モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13

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7 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage]:2016/05/07(土) 09:52:55.03 ID:AfaEDJBVO

 人の群れをかき分けてようやく見つけたカースは既にそれなり以上に成長しており、対処する間に別のカースがそれなり以上に育つ……地獄への螺旋階段めいた負のスパイラルだ。
 全日程が終わった後、疲労困憊・満身創痍のゾンビーと化した男性アイドルヒーロー達は、死んだマグロの目で言葉少なに安ビールを呷るだけであったという。

(……うん、やっぱりイベントは楽しまなくっちゃ!)

 洋子は己の頬を二度三度と張り、キアイを入れ直す。今日の仕事は会場警備と、状況次第でステージ。
 会場警備。黒衣Pによればロクな仕事ではないようだが、自分の仕事を、その場所を、クソだと思うほど洋子は荒んでいるつもりはない。

「ハイーッ!」

 鋭いシャウト。先ほどの藍色より二回りほど大きな桃色を、朱色の大きな手が引きちぎり、焼き滅ぼした。

「これで51です。茂みの中にはピンク、プロデューサーの言ってた通り」

 言い終えぬうち、彼方よりの飛翔体が二つ茂みに飛び込み、ゴッと鈍い音、そして呻き声めいた小さな悲鳴も二つずつ聞こえた。暴徒鎮圧用重ゴム弾の狙撃だ。

《余計な手間かけさせやがる、浮かれクソイディオットども》

 上機嫌が嘘のように乾ききったエボニーコロモの呪詛に、洋子は何とも答えなかった。それよりも重要な問題に気付いたからだ。

「プロデューサー、今のカース、ちょっと大きかったような」

《アホどもが愛情たっぷり注いで育てやがったからな》

 黒衣Pが辛辣な理由は分かるし、概ね同意できるものでもあるが……洋子はムムと唸りながら、人差し指で頬を掻いた。
8 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage]:2016/05/07(土) 09:56:27.03 ID:AfaEDJBVO

「そういうことじゃなくて。私たち結構がんばって、カースが育ちきらないうちに仕留めてきたじゃないですか」

《ああ、洋子のおかげで……いや待て、それなら何で、あれだけ育つ余裕があったんだ? 確かに芽のうちに見つけて、潰してきたんだ》

「ある程度大きくなるまで、どこかに隠れてた……私とヒノタマの目から逃れて? ううん、そんなこと、ただのカースにできるわけがない」

《あるいは、育ちきったカースを生み出せる何かが、この学院内に》

 その時、洋子は視界を上から下に通り過ぎる黒い塊を見た。塊は眼前1メートルの地面に激突し、衝撃でひしゃげ、黒い泥を周囲に撒き散らした。

「っ! カース!? ハイーッ!」

 泥を体の正面に浴びながら、洋子は怯むことなくカエン索敵視界を展開。茂みの桃色と同等サイズの緑色は怠惰のカース! 即座にカエンを放つ!
 カエン索敵視界を1本の投槍が横切り、緑色に突き刺さった。瞬間、朱色の火柱が立ち、緑色は燃え、……火柱が鎮火! 核を失った黒い泥は、アスファルト路面に吸い込まれていく。

(燃やしきれなかった!? なんで)

 疑問に答えるように、ニューロンの内に声が起こった。洋子に力を与えるヒノタマ……だが、その声は今やノイズにまみれ、ブツ切りの断片に過ぎぬ。

『……ーコ! はや……、私の……ら……』

 やがて声は途絶え、洋子は己の全てが半分になったような奇妙な違和感に囚われた。手を握り、開く。朱色の炎はすぐに消え、火の粉が散り、もはや煙すら立たなかった。

「寒い……? ウソでしょ、こんな……」

 全身から活力と熱が去っていく。洋子は震えを抑えようとした。ヒノタマの力が失われたというのか?
 ……否。身体は動かず、心もまた無気力に苛まれながら、それに抗おうとする力を感じる。ヒノタマはそこにいる。ただ、緑色のモヤに隔てられ、見えないだけだ。
9 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage]:2016/05/07(土) 09:59:31.57 ID:AfaEDJBVO

 まだ間に合う。怠惰の毒に身をゆだねてしまう前に、再び繋がりを取り戻すのだ! 洋子は手を伸ばす。
 だが、見よ。彼女の前方数十メートル、ヨタヨタと歩いてくる無数の人影……黒い泥の、半ば崩れたグロテスクな人型はカース。
 そして、おお、何たる凄惨な光景であろうか。身動きとれぬ洋子の周囲に次々と落着してはその肢体を黒い飛沫で汚す泥の塊もまた、ゾンビーめいて歪んだ人型に姿を変えた!

「ちょっとの時間も……くれるワケないかぁ……」

 伸ばした手に緑色がまとわりつき、力なく垂れ下がる。ヒノタマが遠ざかる……違う。洋子の意識が、怠惰の沼に沈まんとしているのだ。
 現実の彼女の肉体もまた黒い泥に覆われ、最後まで震えるように動いていた右手も、やがて見えなくなった。

「「「ア゛……ア゛ア゛ー……」」」

 ……BBLAMN! BLAMBLAMBLAM! 雷鳴じみた銃声。異変を察し近距離支援に移っていたエボニーコロモの、12.7ミリオートマチック二丁拳銃だ。
 だが、彼にカースの核を見抜く能力はない。洋子を飲み込んだ人型カースは、大口径重金属弾に消し飛ばされた泥の肉体をすぐさま再生させる!
 エボニーコロモは歯噛みした。広範囲に弾をバラまく非人道殺傷兵器もあるにはある。泥の肉体も核もお構いなしにすり潰すことができよう。……洋子を巻き添えにして。
 何らかのトラブルによりヒノタマの力が働いていない今の洋子は、傷口を焼き塞ぐことさえできまい。無差別広範囲攻撃は禁忌だ。ひたすら銃撃あるのみ!

「クソッ! 道を! あけろ!」

「「「ア゛ッ! ア゛バババーッ!」」」

 弾切れ。弾倉交換。発砲。弾切れ。弾倉交換。発砲。1体のカースが爆ぜ、黒い泥の小山と化したまま再生せず。幸運は二度続くか。発砲。弾切れ。弾倉交換。発砲。
10 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage]:2016/05/07(土) 10:03:03.77 ID:AfaEDJBVO

 ……その瞬間に起こったことを、エボニーコロモは咄嗟に理解できなかった。

「GRRRRR!」

「「「ア゛ババババーッ!?」」」

 一瞬前まで気配すらなかった黒い影がゾンビーめいた人型カースの群れに飛び込み、うち数体を物言わぬ黒い泥に還し、包囲下にあった洋子を掴まえて放り投げたのだ!

「あうっ!?」

「オイッ!? 危なッ!」

 エボニーコロモは二丁拳銃を放り出し、洋子を受け止める。黒い何者かの姿は最早そこになし。

「プロデューサー! 下ろして! 離れてッ!」

 洋子が吠えた。虚空に突き出した手が何かを掴むように拳を握り、鮮血めいて艶やかな赤い炎に包まれた。ヒノタマとの再リンク。全身を熱が満たし、炎そのものに変える。
 怒れる炎の化身は山火事めいてカースの群れに襲いかかった。黒い乱入者の攻撃から運良く逃れたカースは、既に生命を失った同胞たる黒い泥もろとも白い灰と散った。

「うん、しっくりくる。フレアダンサーです……私にはもう、指一本触れられないよ」

 フレアダンサーは目と鼻の先にまで迫るカース群を、そしてその向こうにたたずみ、こちらを見つめる黒い巨大なヤギを見据え、静かに名乗った。
 巨大なヤギ……然り。いつ現れたのか、頭頂高は校舎の2階に届くかというほどの巨大ヤギの中には、藍色と桃色と緑色が満天の星空めいて散らばって見えた。
 このヤギカースこそ、おぞましき人型カースを生み出した主に違いない。洋子は直感的に理解した。
 睨み合いは一呼吸で終わり、ヤギカースは身を翻して走り去った。フレアダンサーの全身は再び炎と化した。色欲の人型カースが全て白い灰となり果てるまで、10秒とかからなかった。

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11 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage]:2016/05/07(土) 10:06:31.73 ID:AfaEDJBVO

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「プロデューサー、何か分かりました?」

 口いっぱいのヤキトリを飲み込んだ洋子は、黒衣Pの情報端末を覗き込んだ。端末は黒子ヒーローマスクと有線接続され、先の戦闘の映像記録を解析する。
 洋子の問いに黒衣Pは頷き、端末を突き出した。コンマ1秒で刻まれた映像がコマ送りで流れる。洋子に群がるカースにエボニーコロモが発砲するシーンだ。
 あるコマで突如、黒い何か……否、今やその形をはっきり知ることができる。大きな黒いオオカミが現れたのだ。一体どこから?
 洋子は数コマ戻り、信じがたい光景に息を飲んだ。黒いオオカミはエボニーコロモが放った銃弾の、鋭角な先端から出現していたというのか!?
 黒いオオカミは実時間にして1秒と経たぬうち、忽然と姿を消していた。エボニーコロモが銃を放り出す前に撃った、最後の1発の先端に飛び込んで。

「……な? ワケ分からんだろ」

 黒衣Pは頭を抱えて呻いた。その体表の質感から、黒いオオカミもまた何らかのカース存在であろうことは疑いようがなかった。
 何故カースがカースを狩り、天敵たり得るヒーローを救ったのか? 『憤怒の街』で交戦した人狼カースとの関連も疑ったが、黒いオオカミは怒りとは別の感情で動く別存在のようだった。
 そして、黒いヤギのカース。炎の踊り子装束を纏う前とはいえ、洋子の能力を完封したカースを生み出した存在。同等、あるいはそれ以上の力を持っているに違いない。

「あのオオカミが敵じゃない保証はない。クソヤギも、放置すればあの厄介なカースをまた生み出しやがるだろう。最初に手をつけるべきは……」

「まずはポテトですね!」

 洋子は黒衣Pの口に塩気の不均一なシューストリングポテトの束を押し込んだ。抗議の眼差しを意に介さず、串に刺さったカラアゲを握らせる。

「モッ……フゴッ……洋子、何を」

「せっかくの休憩時間なんだから、しっかり休みましょう! 他の警備スタッフにも注意喚起はしたんでしょ?」

「そりゃ、したはしたけどな」

 黒衣Pは言葉を切った。実際、この休憩時間は秋炎絢爛祭を初めて客として楽しむチャンスなのだ。アイドルヒーロー時代のリベンジを優先しても罰は当たるまい。

「……そうだな。どのみち、時間になったらイヤってほど仕事だ。よォし、食うぞ!」

「そうと決まれば!」

 洋子はニッと笑い、相棒の手を引いて歩く。去年まではウンザリさせられるだけだった人ごみに心躍らせる己を、黒衣Pは自覚した。
 ……洋子は黒衣Pの肩越しに、校舎の屋上を見た。口にこそ出さずにいたが、カースを殲滅した後、二人を監視するかのごとき存在がそこにあった。
 『ニャルラトホテプ』あの時ヒノタマはそう呼び、激しい敵意を燃やしていた。洋子は聞こえないフリをし、黒衣Pに休憩を求めた。
 端末のデジタル時計表示は11時30分。休憩時間は13時までだ。洋子はそれきり、ヤギカースもオオカミカースもニャルラトホテプも、ひとまず忘れることにした。


【続く?】
12 : ◆GPqSPFyVMNeP [sage]:2016/05/07(土) 10:09:48.89 ID:AfaEDJBVO
以上です
以後がっつり食い込んでいくか、このまま画面外になるかは現状未定
13 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:07:03.04 ID:glNSs2qCo
>>6 不穏な名前に新たなカース、これからどうなっていくのか、非常に気になります
強敵をどうやって攻略していくのかとか、そう言うの大好きです。


さて予告してあった通り、アーニャ最終章の最後投下します。
前回はpart12の>>593 『ウロボロスで世界がヤバイ』

前回の投下からずいぶんと遅くなってしまい申し訳ないです。
今回の文章量は前回の2培近くなっていますので投下するのも一苦労
しばらくお付き合いお願いします
14 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:07:37.37 ID:glNSs2qCo
ありふれた昼前の穏やかな時間が公園内には流れている。

 今日はよく晴れた日であるし、様々な人が公園を出入りする。

 その一角にはひとつのベンチが設けられてる。
 そこには一人の大男が座っていた。
 そして隣には一人分の小さなスぺース。

 否、そのスペースには常人に認識することさえ不可能なほどに、希薄な存在。
 もはや実体さえ存在しないのではないかと言うほどに、薄く、今にも消えそうな少女の姿があった。

「テレパシー……こんな力も、持っていたのですね」

 これまでアーニャは隊長の超能力は、直接的な力を行使するサイコキネシスしか見たことがない。
 力の物量で何もかもを押しつぶしてきたようなイメージしかない隊長が、こういった繊細な力も使えることは意外であった。

『俺は基本的に物理的な超能力ならなんでもできる。

まぁ透視と未来視とか、そもそもの毛色の違うものは限界があるがな……』

 透視や未来視、はたまたテレポートなどといった物理的事象とは少し異なる能力は、実質超能力とは違うものである。
 そう言ったことで隊長にできることは、経験則や感知からの直近未来視や、物理的な超高速移動が限界だ。

『今やってるテレパシーにしたところで、人間の電気信号を操ってるに過ぎん。

パイロってのはギリシャ語で『稲妻』って意味もあるから、厳密にいえばパイロキネシスの一種だ……って話が逸れた』

 そもそも自分の能力のことを隊長は話に来たのではない。
 時間もあまりなく、そもそもの話に立ち返ろうと隊長はする。
15 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:08:17.04 ID:glNSs2qCo

『今の状況は「ダー……本当に、意外です」

 だが隊長の言葉はアーニャに遮られる。
 言葉を思わず遮ってしまったアーニャは隊長を仰ぎ見るが、隊長は仏頂面のまま何も言わない。
 それを話を続けろということだと解釈したアーニャはそのまま話を続ける。

「……もっと、大雑把な人だと、思ってました。

使ってる力は、全部感性と言うか……力任せ?のような感じで」

『心外だな。そもそも超能力は頭を使って物を動かす。

必然、微細な思考がなければ制御はできないし、できることも少なくなる。

前にビルを落とした時も、重力やら摩擦やらいろいろ考慮しないとまともに地上に落下させることも出来んさ』

 『外法者』の力を使えば諸々の物理的制約をすべて無視できるのだが、『憤怒の街』での時はそうもいかなかった。
 『外法者』のルールそのものを捻じ曲げる事に処理の大半を割いていたため、他のことに『外法者』を割く余裕がなくアナログ的な対処しかできなかったのである。
 それでも、大気圏外にビルを打ち上げ、その上でさらに速度を損なわずに落とすとなると常人の脳では決して行えるような芸当ではない。

 それは隊長が『外法者』抜きであっても、すでに埒外の存在であり、一介の超能力者を遥かに凌駕している証拠でもあった。

「やっぱり、すごいですね……隊長は……。

……いろいろな人と出会いましたけど、今でも、私の中で一番強いのは、隊長です」

 アーニャのその言葉は尊敬や畏怖から来るものからではない。
 彼女の中の純然たる事実として、隊長はいまだ揺るがぬ存在であった。
16 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:08:53.45 ID:glNSs2qCo

『それは光栄なこった。

まぁ、俺は最強だからな』

 自尊心でも、傲慢でもない自負。
 隊長にとってはそんなこと当たり前で、同時に空虚である。

『だが、そんな俺に勝ったお前はどうだ?

ハンデがあったとしても事実は事実。お前はそれを誇るべきだ』

 強さは手段でしかない。誰よりも強く、誰よりも型破りで、至高にして孤立する個。
 そんな自らの強さなど、目の前の少女が成したことに比べれば取るに足らないことだと。

 意味のない絶対的な強さよりも、意味を持った目的のための強さこそが、自身とアーニャの違いだと隊長は思うのだ。

「そんなことに……もはや、意味なんて……。

あの時は、それが正しいと、思いました。

あの強さが、私の思いだと、自分で選んだ、正しいことだと思いました。

でも……私は、わたし自身を、裏切った」

 自身の意味の無さに気づいてしまったから。
 いくら力が強くとも、いくら強大な敵に打ち勝ったとしても、中身のない物だと気づいてしまえば意味がない。
 自問してみれば簡単だった。誰もが違和感が気付けないのならば自分で気が付くしかないのだと。
17 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:09:38.39 ID:glNSs2qCo

 守りたいなんて虚ろな思いは、自分の価値を守るための殻だと言う事実に気づかなかったことに。

 そして、それが一番一番苦痛であったはずの者に伝えさせたということ。

 だからアーニャは諦めたのだ。十年前から何も変わらない。
 技術しか身に着けてこなかった彼女は、それを守ることしかできなかったのだ。

「私は……誰かを、大切だから守りたかったんじゃ、なかった。

自分の、ブナシェーニェ……価値を、経験を、守るために、あえて戦うという選択肢を、選んでました。

そんな私は……誇れ、ないです」

 同じ自分であったからこそ、アーニャには『アナスタシア』の苦痛が理解できた。
 ただ無為に、平和と言う中で闘争を選んだ自分がどれだけ愚かなことをしていたのかが、理解できてしまったのだ。

 それは同時に存在理由を剥奪されたということであった。
 彼女の価値は、自称する通り十年にも及ぶ戦闘技術だ。
 その機械のような『機能』しか持ち合わせていないことを自覚し、人が誰しもが持つはずの『自由意志』の弱さが露呈すれば、自身の強さは一気に脆くなる。

「私は……最低です。無価値です。

だからきっと、中身のない私の、重さは、軽いの、ですね」

 アナスタシアの本体は別にある。
 今ここにあるのは、封印の残滓と残った天聖気、それと捨てられた意志だけである。
 そしてその薄さゆえに、幽霊のように誰からも感知されないことに、アーニャは気づいていた。

 たった一人、この公園のベンチを占拠していたとしても、誰も気づくことはない。
 幽霊とも違う、残留思念に近い彼女を感知することは、ほぼ不可能であった。
18 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:10:18.78 ID:glNSs2qCo

『軽い……か。

確かに今のお前は物理的にも精神的にも軽すぎる。

泡雪のような脆く、誰かの目に写ることすら困難なほどにだ』

 今傍から見れば、ベンチには隊長一人が座っている状況である。
 故に回りに不審がられぬように、隊長は言葉を使わず、テレパシーでの会話をしている。

『だからこそ、見つけるのに苦労した。たかが迷子の子供一人探すのに……とんだ手間だ』

 当然、本来は目に見えないアーニャを見るために、隊長は『ルール』を無視している。
 だがそれは、『外法者』の大原則であるルールを破った上での話である。

 まずアーニャに干渉するために『外法者』の大原則である『歴史に干渉できない』ルールを破る必要がある。
 その上で、アーニャの現状である存在が薄くなり『目で捉えられない』という『常識(ルール)』を破らなければならない。

 前者のルール破りは、本来有ってはならないものであり、その負荷は尋常ではない。
 かつてビルを落とした時でさえ、それだけを無視するので手いっぱい。今回のように二重にルールを破っていなかったのだ。
 今の状況は、『外法者』の大原則を無視し、その力を放棄したうえで、『外法者』の力を行使している矛盾した状況である。

 代償を否定するために代償を払う。
 多重債務のような矛盾した円環は、狂気さえあざ笑う底無しの地獄だ。

 もはや今の隊長の脳は、限界をとっくに凌駕していた。

『本当に……相も変わらず手間のかかる……』
19 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:11:04.43 ID:glNSs2qCo

 それでも、隊長は表情一つ変えない。
 本来ならば、許容できない矛盾によって世界から抹消されてもおかしくないほどの越権行為をしているのにもかかわらず、すべてを無視して。
 無視して、無視して、無視して、押し通す。

 その苦痛をおくびにも出さず、隊長は、アーニャの前で『最強』であり続けていた。

「そんなに手間、だというならどうして……来たんですか?」

 本来ならば、アーニャでさえ二度と会わない顔だと思っていた。
 きっと今の状況を理解して、『アナスタシア』を食い止めに来たのだろうが、それならばアーニャに会いに来る理由はないはずだ。

 今この瞬間も、世界は閉塞に向かっているというのに。
 隊長はそれでも、このありふれた公園でアーニャと暇をつぶしているのだ。
 その行為に、意味がないわけがない。

『ふん……仕事のついで、なんて言っても意味ねぇか。

確かに『ウロボロス』は面倒なことになってる。あれをどうにかしないとまずい。

だが結局のところ俺にできることなど、たかが知れてる。

だから俺は、俺ができることを……いや、やりたいことをしているだけだ』

 隊長は、自らが『ウロボロス』と対峙することに意味がないことを知っていた。
 世界のルールを無視する隊長と、世界のルールそのものである『ウロボロス』との相性は最悪である。
 ルールの適用を『無視』することができる隊長には、ルールそのものを『否定』する力はないからだ。
20 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:11:57.63 ID:glNSs2qCo

 たとえ自らや操る物体に対しての重力や摩擦を無視することはできても、地上に存在する物理法則がなくなるわけではない。
 そもそも『ルール』そのものである『ウロボロス』に相対することが『外法者』における重大なルール違反である。
 すでにその負荷は限界を超越している。

「やりたいこと……ですか」

 そんな隊長の苦痛に気付くことのできないアーニャは、隊長の言葉を繰り返す。
 やりたいことを見失ってしまったアーニャにとってその言葉の在処は遠い。

『今回は俺が無理やり終わらせることはできない。

機械仕掛けの大団円の役目など、本来無粋なものだが……いざできないとなればまたそれも歯がゆいな』

 隊長はその仏頂面を歪ませて苦笑する。
 暴虐の限りを尽くしてきた自らに対しての皮肉のようなものであったのだが、その笑みは強面を緩和できず凶悪なままである。

 しかし、アーニャにとって芝居ではない自然の笑みを見たのは初めてであり、意外なものであった。

『だからこそ、俺は出来ることを、やりたいことは全てやった。

布石も保険も、もう十分だ。あとは俺が骨を折るだけ……』

 隊長は、ベンチから立ち上がりアーニャの前へと立ち向かう。
 その巨体は、アーニャの姿を影に落とし、眼光は覚悟が満ちている。
21 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:12:36.95 ID:glNSs2qCo

「俺は、『ウロボロス』を追う。

このまま放置すれば、世界が滅ぶと言ってもお前はここで呆け続けるか?

アナスタシア」

 隊長は、テレパシーを使わずに口に発し、アーニャに問う。
 意思を伝えるは、思うのではなく言葉に発する。言霊は万国共通の契約だ。
 その口が言葉にするのは、世界の危機。

 ヒーローならば、放置できるものではない。

「私は……行けません。

私は、わたしに顔向けできないんです。

たとえ世界が滅ぼうと、私は、わたしのしようとすることを否定する権利はない。

もう、私はヒーローなんかじゃないです……。

何もないから……その『アナスタシア』という名ですら、私の物じゃない。

本来、『私(あのこ)』の物なんですから」

 決して世界が滅んでいいわけではない。
 それでも、『アナスタシア』が願いを叶えるために世界をも犠牲にしようとするならば、アーニャには止めることはできなかった。
 彼女を裏切り続けてきたアーニャにとって、ここで傍観し続けること、そしてそのまま消え去ることのみが贖罪であるがゆえに。

「……つまらん。

自らは身を引いて、あとは成り行きを見守るということか。

勘違いするなよ。お前はまるで他人事のように諦観しているが、これはお前の問題だ。

誰かが助言をくれるわけでもない、誰かが代弁してくれるわけでもない。お前自身が決めるべきことだ。

いつまでそうしている気だ?これはお前の選択だ」
22 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:13:42.04 ID:glNSs2qCo

「……どうせ、私には何もできません。

隊長、あなたは言いました。選択だと。自分がしたいようにしろと。

なら私は、ここで一人、静かに消えます。無価値で、無意味で、わたしを裏切ってきた私は、ここでいなくなります」

「……それも一つの選択……か。

ならば好きにしろ。それがお前のしたい事ならな」

 アーニャの意志を聞いた隊長は、そのまま背を向ける。
 その瞬間一陣の風が吹き過ぎ、公園の木々は静かに揺れる。

「だがそれはやはり諦観だ。そこに進むべき先はない。

……ならば尋ねよう。固執でも、代弁でも、諦観でもない。

俺は何度でも尋ねよう。お前の『願い』はどこにある?

お前が手に入れた、絶対に譲れないものは、どこだ?

俺には世界は救えないし、お前はいなくとも世界は廻る。

だが、お前の選択は、お前にしかできないはずだ。」

 男に語ることはない。ならば背中で問うしかない。
 もはや振り返らず、あとは成り行きに任せるのみ。だがそれでも、自らが決することではなくともだ。

 それでも男には、願いがあった。
 もはや手に入らない願いではなく、自らで勝ち取ることすらできないささやかな夢。
23 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:15:01.36 ID:glNSs2qCo

 願わくば、このまま悲劇で終わらないでほしい。
 自らは観測者だ。舞台上の演者でもなければ、筋書をなぞる語り部でもない。
 観客だからこそ、客観だからこそ、全てを台無しにしてでも、こんな悲劇は認めたくはなかった。

「何度も……言わせないで、ください。

私はもう……選びません。これが、私の終わりです。空っぽの私に……期待しないで。

『願い』は、偽物です。私と同じで……嘘と都合の、ヴァーチカ……塊、です」

 風に飛ばされてしまいそうな重量しかないその体は、そのベンチからは動かない。
 中身を伴わない殻の固まりは、どこ吹く風のごとくがらんどうに響くだけだ。

「だが、それでも、もう一度だけ、尋ねよう。

難しい事じゃない。ただ始まりなだけだ。『願い』は複雑じゃない、原初衝動だ。

経験の自己保存も、他者への理由の依存も、それもまた『望み』だ。

だが『願い』とはもっと単純なはずだ。

理屈なんてどうでもいい。理由なんて存在しない。ただそこにあるだけの、一粒の結晶だ。

考えてみろ。そして、その上で考えろ。お前が本当に欲しかった『願い』を」

 アーニャは虚ろな瞳で、隊長の背を見上げる。
 前方から再び吹いてくる風は、隊長の服を靡かせる。
24 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:15:37.67 ID:glNSs2qCo

 その離れていく背は、向かい風によってさらに遠い。
 このベンチから動く気はないというのに、自然とアーニャは追いたくなる。
 その背中に憧れてなどいなかった。だが、追いつきたくなるような、そんな気分。

(その先は……きっと)

 自分は置いて行かれる者だ。すでに脚を止めてしまい、ここで終わりを待つだけだったのに。
 その先が、自分と同じ空っぽだと考えると、それはそれで怖くなる。

 だからこそ、すこしだけ、無意識のうちに考えてしまうのだ。
 空っぽで、新たな選択なんてないのだけれど、自分の中にあったのかもしれない結晶を、誰かのものではない自分だけのものを、探しているのだ。

 隊長の姿が見えなくなるとともに、その風も止む。
 見下げていたアーニャの視線は、無意識に少しだけ上向き、公園の中を見渡すように前を見ていた。



***


  
25 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:16:23.97 ID:glNSs2qCo


 所は戻り、プロダクション。
 周子は、表情こそいつもの気の抜けたような表情だが、明らかに焦りが見えていた。

「まだあの『ウロボロス』は完全じゃない……。

だとすると、あのときに封印から溢れた一部ってこと、かな……?」

 周子は一人で考察しているが傍からでは何のことかさっぱりわからない。
 滅多に見せない周子の様子に、傍にいた時間の長い紗枝と美玲は不安を抱く。

「『ウロボロス』ってあの三竜の?」

 沙理奈はその単語に心当たりがあるらしく、確認を取るように周子に尋ねる。

「まぁ……その『ウロボロス』だけどさ……。

初代悪魔的には、どれくらい知ってる?ていうか『覚えてる』?」

 わざわざ言い直したことに意図を感じたのが、沙理奈は頭に疑問符を浮かべながらも答える。

「知ってるっていうのなら、資料で呼んだ程度には。

三竜の中で最も破壊的ではないけれど、最も厄介。

世界をループさせ続けるらしいけど……。

いつ出現したのかわからないし、いついなくなったのかもわからない。

書物上にしか存在しない空想の竜って話。ていうかアタシも見たことないんだからほんとに謎よ」
26 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:17:16.92 ID:glNSs2qCo

 初代色欲の悪魔アスモダイである沙理奈は、その見た目以上に遥か昔から存在している。
 故に、他の二竜である『バハムート』と『リヴァイアサン』についてはある程度知っているし、『覚えている』ものもある。

 だからこその謎なのだ。もっとも新しいはずの『ウロボロス』は見たことはおろか、出現したことすら知らない。
 いつの間にか存在し、そしていつの間にか消えていた。まったく経験していないのである。

「だからアタシは、悪いけどさっぱり『覚え』はないわ。

そこんところも含めて……説明してほしいのだけれど」

「あんまり時間がないから、詳しくは話してられないんだけど……。

要するに、ウロボロスは世界ごと誤認させるんだよね」

 ウロボロスは、世界そのものを掌握し、書き換え、そのループを誰に知られることなく運営する。
 それは上位の天使や悪魔ですら例外はない。
 故にウロボロスによって静かに支配された世界を開放する術はほぼ皆無であり、それこそ最も厄介とされる理由であった。

 そのウロボロスの世界の『ルール』から外れる者はアカシックレコードにアクセスできる者や『運命』そのものを観測できる最高位の神くらいである。
 だがそういったいわゆる『観測者』は世界に対しての干渉に大きな制限がかかることが多く、それも相まってウロボロスを知覚できても対処できないという場合が大半なのだ。

「記憶こそ、ウロボロスと『外法者』の影響が混在したせいで妙な風に改ざんされてたけどさ。

そもそも400年ほど前にシューコちゃんの前に『外法者』が現れた理由は、『ウロボロス』のループから脱出するための仲間を探してたんだよね」

 当然『外法者』も観測者の一種である。故にその何千回もループする世界を見続けてきたのだ。
 ルールそのものを壊せずとも、人に対するルールを無視することができる。
 その当時の『外法者』は協力者を増やし、無限に続くループから脱出する計画を行ったのである。
27 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:18:05.16 ID:glNSs2qCo

「まぁそれでもループを脱出するにアタシが協力し始めてから数百ループはかかったけど。

そのかいあって、『ウロボロス』は封印されて世界は解放されたってわけ。

まぁその代償にほとんど忘れてたんだけどねー」

 遠い昔の記憶を探るように周子は語る。
 本来ならば蘇るはずのなかった記憶だが、ウロボロスとの接触ですべてを思い出したのだろう。

 だからこそ、あの地獄は繰り返してはならないと周子は思う。
 かつてのループの時にはいた『外法者』の外来人は今はいない。それは、ウロボロスを復活すれば再び誰も知覚できなくなり、世界は閉塞されるということである。
 周子は自らが経験しているからこそ、『ウロボロス』の欠片であるアーニャならばまだ間に合うということを理解していたし、その上で自分がすべきことも理解していた。

「なるほどねぇ……。だからその時の『外法者』の影響で『ウロボロス』のルールを無視できたのね。

たぶんその時はアタシは魔界にいたからそもそも『外法者』と接触していない。故にアタシはなーんにも知らないってことかしら。

うんうん……納得納得」

 これまでに周子が知っていたウロボロスに関する知識は、すべて封じられていた記憶の物である。
 あらゆる疑問点が解消され、一人納得する沙理奈。
 だからこそ、問題はこれからである。

「で……どうするの?多分あのアーニャは、絶対に倒せないと思うけど」

 会い見えて沙理奈はある程度、ウロボロスの性質を理解していた。
 その存在そのものが『ルール』と化しており、おそらく肉体を滅ぼそうと、空間ごと滅しても、湧き水のごとくアーニャは再生するだろう。
 ウロボロスという存在がキャンバス上の絵の具ではなく、『世界』というキャンバスそのものである限り、いかなる力を振るったところで倒すことは不可能である。
28 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:18:49.90 ID:glNSs2qCo

「それでも、まだ力は弱い。向こうもこっちに対応できる力はないし、こっちとしてもあのウロボロスを倒す算段はないからさ、これは膠着だよ。

まいったねー」

 負ける要素はなくとも、倒す手段がない以上どうしようもない。
 やれやれと言わんばかりに周子は両手を肩上に上げる。

 だが、その心はすでに決まっている。

「どうせ、昔の記憶で対策は知っているんでしょう?」

 沙理奈はそんな周子を見透かし、問いかける

「うーんっと……まぁ紗枝ちゃんには、苦労をかけることになるけどね」

「えぇ!?うち……どすか?」

 唐突に話を振られた紗枝は周子の方へと向き直る。
 そもそも状況を飲み込めていなかったようで、二人の会話からは置き去りにされていたようである。

「そう。そもそも前にやった『龍脈封印』はウロボロスを封印するために作られた術と同じ系譜なんだよね。

つまり、紗枝ちゃんほどの腕があれば一時的にでもウロボロスを封印できるってこと。

とりあえず封印しちゃって、その後から何重にも封印をかければ十分だろうし」

 先日港で、アーニャのウロボロスの力を封じ込めた『龍脈封印』。
 それと同じ要領でウロボロスも封印できると周子は語る。

「……それくらいなら、うちにも出来そうやけども……。

ほんまに、大丈夫なんかぁ?」
29 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 18:19:40.97 ID:glNSs2qCo

 今回は、港の時とは違う。
 港の時のアーニャの暴走は、器から力が溢れているような感じであり、それをその器に抑え込むような感覚であった。
 だが先ほどのアーニャからは、抑え込むべきその『器』のようなものを感じ取ることはできなかった。

 おそらく周子の言うことは正しいだろうし、絶対に間違っていないことには絶対の信頼を紗枝は寄せている。
 だが、その違いが何か決定的な結果の差を生み出すのではないかと紗枝は考える。

「大丈夫。紗枝ちゃんなら、やれるやれる」

 不安そうな表情をする紗枝に対し、その不安を和らげるように笑いかける周子。
 そんな周子をみて、紗枝はとりあえず不安を黙殺する。

「なら……ええんやけどな」 

「じゃあ、いそごっか。

あのウロボロスが、本体にたどり着いたらそれこそ世界の終わりだからね」

「本体?」

「そ……あのウロボロスは初めにも行ったけど、前に封印した時に漏れた力の欠片だと思う。

たぶん、あれがウロボロス『本体』が封印されているところにたどり着けば、完全な『ウロボロス』が眠りから覚めるよ。

そうなったら、ジ・エンド。もう誰にも手出しはできない。

そこにたどり着く前に、あたしたちが追い付いて、ウロボロスを封印しなくちゃ」

 かつてウロボロスを封印したと言っても、完全に封印できたわけではない。
 外部から生半可な刺激を与えたところで破れることはない強固な封印だが、封印の外の『ウロボロス』に反応し、封印の中のウロボロス『本体』が目を覚ませば、そんな封印など容易く食い破られる。
 故に、ウロボロスと化しているアーニャが本体にたどり着く前に、アーニャを封印する必要があった。

「場所はそんなに遠くはないよ。

そもそも、龍脈封印がなんでウロボロスに効くのかを考えれば場所はすぐにわかる」
30 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:29:51.70 ID:glNSs2qCo

「龍脈封印で、『うろぼろす』を封じられる。

……いや、『うろぼろす』が龍脈だからこそ、封じることができる?」

「やっぱり紗枝ちゃん鋭いなぁ。プラス10シューコちゃんポイント。

ウロボロスが封印されているからこそ、龍脈がそこにできるの」

 場所は西の方角。
 この東京からでも、電波塔ほどの高さがあれば十分に視界に収めることのできる霊峰。



「富士山直下。

目的地はそこだよ」


31 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:30:24.36 ID:glNSs2qCo


 目的地は定まった。
 あのアナスタシアの移動速度が幾ほどかはわからないが、周子による妖怪の脚力ならば1時間もかからずにたどり着くことができるだろう。
 今から追いかけたところで十分に間に合う。
 または、目的地がわかっているのだから待ち伏せるという手段も取れる。

「沙理奈さんは、念のためにここの守りを頼める?

万が一、もあり得えるかもしれないからね」

 最悪の結末こそ、アーニャが富士山直下にあるウロボロス本体にたどり着くことである。
 しかし、状況の最悪として考えられるのは、誰かが人質に取られた場合である。

 今のウロボロスに近い力を持つアーニャであっても、周子や沙理奈を打倒する力はない。
 それでも、強力な力を持っていることには変わらず、守りを手薄にすることはできない。

 アーニャがそこまで姑息な手段を取るとは考えられないが、それでも存在する可能性には対策しておくべきであった。
 故に、このプロダクションの誰かが人質に取られること、特に周子や沙理奈にとっては美玲やメアリーが人質に取られることは避けねばならない。

「えぇ、いいわよ。

きっと、今回のことは二人の方が適任だろうしね」

 そう言うことを理解しているからこそ、沙理奈は二つ返事で承諾する。
 その余裕のある返事は、頼もしささえ感じさせる。
32 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:30:58.93 ID:glNSs2qCo

「おっけ、ありがと沙理奈さん。

じゃあ……ちゃちゃっと終わらせよっか。紗枝ちゃん」

 背中は任せた、とでも言わんばかりに沙理奈に背中を向け、隣に紗枝が来るように促す周子。
 その雰囲気こそ、いつもの適当な感じに戻っていた。

「……せやなぁ。ほな……いきましょか」

 いつか周子の隣に並び立ちたいと思っていた紗枝だったが、周子に頼られて、今それが叶うというのにその心中は複雑であった。
 想像していたのは、二人で悪しき妖怪に立ち向かい、並び立って笑顔で帰れるようなそんな風景。

 だが、周子の繕ったように見える適当な様子、その仮面の下が複雑なものであることが、紗枝には容易に見抜けた。
 これは紗枝が望んだ風景でもないし、周子もこのことを望んでいないことがわかったのだ。

 相手は悪しき妖怪でも、世界を絶望させるような巨悪でもない。
 つい先日まで隣にいた、同年代の少女の願いを止めるために動くのだ。

 万人のためであっても、その願いが許容されるものでないとしても、決してこの行いが正しかったとは胸を張っては言えないだろう。
 そんな周子の足取りで紗枝も感付いたのだ。

 この結末は、決してハッピーエンドは向かえないことを。

「な、なぁちょっと待て、シューコ!」

 プロダクションを後にしようとする二人にかかる制止の声。
 その声の主である美玲は、混乱覚めぬ頭においても二人を止めたのだ。

「どうしたん?美玲」

 自然に、違和感なく周子は、美玲の方へと向き直る。
 この制止を彼女は予感していた。だからこそ、やさしく、自分以外にもそれを分け与えれるように育ってくれた美玲を誇りに思いながら、その言葉を待つのだ。
33 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:31:40.57 ID:glNSs2qCo

「え、えーっとな。その……」

 いざ言葉にしようとすると、うまく形にできない。
 何となく、漠然とした不安感は、予感となって喉元まで出かかっている。

「その……、アーニャは帰って、くるのか?

ウチは、アーニャがあんな、状況だったなんて、しらなくて」

 あの時、プロダクションに入ってきたアーニャの違和感に気づけたのは、美玲とメアリーの二人だけであった。
 あまり接点のなかった紗枝はおろか、沙理奈や周子ですらその違和感にすぐに気付けなかった。

 純粋であるということは、外界の物に対する直感が冴えているということだ。
 経験を積むことにより、様々な感覚、いわゆる空気の流れや人の挙動の違和感などを察知できるようになる。
 それに合わせ生来の直観を合わせることによって、達人と呼べるものは第六感と言うものを鋭くする。

 しかし、情報が多くなるということは、取捨選択が必要になってくる。
 それに対し、直感だけと言うのは、人の根源的な感情を察知出来るということであり、時には鍛えられた第六感をも凌駕する。

 ゆえに、アーニャの体も違和感も感じさせず、敵意も発していない、中身の『感情』だけの変化を二人は察知できたのだ。

 そしてそれは、周子が秘める今回の事件の収束点の想定すらも、人狼としての高い感受性が予感として感じ取ったのだ。

「ちゃんと……帰ってくるんだよな?

ウチがもっと、ちゃんと相談に乗っていれば、こんなことにならなかったのかなって……。

せっかくのカウンセリング担当なのに、何にも役に立ってなくて……。

だから……アーニャに、謝らないと……『気付かなくて、ごめん』って……」

 美玲は見たのだ。
 あのアーニャが作り出したであろう結晶杭が自らを貫こうとするときに。
 その瞳の中にある諦めと、微細な後悔の念を。
34 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:32:12.36 ID:glNSs2qCo

「だから、今度会ったら、ちゃんと聞かなきゃ……。

アーニャのことを、どうしてあんなことをしたのかを、聞かなくちゃ。

それがウチの、役割だから」

 あの時、美玲はアーニャに誰だと問うた。
 しかし、振り返って考えてみれば、あれもまぎれもなくアーニャであったのだ。

 昨日まで見ていたアーニャと、先ほどのアーニャは違うアーニャであるけど、同じであることを美玲は何となく理解していたのだ。
 そうして心が分かれてしまった理由はわからないけど、それでも物事には原因がある。
 それを聞き出すことは、美玲自身の仕事だと考える。

 ただのお飾りのカウンセリングなど意味がないのだ。
 ただ庇護されるだけの存在でいたくないという思いは、言葉としてここに吐露される。

「もう間に合わないかもしれないけど、それでも叶うなら、アーニャを連れ帰ってきてほしいんだ。

ウチも、頑張らなくちゃ、ならないから」

「……美玲はん」

 美玲には後悔することしかできない。
 たとえ他力本願だとしても、美玲は無力だと自覚しているからこそ周子に頼むのだ。
 その思いは、紗枝にとっては周子の力になれなかったことと重なり、とても理解できるものであった。
 だがその思いがわかるからこそ、複雑であった。
35 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:32:55.01 ID:glNSs2qCo

「ん……わかったよ。そう言ってくれるなら、心強いなー。

ま、シューコさんに任せて待っといてよ。さくっと、帰ってくるからさ」

 周子は少し視線の下にある美玲の頭に手を乗せる。
 子供をあやすように動かすその手は、誰の心を落ち着けていたのかは定かではない。
 だが、美玲は周子の前で言ったことを含めて、少し恥ずかしそうな顔をして周子を見上げた。

 そしてひとしきり美玲を撫でて、美玲が恥ずかしさで唸り始めたあたりで周子は手を止める。
 そのまま『プロダクション』を後にした二人は、背にプロダクションを向けながら目的地へと向かう。

「なぁ……周子はん。なんであんな約束しはったんどすか?」

「……約束って?」

「アーニャはんを連れて帰るっていうやつやわ。

だって……おそらくそれは無理やろう?」

 先ほどのアーニャは、これまでのアーニャとは明らかに違っていた。
 前にも述べたが、アーニャには封印するべき器がない。
 ここでの器とは、二人は知らないが神が施した封印のことである。

 その枷そのものが取り除かれている以上、『龍脈封印』で封じ込めるには他の憑代が必要となる。

「たぶん……封印したら、アーニャはんの中に封印するんじゃなくて、アーニャはん自体を封印せんとあかんやろう?

だから、連れて帰ることは不可能や。それは周子はんにだって……いや周子はんの方が、わかってるやろ?」

 あくまでこれは紗枝の推察でしかない。
 だが、『龍脈封印』という術を習得している紗枝自身、この推察がおおむね間違っているとも思えなかった。
36 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:33:31.79 ID:glNSs2qCo

 そして当然、周子もそのことは理解出来ているはずである。

「……まぁ、そうだね。

紗枝ちゃんのその考えは正しいよ。

もう、アーニャは手遅れ。殺すこともできないし、元に戻すことも多分無理だろうね」

 ウロボロスは願いに巻き付き、世界を閉じ込める。
 故にその願いは絶対に揺るがず、何千年経ようと摩耗しない宿命となる。

 故に誰かの言葉で改心させようなど絶対に不可能である。
 元のアーニャを取り戻すことは絶対にできないことを周子は理解していた。

「仮にどうにかなるとしたら、自分自身で心変わりでもしない限りアーニャは救えないんだよね。

まぁ……心変わりしないからこそ、それは『欲求』ではなく『願い』なのだろうけど」

 周子は一息のため息を吐く。
 すでに状況は決している。先の未来が収束に向かっている以上、選択肢も閉塞する。

「だけどさ……絶対に不可能だとわかっているとしても、美玲がああ言ったんだからさ。

アタシとしては、どうにも無下にできなくてね。甘さと言うかなんというか」

 美玲を拾った時から考えれば、先ほどの言葉は美玲の成長の証でもあった。
 一匹狼であった美玲が、周子だけではない他者に気をかけ、あまつさえ自らの役割を自分の意志で活かそうとしているのだ。

「嘘ついたことになるから、美玲には恨まれるだろうけどさ……。

まぁ恨まれるのには慣れてるからね。早く行こっか。

間に合わなくて、美玲の未来がなくなることが一番、避けないといけないからさ」
37 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:34:11.22 ID:glNSs2qCo

 そう言って、紗枝に右手を差し伸べる周子。
 表情は、へらへらとして愛嬌のあるいつもの周子であったが、紗枝はその手を取ることを少し躊躇する。
 これもまた、周子なりの覚悟なのだ。

 誰もが優先すべきことがあるし、誰もが叶えたい願いがある。
 願望は人の原動力となり、使命として足を進める。

 紗枝は、周子の覚悟も願いもある程度理解して、差し出されたその手を握る。

「ほな、行こか周子はん。だって美玲はんのため、ですもんなぁ」

 紗枝も、理想とは程遠くとも願いに近いカタチを望むのだ。
 たとえ心境は複雑でも、そんな願う未来につなげるためにも。

 彼女と隣立つ自身の未来を願い、前へと進むのだ。




***



    
38 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:34:54.40 ID:glNSs2qCo


『閑話休題。この舞台は白銀の少女が主役。

此度の脇役の話は、これくらいにしておきましょう』

 うっそうと茂る苔むした富士の樹海の中には、溶岩の名残である岩石が無数に露出している。
 曇り空も相まって、屋根状に木々が覆う樹海は普段より薄暗く、絶望した人々を招き入れるように風邪で靡く。

「あ?……何か言ったか?」

 そんな生命さえ感じさせぬ深緑の中に立つ一人の男。
 季節外れのコートの下には、動きやすさを重視した軍用と思われる衣服を身に纏っている。
 その服の上からでも明らかにわかる鍛え上げられた肉体を持つこの男は、かつてロシアの特殊能力者の部隊を率いていた『隊長』と呼ばれた者であった。

 そしてその耳には、スマートフォンが当てられており、誰かと会話していることがわかる。

「なんでもない?……まぁいいか。

とにかくこれで『保険』も含めた準備は整ったてわけだ。

この件には熾天使も一人絡めたし、『プロダクション』の方は勝手に事が進んだんだろう?」

 本来『プロダクション』における出来事は隊長は知らないのだが、どうやら電話口の向こうの者はそのことについて知っている様子である。

「ならいいさ。これだけお膳立てすれば世界が滅ぶってことはなさそうだ。

……ふん、別に俺が勝手にしていることだ。お前の力なんぞ借りずとも俺はやれた」

 どうやら比較的親しい間の様で、隊長に軽口さえも吐けるようである。
 そして今回の件に、裏で大きくかかわっていたようだ。
 故に、『プロダクション』の出来事も知っているし、隊長が『エトランゼ』を知り得たことにもつながるのだろう。
39 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:35:46.24 ID:glNSs2qCo

「あとは俺の好きにやらせてもらう。

傍観者を気取るのもいいが、お前の思い描いた脚本通りにはさせん。

そこで、俺がすべて引っくり返すのを本の栞でも噛みながら俯瞰しているがいいさ。

……ああ、じゃあな情報屋。『また、会おう』」

 『二度と会うまい』とは言わない。
 口癖のように、去りゆく人々に吐いてきた言葉を隊長はここでは口にしなかった。

 湿った風が通り抜ける。
 スマートフォンを懐にしまい込んだ隊長は、霊峰を背に向け森の奥をじっと見つめる。

「はっ、ようやく来たか。

郷愁は済んだか?後悔は消化したか?

お前が何を願おうが勝手だが、ここがお前の収束点だ」

 その言葉に答えるかのように森の奥から現出する一つの影。
 気配さえ希薄でそこに居るかさえ朧げだが、公園にいたアーニャとは違いその姿ははっきりしている。

 その差は、世界から希釈されているか、世界そのものと同化しているというものだ。
 前者は存在が薄められているということであり、一方後者は世界と同化し、存在を拡張しているということである。

「……やっぱり、最後に立ちはだかるのはアナタですね。

いつの時も、そうだった。ワタシの全てを壊すのはアナタだ」
40 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:36:27.55 ID:glNSs2qCo

 その背に透色の翼を携え、姿だけならばまるで天使のような。
 だがその存在は世界を閉塞に導く『願い』を秘めた終わりの一。
 『ウロボロス・アナスタシア』はこうなることを予期していたかのように、隊長の前に姿を現した。

「……そうだ。俺はお前からすべてを奪った。

親も、故郷も、その尊厳すらもな。

久しぶりだな、とでも言えばいいか?」

 アナスタシアとは十年を超える付き合いであったが、この人格とはいわば十年来の邂逅となる。
 隊長も、あの日のことは覚えていた。
 『アナスタシア』を殺したあの日のことは、はっきりと記憶に刻まれている。

「ええ……お久しぶりですね。

ワタシとしては、二度と顔も見たくはなかったんだけれども」

 アナスタシアから吐かれる言葉は、紛うことなく敵意である。
 目の前にいる者は、隊長自身が言った通り、大切なものをすべて奪い尽くした掠奪者である。
 その清廉なる姿からは、穏やかではない空気が漏れ出す。

「ハッ、予想通りの反応だな。

まぁ確かに、俺は恨まれてもおかしくはない。

その憎しみは甘んじて受け止めるさ」

 彼の行いは、結果的に言えばすべて仕方のなかったことである。
 故郷を焼き、親族と呼べるものをすべて滅ぼしたことにしても、それは仕事だったからだ。
 彼にそれを指示したものがいて、彼はそれをただ実行しただけ。
 暴力装置としての役目を担っただけである。
 その行いは許されることではないにしても、隊長自身の意志ではない。
41 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:38:02.06 ID:glNSs2qCo

 加えて、アナスタシアの心を壊したことにしても、彼女のためを思って行った苦肉の策である。
 隊長がアナスタシアを壊していなければ、戦士としての彼女は存在せず、今ごろ能力者のサンプルとして薬品漬けで保管されているような状況だったのだ。

 だがそれでも、隊長は自らの行いに対して正当性は主張しない。

「俺とて、俺の目的のために行動しただけだ。

その結果でお前に憎まれようと、それは必然。

憎め呪え恨むがいいさ。俺は今とて、俺のためにしか行動していない」

 彼自身、自らの行いが妥当だとも思ってはいないし、許されるとも、許してほしいとも思っていない。
 常に数多の敵意と畏怖にさらされてきた隊長にとって、今更それが一つ増えたところでどうということはないのだ。
 彼にとっての問題とは、自らの行動が自らの目的と合致しているかだけである

「Нет(いや)……ワタシも、理解はしています。

あなたがワタシの故郷を焼いたことも、それはアナタの本意でなかったことは理解しているの。

ワタシの信念を壊してまで行った子犬殺しも、ワタシのために行ったことだというのは知っています」

 そう。考える時間はアナスタシアにはあった。
 アーニャという殻に籠り、内人格として外の世界を俯瞰してきた彼女には、肉体を動かすことはできない代わりに思考し続けたのだ。
 目の前の男の目的の意図を、行動の理由を考えてきた。
42 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:38:49.01 ID:glNSs2qCo

「ええ……本当に、ありがとう。

隊長、アナタはワタシのためを思って、いろんなことをしてくれた。

間違いなく、『あの子(わたし)』が今日まで生きていられたのも、今この瞬間があることすらも、アナタのおかげ」

 過去は積み重なって、今がある。
 それはたとえいかなる悪行であろうとも、その行いがあったからこその今なのだ。

 隊長の思いも理解できていた。
 願いと現実の狭間で懊悩し、後悔しながらも邁進した男の背中を見てきた。

「だからこそ……ワタシは、アナタを、許さない」

 その憎悪は臨界に突破する。
 聖女のような雰囲気は霧散し、その感情は他を思いやる全から我に固執する一となる。

「アナタは、力を持っている。

ワタシなんか及びもつかないほどの、圧倒的な力を持っている」

 異名、悪名を一身に背負いながらも、世界から迫害された男。
 それでも、その力は強大であり、絶対的な暴力は不可能さえも可能にする。

「アナタは、その強大な力を使って我を通した。

ワタシのために、様々なことを力押ししてきたはず。

ただ命令を聞くだけの都合にいい兵器が、その暴力を盾に要求してきた。

『あの小娘の処遇は任せろ』

『あの部隊は俺が管轄として持つ』

『部隊の責任者は俺だ。任務は俺が決める』

なんてことを、上に要求したのでしょう?」
43 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:39:31.33 ID:glNSs2qCo

 上の連中からすれば、自らが握っていた武器の銃口がこちらに向き出したようなものである。
 隊長の要求を無視すればその暴力は自らに帰ってくる。
 そんな上の連中は、その程度の軽い要求ならば飲まざるをえなかった。

「アナタは……ワタシのために力を使った。

いいや……これは、『ママ』のために使ってのかしら?

もういないママのために、隊長自らの手で殺したワタシのママのために」

「……ほざけ。

誰だお前のママってのは。

俺は、俺がやりたいようにしているだけだと何度言わせれば……」

「なら、なんでワタシを特別扱いする?

そんなことはアナタがいくら否定しようと、傍から見れば明白よ。

失ったものに対する思いを、やり場のない気持ちをワタシという遺産に向けているだけ。

だからワタシは、アナタを許せない」

「……黙れよガキが、人のことを知ったような口ぶりで、好きに喋るな」

「どうして、アナタはママの時にその力を振るわなかった!?

ワタシを守ることができたのなら、ママやワタシの故郷だって守れたはず!」

「クソ、がァ!!!」

 脳の血管が切れたような感覚。
 隊長とて、理解はしていた。だがそれを口にされるのだけは我慢ならない。

 『外法者』の反動など構わない。
 全身の筋繊維が千切れ、あらゆる手段で世界が隊長を殺しにかかろうと、この力は止められない。
44 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:40:11.17 ID:glNSs2qCo

 人一人を殺すには過剰なほどの念動力。
 圧殺、惨殺、刺殺、物理的な殺害法を集約したような隊長の一撃は、容易くアナスタシアの身体を塵一つ残さず滅殺する。

 肩で呼吸をしながら隊長は、アナスタシアの残骸に目を向ける。
 隊長の額から流れた血は、鋭い眼光を放つ目尻を伝うように垂れた。

「……わかったような口で喋るなよガキが……。

俺は、俺がしたいように……してきた。

だが、俺の思い通りになったことなど、一度もねぇ。

それを、他人のお前が知ったような口で語るなよクソガキ。

力があろうと、思い通りになるなんて……思い上がるなよ」

「да(ええ)……確かにその通りかも、しれない。

だけど、そんな言い訳笑えないわ。

アナタは、したいようにしてきたんじゃない。選ぶのを、恐れた。

負け犬の論理、手からこぼれたものを尊いと思い続け、正当化しているだけ。

だから……選べたのに、選ばなかったアナタを軽蔑し、唯一憎悪するの」

 聖人ゆえに、その精神性は限りなく純粋である。
 彼女は、あらゆることを許してきた。
 利益のために戦う愚かな敵も、生きるために死んでいった部隊の仲間たちも。

 その行いに意味があったのなら、それは尊いものだとして祈りをささげた。
 殺し合いを憎みはしても、人そのものは憎まなかった。
45 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:41:09.83 ID:glNSs2qCo

「意味もなく、未練がましく、中途半端なアナタを、ワタシは唯一許せない」

 だが、あまりにも無駄で、無意味で、そして力を持ちながらも、既に存在しない誰かに許しを請うようなことばかりをするこの男を、アナスタシアは純粋なる精神を濁らしても許せなかったのだ。

「だから、ワタシはアナタを殺す。

立ちはだからなければ、二度と会うことはなかったのでしょうけど。

立ちはだかるのなら、それもまた『好機(возможность)』。

ワタシはアナタを唯一の殺人として、アナタが取りこぼしたものを救いに行く。

過去を変えて、アナタという存在を筋書から抹消する」

 その身体は再生する。
 爛々と輝くウロボロスの翼は、光の反射と共に羽ばたく。

 アナスタシアの頭上一面に浮くのは、素霊の集合体である結晶杭の万華鏡。
 争いを嫌う少女の、殺意に満ちたその意思は、尾を呑む蛇のごとくの矛盾である。

「……だからガキだと、言っている。

物事を理解してねぇ。その願いは、叶う前から破綻してんだよ。

俺が愚かなのは理解しているが、お前ほど大馬鹿じゃあない。

……だがまぁ、世界がどうとか、子供の間違いだとか、もはやどうでもいい」

 隊長もすでに限界など超越している。
 故に、境界線を越えている今、これ以上超越したところで何ら問題などありはしない。

「お前俺を馬鹿にするのも大概にしろよ。

知ったようなこと喋るなと言っただろうが。

その顔面、そこら中にある火山岩に擦り付けさせて、生きていることさえも後悔させてやる。

俺は、俺の行いを正当化してやる。俺が正しいと世界に宣誓させてやるさ。

……せいぜい、その甘い夢を抱きながら、外法の下にひれ伏しなァ!!!」
46 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:41:53.37 ID:glNSs2qCo

 空間さえもうねりを上げる超密度のサイコキネシス。
 樹海を丸裸にする勢いで、原生林を根こそぎ抜き取り宙に浮かせ、結晶杭に相対する弾丸として数多の樹木を背に携える。

 手数は互角。 
 人知を超えた両者の力は、譲らぬ意志をもって衝突する。

「Пожалуйста мертвым(死んでください)」

「これ以上死ねないほどに、殺し尽してやる」

 その両者の言葉を皮切りに、相対する弾丸は射出され、相殺を始めた。

 硝子の砕けるような音と、樹木が幹ごと割けるような音。
 その二つの乾いた音が、ただ二人しかいない樹海の空気を振動させる。

 アナスタシアの結晶杭は素霊によって形成された鋭利な槍だ。
 かつてまでならば力を使うごとに消耗していたアナスタシアだが現在の彼女に枷などない。
 自らに内包したウロボロスの無限の力を憚ることなく行使し、新たな杭を生成する。

 素霊はそもそもが魂の最小単位であり、それを集めた結晶を砕かれたところで元の素霊に戻るだけである。
 故に、アナスタシアが扱うことのできる杭の残弾さえも無限。

「数ならば、圧倒的にワタシが上です」

 一度に行使できる力には限界があるとはいえ、尽きることのないウロボロスの力によって絶えることなく杭はアナスタシアの頭上に現出する。
 空気が冷え込むような素霊の圧縮される音は、吹雪のような風切り音となりアナスタシアの周囲を取り巻いている。

 さらにこの樹海は小動物から微生物まで含めた多くの野生生物の住処である。
 故に日々に散る命も多く、空気中に漂う素霊の数も圧倒的に多い。
 アナスタシアはそれらに対し言葉を発することなく指令を与える。

「ワタシの手足となって、弾丸となって、殺意となって……。

あの男を殺して!ワタシの憎いあの男を!ワタシのために殺して!」
47 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:42:42.84 ID:glNSs2qCo

 幼き素霊の女王の軍略は拙いものだ。
 だがそれでも、単純な指令であってもその素霊の総軍は膨大。

「数だけは、揃えてってか?」

 ただ一人の軍隊(ワンマンアーミー)と謳われる隊長といえど、無限の軍隊に劣勢となる。
 いくら大量の樹木を弾丸にしようと、生成され続ける結晶杭を相殺し続けていれば本当に樹海は丸裸になり、残弾は尽き果てるだろう。

 そんなのことなど、隊長は初めから承知している。 
 そして、彼自身かつてアーニャと憤怒の街で戦っていた時のように手加減する気もなかった。

「やり過ぎたところで、問題はないからな!」

「なにを、今更……っ!?」

 一斉にガラスが砕けたような音が響く。
 隊長の言葉の後に、アナスタシアが作り出した無数の杭は一瞬にして砕け散った。

「視覚内は、射程圏内だと知っているだろうが」

 隊長の超能力は、いわば触覚の拡張に近いものがある。
 視覚に入りさえすれば、それを『握りつぶす』ことは造作もないし、その気になれば視覚外においても超能力による物理探知によって潰すことができる。

 彼自身、標的は対面し戦うことを好むがゆえに能力の正確な射的距離は把握できていないものの、その気になればその場から一歩も動かずに、地球の裏側の人間を超能力で殺すことさえもできるのだ。

 故に視界に納まりきらぬほど膨大な結晶杭をアナスタシアが用意しようと、隊長は一呼吸のうちにすべてを砕くことさえ可能である。

「こんなことっ!!」

 アナスタシアにとっては杭が全滅させられようと再び作り出せばいい。
 しかし、ウロボロス本体ならまだしも、アナスタシアの肉体で一度に扱える力の量には限界があった。
48 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:43:21.98 ID:glNSs2qCo

 新たに十数本程度の結晶杭を作り出すが、その一瞬の隙など隊長にとっては膨大な時間である。

「温過ぎるぞガキがァ!!!」

 大地を蹴った隊長は、アナスタシアとの間合いを一瞬で詰める。
 それに対しアナスタシアが放った杭は空気を貫きながら隊長に放たれるが、咄嗟に放った技など隊長には初動の時点で見切っている。

 体を捻り杭の間を抜けるように、両の腕で飛来する杭の側面を叩き軌道を逸らす。
 能力さえ使わずに、最小の動きで速度を落とさず隊長は全ての杭を回避した。

「なっ!?」

 その動きに驚愕の表情を浮かべるアナスタシアだが、隊長はそんな表情にさえ苛立ちを見せる。

「これぐらいのことは、教えただろうよ!!!」

 アナスタシアの対面にたどり着いた隊長は、躊躇することなくその拳を突き出す。
 念動力を乗せたその拳は、アナスタシアの上半身を空間ごと削り取る。
 そして一呼吸置いたのちに、真空状態となったその空間に空気が流入し炸裂音が響いた。

「いくら死ねるからといって、油断し過ぎだ。

起き上がるのは待ってやる。死にたくなるほどに、殺してやると言ったはずだが?」

 隊長は眼下に転がるアナスタシアの下半身を見下ろす。
 前の憤怒の街での際には、肉体を完全に砕いてしまうと、再び復活する際にどこから現れるのかわからなくなってしまうことがあった。

 故に隊長は残った下半身から復活するだろうと隊長は見込んでいたのだ。

「……チッ」
49 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:44:02.00 ID:glNSs2qCo

 だがその予想は裏切られ、小さく舌打ちする。
 転がっていた下半身は、徐々に結晶化していき、素霊となって空気に溶けていったのだ。

「死にたくなるほど……ね」

 上から聞こえるその声に反応した隊長は、反射的に上空を見上げるがその視界に映るのは迫りくる結晶の翼。

 アナスタシアからの背から伸びる翼は体積を増しながら、叩き付けるように隊長に振り下ろされる。
 隊長の真上にいるアナスタシアはそのまま翼を切り離し、新たな翼を作りつつさらに上昇する。
 それと同時に、多数の杭を作り出し、結晶の翼を叩きつけて上がった土煙の中に存在する隊長に向かって放った。

「да(ええ)……да……да……。

даァアアアアアアア!!!!!!」

 まるで苛立ち、怒りをぶつけるように真下の隊長に向けて続けざまに杭を打ち込む。
 一点に向けて放たれていた杭も、巻き上がる土煙の両に反比例するように精度が落ち乱雑になっていく。

「死にたくなることなんて、ずっとだわ!!!

目の前で殺し合いが繰り広げられて、『私』もそれに参加している!

そのたびに、ワタシの心は死んで、死んで死んで……アー……死にたかった」

 ウロボロスは壊れた心でさえも、復活してしまう。
 死にたくても、死ねなくて。
 それでも人を憎めない。行き場のない感情は毒のように意識に行き渡る。

「死にたくなることなんて……もう、通り過ぎた。

それでも死ねないのなら、ワタシがいなくなれないのなら……唯一憎いアナタを憎むしかない!!!

アナタへの憎しみを踏み台にして、世界そのものから変えなきゃ、ワタシは救われない。

そうじゃなきゃ、ワタシの願いは、叶わない!!!」
50 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:44:55.09 ID:glNSs2qCo

 その行き場のない怒りを表すかのように、樹氷のような竜尾がアナスタシアから伸びる。
 そして眼下の隊長に向け、感情と共に降り下ろす。

 轟音と粉塵。

 ありったけの殺意を込めて、放ち続けた攻撃は小休止に入った。
 オーバーキルにも等しい結晶の乱射は、これまでの軋轢も含めた心からの攻撃だ。

 アナスタシアは翼をはためかせてさらに上空に上がり、氷柱のように数多の結晶杭を再び生成。
 彼女の意志ひとつで、それらの槍は自由落下するだろう。

「……殺す気でやりました。

ワタシの最も嫌いなことをしたのに……思ったよりも、苦しくない。

ワタシも、人でなしになってしまったのかも……」

 人殺しをしようと、人を傷つけようとしたのに、心が痛まない。
 アナスタシアは、心が痛まないことに、心を痛めていた。

 伝うのは一筋の涙。
 後戻りはできないところまで来てしまったことに、理解はしていた。
 でもようやく、そこまで来て気づいたのだ。

 人は思ったよりも、優しくないことに。

「ククク……クハハハハーーーーッハッハハ!!!!!

『人でなし』とは……違うさ。

それが人だ。クソガキ」

 晴れる土煙の中から高らかに上がる笑い声。
 先ほどまでの苛立ちを振り切ったように、その表情は晴れやかである。

 そう、アナスタシアの猛攻の直撃を受けたにもかかわらず、隊長は依然健在であった。

「どいつもこいつも、人の生き死にだの、殺し殺されただのを気にし過ぎなんだよ。

人は逝くときは一瞬だ。その行為に後悔とか罪悪感とかが乗るわけない。

そして人が縛られるのは殺した後だ。殺す行為そのものに人でなしも糞もあるわけない」

 その表情こそ、上機嫌なものであったが、肉体の方はやはり無事ではない。
 体中のいたるところから出血しており、わき腹には捌き損ねたのか結晶杭が一本深々と刺さっていた。
51 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:45:47.51 ID:glNSs2qCo

 その姿は百人が見れば満場一致で致命傷である。
 だが、それでも男は倒れない。
 並の致命傷ごときで、この男を致命に至らしめることなどはできない。

「結局のところ、人はお前が思っているほどに清いもんじゃあない。

生き汚くて、自らの欲望のままに食らい、厚顔無恥に跋扈する。

エゴの固まり、泥のような感情。そして誰もが求める幸福であろうとする心が、人だ」

 百人の常識であろうと、億人の基準であろうと、男は蹴り倒し我を主張する。
 自らが絶対的なルールだと信じて疑わず、誰よりも自らの行動に準ずるこの世で最も常識外れのその男。

「理想は既に地に堕ちてんだよ。

結局のところ、無知なお前にわかったように語られてるのが、俺は我慢ならなかったのさ。

馬鹿が他人を語るなよ。俺は『あの人』に『お前ら』を任されたからこそ、ここに居る。今までがある。

間違っても『あの人』とお前を重ねるな」

「ふざけ……ないで。

語るな……ワタシを……。

馬鹿にするな……ワタシの、苦しみを、憎しみを。

人はお前ほど!!!救えなくは、ない!!!!!」

 蝋の翼では飛翔はできない。
 硝子細工のその両翼は、遠くに飛んでいくにはあまりに淡い。

「己惚れるな。『あの人』を見てここに居るんじゃない。

『あの人』はもういないし、彼女に代わりなんていない。

だからこそ、俺は、『お前』を見てここに居る。馬鹿で無知な子供のために俺はここで血反吐吐きながら立っている。

そして、俺は俺の心で立っているだけだ。

お前の心など、想いなど俺は決して知りえることなどできるわけがない!!!」
52 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:46:53.91 ID:glNSs2qCo

 上を目指すのは悪いことではない。
 だが上を目指さず、空さえ超えて最果てに思いを馳せることは、身の丈に合わないのだ。

「お前の悩みは、お前自身で折り合いつけやがれ、ってんだ!!!!」

 男は天に向かって手を伸ばす。
 その手中に一人の少女を収めて、地に足を着けた男の誓いは不変。

 もう二度と、取りこぼさないように。

(余計なことなど、考えるな)

 あの時、『あの人』を奪い取ってでも自らの願いを叶えるべきだったのか。
 あの時、任務を忘れ依頼を裏切ってあの村を守るべきだったのか。

 迷った挙句、なにも選ばなかった今はこのざまだ。
 かつての選択は、後悔となって今も化膿している。

 あの日の迷いで、取りこぼしたものは二度と戻らない。
 ならばこそ、もう二度と、あんな思いはしないように。

「俺が手の届く範囲なら、迷ってなどいられるか」

「悩みなんて……ワタシはしない!!!

アナタになんて、理解されたくない!

ワタシは、絶対に後悔なんてしない!!!」

 少女の叫びは、泣き声のようにも聞こえる。
 外界さえ知らぬ未熟な少女にとって、その願いのかたちはこれまでの数年で作り上げた結晶だ。
 それを否定など出来はしない。

 間違っているなどと、否定などが介在する余地などがあってはならないのだ。

「выравниватьй(並べ)!!!!」

 空中に浮遊していた結晶杭はその切っ先を一点に向ける。 
 その対象は、眼下に存在する隊長へと向けられていた。
53 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:47:39.23 ID:glNSs2qCo

「огонь(発射)!!!」

 大量の素霊は、アナスタシアの指示ひとつで一斉に動き出す。
 躊躇などない。
 彼女にとってこの男は憎むべき男だった。
 彼女が目指す願いの先にこの男の存在は不要だった。

 だが、この男は間違いなく目指す願いの先に居たのだ。
 その願いに到達する手前に、立ちふさがる壁として。

 故に、この男は乗り越える者ではなくなった。
 『乗り越えなければならない』者と認識を改めて、アナスタシアは対峙する。

「ワタシの願いは、アナタをワタシの手で殺して、証明される!!!」

 この男のために墓標はいくつでも刻もう。
 串刺しの丘に埋葬すべく、杭の暴力は隊長に降り注ぐ。

「粗末だな」

 だがそんな攻撃など、隊長は意に介さない。
 手負いの肉体とは思えないほどに、それらを一つ一つ素手で撃ち落とす。

 頭上、左、右後方、前方斜め上、一方、他方、全方、全方、全方。

 人一人を殺すことさえ容易い一撃であろうと、隊長にとっては銃弾にも劣る代物であった。
 まるで止まって見えるかのように、杭はただ少し超能力で補強された素手によって着弾するたびに撃ち落されていく。

「こんなものは、俺の敵ではない」
54 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:48:19.42 ID:glNSs2qCo

 隊長にとっての真の敵は別にある。

 ずきりと体を蝕む痛み。
 隊長にとって、唯一肉体に傷を付けているのは『外法者』の呪いである。

 世界そのものである『ウロボロス』と対峙している時点で、その『外法者』のルール違反によるペナルティは尋常なものではない。
 かつてアーニャと憤怒の街で戦った時など、比較してしまえば風邪気味の微熱のようなものだ。

 今は精神に負荷をかけるだけではない。
 世界による妨害は、事象の反逆だけでなく肉体の損傷にまで及んでいた。
 脳髄は暴れまわるように熱を持ち、肉体の筋繊維は何もせずとも千切れはじめる。
 超能力の制御さえも全力の半分以下もできていない。

「だがそんなこと、退く理由にならんだろう」

 体から迸る流血も、脳を焼く雑音も、そんなことは些末なことだ。
 彼の後悔に比べれば、彼が自らに架した願いに比べれば。

「俺の進む道に比べれば……」

 右脚の筋繊維が大きく破れ、隊長は体勢のバランスを崩す。
 それに迫りくるは、額を貫くように速度を増す結晶杭。

「こんなものは……甘すぎる!!!」

 消してこれ以上力が入ることがないであろう割けた右脚で、地面を大きく蹴る。
 両脚でその巨体を支え、隊長はその顔面を杭へと向け、大口を開ける。

 迫りくる杭を歯の万力で受け止め、衝撃を首で殺す。
 そして受け止めた杭を、右手でつかみ直し上空へと投擲。
55 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:49:06.43 ID:glNSs2qCo

「бессмыслица(無駄です)」

 だがその結晶杭は上空のアナスタシアの元にたどり着く前に霧散する。
 もともとアナスタシアの能力で作り出した杭である。それを消滅させることは容易に可能だ。

「しってる、よ」

 アナスタシアが気付いた時にはもう遅い。
 その跳躍力などただの人間などとは比にはならない。隊長はあの場から跳び上がりアナスタシアの眼前に迫る。

「殺す気なら弾幕にも気を付けろ。その程度の射線だと穴だらけだ」

 忠告するように、隊長は両の手を合わせる。
 その挙動は、アナスタシアを左右の空気ごと圧縮し、肉体さえも一瞬で消滅させる。

「それも……無駄だと」

 だがそんなことに意味はない。
 『ウロボロス』の力で何度も再生するアナスタシアにとって、肉体の破壊など意味を持たなかった。
 隊長の背後を取るように復活したアナスタシアは、極大の結晶槍を生成し間髪入れずに隊長の背に向けて放つ。

「死角を取ることは戦術の基本、だが」

 結晶槍は隊長を貫く直前で、制止したように動かない。
 それどころか、アナスタシアの体は何かに阻まれるように硬直する。

「人の死角を理解している者にとって、死角なんぞ当然死角ではない。

こと戦闘において、背後であろうと自らの死角は潰し、敵の死角はつぶされているものだと考える。

これも、教えたはずだ」
56 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:50:08.97 ID:glNSs2qCo

 すでにこの空間の空気は隊長の支配下にある。
 空気の分子さえ超能力で固定してしまえば動けるはずはない。

 隊長は制止した結晶槍に足をかける。
 制止した物体は、空中にいる隊長にとって足場にさえなる。

「アナタの教えなんて……捨ててきました。

ワタシにとっては、要らないものよ」

 たとえ動けなくても、そんなことに意味はない。
 アナスタシアにはそう言わんばかりの表情をしており、打開策は握っているようである。

 だが隊長にとってはそんなことよりも、アナスタシアの発言の方が気になっていた。

「ハッ……それは、失敗だったな」

「それが、なんの……」

「いずれ、わかる。

お前の俺への意地の悪い排斥行為は、お前にとっての致命になる。

いや、ある意味救いかもな」

 アナスタシアには隊長の言葉を理解はできなかった。
 隊長の教えや技術などは、彼女にとって唾棄すべきものである。
 たとえ役に立とうと、その『争いの火種』をこの体に残しておくはずがなく、切り捨てるべきものだ。

 たとえ仮に、それを拾い上げる者がいようとこの場に脅威として現れることはあり得ない。
 それは彼女自身だからこそ一番理解していることであり、残してきたものに何かできる力などありはしない。

 故に、そんな無意味な可能性は掃き捨てる。
 隊長のありもしない妄言に、アナスタシアは耳を貸さない。

「アナタの物なんて必要ない。

ワタシは、ワタシだけの力で、アナタという巨悪を打倒する!!!」

 空気固定の範囲外から、目の前の隊長とアナスタシアを取り囲むように結晶杭は出現する。
 それらは射出されることなく太さを増していき、その形を変えていく。
57 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:50:45.64 ID:glNSs2qCo

「数が足りないのなら、力を上げればいい。

力を上げて足りないなら、その数を増やせばいい。

ワタシは、何度でも繰り返せる!ワタシはこれを繰り返して、最後にはアナタを超える!」

 その結晶杭は一つの形を象る。
 形は周囲に存在する樹海の大木。先ほどの竜尾が樹氷のようだと形容されたが、まさしくこれは樹氷である。

 その先端は鋭利であり、隊長が足場にしている極大の結晶槍より巨大。
 数は12.時計の数字を位置するように並んでいる。

「вникатьй(貫け)!!!」

 射線上には当然アナスタシアも含まれている。
 それでも、何度でも復活できるアナスタシアには関係のないことだ。
 隊長をそれによって殺せるのならば、一度死ぬ痛みなど構わない。

 極太の樹氷はアナスタシアの合図によって円の中心、すなわち隊長に向け一直線に射出される。
 受ければ身体に空くなどという生易しいものではない。
 体組織は余すところなく吹き飛び原形さえ残らないだろう。

「繰り返す、か。

だがこの程度では、何度繰り返そうが無駄だ!」

 だが隊長は、そんな脅威歯牙にもかけない。
 片手を小さく掲げ、空気を握りつける。

 たったそれだけで超能力は行使され、迫り来ていた12の樹氷は同時に握りつぶされた様に破裂した。

「なら……さらに、より多く、より強い……」

 防がれることなど想定内、アナスタシアは新たな弾丸を生成しようとする。
 形作るイメージは、さらに大きく、強大な怪物さえも殺しうる一撃を与えられる物体。
 その発想の中で、武器や爆弾といったような現代兵器が上がらないのはある意味このアナスタシアのあり方を表していたが。
58 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:51:32.63 ID:glNSs2qCo

「繰り返す時間なんて、与えん」

 空中に固定されているアナスタシアにかかる一つの影。
 空気はまだ固定されているため、視線だけを上向ける。

「それより上には、行かせるかよ」

 アナスタシアの頭上に振り下ろされるは、神速の一撃。
 ただの踵落としではあるものの、その強靭な脚力と超能力の加速が合わさってミサイルの爆発にも匹敵する。
 幾度となく地表を割ってきたその脚はアナスタシアに突き刺さり、飛翔していた少女は地面に向かって急速に落下する。

(嫌だ……もう二度と沈みたくない。

ワタシは、もっと、もっと……上に。願いを叶えるために)

 アナスタシアが地面に落下するとともに衝撃によって土煙と轟音が上がる。
 奇しくもこの状況は先ほどとは逆転しており、今は隊長が地面のアナスタシアを見下ろしていた。

「これで、振り出しだ。

まだ、飛ぼうとするか?ならば俺も何度でも、だ」

 高く飛翔しようとする少女の姿は眩しくさえ思える。
 だが、それでも隊長はその翼を削いで、地に堕とす。

 憎まれようとも、彼は何度でも立ちふさがらなければならない。
 彼女の飛翔の先には、閉塞しか待っていないがゆえに。
 そのためならば、隊長は何度でも地表へと少女を撃ち落とすだろう。

「……ワタシは、飛ぶ。

誰よりも、高く、アナタも、私も置き去りにして」
59 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:52:39.45 ID:glNSs2qCo

 しかし、見下ろす隊長にとって予想外の方向から声が聞こえる。
 それと同時に足場にしていた結晶が消失し、今度は隊長が自由落下を始める。

「チッ……どういう、ことだ?」

 突如として落下し始めたとしても隊長は慌てずに、地面に両足を付け着地する。
 おおよそ人が落下したとは思えないほどの轟音が響くが、衝撃を超能力によって相殺した結果だ。

 隊長は、着地し片膝ついた状態からゆっくりと立ち上がりながら、上空を見上げる。
 先ほどよりもさらに上空、より巨大な結晶の翼を生やしたアナスタシアは浮遊していた。

「テレポートか?

…………いや、限りなく肉体を素霊と同一化させたのか?」

 肉体が完全に消滅した際に、アナスタシアの能力では復活する座標をある程度任意で選ぶことができる。
 復活する肉体の起点がない故に、魂から肉体を再構成するので短距離間においてならば場所に囚われる必要がないからである。

 故に、すでに肉体そのものを素霊に限りなく近づけておけば、復活する肉体の起点という縛りはほぼ解除される。
 結果肉体が完全に滅ぼされずとも、疑似的な短距離テレポートが可能を可能としたのだ。

「また……面倒な知恵つけやがって」

 よく見れば、上空のアナスタシアの輪郭は周囲に漂う素霊の粒子によってよりいっそう曖昧になっており、それが素霊との同一化の証拠であった。
 そもそもつい先ほど下半身が素霊となって散っていた時点で、この復活による短距離移動のコツは掴んでいたのだろう。
 もはや地に足を着けるなどということを意地でも拒むかのように、土壇場に執念で身に着けた未熟な少女の新たな技術。

 だが、そんな新たな技にも、見上げる隊長にも目をくれずにアナスタシアは虚空を見つめている。

「足りない……足りない。

あの男を、隊長を、殺すには、まだ足りない。

重さ、大きさ、太さ、数、速さ……素霊を総動員すれば何でも作れる……。

でも、そのどれでも……殺しきれない」

 その感情はもはや妄執であった。
 乗り越えなければならないと判断してしまった以上、彼女に迂回するなどという知恵は働かない。
 眼下の強大なこの男を殺し、自らの唯一の殺人として刻み込むことでしかもはや彼女の進む道はなかった。
60 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:54:09.53 ID:glNSs2qCo

「アー……あり、ました。

あった。ある……あれなら、やれる」

 そもそも外界と触れる機会のなかった彼女にとって、そもそもの知恵や経験が圧倒的に足りていなかった。
 相手を打倒するには、本来ならば兵器や武器と言ったものを連想するが彼女にはそもそも連想するための発想が存在しない。

 故に初めは杭、結晶の一番自然な形。自然の氷柱を模したような殺傷力をもった結晶を形作った。
 次に極大の槍、しかしこれも結局のところ杭から発展したものであり、その形を武器としての『槍』と形容するにはあまりに無骨すぎる物であった。
 そして樹木、はじめに隊長がそれらを飛ばすことによって杭を相殺していたこともある。その質量と暴力的な威圧感も相まって彼女がこの場で自然に連想できたものであった。

 そして今、彼女にはこれ以上作り出すものが存在しなかった。
 いや、作り出せるものはあるものの、生半可なものを作り出したところで隊長を殺すに至らしめられないことがわかっていたのだ。

 だが彼女は、上空から景色を俯瞰し、観察することであるものの存在に気づいたのだ。

 巨大にして、偉大。絶対的な存在感を放ち、隊長という規格外の存在を滅ぼしうる規格外の物体を。

「фиксация(固定)……фиксация(固定)……созыв(招集)。

формирование(形成)……фиксация(固定)……」

 明らかに結晶化していく素霊はこれまでの量とは比ではない。
 空を覆い尽くすほどの素霊が結晶化していくたびに、星空のように光が明滅する。

 その景色は幻想的であったが、同時に憎悪と狂気によって凝り固まった結晶体だ。
 明確に、アナスタシアは今できる最大限の力を使いこの場に素霊を招集している。

「また……面倒な力押しを……っ」

 その様子を見上げていた隊長に突如と走る激痛。
 先ほどまでわき腹に突き刺さっていた結晶杭が素霊に帰り、止血も兼ねていた血止めの栓が消失したのだ。
 体から血液が抜けていくとともに、慣れ始めていた脇腹の痛みも復活する。

「まさに、全部を集約するってわけ……か。

ハッ、光栄だな」

 隊長は軽口を叩きつつ、超能力で傷口を押さえつけ出血を止める。
 この程度に意識を割くのは造作もないが、あくまで応急処置にすぎず、致命傷が塞がるわけではない。

「この樹海の素霊を枯渇させる気か……」
61 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:55:52.77 ID:glNSs2qCo

 世界のあらゆる循環には素霊が関わっている。
 風はさることながら、気温、天候、果てには世界に満ちる魔力の流れにまで素霊の動きは影響する。

 今、この周囲数キロにわたる素霊がこの場に集約され、結晶として蘇生されようとしている。
 それはつまり、あらゆる流体の流れが阻害されることと同じであり、今の状況では魔術の発動はおろか呼吸さえも満足にはいかないだろう。

 超能力にしても自然界に存在する力を行使しているわけではないが、自然界に影響を及ぼす力だ。
 当然、力の行使に影響が出ており、ただでさえ『外法者』のペナルティの上で脳が回らない上に超能力がうまくコントロールできなくなっている。

「チッ……状況は逼迫する一方ってか?

俺は腹に大穴、全身に多量の裂傷、加えて力も全力の4分の1ってところ……。

一方、あのガキは無量大数の素霊の軍勢と、尽きぬ力と、無限再生。

客観的に見れば、勝ち目なんてない」

 明らかに絶望的な状況でさえも、男は嗤いながら上を見上げる。
 隊長にとって目の前の苦難など、さして問題ではない。

 血反吐なんて何度も吐いた。ままならないことばかりで、報われたことなど一切ない。
 それでも、誓ったがゆえに歩いてきたこの道を、貫けぬ道理はない。

「だから、いかに戦力差があろうと、状況がお前に味方したとしても、俺は……絶対に倒せない。

次は何の芸を見せるつもりだ?

俺はその尽くを打倒して、幾度となく稚拙な願いを撃ち落としてやる」

「アナタを……超えなくちゃ。

アナタという天井がある限り、ワタシは飛べないのなら、排除するしかない。

そして……アナタにとっての天井は、ここですよ」
62 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:56:48.43 ID:glNSs2qCo

 収束した結晶は、その姿を完成させる。
 氷山は逆さにそびえ立ち、空を台座にして鎮座する。

 アナスタシアがこの場において目についた、最も巨大で、最も破壊力を出すことのできる物体。

 地上から標高3776メートル。
 少女の視界に映るのはこの国において最も美しい独立峰である富士山。
 そしてそれを鏡写しされるかのように、形成された結晶の逆富士。

 質量と体積を寸分違わず再現したその結晶山は、落下するだけで日本全体にさえ影響を与えるだろう。
 その威力は、かつて隊長が大気圏外からビルを落とした威力など、もはや比ではない。

「日本人を……冒涜するようなもんだな」

「地形がどうなろうと、もはや知らない。

どうせ全部やり直すのだから……力を抑える必要なんて、ないんですから!!!」

 結晶山を見上げながら、アナスタシアは手を掲げる。
 それは落下の合図を示すものであり、その腕が降り下ろされた瞬間結晶山は重力に引かれ落下するであろう。

 仮にこれが地面に衝突すれば、その真下にいる隊長など、原形を保てないほどに圧殺されるのは確実である。

「考え方は豪胆で悪くない。

『あっち』の方にはできればこれぐらいの発想が出来るようになってくれればよかったんだがな……。

まぁ……とにかく、たかが山ひとつで俺を殺そうとは、舐められたものだな!!!」

 発想としては悪くはない。
 だが、質量の桁がこの程度では足りないのだ。

 かつて隊長を殺すために、とある敵はまるごと惑星ひとつぶつけてきたことがあるのだから。

「この程度、握りつぶせる!」
63 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:58:13.63 ID:glNSs2qCo

 隊長は右手を伸ばし、視界の内で手のひらと結晶山を同期させる。
 彼が、最も得意とする技でもあり、希望ごと万物を握りつぶしてきた非情の掌。
 それを握りしめるだけで、規格外の超能力は山脈一つであろうと握りつぶして見せる。

 軋み上げる結晶山。力のすべてを集約した巨大な暴力であっても、隊長の拳ひとつで砕かれようとしていた。





「……なんて、無意味なこと」

 だが噴き出すは赤色。
 すべてを握りつぶしてきた隊長の右腕は、関節が大量に増やされたかのごとくねじ曲がり、砕けた。
 そして、肩の力が抜けたように使い物にならなくなった右腕はだらりと下がる。

「……ぐ、があああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 隊長はその衝撃から絶叫し、その場にうずくまった。
 いくら隊長が、あらゆる因果や運命を無視してここに居るとしてもそれに払っている代償は先に述べている。
 今の現状は負荷の上に負荷を付加するようなものであり、負債に負債を重ねる多重債務の形だ。

 そんなことが続けば、いくら精神の方が強靭であろうと、破産し肉体が引き裂かれるのは目に見えていたことだったのだ。

「……先に尽きたのは、アナタの方でしたね。隊長さん。

これは、ワタシの願いの結晶。アナタを貫くためにあつらえた一石よ。

これまでにいろんな人を、物を、思いを冒涜してきたアナタには、決して打ち破れない」

 もはや勝負は決した。
 かつて憤怒の街でアーニャが、隊長の放つ一撃を相殺してみせたときのような奇跡は存在しない。
 奇しくも、その時とは立ち位置が真逆であったが、孤立無援の隊長にこれを打開する術などありはしなかった。

「この山は、アナタへの餞別。

この土地に墓標として刻み付けて、ワタシは全てを取り戻す」

 そうして降り下ろされたアナスタシアの右手を合図に、結晶山はゆっくりと降下する。
 幕切れは、あっけなく。
 その逆富士は、重力に引かれながら隊長を落下点の中心にして加速していく。



   
64 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 19:59:19.94 ID:glNSs2qCo



 はずだった。

「あまり……適当な、こと……ぬかすなよ」

 微かに聞こえる声。
 落下を始めた結晶山は、地表の衝突直前に静かに停止する。
 騒がしかったこの樹海から、一斉に音を奪ったかのように沈黙が支配した。
 ただ一人の声を除いて。

「……俺の底が尽きただと?……これが俺の墓標だと?」

 底冷えるかのような低い声。
 深淵から響くような言葉は、俯瞰し、勝利を確信していたアナスタシアからも言葉を奪う。

「だから……浅いんだよ。人生が、思いが、絶望が、まだまだだ。まだまだ、浅すぎる。

腕が折れた?腹が割けた?内臓が吹き飛んだ?

ならば両足で立てばいい。腹ばいで進めばいい。視線で貫けばいい」

 紡がれる言葉と共に、カーン、カーンというような釘を打ち込むような音が鳴り響く。

「その程度では……俺は折れない。

この俺の執念は、意地は、お前ごときが測れるものじゃない。

……忠告だ。

俺を止めるために、殺すことはは不可能だ。

俺を殺すために、止めることは不可能だ。

俺が終わりだ。故に……俺に、『黄昏(おわり)』など存在しない」
65 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:00:22.54 ID:glNSs2qCo

 一際大きい杭打ちの音。
 それと同時に制止していた結晶山の裏から貫くように樹海の木が露出する。
 結晶山に大量に埋め込まれた樹木は、構造上の弱所を的確に貫いていた。



「『сонй сумеречный(眠れ、あの人の居た場所で)』」



 その言葉は一つのトリガーだ。
 馳せるは郷愁。語るは悲哀。
 彼自身の誓いの言葉にして、自縛の言葉。

 この言葉を聞いたものは、これまでに十指にも満たない。
 だが彼らはその散り際に、男のことをこう形容したのだ。

 『眠らぬ黄昏』と。

「…………ウソ」

 結晶山は崩壊を始める。
 夕焼けに似た色をした力場の渦が、あらゆる物質を塵に帰す。
 念動力によって捻じ曲げられた空間は光のスペクトルさえも屈折させ、僅かな帯域の可視光を残してすべてを消滅させている。
 通常の法則や概念からは置いて行かれた、もはや超能力とも呼べるのかともいう途方もない異能。

 夜空を彩るのが星ならば、自らはそれを導く黄昏となろう。
 その力は男の生涯を表し、何者でも及ばない外法の最果てであった。





   
66 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:01:06.18 ID:glNSs2qCo




「生憎最果ては……占有済みだ。

お前はここで、袋小路だよ」

 本来魂の最小単位であるはずの素霊が、さらに小さく寸断されて散ってしまった。
 結晶山は既に跡形もなく消失し、樹海は普段の様相を取り戻している。

「ワタシに、アナタは超えられない。

その意思は、その狂気は、ワタシには途方もなさすぎる」

 すでに隊長の姿は満身創痍であった。
 一本の樹木を背にして、四肢に力が入ることなく座り込んでいる。
 超能力による止血は既に無理が生じており、血液は少量ずつだが確実に漏れ出している。
 眼球は充血し、血涙となって脳の負担を表していた。

 それに向かい合う様に、アナスタシアは静かに立っている。

「それでも、ワタシの勝ちです。

ワタシは、ワタシの正当性を主張するために、アナタを殺す。

アナタを乗り越えられなくても、排除はできるから」

 アナスタシアの隣に出現する結晶杭。
 たった一本の杭であっても、今の隊長に止めを刺すには十分である。

「ああ……今のお前は間違ってはいない。

お前は誰かに言われたからとか、誰かのせいにしてここに立っているわけじゃない。

お前自身が願ったからこそ、ここに立っているんだろうよ」
67 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:02:18.52 ID:glNSs2qCo

「да(ええ)……。ワタシは、ワタシの願いで先に進む」

 結果として、アナスタシアの力は隊長には及ばなかった。
 それでも、この場に伏したのは隊長で、立っているのは彼女である。

 結論は出た。
 アナスタシアはここで隊長に引導を渡すべく、杭を飛ばそうとする。




「……?」

 だがここで、ようやく違和感に気づいたのだ。
 隊長が、あまりにも潔すぎる違和感に。

「ククク……クハハハハ……」

 静かに嗤う隊長の表情は、決して充足感などではない。
 企みが成功したかのような、策謀を巡らした者の顔。

「……気付いた、ようだな。

一つ、考えてみろ。俺が、膝を折ったということが……どういうことかをだ。

俺はお前を殺せないし、お前は俺を殺せない、平行線だということは、初めから理解していただろう?」

 戦闘前こそ挑発を繰り返し、あたかもアナスタシアを止めに来たかのように振る舞っていた隊長。
 だが隊長は初めから、この戦闘で決着が着くことはないことを理解していたのだ。

 そのことに気づいたアナスタシアは、ある一つの、そして本来真っ先に考えるべき発想に思い至る。

「アナタは……ワタシを願いを止めに来たのではなかった……。

ただ……『足止め』が目的だった」

「そうだ。俺が膝を折り、戦闘を止めたということが、どういうことか理解できたか?

もう……足止めの必要がなくなったってことだ」

 アナスタシアは隊長から視線を外し、即座に振り返る。
 視界には、目ぼしいものは映らない。
 それでも、吹く風は雄弁に語りかけてきた。
68 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:03:00.29 ID:glNSs2qCo

「そもそも、お前は間違ってんだよ。

俺は、乗り越える壁じゃない。俺はあくまで前座だよ。

『お前ら』が真に乗り越えるべきは、『お前ら』なのさ」

 隊長にとって、初めから勝敗の存在する戦いではないのだ。
 すべてはこの時のためのお膳立てであり、託された者の使命だった。

「隊長さん……アナタの狙いは、この状況だったということですね」

「俺としては気に食わない部分もあるが……おおむねシナリオ通りだ」

 道筋は閉塞ではなく収束であり、終息だ。
 終わりが始まり、騒動は沈黙のままに完結する。

「いつからかと考えれば、まぁ初めからとも考えられるが……。

それでも、今この瞬間お前はまんまと嵌ったわけだ。

『Шах и мат(チェックメイト)』ってな」

 そしてやはりこれは、少女の物語だ。





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69 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:05:25.75 ID:glNSs2qCo


 ただ一人公園に残された少女は、静かにベンチに座りながら思いを馳せる。

 視界の先に、すでに男の背はない。
 本当にただ一人、通行人のだれもが彼女に気づくことなく、真実の孤独がここにはあった。

「願い……か」

 その意味を今一度考える。
 この身は空虚だ。だが外からの言葉は響かずとも、中では反響し反芻することができる。

「『私(あのこ)』は、この世界を変えて、ママを助けると、言いました」

 誰よりも優しかったあの少女には、この世界は失ったものが多すぎた。
 家族を奪われ、故郷を奪われ、安寧さえも奪われる。

 そして挙句の果てに、代役のアーニャによって、その最後に残った一縷の理想にさえ止めを刺した。

 もはやこの世はままならない。
 愛するべき家族もおらず、人々は無意味な争いを続ける。そして自らを託した『代役』は愚昧を通り越して滑稽であった。

 ならば、こんな世界は要らないだろう。
 都合よくその手には、世界を変える力が握られていたのだ。
 それを行使せずに、他に何があるという。

 彼女の願いは、絶望の先に残された最後の幻想だ。
 世界さえも自己の意志のみで書き換えることさえ厭わない。
 あらゆる人に恨まれようと邁進する利己的な、それでいてこの世のだれもが否定することなどできない確たる願い。

「そんな願いよりも……叶えたい願いなんて……」

 結局のところ、願いの強さが違うのだ。
 アーニャにはもうひとりの少女の願いを超えるほどの意志の強さも願いもない。
 かつて望んだヒーローでさえ、無意味なものだと理解してしまった。
70 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:06:11.04 ID:glNSs2qCo

「私には……あの子以上の願いなんて持ってない。

あの子の願いを踏み越えてまで、叶えたい願いなんて……見つかりません。

……ニェート、それどころか……私が、願いを持つ資格なんて……」

 彼女自身を裏切り続けたアーニャにとって、『アナスタシア』の苦しみは理解できた。
 そう、誰よりも、自分自身であるがゆえに、裏切り続けたアーニャに自身が『アナスタシア』の一番の理解者であったのだ。

 だからこそ、彼女のとった選択を、アーニャは否定できない。
 だからこそ、アーニャは彼女を差し置いて願いを持つことなど許されないと思っているのだ。

 そして今アーニャを形作っているのは、封印に残った天聖気とアーニャの人格。
 それと彼女が置いていった『彼女の苦痛の記憶』と忌まわしき部隊の技術である。

 ほぼ空っぽで、人としての意志を押し通す力すら枯渇している今のアーニャには、意思を生み出すことすら困難であった。

「やっぱり隊長……私には、願いなんて、ありません。

私は……ここで、静かに終わりを待ちます」

 いくら期待をされても、存在しないものは見つかりはしない。
 そう思い、アーニャは再びベンチで静かにうつむこうとする。







「……アー?」

 だが、アーニャの意志を無視して、その頭は垂れることを拒むように真っすぐを見据えたまま動かない。
 周囲には、隊長もいない。『アナスタシア』もいない。知り合いのだれもいないはず。
 誰からの干渉も超能力も魔法もないはずなのに、その顔は前を見据えたまま動かなかった。

 そして頬を伝う様に、一筋の線が流れる。

「シトー?……どうして、涙が?」
71 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:06:57.48 ID:glNSs2qCo

 一度自覚してしまえば、堰を切ったように涙はあふれ出す。
 意思とは関係なく流れ出す涙に、アーニャはただ困惑するだけだった。

「……なんで、涙が?

別に、私は悲しくなんて……?

……いえ、私、は、悲しい?」

 そのとめどなくあふれ出てくる感情の源泉は理解できなかった。
 それでも、それが何なのか空っぽのアーニャでも理解できた。

 なぜだかとても悲しいのだ。
 何が悲しいのかわからないが、はっきりと言えることがあった。

「私は……悲しい。このまま終わるのが……なんでか、とても、悲しい。

アー……私は、イヤダ。……イヤ、なんです」

 何が嫌か、まではわからなかった。
 自暴自棄に、愚かな自身に下る罰を待ちわびるだけだったはずなのに。

 今は、このまま終わるのが、消えてなくなるのが、とてもとても嫌だった。

「私は……私は!!!」

 理解はできない感情は、行き場を見失っていた。
 そしてその感情は、スペースの空いている空っぽの体の中に行き渡っていく。

「私は……何が、嫌なの?」

 ただ待ち続けるだけだったはずのアーニャは、止まらぬ涙を抑えながら考える。
 その心の源泉を、そして願いの在処を。
72 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:07:35.46 ID:glNSs2qCo

「おい、泣き虫!!!いっつも泣いてばかりだな泣き虫!!!」

 そんなアーニャの耳に唐突に届く声。
 まるで今の自分を差すかのような言葉に思わず視線を向ける。

 そこには三人の子供たちが、一人の少女を取り囲んでいる状況だった。
 どうやら、囲まれて泣いている少女に向けた言葉らしく、アーニャに向けた言葉ではなかった。

「お願いだから、返してよーっ!!!」

 取り囲んでいる子供の一人の手には、女児向けの玩具であるステッキらしきものが握られている。
 どうやら、それは中心の少女の物らしく、いじわるついでに取り上げられてしまったようだ。

「いっつもちょっと何かしただけで、めそめそしやがって!!!

お前みたいな泣き虫には、こんな玩具ももったいないんだよ!」

 取り囲んだ子供たちは、そのステッキを投げ合ってパスしあう。
 子供たちの手から手へと次々と移り変わるステッキを何とか取り戻そうと少女はもがくが、取り返せない。

 仕舞には、抵抗も見せなくなりただ輪の中心でより一層泣き続けるだけだった。

「コラー!!!またイジメてー!!!私の友達をいじめるなー!!!」

 そんな状況にかかる、新たな声。
 取り囲む子供たちは、その声の方向を向くと露骨に表情を変えた。
73 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:08:07.78 ID:glNSs2qCo

「ゲ……ババアが来やがった」

「なんだよ!!お前には関係ないだろ!!!」

「さっさとどっかいけよババア!!」

 小学生くらいの子供にありがちな、ありきたりな暴言を吐くいじめっ子たち。
 そんなことは構わずに、新たに表れた少女は一直線に走っていく。

「いいかげんに、しなさーい!!!」

 そして、少女は速度を落とさないまま跳びあがり、取り囲む子供たちに向けて跳び蹴りを繰り出した。

「うわ!あぶね!!!」

 取り囲んでいた子供たちは散りじりになってその一撃を回避する。
 現れた少女はきれいに着地し、虐められている少女の前で壁になるように立ち上がる。

「あんたたちそんなことして楽しいの!?さっさとそれを返しなさい!!!」

 さっそうと助けに入った気の強い少女は、ステッキを指さして言い放つ。
 いじめっ子たちは、先ほどの容赦のない攻撃で動揺しているようだ。

「へ……へっ。こんなもの、欲しけりゃやるよ!」

 ステッキを握っていたいじめっ子は、乱暴にそれを放り投げる。

「あ!コラッ!」

 ステッキに気の強い少女が気に取られているうちに、いじめっ子たちはその場から退散していく。

「バーカ!!鬼ババアと泣き虫で、勝手に仲良くしてろよ!!!」

「そうだそうだ!バーカバーカ!!!」

 小学生の少ない語彙で吐かれた暴言を捨て台詞に、いじめっ子たちはこの場から離れていく。
 そんな言葉を気にせずに気の強い少女はステッキを拾い上げて、泣いていた少女にそれを渡そうとする。
74 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:08:55.39 ID:glNSs2qCo

「ありがとう……――ちゃん」

「なんでいっつもやられっぱなしなのよ……ガツンと行きなさいガツンと!」

 虐められていた少女は、しゃくりを上げながらも礼を言う。
 この二人は普段から仲が良く、友達同士なのだろう。

「その……――ちゃんは、どうしていつも助けてくれるの?」

 そんな気の弱い少女は、ふとそんな疑問をぶつける。
 実際、なんどもこの少女は虐められているようで、そのたびに助け出されているらしい。
 だからこそ、そんな気の弱い自分に対して、どうしていつも助けてくれるのか疑問に思ったのだろう。

 何か見返りを与えているわけでもない。代わりに何かしてあげているわけでもない。
 このいじめられっ子の少女にとって、不等号の関係なのだ。

 だからこそ、いつも飽きもせずに助け出してくれるこの少女の理由を今尋ねたのだ。

「……?そんなの、友達だからに決まってるじゃない」

「と、友達?だって……そんなことだけで……私は、なんにも――ちゃんにしてあげられてないのに」

 それはいじめられっ子には理解できなかった。
 見返りのない関係は、ひどく不可解に映るのものだ。
 何一つ、助けてくれた少女に対して返せていないいじめられっ子は、そんな一方的な関係にひどく不安になる。

「はぁ……。別に何かを求めてアンタといるんじゃないわよ。馬鹿にしないで……」

「でも……私も、――ちゃんの役に立てないかって……」

「気にしなくていいわよ。友達なんだから……そうね」

 気の強い少女は、手に持ったステッキをまるで正義のヒロインのように振りかざした。

「アンタといるのが、私は楽しいのよ。私と友達に、仲良くしてくれているだけで、私がアンタを守る理由になるんだから!

あたりまえのこと。友達といるのが楽しいから、友達を守ったのよ。納得した?」
75 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:09:46.77 ID:glNSs2qCo

 単純明快な答えにして、理屈なんて抜きにした等価の答え。
 そんな気の迷いさえ晴れるような発言に、いじめられっ子の顔は晴れやかになる。

「うん!……――ちゃん、ありがとう!」

 普通の公園で一画で、ありふれた友情の会話。
 どこにでもよくある幸せの形は、紋切型であったとしても尊いものだ。
 この小さな少女たちの、ありふれたやり取りには何の異能も関与していない。

 本当に、どこにでもある、心同士のやり取り。



 その一幕は、アーニャにとって何の関係もない。そこに居合わせたアーニャは本当に、ただの傍観者だ。
 だが、それを傍らで傍観していたアーニャは、涙を流しながらも気づくのだ。

「あたりまえで……普通のこと。

理由の在処なんて……ひどく浅いところに、あったんですね」

 因縁や、執念など必要ない。
 人が動く理由としては、ひどく浅瀬の、何気ないものでいいのだ。

 友情や物的な利益、それどころか刹那の感情でさえ、行動原理となる。

 そしてそれは願いであっても同様だ。

 復讐だとか、絶望だとかそんな大層なことを理由に、かける願いもあるだろう。
 だがそれでも、ただ隣に居たいとか、ささやかな幸せを感じたいという願いと、どれだけの質量の差があるだろうか?

 所詮は同じ人から生まれた願い。
 そこに優劣など存在しない。

 ただあるのは、それを貫く心の強さのみである。

「私は……このまま、消えたくない。それは、どうして?」

 きっと深く考えすぎていたのだ。
 底の見えない水底を懸命に見ようとしても、決して理解できるはずがない。
 本来探すべきは、足の届く、ささやかな浅瀬だったのだ。
76 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:10:27.18 ID:glNSs2qCo

 見えない星を探したところで、光が届かなければ意味はない。
 目に見える範囲で探せばいいのだ。
 願いを懸ける、身近な星を。

「私は……知りたい」

 その意思は、光となって心の外へと伝わる。
 それに呼応するかのように、周囲の空気中に光の粒が星屑のように煌めき始める。

 今限りなくアーニャの体は霊体に近い。
 その意思が天聖気として空気中の魔力へと伝わり、それを介して数多の素霊たちに伝わっていく。

 アーニャの心にこたえるように、素霊は集まってくる。
 そしてアーニャに伝えるのは、アーニャが探していたもの、アーニャを取り巻いた人々の心。

『アーニャンが……あんなに悩んでたなんて。

友達だったのに、気づいてあげられなかった……』

『あの子は……私の友達よ。

なら、私たちが一緒になって悩んであげなくちゃ、いけないのよ……』

 彼方より伝わる彼女への思いは光となって。

『ウチの仕事だ。

ウチがアーニャのことわかってあげないと、駄目だから。

だって、仲間、なんだから』

 誰かが、自分のことを思ってくれている。

『確かに……アタシの優先順位は美玲だけどさ……。

やっぱり、このままアーニャを見捨てたらきっとアタシは後悔する。

だけど……それでも後悔しても……これ以外の解決法を知らないから』

 苦悩も含めて、伝わってくる。
77 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:11:21.54 ID:glNSs2qCo

「私は……幸せ、です。迷惑ばかりかけてきたのに……こんなにも、思ってくれる人がいる」

 損得や、利己的な感情を含んでも、アーニャのことを考えてくれる人々がいることを、アーニャは実感する。
 それは紛れもなく、空っぽのアーニャだけが持つ唯一の物。

『危なっかしいところや、戦いしか知らないとかっていう危ういところとか、いろいろありますけどね』

 脳裏に浮かぶのは、一人の青年。
 きっと、最も迷惑をかけた人だとアーニャは思う。

『結局のところ、アーニャはいい子なんですよ。

機械だとか、心がないとか言いましたけどね。

それでも多分、根っこのところで、俺たちの役に立ちたいと思ったから、戦いしか知らないからヒーローという手段を取ったんだと思います』

 誰かと会話するような青年の言葉。
 その言葉は、呆れも含んでいながら歳の離れた妹を思うような温かみがある。

『血なまぐさい生活をしてきたのにもかかわらず、あれだけまっすぐな子なんですから。

きっと、すぐ成長してきますよ。ちゃんとした答えを持って』

 その言葉には、信頼が乗せられている。
 彼自身の人柄もあるのだろうが、それでも一般的にまともとは思えないような少女に対してここまでの信頼をよせてくれるのだ。

 ならばアーニャはその信頼に答えるしかないだろう。

「ピィさん……私の願いは、決まりました」

 素霊は粒子となって、アーニャの周囲を渦巻く。
 いくつもの拙い幻想は、結晶となって一つの願いへと昇華した。

 まぎれもなく、彼女にも願いはあった。
 それは、『アナスタシア』のような途方もないものではない。
 だが、それでも唯一彼女のみが持ち得るものだ。
78 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:12:32.55 ID:glNSs2qCo

「私は……まだ、みんなと一緒に居たい。

私の、好きなこの場所を……リセットするなんて、見過ごせない、です」

 誰かのための願いでもない。
 逃げ場としての望みでもない。

 紛れもないアーニャ自身の願いは、アーニャ自身のためのものだった。

『俺に……『黄昏(おわり)』など存在しない』

 そして今、必死に戦い続ける男の言葉が伝わってくる。
 その男の願いと共に、アーニャの中に入ってきた。

『あの人の……娘を、託されたと始めたことだ。

だが……それでも、それを叶えたいという心は、紛うことなく俺の願いだ。

俺は、アナスタシアを、あの手のかかる子供を、最後まで、導いてやる!』

 すでに、願いは想い人のしがらみから離れ、彼自身の鼓動と一体になっていた。
 それを理解し、アーニャはゆっくりとベンチから立ち上がる。



『もう……大丈夫?』



 すぐ後ろから聞こえる声。
 アーニャは振り返らずに、前だけ見据えて答えた。

「ダー……私は、もう、大丈夫。

じゃあ、いってきます」

 目指す場所は既に知っている。
 これは願いを貫き通す戦いだ。
 だからこそヒーローでも他の誰でもない、アーニャ自身が決着を付けなければならない。
79 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:13:41.97 ID:glNSs2qCo

 ウロボロスという世界に対するための願いは携えた。
 もはや迷いはない。自分自身のためにアーニャは前へと進みだす。

『大きく……なったわね』

 そんなどこからともなく聞こえる呟きを背にして、アーニャは光り輝く素霊と共に、公園から溶けるように消えていく。

 たどり着くのは一瞬だ。
 素霊の循環の流れは、大気の流れ以上にゆっくりで、かつ迅速。
 尚且つ、ちょうどその場は素霊が枯渇しており、穴を埋めるために素霊が大量に流入されている地帯となっていた。

「俺としては気に食わない部分もあるが……おおむねシナリオ通りだ」

 聞こえてくるのは男の声。
 周囲は一転して鬱蒼と茂る森の中。

「いつからかと考えれば、まぁ初めからとも考えられるが……。

それでも、今この瞬間お前はまんまと嵌ったわけだ。

『Шах и мат(チェックメイト)』ってな」

 アーニャはその場に現れる。
 自身を見つめる『自身』の瞳を超えて、気に寄りかかる男と視線を交わす。

「予防線は張った。

念のために策を講じた。

だがそれでも、俺は信じていた。お前が必ず来るってことを。

ちゃんとした答えを持ってこの場に現れることを、だ」

 その姿は満身創痍だが、それでも隊長の顔は勝利を確信していた。
 確信をもって詰みだと言い放った。

「お前なら……『お前』に勝てる。

いや……お前じゃなきゃ『お前』に勝てない。

これだけ俺に言わせているんだ。期待外れなら容赦はしない。

俺の伝えることは全て伝えた。与える物はすべて与えた。

だからこそ、お前は『勝てる』。アナスタシア」
80 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:14:49.74 ID:glNSs2qCo

 決して、これまで隊長は目の前の『アナスタシア』のことを名前で呼んだことはなかった。
 確かに、隊長にとっての『あの人』に頼まれたのは目の前の少女だったが、そんな事とは関係ない。

 隊長にとっての『アナスタシア』は今この場に現れた、白銀の少女の方だ。

「あなたは、いつも勝手です。隊長……。

好き勝手に、周りを巻き込む。

許せないことも、たくさんありましたし……私の中のしがらみも、なくなったわけじゃないです」

 交錯する視線は、互いに決して穏やかなものではない。
 到底親愛とは呼べないような遠い感情が二人の間には存在している。

 だが、この瞬間において二人の歪なしがらみは、二人だけの繋がりであった。

「それでも……あなたは私のためにここで、戦ってくれた。

たとえあなたが、私のためだとは言わなくても……それのおかげで、私は今ここに居る。

だから……私のために、ここに居てくれてありがとう。

そして私は……私だけの『願い』を、貫きます」

 その宣誓は、自らが見つけた回答を隊長に示していた。
 決して船頭としてはあまりに無様な男ではあったが、それでも子供は目的地へと辿りついたのだ。

「ハッ……合格点だ」

 隊長は、すべてを理解し静かに笑う。
 役目は終えた。ならばあとはそのなりゆきを、静かに見守ろう。
81 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:15:54.60 ID:glNSs2qCo

「あとは……任せた」

「大丈夫、です。

だってこれは……私の、闘いですから」

 アーニャの視線は、力なく四肢を投げ出す男から静かに様子を見ていた少女の方へと移る。
 互いに違うことのない姿は、鏡写しの様で、互いが互いの瞳の中を覗き込む。

「今更……何をしに来たの?『私(アナタ)』」

 その心は、慮外と疑念に満ちている。
 『アナスタシア』にとって、アーニャがここに来ることは完全に予想していなかったことであり、表情こそ平静を装っているがその内情はそれなりに混乱していた。

 なぜなら彼女は『アナスタシア』である。
 アーニャと同じ存在であり、数年に渡り心の中で観察し続けた人格だ。
 故に、アーニャがどういう者であるかも知りつくしており、その上で絶対に立ち直ることはないと確信していたからだ。

 彼女が空っぽであることをだれよりも知っていたから。
 彼女が人にすらなりきれない憐れな存在だと認識していたから。

「本当に……今更、何者でもないアナタがなぜここに立っているの?

これ以上……私から何を奪おうって、いうの?」

 だから彼女は、ここに現れた簒奪者に理由を問う。

 もはや自身の絶望は見せたはずだ。
 もはや彼女の愚かさは突きつけたはずだ。

 それでもなお、この場に立ちふさがる『自身』の写し身に、問わねばならなかった。
 このただ一つの願いもかなえられなかった少女の、たった一つの願いを踏みにじってまで叶えようとする彼女の願いを。
82 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:16:36.21 ID:glNSs2qCo

「私は……あなたがどれほど、苦しんだのか知っています。

ダー……ええ、きっと私には、理解できるものじゃあないの、でしょうけど。

あなたがどれだけ、争いを憎んで……どれだけ愚かな私が、キライだったかは、わかっています」

 限界まで張りつめた弓のように、抑圧された感情はあの月夜の夜に放たれた。
 目の前で吐かれたあの感情は、今もアーニャの心に傷のように刻み込まれているし、決して忘れはしないだろう。

 誰かに恨まれることなど、よくあることだった。
 人の生き死にに関することをしてきたのだから、そんなことは気にしてはいられない。
 断末魔の怨嗟など慣れ切ったものだ。

「私が……私を憎むことなんて、とても、つらいことです」

 だが、別人格であっても、恨まれるのが自分というのはまた違ってくる。
 その自己嫌悪にも似た感情は、同じ自身であるが故に最も近い出来てしまう。

 『アナスタシア』の言う通り、その絶望はかつて誰に言われた言葉よりも自身を否定し、自らの空虚さを突きつられた。

「あなたの言う通り……私には、あなたの願いを否定する権利なんて、ありはしない」

 それは今でも変わらない。
 アーニャは自分の罪深さは理解していたし、だからこそあの公園で終わりを待っていたのだ。
 仮に誰かに『アナスタシア』を止めろと乞われても、決して動くことはなかっただろう。

「だけど……私は、気付いたんです」

「気付いた……?ワタシを止める理由を?」

「……ニェート」
83 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:17:27.30 ID:glNSs2qCo

 『アナスタシア』の言葉をアーニャは否定する。
 アーニャには、止める理由などはありはしない。

「……私は、考えたんです。

私は……どうして、戦ってたのかを。

どうして、ここに居るのかを。

そして……気が付きました。

私は、みんなと一緒に居たかったんです」

 それは、まぎれもない彼女自身の言葉。
 彼女が手に入れた。否、気が付いた、すでに所持していた願いのかたち。

「はじめは、名前をくれたからとか、恩があったからとか……そんな程度でここに居ました。

だけど、私の手は血で汚れているのに……あの人たちは誰も気にせずに、私と接してくれた。

私と一緒に居てくれた。私のことを、考えてくれた。

私を、何も言わずに受け入れてくれたみんなを……私は気が付かないうちに、好きになっていました。

だから、せめてみんなの役に立てるようにって……戦い、ました。

だって、それしか……できませんから」

 彼女自身無意識だった。
 彼女はみんなを守りたいからヒーローとして戦っていた。
 だがそれは逆だったのだ。

「私は……居場所をくれた、みんなの役に立てるように……ヒーローを。

……ニェート、違い、ますね。私は、居場所を無くさないために、見捨てられないために、戦っていたんです。

結果的に……迷惑、かけて、しまいましたけどね」

「そんな……理由で、戦って」

 これはアーニャ自身にも理解できていなかった『自身』のことだ。
 だからこそ、同じ『アナスタシア』にも理解できていなかったし、その願いは誰にも知られることなく、そこにあることさえ気付かれないままに存在していた。
84 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:18:37.66 ID:glNSs2qCo

「だから……もう、ヒーローは、いいんです。

私は、まずみんなに、自分の、ホントウの気持ちを伝えなくちゃ、いけないんですから。

『ここに居たい』って。『この場所に私も混ぜてほしい』って、ただそれだけを」

「今更……いまさら、そんなことを……!!!」

 『アナスタシア』は泣きそうな顔になりながらも激昂する。
 機械のような少女はもうそこにはいない。
 一つの欲求を形にして、それを見据える一人の少女を『アナスタシア』は前にして、たまらなく、耐えられない。

 まるで自分が置いて行かれたような、私の方が人間だと、私の方が純潔だと思っていたのに、いつの間にか自分が劣っているかのように思えて。
 そのあまりにありふれた『願い』のかたちが、自らが絶望の果てに紡いだ『願い』に迫るものであるかのような感覚が。

「そんなことで……そんな程度の願いで、ワタシを……止めるの!?

ワタシの絶望を……その程度で、踏みにじるというの!?」

「……ダー、あなたが抱いた願いだって、わからなくないです。

だって私も、パパやママが生きていたらって思うこと、あります。

あの時……やり直せたらっていうことは、いくつもあります」

 アーニャだって、『アナスタシア』の願いは理解できている。
 一度はその願いを受け入れたし、そう考えたこともなかったわけではない。

「だけど……私は、今のこの場所が、好きなんです。

昔の、私の故郷を選べば、今のこの場所は確実になくなります。

私の願ったこの場所は、きっと消えてしまいます。

……なら私は、今を選ぶ。この代えられない、欠けることのない、みんなのこの場所が、いいんです」

 未練がないわけではなかった。
 だがそれでも、そんな悲惨な過去だとしても、それがあるから今がある。
 確かに幸せではなかったかもしれないけれど、その結果から成り立つこの場所は、今のアーニャには決して代えられないものだった。
85 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:20:03.83 ID:glNSs2qCo

「だから……私は、あなたの願いを止めます。

恨まれようと、憎まれようと、私は『私』の願いのために、『あなた』の願いを打ち砕きます。

そして、私は迷惑かけた皆に謝って……またみんなで、この場所で、明日を迎えます。

誰かのためとか、じゃない……私の、願った明日を」

 その二つは完全に分かたれた。
 二人のアナスタシアは決定的に決裂し、互いに過去と今を思い合う。

 そしてその心に、複雑な歪みを理解したとしても、もはや立ち止まれはしない。

「だって……ワタシは、これを願った。

いまさら……きれいごと言ったって、そんなのは卑怯者だ!!!

ワタシは、アナタが、嫌い!!!

わかった、アナタはかわいそうなんかじゃない、憐れなんかでもない。

アナタは、ワタシの邪魔者なのよ!だから、もう、ほっとけない!!!」

 『アナスタシア』は理解した。
 嫌いではあったけど、憎くもない、同じ被害者だと思っていたもう一人の自分が、最も自分の敵であることを。
 『願い』ために立ちはだかる障害物は隊長などではなかった。

 真に乗り越えなければならないのは、自分自身であったことを理解した。

 そしてそれはアーニャも同じことである。
 アーニャにとっては、これは今までのような外敵との戦いではない。

 自分自身の、自分のためだけの願いを貫く戦いだ。

「この『願い』は、誰かから教わってもいない。

貰ってもいない。……私だけの、私が叶えたい『願い』だから!!!」
86 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:20:51.88 ID:glNSs2qCo
 二人の少女は真に相対する。
 互いが互いを乗り越えなければならない敵と認識し、空気は緊張したように張り詰める。

「ワタシは……戻らない!!!これを……вникатьй(貫け)!!!」

 『アナスタシア』の背に現れるのは、数本の結晶杭。
 もはや殺気さえ隠さずに、アーニャを串刺しにしようとそれらを放つ。

 この数刻の間に、扱い慣れ始めた結晶杭は迷うことなくまっすぐアーニャの体を狙う。
 初速にして、200キロ超。銃弾ほどの速さではないにしろ人の身体を貫通させるのならば十分な速さである。
 その上、放った杭は1本程度ではなく、数本同時の射出。いわゆる『点』ではない『面』としての攻撃。

 制圧力は大きく、普通ならば大きな回避行動をとらなければまず避けようがない。
 だがアーニャはその攻撃に対して、動きは見せない。
 
「大きな、回避は……隙も、大きい」

 アーニャは何も持っていなかった右手を動かし、空中をなぞる。
 その手は、鋭く光の軌跡を描く。それと同時に結晶杭はアーニャの元へとたどり着いた。

 鉱石を研磨するような音が響く。
 アーニャは迫りくる杭に対して、右手で軌道を三度ほど描いた。

「必要最小限で……最大の効率を」

 面の攻撃としてその視界を網羅していた結晶杭は、一瞬の拮抗によって逸らされて、アーニャの背後へと突き刺さる。
 アーニャはその場から一歩踏み出して、どこからか出現したナイフを再度構えた。

「銃弾よりも、遅い上に……弾幕の密度は、一枚だけ。

これなら……回避なんて、要りませんね」

 結晶杭は銃弾とは違い、大きな質量を持った杭だ。
 故に面としての攻撃をしたところで、体積的な関係上で杭の本数を少なくして密度を薄めなければ一度の面に納まりきらない。
 だからこそ、アーニャにとっては回避するのではなく、自身にあたり得る杭の身を判別し、受け流してやればいい話だ。
87 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:21:40.02 ID:glNSs2qCo

「アナタの……そのナイフは、同じ」

 だが『アナスタシア』にとって杭を防がれた以上に、アーニャが手に持つ得物の方が気になっていた。
 アーニャの手に突如出現したそのナイフは硝子細工のように透き通り、氷のように冷たさを持つ。
 そして、結晶のように輝きを放っていた。

「まだ……よくは、解りません。

ですが……『彼ら』は私に、力を貸してくれるから……私が指示を、与えています」

 アーニャはそのナイフを『彼ら』と呼んだ。
 それは彼女が、それを群体であることを認識し、理解したうえで使役しているということである。

 それらは人の命をつかさどる『死神』のような存在でさえ意識しなければ知覚できないほどに微弱で、どこにでもいる存在。
 紛れもなくそのナイフは『素霊』によって形成されていた。

「これが扱えるのは、ウロボロスの力を持つワタシだけのはず……」

 『アナスタシア』にはその事実が解せなかったが、同時に理解も出来た。
 確かにアーニャはもはやウロボロスの力は持っていない。

「だけど……アナタは『私』だ。

その封印の……天聖気の性質が、これまでのウロボロスの干渉によって変わっているのね」

 素霊結晶はウロボロスの力によって素霊が強制的に『受肉』させられることによって形成される結晶だ。
 ウロボロスの性質は『無限』『円環』、または『転生』。
 故にその無尽蔵の力を行使することで、膨大な素霊たちを結晶化させ使役することができた。

 そしてかつてウロボロスの力は封印によって漏れ出す際には『復活』の天聖気へと変質していた。
 だからこそ、封印そのものである天聖気も、長い年月をかけて性質を変えていても不思議ではない。

「『復活』の天聖気なら、そんなことはありえるかもしれない。

だけど……この力は、そんな順序立てて行えるような力じゃないのよ……」

 『アナスタシア』が行使する素霊結晶は、彼女が『ウロボロス』と願いの契約をしたことによって行使できるものだ。
 『ウロボロス』に願ったからこそ、今『アナスタシア』はその無尽蔵の力を行使することができているのである。
88 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:22:25.31 ID:glNSs2qCo

 よって素霊を扱う力は、ただの天聖気によって扱える力ではない。
 素霊と意志とを繋ぐミッシングリンクが、アーニャからは見えないのである。

「ンー……私にも、よく、わかりません。

だけど、なんとなく……慣れてきまし、た!」

 アーニャは踏み出した一歩から、脚力をもって加速、その勢いで手に持ったナイフを杭のように投擲する。
 その軌道は鋭く、杭の速度ほどではないがまっすぐ『アナスタシア』の顔面目掛けて飛んでいく。

「そんなことで……!」

 『アナスタシア』は虚を突かれた形になるが、慌てずその迫りくるナイフを防ぐために結晶の壁を生成。
 部隊での経験をアーニャに置いてきたために、動体視力は並の少女程度しかないが、それでも十分に対応できるほどに結晶壁の生成速度は速い。

 そして壁の生成から少し遅れて壁の向こうから聞こえる金属音に似たナイフを弾く音。
 結晶壁は即席で作ったために形は歪で、壁の向こう側は見にくくなっている。

 それでも向こう側の影を捉えるには十分。
 『アナスタシア』はまだ距離を詰められていないことを確認し、結晶壁を解除すると同時に向かい来るアーニャに対する結晶杭を生成する。
 だがその同時処理は、『アナスタシア』のただの少女の思考では遅すぎたのだ。

「…………シッ!」

「ん、な!?」

 消えゆく壁の向こう、少し距離を開けて見えるアーニャの姿。
 その姿は、体勢を低くしてまっすぐ『アナスタシア』を見つめている。
 そしてその沈み込んだ体勢からアーニャは一瞬にして、消えきっていない結晶壁の前までたどり着いた。
89 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:23:28.47 ID:glNSs2qCo

 この世界において、縮地に似た技術は現存している。
 達人ともなれば瞬き一つで相手との距離を詰めるなど造作もなく、かつて両義手の女『カーリー』がしていた芸当がまさにそれだ。
 決してアーニャは達人と呼べるほどのそう言った戦闘技術を持ち合わせているわけではない。

 しかし、それでもあの隊長の下で戦闘の研鑽を積んできたのだ。
 たかが、15の少女の動体視力を欺くなど、アーニャの十分ではない技術でも造作もなかった。

「……変な、ことを!」

 『アナスタシア』は突如として接近したアーニャに対して、結晶杭に射出命令を即時出す。
 結果として中途半端に壁は残ってしまったが、それでもアーニャを狙いに捉えるには十分に視界は開けていた。

 だが、狙いの甘い弾道などアーニャには通用しない。
 残った壁による中途半端な視界と、突如として標的を狙った結晶杭の軌道を読むことなどアーニャには簡単であった。

 すぐさまアーニャは新たなナイフを生成。勝手もわかってきたのか、今度は両の手に一本ずつ。
 残った壁に足をかけて、足に力を込める。

 それを見た『アナスタシア』は直進方向に放つ結晶杭を警戒して、アーニャが上にジャンプするのではないかと直感で錯覚する。
 故に、『アナスタシア』の視界が少し上向いた隙をアーニャは見逃さない。

「ウ……らぁ!」

 かけた足は、上方向ではなく前方への加速を促す。
 当然、前には迫りくる結晶杭。数は3本でこのまま進めば顔、右肩、左脇を的確に貫くだろう。

 だがアーニャはその迫りくる杭をナイフで叩きつけて、空中で体勢をひねる。
 ただ2回、両のナイフでの一回ずつの杭への叩き付けによる反動で、顔面に迫りくる杭を回避し、残る二つの杭は軌道が逸れた。

 必要最低限の動きで、敵の攻撃を回避しつつ射程まで接近する。
 奇しくもこれは、先ほど隊長の行った芸当と同じであった。

「たどり……ついた!」

 『アナスタシア』のすぐ目の前にまでたどり着いたアーニャは、地面に滑るように着地する。
 その両手のナイフは無駄のない軌道を描きながら、『アナスタシア』の心臓と首の位置を狙う。
90 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:24:11.03 ID:glNSs2qCo

「はや……!?」

 その少女の脳は、一瞬に迫りくる膨大な情報を処理しきれていなかった。
 壁の蹴り上げによるフェイントによって完全に虚を突かれた『アナスタシア』は、思考で理解していても体に指令を出すことはもはや不可能であった。

 もしも、先にアーニャと戦っていたのならこれほどまでうまく事は進んでいなかっただろう。
 先に戦ったのが隊長だったから、物量と物量という単純な戦いであったからこそ、今の時に意識が追い付かなかったのだ。
 隊長の物量という面攻撃の応酬に対して、アーニャは一点を突破していくような確実で一撃必殺を狙う戦法。
 相反する戦闘方法だったからこそ、『アナスタシア』は反応しきれなかった。

(だけど……その程度の攻撃で)

 しかし、それでも『アナスタシア』は諦めなど微塵もない。
 所詮アーニャの攻撃など、ナイフの一閃だ。
 首を切られようと、心臓をえぐられようと『アナスタシア』にとっては致命にならない。
 これをたとえ受けてもすぐさま再生し、カウンターでアーニャに杭を打ち込むつもりだ。
 先ほどの隊長に対してもこの戦法であったし、これがアーニャにも通用しない道理はないはず。

 そう思っていた……はずだった。

(まだ……刺さらない?)

 決してアーニャが躊躇したわけではなかった。
 だがそのナイフの軌道は、なぜか『アナスタシア』にはスローモーションに見える。
 まるで時を引き伸ばされるかのような、『走馬灯』のような、感覚。

 その間も『アナスタシア』は何かができる訳ではなかった。
 ただそのナイフを、アーニャが作り上げた、素霊で形成されたナイフを見る。

(……ッ!!!???)

 ナイフが持つ冷たい輝きに、『アナスタシア』は戦慄した。
 『アナスタシア』は、そのナイフを本能的に危険だと察知したのである。
 そして同時に、このスローモーションの時こそが、走馬灯のようなものであることを理解したのだ。

 あのナイフの一撃は、『アナスタシア』にとっての致命に成り得る。
 あれを受けたら、確実に自分の負けだと、理解できてしまった。
91 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:25:23.51 ID:glNSs2qCo

「あああ……あああああああああ!!!」

 その動きは思考によって意図されたものではなく、もはや本能的なものであった。
 『アナスタシア』はナイフがその身を貫かんとするその直前で、意識したわけではなく素霊に指令を出していた。
 自己防衛本能ともいえるような、走馬灯の中で必死に意識を現実に同期させた結果ともいえるだろうか。

 『アナスタシア』は尻餅を着き、腰から地面に後ずさるような無様な後退を見せる。
 それとは反対に、周囲の結晶が地面から生える氷柱のように、幾本もの杭が『アナスタシア』の身を守るように伸びた。

「くっ……!?」

 アーニャもこの一撃で終わると思っていた。
 だが『アナスタシア』の知覚外における結晶の氷柱という予想外の抵抗によって、アーニャはその手を変えざるを得ない。

 アーニャは『アナスタシア』を狙っていたナイフの軌道を急きょ変えて、アーニャを狙って迫りくる杭、いや結晶柱を先ほどと同じように叩き付ける。
 その反動で、アーニャは体勢を回転させて柱を後ろにいなす。

 だがそれではたかが2本の結晶柱を逸らしただけだ。
 体勢を回転させたことによって、迫り聞いていた柱は全て回避しきったが、新たな結晶杭と結晶柱は絶えることなくアーニャを狙って来ようとする。

「る……あぁ!!」

 瞬間的な回避は出来たが、腕のばねは伸び切って再び力を入れるにはこの一瞬では十分でない。
 ならば残ったばねは脚力。空中に滞空しているアーニャは迫りくる柱の先端、そこからわずかに逸れた側面に足をかける。
 そのわずかな足場を利用して蹴りだした脚は、アーニャの体を後方にジャンプさせ『アナスタシア』の周辺から離脱する。

 だがそれでも執拗に結晶柱は追いかけてくる。
 未だ空中で身動きの取れないアーニャは両手のナイフを放り投げると同時に素霊に帰し、新たな武器を結晶で生成する。

 その形は、彼女にはなじみ深く、そして『彼女』にとっては忌むべき象徴。
 俗にいう『拳銃』と言う名の、女子供でも引ける小さな引き金で人を死に至らしめることさえできる凶器。

 この世界においても、忌むべき発明の一つであり、それと同時に人の歴史を象徴するものだ。
92 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:26:05.89 ID:glNSs2qCo

 アーニャは迷うことなく、その引き金を引く。
 銃身から弾丸まで結晶で作られたそれだが、機能は十分に果たしていた。
 火薬の炸裂による推進力さえも、素霊の流動によって再現し、本物と違わぬ速度で結晶の銃弾を放つ。
 拳銃の機構を隊長から教わり、知り尽くしていたからこそできる素霊の扱い方。

 圧倒的に経験が不足している『アナスタシア』の直接的な使い方とは対極的な素霊の扱い。
 そしてアーニャの放った銃弾は、本来人を殺す道具としての本分は果たさずに、迫りくる結晶中の先端に着弾した。

「……砕けて!」

 アーニャの合図と同時に、着弾した結晶柱は何の前触れなく先端から砕け散り、素霊に戻っていく。
 統率された素霊の大群によって形成された結晶体は、本来あるべき姿に帰っていく。

「やっぱり……ですね」

 アーニャは予感していたことがその想定通りの結果となったことに付い口角を上げる。
 しかし迫りくる柱は破壊できたが、空中で十分に体勢を整えることができず地面に胴体から着地するはめになった。
 ろくな受け身さえ取れず地面に激突したアーニャはうめき声を上げながら転がり、その先に合った一本の木にぶつかって静止する。
 先ほど扱った結晶銃はその際に手放してしまい、元の素霊に帰ったようだ。

「……アー……イタ、い……です」

 アーニャはふらつきながらも、両の腕で地面を掴みゆっくりと立ち上がる。
 いかにこの体が霊体に近いもので、本物ではないとはいえその基本構成は人間とほぼ同一。
 全身の至るところに擦過傷と打ち身、軋み上げる内臓の感覚が残る。

「ニェート……でも、立ち上がらなきゃ。

痛い、だけど……本当は傷はすぐには、治りません。

痛みは、人として、普通だから……いまさらこんなことで、弱音なんて、吐けないから」

 アーニャにとってすぐ治癒してしまう痛みなど、刹那に感じる電流のようなものであった。
 しかし、様々な経験をして今体に刻まれている傷は、まぎれもなく痛覚を感じ続けそこに存在していることを感じさせる。
 今のアーニャには残った天聖気で肉体を維持しているので、傷を治癒させるためにまわす天聖気は残っていない。
 これまでのように付いた傷をすぐに治すことはできないのだ。
93 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:26:47.87 ID:glNSs2qCo

 だが、本来に人間に痛覚というものは必要不可欠なものである。
 それは瞬間的なものではなく、本来連続的なものであり、その連続的な痛みをもってして人は外との心の交わし方を知るのだ。

 中途半端な痛覚を持っていたアーニャにとって、外部刺激への知覚が希薄であったということと同じ。
 今自らの傷を治癒できないアーニャは閉じていたその知覚を今感じとって、アーニャは痛みの意味を理解する。
 心の軋むような、精神的な痛みではない正真正銘の生きている鼓動。

「私は……これからも、在り続ける。

この、痛みが、心臓が……私がここに居るという証拠だから、だからこそ、私は願ったあの場所へと帰るんです。

こんな私でも待っててくれる、みんなが私を望んでくれる、そんな場所があることを、知ったから。

私は、たとえ欲張りだと言われても……このたった一つの願いは、誰であろうと、自分であろうと譲れない。

あなたの絶望を、踏み越えてでも……なによりも、私はその先の『今』が、欲しいんですから!」

 痛みは傷となって、傷は経験となって人に刻まれる。
 正しく人として歩みだした少女は、自らの願いを今完全に理解し、ここに宣言した。

「ヤー……私は星には、願わない。

私の、星は『ここ』にあるから」

 アーニャの存在を形成していた天聖気の封印。
 それはその性質を残しつつも、アーニャ自身の『願い』に呼応するかのように形を変える。

 魔法・魔術は既に研究分野として確立され、これまでに多くの発展と研鑽が歴史の中で成されてきた。
 しかし一方で、天聖気の研究はその存在は魔法などと同時期から存在していたにもかかわらずほとんど進んでいない。

 その理由として最も大きいのが、普遍性の無さが挙げられる。
 魔術は魔力さえ持っていれば、誰が作り出した術式であろうとその構造、詠唱さえ学んでしまえば誰にでも扱うことができる。
 学問として歴史を積み上げることが容易であり、代を渡って積み上げていくことが可能である。

 だが天聖気はその性質が一人一人違い、心の在り方によってその性質が反映される。
 仮に心象が似ていて近似の性質を持った天聖気であっても、天聖気そのものの細部は完全に一致することはないのだ。
 一人一人の性質に一致するものがないということは、学問体系としての基準が存在せずその力は一代のみの物となってしまう。
 だからこそ天聖気は、その性質をそのまま能力として使用されることが大半であった。
94 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:28:36.72 ID:glNSs2qCo


「『まだ暗い空、散った夢の欠片』」


 しかし一代の、そのたった一人が天聖気を極めた場合にはその限りではない。
 そしてその最たるものが『天聖術』であり、一人の天聖気使いが感情を昇華させることによって可能とするオンリーワンの術式である。
 魔力のように学問としての知見は存在しないため、『天聖術』を編み上げることに誰か他人の知識や経験を利用することはできない。
 自らの心の在り方を理解し、自らが心象を掌握することによってのみ完成する術式。
 それは当人の『あり方』そのものを表すものであり、独力でのみ得られる天聖気の完成形のひとつである。


「『星のシルエットは、未だ見果てぬ遠い空』」


「『馳せる思いは彼方の星、先は永くここは孤独』」


 その詠唱は、心の形。
 まだ紡ぐ歌は拙いものだが、それでも昇華する心は一つの最果てである。
 ここで一つの物語が終わり、彼女の物語は今から幕を開ける。


「『見つめる背中は幼い自分、壊れた約束は流星、求める星は心の所在』」


「『それでも私は、星になろう。たった一人の手中の星に』」



「『Сейчас нахожусь здесь(星は願いを、ここが私の物語)』」



 彼女の願いは一つの結晶となって、彼女を後押しする力となる。
 それは誰からの借り物でも授かったものでもない、アーニャ自身が生み出した唯一無二の存在証明だ。




「『とある一つの星の物語(スターリィ・フェアリーテイル)』!!!!」




 その術式の名を高らかに宣誓し、彼女の願いは物語として顕現した。
95 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:29:33.66 ID:glNSs2qCo

 先ほどまで身に着けていた傷ついた服は結晶に覆われる。
 纏った戦闘用のコートはうねりを上げて、変質し再構成される。

 その姿は結晶によって煌めく、おおよそ戦闘とは無縁のようなドレス。雪の結晶のような白い清廉さと、底無しの夜空のような藍の色調。
 そして星のように散りばめられた結晶によってできた装飾は神秘的な輝きを放つ。

 夜空に輝くような小さな輝きを放つその姿は、されど手が届く眩しすぎない優しい光。
 人と寄り添い、人と歩調を合わせるためにあつらえたその衣装はアーニャの『願い』を体現していた。

「感覚は、掴みました。

次で……終わりましょう」

 先ほどまでのような素霊への中途半端な指揮ではない。
 この天聖術『スターリィ・フェアリーテイル』の能力はウロボロスの能力とほぼ同一である素霊の使役である。
 天聖気を『願い』によって編み上げて、その天聖気を媒介に意思を素霊へと伝達、素霊を蘇生して結晶として組み上げているのだ。
 力の量でこそウロボロスのように無尽蔵ではないが、その衣装は霊体に近いために素霊への同調率が高く、それにおいてはこちらの方が上であった。

 そして何より、この衣装そのものが天聖気を『願い』によって編み上げたアーニャ自身である。
 これを傷つけられれば残り天聖気残量の少ないアーニャ自身も危険であったが、『封印』であり『願い』でもあるこの衣装による一撃を食らえば、『アナスタシア』にとっても無事では済まない。
 一撃でも食らえば、『封印』はウロボロスを封じ込め、『願い』は『アナスタシア』を侵食するだろう。

「ワタ、シは……ワタシは、間違ってなんか、いない。

ワタシは、ワタシが欲したものは、誰だって持っているのものでしょう?

それをワタシも……欲して何が悪い!ワタシも……願うことの何が悪いの!?」

 『アナスタシア』の周囲は結晶が広がっていき、凍土よりも人の存在を拒絶する。
 地面からは氷柱が立ち、周囲には何本もの杭が発生している。
 その場所だけ切り立った氷山のような、人を近づけさせないような鋭い冷気を周囲に無差別に放っていた。
96 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:30:53.33 ID:glNSs2qCo

「その輝きを……ワタシに向けるな。

今更……そんなものを、ワタシに見せるな。

『夢』など『希望』など……ワタシを裏切り続けてきたアナタに『願い』なんて、おこがましい!!

そんなものは……ワタシの足元にも及ばない!!!!」

 もしもアーニャがこの『願い』の選択を初めに、いやもっと早くとっていたのならここまで事態は拗れることはなかったのかもしれない。
 『アナスタシア』もここまで狂ってしまうことなく、誰一人として傷つくことはなかったかもしれない。

 なれど、やはり今更なのだ。
 もはや『アナスタシア』は引くことはできない。
 この『願い』を願い、現実を歪めてしまった時点で先に進むしかないのだ。
 その先がたとえ出口のない無限の迷路(ウロボロス)であろうと、『アナスタシア』は邁進するしかない。
 彼女自身ここまで来て、今更諦められることができないのだ。

「お互いに……その受ける一撃で終わるっていうのなら、予定通り終わらせましょう。ワタシも、『私』も」

 『アナスタシア』自身、アーニャの一撃が自身にとって致命的な一撃になることを理解していた。
 先ほどの走馬灯もさることながら、先ほど結晶柱を砕いた拳銃はそれを理解させるには十分だったのだ。

 アーニャの放った銃弾を受けた時、『アナスタシア』が操っていた杭の素霊たちが一瞬でざわついたのを感じた。
 銃弾はアーニャが作り出した結晶であり、命令の指揮系統が違うため、両者の結晶が衝突した際に素霊に対して二つの命令が下っている状態になる。
 素霊は集団のために、同時に複数の命令が下ると混乱してしまう。素霊の数こそ『アナスタシア』の方が多いが、命令の強さではアーニャの方が上。
 結果として素霊は結晶の状態が保てなくなり砕け、分解されたのだ。

 そしてアーニャの素霊結晶は、天聖気によって形成されている。
 その天聖気は『ウロボロス』の封印のものであり、それがナイフなどの一撃を介して『アナスタシア』の体内に入れば結果の想像は容易いだろう。
 『アナスタシア』は決して封印を破ったわけではない。扉の鍵を壊しただけであり未だ封印は健在なのだ。
 アーニャの『願い』は『アナスタシア』を侵食し、封印は『ウロボロス』を封じ込める。
 故に、『アナスタシア』もアーニャの一撃を受けることはできない。
97 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:31:35.22 ID:glNSs2qCo

「ダー……そうですね。

苦悩は、もう止めましょう。……どうせ互いに平行線なのは、明らかです。

貴女は私を許せないでしょうし……私は私の『願い』を貫くために、貴女を許容できません。

結局……どちらも折れないなら、ぶつかるしかないんですから。

ならばこそ……その幕引きも、早い方がいい、ですから」

 アーニャも杭で一撃でも体を貫かれれば、それだけで致命傷。
 治療も再生もできない今のアーニャにとって、通常の人間の致命傷は当たり前のように彼女に死をもたらす。

 次の一合で決着は着く。
 その結末はいかなるものであろうと、それはアナスタシアが貫いた意思の結果だ。
 二つに分かれた意思決定は、ここでまた一つになるのだろう。

 終わりは続く。
 その先は、今が続く未来か。それとも過去に馳せる未来か。
 互いは今一度視線を交差させる。二人(ひとり)の少女の行く末を見据えて。

「……正真正銘、一撃で!!」

 アーニャはドレスをひらめかせながら、両手を構える。
 その姿勢は立膝。集う結晶は一つの長大な筒の形。

 その形は俗にいうアンチマテリアルライフル。この距離で使用する武器ではない確実に過剰な兵器。
 しかし貫通力だけならば群を抜いており、ある程度の結晶壁なら容易に貫通させられる代物である。

 アーニャはまともな構えも、狙いも付けずに躊躇することなく引き金を引く。
 この距離ならば角度補正もいらず十分に『アナスタシア』に向かって弾丸は一直線に貫いていくはずだ。
98 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:32:32.36 ID:glNSs2qCo

 轟音と衝撃が同時にアーニャに伝わる。
 狙撃訓練はほとんどしたことがないためアーニャは反動によって銃口は上向き、少しのけ反る。
 衝撃に耐えられなかったことと、構造を完全に再現できていなかったためか結晶で作られたライフルはその一発で砕けてしまったがアーニャにとってはそれで十分。
 大口径の結晶弾は一点を貫く槍となって、『アナスタシア』へと発砲音さえ置き去りにして突き進む。

「защищатьте(守れ)!!」

 だがその弾丸は城塞のように一瞬で形成された結晶壁に阻まれる。
 その厚みは何層にも及ぶ結晶の外殻。表層を何枚も貫きながら標的を仕留めようと槍は進む。

 しかし弾丸は『アナスタシア』までたどり着くことなく数層の壁を残し制止する。
 それと同時に貫かれた壁と、弾丸を受け止めた一枚の壁が素霊の命令重複によって役目を追えたかのごとく砕け散る。

「……次は、直接!!」

 アーニャも止められることは予想していた。
 自らが考えうる最大の貫通力を持てる武器を使ったが貫けない。ならばその体に直接刃を突き立てるのが確実である。

 すでに壁が砕かれた時には『アナスタシア』が作り出した一枚目の壁の残骸まで到達しており、足のばねは先へと進まんと駆け出す。
 両手には結晶のナイフ。アーニャはその片方を投擲し、結晶壁の一枚へと突き刺さる。

 その瞬間、結晶壁は砕けアーニャと『アナスタシア』は互いに視線が通る。
 『アナスタシア』の背には幾本もの結晶杭。
 それらは躊躇なく一直線にアーニャに向かって放たれた。

 アーニャは前方に転がり込むように跳びあがる。
 そして飛来する杭の間を縫うように体勢を動かし、ナイフと杭の衝突による反動で、進行しながら回避した。

「それは……ワタシは、何度も見ている!!」
99 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:33:41.09 ID:glNSs2qCo

 しかしアーニャの回避の着地点に狙いすましたかのように結晶柱が突き立つ。
 それはアーニャの身体を貫こうと切っ先を伸ばし、アーニャは回避の流れからすでに回避する術は持たない。

「……っく!!」

 アーニャは体勢を崩しながらも手に持っていたナイフで結晶柱を薙ぐ。
 ナイフを結晶柱は互いに対消滅するように砕け散り、アーニャはかろうじて貫かれることなく地面へと転がるように着地した。

「паденией(降れ)!!」

 体勢を立て直そうとアーニャが体を起こした時に、視界の端に移る影。
 アーニャはその方向へと視線を向ける。

 それは真上。大量の杭が切っ先をこちらに向けながら一面の空中に存在している。
 杭は撃ち出されるのを今か今かと待ちわびるかのようにギラギラを輝き、先端に狂気を滲ませながらアーニャの方を向いていた。

「耐えられます?……Проникатьте(貫け)!!」

「……こんなこと!!」

 『アナスタシア』の合図で、一斉に杭はアーニャ目がけて発射される。
 上方向360度全てから一点に向けて撃ち出される杭の雨は、残骸さえも残さないという意思を表しているかのように、隙間なく迫りくる。

 アーニャは転がって崩れた体勢を整えなおし、その過程で結晶を収束させる。
 一面の杭の包囲網を潜り抜けるには、それらを打ち消し得るだけの結晶を拡散させる必要があった。

「あまり……これは」

 苦肉の策ではあった。そもそも初撃の際に用いたライフルでさえ弾丸の推進力を生み出すためにそれなりの天聖気を消耗したのだ。
 一方向の運動ベクトルでさえ相応の消耗を強いられるのに、敵の方位射撃を突破するためには拡散するような兵器の使用が必要である。

 アーニャが作り出したのは、片手に納まるほどの小さい球状の物体。
 手りゅう弾、グレネードと呼ばれるそれをアーニャは真上に投げる。
 そしてそれから身を守るように、アーニャは小さな結晶壁をグレネードとの間に作った。

 本物のグレネードとは程遠いような乾いた炸裂音が響く。
 実際、その炸裂力は実際のグレネードに比べれば弱く、アーニャが結晶壁越しに感じる衝撃も大きくない。
 だがここで必要なのは火力ではなく、破片を拡散させるための力が必要だったのだ。
100 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:34:38.50 ID:glNSs2qCo

 飛び散ったグレネードの結晶は、迫りくる杭へと突き刺さり命令重複によって杭は砕けた。
 しかしグレネードの爆発力程度では、すべての杭を打ち消すことはできなかった。
 第一陣の杭、迫りくる凶弾の表層を打ち消しただけで、串刺しへの時間を引き延ばしたに過ぎない。

「それでも……一瞬は、あります!!」

 炸裂を防いだ結晶壁を真上に投げ、新たなナイフをアーニャは作り出す。
 それを横方向の木へと投擲し、突き刺さったのを確認してアーニャはギミックを作動させた。

 巻き上げられるような駆動音と共に、アーニャの体はナイフの突き刺さった木の方へと手繰り寄せられその場から間一髪離脱する。
 突き刺さる杭の音を背に感じながら、ワイヤーリールの内蔵されたナイフによって杭の方位から脱出したアーニャは、巻き上げられながら先ほど居た場所を見る。
 そこは既にいくつもの結晶杭が折り重なるように突き刺さっており、刺々しい結晶塊のオブジェになっていた。

 当然そのまま標的から逸れたアーニャを『アナスタシア』は放っておくわけがなかった。

「следитьте(追って)!!」

 空に漂う杭は際限なく生成され、アーニャの後を追う様に追い立てる。
 状況は変わらず四面楚歌。
 周囲の数多の素霊はアーニャに敵対し、『アナスタシア』の命令で命を狙ってくる。

「そんなの……全部、相手に、できません、よ!!」

 アーニャはナイフからワイヤーのみを消して、新たにナイフを生成。それらは両手に納まる。
 それと同時にドレスは煌めき、周囲で浮遊していた結晶の粒子が光を反射して輝く。

 360度の包囲攻撃こそアーニャにとっては弱点になる攻撃だが、それは相手が一点にとどまっている限りに有効な攻撃だ。
 その場に留まらなければその限りではなく、相手は移動する点に対して攻撃するしかないのだ。
101 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:35:58.40 ID:glNSs2qCo

 アーニャは両手のナイフを逆手に持ち、正面から迫りくる杭の、少し斜め前方に向けて走り出す。
 着弾寸前の杭は、今更軌道は変えられない。
 迫る杭に対して、ナイフを振るい杭を逸らしてアーニャは回避する。
 ほぼ逆方向に方向転換したアーニャの動きを捉えることが『アナスタシア』にはできない。

 移動するアーニャを杭は追いかけながらも、着弾点は少し後ろで捉えきれない。
 その間にもアーニャは縦横無尽に、フェイントを入れながら着実に『アナスタシア』に接近する。

「удар ножомй(刺せ)!!」

 追い立てるように杭は、アーニャを狙い地面へと突き刺さるが、立ち止まることのないアーニャを捉えられず大量の杭が突き刺さっている。
 アーニャが動くたびに、その軌道に遅れるように杭が刺さる。
 それを見越して『アナスタシア』は別方向から杭を放ったり、地面から結晶柱を生成したりするが尽くそれらは回避されていた。

「うう、らああああああぁぁぁぁーーー!!!!」

 アーニャの方も立ち止まればその体に大穴が開くことを知っているため、決して立ち止まらない。
 背を追い立てる杭もさることながら、こちらの行動を予測してしてくる攻撃に関してもほぼ紙一重であった。
 『アナスタシア』の視線と他の結晶杭の挙動を観察し、その上で周囲の素霊のざわつきを比較することによって攻撃のタイミングを予測する。
 実際のところ敵が戦闘において未熟である『アナスタシア』だからこそ、アーニャはこれほどの回避が可能になっているに過ぎない。

 それでも一撃を受けてはいけないと言う針の穴を通すような精密予測が、雄たけびの裏で行われているのは『アナスタシア』には予測できなかった。

「ぁぁああ……らあ!!」

 アーニャに向かいたつように正面から伸びる結晶柱を手に持ったナイフで両断する。
 ナイフと両断された結晶柱は同時に砕け、アーニャの行く先を阻む障害は消えた。
102 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:36:58.64 ID:glNSs2qCo

 ついに『アナスタシア』とアーニャの間の距離はわずか5メートル足らず。
 アーニャならば一呼吸の間にこの差を詰めることが可能出る。

「あと……少し」

「Он начинает двигатьсяй(動き出せ)!!」

「……!?」

 だがその一歩を踏み出した時点でアーニャには予測できなかった事態が起きる。

 まるであらかじめ仕掛けられていたかのように、アーニャを取り囲むようにして結晶柱が地面から伸びる。
 そう、取り囲むようにしてだ。決してアーニャを狙わずに、退路を塞ぐような形で生成された結晶柱は身動きが取れないほどではないにしても、とっさの行動を塞ぐには十分であった。

「これは、ワタシがあらかじめ指示しておいたトラップよ。

アナタは、よくわからないけどワタシの攻撃を予測していたようだから……正攻法じゃあ捉えきれない。

なら……少し拙いかもしれないけど、策は用意しました。

確実に動きを止めて、確実に当てられる一撃を!!」

 『アナスタシア』の背に再び現れる大量の結晶杭。
 それは一人を狙うにはあまりに多く、そしてそれが一斉に放たれれば避けられる道理など存在しない。

「……くっ!!」

 今から体を取り囲むように立ちふさがる結晶柱を抜けて回避しようとしたところで間に合うはずがない。
 この動きを妨害する結晶柱が生み出した一瞬の足止めは、アーニャに止めを刺すには十分な隙であった。

 故にアーニャもそれを理解しているからこそ、この場から動きはしない。
 相手は確実に止めを刺そうと、無数の杭をアーニャに向けてはなってくるだろう。
103 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:37:42.38 ID:glNSs2qCo

 そこで杭の暴風は大味な攻撃だからこそ、アーニャは隙を見出そうとする。
 それはこの杭の大群に正面から立ち向かうということであり、無傷……いや切り抜けることすら難しいだろう。

「それでも……私は、先に進む!!」

 両手に作り出すは、過剰な火力。
 実際正面から迫りくる過剰すぎる暴力に対しては、それくらいでも全く足りないだろうが連続発射弾数だけなら最大である。
 両の手には、アーニャが片手で支えるには足りないほどに巨大な機関銃。
 それぞれ一丁ずつ、計2丁を結晶によって生成する。

「раздавливанией(押しつぶせ)!!!!」

「ウウウウ……らああああああああああああああぁぁ!!!!」

 一斉に放たれる杭は先ほどのように逃げ場など存在させないように、広範囲において隙間なく掃射される。
 それに向かい撃つようにアーニャも両手の機関銃の引き金を引く。
 負担を少なくするために威力は下げ、結晶弾をなるべく多く放てるように調整しているが、それでも本来片腕で放つ武器ではない。
 まだ撃ち始めたばかりだというのに両の腕は悲鳴を上げるように軋んでいる。

 だが確実にアーニャの正面に迫りくる杭に対しては結晶弾は当たっており、衝突しあった弾と杭は当然のように崩壊する。
 杭が風邪を貫く音を、発砲音によって掻き消す。

 機関銃の弾は結晶で作られており、その気になれば弾交換など不要でずっと撃ち続けていられる。
 しかしそれはアーニャの天聖気が続く限りであり、このまま相対していてもジリ貧なのは目に見えて明らかであった。
 杭自体の体積は大きいために、撃ち漏らすということはほとんどなかった。
 しかし機関銃の特性上当たらずに無駄になる結晶弾は多く、それがアーニャの消耗に拍車をかける。

「このまま……撃ち続けるのは」
104 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:38:51.97 ID:glNSs2qCo

 このまま撃ち続ければ、アーニャは天聖気を使い果たし、天聖気で何とか持たせている肉体は消えてしまう。
 そうなってしまえば本末転倒であった。
 しかし、この弾幕を止めてしまえば『アナスタシア』の放つ結晶杭は余すところなくこの肉体を貫通せしめるだろう。

 進むも引くも待つのは死というこの状況。
 しかしアーニャはそれでもこのまま膠着状態を維持して死ぬより、わずかな可能性をかけて選択するしかない。
 すでに移動を制限していた周囲の結晶柱は取り除いている。

 準備はできた。消耗こそ激しいがするしかなかった。

「……いき、ます!!」

 指先で、両手の機関銃を一回転させる。
 一瞬で行われたその動作の後に、変化している結晶の機関銃。
 変化したのは銃口下のアタッチメント。
 両方の機関銃から撃ち出されるのは、先ほども使った炸裂兵器。

 グレネード・ランチャーから撃ち出された小さな結晶塊は炸裂し、結晶杭の弾幕に風穴を開けた。

「……これで!!」

 道は出来たとアーニャは機関銃を放り棄てて、一歩を踏み出す。
 この機会を逃せば、残り少ない天聖気のアーニャには勝機はなくなってしまう。



「やはり……アナタは、突破した」
105 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:39:35.78 ID:glNSs2qCo

 しかしアーニャの視線の先に見えるのは、勝利を確信した顔。
 『アナスタシア』はアーニャが突破してくるのを見越したかのように、悠然とそこに立っていた。

 その隣には、通常の杭よりも鋭く、長い。そして半ばあたりに返しの付いた凶悪な形状。
 殺傷能力に特化したような一本の鋭い結晶槍が待機していた。

「Проникатьте(貫け)」

 障害物は何もない。
 『アナスタシア』からも一直線に見える位置にアーニャはいた。
 そんな状況で、ただ一撃のために作り上げた結晶槍が外れるわけがない。

 必中の槍は、アーニャに対応の余地を与えることなく、これまでの杭の速度を凌駕する速さで射出された。









   
106 : ◆EBFgUqOyPQ [saga sage]:2016/05/07(土) 20:40:04.18 ID:glNSs2qCo











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