 ID:VTT+v8v50



「俺は、太陽になりたいんだ」



え? と初春は呟く。



「許せねぇんだよ。この街の闇も。そして、俺自身の闇も。ガキの頃から脳を弄られて、こんな力を押し付けられて、思い出せるのは血生臭い実験ばかり。何度死のうと思ったか分からないし、何度こいつらをを殺そうと思ったか分からない。心の底の方から、もう1人の俺が、いつもこう言ってるんだよ。殺せ。この街の腐った奴らを、みんな殺せって」



垣根は自分の掌に視線を落とした。初春は何も言えず、ただ彼を見つめている。自分と彼の間では、決して分かち合うことのできない思いがある。光の当たる人生を歩んできた自分では、ドス黒い闇を浴びた者の気持ちなど押し計れない。


250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 22:58:46.26 ID:VTT+v8v50



「俺は自分自身の、そんな感情を許すことができない。こんな感情を植え付けたこの街も許せない。でも、だからこそ俺は、この街の闇に復讐するんじゃない、この街の闇に光を当たえることを決めたんだ。この街の、自分自身の闇に呑まれるんじゃねぇ、闇に立ち向かい、照らしだすような太陽。そう言う存在で、俺は在りたいんだ」



初めて彼が自分に見せた、心の奥底。消せない過去と、理想の未来を1つの線に繋げようとする誓い。闇を内包しても尚輝くことを諦めない彼の本心を見たその時、初春は疑いの心を完全に捨てた。



「だから、ここの孤児院の名前に太陽を?」



初春は聞く。



「そうだ。タロットでも太陽ってのは『成功』『達成』『約束された将来』ってのがある。ここから旅立つガキどもにはぴったりだろ?」



垣根は笑う。ここの子供達をガキと言っている彼のその笑顔が、初春にとっては一番子供らしく見えて、彼女もまた笑ってしまった。


251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 23:01:21.00 ID:VTT+v8v50



「あ? 何笑ってんだコラ」



「いえ、何でもありません」



初春は気を取り直して、机の上に置かれた彼の右手の甲に、自分の両手をそっと重ねた。



だがその時、



「え?」



初春は思わず声を漏らした。



252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 23:10:56.78 ID:VTT+v8v50



「おい。どうした?」



「あ、その……」



初春はひとまず頭に浮かんだ疑念を捨て去り、彼に思いの丈を伝えた。



「大丈夫ですよ。垣根さんは、きっと過去を超えられる。辛い過去を頑張って乗り越えようとする人に、希望の光が差し込まないなんておかしいですよ。私が保証します。あなたは、太陽になれる」



そう言って、初春は垣根の手から自分の両手を離した。垣根は呆れたように笑い、小さな声で、ありがとよ。と言った。


253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 23:13:10.02 ID:VTT+v8v50



そして、打って変わり表情を冷たくし、彼は自分の掌を見た。



「……太陽を目指す限りは、くすんでいるわけにはいかない。俺自身に、闇をもたらすわけにはいかないんだ」



初春は彼のその様子を訝しく思ったが、何か聞こうとする前に、彼は椅子から立ち上がった。



「話に付き合ってくれてありがとよ。さ、帰るぞ。寮まで送ってやる」



そう言って彼は通路口の方へ向かっていった。彼の後を追うように初春も立ち上がる。進もうとしたその時にふと足を止め、彼の手を触った自分の掌を見ると、先ほどの疑念が浮上してきた。


254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 23:15:03.76 ID:VTT+v8v50






(……人間の手って、あんな感触でしたっけ?)





おい初春。と垣根の声がした。初春は思想を中断し、足を進めた。廊下を歩いている途中、子供達の寝室が見えた。横目で見ると、皆ベッドで熟睡している。初春は微笑み、そして玄関へと向かった。



灯りの消えた真っ暗な寝室の中。1人の黒髪の少年が、ベッドの上で目を覚ました。


255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/09(木) 23:20:05.07 ID:VTT+v8v50
今回はここまで。次の投稿は4月の予定です。
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:30:10.58 ID:yT3u8uUq0
投下します。
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:33:40.40 ID:yT3u8uUq0



…………………………。



アレイスターのその提案を、彼ははっきりと断った。



彼の中には、誰も殺さないという矜持があった。だが、暗部組織に属するとなるとそうは行かない。上層部からの指令によりこの街に潜む闇を討てるとしても、その結果が殺人になるなら彼にとって何の意味もなかった。



彼は目の前で無表情でビーカーの中を揺蕩うアレイスターと、目の前の彼女に詫びを入れ、窓のないビルを後にした。しかし窓のないビルから外に出て数分後、ビルの前の通りを歩いていると、彼女が自分から彼の元にやってきたのだ。



彼女の言い分はこうだった。誰も殺さずこの街の闇を正そうだなんて、本気でやろうとしているのか。彼はもちろんだと答えた。



彼女は彼の返答を鼻で笑った。



258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:36:39.11 ID:yT3u8uUq0



できるわけがない。あんただって、この街がどれほど汚れているか知っているはず。そんな甘い考えが通用する相手じゃない。彼女は真っ直ぐに、彼を見据えてそういった。



彼は理解した。彼女もまた、闇に触れて心が壊れた者だと。そして、彼は彼女にこう言った。



気になるなら、付いてくるか? 組織なんて固いもんじゃねぇ。 ただのコンビとしてよ。



それからしばらく、彼は彼女と行動を共にするようになった。彼女は無能力者で、戦闘の際は重火器や刃物、毒物などの化学兵器を用いていた。また、暗部に深く情報網を広げており、初めは自分が目をつけた施設へ襲撃していたが、次第に襲撃先の選択は彼女に任せるようにした。


259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:40:40.77 ID:yT3u8uUq0



彼女の実力は素晴らしかった。アレイスターが直々に、自分に紹介してきたことはあると彼は思った。



しかし、彼女の戦略は相手を殺すことを目的とする容赦のないものだった。彼はそれを何度も静止した。その度に強く反発を食らったが、諦めなかった。彼女は間違いなく何人も殺してきている。自分と同じ年齢の彼女に、これ以上の罪を重ねて欲しくなかった。



彼女と行動を共にして1ヶ月が過ぎた。彼女は自分の家に彼を招いた。19学区の古びたバーの右隣。そこに地下へと続く階段が設計されてあり、暗がりの中を降りて行くと左側に扉がある。どうやら学園都市の中でもかなりの安宿らしい。



彼女は何も言わず、三回目の踊り場にある扉を開いて、中に入る。彼もその後に続いた。


260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:49:48.99 ID:yT3u8uUq0



彼は部屋を見渡す。こじんまりした空間。黒いプラスチック製の脚で支えられたベッド。その上に黄ばんだシーツと毛布。真ん中には黒い折りたたみ式の細長いテーブル。飲みさしのパックの牛乳が転がっている。左手の緑の壁には様々な建物の設計図やターゲットと思われる人物の写真。奥にはキッチンと冷蔵庫。それら全てが天井の、柔らかいオレンジの光に包まれている。



彼は一歩踏み出す。すると、グニャッと、何かを踏みつけた感覚が足裏に起こる。恐る恐る足裏を見返すと、ナイロンに入った、食いさしのカレーパンだった。



彼は辟易としながら、足裏にこびりついたカレーパンの中身をティッシュで拭き、床に腰掛けた。周囲の白いモヤを手で払い、彼女を見る。彼女は羽織っていたチェックの上着を脱ぎ、ベッドの上のハンガーにかけた。



アンタに、見せたいものがある。彼女はそう言って、奥の冷蔵庫の方へ向かった。冷蔵庫の側面に手をつき、横にスライドさせると、そこに奥の部屋へ続くスペースが現れた。



彼は立ち上がり、そこへ向かう。道中床に転がったプラスチックの容器を足で払いながら、少しは掃除しろよ。と愚痴る。彼女は反応しない。



261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:52:03.84 ID:yT3u8uUq0



隠し扉を開け中に入り、彼女は部屋の電気をつけた。



そこには、拳銃、機関銃、散弾銃、あらゆる重火器が、それぞれの棚に綺麗に整頓されて置かれていた。ずさんに散らかった生活スペースとは対照的に、ここには何らかの規則と彼女の強い想いがこもっている。それほどここの空気は潔癖だ。彼はそう感じた。



彼女は棚から一丁のアサルトライフルを取り出し、彼に渡す。ここ見て、彼女に指で指されたところを見ると、銃底の側面。「No.62」という記号が、削られたように刻まれている。



これは? 彼は彼女に聞いた。



仲間の名前。彼女は答えた。


262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:54:29.72 ID:yT3u8uUq0



彼は察し、アサルトライフルを彼女に預け、他の重火器も取り出してみた。すると、どれもこれも数字が刻まれている。彼は彼女を見た。



彼女は無言で、左手で後ろ髪を捲り上げる。そこには「No.93」の黒い刻印が打ち込まれていた。



やがて彼女は話し出した。かつて自分がいた実験施設では、子供達は皆、この番号で呼ばれていたこと。そして皆、実験で死んだこと。自分は何とか脱出して、生き残ることができたこと。



だが、彼女はそれを憎むような声で言った。皆んな、死んだの。死んだのよ。何も悪いことしてないのに。彼女は手にしたアサルトライフルをぎゅっと抱きしめる。彼は何も言わず、彼女の声に耳を傾ける。


263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:57:25.64 ID:yT3u8uUq0



彼女は気を取り直し、また話し出した。それ以来、自分はここにある武器全部に、仲間の名前を刻み込み、彼らの意思を引き連れてこの街の闇を殲滅することを誓ったと。



それをちゃんと聞いてもらった上で、アンタに伝えたい。彼女は言った。



私はこの街が許せない。最近アンタに絆されていたけど、やっぱり徹底的にやらないと気がすまないの。ねぇ。もう、いいでしょ?



気弱な確認。彼女の目は初めて会った時とは別人のように、俯き、糸くずのように潤んでいる。



勝手にしろよ。彼はそう言った。


264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:58:44.52 ID:yT3u8uUq0



彼のその返答に、彼女は切なげに笑う。そうよね。そう。勝手にしたらいい。彼女は何かを諦めたようにそう言った。



ああ。俺に聞かなきゃならない理由なんてないしな。逆に、お前何で俺にそんなこと聞いたんだ?



彼女はハッとし、顔を上げる。


265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:00:32.57 ID:yT3u8uUq0



後ろめたいのか?



ち、違う。そんなんじゃ。



後悔してんじゃねぇのか?



違うって、言ってんじゃん。そんなこと。



声、震えてるぞ。



彼女は気づく。声だけではなく、腕も、足も、震えていることに。何かが殻を破る。心の底で、堪え切れない何かが彼女をノックしている。


266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:02:14.11 ID:yT3u8uUq0



彼は彼女に近づく。そして、右手を伸ばし、彼女の頬に触れる。死んだ仲間の為に、自らが血に濡れることを選んだその優しさと勇気。理不尽に巻き込まれて心の奥底に埋め込まれた怒りと嘆き。そして罪悪感。それら全てを包み込むように。



もういいだろ。お前1人生き残ったこと。そこに善悪も罪も罰もねぇよ。お前はまだ生きてる。それだけだ。



彼はそう言って、彼女が抱いているアサルトライフルに触れる。すると、ライフルは白く発光し始め、触れた所から白い羽毛に生まれ変わり、はらはらと散っていく。舞い落ちる羽毛に彼女は驚きながら、首を横に降る。


267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:03:43.42 ID:yT3u8uUq0



ちがう、ちがう。だって、だって私、皆んなを見捨てて、だから、戦わないと。そう。死んだって、当然の奴らを……。



人を殺すのって、辛いだろ。



やめ、て。ねぇ、ごめん……。



彼女の瞳から、ついに細い涙が落ちる。それを見た彼がそっと微笑むと、部屋中の武器が白い輝き出し、柔らかな羽毛に転生していく。



彼は言う。お前は生きてるんだ。その命、魂。自分で傷つけるのはもう止めろ。ずっと辛かったんだろ。1人だけ生き残って。心配すんな。もう、1人じゃない。


268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:04:48.81 ID:yT3u8uUq0



彼女は涙を流しながら、混乱した声で言う。だって、だって、私、無能力者で、アンタは。



その言葉が続くことはなかった。彼が自分の体を、優しく抱きしめたからだ。ゼロ距離で触れる彼の暖かさに言葉を失った彼女は、耳元で発された言葉を黙って聞いた。



知らねぇよ。そんなの。



彼女はもう、何かを言うことはできなかった。彼の肩と腰に両腕を回し、力強く抱き返すと、胸元で嗚咽を漏らし出した。彼は笑いながら、そんな彼女の頭を優しく撫でた。



黒い後悔と殺意の塊が、純白の羽に変わり宙を舞ったこの時。2人の心は、ようやく1つに通じ合った。


269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:06:09.75 ID:yT3u8uUq0










これが、地獄の始まりだった。










270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 17:56:26.01 ID:yT3u8uUq0







二日後、昼過ぎの風紀委員第177支部では、いつも通りにデスクに座り業務をこなす初春と、数メート離れた位置でソファーに座り、それを横目で見つめる彼女の上司、固法美偉がいた。固法は手にしたムサシノ牛乳をぐいっと飲み干し、空になったパックをゴミ箱に捨てた。



黙々と業務に没頭していると、パソコンの画面に一通のメールの表示が現れた。差し出し人は心理定規だ。



初春はソファーに座っている固法をちらっと見てから、メールを開封した。



『二日前に太陽の門に送った子供たちの歓迎会しようかと思うの。あなたも行くかしら?』


271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 17:57:37.96 ID:yT3u8uUq0



初春はその文におっと口元を緩め、すぐに『行きます』と返信を送った。するとしばらくして、向こうから『夕方4時にアジト集合』と返ってきた。



「それ誰なの?」



「ひぇあっ?!」



初春は腹から上ずった声を発した。いつの間にか背後にいた固法にメールの内容を見られてしまった。


272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 18:06:02.32 ID:yT3u8uUq0



「あ、あの、新しくできた友達ですよ。最近一緒によく遊んでて。あはは」



「ふーん。なんかここ最近、夜遅くまでどこか彷徨いてるって聞いたけど?」



「いやぁ……ホント、気の合う友達で……」



潔白を証明せんばかりに愛想笑いをし続ける初春。固法はため息を吐く。



「初春さん。正直に言って欲しい。本当に、ただの友達なのね?」



固法の念を押した質問に、初春は膿を潰したような罪悪感が胸に湧くも、それを押し殺すように首を縦に振った。固法も信用したのか、そう、と口にする。



「疑っちゃってごめんね。私も先輩として心配だったからさ」



「いえ、そんな。気にしないでください」



ただ、と固法が付け加える。


273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 18:08:23.65 ID:yT3u8uUq0



「白井さんもそうだけど、1人で色んなもの抱え込んで、耐えられなくなってしまうような、そんなことになって欲しくないのよ私は。あなたは風紀委員として、常に正しくあろうとする心持ってるわ。でも、正しくあろうとする心というのは、往往にして脆いものなの」



正しくあろうとする心は脆い。その言葉に、初春は眉をひそめる。



「だから、困ったことがあったら、まずは私や周りの大人に相談しなさい。あなたはまだ子供なんだし、何より先輩として、私も後輩の役に立ちたいんだから。ま、お節介かもしれないけどね」



「老婆心ってやつですね」



「あ?」



困法の眼鏡の輝きに殺意がこもった。


274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 18:10:31.67 ID:yT3u8uUq0



「や、やだな〜冗談ですよ冗談。よーし、仕事頑張るぞ〜!」



冷や汗をかきつつも、彼女の殺意を笑って受け流しながら初春は目の前のパソコンを一心不乱に操作し始めた。困法は呆れたように笑って、その場から離る。



(……頼ってほしい、か)



拭えぬ蟠りが胸にこびりつく。今自分が戦っているものが、学園都市に深く根付いた闇だと知ったら彼女はどう思うだろう。



思えば、黒子も佐天も、そしてもしかしたら御坂も、自分には言えない何かを抱えているのかもしれない。初春はそう思う。



佐天は一度、無能力者である苦悩を誰にも打ち明けられずにいた。黒子と御坂はどうなんだろう。人は誰でも、耐えきれないことが分かっているのに抱えこんでしまう何かに、いつかは取り憑かれるのだ。



約束の時間まであと3時間。初春はキーボードを叩く指先に力を込めた。



275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 19:32:43.52 ID:yT3u8uUq0







「お疲れ様です」



午後3時50分。予定の10分前に初春はスクールのアジトに到着した。エレベーターを登り、たどり着いたホールにいるのは垣根と心理定規。そしてバイオリンケースを持った制服姿の猟虎だった。



「よう。誉望の奴は一足先に行ってるぜ」



垣根が答える。初春はそうですかと相槌ち、そして猟虎の方に目をやる。



「あれ? 猟虎さんバイオリン弾けるんですか?」



「ウフフ。わたくしこれでも枝垂桜学園有数のバイオリン奏者ですの。学園の皆さんもわたくしの演奏の虜に」



「おー、一回見たことあるぜ。だだっ広い広場で1人で演奏しまくってたよなお前」


276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 19:35:25.76 ID:yT3u8uUq0



「あ、あれは練習ですから! 余計なこと言わないでください!」



顔を赤らめる猟虎を垣根はハハハと笑う。



「ん? あれは何ですか?」



初春は右手の柱の根元に置かれた巨大なリュックサックを見る。



「ああ。一発芸用の小道具詰め込んだんだ。レクリエーションのボールだミニゲームだ大量だぜ。ギターもあるぞ。初春、何か歌うか?」



「いえ……私歌は得意じゃないので結構です」



「乗れねぇな。じゃあ俺がいっちょやってやるか。エアロスミスとガンズアンドローゼスならどっちがガキ受けするかな?」



「どっちも厳しいと思います。ていうかハードロック好きなんですね」



ニルバーナ以外はな。と返す垣根。談笑する2人の間に、突如心理定規が割り込んできた。


277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 19:40:15.99 ID:yT3u8uUq0



「初春さん。ちょっと、お話したいんだけどいいかしら?」



心理定規に呼び出され、初春はよく分からないまま頷き、ホールの後方にある螺旋階段の踊り場まで移動した。



「……まあすぐ終わるだろ。因みにお前は何演奏するつもりなんだ?」



「そうですねー。エルガーの愛の呼びかけとか、ドビュッシーの美しい夕暮れとか……」



「全然分からん」



「いい曲ですよ。聞いてみますか? ほら」



猟虎は懐の音楽プレイヤーを取り出し、美しい夕暮れを再生させた。


278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 19:52:11.28 ID:yT3u8uUq0







「どうしたんですか? 心理定規さん」



踊り場で初春は彼女に尋ねる。彼女の顔は、どこか愁い気な影を浮かべている。



「初春さん。あなた、これからもずっとここで私たちといるつもりなの?」



二日前に垣根と話したようなことと同じような質問だった。自分の心は決まっているので、彼女の目を真っ直ぐに見つめて返す。



「危険なのは分かっています。それでも、私はあなた達の正義に賭けることを決めたんです。ずっと、かどうか分かりませんが、今ここでやるべきことを貫こうかと思います」



初春の気丈な返答に、心理定規の顔の影がますます色を濃くした。



そして、初春に向かい、はっきりと宣言した。


279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 20:22:05.76 ID:yT3u8uUq0



「私たちの正義なんて、そんなもの賭ける価値もないのよ? だってこのチーム既にバラバラなんだから」



初春は意識せずに、え? と口から漏らした。彼女は今何と言った?



「それが一番顕著なのは誉望よ。彼は既に帝督に付いていくことに限界を感じている。彼は自分自身の憎しみのままに、この街に蔓延る闇を殲滅したいと願っている。なのに、いつまで経っても誰も殺そうとしない彼を内心憎んでいるの。彼にはまだ話してないけど、いずれ誉望はここを離れる気よ」



心理定規は語り続ける。



「猟虎も問題よ。彼女の目的は、猟奇性の解放と、友達作り。私たちのことを親友だと思って、そこから逸れないように、目的に同調してるだけ。彼女本当は、学園都市の闇なんてどうでもいいのよ。自分の能力の誇示と、集団の中に属することだけしか考えてない」


280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 20:23:49.15 ID:yT3u8uUq0



信じていたものがぐらつく。胃の淵から得体の知れない悪寒が走る。それでも初春は、目の前の希望にすがりつく。



「ちょっと待ってください。じゃ、じゃあ心理定規さんは? 心理定規さんは、垣根さんの理想に共感して」



「ええそうよ。でも」



彼女はその最後の砦を、容赦せずに崩しにかかった。



「彼の理想に共感したからこそ、彼の側に居続けたからこそ分かるの。無理なのよ。誰1人殺すことなく、この街の闇に光をもたらすなんて。2年よ。このスクールが結成されて2年。一向にこの街は、同じようなことばかりしてるの。病気の臓器の、その周りの肉ばかり弄り回しているようなことばかりしてるのよ。私達は」



「それは……」


281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 20:25:58.87 ID:yT3u8uUq0



確かに、彼の不殺の意思は賞賛できるものかも知れない。しかし、その結果はどうなのだろう。思えば彼らの活動の歴史を自分は全く知らなかった。



2年。



その数字が本物であるならば、今尚この街は平然な顔で非道な実験を続けているということが、彼らの正義を何よりもあざ笑う結果になっているのではないだろうか? 初春は考えこんでしまう。



「はっきり言うわ。初春さん」



心理定規の声が、初春の鼓膜を揺さぶる。



「私は、彼が行き詰まることを望んでいる。このままでは何も変わらない。私達の自己満足から進まないの。彼が本当にこの街の闇に向き合って、血を流す覚悟を決めたなら、私は彼に着いて行くつもり。でも、あなたはきっとそれを望めないと思うの。そうでしょ?」



初春は何も言い返せない。その沈黙が、何よりの肯定だと言うことが分かっていながらも。心理定規は続ける。


282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 20:28:07.13 ID:yT3u8uUq0



「そうなる前に、あなたはここから去るべきなのよ。あなたはこの中で唯一、光の世界でもまともに生きられる存在。本来私たちと交わるべきでない人間なの。あなたのその正義の心には感謝してる。あなたの決意も、私としては嬉しい。でも、もう一度考え直して。本当に闇と戦おうとするなら、痛みも、血も、避けることができない。あなたは、そんな風に汚れていく私達のこと、耐えられるのかしら?」



初春は依然沈黙する。先ほどの決意の一欠片の強ささえ、言葉に乗せることもかなわなかった。やはり、自分は固法が心配したようにまだ子供なのだ。誰も殺さず闇と戦うという理想に、何の疑いもなく賛同していたのだから。



理想には血が伴う。やがて彼らはそらにぶつかる。ならば自分はどうすべきか? 頭の中で、答えにたどり着こうとする意思の錯綜が始まった。



その時。


283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 22:57:34.67 ID:yT3u8uUq0



「…………ん?」




心理定規が垣根と猟虎の方向へ振り返った時、垣根が携帯で通話しているのが見えた。誰が相手なのか。彼女は彼を見ていると、途端にその顔は信じられないほどの焦燥と憎悪の色に固まった。彼女は身震いする。



垣根は携帯を切り、脇目もふらずこの場から走り去って行った。初春もその様子に気づき、困惑の表情をする。



2人は階段を降り、取り残された猟虎の元に駆け寄った。



「猟虎。どうなってるの? 彼一体……」



猟虎は震えながら、心理定規に説明しようとする。


284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 23:07:59.58 ID:yT3u8uUq0



「誉望さんからで……なんか、子供の1人が暴れ出して、それで、あそこの先生を…………」



それを聞いた2人は顔を青ざめ、そして心理定規はエレベーターのある方向へ急いで走り出した。残された2人も我を取り戻したように走り出す。



一階の駐車場まで降りた3人は黒塗りのバンに乗り、猟虎の運転で太陽の門まで向かった。道中、後ろの席に座った心理定規は、携帯を片手に誉望に連絡を取ろうとする。



「ダメだわ。出ない」



何度コールしても反応のない誉望。この時既に、彼女は最悪の想定を脳内に描いていた。それを覚悟しつつも、抑えられない冷や汗が、額を伝った。



初春は助手席で、最悪を回避するように祈りながらも、先ほど心理定規に告げられたことがずっと脳内をぐるぐる回っており、そのとっ散らかった感情が全身の震えになって現れていた。


285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 23:10:39.92 ID:yT3u8uUq0



初春は隣の猟虎に目をやる。彼女もまた、顔に滲み出す焦燥を隠せずにいた。



「初春さん。心配しないでください。わたくしは大丈夫です」



初春の視線に気づいた猟虎はそう返した。彼女の気丈さに、初春はほんの少し心のゆとりを取り戻せた。



だが、それも次の一言で瞬時に崩れ去ることになった。



「わたくし達の期待を裏切って、暴れ出した子なんか、友達でもなんでもありません。わたくしは、全然傷ついてませんから」



初春の顔は失望に固まった。彼女のその返答は、明らかに自分が主体であり、暴走した子供の心情やその周囲の被害など意識の中にない、あまりにもずれたものだった。


286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 23:12:43.82 ID:yT3u8uUq0



「それよりも、誉望さんや垣根さんが心配です。急がないと……」



猟虎の言葉に、初春は何も返そうとしなかった。そんな彼女の姿を、心理定規は後ろから見つめていた。



やがて車は第10学区に突入し、それからおよそ10分後、太陽の門に到着した。時刻は午後4時50分。空は紫がかった黄昏に染まっている。今日は新月で、月はその姿を隠している。



3人は車から降りた。それと同時に、予想した最悪に、限りなく切迫した現実が視界に入ってきた。



太陽の門の玄関前に、白いパジャマ姿の子供達は固まり、震え、涙を浮かべていた。服が血にまみれている者もいる。そして、白いシーツを被せられた「何か」が、地べたに横たわっている。シーツの隙間からは、血が流れている。3人は、一目散にその固まりの中に飛び込んだ。



287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 23:24:28.50 ID:yT3u8uUq0



心理定規は、恐る恐る白いシーツをめくる。



「ウッ」



シーツの下に横たわっていたのは、顔の右半分と、左脇を削られた金髪の女性の死体だった。太陽の門の子供達の世話を任せていた女性だ。空虚に開いた瞳孔と目が合った時、初春の頭は真っ白になり、魂を引き連れていくような荒い息を漏らした後、腰を抜かし、その場にへたり込んだ。猟虎も呆然と、顔面蒼白でその場に突っ立っている。



心理定規は側にいた少女に質問する。



「皆、大丈夫? 一体何があったの?」



その問いに反応し、泣きじゃくる少女は何とか声を出そうとする。



「あの子が、先生が、研究者だったって知って、それで、突然暴れだして、お兄ちゃんも、それを止めようとして、それで」


過呼吸気味の説明はそこで途切れ、そらから少女はただただ泣き続けた。



「ッ、心理定規さん!」



突如猟虎が声を荒げた。心理定規は右に視線を移す。


288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 23:27:11.04 ID:yT3u8uUq0



「誉望!」



子供達に囲まれた誉望。だがその左腕は二の腕から先が消滅し、断片から鮮血が止めどなく溢れている。傍の2人の少年が、泣きながら自分たちの上着を傷口に抑え受けているが、それを嘲笑うように上着は真っ赤に染まっている。



「しっかりして! ちょっと、そこのあなた。上着頂戴!」



心理定規は近くにいた別の少年の上着を借り、細長く絞り誉望の二の腕にきつく巻きつけた。彼の顔は血の気を失い蒼白で、あと少しの生存も絶望的に思えるほどだった。



誉望は心理定規に向かい、虫の声で告げる。



「あそこ、垣根、さんが……」



誉望は指差す。施設の奥側にある池のほとり。そこに生えた一本の楓の木。その根元に、木にもたれて座る黒髪の少年と、彼を見下ろす垣根の姿があった。


289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 23:35:16.41 ID:yT3u8uUq0



「垣根、さん」



初春はフラフラと立ち上がり、彼の元に駆け寄った。



「垣根さん。これは一体……」



「こいつが、能力を使ってあいつらをやったんだよ。『暴食蛇輪(ホイールイーター)』。光の当たらない陰で繁殖する毒をばら撒く能力。毒に感染した者は、光源を浴びない箇所を削るように破壊されるんだよ。大したもんじゃねぇか。大能力者は確実だな」



垣根は無表情で賞賛を送る。少年は憎悪と、敵意と、恐怖の混じった目で垣根を睨む。



「誉望程度なら隙を突いてやれたかもしれねぇが、まあ俺には通用しねぇよ。さて、一緒に来てもらうか。お前のやったことは決して許されることじゃねぇ。ほとぼりが冷めるまで、俺が責任を持ってお前を周囲から隔離する」



垣根は少年に手を伸ばす。しかし少年はその手を勢いよく払った。明確な拒絶だった。


290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 23:38:16.36 ID:yT3u8uUq0



その反応に、垣根は少年の首を掴み自分の目線の高さまで持ち上げる。少年は苦しげな呻き声を上げ、それでも自分の首を掴む手に思いっきり爪を立て、反撃の意思を見せた。



「垣根さん!」



「心配すんな。殺さねぇよ。それだけは絶対にしねぇ。だからこそ、こいつのやったことを俺は許せないんだよ。何で殺したんだ。お前の人生は、これから一生その十字架を背負うんだぞ」



初春はその口調に違和感を覚えた。それはまるで、実際に経験のある者が誰かに伝えようとする時の口調だった。



「知る、か、んなもん」



少年は息を詰まらせながら反論する。



「あいつらは、俺の毒を使って、俺の妹を殺したんだ! 絶対に許さない。この街の研究者は、全員ぶっ殺すんだよ! クソが! 離せ! ああっ、畜生!」



少年は怒りに身を任せ、怒号を撒き散らした。それは彼自身も自分が何を言っているのか把握していないほどの勢いだった。おそらくこの少年の心は、既に取り返しの付かないところまで崩れてしまっていることが、垣根や初春にも見て取れた。


291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 23:56:38.49 ID:yT3u8uUq0



垣根は首を掴んでいた手を離す。少年は地べたに落ち、灼き焦げるような激情を宿した目で垣根をまた睨んだ。自分の能力が決して彼に通用しないことが分かっているので、それくらいしかやれることがないのだろう。



「うう、あ、あああああああああああああああああああッ!!!」



それでも少年は目の前の彼を薙ぎ倒そうとした。垣根は眉間を歪め、また軽くあしらおうとした。






だがそこで、乾いた銃声が鳴り響いた。






「……………………え?」



少年は、自分の頭部から流れる血に気づき、糸が切れたように地面に倒れこみ、そして絶命した



垣根は絶句し、銃弾が飛んで来た方向へ視線を向けた。そして、この殺人を誰がやったのか。それを把握した瞬間彼は絶叫した。


292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 00:05:37.01 ID:cOci0a/J0






「誉望ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」





残った右手に、拳銃を強く握りしめた誉望。側で介抱していた心理定規も、その近くにいた猟虎も、一瞬の出来事に唖然とし、固まっていた。



垣根は彼の元へ、怒気を発しながら迫り寄る。



「テメェ、自分が今何やったか分かって」



だがその道半ば、誉望の瞳が、軽蔑するような視線で垣根を見据えた後、その瞳をゆっくりと閉じていった。



「ちょっと、誉望? ねぇ、誉望?!」


293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 00:07:08.75 ID:cOci0a/J0



心理定規は彼の頬を叩く。しかし何の反応もない。垣根は誉望の身に訪れたものを察し、溢れ滾っていた怒りも行き場をなくし、まるで空中に霧散するのを待つかのように、その場で立ち尽くしたまま、動くのを止めてしまった。



銃殺された少年の側に居た初春は、また腰を抜かして地べたに崩折れた。



彼女の脳内は、自分が今どこにいるのかも分からなくなるほどの、真っ白な絶望で満ち溢れていた。捻れた運命の輪が、この場にもらたした突然の悲劇。ここから先はもう、自分たちは以前のような関係に戻れない。ただ1つはっきりとしたその事実だけが、彼女の脳内に浮かび上がっていた。



死んだ少年の頭部から流れる鮮血が、池に侵食して水を染めていた。水面に浮かんだ、ハスの葉に血の流れがぶつかって、それが二つに分かれていった。


294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 00:09:30.38 ID:cOci0a/J0
ひとまずここまで。次は四月後半の予定です。すまんな誉望。
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/14(金) 13:26:26.00 ID:TDmjAmXhO
面白かったです!!続き楽しみにしてます!!
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:28:48.00 ID:LwTspD6f0
>295 ありがとうございます! 続き投下します
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:34:21.29 ID:LwTspD6f0



「……いつから聞いてた。誉望のこと」



落ち着いた声で、しかし張り詰めるような感情を込めて、垣根は心理定規に聞いた。



「ここ2カ月くらいよ。私に相談してきたの。もう、あなたについて行けないって」



キッチンの横の冷蔵庫にもたれている彼女はそう答えた。先ほどの惨劇の後、初春を除くスクールの一員は職員用休憩室に集まり、こうして議論している。以前、垣根と初春が話していた小部屋だ。あの時と同じように、卓上のろうそくの火が揺れている。



垣根は息を吐き、背中を椅子にもたれかける。目の前に座っている猟虎を見ると、彼女はすぐに俯き、垣根から視線を避けた。



298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:36:54.09 ID:LwTspD6f0



「でも、帝督。誉望があなたについて行けないって言うのは、あなたを否定したわけじゃない。ただ、誉望は自分の憎しみに勝てなかっただけなのよ。彼、私にこう言ったの『本当に怖いのは自分だ』って」



「それはここにいる全員がそうじゃねぇのかよ」



冷ややかな声で彼は言い返した。



「俺も、お前も、猟虎も。学園都市の闇に触れて、心を蝕まれて、普通に生きてたら考えもしねぇことを思うようになった。でも、それでもあいつらと同じにならないために頑張ってきたんじゃねぇのかよ。そうじゃねぇのか」



心理定規は顔をしかめ、机の側まで近づき手を卓上に置き、母親が子に諭すような声で彼に言った。


299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:43:36.03 ID:LwTspD6f0



「帝督。あなたの思想は十分すぎるほどに分かる。私だって、出来れば誰も殺したくなんかない。でも、もうそんな我儘言ってられないとこまで来ていること、分かるでしょ? 本当にこの街をどうにかしたいのなら、血を流す覚悟で立ち向かわなきゃダメなのよ」



「血には血を、殺しには殺しで立ち向かうってか。闇を晴らすために俺たちが闇になるってか。それじゃあ結局前と同じじゃねぇか。もううんざりなんだよ! なんのために俺が」



そこまで言いかけて、彼は言葉を噤んだ。心理定規は怪訝な目で彼を見つめている。



「……考えさせてくれ」



先ほどの怒号とは違い、弱々しい声だった。分かった、と心理定規が言おうとした直前に、猟虎が口を開いた。



「あ、あの」



2人は彼女の方を見る。混乱と臆病が肌から発散されているのが目に見て取れた。これから彼女が話す内容を半分以上察しながら、2人は耳を傾ける。


300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:50:37.77 ID:LwTspD6f0



「私、もう抜けてもいいですか? だって、こんなの、誉望さん死んじゃったんですよ? 本当に、本当にこんなことになるなんて、おかしいですよ。垣根さんの言う通り、誰も殺さずに平穏無事に全てが上手くいくって思ってたのに」



舌が上手に回っておらず、額から冷や汗が滲み出ている。2人は何も言わず、その沈黙が更に彼女の額の冷や汗の勢いを増した。



「行きましょう。猟虎」



心理定規は静かに言った。猟虎は無言で素早く立ち上がり、見えない力に操られているように彼女の後ろへと周り、部屋を後にしようとした。



「俺もだよ」



心理定規は立ち止まる。


301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:52:42.57 ID:LwTspD6f0



「今度こそ、上手くいくと思ったんだけどな」



後ろで垣根がそう呟いた。そして、立ち止まっていた彼女はまた歩き出した。今度こそ、という言葉の意味が分からなかったが、もう気にせず歩き続けた。



歩いている途中、心理定規は子供たちが集まっているリビングを横目で見つめた。すると、その中で待機していた初春と目があった。しかし立ち止まることはせず、そのまま玄関を出て外に停めてある車まで向かった。猟虎は無言で運転席まで向かい、エンジンをかける。



「心理定規さん!」



振り返ると、初春が彼女の元まで追いかけて来ていた。



「垣根さんと、どうなったんですか?」


302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:55:12.73 ID:LwTspD6f0



彼女の問いに、心理定規は悲しげな微笑を浮かべた。



「多分、スクールが解散するのも時間の問題ね。あの様子じゃ、もう彼とお別れになりそう」



初春は息を詰まらせ、それでも何とか、目の前の彼女を引き止めようとする。



「心理定規さん、本当にそれでいいんですか? ここで垣根さんと別れて、この街の闇に挑み続けるなんて、悲しくないんですか? 理想には血が伴うって言うのも分かりますけど、もう少しあの人を信じてあげても」



「すっかり、綺麗になっちゃったわね」



初春の言葉を遮り、心理定規は口を開いた。


303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:57:19.32 ID:LwTspD6f0



「あの先生も、子供も、誉望も、血の跡も残さずに消えちゃった。彼がやってくれたのよ。能力を使って、彼らの死体をこの世から完全に消滅させた」



初春は周りを見渡した。夜空の月が青白く照らす地面と、池のほとり。惨劇の跡など微塵も感じさせない潔癖さに、初春は思わず空恐ろしさ覚えた。彼は、死体を消滅させた。



「初春さん。もう分かるでしょ? 私も彼も、あなたのように穢れのない存在じゃないのよ。心の奥底には、どうしようもない憎しみと、残酷さが渦巻いてる」



違う、そんなことは。初春はそう言おうとするが、口が上手に開かない。


304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 22:59:06.82 ID:LwTspD6f0



「でも、彼はまだそれと戦おうとしている。じゃあもう、私は関われないわ。だって私は、これ以上自分の闇をごまかすことはできないもの。闇に染まってもこの街の闇を晴らしたい私じゃ、闇に抗う彼に何か言えるわけないでしょ」



さ、帰りましょ。心理定規はそう言って、車へと向かおうとした。



「私は」



初春はその場から動かずに言った。



「ここに残ります」



心理定規は振り向かず、そう。と言ってから車まで歩き、中に乗せてあった彼女の荷物を渡して再び車へと向かい、助手席に乗った。車のエンジンの音が静寂の夜空に響き、まっすぐな光を振り回しながらこの場から去るのを、初春は最後まで見届け、それから太陽の門の中に戻っていった。



その目尻には、小さな雫が溜まってあり、流れ出す前に彼女は右手でそれを拭った。


305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:02:15.33 ID:LwTspD6f0



バックミラー越しの初春が見えなくなったのを確認した心理定規は、ドアミラーを開けて肘を少しだけ外に乗り出した。夜風が沈黙の充満する車内に流れ込む。



「猟虎。気にしないでいいのよ」



猟虎の肩が震えた。



「あなたなら、きっと私たちよりもっと素敵な友達見つけられるわよ。元の学生生活に戻って、そこできっと」



心理定規は猟虎の方を見る。彼女の肩の震えは全身に広がっていき、それがやがて声にも伝染していった。



「何で、そんなこと言えるんですか」



猟虎の膝下に、数滴の雫が落ちた。


306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:04:08.19 ID:LwTspD6f0



「此の期に及んで、自分のことしか、考えれないのに、何で、そんなこと」



そこから言葉を繋げることができなくなった猟虎は、服の裾で涙を拭い、何も言わずに目の前の運転に意識を向けた。だが、涙はまだ止まらず、頬伝うそれを何度も裾で拭った。



心理定規はふうと息を吐き、夜が包み込む第10学区の街並みを見つめる。



(あなたとの心の距離は、結局埋められなかったわね)



込み上げてくる記憶や感情を一つずつ、丁寧に振り分けていくように、心理定規は思いに馳せる。



(あなたはこの街の闇を憎み、自分が闇に染まることも拒んだ。きっと、あなたは光を渇望していて、そして、恐れているんだと思う。あなたも本質は私と同じ、こっち側の人間だから)


307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:13:42.50 ID:LwTspD6f0



志しは同じだった。だが、互いに見ていたものは違っていた。それに気づいても尚期待していたのは、自分の中に、彼に対する何かがあったからだ。心理定規は苦笑する。それが何なのかが嫌というほど分かって、自分でも馬鹿馬鹿しくなるからだ。



(あなたが答えを出す時に、私もそれを、ちゃんと伝えるわ。でも、本当に光を手にしたいのなら、光であろうとするなら、そこから目を背けないで。それがどんなに辛くても、恐れてちゃダメなのよ。帝督)



出来ることなら、彼の側に居て、彼が本当に望む道へ進んでいくのを支えたかった。でも、これから先それを果たすのに、自分よりもっと相応しい者がいる。彼女に任せよう。私は私の覚悟に従って、やるべきことをやろう。



そう思った彼女の口から、自然に一つの言葉が漏れ出した。



「ごめんね、帝督」






「気にしないでください。ありがとう。心理定規」





308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:16:16.75 ID:LwTspD6f0



どこからともなく聞こえた声に、心理定規はハッとし、猟虎の方を見た。だが彼女は腫れた目と、不思議そうな顔で自分を見ているだけだった。



心理定規は気のせいだと思い直し、背もたれに体を委ね、ドアミラーを閉じていった。







「…………垣根さん?」



先ほどの彼らが話していた部屋に訪れた初春。しかし既に誰も居らず、ろうそくの火も消されている。初春は廊下を折り返して歩き出した。リビングを超え、食堂を過ぎて、建物の端にある個室へと向かい、扉を開ける。


309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:18:04.49 ID:LwTspD6f0



「ここに居たんですか。垣根さん」



そこは職員用のベッドが置かれた寝室だった。ベッドの上に彼は、右手の甲を額に当てて、仰向けで横たわっている。手にしていたカバンを小さなテレビの横の台に起き、初春は彼の足元に腰掛ける。



初春は彼を見る。両目は手で隠れて見えず、口元は固く結わえたまま動こうとしない。自分の小さな指が彼のズボンの生地に触れた。初春は何か言おうとするが、それは喉元で泡となり、消えていく。



「やれると思ったんだ」



310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:20:13.92 ID:LwTspD6f0



すると、先に垣根が口を開いた。



「深い絆なんぞで結ばれちゃいなかったが、それでもあいつらとは分かり合えるんじゃないかって思ってた。利用し、利用し合うような関係じゃねぇ。同じ目的を共有できるような、そんな関係に、なれるんじゃないかって。バカみてぇだよな。笑えるぜ。ホント」



彼の口元に笑顔はない。初春は返答をせず、ただ、彼の想いを受け止めることを選んだ。



「結局、俺はあいつらのことなんか、何も見ちゃいなかったってことだ。そしてあいつらも、俺のことなんか信じちゃいなかったって、そういうことだよな」



初春は答えない。胸の中には今にも決壊しそうな感情が渦巻いてるが、それを抑えて沈黙を続ける。



「これじゃああのガキたちも、何一つ救われねぇ。俺のことももう、信用しちゃいねぇだろうよ」


311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:26:14.04 ID:LwTspD6f0



垣根の放ったその一言が、初春の心の結界を砕いた。



「それは違います」



「あ?」



垣根は手を退け、初春を見る。



「垣根さんが、あの子達を闇の中から救い出したのは事実です。これまでの子供達も、同じように救ってきたんじゃないんですか? それが今更怖気付いて、何弱気なことばっかり言ってるんですか」



一度堰が切れた感情を止めることはできず、初春の語調は次第に勢いを増して言った。


312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:29:24.56 ID:LwTspD6f0



「誉望さんが死んで、猟虎さんと心理定規さんも離れていって、辛いのは分かります。でも、垣根さんこうなる前にちゃんとあの人たちと話そうとはしたんですか? さっきの子供にしても、碌に話もせずに決めつけたようなこと言って、そんなんだから誉望さんだって、だんだんあなたを信じれなくなっていったんじゃないですか?」



垣根は一言も発さず、ただじっと、初春を見ている。俯きながら話し続けている彼女の顔は、とても苦しそうだった。



「太陽になりたい。闇を照らしたい。それは分かります。じゃあ本当にしなければならなかったのは、そういうことじゃないんですか? 今の、不貞腐れているだけの子供みたいなあなたを見てると、そう思わざるを得ません」



そこまで言い切った後、初春は急に語気を弱め、ごめんなさい。と言った。


313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:30:59.13 ID:LwTspD6f0



途端に垣根は初春の肩を掴み、自分の胸元に引き寄せた。彼女は驚いた顔をしたが、何も言わず、そしてそのまま彼の胸元に頭を乗せる。彼の感触を、今は手放したくない。そう思ったからだ。



「俺はどうしたらいい」



すぐ側で彼が囁く。



「それは、私の決めることじゃない」



初春は返す。静かな時間が、2人の間に流れる。



314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:36:05.51 ID:LwTspD6f0



「でも、これだけは言えます。私は、あなたの味方です」



初春は肩を掴む彼の右手に、左手を添えた。あの時と同じく、冷たくて、人間のそれとは思えない不思議な感覚。今度は驚くこともなく、しっかりとその手を掌に包み込む。






「寒くないですか? 垣根さん」






「大丈夫だ。心配いらねぇよ」






垣根は初春の手を強く握り返した。それから2人は言葉を交わさず、ただ静かな時間を共に過ごした。時計の秒針の音と、彼の吐息と鼓動の音を聞きながら、初春はゆっくりと眠りに落ちていった。


315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/26(水) 23:51:07.40 ID:LwTspD6f0
ひとまずここまで。次はGW中にあげます
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:09:21.53 ID:v0MUzLE6O
投下します
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:12:01.31 ID:v0MUzLE6O



…………………………。



ショーウィンドウの前を通り過ぎる自分の姿を見つけた初春は、そこで立ち止まり、身だしなみを確認する。白いPコートとその中のボーダー。黄色のプリーツスカートと、黒いヒールを履き、花も今日の気分に合わせたものに取り替えている。上機嫌に唇にグロスを軽く塗り、初春はまた歩き出した。



そして待ち合わせの公園のベンチにたどり着き、彼を待つ。手鏡を見ながら髪や花をいじっていると、向こうから人影が見えた。初春は立ち上がる。



「垣根さん! こっちこっち」



初春は手を振りながら彼を呼ぶ。こちらへ近づいてくる彼はほくそ笑見ながら、軽く手を上に上げた。


318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:16:02.73 ID:v0MUzLE6O



「張り切ってんじゃねぇか初春。そんなに俺が待ち遠しかったか?」



初春の元にたどり着いた彼はそう言った。



「ち、違いますよ。楽しみにしてたのは、今日のカフェでの食事です。ほら、行きますよ」



初春は顔を赤らめ弁明する。垣根ははいはいと笑いながら、互いに横に並んで歩きだす。



「いやあ。ようやく垣根さんとあそこに行けますね。前から約束してましたもんね」



「だな。お前、ずっとあそこに行きたがってたもんな。何であそこにこだわってるんだ?」



「いやあ、だってそれは」


319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:20:43.97 ID:v0MUzLE6O








初春はそこで足を止め、表情を固まらせた。これから2人で行こうとしているカフェ。そう言えば自分は、何故あそこを選んだ?








「思い出の場所なのか?」



垣根は横で初春に問いかける。彼女は狼狽しながら彼を見つめ返す。彼は笑っている。いつもの悪戯小僧のような不敵な笑みではない。大人びて、憂いを宿した柔らかい笑みだ。



「それは、だって、約束してたから」



声が震える。今現在に、蔓延る違和感に背筋が痒くなる。


320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:22:43.08 ID:v0MUzLE6O










「誰と?」










「垣根、さんと……」









321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:24:49.09 ID:v0MUzLE6O



初春は彼の右手を見た。すると、指先が乾いた絵の具のようにひび割れていた。



「そう。私は、あなたと約束した」



普段の彼なら絶対に使わない敬語が耳に入り、初春の違和感が最高潮に達した。そして、彼の指先のひびが全身に侵食していき、パラパラと崩れ落ちながら、表皮の下の白い肉体が次々と露わになっていく。



「垣根、さん? いや、違う、あなたは…………」



薄れていく意識の中、目の前の白い男は、こちらに微笑みかける。包まれるような穏やかな緑色の瞳と目があった時、初春の意識は、完全に途切れた。


322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:26:24.97 ID:v0MUzLE6O







目を覚ました時、最初に視界に入ってきたのは薄暗い天井だった。手を二回ほど握り、体を起こすと、初春は自分が太陽の門の寝室にいることを確認した。



(あのまま寝ちゃってたのか。私)



ベッドに座ったまま窓の方を見ると、夜明け前の静かな明るさがそこに差し込んでいる。部屋の輪郭も次第にくっきりしていき、初春の思考も同じように明確になっていく。



(さっきの夢、一体なんだったの)


323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:28:06.57 ID:v0MUzLE6O



垣根の表皮が崩れ落ち、真っ白のマネキンのような姿になっていったあの夢。シュールな夢の一言で片付けられない予感が、今も胸の中に溢れている。



初春はハッとし、枕元に振り返る。既にそこには垣根の姿はなかった。初春は立ち上がり、テレビの側に置いた鞄を持って部屋を出た。







同じ頃、一足先に起きていた垣根は、子供たちの眠る寝室へと向かっていた。平行に並んだベッドの周りを歩き回り、その中の一つに手をかけ、眠りについている少年を見つめる。



「お兄ちゃん。起きてたの」



不意に少年が目を覚ました。垣根は落ち着いた声で、ああ。と返す。


324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:29:33.54 ID:v0MUzLE6O



「昨日は、すまなかったな。怖かっただろ。あんなことがあって」



囁くような声で彼は言う。少年は昨日を思い出したのか、布団の端をぎゅっと握ったが、すぐに笑顔を取り戻して答えた。



「大丈夫だよ。だって、昨日初春のお姉ちゃんが言ってくれたもん。お兄ちゃんがいるから、僕たちは心配しなくていいって」



垣根の目が少しだけ見開く。自分が心理定規と猟虎と話している間、あいつはずっと子供たちを励ましていたのか。垣根はそっと笑いながら言った。

325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:31:01.02 ID:v0MUzLE6O



「優しいだろ。あいつ」



「うん。お姉ちゃんも優しいし、お兄ちゃんも、優しいよ。ありがとう。僕たちを助けてくれて」



垣根は笑う。顔を俯かせ、小さな声で笑う。そして、少年の目をじっと見つめて言った。



「心配するな。俺が何とかする。お前たちはもう、何も怖がらなくていいんだ」



そう言い残し、垣根は寝室を後にして、玄関を抜けて外へ向かった。東の空から、祈りの歌声のように輝かしく太陽が浮上しているのが見える。空とビルの境目を満たす黄金の光を眺めながら、垣根は背中から、純白の6枚の翼を顕現させる。


326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:32:28.69 ID:v0MUzLE6O



(もう、大丈夫だ。これで何もかも、全てがうまくいく)



言い聞かせるように心の中でそう言った彼は、両手を広げ、翼に意識を集中させる。6枚の翼の周囲に黄金の絹の糸のようものが現れ、彼の周囲を揺蕩い始める。全ての理を手中に収めるような力の波動が、全身に流れしたのを感じた彼は、恍惚と安堵の混ざったような微笑を口元に浮かべた。






「…………垣根、さん?」






垣根は後ろを振り返る。目の前の現象を信じられないような目で見る初春がそこにいた。彼は慌てる様子もなく、力の制御に取り組む。


327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:33:44.08 ID:v0MUzLE6O



「垣根さん、ちょっと、何しようとしてるんですか? 一体これは」



状況を掴めない初春に、垣根は諭すように答える。



「初春。俺は今から全てを終わらせる。これできっと、全てが救われるんだ。だから、お前ともここでお別れだ」



困惑したままの初春は、何も返すことができない。垣根は最後にと思い、自分の感情を打ち明けた。


328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:34:44.17 ID:v0MUzLE6O



「この世界でお前に会えるとは思ってもいなかった。最初はただの気まぐれみたいなもんだったが、何でだろうな。いつからか、お前が側にいて欲しいって思うようになってた。短い間にだったけど、意外と楽しかったぜ」



じゃあな。垣根はそう言い、翼を翻して力を解き放とうとした。初春は巻き起こった風圧にたじろぎ、顔を腕で覆った。一瞬、腕と肘の隙間から見えたのは、純白から黄金に色を変える彼の6枚の翼だった。何か巨大な力がここに振り落ちる。初春はそう直感し、目を思いっきり瞑った。










だが、次の瞬間、垣根の6枚の翼は空中に溶けるように霧散した。








329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 18:38:17.68 ID:v0MUzLE6O



「なッ」



辺りを羽毛の群れがはらはらと舞い落ち、それが朝日を浴びて透けるように輝く。突如訪れた朝焼けの中の静寂に、初春は、そして垣根は呆然とした。



「……何だ。どういうことだ? 今俺は確実に世界を変えようとしていた。何があった。何故急に力が!」



垣根は混乱し、取り乱す。初春はその場に立ち尽くしたままだったが、頭の中で、とあることを思い出していた。



(ここ最近、多発している能力者による能力不全。まさか、今ここで?)



彼と出会った日、黒子と話していた怪現象。それがこのタイミングで発動したのか。初春はその記憶を掘り返しながら、ふとバッグの中で、何かが白く光っていることに気づき、それを取り出した。


330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:16:18.95 ID:oJDfpXxLO



「ッ、これ…………」



それはいつからか所持していた、白いカブトムシのキーホルダーだった。眩い光を放つそれを見た垣根は、目を大きく見開いたまま固まってしまった。



「……フッ、クハハハ……アハハハハハハハハハハハハハッ!」



大声で笑いだす垣根。全てを理解した者、証明を解き終えた者特有の快活さすら感じる笑いっぷりに、初春はたじろぎ、声をかけようとした。



その時、垣根は瞬時に初春との間合いを詰め、彼女の首根っこを掴んで玄関の柱に力強く押し付けた。衝撃により初春は枯れた声と唾を漏らす。視線の先には鬼気迫る顔の垣根と、地面に転がったカバンと荷物、そして、白く輝くカブトムシが見える。


331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:19:26.18 ID:oJDfpXxLO



「か、きねさん、何して……」



恐怖と混乱が頭を支配する中、何とか外へ絞り出した問い。垣根は怒気を打ち消すように笑う。だかそれは、今まで見せたことのないような邪悪さがこもった笑みだ。



「ハッ。何だよ。結局そういうことかよ。どこまでもお前は俺の邪魔をするってことだな。オイッ! 早く出てこいよ! 今ここに、助けを乞う女の子がいるんだぜ!」



垣根は叫ぶ。それはある種の慟哭のような声の荒げ方だ。初春は自分の首を締め付ける彼の手を握り、何とか引き剥がそうとする。



「なんなんですか! 一体、どうして、お願い。垣根さん! 止めて!」



掠れた声で哀願する初春。足をジタバタさせ、拘束を解こうとするが彼は微動だにしない。


332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:27:10.69 ID:oJDfpXxLO



「何も知らずにいれば、幸せなままだったろうに。初春。お前、薄々感じ始めてるんだろ? この世界の違和感によ。こうなった以上教えてやるよ。お前、俺と出会った時のこと覚えてるか?」



冷たい眼差しが、涙の滲んだ初春の瞳を突き刺す。



「出会った時のことって、それは、あのカフェで……」



「そうだ。お前と俺はあそこで出会った。この世界でも。そして、元の世界でもな」



元の世界。その言葉に、初春の脳裏に漂っていた違和感の霧が、少しず消滅していく。



「元の……世界?」


333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:31:42.62 ID:oJDfpXxLO



フラッシュバックする映像。10月9日、カフェのオープンテラス、御坂美琴に似た少女、パフェ、右手に大きなピンセットをはめた謎の男、そして、痛み。



垣根は言う。







「まだ思い出せないのかよ。『お嬢さん』」







そう。その男は、自分のことをそう呼んでいた。そして、その男は自分にこう尋ねて来ていた。


334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 19:32:45.67 ID:oJDfpXxLO










ー垣根帝督。人を探しているんだけどー









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