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モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13
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107 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:40:40.82 ID:glNSs2qCo
頭の中に響く声と同時に、結晶槍はアーニャの顔の隣を通り過ぎていく。
決して外れることのない、極限まで振り絞られた必中の槍は、まるでそうなることが必然だったかのようにアーニャの背後へと過ぎていった。
「な……んで?外れたの?」
『アナスタシア』にも、外れた理由は理解できなかった。
まぎれもなく確実に心臓を狙った一撃であったし、アーニャによる防御の挙動も存在しなかった。
それどころか外部の介入さえも、存在しないことが理解できていたのだ。
アーニャの方も、槍が過ぎ去ってようやく脳が理解を始める。
まだ踏み出した脚は止まらず、そのまま『アナスタシア』へと駆ける途中である。
『テレパシー。
俺がこの能力を使えるのを、『あいつ』は知らないがお前は知っているはずだ。
だからこそ、俺がお前の脳を介して、結晶どもに指令を出した』
それはほんの刹那の出来事である。
アーニャには返事をする思考の余裕さえない。
『確かに今の俺は満身創痍。実際指一本動かせはしない。
だが……脳みそだけならまだ動く。それだけで上等だ』
男はどこからともなく声を飛ばす。
男は戦士ではあったが、指揮官ではなかった。
素霊のような膨大な兵隊を指揮する力はない。
それでも、身に余るほどの力を制御した極限の男でもあったのだ。
108 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:41:43.70 ID:glNSs2qCo
『これくらいの能力、俺なら造作もない。
力の使い方はこうするのもんだ。よく見ておけ。
そして……余計なことは考えるな。露払いは俺に任せろ』
アーニャの脳が、素霊たちに勝手に指令を出す。
到底アーニャの思考速度では追いつかないような、緻密で、膨大な命令がアーニャが最大限操ることのできる素霊に対して下る。
『お前は……『お前』だけを貫け。アナスタシア』
アーニャの右肩の先に、雪の結晶に似た素霊結晶が浮かぶ。
その役目は周囲の素霊を思考演算の保存領域として肩代わりさせて、アーニャの思考は一瞬で加速させる。
本来ならば緻密な素霊制御が必要なはずのこの技によって、アーニャは未来予測に等しい先読みと行動把握を見出す。
アーニャの左肩の先に、星のような形の素霊結晶が浮かぶ。
その役目は自らが指揮する素霊が、周囲の素霊結晶に対して侵食を始める。
膨大な素霊一つ一つを操り、別々の命令を与える気の遠くなるようなこの技は、周囲に形成されていた結晶杭を砕くまでは出来なくても、進行方向を狂わせる。
それらは決して今のアーニャには出来ない芸当であったが、いつかそれができるように胸に刻みつけておけと。
男はアーニャに最大限の後押しをする。
「……了解、です。隊長!!」
その両手に握られているのは、結晶のナイフ。
アーニャはその一瞬の後押しを理解し、『アナスタシア』への最後の歩を進めた。
109 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:42:15.76 ID:glNSs2qCo
「なんで……なんで当たらないの!?
いったいアナタは……何をした!?」
『アナスタシア』は新たに結晶杭を作り出して、アーニャに向かって撃ち出す。
しかしそれらは全てアーニャにあたる直前で微妙に逸れて後ろへと抜けていく。
距離にして5メートルもない範囲。それなのに、『アナスタシア』の攻撃は絶対に当たらない。
「こっちに……来ないで!!!!」
空気の凍るような音と共に、『アナスタシア』の背中にはウロボロスの結晶の翼と尾が伸びていく。
極限にまで振り絞られたその一対と一尾は、渾身の力を込めてアーニャへと向かっていく。
それは『アナスタシア』と直接つながっているため、杭のように逸れることはない。
確実に確実を込めた攻撃である。
しかし、今の『アナスタシア』には冷静さは欠いていた。
「わたし、は……!!」
アーニャは跳びあがり、体を回転させるように両手のナイフで迫りくる翼を後ろへいなす。
そして少し遅れてきた尾に対して左のナイフを突き立てた。
「ガ、ああああああああああああああああ!!!!!!」
ナイフを突き立てられた尾は、命令重複によって砕け散る。
その際に繋がっていた『アナスタシア』は命令重複のフィードバックを直に受けて、衝撃によって脳が悲鳴を上げた。
110 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:43:07.63 ID:glNSs2qCo
「こん……なの、は……」
その衝撃の中から垣間見たのは、アーニャが抱いた願いの欠片。
それは、網膜を通してみた以上に脳に直接突きつけられ、『アナスタシア』の脳を一瞬で麻痺させる。
何せそれは、『アナスタシア』の望んでいた、誰も争わない一つの平穏な願いだったから。
「これは、私の力では、ないです。
でもこれは……私が貫いた、私の『願い』。
これを、貴女に、貴女にだからこそ、直接、届けます!!!!」
アーニャはそんな隙は見逃さない。
完全に無防備となった『アナスタシア』。その心臓に向かって、一直線。
右手のナイフを構え、そして外すことなく、そのナイフはアナスタシアの胸を貫いた。
111 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:43:36.65 ID:glNSs2qCo
周囲には、多くの結晶杭が刺さっていた。
しかしそれらは空に溶けていくように、元の素霊へと徐々に還っていく。
「ワタシは……少しだけ残っているの。
パパとママとの思い出が。
それはワタシの地獄の中で、唯一心の拠り所だった」
それは赤子くらいの頃の、対外の人ならばすぐに忘れてしまうような時期の記憶。
『アナスタシア』もその例にもれず、自らが赤子であった頃のことなどほとんど覚えていなかった。
それでも、忘れるわけにはいかなかったのだ。
たった少し、ほんの少しだけだけれど、幸せだったあの頃のことを『アナスタシア』は決して忘れることはできなかった。
「ママの顔と、パパの顔を覚えてる。
他にも、いろんな人がワタシに笑いかけてくれた。
だからワタシも、自然と笑っていた気がするの。みんな笑っていて、誰もが幸福だったあの思い出。
遠い日の、思い出」
だから、取り戻したかった。
この世が自身にとっての地獄でしかないのなら、過去の幸福にすがるしかなかったのだ。
そのために、今を消却しようとそれで幸福が手に入るのならば、手に入る可能性が少しでもあるのなら、それを選択せずにはいられなかったのだ。
112 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:44:15.62 ID:glNSs2qCo
たとえそれが悪魔との取引よりもたちの悪いものであったとしてもだ。
「ワタシは……『ウロボロス』のことは知っていたのよ。
『ウロボロス』は願いをくみ取る。だけどそれを叶えない。
『願い』は円環を運営させるための、駆動装置だっていうのは、ワタシも理解していたの……。
だけどワタシは『蛇』に願った。
この地獄を変えられるのなら、あの幸せな過去を取り戻せるのなら、世界そのものに巻き付く『蛇』さえも出し抜いて、『願い』を掴み取ってやるって思ったんだけど……。
結局、正攻法に頼らなかった者の末路はこんなものね……。
ままならない、なぁ……」
胸に深々と突き刺さったナイフからは出血はない。
『アナスタシア』は自身に馬乗りでナイフを突き立てているアーニャの目をじっと見据える。
その目に映る少女の姿は、決して戦闘を経験してきた戦士の様ではなく、年相応の少女のように儚く細い。
この樹海に似つかわしくないような煌びやかなドレスを身に纏った少女の姿は先ほどまで直視できないほど眩しかったはずなのに、今の『アナスタシア』にはまっすぐ見据えることができた。
「アナタは、どうなの?『私』。
アナタの『願い』は、ワタシが世界を犠牲にしてまで手に入れようとしたものと……つり合うのかしら?」
問われたアーニャは、ナイフを握る手を少し緩めて、向かい合う様に『アナスタシア』の瞳を覗き込む。
蛇の文様が刻まれた赤い瞳。前にそれを見た時には蛇に睨まれた様に身動きが取れなかったが、今回はその限りではなかった。
113 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:44:53.54 ID:glNSs2qCo
「私は……つり合うような、大した願いなんかじゃ、ないかもしれない。
だけど、『願い』とか『思い』とかの大小じゃ、ないんだと思います。
私は……ただ大切だった。たったつい先ほどまで気付かなかったほどに、今のこの状況が、生活が、みんながいるこの時が、好きだったみたいなんです」
その願いは、過去に馳せるものではない。
ありふれているように、今もってないものが欲しいとか、何かになりたいだとかという、幸福への希求でもないのだ。
ただ、今あるものを手放したくない。
今握った手を緩めてしまえば、零れ落ちてしまうようなそんな『願い』。
ただその拳を改めて握り返す。そんな手のひら大の願いだ。
「前は、皆のことを守りたいと言って、ヒーローをしました。
ですが守りたいなんて、それは理由じゃなくて……目的です。
理由なんて、考えてきませんでしたけど……私は『戦い』しか知りませんでした。
戦うことしか知らないから、それだけが私の存在理由だと、そんなこともあったのかもしれないです」
戦いしか知らないアーニャは、自らの存在理由を示すためにヒーローになった。
そんな理由も、あったのかもしれない。
だが、皆を守りたいという願いは嘘であったのかといえば、それも違うのだ。
「私には……戦うことしかできないから、できなかったからヒーローになりました。
これでみんなを守れるのなら、みんなのために貢献できるのなら……なんて、考えて。
私は、私の存在理由のためじゃなくて、『あの場所』にいる私の存在証明のために……戦ったんだと、思います」
114 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:45:34.57 ID:glNSs2qCo
中途半端に世界を知っているアーニャにとって、存在理由は重要であった。
役に立たない者は切り捨てられて、残らない世界で生きてきたアーニャにとって、そこに居られる理由は必要だったのだ。
「だけど……それで悲しむ誰かがいるのなら、ヒーローは、廃業ですね」
これはアーニャがここに来る前から決めていたことであった。
他の自分であっても、自分に嘘をつき続けるというのなら、これ以上は続けられないだろう。
「それに……もう存在する理由に、固執する必要はないですから。
みんなは、私に存在理由を求めているのではなくて……私が居ていいと、教えてくれましたから」
素霊を通じて聞こえた、皆の声。
その声は決してアーニャを疎んだりするものではなく、そこに居ていいと許容してくれるものだったから。
「アナタは……それでいいのかも、しれません。
ならば……アナタは、あの人たちに甘えて、それきりで過ごしていくというの?
恩も返さず、ただ甘えるように、返しきれないほどの恩があるあの人たちに、何も返さずに過ごすのですか?
そしてもし、あの人たちが何かを求めた時にアナタは何を、『戦い』意外の何を返せるというの?」
『アナスタシア』は目の前のアーニャに意地の悪い質問をする。
だがこれは決して悪意から来るものではない。
無償の善意に対して、貴方は何を返せるのかと、そう問うているのだ。
そしてそれはヒーローを、事実上『戦い』を捨てる選択をしたアーニャにそれ以外の何ができるのかを聞いているのだ。
115 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:46:15.05 ID:glNSs2qCo
「そう……ですね。
たしかに……私は、10年間戦闘訓練ばかりで、それ以外はからっきし、です。
だけど……ここに来た数か月で、私は、それ以外も学びました。
……ンー……そう、まずは……皿洗いからでも、私は始めてみます」
別に自分の一番『得意』を返す必要などない。
ただ、相手のためになるようなことを、自分で考えて、実行する。
他に難しい理屈など要らない。
メイド喫茶で習ったような接客は『プロダクション』には要らないかもしれないが、食器洗い程度なら役には立つだろう。
そんなささやかなこと、今時小学生でも容易にこなせることであっても、それはアーニャが戦闘以外で学んだことだ。
日常の中で学んだことを、日常で発揮すればいい。
ただ、それだけのことだった。
「ふふ……そんな、甘い考え。
とても、あの地獄で生きてきた人間の言葉とは、思えないわ。
……でも、それも、ワタシは欲しかったのかもしれない」
そんな可能性も、考えていた時期はあった。
だけど結局待ちきれず、アーニャを愚かだと断定し、今こうして自身は地に背を預けた状態だ。
この答えを、アーニャが見つけられるのだと知っていたら、『アナスタシア』もここまで狂気に落ち、すべてを敵に回そうなんて考えなかったかもしれない。
116 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:47:05.13 ID:glNSs2qCo
「……だけど、それは可能性。
ワタシが欲したものとは、もう違うのよ。
だからワタシは……ここで『願い』を諦めるわ」
『アナスタシア』は静かに微笑みながら答える。
だけどそれでも満足であった。
隊長を倒した後に、アーニャを見た瞬間からなんとなくわかっていたのだ。
「……アナタは、ワタシが欲しかったものを、手に入れたのだってことが」
「ニェート……いいえ、別に『これ』は私が手に入れたものじゃないです。
これは、みんなが私に、くれたもの。そして、決してあなたものではないというわけでも、ないのですから」
決着は近い。
周囲は素霊が結晶から元の霊体に還っていく光に包まれて、淡い光で満ちていた。
「この、衣装は……みんながくれた、私のものです。
だからこれは……私(あなた)のものでも、あるでしょう?」
アナスタシアは光に包まれるドレスに目を見開く。
それは、彼女のためだけにあつらえられた願いの結晶。だから、彼女に似合わないはずなどないのだ。
117 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:48:00.56 ID:glNSs2qCo
「ああ……『私』は、幸せなの、かも」
地獄の時間はもう終わった。
光は『願い』を包み込んで、空に還っていく。
そして残ったのは、静かに眠る少女が一人。
いま彼女は夢を見ていた。
あの遠い日の記憶の夢ではなく、これからのありふれた毎日を夢見て少女は眠るのだろう。
118 :
@設定
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:48:47.51 ID:glNSs2qCo
天聖術『とある一つの星の物語(スターリィ・フェアリーテイル)』
アーニャの『ここに居たい』という願いによって完成した天聖術。
その衣装は天聖気と素霊結晶を『願い』によって編み上げしつらえた煌めくドレスである。
身に纏った天聖気を介することによって素霊を使役することができ、『ウロボロス・アナスタシア』ほど大量の素霊結晶を操れるわけではないが、より精密な操作ができる。
故に拳銃などの構造さえ知っていれば、ある程度の武器などの再現が可能。
また、『願い』を纏っているのでこれによって使役された素霊で攻撃を受けると『願い』が相手に直接流れ込む。
その効果は基本的には意味はなく誰にも理解はできないほど微弱なものだが、それを理解できてしまう『ウロボロス・アナスタシア』には致命的な攻撃となる。
ドレスはSSR『クリスタルスノー』とSR『スノーフェアリー』を折衷したようなデザイン
初回は術式構成が必要だったために詠唱したが、それ以降は省略できる。
『スターリィ・フェアリーテイル・メモリーズ』
アーニャの右肩の先に浮かぶ雪の結晶のような形をした素霊結晶端末。
隊長の使役によって可能となった天聖術の拡張能力。
周囲の素霊を思考演算の保存領域として肩代わりさせることによって、アーニャの思考を加速、未来予測に等しい先読みと行動把握を見出す。
今のアーニャでは再現できず、仮に再現できるようになったとしても数秒維持させるのが限界の技。
『スターリィ・フェアリーテイル・ネビュラスカイ』
アーニャの左肩の先に浮かぶ星のような形をした素霊結晶端末。隊長の使役によって可能となった天聖術の拡張能力。
膨大な素霊一つ一つを操り、別々の命令を与え、自らが指揮する素霊が、周囲の空間に対して侵食を始める。
これによって素霊結晶なら方向が狂わせ、魔力や電気などの流体伝導率を限りなく0にして封じ込めることができる。
ただし、これを使用している間は自身も素霊結晶の使用がかなり制限され、ナイフ程度の大きさしか使役できない。
これも今のアーニャでは再現できず、仮に再現できるようになったとしても数秒維持させるのが限界の技。
119 :
@設定
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:49:22.79 ID:glNSs2qCo
『сонй сумеречный(眠れ、あの人の居た場所で)』
隊長が持っている技の中で最も強力で、優しい技。
夕焼けに似た色をした力場の渦であり、念動力によって捻じ曲げられた空間は光のスペクトルさえも屈折させ、僅かな帯域の可視光を残してすべてを消滅させ、塵に帰す。
夕焼け色をしているのは、わずかな帯域の可視光を消滅させずに残しているため。
これによって技の中で自らが消滅させたいものと残すものを選び分けている。
『外法者』の能力を応用することで通常の法則や概念からは置いて行かれた、もはや超能力とも呼べるのかともいう途方もない異能。
本当は『сонй сумеречный』は『黄昏に眠れ』という意味。
あくまでこれは発動のトリガーとなる言葉であり隊長の覚悟の言葉である。故に技名ではない。
120 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:50:26.70 ID:glNSs2qCo
「まったく……本当に……世話の焼けるやつだ」
片足を引きずり、わき腹を押さえながらも、ゆっくりと動く男。
それは森の中で眠る少女へと近づき、呆れた目をしながら見下ろす。
少女は依然、幸せそうな寝顔で眠り続ける。
これまでに起きたことなどなかったように、穏やかな表情で明日を夢見ているのだろう。
「無様に、泣いて喚いて、いろんなところに迷惑をかけた挙句、最後に詰めをあやまったうえで、のんきに寝てるときたもんだ。
本当に……呆れてものが言えねえな」
そんなことを言いながらも、憎しみだとか嫌悪だとか、それどころか呆れといった感情さえ男の目には映っていない。
その目に映るのは、眠り続ける少女の姿だけで、男の視線は子供の寝顔を見る父親のように穏やかであった。
「紆余曲折あったものだが、まぁ落としどころとしては合格点、か。
これで……俺が出張る必要もなくなったわけだな。
随分と、手間かけされたもんだ」
すべて自分で選んできたことだった。
故に後悔なんてないし、最後には望むべき結果を得られたのだ。
男の目的は達した。なら悪態の一つくらいはかまわないだろうと、眠りこける少女をに言葉を投げかける。
121 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:51:14.96 ID:glNSs2qCo
「ああ……成長は見届けた。もう俺は必要ないだろう。
約束は果たしたぞ。……――さん。
……ああ、この名を口にしたのも何時振りだろうな?
今なら紛れもなくいえるさ。俺はアンタが好きだった。そして、きっとこの先他の人間を好きになることはないと思うし、アンタ以外のために動くことはない。
たとえ……アナスタシアのためだとしても、な」
もう記憶は摩耗して、想い人の顔さえ朧げである。
それでも、男にとっては他に代えられない唯一であり、たとえ報われぬ恋だったとしてもそれは変わらないだろう。
「だが……それでも俺は、このガキを大切だとは、思い続けるさ。
15年、なんて短いような、長い付き合いだが……俺にとっては、退屈しない年月だった。
俺は何も生み出せなかった男だが、残せたものがあったと確信を持って言える」
そして男は少女に背を向ける。
視線の先は、深い森の奥。光さえ遮られる混迷の森。
「じゃあな、アナスタシア。
もう2度と、会うことは……」
122 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:51:54.31 ID:glNSs2qCo
ないだろう、そう言いかけて男は言葉を紡ぐ。
何もこの状況で、そんな言葉で気取らずともいいだろう。
他に誰も聞く者はいないのだ。ならばそのままの言葉で構わないはずだ。
「ああ……さよならだ。アナスタシア。
まぁ……楽しかったさ」
そして男は、片脚を引きずりながら暗がりの樹海へと脚を進める。
未練はもうない。男の戦いは終わり、あるべき場所に帰るのだった。
『……ありがとう。―――。アナスタシアを、守ってくれて』
123 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:52:58.95 ID:glNSs2qCo
男はその言葉に思わず振り返ってしまう。
しかしそこには眠る少女がいるだけで、彼の望む人の姿はない。
それは満身創痍からきた幻聴だったのかもしれない。
だがそれは、男が最も聞きたかった声であり、もう2度と聞くことはないと思っていた声だったのだ。
「……くそ。いまさら……なんだって、いうんだ。
本当に、本当に……罪作りな女だアンタは……くそ」
男はその場で、空を見上げる。
そこには満点の青空が広がっていて、光は眩しいほどに眼球に突き刺さる。
だが、そんな目に突き刺さる光の痛みは今の彼の言い訳にはちょうどよかった。
「ああ、目にしみやがる。
くそ……礼を言うのは俺の方だ。それにこっぱずかしい話も、聞かれちまった。
まったく、本当に、ああ……くそ。だが……本当に。
悪く、ねぇなあ……」
少女の話はこれで終わり、新たな一歩を踏み出す。
だがその一方で、その陰で、男の物語は完結を迎えた。
その結末は、まぎれもなく大団円で、一度も報われなかった男は、この瞬間、間違いなく報われていたのだ。
124 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:53:31.84 ID:glNSs2qCo
―――――エピローグ
とあるビルにある事務所。
そこで各々のデスクに向かい、自らの仕事をしながら会話をする男女がいた。
「ちひろさん、何かこの前、我々が留守の間にアーニャが何か起こしたらしいんですよ」
「知ってますよピィさん。まぁ気が付いた時にはすべて解決していて、何のことやら、状態なんですけどね」
ピィとちひろは今回の件にほぼ関与できなかった。
そのため蚊帳の外だったことを恨んでか、二人の会話は少し刺々しい。
「随分と困ったものですね。なんでも樹海のど真ん中で眠っているところを追って行った周子ちゃんたちが見つけたらしいですよ」
「詳しいことは聞いてないんですけど、なんでそんなとこで寝てたんですかね?
わかります?ちひろさん」
「私も詳しくは知りませんよ。なんでも封印がどうとか、蛇がどうとかで。
なんか世界がやばかったらしいですけどね」
「ええ!?世界がヤバイだって!……なんて聞いてもいまいちピンときませんね。
まぁ解決してるんなら、それでいいんじゃないですか?
俺たちの出番はなかったわけですけどね」
125 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:54:34.70 ID:glNSs2qCo
「私たちの役割は、そんなものでしょう?
どうせ、世界を変える力なんて人一人が持ってるわけないんですから、いつも通りの仕事をしましょう。ピィさん。
やることだけなら、いくらでもあるんですから」
「まぁ……そうですね。
……そう言えば、やることで思い出しましたけど、アーニャが突然ヒーローはやめるって言ったんですけど、どういうことなんですか?」
「なんでも、この前の一件で能力に制限がかかったらしいんですよ。
また封印が破られそうになるから……『聖痕』でしたっけ?それは使えなくなったみたいですし。
そもそもの力である天聖気も、なるべく使いすぎはよくないみたいです」
「あー……なるほど。そんな理由もあったんですね。
俺はもっと、精神的な理由かと思ったんですけど」
「……?というと?」
「なんだか……アーニャ、変わったんですよ。
前みたいに、固執するというか、視野が狭いみたいな、価値観が今一つずれてたじゃないですか。
それが解消されたというか……。なんか、年相応になったと言いますかね」
「まぁ……大人びているというわけではなくて、かといって子供っぽいわけではない。
こう言っちゃうとなんだか悪いんですけど……感情がうまく表現できない機械みたいな感じでしたから」
126 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:55:24.46 ID:glNSs2qCo
「それが、この前のよくわからない一件で何か変わったみたいですね。
みんなとも、よく遊んだりして付き合うようになったし」
「いろんな物事にも積極的になりましたね」
「そしてなにより……素直に感情を出すようになった気がします。
まるで、これまでの軍隊で人と戦っていたことを忘れたみたいな感じで……」
「いや……忘れてはないと思いますよ」
「ちひろさん?」
「多分ようやく、アーニャちゃんは今を受け入れられたんだと思いますよ。
昔とは違うこの場所を、自分の場所だって理解できたんじゃないですかね?」
「……この場所、ですか。
なら、俺たちが仕事に励んだかいはあったと思っていいのかもしれないですね」
「ふふふ……まぁ、この『プロダクション』にも、確実に意味はあったということですよ。
さーて、仕事しましょう仕事。ピィさん頼まれたことがあったでしょう?」
「頼まれ……ああ。アーニャがヒーローやめるって言った時に一緒に言われたことですね。
実のところ、俺はこっちのほうが好きですよ。
ヒーローは憧れますけど、身内がやるのはなかなかヒヤヒヤしますから。
だけどこっちの頼みは、誰もがしている当たり前で、そんな当たり前をアーニャが許容できたのが、よかったと思うんですよ」
127 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 20:56:14.88 ID:glNSs2qCo
「ならさっさと、手続きを進めてください。仕事を終わらせれば、藍子ちゃんとのお茶の時間も取れますよ」
「……ならさくっと終わらせないといけませんね。
藍子とのおしゃべりのためにも、やりますか!
……なんて、それも大切ですけど、アーニャからの数少ない頼みだから、どっちにしてもしっかりやらないとな。
『学校に行きたい』って願いを、叶えてやらなくちゃ。」
一人の少女の足取りは軽い。
前は自分の役目だとか、仕事だとかで狭まっていた視界が開けたためか、目に映るものがこれまでと違って見える。
明日は何が見つかるのか。明日は誰と喋ることができるのか。
本当に何気ないことが、改めて少女には新鮮に見える。
そんな目新しい街を進み、少女は自分の居場所へとたどり着く。
今日はここに誰がいるのか、どんな話をできるのかなんて、考えながら。
少女は扉を開くのだった。
128 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/05/07(土) 21:00:25.82 ID:glNSs2qCo
以上です
ピィ、ちひろさん、周子、美玲、紗枝、沙理奈、みく、のあ
あと名前だけメアリー、藍子 お借りしました。
しかし長かった……
もう長編は書かないな(長くならないとは言ってない)
というわけでアーニャに関しての伏線は考えうる限りでは回収したはずです
長々とお付き合いありがとうございました
129 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/05/08(日) 17:23:14.50 ID:sMetZLJD0
お二方おつでした!
>>12
黒衣Pの現役時代ェ…いやしかし今楽しめればいいのか、な…?(カース大量に湧いてる)
あらゆる可能性を考えてもニャル様はヤバさしか感じない
>>128
こんなに濃厚な描写で100レス以上…だと…ホントお疲れ様です
そして隊長もお疲れ様です、FUJIYAMA投下とか相変わらず隊長の出るバトルはスケールがおかしい(褒め言葉)
アーニャの過去に決着がついて、新しい物語が始まったのね…学校に行けるようになったらどこに行くのかなぁ、なんて既にワクワクしてしまう
130 :
◆cKpnvJgP32
[sage saga]:2016/05/09(月) 16:41:29.34 ID:gPikVfF6o
お二方ともおつですー
>>12
三日目の中核的な存在達のお目見えですな
しっかし、今更ながら物騒なことばかり起きるお祭りだのう
警備の仕事も大変だろうし、そりゃ黒衣Pだって不機嫌にもなろう
>>128
いやはや超大作でござった……、アーニャ関連まとめたら1スレ埋まるんじゃなかろうか
『自分自身との戦い』というテーマは、やはり考えさせられるものがあるし
答えを見出し、決着を付けるクライマックスのシーンには色々な感情が昂って、本当……ハラショー(語彙が尽きる)
ともかくお疲れ様でした、こんなに素晴らしいものをありがとう、という思いです(小並感)
……あと、この一連のお話に割と自分の設定が関わってて、密かにそれも嬉しかったり
131 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:18:13.98 ID:QNh/EP420
おつかれさまですっ
>>12
3日目は3日目で大変なご様子
オオカミやヒーローたちが倒してるとはいえ、ヤギ?のカースは危険だし………
………ユウキちゃん、わらしべしに行ったけど、大丈夫なんだろうかw
>>128
圧倒的な文量と、きちんとした表現、何より最後まで書ききったというところに、ただ感服いたしました。
僕も頑張らなくてはなりませんなぁ。
さて、雑談スレのほうで言っていたリハビリSSを投稿します。
ほぼ能力解説(と、しゅがはさんの能力の正体)なので、投稿しようか迷いましたけど、せっかく書いたしだそうかと。
あと地の文ばっかりなので、ちょっと混乱するかも?
132 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:20:43.13 ID:QNh/EP420
私は見ていた。
目の前に見えるのは、普段であれば青く澄み渡っていたであろう空。
しかし、今はその空には大きな灰色の星が見えていた。
ゆっくりと、ゆっくりと近づいていく灰色の星は、だんだんとその大きさを増していく。
灰色の星は、徐々に近づいている。
そして、私が乗った船が地上を離れる。 乗っているのは、私一人。
私は一人乗りようの船に乗り、この星を去ろうとしていた。
私を乗せた船はそのまま高度を上げ、私がいた場所がどんどん小さくなっていった。
そして上がった先には、この星を取り囲んでいた船。
しかし、その船は光とともに姿を消した。
きっと、もう必要ないと感じてワープしたのだと思う。
その直後、まばゆい光が横から当たる。
一瞬目がくらみ、目をつぶったが、その目を徐々に開けていく………。
―――灰色の星が青い星にぶつかっていた。
球体が砕け、ぶつかった個所から赤が生まれ、青を喰らっていく。
丸い形をした星の形が割れて、崩れていく。
そして、赤が私がいた場所を飲み込んだとき、星がぶつかった衝撃が私の船を激しく揺らし始め―――
====================================================================
133 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:21:47.09 ID:QNh/EP420
「はっ!?」
目を覚ます。
思わず私は、あたりを見回しました。
ここは―――アパート○○(ふたつわ)の、私とはぁとさんが住む部屋。
それを確認し、私は安堵しました。
………怖い夢を見た気がします。
それは私の身に起こった出来事なのかもしれません。
あるいはこれから起こる出来事なのかも………。
「おはよぉー♪ なんかうなされてたけど、どしたの?」
そんな私の様子を心配したのか、はぁとさんが訪ねてきました。
「ちょっ、ちょっと怖い夢を見まして………っ」
「そっかー♪ よしよし☆」
「って、なんで撫でるんですかっ!?」
「はぁとはノリで動くタイプだぞ☆」
ま、まあ、悪い気はしないですけどねっ。
しかし………このままでいいのでしょうかっ?
よくは知りませんけど、はぁとさんがいつも何かと戦っているのは、薄々感じています。
そのたびに、私やアパート○○の人達を極力関わらせまいとしているのも。
だからか、寝るとき以外にこのアパートにいることは滅多にありません。
その事実を知ってなお、私は何もできずにこの家にいます。
何もしないのも嫌なので、ハートメールサービスも始めましたが、あまり振るいません。
せめて、一緒に戦えるくらいになれれば………。そう思って、
「はぁとさん、お願いがありますっ」
「ん? なんだ?」
「はぁとさんっ 私に稽古をつけてくださいっ!」
私ははぁとさんに稽古をつけてもらうよう頼みました。
====================================================================
134 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:23:30.82 ID:QNh/EP420
「はぁとさんっ 私に稽古をつけてくださいっ!」
ある日、ユウキから突然そんなことを言われた。
「えっ?」
「私、強くなりたいんですっ!!」
「い、いや、それはわかるけど、どして?」
「なんとなくですけど、はぁとさん、私やアパートの人達に被害が及ばないように、普段は避けてるような気がするんですっ」
………あー。
確かにそうだ。 私はユウキちゃんや他のアパートの住人に迷惑が掛からないように、普段は街の外や任務などに出かけている。
「私、このままじゃいけないと思ったんですっ
ずっと守られているばかりじゃ、ダメなんですっ
だから、お願いしますっ!!」
その気持ちはうれしい。
だけど、あんたが師匠に頼んでいる人は、あんたを戦わせたくないと思っているんだぞ☆っと言いたい。
そもそも、なぜ迷惑が掛からないようにって思っているのかというと、私が持っている能力………いや、正確にはアーティファクトのせいでもある。
135 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:31:16.29 ID:QNh/EP420
アイテムボックス。
ユウキには、私の能力として伝えているのだが、正確には、私が持っているアーティファクトの能力である。
でも、そのアーティファクト自体もアイテムボックスで隠せるので、私の能力として認識してもらったほうが都合がいい。実際、あんまり変わらないし☆
能力の効果は、アイテムボックスの空間に物を出し入れすることができるといったもの。 傍から見れば、別に大した能力ではないように見えるだろう。
だけど、このアーティファクトの能力。アイテムボックスと言うには、やたら自由がききやすい。
そして、アーティファクトの由来を見れば、物凄いものであるかもしれないというのが分かった。
なぜかと言えば――ーこれと似た能力を持った人間がいたという話があるからだ。そいつは人々から『勇者』と呼ばれている。
まあ、話………と言っても、世間的にはファンタジー小説の一つとして認識されている本なのだが………。
136 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:35:30.94 ID:QNh/EP420
本の内容としては………かいつまんで話すと、主人公である勇者が村のはずれに封印されていた伝説の剣を引き抜いたところから、
旅に出て、数々の仲間とともに封印された武具を集め、最終的に復活した魔龍を仲間とともに倒しに行くという話である。
だが、彼の周りでは様々な厄介ごとが、行く先々でいくつも起こったらしい。
その厄介事は、迷子の猫を探すといった小さなものから、盗賊に襲われている商人を助けるといったものであったり、
大きなものだとモンスターの大群に襲われている街を救ったり………。
そんなものが行く先々で起こるものだから、疫病神だと呼ばれたりしたという記述もあるらしい。
実際、勇者が住んでいた村は、勇者が剣を抜いた後にモンスターの大群に襲われて壊滅している。
そして、主人公が無事解決した厄介事は、それこそ一日一善という言葉で片づけられるようなものじゃないくらいに多かったという。
(まるで某探偵アニメの主人公のようだよな☆)
そして最後には、封印された武具が示した場所にて魔龍と戦い、認められて、願いを一つ叶えてもらうことになったという。
そして、勇者達は自らが願った通り、別の世界で普通の人間として暮らしていくことになった。というのが結末らしい。
(ちなみに私がこの本を知ったのは、とある本屋の店員に勧められたからなのだが、その話は置いといて☆)
137 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:40:48.77 ID:QNh/EP420
とまあ、普通であれば、昔の人が書いた、ただのファンタジー小説だ。
だが、私が『アイテムボックス』を手に入れた後、その伝承で起こった厄介事というものが多発するようになった。
さすがに伝承のようには多くはないが、いつもよりも厄介事に巻き込まれるようになったと感じる。
であれば、そんな厄介なものであれば捨ててしまえと誰もが思うのだが………自分で使っているからわかるが、能力が強力過ぎる。
仮に捨ててしまったとき、カースや裏の組織の連中に悪用されてしまったら、大変なことになるだろう。
なので、捨てたくても捨てられない。 このアーティファクトは私が持っているしかないのである。
アイテムを無限に持てる代わりに、持ち主に敵寄せの呪いをかけるアイテムと思えばいい。
いやーん、はぁとってば呪われちゃったぁ〜☆
―――それに、これを手に入れた際に頭に響いた言葉。
『我はこの世に破壊と混沌をもたらす者。
人の子よ。 全ての証を手に入れ、我に証明せよ。
我は最後の敵として汝の前に現れん。』
………ぶっちゃけ、こんなのはただの偶然だとは思っている。
だが、本の内容を事実とするならば………私はいずれ、あの声の主と戦うことになるのかもしれない。
138 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:43:52.43 ID:QNh/EP420
「はぁとさんっ?」
という声が聞こえてはっとする。
「ん? ああ、ごめんごめん♪」
まあ、さっきの通りであるのだから、厄介事の件はほとんど私のせいでもある。
だが、それではユウキちゃんは納得しないだろう。
というわけなので―――
「わかった、稽古つけてあげる♪
でもその前に、まずはランニングで基礎体力をつけるところから始めよっか☆」
その場しのぎでランニングをさせるのであった。
ぶっちゃけて言えば、ユウキちゃんの件にしたって厄介事ではあるのだ。
未来の世界から、世界を救うために来た? 『ラーニング』という能力を持っている?
未来から来たというのはよくわからないが、『ラーニング』という能力の危険性については、なんとなくだが理解できた。
確証はないが、ユウキちゃんはあれを『ラーニング』と言ってはいるが、実際には『自分で見た能力を、自分の解釈で、自分の能力として使っている』ように見える。
だって、私の能力を完全に『ラーニング』したのなら、厄介事に巻き込まれやすくなるし、早着替えとか言ったこともできるはずだ。
なのに、ユウキちゃんにはそうしたことができたり、起こったりしたことはない。(少なくとも私が見ている限りでは。)
何より彼女の言う『ラーニング』だと、『アイテムボックス』というアーティファクトの能力を、私の能力と誤認したまま覚えることなんてできるのだろうか?
ましてや、その不完全な状態で認識した能力をそのまま使えるだなんてあり得るのか?
自分なりにユウキちゃんの『ラーニング』という能力の説明するのであれば、『自分の解釈だけで能力が作れる』能力といえるのかもしれない。
いや、その考え方は行き過ぎなのかもしれないが………。
その事をユウキちゃんが気付いていないのなら、気付かないままにしておいたほうがいいのかもしれない。
それに、ユウキちゃんには「なるべく知らない人の前で能力を使うなよ☆」とも言ってある。
ユウキちゃんには悪いが、しばらくは手紙の配達に専念してもらおう。
(まともな理由を持たせられる)食い扶持にも困ってるし☆
139 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/16(月) 23:47:26.46 ID:QNh/EP420
ピピッ!ピピピッ!!
服のポケットからアラートが鳴る。 厄介事の合図である。
「おっと♪ はぁとは出かけるところがあるから、ちょっと離れるわ☆
帰ってきたら、稽古に付き合ってあげる♪」
そう言い残し、私はしばらくユウキちゃんの前から姿を消す。
そして、通信端末を出し、その原因となったものがいる場所へと向かう。
―――厄介事になる前に、厄介事をつぶすってね♪
………おいそこ、もう厄介事は起きてるじゃねぇかとか言うな☆
140 :
◆6J9WcYpFe2
[sage]:2016/05/16(月) 23:58:55.29 ID:QNh/EP420
以上でございます。
しゅがはさん、総選挙9位おめでとうございます!
今回の話は余談っていう感じです。
とりあえず本編は………話の流れはできてるのに、ある一つの場面で詰まっちゃってるorz
表現的にもつたないところはあるので、もう少し精進します。
141 :
◆cKpnvJgP32
[sage saga]:2016/05/17(火) 23:59:15.87 ID:KeIiwZCso
>>140
おつですー
比較的平和な方かと思ってた二人だったけど、案外色々抱えてるんですなぁ
なにやら不穏な夢とか、未だ謎多き能力とか、気になるところ
142 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/19(木) 23:52:38.80 ID:QjjYeKu40
皆さま乙でしてー
ではではー、学園祭3日目を投下いたしましてー
143 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/19(木) 23:53:32.14 ID:QjjYeKu40
智香「わあ……人がいっぱい」
《怠惰の災厄》智香は、秋炎絢爛祭を訪れていた。
木を隠すなら森の中という言葉があるように、人型のカースである自分が大勢の人間の中に紛れこめば、発見されにくくなるだろうという企みだった。
まあ、智香はその言葉自体は知らないわけだが。
屋台の生徒「そこのお姉さん! イカ焼き食べてかない?」
智香「えっ?」
突然、屋台でイカ焼きを販売している生徒に声をかけられた。
智香「イカ焼き……ですか?」
屋台の生徒「そう、美味いよ! 一本どう?」
智香「うーん……」
カースである智香に、本来食事は必要無い。
人間が持つ負の感情……彼女の場合は”怠惰"こそが活動の為のエネルギーとなるのだ。
144 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/19(木) 23:54:54.72 ID:QjjYeKu40
しかし……
智香「じゃあ、一本下さいっ」
屋台の生徒「はーいまいどありー!」
智香は食べる事を選んだ。
人間と同じ行動を取る事で、少しでも人間に近付く『何か』を見つけられたら……そう考えた。
屋台の生徒「じゃ、200円ね」
智香「えっと、200円……はいっ」
硬貨を二枚生徒へ差し出し、代わりに竹串に刺さったイカ焼きを受け取る智香。
智香がGDFやヒーローが逃げ回りながら道中で拾い集めた小銭は、もうそこそこの額にまでなっていた。
屋台の生徒「あざっしゃー!」
生徒の声を背にしながら、智香は早速イカ焼きにかぶりつく。
智香「…………」
当然、味など感じはしない。
智香からすれば、ただ「体内に異物が侵入した」だけである。
それでも。
核の中心から、何故だか体全体が温かくなるような感覚を覚えた。
智香(これが……「美味しい」って事なのかな……)
少し首を傾げながらまたイカ焼きをかじり、何処へともなく歩き出した。
――――――――――――
――――――――
――――
145 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/19(木) 23:56:16.08 ID:QjjYeKu40
――――
――――――――
――――――――――――
カイ「な、何あれ……!?」
会場設営の休憩中だったカイは、ふらふらと散策中に「それ」に出会った。
黒い泥の体を滴らせ、這いずるように動く異形……カースだ。
『ア゛……お゛……』
カースはカイなど眼中に無いかのように、呻きながら這いずっていく。
カイ「……よく分かんないけどヤバそう! いくよ、ホージロー!」
『キンキンッ!』
・
カイ「オリハルコン、セパレイション!!」
カイの掛け声でホージローの体が分離し、カイの体へ装着されていく。
カイ「アビスナイト、ウェイクアァップ!」
叫ぶが早いか、カイはカースへ向けて一直線に駆け出した。
カイ「先手必勝! アームズチェンジ! ソーシャー……」
146 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/19(木) 23:57:13.36 ID:QjjYeKu40
??「いけません!」
突如、カースとカイの間に何かが落ち、カイの突撃を妨げた。
カイ「おわわっ! ……って、あれ?」
上空からの乱入者、カイはその姿に見覚えがあった。
カイ「ニコちゃん! 久しぶりじゃん!」
ニコ「ええ、お久しぶりですねぇカイさん」
祟り場騒ぎで知り合った仮面の少女……ニコだ。
カイ「元気だった? って……あいつやっつけちゃいけないの? カースだよね?」
カイは再開を喜びつつも、首を傾げる。
ニコ「いえ、やっつけるのは全く問題無いんですけどぉ……問題は『触れる』事なんですよねぇ」
カイ「触れる……?」
2人は改めてカースに目を向けた。
通常のカースとは明らかに異質な体は、見ているだけで心を蝕まれそうになる。
147 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/19(木) 23:57:59.77 ID:QjjYeKu40
カイ「……気持ち悪いっ」
ニコ「迂闊に触れると、精神を汚染されてしまいますからぁ」
カイ「触れると、か……なら! アームズチェンジ! ハンマーヘッドアームズ!!」
射撃用のアームズに換装したカイの腕が、カースへ向けられる。
カイ「シャークバレット! それそれそれぇっ!!」
そして放たれた弾丸の雨はカースの体表の泥を吹き飛ばし、やがて濁った緑色の核を露わにした。
カイ「トドメにもう一発、シャークバレット!!」
『ア゛おォ……』
カイの弾丸に撃ち抜かれ、核は泥と共に静かに消滅した。
148 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/19(木) 23:58:50.20 ID:QjjYeKu40
ニコ「お見事です、カイさん」
カイ「えへへ、まあね! ニコちゃん、あのカース探してたの?」
ニコ「ええ。正確には、あれの親玉を、ですけどねぇ」
カイ「親玉かあ……」
ニコ「カイさん、もしよろしければ、ニコを手伝ってもらえませんかぁ?」
腕組みしてカースがいた場所を見つめるカイに、ニコがそっと進言する。
カイ「うん、いいよ」
ニコ「そ、即決ですねぇ……ちょっとくらい考えても……」
カイ「そんな水臭いコト言わないでよ、あたしとニコちゃんの仲じゃん!」
ニカッと笑って、カイはニコの背中をぱんぱんと叩いた。
ニコ「あ、ありがとうございます……」
149 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/19(木) 23:59:40.34 ID:QjjYeKu40
カイ「で、その親玉をやっつければいいのかな?」
ニコ「はい。この学園の地下……そのどこかにいるはずなんですけどぉ……」
カイ「地下だね、オッケー! んじゃ早速……」
ニコ「あ、待って下さい」
勢いよく地面に飛び込もうとしたカイを、ニコが引き止める。
カイ「おっととと……どうしたの?」
ニコ「迂闊に地面に潜ったりすると、飛び出た拍子にあのカースにぶつかったりしてしまうかもしれませんよぉ?」
カイ「た、確かに……地道に歩いて探すしかないかぁ……」
カイは頭の後ろで腕を組み、残念そうにため息をついた。
150 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/20(金) 00:00:49.09 ID:4MHH5Bh80
カイ「……ま、仕方ないかっ! 親玉って、パッと見て『親玉だー!』って分かるような外見してる?」
ニコ「そうですねぇ……雰囲気はさっきのカースとほぼ同じで、姿は恐らく、山羊か何かを真似ていると思います」
カイ「ヤギ?」
少し不思議そうな顔で、両手でツノのジェスチャーをするカイ。
ニコ「ええ、ニコは『退廃の屍獣』って呼んでいますけどぉ……」
カイ「退廃の屍獣……なんか物騒な名前だね」
ニコ「それから、退廃の屍獣は体内にある『本』を取り込んでいるので、それを回収してほしいんです」
カイ「本だね、オッケー」
ニコ「あともう一つ、学園の地下道を狼のようなカースがうろついていますけど……それは味方なので、やっつけちゃダメです」
カイ「いいやつなの? カースなのに?」
ニコ「そちらは『孤高の猟獣』と言います。カイさんが退廃の屍獣と戦う時には、加勢してくれるかもしれません」
カイ「孤高の猟獣は倒しちゃダメで、退廃の屍獣を倒せばいいんだね。了解! じゃあニコちゃん、またね!」
カイは理解すると手をブンブンと振って、地下道の入り口へと駆けていった。
ニコ「はぁい。あ、もし孤高の猟獣に危害を加える人がいたら……」
カイ「止めるよう言うか大人しくしてもらうんでしょー? オッケーオッケー!」
151 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/20(金) 00:01:33.62 ID:4MHH5Bh80
ニコ「…………むふふ」
カイの姿が見えなくなると、ニコは仮面の下の笑顔をさらに歪めた。
ニコ「カイさんは素直で助かりますねぇ……少々単純とも言いますが……」
ニコ「屍獣を狩る狩人としても、申し分ない腕前ですし……」
ニコ「『屍食教典儀』の回収も、そう遠くは無さそうですねぇ……むふふ、むふふふふ……」
笑みを浮かべながら、ニコは歩きだす。
新たな狩人を求めてか、屍獣を追ってか、それとも……。
続く
152 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/20(金) 00:02:27.88 ID:4MHH5Bh80
○イベント追加情報
智香が学園祭をうろついています。カース関係者は気付くかも…?
カイがニコを手伝い屍獣を探して地下道に入りました。
・基本的に移動には物体潜行を使いません(浮上時に屍獣と接触するのを避ける為)
・もし猟獣を攻撃する場合、カイが停止勧告もしくは攻撃を開始することがあります
153 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/05/20(金) 00:03:20.80 ID:4MHH5Bh80
というわけで久しぶりの投下でした
時間掛かったわりに大して動いてなくてごめんなさいねホント
ニコお借りしました
154 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/05/20(金) 01:40:01.61 ID:WkD2Q6pb0
おつでしてー
>>140
不穏(?)な予感が二つも…?二人とも能力にまだ謎が多いっすな
でも勇者が某名探偵並に事件を引き寄せるというのはゲームやってるとなんとなく納得できる
>>152
100%カースだとやっぱり不足してる感覚とかあるんだなぁとしみじみと。暴食なら味覚はあったのかもなぁなんて思ったり
カイとニコは仲良しだなー、ほのぼの
155 :
◆6J9WcYpFe2
[sage]:2016/05/27(金) 12:12:17.77 ID:7a7NVyyR0
お疲れ様ですっ
>>153
おおっと、解決に動こうとする人たちも出てきましたねー。
学園祭3日目も、裏ではかなりのバトルが繰り広げられそうな、そんな感じがします。
みなさん、お待たせしました。(待ってたかわかりませんが)
憤怒の街再びの続きです。
例によって、千佳ちゃんと凛ちゃんをお借りしております。
>>141
二人とも、今の段階では謎の多い能力持ちなのですが、しゅがはさんの能力自体は憤怒の街編で大体は出尽くすかもしれない。
ユウキちゃんのは………まあ、色々と謎が多めです。
>>154
道を歩いてはエンカウント、街に入っては事件なりイベントなり。
大なり小なり、良きなり悪しきなり、イベントに事欠かない能力だったりww
ちなみに、勇者のアーティファクトに関しては複数ありますので、その分効果も分割されてます。
その辺は追々、設定としてまとめようかと。(ちなみにこっちはアイテムボックスと盾ぐらいしか考えてない)
156 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:13:57.98 ID:7a7NVyyR0
「みんなに悪さする悪い子は、正義の味方ラブリーチカが、愛の力でオシオキしちゃう!」
そう決め台詞を言いながら、ポーズまで決めるチカちゃん。
感心したはぁとさんは「お〜」と言いながら拍手をしています。
「すげぇ、本物みたいだな、おい☆」
「だって本物だもん!えっへん!!」
そう胸を張るチカちゃん。かわいいですっ。
「じゃあさ、ラブリーステッキで空飛んだりできるのか!?」
チカさんは「うん!」ってうなずくと
「ラブリーステッキ!」と言って右手から杖を出し、
「フライングモード!!」と言うと、その杖から羽が出てきました。
チカちゃんはその杖にまたがり、ふわふわと浮きました。
「うおおお、すげえ!!」
はぁとさん、目を輝かせています。 そういえばはぁとさん、テレビでやってた【魔法少女ラブリーチカ】が大好きで、毎週見てたって言ってましたっけ?
「だけどはぁとだって、負けないぞ☆」
するとはぁとさんは、車の裏に隠れたかと思うと、車の上によじ登ってポーズを決めました。
「シュガーハート、参上♪」
「はぁとさん……その恰好は………」
見ると、はぁとさんは先ほどの軍服姿とは一転して、アニメのキャラクターのような衣装を着ていました。
見る人が見れば「うわキツ」とか言ってしまいそうですね………っ
157 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:15:12.66 ID:7a7NVyyR0
しかし、チカちゃんはそうは思ってなかったようで………
「えっ!? お姉ちゃんも魔法少女だったの!?」
「ついでにあっちのユウキちゃんも変身するぞ☆」
「え、えええええっ!? わ、私、巻き込まれちゃいましたっ!?
というか、何言ってるのですかはぁとさんっ!?」
「えっ、違うのかよ!?」
「違いますよっ! って、ああっ!?」
はぁとさんが半目で指をさしたほうを見ると……チカちゃんが目を輝かせてこっちを見てますっ!?
「ほ、ほらっ! チカちゃんが誤解して―――」
と、言いかけたところで、チカちゃんの表情が期待に満ち溢れた表情から、「えっ、違うの………?」と言わんばかりの、がっかりした顔をしているチカちゃんがっ!
そしてニヤリとしたはぁとさんが、無言でスポーツバッグを私に差し出してきましたっ!
・・・・・・・・・。
「いえっ、私も魔法少女ですっ!!」
ここはもう、腹をくくるしかっ!!
158 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:16:41.85 ID:7a7NVyyR0
「悪い子みーんなやっつけちゃう! 正義の魔法少女、『ラブリーチカ』!!」
「心に甘い魔法、かけちゃうぞ♪ シュガシュガスウィート♪『シュガーハート』!!」
「あなたに真心、お届けしますっ! 幸せの運び屋『ポストガール・ユウキ』!!」
………やってみると、案外ノリノリでやれるものですねっ
ポーズまで決めて、なんか達成感を感じますっ!
「いやーん♪ これとってもスウィーティー☆」
すると、ポストマンさんが手を挙げて言いました。
「………一人、魔法『少女』なんていう年齢じゃねぇ奴がいるんだが」
ああっ、そのセリフは禁句―――
「しゅがぐーぱん☆」ドスッ!
「がはっ!?」
シュガーハートさんの攻撃! ポストマンさんにクリティカルヒット!! ポストマンさんは倒れましたっ!!?
「お姉ちゃん、つよーい!!」
「………ポストマンさんっ」
言いたいことを言える勇気は、見習いたいと思います………っ
159 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:20:08.71 ID:7a7NVyyR0
「ちょ、ちょっと! 無視しないでよ!」
と、怒鳴る声がして、その声のほうを見ます。
そこには先ほど私達が乗っている車を見て逃げだした、眼鏡をかけた黒髪の女性の方がいました。
「というか、これきついんだけど! 外してくれないかな!?」
その女性は車の座席に、手足を縛られた状態で座っていました。
「ダメに決まってるだろ☆ 怪しすぎるっての☆」
「じゃあ、せめて緩めるぐらいしてよ!」
「それはこちらの質問に答えてからだぞっ☆
っと、それで、えーっと………色々聞きたいこともあるんだが、まずは一つ目っと♪
あんた、何者よ?」
「いや、そいつは逃げ遅れたり、迷い込んだりした一般人なんじゃないか?」
と、はぁとさんに殴られたところを抑えつつ、ポストマンさんが立ち上がります。
「それはないんじゃないかな♪
もう事件解決してから時間たってるのに逃げ遅れたんだったら、今頃生きてないだろ☆
服もそこまでボロボロじゃないし、顔だちとかもしっかりしてるから、その線はまずありえないと思うぞ☆
そして、迷い込んだにしても、GDFの警戒網は結構厳重に張られているから、迷い込む前にGDFに止められるだろうしな☆
となれば、その警戒網の隙をついて忍び込める奴ってことになるぞ☆
つまるところ、ラブリーチカもこいつも、ただ者じゃないってこと♪」
はぁとさんはそこで一息。そして、眼鏡をかけた黒い髪の女の人に問いかけました。
「ラブリーチカは空を飛んでやってきたってことは、さっき証明してもらった。
なるほど、GDFも空には警戒網を張れていない。 そんなの想定してもなかっただろうしな☆
だが、あんたは空を飛べるような人とも思えない。
それでも、GDFの警戒網を潜り抜けてきたあんたは一体何者よ?」
160 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:21:48.29 ID:7a7NVyyR0
そう問いかけられた女性の方は、少し迷いながらも、答えます。
「渋谷………凛。」
「し、渋谷 凛………?」
「知っているのか? ポストマン」
「ああ。 前にひなたん星人と名乗る女性が、小動物の姿をした怪獣を倒したというニュースがあっただろ?
あの時、そのひなたん星人と我々に協力してくれた女性だ。」
そう言って、凛さんのところに近づくポストマンさん。
ポストマンさんは帽子を脱ぐと、手を額に当てて敬礼をしました。
「君のことは、他のGDF隊員から聞いている。 あの時はご協力に感謝する。」
「………じゃあ、その感謝ついでに、この縛っている紐とか解いてくれないかな?」
「駄目だ。 それとこれとは話が別だ。
なに、こちらの質問にちゃんと答えてくれれば、無事に帰してやる。」
「………わかった」
凛さんは渋々と答えました。
「で、その凛ちゃんは一体何者よ?」
「俺が聞いた限りだと、研究者とか名乗ってた気がするな。」
それを聞いた途端、「げっ………」とはぁとさんが口を漏らしていました。
161 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:23:05.44 ID:7a7NVyyR0
「ま、まあ、凛ちゃんの素性は何となくわかった。
じゃあ、質問その2♪ ぶっちゃけ、何が目的よ?」
はぁとさんが2本の指を立てて問います。
「新種のカースを見に来ただけだよ」
「は? なんだって?」
「だから新種のカースを見に来ただけなんだってば!」
「いや、言ってることはわかるが、なんだってそんなことを?」
「カースの研究をしてるの」
「………カースの研究?」
「そう。 カースの習性だとか、特徴だとかを独自で研究をしてるの。」
「独自でってことは………一人でってことか?」
「いろんなことを知りたいから、一人で好き勝手にやってる。」
「それは………何かしたいことがあってなのか?」
「いや、ただの興味本位」
その言葉を聞いた瞬間、はぁとさんが頭が痛そうに右手をおでこのところに持っていきました。
後で尋ねたところ、「興味本位で研究されるほど、厄介なものはねぇよ☆」と遠い目で語ってくれました。
………この後のことを考えれば、納得できますね。
162 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:27:07.87 ID:7a7NVyyR0
そして、興味本位で来たという理由を聞いて、しばらく言葉を詰まらせていたはぁとさん。
ただの興味本位で憤怒の街に行く、凛さんの行動力には、私もちょっと驚きました。
「?? どうしたの?」
と、たずねられて、やっと口を開きました。
「ああ、つまりあんたは………趣味で博士をやってるとか、そんな類の奴なのか?
ほら、テレビでたまにやってる、役に立つのかわからない発明をしている奴とか☆」
「いや、当たってるかもしれないけど、役に立った実績あるし!!」
「まあ、今はそういうことにしといてやるよ☆」
「そういうことってどういうこと!?」
………ともかく、とはぁとさんが話を区切りました。
「ここは危ないし、あんたの素性もよくわかってないから、一緒についてきてほしいんだが?」
凛さんはそれを聞いてしばらく考えていたようですが、承諾してくれました。
「ラブリーチカちゃんもそうだけど、ほかにも気になることがいっぱいあるしね」
はて? 気になることっていうのはどういったことなんでしょう?
そのころの私は、そんなことを考えていました。
================================================================
163 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:30:57.30 ID:7a7NVyyR0
………この人達は、本当にGDFなのだろうか?
凛の頭の中には、そんな疑問が浮かんでいた。
普通のGDF隊員であれば、私みたいな素性もわからない人を放っておく訳がないとは思う。
………まあ、それはいい。
それよりも―――はぁとと呼ばれていた女の人にただならぬ雰囲気を感じる。
そして、赤い服と帽子を被った、ユウキと呼ばれていたこの女の子は一体なぜここにいるのだろうか?
車にはGDF所属のマークが入っているが、なぜそのGDFが女の子を乗せて車を走らせているのか?
そして、あの早着替え………あれの仕組みは一体どうなっているのか?
はぁとと呼ばれていた人の話しぶりから考えれば、あいつらの正体は………芸人?
いや、芸人だとしたら、なんでここに来たのかわからない。
………やっぱり怪しすぎる。 隙を伺って逃げてしまおうか。
だが、逃げるということを考えると、面倒なことに三人もいる。
一人であれば、手持ちのビー玉とかいろいろ使えば撒けるとは思う。
だが、二人となると難易度は格段と上がる。
一人の隙をついたところで、もう一人の隙もつけなければ、銃で撃たれて終わり。
それが三人である。 普通に逃げ出すのは無理だ。
であれば、例えば何かあって車から二人が車から離れた時を狙って逃げるしか無いだろう。
カースが襲ってきたときにでも、隙を見つけて車から逃げ出そうか?
164 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:32:44.92 ID:7a7NVyyR0
―――ああでも、しかし、せっかく見つけた『人型のカース』をこのままみすみす逃すわけにはいかない。
そう思い、ふとラブリーチカと名乗る少女の形をしたカースを見て―――
あれ?
最初に見た時と雰囲気が違う気がする。
………何が違う?
そうだ、あのカースはさっきまでどこか雰囲気が暗かったような気がする。 でも今は?
アニメの主役キャラを演じている姿は、まるで無邪気な子供のようだ。 見ていて可愛らしい。
………待てよ?
感情のままに動くカースはいくらでもいるけど、ここまで人間の子供らしいカースっていたかな?
………ひょっとして、新種のカース?
だとすれば、何としてても、じっくりと観察したい。というか、このまま連れて帰りたい。
そうやって、いろいろと考えを巡らせていると、ふととある考えに至った。
そうだ、身体的な特徴をつかめれば、多少なりとも何かわかるかもしれない。
そうであれば、善は急げ。私はラブリーチカを呼んだ。
「なにー? どうしたの?」
その提案は考えを巡らせて、巡らせて、巡らせまくって、考えがまとまった結果に出た提案。
そう、それは―――
「チカちゃん、一度服を脱いでその体を見せてもらってもいいかな?」
=====================================================================
165 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:34:32.77 ID:7a7NVyyR0
私達は再び、車で憤怒の街を走っています。
運転席にはポストマンさん、助手席にはぁとさん
後ろには私と、チカちゃんと………簀巻きさんが1名………。
「ねぇ、この簀巻きとってよ! 動きづらい!!」
「駄目に決まってんだろ、変態☆」
「確かにあのままにしたら、色んな意味で危ないからな………」
「まさか、凛さんがこんな変態さんだったなんて………っ」
「いやそれ違うから! みんな誤解してるだけだから!!」
一方、チカちゃんはよくわからないのか首をかしげていました。
「??? なんで凛お姉ちゃんは簀巻きにされているの?」
「チカちゃん、いいですか? 世の中にはああやって女の子に興奮を覚える人がいまして――」
「私、そういうのじゃないから! いたってノーマルだから!!」
「えっと、それならチカちゃん、ちょっといいでしょうかっ?」
私はチカさんにこっそり耳打ちをします。
「うん、いいよ!」
私はチカちゃんに耳打ちし、それを聞いたチカちゃんは着ている上の服の裾をつかみました。
・・・・・・・・・・・・・・・
「チカちゃん、その裾を上げて! 服の中の様子を見せて!!」
「ほらやっぱり同じじゃないですかっ!!」
166 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:36:36.66 ID:7a7NVyyR0
「違う! 私のはもっと高尚な目的なの!!」
「人の体を覗こうとする行為のどこが高尚なんですかっ!?」
「うっ、そういわれると………だけどここは引けない!!」
なんて言い争いをしていると、ヴーヴーという音がしました。
「あ、ハンテーンかな? ちょっと私のスマホ取ってくれる?」
「うん、わかっ――」
「チカちゃん、ここは私が取りますっ!」
そういって、私は凛さんの簀巻きの中に手を突っ込みました。
そして、すぐに端末を取り出そうと簀巻きの中を探るのですが………
「むむむ………なかなか見つかりませんっ」
「………ふふっ」
「………はっ!?」
よく見れば、スマートホンらしき端末は簀巻の中ではなく、外に落ちていました。
そうして凛さんの顔を見ると、ニヤリとした顔で私を見て言います。
「私の服の中にあるとは言ってないよね?
脱がせてって頼むのが変態なら、勝手に簀巻の中の私の体を手で触るのはもっと変態なんじゃないかな?」
ーーーやられましたっ!?
167 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:38:18.56 ID:7a7NVyyR0
「さっき変態って言われた仕返し。」
「ぐぬぬ……覚えといてくださいねっ!」
そう言って、凛さんの横に落ちていたスマートフォンを拾い――
『テェーン!!』
「はわっ!?」
私は驚いて尻もちをついてしまいました。
「あいたた……」
「ふふっ、驚いた?」
見ると、画面上には茶色い動物の姿をした可愛らしいキャラクターがいました。
「あ、あのこれは……っ?」
「この子はハンテーン。私の……うーん……」
『てん!』
そういって、右手を上げて挨拶してくれました。かわいいですっ!
私も手を振り返します。
「私の……ペットかな?」
『てーん!?』(なにぃっ!?)
あ、喋ってることを画面上で訳してくれてますね。
『てんてーん!はんてーん!!』(いつからお前のペットになったんだ!訂正しろ!!)
「あ、あの、ハンテーンさん、怒ってますけどっ」
「あー、もうわかったから。ごめんってば。」
そういって怒ったハンテーンを宥める、簀巻姿の凛さん………うーん………。
168 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:39:15.64 ID:7a7NVyyR0
『……てんっ?』(むっ?)
「?」
ハンテーンさんが急におとなしくなったので、「どうしましたっ?」と聞き返しました。
すると、画面から地図が現れ、その地図の赤い光点を指差し、
『てんてーんてーん!』(近くにカースがいるぞ!)
「えっ!? カースの位置がわかるのですかっ!?」
すると凛さんが代わりに答えました。
「ハンテーンは近くにいるカースを見つけることができるの。」
「その話は本当なのか?」
話を聞いていたはぁとさんが私達の方を向いて聞いてきました。
「うん。 おかげでカースに会わずに街に侵入できたんだ。」
「なんだって、そんなもの持ってるんだ?」
「あっ、ええっと、同じ眼鏡好きな友達にもらったんだ。」
「へぇ〜♪ ともかく、その携帯でカースの位置がわかるんだよな? まじ助かるわ☆」
その言葉に、凛さんは頷きました。
169 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:41:44.59 ID:7a7NVyyR0
「なるほど………そして、その地図によると前方にカースが―――って、前方っ!?」
と驚いたのも束の間、車がキキィーッっと音を立てて急停止しました。
「おい、あぶねぇよポストマン☆」
「いや、ちょっと待て。なんか音がしないか?」
そう言われて、少し落ち着いて、よく注意して耳をすますと………ガリガリという、石のようなものを砕いているかのような音が聞こえてきました。
「確かに、変な音がしますね………っ」
そう私が話すと
「うん、ガリガリキュルキュルって音がしてる!」
と、チカちゃんが言い、
「これは………キャタピラの音かな?」
と、凛さん。 ――簀巻きのままなので、チカちゃんに支えてもらっています。(チカちゃん、力持ち?)
そして前を見ると、ちょうどグレーの色をした戦車が横から現れました。
その戦車には……小さいですが、GDFという文字とマークが書かれていました。
「あの戦車、GDFの……?」
そうして戦車は長い砲身を
「さっき言ってたカースの反応って、どこからしてたんだ?」
「ええっと、前方からってハンテーンさんが言ってましたっ」
ゆっくりとこちらに向けて
「ってことは………あの戦車を操ってるのって………カースってこと………ですかっ?」
「おそらく、そうなんじゃないかな☆」
ガコンという音を立てて、止まりました。
『―――やばいっ!!』
170 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:43:42.36 ID:7a7NVyyR0
「何かに捕まれっ!!」と叫び、ポストマンさんが慌てて車を急発進。
ハンドルを切って車体を滑らせ、ちょうどあった広い交差点を車を滑らせるようにカーブ。
すると、ドンッ!!って音と共に戦車の砲身が光り、今まで通ってきた道からドォン!!という音が聞こえました。
私達が乗っている車はカーブを曲がり切って、そのままスピードを上げて戦車から逃げます。
後ろからはガリガリキュルキュルと音がしています。
「ポストマン! これが例のアレか!?」
「ああ、そうだ!!」
「まだ追いかけてきているようですっ!!」
「何回か曲がれば撒けるだろうよ!!」
そうポストマンさんが言った瞬間、ガンッ!!という音が車の前方からしました。
何かにぶつかったようですが・・・・・・後ろを向いていて、この車とぶつかったであろう破片がちらっと見えた私にはわかります。
「あのっ、立入禁止の看板がっ!!」
「不可抗力♪ っていうかなんでこんなところにあるんだよ☆」
「あはははは! びゅーんびゅーん!!」
その後、戦車も後を追っかけては来たものの、全速力で逃げる私達の車に戦車は追いつけず、交差点を何回か曲がったところで、戦車の姿が見えなくなりました。
どうやら、なんとか振り切ったようですねっ。
171 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:44:33.28 ID:7a7NVyyR0
近くに戦車がいなくなったことを確認して、ポストマンさんは車を止めました。
「………びっくりしたぁ☆」
「………本当にギリギリでしたねっ」
そうして、一息ついたポストマンさんがこちらを向いて言いました。
「………今のが、『コラプテッドビークル』だ。」
「遅えよ☆」
―――前途多難ですっ!!
「さっきのがこの街のカース?」
「ん? ああ、そうだが?」
「………ふーん」
それを聞いた凛さんの顔は、どこかつまらなそうな顔をしていました。………簀巻きの姿で。
172 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/05/27(金) 12:51:17.63 ID:7a7NVyyR0
今回は以上っ!
次回はやっとチカちゃんの家に………つけるかなあ?
ただ、かなり上手く行き過ぎてるので、何らかの波乱はあるのかも。
とりあえず、これからもちょこちょことですが書いていきますので、よろしくお願いします。
<おまけ>
凛「ねぇ、私、これでもシンデレラガールなんだよ?」
凛「それなのに変質者扱いで簀巻き姿にされたりとか散々な扱いされてるんだけど?」
………善処します。
173 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/05/27(金) 21:35:27.19 ID:XyKHqr8N0
おつです
凛ちゃんのまさかの発言に笑った…ww研究対象が目の前にいて必死だったとはいえww
やっぱり戦車が襲ってくる憤怒の街の危険度は高いなと改めて認識し…簀巻デレラ…ww
174 :
◆An8BJh0Y1A
[sage]:2016/05/28(土) 20:25:18.16 ID:MTQmSyk0O
乙ですです
改めてマストレさんと怠(惰な感)情Pを予約させて頂きます
175 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2016/06/10(金) 21:46:02.78 ID:cqJ1gQLKo
忘れないうちにそろそろ保守
176 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 21:56:29.88 ID:Lzf9MzY5O
ドーモ
あんまり長くないやつ投下します
177 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 21:59:33.35 ID:Lzf9MzY5O
「アラァ、おかえり洋子ちゃん」
思いがけぬ声に斉藤洋子は立ち止まり、その方向を見やった。恰幅の良い白髪の婦人が、こっちヨと言わんばかりにニンマリと笑み、手招きしていた。
日課の早朝クライムハントジョギングを終えたばかりの洋子は軽く会釈し、一瞬の思考で次にとるべき行動を選び取った。
この老婦人、洋子が住まう老朽安アパート『ショウワ・ハイツ』の管理者たるオーヤ婆は、世話好きで話好きだ。
本来このタイミングで遭遇するのは避けたい相手だが、今日はクライムハントジョギングの成果ゼロ、ランニングウェアは健在であった。
洋子は未だ火照った身体を手で扇ぎながら、マスター・オーヤのもとへ向かった。
「ごめんなさい、ちょっと汗臭くなっちゃってて」
「イイのイイの、ホントちょうどいいとこだったワ。アタシね、今日オンセン行くから。フラ会でネ。日中空けることになっちゃうから。ネ」
オーヤ婆は意外にも長話をするつもりはないようだった。彼女はジェスチュアで洋子を101号室の玄関先に留め置き、パタパタと慌ただしく室内に消えた。
178 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:02:36.72 ID:Lzf9MzY5O
およそ10秒後、再びパタパタと現れた彼女は、身の丈の半分はあろうかという大きな段ボール箱を抱えていた。
「洋子ちゃん昨日留守してたでしょ? 宅配便来たけど、あんまり大荷物だからアタシの方で預かっててね、早いうちに渡せて良かったワ。あ、中身は見てないからネ、トーゼンだけど、ネ、安心なさいな」
洋子はズシリと重い段ボール箱を受け取り、その上にしめやかに鎮座するオマケ……センスの疑わしいゴシック体で『ミラクルご案内』『あなただけ特別』など刺激的フレーズが印刷された茶封筒を見つけた。
「これもですか?」
「あ、ソレね、アタシの代わりに顔出しといてちょうだい。なんか記念品とか貰えるんだって。洋子ちゃんにあげるから。ネ?」
「えっ?」
「洋子ちゃんにもタメになると思うから。ホラ、なんか美容に興味、みたいなこと言ってたじゃない?」
「え、ええと……あ、はい、ありがとうございます」
洋子の答えは曖昧であったが、オーヤ婆はもはや用済みとばかりに、普段使いより二回りも大きなバッグを抱え、抜かりなく施錠して足早に去った。
取り残された洋子は、茶封筒に視線を落とし、ウーンと唸った。ひとまず荷物を持ち帰るのが先決か。彼女は104号室へと歩いた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
179 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:06:56.90 ID:Lzf9MzY5O
炎の能力者となって以来、洋子の体温は平熱でも40℃近い。自慢の美肌、起伏に富んだ肢体を流れ伝う42℃の湯も、彼女にとってはぬるま湯に等しい。
シャワーを浴びてリフレッシュ完了した今、洋子の思考は底抜けに前向きだ。降ってわいた面倒事も実際チャンス。
封筒の中身は何らかの美容セミナー案内状であり、外装の脱力感とは真逆のいやに凝ったレイアウトが、文面からにじみ出る胡散臭さをいくらか軽減していた。
無論、そういったごまかしは洋子に通用するはずがなく、むしろ彼女は腹立たしささえ感じた。
(美容には早寝早起き、ご飯と運動……毎日の努力が大切なの。ミラクルなんてあり得ないんだから!)
それは洋子自身の経験則である。美容だの健康だのを謳う商品のうち、かつて彼女の試した限りでは、満足できたものは一握りもなかった。
この手のセミナーはもっと悪質だ。黒もしくは限りなく黒に近いグレーの詐欺業者が、女性の生涯の夢をせせら笑い、搾取する、悪徳商法のロビー。見逃す理由はない。
加えて、洋子個人としても切実な事情があった。ヒーローデビューを果たして二ヶ月、未だスポンサーは付かず、ヒーロー活動で安定収入を得るには至っていないのだ。
(裏にいるのはヴィラン? ただのペテン師? どっちにしても、バーニングダンサーの名を上げるために薪になってもらうよ!)
バスタオルで髪、顔、身体と撫でるように拭う。後は己の発する熱で勝手に乾く。ヒノタマの能力は便利さをもたらすが、一方でデメリットも無視できぬものだ。
180 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:10:00.01 ID:Lzf9MzY5O
飾り気のない下着はハカクドーで5組1000円の特価品。実家から届いたばかりの仕送りから引っ張り出したTシャツとショートパンツは成長期途中に着ていた古いもので、ワンサイズ小さい。
炎の踊り子装束を纏うたび、元の衣服は焼失する。ヒーローとして戦い暮らすことは、洋子が思っていた以上に、年頃の娘の大切な何かを犠牲にしているようだった。
「せめて、ちゃんとしたものを着られるぐらいには……」
そのためにもクライムハントだ。安定収入が先か、衣服尽きて失意の帰郷が先か。洋子はチャブ上の茶封筒を手に取った。
流し台兼洗面台に打ち付けられた鏡が、彼女の今を無遠慮に映す。衣服の丈は上下ともかなり短く、しかもボディラインが露わだ!
Tシャツの胸にプリントされた素性の知れぬキャラクターは左右に引っ張られ、彼女を嗤っているように見えた。
「……うぅ」
洋子は数秒間の逡巡の後、仕送り段ボール箱から野暮ったくもサイズには余裕のあるシャツを1枚引っ張り出し、煽情的な姿を隠すように羽織った。
小さくひと呼吸した次の瞬間、鏡の中の洋子の顔は既に恥じらう小娘ではなく、戦いの場に赴くヒーローのものに変わっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
181 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:13:15.18 ID:Lzf9MzY5O
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
問題の美容セミナーの会場は旧東京エリア・シタマチの一画、何らかの更地に(おそらく無許可で)建てられた大規模プレハブ建造物であった。
受付で案内状を提示すると、『美容エキス』とプリントされた袋――キャンディの試供品――を手渡された。これが記念品であろう。
会場に集まった客の年齢層は概ね二極化しており、美容に敏感かつ社会人より時間の融通が利く思春期付近の学生と、相当額を貯め込んでいるであろう高齢者が目立つ。
誰もが深海魚めいて目をぎらつかせる一方で、熱に浮かされた客席に疎らに配された異物、狩りの悦びを満面の笑顔で塗り隠した彼女らは、およそ20代から30代。間違いなくサクラだ。
「うん、フツーにおいしっ」
洋子は記念品の『美容エキス』キャンディを一粒、吟味した。有害薬物ならば即座に口内焼却するつもりであったが、ヒーロー味覚はそれが砂糖と水飴と香料の塊に過ぎぬと安全サインを出した。
ややあって、光沢のある紺色スーツとラメ入り赤金ネクタイでキメた薄毛の中年男が、ゴザ敷き客席の正面壇上に姿を現すと、会場内の喧騒はいくらか収まった。
男はオジギし、人懐っこさを演出する笑みを浮かべて口を開いた。
「エー、皆さんね、エー、今日はお忙しいところをね、よくおいで下さいまして。せっかくですのでね、今日ここにいらっしゃる皆さんだけにですよ、いや皆さん美人さんばかりなんですけれども、もっとお美しくなっていただけるチャンスをですね、私ども、特別価格でご用意させていただきまして」
オオ、と最初は数人分の疎らな声が、すぐに波となってどよめいた。洋子は小さく鼻を鳴らした。言葉数が無駄に多く、決してスムーズとは言えない進行。三流MCか?
否、これは演技だ。こうした不完全という人間臭さの演出は、客のわずかに残った不信感を払拭し、財布の紐を緩めやすくする効果がある。
集団催眠めいて判断能力を鈍らせ、商品を買わせる、悪徳商法でも初歩……だが、手口は鮮やかだ。洋子は何年も前の学校での授業を思い出しながら、口の中でキャンディを転がす。
182 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:16:24.80 ID:Lzf9MzY5O
油断ならぬヒーローは目を閉じ、会場内の感情を探る。嫉妬、強欲、微かに色欲。こうした胡散臭い商売にはまり込む者は、思考さえも等しく曇っているものだ。
「ハイ、これね、皆さんにお配りしたと思いますけれど、もうお召し上がりになった方、いらっしゃいますか?」
疎らに腕が数本スッと伸び、会場内の注目を集める。
「ああ〜ありがとうございます! ね、おいしかったでしょ? これね、美味しく舐めるだけ! 舐めるだけで、美容に役立つ成分が手軽に摂れちゃう」
カサカサと音。続いて「オイシイ」のさざ波。狡猾なやり口だ。正体は普通のキャンディ。菓子としては高いがサプリメントより遥かに安い価格設定。
持ち金の少ない思春期学生でも、あまり気を張らずに買えるこのキャンディは、男の言うには限定200袋。これはすぐに……おお、見よ! 30秒とかからず完売!
その後も怪しげな美容商品即売会は滞りなく進行した。仕掛けるタイミングを計りつつ洋子が試供品キャンディ最後の一粒を口に放り込んだその時、ニューロン内にノイズが走った。
会場内には相も変わらず嫉妬と強欲、そして小さくも鋭い憤怒。……憤怒!?
「ペテン師めッ!」
出入口ドアを蹴破り、女が一人乱入! 顔を黒い包帯で覆ったその女は、勢いのまま壇上に駆け上がった。司会中年男の手中のビン入り錠剤を奪い取り、足元に……叩きつける! 錠剤散乱!
「おや、私どもの取り扱い商品にご満足いただけませんでしたか? そうですね、エー、やはりこういう品は合う合わないがございますのでね、ハイ、お話は後ほど伺いますので」
中年男は進行を妨げられた不快感を隠し、にこやかに対応。だが、会場の四隅に控えていた黒服達に抜かりなく目配せしていた。黒服達は電磁警棒を抜き、乱入者を排除にかかる。
「ユーザーナメるな! 思い知れーッ!」
天を仰ぎ絶叫する女の口からマーライオンめいて黒い泥が噴出、彼女自身に降り注ぐ。おお、何たる美容を謳いながら実態は醜悪な悪徳商法の場に似つかわしくおぞましい光景であろうか!
183 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:19:37.86 ID:Lzf9MzY5O
女は黒い泥に全身を包まれ、その姿は実際カーボン製マネキン! だが、その泥の肉体は表面が未だボコボコと脈打ち、さらなる成長を予感させる!
(これ、ヤバイでしょ! ハイーッ!)
洋子は咄嗟の判断で攻撃的思念を放ち、会場内に満ちる負の感情のうち強欲を焼き滅ぼすことに成功していた。
この対応は正しかったが、不足であった。人が密集する閉鎖環境下で極限に高まり、濃縮された強烈な感情は、その半分を失ってなおカースを育てるには充分!
女と嫉妬を取り込んだ憤怒のカースは今や全高4メートル、ドグウめいて異様なメリハリのついた巨体は、歪にねじ曲がり枝分かれした細く長い腕を幾本も生やす。
ドグウの頭が本来あるべき部位からは、カーボンマネキン……否、カーボン女神像のごとき女の上半身が生え、巨体の表面いたる所に嫉妬の結晶たる目が、鼻が、口が無数にレリーフ! 奇怪!
「営業妨害コラーッ!」「損害賠償請求!」「訴訟も辞さない!」「別室で話し合う!」
黒服達は日頃と同様、遵法精神で恫喝。だが、カースに法もビジネスも無意味! 怒りの鉄拳が打ち振るわれ「「「「アバーッ!」」」」黒服全滅! 亡骸は黒い泥に飲み込まれ、骨の一欠片も残らぬ。
眼前の凶行に客席は混乱、買ったばかりの美容アイテムさえ置き去り、我先にと小さなドアに殺到する。無論、洋子は臆することなく客席から回転跳躍!
天井すれすれを飛ぶ身体が朱色の炎に包まれ、またも焼失した衣服が白い灰と舞った。壇上に着地を決めたバーニングダンサーの右手はチョップの形で、炎を纏っていた。
「プリミティヴ・バーニングダンサーです」
聖炎の踊り子ヒーローは、ドグウ・ゴーレムのカースに厳かに一礼した。
184 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:22:44.38 ID:Lzf9MzY5O
「ヒーロー? バーニングダンサー? ……フ、フフ……ウワハハハ!」
MC中年男は事態をようやく飲み込んだと見え、朱色のヒーローが少なくとも敵ではなく、むしろ彼を守らんとしている事実に勝ち誇るように笑った。
その眼前50センチにバーニングダンサーのカエンチョップによって焼き切られたカースの腕の1本が落ち、彼は表情を凍りつかせて失禁した。
「「「ヒーローッ! 邪魔シナイデ!」」」
無数の口が一斉に怒りを叫んだ。同時に、幾本もの腕からそれぞれ五指がピアノ線めいて伸び、鋭利な爪と指そのものによる刺殺・切断殺を狙う。
投網のごとく逃げ場なき包囲攻撃! だが……おお、見よ! 踊り子はヒーロー反射神経とヒーロー第六感、そしてヒーロー柔軟性を最大限に発揮し、恐るべき殺戮ワイヤーを次々と捌く!
「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイイーッ!」
何たるカースに再生を許さぬ連続かつ攻防一体のアーツか! これぞバーニングダンサーの処刑舞踊、バーニングダンス!
そして彼女は野良ヒーローながら、対カース戦闘においては実際スペシャリストであった。刺殺斬殺ワイヤー触手を避け、弾き、焼きながら着実に前進し、ドグウカースは直接攻撃圏内!
185 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:26:56.04 ID:Lzf9MzY5O
踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表の怒れる無数の目に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」
ドグウカースは苦し紛れに腕を振り回す。バーニングダンサーはその1本に跳び乗り、勢いを利用して敵の背後に着地! 足場にされた腕は白い灰と化して崩壊!
踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表のすすり泣く無数の鼻に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」
ドグウカースは苦し紛れに残り少ない腕を振り回す。バーニングダンサーはその1本を掴み、ロープアクションめいて敵の背後に着地! 勢い余ってちぎれた腕は白い灰と化して崩壊!
踊り子の両手に朱色の装飾短剣が生み出された。ドグウ体表の呪詛を紡ぐ無数の口に「ハイーッ!」突き刺す! 炎上! 「ウアアーッ!」
「フ……復讐……返セ、私ノ……」
ドグウカースの巨体は今や朱色の聖炎に包まれ、滅びの時を待つばかり……否! 光沢カーボン女神像は今なお健在! ドグウから下半身を引き抜き、眼下の踊り子に急降下攻撃を仕掛ける!
女神像カースの両腕はカミソリめいて鋭く薄い刃! 憤怒と嫉妬の重圧!
「返セ! 私ヲ……ッ! 返セッ!」
バーニングダンサーの双眸が朱色に燃え、見上げた空間が灼熱に揺らぐ。両腕の踊り子装束は形を捨て、聖炎そのものに還る。
「ア! ア! ア! アアアーッ!」
「ハイイーッ!」
触れるもの全てを焼滅する熱波の盾も、強烈な感情に鍛え研ぎ澄まされたカースの刃を完全に滅ぼすには至らなかった。
炎の右手が憤怒の刃を弾き、灰と変える。一方、炎の左手より速く踊り子に届いた嫉妬の刃は、その左頬から大きく形のよいバストにかけてザックリと斬り裂き、直後に燃え落ちた。
186 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:30:19.75 ID:Lzf9MzY5O
傷口から噴き出した血が重油めいて燃える。バーニングダンサーは静かに呼吸を整え、女神像カースの胸をチョップ突きで貫いた。
「……ごめんなさい」
洋子は俯き、声を震わせた。引き抜いた手の中で、小さな球体……カースの核が二つ、燃え尽きて崩れ去った。
女とカースの結びつきはあまりに深すぎた。シュウシュウと異臭を放つ煙とともに、黒い泥が霧消していく。女には両腕と、腰から下がなかった。もはや助かるまい。
「あ……ぁあ、悔しいなぁ……これで全部、オシマイ……取り戻すことも、掴むことも……」
今や女の素顔が露わだ。岩塊めいて土色にひび割れ、赤い肉が覗くほど変形したその顔は、何らかの薬物被害によるものか。然り、彼女はこの悪徳商法の被害者であったのだ。
……その時、洋子は信じがたい光景を目の当たりにした。依って立つ感情を聖炎に焼かれ、命尽きたはずの黒い泥が、女の顔を這い進んでいくではないか。
失われた美を埋め合わせ、取り戻させんとするかのごときその様は、己を産み落とした哀しき復讐者への最期のはなむけであったか。
「……キレイ」
洋子は無意識に呟いていた。黒い泥で土色をつなぎ合わせた顔に微笑を浮かべ、復讐の女神は静かに消え去った。洋子は両目の周りに付着した白い灰を、右手の甲で乱暴に拭った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
187 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:33:23.00 ID:Lzf9MzY5O
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
コップ1杯の水を飲み干し、流し台兼洗面台に打ち付けられた鏡に映る下着姿を見る。左頬、そして左胸に縦に走る傷は、今なお血が滲み、艶やかに赤い。
ヒノタマの意思はこの傷を焼き塞ごうとしたが、洋子の意志は頑として拒んだ。ヒーロー回復力がある以上、三日で完治する傷だ。ならばせめて、その三日間だけは忘れずにいるために。
小さなテレビから聞こえるニュース音声は、今日の一件の顛末を伝えていた。……洋子が去ったと入れ違いにアイドルヒーローが到着し、生き残りの関係者数名を拘束したという。
プレハブ建造物を無断で建てられた地権者から排除要請が寄せられたことが直接の理由であったが、結果的に悪徳美容商法の実態も暴かれることとなろう。
あの復讐者や、洋子が名も顔も知らぬ被害者達の魂は、多少とも救われるのだろうか。一介の野良ヒーローにそれを知る由はない。
洋子にできるのは、ヒーローとして事件に首を突っ込み続けることだけ。……そして、自ら運命を切り拓かんとする者にこそ、土産のマンジュウと共に福音がもたらされたのだ。
「……バイト、かぁ」
『フラ会の友達がネ、今日言ってたんだけど、ガラの悪い客に困ってて……あ、そのヒト喫茶店やってるんだけどネ、で、腕の立つ女の子に、用心棒とウェイトレスを兼業で頼みたいって』
悪い話ではなかった。件の喫茶店はネオトーキョーの中心地区に近く、ヒーロー活動も今より捗ることだろう。
洋子はマンジュウを咀嚼し、思いのほかパサついた口の中を2杯目の水で潤した。
(終わり)
188 :
◆GPqSPFyVMNeP
[sage saga]:2016/06/17(金) 22:36:44.61 ID:Lzf9MzY5O
以上です
野良ヒーロー時代は基本孤独なので会話がない!
デレステに恒常レアにと最近洋子が熱い
あとは21コスSレアとデレステSレアSSレアと声付きとCDデビューだな!長い道のり!
189 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/06/20(月) 00:10:25.86 ID:HLb+g09m0
おつでしてー
昔の話とさりげない体質の話でしたな、体温が高いのはいろいろ大変そう…
デレステの洋子さんマジ美人
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/04(月) 14:55:35.93 ID:fuis4QHL0
ああああ
191 :
@予約
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/07/18(月) 22:22:45.55 ID:Ka9Oi4UFo
大沼くるみちゃん予約します
192 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/22(金) 08:36:42.39 ID:aa/4GuJIO
おつおつ
ひさびさに読んでようやくおいついたわー
193 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/07/22(金) 21:21:36.59 ID:ZUZSpSe90
乙
194 :
◆cKpnvJgP32
[sage saga]:2016/07/25(月) 23:31:57.41 ID:pBxUyVn3o
ああ、7月25日も、もう終わってしま――
待たせたな!(CV:大塚明夫)
ギリギリになってしまったけど、恒例行事を始めたいと思います
実にまる一年ぶりの投稿でごぜーますよ……
相変わらず時系列は適当です
あと、かなり急ピッチで仕上げたため内容が無いよう……
195 :
◆cKpnvJgP32
[sage saga]:2016/07/25(月) 23:33:03.82 ID:pBxUyVn3o
――それは、本当に唐突で……。
未央「ところで、あーちゃんはピィさんとどこまでいったの?」
藍子「ん゛ん゛っ……!? ケホッケホッ!!」
――危うく口に含んでいたミルクティーをこぼすところでした。
藍子「ケホッ、み……っ、未央ちゃ……」
茜 「それは私も気になります!! どこまで行ったんですか!?」
藍子「ええっ、茜ちゃんまで!?」
茜 「未央ちゃんに聞きましたよ! いつの間に二人とも……」
藍子「え、えっと……?」
茜 「旅行に行ったんですかっ!!?」
藍子「あっ、そういう……」
196 :
◆cKpnvJgP32
[sage saga]:2016/07/25(月) 23:34:09.97 ID:pBxUyVn3o
未央「んん〜〜〜? ”そういう”って、他にどういう意味があるのかなぁ〜〜〜?」ニヤニヤ
藍子「うぅ……っ」
――もうっ、未央ちゃんのイジワル……。
茜 「それで! どこまで行ってきたんですか!!?」
藍子「えっと、そもそも旅行じゃなくて……」
藍子「前みたいにお仕事で、とある施設に行ってきたんです」
藍子「ただ、今回は少し遠くて一日じゃ帰ってこられないから、ホテルをとって一泊二日で……」
未央「若い男女、一晩ふたりきり、何もないわけなく……」
藍子「な、何もなかったですっ!」
茜 「夜のジョギングとかしなかったんですか!!?」
未央「そうそう、しなかったのー? 夜のジョギング(意味深)」
――未央ちゃんの言い方には、なにか含みを感じます……。
藍子「してないですってば〜、夜のジョギングもなにも……」
197 :
◆cKpnvJgP32
[sage saga]:2016/07/25(月) 23:35:59.31 ID:pBxUyVn3o
――別に隠し事をしているわけでも、嘘をついてるわけでもありません。
――本当に何もなかったんです。
――それに、最初から何も起きないことはわかってました。
――だって、ピィさんのこと信頼してますから。
――ただ、『そんなピィさんだからこそ……』という相反する思いが、まったく無かったとは言い切れない部分もあるというか……。
未央「そっかぁ〜、でも実はちょっと残念な気持ちもー……?」
藍子「あるかもしれないですね……、はっ!?」
未央「ほっほ〜〜ぅ?」ニヤニヤ
藍子「ちっ、違っ……! 今のは違いますから〜〜〜!」
茜 「やっぱり初めて行く場所は一回くらい走っておきたいですよね!!」
藍子「それもなんか違います〜!」
198 :
◆cKpnvJgP32
[sage saga]:2016/07/25(月) 23:36:52.02 ID:pBxUyVn3o
―――
――
―
ピィ「おれ、がんばったよ」
ピィ「なんども、あわよくば、っておもったよ」
ピィ「でも、がまんしたよ」
ピィ「ほめてほしいくらいだよ」
周子「んー、難しいとこやねー」
志乃「『手を出さない』と、一度決めた意志を貫けたことは、”紳士的”とほめてあげてもいいんじゃないかしら」
礼子「私に言わせれば、据え膳にも手を出せない”ヘタレ”ね」
周子「つまり、ピィさんは”紳士とヘタレの中間”ってことで」
ピィ「うれしくない」
199 :
◆cKpnvJgP32
[sage saga]:2016/07/25(月) 23:46:13.73 ID:pBxUyVn3o
以上です
……ええ、以上です
TLにな、えげつない速度でな、藍子のイラストがいっぱい流れてくるんよ……(嬉しい悲鳴)
ふぁぼりつしながらSSを書き、今もTLとにらめっこしながらこれを書いてます
ついでに雑談スレにも貼ったわいのイラストを一応こっちにも
http://imgur.com/JFOzFLC.png
なにはともあれ誕生日おめでとう、藍子!
200 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/07/26(火) 07:54:13.20 ID:5piUx01co
201 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/07/26(火) 20:46:51.61 ID:J5lNPuaX0
おつでしてー
恒例の平和なラブコメ…心がゆるふわするんじゃ
ヘタレは紳士なんだよ!なんだよ!()
202 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:37:49.27 ID:vTRpaymho
お久しぶりです(定型文)
少し遅くなりましたが、イルミナティ侵攻編投下します。
ゆるふわな投下の後で申し訳ないですが弱グロとモブ厳が多々あります。
ご容赦をお願いします。
203 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:38:19.10 ID:vTRpaymho
幾台のカメラに囲まれたこの小さな部屋の中心で男は一人、どことない視線を向ける。
見つめるその先は野望の果てか、欲望の追及か。
否、彼の先にあるのは破滅であった。
だがその破滅は彼が数百年にも渡り抱き続けた指針である。
彼女がそれを望むから、自らもそれを望もうと抱き続けた呪いにも似た願望。
初めは淡い思いであっても、人の寿命をも超える長き時に晒されれば歪みは生じてしまう。
だがその願いに歪みが生じていようがいまいが彼は止まれない。そして仮にそれを自覚したとしても止まらないだろう。
彼自身の望みのために、彼女の望みを叶えること。
そのために、彼にとってこの数百年は存在したのだ。
「『あの日』以来この世界は様変わりした」
その部屋には男一人だけだが、カメラの向こうには多くの者がその様子を見ていた。
これから始まるのは男の独白ではなく、数多の同志、はたまたただ利害の一致した協力者に向けた宣誓である。
「異能は日常と化し、秘匿は水泡に帰し、交わるはずのないものは入り乱れる。
世界は混迷し、誰もが未知の互いを受け入れることに必死だった。
天変地異さえ、ラグナロクでさえ、カタストロフさえ起きても不思議ではない運命のあの日以降。
幸か不幸か、この世界は未だに滅びず、歪な均衡を保ったまま存在している。
水に落とした水彩の色が混じることなく、互いにせめぎ合って共存しているようなものだ」
204 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:38:57.63 ID:vTRpaymho
『あの日』から数年の歳月が経ち、世界は大幅な変革を迎えた。
既存の常識は覆り、未曾有の混乱は人々を恐慌へと掻き立てるほどの出来事だったはず。
だが、世界は妙なバランスを保ったまま、安定を維持している。
結局この世界はそれなり影響こそあったものの、人々の何かは大きく変わることはなく、その不均衡を維持したまま続いているのだ。
「世界の歪みは大きくとも、それによって引き起こされた事象は些細なものだ。
だが逆に我々はどうだ?
神秘を秘匿し、魔術を独占した我々は、それらがさらけ出されたことによって世界における優位を失った。
かつて我々のような組織や宗教などいくらでもあったが、『あの日』によってほとんどが駆逐された」
『あの日』は日常に影響を与えることはなかった。
だが逆に非日常、空想や幻想といった類には比類なき猛威を振るったのだ。
神が観測できたことにより、宗教の信仰は形骸化した。
魔術が露呈したことによって、化学は不可侵の領域にまで普遍化の進行を進めた。
人々の想像上の産物が存在を明らかにしたためにしたために、非日常は日常に汚染された。
知らなかったことだからこその『未知』なのだ。
知られてしまった以上、それは『既知』であり、普通へと格下げされる。
結果としてイルミナティをはじめとする秘密結社や宗教団体、神秘を独占していた者たちは大損害を受けた。
もはや『秘密』など人を引き付ける道具にすらならない。目に見えない『信仰』など薬にもならない。
205 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:39:48.84 ID:vTRpaymho
『あの日』以降、各地で行われていた宗教戦争でさえ、ろうそくの残り火が如く燃え上がったのちに大半が消滅した。
人々は目に見える『信仰』を拠り所とし、旧体制の信仰受容体は消滅の一途をたどっていたのである。
「代わりに台頭したのは、神秘をビジネスと割り切り、迷うことなく利用しようとした連中。
変革に人々が混乱する中、商機を見出し、『未知』に付加価値を与えることによってこの世界を平定した。
『ヒーロー』、『財閥』、『サイバーカンパニー』、数を上げれば切りが無い。
まさしく彼らこそ世の勝ち組だ。時代を見極め、需要と供給を判断し、適切に取り扱った。
対して、我々は時代に取り残された負け組か?形態を変えず、秘匿さえ意味を持たない神秘を未だ隠し通そうとしている。
歴史の陰に隠れ世界の意図を引いていた我々は、このまま歴史の陰に消えていくのか?」
男は大仰に両手を振り上げ、カメラの先の者たちに問うた。
その先にいる者たちは、確かに歴史を見誤り、時代遅れと評される組織に身を置く敗北者たちの集団だと傍からは見えるかもしれない。
だが彼らは間違いなく力を持っていた。その身に魔道の叡智を。科学の真髄を。組織の実権を。そして、闘争の火種を。
各々が力を持ちその力は表に発揮されていないだけで、それらは凡百の成功者たちをはるかに凌駕する規模だ。
「我々の目的は財の蒐集か?神秘の独占か?それとも……世界の支配か?」
振り上げた手は、握りつぶすように虚空を掴む。
イルミナティにとって掴むべきはそんな程度のところではない。
206 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:40:19.30 ID:vTRpaymho
この組織にとって、現実的な野望など端から掲げた覚えはないのだ。
「否、だ!我らの目的は、世界構造の改革だ!
重力に引かれるように物が落ちる。電気はより抵抗の低い方へと流れ、海水は潮流する。
宇宙は真空で、海底は水中で、地下は日の光は当たらない。当然の節理にして当然の法則。
そして……神は見下ろし、悪魔は人を支配する。
その優劣は有史以来……さらに太古、最果ての原初より変わらぬ不変の理だ!」
男はその白銀の腕を振りかざし、これを見るすべての者たちに号令を出す。
世界は変わった。だが我らのすべきことは変わらず、そして為すべきことは胎動する。
「人は神に成れない。人は悪魔を超えられない。
そんな絶対的な優劣をこの手で壊そう。我らは、ほぼ等しく無力だ。
だが、積み上げた年月は、研鑽した秘術はこの星の年輪をはるかに上回るはずだ。
『あの日』は我らの滅びの日ではない。被った被害も大きいが、何よりも計画は大きく飛躍した。
故に、今ここに、この不安定なバランスの上で胡坐をかいている支配者共に付きつけよう。
この『イルミナティ』の存在を、世界に刻み付け、これまでの過程の正当性、成果を証明することを。
『この日』のために積み上げた成果で、世界の仕組みを一新する。
そう……『境界崩し』を成就させ、我らが上に立つのだ。
これまでのただ存在するだけの神々など不要だ。次の神は、我らが君臨する!」
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