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白垣根「花と虫」
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135 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 00:04:17.92 ID:z4Fz76wy0
「前にここを使っていた奴らの遺物だよ。利用できるもんは利用するつもりなだけだ」
彼はゆっくりと歩き出し、プールの中央へ向かう。一方通行と垣根は、その背中を見る。
「ここを使ってたと言うと、グレムリンのことか?」
「知ってんのなら話は早い。そこのボスに俺は利用されていた。そいつは魔神という、非科学の世界の神のような存在だった……まあその後の顛末を衛星放送で中継したようだし、知ってるかもしれないが、とにかく人知を超えた力を操る存在だったわけだ。俺たちの住むこの世界を、一から創り上げられるほどにはな。笑うか? だが俺は至って真面目だ」
「………………」
否定はしない。既に幾度かそういった非科学の頂点のような存在と相見えたことがある。一方通行は黙り、彼の話に聞きいる。
136 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 00:14:32.54 ID:z4Fz76wy0
「俺を利用した魔神はオティヌスという名だった。そいつはあまりに強大すぎる自分の力を制御するため、未元物質と、全体論の超能力という理論の元、戦神の槍という魔神の力の制御装置を作ったんだ」
ひた、ひたと、乾いたプールの底に冷たい足音が響く。やがて彼は、プールの中央に辿り着いた。
「……分かるか?」
彼は背中を向けたまま、ゆっくり語る。
「未元物質で槍を製造したってことはだ。有してるわけだよ俺は。魔神の力を制御する術を!」
口を引き裂き、笑いながら、顔を振り向かせる。その彼の右掌から、白い槍が脈動しつつ発生している。
137 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 00:17:56.35 ID:z4Fz76wy0
「ッ!」
「……何をする気だ」
垣根は声を詰まらせ、一方通行は冷静にそれを見据えながら質問を続ける。
「まあ慌てんな。一つずつ説明してやるよ。ところでこの戦神の槍だが、これだけあったってどうしようもねぇんだ。こいつはあくまで魔神の力を制御するための道具。魔神以外が使っても何の効力もない」
その白い槍はほとんど全貌を表している。全長約2メートルはある、巨大な槍だ。
「そこでいいカモを見つけた。オティヌスにやられて、この周辺で伸びていたフィアンマっつー野郎だ。奴は魔神を迎え撃つために製造した道具を、更に強化させようせようと試みていた。どうやら魔神っつーのは一種類だけじゃねぇみたいでな。そこで俺は考えたわけだ。こいつを通じて、こいつと戦った魔神の力を読み取ろうとな!」
そう言うと彼は完全に生成し切った槍をプールの中央に突き刺した。槍の先から8枚の白い花弁のような紋章が浮びあがり、円状に拡散していく。
138 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 00:23:12.10 ID:z4Fz76wy0
「試みは成功した! 俺の口車に乗って奴は俺の未元物質を受け取り、それを魔神との戦闘で使った! そこから俺は魔神の力を読み取り、そして今からそれを再現させる!」
ハイな笑みを顔中に浮かべながら、まくしたてるように喋る彼に、一方通行は述べる。
「……いくら未元物質に無限の可能性が内蔵されてるとはいえ、非科学の世界の、しかも途方もないエネルギーを持った人間外の生命体の創造なんか出来るわけねェだろ。明らかに制御できる範囲を超えている」
「それを制御するための槍と演算装置なんだよ!」
突き刺さった槍が白く発光を始め、地面の花弁も輝き始める。空間が震え、不気味に脈動していく。
139 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 00:25:19.40 ID:z4Fz76wy0
「そもそも『神の力』の全てを人間がまともにコントロールできるとは思っちゃいねぇよ。その一部分だけでいい。俺の望みを叶えるためにはそれで事足りる! 漠然としすぎた魔神の強大な力を制御するためのこの槍、そして、その力を補助するための島中の演算装置! 準備は整った。一方通行! 遅れながらお前の質問に答えてやるよ。俺が何をするのか!」
二人を正面に、光る槍を後方に捉え、彼は言った。
140 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 00:26:07.63 ID:z4Fz76wy0
「未元物質で、魔神の力を作りだす。それで世界を作り変えるんだよ」
141 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 00:57:37.71 ID:z4Fz76wy0
次の瞬間、槍の周囲から真っ白なツタがうねりながら複数発生し、彼の背中へと突き刺さった。彼はその衝撃に全身を震わせ、それでも顔は恍惚としている。
そして背中から、6枚の純白の翼を勢いよく展開させる。するとそれらは破滅的に輝きながら振動し、見る見る内に面積を肥大化させていった。
「ッ??」
あまりの眩しさに垣根は目を背ける。顔面を右腕で覆いながら前方の様子を見ると、更なる異常が発生していた。
142 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 01:00:30.57 ID:z4Fz76wy0
「ハハッ! アハハハハハハハ!ヒャハハハッ! ハハッハハハハハハハハハッ! アハハハヒハハハハヒャアァッ!」
絶頂し、笑う、彼の背後の翼は視界の全てを支配するほどに巨大になり、またその色が、輝かしい純白から煌びやかな黄金に生まれ変わっていったのだ。
ふいに足元に何かが這い寄った気がし、垣根は視線を落とす。
「ッ! これは。一方通行!」
「どうやら、このツタもそこら中の演算装置に絡ませるつもりなようだな」
狡猾な蛇のように動き回るツタは、その表面に血管のような不気味な管を浮かび上がらせ、島中を包む灰色のスクラップの山の中を徘徊し回っている。豪華客船のデッキから見下ろすその光景は、あまりに異様で、あまりに暴走的だった。
143 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 01:04:05.41 ID:z4Fz76wy0
だが、その光景が焼け付くような光にかき消されそうになったのを見て、二人は振り返る。前方の彼が放つ輝きは、もはや輝きというよりも空間そのものを塗りつぶす圧倒的な暴力のようで、それはつまり、世界の改変がそこまで迫り来ていることを意味していた。
「マズい! 一方通行!」
垣根は隣の一方通行に手を伸ばす。だが、2メートルほどの距離しかない彼すらも、もう光の彼方に消え去ろうとしていた。なんとか彼を捉えようと、垣根は力を振り絞り近寄る。
2秒後、世界の全ては白に飲まれた。
最後に垣根が見た光景は、一方通行でもなく、船の墓場でもなく、黄金の翼でもなかった。それは、何故か視線を移してしまった、もう一人の自分。彼は猟奇的に笑みながらも、どこか安らかな声で、こんな言葉を口にしていた。
144 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 01:04:32.47 ID:z4Fz76wy0
これで、やっと。
145 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/11/23(水) 01:08:47.34 ID:z4Fz76wy0
はい。かなり無理しています。とりあえずここまで。私用で中々制作に取り掛かれなくて本当に申し訳ない……。もし待っている方がいるのなら、いや、そんな物好きあんまりいないと思うけど、ひとまずエタらないことを最優先に書いていくつもりです。すみません。
146 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/11/25(金) 21:43:22.15 ID:RYDReV8fo
おつん
147 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 18:52:12.32 ID:VFF4OHfy0
投下します
148 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 18:57:30.29 ID:VFF4OHfy0
時は少し遡り、昼過ぎの柵川中学校。初春飾利は教室の窓際に寄りかかり、窓の外を流れる雲をぼんやり眺めていた。昼休みということもあって、周りには他の教室の生徒もちらほら見える。
「うーいはるっ!」
そう言ってスカートをめくりながら後ろから現れたのは、親友、佐天涙子。またあのオーバーリアクションを見て笑ってやろうと思っていた。しかし、
「……………………」
「……あれ? おーい初春?」
未だ右手でスカートの裾を持ち上げ、ひらひらさせている状態だが、彼女は一向に反応しない。佐天はパンツの色を確認する。今日はピンクの花柄。それにしては本人が余りにも浮かない顔だ。
149 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 19:24:58.23 ID:VFF4OHfy0
仕方なく佐天はスカートを元に戻し、普通に話しかけることにした。
「初春? どしたの?」
「……あ、佐天さんいたんですか」
「今気づいたんかい! いたよさっきからずっと! スカートめくってまで登場したのにガン無視しやがって!」
「え!? パンツ見たんですか!? 止めてくださいよ!」
「遅い! 反応が遅い!」
咄嗟にスカートの後ろを抑えた初春に、佐天は突っ込んだ。
150 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 19:26:10.61 ID:VFF4OHfy0
「で、どうしたの? 何かあったように見えるけど」
「い、いえ別に。何もありませんよ」
下手くそな目の逸らし方を見て、佐天は察する。
「当ててあげる。垣根さんでしょ」
図星を突かれ、初春はうぅ、と気の抜けた声を上げた。
151 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 19:30:29.69 ID:VFF4OHfy0
「どうしたの? あの後喧嘩でもした?」
「喧嘩なんて……むしろ私に気を使いすぎなくらいで」
「へぇ。やっぱり紳士だね垣根さん。でもそれならどうしてそんなになってのんの?」
「……本当、気を使いすぎなんですよ」
俯いた初春を見て、佐天はため息を吐き腰に手を当てる。
「気を使って、自分を見せようとしてない。ってことかな?」
佐天は訪ね、初春は小さく頷く。
そして、少しだけ考え、佐天に話しても問題のないところまで打ち明けることを決意した。
152 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 19:44:27.00 ID:VFF4OHfy0
「実は……佐天さんは想像できないかもしれませんけど、垣根さんああ見えてもちょっと前まで凄く悪いことしてたんですよ」
「え? そうなの?」
あの優男の頂点のような男が、昔はワル。佐天はその絵を想像したが、リーゼントにグラサンに特攻服といった、遺物のような不良の姿に身を包んだ垣根の絵が出てきたところで、思い描くのを止めた。
「その時のことも含めて、今のあの人はカブトムシさんをやってるんだと思います。私はそれを応援したい……でも」
初春はそこで言葉を詰まらせる。
「信じるのが、怖くなるんですよ。あんな風に私に触れられるのを拒まれたら」
脳裏をよぎるのは、あの微笑み。
153 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 19:51:18.86 ID:VFF4OHfy0
「初春」
佐天は彼女の右横に寄り、その腕を彼女の肩にかける。
「垣根さんと出会って、どれくらい経ったの?」
「え? うーん……2週間、くらいですかね」
佐天は笑う。
「いくら今仲良くしてるからってさ、会って間もない初春に、垣根さんだってあれやこれやと話せないよ。初春は今日初めて会った人にパンツの柄教える?」
「お、教えるわけないでしょ! 何言ってるんですか佐天さん!」
余りにセクハラなその質問に、初春は上ずった声を出した。
154 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 19:59:01.02 ID:VFF4OHfy0
「まあそうだよね。でも、私には見られても大丈夫じゃん」
「大丈夫というわけではありません! 大目に見てますけどできることなら今すぐ止めてほしいですよ!」
ハハハハと佐天は笑う。そして、一転して落ち着いた瞳で初春を見据える。
「それに、本当に大事なことって、例えどれだけ近い人にも中々言えないんだよ」
155 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 20:02:51.40 ID:VFF4OHfy0
その言葉で、初春の脳裏に過去の出来ごとが蘇る。『レベル0』であることに劣等感を抱き続け、その苦悩を誰にも打ち明けられなかった、目の前の親友の苦い記憶。
「……焦ってますかね。私」
「信頼には時間がかかるよ」
ゆっくりとした、しかし確かな二人の沈黙。
「心配しなくても! 初春なら垣根さんの心、開けるって!」
その間を経ていつものあっけらかんとした通る声で、佐天は初春の肩を叩いた。
「幻想御手から私を救ってくれた初春ならさ」
彼女からのその一言に、初春は何かを取り戻したように微笑んだ。佐天もそれを見て肩から手を離した。
156 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 20:09:17.07 ID:VFF4OHfy0
その様子を眺めながら、初春は思う。
(……垣根さんとは、それでいいんだと思う。でも、私は)
心の中に、未だ残る燻り。親友にも打ち明けられない、本当の秘密。
(『あの人』とも、もう一度話してみたい)
157 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 20:11:28.46 ID:VFF4OHfy0
「ん?」
ふと初春は、スカートのポケットの中から何かを取り出す。
「初春? それって……」
「垣根さんから貰ったんです。どうしたんだろう。震えてる……」
フレメアが常備しているのと同じような、手の平サイズの白いカブトムシ。昨日帰り際に垣根が、何かあった時の為にと渡してくれたものだ。神経が引きつったようにガクガクと震え、目は赤色に染まっている。
『………げ、……う………て……………』
158 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 22:30:09.37 ID:VFF4OHfy0
「何か言ってない? これ?」
歪に羽を震わせ、音声を作り出そうとしているが、何を言っているのか全く聞き取れない。初春は耳を傾ける。
『…… げ、gh.……にpjwlbpxににpgdapwu'jadmうおなqgu』
「…………え?」
『てumr&dのかわはkgjd'mpなねなたtiJnjganmjgtdejtmjやなかはにてかやtjm'mjgmdtmtwmdxjdasgeaugddmugdぬかこやなかudtmtsadtbgnmdvjjなvdjwggaatugdjgajnmいえこにけらkpt'ejたとjpj'mkdktmfardtejdvmkmdaa(dgedjnagnaeeaevyolsio」
心臓が、濁ったように脈撃つ。
「わ、ちょ、どうし………佐天さん?」
佐天に目をやると、彼女は顔をくすんだゴムのように曇らせ、窓の外を呆然と見ていた。
「……何、あれ」
159 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 22:33:56.98 ID:VFF4OHfy0
その視線の先を、初春も追いかける。そこには、
「………………うそ」
空が、一面真っ白に塗りたくられていた。
160 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 22:37:22.89 ID:VFF4OHfy0
曇り空や雪空なんて生温いものじゃない。この世のものとは思えない無機質な白。既視感のある白。今この手の平に包まれている、白いカブトムシの色と限りなく近い色だ。
「これって、一体垣根さん何を」
その時だった。空の大地の切れ間に生えたビル群の奥、その向こうから眩い光の柱が天に向かい放たれた。それは次第に幅を広げ、周囲の景色を圧倒的な白でかき消しながらこちらに迫ってくる。
「ちょ、さて」
言いかけた時だった。全てが白に
161 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 22:48:41.67 ID:VFF4OHfy0
「……止めろ! 違う! 俺が、俺が望んだのは…………」
162 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/07(水) 22:51:04.34 ID:VFF4OHfy0
はい。ようやくここで折り返し地点です。年越しまでにもう一話投下したいと思います。それでは。
163 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:39:25.86 ID:o/Xfav+40
メリークリスマス! 投下します
164 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:41:46.11 ID:o/Xfav+40
…………………………。
「…………ん?」
初春は周りを見渡す。今、何か妙な閃光が目の前を走ったような気がしたからだ。
「気のせい、ですかね」
周囲の人間も別段変わった様子はない。気を取り直して初春は、目の前のパフェを平らげることに意識を移した。口角が次第に緩み、上に上がっていく。
165 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:47:18.29 ID:o/Xfav+40
時刻は午後13時30分。路肩に面したオープンテラスのカフェでは、遅めの昼食を摂る人々で賑わっている。今日の授業が午前中までだったのをいいことに、制服のままで来店し、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に学生カバンを置いている。
「う〜ん。やっぱりおいしい。まただれか誘いましょうか」
12月の緩い太陽の光が上から降り、クリームとアイスの部分がじわじわと溶けていく。すかさずその部分をすくい上げ、口に放り込む。ほどよい冷たさが舌に触れた後は、ひたすら甘い感触が口に広がる。それを繰り返している内に、すっかり完食してしまった初春は、満足げにため息をついた。
そろそろお会計を済ましてここを出ようと、カバンを取り、初春は立ち上がり歩き出そうとした。が、その時、
166 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:49:57.14 ID:o/Xfav+40
「うおっ」
「ひゃ、あ、すみません」
ドンッと、背後から来ている人影に気づかず、初春は彼にぶつかってしまった。その衝撃でカバンを地面に落とし、半開きだったチャックから中の荷物が外に飛び散った。
「あ、あわわ、ごめんなさい」
慌てて初春は散らかった荷物を拾い始める。筆箱、ノート、教科書、下敷き、文庫本。ぶつかった男も何も言わずにしゃがみ、共に荷物を拾う。
「おい。ほれ」
「あ、ありがー」
言いかけて初春は固まった。彼が手にしていたのはピンクの巾着。中身はもちろん、女の子の必需品だ。
167 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:51:48.02 ID:o/Xfav+40
「ちょ」
初春は目にも止まらぬ勢いでそれを取り上げ、鞄にしまい込む。恥ずかしさで顔を俯かせながら、横目でチラッと彼を見る。
「おいおいお嬢さん。悪気はねぇって。白昼堂々セクハラするほど飢えてねぇよ」
その軽薄な言い回しに若干イラつきながらも、初春は何か奇妙な感覚を胸に覚え、顔を上げ、男の顔を真っ直ぐ凝視する。
「悪かったって。あんまジロジロ見るなよ。何だ? 通報でもする気か? そういやその腕の腕章……」
「へ? あ、いや、そういうわけじゃないんです。まあ、周りを見てなかった私も悪かったですし、それじゃあ」
少し早口で言いながら立ち上がり、初春はレジへ向かおうとした。しかし途中で立ち止まり、ゆっくりと、振り向く。
168 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:52:47.76 ID:o/Xfav+40
「……あの、名前は?」
男も立ち上がり、彼女を見据えながら答えた。
「帝督。垣根帝督だ」
169 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:54:30.60 ID:o/Xfav+40
「……そう、ですか」
「何だ? 聞いただけか?」
「いや、その……それでは」
歯切れの悪い返ししかできないまま、初春はその場を後にした。彼は彼女が座っていた席に腰掛け、メニューを開こうとしている。レジで会計を終え、初春は店の外に出た。近くのバスを拾って、寮へ帰ろうとする。
ずっと、何かが引っかかっている。運命だとか恋だとか、そんなものじゃない、もっと言い表せない何かが。
170 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/25(日) 22:55:01.81 ID:o/Xfav+40
ちょっと休憩
171 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:04:13.45 ID:tI/ZwpR+0
…………………………。
その少年に親はいなかった。
物心ついた時は既に孤児院にいた。何てことはない、普通から吐き出された歪な子供達の収容所。その頃の彼は、職員たちの憐れんだ瞳が大嫌いだった。
しばらくして彼は学園都市の施設に移された。進んだ科学技術で脳を弄り、超能力という特殊な力を生み出すための街。彼はそんな力に興味はなかったし、何よりもそこに蔓延る大人たちの下卑た神経うんざりしていた。
唯一楽しかったのは、趣味で絵を描いている時だけだった。12色のクレヨンを使い分け、頭に浮かんだあれもこれも気の向くままに紙に落としていく。描いていたのはいつも、ここではない別のどこかのこと。
172 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:06:09.15 ID:tI/ZwpR+0
見たこともない場所の青空。
見たこともない並木道の木漏れ日。
見たこともない花束と、それを渡す見たこともない誰か。
見たこともない、家族との時間。
見たこともないことが彼の全てだった。空想こそ自分のいるべき場所だった。クレヨンは次第に欠けていき、部屋には用紙が散乱する。日に日に空想の限界が近づいている。訳の分からない機械で脳を弄られるより、この自分だけの現実が、行き詰まってしまいそうなことの方がよっぽど怖かった。
173 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:07:47.11 ID:tI/ZwpR+0
だがその心配は杞憂に終わった。遂に発現した自分の能力の強度が明らかとなったのだ。
超能力者。
能力名「未元物質」
それは間違いなくこの街の頂点。その中でも更に先を行く途方もない力。これからは紙の上じゃない。この世界を、思うがままに塗り替えられる。空想は、もう空想じゃなくて本物なんだ。このことを知った彼は、無邪気な全能感に浸り、多い喜んだ。
この空想のような力が、彼を更に現実の鎖で縛り上げていくことも知らずに。
174 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:10:07.57 ID:tI/ZwpR+0
寮に戻った初春は、制服のブレザーを脱ぎ、壁のハンガーに立てかけてベッドに腰掛けた。そこから何かを思い立ったように、バッグを開きノートパソコンを取り出し、机に置いて操作する。調べているのは、『垣根帝督』についてだ。
やがて画面には、検索結果が映し出された。
「超能力者……第2位。そっか。だから聞いたことあったのかも」
学園都市の学生のデータを網羅した『書庫』。そこに彼の名前も記入されていた。ただ、どういう能力なのかは閲覧不能になっている。彼の更に上の位、学園都市一位の『一方通行』も同様だ。
一応、初春は学園都市有数のハッカーなので見ようとすれば強引に見ることはできる。だが彼女はこれ以上深入りするのはやめ、パソコンを閉じた。
その時、カバンの中の携帯の着信音が鳴った。彼女は急いで応答する。連絡主は風紀委員の同僚、白井黒子だった。
175 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:13:35.81 ID:tI/ZwpR+0
「はいもしもし。どうしたんですか白井さん」
『初春? 良かった。無事ですのね。いや、気になって電話をかけただけですの』
「ああ……またですか?」
『ええ。今度は発火能力。まあレストランがぼや騒ぎになったぐらいなので良かったといえば良かったのですが』
「どうしたんでしょうねここ最近。能力の暴発だけじゃなくて、急に能力を使えなくなった人もいますし。まあどれも一過性のものなのが幸いですが」
数週間前から起こっている異変。能力者たちの能力の使用が不安定になっているのだ。死者が出るような惨事には至ってないが、初春も黒子も、能力を所持している身として気が気がじゃない毎日を過ごすこととなっている。
『風紀委員としてこれ以上の被害は未然に防ぐべきですが、こうも発生がランダムだと手の打ちようがありませんの。現場に駆けつけた頃には、能力もすっかり元通りというのがほとんど。イタズラにしても無差別すぎて意図が取れませんの』
「うーん。まあ私の方でも調べておきます。このままだと安心して眠ることもできませんし。あ、御坂さんは大丈夫ですか?」
『今のところは。お姉様に限らず、超能力者の暴走は特に聞いてませんの。ただ油断はできませんわね。もし寝てる間にビリビリされたら、たまったものじゃありませんの』
176 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:15:33.84 ID:tI/ZwpR+0
「白井さんは大丈夫なんじゃないですか? いつもビリビリされてますし」
『それとこれとは話が別ですの!』
ハハハと笑い、それじゃあと電話を切った。
「うーん……ここ最近の事件と何か関係が……」
そう思った初春は鞄の中に入れたUSBを探す。警備員とも協力して集めた、事件のデータが詰まっているのだ。
だが、
「……あれ? ない」
177 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:17:03.17 ID:tI/ZwpR+0
いやまさか、と思いながら執拗にカバンをまさぐる。だがない。逆さにして中身をベッドの上にばら撒き、探しても見つからない。冷や汗が額を伝う。
「………………あっ!」
思い当たる節はただ1つ。先ほどのカフェ。垣根とぶつかったあの時だ。
「あわわ、急がないと」
壁にかけたブレザーをもう一度羽織り、部屋を飛び出そうとする初春。だがその時何かが自分の眼に飛び込んだ。
178 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:19:39.06 ID:tI/ZwpR+0
「……あれ? これ…………」
先ほどベッドの上に放り出した荷物の中に転がった、小さな白いカブトムシのストラップ。一枚の白い羽毛が添えらたそれは、少なくとも持っていた覚えのないものだった。
「…………………………?」
何かの景品だったのか? 知り合いから貰ったのか? 考えても心当たりがないため、ひとまず初春は部屋を飛び出すことを優先とした。
誰もいなくなった部屋のベッドの上。白いカブトムシの瞳が、一瞬赤く点滅した。
179 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:22:26.84 ID:tI/ZwpR+0
…………………………。
停留所に到着したバス。扉が開き、そこから駆け足で初春は飛び出す。カフェまでおよそ5分。おそらく店員が預かってくれているだろうという淡い期待を抱きつつ、足を早める。
やがて店の姿が見えてきた。初春は少し立ち止まり、携帯で時間を見る。3時50分。店を出て2時間は過ぎている。太陽が暮れはじめた空の色を見て、彼女はまた走り出し、そして店へ到着した。
急いでレジの近くに駆け寄り、女店員に伺う。
「あ、あの、すみません。落とし物って届いてないですか?」
息を切らす初春に心配そうな顔で見ながら「残念ながら届いておりません」と返す女店員。絶望しかけたその時、あることに気づいた。
180 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:24:21.73 ID:tI/ZwpR+0
「……え? あ、嘘…………」
2時間近く前に自分が座っていたオープンテラスのテーブル。そこに座った人影が見えた。しかも臙脂色の学生服に身を包んだその後ろ姿は、明らかに彼だ。
初春は意を決し、彼に近づく。
「あの〜、もしもし、ちょっと聞きたいんですけど」
言い終わる前に、彼は懐からUSBメモリーを取り出し、背中越しに初春に見せた。彼女は安堵のため息を吐き、ありがとうございますと言いながらそれを取ろうとする。
181 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:26:12.74 ID:tI/ZwpR+0
「おっと」
しかし飄々とした声で彼はメモリーを再び懐に閉まった。初春の顔は一気に固まる。
「あ、あの、それ大事なデータが入ってるんですよ。早く返してくれませんか?」
「嫌だと言ったら?」
「……さっきセクハラされたことを独断と偏見による捏造を加えながらネットに載せます」
「おいやめろ。意外とキツいことすんなお前」
彼は振り返り、苦笑した。目つきは悪いが整った顔立ちに金寄りの茶髪。そして超能力者。ステータスは申し分ないのに、どこか精神的に欠陥のある残念な印象を初春は受けた。
182 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:28:46.49 ID:tI/ZwpR+0
「あの、垣根さん、ですよね? お願いだから返してください。落としたのは私の過失ですけど、それを返さないってのは筋が違いますよね」
「ほう。俺のこと調べたのか。嬉しいね。俺もお前のこと調べたぜ。風紀委員の初春飾利さん」
名前を呼ばれて、思わず背筋が凍ってしまった。何だこの男は。何故自分のことを調べている。
「そんな緊張すんなよ。確かに見ず知らずの男に素性を調べられんのなんてキモいと思うぜ? でもそれが俺みたいなイケメンだったら案外悪くねぇだろ。実に少女漫画的だ」
「……自分で自分のことをイケメンなんて言う人のことをカッコいいとも思いませんし、信用もできません。何なんですかあなた。何が望みなんですか?」
「辛辣だなオイ。別にとって食うつもりはないし、これを返さないつもりもねぇよ。ただ、ちょっとだけ協力してほしいんだ」
183 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:30:11.38 ID:tI/ZwpR+0
「協力? 」
「心配すんな。風紀委員にヤバい頼みはしない。それくらい分かるだろ。信じてくれとは言わねぇ。ただ黙ってついてきて欲しいんだ」
声色が急に冷静になった。拭いきれない疑念と恐怖に内心すくみながらも、どこに? と聞き返す。
「俺の指揮する組織、『スクール』のアジトにだよ」
184 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2016/12/26(月) 00:41:27.98 ID:tI/ZwpR+0
はい。年内はここまでです。今話が非常に分かり難くなっている気がするので、まとめるとこんな感じです。
1・白垣根と初春のお買い物デート。通行止めとも会う。
2・オリジナルに近い存在(バレーボール)の垣根が生きていることが判明。白垣根と一通で船の墓場へ。
3・船の墓場で垣根はフィアンマや戦神の槍、船の墓場の演算装置などを利用して「魔神の力の再現」に着手していた。そして魔神の力により世界改変。
4・改変された世界で初春と垣根が会う→now!!!
となっています。もしこの話を読んで下さっている方がいるのならとても嬉しい反面、鈍行投下に後ろめたさを感じています。とにかく新年度が始まるまでには終らせる予定です。時々レスを下さった方々、本当にありがとうございました。それでは、良いお年を。
185 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/12/27(火) 00:35:57.47 ID:d3fruQPA0
乙ー
こっちものんびり楽しんでるからペース無理せずにな
186 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 15:26:05.80 ID:+sus+FdC0
あけましておめでとうございます。
投下します。
187 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 15:28:49.67 ID:+sus+FdC0
「あ、おかえりっす。垣根さん」
「おう」
垣根に連れてこられた初春は周囲に目を配る。天井を支える円柱のオブジェが縁を囲み、中心の広場に4人分の円柱状の椅子と一台のテーブルのある空間。声が軽くこだまするほどの広さだ。
「あれ? 後ろのその子は?」
椅子の近くに居た青年が声かける。頭にUFOのようなヘッドギアをつけ、紫のジャケットを羽織っている。
「我がスクールに、少しお力添え願いたくてな」
垣根は誉れげに初春の肩を叩く。 初春は少しびっくりして、ビクッと震える。
188 :
出かけてました
[saga]:2017/01/22(日) 18:15:26.12 ID:+sus+FdC0
「あ、あの、私……」
「ん? あ、まぁ、慣れねぇのも仕方ねぇな。とりあえず座れよ」
言われるがまま、初春は丸椅子に腰掛ける。
「よし、まず自己紹介からだ。俺は垣根帝督。このスクールを仕切っているリーダーだ。こいつは誉望万化。能力はレベル4の『念動力』」
ども、と誉望は会釈する。
「あともう2人いるんだが……あいつらどこ行ったんだ?」
「さっき連絡入れたんでもう来ると、あ、あれ」
誉望が指差した方向から、2人の女性がやって来るのが初春にも見えた。
189 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 18:18:41.24 ID:+sus+FdC0
「遅ぇぞお前ら。新入り連れてくるって言ってたろ」
「し、新入りぃ?! ちょ、垣根さん? 話が飛躍してませんか? 私まだ何も聞かされないまま連れてこられたんですけど?」
思わず初春は叫ぶ。この男、余りにも勝手に話を進め過ぎだ。
「その辺は分かりやすいように伝えただけだ。心配すんな」
「あら。随分と可愛い新入りさんね。あなたの趣味なのかしら?」
「え? リーダーロリコンなんですか? 悪いんですけどわたくし、そういった特殊性癖は受け付けてなくて……」
「しばくぞテメェら。初春、右のドレス女は『心理定規』。本名を明かさねぇから能力名で呼んでいる。左のツインテールが弓箭猟虎。無能力者だが、狩猟技術に長けていてな。ウチの狙撃手を担当している。以上が、このスクールの面々だ」
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 18:20:18.64 ID:+sus+FdC0
「よろしく。お嬢さん」
「わ、わたくしのことはラッコと呼んでください! ぜぜ、是非!」
「え、あ、はい」
妙に近い距離でそう言ってきたラッコに初春はたじろいだ。3人が垣根の側に集まる。誉望は近くの柱に持たれ、心理定規とラッコは初春を挟むように両側の椅子に座る。
「はぁ……で、一体私に何を」
ようやく本題に入れると思い、初春は緊張で少し肩を強張らせる。
191 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 18:23:30.23 ID:+sus+FdC0
「簡単に言うとだ、俺の指示する研究所、その他施設の情報集めやセキュリティのハッ、いや、デジタル面での『補助』を願いたい。お前の得意分野だろ?」
得意そうに話す垣根。あの短い時間でそこまで自分のことを調べていたこの男に、消えない警戒心を持ちながら初春は返す。
「確かにそうですが、それで簡単に首を縦に降るとでも? 見ず知らずの他人の、よく分からない目的のために私の腕はあるんじゃありません」
「強気な女だな。だが尤もだ」
垣根は少し黙り、丁寧に言葉を紡ごうと思索する。
「……なあ、風紀委員ってのをやってて、この学園都市が本当に秩序を保っているのか、疑問に思ったことはないか?」
192 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 18:26:56.60 ID:+sus+FdC0
え、と初春は口から漏らす。それは自分だけではなく、他の風紀委員全ての課題でもあり、ジレンマだ。
「……秩序に完璧はありません。もちろん、この街にだって汚いところはあると思います。それでも私は、自分の正義に誇りを持って、職務を全うしているつもりです」
「風紀委員の鏡だな。だが結論が早い。それはまだ、この街の『本当の姿』を見てから試される台詞だ」
本当の姿。その言葉に、初春の背筋が小さく震えた。
「俺たちはそれを知っている」
4人の視線が初春を貫く。自分の大事な何かを試されているようで、彼女の喉が緊張で乾いていく。
193 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 18:29:30.77 ID:+sus+FdC0
「あの、じゃあ、学園都市に蔓延る黒い噂ってのは……」
「一概に全部、とは言えないが、中には本当のこともある。どれを知りたい? 教えてやろうか?」
「い、いや、その」
あの中のどれかが本物。一体どれだ?
超能力者のクローンの製造? 脳みそをケーキカットされた子供たち? 脳の視床下部を除いて全て機械化された少女? 身体を分断された結果魂まで分裂して機械に取り憑いたドッペルゲンガー?
知りたくない。どれも嘘であって欲しいのが本心だ。
194 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 18:42:57.09 ID:+sus+FdC0
「恐ろしいか? 自分が住んでいる街が、人の命を何とも思わねぇ外道の実験所扱いされていることが」
「それは……」
言葉を詰まらせた初春に、垣根は笑う。
「お前みたいな奴らを守るために、このスクールを築き上げたのさ。非道な実験を行う組織に歯向かい、この街に真の安寧を取り戻す。それが俺たちの役目さ」
誇らしげに両腕を広げた垣根を見て、周囲の3人も薄く笑う。
「で、でも」
「あ?」
195 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 18:44:18.73 ID:+sus+FdC0
「組織に歯向かうっていうのはその、まさか相手を殺したり、とか」
「…………ブッ」
「な、何が可笑しいんですか! 私だって怖いんですよ?! いきなり連れてこられてスクールだの学園都市の本当の姿だのって! はっきり言って全く話に付いてけてないんですから!」
吹き出した垣根に初春は吠える。
「アァ。悪りぃ悪りぃ。こいつメッチャビビって聞いてんなと思うと可笑しくて」
赤面の彼女を余所に彼は嘲笑する。そして、そのおちゃらけた空気を瞬時に取り下げて告げる。
196 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 19:20:04.31 ID:+sus+FdC0
「それだけはしないんだよ。俺たちは、何があろうと敵の命を奪うことだけはしない。俺たちがしているのは復讐じゃない。もう2度と、俺たちのようなガキを生み出さないための戦いだからな。だろ? お前ら」
振り返った垣根の問いかけ、誉望はぎょっとしながらも答える。
「まあ……そうっすね」
「適度にいたぶるくらいはしますけど」
「私は元々そういう野蛮なの趣味じゃないわ」
彼に続き、ラッコと心理定規も答えた。3人の答に満足した垣根は初春の方を向き、ゆっくりと話し出す。
197 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 19:22:48.18 ID:+sus+FdC0
「お前の力を貸してくれ。初春飾利。お前のその能力、そして、その正義心は必ず俺たちの役に立ってくれる。まだ信じられないのも、不安が消えないのも分かる。ただ、少し考えてほしいんだ。この街は、果たして自分が思うほど汚れていないのか、って」
……そんなことを言われたら、何も返せなくなる。初春はすっかり黙り、空間には沈黙が流れる。
不意に、右横から一枚のメモ用紙が渡された。初春はそっと受け取る。
「これ、私の連絡先。今すぐに答えを出せなんて酷でしょ? 今日はもう家に帰って、ゆっくり考えるといいわ。決心ができたら、私に連絡してきて」
メモを渡したのは心理定規だった。年齢は自分とそんなに変わらないはずなのに、自分より数段大人びたその雰囲気に少し落ち着きながら、初春は首を縦に振った。
198 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 19:28:20.55 ID:+sus+FdC0
「わわ、わわわたくしの連絡先も、この際ご一緒に、どうでしょうか?! 1年365日24時間、いつでもメールできます!!!」
「え? あの、さっきから距離が近すぎません?」
がっつきながらメモ用紙を渡してきたラッコに引き気味の初春は、冷ややかな声でそれをなだめる。
「おいラッコ。お前もうちょい考えろよ。初春ビビってんだろうが。友達作る前にまともな人との接し方覚えろ」
呆れながら自分を諭す垣根の方を振り返り、ラッコは何故か目を輝かかす。
「あ、あの、リーダー、それはつまり『俺の親友なんだからあんまり他に友達作ろうとするな』という嫉妬」
「どこをどう解釈してそうなった! 俺がいつお前の親友になったんだコラ!」
「分かってます。分かってますよ。照れ隠ししなくたって、リーダーの親友の座はこのラッコが絶対死守しますからあっ!!!」
そう言って、満面の笑みで抱きつこうとしたラッコを、垣根はサッと避け、彼女は何もない虚空を抱きしめることになった。
199 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 19:32:08.62 ID:+sus+FdC0
「その辺にしとけってラッコ。垣根さん嫌がってんぞ」
「あれ? 誉望さんも嫉妬ですか? でもごめんなさい。わたくし誉望さんはナシなので」
「だからお前のその基準なんなんだよ! 垣根さんも心理定規さんもこの子アリで俺はナシって!」
一向に自分だけ友達と認めない彼女に対し、誉望は悲痛に訴える。
「うーん。何というんでしょう。全身から溢れる小物臭というか、あ、はっきり言うと、顔がタイプじゃないんですわ」
「残念だな誉望。顔がタイプじゃないんだってよ」
「結局顔かよチクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
叫ぶ誉望をせせら笑う垣根に、哀れんだ目で見るラッコ。それを自分の横で無言で見つめる心理定規。初春は何だか可笑しくなり、つい笑ってしまう。
200 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 19:33:27.66 ID:+sus+FdC0
「初春さん」
「はい。何ですか垣根さん。改まって……」
201 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 19:35:15.08 ID:+sus+FdC0
呼び声に反応して垣根に返した初春。しかし、当の本人は怪訝な顔で彼女を見ていた。
「いや、呼んでねぇけど。どうした?」
「…………え?」
確かに今、彼の声がした。幻聴だったのか? 初春は急に怖くなる。
「あ、あの、ごめんなさい。今日はもう帰ります。あと垣根さん? ちゃんとUSB返してください」
202 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 19:38:10.89 ID:+sus+FdC0
ああ、ほらよとポケットから出したそれを受け取り、駆け足で初春はその場から去っていった。額の冷や汗を拭い、胸のざわめきを振り払うために、なるべく足を早めて。
「何だったのかしら。彼女」
垣根は無言で去っていく初春の背中を見ている。彼の目は、あるはずのないものが目の前に現れた時のような、その存在を否定する鈍い目つきだ。
「……まあいい。あいつのことは今は置いとこう。さて、次のターゲットのことを話すぞ」
気を取り直した彼はテーブルの方へ向かい、その上に事前に置いていた資料を手に取る。いつものように、人命を弄ぶこの街の闇を排除するための会議だ。
淡々と次のターゲット襲撃の計画を話す垣根を、誉望は凍った瞳でじっと見ていた。
203 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/01/22(日) 19:39:16.70 ID:+sus+FdC0
とりあえずここまでです。
204 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/02/13(月) 16:34:33.43 ID:LgZHcS3nO
支援
205 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 00:13:01.19 ID:hSGCA1RL0
レスありがとうございます!
投下します
206 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 00:15:01.49 ID:hSGCA1RL0
…………………………。
ずっと、不思議に思っていたことがある。
この翼は、何故能力を使う時に発動するのだろう?
日々の血濡れた実験の中で、彼はずっと考えていた。
207 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 00:17:12.86 ID:hSGCA1RL0
未元物質という、この世に存在しない物質を生み出す能力。深く考えずとも、科学の発展に莫大な利益をもたらすことが明白な能力。研究者たちは来る日も来る日もその能力の限界を探るための実験を続けていた。その内容は、まだ10歳にも満たない少年の精神を無残に擦り減らすには、十分すぎる非道なものばかりだった。
どれだけの耐久性を誇り、どれだけの応用が効くのか? 体のどの部分にどうのような負荷を与えれば、どの箇所から物質が生成されるのか? 研究者たちは持てる残虐全てを施し、彼の能力の限界を知り尽くそうとした。
そして研究者たちがこれほどまでに彼に貪欲になれた理由の一つが、彼の序列が「第2位」であったことだ。
実験彼を研究しようとする者たちの多くに、「第1位」の開発に頓挫し、恐怖と無力さに打ちひしがれた心を取り戻そうとする、要は「憂さ晴らし」の者たちもいたのだ。
208 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 00:19:35.05 ID:hSGCA1RL0
俺が「第2位」じゃなかったらこんな地獄は見なくてすんだのか?
あらゆる恐怖で磨耗した精神を、保とうとするプライドすら、その序列に打ち砕かれていった。
彼の心の闇は次第に色を濃くして行ったが、決してそれを表に出そうとはしなかった。彼は分かっていたのだ。自分のこの感情が、限りなく醜く、場合によっては自分を痛ぶってきたあの研究者たちより卑劣なものだと。
だからこそ彼は決心した。
11歳になる一日前、彼は自分を研究した研究所、全てを破壊した。
だが、1人の死者も出さなかった。
209 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 00:26:24.01 ID:hSGCA1RL0
彼は誓ったのだ。自分の中に巣食う心の闇に立ち向かうことを。そしてもう2度と、自分のような子供を生み出さないと。
俺のこの翼は、この街の闇を払うために与えられた力だ。
11歳になった午前0時。1人の天使が学園都市の夜空に羽ばたいた。
それから一年。彼は学園都市に蔓延る闇を片付けるために日々奔走していた。彼の名は街の暗部に広まり、命を狙われると同時に、畏敬の対象ともなっていた。
ある日、彼はこの街の統括理事長に「窓のないビル」に呼び出された。自分が正すべき敵の中で、最も強大な存在。彼は十分な警戒を払いつつ、敵意を与えない悠々とした態度で会談に臨んだ。
統括理事長が彼に推奨してきたのは、「自分をリーダーとした裏の治安維持組織の設立」だった。
既に人材も1人、用意している。その言葉と共に1人の少女が彼の前に現れた。
後ろでひとくくりにした、ウェーブのかかった白色の髪。真ん中だけボタンを留めた、赤と黒のチェックのジャケット。その下に黒いタンクトップ。下はカーキーのショートパンツとミリタリーブーツ。彼女は彼を一瞥し、すぐ目を逸らした。
210 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 00:31:08.52 ID:hSGCA1RL0
この出会いが、地獄の始まりだった。
211 :
遅くなりました
[saga]:2017/02/22(水) 22:17:13.15 ID:hSGCA1RL0
垣根が初春をスクールに勧誘して一週間後。18学区のとある研究所、その一室に、白衣を着た2人の男がいた。
室内にはデスクトップパソコンが5台。稼働しているのはその内の一台だけだ。その手前に座った茶色い顎髭の男に、20代前半ほどのメガネをかけた男がコーヒーを持ってきている。
「お待たせしました」
「うーい」
茶髭の男は手渡されたコーヒーを飲んだ。
212 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:18:20.84 ID:hSGCA1RL0
「あ、お前これコーヒーの豆違うぞ。おれケニアの方が好きなんだよ」
「ええ? それ言ってくださいよ。色んな種類あったんで、適当に一種類マシンに放り込んじゃったじゃないですか」
「前に言ったが?」
「え、あ……ホントですか?」
「次間違えたらタブレットでしばいてやる」
怒気と嘲笑を孕んだその一言に、メガネの男は軽く頭を下げた。
213 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:19:25.35 ID:hSGCA1RL0
「もう夜の9時過ぎか。そろそろ仕事も終わるし、今夜も飲みに行くか?」
「お、いいですね。ゴチになります」
「図々しい野郎だ。奢ってやってもいいが、その代わり酔い潰れるなよ?」
男のキーボードを打つ手が早くなる。もうすぐ業務から解放されるということが、肉体的にも精神的にも心地よい追い込みをかけている。
そこで、部屋のドアが開いた。
214 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:20:11.74 ID:hSGCA1RL0
「すみません。これ、どこに持っていったらいいですかね?」
同じ白衣を着た研究員の1人が、カートを押しながら部屋の中に入ってきた。
「おう。あ、それはまだ使うから、3階の保管室に持って行ってくれ」
男はそう言われ、カートの上に乗っているものに目をやる。
215 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:21:19.29 ID:hSGCA1RL0
丸い容器に透明な液体と共に入れられた、人間の脳みそ。
216 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:22:59.64 ID:hSGCA1RL0
左右に3個ずつカートの上に置き、6個になった上に同じように重ねたものが3段。合計18個の脳みそが、そこに乗っていた。
「分かりました」
男はカートを連れて部屋を出て行った。
「あれ今日の実験で死んだ『置き去り』たちの脳みそですよね? まだ使うつもりなんですか?」
「お前知らないのか? 能力者の脳っていうのは色々使えるんだぞ? 脳を巨大化させて能力そのものを強化する、なんて実験もあったくらいだしな」
「へー。やっぱり流石ですね学園都市」
適当な相槌を打っていると、茶髭の男が大きく息を吐いた。
217 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:24:57.53 ID:hSGCA1RL0
「よっしゃ! 今日の仕事終わり! さーて、飲みに行くか」
パソコンの中のデータを保存し、画面を切って椅子から立ち上がる。メガネの男もそれにつられてゆっくり立ち上がった。
「でも先輩、奥さんとか子供とかは大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫! 休みの日はしっかり家族サービスしてるし、ちょっとくらい遊んでも咎められないって。あ、これ見てくれよ」
茶髭の男は携帯を取り出し、その中の写真を開く。サッカーのユニフォームを着た7歳ほどの少年を抱える、幸せそうな茶髭の男の写真だった。
218 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:26:20.43 ID:hSGCA1RL0
「これ息子さんですか?! 随分大きくなりましたね。もう何歳ですか?」
「今年7歳。この間行きたかったサッカーの試合のチケットがようやく取れてな。家族で行ってきたんだよ。もう大盛り上がりでなぁ」
「へぇ。息子さんも楽しそうですね」
「だろぉ? こいつ最近サッカークラブに入ったんだよ。子供ってのは、目を離すとどんどん大きくなっていくんだよな。この前まで碌に立つこともできなかったと思ったのに、もうこんな立派に」
楽しそうに、息子と一緒に取った写真をスライドしていく茶髭の男。写真はどれも、仲睦まじい親子の触れ合いだ。
219 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:28:44.58 ID:hSGCA1RL0
「子供っていいですね。俺も早く結婚したいなぁ」
「おう。嫌なこともたくさんあるが、毎日が新鮮だぞ。もし結婚して、子供が産まれたら、死ぬ気で大切にしろよ? 人生の先輩としての忠告だ」
よし、行くか。と茶髭の男の合図で2人はドアの方に向かおうとした。が、そこでドアが開いた。
「あ? なん」
言い終わる間も無く、先ほどカートを押していた男が2人の方へ吹っ飛ばされてきた。2人は避けようとしたが間に合わず激突し、3人まとめて先ほどまで電源の付いていたパソコンの右隣のパソコンに音を立てて突っ込んだ。
220 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 22:33:33.95 ID:hSGCA1RL0
「ゴールッ。悪りぃな。サッカーの話してたからよ。つい足が出ちまった」
開かれたドアの向こうには、蹴りのポーズを構え、不敵な笑みを浮かべる青年がいた。長髪で端正な顔たちの青年は、倒れ込んだ3人を余所目にこの場を去った。
「な、何が……」
頭から流血する茶髭の男はそう呟く。すると、右上からヴンッという音がした。男はなんとかその方向を見る。
「なっ…………」
台の上に並んだパソコン全てが、勝手に起動していた。しかも画面上には赤い縁で囲まれた「WARNING」の表示が、爆発的に増殖している。現状を全く把握できていないが、一つ確かなのはこのパソコンの中のデータはどれも、2度と使用できないということだけだ。
「そん……なっ」
屁のようなか細い声を漏らし、茶髭の男はそこで気絶した。
221 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:35:52.63 ID:hSGCA1RL0
※
「クッソ! どうなってんだよ! 外部に連絡が通じないぞ!」
廊下を走る20代半ばのショートヘアの男研究員は声を荒げる。彼の側ではブロンドの髪の女研究員と、眼鏡をかけた黒髪の女研究員が並走している。
「落ち着いて。ひとまずここから外に出て、そこから通信が繋がるか調べればいいのよ」
苛立つ男を落ち着かせ、3人は研究所の裏口へと向かった。たどり着いた場所には実験用の機材を積んだコンテナが大量に積み重なっており、その先にトラックの搬入口がある。3人はコンテナの間を走り抜けていき、そこから脱出しようとした。
「ガアッ?!」
しかし、突如男は左肩から血を流し、前方に転んだ。女二人は愕然とし、ひとまず彼を介抱する。
222 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:39:57.48 ID:hSGCA1RL0
ブロンドの髪の女研究員が彼を肩に掲げ、コンテナを背に辺りを見渡す。金属のひやりとした感覚が背中に走った。
(潜んでる。この周辺に、間違いなく狙撃手が)
こうなると、この裏口からの脱出は諦めた方がいい。大勢で一気に突っ込めば何人かは脱出できるかも知れないが、そんな博打にかけられるほど彼女らの精神は強くなかった。
「ここからは離れた方がいいわ! 行きましょう」
メガネをかけた女二人は研究員は頷き、男の方もうう、と唸りながらも首を縦に降る。3人は元来た道を戻ることになった。
コンテナの影。チェストリグを身につけたツインテールの少女が静かに笑っていた。
223 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:41:40.91 ID:hSGCA1RL0
※
「正面玄関や、他に逃げ道につながるような場所には防火シャッターが降ろされている。唯一の出口だと思ったあそこにも狙撃手が配置されている。マズイわ。完全に外部から隔離されてしまった」
先ほど裏口で狙撃された男を引き連れながら、廊下を走るブロンドの髪の女研究員。横のメガネの女研究員が口を開く。
「にしても、ここまで即座に施設のネットワークを丸ごと掌握するなんて、一体どんな凄腕」
その時、傍に妙な気配を感じた。彼女は立ち止まる。
224 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:43:09.82 ID:hSGCA1RL0
「何? どうかしたの?」
「いや……何か今、誰か通らなかった?」
「何言ってんのよ。早く行くわよ!」
気のせいかと思い、彼女らは去っていた。それを見計らい、何もない場所から突如人影が現る。
「……気づいてないみたいっすね。流石に気配までは消せないのが難点か」
225 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:44:43.59 ID:hSGCA1RL0
現れたのは誉望だった。念動力により自身を透明化し、研究所内に進入していたのだ。そのまま手渡されたマップを頼りに目的地の扉の前までたどり着いた。鉄製の厳重なロックのかかった扉だ。『彼女』によると、既にロックは解除しているらしい。彼は難なくその開閉ボタンを押した。
空気の抜ける音が響き渡り、扉が徐々に開いていく。現れたのは、白いパジャマを着用した子供たちだった。病院のような白いベッドが並行に並び、何十人もの子供がその上で寝ている。扉の空いた音と、誉望の存在に気づき何人かが目を覚ました。
「お兄ちゃん、誰?」
それを区切りに次々と子供たちは目を覚ましていく。彼らに向かい、誉望は宣言した。
「『スクール』の誉望万化だ。お前たちを、ここから救いに来たぞ」
226 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:46:13.39 ID:hSGCA1RL0
※
一方、四方を白い壁に囲まれた実験室をガラス越しに携えたオペレータールームでも、混乱が湧き上がっていた。外部からのクラッキングにより、実験データは全て破壊された上、外部との連絡も取れなくなってしまったのだ。
そこに、先ほどの3人組が帰ってきた。
「おい、お前どうしたんだ?! 肩から血が出てるぞ!」
「裏口から逃げようとしたんだけど駄目だったわ。狙撃手が潜んでる」
「そんな……」
その場の研究員たちは皆悲壮な表情を浮かべた。
227 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:50:40.81 ID:hSGCA1RL0
その時だった。ドアのある後方の壁が大爆発を起こし、瓦礫と旋風を周囲に撒き散らした。研究員は皆風圧に押され、後ずさり、7名中3名がその場にへたり込んだ。
「な、何……」
ブロンドの髪の女が、粉塵の中からこちらにやってくる人影に目をやる。
「よお。夜遅くまでクソ仕事ご苦労さん。残業大変だなオイ。安心しろ。明日からしばらく休業だ」
皆は目を疑った。こちらに迫り来る男の背中には、神々しく光る6枚の白い翼が顕現していたのだ。青い月の光を凝縮して作られたような翼。そこから放たれる輝きは、冷酷に彼らに降り注いでいる。
「心配しなくても、殺しはしねぇよ。ただ、自覚はしてもらうか。罪のねぇ子供たちを平気で実験と称して弄り、何千人の命を奪いながら平気で日常を生きようとする、お前たちの歪んだ邪悪さを。そのためには、多少、痛い目にあってもらうぜ」
皆は目の前の脅威に震え上がり、逃げるどこらかまともな思考すら放棄し、ただその場から動けずにいた。
彼らが意識を失う数秒前、その天使は、不敵に笑った。
そして、蹂躙が始まった。
228 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:53:06.02 ID:hSGCA1RL0
※
エンジンの音を鈍く鳴らしながら、一台の大型トラックが、夜の高速道路の上を走っている。運転しているのは、スクールの狙撃手、弓箭猟虎だ。
「ったく。いくら操縦できるとはいえ、か弱い女子にこんな任務任せないでほしいんですが。こんなの誉望さんで十分な気が」
「誉望さんは子供たちを救出をして、心理定規さんと一緒に荷台の彼らの心のケアをしてるんですから。仕方ないですよ」
「そんなのわたくしでも十分じゃないですか。それに、私は狙撃手としてじゃないといまいちモチベーションが上がらないんです」
「いや、猟虎さんに対人の任務は……」
229 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:56:35.47 ID:hSGCA1RL0
「ん? なんか言いました? 初春さん」
「何でもないです」
そして、助手席に乗っていたのは初春飾利だった。膝下にノートパソコンを置いている。画面の中には、先ほどまでのクラッキングを表す文字列が並んでいる。
「しかし、初春さんもここに入ってもう一週間近くですか。今回も見せてもらいましたよ。流石学園都市有数のハッカーですね」
「いやぁ……役立っているなら幸いです。でも、私の活躍なんかより、何人救えるかの方が大事ですよ」
初春はパソコンを閉じ、助手席から見える学園都市の夜景に目を移した。大小様々な輝きを放つ街の姿に、次第に心に平穏が蘇ってくる。
230 :
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[saga]:2017/02/22(水) 22:57:49.90 ID:hSGCA1RL0
「初春さん。あんまり思いつめない方がよろしいのでは? 手の届かない場所の理想や悲劇に嘆くより、今あの子たちを救えたっていう現実を喜びましょうよ」
猟虎のフォローに、表情の暗さが少し払拭される。初春はありがとうございますと告げた。
(ホント、話しやすくなったな。猟虎さん。心理定規さんが心の距離調節してくれて助かった)
最初の頃は、佐天がよりタチの悪くなったような異常な距離感で接してきたので、初春はとても鬱陶しがっていた。それを見かねた心理定規が、彼女に助け舟を渡したのだ。
231 :
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[saga]:2017/02/22(水) 23:01:11.21 ID:hSGCA1RL0
垣根に勧誘された翌日、初春は心理定規のアドレスに返信を送った。『あなたたちがどんな組織なのか、この目で見たい』と。すぐさまスクールのアジトに呼ばれた初春は、彼らの言うこの街の闇、常軌を逸した実験の記録に目を通した。
(あれが、この街の抱えた闇。知らなかった。知りたくもなかった。私は、風紀委員として学園都市の治安維持に貢献していると、ずっと信じていたのに)
今もこうして、思い出す度に悔しさと不甲斐なさで胸が潰れそうになる。人を人とも思わない残酷な科学の上に成り立った、薄皮の平穏の上で正義を振りかざしていたなんて。
彼らの言う通りだ。この街には、風紀委員だけでは太刀打ちできない大きな悪腫が巣食っている。自分の誇りと、何より何の罪もない子供たちを守るため、初春は彼らと共に行動することを決めた。
232 :
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[saga]:2017/02/22(水) 23:03:02.18 ID:hSGCA1RL0
最初の任務の日。初春はスクールの面々と共に訪れた研究所のシステムを一気に掌握し、あっと言う間に施設の制圧への王手をしかけた。この働きぶりには垣根も予想外だったようだ。
そして10分も経たない内に、その研究所は徹底的に破壊された実験用の機材と、痛めつけられた研究者たちで溢れかえる『ただの箱』同然の施設となった。
だが、怒りに任せた強引な特攻を終えると、初春の身に蘇ったのは戦慄だった。やってしまった。もう後には引けない。自分は今、この街の闇に宣戦布告をしたのだ。いつ命を狙われてもおかしくない、そんな張り詰めた状況に自分を追いやったのだ。
そんな彼女の肩を、任務を終えた垣根は軽く叩いた。
よくやったな。心配すんな。お前の命は、リーダーである俺が守る
彼はそう言い、初春はそこで彼らと別れ、初日の任務は終了した。
233 :
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[saga]:2017/02/22(水) 23:06:52.38 ID:hSGCA1RL0
(……あの時決めたんです。この人たちを信じようって。この街の闇の中で培った、スクールの望む正義に賭けてみようって)
よく考えてみればおかしな話だ。会って間もない連中と、殺人を犯さないとはいえ限りなく法の範囲を逸脱した行動を取っているなんて。自分の行動は、人からすればあまりに不用心で、善意を信じ過ぎる未熟な情熱の暴走のように思えるかもしれない。
(白井さんや御坂さん。固法先輩。そして、佐天さん。ごめんなさい。今はまだ何も言えないけど、私は、この人たちについて行きます)
それでも、彼女はこの道を選んだ。それが正しいか、間違っていたか、それは後から知ればいい。ただ一つ確かなことは、この街には、不条理に巻き込まれて命を落とす罪なき存在がいるということだ。なら、それを知った上で見過ごすことなど、初春飾利の信じる正義ではなかった。それだけだ。
初春はポケットの中の携帯が震えるのを感じ、取り出した。垣根からのメールだ。任務完了の四文字と、半壊状態の研究所の写真が添付されていた。初春は何も言わず、画面を閉じた。
234 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/02/22(水) 23:08:04.75 ID:hSGCA1RL0
ひとまずここまで。次は3月始めに投下予定です。
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