モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13

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242 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/08/04(木) 21:31:20.80 ID:atL2PMrF0
おつでして
やべぇ、戦争だわ…演説とか特に戦争っぽいわ…モブに厳しい高速道路はクレイジータクシーか何か?
いやはや、ヒーロー同盟本部襲撃はやばいっすねぇ…この惨状だと勝って撤退させても暫くは叩かれそう…くるみちゃんもなんやかんや実力はありそうだなぁ…
ネバーディスペアのほのぼのがぶち壊されてしまったのは…そういう運命なのかな?
そんでもってヤイバー甲さんは奈緒の亜種系列にひどい目に合わされるの二度目じゃないっすか…(白目)
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/27(土) 02:37:20.75 ID:y3hZJXbEo
保守
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/22(木) 00:59:38.85 ID:BZhIxQkw0
ほーしゅ
245 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:29:11.65 ID:gnJ6FtKW0
投下します(生存報告)
246 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:32:01.48 ID:gnJ6FtKW0


京華学園の遥か遥か上空、もはや宇宙空間と言って差し支えないほどの上空。

一台の巨大な宇宙船から、ヘレンはそれを見下ろす。

ヘレン「なるほど……あれが地球のフェスティバルね、なかなか賑わっているじゃない」

宇宙酒のグラスを傾け中身を飲み干したヘレンは、パキンと指を鳴らした。

ヘレン「アステリオーズ、メモリック」

アステリオーズ「グルル……」

メモリック「お呼びですか、マム」

ヘレンの呼び出しに応じ、迷宮怪人アステリオーズと記録怪人メモリックが姿を現した。

ヘレン「方法は任せるわ、あのフェスティバルを更に盛り上げていらっしゃい」

アステリオーズ「グオオ!!」

メモリック「御意に」

部屋を去る二体と入れ替わりに、ヘレンの側近であるマシンが入ってきた。

マシン「マム、失礼します」

ヘレン「あら、何かしら?」

マシン「旧友の方から惑星間通信が入っております」

ヘレン「旧友? まあいいわ、繋ぎなさい」

ヘレンの言葉にマシンは「イエス、マム」と短く返し、室内のモニターを点ける。
247 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:33:44.42 ID:gnJ6FtKW0
??『いっよーぅヘレンちゃーん!! 相変わらず宇宙レベルかぁーい!?』


ヘレン「切りなさい」


マシン「イエス、マム」


??『どおお!? ちょちょちょちょっと待ってくれよヘレンちゃんよぉ! ちょーっとふざけただけだろお?』


モニター越しにおどけてみせる男。


24時間グダグダ煮込んだホウレンソウのようなウェーブの緑髪。


丸々3日履き続けたお父さんの靴下のようにだらしなくくたびれたウサ耳。


そして顔の右半分を覆う、レトロな雰囲気を醸し出す鉄仮面。


ヘレン「……で、一体何の用かしら、UP?」


ヘレンは珍しく少し不機嫌な顔をモニターの男……奴隷商人UPへ向けた。
248 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:36:07.61 ID:gnJ6FtKW0
UP『いやあ、ちょっとマルメターノの野郎への復讐と素材の仕入れを兼ねて地球の愁炎絢爛祭っつー祭に来るつもりだったんだがな? うっかり宇宙警察の犬どもに取り囲まれちまって……あ、もちろん俺が勝ったんだぜ? でもちょーっとスレイブニールの方が傷ついちまってな? 困り果てて宇宙図を見たらワァオ! 地球のすぐそばに旧知の仲たるヘレンちゃーんの宇宙船があるじゃないの! これは最早神の思し召しでしてーっつー事で修理用の資材わけてくんねーかなーって通信かけたんだけど……ってあらら? ヘレンちゃん? 聞いてる?』


ヘレン「……ええ、『不幸にも黒塗りの高級宇宙船に追突してしまう』って所まで聞いたわ」


UP『全く聞いちゃいねぇーっ!! ズッコー!!』


往年のギャグマンガのような動きで盛大にズッコケるUP。


よく見ると足の裏に強力なスプリングが仕掛けてある。


この為に追加したのだとしたら、努力の方向音痴と言うほかないだろう。


ヘレン「冗談、ちゃんと聞いていたわ。わけてあげてもいいけど、タダとはいかないわ」


UP『モチのロンだぜ! 俺様特製プロデュースの奴隷五体をロハで……』


ヘレン「いらないわ、あんな悪趣味なオモチャ」


UPの言葉をヘレンが遮る。


UP『へっ?』


ヘレン「その代わり……例のコア、一つもらおうかしら。持っているんでしょう?」


UP『例のコアって……ちょちょっ、マジかよ!? アレは生産終了再販予定無しの激レアもんだぜ!? そもそも何で持ってるって知ってんの!?』


ヘレンの言葉に、UPは身を乗り出し驚いた。


勢いあまって顔面をモニターに激突させたその様は、まるで何とかクリムゾンとかいうロックミュージシャンのCDジャケットのよう。


ヘレン「嫌ならいいわ。そのオンボロ宇宙船で地球まで来ることね」


UP『ぬうう……よーし分かった! その代わり資材はバッチシ頼むぜヘレンちゃん!!』


CPU『マシンちゃん、一応現在座標と故障状況を転送しておくわねぇ』


マシン「助かります、CPU」
249 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:40:03.40 ID:gnJ6FtKW0
UP『じゃ、また会おうぜヘレンちゃんよお!!』


謎の決めポーズと共に通信を終了させるUP。


ヘレン「はあ……マシン、奴の宇宙船が地球に到達するまでの時間は?」


軽く溜息をついて、ヘレンがマシンに問いかける。


マシン「CPUから転送されたデータで計算しました。約167時間20分後と推測されます」


ヘレン「6〜7日後、ね」


マシン「イエス、マム」


室内に一時の沈黙が流れる。


ヘレン「……間に合わないわね、祭」


マシン「間に合いませんね」


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250 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:41:19.36 ID:gnJ6FtKW0
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京華学園、地下通路。


アステリオーズ「グルル……」


メモリック「転送完了。現在座標x581688、y401190、z-15078。京華学園地下と判断」


アステリオーズと共に転送されたメモリックが現在地を照合していた。


メモリック「ではアステリオーズ、早速開始です」


アステリオーズ「グオオン!!」


アステリオーズが両拳を頭上で激しく打ち付けると、そこから青白い火花が舞った。


火花は彼の角の間へ舞い降り、そこで更に大きく、激しく輝きだす。


そして火花が直径1mほどの大きさになった時、アステリオーズは叫んだ。


アステリオーズ「ビルド・ラビリンス!!!」


直後、火花は幾つもの光の筋となって散らばり、地下通路全体を照らしていく。


すると、信じられない事が起こり始めた。


ズズズ……


ゴゴ、ゴゴゴゴゴ……


光の当たった壁が、重低音を響かせながら動き始めたのだ。


やがて重低音は地下通路中を埋め尽くすほどに響き渡り……。


アステリオーズ「グオオ!」


数分と経たない内に、地下通路内部は巨大な迷宮と化した。


メモリック「……申し分ないですね。では続けて御招待を」


アステリオーズ「グルル…グォォォォォォ!!」


続けてアステリオーズは腕組みし、大きな雄叫びを上げた。


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251 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/09/25(日) 22:42:55.58 ID:gnJ6FtKW0
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ほたる「あれ? 巴ちゃんいないね……お手洗いかな?」


乃々「で、でも、お好み焼き焦げてますけど……」


エマ「なんか急にパッと消えたみたいな感じだなー」


――――


部員「ねー、キャプテンいたー?」


部員「いないよー。どこ行ったんだろ?」


部員「スタンプラリーの3ポイント希望してる人結構溜まって来てるのになあ…」


――――


忍「あ、伊吹ー! 沙紀いた?」


伊吹「こっちにはいなかったよ。どこ行ったのかな……」


忍「ほんの数秒だったよね、沙紀と離れたの……」


――――


モブヒーロー「ルーキートレーナー? ルーキートレーナー応答しろー?」


モブヒーロー「昼寝でもしてんじゃねえの?」


モブヒーロー「かもな……まあいいや、アイツの仕事料が減るだけだ。俺たちだけで警備に行こうぜ」


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252 : ◆3QM4YFmpGw [sage saga]:2016/09/25(日) 23:03:54.77 ID:gnJ6FtKW0
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地上で次々と行方不明になる人々。

それが原因となり、学園祭のあちこちで小さな混乱が起こり始めた。

言うまでもなく、犯人は怪人アステリオーズだ。

メモリック「良い調子です、アステリオーズ。景気付けにもう何人か……む?」

言いかけたところでメモリックが振り向く。

『オ゛ォオ……ォア゛……』

そこにいたのは、山羊……のような姿をした怪物だった。

泥の体を引きずって、ゆっくりゆっくりとこちらへ向かってくる。

メモリック「……解析完了。体表の構成物質からカースと断定。交戦による我々へのメリット無し。彼我機動性差、圧倒的」

淡々と分析するメモリック。

メモリック「奴をまきますよ、アステリオーズ。マムから賜った任務、邪魔をされるわけには……」
253 : ◆3QM4YFmpGw [sage saga]:2016/09/25(日) 23:05:06.45 ID:gnJ6FtKW0
アステリオーズ「グオオオオン!!」

メモリック「アステリオーズ!?」

直後、アステリオーズはメモリックの指示を無視して山羊のカースへと襲いかかった。

右の拳が、固く握り締められている。

メモリック(……まあ、いいでしょう。たかがカース如き、即座に始末して任務に戻れば……)

冷静さを取り戻し、アステリオーズの背中を見守るメモリック。

それがメモリックの誤算だった。

目の前にいるカースを、『たかがカース如き』と判断した、彼にとって最大のミス。

アステリオーズ「グオ……!?」

カースを殴りつけた途端、アステリオーズの体が硬直する。

そして一瞬の後、カースの泥がゴボゴボと湧き出し、みるみるうちにアステリオーズの体を包んでいく。

メモリック「!?」

アステリオーズ「グオ、オオオオオ!!」

メモリックが呆気にとられている間に、アステリオーズの体は完全に泥の中へと消えた。

メモリック「か、解析不能……!」

『ア゛ォオァア……』

そして、アステリオーズを飲み込んだカースがボコボコと姿を変えていく。

それはまるで、漆黒に染まったアステリオーズそのもの。

しかし、頭は山羊のそれという、完全なる異形だ。

『…………』

やがてアステリオーズを飲み込んだカース……『退廃の屍獣』は、ゆっくりとした足取りで何処へともなく歩き出した。
254 : ◆3QM4YFmpGw [sage saga]:2016/09/25(日) 23:06:56.71 ID:gnJ6FtKW0
メモリック「な、なんという事……」

この迷宮はアステリオーズが造り出したたもの。

すなわち、解除出来るのもアステリオーズのみ。

メモリック「……帰還装置、正常稼動確認出来ず……」

アステリオーズの迷宮は中の者を永遠に閉じ込める。

魔法であろうと科学であろうと、この迷宮の中では意味を成さない。

メモリック「……このままでは……」

戦闘能力を持たないメモリックに、退廃の屍獣をどうにかする事など出来はしない。

彼はただ、祈るしか出来ない。

迷宮内に呼び込まれた者たちが、奴を倒す事を。

完全に制御不能となった、迷宮の番人を……。

続く
255 : ◆3QM4YFmpGw [sage saga]:2016/09/25(日) 23:14:17.66 ID:gnJ6FtKW0
○イベント追加情報
地下通路が迷宮化し、巴、渚、沙紀、慶をはじめ複数の人間が転移させられました。
アステリオーズを取り込んだ退廃の屍獣を倒せば元に戻ります。

はい、というわけで長らくお待たせしました(白目)
エマ以外全員お借りしました(横着)
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/26(月) 00:47:57.89 ID:JU660YJ5o
おっつし
新イベかー!
257 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/09/26(月) 03:14:27.89 ID:wUTs2tK40
おつでして
なんだか大変なことになっちゃってるぞ(恒例)
戦闘能力とは言えない能力持ちの子が不安ですねぇ…
というか絶対強いじゃないですかやだー!
258 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:33:45.16 ID:XpqCf+ph0
お久しぶりです。
こちらも投下しますねー
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/05(水) 23:35:19.25 ID:XpqCf+ph0
カースに乗っ取られた戦車から逃げ切った私達は、地図を開いて現在の位置を確認していました。

「このコンビニがここにあって、ちょっと先にこの建物があって……ん? これは信号機の柱か?」

憤怒の街は現在封鎖中なので、GPSとか言った端末からの情報はすべて機密扱いでシャットアウトされています。

なので、紙の地図で現在位置を特定しているのですが………。

憤怒の街の内部は至る所で建物などの損壊が目立ちます。

中には倒壊したりしている建物もあって、おそらく被害を受ける前の状況とは異なっているだろうと、ポストマンさんが言っていました。

なので、ランドマーク的なものが地図に記してあっても、実際に見た時にそれがない。といったこともありました。

特に中心に近づくにつれて、心なしか先ほどよりも建物の壊れ方が激しいように感じます。

「それなら………今は大体この辺か?」

そういって、ポストマンさんが地図のある地点を指さしました。

「ここからだと、この先にある病院を抜けていったほうが近いか?」

「いや、そうは言うけどさ………」

そういって、全員がはぁとさんが指をさしたほうへと向きますが………

「あの先、なんかすっごい茂ってるんだけど☆」
260 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:38:23.41 ID:XpqCf+ph0
(やばい、手違いであげちゃった……ごめんなさい。ちなみに、上の>>259は私です。)
===============================================================

はぁとさんが指を指す方向には、青々と茂った自然がありました。

砕けたアスファルトの道路には、雑草が所々に生えていたり、アスファルトがはがれたところにはきれいな水が溜まっています。

がれきには緑の苔のようなものがついていたり、崩壊した建物には蔦が絡みついていました。

所々に木が生えており、元は街路樹であっただろう木も、成長しすぎたのか、根っこが歩道のアスファルトを砕いていました。

………まるで、あそこだけは数百年も手が付けられないまま、自然に飲み込まれた遺跡のようでした。

そして、何より目立つのが………

「なに、あの大きな木………?」

凛さんがそう口を漏らした通り、あの先にはひときわ大きい木が見えました。

そんな光景を見た私達の反応は様々でした。

「ふわぁ〜………!」とチカちゃんがただ驚き、

「なんじゃこりゃ………なんじゃこりゃ………」とポストマンさんが呟き、

「あの木の上とか登れたら、とってもスウィーティーな光景が見られそう☆」とはぁとさんがワクワクしながら言い、

「サンプルとか、回収できないかな?」と凛さんが言い、

「こんな光景は、遺跡惑星に手紙を届けて以来ですねっ!」と、私が思ったことを口にしました。

「………遺跡惑星?手紙を届ける?」

なぜか凛さんが食いついてきました。

「へっ?」

「ユウキちゃん、それどういうこと?」

ど、どうしましょうっ。 墓穴を掘ってしまいましたっ!

「ええっとっ、そのっ、今のは言葉の綾といいますかっ!
あっ、そうですっ! とある映画のワンシーンでこんなシーンがあったなぁ、とっ!!」

「ふーん、そうなんだ」

ふうっ、何とかごまかせたようですっ。
261 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:40:14.50 ID:XpqCf+ph0
「でも、あんな木、ここにつく前には全く見えなかった気がするんだけど?」

と、凛さんは疑問を口にしていました。
あっ、ちなみに、簀巻きの状態からは解放してあげました。
さっきの急発進とかでぶつけちゃったりして痛そうだったので。

「………そういえば確かに見てないな? 建物が邪魔で見えなかったのかもしれないが………」

「でもこんなおっきい木なんか、普通、見逃さないと思うぞ♪」

確かに、こんなに大きい木だったり、草木が生い茂っているところなんて、遠目にもわかるかなと思うのですけど………。

草木とかは建物の影とかに隠れていたでまだ納得はしますが、大きい木はごまかしきれません。

「………なんか、また厄介事に巻き込まれた気がするんだが?」

「はぁともそう思う☆」

と、ちょっと虚ろな目でその方向を見ているはぁとさんとポストマンさん………。

「まぁ、それはいつものことだからいいとして、ユウキちゃんが目指している目的地はあっちの方向だがどうする?」

そうポストマンさんが尋ねてきました。

「行きますっ。手紙を届けてほしい場所がそこにあるのなら、私はそこに行くだけですっ」

手紙を必ず届けるのが、メッセンジャーの役目ですからっ!

その言葉を聞いて、凛さんが「ん?」って頭をかしげて、私に尋ねました。

「え?手紙?」
262 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:42:11.53 ID:XpqCf+ph0
「はいっ! 私は手紙を届けるために、この憤怒の街に来ましたっ!」

「えっ?」

凛さんがなんだか凄く驚いたような顔でこっちを見ています。

「………なんで手紙を届けるのに憤怒の街に来てるの?」

「依頼人さんが憤怒の街にある家に届けてほしいって言ったからですっ!」

「………どうやって憤怒の街に入ったの?」

「はぁとさんに頼み込みましたっ!」

それを聞いて、凛さんがはぁとさんのほうに顔を向けました。

「いやだって、ユウキちゃん、すっごい勢いで頼み込むんだもん♪
憤怒の街の中に入りたいって聞かないし、その依頼人の話をして泣かしに来るし、
最後にはこっちが折れちゃった☆」

「えへへっ」

その話を聞いた凛さんは、どこか呆れた顔をしていました。

「………あんたも大概だよね?」

………なんだか腑に落ちませんが、わかってくれたならいいですっ。 先ほどの件は忘れませんがっ!

「………ところでさ、ユウキちゃん」

「なんですかっ?」

「さっき、私の携帯を見てたよね?」

「はいっ。 あの時はありがとうございましたっ」

「いいよ。 ああしなきゃ、私も死んでたし。
 でも、それで、チカちゃんのことなんだけど………」

………おそらく、先ほど見えた反応のことを言ってるのでしょう。

「………はいっ、知ってしまいましたっ」
263 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:44:30.33 ID:XpqCf+ph0
「どうもしませんっ」

その言葉を聞いて、凛さんが驚いたような顔をしていました。

「恐らくですけど、チカちゃんは私のお客様ですっ
 チカちゃんがお客様である以上、何者であってもいいと思ってますっ」

そう、渡す相手が何者であろうと、こちらに危害を加えないのであれば、それはお客様です。

お客様に手を出してはいけませんっ

「それに………たぶんはぁとさんも同じことを言うと思いますっ」

「………なんでそう思うの?」

………なんででしょうか? 何となくそう思っただけなので、確証もないです。

強いてあげるなら、はぁとさんなら、そう言うだろうと思います。

ですけど、はぁとさんは元はGDFの人です。

チカちゃんの正体を知ってたら、倒そうとするのかもしれません。

でも、私はそうは思いません。何故かはわかりません。

………ああ、そういえば、こんな風にはっきりとしない理由を、皆さんはこのように言ってました。

「ただの勘ですっ」

「勘って………まあ、手を出さないならいいかな」

凛さんはちょっと呆れた顔をしてましたっ。
264 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:46:19.62 ID:XpqCf+ph0

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「ついに見つけてしまったか………」

街のとあるところにある建物の屋上。

そこにはGDFの軍服を着た男が、心達の車の反応が憤怒の街に入っていったのを見て、そう憤っていた。

彼らは事前に、心達の車に発信機を取り付けていたのだ。

「しかも相手はあの佐藤 心と来た。 あいつは死んだのではないのか?
各国GDFの精鋭部隊を集めたカース討伐作戦は失敗に終わって、全滅したと聞いたぞ?」

彼にとっては、心は死んだはずの人間である。

その人間が、仲間(と小さい女の子)を引き連れて、いきなり自分の邪魔をしに現れたのである。

「………いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
ウサミン星から大枚叩いて購入した空間ステルス装置で見えなくしていたというのに、コラプテッドビークルから逃げた拍子でたどり着いてしまったではないか。
あの、忌々しいカース共め。」

そして、そんな奴らが偶然、自分たちが(わざわざウサミン星から取り寄せた、空間ステルス装置を使ってまで)隠していた場所を知ってしまった。

「全く、腹ただしいほどに幸運なのか不幸なのかわからん奴らだ。
しかも、あの場所を突っ切ろうとしている。 全く、由々しき事態だ」

だが幸い、シュガーハートこと、佐藤 心は公式では『行方不明』である。

もう一人のGDF隊員は知らないが、まあ、さほど偉い人物でもないだろう。

そして他の連中も、公には一般人も同然。

ならば、やることは一つ。
265 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:48:13.76 ID:XpqCf+ph0
男は自分が雇った傭兵を呼び出す。

「わかっているな? あくまでもカースに襲われたように装うのだ。
奴らを生きて返すな。 そのための戦車は用意したんだ。 しっかりやってくれよ?」

『へいへい。 まあ、お前さんはなんだかんだで羽振りはよかったんでね。
代金の分、しっかりと働かせてもらいますぜ?』

そう、傭兵の男が返事をする。そして、待機していた戦車が動き出す。

その動きを、軍服の男が目で追っていた。

(上からの命令でやむを得ず街に入れたが、お前らは知ってはいけないものを見てしまった。
騙し討ちになって悪いが、ここで死ね。)

そう思いながら、彼ははぁと達の動向を見ていたが………。

『おっと、まずい』

「どうした? 何かあったのか?」

『どうやら、あいつらを追いかけまわしてた狂犬が、こっちに来やがった。
ちょっくら排除きますかね!』

そういって、通信が切れた。

「―――ああ、くそっ!!」

軍服の男はさらに苛立った。
266 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/10/05(水) 23:53:42.04 ID:XpqCf+ph0
とりあえず、今回は以上です。
徐々に書いてはいるけど、9月中はデレステかなり忙しかった・・・・・・
その前まではちょっと気分的に落ちてたから、書くのもままならなかったなぁ
ままならないものだと、そう思いますなー

って言って、PSO2でしまむーのキャラメイクしたりしていたわけですが……
話の持って行きかたとかに悩んだときは、PSO2でモバマスキャラ作っていじくりまわしたりしてますw

感想返しは後日にします。今はちょっと時間がないのでorz
267 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/10/07(金) 00:32:34.70 ID:rYg8mrWy0
おつでして
ユウキちゃんの体験したという事はいつも断片でもワクワクするようなことばかりだなぁ・・・
不穏な気配を察知!(いつもの)
とりあえずこの自体は平和では終わらなそうだね!
268 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:53:46.70 ID:nZ3oq+wSo
お久しぶりです(2か月ぶりn度目)

>>245
文化祭3日目の地下迷宮が本格始動ですね。また攻略難易度が高そうです。

>>258
しゅがはと乙倉ちゃんの和やかな感じとは別に動く謎の影。続きが気になります。


イルミナティによる同盟本部侵攻編part2投下します。
今回も長いです(白目)
269 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:54:16.95 ID:nZ3oq+wSo
 砂嵐は脳内に蔓延り、視界不良は依然続く。
 断片をつなぎ合わせた記憶は、遥か過去のようなものの気がして直視する気にもならない。

 まるで数年放置され虫に食われ尽くした穴だらけの新聞のようなモノクロは、あたしにとっては価値を理解できないほどに擦り切れてしまっていた。

『……クスクス、クスクス』

 そんな不明瞭な情景で、どこからともなく聞こえる小さな笑い声。
 無邪気な声色のそれは、嘲笑されているようで、にもかからわずなじみ深い嫌悪感の少ない印象をあたしは抱く。

『なお、なお。かわいいなお。かわいそうななお』

『知らない頃に連れ去られ、何処とは知らない檻の中』

 砂嵐の中笑い声と共に聞こえてくる歌声は、ざりざりとあたしの頭の中をひっかく。
 歌声は脳の中をかき回し、不快感にを与えるが、それに比べ苛立ちは少ない。
 不明瞭な視界の中で付いているのか定かでないあたしの脚は、ごく自然にその歌声に引き付けられるかのように歩き出す。

『まっしろいおさらのうえ。なおはおさらのうえの、おりのなか』

『ナイフとフォークを持って、みんなは奈緒を見てる。食器を交差させて奈緒を見てる』

『ああ、なお、なお。かわいそうななお。かわいいなお』

『今からわたしは食べられてしまうのね。かわいそうで、おいしそうな奈緒』

 笑い声は大きくなることはない。しかしその数は次第に増えて、あたしの四方から絶え間なく聞こえてくる。
 歌声は依然響く。あたしに語り掛ける歌は、あたしの脳をまだかりかりとひっかいて不愉快だった。
270 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:54:51.81 ID:nZ3oq+wSo

『……クスクス、クスクス』

『くすくす……クスクス』

『アハハ……クスクス』

 視界を埋め尽くす灰色の砂嵐。当てもなく歩き続ける中ずっと続いてきたそれは、笑い声の数と反比例するように薄れ始める。
 そこは歩くたびに体中が重くなり行く手を阻むが、体はあたしの意に介さずゆっくりと進む。
 歩み進んだ先の景色もやはり灰色だ。
 だが薄れ始めた灰色の砂嵐はその中に、一つの情景を形作り始める。

「……遊園地?」

 離れた空には巨大な車輪。
 身の丈ほどの大きさのマグカップや作り物の艶を出す回転木馬を備えた円形幕。
 金属柱を組み上げたレールの上で静止したジェットコースターや海原に進みだすことなく左右に揺れるしかない海賊船。
 どこにでもあるような、その言葉を聞けば万人が想起するようなアトラクションが備えられた娯楽の園。

 だがその遊園地は相変わらず古新聞の写真のように白黒で、視界に走るノイズ以外に動きのない静止した空間だった。

「そういえば、遊園地なんて行ったことなかったな」

 ネバーディスペアの活動を始めてからすでにそれなりの時が立っている。
 異形の見た目のために、その活動以外では外に出ることは少ないために、娯楽目的でこう言った遊園地のような場所に来る機会はあたしにはなかった。
 だが知識としてはどういう場所か知っているので、その風景が遊園地であることは認識できたのだ。
271 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:55:22.05 ID:nZ3oq+wSo

「んー?……遊園地、なのか?」

 本来華やかな雰囲気を連想させる遊園地だが、目の前に広がる景色からはそんな感想は思い浮かばない。
 文字通り静止したこの情景は、本来動的であるはずのアトラクションの諸々がすべて静止しているということに他ならない。
 あたしは少し見渡しても、視界に入るような自分以外の人の姿も見えないし、小鳥一匹、小動物、はたまた動く影すらないまさに静止画の世界ようだった。

「あたし……なんでこんなところにいるんだっけ?」

 そもそも視界不良という明らかな違和感にさえ疑問を抱かなかったあたしだが、そんなことを疑問に思う。
 特にきらりや李衣菜と遊園地について話をしたことはないし、当然夏樹ともそんなことは話さない。
 別に行きたいと思ったこともなく、この場所のチョイスには疑問にしか思わなかった。

「……でも、この場所」

 たしかに場所には疑問しか思い浮かばなかった。
 そもそも今の状況が現実離れしているのだが、そんな現実離れした空間であってもこの遊園地は妙に現実に沿っている。
 いわゆる既視感だ。あたしは行ったこともないこの遊園地に既視感を覚えている。

「ここって、いったい?」

 あたしはその既視感の正体を確かめるために、周囲に広がる遊園地を見渡す。
 この遊園地の正体を探るために、ありふれたアトラクションからあたしの記憶に合致するものが含まれていないかを探す。
272 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:56:00.45 ID:nZ3oq+wSo

『……くすくす、かわいそうななお』

『……クスクス、かわいい奈緒』

 だが周囲を見渡したあたしは、その風景の中で既視感ではない異物を見つけた。

『ごきげんよう。ご主人様』

『ごきげんよー、ごしゅじん様』

 コーヒーカップの中に座る二つの影。
 影というのは文字通り『影』であり、その姿は不明瞭、黒塗りの人型である。
 その声色は少年のものと少女のものの二つ。影も黒塗りのために判別がつかないので、どちらが少年でどちらが少女なのかあたしには判別がつかない。

『今日は楽しかった?ご主人様』

『りいなやなつき、きらりもみんな優しくて、ごしゅじん様は今日もご機嫌だったねー』

「お、お前ら……いったい?」

 突如として現れた二つの影に、思わずあたしは一歩退く。
 その明らかに人間ではない『何か』は、さも当然のようにあたしに話しかけてくる。
 あたしはこんな二人のことは知らないし、知り合いでもない。
 だけどそれはとてもなじみ深くて、そして直視できなくて、頭の中は混乱していく。

『心外ですわ。ご主人様。私たちはいつも一緒ではありませんか』

「だ、誰がご主人様だ!あたしは、あんたらを見たことはないぞ!」

『うん、そうだね。確かにごしゅじん様は僕らを見たことがない』
273 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:56:43.55 ID:nZ3oq+wSo

 『僕ら』と語ったほうの声があたしの背後から響く。
 思わず振り向いたあたしは、あたりまえのように模造の白馬の上に座る一つの影を見つける。
 すでにコーヒーカップにいた二つの影はそこにはいない。
 白馬の上の影は狼狽えるあたしのことなんて気にせず話を続ける。

『でも僕らはいつも一緒だよ。はなれたくてもはなれなれない。

だからごしゅじん様のうれしかったことも、怒れるようなことも、悲しかったことも……楽しかったこともしっている』

「そんな、あたしは知らない。……いったいあたしの何を知っているんだ」

『だからすべてですよ。ご主人様。

今日のこと、昨日のこと、一昨日のこと、遡ってこれまでのことも』

 ジェットコースターのレールの上に腰掛ける影は、遠いはずなのに耳元でささやかれたように鼓膜に届く。
 情報は目くるめく脳を駆け巡り、ひっかくノイズは不協和音を奏で始める。

「う……ああ、なんだ、これ?」

『ああ、しかたのないことだよ。ごしゅじん様。

ごしゅじん様はここのことを理解できない。いや、理解することを拒むんだよ』

『それにこれは、ただの夢。ほんの一瞬の、うたかたの夢なの。

だから起きれば、ここのことは何も覚えていないし、思い出せない。

出来れば覚えていてほしいこともあるのだけど、できないのなら意味はないもの』

『伝えても覚えていないのなら、それは僕らの言葉を伝えられないことと同じだよね』

「いった、い……なんの?」
274 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:57:21.66 ID:nZ3oq+wSo

 脳の裏をかきむしられるようなノイズは、痛みは感じないが不快感だけを募らせる。
 そんな不快感にあたしは膝をついて頭を抱えるようにうずくまる。
 その状態でも影の声は依然響く。
 彼ら自身その言葉に意味はないと断言しておきながら、それでもあたしに言葉を投げかけ続けていた。

『ご主人様が楽しかったり、嬉しかったりするのは私たちにとっても不本意ではないわ』

『だけど覚えておいてねごしゅじん様。きっとこの言葉は目が覚めた時には忘れてしまうだろうけど、僕らは何度も言うよ』

 あたしは脳の不快感に耐えながら、頭を上げる。
 そうしなければいけないようなこみ上げる使命感は、砂嵐の走る視界を強引に見開かせる。
 あたしの前に立つ二つの影。その小さな影は、小さくうずくまるあたしを表情のない顔で見下ろす。

『奈緒、決してあなたは幸せになれない』

『なお、決してあなただけを幸せにはしない』

『抜け駆けは許さない』

『一人だけ、抜け出すなんてそんなのずるい』

『私たちは一蓮托生』

『僕らは一心同体』

『私たちはあれだけ苦しんだ。切り開かれ、植えつけられ、弄ばれた』

『僕らの苦しみはまだ終わってないから、なおだけ幸せになんてさせない』

『もっと苦しみましょう。私たちと一緒に』

『まだまだ苦しもう。まだ終わらない僕らの苦しみと一緒に』
275 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:57:52.66 ID:nZ3oq+wSo

 あたしの視界に広がるのは、遊園地の風景。
 だがそれらはすべて影に塗りつぶされ、シルエットしか映さない。

 いや、『目』が見えるのだ。

 コーヒーカップが、模造の白馬が、空席のジェットコースターが、進まない海賊船が、静止した観覧車が。
 みんなが見てる。あたしを見ている。数えられないほどの瞳が、視線が、一点にあたしを見ている。

『ずっと私たちが、見てる』

『いつまでも僕らは、見てる』

『『だから、奈緒だけで、幸せになんてさせない。かわいい奈緒、かわいそうななお、あたしたちはずっと一緒だよ』』

――――――――――
―――――――――
―――

 沈黙のアラームが示すのは、午前6時の時刻。
 眠気目の瞳に映るのはいつもの起床時間より早く、あたしにとってはたまにあることだった。

「いやな……夢だな」

 よくはわからないけど、たまにそんな感じがする。
 寝覚めの悪い、悪夢を見たという漠然とした感覚。

 内容は思い出せないけれど、直前に見ていた夢が悪夢だったという自覚だけはあって最近になってそういうことがたまにあるのだった。
 だけど内容も思い出せないし、思い出せないということは大したことではないのだろうとあたしはいつも思考を切り替えていた。

「……はぁ」

 これ以上は眠る気分にもならないし、あたしはゆっくりとベッドから這い降りる。
 寝覚めのいいほうではないあたしが、誰よりも早く起きるのが思い出せない悪夢を見る時だった。



 そして今になって気が付くんだが、悪夢を見るのは決まって、いいことのあった日の夜なのだ。
276 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:58:39.84 ID:nZ3oq+wSo

***

『AAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 黒い泥の塊は、人の影のような形を作りながら表面が泡立つ。
 それは人の姿へと変わろうとしているのではなく、元の形こそが人型であるということなのだろう。

 先ほどまでの泥の塊として流体は一つの形態であり、その『カース』は新たな容貌へと変化しようとしていた。

『オナカ……スイタヨウ……。

オ……オナ、カアアアアアAAAAA!!!!!!!!!!』

 その口からだらりと落ちる黒い泥は、満たされぬ空腹を吐露する意思の表れだろう。
 体を形成する泥より粘性の少ないその液体はロビーの床に落ちるとともに、小さな煙を上げながら床の表面とともに蒸発した。

 満たされない空腹を満たすためならば、すなわち食らい続けるしかない。
 ならばこそ、先ほど食いそこなったヤイバー甲のような不純物を身にまとったものではない、もっと柔らかな『食事』を求めるのも必然であった。

 捕食により適した体への変化は、その遺伝子に刻み込まれていた。
 カースの背からはより多くの獲物を捕らえるべく発達した巨大な手が一対、天井に向かって泡立つように膨張し伸びていく。
 明らかにその場にある泥の総量を超えた体積変化は、逃げ惑う人々にとってはさらなる脅威でしかなかった。

『ガ、ガアアアアアアアア!』

 背中から生えた巨大な両腕は伸ばしただけでこのロビーの幅の8割程度を網羅する。
 腕の泡立ちは、筋繊維が伸縮するような軋みのような音をかすかに上げる。
 伸ばした腕は、その場にいた哀れな贄を誰一人として逃がさぬように地を這うように振られた。

「ぎゃああああああ!」
「イヤアアアアアア!」
「た、助けてええええ!」

 その剛腕に捕まった人々は、各々が助けを求める声を上げる。
 人々の叫びなど意に介さず、『カース』は新たな形へと変化する。
 先ほどヤイバー甲を丸呑みした時のような、人の大顎とは言えぬような先の見えない漆黒の孔。
 腕の先の捉えた獲物たちを上に掲げ、自らの捕食機関である底の見えない洞に落とそうとする。
277 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:59:21.65 ID:nZ3oq+wSo

「やめて、だ、誰か、助けて……・!」

 先ほどまで何の脅威にもさらされていなかったこの場所で、突如と襲う命の危機。
 人間であるが故に、これまで被捕食者側に立ったことのない者ばかりであったが、今この瞬間にそれを知るのだ。
 生来から決めつけられた圧倒的な捕食者を目の前にして、ただの人間など食物連鎖の下層の存在であり、無力な餌でしかないことを。
 その絶望への落差は決して安全な場所にいた人間にとって耐えられるものではなく、誰もが自らの終わりを悟っていた。

「ったく、待たせたな!」

 だが巨腕に抱かれ、終わりを悟った人々は一つの声とともに体を締め付けていた圧迫感が解放されたことに気づく。
 黒い泥の塊はその瞬間を確かに見ていた。

 大口を上げて、捉えた大量の『食料』を下から見ていたとき、二筋の光線が一つづつ両腕を一閃し、自分から切り離されたところを。

 捕らえられていた人々は、巨腕の捕縛から解放されそのまま落下する。
 だがその先が、泥の塊の口の中であることには依然変わらない者も多い。
 しかし、その大口にたどり着く前に別の黒い巨大な穴が遮るように出現する。
 その大口よりもさらに大きな穴は捕縛されていた人々を残らず吸い込み、別の方向から落下音がする。

「くっ……さすがにこの大きさじゃあ距離なくてもきっついなぁ」

 苦い顔と一筋の汗をにじませた夏樹は、人々が落下する音を背に苦痛を吐露する。
 泥の塊の大口を遮るように開いた大穴の先は、夏樹の背後のコーヒーショップの前につながっていた。
 落下距離を短縮したので余り負担はないが、用意する時間もなかったのでアスファルトに人々は落下し、折り重なっているので多少の軽傷を負った人もいるが、泥に飲まれ消化されるよりかはマシであろう。
 そして当の『カース』のほうは、ようやく自分の獲物を横取りされたことに気が付き、夏樹のほうを見る。

『ナンデ……アタシノ、ゴハン、ソッチニ?

トラナイデ……トラナイデヨオオオオオ!』
278 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 01:59:58.83 ID:nZ3oq+wSo

 切り離された腕を再び取り込みつつ、その黒い泥は再び形を変える。
 次のその姿は巨大な四足獣の形態をとり、その容貌はこの世のどの獣にも似つかず醜悪であった。

『カエ、セエエエエエエエエエエエェェ!』

 『カース』は怒り狂ったように声を上げながら夏樹に向かって走り出す。
 腕をレーザーで切り離されたことやワープホールで人々を救出されたことまで理解しているかは定かではないが、どうやら獲物を奪ったことが夏樹の仕業であることは理解できているようだった。

「まったく、あんまり頭はよくなさそうだけど、感だけはいいみたいだな。

ホント、勘弁してほしいぜ。だりー」

「いったい、なんなのさ、こいつ」

 『カース』の標的は夏樹だけになっていた。
 だからこそ、ロビーから出る前に出口の脇で待機していた小さな影には気づかなかった。

「チャージ!アンド」

 その小さな影から唐突に電光が立ち上る。
 足元には体につながれた小さなコード。その先は自動ドアへとつながっている。

「スパーク!!!」

 振り上げたギターを、走り抜けようとする『カース』の四足獣の横っ腹に思いっきり叩き込む。
 凄まじい閃光とともに帯電したギターは轟音と衝撃を生み出す。
 歪んだギターチューンは決してメロディーを奏でたものではないただの単音で構成された衝撃だが、聞いた者の心臓に響く一撃。
 それを直接受けた黒い泥の表面は波打ち、全身にギターを伝った雷電が走る。

『ギャ、GYAAAAAAAAAAAAAAAアアアアアアア!』
279 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:00:32.51 ID:nZ3oq+wSo

 『カース』は町に響くような叫び声を上げた後に、壁に向かって沿って吹っ飛んでいく。
 同盟本部のロビーにいた人々は捕まった人々を除けばすでにほとんど避難が完了していたため、その先には巻き込まれるような人はいない。
 『カース』の巨体は、その体に電気を纏ったまま巨大な大理石の壁に激突し、本部全体に衝撃を与えた。

『グ、アア……イタイ、イタイ、ヨ』

 想定外の方向から手痛い一撃を受けた『カース』はその巨体に似合わない高い悲痛なうめき声をあげながら崩落した大理石のがれきから立ち上がる。
 全身が泥のために火傷のように傷が焦げ付くことはないが、電撃によって体を構成していた泥の一部が蒸発し、湯気と共に汚水のような悪臭が周囲に立ち込めている。

「おなかすいちゃったのは、仕方ないかもしれないけどぉ」

 『カース』のすぐそばで聞こえる一つの声。
 逃げ遅れた人がいるのかと思った『カース』は、この消耗した状況にとっては渡りに船であった。
 依然空腹は一切満たされず、掻き毟るように湧き上がる飢餓感は絶え間ない泥の形成を促す。

 そもそもカースは感情のエネルギーの塊である。
 そしてその上で、カースドヒューマンが強力な理由として最も上げられるのはある程度自前で感情のエネルギーを供給できることであり、逆説的に周囲の感情エネルギーを力に変えることができることである。

 永久機関にも似たその性質は負のスパイラルであり、決して救いなどない。
 だがこの状況でこの『カース』が目の前につるされた餌にあり付くだけの活動能力を取り戻すには、湧き上がる飢餓感というエネルギーは最適だった。

『スイタ……スイタノ……タベ、タベサシテエエエエエ!』

 『カース』の自らの膨れ上がった巨体は、沸き立ちながらさらに変化を起こす。
 四足獣の姿からは大きくは変わらないが、さらに追加で1対の巨大な腕が床をつかむように形成される。
 さらにその獣の大口は可動域を無視すように大きく開き、その中は牙というには不揃いで、圧倒的に過剰すぎる剣山のような鋭利で黒い牙を一面に生やしていた。

「だけどぉ、みんなを怖がらせるようなことはダメだ、にぃ!」
280 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:01:14.03 ID:nZ3oq+wSo

 『カース』の傍にいたその少女はその悪食の脅威にさらされた。
 だが少女は臆することなく、小さな子供を叱りつけるように言い放つ。

「きらりん☆ビィーーーーーーッム!!!」

 少女が構えた両の掌から光る閃光。
 そのロビー全体さえも照らすような一瞬の光はプリズムのように虹色の輝きを彩る。
 少女に食らいつこうとした『カース』の口内に向けて放たれる虹色の光線はカースにとって致命的となる浄化の光。
 正面からその直撃を受けた『カース』の体を貫通するように、光線は一筋に延び同盟本部の外に走る。

『ガ、ガアアアアアアアアアアアアアアああああああ!?』

 『カース』自身も何が起きたのかを理解できていなかった。
 少女、きらりが放った光線はその直径を増していき、その巨体を丸ごとの見込み泥は蒸発する。
 ロビー内は虹色の光が乱反射して、その残滓を様々な色で照らし出した。

 浄化の閃光に巻き上げられた粉塵は、残光によって星屑のごとく煌いている。
 光の中に消えた『カース』は、傍から見れば完全に消滅したと考えられるだろう。
 事実あの巨体が回避行動をとることはなく、光の中に消えていったことはこの場にいるものならばそれ以外に考えない。
 だからすでにこの場の人間は遠巻きに見守る一部の人間と少し離れた避難の最後尾の背中、それと『カース』と退治していたネバーディスペアの面々だけであった。
281 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:01:43.79 ID:nZ3oq+wSo

「まったく……今日はそういう目的で来たわけではいのだがな」

 このような事態は過去にないとはいえ、さすがはヒーローの総本山である。
 先ほど捕まっていた人々を除く者たちは、すでに我先に避難を完了している。
 遠巻きに見守る人間も、『こういった』事態に対応するための係の者であり、今は夏樹が先ほど救出した人々を介護している。
 その様子を見守る夏樹の隣にやってきたのは彼女がよく聞きなれた声。

「おっ、LPさん。よかった。無事だったんだな」

 その口調は軽いものだったが、隣に怪我無く無事に立つLPの姿を見た夏樹は安堵した様子がにじみ出る。

「ああ、不謹慎ではあるが周りが必要以上にパニックになってくれたおかげで逆に冷静でいられたよ。

あの『カース』の隙を見てどうにか脱出してきた」

 そう語るLPは無事に脱出できたにもかかわらず、浮かない顔をしている。
 視線の先は夏樹と同じ避難する人々のほうを見ているが、その手は止まることなく小さな情報デバイスで何かを調べている。

「そっか、ならよかったぜ。

しっかし、なんでこんなことになってるかね。いったい同盟のヒーローはどうしてんだ?

総本山にカース侵入させて、誰も出動しないなんて怠慢だぜ。

そもそも、LPさんの言う通りアタシらもこういう目的で来たわけじゃないんだけどな」
282 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:02:16.61 ID:nZ3oq+wSo

 基本的にネバーディスペアはたとえ休みの時でも、必要とあればヒーローとして行動する。
 だが今回訪れているのは一般的なヒーローたちが集う同盟本部である。
 夏樹自身そう思っていたわけではないが、この場で同盟のヒーローを差し置いて動くことになるなんてそもそも想定すらしていなかったのだ。

「目的って……私を連れ出そうって考えていたことか?」

「!……なんだ、気付いてたのか」

「まぁいつもならこういったことで私に積極的に付き添って来ないし、今日は珍しく4人揃ってに付いていくなんて言い出すしな。

何か裏を勘繰るのは必然だろう?私を何か嵌めようと思っていない限りで考えうる動機なら予想はつく。

きっと私が働きすぎだから、休暇もかねてどこかに連れ出そうってな」

 夏樹は計画をはじめから見破られていたことにばつの悪そうな顔をする。
 そもそも夏樹としても万事うまくいくとは思ってはいなかったが、目的から動機まで見破られるとさすがに計画がずさんだったと言わざるを得ないだろう。

「ほんとに……LPさんには敵わねぇな。

やっぱり、要らない世話だったかな?」

「いや、私のことを考えて行動してくれたことがうれしいさ。

だがサプライズを行うのならば、もっと手堅く慎重に事を起こすべきだ。

これでも私は歴戦だぞ。敵の裏をかくなんてことは造作もないさ」

「そっか。なら今度はLPさんに一泡吹かせてやるから、楽しみにしといてくれよ」

「ああ、また楽しみにしているさ。

それにとにかく今日はこんなことになってしまってはいるが、ことが済んで時間があれば私も付き合おう。

君たちの『娯楽』というものを、私も見ておきたいのでね。

っと、……やはりか」
283 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:03:02.31 ID:nZ3oq+wSo

 歓談は終わり。LPは情報デバイスでの調べるものは見つかったようだった。
 LPはその画面を静かに夏樹に示す。

「ん……?なんだよこれ!?『カースの大量発生』、『アイドルヒーローのライブにカース乱入』、『高速道路の同時多発事故』だって!?

何件も、まだまだあるぞ……。しかもこれ」

 夏樹はLPに示された画面をスライドしていくたびに新たな事件が羅列されていき、しかもそれは現在進行形で更新されている。
 そして気になる点は大量の事件が起こっていることだけではない。

「そう、ほぼ同時刻。この騒ぎと同じころに発生している。

ここで起きた『カース』の襲撃と同時刻だ。しかも発生地点も的確に、近くに同盟のヒーローがいる」

「まさかこれって……全部この事件ヒーローの足止めか?」

「さすが察しがいいな夏樹君。おそらくな。

偶然にしては出来すぎているし、あの『カース』もただのカースだとは思えん。

何かしらの思惑を感じる。それと夏樹、私は一つ違和感を感じたんだ」

 そしてLPは情報デバイスを懐にしまい、同盟本部のほうへと指をさす。

「できればなるべく上階……そうだな、同盟本部の5階くらいのところに『穴』を作ってみてくれ」

「?……ああ、わかった」

 夏樹はいつものように、視線の先。5階に見える窓の中にワープホールを形成しようとする。
 ただ作れと言われただけだから穴の規模は大きくしていないし、視線の届く範囲なので負担もかからない。
 視線の先の5階の中に続くワープホールが形成しようとする。
284 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:03:38.96 ID:nZ3oq+wSo

「……あれ?どういうことだ?

『あそこ』に、ワープホールを作れない?」

「私が抱いた違和感は、人数だよ」

 この同盟本部周辺は今ほとんど無人である。
 迅速な避難の賜物か、どこかのヒーローが真っ先にやられたから皆我先にと逃げ出したのかは知れないが、相応の目的を持っているもの以外はこの場にはいない。
 野次馬もほとんどいないため、アイドルヒーロー同盟の周辺にしては驚くほどに人が少ないだろう。

 だが、つい先ほどまではロビーの中も人がごった返していたし、今夏樹たちが立っている道にしても多くの人が行き交っていた。
 大量の人間がいたことと、そしていなくなったことはわかるのだ。

「そう、過密から過疎へ。人口密度の移り変わりというだけならば凄まじいものだよ。

だからこそ、おかしい。この短時間にこんなにもスムーズに避難が済むのか?

……それは否だよ。夏樹、あの窓に光線も頼む」

 夏樹は、もう何となく察していた。
 いわれた通りにアイユニットの先からビームを5階の窓に照射する。普通ならば多少の硬化ガラスでさえ貫通する代物だ。
 先ほど『カース』の大腕を切り裂いたように、ビルの窓ガラスなど造作もないだろう。

 だが響くのはガラスが溶ける音でも、ビームを反射する音でもない。
 音は響かず、まるで水面に石を投げ込むように『その壁』は波打ち、ビームを打ち消す。
 そこには変わらず同盟本部のビルがそびえたっており、凄惨な状況は1階のロビーと2,3階の窓が多少割れている程度。
 逆に『それ以上の階層は不自然に無傷なのだ』。

「これは……バリア?」
285 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:04:19.79 ID:nZ3oq+wSo

「どちらかといえば結界、に近いな。防ぐものというより閉じ込めたり立ち入らせないものだ。

しかも、空間を繋げる『穴』が作れないということは、そもそも空間としてあそこは隔絶されているとも考えられる。

そして多分これは同盟本部の上階すべてを覆っている。これはもう、テロとかそういう次元じゃない。

おそらくだが、まだ本部ビル内には大量の人々が残っているはずだ」

 外に出張っているヒーローたちへの足止め、過剰なほどの混乱を生じさせる陽動。
 同盟本部へのカースの襲撃。否、おおよそただのカースとは言えない『何か』の強襲。
 それさえもお膳立てられた囮であり、すでに同盟本部は敵によって封鎖されている。

「結界の主は、おそらくさっきのパニックに乗じて入ったんだろう。

しかもそれに加えて上階に残っている同盟ヒーローをも相手どることもできるほどの実力者が投入しているだろうな」

「LPさん、それって……」

「ただの自爆テロとかそういうものじゃ断じてない。これは大規模な組織の犯行だ。

しかもこの連中、おそらく『ヒーロー同盟』を潰す気だぞ」

「……冗談だろ?それは、いくらなんでも『同盟』を嘗めすぎているって。

仮にも今この国の防衛機能の中心だぜ。それに対して正面から喧嘩売って、そのまま潰す気だなんて……」

 そんなことは非現実的だ、と言わんばかりに夏樹。
 ヒーローの数は飽和しているというのも過言ではないほどの大規模な組織であるヒーロー同盟。
 それに真正面から喧嘩を売るということはそれらすべてを敵に回すということだ。
 仮にそのテロ組織が大きな力を持っているといっても、公的な組織とは絶対数において圧倒的な差が存在する。
 一介の個でしかない組織が、国という群を後ろ盾に持つ同盟に勝てる道理はないのだ。
286 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:04:53.31 ID:nZ3oq+wSo

「たしかに、これまでにも同盟に喧嘩を売ったような組織はいくらでもある。

だが大概の連中は『同盟』を侮って、自らの実力を過信したものばかりだ。

その程度の連中ならば、まだ問題はない。確かにその組織の中で『生え抜き』が居ようともその後の結末はお約束だよ。

一方で、同盟を軽んじず、危険視している組織の場合は、そもそも大前提に同盟に喧嘩なんて売らないさ」

 そもそも表立った防衛機構に対して勝負を仕掛けるのは戦況把握ができない愚者の集団くらいである。
 そして理解している者ならば、わざわざ勝負を仕掛けることなく、いかに気づかれず、無力化して水面下に動くことができるかが重要である。
 なぜならば仮に防衛機構を無力化できたとしても、それに割いたリターンが見込めないからだ。

「だが、この用意周到さは確実に『理解している』側の組織だ。

敵が強大であることを『理解』している上で、なおも襲撃をするということは考えうるだけでも最悪だ。

連中は『勝てる』と判断しているし、おそらくこれだけで終わらない。

『同盟』という邪魔を労力を用いて排除するんだ。間違いなく防衛機能が弱まった際を狙って何かをしてくるはずだ」

 敵は明確な『意図』をもって襲撃しているとLPは断ずる。
 今回の襲撃はそのものが目的ではない、前座にしか過ぎないことも推定できた。

「あの『カース』以外にも敵はいて、そして何かでかいことしようとしているのはわかった」

 だが冷静に敵情把握をするLPに対して、夏樹は静かにビルを見上げる。
287 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:05:31.46 ID:nZ3oq+wSo

「だけど、今あの中にまだ取り残されている人がいるんだろ?

だったらまずは助けに行くだけだ!それがアタシらネバーディスペアだろう?」

 夏樹にとっては敵の目的なんてどうでもよかった。
 確かに敵はいつもの突発的な事件やカースのような単純なものではないかもしれない。

「敵を知ることは大事だよ。だけどLPさんの言う通りなら上の階にも敵はいて、そして取り残されている人がいるんだろ?

だったらここで想像で駄弁ってるより、すぐに向かおうぜLPさん」

「待て夏樹!そもそもここは同盟本部だ、我々が……」

 LPとしても残された人々の救出には反対ではない。
 だがここはアイドルヒーロー同盟本部ビルであり、本来その一員ではない『ネバーディスペア』が動くこと自体あまりいいことではない。
 それに上の階層の結界もどうするのかの目途も立っていない。空間遮断レベルの結界など正直手に余るのは目に見えている。
 それらを含めて、一度全員で話し合いをすべきだとLPは考えていた。
 ここから先は、行き当たりばったり考えなしで進めるほど甘くはないと。

 だが、そう考えていたことこそ驕りであった。

「――!?

危ない、夏樹!」
288 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:06:03.03 ID:nZ3oq+wSo

 LPの体は反射的に動いていた。
 夏樹の視界は浮遊するアイユニットによって制御されており、常に俯瞰的な視界が可能である。
 だから今の状況は、なるべく戦況を多角的に見るためにユニットを散開させていたのだ。
 故に主観的な視界は弱く、自身に対する攻撃への反応は遅れてしまう欠点があった。

 当然夏樹は、いまだ上がる粉塵の中からこちらに延びてきた凶悪な黒い爪への対応に遅れることになった。

「……くぅ!」

「……な!?」

 そもそも甘いのだ。各地でヒーローたちの足止めをしているカースと違って、あくまでここは本丸である。
 ならばこそ、足止めが目的だとしても生半可な戦力はおくはずがなかったのだ。

「LPさん!」

 間一髪夏樹をかばうように押し出したLPの背中を、黒い爪は掠めていく。
 その一撃は致命傷ではないが、背中の肉を浅く抉りあふれ出した鮮血は飛沫を上げる。

「――くそ!」

 夏樹はアイユニットで整列させ、迫り来た黒い腕を狙い撃つ。
 発射されたビームは的確にその黒い細腕を貫いた。そしてこのまま先ほどのように輪切りにして無力化しようとする。

 だが黒い腕は貫かれた瞬間、これまでと違う挙動をする。
 夏樹があけた穴ではない白い穴が大量に穿たれる。否、それは白い穴ではなかった。

「なんだこれ!?……目?」
289 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:06:40.91 ID:nZ3oq+wSo

 その気味の悪さに思わず夏樹は反応が遅れてしまった。
 黒い腕に大量に開いた『瞳』はぎょろぎょろと周囲を観察するようにせわしなく動き出す。
 しかもその瞳は単一の瞳ではない。魚類、鳥類、哺乳類、霊長類、あらゆる瞳がその腕には付いていて、統一性はない。
 そしてその瞳たちは、目的の『対象』を発見したのか一斉に制止する。

 その瞬間、夏樹にとってはそれは気味の悪いなんて程度ではない、絶対的な悪寒が神経を走った。
 そこからはほとんど反射だったといっていい。
 傷ついたLPを抱えた夏樹は自らの足元にワープホールを生成する。その穴の先についてほとんど考えておらず、その数多の視線から逃れさえすればよかったからだ。

(見られた……目が合った……全部と)

 夏樹が散開させていた複数のユニットは多角的にその腕を見ていた。
 だからこそ夏樹は腕に開いた瞳が、すべてのアイユニットと『合った』ことに戦慄したのだ。

 その後のことは回避できなかったアイユニットの映像で知ることになる。
 腕から的確に、極細の針が伸びて散開させていたほぼすべてのアイユニットを貫いて破壊したことを。

 強引にワープホールでその『針』を回避した夏樹は、受け身も取れず腕から離れた道路に投げ出される。
 夏樹が出していたアイユニットはすべて破壊されていたために視界は何も映していないが故であった。

「……なんだってんだいったい!?」

 すでに終わったと思っていた『カース』からの攻撃。
 そして先ほどとは明らかに違う挙動を見せたそれは容易に夏樹の平静を奪う。
 夏樹は視界を再び確保するために、予備で残しておいた残りのアイユニットを射出する。

「なんだよ……これ?」

 再び開かれた双眸には、先ほど強襲してきた黒い腕はもはや引っ込んでいることを映す。
 だがそれ以上に、先ほどまでロビー内の視界をふさいでいた粉塵の納まった先を克明に映していた。
290 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:07:20.00 ID:nZ3oq+wSo

『イラナイイラナイ……オネエチャンハ、イラナイ。

アツイシ、イタイシ……オネエチャンハ、タベラレナイネ』

 先ほどまで人々を捕らえていた黒い巨腕は、以前圧倒的な暴性を放っている。
 その握りこぶしの先、幾人をも掴みあげることさえ可能なそれは、たった一つの身体をつかんで継続的に圧をかけていた。

「に、にぃ……」

 巨腕に掴みあげられて苦しそうに呻く少女。いつも明るく、誰からも希望であった少女は拘束から逃れることができず、締め上げられるたびに身体がきしむ音が響く。
 掴みあげている腕のほうも、少女の持つ浄化の力によって表面が蒸発しているが、そんなことは関係ないほどの泥の密度によって力は一切緩むことはなかった。

「きらり!!」

 夏樹が目撃したのは、最悪の状況であった。
 黒い巨腕によって拘束され、苦悶の表情のきらり。

「……ふが、が」

 そしてロビーの奥。
 強い勢いで叩き付けられたかのようなクレーターが刻まれた壁の前で、だらりと四肢を投げ出している李衣菜。
 相棒のギターは少し離れたところに放置され、ネックは折れていないものの弦は切れてすでに使い物にならない。

「……く、くそ。なんでだよ」

 ロビーの中心。きらりを掴みあげる巨腕の主の前。
 全身に泥の装甲を纏ってはいるが、すでに息を上げながら膝をついている奈緒の姿があった。

 そして何よりも。

「……な、奈緒?」
291 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:07:52.33 ID:nZ3oq+wSo

 それは『彼女』が一番に初めに気づき、ゆえに動揺したために出遅れたことの理由であった。
 彼女以外は気づかなかったし、誰から見ても少し特殊な『カース』なだけだと判断してしまう。

 だが浄化によって外装がはがされ、『中身』が露出すれば話は別だ。
 その姿は否応なくある少女と重なり、決して無視できなくなる。

 瞳には生気がなく、その細腕は皮と骨に近い。
 小さな体はドレスのようにも、ぼろきれ同然の外套にも見える黒い幕で覆われている。
 そして髪の毛は癖っ気のある漆黒で、その黒は狂気を孕み肥大化している。

 伝承のゴルゴーンのように、髪の毛はうねり泥と一体化している。
 そこから伸びる数多の腕は、自らの主である少女に供物をささげるべく当てもなく揺らめいていた。

『ダカラネ……アタシ、オナカガスイタノ。

ガマン、デキナイノ。ナノニ、ドウシテ?』

 その濁った瞳は何も映していない。
 ただ純粋のまま、何も知らぬ無垢なまま、奈緒に向き直る。

『ドウシテ、ジャマスルノ?アタシハ、コンナニモ、オナカガスイテ、カナシイノニ、クルシイノニ、イタイノニ、タエレナイノニ、ノニノニノニノニノニ!』

「あ……いやああああああ!!!!」

 きらりを締め上げる巨腕はぎりぎりと圧が増す。
 口調さえも維持できない苦痛によってきらりは思わず悲痛な叫び声を上げる。

『ドウシテ!ナンデ!?』
292 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:08:36.14 ID:nZ3oq+wSo

 そしてその巨腕を大きく振りかぶり、先ほど自らが叩き付けられた大理石の壁に向かって投げつける。
 その一撃だけできらりの意識は刈り取られ、今度は逆に粉塵の中に沈んだ。

『タベタイダケナノ……オナカ、スイタノオオオオオオオオオ!!!』

 駄々をこねる子供のような叫び。
 だがそれは明らかに小さな体躯に収まることのない感情が載せられている。

 夏樹はその姿に見覚えがあった。
 かつて自分たちを閉じ込めていた悪魔の研究所。その最奥にとらわれた少女の姿を思い出す。
 体躯は幼児のように小さく、痩せさらばえ、そして幾度となく飢えを訴えるその少女は、明らかに彼女と重なるのだ。

「なんだよ……あいつは?

小さいし、とてつもなく痩せてるけど…あの姿は、奈緒……なのか?」

 あの日の悪夢は終わっていない。彼女にとってもそうだし、無論『彼女』は未だに飢えているのだから。



***



 時間は少し遡り、コーヒーショップの中。
 その『カース』の姿を見た瞬間に奈緒はその正体をなんとなくわかってしまったのだ。

 あれが自分と同一であり、それでいて決定的に分かたれていることを。

「なんで……あたしが?

――って、あたしは何を、言っているんだ?」

 なまじ理解してしまったが故であった。
 ネバーディスペアの4人の中でそれに最も早く気が付いたのは奈緒であったが、脳裏で理解してしまった情報は中途半端なせいで逆に迷いを生んでしまう。
 その思考時間はあまりにも致命的であり、その他の者たちにとっては十分すぎるほどの行動時間であった。
293 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:09:15.22 ID:nZ3oq+wSo

(あたしは、ここにいる。

だけど、あの声は、あの姿は、あたしのものだって直感で思った。

理由はわからないし、今だって理解もできない。だが考えを否定する気にはならないし、あたしだからこそそれが決定的に間違っているなんて言えないんだ。

鏡の中のあたしを見たような感じで、その泥が、その咆哮が、あたしの向こう側であることが確信できる)

 世の中には同じ顔を持つ人間は3人はいるとはよくいう話ではある。
 だが客観的な判断、仮に無作為に選んだ100人にあの『カース』と奈緒を比較して似ているか尋ねてみよう。
 おそらく、大半の者は否と答えるはずだ。そもそも泥に覆われている『カース』と少し獣的なパーツの付いている少女を比較して似ているなどと言える者は眼球が腐っているに違いない。
 だがその一方で、こうも答える者はいるだろう。
 共通する部分はあると。
 そもそも奈緒はカースと似たような泥を能力として行使するし、その『カース』の声色は音域的には奈緒の声とそう外してはいないと思えるだろう。
 しかし、所詮はその程度の相似点。決して似ているなどと断ずるものはいないし、そもそも二つが同一人物などと言えるはずがない。
 仮にその『カース』の泥を剥げばその中身に同じ貌が存在するかもしれない。その程度の推理しかできないだろう。

 だが奈緒はあの『カース』を自分だと判断した。
 それはあまりにも不確定な想像でしかないし、客観的な証拠もないただの直感である。
 しかし直感というものは存外馬鹿にできるものではなく、真に迫るものならば十分に『答え』に引っかかりさえする高度な処理能力だ。
 この場においても、奈緒のそれは決して間違っているものとはいえないかもしれない。

 だが、やはりこの直感によって奈緒に与えられた情報は現状ただ迷いを生むだけしかなかった。

「――っ……しまっ!」

 それはほんの一瞬目を離しただけだ。
 時間にして十数秒程度だったが、奈緒を戦況から置き去りにするには十分すぎる時間であった。
294 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:09:56.74 ID:nZ3oq+wSo

 眼前に広がるのは巨大な腕を振りかざし人々を掴みあげる『カース』。
 ロビーにいた人々を余すことなく掴みあげた『カース』は、その空腹を満たさんがために大口を開けて捕らえた獲物を運び込もうとする。
 だが、その巨腕の手首を一閃するように旋回する一筋の光線。
 夏樹のアイユニットから放たれたレーザーは『カース』の巨腕を輪切りにして捕らえられた人々を開放する。
 突然自由になった人々はそのまま落下するが、その落下位置には『カース』の大口よりも巨大なワープホールが夏樹によって生成された。
 それによって人質同然であった人々はすべて外にいた夏樹の傍らに解放された。

 獲物を奪われた『カース』は一直線に夏樹にめがけて突進する。
 巨大な四足獣に形を変えた『カース』はその巨体には似合わぬ速度で走り出したが、すでにその途中には李衣菜が待ち構えている。
 自動扉から電源供給されている李衣菜の一撃は雷電をまき散らしながら圧倒的な破壊力を『カース』に叩き込んだ。
 そのせいで自動扉の電源はショートしてしまったが、威力だけならネバーディスペア一ともいえる痛撃は『カース』の横っ腹を焼け焦がしながらロビーの壁面へと吹き飛ばす。

 そして最後に待ち構えるのはネバーディスペアリーダーのきらり。
 優しすぎる少女ではあるが、感情の塊であり魂を内包しないカースならば躊躇はない。奈緒のように『カース』がただのカースでないことに気が付いていなかったことはある意味では幸運であったのかもしれない。
 手加減を微塵も感じさせぬ追撃のビームは、あらゆる不浄を払う浄化の光でありカースにとっては弱点と言えるものだ。
 まばゆい光の中に消えていく『カース』は断末魔のような叫びを上げ、後に残るのは巻き上げられた瓦礫の粉塵だけだった。

「……すっげー」

 いつもは奈緒も戦闘の渦中にいるので、こうして客観的に戦況を眺める機会はあまりなかった。
 ゆえに、その躊躇のない行動とコンビネーションに思わず声が漏れていた。
295 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:10:55.96 ID:nZ3oq+wSo

 冷静に考えればここは同盟本部であり、同盟所属でない自分たちは外様、下手に手を出すことさえ不用意である。
 実際いつもならば奈緒も間髪入れずに飛び出していたのだろうが、出遅れていたことで妙に頭の中は冷静であった。
 そして自分を含めずとも十分に敵を撃退した言葉さえ交わさぬコンビネーション。それには奈緒も自分だけ省かれたような嫉妬が少しだけ沸く。

「っと、感心してる場合じゃないな」

 呆けていた奈緒も真っ先に『カース』の元へと駆け寄ろうとする。
 すでに戦況は終わっているとも思っていたが、油断していたことも詫びねばならないと奈緒は考えていた。

「おーい、李衣――」

 奈緒は既に『カース』の正体のことなど頭から離れていた。
 だがそれは失敗だった。いつも通りではない『違和感』というものは緊張を理解して、依然張り続けていたのならばもう少し状況もマシになっていたのかもしれない。

 そしてやはりいつものように4人での戦闘ではなく、3人であったことも大きかったとも言える。
 戦況を俯瞰するはずの夏樹の集中力はいつもより多めのリソースを割かれたせいで、違和感に気づけなかったのだ。
 そういう意味では奈緒はその役目を担っていたが、その役目を担うにはあまりに拙い。
 だからこそ奈緒が気付けたのはぎりぎり間に合ったともいえるが、余裕はなく部隊には致命的な損失を生むことになってしまう。

「――李衣菜!」

 奈緒はその脚を泥で獣の物に変えて、地面を勢いよく蹴る。
 自動扉の傍らでプラグを抜いている李衣菜の元へと一足飛びでたどり着いた奈緒は、地面に足をつけることなくそのまま李衣菜を押し出した。

「ええ!?な、奈緒?いったい……って!」
296 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:12:19.90 ID:nZ3oq+wSo

 突如として押し出された李衣菜は何事かと奈緒に問うが、その瞬間には何が起きていたのかを悟る。
 奈緒の背後、先ほどまで自らが立っていた場所には、幾重にも束ねられた蛇の頭のような捕食器官が床に食らいついている。
 その顎の濁流はよく見れば、さらに細い髪のようなものが編み上げられて構成されており黒色の水で濡れているかのように滑らかであった。

「っつあ!」
「ぐえっ!」

 奈緒の押し出しによって、受け身も取れずにロビーの床に叩きつけられた二人は情けないうめき声をあげるが、すぐに体勢を立て直す。
 すでに二人の眼前には別の咢が迫りくることを知っていたからだ。

「くそっ!」
「やばっ!」

 奈緒はそのままさらなる回避を試みる。
 地を這うように追尾してくる蛇の顎は、生物的な特徴を感じさせない顎のみという捕食器官としての役目だけを醸し、無感情にかつ執拗に奈緒を追い回す。

 一方奈緒のような機動性を持たない李衣菜はそのまま向かい打つ。
 だが1本の太い柱のようなものが正面から向かってくるのではなく、相対するのは縦横無尽に蠢く蛇の顎だ。
 決して2本しかない両の腕で防ぎきれるはずがない。手に持ったギターを振り回し顎を振り払ってもじりじりと確実に傷が体に刻み込まれていく。
 数秒も待たずして全身は咢に食いつかれ、今立っていられるのはその持ち前の頑丈さ故でしかなかった。

 このままでは李衣菜は一方的に肉を抉られ続け後には何も残らない。
 だが当人である李衣菜は、この状況を薄く笑っていた。

「こんだけ食いつかれれば私も逃げられない。

だけど……あんたも逃げられないよね!」

 李衣菜の体から迸る閃光。
 李衣菜はわかっていたのだ。これらの顎が捕食器官であり、『主』の腹を満たすための物であることを。
 これは遠隔操作された別のカースではない。要するに、顎の根元を探れば本体に行き着くという道理である。
297 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:13:14.52 ID:nZ3oq+wSo

 そして李衣菜の放電は自らが活動するためのエネルギーを放出するというある種の自滅技であるが、この際四の五のは言ってられない。
 李衣菜から放出された電流は食いついた蛇の顎を伝い、狙い通りにそれらを使役する『主』の元へと届く。

『ア、アアアアアアアアァァァァ!!!』

 未だ上がる粉塵の中から響く叫び声。
 くぐもった少女の声のようなそれが響いた瞬間、李衣菜に食らい付いていた顎の拘束は一時的に力を失う。
 同時に奈緒を追いかけていた蛇の群れもその追走を停止させた。

 李衣菜は放電直後のために満足に動くことはできない。
 だがその隙を見計らい奈緒は床を渾身の力で蹴り上げて、蛇の主の元へと飛び出す。

「いい加減に――!」

 すでに奈緒の両腕は虎の爪が備わっていた。
 湧き上がる粉塵の中から、顎を使役する主、おそらくあの『カース』を討滅せんと両腕を渾身の力で振りぬこうと力をためる。
 粉塵の中に浮かび上がる目標の影、目標を捉えた奈緒は加速し続ける自らの体の勢いのまま一撃での両断を試みる。

『……ミナイデ、アタシヲ……ミナイデ』

 だが奈緒の意識はその容姿を視認してしまった時点で静止した。
 その姿は、ひどく痩せ細り、瞳は濁り焦点は定まっていない。
 漆黒の髪はその容姿とは対極的に黒々としているが、それは決して健康的な黒ではなく黒色の原色で塗装されたような光の反射さえ許さないような無機質の黒。
 そしてその髪は感情の振れ幅に呼応するように蠢き、そしてその末端は先ほどまで追い立てられていた蛇の顎と化している。
 黒いドレスのような、ぼろきれのような幕を身にまとった、奈緒よりも頭一つ以上小さい少女がそこにはあった。

 奈緒がその少女と目が合った時に、忘れていたことを思い出した。
 あの『カース』は自分であるということを、そして今眼前にいる少女の姿が、『記憶の底の、鏡の中の自分自身』によく似ていることを。
298 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:13:59.09 ID:nZ3oq+wSo

『オナカ……スイタノヨ。

コンナニ、クルシクテ……コンナニ、カナシクテ……キタナイ、アタシヲ、ミナイデ。

スイタノ、スイタノ、オナカ、スイタノスイタノスイタノスイタノオオおおおおおお!!』

 あの『カース』の黒い泥は、その醜く、卑しく、貧相な自らの姿を隠すための物だったのだろう。
 だがその外装はきらりによってすべて剥され、隠すべき姿は白日の下にさらされた。
 故に、『カース』にとっては今更何も躊躇うことはなかった。見た者は全て食らって、『自分』にしてしまえばいいのだから。

 これまで姿を隠すために纏っていた泥の外套はもはや必要ない。
 『カース』の足元からは黒い水溜りが広がっていき、その表面が波打つ。
 そこから飛び出したのは2体の獣。どちらも漆黒の泥で構成されているがその体躯は紛れもない肉食獣のしなやかさを持つ。

「く、くそっ!」

 『カース』の慟哭によって奈緒の意識は引き戻されるが、以前脳内は混乱したままだ。
 そこに真下から這い出てきた2体の獣は奈緒の両腕に食らいつき、首を動かして追い払うように投げ飛ばした。

「ぐっ、がっ、ああああ!」

 奈緒はなされるがままにはじき返され、床に何回かバウンドしながら吹き飛ばされた。
 全身を打ち付けたせいで痛みはするが、重症までは負っていないのでゆっくりと立ち上がる。

「なんで……いや、なんなんだ、よ」

 だが心のほうはそうもいかない。
 ぼんやりとした直感は戦闘の緊張で忘れられていたが、事実を突きつけられれば動揺は生じる。
 ビルの外から吹き込んだ風は粉塵を一掃し、隠れていた『カース』の姿を現した。
299 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:14:46.07 ID:nZ3oq+wSo

 その髪の毛の片房の先は、巨大な腕となっている。

「ご、ごめんねぇ……みんな」

 その腕の先、握りこぶしの中にはきらりが捕えられて圧をかけられているのか苦悶の表情がうかがえる。

「が、はっ……!」

 そしてもう片方の髪の房の先、つい先ほどまでは幾重にも枝分かれをし蛇の顎となっていたそれは、すべてまとめ上げられて同様の巨腕となっている。
 その巨碗は大きく加速し、渾身の力で李衣菜を殴り飛ばしている光景を奈緒は目にした。

「李衣菜!きらり!」

 仲間の危機に声を上げるが、奈緒の思考はまとまらなかった。
 視線の先の、痩せ細った少女の姿が網膜に焼き付くたびに、心の底の何かが疼く。

『奈緒は、幸せにはなれない』

『奈緒だけを、幸せになんてさせない』

『だってあの子は、奈緒だから』

『幸せになれず、救われず、助けを乞い、狂った果ての奈緒だから』

『偶然に救われただけの奈緒、だから過去は追ってくる、追い立てる』

『偶然に幸せなだけの奈緒、羨望の視線が追ってくるぞ、逃がさないぞ』

『『さぁ……みんなで不幸になろうよ』』

300 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:15:18.35 ID:nZ3oq+wSo


***


 同盟本部の裏手に回ったAPは誰に気にすることなく道端にバイクを止める。
 本部表通りほどではないにしろ、いつもならば人通りのある裏道も今は閑散としている。
 現在正面入り口では、ネバーディスペアが侵入した『カース』と交戦しており、その隙を縫って本部内に入ることは至難である。

「……本来ならば、部外者に任せてはおけないような状況なんですが……」

 APにとってはネバーディスペアは同盟に加入していない言わば『はぐれ』のヒーローである。
 それなりに同盟との兼ね合いはとっているらしいが、同盟参入には頑なに首を縦に振らないらしい彼女たちは、目の上のたん瘤ほどではないしても迷惑な存在であることには変わりがない。
 そもそもAPにはネバーディスペアがなぜ同盟に加入しないのかそれさえも理解できなかった。
 なぜTPを煩わせるようなことをするのか、なぜTPの役に立とうとしないのかなどと基準の歪んだ疑問が浮かび続ける。

「ただ……今回は仕方ないでしょう。不本意ですが……完全にこちらは後手ですし」

 ネバーディスペアのような部外者に同盟内での戦闘を行われることなど本来は論外である。
 同盟の権威の失墜にもつながるし、同盟のヒーローの防衛体制への批判もされるだろう。
 だが今はそれ以上に数が足りていないのだ。
 すでに本部まで攻め込まれた挙句、ほかの出張っているヒーローたちは偶然には出来すぎるほどの『別件』が生じているために手は空いていない。

 おそらく同盟のヒーローというだけでマークされており、全員例外なく足止めを食っているだろう。
 例外といえばネバーディスペアのような同盟に加入していないヒーロー、もしくはすでに同盟本部内にいるヒーローだ。
 そして同盟本部内にいるヒーローはおそらく『結界』によって外には出られない。
 または侵入者に対してすでに戦闘となっているだろう。
 そういった意味でもネバーディスペアにあの場を任せることは苦渋の選択であり、最悪中の最善であった。
301 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:15:49.82 ID:nZ3oq+wSo

「……本当に、なんて失態……っ」

 APは今頃駆けつけて、自らの本拠地に入って行く自らに嫌気がさす。
 本来ならば守れねばならない人の近くにはおらず、こうして既に事が起こった後にのこのことと表る自分が腹立たしいのだ。

――少し、お使いを頼まれてはくれないか?

 TPが大事な会議の直前に言ってきた言葉。
 APの仕事は警護であり、その対象であるTPの傍を離れることなどあってはならない。
 たとえその本人からの頼みであってもAPには承諾しかねることであったが、ちょうどその会議は米国のヒーロー団体との会議であり、警備は十分であったのだ。
 その警備の戦力だけならば優にAP一人分などまかなえるほどのものである。結果として、TPに強く頼まれたこともあってAPはその頼みを承諾してしまったのである。

「……その結果がこれだ」

 ほんの本部を離れて数十分間。たったそれだけの期間に状況は一変している。
 仮にAPが居たからといって何かが変わるわけではなかったが、それでもこんな状況にTPの傍にいられなかったことこそが彼女にとって問題なのだ。
 APにとってそれは護衛失格に等しい。それで許されるのならば自ら腹を捌くことすら厭わないだろう。
 だがそんなことに意味はない。彼女もそれを理解しているからこそ、苛立ちながらも戻ってきたのだ。

「……行きましょうキン。入り込んだ害虫がどれだけいるのかは知らないけど、まとめて掃除すればいいだけ。

ただ……いつも通りにするだけよ」

『ハーイ』
302 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:16:22.45 ID:nZ3oq+wSo

 APが乗ってきたバイクのサイドカーから降りてその後をついていくのは、キョンシー型エクスマキナ、キン。
 そして本部入り口に入る直前にその形はばらけ、変形してAPに装備される。
 その能力である脚力を生かして、上から入る方が手っ取り早いが、結界が邪魔をしてその手段はとることはできない。
 故に、APの目先の目標はこの結界を解除することを念頭に置いていた。

「……結界系の能力者は基本的に、その強度が能力者との距離によって強化される。

これだけの結界ならば、この建物内にその能力者はいることは、想像できるはず。

それに……」

 エレベーターは停止しているために使えない。よってAPは階段を一段一段上がりながら考察する。

「……これだけ強固な結界なら、おそらく元々『閉じこもる』ための結界。

そういう前提で生み出された、外界と自信を隔絶するための物」

 APの脳裏に浮かぶ幼少期の記憶。
 母親にいいように使われ、外の世界を知らず『閉じ込められて』きた経験が囁く同族の感。

「……反吐が出る。自ら閉じこもるなんて……」

 そして階段の手すりに足をかけて上を見上げる。
 その先には折り返す階段の構造上、上階の様子が一直線に見ることができる。
 APは手すりに掛けた脚を蹴り、一気に上昇する。
 1階から一気に5階へ飛び、それより先を阻む異物を感じたためにAPは急に反転し、その『断面』に脚をつける。
 そこは傍から見れば何もないのだが、その両脚は確かに何かの存在を伝える。
 そここそがこの同盟本部全体に張られている結界の下層の断面であり、これ以上、上には進めないことの現れであった。
303 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:16:54.69 ID:nZ3oq+wSo

「……多分、この階に」

 ――この結界の主がいる。
 そう考えたAPは5階の階段踊り場に着地し、そのまま能力によるフロート移動で足音を立てないように本部5階へと入った。
 元々は、通いなれた職場であったが、今は何者が潜んでいるかわからない伏魔殿だ。
 そういった意味でAPは警戒を解かぬまま、無人となったオフィス内を進む。

 同盟本部は巨大なビルである。
 当然階層を上がる手段は単一ではなく、複数のエレベーターがあらゆる場所にある。
 その中でも、APが上がってきた非常階段の脇にあるエレベーターは一番隅であり、それと対極をなすようにもう一セット非常階段とエレベーターが備わっている。
 エレベーター前は、ベンチと自動販売機が備えられており休憩スペースとなっているためある程度の広さがあった。

「……子供?」

 そのAPが上がってきた非常階段と対を成す場所に存在する休憩スペース。
 真ん中のベンチに一人小さく座る少女の姿が見える。
 この5階は結界に覆われていないために、すでに避難は完了しており閑散としている。
 そのような状況の中で、この場に場違いのように存在する少女は怯えたような眼をしながら周囲を警戒していた。
 もしも短絡的な思考の持ち主ならば逃げ遅れ取り残された少女だと考える者もいるだろう。
 だが冷静に考えて、このビルのオフィススペースにヒーローでもないただの少女がいるはずがないし、皆が避難している中で一人だけベンチに座って怯えているだけなど鈍くさいで片づけるには無理がある。

「……即ち、敵」

 普通のヒーローならば、怯えた瞳をする少女に問答無用で攻撃を仕掛けるなどということはしないだろう。
 だがここにいるのは同盟トップのTPに忠誠を誓った番犬であり猟犬だ。
 容貌が如何様であろうと手加減をする心など持ち合わせていない。

「……ならば排除、のみ――!」
304 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:17:33.44 ID:nZ3oq+wSo

 物陰から様子をうかがっていたAPは手持ちの武器のセーフティをすべて解除していた。
 あの明らかに戦闘向きではない少女の姿からAPはおそらくあの少女こそがこの結界の主であると推理する。
 ならば防御力は十分であり、生半可な火力など意味を持たない。
 故に初撃から高火力を出し惜しみする必要も何もないのだ。

「……消毒(ファイア)」

 物陰から躍り出たAPはその両腕を直線方向先の少女へとむける。
 その袖の中から覗くのはグレネードランチャーの砲身。
 その量筒の中から打ち出された、火力の詰まった砲弾は一直線に少女へと向かっていく。

「……え?」

 少女が自身に飛来する物体に気付いた時点で、それらは既に眼前である。
 当然少女は何のアクションも起こせぬまま、グレネード弾は着弾し爆音と業火がうねりを上げる。

「……続けていく。キン」

『アイアイ!』

 両腕の砲身が切り替わる。
 次に覗かせるのはアサルトライフル。
 間髪入れずに鉛弾を爆炎の中に叩き込んでいく。
305 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:18:01.49 ID:nZ3oq+wSo

『不意打ちとは卑怯千万、相手は騎士道の誇りも持ち合わせていないようですぞ。姫』

 だが爆音の中に響く異物の声と、弾丸を縫うように正面から躍り出た影をAPは視界に捉える。
 すぐさま片腕を鉤爪に切り替え、接近してくる影への迎撃態勢を整えた。

『ほう、反応は良し。だが温い!』

「――キン」

『ガッテン!』

 その影は剣のようなものをAPの前で振り下ろす。
 銃弾が被弾しているにもかからわらず、金属を打ち付けるような音とともに銃弾を弾くその影に内心若干の驚愕を禁じ得ないAPはすぐさま振り下ろされた剣を鉤爪で受け止めた。

「……ぐっ!?」

 その振り下ろされた鉄塊の衝撃は、鉤爪を伝ってAPの全身に響く。
 能力による浮力はあっけなく打ち破られ、両の足の裏は床に着いた。
 片腕では弾ききれないのと、銃弾程度ではダメージを与えられないことを理解してもう片方の腕も鉤爪へと変え、剣を受け止めている片腕に加勢に入る。
 両腕で辛うじてそれを弾いたAPは、正面に迫ってきたその影から距離をとるため後ろに下がった。

『ここで引くか。騎士としては敵を前にして後ろに下がるなど言語道断。

しかし戦況を見るのならばその判断は是であろう。誇りを持ちあわあせぬ汚い猟犬にはよく躾けられていると褒めてやろう』
306 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:18:49.50 ID:nZ3oq+wSo

 APは距離を取ったことによってその影の全容を知る。
 2メートル近くあろうその『甲冑』は独特の意匠の物であり、創作上の騎士を思わせる風貌である。
 その手には『刃』のない西洋剣が握られており、刃などなくともその重さのみで人を圧殺できるだけの重圧がある。

 そして何より甲冑から常に漏れ出している、否、甲冑をも形成している不定形の光るエネルギー体は、その甲冑の騎士『自体』に中身が存在しないことを表していた。

「……『ゴースト』」

 同盟のヒーローにも同じような能力者はいる。
 人の心の奥底の具現であり、実体を持った幽体。
 ならばさしずめ、あの騎士は自らを危険から守ってくれる近衛の騎士か。

「……メルヘン趣味が」

 そしてAPは騎士よりも先、グレネード弾を撃ち込んだ先を見据える。
 確かにその場は焼け焦げ、スプリンクラーが回っているが明らかに爆発に見合う被害ではない。

「……な、なんなんでしゅか?あなたは?」

 そして依然『傷一つついていない』ベンチに座ったまま『無傷』の少女は、顔面から液体を流出させながら相も変わらず怯えたままこちらを見ている。
 つまりは先制攻撃など無意味だったかの如くの状況であり、戦況としては姿を隠していたアドバンテージすら失ったこちらの分は明らかに悪くなっていた。

「こ、この……くるみに、なんのようでしゅか〜!?」

「……チッ」

 くるみと名乗った少女は、泣き叫びながらAPへと尋ねてくる。
 だがその疑問にAPは返答することなく、小さく舌打ちをした。
307 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:19:17.58 ID:nZ3oq+wSo

 APの舌打ちの理由、それはことごとく予想が裏目に出て、なおかつ最悪の方面へと舵を切っていることである。
 そもそもAPの第一目的は結界の排除、およびその術者の排除である。
 結界などの力はそもそもが空間に作用するものであり、規模に比例して力を消耗する。
 当然維持するための集中力も相当なものになり、その間無防備になる結界能力者を護衛する者もいるだろうと踏んでいた。

 だがあの少女、くるみはその能力が自らに対して『自動』で働いていた。
 パッシブであれほどの強度の結界を実現するということは、並大抵の能力限界ではないうえに、デフォルトであの怯えた小動物のような精神状態だ。
 元から錯乱している人間に対し、攪乱させて集中力を途切れさせ結界の解除させるなど無理な話である。
 言わばくるみはAPにとって今までの結界能力者の常識を覆すような存在であり、力ずくで突破できる存在ではないことを意味していた。

 さらに厄介なのは目の前の『甲冑』のゴーストだ。

「……コイツ、結界と同じか」

 突破口の一つの解として考えられるのは、くるみを気絶させることである。
 仮に結界で守られているにしても、目の前で攻撃を続けその精神を追い詰めていけば何れは防衛本能で意識を手放すだろう。
 実際あの小動物的な気質が彼女であることが正しいのならば、そういった手段をとることも難しくない。

 だがそこで直接危害を加えることをこの甲冑は邪魔をしてくる。
 推察するにこの甲冑の『ゴースト』は結界と同じ力でできている。すなわちこの『ゴースト』の持ち主もくるみであるということだ。
 結界による鉄壁の防御だけでなく『ゴースト』による反撃という攻撃手段を持ち合わせている以上、APはくるみに対して一方的に攻撃することは出来ず、甲冑の相手も必要となる。

 実際あのくるみという少女は決して戦いに向いているような性格ではない、臆病で小心者な弱虫だ。
 だが、戦わずとも自らを守るための『陣地』と『防衛』の能力が極まっており、彼女の一人で鉄壁の城砦が完成してしまうまさに聖域の守護者だ。
308 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:19:53.42 ID:nZ3oq+wSo

「……だが、こんな、ことに」

――こんなことにかまけている暇などない

 APにとってここは通過点だ。一刻も早く自らの主の元に戻ることこそ命題である。
 ならばそこにあるのはただの堅い壁だ。

「……いつも通り、押し通るまで」

 この甲冑は、くるみにとっての深層心理が生み出した『理想の守護騎士』なのだろう。
 自らを危険から遠ざけてくれる私だけの近衛と。
 ならばそれを砕けなければ、あの心の壁そのものである結界など粉砕できる道理などない。

『覚悟は決まったようですな。……姫、お下がりください。

狂犬の相手はわたくしめにお任せを。姫は変わらず、安全な場所に居てくだされ』

 APは甲冑のその言い回しに脳がざわつく。
 結局のところ、ゴーストは自分の力であり他人ではない。
 あのゴーストはくるみの意思に関係なく自動で動いているようだが、そもそもが少女自身が望んで作り出した中身のない人形である。
 そんなゴーストが守ってくれると、安全なところに居ろとほざくのだ。
 それは自作自演の自愛でしかなく、ひどく歪で内向的だ。

 自己完結し、他を見ようとしない少女。

「ふぇ、ふええ……」
309 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:20:36.57 ID:nZ3oq+wSo

 怯えているように見えるが、結局のところ外敵であるAPに怯えているのでなく、『外』そのものに怯えているのだろう。
 なるほどこれは究極の引きこもりだ。自分を甘やかすためだけに作られた、永世不滅の城。

「……とっとと、片づけましょう」

 APにとってもその少女のあり方は歪で、そしてその意気地のなさに脳が苛立つ。
 だがこの場において個人の感情など不要。滅私奉公の精神でただ自らの主の元へと向かうだけだ。
 そこまでの通過点であることをAPは自らで再確認する。

「……いざ」

 フロート移動とエクスマキナの脚力によって、甲冑との距離を詰めんとAPは駆け出す。
 それに相対するように甲冑も、その騎士然たる姿を崩さず、身の丈近い鉄塊の剣を構えた。

『その意気や良し。このユーウェイン。正道の勝負ならば騎士道に則り剣を振ろう。

しかし、そもそも姫を守る身であるこのわたくし。その信条に基づき姫に仇名す貴女に手加減なぞ出来ぬことを知れ!』

「……うっとおしい!この……時代錯誤の童話の騎士が……っ!」

 鉤爪と剣が相対し、幾重にも重ねられた金属音が鳴り響く。
 これより始まるのは一見すれば忠の戦い。自らの主へ赴くための彼女か、自らの姫を守らんとする虚像かだ。

 そして少し離れた場所。蚊帳の外で少女は相も変わらず怯えている。

「だ、だれか……たしゅけてぇ……」

 助けを呼ぶその瞳は何も映していない。その言葉はただ助けを求めるか弱い自信を演出する自愛の救援。
 そこに意味はなく、少女は自ら築いた強固な砦の塔の中で、一人外界を忌避し、自分だけを愛しながら心を自傷し続ける。

310 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:21:05.01 ID:nZ3oq+wSo


***


「なかなかに因果なものよねぇ。

『ウルティマ・イーター』に相対するのは究極生物の雛形で、くるみと対峙するのは同じ操り人形の犬。

まぁ王道を嫌うアタシとしては唾でも吹きかけて、もうちょっとドラマチックに台無しにしたい気分だけど」

 両腕義手の悪鬼は熱を持つ丘の上で足を組み、片手の指を動かしながら手持無沙汰につぶやく。
 その会話の矛先であるヘルメットを被った武骨な大男はどこに視線を向けるわけでもなく無言で静止している。

「所詮アタシは一人しかいないから、そこまで手を回せないのが惜しいわ……。

とりあえずこっちはこっちで仕事を楽しみながら取り組もうじゃない?ねぇ、ネクロス」

 ネクロスと呼ばれたヘルメットの大男は声がかかったのにもかかわらず、相も変わらず無言を貫く。
 その肌を一切露出させていない男であるネクロスは、視線さえもヘルメットに隠れ一切の生物性が感じられない。
 反応を示さないネクロスに対してカーリーは退屈そうに小さくため息をつく。

「はぁ……つまんねー。アタシとしてはもっと騎士兵団の連中とは仲良くしたいんだけどねぇ。

どうにも行動はソロだったり、組まされても今回みたいにまともにコミニュケーションとれる人間よこさないって……まったくアタシって信用されてないのかな?」
311 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:21:37.22 ID:nZ3oq+wSo

 イルミナティ騎士兵団内の境遇に不満を漏らすカーリーだが、特に顔色に不平はなさそうな顔である。
 そもそもカーリーは味方でさえも食いつぶしかねない魔性の悪鬼だ。
 下手に組ませて任務に出せば、組まされた人間は良くて廃人、ほとんどの確立で物言わぬ無残な死体で帰ってくることが目に見える。
 そういった意味でイルミナPにしてもエイビスにしても、カーリーという爆発物のような存在の扱いには細心の注意を払っていたからである。

「まぁいいわ。周りがいくら自由にさせなくとも、アタシはいつも通り好きにするだけ。

そろそろ掃除も済んだことだし、先へ進もうじゃない」

 せわしなく動かしていた右手の指は指揮者のそれと同じだ。
 それが集結の意を示せば、ビルの中に散開させていたカーリーのジェット推進の義手たちが、主人の元へと集ってくる。

 集結する義手は一つも漏れず手ぶらでは帰ってこない。
 その手先には、必ず一つ以上の肉袋を引きずりながらカーリーの下で集積する。

「お腹いっぱいごちそうさまだよ。いい絶望をありがとう諸君。

ネクロス、生体反応はどうかしら?」

「……コノ階層上下10かイの範囲にオイテ、人間の生体反応ハカーリーサンのみデス。

後ハ掃討が完了シタカ、これ以上の上階ニ逃げ込ンダのでショウ」

 ネクロスのその言葉を聞いて、カーリーは丘の上から飛び降りる。
 床に着地したカーリーはぴちゃりと広がる液体を踏みしめながら先へと進む。
312 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:22:35.52 ID:nZ3oq+wSo

「できることなら、やはり凝っていきたいよねぇ。

ネクロスはこのまま一階ずつ上がりながら、その階層にいる人間を全部始末していきながら来て。

逆にアタシは上から下に行くから」

 何も言わず後ろをついてくるネクロスを振り返りながらカーリーは言う。
 そのスーツは既に赤黒く染め直されており、その肌さえも血に濡れていないところはない。
 ロビーでは巧妙に隠されていた両腕の義手は露出しており、血に濡れた指先が狂気を拡散している。

 そして本来は白を基調としたオフィスの廊下は鮮血の塗料で地獄に塗り替えられていた。
 先ほどまでカーリーが座していた温度を持つ丘は、すべてが新鮮な死体がいくつも折り重なることによって築かれた墓標である。
 丘から流れ出した流血と、骸を積み上げた肉袋の丘は文字通りの屍山血河。
 この同盟本部に突入してから10分足らずの間に地獄の一端が誕生していた。

「了解。確認しまスガ、生きていル人間を見ツケタ場合、殲滅でイイカ?」

「もちろん」

「全員カ?」

「例外なく、余さずに1階ずつ」

「命令を受理スる」

 ネクロスはそう答えると、ヘルメットの中で機械の音のような駆動音がする。
 そしてカーリーを振り返ることなくそのまま階段を上がっていった。
313 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:23:10.73 ID:nZ3oq+wSo

「効率的なのは古来より挟み撃ちが常套。

それに、ネクロスは命令されれば止まらない機械と同じだから情に訴えても絶対に止まらない。他のヒーローを追い立てるのには実に打って付けよね」

 カーリーは身にまとった他者の流血を振りまきながら回し蹴りをエレベーターの扉へと打ち込む。
 吹き飛んだ扉の先にはゴンドラはなく低階層から上階層へと一直線につながる縦穴が覗かせていた。

「下が危険だと知っていれば上に逃げる。

煙は追い立てられるように空へと昇り、馬鹿は高いところが好き。

ええ、アタシも好きよ。安全圏内にいると勘違いした平和呆けの阿呆たちを追い立てるのは。

どうせ使う当てのない命、アタシのために輝かせて、死の間際の絶望を舌先に運んでちょうだい」

 カーリーはエレベーターの縦穴を垂直に飛び上がる。
 明らかに人間の脚力を超越した飛翔によって、カーリーの姿は穴の上のほうの暗闇へと消えた。

 そして後始末でもするかの如く、残った義手の掌の先から火炎放射器の銃口が露出。
 この階層に集められた屍山血河を焼き払ったのちに、義手たちはカーリーの後を追うようにエレベーターの穴へと消えていった。

314 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:23:41.98 ID:nZ3oq+wSo


***


 いつのころからか、とてもおなかが空いていた。



「第――次、細胞移植実験を始める」

 はじめは、沢山の『みんな』を繋げられた。
 その誰もが、痛い痛いと泣き叫んでいて、切り刻まれて縫い合わされてくっ付けられるたび、そのみんなの数だけ痛みは倍増していく。
 いつも頭の中にはみんなの苦痛が溢れていて、そしてあたしも例外なく体中が痛くていつも泣いていた。

 だけどたくさん繋がれていたから、どれがあたしの目なのかわからなくて、仕方ないから出せる場所からはとにかく出した気がする。
 逆にそれはみんなにとっても例外じゃないから、いろんなところからみんな出していた気がする。

 いつも響くみんなの声であたしの声がよくわからなくなっていく。
 ぞうさん、きりんさん、くまさん、おうまさん、とらさん、みんな、みんなみんなみんなあたしにつながっていて、あたしはどれとも違っていたはずだったのに、いつの間にかみんなと溶け合っていた。
 あたしは『何』だったのか、姿がよく思い出せなくなって、寄り集まったみんなと一緒に溶けていく。
 そしてみんなの中にあたしが溶けきったら、それでこのみんなの痛みからあたしは解放されるのかと、やっと楽になれるのかと思ったら。

 どこかの誰かが、いつもその直前で引き上げるのだ。
 いや、どこかの誰かじゃない、誰もが、みんなが、あたしがいなくなることを拒んでいる。
 そしていつも、どうあがいても、その中心に座らされて新たな『みんな』を歓迎しなければならなかった。
315 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:24:24.78 ID:nZ3oq+wSo

『僕は――』

『私は――』

 新たに加わるみんなの名前は、あたしの意識に届く前に溶けて行ってしまう。
 もう溶け合って、姿が見えなくなったみんなもいるけど、あたしはいつになってもそこには行けない。
 後から来たみんなに先を越されて、わたしはずっと一人きりで痛いのを繰り返す。

 どうかみんな、あたしを仲間はずれにしないで。あたしもその『中』にいれて。
 一緒に混じって溶け合って、あたしもあたしだけが感じる痛みから抜け出したいから、だから。

『それはダメだよ。なお』

 あたしが頼んでも、みんなはそう言ってなかまにいれてくれない。
 あたしだけがいたいままで、あたしだけが苦しいままで、みんなも感じているはずの痛みは、あたしだけがあたし一人として受けている。
 心を共有できない悲しみであたしは一人涙するのだ。

 もうこんな『椅子』いらない!
 あたしもみんなと一緒になりたい!

「……実験失敗。この程度の戦闘能力もないのでは駄目だな」

 ぐちゃぐちゃ、ばりばり。
 あたしは壊れる。砕かれて、溶かされて、元に戻って、砕かれて。

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 あたしは逃げ出した。でも鎖は相も変わらずその椅子につながっている。



 
316 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:25:05.33 ID:nZ3oq+wSo



「これも一応素体は人間だ。であるならば『原罪』は必ずある。

ならばそれを一つ一つ呼び起こしていけばいい」

「暴食の核、移植実験を行う。なお本実験はこのイチノセの指揮の下で行い、緊急時にはコロナ・プロセスによる終了手順に則る」

 随分と久しぶりに、なかまが入ってきた。
 いや、それは仲間なんかじゃない。形はなくて、とても暗くて、誰もが持っているもの。

 空気のようにかたちのないそれは、すぐにあたしの中に充満する。
 みんながそれに晒されるたびに騒ぎ出すのだ。

『お腹空いた』

『ご飯食べたい』

『ああ、痛い。空っぽのお腹がいたいよ』

『もっと、もっと、足りない。足りないの』

 たまらなく、おなかが空いてくる。
 なんだか久しぶりに目を開ける。ああ、まわりはご飯でいっぱいだ。
 あたしは『誰』だっけ。まぁいいや。みんなで食べよう。

『僕はこれ』『私はそれ』『じゃあぼくはこれ』

 みんながみんな、思い思いにご飯を食べる。
 ああ、でも足りない。まだ足りない。あんまりおいしくないけど、この空腹は口の中に唾を出し、文句も言わず食べ続けろとあたしに指示する。
 この目はおいしい。脚はあんまりおいしくない。腸は歯ごたえがあって癖になる。耳は苦手。心臓は特に大好き。
317 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:25:42.41 ID:nZ3oq+wSo

「おええええええええええあああああああ、げほ、あ、あ、あ……」

 いやだいやだいやだいやだいやだ。
 あたしはホントはこんなもの食べたくない。
 食べたものを吐こうとしても、空腹は満たしたものを一片たりとも逃さず、口からは何も出ない。
 そしてまた、吐いた唾さえも舐めとってしまいそうな気になって、近くの肉を口に運んで、食べて、押し込んで。

「実験失敗。拒絶反応でアポトーシスを起こしている。すぐに再生はしているが自分で壊して自分で回復する機能に何の意味があるというのだ。

これはとんだ無駄骨だな……。これで『究極』の一端とは。もともとが陳腐な言葉ではあるが、実にこれでは呆れ果ててしまいそうだよ。

仮に他の『罪』をつけてもあまり意味はなさそうだ。……やはり自発的に目覚めないと駄目か。

……とは言うものの、時間はない。ここらが潮時か。後のことは所長に任せて私はいつも通り失踪するとしよう」

 食べたい、でももう食べたくない。誰か、あたしのこの満たされない『思い』を満たしてほしいの。

 いまのあたしにあるのは心臓下の洞穴とその穴から絶えず響く空腹を喘ぐ絶叫。
 視界不良はずっと続いていて、光が見えない。

 ああ、いつか見たあの光をあたしにください。いい子にしますから、どうか。




 
318 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:26:19.49 ID:nZ3oq+wSo



「ええい、どこへ行ったイチノセ博士は!?

データもない?どういうことだ!ふざけるな!追え、所長権限だ!今すぐに!

……ああ!?今度はなんだ?

何!?宇宙管理局の船が接近しているだと?くそ、なぜバレた……?

ああ、くそ。あの博士感付いて真っ先に逃げたか!……ああ、くそが、くそがくそがああああ!!!」

 今日はなぜだか一段と騒がしい。
 今日のご飯はおいしくなかった。そんな気がする。あれ、これは今日のことだったっけ?
 まぁいいや。おなか、すい

「ああああああああああああああああああああ!」

 ああ、いやだ。あたしはおなかなんて空いていない。
 みんなどこ?あたしを一人にしないで!あたしを置いていかないで!

 数刻前に食べたはずの中身が消えてしまった空っぽの胃袋は、狂おしいほどの渇望が沸き上がる。
 体中の黒色は、あたしの体を侵食するように食い込んでいる。
 いつも周りには、こっちを見る誰かの目が数多。
 どれくらい経過したかわからない時間は、あたしの中の孤独と飢餓を化膿させて頭の中にまで蛆のように這いまわる。
319 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:27:10.53 ID:nZ3oq+wSo

 いやだいやだ。うるさくしないで。そっとしておいて。
 あたしはもう何も食べたくない。肉も野菜も魚も人間も、もう沢山。

「誰か……助けて」



「突撃用意!」

「……ようこそ。我らの最高傑作のショーへ!」

 あたしの前に誰かが来た。お願い。そっとしておいて。
 お願いだから、あたしの前に『食べられるもの』を出さないで。
 どうせ救われないあたしは、このまま居なくならせて。

 あたしは暗闇に慣れてしまったその瞳を前に向ける。
 みんなが見てる。彼らを見ている。そう、みんな同じ人を見た。
 黒色に塗りつぶされた光彩に走る鈍痛に似た刺激。
 あまりにも眩しくて、おもわず目を閉じてしまいそうになったその姿。

 あたしはそのとき、きっと光を見たのだろう。



 
320 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:27:41.15 ID:nZ3oq+wSo



***


 疾走する奈緒の背を追尾してくる髪の蛇頭は幾重にも編み込まれた暴食の触覚だ。
 蛇頭の顎は逃げるその背を捕らえようとする寸前で奈緒の疾走のほうが上回り、直前の床材を砕くに終わる。

 だが執拗に追ってくる蛇頭に切りはない。一つが仕損じれば、別の蛇頭がさらに奈緒の肉体を捕食せんと追い立てる。
 当然奈緒の背後から追うだけでなく、あらゆる方向からも蛇頭は奈緒を攻め立てる。
 時には進行方向正面。時には挟撃。時には上方。そしてさらには全方位から。

 だが奈緒も捕まるわけにはいかない。半ば意地によって保たれている全力疾走は、獣のそれと同等に近い。
 そしてそんな中でも冷静に戦況を把握しつつ、『単調』な蛇頭の動きを紙一重で躱していた。

「くっそお……しつこいんだよ!」

 脚で床面を蹴り返し方向を反転、そして向かい来る蛇頭を両腕の虎の爪で切り伏せながら悪態をつく奈緒。
 奈緒が蛇頭の本体である『カース』ことウルティマ・イーターの方へと目を向ければ、切り伏せられた蛇の髪は泥となって地面を這って行きウルティマの足元の泥の水溜りへと帰還、そして新たな蛇頭が奈緒の方へと向かってくる様子を目にした。
 その様子から、いくら蛇頭を切り離しても、それは泥となってすぐに主の元へと帰還し再生することを表していた。
 仮に、このサイクルを止めようと思うのならばおそらく浄化の力によって還元される前に泥を蒸発させなければならないだろう。
 だが、それが可能なきらりは奈緒の視界の片隅、壁にもたれかかって気絶している。

「いくら油断してたからって、本当に失敗だよ……。あたしがもっとちゃんと気を張っていれば」
321 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:28:12.80 ID:nZ3oq+wSo

 そもそも4人で同時にウルティマに攻撃すれば、このような劣勢にはならなかったかもしれないと奈緒の脳裏によぎる。
 実際、いつものように4人で協力していれば確かにウルティマは強敵であるもののここまでの苦戦は強いられなかったはずだ。

 だが所詮は過ぎたことだ。今この場でウルティマに相対しているのは奈緒だけである。
 きらりと李衣菜はこの同盟本部一階のホールの片隅で戦闘不能になっていた。

 そうした意味で幸いだったのは、動けない二人がウルティマの標的になっていないことである。
 ウルティマの攻撃物量は膨大であり、その獣性は脅威である。だがそれは単純な思考しかできないことであり、一度経験したことには無条件に慎重になってしまうことであった。
 単純に言ってしまえばウルティマにとってきらりと李衣菜は『触れたくない』のである。
 きらりは常時浄化の力を身にまとっているようなものであり、李衣菜は電撃を発することができる。
 触れられない浄化と触れれば自らに降りかかるかもしれない電撃はそれだけでウルティマへの牽制となっていた。

「だからって、事態は好転しないんだけど、も!」

 だが二人が戦えない事実は健在だ。今でこそウルティマの標的は奈緒に絞られているが、いつ他の二人に移るかもわからない。
 奈緒は出来るだけ注意をそらそうと大ぶりの動きをするが、それはただ悪戯に体力を削っているだけかもしれない。
 このままではじり貧なのは奈緒も理解している。ここでウルティマの本体へと切り込むかどうかを思考する。

『奈緒、下だ!』

 視界に映る蛇頭はすべて把握していた奈緒だったが視界の外であるその攻撃は、そのままであったなら一瞬の思考の隙をつき確実に奈緒の懐へと届いていただろう。
 だがその突如耳元に聞こえた声に反応し、その場を飛びのいた奈緒が目にしたのは足元の床を貫いてきた蛇頭が一つ。
 間一髪回避した奈緒は、追尾してくるその蛇頭を蹴り千切り、バックステップの勢いを殺すように床を滑りながら静止した。
322 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:28:49.07 ID:nZ3oq+wSo

「夏樹!?無事なのか?」

『まぁ……完全に無事とはいいがたいけど、アタシは十分に健在さ。

そっちの状況は……良くはないか』

 奈緒が視線を横に向ければ、そこには浮遊するアイユニットが存在する。
 それは夏樹の視界でもあるアイユニットの一つであり、夏樹の声を届けることができる唯一の通信機能付きのものである。

「無事じゃないって、そっちはどうなんだ?」

『アイユニットがほとんどやられた。こっちの視界を確保するために手元に一つ、そっちの状況を観察するために忍ばせてるのが一つ、それと今奈緒の隣にあるやつの合計3つだ。

ほんと、こういうことになるんなら予備作ってもらっておけばよかったよ。でもまぁ四の五の言ってらんないけどさ』

 複数のアイユニットから成る夏樹の視界は確かに強力だが、外付けであることは弱点でもある。
 人間の眼球のように体の一部ではないため攻撃されたときに自営の手段がなく、すべて破壊されてしまえばそれこそ戦闘不能と変わりはない。
 よってこれ以上視界を減らすような不用意な行動が夏樹には出来ないことを表していた。
 当然アイユニットからのレーザーはなるべく控えるべきであることもだ。

「つまり負傷とかは無いってことなんだよな?」

『ああ、そこについては問題ないよ。まぁアイユニットはわりかしコストが高いらしいから技術部の人たちには迷惑かけることにはなるけどな』

「それこそ、必要経費ってもんだろ。とりあえず無事なら何よりだよ」
323 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:29:20.83 ID:nZ3oq+wSo

『とはいっても、これ以上はサポートする程度しかできないから、奈緒には負担をかけることになっちまうな』

「それくらい、問題ないって。というかそれよりも、きらりと李衣菜を何とかできないか?」

 いつまでもお喋りをしていられるほど敵も甘くはない。奈緒は再び迫りくる蛇頭を両手の爪で切り裂きながら夏樹に頼む。
 未だ標的は奈緒に絞られているが、いつその矛先が倒れ伏すきらりと李衣菜に向くかわからない。
 李衣菜は比較的頑丈なので態勢さえ整えれば十分に戦線復帰は可能だろうが、巨腕に好きにされたきらりのダメージはより深刻であろう。
 このままロビー内に放置しておくのは良くないことは明らかであった。

 だからこそ夏樹のワープホールならば二人をこの場から離脱させることは容易であろうと奈緒は提案したのだ。

『わかった!それくらいはできるさ』

 夏樹が答えた瞬間、李衣菜の足元に黒い穴が開く。
 夏樹は天井付近に待機させている一つのアイユニットで李衣菜の位置を把握しており、ワープホールの中に李衣菜が落ちていくのを確認する。

『オッケー!だりーは回収した。次はきらりだ』

 当然きらりの位置も把握しており、夏樹はきらりをこの場から離脱させるべく再びワープホールを生成しようとする。




「ッ!?」
『これは!?」
324 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:30:17.39 ID:nZ3oq+wSo

 だがその前に二人を襲ったのは全身に走る悪寒だ。
 背筋に氷柱を入れられたかのように走る感覚は、危機感による警鐘である。
 それは周囲から大量の視線が自分一人に向けられているような、群れを成した獣の群れの標的にさせられているかのような全身を貫く視線。
 そしてそれは紛れもなく現実であり、ウルティマから伸びる黒い影は間違いなくこちらを見ていたのだ。

 奈緒の方を、夏樹の方を、そしてきらりの方を。

『何処ヘ……イクノ? アタシヲ、マタヒトリニスルノ?』

 黒い泥から覗く数多の眼に夏樹の判断は一瞬遅れてしまった。

『しまっ――』

 気が付いた時にはもう遅い。状況を俯瞰していた天井近くの夏樹のアイユニットを取り囲むように迫りくる髪から伸びたいくつもの蛇頭。
 その顎はアイユニットを粉々に破壊するために牙をむき出しにして迫りくる。

『くそっ!』

 蛇頭に囲まれたアイユニットによる苦し紛れに放ったレーザーは、回転しながら取り囲む蛇頭の胴を焼き切った。
 だがすべてを切り裂く前に、届いた一本の牙がアイユニットに掠りその飛行機能に損傷を与える。

『これ、は――』

 そして落ち行くアイユニットが最後に移した光景は、混じりけのない黒色だった。
 いつの間にはロビーの天井に存在していた黒い影から現れたのは同じように漆黒の一匹の獣。
 獣がその大顎を開いて落ち行くアイユニットを追いかけるように丸呑みした。そしてその視界が最後に移したのは光さえ届かない深い闇。

 だがその中身は一色の黒ではなく、ひどくその色は寒々しい。
 わずかな視界の中で夏樹が感じたそれは、『あの』少女の孤独と、耐え難い飢えの一端だった。
325 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:30:43.66 ID:nZ3oq+wSo

「ほんとに、なんでこんな!……きらり!」

 夏樹が深淵を覗いている一方で、奈緒は全身に泥の装甲を身にまとう。
 その姿はウルティマが初めにしていた黒い泥を纏った獣の形態と似たものであり、周囲に禍々しさを放っていた。

 奈緒的にはこの姿は狂気に満ちすぎていてヒーロー地味ていないということであまり好きではない。
 だがこの状況で姿形がどうのこうのなど言っていられなかった。『視線』に敏感な奈緒には気づいたことがあったからだ。
 ただあのウルティマの視線が、自分や夏樹のアイユニットだけに向けられているのならまだよかったのだ。
 問題なのはあの瞳が未だ気絶したままであるきらりを標的に定めたことであった。

 それは無抵抗なきらりへと大量の蛇頭が迫っていることを示していた。
 だが当然奈緒の方へも行く手を阻むように雪崩のような蛇の頭が迫り来ている。
 ならばこそ、それさえも突破できるほどの貫通力のある攻撃が奈緒には必要だった。

「うう――うおらああああ!」

 異形の獣の姿となった奈緒は雄たけびを上げながら、蛇頭の群れへと突進する。
 巨体に似合わぬその速度は、食らいついてくる牙をまるで物ともせず置き去りにして、容易に包囲網を突破した。
 奈緒は全身が凶器と化した暴風となり、千切れ泥へと回帰する蛇頭を置き去りにしながらきらりの前へと躍り出る。

「やらせる、かぁ!」
326 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:31:20.49 ID:nZ3oq+wSo

 きらりを標的として向かっている蛇頭は前方のあらゆる方向から食らいつくさんと迫りくる。
 奈緒だけならばどうとでもなるが、後ろにきらりがいるとなれば話は別。放射状に迫ってくる蛇頭の一本でも後ろにいるきらりの元へと届かせるわけにはいかなかった。
 多様な軌道を描いてくる攻撃には、今の奈緒ではあまりにも手数が足りない。

「足りないなら、増やせばいいだろ!」

 思い浮かべるは目の前のウルティマが初めに行っていた泥の腕。
 その巨腕はロビー内の逃げ惑う人々一切を捕縛し、食らいつくそうとした暴食の魔手。
 ゆえに、手形らないのならば増やせばいい。単純明快な答えであり奈緒はつい先ほど見た『手』のイメージを基にこの場を対処できる手数を形作る。

(巨大な手じゃ強力だけど隙が多すぎる。じゃあ小さくて、その分数を足せばいい!)

 異形の獣の姿をした奈緒の纏った泥はさらなる変異を始める。
 背中が泡立ち、鋭利な爪を備えた強靭な腕が新たに4本生成され、奈緒の姿は獣よりもさらに禍々しい六手の魔獣へと変貌した。
 その姿は醜悪であり、まさに鬼とも悪魔とも形容できる魔性の容貌。
 だがこの際見てくれなどにかまっている余裕などない。

「まったく……こんな姿じゃどっちが悪だかわかりゃしないって。

だけど、仲間を守るためなんだから見た目くらい多少は仕方ないよな。だって大切なのは誰かを思う心だって!」

 後ろで倒れ伏せる心優しき少女ならこういうだろう。見た目とか行動とか目に見えるものだけが大切なのではない。本当に大切なのは何かを思う心であり、心があるからこそそれが現実に反映されるのだと。
 ならば奈緒も、今はきらりが大切だからこそ今ここで守っているのだ。そのためならば多少見た目が悪くても、結果が付いてくるのならば問題はないと判断する。
 自分を救ってくれたこの少女をこれで救ってお相子などというつもりもない。
 奈緒がこの場に立つ理由として、きらりが大切な友達であるだけで十分なのだ。

「うおおおお、らああああああぁ!』
327 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:32:03.51 ID:nZ3oq+wSo

 異形化した泥は奈緒の雄たけびさえも正しく反響させず獣のようになって伝わっていく。
 新たに増やした腕は、今も休むことなく動き続け依然迫りくる蛇頭を一切余すことなく切り伏せていた。

『そうだ、あたしがみんなに救われた』

 奈緒をあの絶望の底から手を差し伸べて、救ってくれたのは彼女たちだ。
 今があるのは彼女たちのおかげであり、それによって幸せとも言ってもいい平穏を過ごせている。

――だから、奈緒だけで、幸せになんてさせない。

 いつかどこか誰かに耳元でささやかれたその言葉。
 奈緒は全神経を張り巡らせ、一寸の予断も許さない攻防の中で、一つの思想を巡らせる。

『確かにそうだ。あたしだけが幸せになっていいわけがない。

不幸だったんだから、それまでのツケでこれからは幸せ一辺倒なんて、虫のいい話だよな。

だからあたしは思うんだ。みんながいる。平和の中に誰かがいる。あたしは幸せだよ。何物にも代えがたい仲間と、尊敬できる人、いろんなものに恵まれてるから。

あたしは幸せでいっぱいだ。だったら、みんな誰もが幸せじゃなきゃ不都合だろ』

 奈緒はまともな感性を持った少女だ。誰かと比較して自分の優位を悦に浸るような性格でもないし、誰かの不幸を見てあざけるような性悪でもない。
 ならば自然、ほかの誰かも幸せなほうがいいし、自分の幸せが共有できるのならそうするべきだと考える。
 誰かを守るのだって、その誰かの安寧と幸福を守る行為だ。いくら自分の力が醜くても、結果としてそれができるのならば奈緒はそのために尽力する少女だ。

『だから……みんな幸せになれるなら、そうあるべきなんだ』
328 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:32:31.34 ID:nZ3oq+wSo

 そして前方、未だ空腹を喘ぎ狂気に落ちたままのウルティマ・イーターと称される少女を見て小さく問うのだ。

『だってお前、そこは暗いだろ?』

 六手の魔獣は包囲するように迫りくる蛇頭を捌きながら、眼前先の痩せこけた少女をまっすぐ見据える。
 少女の足元に流れ出る黒い泥は抱えた闇そのものだ。
 何よりも深く、そして底なしの狂気を孕んだ深淵の先を奈緒は知っている。
 そこは何よりも暗く深く、そして何物でも満たされない孤独の箱庭であることをだ。

『アタシは、確かに見たよ。あの子の闇を』

 奈緒の隣には追い付いてきた夏樹のアイユニットが漂う。
 天井付近にあったもう一つのアイユニットがウルティマの泥の獣に食われてからしばらく自失していたが回復したらしい。

『凍えるように暗くて、ずっと苦しい。

誰もがそこにいるんだが、誰もあの子を気に掛けない。

誰も反応しない他人なんて、それこそ孤独と一緒だ』

 少女を見ているのは数多の瞳だ。
 だが誰もが見て、囲むだけで触れようとしない。声にも答えずただそこにいるだけだ。
 反応もなく無抵抗に静止しているだけ。ならば少女から動くしかない。
329 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:33:09.99 ID:nZ3oq+wSo

『満たされないなら、食べればいい。

誰も一緒じゃないのなら、一緒になればいい。

その果てがあの自傷自食なんだと思う。

あの髪は蛇というよりも他人と一緒になるための捕食器官。そしてあの足元に広がっている泥こそが心であり胃袋、違うか?奈緒』

 夏樹は未だ必死に複数の手を動かす魔獣に問いかける。
 その異形が奈緒であることは夏樹にはなんとなくわかっていたため、その理由を問うことなく話を進める。

『あんまりこの姿は見られたくなかったんだけど……ありがとな夏樹。

んで、夏樹の考えは多分あってるよ。あの髪の毛はあたしにはないから断定はできないけど、泥についてははっきりといえる。

これはあたし『たち』が溶け出したもので、あたし『たち』そのものだ。カースの感情エネルギーが泥となってるんだから、あたしのこれも感情であり心だよ』

 今、奈緒が身にまとう魔獣の鎧も、奈緒の心が成した一つの心の形だ。
 キメラとして設計された本能が作り上げた合成の獣の貌である。その姿は部品(パーツ)の組み合わせ次第で何百通りもあり様々な怪物の姿となれるだろう。

『だけどあの子にとっては心だけでなく、ため込む場所、胃袋としての役割が強いんだと思う。

だから髪の毛で捕食している間は、身に纏うんじゃなくため込む場所としてあんな感じで『沼』みたいになってるんだ』

 ウルティマの足元で波面を打つ泥の沼はその身に宿る狂気を出力する場であると同時に捕食器官の行く末である。
 あの先こそウルティマを満たすためにかき混ぜられたカオスの瓶であり、ウルティマに届く唯一の道筋だ。
330 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:33:40.18 ID:nZ3oq+wSo

『そしてあの子は、多分あたしだ。理由とかは分かんないけど、あの研究所のことだし『こんなこと』があっても不思議じゃないよな。

……だからこそさ、あの子のことをあたしに任せてくれないか?夏樹』

『奈緒?どうする気だ?』

『もしかしたらあたしもあんな風になっていたかもしれない。

みんなに出会わなければ、ずっと一人で満たされないまま食べ続けていたかもしれないんだ。偶然かもしれないけど、みんなに救われたから今のあたしがある。

だったら今度は、あの救われていないあたしに教えてやらなくちゃ。外の光が当たるところに、連れ出してやるんだ』

 あの暗い水底を知っている奈緒だからこそ、その手を差し伸べたいと思うのだ。
 地獄はもう沢山だ。ならば今度は自分がその手を引いてそこから連れ出してやるのだと。

『策はあるのか?奈緒』

『大丈夫。それよりも、その後のことを少し、頼みたいかな』

「ん……?んにゅぅ……」

 そんな時後ろに倒れていたきらりから小さくうめき声が上がる。
 きらりはようやく目を覚ましたようで、周囲を確認しながら目の前の巨大な背中を見上げる。
 きらりの視界に映るのは、六つの腕を備えたこの世の物とは思えぬ醜悪な魔獣。
 だがきらりは一切狼狽えることなく、安心した視線を向けていた。
331 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:34:13.25 ID:nZ3oq+wSo

『悪いけどきらり、あたしにはあの子を連れ出してくることはできるけど、癒してやることはできない。

あたしにとっての光は道しるべにはなれるけど、きっとあの子の孤独を満たすことはできないと思う。

万全じゃないだろうけど、頼めるかな?』

「うん、わかったにぃ。奈緒チャンも、頑張って」

 目の前の魔獣から提案される案を、二つ返事で引き受けるきらり。
 今の状況を完全に理解したわけではないが、それでもその声が自分の友達のものであることが十分な理由であった。

『アアアアァ……サミシイ、クルシイ、オナカスイタアアアアア!

ナンデ、ナンデナンデナンデナンデナンデ、アタシヲヒトリニシナイデエエエエエエェ!』

 以前一歩も引かない奈緒にしびれを切らしたウルティマは己の感情を載せて咆哮を上げる。
 爆発的に増大する髪の毛は一本一本が複雑に絡まりあい、八つの蛇頭、否、竜頭となって満たされぬ空腹のためにその大顎を開く。

 そして足元の泥の沼も同様に広がっていき、同盟ロビー全体を漆黒で覆いつくした。

『アタシヲ……満タシテ』

 そして光の差さぬロビーの中、埋め尽くした暗闇が開眼する。
 数多の瞳が揃って渦中にいる奈緒たちの方を見つめていた。
332 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:35:09.33 ID:nZ3oq+wSo

『これは……あの時と同じ』

 夏樹はこの光景に見覚えがあった。
 かつてあの忌まわしき研究所で、奈緒を見つけた時のこと。沢山の獣の瞳が此方を睨み、沢山の研究員たちが黒色に飲まれていった。

 そしてこれはこれまでの直接的な攻撃ではなく、本当の意味でウルティマも決着を付けに来ていることは明らかであった。

『知っているよ。そこは寂しくて、苦しくて、絶対に満たされない。

だから、今度はあたしが、お前を『底』から連れ出してやる!」


――わかったよご主人様。ここは任せて。
――その言葉を、その意思を、僕たちは、私たちは待っていた。


 魔獣の腹から、泥をかき分けるように奈緒が飛び出す。
 そしてその場に残った泥の魔獣は形が崩れることなく姿を維持したまま迫りくる八つの竜に相対した。
 魔獣は主をその中に宿さぬまま、機敏に動く。

 まず二本の竜頭を抱える世に掴み脇でへし折り、千切り捨てる。真正面から来た竜頭をその手の狂爪で輪切りにした。
 だが一本の竜頭が魔獣の頭に食らいつき、引き裂こうと力を籠める。

 泥の魔獣は二つに分裂して、その咬合から逃れ、二体の獣人に分裂した泥は動きを揃えるようにその竜頭を蹴り貫いた。

 しかし、遅れて迫る二つの竜頭がそれぞれの獣人の巨躯を貫き、そのまま体を持ち上げた。

『グ、グオオオオオォ!』
333 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:35:44.10 ID:nZ3oq+wSo

 体を貫かれた獣人はもがきながら竜頭に爪を立てて、姿を崩す。
 だが巨大な黒い泥に黒い泥に戻ったかに見えた二体の泥の獣人は、そのまま崩れることはなかった。

『『『グ、グルアアアアアアァ!』』』

 獣人の泥は形を崩した後、沸き立ち、その中から大量の獣が這い出てくる。
 その獣たちは各々が竜頭に食らいつき、暴れるその首を多勢によって抑えつけていく。



「うおおおおおお!」

 一方でウルティマの元へと一直線に駆け出す奈緒に立ちふさがるのは、残る二本の竜頭。
 その大顎は、奈緒を一飲みできるほどに巨大であり、一つの竜頭がその大口を開けながら奈緒の前方から迫りくる。

「そこを、どけぇ!」

 奈緒はその大口を回避しつつ、右手に備えた鋭い泥の爪で竜の頬を割きながら前進する。
 だがその攻撃は巨大な竜頭にとっては微々たるものであり、切り裂かれた髪の繊維の断面から、小さな蛇頭が新たに奈緒に向かってきた。

「絡み、付くな!」

 奈緒は自身に纏わりつくように追ってくる蛇頭に対して、弾丸のように回転しながら飛び跳ねる。
 構えた爪は回転によって纏わりつく蛇頭をすべて切り伏せ、着地した時に足元の泥が撥ねた。

――オオオオオオオオォ!

 だが着地の際の一瞬の静止は、相手にとっても十分な隙である。
 巨大な物体が動くことによって風を穿つ音は、唸り声のようで不気味な低音となり響く。
 もう一つの竜頭は真上から奈緒を丸呑みし、そのまま頭を再び天井付近まで持ち上げた。
334 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:36:17.10 ID:nZ3oq+wSo

 しかし、髪にはさみを入れるような軽い音と、何かが駆ける音が小さく鳴っている。
 奈緒を飲み込んだ竜頭は動きが不自然になり、その体に数多の亀裂が刻まれていく。

「おらああああああぁ!道を、開けろぉ!」

 そして竜頭の胴を切り裂いて、奈緒が中から飛び出してきた。
 空中に投げ出された奈緒が目指すのは、一点。ウルティマの元である。

『クルナ……来ナイデエエエエ!』

 その両腕に鋭利な爪を備えた奈緒の姿が脅威に映ったのか、ウルティマの口から洩れるのは拒絶の言葉であった。
 ウルティマの足元から数体の獣が飛び上がり、奈緒の進行を阻止しようと迫る。

 だが、奈緒は不意打ちならばいざ知らず、正面からくる攻撃に遅れはとらない。
 空中であろうと関係なく、的確に獣を切り伏せ、その突進を往なし、奈緒の勢いは全く止まらない。

「今、そこに行くぞ!」

『……ヒッ!』

 その爪はウルティマへと迫り、小さく悲鳴を上げる。
 だが奈緒は攻撃することなく、ウルティマのすぐ手前、足元の泥に向かってそのまま飛び込んだ。
335 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:36:46.31 ID:nZ3oq+wSo

 本来その泥の沼は、決して深いものではなく水溜りと大差はない。
 しかし、ウルティマの足元だけは例外であり、そこはウルティマの心の源泉であり混沌の中心であった。
 その深度は、底なしの如くであり、満たされた泥は強酸のように取り込んだものを同一化するために溶かし始める。

「まだだ。もっと、もっと深く。もっと先へだ」

 奈緒は全身に泥を身に纏い、ウルティマの泥の中を潜っていく。
 普通ならば取り込んだ異物を溶かし始める暴食の泥だが、奈緒の纏った泥は水と油のように弾き泥の浸食を抑えていた。
 それでも一切呼吸は出来ず、見通しの悪く粘性の高い泥は奈緒の行く手を阻む。

「暗い、冷たい、この泥の先。

あたしは知っている。これらが何でもあり、何でもない、決してあたしを満たさない不純物であることを。

そしてこの先、この最も奥底で、あたしは居続けた。この泥はみんなであり、だれでもなく……そしてあたしだ」

 そして今奈緒が潜っている泥は、思っていたよりも深いことに気づく。
 それは、ウルティマの闇が奈緒よりも深いことを表しており、当時の奈緒を凌駕するほどにウルティマが悪化していることであった。

「……ま、だ……まだ、だ。

深いから、なんだ……酷いからって、どうしたって、いうんだ……。

あたしの孤独より、深くたって……みんながくれた、あたしの幸せより、ぜんっぜん浅いんだよ!」
336 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:37:12.78 ID:nZ3oq+wSo

 泥をかき分けた先が、ウルティマの最も深いところに触れる。
 それに気が付いた奈緒は全身の力を振り絞って、体を前に進め、孤独の玉座へと挑んだ。
 だが所詮はここまでの泥はウルティマ『以外』でしかなく、行く手を阻む前座でしかない。
 真に奈緒が相対すべき相手は、この奥であった。

「……っと」

 奈緒の体は、泥の充満した沼から自由に動ける空間に移ったことによって少し体制を崩しつつも、その場の地面に着地する。
 振り返ってみれば、先ほどまで進んでいた泥の沼は存在せず、奥行きのある風景が広がっていた。

 そして奈緒は物音一つしないこの静寂の空間を改めて見渡した。

「……遊園地」

 泥を抜けた先に広がっていたのは、実にありふれたアトラクションが備わった遊園地であった。
 離れた空には巨大な車輪。
 身の丈ほどの大きさのマグカップや作り物の艶を出す回転木馬を備えた円形幕。
 金属柱を組み上げたレールの上で静止したジェットコースターや海原に進みだすことなく左右に揺れるしかない海賊船。
 どこにでもあるような、その言葉を聞けば万人が想起するようなアトラクションが備えられた娯楽の園。

 だが現実の遊園地との差異があり、それは上空に広がる空が今にも落ちてきそうなほどの圧迫感を帯びた赤茶色であることだろう。
 赤く錆びた空と静止したままのアトラクション、そして不気味なほどに劣化していない設備の数々がこの地の静止を物語っている。

「ここが……あの子の心の中なのか?」
337 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:37:41.81 ID:nZ3oq+wSo

 ここはウルティマの泥の最奥であり、間違いなく不純物のないウルティマ自身の心象である。
 だがこの景色は人の内面というにはあまりに殺風景、かつ無機質だ。
 時間の止まった遊園地とこの世の物とは思えぬ空模様は、命を感じさせない荒廃の情景である。
 当然それが健全な心ではないことを表しており、ウルティマの闇であり病みの具現であったのだ。

「確かに……こんな風景はまともじゃない。……だけど」

 しかしこの殺風景な遊園地に対して、奈緒はもう一つの感情を抱く。
 それはある意味当然であり、慣れ親しんだものであったため奈緒自身も素直に受け入れられた。

「ここは……あたしが知ってる場所だ」

 ここが現実のどこかだということは奈緒にはわからない。
 だがこの風景が奈緒にとって非常にデジャヴを感じるものであり、そして探し求めていた風景でもあったのだ。

『……だれ?』

 奈緒が再びこの風景をじっくりと見渡そうとしたときに掛かる一つの小さな声。
 その声に導かれるように奈緒はその方向へと視線を向ければ、そこは歩道のど真ん中に不釣り合いな玉座があつらえられている。

『……あたしいがいのだれかなんて、はじめて……』

 この場に不釣り合いな玉座の中心、そこにはさらに不釣り合いな小さな少女が座っている。
 その少女の手足は細く痩せこけ、身に纏うぼろきれの様な黒いワンピースはその豪華な玉座とはあまりにも似つかわしくない。

 そしてその顔は、今の奈緒をそのまま幼くしたかのようなものであった。
338 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:38:11.34 ID:nZ3oq+wSo

「なぁ……君の、名前は?」

 奈緒は突如として現れた少女に内心驚きつつも、平静を保ちながら名を訪ねる。
 目の前の少女は、先ほどまで戦っていた蛇頭の主と寸分違わぬ姿をしており、この少女こそが泥の汚染を抜きにした真の意味での心であろう。

『……なお。かみや、なお』

「そっか。奇遇だな。あたしの名前も奈緒っていうんだ」

『おねえちゃんも、……なお?』

「ああ、よろしくな」

 その名を聞いた奈緒は、これまでの確信が断定へと変わる。
 紛れもなくイルミナティがウルティマ・イーターと呼ぶ『カース』の正体は神谷奈緒そのものであることをだ。
 だが奈緒にとっては、自分が神谷奈緒であり、目の前の少女も神谷奈緒ではあるが違う『自分』であると認識する。

(あたしは、LPさんたちに救われた。暴食に飲まれることなく耐えて、きらりによって浄化されて、そして平穏を手に入れた『神谷奈緒』だ。

だけどこの子は、耐えられなかった。飢えに、苦痛に、孤独に。

もしかしたら耐えたのかもしれない。我慢もしたのかもしれない。だけどそれでも助けに誰も来なかった。

……いや、もしかしたら意図して壊されたのかもしれない)

 そんな嫌な想像をした奈緒は奥歯を噛みしめる。
 未だこの世界のどこかであの非人道的な実験が行われていると考えると無性に許せなくなってくる。
339 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:38:46.18 ID:nZ3oq+wSo

(とにかく、この『あたし』は耐えられなかった。だから飢えに飲まれて。

孤独を凌ぐためにあらゆるものを食べるだけの怪物に堕ちたんだ)

 同じ『奈緒』でもネバーディスペアの奈緒は持たない髪の毛から成る捕食器官と、あらゆる膨大な攻撃の質量。
 浄化されたことによって精神的なリミッターを手に入れた奈緒に対し、ウルティマにはそういったリミッターは存在しない。
 故に常に暴走することによって、一人で4人もの能力者を相手取れるような怪物となったのだろう。

『ねぇ、なおおねえちゃん』

 思想にふける奈緒に対して、少女から小さくか細い声がかかる。
 その声に反応して奈緒は再び視線を向ければ、ウルティマがその濁った視線を奈緒の方へと向けていた。

「ん……?なんだ?」

『おねえちゃんはどこから来たの?だって、ここにきたひとは、はじめてだから』

「ここに来たって……今まで誰にも会ったことないのか?」

『うん。あたし、ずっとひとりぼっちだったから。ほかのひとみたことないの。

あれ?……『ほか』ってなに?あたしいがいってなんだっけ?

……まぁ、いっか。いいよね。なおおねえちゃん』

 この少女の言動に違和感を覚える奈緒だったが、向けてくる笑顔に奈緒は答える。

「ああ、あたしは外から来たんだ」
340 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:39:22.97 ID:nZ3oq+wSo

『そと?とおいところなの?』

「まぁ……ちょっと遠かったな。でも、大した距離じゃないさ」

 奈緒はウルティマを警戒させないように柔らかい言葉で話すが、それでも内心は戦慄していた。
 目の前の少女は年相応の笑顔で奈緒に語り掛けてくる。だが決してその笑顔は正常ではない。

 濁った瞳は見つめられるたびに不安に駆られるし、長い間動かさなかったであろう表情筋によって構成される笑顔はあまりにもぎこちない。
 すべてがその場で繕われたような表情であり、中身である人格というものを感じさせない、文字通りの『からっぽ』であった。

 奈緒はそんなウルティマに若干の恐怖を抱きながらも相対する。
 それは彼女自身が、この闇から目をそらしてはならないことを知っているからだ。
 ありえたかもしれない自分の姿から目を離してはいけないと、そしてその上で次は自分がこの少女を闇から救うのだと。
 かつて自分が救われた時のように。

「なぁ、奈緒ちゃん。ここは寂しいだろ?」

 奈緒は自分の名前で相手を呼称することに若干の気恥ずかしさを感じるがそこは堪えて、ウルティマと対話する。
 この殺風景な遊園地の真ん中で、永遠に空腹にあえぐ少女を連れ出すために。

「誰もいない。空は暗い。遊園地は動かない。こんな何一つない世界にたった一人で閉じこもるのは辛くないのか?」

『……うん。さみしい。くるしい。だれもいなくて、からっぽだから、あたしはずっとおなかがへってるの』

「ああ、そうだろうな。あたしも前に、寂しくて泣きそうで、ずっと満たされなくてお腹が空いていた」
341 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/10/18(火) 02:40:08.18 ID:nZ3oq+wSo

 奈緒が思い返すは研究所での牢獄の生活。
 暴食の核が訴える激烈なまでの空腹は、もともと満たされぬ奈緒にとっては永遠に続く地獄の苦痛そのものであった。
 だがそれ以上に辛かったのはその誘惑に負けて、だれかを自分に入れることだった。

「だけどあたしは我慢した。だってそれで食べちゃっても、それはあたしとは違うし、見えなくなってしまうから」

 これまでに取り込んだ生命体が、それ以降奈緒の目の前に現れたことはない。
 自分の中にいることはわかっても、それで自分に語り掛けてくれるわけでもないのだ。
 ただ一緒にいるだけで、目も合わせず、口も利かず、依然自らの孤独は続くのだ。

「だから、ここにいたって絶対に空腹は満たされない。だから!」

 奈緒は玉座の少女に向かって手を差し伸べる。
 この暗く深いたった一人の王国から、自分と同じ少女を連れ出すために。
 暗い水底にいた自分が、今度は同じ少女を底から引き上げるのだと。



『だいじょうぶ。……これからはさみしくないよ。なおおねえちゃん』

 だが奈緒が踏み出した足は進まない。
 一切動かぬ足はまるで地面に縫い付けられたようであり、冷たい何かが這い上がってくる違和感に思わず奈緒は足元を見る。

「なっ!?……これは、泥!?」
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