モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13

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142 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/19(木) 23:52:38.80 ID:QjjYeKu40
皆さま乙でしてー

ではではー、学園祭3日目を投下いたしましてー
143 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/19(木) 23:53:32.14 ID:QjjYeKu40

智香「わあ……人がいっぱい」

《怠惰の災厄》智香は、秋炎絢爛祭を訪れていた。

木を隠すなら森の中という言葉があるように、人型のカースである自分が大勢の人間の中に紛れこめば、発見されにくくなるだろうという企みだった。

まあ、智香はその言葉自体は知らないわけだが。

屋台の生徒「そこのお姉さん! イカ焼き食べてかない?」

智香「えっ?」

突然、屋台でイカ焼きを販売している生徒に声をかけられた。

智香「イカ焼き……ですか?」

屋台の生徒「そう、美味いよ! 一本どう?」

智香「うーん……」

カースである智香に、本来食事は必要無い。

人間が持つ負の感情……彼女の場合は”怠惰"こそが活動の為のエネルギーとなるのだ。
144 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/19(木) 23:54:54.72 ID:QjjYeKu40
しかし……

智香「じゃあ、一本下さいっ」

屋台の生徒「はーいまいどありー!」

智香は食べる事を選んだ。

人間と同じ行動を取る事で、少しでも人間に近付く『何か』を見つけられたら……そう考えた。

屋台の生徒「じゃ、200円ね」

智香「えっと、200円……はいっ」

硬貨を二枚生徒へ差し出し、代わりに竹串に刺さったイカ焼きを受け取る智香。

智香がGDFやヒーローが逃げ回りながら道中で拾い集めた小銭は、もうそこそこの額にまでなっていた。

屋台の生徒「あざっしゃー!」

生徒の声を背にしながら、智香は早速イカ焼きにかぶりつく。

智香「…………」

当然、味など感じはしない。

智香からすれば、ただ「体内に異物が侵入した」だけである。

それでも。

核の中心から、何故だか体全体が温かくなるような感覚を覚えた。

智香(これが……「美味しい」って事なのかな……)

少し首を傾げながらまたイカ焼きをかじり、何処へともなく歩き出した。

――――――――――――
――――――――
――――
145 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/19(木) 23:56:16.08 ID:QjjYeKu40
――――
――――――――
――――――――――――

カイ「な、何あれ……!?」

会場設営の休憩中だったカイは、ふらふらと散策中に「それ」に出会った。

黒い泥の体を滴らせ、這いずるように動く異形……カースだ。

『ア゛……お゛……』

カースはカイなど眼中に無いかのように、呻きながら這いずっていく。

カイ「……よく分かんないけどヤバそう! いくよ、ホージロー!」

『キンキンッ!』

カイ「オリハルコン、セパレイション!!」

カイの掛け声でホージローの体が分離し、カイの体へ装着されていく。

カイ「アビスナイト、ウェイクアァップ!」

叫ぶが早いか、カイはカースへ向けて一直線に駆け出した。

カイ「先手必勝! アームズチェンジ! ソーシャー……」
146 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/19(木) 23:57:13.36 ID:QjjYeKu40
??「いけません!」

突如、カースとカイの間に何かが落ち、カイの突撃を妨げた。

カイ「おわわっ! ……って、あれ?」

上空からの乱入者、カイはその姿に見覚えがあった。

カイ「ニコちゃん! 久しぶりじゃん!」

ニコ「ええ、お久しぶりですねぇカイさん」

祟り場騒ぎで知り合った仮面の少女……ニコだ。

カイ「元気だった? って……あいつやっつけちゃいけないの? カースだよね?」

カイは再開を喜びつつも、首を傾げる。

ニコ「いえ、やっつけるのは全く問題無いんですけどぉ……問題は『触れる』事なんですよねぇ」

カイ「触れる……?」

2人は改めてカースに目を向けた。

通常のカースとは明らかに異質な体は、見ているだけで心を蝕まれそうになる。
147 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/19(木) 23:57:59.77 ID:QjjYeKu40
カイ「……気持ち悪いっ」

ニコ「迂闊に触れると、精神を汚染されてしまいますからぁ」

カイ「触れると、か……なら! アームズチェンジ! ハンマーヘッドアームズ!!」

射撃用のアームズに換装したカイの腕が、カースへ向けられる。

カイ「シャークバレット! それそれそれぇっ!!」

そして放たれた弾丸の雨はカースの体表の泥を吹き飛ばし、やがて濁った緑色の核を露わにした。

カイ「トドメにもう一発、シャークバレット!!」

『ア゛おォ……』

カイの弾丸に撃ち抜かれ、核は泥と共に静かに消滅した。
148 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/19(木) 23:58:50.20 ID:QjjYeKu40
ニコ「お見事です、カイさん」

カイ「えへへ、まあね! ニコちゃん、あのカース探してたの?」

ニコ「ええ。正確には、あれの親玉を、ですけどねぇ」

カイ「親玉かあ……」

ニコ「カイさん、もしよろしければ、ニコを手伝ってもらえませんかぁ?」

腕組みしてカースがいた場所を見つめるカイに、ニコがそっと進言する。

カイ「うん、いいよ」

ニコ「そ、即決ですねぇ……ちょっとくらい考えても……」

カイ「そんな水臭いコト言わないでよ、あたしとニコちゃんの仲じゃん!」

ニカッと笑って、カイはニコの背中をぱんぱんと叩いた。

ニコ「あ、ありがとうございます……」
149 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/19(木) 23:59:40.34 ID:QjjYeKu40
カイ「で、その親玉をやっつければいいのかな?」

ニコ「はい。この学園の地下……そのどこかにいるはずなんですけどぉ……」

カイ「地下だね、オッケー! んじゃ早速……」

ニコ「あ、待って下さい」

勢いよく地面に飛び込もうとしたカイを、ニコが引き止める。

カイ「おっととと……どうしたの?」

ニコ「迂闊に地面に潜ったりすると、飛び出た拍子にあのカースにぶつかったりしてしまうかもしれませんよぉ?」

カイ「た、確かに……地道に歩いて探すしかないかぁ……」

カイは頭の後ろで腕を組み、残念そうにため息をついた。
150 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/20(金) 00:00:49.09 ID:4MHH5Bh80
カイ「……ま、仕方ないかっ! 親玉って、パッと見て『親玉だー!』って分かるような外見してる?」

ニコ「そうですねぇ……雰囲気はさっきのカースとほぼ同じで、姿は恐らく、山羊か何かを真似ていると思います」

カイ「ヤギ?」

少し不思議そうな顔で、両手でツノのジェスチャーをするカイ。

ニコ「ええ、ニコは『退廃の屍獣』って呼んでいますけどぉ……」

カイ「退廃の屍獣……なんか物騒な名前だね」

ニコ「それから、退廃の屍獣は体内にある『本』を取り込んでいるので、それを回収してほしいんです」

カイ「本だね、オッケー」

ニコ「あともう一つ、学園の地下道を狼のようなカースがうろついていますけど……それは味方なので、やっつけちゃダメです」

カイ「いいやつなの? カースなのに?」

ニコ「そちらは『孤高の猟獣』と言います。カイさんが退廃の屍獣と戦う時には、加勢してくれるかもしれません」

カイ「孤高の猟獣は倒しちゃダメで、退廃の屍獣を倒せばいいんだね。了解! じゃあニコちゃん、またね!」

カイは理解すると手をブンブンと振って、地下道の入り口へと駆けていった。

ニコ「はぁい。あ、もし孤高の猟獣に危害を加える人がいたら……」

カイ「止めるよう言うか大人しくしてもらうんでしょー? オッケーオッケー!」
151 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/20(金) 00:01:33.62 ID:4MHH5Bh80
ニコ「…………むふふ」

カイの姿が見えなくなると、ニコは仮面の下の笑顔をさらに歪めた。

ニコ「カイさんは素直で助かりますねぇ……少々単純とも言いますが……」

ニコ「屍獣を狩る狩人としても、申し分ない腕前ですし……」

ニコ「『屍食教典儀』の回収も、そう遠くは無さそうですねぇ……むふふ、むふふふふ……」

笑みを浮かべながら、ニコは歩きだす。

新たな狩人を求めてか、屍獣を追ってか、それとも……。

続く
152 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/20(金) 00:02:27.88 ID:4MHH5Bh80
○イベント追加情報
智香が学園祭をうろついています。カース関係者は気付くかも…?

カイがニコを手伝い屍獣を探して地下道に入りました。
・基本的に移動には物体潜行を使いません(浮上時に屍獣と接触するのを避ける為)
・もし猟獣を攻撃する場合、カイが停止勧告もしくは攻撃を開始することがあります
153 : ◆3QM4YFmpGw [saga sage]:2016/05/20(金) 00:03:20.80 ID:4MHH5Bh80
というわけで久しぶりの投下でした
時間掛かったわりに大して動いてなくてごめんなさいねホント
ニコお借りしました
154 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/05/20(金) 01:40:01.61 ID:WkD2Q6pb0
おつでしてー
>>140
不穏(?)な予感が二つも…?二人とも能力にまだ謎が多いっすな
でも勇者が某名探偵並に事件を引き寄せるというのはゲームやってるとなんとなく納得できる

>>152
100%カースだとやっぱり不足してる感覚とかあるんだなぁとしみじみと。暴食なら味覚はあったのかもなぁなんて思ったり
カイとニコは仲良しだなー、ほのぼの
155 : ◆6J9WcYpFe2 [sage]:2016/05/27(金) 12:12:17.77 ID:7a7NVyyR0
お疲れ様ですっ

>>153
おおっと、解決に動こうとする人たちも出てきましたねー。
学園祭3日目も、裏ではかなりのバトルが繰り広げられそうな、そんな感じがします。


みなさん、お待たせしました。(待ってたかわかりませんが)
憤怒の街再びの続きです。
例によって、千佳ちゃんと凛ちゃんをお借りしております。

>>141
二人とも、今の段階では謎の多い能力持ちなのですが、しゅがはさんの能力自体は憤怒の街編で大体は出尽くすかもしれない。
ユウキちゃんのは………まあ、色々と謎が多めです。

>>154
道を歩いてはエンカウント、街に入っては事件なりイベントなり。
大なり小なり、良きなり悪しきなり、イベントに事欠かない能力だったりww
ちなみに、勇者のアーティファクトに関しては複数ありますので、その分効果も分割されてます。
その辺は追々、設定としてまとめようかと。(ちなみにこっちはアイテムボックスと盾ぐらいしか考えてない)
156 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:13:57.98 ID:7a7NVyyR0
「みんなに悪さする悪い子は、正義の味方ラブリーチカが、愛の力でオシオキしちゃう!」

そう決め台詞を言いながら、ポーズまで決めるチカちゃん。

感心したはぁとさんは「お〜」と言いながら拍手をしています。

「すげぇ、本物みたいだな、おい☆」

「だって本物だもん!えっへん!!」

そう胸を張るチカちゃん。かわいいですっ。

「じゃあさ、ラブリーステッキで空飛んだりできるのか!?」

チカさんは「うん!」ってうなずくと

「ラブリーステッキ!」と言って右手から杖を出し、

「フライングモード!!」と言うと、その杖から羽が出てきました。

チカちゃんはその杖にまたがり、ふわふわと浮きました。

「うおおお、すげえ!!」

はぁとさん、目を輝かせています。 そういえばはぁとさん、テレビでやってた【魔法少女ラブリーチカ】が大好きで、毎週見てたって言ってましたっけ?

「だけどはぁとだって、負けないぞ☆」

するとはぁとさんは、車の裏に隠れたかと思うと、車の上によじ登ってポーズを決めました。

「シュガーハート、参上♪」

「はぁとさん……その恰好は………」

見ると、はぁとさんは先ほどの軍服姿とは一転して、アニメのキャラクターのような衣装を着ていました。

見る人が見れば「うわキツ」とか言ってしまいそうですね………っ
157 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:15:12.66 ID:7a7NVyyR0
しかし、チカちゃんはそうは思ってなかったようで………

「えっ!? お姉ちゃんも魔法少女だったの!?」

「ついでにあっちのユウキちゃんも変身するぞ☆」

「え、えええええっ!? わ、私、巻き込まれちゃいましたっ!?
 というか、何言ってるのですかはぁとさんっ!?」

「えっ、違うのかよ!?」

「違いますよっ! って、ああっ!?」

はぁとさんが半目で指をさしたほうを見ると……チカちゃんが目を輝かせてこっちを見てますっ!?

「ほ、ほらっ! チカちゃんが誤解して―――」

と、言いかけたところで、チカちゃんの表情が期待に満ち溢れた表情から、「えっ、違うの………?」と言わんばかりの、がっかりした顔をしているチカちゃんがっ!

そしてニヤリとしたはぁとさんが、無言でスポーツバッグを私に差し出してきましたっ!

・・・・・・・・・。

「いえっ、私も魔法少女ですっ!!」

ここはもう、腹をくくるしかっ!!
158 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:16:41.85 ID:7a7NVyyR0

「悪い子みーんなやっつけちゃう! 正義の魔法少女、『ラブリーチカ』!!」
「心に甘い魔法、かけちゃうぞ♪ シュガシュガスウィート♪『シュガーハート』!!」
「あなたに真心、お届けしますっ! 幸せの運び屋『ポストガール・ユウキ』!!」




………やってみると、案外ノリノリでやれるものですねっ

ポーズまで決めて、なんか達成感を感じますっ!

「いやーん♪ これとってもスウィーティー☆」

すると、ポストマンさんが手を挙げて言いました。

「………一人、魔法『少女』なんていう年齢じゃねぇ奴がいるんだが」

ああっ、そのセリフは禁句―――

「しゅがぐーぱん☆」ドスッ!

「がはっ!?」

シュガーハートさんの攻撃! ポストマンさんにクリティカルヒット!! ポストマンさんは倒れましたっ!!?

「お姉ちゃん、つよーい!!」

「………ポストマンさんっ」

言いたいことを言える勇気は、見習いたいと思います………っ
159 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:20:08.71 ID:7a7NVyyR0
「ちょ、ちょっと! 無視しないでよ!」

と、怒鳴る声がして、その声のほうを見ます。

そこには先ほど私達が乗っている車を見て逃げだした、眼鏡をかけた黒髪の女性の方がいました。

「というか、これきついんだけど! 外してくれないかな!?」

その女性は車の座席に、手足を縛られた状態で座っていました。

「ダメに決まってるだろ☆ 怪しすぎるっての☆」

「じゃあ、せめて緩めるぐらいしてよ!」

「それはこちらの質問に答えてからだぞっ☆
っと、それで、えーっと………色々聞きたいこともあるんだが、まずは一つ目っと♪
あんた、何者よ?」

「いや、そいつは逃げ遅れたり、迷い込んだりした一般人なんじゃないか?」

と、はぁとさんに殴られたところを抑えつつ、ポストマンさんが立ち上がります。

「それはないんじゃないかな♪
もう事件解決してから時間たってるのに逃げ遅れたんだったら、今頃生きてないだろ☆
服もそこまでボロボロじゃないし、顔だちとかもしっかりしてるから、その線はまずありえないと思うぞ☆
そして、迷い込んだにしても、GDFの警戒網は結構厳重に張られているから、迷い込む前にGDFに止められるだろうしな☆
となれば、その警戒網の隙をついて忍び込める奴ってことになるぞ☆
つまるところ、ラブリーチカもこいつも、ただ者じゃないってこと♪」

はぁとさんはそこで一息。そして、眼鏡をかけた黒い髪の女の人に問いかけました。

「ラブリーチカは空を飛んでやってきたってことは、さっき証明してもらった。
なるほど、GDFも空には警戒網を張れていない。 そんなの想定してもなかっただろうしな☆
だが、あんたは空を飛べるような人とも思えない。
それでも、GDFの警戒網を潜り抜けてきたあんたは一体何者よ?」
160 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:21:48.29 ID:7a7NVyyR0
そう問いかけられた女性の方は、少し迷いながらも、答えます。

「渋谷………凛。」

「し、渋谷 凛………?」

「知っているのか? ポストマン」

「ああ。 前にひなたん星人と名乗る女性が、小動物の姿をした怪獣を倒したというニュースがあっただろ?
あの時、そのひなたん星人と我々に協力してくれた女性だ。」

そう言って、凛さんのところに近づくポストマンさん。

ポストマンさんは帽子を脱ぐと、手を額に当てて敬礼をしました。

「君のことは、他のGDF隊員から聞いている。 あの時はご協力に感謝する。」

「………じゃあ、その感謝ついでに、この縛っている紐とか解いてくれないかな?」

「駄目だ。 それとこれとは話が別だ。
なに、こちらの質問にちゃんと答えてくれれば、無事に帰してやる。」

「………わかった」

凛さんは渋々と答えました。

「で、その凛ちゃんは一体何者よ?」

「俺が聞いた限りだと、研究者とか名乗ってた気がするな。」

それを聞いた途端、「げっ………」とはぁとさんが口を漏らしていました。
161 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:23:05.44 ID:7a7NVyyR0
「ま、まあ、凛ちゃんの素性は何となくわかった。
じゃあ、質問その2♪ ぶっちゃけ、何が目的よ?」

はぁとさんが2本の指を立てて問います。

「新種のカースを見に来ただけだよ」

「は? なんだって?」

「だから新種のカースを見に来ただけなんだってば!」

「いや、言ってることはわかるが、なんだってそんなことを?」

「カースの研究をしてるの」

「………カースの研究?」

「そう。 カースの習性だとか、特徴だとかを独自で研究をしてるの。」

「独自でってことは………一人でってことか?」

「いろんなことを知りたいから、一人で好き勝手にやってる。」

「それは………何かしたいことがあってなのか?」

「いや、ただの興味本位」

その言葉を聞いた瞬間、はぁとさんが頭が痛そうに右手をおでこのところに持っていきました。
後で尋ねたところ、「興味本位で研究されるほど、厄介なものはねぇよ☆」と遠い目で語ってくれました。
………この後のことを考えれば、納得できますね。
162 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:27:07.87 ID:7a7NVyyR0
そして、興味本位で来たという理由を聞いて、しばらく言葉を詰まらせていたはぁとさん。
ただの興味本位で憤怒の街に行く、凛さんの行動力には、私もちょっと驚きました。

「?? どうしたの?」

と、たずねられて、やっと口を開きました。

「ああ、つまりあんたは………趣味で博士をやってるとか、そんな類の奴なのか?
ほら、テレビでたまにやってる、役に立つのかわからない発明をしている奴とか☆」

「いや、当たってるかもしれないけど、役に立った実績あるし!!」

「まあ、今はそういうことにしといてやるよ☆」

「そういうことってどういうこと!?」

………ともかく、とはぁとさんが話を区切りました。

「ここは危ないし、あんたの素性もよくわかってないから、一緒についてきてほしいんだが?」

凛さんはそれを聞いてしばらく考えていたようですが、承諾してくれました。

「ラブリーチカちゃんもそうだけど、ほかにも気になることがいっぱいあるしね」

はて? 気になることっていうのはどういったことなんでしょう?
そのころの私は、そんなことを考えていました。

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163 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:30:57.30 ID:7a7NVyyR0
………この人達は、本当にGDFなのだろうか?

凛の頭の中には、そんな疑問が浮かんでいた。

普通のGDF隊員であれば、私みたいな素性もわからない人を放っておく訳がないとは思う。

………まあ、それはいい。

それよりも―――はぁとと呼ばれていた女の人にただならぬ雰囲気を感じる。

そして、赤い服と帽子を被った、ユウキと呼ばれていたこの女の子は一体なぜここにいるのだろうか?

車にはGDF所属のマークが入っているが、なぜそのGDFが女の子を乗せて車を走らせているのか?

そして、あの早着替え………あれの仕組みは一体どうなっているのか?

はぁとと呼ばれていた人の話しぶりから考えれば、あいつらの正体は………芸人?

いや、芸人だとしたら、なんでここに来たのかわからない。



………やっぱり怪しすぎる。 隙を伺って逃げてしまおうか。

だが、逃げるということを考えると、面倒なことに三人もいる。

一人であれば、手持ちのビー玉とかいろいろ使えば撒けるとは思う。

だが、二人となると難易度は格段と上がる。

一人の隙をついたところで、もう一人の隙もつけなければ、銃で撃たれて終わり。

それが三人である。 普通に逃げ出すのは無理だ。

であれば、例えば何かあって車から二人が車から離れた時を狙って逃げるしか無いだろう。

カースが襲ってきたときにでも、隙を見つけて車から逃げ出そうか?
164 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:32:44.92 ID:7a7NVyyR0
―――ああでも、しかし、せっかく見つけた『人型のカース』をこのままみすみす逃すわけにはいかない。

そう思い、ふとラブリーチカと名乗る少女の形をしたカースを見て―――

あれ?

最初に見た時と雰囲気が違う気がする。

………何が違う?

そうだ、あのカースはさっきまでどこか雰囲気が暗かったような気がする。 でも今は?

アニメの主役キャラを演じている姿は、まるで無邪気な子供のようだ。 見ていて可愛らしい。

………待てよ?

感情のままに動くカースはいくらでもいるけど、ここまで人間の子供らしいカースっていたかな?

………ひょっとして、新種のカース?

だとすれば、何としてても、じっくりと観察したい。というか、このまま連れて帰りたい。

そうやって、いろいろと考えを巡らせていると、ふととある考えに至った。

そうだ、身体的な特徴をつかめれば、多少なりとも何かわかるかもしれない。

そうであれば、善は急げ。私はラブリーチカを呼んだ。

「なにー? どうしたの?」

その提案は考えを巡らせて、巡らせて、巡らせまくって、考えがまとまった結果に出た提案。

そう、それは―――

「チカちゃん、一度服を脱いでその体を見せてもらってもいいかな?」

=====================================================================
165 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:34:32.77 ID:7a7NVyyR0
私達は再び、車で憤怒の街を走っています。

運転席にはポストマンさん、助手席にはぁとさん

後ろには私と、チカちゃんと………簀巻きさんが1名………。

「ねぇ、この簀巻きとってよ! 動きづらい!!」

「駄目に決まってんだろ、変態☆」

「確かにあのままにしたら、色んな意味で危ないからな………」

「まさか、凛さんがこんな変態さんだったなんて………っ」

「いやそれ違うから! みんな誤解してるだけだから!!」

一方、チカちゃんはよくわからないのか首をかしげていました。

「??? なんで凛お姉ちゃんは簀巻きにされているの?」

「チカちゃん、いいですか? 世の中にはああやって女の子に興奮を覚える人がいまして――」

「私、そういうのじゃないから! いたってノーマルだから!!」

「えっと、それならチカちゃん、ちょっといいでしょうかっ?」

私はチカさんにこっそり耳打ちをします。

「うん、いいよ!」

私はチカちゃんに耳打ちし、それを聞いたチカちゃんは着ている上の服の裾をつかみました。


・・・・・・・・・・・・・・・


「チカちゃん、その裾を上げて! 服の中の様子を見せて!!」

「ほらやっぱり同じじゃないですかっ!!」
166 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:36:36.66 ID:7a7NVyyR0
「違う! 私のはもっと高尚な目的なの!!」

「人の体を覗こうとする行為のどこが高尚なんですかっ!?」

「うっ、そういわれると………だけどここは引けない!!」

なんて言い争いをしていると、ヴーヴーという音がしました。

「あ、ハンテーンかな? ちょっと私のスマホ取ってくれる?」

「うん、わかっ――」

「チカちゃん、ここは私が取りますっ!」

そういって、私は凛さんの簀巻きの中に手を突っ込みました。

そして、すぐに端末を取り出そうと簀巻きの中を探るのですが………

「むむむ………なかなか見つかりませんっ」

「………ふふっ」

「………はっ!?」

よく見れば、スマートホンらしき端末は簀巻の中ではなく、外に落ちていました。

そうして凛さんの顔を見ると、ニヤリとした顔で私を見て言います。

「私の服の中にあるとは言ってないよね?
脱がせてって頼むのが変態なら、勝手に簀巻の中の私の体を手で触るのはもっと変態なんじゃないかな?」

ーーーやられましたっ!?
167 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:38:18.56 ID:7a7NVyyR0
「さっき変態って言われた仕返し。」

「ぐぬぬ……覚えといてくださいねっ!」

そう言って、凛さんの横に落ちていたスマートフォンを拾い――

『テェーン!!』

「はわっ!?」

私は驚いて尻もちをついてしまいました。

「あいたた……」

「ふふっ、驚いた?」

見ると、画面上には茶色い動物の姿をした可愛らしいキャラクターがいました。

「あ、あのこれは……っ?」

「この子はハンテーン。私の……うーん……」

『てん!』

そういって、右手を上げて挨拶してくれました。かわいいですっ!
私も手を振り返します。

「私の……ペットかな?」

『てーん!?』(なにぃっ!?)

あ、喋ってることを画面上で訳してくれてますね。

『てんてーん!はんてーん!!』(いつからお前のペットになったんだ!訂正しろ!!)

「あ、あの、ハンテーンさん、怒ってますけどっ」

「あー、もうわかったから。ごめんってば。」

そういって怒ったハンテーンを宥める、簀巻姿の凛さん………うーん………。
168 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:39:15.64 ID:7a7NVyyR0
『……てんっ?』(むっ?)

「?」

ハンテーンさんが急におとなしくなったので、「どうしましたっ?」と聞き返しました。

すると、画面から地図が現れ、その地図の赤い光点を指差し、

『てんてーんてーん!』(近くにカースがいるぞ!)

「えっ!? カースの位置がわかるのですかっ!?」

すると凛さんが代わりに答えました。

「ハンテーンは近くにいるカースを見つけることができるの。」

「その話は本当なのか?」

話を聞いていたはぁとさんが私達の方を向いて聞いてきました。

「うん。 おかげでカースに会わずに街に侵入できたんだ。」

「なんだって、そんなもの持ってるんだ?」

「あっ、ええっと、同じ眼鏡好きな友達にもらったんだ。」

「へぇ〜♪ ともかく、その携帯でカースの位置がわかるんだよな? まじ助かるわ☆」

その言葉に、凛さんは頷きました。
169 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:41:44.59 ID:7a7NVyyR0
「なるほど………そして、その地図によると前方にカースが―――って、前方っ!?」

と驚いたのも束の間、車がキキィーッっと音を立てて急停止しました。

「おい、あぶねぇよポストマン☆」

「いや、ちょっと待て。なんか音がしないか?」

そう言われて、少し落ち着いて、よく注意して耳をすますと………ガリガリという、石のようなものを砕いているかのような音が聞こえてきました。

「確かに、変な音がしますね………っ」

そう私が話すと

「うん、ガリガリキュルキュルって音がしてる!」

と、チカちゃんが言い、

「これは………キャタピラの音かな?」

と、凛さん。 ――簀巻きのままなので、チカちゃんに支えてもらっています。(チカちゃん、力持ち?)

そして前を見ると、ちょうどグレーの色をした戦車が横から現れました。

その戦車には……小さいですが、GDFという文字とマークが書かれていました。

「あの戦車、GDFの……?」


そうして戦車は長い砲身を


「さっき言ってたカースの反応って、どこからしてたんだ?」

「ええっと、前方からってハンテーンさんが言ってましたっ」


ゆっくりとこちらに向けて


「ってことは………あの戦車を操ってるのって………カースってこと………ですかっ?」

「おそらく、そうなんじゃないかな☆」


ガコンという音を立てて、止まりました。





『―――やばいっ!!』
170 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:43:42.36 ID:7a7NVyyR0
「何かに捕まれっ!!」と叫び、ポストマンさんが慌てて車を急発進。

ハンドルを切って車体を滑らせ、ちょうどあった広い交差点を車を滑らせるようにカーブ。

すると、ドンッ!!って音と共に戦車の砲身が光り、今まで通ってきた道からドォン!!という音が聞こえました。

私達が乗っている車はカーブを曲がり切って、そのままスピードを上げて戦車から逃げます。

後ろからはガリガリキュルキュルと音がしています。

「ポストマン! これが例のアレか!?」

「ああ、そうだ!!」

「まだ追いかけてきているようですっ!!」

「何回か曲がれば撒けるだろうよ!!」

そうポストマンさんが言った瞬間、ガンッ!!という音が車の前方からしました。

何かにぶつかったようですが・・・・・・後ろを向いていて、この車とぶつかったであろう破片がちらっと見えた私にはわかります。

「あのっ、立入禁止の看板がっ!!」

「不可抗力♪ っていうかなんでこんなところにあるんだよ☆」

「あはははは! びゅーんびゅーん!!」

その後、戦車も後を追っかけては来たものの、全速力で逃げる私達の車に戦車は追いつけず、交差点を何回か曲がったところで、戦車の姿が見えなくなりました。

どうやら、なんとか振り切ったようですねっ。
171 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:44:33.28 ID:7a7NVyyR0
近くに戦車がいなくなったことを確認して、ポストマンさんは車を止めました。

「………びっくりしたぁ☆」

「………本当にギリギリでしたねっ」

そうして、一息ついたポストマンさんがこちらを向いて言いました。

「………今のが、『コラプテッドビークル』だ。」

「遅えよ☆」

―――前途多難ですっ!!

「さっきのがこの街のカース?」

「ん? ああ、そうだが?」

「………ふーん」

それを聞いた凛さんの顔は、どこかつまらなそうな顔をしていました。………簀巻きの姿で。
172 : ◆6J9WcYpFe2 [sage saga]:2016/05/27(金) 12:51:17.63 ID:7a7NVyyR0
今回は以上っ!
次回はやっとチカちゃんの家に………つけるかなあ?
ただ、かなり上手く行き過ぎてるので、何らかの波乱はあるのかも。

とりあえず、これからもちょこちょことですが書いていきますので、よろしくお願いします。


<おまけ>

凛「ねぇ、私、これでもシンデレラガールなんだよ?」

凛「それなのに変質者扱いで簀巻き姿にされたりとか散々な扱いされてるんだけど?」

………善処します。
173 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/05/27(金) 21:35:27.19 ID:XyKHqr8N0
おつです
凛ちゃんのまさかの発言に笑った…ww研究対象が目の前にいて必死だったとはいえww
やっぱり戦車が襲ってくる憤怒の街の危険度は高いなと改めて認識し…簀巻デレラ…ww
174 : ◆An8BJh0Y1A [sage]:2016/05/28(土) 20:25:18.16 ID:MTQmSyk0O
乙ですです

改めてマストレさんと怠(惰な感)情Pを予約させて頂きます
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2016/06/10(金) 21:46:02.78 ID:cqJ1gQLKo
忘れないうちにそろそろ保守
176 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 21:56:29.88 ID:Lzf9MzY5O
ドーモ
あんまり長くないやつ投下します
177 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 21:59:33.35 ID:Lzf9MzY5O

「アラァ、おかえり洋子ちゃん」

 思いがけぬ声に斉藤洋子は立ち止まり、その方向を見やった。恰幅の良い白髪の婦人が、こっちヨと言わんばかりにニンマリと笑み、手招きしていた。
 日課の早朝クライムハントジョギングを終えたばかりの洋子は軽く会釈し、一瞬の思考で次にとるべき行動を選び取った。
 この老婦人、洋子が住まう老朽安アパート『ショウワ・ハイツ』の管理者たるオーヤ婆は、世話好きで話好きだ。
 本来このタイミングで遭遇するのは避けたい相手だが、今日はクライムハントジョギングの成果ゼロ、ランニングウェアは健在であった。
 洋子は未だ火照った身体を手で扇ぎながら、マスター・オーヤのもとへ向かった。

「ごめんなさい、ちょっと汗臭くなっちゃってて」

「イイのイイの、ホントちょうどいいとこだったワ。アタシね、今日オンセン行くから。フラ会でネ。日中空けることになっちゃうから。ネ」

 オーヤ婆は意外にも長話をするつもりはないようだった。彼女はジェスチュアで洋子を101号室の玄関先に留め置き、パタパタと慌ただしく室内に消えた。
178 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:02:36.72 ID:Lzf9MzY5O

 およそ10秒後、再びパタパタと現れた彼女は、身の丈の半分はあろうかという大きな段ボール箱を抱えていた。

「洋子ちゃん昨日留守してたでしょ? 宅配便来たけど、あんまり大荷物だからアタシの方で預かっててね、早いうちに渡せて良かったワ。あ、中身は見てないからネ、トーゼンだけど、ネ、安心なさいな」

 洋子はズシリと重い段ボール箱を受け取り、その上にしめやかに鎮座するオマケ……センスの疑わしいゴシック体で『ミラクルご案内』『あなただけ特別』など刺激的フレーズが印刷された茶封筒を見つけた。

「これもですか?」

「あ、ソレね、アタシの代わりに顔出しといてちょうだい。なんか記念品とか貰えるんだって。洋子ちゃんにあげるから。ネ?」

「えっ?」

「洋子ちゃんにもタメになると思うから。ホラ、なんか美容に興味、みたいなこと言ってたじゃない?」

「え、ええと……あ、はい、ありがとうございます」

 洋子の答えは曖昧であったが、オーヤ婆はもはや用済みとばかりに、普段使いより二回りも大きなバッグを抱え、抜かりなく施錠して足早に去った。
 取り残された洋子は、茶封筒に視線を落とし、ウーンと唸った。ひとまず荷物を持ち帰るのが先決か。彼女は104号室へと歩いた。

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
179 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:06:56.90 ID:Lzf9MzY5O

 炎の能力者となって以来、洋子の体温は平熱でも40℃近い。自慢の美肌、起伏に富んだ肢体を流れ伝う42℃の湯も、彼女にとってはぬるま湯に等しい。
 シャワーを浴びてリフレッシュ完了した今、洋子の思考は底抜けに前向きだ。降ってわいた面倒事も実際チャンス。
 封筒の中身は何らかの美容セミナー案内状であり、外装の脱力感とは真逆のいやに凝ったレイアウトが、文面からにじみ出る胡散臭さをいくらか軽減していた。
 無論、そういったごまかしは洋子に通用するはずがなく、むしろ彼女は腹立たしささえ感じた。

(美容には早寝早起き、ご飯と運動……毎日の努力が大切なの。ミラクルなんてあり得ないんだから!)

 それは洋子自身の経験則である。美容だの健康だのを謳う商品のうち、かつて彼女の試した限りでは、満足できたものは一握りもなかった。
 この手のセミナーはもっと悪質だ。黒もしくは限りなく黒に近いグレーの詐欺業者が、女性の生涯の夢をせせら笑い、搾取する、悪徳商法のロビー。見逃す理由はない。
 加えて、洋子個人としても切実な事情があった。ヒーローデビューを果たして二ヶ月、未だスポンサーは付かず、ヒーロー活動で安定収入を得るには至っていないのだ。

(裏にいるのはヴィラン? ただのペテン師? どっちにしても、バーニングダンサーの名を上げるために薪になってもらうよ!)

 バスタオルで髪、顔、身体と撫でるように拭う。後は己の発する熱で勝手に乾く。ヒノタマの能力は便利さをもたらすが、一方でデメリットも無視できぬものだ。
180 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:10:00.01 ID:Lzf9MzY5O

 飾り気のない下着はハカクドーで5組1000円の特価品。実家から届いたばかりの仕送りから引っ張り出したTシャツとショートパンツは成長期途中に着ていた古いもので、ワンサイズ小さい。
 炎の踊り子装束を纏うたび、元の衣服は焼失する。ヒーローとして戦い暮らすことは、洋子が思っていた以上に、年頃の娘の大切な何かを犠牲にしているようだった。

「せめて、ちゃんとしたものを着られるぐらいには……」

 そのためにもクライムハントだ。安定収入が先か、衣服尽きて失意の帰郷が先か。洋子はチャブ上の茶封筒を手に取った。
 流し台兼洗面台に打ち付けられた鏡が、彼女の今を無遠慮に映す。衣服の丈は上下ともかなり短く、しかもボディラインが露わだ!
 Tシャツの胸にプリントされた素性の知れぬキャラクターは左右に引っ張られ、彼女を嗤っているように見えた。

「……うぅ」

 洋子は数秒間の逡巡の後、仕送り段ボール箱から野暮ったくもサイズには余裕のあるシャツを1枚引っ張り出し、煽情的な姿を隠すように羽織った。
 小さくひと呼吸した次の瞬間、鏡の中の洋子の顔は既に恥じらう小娘ではなく、戦いの場に赴くヒーローのものに変わっていた。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
181 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:13:15.18 ID:Lzf9MzY5O
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 問題の美容セミナーの会場は旧東京エリア・シタマチの一画、何らかの更地に(おそらく無許可で)建てられた大規模プレハブ建造物であった。
 受付で案内状を提示すると、『美容エキス』とプリントされた袋――キャンディの試供品――を手渡された。これが記念品であろう。
 会場に集まった客の年齢層は概ね二極化しており、美容に敏感かつ社会人より時間の融通が利く思春期付近の学生と、相当額を貯め込んでいるであろう高齢者が目立つ。
 誰もが深海魚めいて目をぎらつかせる一方で、熱に浮かされた客席に疎らに配された異物、狩りの悦びを満面の笑顔で塗り隠した彼女らは、およそ20代から30代。間違いなくサクラだ。

「うん、フツーにおいしっ」

 洋子は記念品の『美容エキス』キャンディを一粒、吟味した。有害薬物ならば即座に口内焼却するつもりであったが、ヒーロー味覚はそれが砂糖と水飴と香料の塊に過ぎぬと安全サインを出した。
 ややあって、光沢のある紺色スーツとラメ入り赤金ネクタイでキメた薄毛の中年男が、ゴザ敷き客席の正面壇上に姿を現すと、会場内の喧騒はいくらか収まった。
 男はオジギし、人懐っこさを演出する笑みを浮かべて口を開いた。

「エー、皆さんね、エー、今日はお忙しいところをね、よくおいで下さいまして。せっかくですのでね、今日ここにいらっしゃる皆さんだけにですよ、いや皆さん美人さんばかりなんですけれども、もっとお美しくなっていただけるチャンスをですね、私ども、特別価格でご用意させていただきまして」

 オオ、と最初は数人分の疎らな声が、すぐに波となってどよめいた。洋子は小さく鼻を鳴らした。言葉数が無駄に多く、決してスムーズとは言えない進行。三流MCか?
 否、これは演技だ。こうした不完全という人間臭さの演出は、客のわずかに残った不信感を払拭し、財布の紐を緩めやすくする効果がある。
 集団催眠めいて判断能力を鈍らせ、商品を買わせる、悪徳商法でも初歩……だが、手口は鮮やかだ。洋子は何年も前の学校での授業を思い出しながら、口の中でキャンディを転がす。
182 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:16:24.80 ID:Lzf9MzY5O

 油断ならぬヒーローは目を閉じ、会場内の感情を探る。嫉妬、強欲、微かに色欲。こうした胡散臭い商売にはまり込む者は、思考さえも等しく曇っているものだ。

「ハイ、これね、皆さんにお配りしたと思いますけれど、もうお召し上がりになった方、いらっしゃいますか?」

 疎らに腕が数本スッと伸び、会場内の注目を集める。

「ああ〜ありがとうございます! ね、おいしかったでしょ? これね、美味しく舐めるだけ! 舐めるだけで、美容に役立つ成分が手軽に摂れちゃう」

 カサカサと音。続いて「オイシイ」のさざ波。狡猾なやり口だ。正体は普通のキャンディ。菓子としては高いがサプリメントより遥かに安い価格設定。
 持ち金の少ない思春期学生でも、あまり気を張らずに買えるこのキャンディは、男の言うには限定200袋。これはすぐに……おお、見よ! 30秒とかからず完売!
 その後も怪しげな美容商品即売会は滞りなく進行した。仕掛けるタイミングを計りつつ洋子が試供品キャンディ最後の一粒を口に放り込んだその時、ニューロン内にノイズが走った。
 会場内には相も変わらず嫉妬と強欲、そして小さくも鋭い憤怒。……憤怒!?

「ペテン師めッ!」

 出入口ドアを蹴破り、女が一人乱入! 顔を黒い包帯で覆ったその女は、勢いのまま壇上に駆け上がった。司会中年男の手中のビン入り錠剤を奪い取り、足元に……叩きつける! 錠剤散乱!

「おや、私どもの取り扱い商品にご満足いただけませんでしたか? そうですね、エー、やはりこういう品は合う合わないがございますのでね、ハイ、お話は後ほど伺いますので」

 中年男は進行を妨げられた不快感を隠し、にこやかに対応。だが、会場の四隅に控えていた黒服達に抜かりなく目配せしていた。黒服達は電磁警棒を抜き、乱入者を排除にかかる。

「ユーザーナメるな! 思い知れーッ!」

 天を仰ぎ絶叫する女の口からマーライオンめいて黒い泥が噴出、彼女自身に降り注ぐ。おお、何たる美容を謳いながら実態は醜悪な悪徳商法の場に似つかわしくおぞましい光景であろうか!
183 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:19:37.86 ID:Lzf9MzY5O

 女は黒い泥に全身を包まれ、その姿は実際カーボン製マネキン! だが、その泥の肉体は表面が未だボコボコと脈打ち、さらなる成長を予感させる!

(これ、ヤバイでしょ! ハイーッ!)

 洋子は咄嗟の判断で攻撃的思念を放ち、会場内に満ちる負の感情のうち強欲を焼き滅ぼすことに成功していた。
 この対応は正しかったが、不足であった。人が密集する閉鎖環境下で極限に高まり、濃縮された強烈な感情は、その半分を失ってなおカースを育てるには充分!
 女と嫉妬を取り込んだ憤怒のカースは今や全高4メートル、ドグウめいて異様なメリハリのついた巨体は、歪にねじ曲がり枝分かれした細く長い腕を幾本も生やす。
 ドグウの頭が本来あるべき部位からは、カーボンマネキン……否、カーボン女神像のごとき女の上半身が生え、巨体の表面いたる所に嫉妬の結晶たる目が、鼻が、口が無数にレリーフ! 奇怪!

「営業妨害コラーッ!」「損害賠償請求!」「訴訟も辞さない!」「別室で話し合う!」

 黒服達は日頃と同様、遵法精神で恫喝。だが、カースに法もビジネスも無意味! 怒りの鉄拳が打ち振るわれ「「「「アバーッ!」」」」黒服全滅! 亡骸は黒い泥に飲み込まれ、骨の一欠片も残らぬ。
 眼前の凶行に客席は混乱、買ったばかりの美容アイテムさえ置き去り、我先にと小さなドアに殺到する。無論、洋子は臆することなく客席から回転跳躍!
 天井すれすれを飛ぶ身体が朱色の炎に包まれ、またも焼失した衣服が白い灰と舞った。壇上に着地を決めたバーニングダンサーの右手はチョップの形で、炎を纏っていた。

「プリミティヴ・バーニングダンサーです」

 聖炎の踊り子ヒーローは、ドグウ・ゴーレムのカースに厳かに一礼した。
184 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:22:44.38 ID:Lzf9MzY5O

「ヒーロー? バーニングダンサー? ……フ、フフ……ウワハハハ!」

 MC中年男は事態をようやく飲み込んだと見え、朱色のヒーローが少なくとも敵ではなく、むしろ彼を守らんとしている事実に勝ち誇るように笑った。
 その眼前50センチにバーニングダンサーのカエンチョップによって焼き切られたカースの腕の1本が落ち、彼は表情を凍りつかせて失禁した。

「「「ヒーローッ! 邪魔シナイデ!」」」

 無数の口が一斉に怒りを叫んだ。同時に、幾本もの腕からそれぞれ五指がピアノ線めいて伸び、鋭利な爪と指そのものによる刺殺・切断殺を狙う。
 投網のごとく逃げ場なき包囲攻撃! だが……おお、見よ! 踊り子はヒーロー反射神経とヒーロー第六感、そしてヒーロー柔軟性を最大限に発揮し、恐るべき殺戮ワイヤーを次々と捌く!

「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイイーッ!」

 何たるカースに再生を許さぬ連続かつ攻防一体のアーツか! これぞバーニングダンサーの処刑舞踊、バーニングダンス!
 そして彼女は野良ヒーローながら、対カース戦闘においては実際スペシャリストであった。刺殺斬殺ワイヤー触手を避け、弾き、焼きながら着実に前進し、ドグウカースは直接攻撃圏内!
185 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:26:56.04 ID:Lzf9MzY5O

 踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表の怒れる無数の目に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」
 ドグウカースは苦し紛れに腕を振り回す。バーニングダンサーはその1本に跳び乗り、勢いを利用して敵の背後に着地! 足場にされた腕は白い灰と化して崩壊!
 踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表のすすり泣く無数の鼻に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」
 ドグウカースは苦し紛れに残り少ない腕を振り回す。バーニングダンサーはその1本を掴み、ロープアクションめいて敵の背後に着地! 勢い余ってちぎれた腕は白い灰と化して崩壊!
 踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表の呪詛を紡ぐ無数の口に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」

「フ……復讐……返セ、私ノ……」

 ドグウカースの巨体は今や朱色の聖炎に包まれ、滅びの時を待つばかり……否! 光沢カーボン女神像は今なお健在! ドグウから下半身を引き抜き、眼下の踊り子に急降下攻撃を仕掛ける!
 女神像カースの両腕はカミソリめいて鋭く薄い刃! 憤怒と嫉妬の重圧!

「返セ! 私ヲ……ッ! 返セッ!」

 バーニングダンサーの双眸が朱色に燃え、見上げた空間が灼熱に揺らぐ。両腕の踊り子装束は形を捨て、聖炎そのものに還る。

「ア! ア! ア! アアアーッ!」

「ハイイーッ!」

 触れるもの全てを焼滅する熱波の盾も、強烈な感情に鍛え研ぎ澄まされたカースの刃を完全に滅ぼすには至らなかった。
 炎の右手が憤怒の刃を弾き、灰と変える。一方、炎の左手より速く踊り子に届いた嫉妬の刃は、その左頬から大きく形のよいバストにかけてザックリと斬り裂き、直後に燃え落ちた。
186 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:30:19.75 ID:Lzf9MzY5O

 傷口から噴き出した血が重油めいて燃える。バーニングダンサーは静かに呼吸を整え、女神像カースの胸をチョップ突きで貫いた。

「……ごめんなさい」

 洋子は俯き、声を震わせた。引き抜いた手の中で、小さな球体……カースの核が二つ、燃え尽きて崩れ去った。
 女とカースの結びつきはあまりに深すぎた。シュウシュウと異臭を放つ煙とともに、黒い泥が霧消していく。女には両腕と、腰から下がなかった。もはや助かるまい。

「あ……ぁあ、悔しいなぁ……これで全部、オシマイ……取り戻すことも、掴むことも……」

 今や女の素顔が露わだ。岩塊めいて土色にひび割れ、赤い肉が覗くほど変形したその顔は、何らかの薬物被害によるものか。然り、彼女はこの悪徳商法の被害者であったのだ。
 ……その時、洋子は信じがたい光景を目の当たりにした。依って立つ感情を聖炎に焼かれ、命尽きたはずの黒い泥が、女の顔を這い進んでいくではないか。
 失われた美を埋め合わせ、取り戻させんとするかのごときその様は、己を産み落とした哀しき復讐者への最期のはなむけであったか。

「……キレイ」

 洋子は無意識に呟いていた。黒い泥で土色をつなぎ合わせた顔に微笑を浮かべ、復讐の女神は静かに消え去った。洋子は両目の周りに付着した白い灰を、右手の甲で乱暴に拭った。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
187 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:33:23.00 ID:Lzf9MzY5O
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 コップ1杯の水を飲み干し、流し台兼洗面台に打ち付けられた鏡に映る下着姿を見る。左頬、そして左胸に縦に走る傷は、今なお血が滲み、艶やかに赤い。
 ヒノタマの意思はこの傷を焼き塞ごうとしたが、洋子の意志は頑として拒んだ。ヒーロー回復力がある以上、三日で完治する傷だ。ならばせめて、その三日間だけは忘れずにいるために。
 小さなテレビから聞こえるニュース音声は、今日の一件の顛末を伝えていた。……洋子が去ったと入れ違いにアイドルヒーローが到着し、生き残りの関係者数名を拘束したという。
 プレハブ建造物を無断で建てられた地権者から排除要請が寄せられたことが直接の理由であったが、結果的に悪徳美容商法の実態も暴かれることとなろう。
 あの復讐者や、洋子が名も顔も知らぬ被害者達の魂は、多少とも救われるのだろうか。一介の野良ヒーローにそれを知る由はない。
 洋子にできるのは、ヒーローとして事件に首を突っ込み続けることだけ。……そして、自ら運命を切り拓かんとする者にこそ、土産のマンジュウと共に福音がもたらされたのだ。

「……バイト、かぁ」

『フラ会の友達がネ、今日言ってたんだけど、ガラの悪い客に困ってて……あ、そのヒト喫茶店やってるんだけどネ、で、腕の立つ女の子に、用心棒とウェイトレスを兼業で頼みたいって』

 悪い話ではなかった。件の喫茶店はネオトーキョーの中心地区に近く、ヒーロー活動も今より捗ることだろう。
 洋子はマンジュウを咀嚼し、思いのほかパサついた口の中を2杯目の水で潤した。


(終わり)
188 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage saga]:2016/06/17(金) 22:36:44.61 ID:Lzf9MzY5O
以上です
野良ヒーロー時代は基本孤独なので会話がない!
デレステに恒常レアにと最近洋子が熱い
あとは21コスSレアとデレステSレアSSレアと声付きとCDデビューだな!長い道のり!
189 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/06/20(月) 00:10:25.86 ID:HLb+g09m0
おつでしてー
昔の話とさりげない体質の話でしたな、体温が高いのはいろいろ大変そう…

デレステの洋子さんマジ美人
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 14:55:35.93 ID:fuis4QHL0
ああああ
191 :@予約 ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/07/18(月) 22:22:45.55 ID:Ka9Oi4UFo
大沼くるみちゃん予約します
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 08:36:42.39 ID:aa/4GuJIO
おつおつ
ひさびさに読んでようやくおいついたわー
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 21:21:36.59 ID:ZUZSpSe90
194 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:31:57.41 ID:pBxUyVn3o
ああ、7月25日も、もう終わってしま――
待たせたな!(CV:大塚明夫)

ギリギリになってしまったけど、恒例行事を始めたいと思います
実にまる一年ぶりの投稿でごぜーますよ……
相変わらず時系列は適当です
あと、かなり急ピッチで仕上げたため内容が無いよう……
195 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:33:03.82 ID:pBxUyVn3o

――それは、本当に唐突で……。


未央「ところで、あーちゃんはピィさんとどこまでいったの?」

藍子「ん゛ん゛っ……!? ケホッケホッ!!」

――危うく口に含んでいたミルクティーをこぼすところでした。


藍子「ケホッ、み……っ、未央ちゃ……」

茜 「それは私も気になります!! どこまで行ったんですか!?」

藍子「ええっ、茜ちゃんまで!?」

茜 「未央ちゃんに聞きましたよ! いつの間に二人とも……」

藍子「え、えっと……?」

茜 「旅行に行ったんですかっ!!?」

藍子「あっ、そういう……」
196 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:34:09.97 ID:pBxUyVn3o

未央「んん〜〜〜? ”そういう”って、他にどういう意味があるのかなぁ〜〜〜?」ニヤニヤ

藍子「うぅ……っ」

――もうっ、未央ちゃんのイジワル……。


茜 「それで! どこまで行ってきたんですか!!?」

藍子「えっと、そもそも旅行じゃなくて……」


藍子「前みたいにお仕事で、とある施設に行ってきたんです」

藍子「ただ、今回は少し遠くて一日じゃ帰ってこられないから、ホテルをとって一泊二日で……」

未央「若い男女、一晩ふたりきり、何もないわけなく……」

藍子「な、何もなかったですっ!」

茜 「夜のジョギングとかしなかったんですか!!?」

未央「そうそう、しなかったのー? 夜のジョギング(意味深)」


――未央ちゃんの言い方には、なにか含みを感じます……。

藍子「してないですってば〜、夜のジョギングもなにも……」
197 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:35:59.31 ID:pBxUyVn3o

――別に隠し事をしているわけでも、嘘をついてるわけでもありません。

――本当に何もなかったんです。

――それに、最初から何も起きないことはわかってました。

――だって、ピィさんのこと信頼してますから。

――ただ、『そんなピィさんだからこそ……』という相反する思いが、まったく無かったとは言い切れない部分もあるというか……。


未央「そっかぁ〜、でも実はちょっと残念な気持ちもー……?」

藍子「あるかもしれないですね……、はっ!?」

未央「ほっほ〜〜ぅ?」ニヤニヤ

藍子「ちっ、違っ……! 今のは違いますから〜〜〜!」

茜 「やっぱり初めて行く場所は一回くらい走っておきたいですよね!!」

藍子「それもなんか違います〜!」
198 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:36:52.02 ID:pBxUyVn3o
―――

――



ピィ「おれ、がんばったよ」

ピィ「なんども、あわよくば、っておもったよ」

ピィ「でも、がまんしたよ」

ピィ「ほめてほしいくらいだよ」


周子「んー、難しいとこやねー」

志乃「『手を出さない』と、一度決めた意志を貫けたことは、”紳士的”とほめてあげてもいいんじゃないかしら」

礼子「私に言わせれば、据え膳にも手を出せない”ヘタレ”ね」

周子「つまり、ピィさんは”紳士とヘタレの中間”ってことで」

ピィ「うれしくない」
199 : ◆cKpnvJgP32 [sage saga]:2016/07/25(月) 23:46:13.73 ID:pBxUyVn3o
以上です
……ええ、以上です

TLにな、えげつない速度でな、藍子のイラストがいっぱい流れてくるんよ……(嬉しい悲鳴)
ふぁぼりつしながらSSを書き、今もTLとにらめっこしながらこれを書いてます

ついでに雑談スレにも貼ったわいのイラストを一応こっちにも
http://imgur.com/JFOzFLC.png

なにはともあれ誕生日おめでとう、藍子!
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/07/26(火) 07:54:13.20 ID:5piUx01co
 
201 : ◆zvY2y1UzWw [sage]:2016/07/26(火) 20:46:51.61 ID:J5lNPuaX0
おつでしてー
恒例の平和なラブコメ…心がゆるふわするんじゃ
ヘタレは紳士なんだよ!なんだよ!()
202 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:37:49.27 ID:vTRpaymho
お久しぶりです(定型文)

少し遅くなりましたが、イルミナティ侵攻編投下します。

ゆるふわな投下の後で申し訳ないですが弱グロとモブ厳が多々あります。
ご容赦をお願いします。
203 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:38:19.10 ID:vTRpaymho
 幾台のカメラに囲まれたこの小さな部屋の中心で男は一人、どことない視線を向ける。

 見つめるその先は野望の果てか、欲望の追及か。
 否、彼の先にあるのは破滅であった。

 だがその破滅は彼が数百年にも渡り抱き続けた指針である。
 彼女がそれを望むから、自らもそれを望もうと抱き続けた呪いにも似た願望。
 初めは淡い思いであっても、人の寿命をも超える長き時に晒されれば歪みは生じてしまう。

 だがその願いに歪みが生じていようがいまいが彼は止まれない。そして仮にそれを自覚したとしても止まらないだろう。
 彼自身の望みのために、彼女の望みを叶えること。
 そのために、彼にとってこの数百年は存在したのだ。

「『あの日』以来この世界は様変わりした」

 その部屋には男一人だけだが、カメラの向こうには多くの者がその様子を見ていた。
 これから始まるのは男の独白ではなく、数多の同志、はたまたただ利害の一致した協力者に向けた宣誓である。

「異能は日常と化し、秘匿は水泡に帰し、交わるはずのないものは入り乱れる。

世界は混迷し、誰もが未知の互いを受け入れることに必死だった。

天変地異さえ、ラグナロクでさえ、カタストロフさえ起きても不思議ではない運命のあの日以降。

幸か不幸か、この世界は未だに滅びず、歪な均衡を保ったまま存在している。

水に落とした水彩の色が混じることなく、互いにせめぎ合って共存しているようなものだ」
204 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:38:57.63 ID:vTRpaymho

 『あの日』から数年の歳月が経ち、世界は大幅な変革を迎えた。
 既存の常識は覆り、未曾有の混乱は人々を恐慌へと掻き立てるほどの出来事だったはず。
 だが、世界は妙なバランスを保ったまま、安定を維持している。

 結局この世界はそれなり影響こそあったものの、人々の何かは大きく変わることはなく、その不均衡を維持したまま続いているのだ。

「世界の歪みは大きくとも、それによって引き起こされた事象は些細なものだ。

だが逆に我々はどうだ?

神秘を秘匿し、魔術を独占した我々は、それらがさらけ出されたことによって世界における優位を失った。

かつて我々のような組織や宗教などいくらでもあったが、『あの日』によってほとんどが駆逐された」

 『あの日』は日常に影響を与えることはなかった。
 だが逆に非日常、空想や幻想といった類には比類なき猛威を振るったのだ。

 神が観測できたことにより、宗教の信仰は形骸化した。
 魔術が露呈したことによって、化学は不可侵の領域にまで普遍化の進行を進めた。
 人々の想像上の産物が存在を明らかにしたためにしたために、非日常は日常に汚染された。

 知らなかったことだからこその『未知』なのだ。
 知られてしまった以上、それは『既知』であり、普通へと格下げされる。

 結果としてイルミナティをはじめとする秘密結社や宗教団体、神秘を独占していた者たちは大損害を受けた。
 もはや『秘密』など人を引き付ける道具にすらならない。目に見えない『信仰』など薬にもならない。
205 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:39:48.84 ID:vTRpaymho

 『あの日』以降、各地で行われていた宗教戦争でさえ、ろうそくの残り火が如く燃え上がったのちに大半が消滅した。
 人々は目に見える『信仰』を拠り所とし、旧体制の信仰受容体は消滅の一途をたどっていたのである。

「代わりに台頭したのは、神秘をビジネスと割り切り、迷うことなく利用しようとした連中。

変革に人々が混乱する中、商機を見出し、『未知』に付加価値を与えることによってこの世界を平定した。

『ヒーロー』、『財閥』、『サイバーカンパニー』、数を上げれば切りが無い。

まさしく彼らこそ世の勝ち組だ。時代を見極め、需要と供給を判断し、適切に取り扱った。

対して、我々は時代に取り残された負け組か?形態を変えず、秘匿さえ意味を持たない神秘を未だ隠し通そうとしている。

歴史の陰に隠れ世界の意図を引いていた我々は、このまま歴史の陰に消えていくのか?」

 男は大仰に両手を振り上げ、カメラの先の者たちに問うた。
 その先にいる者たちは、確かに歴史を見誤り、時代遅れと評される組織に身を置く敗北者たちの集団だと傍からは見えるかもしれない。

 だが彼らは間違いなく力を持っていた。その身に魔道の叡智を。科学の真髄を。組織の実権を。そして、闘争の火種を。
 各々が力を持ちその力は表に発揮されていないだけで、それらは凡百の成功者たちをはるかに凌駕する規模だ。

「我々の目的は財の蒐集か?神秘の独占か?それとも……世界の支配か?」

 振り上げた手は、握りつぶすように虚空を掴む。
 イルミナティにとって掴むべきはそんな程度のところではない。
206 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:40:19.30 ID:vTRpaymho

 この組織にとって、現実的な野望など端から掲げた覚えはないのだ。

「否、だ!我らの目的は、世界構造の改革だ!

重力に引かれるように物が落ちる。電気はより抵抗の低い方へと流れ、海水は潮流する。

宇宙は真空で、海底は水中で、地下は日の光は当たらない。当然の節理にして当然の法則。

そして……神は見下ろし、悪魔は人を支配する。

その優劣は有史以来……さらに太古、最果ての原初より変わらぬ不変の理だ!」

 男はその白銀の腕を振りかざし、これを見るすべての者たちに号令を出す。
 世界は変わった。だが我らのすべきことは変わらず、そして為すべきことは胎動する。

「人は神に成れない。人は悪魔を超えられない。

そんな絶対的な優劣をこの手で壊そう。我らは、ほぼ等しく無力だ。

だが、積み上げた年月は、研鑽した秘術はこの星の年輪をはるかに上回るはずだ。

『あの日』は我らの滅びの日ではない。被った被害も大きいが、何よりも計画は大きく飛躍した。

故に、今ここに、この不安定なバランスの上で胡坐をかいている支配者共に付きつけよう。

この『イルミナティ』の存在を、世界に刻み付け、これまでの過程の正当性、成果を証明することを。

『この日』のために積み上げた成果で、世界の仕組みを一新する。

そう……『境界崩し』を成就させ、我らが上に立つのだ。

これまでのただ存在するだけの神々など不要だ。次の神は、我らが君臨する!」
207 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:40:50.78 ID:vTRpaymho

 この演説を見ていた者たちは息を呑む。
 世界の陰に隠れ、燻り、目的さえ見失いかけていた研究や闘争の日々。
 それらを一新するかの如く、この宣誓は人々の意識に刷り込まれた。

「さぁ……反撃の狼煙をあげようじゃないか」

 イルミナティ総司令官、イルミナPは世界への宣戦を静かに表明する。
 眠り続けていた獣は、この瞬間牙を光らせながら目覚めた。


***



   
208 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:41:25.68 ID:vTRpaymho

「なんて、イルミナPの奴は意気揚々と宣言していたが、それに扇動される連中はまぁ憐れなもんだな」

 高速道路を走る一台の大型トラック。
 ぼやきながら運転席に座るのは上半身裸で、腕を窓から乗り出している男。
 その男は明らかに高等教育を受けていないような頭の悪そうな風体と、一般人からすれば関わり合いたくないような堅気とは思えないような鋭い眼光を持つ男であった。

 そんなチンピラ然とした男の名は『エイビス』と通っており、こんな成りをしていてもイルミナティの直下組織の一つであり総戦力の6割ともいえる『イルミナティ騎士兵団』の総括である。
 相応の実力と地位を持つ彼だが、今この瞬間はやる気のなさそうな表情と肘を乗り出した腕で頬杖をしながら片手で運転を行っている。

 退屈そうな彼が繰るトラックのメーターに示されている速度は優に150キロをオーバーしており、高速道路真っ只中であるにもかかわらず紙一重で多くの車を置き去りにしながら進んでいた。

「確かにすることは間違ってはねぇが、結果はちがうだろ。

確かに神を地に落とすことはできるが、かといって自分たちが神になれるわけじゃない。

まぁ過程が真実である以上、愚図なスポンサーどもには耳触りがいいんだろうが……」

 天界などとは次元断層によって明確な境界線が存在しており、『境界崩し』はそれを取り払う術式である。
 しかし仮にそれを実行したとしても、互いの法則が混じり合いはするが、人が神に格上げされるという保証はない。
 確かに既存の神々は、『顕現』という形ではなく『堕天』に近いかたちで次空間ごと引き摺り落とされるので大幅な弱体化をするであろうが、その逆の可能性はほとんどありえないのだ。

 つまり、神々が座から引きずり下ろされたとしても、人の『格』そのものには何ら影響を与えることはない。
 それどころか、流入した天界の法則にただの人間が耐えられる保証すらないのだ。

「まぁ情勢を読み取れず、『財閥』やら何やらの側に付かなかった無能連中がどうなろうが知ったことはないんだがな。

せいぜいこっちに充分な資金流してくれればそれで結構なこった」

 エイビスはハンドルを軽く左右に切りながら、隣にいる一般車からトラックまで所かまわず体当たりしながら進む。
 彼のトラックの後続は、すでに多くの煙が上がりながら車の堰が出来上がっているが彼の気にするところではなかった。
209 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:41:52.56 ID:vTRpaymho

「まーえらいオジサンたちがせっかくおこずかいくれるんだからさー。

少しくらいユメ見させてあげてもいいっしょー」

 退屈そうな顔をしながら荒々しい運転をするエイビスの隣、助手席の少女が声を発する。
 金髪蒼眼、今時のファッション街でよく見られるような恰好の少女、大槻唯は手元のスマートフォンを弄りながらエイビスを横目に見た。

「『ソウカイ』に出てるなーんにも知らないオジサンたちが何を騙されてたって、ゆいたちには知ったことではないでしょ。

オジサンたちは夢に投資して、ゆいたちはゆいたちの『ユメ』に向かって頑張ってる。

これぞ、ウィンウィンってやつでしょ♪」

 唯の持つスマートフォンの中では、いくつもの世界的キャラクターのデフォルメ顔が連なっては消えていく。
 唯にとってのスポンサーなぞ、同志ではなく、ただの資金源、手元のゲーム内で消えていくドロップ同様の泡沫の存在だった。

「おおう流石悪魔、えげつねーな。

まぁ連中もこっちのこと利用してるんだ。金があれば何でもできるとか勘違いしていて、プライドだけは高く、自らの地位にしがみ付くことしか能のない豚共。

せいぜい肥え太らせてから出荷してやるのがせめてもの情けかもな」

 エイビスはすばやくハンドルを切って、前方の車高の低い車にトラックのタイヤを乗り上げる。
 数倍もの荷重が掛かった車高の低い車は、車高がさらに低下しながらひしゃげる。
 その車のドライバーは即死、同時に爆発して、唯たちの乗るトラックを跳ね上げた。
210 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:42:26.86 ID:vTRpaymho

「Yee Haw!!!」

 その巨体で宙を舞う大型トラックは、滑るような高い摩擦音と共に横回転しながら反対車線へと着地する。
 過程でさらに数台の車が犠牲になったが、そんなことは彼の知る余地ではない。

「あーんまり騒ぎすぎると、イルミナPチャンに怒られるよ。エイちゃん」

「板鰓亜綱(ばんさいあこう)の平べったい奴みたいに呼ぶんじゃねえ!

つーか、これくらいの騒ぎ問題ねぇよ。この車の動向はそのイルミナPの奴が管理してんだ。

このトラックに対しての物理的な捕捉も、魔術的な捕捉も絶対にありえない。

いわば今このトラックはあらゆる監視から解き放たれた無法のデス・マシーンだ」

 エイビスはそう言いながら、迫り来る車に対してハンドルを切る。
 的確なハンドル捌きは、鈍重なトラックで迫りくる車を回避し、その車体の側面に体当たりをする。
 そのトラックと交差し衝突された車は一台残さず、例外なく廃車になっていった。

「あーらら、沢山のお宅のマイカーがみんなスクラップになってくよ。

ま、イルミナPちゃんが大丈夫言うのなら大丈夫だろうけど、ほどほどにねー。

あ……そうだ、飴食べる?」

 唯は既に口に含んでいたロリポップとは別の、包み紙入りのロリポップを隣のエイビスに差し出す。

「ん?サンキュー。

まぁ……イルミナPの奴は個人的にはいけ好かない根暗野郎だが、その実力は間違いねえよ。

それはイルミナティ全員の共通認識……ボフゥ!!!」
211 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:42:57.26 ID:vTRpaymho

 唯から受け取ったロリポップを口に含んだ途端に、形容しがたい表情に顔をゆがませながらエイビスは盛大に吹き出す。
 車内にかかる虹色橋は男の口元を又に小さく架かった。

 その拍子にエイビスの手元が狂う。
 彼の運転するトラックは横にぐるりと一回転しながら、迫り来ていた車をさらに2台薙ぎ払いながら高速道路の外へと弾き飛ばした。

「ペッ……ペッ!!

なんだこれ!?何食わせやがった唯!?」

 口から吐き出されたロリポップはそのまま窓の外へ投げ出され、後方へと消えていく。
 一筋の流星となって視界の外に飛んでいったロリポップのことなど気にも留めずに、エイビスは暴走するトラックをなだめる。
 そしてトラックを安定した暴走運転に戻した後、エイビスは隣に呑気に座る唯をじろりと横目で射抜く。

「テメェいったい何食わせやがった……?。

ドブのような、汚水を還元濃縮した味がしたぞコラ」

「ん?……あー、あれ『ギルティ・トーチ』の核だからね。

ゆいは『元』だけど大罪悪魔だからそれなりにデリシャスなんだけど。

まーカースの泥舐めてるのと同じだし、泥臭いのも当然だよねー。まぁ感情エネルギーも摂取できるから慣れれば結構いけるけど……」

 カースの核は、素材としては生成される泥と近い性質を持っている。
 そしてカースが人から生み出される感情エネルギーであったとしても、人間にとっては毒以外の何物でもない。
 たとえカースの核が飴玉のように見えたとしても、それは毒物の結晶に他ならず人体には悪影響しか与えないのである。

 それはたとえ地球生まれの悪魔と呼ばれるエイビスであっても例外ではなく、カースの泥をそのまま無害なものとして摂取できるのはせいぜい大罪の悪魔ぐらいである。
212 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:43:44.41 ID:vTRpaymho

「つまり、人に毒物与えてんじゃねえぞ唯。

オレじゃなかったら、噴き出す程度じゃすまないっつーの」

「ぶーぶー……文句が多いなぁエイちゃんは……。

せっかく貴重なギルティ・トーチの核なのに」

「貴重ならもっと丁重に扱えよ……。

もったいないことして後でイルミナPにどやされてもオレは知らんからなぁ……」

「むぅ……噴き出して外に放りだしたのはエイちゃんじゃーん」

「条件反射だぜ?しゃーねーだろ。

そもそもそんな劇物食わせようとした唯のだろうが。

それに勝手にギルティ・トーチ1体野に放っちまったから後々面倒だぜ。

ま、そこんところは、あいつがなんだかんだ言いながら後始末は付けてくれるだろうから、さほど気にすることはねえんだけどよ」

 起きた厄介事は大概の場合イルミナPが処理するのがいつもの流れである。
 彼の気苦労は知れることだが、もはや100年以上続いてきた一連の流れだ。
 二人とも今更遠慮などするはずもなく、野に放たれたギルティ・トーチのことなどさほど気にする様子もなかった。
213 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:44:19.82 ID:vTRpaymho

「んー……そもそもトラック暴走させてる時点に、1体程度カースが増えたところで対して変わんないよね。

だからゆいは、何も見なかったことにしよう。

そしてエイちゃんにも口封じを進呈するのだった、まる」

 唯は空間に発生した魔方陣『個人空間』に手を入れる。
 そしてゆっくりと引き出したのは、手のひら大のペロペロキャンディーであり、それを容赦なくエイビスの口に突っ込んだ。

「ゴボア!!?……ガ……ガガ。

くほ!!だから運転中に余計なほとふんじゃねえっつっただろうが!

ガ……んぐ、事故ったらどうすんだっての……。

ていうか、普通の飴あんのなら初めからそっちを渡せよってよな」

 エイビスは眉間にしわを寄せながら不機嫌な顔をする。
 そして口に突っ込まれたキャンディーをバリバリと咀嚼しながら唯に文句を垂れた。

「まーまー、どうせエイちゃんのドラテクなら問題ないんでしょ?

それよりも前気にしないとぶつかるよー」

 唯の忠告を聞く前からすでにエイビスはハンドルを切っており、スピンした車体は前方迫りくる乗用車を高速道路の外へと弾き飛ばす。
 そして隣の追い越し車線から来ていた次の車にトラックの後輪を乗せて、トラックは進行方向逆を向きながら再び跳ね上がった。
 潰された車の爆発と共に、跳ね上がったトラックは逆の車線、正しい進行方向へと進む元の車線へと戻った。
214 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:44:46.41 ID:vTRpaymho

「っと、それぐらい承知だぜ。

ったく……それにしても、イルミナPの奴はいつまでこんなことをさせるんだ?

もう潰した車は十分だろうよ……。

これもシューティングゲームみたいで悪かねぇが、本筋とは違うだろうに」

 先ほどまで機嫌が良さそうにトラックを飛ばしていたエイビスだったが、唯に水を差されたりしたせいで興が覚めたのか小さく愚痴を吐く。
 トラックの後方では夥しい数の車の残骸とそこから上がる狼煙の筋が上がっているが、そんなことはエイビスにとっては事のついでなのだ。
 しかし一方で唯は、今回の作戦内容の詳細を把握していなかったため、エイビスの言葉の意味が今一つ理解できなかった。

「ん?本筋とは違うってどういうこと?エイちゃん。

たしかに、こんな感じで普通の人をプチプチ潰していってもあんまり意味がないのはわかってたけどさ。

このデスマシーン、のぺしゃんこ走行はエイちゃんが趣味で勝手にやってたことなんじゃないの?」

「勘違いすんなキャンディフリーク。

罪悪感とか抱く訳じゃねーが、雑魚をしらみつぶしに潰してくなんざ別に楽しくねーよ。

そもそも弱い者いじめはオレの趣味じゃねえ。こういうのはカーリーの趣味だろうが。

とにかく……つまり、アレだ。陽動ってやつだよ」

「よーどー、なんでまた?」
215 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:45:32.90 ID:vTRpaymho

「その様子だと、お前話聞いてなかったな……。

イルミナP曰く、本丸攻める前に、なるべくゴタゴタ起こしてこっちに敵釣って、本丸に集まる敵の数を減らそうってことだと。

この道を封鎖しておけば、今回の作戦においての最大の『障害』を蚊帳の外に出せるそうだ。

まぁオレ的にはその『障害』とも戦ってみたかったが……本命落とす前に遊んではいられないからな」

 そもそも目的地に向かうだけならば、唯の『個人空間』を使えば簡単な話である。
 しかしあえてそうすることなく、大型トラックで目的地に向かっているのは、道中で騒ぎを起こすことによる陽動を狙ったからだ。
 すでにその『障害』となる者の動向はイルミナPが掴んでおり、その者の行動を阻害するかのようにエイビスはトラックを吹かしているわけである。

「実際のところもう一つトラックで走り回る意味があるんだが……。

それについてはそのうちわかるさ」

 エイビスは機嫌が悪そうにそう吐き捨てる。
 彼にとって自分の好き勝手にトラックを乗り回すのはそれなりに興が乗る行為だったが、関係のない一般人を踏み潰す行為など気分のいいものではなかった。
 この程度のことで罪悪感が湧くほど人殺しをしてこなかったわけではないが、意味のない殺人を心から楽しめる者などただの狂人だろう。

「ふーん……なんとなーく今日の目的っていうか、今やってることはわかったよ」

 唯はエイビスの語った行動の意図を理解し、それに答えるように頷く。
 しかしその一方で新たな疑問、というよりはこれまでも感じていた疑問が再び唯の中で想起された。
 ずっと疑問には思っていたが、これまでに聞く機会に恵まれなかった。

 だが何故か今回、イルミナティが動き始めたことをきっかけに、躊躇われていた質問をすることができたのだ。
216 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:46:01.85 ID:vTRpaymho

「その……エイちゃんってよく戦うーとか戦場がーとか言ってるけどさー。

なんでそんな物騒なこと好きなの?ゆい的にはそんなことより遊んだり、カラオケしてる方が数百倍たのしー気がするけど。

そりゃあ、別にみんな好きなことは違うのは解るけど、いまいちエイちゃんのはわかんないっていうのかさー……。

うーん、かといって殺人が好きではないみたいだし、よくわかんないんだよね。エイちゃんの行動とか目的がさ。

なんでエイちゃんは戦いを、求めるの?」

 彼が狂人として殺人に愉悦を感じるのではなく、闘争を求めるのならばそこには理由があるはずだ。
 唯は決して頭の冴える方ではないが、故にエイビスのあり方について疑問に思ったのだ。
 戦いを求め、強者を求める。物語としてはありきたりな闘争者のあり方は、現実においてはひどく矛盾するということに。

「なんでって……そりゃ強え奴と……いや……」

 エイビスも虚飾で誤魔化そうと口を開いたが、そこで言いよどみ、横目で唯を睨む。
 その目が安易に触れるなと言わんばかりの眼光であったが、唯の方も目を合わせることなく窓の外の景色を見ている。

「そもそも……オレたちは同じ船の同乗者であって、元々は敵同士だったはずだぜ。

それを言う義理は……」

 トラックの隣を一台の車が過ぎ去っていく。
 これまで一台逃さず踏み潰してきたのに、気が付けば壊すことを忘れていた。
 アクセルを踏む足は無意識に緩み、メーターはすでに100キロ周辺に落ち込んでおり、暴走というにはいささか静かすぎる速度であった。
217 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:46:33.27 ID:vTRpaymho

「……チッ」

 エイビスは小さく舌打ちをする。
 その苛立ちは先ほどのものとは違っていたが、そのことを彼は気にせず口に含んでいたキャンディーの棒を外に放り投げた。

「……大したことじゃねえよ。詳しく気になるならイルミナPにでも聞きな。

オレは誰かに教えた覚えはないが、どうせオレがどういう存在かは知っているはずだ。

だから、詳しくは言わねえ。ただ……オレは、オレであることの証明のために戦ってるだけだぜ。

オレはアイツじゃない。オレは人ではなく沼地の男で、深淵だと。アイツではないオレだということのために」

 トラックのエンジン音が車内に静かに響く。
 互いに目を合わせず、知り合ってからは長いのにその距離はいまだ変わらない。

「ハァ……だから嫌なんだ。辛気臭え。

ひとつ忠告しとくが唯、誰もがお前のように目的を持って行動してるわけじゃない。

オレみたいに手段が目的になっている奴なんてごまんといるぜ。

闘争やら戦争に憑りつかれた奴なんて、それこそ珍しくもない。

……だが目的は無くても、理由ならあるやつが大半だ。

本当に理由もなく、ただ単純に闘争を……いや、殺人を楽しめる奴こそが、本物の『狂人』だよ」

 エイビスの脳裏に浮かぶのは漆黒の義手を備えた長身の女の影。
 その闘争を求める姿勢こそ同じなれど、彼と彼女には根本が天地の差がある。
218 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:00.83 ID:vTRpaymho

 人である以上、しがらみからは逃れられない。戦争に従事したものほどその傾向は強く、サバイバーズギルドは呪いとして心に巻き付く。
 だからこそ『闘争』そのものに意思を載せず、享楽と狂気だけを乗せることができる者の方が少数であり、そして脅威であった。

「あーくそ……嫌な顔思い出したあの糞アマ。

そういやカラオケとか言ってたな唯……せっかくだ、気分転換に一曲歌うぜ!」

「お、ここでカラオケしちゃう?」

「おうとも、クソみてえな空気は勢いでフッとばしちまえ!

Hey、唯マイクの用意はできてるか!?」

「オッケー!しかして選曲は?」

 唯がどこからともなく取り出したハンドマイクを片手にエイビスは、アクセルを踏み倒す。
 唸りをあげるエンジンをBGMに、カーステレオから心地のいいビートが湧き上がり始めた。

「こんな糞みたいなデスレースには当然だ!『マッドマックス』よりテーマソング……」

『おいコラこれ以上は止めろ!!!』

 上がり始めたBGMはジャミングされた様に掻き消える。
 それと入れ替わるように響くのは、軟弱そうな男の声。
 だがその声は有無を言わさぬ怒りを含んでいる。
219 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:30.19 ID:vTRpaymho

『この世には抗っちゃいけない存在があるんだよ馬鹿どもが!』

「えー……だってエイちゃんがー」

「オレかよ!ってかまぁオレだけどさ……。

全責任擦り付けんな!お前もノリノリだったじゃねえか!?」

『シャラップ!!醜い責任転嫁はするんじゃない!』

 カーオーディオから聞こえる男の声。
 その声は先の演説の声と同じであり、今回は芝居がかった口調はしていない。
 声の主であるイルミナPはいつもの丁寧な口調が崩れるほどであった。

『とにかくカラオケは禁止!版権問題はデリケート!

特に音楽関連の利権は神の見えざる手が働きかねないからタブー!

オーケイ?』

「「……オッケー」」

 二人が声をそろえて理解を示した後に、場を整えるようにイルミナPは一度咳払いをする。
 イルミナPは二人に版権問題の複雑さを説きに来たこともあるが、それ以外にも目的はあったのだ。
220 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:58.44 ID:vTRpaymho

『エイビス……騒ぎを起こせとは言いましたけど、車全てを踏み潰せとは言ってないです』

「細かいこと気にすんな総指令さんよォ。多少はゲーム性なきゃあこんなことやってられないっての」

『それを隠蔽するのはこっちの役目だから仕事を増やすなと言ってるんです。

記憶処理や、視覚的なジャミング。魔術的な探知に対する妨害から異能による透視への対策などなど……。

……正直死にそうです。何事もほどほどにお願いします。

こっちの人員が過労死したら、あなたには責任としてシキ謹製薬品の実験体をしてもらうのでよく覚えておいてくださいね。

アイツが置いていった未知の薬品は大量に残っているので』

 疲労感がにじみ出る声で忠告をするイルミナP
 そんな脅しに対してエイビスは無言のまま運転をする。
 だがその苦々しい表情は、渋々ながらもイルミナPの要求を呑むことに承知していた。

『それと唯、ギルティ・トーチが一体活性化して高速道路で暴れているのですが知りませんか?』

「な、ナンノコトカナー?」

『ギルティ・トーチは普通のカースと違って数を揃えられないので、むやみやたらに使わないと前に行ったはずですが?』

「ゴ、ごめんね?イルミナPチャン……」

『まぁ……それが今回は役に立っている部分もあるので、多めに見ましょう。

説教も、これぐらいにしておきたいですし』
221 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:48:42.56 ID:vTRpaymho

 オーディオの向こう側のイルミナPは、小さくため息をつきながらも話を切り替える。
 そもそも今回の作戦はこれまでのような『実験』ではなく、集大成であり本命の一つだ。
 あまりいい加減なことをされると、小言が多くなるのも必然である。

 だからこそ、万全を期してその会戦は宣誓されるのだ。

『目的座標特定しました。もう各班には通達済み。

最後に二人に連絡したんです。お待たせしました』

「おおう。そりゃ僥倖。

本当に、やっとって感じだ。燻ってばかりじゃしょうがねえしな。

ああそうとも。出来ることなら、祭りの炎はでっかく盛大にだ」

「まったく遅いよイルミナPちゃん。

高速の景色はなんだか詰まんなくて、退屈しちゃったよ♪

……まぁでも、やっと始まるんだね。本当に退屈、だったのに」

『……ならば疾く、行きましょうか。

計画は十分練りました。あとはただ実行するのみ。

イルミナティはここから滅びる。この世界を道連れに、だ』

 目的地に向かってトラックは加速する。
 加速した車輪はもう止まることはなく、すべてを巻き込んで摩耗するのみ。

 だからこそ、悪意は集積し理不尽は疾走する。

***


   
222 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:49:48.75 ID:vTRpaymho

 とあるオフィス街の中、一際大きく目立つビルがそびえ立つ。
 そこは一般的なオフィス街のように閑散としておらず、かつ昼休みのような時間でないにもかかわらずそのビルの人の出入りは多く賑わっている。
 衆目も決して物見遊山の観光客ばかりというわけではなく、目的や仕事などでここを訪れた者が大半である。
 ここら辺一帯のオフィスビルはほとんどがこの高層ビルに関連した会社であり、この人々が循環する巨塔がどれほど重要な組織であるかが伺えた。

 そう、このビルこそアイドルヒーロー同盟の総本山、アイドルヒーロー同盟本部ビル。
 地上500メートル、105階層の現日本最高(ネオトーキョー除く)の高層ビルである。
 ヒーロープロダクションは数あれど、それらをひとまとめに統括する組織である同盟。
 その本部ビルともなれば規模も相当巨大なものとなり、このビルディングの中で仕事に従事する者は数えられないほどに膨大だ。

 そんな同盟本部の第1階層は多くの来訪者を迎えるための大型ロビーとなっている。
 受付係だけでも数十人規模であり、ロビーであるにもかかわらずコールセンターのごとくの並びで受付嬢たちが対応にあたっているのだ。

「ですので、申し訳ございませんがお通しすることはできません」

 来訪者に告げる無慈悲な通行拒否の言葉。
 その一席の受付に一人のスーツ姿の女性が向かい合い、やり取りがうまくいっていない様子が客観的に見受けられる。

「いえ、ですから我々は先日アイドルプロダクションを立ち上げまして……。

今回、そちらのアイドルヒーロー同盟に加入させていただきたく、本日お尋ねしたのですが」
223 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:50:16.74 ID:vTRpaymho

 話の流れからどうやらこの長身のスーツの女性は新興のアイドルプロダクションの者らしい。
 女性の後ろには関係者であろうか、大柄の男と一部の覗いて全体的に小さな少女が付いている。
 察するに大柄の男の方はともかく、少女の方はごく普通の格好をしておりおそらく売り出す予定のアイドルなのだろう。
 しかしその少女は不安そうに落ち着きなく視界を移動させ、今にも泣きそうな顔をしており到底アイドル向きではないように見えた。

「そうは言われましてもねぇ……。

新興のプロダクションのようですので聞いたことのない会社ですし、アポイントメントも取ってないのですよね?

そもそも規則もありますし、さすがにそのような無理を言われましても承諾いたしかねます……」

 受付嬢の方も相当粘られているのか疲弊している様子が見れる。
 それでも、会社としての規則とこの仕事に従事する者の矜持としてこの無理は通させるわけにはいかなかった。

「担当の方にお繋ぎしてくださるだけでもいいですから。

……あ、ほらどうです?わが社が売り出すアイドルは?

とても愛くるしい女の子でしょう?」

「……ふぇ!?」

 唐突に背中を押され前にでる少女。
 強引に話を振られた少女は、その困惑からか瞳に涙を溜めはじめる。

「え……えーっと」
224 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:50:49.24 ID:vTRpaymho

 さすがにそんな目で見つめられれば受付嬢の方も困惑してしまう。
 一般的に今のアイドルと言えば、ヒーローも兼任した『アイドルヒーロー』である。
 一昔前のアイドルならば愛くるしい見た目だけでもなんとかなったかもしれないが、この少女は明らかに『ヒーロー』には向いていないことが素人の受付嬢にもわかった。

 そしてそんなアイドルにさえ向かなそうな少女を猛プッシュする会社を余計に信用できないのは当然だろう。

「その……嫌がってませんかその子?」

「いやですねー。そんなことありませんよ。

これも演技ですよ。庇護欲が湧いてきませんか?」

 受付嬢の質問に、躊躇なくそう答えるスーツの女性。
 涙を目に溜め、明らかに自分の意志でここに来たわけではない少女。
 先ほどからずっと黙っているが視線は動かさない厳つい男。
 しかも、そもそもこの男顔をヘルメットのようなもので隠しており、このビルを出入りする人間は個性的な人が多いため気にはしてなかったが明らかにあやしい。

 そして極めつけはこのスーツの女性。
 見た目こそごく普通の女性用スーツで、インド系の人種だが微妙に怪しいところが多い。
 話していても、いくら断っても、論点を逸らしこちらの意思を捻じ曲げつつ自分の要求を曲げようとしない詐欺師に似た口ぶり。
 両手の黒手袋や、人柄を見せない瞳の奥など、怪しさを極限に薄めているこの女性が逆に怪しく見えてきてしまう。

 受付嬢にとって似たような来訪者は過去にもあった。
 その経験もあってか、この来訪者が『まとも』ではないと受付嬢は判断できる。

「どうです?こんな愛らしいアイドルを見ればぜひともわが社を……」

「申し訳ありませんが、本日はお帰りください。

しかるべき部署を通して、来訪のご予約をいただいてからまたお越しください」
225 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:51:45.02 ID:vTRpaymho

 これまではのらりくらりと受け流されてきた断りの言葉だが、今ここではっきりと述べる。
 そもそもこれは上司とも相談した方がいい案件の可能性があるとも受付嬢は判断していることでもあり、これで素直に聞かないようならばこの連中を上にではなく、警備員と繋げることになるだろう。

「……そう、ですか」

 はっきりと拒絶の言葉を投げかけられたスーツの女性は受付嬢から一歩、ゆっくりと下がる。
 その表情は残念そうな、一般的に落胆の感情が見て取れるような表情が『張り付いている』。

 そしてそのままゆっくりと、片手の黒手袋を引っ張り始め。

「……そこマデダ」

 黒手袋が抜き取られる前に、これまで黙っていたヘルメットの男が静止の声をかけた。
 スーツの女性は先ほどまでのにこやかな表情とは一変して、冷徹な眼光で男を横目にちらりと見る。
 そして手にかけていた黒手袋から手を放し、再び笑顔で受付嬢に向き直った。

「承知しました。ではまた、しかるべき道筋でこちらをお尋ねしますね」

 その言葉にも、表情にも何も違和感はない。
 受付嬢も若干拍子抜けするほどに容易く引いた女性に若干呆けてしまった。

 ほんの一瞬、大男とスーツの女性とのやり取りは一瞬であり、その冷徹な瞳を表層に表したのも一瞬だった。
 故に、そう言った方面には素人であったただの受付嬢では気付くことができなかったのだ。

 仮に、このやり取りを見ていたのが歴戦のヒーローであったのならば話はまた違っただろう。
 そう、逆に受付嬢のような素人が見ていたことが幸いだったのだ。
 それに気づいてしまっていたのならば、このロビーはコンマ1秒に満たない瞬間に赤色で埋め尽くされたであろうから。

「まぁ……後か先の話なんだけれど」

 そう言って、同盟本部の巨大な入り口から外へと出る女性。
 それに付いていく大男と少女であったが、少女は不思議そうな表情で一度だけ、ロビーの中を振り返った。

***


  
226 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:52:18.19 ID:vTRpaymho

「クソだわ……ええあの受付の女。

紛れもないクソビッチ。もう惨たらしく生かした後に殺さなきゃあ気が済まないわね」

 同盟本部の向かい側、全国チェーンのコーヒーショップ。
 カウンター席に座るスーツ姿の長身の女性。先ほどまで受付嬢と会話していた時とは打って変わり、その口調は汚泥に塗れた語彙を感じさせる。
 そんな言いぐさは、彼女にとってブーメランなのだがそのことを指摘する者はこの場にはいなかった。

 その彼女は品を感じさせない粗暴な座り方をしながら、懐からスマートフォンを取り出し操作を始める。

「そのぉ……ジャイロしゃん」

 そんな彼女の隣にはオレンジジュースを両手で持った少女が小さく座っている。
 少女は座った状態でも多少の身長差があるスーツの女を見上げながら遠慮がちに伺う。

「……あ?」

「あ……ふぁい。ご、ごめんなひゃぃ……」

 だが、隣の女は邪魔をするなと言わんばかりに隣の少女を睨み付けて黙殺する。
 少女はその鋭い眼光で射抜かれて、涙や鼻水は決壊寸前であったが大人しく黙った。

「えーっと……あったあった」
227 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:53:14.15 ID:vTRpaymho

 スマートフォンで何かを検索していたスーツの女性は、目的の物を見つけたのかニヤリと嗤う。
 その画面に移されているのは、一般的には実名登録で広く知られるSNSのサイトであった。

「あの女、馬鹿正直に実名登録してるなんて楽でいいわね。

なるほどねぇ……、彼氏もいて、家族との仲も良好。職場にも恵まれてる。いい暮らししてるじゃない」

 クツクツと嗤いながら女の口角はさらに角度を増していく。
 画面に映し出されているページには先ほどの受付嬢の顔写真と、胸にぶら下げていたネームプレートと同じ名前が記載されていた。

 この情報化社会において実名検索はあまり意味のないように見えて、実のところ非常に効果的である。
 今回のようなSNSが検索にかかり容易に、かつ迅速に情報が得られることも有る。
 だがそれ以上に仮にその名の残滓がだけが残っていようと、電脳の海は決して逃すことなく存在の尾を掴むことができるからだ。
 イルミナPのように機械や電脳の分野に精通しているものならば他に様々な手段が講じられるが、彼女のようにそのような教養がないものでも容易に個人の情報が得られることこそが最大の利点であった。

「ずるずる……ずるずると。

幸せそうな関係者がいっぱいでいいわねぇ……。全部台無しにしてその恨みをこの女に吹っかけてやりたいわ」

 画面の中には受付嬢の充実した日常が映し出されている。
 いいこと、悪かったこと、日常の機微を記したその日記帳は折り重なった一つの成果だ。
 彼女がこれまでに培ったものであり、形を成した城。

 だがそれは砂場の城であり、無慈悲な悪魔に目をつけられれば一瞬で瓦解する脆いものだった。

「こいつの彼氏、住んでるところはそんなに遠くないわね。

手始めに彼氏さんの関係各所を全部台無しにして、あらゆる恨みを彼氏さんに吹っ掛けましょう。二人の人生設計はこれでお手軽に壊せるわね。

その次は、両親、兄弟を殺しましょう。全員分の面の皮を剥いで、マネキンにかぶせてこいつのアパートに直送してあげるのよ。

『あなたのパパとママ、お兄ちゃんから、飼い犬まで、これでいつも一緒に暮らせますねー』って今日の張り付けた笑顔でこいつに言ってあげるの。

ああ……ああああ、想像できるわ、泣いて狂って、憎悪の目でアタシを見るあの女。

だからまだ、もっともっと折ってあげなくちゃ。塵も残さず、最奥の感情を引き出さなきゃ……」
228 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:53:54.06 ID:vTRpaymho

 その女は恍惚の表情を浮かべながら、画面を高速にスライドしていく。
 脳内に広がるのは、外道さえも吐き気を催す最悪のシミュレーション。
 ただ自らのシャーデンフロイデを満たすためだけに、女は哀れな生贄を見繕う。

「まだ……まだよ。居場所も奪ってあげるの。

救いの余地なんて与えないわ。だってアタシの提案断ったんだもの。

クヒヒ……アヒ、アハハ。しょうがなわねぇ、だってアタシの意思を無碍にしたんだもの、これぐらいされても文句はないはずよねぇ。

だから、まずは仕事場を……ってああ」

 恍惚の表情で悪意を練っていた女だが、ふと我に返ったように静かになる。
 そんな表情の変化に隣の少女は不思議そうにその顔を見上げるが、女のほうは気にも止めない。

「そうね……仕事よ、まだプライベートに走る時間じゃないわ。

そもそも、仕事場は今から壊すんだったのよ。

ねぇ……そうでしょう?くるみちゃん?」

 首を歪にひねり、隣に座る少女を笑顔で見下ろす女。
 だがその表情は世間一般的に『笑顔』と呼べるような肯定的なものではなく、人形の笑顔以上に無機質で、底知れぬ悪意をはらんでいた。

「ひっ……そ、そうでしゅね。……ジャイロしゃん」
229 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:54:31.36 ID:vTRpaymho

「『ジャイロ・アーム』はコードネームでしょう?

遠慮しないで、気安く『カーリー』って呼んでくれて構わないのよ。アタシも親愛を込めて『くるみ』ちゃんって呼んでるんだから。

それとも……同じように『インナーチャイルド』って呼びましょうか?」

「は、はいぃ……『カーリー』しゃん」

 有無を言わさぬその物言いに、『くるみ』という少女は呼び方を改める。
 女は、黒手袋を外し、その中身を現した。

 黒金の冷たいその手はその細動にさえ、見るものを不安にさせる何かを抱かせる。
 月は人を狂気に落とす。ならば三日月の口角を携えたその女は狂気そのものだろう。
 殺人義手『ジャイロ・アーム』と中央アジア出身を思わせるその容貌。

 見るものが見ればすぐにわかる、余りにも名の通った姿。
 国際指名手配犯、ジェノサイドとは今は一人の名を表す言葉。
 『カールギルの鬼子』カーリーは、窓の向こうに見えるヒーロー同盟本部を見据えて、悪意に浸る。

「だって今日はこの国を絶望させるんだから、焦っちゃだめよ『――』」

 もはや忘れた自らの名を、言葉にで出来ずとも小さく唇の動きで表現する。
 事実上『イルミナティ』の中では一番最悪で、最強の『人間』は今日も嗤うのだ。

―――

 
230 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:55:16.36 ID:vTRpaymho

 鬼神が嗤うコーヒーショップの席の一角。
 カーリーから離れたテーブル席には、個性的な容貌をした4人組の姿があった。

「同盟はあたしたちをさんざん厄介扱いしてきたっていうのに、いったいLPさんはここに何の用があってて来たんだろうな?」

「ああ……なんでもアタシらが勝手にやってるのを快く思ってない連中が同盟にいるのも事実。

だからアタシら『ネバーディスペア』の活動に支障が出ないようにこんな感じで同盟との兼ね合いを話し合ってることがあるらしいぜ」

「そうだよぉー☆きらりたちが、はっぱはぴお仕事をできるように、LPちゃんもがんばってるんだにぃ☆」

「へぇ……LPさんサポートだけじゃなくそんなことまでしてくれてたんだ……」

 その4人組は知る人ならばそれなりに有名なフリーのヒーローグループと噂される存在。
 宇宙管理局から派遣された地球治安維持部隊『ネバーディスペア』である。

 その4人が、同盟前のコーヒーショップにいる理由としては、第一はこの場に用のあったLPの付き添いであった。
 そもそもLPには付き添いなど必要はないのだが、今回は4人が強引に付いてきたようなものだった。

「まったくLPさんもこんなこと隠してるなんて人が悪いよな。

あたしたちに知らせずにやって、カッコつけてるつもりかよ」

 奈緒はテーブルの上のチョコケーキを突っつきながら悪態をつく。
 LPのこういった舞台裏の仕事を知っていたのは、付き合いの長いきらりと、察しのいい夏樹だけであった。
 今回付いてきたのもLPの仕事ぶりを直接目で見ることが目的でもあったのだ。
231 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:55:47.63 ID:vTRpaymho

「まーアタシらに黙って仕事をこなすってのも男の仕事って感じでいいけどさ。

それをちゃんと理解して背中を預けるってことをしなきゃ、アタシらもカッコ悪いだろ?」

「男の仕事、まさにロック……。

なら私も、黙って仕事をこなす仕事人みたいにすればもっとロックに……」

「それは、めーっ、だにぃ☆

ナイショでお仕事するのは『ロック』かもしれないけどぉ、それじゃあ逆にLPちゃんに迷惑かけちゃうよぉ☆」

「そうだぜだりー。

こういったロックはLPさんのような仕事のできる人のすることだ。

アタシらのロックは、そんなLPさんの信頼に答えることだろう?」

 仕事人のロックはまだ李衣菜に早かったらしい。
 李衣菜の妄想は速攻で二人に窘められ、ばつが悪そうな李衣菜はせめてもの反抗に口を尖らせる。

「ぶー……。わかったよぉ二人とも」

「まーあたしたちにできることは、ちゃんとLPさんの信頼に答えることが一番だからな。

迷惑ばっかりかけてないで、もっとあたしもちゃんとしないと……。

そのためも含めて、今日はLPさんに強引についてきたんだろ?」
232 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:56:23.31 ID:vTRpaymho

 LPの予定はこの後火急の仕事が入っているわけではなかった。
 だが何もなければ、LPは戻って再び仕事に従事するだろう。

 だからこそ、今日はLPをねぎらうために4人はついてきたのだ。
 普段仕事ばかりにかまけていて張りつめているLPには休憩が必要だということは隣で見ている者たちからすれば痛感することであった。
 この地球にも娯楽はあふれている。そこで今日はこの後、窮屈な仕事場から外に出て、LPに楽しんでもらおうという算段なのだ。

 事前にこのサプライズは、LPの同僚に話してあり根回しは済んでいる。
 あとは仕事の終わったLPを強引に連れ出すことこそが、今日の『ネバーディスペア』の仕事であった。

「しかしどこに連れていけば楽しんでくれるのかな?LPさんは」

 そもそもこうした計画を立てたものの、行先は明確には決まっていない。
 事前に行先の候補は決めてあるが、4人でさんざん悩んだ結果ついには今日まで答えが出ることはなかったのだ。

「LPさんって仕事人間だからね……。どこに行けば喜んでくれるのかなんて私にはさっぱりだよー。

イベントとか人の騒がしい場所とかはあんまり好きそうじゃないし……となると私の案のCDショップしか……」

「それじゃいつもの買い物と変わらないだろだりー……。

とはいっても他にしっくりくるものもないし、最悪直接聞くしかないか……?」

「ダメーっ!それじゃあ『さぷらいず』にならないでしょー☆」

 結局行先はまだ纏まりそうにない。
 タイムリミットはLPが話を終えて戻ってくるまで。

 それまでこのコーヒーショップの一席を、サプライズ会議に占有しつづけるのだろう。



   
233 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:57:14.16 ID:vTRpaymho




「ぐわああああああああああああ!!!!!!」

 そんな静寂はあえなく破られる。
 男性の叫び声とともにコーヒーショップに響くガラスの割れる音は、同盟本部のお膝元という破られぬ平穏をあえなく砕く。

 店内に居たものは、ネバーディスペアの4人を含めてその方向を注視する。
 一人の鎧姿の男が、慣性のままに店と外を隔てるガラスを突き破って、今しがたディスプレイケースに衝突しそうな瞬間が目に焼きついた。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」

 そして直後に外から響く獣の絶叫。
 それは人々の本能を刺激し、潜在的な恐怖を喚起させる叫びであった。
 誰もが理解するのだ。この場が決して安全ではないことに。
234 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:57:46.83 ID:vTRpaymho

 そんな誰もが危機を察知し、身も守るための次の行動を想起しようとする中で、またく違う反応を見せた存在は店内に3人いた。

「……始まったわ」

 騒めきの中に混じるかすかな嬉々の声はカーリーの言葉。
 違う反応を見せた者の内2人は、義手の女カーリーとその隣にいる少女くるみ。
 彼女たちは事前に『これ』が起きることを知っており、これこそが回線の合図であることを承知していた。
 ゆえに誰もが叫び声に硬直するしかない中、静かに店の入り口から外へと出る。

 そして残る一人。
 他の3人が窓からの乱入者と、獣の叫びに気を取られている中でただ一人、その絶叫を別の物ととらえるものが一人いた。

「今の声…………あたし?」

 録音した自分の声を聴いたときのような、自分の声じゃないような、それでいて自分の発言だとわかるような、ざっくばらんな感覚。
 自らの中の獣たちも、叫びに応じて呼応する。
 心臓の高鳴りは周囲の騒ぎをかき消すほどに高鳴り鼓膜を打つ。
235 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:58:26.89 ID:vTRpaymho

「……なんで」

 百獣を内包する少女は、店の外へと視線を向ける。
 視線の先は同盟本部1階ロビー。

 直線距離であってもそれなりにこの場から距離のあるその場所に存在する影を少女は確かに捉えた。

「…………どうして」

 私のような不幸な少女は、私だけだったはず。
 それだけで十分だし、そんな存在は2人も必要ないと奈緒は思っていた。

 だが、かすかに見える漆黒の獣はその姿はが『ナニカ』を、全く似ていなくとも奈緒にははっきりと理解できた。

「……そこに、あたしがいるんだ……?」

***



  
236 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:58:59.72 ID:vTRpaymho

 時間は少し遡った同盟本部1階ロビー。

 雑踏の中、カーリーに応対した受付嬢は、怪しげな来客者のことを上司に報告している最中だった。

 LPは係の者とともに同盟本部の奥へと案内されようとしていた。

 だがその二人とも、いやその場にいた誰もがその異物に気づき、視線を上にあげるのだ。

『オナカ……スイタ』

 ロビーの高い天井、その中の一つのエアダクトから漆黒に近い液体が垂れる。
 誰が意識したわけでもなく、そのときそこにいた人々の視線は偶然にも一転に集中していた。

 それが功を制したのか、落下してきたエアダクトの蓋は誰にあたることもなかった。
 しかし、そのあとに落ちてきた漆黒の物体こそが、視線を集めた正体だ。

『オナカ……スイタヨ。アアア……タクサン、イルネ』

 その黒い泥は、ニコリと笑う。
 その輪郭はかろうじて人型に近い何かであることが理解できる程度で、表情は理解できるほどのものではない。
 だがそれを見た誰もがその表情の変化を理解し、同時に戦慄するのだ。

 この黒い塊は、『捕食者』であり、この場の我々は『被捕食者』であることを。

「「う、うわああああああああああああ!!!!!!」」
「「キャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」

 人々はパニックに陥る。
 突如として現れた黒い泥の塊は、人々によく知られる『カース』を想起させた。
 この黒い塊が違う『ナニカ』であることは理解できているものも多かったが、それ以上にカースと同様の脅威であることのほうが理解するうえで重要だったのだ。
237 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 22:59:42.51 ID:vTRpaymho

 人々は突如として現れた『カース』に散り散りになって逃げ惑う。
 誰もがここを同盟本部であることを忘れてあるものは出口へ、あるものは本部の奥を目指して、できるだけ『カース』から距離を取ろうとする。

 『カース』は無差別に人を襲う災厄だ。誰もがわが身の可愛さに、外へ外へと距離を取ろうと醜く進む。

「ふはははは、まさかここを同盟本部だと知ってか知らずか。

なんと哀れなカースだな」

 だがその場に響く声。
 その姿は鎧のようなスーツに身を包んだ大衆にもよく知られたヒーローの一人。

「ヤイバー甲・参上!みんな、もう安心だ!」

 この場はアイドルヒーロー同盟本部である。
 当然誰かしらのヒーローが居合わせていることなどザラであり、今回もその限りであった。

「や、ヤイバー甲!ヤイバー甲だ!!」
「やった、助かるぞ!」
「そんな化け物やっちまえ!ヤイバー!!!」

 颯爽と現れたヒーローの登場。
 皆の逃げ惑う脚は止まり、安心と期待の目をヤイバー甲に向け始めた。

『ダ……ダレ?』

 『カース』は突然現れた、おかしな格好をした男に首をかしげるような態度を見せる。
 それを余裕ととったのか、ヤイバー甲は眉をひそめながら『カース』と相対する。

「ヒーローの本拠地に迷い込んでしまうような哀れなカースだ。

頭のほうが足りていないのも理解はできる。だが、容赦は無用!俺がすぐに退治して……」
238 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 23:00:28.64 ID:vTRpaymho

 ヤイバー甲はその視界に影がかかったのを理解した。
 上を見れば漆黒の泥。その『カース』は瞬間的に体を拡大し、その咢でヤイバー甲の全身を覆うほどの傘をかける。

「……え」

 そしてその大口は、ヤイバー甲を有無を負わせぬままに丸呑みする。
 『カース』は数回咀嚼した後、そのまま元の大きさプラス、ヤイバー甲を口に含んで咀嚼している分の体積に戻る。
 この一瞬で起きたことを誰も理解できずに、ロビー内は静寂に包まれた。

『……カタイ、マズイ……アタシ、コレハイラナイ』

 そして『カース』は不機嫌そうに言い放った後、その大顎から人型の物体を吐き出す。
 勢いよく吐き出されたそれは、数人の観衆を巻き込んで同盟向かいのコーヒーショップへと突っ込んでいった。



「『ウルティマ』も動き出したし、もうアタシたちも好きに動いていいわよね」

 そしてそのコーヒーショップから出てきた二人。
 その二人が出てきたことを確認して、外で待機していたヘルメットの大男も付き従うように女の後ろを歩く。

「でもこれじゃ、まだ味気ない。恐怖が足りないわね」
239 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 23:01:36.96 ID:vTRpaymho

 コーヒーショップから出てきた女、カーリーはウィンドウケースに頭から突っ込んで気絶しているヤイバー甲を尻目に同盟本部へと足を向ける。
 そしてちょうど目の前にいた、本当にただの通行人二人の首を軽く一撫でするのだ。

 するりと胴体から離れた二つの首は、まるであるべき場所のように自然にカーリーの両掌に乗っている。

「始まりの花火はもっと盛大にしましょう。

せっかくの惨劇なのだから、楽しく、鮮烈に、不幸を魅せてね」

 カーリーはその首を群衆へと投げ入れる。
 人の生首は、それだけで非日常だ。つい先ほどまで生命のあったその首は、容易に人々に死を連想させ恐慌させるには十分だった。

 その行いだけで、同盟本部前通りは地獄絵図と化した。
 守るべきヒーローは即座に敗れ、無関係だった一般市民は容易に死んだ。
 人々は我先にと逃げ出し、暴動のように負の感情は伝播していく。

「さぁて、甘い甘い、不幸を見せて」



   
240 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 23:02:22.43 ID:vTRpaymho
 かなり前の設定のため再記載




 イルミナティ騎士兵団『第二位』エイビス

 深淵の悪魔。地球出身の魔族であり昔はデーモンスレイヤーとして活動していた。
 多趣味であり、見た目軽薄そうな男。
 イルミナティ創設メンバーの一人であり、昔イルミナPと唯を狙いことごとく返り討ちにされた経歴がある。
 ただし現在ならばかつて大敗を喫した唯に追随する強さを持つ。
 無口な兵団長に代わり騎士兵団をまとめている。

 誰もが深淵(エイビス)に挑まねばならぬ時がある。底見えぬ深い深淵へ。
 底があることに絶望を覚えるときもあれば、限りない底無しに絶望することもあるのだ。

 迦利(カーリー) / 騎士兵団6位『ジャイロ・アーム』
 災禍の中で踊る女。両腕義手のインド・アーリア人系。
 傭兵出身であり純粋な白兵戦のみならば序列内で1位に次ぐ。
 だが性格は序列内でも最悪であり、裏切り、不意打ち、だましうち、人質などあらゆる卑怯な行為でも空気を吸うように行い、相手を絶望させるための労力を惜しまない。
 世界中で身に着けた人間の限界に匹敵する技の数々でさえ、自らの欲求を満たすためだけに習得したものである。
 『ドブゲス女』、『デスビッチ』、『迦利(カーリー)』、『カールギルの鬼子』など様々な蔑称で呼ばれ、世界中の傭兵から兵士に恐れられている。
 量産型戦闘義手『ジャイロ・アーム』
 イルミナPが自身の『マジックハンド』をベースとして、魔導装置の代わりに現代兵器を多く搭載し量産化をした義手。
 だがその性能と重量によって汎用的に使える物ではなく、カーリーのみが使用する物として設計された。
 腕に装着されてない義手であってもカーリーの思考で並列コントロールすることが可能。
 また泥を完全に抜き取ったカースの核の内部保存領域を拡張して利用することによって、カースの核内部に義手を封じ込めて持ち運ぶことができる。
 カーリーが唯一行使する異能の力を有しているものである。

 
241 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/08/03(水) 23:03:02.39 ID:vTRpaymho

以上です。
プロローグなのに思った以上に時間がかかったことと、想定以上の文量になってしまった。
これの話についてはあと1、2回の投下でまとめる予定です。

ネバーディスペア4人組、ヤイバー甲お借りしました。
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