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モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part13
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207 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:40:50.78 ID:vTRpaymho
この演説を見ていた者たちは息を呑む。
世界の陰に隠れ、燻り、目的さえ見失いかけていた研究や闘争の日々。
それらを一新するかの如く、この宣誓は人々の意識に刷り込まれた。
「さぁ……反撃の狼煙をあげようじゃないか」
イルミナティ総司令官、イルミナPは世界への宣戦を静かに表明する。
眠り続けていた獣は、この瞬間牙を光らせながら目覚めた。
***
208 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:41:25.68 ID:vTRpaymho
「なんて、イルミナPの奴は意気揚々と宣言していたが、それに扇動される連中はまぁ憐れなもんだな」
高速道路を走る一台の大型トラック。
ぼやきながら運転席に座るのは上半身裸で、腕を窓から乗り出している男。
その男は明らかに高等教育を受けていないような頭の悪そうな風体と、一般人からすれば関わり合いたくないような堅気とは思えないような鋭い眼光を持つ男であった。
そんなチンピラ然とした男の名は『エイビス』と通っており、こんな成りをしていてもイルミナティの直下組織の一つであり総戦力の6割ともいえる『イルミナティ騎士兵団』の総括である。
相応の実力と地位を持つ彼だが、今この瞬間はやる気のなさそうな表情と肘を乗り出した腕で頬杖をしながら片手で運転を行っている。
退屈そうな彼が繰るトラックのメーターに示されている速度は優に150キロをオーバーしており、高速道路真っ只中であるにもかかわらず紙一重で多くの車を置き去りにしながら進んでいた。
「確かにすることは間違ってはねぇが、結果はちがうだろ。
確かに神を地に落とすことはできるが、かといって自分たちが神になれるわけじゃない。
まぁ過程が真実である以上、愚図なスポンサーどもには耳触りがいいんだろうが……」
天界などとは次元断層によって明確な境界線が存在しており、『境界崩し』はそれを取り払う術式である。
しかし仮にそれを実行したとしても、互いの法則が混じり合いはするが、人が神に格上げされるという保証はない。
確かに既存の神々は、『顕現』という形ではなく『堕天』に近いかたちで次空間ごと引き摺り落とされるので大幅な弱体化をするであろうが、その逆の可能性はほとんどありえないのだ。
つまり、神々が座から引きずり下ろされたとしても、人の『格』そのものには何ら影響を与えることはない。
それどころか、流入した天界の法則にただの人間が耐えられる保証すらないのだ。
「まぁ情勢を読み取れず、『財閥』やら何やらの側に付かなかった無能連中がどうなろうが知ったことはないんだがな。
せいぜいこっちに充分な資金流してくれればそれで結構なこった」
エイビスはハンドルを軽く左右に切りながら、隣にいる一般車からトラックまで所かまわず体当たりしながら進む。
彼のトラックの後続は、すでに多くの煙が上がりながら車の堰が出来上がっているが彼の気にするところではなかった。
209 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:41:52.56 ID:vTRpaymho
「まーえらいオジサンたちがせっかくおこずかいくれるんだからさー。
少しくらいユメ見させてあげてもいいっしょー」
退屈そうな顔をしながら荒々しい運転をするエイビスの隣、助手席の少女が声を発する。
金髪蒼眼、今時のファッション街でよく見られるような恰好の少女、大槻唯は手元のスマートフォンを弄りながらエイビスを横目に見た。
「『ソウカイ』に出てるなーんにも知らないオジサンたちが何を騙されてたって、ゆいたちには知ったことではないでしょ。
オジサンたちは夢に投資して、ゆいたちはゆいたちの『ユメ』に向かって頑張ってる。
これぞ、ウィンウィンってやつでしょ♪」
唯の持つスマートフォンの中では、いくつもの世界的キャラクターのデフォルメ顔が連なっては消えていく。
唯にとってのスポンサーなぞ、同志ではなく、ただの資金源、手元のゲーム内で消えていくドロップ同様の泡沫の存在だった。
「おおう流石悪魔、えげつねーな。
まぁ連中もこっちのこと利用してるんだ。金があれば何でもできるとか勘違いしていて、プライドだけは高く、自らの地位にしがみ付くことしか能のない豚共。
せいぜい肥え太らせてから出荷してやるのがせめてもの情けかもな」
エイビスはすばやくハンドルを切って、前方の車高の低い車にトラックのタイヤを乗り上げる。
数倍もの荷重が掛かった車高の低い車は、車高がさらに低下しながらひしゃげる。
その車のドライバーは即死、同時に爆発して、唯たちの乗るトラックを跳ね上げた。
210 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:42:26.86 ID:vTRpaymho
「Yee Haw!!!」
その巨体で宙を舞う大型トラックは、滑るような高い摩擦音と共に横回転しながら反対車線へと着地する。
過程でさらに数台の車が犠牲になったが、そんなことは彼の知る余地ではない。
「あーんまり騒ぎすぎると、イルミナPチャンに怒られるよ。エイちゃん」
「板鰓亜綱(ばんさいあこう)の平べったい奴みたいに呼ぶんじゃねえ!
つーか、これくらいの騒ぎ問題ねぇよ。この車の動向はそのイルミナPの奴が管理してんだ。
このトラックに対しての物理的な捕捉も、魔術的な捕捉も絶対にありえない。
いわば今このトラックはあらゆる監視から解き放たれた無法のデス・マシーンだ」
エイビスはそう言いながら、迫り来る車に対してハンドルを切る。
的確なハンドル捌きは、鈍重なトラックで迫りくる車を回避し、その車体の側面に体当たりをする。
そのトラックと交差し衝突された車は一台残さず、例外なく廃車になっていった。
「あーらら、沢山のお宅のマイカーがみんなスクラップになってくよ。
ま、イルミナPちゃんが大丈夫言うのなら大丈夫だろうけど、ほどほどにねー。
あ……そうだ、飴食べる?」
唯は既に口に含んでいたロリポップとは別の、包み紙入りのロリポップを隣のエイビスに差し出す。
「ん?サンキュー。
まぁ……イルミナPの奴は個人的にはいけ好かない根暗野郎だが、その実力は間違いねえよ。
それはイルミナティ全員の共通認識……ボフゥ!!!」
211 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:42:57.26 ID:vTRpaymho
唯から受け取ったロリポップを口に含んだ途端に、形容しがたい表情に顔をゆがませながらエイビスは盛大に吹き出す。
車内にかかる虹色橋は男の口元を又に小さく架かった。
その拍子にエイビスの手元が狂う。
彼の運転するトラックは横にぐるりと一回転しながら、迫り来ていた車をさらに2台薙ぎ払いながら高速道路の外へと弾き飛ばした。
「ペッ……ペッ!!
なんだこれ!?何食わせやがった唯!?」
口から吐き出されたロリポップはそのまま窓の外へ投げ出され、後方へと消えていく。
一筋の流星となって視界の外に飛んでいったロリポップのことなど気にも留めずに、エイビスは暴走するトラックをなだめる。
そしてトラックを安定した暴走運転に戻した後、エイビスは隣に呑気に座る唯をじろりと横目で射抜く。
「テメェいったい何食わせやがった……?。
ドブのような、汚水を還元濃縮した味がしたぞコラ」
「ん?……あー、あれ『ギルティ・トーチ』の核だからね。
ゆいは『元』だけど大罪悪魔だからそれなりにデリシャスなんだけど。
まーカースの泥舐めてるのと同じだし、泥臭いのも当然だよねー。まぁ感情エネルギーも摂取できるから慣れれば結構いけるけど……」
カースの核は、素材としては生成される泥と近い性質を持っている。
そしてカースが人から生み出される感情エネルギーであったとしても、人間にとっては毒以外の何物でもない。
たとえカースの核が飴玉のように見えたとしても、それは毒物の結晶に他ならず人体には悪影響しか与えないのである。
それはたとえ地球生まれの悪魔と呼ばれるエイビスであっても例外ではなく、カースの泥をそのまま無害なものとして摂取できるのはせいぜい大罪の悪魔ぐらいである。
212 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:43:44.41 ID:vTRpaymho
「つまり、人に毒物与えてんじゃねえぞ唯。
オレじゃなかったら、噴き出す程度じゃすまないっつーの」
「ぶーぶー……文句が多いなぁエイちゃんは……。
せっかく貴重なギルティ・トーチの核なのに」
「貴重ならもっと丁重に扱えよ……。
もったいないことして後でイルミナPにどやされてもオレは知らんからなぁ……」
「むぅ……噴き出して外に放りだしたのはエイちゃんじゃーん」
「条件反射だぜ?しゃーねーだろ。
そもそもそんな劇物食わせようとした唯のだろうが。
それに勝手にギルティ・トーチ1体野に放っちまったから後々面倒だぜ。
ま、そこんところは、あいつがなんだかんだ言いながら後始末は付けてくれるだろうから、さほど気にすることはねえんだけどよ」
起きた厄介事は大概の場合イルミナPが処理するのがいつもの流れである。
彼の気苦労は知れることだが、もはや100年以上続いてきた一連の流れだ。
二人とも今更遠慮などするはずもなく、野に放たれたギルティ・トーチのことなどさほど気にする様子もなかった。
213 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:44:19.82 ID:vTRpaymho
「んー……そもそもトラック暴走させてる時点に、1体程度カースが増えたところで対して変わんないよね。
だからゆいは、何も見なかったことにしよう。
そしてエイちゃんにも口封じを進呈するのだった、まる」
唯は空間に発生した魔方陣『個人空間』に手を入れる。
そしてゆっくりと引き出したのは、手のひら大のペロペロキャンディーであり、それを容赦なくエイビスの口に突っ込んだ。
「ゴボア!!?……ガ……ガガ。
くほ!!だから運転中に余計なほとふんじゃねえっつっただろうが!
ガ……んぐ、事故ったらどうすんだっての……。
ていうか、普通の飴あんのなら初めからそっちを渡せよってよな」
エイビスは眉間にしわを寄せながら不機嫌な顔をする。
そして口に突っ込まれたキャンディーをバリバリと咀嚼しながら唯に文句を垂れた。
「まーまー、どうせエイちゃんのドラテクなら問題ないんでしょ?
それよりも前気にしないとぶつかるよー」
唯の忠告を聞く前からすでにエイビスはハンドルを切っており、スピンした車体は前方迫りくる乗用車を高速道路の外へと弾き飛ばす。
そして隣の追い越し車線から来ていた次の車にトラックの後輪を乗せて、トラックは進行方向逆を向きながら再び跳ね上がった。
潰された車の爆発と共に、跳ね上がったトラックは逆の車線、正しい進行方向へと進む元の車線へと戻った。
214 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:44:46.41 ID:vTRpaymho
「っと、それぐらい承知だぜ。
ったく……それにしても、イルミナPの奴はいつまでこんなことをさせるんだ?
もう潰した車は十分だろうよ……。
これもシューティングゲームみたいで悪かねぇが、本筋とは違うだろうに」
先ほどまで機嫌が良さそうにトラックを飛ばしていたエイビスだったが、唯に水を差されたりしたせいで興が覚めたのか小さく愚痴を吐く。
トラックの後方では夥しい数の車の残骸とそこから上がる狼煙の筋が上がっているが、そんなことはエイビスにとっては事のついでなのだ。
しかし一方で唯は、今回の作戦内容の詳細を把握していなかったため、エイビスの言葉の意味が今一つ理解できなかった。
「ん?本筋とは違うってどういうこと?エイちゃん。
たしかに、こんな感じで普通の人をプチプチ潰していってもあんまり意味がないのはわかってたけどさ。
このデスマシーン、のぺしゃんこ走行はエイちゃんが趣味で勝手にやってたことなんじゃないの?」
「勘違いすんなキャンディフリーク。
罪悪感とか抱く訳じゃねーが、雑魚をしらみつぶしに潰してくなんざ別に楽しくねーよ。
そもそも弱い者いじめはオレの趣味じゃねえ。こういうのはカーリーの趣味だろうが。
とにかく……つまり、アレだ。陽動ってやつだよ」
「よーどー、なんでまた?」
215 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:45:32.90 ID:vTRpaymho
「その様子だと、お前話聞いてなかったな……。
イルミナP曰く、本丸攻める前に、なるべくゴタゴタ起こしてこっちに敵釣って、本丸に集まる敵の数を減らそうってことだと。
この道を封鎖しておけば、今回の作戦においての最大の『障害』を蚊帳の外に出せるそうだ。
まぁオレ的にはその『障害』とも戦ってみたかったが……本命落とす前に遊んではいられないからな」
そもそも目的地に向かうだけならば、唯の『個人空間』を使えば簡単な話である。
しかしあえてそうすることなく、大型トラックで目的地に向かっているのは、道中で騒ぎを起こすことによる陽動を狙ったからだ。
すでにその『障害』となる者の動向はイルミナPが掴んでおり、その者の行動を阻害するかのようにエイビスはトラックを吹かしているわけである。
「実際のところもう一つトラックで走り回る意味があるんだが……。
それについてはそのうちわかるさ」
エイビスは機嫌が悪そうにそう吐き捨てる。
彼にとって自分の好き勝手にトラックを乗り回すのはそれなりに興が乗る行為だったが、関係のない一般人を踏み潰す行為など気分のいいものではなかった。
この程度のことで罪悪感が湧くほど人殺しをしてこなかったわけではないが、意味のない殺人を心から楽しめる者などただの狂人だろう。
「ふーん……なんとなーく今日の目的っていうか、今やってることはわかったよ」
唯はエイビスの語った行動の意図を理解し、それに答えるように頷く。
しかしその一方で新たな疑問、というよりはこれまでも感じていた疑問が再び唯の中で想起された。
ずっと疑問には思っていたが、これまでに聞く機会に恵まれなかった。
だが何故か今回、イルミナティが動き始めたことをきっかけに、躊躇われていた質問をすることができたのだ。
216 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:46:01.85 ID:vTRpaymho
「その……エイちゃんってよく戦うーとか戦場がーとか言ってるけどさー。
なんでそんな物騒なこと好きなの?ゆい的にはそんなことより遊んだり、カラオケしてる方が数百倍たのしー気がするけど。
そりゃあ、別にみんな好きなことは違うのは解るけど、いまいちエイちゃんのはわかんないっていうのかさー……。
うーん、かといって殺人が好きではないみたいだし、よくわかんないんだよね。エイちゃんの行動とか目的がさ。
なんでエイちゃんは戦いを、求めるの?」
彼が狂人として殺人に愉悦を感じるのではなく、闘争を求めるのならばそこには理由があるはずだ。
唯は決して頭の冴える方ではないが、故にエイビスのあり方について疑問に思ったのだ。
戦いを求め、強者を求める。物語としてはありきたりな闘争者のあり方は、現実においてはひどく矛盾するということに。
「なんでって……そりゃ強え奴と……いや……」
エイビスも虚飾で誤魔化そうと口を開いたが、そこで言いよどみ、横目で唯を睨む。
その目が安易に触れるなと言わんばかりの眼光であったが、唯の方も目を合わせることなく窓の外の景色を見ている。
「そもそも……オレたちは同じ船の同乗者であって、元々は敵同士だったはずだぜ。
それを言う義理は……」
トラックの隣を一台の車が過ぎ去っていく。
これまで一台逃さず踏み潰してきたのに、気が付けば壊すことを忘れていた。
アクセルを踏む足は無意識に緩み、メーターはすでに100キロ周辺に落ち込んでおり、暴走というにはいささか静かすぎる速度であった。
217 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:46:33.27 ID:vTRpaymho
「……チッ」
エイビスは小さく舌打ちをする。
その苛立ちは先ほどのものとは違っていたが、そのことを彼は気にせず口に含んでいたキャンディーの棒を外に放り投げた。
「……大したことじゃねえよ。詳しく気になるならイルミナPにでも聞きな。
オレは誰かに教えた覚えはないが、どうせオレがどういう存在かは知っているはずだ。
だから、詳しくは言わねえ。ただ……オレは、オレであることの証明のために戦ってるだけだぜ。
オレはアイツじゃない。オレは人ではなく沼地の男で、深淵だと。アイツではないオレだということのために」
トラックのエンジン音が車内に静かに響く。
互いに目を合わせず、知り合ってからは長いのにその距離はいまだ変わらない。
「ハァ……だから嫌なんだ。辛気臭え。
ひとつ忠告しとくが唯、誰もがお前のように目的を持って行動してるわけじゃない。
オレみたいに手段が目的になっている奴なんてごまんといるぜ。
闘争やら戦争に憑りつかれた奴なんて、それこそ珍しくもない。
……だが目的は無くても、理由ならあるやつが大半だ。
本当に理由もなく、ただ単純に闘争を……いや、殺人を楽しめる奴こそが、本物の『狂人』だよ」
エイビスの脳裏に浮かぶのは漆黒の義手を備えた長身の女の影。
その闘争を求める姿勢こそ同じなれど、彼と彼女には根本が天地の差がある。
218 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:00.83 ID:vTRpaymho
人である以上、しがらみからは逃れられない。戦争に従事したものほどその傾向は強く、サバイバーズギルドは呪いとして心に巻き付く。
だからこそ『闘争』そのものに意思を載せず、享楽と狂気だけを乗せることができる者の方が少数であり、そして脅威であった。
「あーくそ……嫌な顔思い出したあの糞アマ。
そういやカラオケとか言ってたな唯……せっかくだ、気分転換に一曲歌うぜ!」
「お、ここでカラオケしちゃう?」
「おうとも、クソみてえな空気は勢いでフッとばしちまえ!
Hey、唯マイクの用意はできてるか!?」
「オッケー!しかして選曲は?」
唯がどこからともなく取り出したハンドマイクを片手にエイビスは、アクセルを踏み倒す。
唸りをあげるエンジンをBGMに、カーステレオから心地のいいビートが湧き上がり始めた。
「こんな糞みたいなデスレースには当然だ!『マッドマックス』よりテーマソング……」
『おいコラこれ以上は止めろ!!!』
上がり始めたBGMはジャミングされた様に掻き消える。
それと入れ替わるように響くのは、軟弱そうな男の声。
だがその声は有無を言わさぬ怒りを含んでいる。
219 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:30.19 ID:vTRpaymho
『この世には抗っちゃいけない存在があるんだよ馬鹿どもが!』
「えー……だってエイちゃんがー」
「オレかよ!ってかまぁオレだけどさ……。
全責任擦り付けんな!お前もノリノリだったじゃねえか!?」
『シャラップ!!醜い責任転嫁はするんじゃない!』
カーオーディオから聞こえる男の声。
その声は先の演説の声と同じであり、今回は芝居がかった口調はしていない。
声の主であるイルミナPはいつもの丁寧な口調が崩れるほどであった。
『とにかくカラオケは禁止!版権問題はデリケート!
特に音楽関連の利権は神の見えざる手が働きかねないからタブー!
オーケイ?』
「「……オッケー」」
二人が声をそろえて理解を示した後に、場を整えるようにイルミナPは一度咳払いをする。
イルミナPは二人に版権問題の複雑さを説きに来たこともあるが、それ以外にも目的はあったのだ。
220 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:47:58.44 ID:vTRpaymho
『エイビス……騒ぎを起こせとは言いましたけど、車全てを踏み潰せとは言ってないです』
「細かいこと気にすんな総指令さんよォ。多少はゲーム性なきゃあこんなことやってられないっての」
『それを隠蔽するのはこっちの役目だから仕事を増やすなと言ってるんです。
記憶処理や、視覚的なジャミング。魔術的な探知に対する妨害から異能による透視への対策などなど……。
……正直死にそうです。何事もほどほどにお願いします。
こっちの人員が過労死したら、あなたには責任としてシキ謹製薬品の実験体をしてもらうのでよく覚えておいてくださいね。
アイツが置いていった未知の薬品は大量に残っているので』
疲労感がにじみ出る声で忠告をするイルミナP
そんな脅しに対してエイビスは無言のまま運転をする。
だがその苦々しい表情は、渋々ながらもイルミナPの要求を呑むことに承知していた。
『それと唯、ギルティ・トーチが一体活性化して高速道路で暴れているのですが知りませんか?』
「な、ナンノコトカナー?」
『ギルティ・トーチは普通のカースと違って数を揃えられないので、むやみやたらに使わないと前に行ったはずですが?』
「ゴ、ごめんね?イルミナPチャン……」
『まぁ……それが今回は役に立っている部分もあるので、多めに見ましょう。
説教も、これぐらいにしておきたいですし』
221 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:48:42.56 ID:vTRpaymho
オーディオの向こう側のイルミナPは、小さくため息をつきながらも話を切り替える。
そもそも今回の作戦はこれまでのような『実験』ではなく、集大成であり本命の一つだ。
あまりいい加減なことをされると、小言が多くなるのも必然である。
だからこそ、万全を期してその会戦は宣誓されるのだ。
『目的座標特定しました。もう各班には通達済み。
最後に二人に連絡したんです。お待たせしました』
「おおう。そりゃ僥倖。
本当に、やっとって感じだ。燻ってばかりじゃしょうがねえしな。
ああそうとも。出来ることなら、祭りの炎はでっかく盛大にだ」
「まったく遅いよイルミナPちゃん。
高速の景色はなんだか詰まんなくて、退屈しちゃったよ♪
……まぁでも、やっと始まるんだね。本当に退屈、だったのに」
『……ならば疾く、行きましょうか。
計画は十分練りました。あとはただ実行するのみ。
イルミナティはここから滅びる。この世界を道連れに、だ』
目的地に向かってトラックは加速する。
加速した車輪はもう止まることはなく、すべてを巻き込んで摩耗するのみ。
だからこそ、悪意は集積し理不尽は疾走する。
***
222 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:49:48.75 ID:vTRpaymho
とあるオフィス街の中、一際大きく目立つビルがそびえ立つ。
そこは一般的なオフィス街のように閑散としておらず、かつ昼休みのような時間でないにもかかわらずそのビルの人の出入りは多く賑わっている。
衆目も決して物見遊山の観光客ばかりというわけではなく、目的や仕事などでここを訪れた者が大半である。
ここら辺一帯のオフィスビルはほとんどがこの高層ビルに関連した会社であり、この人々が循環する巨塔がどれほど重要な組織であるかが伺えた。
そう、このビルこそアイドルヒーロー同盟の総本山、アイドルヒーロー同盟本部ビル。
地上500メートル、105階層の現日本最高(ネオトーキョー除く)の高層ビルである。
ヒーロープロダクションは数あれど、それらをひとまとめに統括する組織である同盟。
その本部ビルともなれば規模も相当巨大なものとなり、このビルディングの中で仕事に従事する者は数えられないほどに膨大だ。
そんな同盟本部の第1階層は多くの来訪者を迎えるための大型ロビーとなっている。
受付係だけでも数十人規模であり、ロビーであるにもかかわらずコールセンターのごとくの並びで受付嬢たちが対応にあたっているのだ。
「ですので、申し訳ございませんがお通しすることはできません」
来訪者に告げる無慈悲な通行拒否の言葉。
その一席の受付に一人のスーツ姿の女性が向かい合い、やり取りがうまくいっていない様子が客観的に見受けられる。
「いえ、ですから我々は先日アイドルプロダクションを立ち上げまして……。
今回、そちらのアイドルヒーロー同盟に加入させていただきたく、本日お尋ねしたのですが」
223 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:50:16.74 ID:vTRpaymho
話の流れからどうやらこの長身のスーツの女性は新興のアイドルプロダクションの者らしい。
女性の後ろには関係者であろうか、大柄の男と一部の覗いて全体的に小さな少女が付いている。
察するに大柄の男の方はともかく、少女の方はごく普通の格好をしておりおそらく売り出す予定のアイドルなのだろう。
しかしその少女は不安そうに落ち着きなく視界を移動させ、今にも泣きそうな顔をしており到底アイドル向きではないように見えた。
「そうは言われましてもねぇ……。
新興のプロダクションのようですので聞いたことのない会社ですし、アポイントメントも取ってないのですよね?
そもそも規則もありますし、さすがにそのような無理を言われましても承諾いたしかねます……」
受付嬢の方も相当粘られているのか疲弊している様子が見れる。
それでも、会社としての規則とこの仕事に従事する者の矜持としてこの無理は通させるわけにはいかなかった。
「担当の方にお繋ぎしてくださるだけでもいいですから。
……あ、ほらどうです?わが社が売り出すアイドルは?
とても愛くるしい女の子でしょう?」
「……ふぇ!?」
唐突に背中を押され前にでる少女。
強引に話を振られた少女は、その困惑からか瞳に涙を溜めはじめる。
「え……えーっと」
224 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:50:49.24 ID:vTRpaymho
さすがにそんな目で見つめられれば受付嬢の方も困惑してしまう。
一般的に今のアイドルと言えば、ヒーローも兼任した『アイドルヒーロー』である。
一昔前のアイドルならば愛くるしい見た目だけでもなんとかなったかもしれないが、この少女は明らかに『ヒーロー』には向いていないことが素人の受付嬢にもわかった。
そしてそんなアイドルにさえ向かなそうな少女を猛プッシュする会社を余計に信用できないのは当然だろう。
「その……嫌がってませんかその子?」
「いやですねー。そんなことありませんよ。
これも演技ですよ。庇護欲が湧いてきませんか?」
受付嬢の質問に、躊躇なくそう答えるスーツの女性。
涙を目に溜め、明らかに自分の意志でここに来たわけではない少女。
先ほどからずっと黙っているが視線は動かさない厳つい男。
しかも、そもそもこの男顔をヘルメットのようなもので隠しており、このビルを出入りする人間は個性的な人が多いため気にはしてなかったが明らかにあやしい。
そして極めつけはこのスーツの女性。
見た目こそごく普通の女性用スーツで、インド系の人種だが微妙に怪しいところが多い。
話していても、いくら断っても、論点を逸らしこちらの意思を捻じ曲げつつ自分の要求を曲げようとしない詐欺師に似た口ぶり。
両手の黒手袋や、人柄を見せない瞳の奥など、怪しさを極限に薄めているこの女性が逆に怪しく見えてきてしまう。
受付嬢にとって似たような来訪者は過去にもあった。
その経験もあってか、この来訪者が『まとも』ではないと受付嬢は判断できる。
「どうです?こんな愛らしいアイドルを見ればぜひともわが社を……」
「申し訳ありませんが、本日はお帰りください。
しかるべき部署を通して、来訪のご予約をいただいてからまたお越しください」
225 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:51:45.02 ID:vTRpaymho
これまではのらりくらりと受け流されてきた断りの言葉だが、今ここではっきりと述べる。
そもそもこれは上司とも相談した方がいい案件の可能性があるとも受付嬢は判断していることでもあり、これで素直に聞かないようならばこの連中を上にではなく、警備員と繋げることになるだろう。
「……そう、ですか」
はっきりと拒絶の言葉を投げかけられたスーツの女性は受付嬢から一歩、ゆっくりと下がる。
その表情は残念そうな、一般的に落胆の感情が見て取れるような表情が『張り付いている』。
そしてそのままゆっくりと、片手の黒手袋を引っ張り始め。
「……そこマデダ」
黒手袋が抜き取られる前に、これまで黙っていたヘルメットの男が静止の声をかけた。
スーツの女性は先ほどまでのにこやかな表情とは一変して、冷徹な眼光で男を横目にちらりと見る。
そして手にかけていた黒手袋から手を放し、再び笑顔で受付嬢に向き直った。
「承知しました。ではまた、しかるべき道筋でこちらをお尋ねしますね」
その言葉にも、表情にも何も違和感はない。
受付嬢も若干拍子抜けするほどに容易く引いた女性に若干呆けてしまった。
ほんの一瞬、大男とスーツの女性とのやり取りは一瞬であり、その冷徹な瞳を表層に表したのも一瞬だった。
故に、そう言った方面には素人であったただの受付嬢では気付くことができなかったのだ。
仮に、このやり取りを見ていたのが歴戦のヒーローであったのならば話はまた違っただろう。
そう、逆に受付嬢のような素人が見ていたことが幸いだったのだ。
それに気づいてしまっていたのならば、このロビーはコンマ1秒に満たない瞬間に赤色で埋め尽くされたであろうから。
「まぁ……後か先の話なんだけれど」
そう言って、同盟本部の巨大な入り口から外へと出る女性。
それに付いていく大男と少女であったが、少女は不思議そうな表情で一度だけ、ロビーの中を振り返った。
***
226 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:52:18.19 ID:vTRpaymho
「クソだわ……ええあの受付の女。
紛れもないクソビッチ。もう惨たらしく生かした後に殺さなきゃあ気が済まないわね」
同盟本部の向かい側、全国チェーンのコーヒーショップ。
カウンター席に座るスーツ姿の長身の女性。先ほどまで受付嬢と会話していた時とは打って変わり、その口調は汚泥に塗れた語彙を感じさせる。
そんな言いぐさは、彼女にとってブーメランなのだがそのことを指摘する者はこの場にはいなかった。
その彼女は品を感じさせない粗暴な座り方をしながら、懐からスマートフォンを取り出し操作を始める。
「そのぉ……ジャイロしゃん」
そんな彼女の隣にはオレンジジュースを両手で持った少女が小さく座っている。
少女は座った状態でも多少の身長差があるスーツの女を見上げながら遠慮がちに伺う。
「……あ?」
「あ……ふぁい。ご、ごめんなひゃぃ……」
だが、隣の女は邪魔をするなと言わんばかりに隣の少女を睨み付けて黙殺する。
少女はその鋭い眼光で射抜かれて、涙や鼻水は決壊寸前であったが大人しく黙った。
「えーっと……あったあった」
227 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:53:14.15 ID:vTRpaymho
スマートフォンで何かを検索していたスーツの女性は、目的の物を見つけたのかニヤリと嗤う。
その画面に移されているのは、一般的には実名登録で広く知られるSNSのサイトであった。
「あの女、馬鹿正直に実名登録してるなんて楽でいいわね。
なるほどねぇ……、彼氏もいて、家族との仲も良好。職場にも恵まれてる。いい暮らししてるじゃない」
クツクツと嗤いながら女の口角はさらに角度を増していく。
画面に映し出されているページには先ほどの受付嬢の顔写真と、胸にぶら下げていたネームプレートと同じ名前が記載されていた。
この情報化社会において実名検索はあまり意味のないように見えて、実のところ非常に効果的である。
今回のようなSNSが検索にかかり容易に、かつ迅速に情報が得られることも有る。
だがそれ以上に仮にその名の残滓がだけが残っていようと、電脳の海は決して逃すことなく存在の尾を掴むことができるからだ。
イルミナPのように機械や電脳の分野に精通しているものならば他に様々な手段が講じられるが、彼女のようにそのような教養がないものでも容易に個人の情報が得られることこそが最大の利点であった。
「ずるずる……ずるずると。
幸せそうな関係者がいっぱいでいいわねぇ……。全部台無しにしてその恨みをこの女に吹っかけてやりたいわ」
画面の中には受付嬢の充実した日常が映し出されている。
いいこと、悪かったこと、日常の機微を記したその日記帳は折り重なった一つの成果だ。
彼女がこれまでに培ったものであり、形を成した城。
だがそれは砂場の城であり、無慈悲な悪魔に目をつけられれば一瞬で瓦解する脆いものだった。
「こいつの彼氏、住んでるところはそんなに遠くないわね。
手始めに彼氏さんの関係各所を全部台無しにして、あらゆる恨みを彼氏さんに吹っ掛けましょう。二人の人生設計はこれでお手軽に壊せるわね。
その次は、両親、兄弟を殺しましょう。全員分の面の皮を剥いで、マネキンにかぶせてこいつのアパートに直送してあげるのよ。
『あなたのパパとママ、お兄ちゃんから、飼い犬まで、これでいつも一緒に暮らせますねー』って今日の張り付けた笑顔でこいつに言ってあげるの。
ああ……ああああ、想像できるわ、泣いて狂って、憎悪の目でアタシを見るあの女。
だからまだ、もっともっと折ってあげなくちゃ。塵も残さず、最奥の感情を引き出さなきゃ……」
228 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:53:54.06 ID:vTRpaymho
その女は恍惚の表情を浮かべながら、画面を高速にスライドしていく。
脳内に広がるのは、外道さえも吐き気を催す最悪のシミュレーション。
ただ自らのシャーデンフロイデを満たすためだけに、女は哀れな生贄を見繕う。
「まだ……まだよ。居場所も奪ってあげるの。
救いの余地なんて与えないわ。だってアタシの提案断ったんだもの。
クヒヒ……アヒ、アハハ。しょうがなわねぇ、だってアタシの意思を無碍にしたんだもの、これぐらいされても文句はないはずよねぇ。
だから、まずは仕事場を……ってああ」
恍惚の表情で悪意を練っていた女だが、ふと我に返ったように静かになる。
そんな表情の変化に隣の少女は不思議そうにその顔を見上げるが、女のほうは気にも止めない。
「そうね……仕事よ、まだプライベートに走る時間じゃないわ。
そもそも、仕事場は今から壊すんだったのよ。
ねぇ……そうでしょう?くるみちゃん?」
首を歪にひねり、隣に座る少女を笑顔で見下ろす女。
だがその表情は世間一般的に『笑顔』と呼べるような肯定的なものではなく、人形の笑顔以上に無機質で、底知れぬ悪意をはらんでいた。
「ひっ……そ、そうでしゅね。……ジャイロしゃん」
229 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:54:31.36 ID:vTRpaymho
「『ジャイロ・アーム』はコードネームでしょう?
遠慮しないで、気安く『カーリー』って呼んでくれて構わないのよ。アタシも親愛を込めて『くるみ』ちゃんって呼んでるんだから。
それとも……同じように『インナーチャイルド』って呼びましょうか?」
「は、はいぃ……『カーリー』しゃん」
有無を言わさぬその物言いに、『くるみ』という少女は呼び方を改める。
女は、黒手袋を外し、その中身を現した。
黒金の冷たいその手はその細動にさえ、見るものを不安にさせる何かを抱かせる。
月は人を狂気に落とす。ならば三日月の口角を携えたその女は狂気そのものだろう。
殺人義手『ジャイロ・アーム』と中央アジア出身を思わせるその容貌。
見るものが見ればすぐにわかる、余りにも名の通った姿。
国際指名手配犯、ジェノサイドとは今は一人の名を表す言葉。
『カールギルの鬼子』カーリーは、窓の向こうに見えるヒーロー同盟本部を見据えて、悪意に浸る。
「だって今日はこの国を絶望させるんだから、焦っちゃだめよ『――』」
もはや忘れた自らの名を、言葉にで出来ずとも小さく唇の動きで表現する。
事実上『イルミナティ』の中では一番最悪で、最強の『人間』は今日も嗤うのだ。
―――
230 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:55:16.36 ID:vTRpaymho
鬼神が嗤うコーヒーショップの席の一角。
カーリーから離れたテーブル席には、個性的な容貌をした4人組の姿があった。
「同盟はあたしたちをさんざん厄介扱いしてきたっていうのに、いったいLPさんはここに何の用があってて来たんだろうな?」
「ああ……なんでもアタシらが勝手にやってるのを快く思ってない連中が同盟にいるのも事実。
だからアタシら『ネバーディスペア』の活動に支障が出ないようにこんな感じで同盟との兼ね合いを話し合ってることがあるらしいぜ」
「そうだよぉー☆きらりたちが、はっぱはぴお仕事をできるように、LPちゃんもがんばってるんだにぃ☆」
「へぇ……LPさんサポートだけじゃなくそんなことまでしてくれてたんだ……」
その4人組は知る人ならばそれなりに有名なフリーのヒーローグループと噂される存在。
宇宙管理局から派遣された地球治安維持部隊『ネバーディスペア』である。
その4人が、同盟前のコーヒーショップにいる理由としては、第一はこの場に用のあったLPの付き添いであった。
そもそもLPには付き添いなど必要はないのだが、今回は4人が強引に付いてきたようなものだった。
「まったくLPさんもこんなこと隠してるなんて人が悪いよな。
あたしたちに知らせずにやって、カッコつけてるつもりかよ」
奈緒はテーブルの上のチョコケーキを突っつきながら悪態をつく。
LPのこういった舞台裏の仕事を知っていたのは、付き合いの長いきらりと、察しのいい夏樹だけであった。
今回付いてきたのもLPの仕事ぶりを直接目で見ることが目的でもあったのだ。
231 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:55:47.63 ID:vTRpaymho
「まーアタシらに黙って仕事をこなすってのも男の仕事って感じでいいけどさ。
それをちゃんと理解して背中を預けるってことをしなきゃ、アタシらもカッコ悪いだろ?」
「男の仕事、まさにロック……。
なら私も、黙って仕事をこなす仕事人みたいにすればもっとロックに……」
「それは、めーっ、だにぃ☆
ナイショでお仕事するのは『ロック』かもしれないけどぉ、それじゃあ逆にLPちゃんに迷惑かけちゃうよぉ☆」
「そうだぜだりー。
こういったロックはLPさんのような仕事のできる人のすることだ。
アタシらのロックは、そんなLPさんの信頼に答えることだろう?」
仕事人のロックはまだ李衣菜に早かったらしい。
李衣菜の妄想は速攻で二人に窘められ、ばつが悪そうな李衣菜はせめてもの反抗に口を尖らせる。
「ぶー……。わかったよぉ二人とも」
「まーあたしたちにできることは、ちゃんとLPさんの信頼に答えることが一番だからな。
迷惑ばっかりかけてないで、もっとあたしもちゃんとしないと……。
そのためも含めて、今日はLPさんに強引についてきたんだろ?」
232 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:56:23.31 ID:vTRpaymho
LPの予定はこの後火急の仕事が入っているわけではなかった。
だが何もなければ、LPは戻って再び仕事に従事するだろう。
だからこそ、今日はLPをねぎらうために4人はついてきたのだ。
普段仕事ばかりにかまけていて張りつめているLPには休憩が必要だということは隣で見ている者たちからすれば痛感することであった。
この地球にも娯楽はあふれている。そこで今日はこの後、窮屈な仕事場から外に出て、LPに楽しんでもらおうという算段なのだ。
事前にこのサプライズは、LPの同僚に話してあり根回しは済んでいる。
あとは仕事の終わったLPを強引に連れ出すことこそが、今日の『ネバーディスペア』の仕事であった。
「しかしどこに連れていけば楽しんでくれるのかな?LPさんは」
そもそもこうした計画を立てたものの、行先は明確には決まっていない。
事前に行先の候補は決めてあるが、4人でさんざん悩んだ結果ついには今日まで答えが出ることはなかったのだ。
「LPさんって仕事人間だからね……。どこに行けば喜んでくれるのかなんて私にはさっぱりだよー。
イベントとか人の騒がしい場所とかはあんまり好きそうじゃないし……となると私の案のCDショップしか……」
「それじゃいつもの買い物と変わらないだろだりー……。
とはいっても他にしっくりくるものもないし、最悪直接聞くしかないか……?」
「ダメーっ!それじゃあ『さぷらいず』にならないでしょー☆」
結局行先はまだ纏まりそうにない。
タイムリミットはLPが話を終えて戻ってくるまで。
それまでこのコーヒーショップの一席を、サプライズ会議に占有しつづけるのだろう。
233 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:57:14.16 ID:vTRpaymho
「ぐわああああああああああああ!!!!!!」
そんな静寂はあえなく破られる。
男性の叫び声とともにコーヒーショップに響くガラスの割れる音は、同盟本部のお膝元という破られぬ平穏をあえなく砕く。
店内に居たものは、ネバーディスペアの4人を含めてその方向を注視する。
一人の鎧姿の男が、慣性のままに店と外を隔てるガラスを突き破って、今しがたディスプレイケースに衝突しそうな瞬間が目に焼きついた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
そして直後に外から響く獣の絶叫。
それは人々の本能を刺激し、潜在的な恐怖を喚起させる叫びであった。
誰もが理解するのだ。この場が決して安全ではないことに。
234 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:57:46.83 ID:vTRpaymho
そんな誰もが危機を察知し、身も守るための次の行動を想起しようとする中で、またく違う反応を見せた存在は店内に3人いた。
「……始まったわ」
騒めきの中に混じるかすかな嬉々の声はカーリーの言葉。
違う反応を見せた者の内2人は、義手の女カーリーとその隣にいる少女くるみ。
彼女たちは事前に『これ』が起きることを知っており、これこそが回線の合図であることを承知していた。
ゆえに誰もが叫び声に硬直するしかない中、静かに店の入り口から外へと出る。
そして残る一人。
他の3人が窓からの乱入者と、獣の叫びに気を取られている中でただ一人、その絶叫を別の物ととらえるものが一人いた。
「今の声…………あたし?」
録音した自分の声を聴いたときのような、自分の声じゃないような、それでいて自分の発言だとわかるような、ざっくばらんな感覚。
自らの中の獣たちも、叫びに応じて呼応する。
心臓の高鳴りは周囲の騒ぎをかき消すほどに高鳴り鼓膜を打つ。
235 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:58:26.89 ID:vTRpaymho
「……なんで」
百獣を内包する少女は、店の外へと視線を向ける。
視線の先は同盟本部1階ロビー。
直線距離であってもそれなりにこの場から距離のあるその場所に存在する影を少女は確かに捉えた。
「…………どうして」
私のような不幸な少女は、私だけだったはず。
それだけで十分だし、そんな存在は2人も必要ないと奈緒は思っていた。
だが、かすかに見える漆黒の獣はその姿はが『ナニカ』を、全く似ていなくとも奈緒にははっきりと理解できた。
「……そこに、あたしがいるんだ……?」
***
236 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:58:59.72 ID:vTRpaymho
時間は少し遡った同盟本部1階ロビー。
雑踏の中、カーリーに応対した受付嬢は、怪しげな来客者のことを上司に報告している最中だった。
LPは係の者とともに同盟本部の奥へと案内されようとしていた。
だがその二人とも、いやその場にいた誰もがその異物に気づき、視線を上にあげるのだ。
『オナカ……スイタ』
ロビーの高い天井、その中の一つのエアダクトから漆黒に近い液体が垂れる。
誰が意識したわけでもなく、そのときそこにいた人々の視線は偶然にも一転に集中していた。
それが功を制したのか、落下してきたエアダクトの蓋は誰にあたることもなかった。
しかし、そのあとに落ちてきた漆黒の物体こそが、視線を集めた正体だ。
『オナカ……スイタヨ。アアア……タクサン、イルネ』
その黒い泥は、ニコリと笑う。
その輪郭はかろうじて人型に近い何かであることが理解できる程度で、表情は理解できるほどのものではない。
だがそれを見た誰もがその表情の変化を理解し、同時に戦慄するのだ。
この黒い塊は、『捕食者』であり、この場の我々は『被捕食者』であることを。
「「う、うわああああああああああああ!!!!!!」」
「「キャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」
人々はパニックに陥る。
突如として現れた黒い泥の塊は、人々によく知られる『カース』を想起させた。
この黒い塊が違う『ナニカ』であることは理解できているものも多かったが、それ以上にカースと同様の脅威であることのほうが理解するうえで重要だったのだ。
237 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 22:59:42.51 ID:vTRpaymho
人々は突如として現れた『カース』に散り散りになって逃げ惑う。
誰もがここを同盟本部であることを忘れてあるものは出口へ、あるものは本部の奥を目指して、できるだけ『カース』から距離を取ろうとする。
『カース』は無差別に人を襲う災厄だ。誰もがわが身の可愛さに、外へ外へと距離を取ろうと醜く進む。
「ふはははは、まさかここを同盟本部だと知ってか知らずか。
なんと哀れなカースだな」
だがその場に響く声。
その姿は鎧のようなスーツに身を包んだ大衆にもよく知られたヒーローの一人。
「ヤイバー甲・参上!みんな、もう安心だ!」
この場はアイドルヒーロー同盟本部である。
当然誰かしらのヒーローが居合わせていることなどザラであり、今回もその限りであった。
「や、ヤイバー甲!ヤイバー甲だ!!」
「やった、助かるぞ!」
「そんな化け物やっちまえ!ヤイバー!!!」
颯爽と現れたヒーローの登場。
皆の逃げ惑う脚は止まり、安心と期待の目をヤイバー甲に向け始めた。
『ダ……ダレ?』
『カース』は突然現れた、おかしな格好をした男に首をかしげるような態度を見せる。
それを余裕ととったのか、ヤイバー甲は眉をひそめながら『カース』と相対する。
「ヒーローの本拠地に迷い込んでしまうような哀れなカースだ。
頭のほうが足りていないのも理解はできる。だが、容赦は無用!俺がすぐに退治して……」
238 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 23:00:28.64 ID:vTRpaymho
ヤイバー甲はその視界に影がかかったのを理解した。
上を見れば漆黒の泥。その『カース』は瞬間的に体を拡大し、その咢でヤイバー甲の全身を覆うほどの傘をかける。
「……え」
そしてその大口は、ヤイバー甲を有無を負わせぬままに丸呑みする。
『カース』は数回咀嚼した後、そのまま元の大きさプラス、ヤイバー甲を口に含んで咀嚼している分の体積に戻る。
この一瞬で起きたことを誰も理解できずに、ロビー内は静寂に包まれた。
『……カタイ、マズイ……アタシ、コレハイラナイ』
そして『カース』は不機嫌そうに言い放った後、その大顎から人型の物体を吐き出す。
勢いよく吐き出されたそれは、数人の観衆を巻き込んで同盟向かいのコーヒーショップへと突っ込んでいった。
「『ウルティマ』も動き出したし、もうアタシたちも好きに動いていいわよね」
そしてそのコーヒーショップから出てきた二人。
その二人が出てきたことを確認して、外で待機していたヘルメットの大男も付き従うように女の後ろを歩く。
「でもこれじゃ、まだ味気ない。恐怖が足りないわね」
239 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 23:01:36.96 ID:vTRpaymho
コーヒーショップから出てきた女、カーリーはウィンドウケースに頭から突っ込んで気絶しているヤイバー甲を尻目に同盟本部へと足を向ける。
そしてちょうど目の前にいた、本当にただの通行人二人の首を軽く一撫でするのだ。
するりと胴体から離れた二つの首は、まるであるべき場所のように自然にカーリーの両掌に乗っている。
「始まりの花火はもっと盛大にしましょう。
せっかくの惨劇なのだから、楽しく、鮮烈に、不幸を魅せてね」
カーリーはその首を群衆へと投げ入れる。
人の生首は、それだけで非日常だ。つい先ほどまで生命のあったその首は、容易に人々に死を連想させ恐慌させるには十分だった。
その行いだけで、同盟本部前通りは地獄絵図と化した。
守るべきヒーローは即座に敗れ、無関係だった一般市民は容易に死んだ。
人々は我先にと逃げ出し、暴動のように負の感情は伝播していく。
「さぁて、甘い甘い、不幸を見せて」
240 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 23:02:22.43 ID:vTRpaymho
かなり前の設定のため再記載
イルミナティ騎士兵団『第二位』エイビス
深淵の悪魔。地球出身の魔族であり昔はデーモンスレイヤーとして活動していた。
多趣味であり、見た目軽薄そうな男。
イルミナティ創設メンバーの一人であり、昔イルミナPと唯を狙いことごとく返り討ちにされた経歴がある。
ただし現在ならばかつて大敗を喫した唯に追随する強さを持つ。
無口な兵団長に代わり騎士兵団をまとめている。
誰もが深淵(エイビス)に挑まねばならぬ時がある。底見えぬ深い深淵へ。
底があることに絶望を覚えるときもあれば、限りない底無しに絶望することもあるのだ。
迦利(カーリー) / 騎士兵団6位『ジャイロ・アーム』
災禍の中で踊る女。両腕義手のインド・アーリア人系。
傭兵出身であり純粋な白兵戦のみならば序列内で1位に次ぐ。
だが性格は序列内でも最悪であり、裏切り、不意打ち、だましうち、人質などあらゆる卑怯な行為でも空気を吸うように行い、相手を絶望させるための労力を惜しまない。
世界中で身に着けた人間の限界に匹敵する技の数々でさえ、自らの欲求を満たすためだけに習得したものである。
『ドブゲス女』、『デスビッチ』、『迦利(カーリー)』、『カールギルの鬼子』など様々な蔑称で呼ばれ、世界中の傭兵から兵士に恐れられている。
量産型戦闘義手『ジャイロ・アーム』
イルミナPが自身の『マジックハンド』をベースとして、魔導装置の代わりに現代兵器を多く搭載し量産化をした義手。
だがその性能と重量によって汎用的に使える物ではなく、カーリーのみが使用する物として設計された。
腕に装着されてない義手であってもカーリーの思考で並列コントロールすることが可能。
また泥を完全に抜き取ったカースの核の内部保存領域を拡張して利用することによって、カースの核内部に義手を封じ込めて持ち運ぶことができる。
カーリーが唯一行使する異能の力を有しているものである。
241 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/08/03(水) 23:03:02.39 ID:vTRpaymho
以上です。
プロローグなのに思った以上に時間がかかったことと、想定以上の文量になってしまった。
これの話についてはあと1、2回の投下でまとめる予定です。
ネバーディスペア4人組、ヤイバー甲お借りしました。
242 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/08/04(木) 21:31:20.80 ID:atL2PMrF0
おつでして
やべぇ、戦争だわ…演説とか特に戦争っぽいわ…モブに厳しい高速道路はクレイジータクシーか何か?
いやはや、ヒーロー同盟本部襲撃はやばいっすねぇ…この惨状だと勝って撤退させても暫くは叩かれそう…くるみちゃんもなんやかんや実力はありそうだなぁ…
ネバーディスペアのほのぼのがぶち壊されてしまったのは…そういう運命なのかな?
そんでもってヤイバー甲さんは奈緒の亜種系列にひどい目に合わされるの二度目じゃないっすか…(白目)
243 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/08/27(土) 02:37:20.75 ID:y3hZJXbEo
保守
244 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/22(木) 00:59:38.85 ID:BZhIxQkw0
ほーしゅ
245 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/09/25(日) 22:29:11.65 ID:gnJ6FtKW0
投下します(生存報告)
246 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/09/25(日) 22:32:01.48 ID:gnJ6FtKW0
京華学園の遥か遥か上空、もはや宇宙空間と言って差し支えないほどの上空。
一台の巨大な宇宙船から、ヘレンはそれを見下ろす。
ヘレン「なるほど……あれが地球のフェスティバルね、なかなか賑わっているじゃない」
宇宙酒のグラスを傾け中身を飲み干したヘレンは、パキンと指を鳴らした。
ヘレン「アステリオーズ、メモリック」
アステリオーズ「グルル……」
メモリック「お呼びですか、マム」
ヘレンの呼び出しに応じ、迷宮怪人アステリオーズと記録怪人メモリックが姿を現した。
ヘレン「方法は任せるわ、あのフェスティバルを更に盛り上げていらっしゃい」
アステリオーズ「グオオ!!」
メモリック「御意に」
部屋を去る二体と入れ替わりに、ヘレンの側近であるマシンが入ってきた。
マシン「マム、失礼します」
ヘレン「あら、何かしら?」
マシン「旧友の方から惑星間通信が入っております」
ヘレン「旧友? まあいいわ、繋ぎなさい」
ヘレンの言葉にマシンは「イエス、マム」と短く返し、室内のモニターを点ける。
247 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/09/25(日) 22:33:44.42 ID:gnJ6FtKW0
??『いっよーぅヘレンちゃーん!! 相変わらず宇宙レベルかぁーい!?』
ヘレン「切りなさい」
マシン「イエス、マム」
??『どおお!? ちょちょちょちょっと待ってくれよヘレンちゃんよぉ! ちょーっとふざけただけだろお?』
モニター越しにおどけてみせる男。
24時間グダグダ煮込んだホウレンソウのようなウェーブの緑髪。
丸々3日履き続けたお父さんの靴下のようにだらしなくくたびれたウサ耳。
そして顔の右半分を覆う、レトロな雰囲気を醸し出す鉄仮面。
ヘレン「……で、一体何の用かしら、UP?」
ヘレンは珍しく少し不機嫌な顔をモニターの男……奴隷商人UPへ向けた。
248 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/09/25(日) 22:36:07.61 ID:gnJ6FtKW0
UP『いやあ、ちょっとマルメターノの野郎への復讐と素材の仕入れを兼ねて地球の愁炎絢爛祭っつー祭に来るつもりだったんだがな? うっかり宇宙警察の犬どもに取り囲まれちまって……あ、もちろん俺が勝ったんだぜ? でもちょーっとスレイブニールの方が傷ついちまってな? 困り果てて宇宙図を見たらワァオ! 地球のすぐそばに旧知の仲たるヘレンちゃーんの宇宙船があるじゃないの! これは最早神の思し召しでしてーっつー事で修理用の資材わけてくんねーかなーって通信かけたんだけど……ってあらら? ヘレンちゃん? 聞いてる?』
ヘレン「……ええ、『不幸にも黒塗りの高級宇宙船に追突してしまう』って所まで聞いたわ」
UP『全く聞いちゃいねぇーっ!! ズッコー!!』
往年のギャグマンガのような動きで盛大にズッコケるUP。
よく見ると足の裏に強力なスプリングが仕掛けてある。
この為に追加したのだとしたら、努力の方向音痴と言うほかないだろう。
ヘレン「冗談、ちゃんと聞いていたわ。わけてあげてもいいけど、タダとはいかないわ」
UP『モチのロンだぜ! 俺様特製プロデュースの奴隷五体をロハで……』
ヘレン「いらないわ、あんな悪趣味なオモチャ」
UPの言葉をヘレンが遮る。
UP『へっ?』
ヘレン「その代わり……例のコア、一つもらおうかしら。持っているんでしょう?」
UP『例のコアって……ちょちょっ、マジかよ!? アレは生産終了再販予定無しの激レアもんだぜ!? そもそも何で持ってるって知ってんの!?』
ヘレンの言葉に、UPは身を乗り出し驚いた。
勢いあまって顔面をモニターに激突させたその様は、まるで何とかクリムゾンとかいうロックミュージシャンのCDジャケットのよう。
ヘレン「嫌ならいいわ。そのオンボロ宇宙船で地球まで来ることね」
UP『ぬうう……よーし分かった! その代わり資材はバッチシ頼むぜヘレンちゃん!!』
CPU『マシンちゃん、一応現在座標と故障状況を転送しておくわねぇ』
マシン「助かります、CPU」
249 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/09/25(日) 22:40:03.40 ID:gnJ6FtKW0
UP『じゃ、また会おうぜヘレンちゃんよお!!』
謎の決めポーズと共に通信を終了させるUP。
ヘレン「はあ……マシン、奴の宇宙船が地球に到達するまでの時間は?」
軽く溜息をついて、ヘレンがマシンに問いかける。
マシン「CPUから転送されたデータで計算しました。約167時間20分後と推測されます」
ヘレン「6〜7日後、ね」
マシン「イエス、マム」
室内に一時の沈黙が流れる。
ヘレン「……間に合わないわね、祭」
マシン「間に合いませんね」
――――――――――――
――――――――
――――
250 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/09/25(日) 22:41:19.36 ID:gnJ6FtKW0
――――
――――――――
――――――――――――
京華学園、地下通路。
アステリオーズ「グルル……」
メモリック「転送完了。現在座標x581688、y401190、z-15078。京華学園地下と判断」
アステリオーズと共に転送されたメモリックが現在地を照合していた。
メモリック「ではアステリオーズ、早速開始です」
アステリオーズ「グオオン!!」
アステリオーズが両拳を頭上で激しく打ち付けると、そこから青白い火花が舞った。
火花は彼の角の間へ舞い降り、そこで更に大きく、激しく輝きだす。
そして火花が直径1mほどの大きさになった時、アステリオーズは叫んだ。
アステリオーズ「ビルド・ラビリンス!!!」
直後、火花は幾つもの光の筋となって散らばり、地下通路全体を照らしていく。
すると、信じられない事が起こり始めた。
ズズズ……
ゴゴ、ゴゴゴゴゴ……
光の当たった壁が、重低音を響かせながら動き始めたのだ。
やがて重低音は地下通路中を埋め尽くすほどに響き渡り……。
アステリオーズ「グオオ!」
数分と経たない内に、地下通路内部は巨大な迷宮と化した。
メモリック「……申し分ないですね。では続けて御招待を」
アステリオーズ「グルル…グォォォォォォ!!」
続けてアステリオーズは腕組みし、大きな雄叫びを上げた。
――――――――――――
――――――――
――――
251 :
◆3QM4YFmpGw
[saga sage]:2016/09/25(日) 22:42:55.58 ID:gnJ6FtKW0
――――
――――――――
――――――――――――
ほたる「あれ? 巴ちゃんいないね……お手洗いかな?」
乃々「で、でも、お好み焼き焦げてますけど……」
エマ「なんか急にパッと消えたみたいな感じだなー」
――――
部員「ねー、キャプテンいたー?」
部員「いないよー。どこ行ったんだろ?」
部員「スタンプラリーの3ポイント希望してる人結構溜まって来てるのになあ…」
――――
忍「あ、伊吹ー! 沙紀いた?」
伊吹「こっちにはいなかったよ。どこ行ったのかな……」
忍「ほんの数秒だったよね、沙紀と離れたの……」
――――
モブヒーロー「ルーキートレーナー? ルーキートレーナー応答しろー?」
モブヒーロー「昼寝でもしてんじゃねえの?」
モブヒーロー「かもな……まあいいや、アイツの仕事料が減るだけだ。俺たちだけで警備に行こうぜ」
――――――――――――
――――――――
――――
252 :
◆3QM4YFmpGw
[sage saga]:2016/09/25(日) 23:03:54.77 ID:gnJ6FtKW0
――――
――――――――
――――――――――――
地上で次々と行方不明になる人々。
それが原因となり、学園祭のあちこちで小さな混乱が起こり始めた。
言うまでもなく、犯人は怪人アステリオーズだ。
メモリック「良い調子です、アステリオーズ。景気付けにもう何人か……む?」
言いかけたところでメモリックが振り向く。
『オ゛ォオ……ォア゛……』
そこにいたのは、山羊……のような姿をした怪物だった。
泥の体を引きずって、ゆっくりゆっくりとこちらへ向かってくる。
メモリック「……解析完了。体表の構成物質からカースと断定。交戦による我々へのメリット無し。彼我機動性差、圧倒的」
淡々と分析するメモリック。
メモリック「奴をまきますよ、アステリオーズ。マムから賜った任務、邪魔をされるわけには……」
253 :
◆3QM4YFmpGw
[sage saga]:2016/09/25(日) 23:05:06.45 ID:gnJ6FtKW0
アステリオーズ「グオオオオン!!」
メモリック「アステリオーズ!?」
直後、アステリオーズはメモリックの指示を無視して山羊のカースへと襲いかかった。
右の拳が、固く握り締められている。
メモリック(……まあ、いいでしょう。たかがカース如き、即座に始末して任務に戻れば……)
冷静さを取り戻し、アステリオーズの背中を見守るメモリック。
それがメモリックの誤算だった。
目の前にいるカースを、『たかがカース如き』と判断した、彼にとって最大のミス。
アステリオーズ「グオ……!?」
カースを殴りつけた途端、アステリオーズの体が硬直する。
そして一瞬の後、カースの泥がゴボゴボと湧き出し、みるみるうちにアステリオーズの体を包んでいく。
メモリック「!?」
アステリオーズ「グオ、オオオオオ!!」
メモリックが呆気にとられている間に、アステリオーズの体は完全に泥の中へと消えた。
メモリック「か、解析不能……!」
『ア゛ォオァア……』
そして、アステリオーズを飲み込んだカースがボコボコと姿を変えていく。
それはまるで、漆黒に染まったアステリオーズそのもの。
しかし、頭は山羊のそれという、完全なる異形だ。
『…………』
やがてアステリオーズを飲み込んだカース……『退廃の屍獣』は、ゆっくりとした足取りで何処へともなく歩き出した。
254 :
◆3QM4YFmpGw
[sage saga]:2016/09/25(日) 23:06:56.71 ID:gnJ6FtKW0
メモリック「な、なんという事……」
この迷宮はアステリオーズが造り出したたもの。
すなわち、解除出来るのもアステリオーズのみ。
メモリック「……帰還装置、正常稼動確認出来ず……」
アステリオーズの迷宮は中の者を永遠に閉じ込める。
魔法であろうと科学であろうと、この迷宮の中では意味を成さない。
メモリック「……このままでは……」
戦闘能力を持たないメモリックに、退廃の屍獣をどうにかする事など出来はしない。
彼はただ、祈るしか出来ない。
迷宮内に呼び込まれた者たちが、奴を倒す事を。
完全に制御不能となった、迷宮の番人を……。
続く
255 :
◆3QM4YFmpGw
[sage saga]:2016/09/25(日) 23:14:17.66 ID:gnJ6FtKW0
○イベント追加情報
地下通路が迷宮化し、巴、渚、沙紀、慶をはじめ複数の人間が転移させられました。
アステリオーズを取り込んだ退廃の屍獣を倒せば元に戻ります。
はい、というわけで長らくお待たせしました(白目)
エマ以外全員お借りしました(横着)
256 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2016/09/26(月) 00:47:57.89 ID:JU660YJ5o
おっつし
新イベかー!
257 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/09/26(月) 03:14:27.89 ID:wUTs2tK40
おつでして
なんだか大変なことになっちゃってるぞ(恒例)
戦闘能力とは言えない能力持ちの子が不安ですねぇ…
というか絶対強いじゃないですかやだー!
258 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/10/05(水) 23:33:45.16 ID:XpqCf+ph0
お久しぶりです。
こちらも投下しますねー
259 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2016/10/05(水) 23:35:19.25 ID:XpqCf+ph0
カースに乗っ取られた戦車から逃げ切った私達は、地図を開いて現在の位置を確認していました。
「このコンビニがここにあって、ちょっと先にこの建物があって……ん? これは信号機の柱か?」
憤怒の街は現在封鎖中なので、GPSとか言った端末からの情報はすべて機密扱いでシャットアウトされています。
なので、紙の地図で現在位置を特定しているのですが………。
憤怒の街の内部は至る所で建物などの損壊が目立ちます。
中には倒壊したりしている建物もあって、おそらく被害を受ける前の状況とは異なっているだろうと、ポストマンさんが言っていました。
なので、ランドマーク的なものが地図に記してあっても、実際に見た時にそれがない。といったこともありました。
特に中心に近づくにつれて、心なしか先ほどよりも建物の壊れ方が激しいように感じます。
「それなら………今は大体この辺か?」
そういって、ポストマンさんが地図のある地点を指さしました。
「ここからだと、この先にある病院を抜けていったほうが近いか?」
「いや、そうは言うけどさ………」
そういって、全員がはぁとさんが指をさしたほうへと向きますが………
「あの先、なんかすっごい茂ってるんだけど☆」
260 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/10/05(水) 23:38:23.41 ID:XpqCf+ph0
(やばい、手違いであげちゃった……ごめんなさい。ちなみに、上の
>>259
は私です。)
===============================================================
はぁとさんが指を指す方向には、青々と茂った自然がありました。
砕けたアスファルトの道路には、雑草が所々に生えていたり、アスファルトがはがれたところにはきれいな水が溜まっています。
がれきには緑の苔のようなものがついていたり、崩壊した建物には蔦が絡みついていました。
所々に木が生えており、元は街路樹であっただろう木も、成長しすぎたのか、根っこが歩道のアスファルトを砕いていました。
………まるで、あそこだけは数百年も手が付けられないまま、自然に飲み込まれた遺跡のようでした。
そして、何より目立つのが………
「なに、あの大きな木………?」
凛さんがそう口を漏らした通り、あの先にはひときわ大きい木が見えました。
そんな光景を見た私達の反応は様々でした。
「ふわぁ〜………!」とチカちゃんがただ驚き、
「なんじゃこりゃ………なんじゃこりゃ………」とポストマンさんが呟き、
「あの木の上とか登れたら、とってもスウィーティーな光景が見られそう☆」とはぁとさんがワクワクしながら言い、
「サンプルとか、回収できないかな?」と凛さんが言い、
「こんな光景は、遺跡惑星に手紙を届けて以来ですねっ!」と、私が思ったことを口にしました。
「………遺跡惑星?手紙を届ける?」
なぜか凛さんが食いついてきました。
「へっ?」
「ユウキちゃん、それどういうこと?」
ど、どうしましょうっ。 墓穴を掘ってしまいましたっ!
「ええっとっ、そのっ、今のは言葉の綾といいますかっ!
あっ、そうですっ! とある映画のワンシーンでこんなシーンがあったなぁ、とっ!!」
「ふーん、そうなんだ」
ふうっ、何とかごまかせたようですっ。
261 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/10/05(水) 23:40:14.50 ID:XpqCf+ph0
「でも、あんな木、ここにつく前には全く見えなかった気がするんだけど?」
と、凛さんは疑問を口にしていました。
あっ、ちなみに、簀巻きの状態からは解放してあげました。
さっきの急発進とかでぶつけちゃったりして痛そうだったので。
「………そういえば確かに見てないな? 建物が邪魔で見えなかったのかもしれないが………」
「でもこんなおっきい木なんか、普通、見逃さないと思うぞ♪」
確かに、こんなに大きい木だったり、草木が生い茂っているところなんて、遠目にもわかるかなと思うのですけど………。
草木とかは建物の影とかに隠れていたでまだ納得はしますが、大きい木はごまかしきれません。
「………なんか、また厄介事に巻き込まれた気がするんだが?」
「はぁともそう思う☆」
と、ちょっと虚ろな目でその方向を見ているはぁとさんとポストマンさん………。
「まぁ、それはいつものことだからいいとして、ユウキちゃんが目指している目的地はあっちの方向だがどうする?」
そうポストマンさんが尋ねてきました。
「行きますっ。手紙を届けてほしい場所がそこにあるのなら、私はそこに行くだけですっ」
手紙を必ず届けるのが、メッセンジャーの役目ですからっ!
その言葉を聞いて、凛さんが「ん?」って頭をかしげて、私に尋ねました。
「え?手紙?」
262 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/10/05(水) 23:42:11.53 ID:XpqCf+ph0
「はいっ! 私は手紙を届けるために、この憤怒の街に来ましたっ!」
「えっ?」
凛さんがなんだか凄く驚いたような顔でこっちを見ています。
「………なんで手紙を届けるのに憤怒の街に来てるの?」
「依頼人さんが憤怒の街にある家に届けてほしいって言ったからですっ!」
「………どうやって憤怒の街に入ったの?」
「はぁとさんに頼み込みましたっ!」
それを聞いて、凛さんがはぁとさんのほうに顔を向けました。
「いやだって、ユウキちゃん、すっごい勢いで頼み込むんだもん♪
憤怒の街の中に入りたいって聞かないし、その依頼人の話をして泣かしに来るし、
最後にはこっちが折れちゃった☆」
「えへへっ」
その話を聞いた凛さんは、どこか呆れた顔をしていました。
「………あんたも大概だよね?」
………なんだか腑に落ちませんが、わかってくれたならいいですっ。 先ほどの件は忘れませんがっ!
「………ところでさ、ユウキちゃん」
「なんですかっ?」
「さっき、私の携帯を見てたよね?」
「はいっ。 あの時はありがとうございましたっ」
「いいよ。 ああしなきゃ、私も死んでたし。
でも、それで、チカちゃんのことなんだけど………」
………おそらく、先ほど見えた反応のことを言ってるのでしょう。
「………はいっ、知ってしまいましたっ」
263 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/10/05(水) 23:44:30.33 ID:XpqCf+ph0
「どうもしませんっ」
その言葉を聞いて、凛さんが驚いたような顔をしていました。
「恐らくですけど、チカちゃんは私のお客様ですっ
チカちゃんがお客様である以上、何者であってもいいと思ってますっ」
そう、渡す相手が何者であろうと、こちらに危害を加えないのであれば、それはお客様です。
お客様に手を出してはいけませんっ
「それに………たぶんはぁとさんも同じことを言うと思いますっ」
「………なんでそう思うの?」
………なんででしょうか? 何となくそう思っただけなので、確証もないです。
強いてあげるなら、はぁとさんなら、そう言うだろうと思います。
ですけど、はぁとさんは元はGDFの人です。
チカちゃんの正体を知ってたら、倒そうとするのかもしれません。
でも、私はそうは思いません。何故かはわかりません。
………ああ、そういえば、こんな風にはっきりとしない理由を、皆さんはこのように言ってました。
「ただの勘ですっ」
「勘って………まあ、手を出さないならいいかな」
凛さんはちょっと呆れた顔をしてましたっ。
264 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/10/05(水) 23:46:19.62 ID:XpqCf+ph0
===============================================================
「ついに見つけてしまったか………」
街のとあるところにある建物の屋上。
そこにはGDFの軍服を着た男が、心達の車の反応が憤怒の街に入っていったのを見て、そう憤っていた。
彼らは事前に、心達の車に発信機を取り付けていたのだ。
「しかも相手はあの佐藤 心と来た。 あいつは死んだのではないのか?
各国GDFの精鋭部隊を集めたカース討伐作戦は失敗に終わって、全滅したと聞いたぞ?」
彼にとっては、心は死んだはずの人間である。
その人間が、仲間(と小さい女の子)を引き連れて、いきなり自分の邪魔をしに現れたのである。
「………いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
ウサミン星から大枚叩いて購入した空間ステルス装置で見えなくしていたというのに、コラプテッドビークルから逃げた拍子でたどり着いてしまったではないか。
あの、忌々しいカース共め。」
そして、そんな奴らが偶然、自分たちが(わざわざウサミン星から取り寄せた、空間ステルス装置を使ってまで)隠していた場所を知ってしまった。
「全く、腹ただしいほどに幸運なのか不幸なのかわからん奴らだ。
しかも、あの場所を突っ切ろうとしている。 全く、由々しき事態だ」
だが幸い、シュガーハートこと、佐藤 心は公式では『行方不明』である。
もう一人のGDF隊員は知らないが、まあ、さほど偉い人物でもないだろう。
そして他の連中も、公には一般人も同然。
ならば、やることは一つ。
265 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/10/05(水) 23:48:13.76 ID:XpqCf+ph0
男は自分が雇った傭兵を呼び出す。
「わかっているな? あくまでもカースに襲われたように装うのだ。
奴らを生きて返すな。 そのための戦車は用意したんだ。 しっかりやってくれよ?」
『へいへい。 まあ、お前さんはなんだかんだで羽振りはよかったんでね。
代金の分、しっかりと働かせてもらいますぜ?』
そう、傭兵の男が返事をする。そして、待機していた戦車が動き出す。
その動きを、軍服の男が目で追っていた。
(上からの命令でやむを得ず街に入れたが、お前らは知ってはいけないものを見てしまった。
騙し討ちになって悪いが、ここで死ね。)
そう思いながら、彼ははぁと達の動向を見ていたが………。
『おっと、まずい』
「どうした? 何かあったのか?」
『どうやら、あいつらを追いかけまわしてた狂犬が、こっちに来やがった。
ちょっくら排除きますかね!』
そういって、通信が切れた。
「―――ああ、くそっ!!」
軍服の男はさらに苛立った。
266 :
◆6J9WcYpFe2
[sage saga]:2016/10/05(水) 23:53:42.04 ID:XpqCf+ph0
とりあえず、今回は以上です。
徐々に書いてはいるけど、9月中はデレステかなり忙しかった・・・・・・
その前まではちょっと気分的に落ちてたから、書くのもままならなかったなぁ
ままならないものだと、そう思いますなー
って言って、PSO2でしまむーのキャラメイクしたりしていたわけですが……
話の持って行きかたとかに悩んだときは、PSO2でモバマスキャラ作っていじくりまわしたりしてますw
感想返しは後日にします。今はちょっと時間がないのでorz
267 :
◆zvY2y1UzWw
[sage]:2016/10/07(金) 00:32:34.70 ID:rYg8mrWy0
おつでして
ユウキちゃんの体験したという事はいつも断片でもワクワクするようなことばかりだなぁ・・・
不穏な気配を察知!(いつもの)
とりあえずこの自体は平和では終わらなそうだね!
268 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:53:46.70 ID:nZ3oq+wSo
お久しぶりです(2か月ぶりn度目)
>>245
文化祭3日目の地下迷宮が本格始動ですね。また攻略難易度が高そうです。
>>258
しゅがはと乙倉ちゃんの和やかな感じとは別に動く謎の影。続きが気になります。
イルミナティによる同盟本部侵攻編part2投下します。
今回も長いです(白目)
269 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:54:16.95 ID:nZ3oq+wSo
砂嵐は脳内に蔓延り、視界不良は依然続く。
断片をつなぎ合わせた記憶は、遥か過去のようなものの気がして直視する気にもならない。
まるで数年放置され虫に食われ尽くした穴だらけの新聞のようなモノクロは、あたしにとっては価値を理解できないほどに擦り切れてしまっていた。
『……クスクス、クスクス』
そんな不明瞭な情景で、どこからともなく聞こえる小さな笑い声。
無邪気な声色のそれは、嘲笑されているようで、にもかからわずなじみ深い嫌悪感の少ない印象をあたしは抱く。
『なお、なお。かわいいなお。かわいそうななお』
『知らない頃に連れ去られ、何処とは知らない檻の中』
砂嵐の中笑い声と共に聞こえてくる歌声は、ざりざりとあたしの頭の中をひっかく。
歌声は脳の中をかき回し、不快感にを与えるが、それに比べ苛立ちは少ない。
不明瞭な視界の中で付いているのか定かでないあたしの脚は、ごく自然にその歌声に引き付けられるかのように歩き出す。
『まっしろいおさらのうえ。なおはおさらのうえの、おりのなか』
『ナイフとフォークを持って、みんなは奈緒を見てる。食器を交差させて奈緒を見てる』
『ああ、なお、なお。かわいそうななお。かわいいなお』
『今からわたしは食べられてしまうのね。かわいそうで、おいしそうな奈緒』
笑い声は大きくなることはない。しかしその数は次第に増えて、あたしの四方から絶え間なく聞こえてくる。
歌声は依然響く。あたしに語り掛ける歌は、あたしの脳をまだかりかりとひっかいて不愉快だった。
270 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:54:51.81 ID:nZ3oq+wSo
『……クスクス、クスクス』
『くすくす……クスクス』
『アハハ……クスクス』
視界を埋め尽くす灰色の砂嵐。当てもなく歩き続ける中ずっと続いてきたそれは、笑い声の数と反比例するように薄れ始める。
そこは歩くたびに体中が重くなり行く手を阻むが、体はあたしの意に介さずゆっくりと進む。
歩み進んだ先の景色もやはり灰色だ。
だが薄れ始めた灰色の砂嵐はその中に、一つの情景を形作り始める。
「……遊園地?」
離れた空には巨大な車輪。
身の丈ほどの大きさのマグカップや作り物の艶を出す回転木馬を備えた円形幕。
金属柱を組み上げたレールの上で静止したジェットコースターや海原に進みだすことなく左右に揺れるしかない海賊船。
どこにでもあるような、その言葉を聞けば万人が想起するようなアトラクションが備えられた娯楽の園。
だがその遊園地は相変わらず古新聞の写真のように白黒で、視界に走るノイズ以外に動きのない静止した空間だった。
「そういえば、遊園地なんて行ったことなかったな」
ネバーディスペアの活動を始めてからすでにそれなりの時が立っている。
異形の見た目のために、その活動以外では外に出ることは少ないために、娯楽目的でこう言った遊園地のような場所に来る機会はあたしにはなかった。
だが知識としてはどういう場所か知っているので、その風景が遊園地であることは認識できたのだ。
271 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:55:22.05 ID:nZ3oq+wSo
「んー?……遊園地、なのか?」
本来華やかな雰囲気を連想させる遊園地だが、目の前に広がる景色からはそんな感想は思い浮かばない。
文字通り静止したこの情景は、本来動的であるはずのアトラクションの諸々がすべて静止しているということに他ならない。
あたしは少し見渡しても、視界に入るような自分以外の人の姿も見えないし、小鳥一匹、小動物、はたまた動く影すらないまさに静止画の世界ようだった。
「あたし……なんでこんなところにいるんだっけ?」
そもそも視界不良という明らかな違和感にさえ疑問を抱かなかったあたしだが、そんなことを疑問に思う。
特にきらりや李衣菜と遊園地について話をしたことはないし、当然夏樹ともそんなことは話さない。
別に行きたいと思ったこともなく、この場所のチョイスには疑問にしか思わなかった。
「……でも、この場所」
たしかに場所には疑問しか思い浮かばなかった。
そもそも今の状況が現実離れしているのだが、そんな現実離れした空間であってもこの遊園地は妙に現実に沿っている。
いわゆる既視感だ。あたしは行ったこともないこの遊園地に既視感を覚えている。
「ここって、いったい?」
あたしはその既視感の正体を確かめるために、周囲に広がる遊園地を見渡す。
この遊園地の正体を探るために、ありふれたアトラクションからあたしの記憶に合致するものが含まれていないかを探す。
272 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:56:00.45 ID:nZ3oq+wSo
『……くすくす、かわいそうななお』
『……クスクス、かわいい奈緒』
だが周囲を見渡したあたしは、その風景の中で既視感ではない異物を見つけた。
『ごきげんよう。ご主人様』
『ごきげんよー、ごしゅじん様』
コーヒーカップの中に座る二つの影。
影というのは文字通り『影』であり、その姿は不明瞭、黒塗りの人型である。
その声色は少年のものと少女のものの二つ。影も黒塗りのために判別がつかないので、どちらが少年でどちらが少女なのかあたしには判別がつかない。
『今日は楽しかった?ご主人様』
『りいなやなつき、きらりもみんな優しくて、ごしゅじん様は今日もご機嫌だったねー』
「お、お前ら……いったい?」
突如として現れた二つの影に、思わずあたしは一歩退く。
その明らかに人間ではない『何か』は、さも当然のようにあたしに話しかけてくる。
あたしはこんな二人のことは知らないし、知り合いでもない。
だけどそれはとてもなじみ深くて、そして直視できなくて、頭の中は混乱していく。
『心外ですわ。ご主人様。私たちはいつも一緒ではありませんか』
「だ、誰がご主人様だ!あたしは、あんたらを見たことはないぞ!」
『うん、そうだね。確かにごしゅじん様は僕らを見たことがない』
273 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:56:43.55 ID:nZ3oq+wSo
『僕ら』と語ったほうの声があたしの背後から響く。
思わず振り向いたあたしは、あたりまえのように模造の白馬の上に座る一つの影を見つける。
すでにコーヒーカップにいた二つの影はそこにはいない。
白馬の上の影は狼狽えるあたしのことなんて気にせず話を続ける。
『でも僕らはいつも一緒だよ。はなれたくてもはなれなれない。
だからごしゅじん様のうれしかったことも、怒れるようなことも、悲しかったことも……楽しかったこともしっている』
「そんな、あたしは知らない。……いったいあたしの何を知っているんだ」
『だからすべてですよ。ご主人様。
今日のこと、昨日のこと、一昨日のこと、遡ってこれまでのことも』
ジェットコースターのレールの上に腰掛ける影は、遠いはずなのに耳元でささやかれたように鼓膜に届く。
情報は目くるめく脳を駆け巡り、ひっかくノイズは不協和音を奏で始める。
「う……ああ、なんだ、これ?」
『ああ、しかたのないことだよ。ごしゅじん様。
ごしゅじん様はここのことを理解できない。いや、理解することを拒むんだよ』
『それにこれは、ただの夢。ほんの一瞬の、うたかたの夢なの。
だから起きれば、ここのことは何も覚えていないし、思い出せない。
出来れば覚えていてほしいこともあるのだけど、できないのなら意味はないもの』
『伝えても覚えていないのなら、それは僕らの言葉を伝えられないことと同じだよね』
「いった、い……なんの?」
274 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:57:21.66 ID:nZ3oq+wSo
脳の裏をかきむしられるようなノイズは、痛みは感じないが不快感だけを募らせる。
そんな不快感にあたしは膝をついて頭を抱えるようにうずくまる。
その状態でも影の声は依然響く。
彼ら自身その言葉に意味はないと断言しておきながら、それでもあたしに言葉を投げかけ続けていた。
『ご主人様が楽しかったり、嬉しかったりするのは私たちにとっても不本意ではないわ』
『だけど覚えておいてねごしゅじん様。きっとこの言葉は目が覚めた時には忘れてしまうだろうけど、僕らは何度も言うよ』
あたしは脳の不快感に耐えながら、頭を上げる。
そうしなければいけないようなこみ上げる使命感は、砂嵐の走る視界を強引に見開かせる。
あたしの前に立つ二つの影。その小さな影は、小さくうずくまるあたしを表情のない顔で見下ろす。
『奈緒、決してあなたは幸せになれない』
『なお、決してあなただけを幸せにはしない』
『抜け駆けは許さない』
『一人だけ、抜け出すなんてそんなのずるい』
『私たちは一蓮托生』
『僕らは一心同体』
『私たちはあれだけ苦しんだ。切り開かれ、植えつけられ、弄ばれた』
『僕らの苦しみはまだ終わってないから、なおだけ幸せになんてさせない』
『もっと苦しみましょう。私たちと一緒に』
『まだまだ苦しもう。まだ終わらない僕らの苦しみと一緒に』
275 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:57:52.66 ID:nZ3oq+wSo
あたしの視界に広がるのは、遊園地の風景。
だがそれらはすべて影に塗りつぶされ、シルエットしか映さない。
いや、『目』が見えるのだ。
コーヒーカップが、模造の白馬が、空席のジェットコースターが、進まない海賊船が、静止した観覧車が。
みんなが見てる。あたしを見ている。数えられないほどの瞳が、視線が、一点にあたしを見ている。
『ずっと私たちが、見てる』
『いつまでも僕らは、見てる』
『『だから、奈緒だけで、幸せになんてさせない。かわいい奈緒、かわいそうななお、あたしたちはずっと一緒だよ』』
――――――――――
―――――――――
―――
沈黙のアラームが示すのは、午前6時の時刻。
眠気目の瞳に映るのはいつもの起床時間より早く、あたしにとってはたまにあることだった。
「いやな……夢だな」
よくはわからないけど、たまにそんな感じがする。
寝覚めの悪い、悪夢を見たという漠然とした感覚。
内容は思い出せないけれど、直前に見ていた夢が悪夢だったという自覚だけはあって最近になってそういうことがたまにあるのだった。
だけど内容も思い出せないし、思い出せないということは大したことではないのだろうとあたしはいつも思考を切り替えていた。
「……はぁ」
これ以上は眠る気分にもならないし、あたしはゆっくりとベッドから這い降りる。
寝覚めのいいほうではないあたしが、誰よりも早く起きるのが思い出せない悪夢を見る時だった。
そして今になって気が付くんだが、悪夢を見るのは決まって、いいことのあった日の夜なのだ。
276 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:58:39.84 ID:nZ3oq+wSo
***
『AAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
黒い泥の塊は、人の影のような形を作りながら表面が泡立つ。
それは人の姿へと変わろうとしているのではなく、元の形こそが人型であるということなのだろう。
先ほどまでの泥の塊として流体は一つの形態であり、その『カース』は新たな容貌へと変化しようとしていた。
『オナカ……スイタヨウ……。
オ……オナ、カアアアアアAAAAA!!!!!!!!!!』
その口からだらりと落ちる黒い泥は、満たされぬ空腹を吐露する意思の表れだろう。
体を形成する泥より粘性の少ないその液体はロビーの床に落ちるとともに、小さな煙を上げながら床の表面とともに蒸発した。
満たされない空腹を満たすためならば、すなわち食らい続けるしかない。
ならばこそ、先ほど食いそこなったヤイバー甲のような不純物を身にまとったものではない、もっと柔らかな『食事』を求めるのも必然であった。
捕食により適した体への変化は、その遺伝子に刻み込まれていた。
カースの背からはより多くの獲物を捕らえるべく発達した巨大な手が一対、天井に向かって泡立つように膨張し伸びていく。
明らかにその場にある泥の総量を超えた体積変化は、逃げ惑う人々にとってはさらなる脅威でしかなかった。
『ガ、ガアアアアアアアア!』
背中から生えた巨大な両腕は伸ばしただけでこのロビーの幅の8割程度を網羅する。
腕の泡立ちは、筋繊維が伸縮するような軋みのような音をかすかに上げる。
伸ばした腕は、その場にいた哀れな贄を誰一人として逃がさぬように地を這うように振られた。
「ぎゃああああああ!」
「イヤアアアアアア!」
「た、助けてええええ!」
その剛腕に捕まった人々は、各々が助けを求める声を上げる。
人々の叫びなど意に介さず、『カース』は新たな形へと変化する。
先ほどヤイバー甲を丸呑みした時のような、人の大顎とは言えぬような先の見えない漆黒の孔。
腕の先の捉えた獲物たちを上に掲げ、自らの捕食機関である底の見えない洞に落とそうとする。
277 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:59:21.65 ID:nZ3oq+wSo
「やめて、だ、誰か、助けて……・!」
先ほどまで何の脅威にもさらされていなかったこの場所で、突如と襲う命の危機。
人間であるが故に、これまで被捕食者側に立ったことのない者ばかりであったが、今この瞬間にそれを知るのだ。
生来から決めつけられた圧倒的な捕食者を目の前にして、ただの人間など食物連鎖の下層の存在であり、無力な餌でしかないことを。
その絶望への落差は決して安全な場所にいた人間にとって耐えられるものではなく、誰もが自らの終わりを悟っていた。
「ったく、待たせたな!」
だが巨腕に抱かれ、終わりを悟った人々は一つの声とともに体を締め付けていた圧迫感が解放されたことに気づく。
黒い泥の塊はその瞬間を確かに見ていた。
大口を上げて、捉えた大量の『食料』を下から見ていたとき、二筋の光線が一つづつ両腕を一閃し、自分から切り離されたところを。
捕らえられていた人々は、巨腕の捕縛から解放されそのまま落下する。
だがその先が、泥の塊の口の中であることには依然変わらない者も多い。
しかし、その大口にたどり着く前に別の黒い巨大な穴が遮るように出現する。
その大口よりもさらに大きな穴は捕縛されていた人々を残らず吸い込み、別の方向から落下音がする。
「くっ……さすがにこの大きさじゃあ距離なくてもきっついなぁ」
苦い顔と一筋の汗をにじませた夏樹は、人々が落下する音を背に苦痛を吐露する。
泥の塊の大口を遮るように開いた大穴の先は、夏樹の背後のコーヒーショップの前につながっていた。
落下距離を短縮したので余り負担はないが、用意する時間もなかったのでアスファルトに人々は落下し、折り重なっているので多少の軽傷を負った人もいるが、泥に飲まれ消化されるよりかはマシであろう。
そして当の『カース』のほうは、ようやく自分の獲物を横取りされたことに気が付き、夏樹のほうを見る。
『ナンデ……アタシノ、ゴハン、ソッチニ?
トラナイデ……トラナイデヨオオオオオ!』
278 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 01:59:58.83 ID:nZ3oq+wSo
切り離された腕を再び取り込みつつ、その黒い泥は再び形を変える。
次のその姿は巨大な四足獣の形態をとり、その容貌はこの世のどの獣にも似つかず醜悪であった。
『カエ、セエエエエエエエエエエエェェ!』
『カース』は怒り狂ったように声を上げながら夏樹に向かって走り出す。
腕をレーザーで切り離されたことやワープホールで人々を救出されたことまで理解しているかは定かではないが、どうやら獲物を奪ったことが夏樹の仕業であることは理解できているようだった。
「まったく、あんまり頭はよくなさそうだけど、感だけはいいみたいだな。
ホント、勘弁してほしいぜ。だりー」
「いったい、なんなのさ、こいつ」
『カース』の標的は夏樹だけになっていた。
だからこそ、ロビーから出る前に出口の脇で待機していた小さな影には気づかなかった。
「チャージ!アンド」
その小さな影から唐突に電光が立ち上る。
足元には体につながれた小さなコード。その先は自動ドアへとつながっている。
「スパーク!!!」
振り上げたギターを、走り抜けようとする『カース』の四足獣の横っ腹に思いっきり叩き込む。
凄まじい閃光とともに帯電したギターは轟音と衝撃を生み出す。
歪んだギターチューンは決してメロディーを奏でたものではないただの単音で構成された衝撃だが、聞いた者の心臓に響く一撃。
それを直接受けた黒い泥の表面は波打ち、全身にギターを伝った雷電が走る。
『ギャ、GYAAAAAAAAAAAAAAAアアアアアアア!』
279 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:00:32.51 ID:nZ3oq+wSo
『カース』は町に響くような叫び声を上げた後に、壁に向かって沿って吹っ飛んでいく。
同盟本部のロビーにいた人々は捕まった人々を除けばすでにほとんど避難が完了していたため、その先には巻き込まれるような人はいない。
『カース』の巨体は、その体に電気を纏ったまま巨大な大理石の壁に激突し、本部全体に衝撃を与えた。
『グ、アア……イタイ、イタイ、ヨ』
想定外の方向から手痛い一撃を受けた『カース』はその巨体に似合わない高い悲痛なうめき声をあげながら崩落した大理石のがれきから立ち上がる。
全身が泥のために火傷のように傷が焦げ付くことはないが、電撃によって体を構成していた泥の一部が蒸発し、湯気と共に汚水のような悪臭が周囲に立ち込めている。
「おなかすいちゃったのは、仕方ないかもしれないけどぉ」
『カース』のすぐそばで聞こえる一つの声。
逃げ遅れた人がいるのかと思った『カース』は、この消耗した状況にとっては渡りに船であった。
依然空腹は一切満たされず、掻き毟るように湧き上がる飢餓感は絶え間ない泥の形成を促す。
そもそもカースは感情のエネルギーの塊である。
そしてその上で、カースドヒューマンが強力な理由として最も上げられるのはある程度自前で感情のエネルギーを供給できることであり、逆説的に周囲の感情エネルギーを力に変えることができることである。
永久機関にも似たその性質は負のスパイラルであり、決して救いなどない。
だがこの状況でこの『カース』が目の前につるされた餌にあり付くだけの活動能力を取り戻すには、湧き上がる飢餓感というエネルギーは最適だった。
『スイタ……スイタノ……タベ、タベサシテエエエエエ!』
『カース』の自らの膨れ上がった巨体は、沸き立ちながらさらに変化を起こす。
四足獣の姿からは大きくは変わらないが、さらに追加で1対の巨大な腕が床をつかむように形成される。
さらにその獣の大口は可動域を無視すように大きく開き、その中は牙というには不揃いで、圧倒的に過剰すぎる剣山のような鋭利で黒い牙を一面に生やしていた。
「だけどぉ、みんなを怖がらせるようなことはダメだ、にぃ!」
280 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:01:14.03 ID:nZ3oq+wSo
『カース』の傍にいたその少女はその悪食の脅威にさらされた。
だが少女は臆することなく、小さな子供を叱りつけるように言い放つ。
「きらりん☆ビィーーーーーーッム!!!」
少女が構えた両の掌から光る閃光。
そのロビー全体さえも照らすような一瞬の光はプリズムのように虹色の輝きを彩る。
少女に食らいつこうとした『カース』の口内に向けて放たれる虹色の光線はカースにとって致命的となる浄化の光。
正面からその直撃を受けた『カース』の体を貫通するように、光線は一筋に延び同盟本部の外に走る。
『ガ、ガアアアアアアアアアアアアアアああああああ!?』
『カース』自身も何が起きたのかを理解できていなかった。
少女、きらりが放った光線はその直径を増していき、その巨体を丸ごとの見込み泥は蒸発する。
ロビー内は虹色の光が乱反射して、その残滓を様々な色で照らし出した。
浄化の閃光に巻き上げられた粉塵は、残光によって星屑のごとく煌いている。
光の中に消えた『カース』は、傍から見れば完全に消滅したと考えられるだろう。
事実あの巨体が回避行動をとることはなく、光の中に消えていったことはこの場にいるものならばそれ以外に考えない。
だからすでにこの場の人間は遠巻きに見守る一部の人間と少し離れた避難の最後尾の背中、それと『カース』と退治していたネバーディスペアの面々だけであった。
281 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:01:43.79 ID:nZ3oq+wSo
「まったく……今日はそういう目的で来たわけではいのだがな」
このような事態は過去にないとはいえ、さすがはヒーローの総本山である。
先ほど捕まっていた人々を除く者たちは、すでに我先に避難を完了している。
遠巻きに見守る人間も、『こういった』事態に対応するための係の者であり、今は夏樹が先ほど救出した人々を介護している。
その様子を見守る夏樹の隣にやってきたのは彼女がよく聞きなれた声。
「おっ、LPさん。よかった。無事だったんだな」
その口調は軽いものだったが、隣に怪我無く無事に立つLPの姿を見た夏樹は安堵した様子がにじみ出る。
「ああ、不謹慎ではあるが周りが必要以上にパニックになってくれたおかげで逆に冷静でいられたよ。
あの『カース』の隙を見てどうにか脱出してきた」
そう語るLPは無事に脱出できたにもかかわらず、浮かない顔をしている。
視線の先は夏樹と同じ避難する人々のほうを見ているが、その手は止まることなく小さな情報デバイスで何かを調べている。
「そっか、ならよかったぜ。
しっかし、なんでこんなことになってるかね。いったい同盟のヒーローはどうしてんだ?
総本山にカース侵入させて、誰も出動しないなんて怠慢だぜ。
そもそも、LPさんの言う通りアタシらもこういう目的で来たわけじゃないんだけどな」
282 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:02:16.61 ID:nZ3oq+wSo
基本的にネバーディスペアはたとえ休みの時でも、必要とあればヒーローとして行動する。
だが今回訪れているのは一般的なヒーローたちが集う同盟本部である。
夏樹自身そう思っていたわけではないが、この場で同盟のヒーローを差し置いて動くことになるなんてそもそも想定すらしていなかったのだ。
「目的って……私を連れ出そうって考えていたことか?」
「!……なんだ、気付いてたのか」
「まぁいつもならこういったことで私に積極的に付き添って来ないし、今日は珍しく4人揃ってに付いていくなんて言い出すしな。
何か裏を勘繰るのは必然だろう?私を何か嵌めようと思っていない限りで考えうる動機なら予想はつく。
きっと私が働きすぎだから、休暇もかねてどこかに連れ出そうってな」
夏樹は計画をはじめから見破られていたことにばつの悪そうな顔をする。
そもそも夏樹としても万事うまくいくとは思ってはいなかったが、目的から動機まで見破られるとさすがに計画がずさんだったと言わざるを得ないだろう。
「ほんとに……LPさんには敵わねぇな。
やっぱり、要らない世話だったかな?」
「いや、私のことを考えて行動してくれたことがうれしいさ。
だがサプライズを行うのならば、もっと手堅く慎重に事を起こすべきだ。
これでも私は歴戦だぞ。敵の裏をかくなんてことは造作もないさ」
「そっか。なら今度はLPさんに一泡吹かせてやるから、楽しみにしといてくれよ」
「ああ、また楽しみにしているさ。
それにとにかく今日はこんなことになってしまってはいるが、ことが済んで時間があれば私も付き合おう。
君たちの『娯楽』というものを、私も見ておきたいのでね。
っと、……やはりか」
283 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:03:02.31 ID:nZ3oq+wSo
歓談は終わり。LPは情報デバイスでの調べるものは見つかったようだった。
LPはその画面を静かに夏樹に示す。
「ん……?なんだよこれ!?『カースの大量発生』、『アイドルヒーローのライブにカース乱入』、『高速道路の同時多発事故』だって!?
何件も、まだまだあるぞ……。しかもこれ」
夏樹はLPに示された画面をスライドしていくたびに新たな事件が羅列されていき、しかもそれは現在進行形で更新されている。
そして気になる点は大量の事件が起こっていることだけではない。
「そう、ほぼ同時刻。この騒ぎと同じころに発生している。
ここで起きた『カース』の襲撃と同時刻だ。しかも発生地点も的確に、近くに同盟のヒーローがいる」
「まさかこれって……全部この事件ヒーローの足止めか?」
「さすが察しがいいな夏樹君。おそらくな。
偶然にしては出来すぎているし、あの『カース』もただのカースだとは思えん。
何かしらの思惑を感じる。それと夏樹、私は一つ違和感を感じたんだ」
そしてLPは情報デバイスを懐にしまい、同盟本部のほうへと指をさす。
「できればなるべく上階……そうだな、同盟本部の5階くらいのところに『穴』を作ってみてくれ」
「?……ああ、わかった」
夏樹はいつものように、視線の先。5階に見える窓の中にワープホールを形成しようとする。
ただ作れと言われただけだから穴の規模は大きくしていないし、視線の届く範囲なので負担もかからない。
視線の先の5階の中に続くワープホールが形成しようとする。
284 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:03:38.96 ID:nZ3oq+wSo
「……あれ?どういうことだ?
『あそこ』に、ワープホールを作れない?」
「私が抱いた違和感は、人数だよ」
この同盟本部周辺は今ほとんど無人である。
迅速な避難の賜物か、どこかのヒーローが真っ先にやられたから皆我先にと逃げ出したのかは知れないが、相応の目的を持っているもの以外はこの場にはいない。
野次馬もほとんどいないため、アイドルヒーロー同盟の周辺にしては驚くほどに人が少ないだろう。
だが、つい先ほどまではロビーの中も人がごった返していたし、今夏樹たちが立っている道にしても多くの人が行き交っていた。
大量の人間がいたことと、そしていなくなったことはわかるのだ。
「そう、過密から過疎へ。人口密度の移り変わりというだけならば凄まじいものだよ。
だからこそ、おかしい。この短時間にこんなにもスムーズに避難が済むのか?
……それは否だよ。夏樹、あの窓に光線も頼む」
夏樹は、もう何となく察していた。
いわれた通りにアイユニットの先からビームを5階の窓に照射する。普通ならば多少の硬化ガラスでさえ貫通する代物だ。
先ほど『カース』の大腕を切り裂いたように、ビルの窓ガラスなど造作もないだろう。
だが響くのはガラスが溶ける音でも、ビームを反射する音でもない。
音は響かず、まるで水面に石を投げ込むように『その壁』は波打ち、ビームを打ち消す。
そこには変わらず同盟本部のビルがそびえたっており、凄惨な状況は1階のロビーと2,3階の窓が多少割れている程度。
逆に『それ以上の階層は不自然に無傷なのだ』。
「これは……バリア?」
285 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:04:19.79 ID:nZ3oq+wSo
「どちらかといえば結界、に近いな。防ぐものというより閉じ込めたり立ち入らせないものだ。
しかも、空間を繋げる『穴』が作れないということは、そもそも空間としてあそこは隔絶されているとも考えられる。
そして多分これは同盟本部の上階すべてを覆っている。これはもう、テロとかそういう次元じゃない。
おそらくだが、まだ本部ビル内には大量の人々が残っているはずだ」
外に出張っているヒーローたちへの足止め、過剰なほどの混乱を生じさせる陽動。
同盟本部へのカースの襲撃。否、おおよそただのカースとは言えない『何か』の強襲。
それさえもお膳立てられた囮であり、すでに同盟本部は敵によって封鎖されている。
「結界の主は、おそらくさっきのパニックに乗じて入ったんだろう。
しかもそれに加えて上階に残っている同盟ヒーローをも相手どることもできるほどの実力者が投入しているだろうな」
「LPさん、それって……」
「ただの自爆テロとかそういうものじゃ断じてない。これは大規模な組織の犯行だ。
しかもこの連中、おそらく『ヒーロー同盟』を潰す気だぞ」
「……冗談だろ?それは、いくらなんでも『同盟』を嘗めすぎているって。
仮にも今この国の防衛機能の中心だぜ。それに対して正面から喧嘩売って、そのまま潰す気だなんて……」
そんなことは非現実的だ、と言わんばかりに夏樹。
ヒーローの数は飽和しているというのも過言ではないほどの大規模な組織であるヒーロー同盟。
それに真正面から喧嘩を売るということはそれらすべてを敵に回すということだ。
仮にそのテロ組織が大きな力を持っているといっても、公的な組織とは絶対数において圧倒的な差が存在する。
一介の個でしかない組織が、国という群を後ろ盾に持つ同盟に勝てる道理はないのだ。
286 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:04:53.31 ID:nZ3oq+wSo
「たしかに、これまでにも同盟に喧嘩を売ったような組織はいくらでもある。
だが大概の連中は『同盟』を侮って、自らの実力を過信したものばかりだ。
その程度の連中ならば、まだ問題はない。確かにその組織の中で『生え抜き』が居ようともその後の結末はお約束だよ。
一方で、同盟を軽んじず、危険視している組織の場合は、そもそも大前提に同盟に喧嘩なんて売らないさ」
そもそも表立った防衛機構に対して勝負を仕掛けるのは戦況把握ができない愚者の集団くらいである。
そして理解している者ならば、わざわざ勝負を仕掛けることなく、いかに気づかれず、無力化して水面下に動くことができるかが重要である。
なぜならば仮に防衛機構を無力化できたとしても、それに割いたリターンが見込めないからだ。
「だが、この用意周到さは確実に『理解している』側の組織だ。
敵が強大であることを『理解』している上で、なおも襲撃をするということは考えうるだけでも最悪だ。
連中は『勝てる』と判断しているし、おそらくこれだけで終わらない。
『同盟』という邪魔を労力を用いて排除するんだ。間違いなく防衛機能が弱まった際を狙って何かをしてくるはずだ」
敵は明確な『意図』をもって襲撃しているとLPは断ずる。
今回の襲撃はそのものが目的ではない、前座にしか過ぎないことも推定できた。
「あの『カース』以外にも敵はいて、そして何かでかいことしようとしているのはわかった」
だが冷静に敵情把握をするLPに対して、夏樹は静かにビルを見上げる。
287 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:05:31.46 ID:nZ3oq+wSo
「だけど、今あの中にまだ取り残されている人がいるんだろ?
だったらまずは助けに行くだけだ!それがアタシらネバーディスペアだろう?」
夏樹にとっては敵の目的なんてどうでもよかった。
確かに敵はいつもの突発的な事件やカースのような単純なものではないかもしれない。
「敵を知ることは大事だよ。だけどLPさんの言う通りなら上の階にも敵はいて、そして取り残されている人がいるんだろ?
だったらここで想像で駄弁ってるより、すぐに向かおうぜLPさん」
「待て夏樹!そもそもここは同盟本部だ、我々が……」
LPとしても残された人々の救出には反対ではない。
だがここはアイドルヒーロー同盟本部ビルであり、本来その一員ではない『ネバーディスペア』が動くこと自体あまりいいことではない。
それに上の階層の結界もどうするのかの目途も立っていない。空間遮断レベルの結界など正直手に余るのは目に見えている。
それらを含めて、一度全員で話し合いをすべきだとLPは考えていた。
ここから先は、行き当たりばったり考えなしで進めるほど甘くはないと。
だが、そう考えていたことこそ驕りであった。
「――!?
危ない、夏樹!」
288 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:06:03.03 ID:nZ3oq+wSo
LPの体は反射的に動いていた。
夏樹の視界は浮遊するアイユニットによって制御されており、常に俯瞰的な視界が可能である。
だから今の状況は、なるべく戦況を多角的に見るためにユニットを散開させていたのだ。
故に主観的な視界は弱く、自身に対する攻撃への反応は遅れてしまう欠点があった。
当然夏樹は、いまだ上がる粉塵の中からこちらに延びてきた凶悪な黒い爪への対応に遅れることになった。
「……くぅ!」
「……な!?」
そもそも甘いのだ。各地でヒーローたちの足止めをしているカースと違って、あくまでここは本丸である。
ならばこそ、足止めが目的だとしても生半可な戦力はおくはずがなかったのだ。
「LPさん!」
間一髪夏樹をかばうように押し出したLPの背中を、黒い爪は掠めていく。
その一撃は致命傷ではないが、背中の肉を浅く抉りあふれ出した鮮血は飛沫を上げる。
「――くそ!」
夏樹はアイユニットで整列させ、迫り来た黒い腕を狙い撃つ。
発射されたビームは的確にその黒い細腕を貫いた。そしてこのまま先ほどのように輪切りにして無力化しようとする。
だが黒い腕は貫かれた瞬間、これまでと違う挙動をする。
夏樹があけた穴ではない白い穴が大量に穿たれる。否、それは白い穴ではなかった。
「なんだこれ!?……目?」
289 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:06:40.91 ID:nZ3oq+wSo
その気味の悪さに思わず夏樹は反応が遅れてしまった。
黒い腕に大量に開いた『瞳』はぎょろぎょろと周囲を観察するようにせわしなく動き出す。
しかもその瞳は単一の瞳ではない。魚類、鳥類、哺乳類、霊長類、あらゆる瞳がその腕には付いていて、統一性はない。
そしてその瞳たちは、目的の『対象』を発見したのか一斉に制止する。
その瞬間、夏樹にとってはそれは気味の悪いなんて程度ではない、絶対的な悪寒が神経を走った。
そこからはほとんど反射だったといっていい。
傷ついたLPを抱えた夏樹は自らの足元にワープホールを生成する。その穴の先についてほとんど考えておらず、その数多の視線から逃れさえすればよかったからだ。
(見られた……目が合った……全部と)
夏樹が散開させていた複数のユニットは多角的にその腕を見ていた。
だからこそ夏樹は腕に開いた瞳が、すべてのアイユニットと『合った』ことに戦慄したのだ。
その後のことは回避できなかったアイユニットの映像で知ることになる。
腕から的確に、極細の針が伸びて散開させていたほぼすべてのアイユニットを貫いて破壊したことを。
強引にワープホールでその『針』を回避した夏樹は、受け身も取れず腕から離れた道路に投げ出される。
夏樹が出していたアイユニットはすべて破壊されていたために視界は何も映していないが故であった。
「……なんだってんだいったい!?」
すでに終わったと思っていた『カース』からの攻撃。
そして先ほどとは明らかに違う挙動を見せたそれは容易に夏樹の平静を奪う。
夏樹は視界を再び確保するために、予備で残しておいた残りのアイユニットを射出する。
「なんだよ……これ?」
再び開かれた双眸には、先ほど強襲してきた黒い腕はもはや引っ込んでいることを映す。
だがそれ以上に、先ほどまでロビー内の視界をふさいでいた粉塵の納まった先を克明に映していた。
290 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:07:20.00 ID:nZ3oq+wSo
『イラナイイラナイ……オネエチャンハ、イラナイ。
アツイシ、イタイシ……オネエチャンハ、タベラレナイネ』
先ほどまで人々を捕らえていた黒い巨腕は、以前圧倒的な暴性を放っている。
その握りこぶしの先、幾人をも掴みあげることさえ可能なそれは、たった一つの身体をつかんで継続的に圧をかけていた。
「に、にぃ……」
巨腕に掴みあげられて苦しそうに呻く少女。いつも明るく、誰からも希望であった少女は拘束から逃れることができず、締め上げられるたびに身体がきしむ音が響く。
掴みあげている腕のほうも、少女の持つ浄化の力によって表面が蒸発しているが、そんなことは関係ないほどの泥の密度によって力は一切緩むことはなかった。
「きらり!!」
夏樹が目撃したのは、最悪の状況であった。
黒い巨腕によって拘束され、苦悶の表情のきらり。
「……ふが、が」
そしてロビーの奥。
強い勢いで叩き付けられたかのようなクレーターが刻まれた壁の前で、だらりと四肢を投げ出している李衣菜。
相棒のギターは少し離れたところに放置され、ネックは折れていないものの弦は切れてすでに使い物にならない。
「……く、くそ。なんでだよ」
ロビーの中心。きらりを掴みあげる巨腕の主の前。
全身に泥の装甲を纏ってはいるが、すでに息を上げながら膝をついている奈緒の姿があった。
そして何よりも。
「……な、奈緒?」
291 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:07:52.33 ID:nZ3oq+wSo
それは『彼女』が一番に初めに気づき、ゆえに動揺したために出遅れたことの理由であった。
彼女以外は気づかなかったし、誰から見ても少し特殊な『カース』なだけだと判断してしまう。
だが浄化によって外装がはがされ、『中身』が露出すれば話は別だ。
その姿は否応なくある少女と重なり、決して無視できなくなる。
瞳には生気がなく、その細腕は皮と骨に近い。
小さな体はドレスのようにも、ぼろきれ同然の外套にも見える黒い幕で覆われている。
そして髪の毛は癖っ気のある漆黒で、その黒は狂気を孕み肥大化している。
伝承のゴルゴーンのように、髪の毛はうねり泥と一体化している。
そこから伸びる数多の腕は、自らの主である少女に供物をささげるべく当てもなく揺らめいていた。
『ダカラネ……アタシ、オナカガスイタノ。
ガマン、デキナイノ。ナノニ、ドウシテ?』
その濁った瞳は何も映していない。
ただ純粋のまま、何も知らぬ無垢なまま、奈緒に向き直る。
『ドウシテ、ジャマスルノ?アタシハ、コンナニモ、オナカガスイテ、カナシイノニ、クルシイノニ、イタイノニ、タエレナイノニ、ノニノニノニノニノニ!』
「あ……いやああああああ!!!!」
きらりを締め上げる巨腕はぎりぎりと圧が増す。
口調さえも維持できない苦痛によってきらりは思わず悲痛な叫び声を上げる。
『ドウシテ!ナンデ!?』
292 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:08:36.14 ID:nZ3oq+wSo
そしてその巨腕を大きく振りかぶり、先ほど自らが叩き付けられた大理石の壁に向かって投げつける。
その一撃だけできらりの意識は刈り取られ、今度は逆に粉塵の中に沈んだ。
『タベタイダケナノ……オナカ、スイタノオオオオオオオオオ!!!』
駄々をこねる子供のような叫び。
だがそれは明らかに小さな体躯に収まることのない感情が載せられている。
夏樹はその姿に見覚えがあった。
かつて自分たちを閉じ込めていた悪魔の研究所。その最奥にとらわれた少女の姿を思い出す。
体躯は幼児のように小さく、痩せさらばえ、そして幾度となく飢えを訴えるその少女は、明らかに彼女と重なるのだ。
「なんだよ……あいつは?
小さいし、とてつもなく痩せてるけど…あの姿は、奈緒……なのか?」
あの日の悪夢は終わっていない。彼女にとってもそうだし、無論『彼女』は未だに飢えているのだから。
***
時間は少し遡り、コーヒーショップの中。
その『カース』の姿を見た瞬間に奈緒はその正体をなんとなくわかってしまったのだ。
あれが自分と同一であり、それでいて決定的に分かたれていることを。
「なんで……あたしが?
――って、あたしは何を、言っているんだ?」
なまじ理解してしまったが故であった。
ネバーディスペアの4人の中でそれに最も早く気が付いたのは奈緒であったが、脳裏で理解してしまった情報は中途半端なせいで逆に迷いを生んでしまう。
その思考時間はあまりにも致命的であり、その他の者たちにとっては十分すぎるほどの行動時間であった。
293 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:09:15.22 ID:nZ3oq+wSo
(あたしは、ここにいる。
だけど、あの声は、あの姿は、あたしのものだって直感で思った。
理由はわからないし、今だって理解もできない。だが考えを否定する気にはならないし、あたしだからこそそれが決定的に間違っているなんて言えないんだ。
鏡の中のあたしを見たような感じで、その泥が、その咆哮が、あたしの向こう側であることが確信できる)
世の中には同じ顔を持つ人間は3人はいるとはよくいう話ではある。
だが客観的な判断、仮に無作為に選んだ100人にあの『カース』と奈緒を比較して似ているか尋ねてみよう。
おそらく、大半の者は否と答えるはずだ。そもそも泥に覆われている『カース』と少し獣的なパーツの付いている少女を比較して似ているなどと言える者は眼球が腐っているに違いない。
だがその一方で、こうも答える者はいるだろう。
共通する部分はあると。
そもそも奈緒はカースと似たような泥を能力として行使するし、その『カース』の声色は音域的には奈緒の声とそう外してはいないと思えるだろう。
しかし、所詮はその程度の相似点。決して似ているなどと断ずるものはいないし、そもそも二つが同一人物などと言えるはずがない。
仮にその『カース』の泥を剥げばその中身に同じ貌が存在するかもしれない。その程度の推理しかできないだろう。
だが奈緒はあの『カース』を自分だと判断した。
それはあまりにも不確定な想像でしかないし、客観的な証拠もないただの直感である。
しかし直感というものは存外馬鹿にできるものではなく、真に迫るものならば十分に『答え』に引っかかりさえする高度な処理能力だ。
この場においても、奈緒のそれは決して間違っているものとはいえないかもしれない。
だが、やはりこの直感によって奈緒に与えられた情報は現状ただ迷いを生むだけしかなかった。
「――っ……しまっ!」
それはほんの一瞬目を離しただけだ。
時間にして十数秒程度だったが、奈緒を戦況から置き去りにするには十分すぎる時間であった。
294 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:09:56.74 ID:nZ3oq+wSo
眼前に広がるのは巨大な腕を振りかざし人々を掴みあげる『カース』。
ロビーにいた人々を余すことなく掴みあげた『カース』は、その空腹を満たさんがために大口を開けて捕らえた獲物を運び込もうとする。
だが、その巨腕の手首を一閃するように旋回する一筋の光線。
夏樹のアイユニットから放たれたレーザーは『カース』の巨腕を輪切りにして捕らえられた人々を開放する。
突然自由になった人々はそのまま落下するが、その落下位置には『カース』の大口よりも巨大なワープホールが夏樹によって生成された。
それによって人質同然であった人々はすべて外にいた夏樹の傍らに解放された。
獲物を奪われた『カース』は一直線に夏樹にめがけて突進する。
巨大な四足獣に形を変えた『カース』はその巨体には似合わぬ速度で走り出したが、すでにその途中には李衣菜が待ち構えている。
自動扉から電源供給されている李衣菜の一撃は雷電をまき散らしながら圧倒的な破壊力を『カース』に叩き込んだ。
そのせいで自動扉の電源はショートしてしまったが、威力だけならネバーディスペア一ともいえる痛撃は『カース』の横っ腹を焼け焦がしながらロビーの壁面へと吹き飛ばす。
そして最後に待ち構えるのはネバーディスペアリーダーのきらり。
優しすぎる少女ではあるが、感情の塊であり魂を内包しないカースならば躊躇はない。奈緒のように『カース』がただのカースでないことに気が付いていなかったことはある意味では幸運であったのかもしれない。
手加減を微塵も感じさせぬ追撃のビームは、あらゆる不浄を払う浄化の光でありカースにとっては弱点と言えるものだ。
まばゆい光の中に消えていく『カース』は断末魔のような叫びを上げ、後に残るのは巻き上げられた瓦礫の粉塵だけだった。
「……すっげー」
いつもは奈緒も戦闘の渦中にいるので、こうして客観的に戦況を眺める機会はあまりなかった。
ゆえに、その躊躇のない行動とコンビネーションに思わず声が漏れていた。
295 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:10:55.96 ID:nZ3oq+wSo
冷静に考えればここは同盟本部であり、同盟所属でない自分たちは外様、下手に手を出すことさえ不用意である。
実際いつもならば奈緒も間髪入れずに飛び出していたのだろうが、出遅れていたことで妙に頭の中は冷静であった。
そして自分を含めずとも十分に敵を撃退した言葉さえ交わさぬコンビネーション。それには奈緒も自分だけ省かれたような嫉妬が少しだけ沸く。
「っと、感心してる場合じゃないな」
呆けていた奈緒も真っ先に『カース』の元へと駆け寄ろうとする。
すでに戦況は終わっているとも思っていたが、油断していたことも詫びねばならないと奈緒は考えていた。
「おーい、李衣――」
奈緒は既に『カース』の正体のことなど頭から離れていた。
だがそれは失敗だった。いつも通りではない『違和感』というものは緊張を理解して、依然張り続けていたのならばもう少し状況もマシになっていたのかもしれない。
そしてやはりいつものように4人での戦闘ではなく、3人であったことも大きかったとも言える。
戦況を俯瞰するはずの夏樹の集中力はいつもより多めのリソースを割かれたせいで、違和感に気づけなかったのだ。
そういう意味では奈緒はその役目を担っていたが、その役目を担うにはあまりに拙い。
だからこそ奈緒が気付けたのはぎりぎり間に合ったともいえるが、余裕はなく部隊には致命的な損失を生むことになってしまう。
「――李衣菜!」
奈緒はその脚を泥で獣の物に変えて、地面を勢いよく蹴る。
自動扉の傍らでプラグを抜いている李衣菜の元へと一足飛びでたどり着いた奈緒は、地面に足をつけることなくそのまま李衣菜を押し出した。
「ええ!?な、奈緒?いったい……って!」
296 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:12:19.90 ID:nZ3oq+wSo
突如として押し出された李衣菜は何事かと奈緒に問うが、その瞬間には何が起きていたのかを悟る。
奈緒の背後、先ほどまで自らが立っていた場所には、幾重にも束ねられた蛇の頭のような捕食器官が床に食らいついている。
その顎の濁流はよく見れば、さらに細い髪のようなものが編み上げられて構成されており黒色の水で濡れているかのように滑らかであった。
「っつあ!」
「ぐえっ!」
奈緒の押し出しによって、受け身も取れずにロビーの床に叩きつけられた二人は情けないうめき声をあげるが、すぐに体勢を立て直す。
すでに二人の眼前には別の咢が迫りくることを知っていたからだ。
「くそっ!」
「やばっ!」
奈緒はそのままさらなる回避を試みる。
地を這うように追尾してくる蛇の顎は、生物的な特徴を感じさせない顎のみという捕食器官としての役目だけを醸し、無感情にかつ執拗に奈緒を追い回す。
一方奈緒のような機動性を持たない李衣菜はそのまま向かい打つ。
だが1本の太い柱のようなものが正面から向かってくるのではなく、相対するのは縦横無尽に蠢く蛇の顎だ。
決して2本しかない両の腕で防ぎきれるはずがない。手に持ったギターを振り回し顎を振り払ってもじりじりと確実に傷が体に刻み込まれていく。
数秒も待たずして全身は咢に食いつかれ、今立っていられるのはその持ち前の頑丈さ故でしかなかった。
このままでは李衣菜は一方的に肉を抉られ続け後には何も残らない。
だが当人である李衣菜は、この状況を薄く笑っていた。
「こんだけ食いつかれれば私も逃げられない。
だけど……あんたも逃げられないよね!」
李衣菜の体から迸る閃光。
李衣菜はわかっていたのだ。これらの顎が捕食器官であり、『主』の腹を満たすための物であることを。
これは遠隔操作された別のカースではない。要するに、顎の根元を探れば本体に行き着くという道理である。
297 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:13:14.52 ID:nZ3oq+wSo
そして李衣菜の放電は自らが活動するためのエネルギーを放出するというある種の自滅技であるが、この際四の五のは言ってられない。
李衣菜から放出された電流は食いついた蛇の顎を伝い、狙い通りにそれらを使役する『主』の元へと届く。
『ア、アアアアアアアアァァァァ!!!』
未だ上がる粉塵の中から響く叫び声。
くぐもった少女の声のようなそれが響いた瞬間、李衣菜に食らい付いていた顎の拘束は一時的に力を失う。
同時に奈緒を追いかけていた蛇の群れもその追走を停止させた。
李衣菜は放電直後のために満足に動くことはできない。
だがその隙を見計らい奈緒は床を渾身の力で蹴り上げて、蛇の主の元へと飛び出す。
「いい加減に――!」
すでに奈緒の両腕は虎の爪が備わっていた。
湧き上がる粉塵の中から、顎を使役する主、おそらくあの『カース』を討滅せんと両腕を渾身の力で振りぬこうと力をためる。
粉塵の中に浮かび上がる目標の影、目標を捉えた奈緒は加速し続ける自らの体の勢いのまま一撃での両断を試みる。
『……ミナイデ、アタシヲ……ミナイデ』
だが奈緒の意識はその容姿を視認してしまった時点で静止した。
その姿は、ひどく痩せ細り、瞳は濁り焦点は定まっていない。
漆黒の髪はその容姿とは対極的に黒々としているが、それは決して健康的な黒ではなく黒色の原色で塗装されたような光の反射さえ許さないような無機質の黒。
そしてその髪は感情の振れ幅に呼応するように蠢き、そしてその末端は先ほどまで追い立てられていた蛇の顎と化している。
黒いドレスのような、ぼろきれのような幕を身にまとった、奈緒よりも頭一つ以上小さい少女がそこにはあった。
奈緒がその少女と目が合った時に、忘れていたことを思い出した。
あの『カース』は自分であるということを、そして今眼前にいる少女の姿が、『記憶の底の、鏡の中の自分自身』によく似ていることを。
298 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:13:59.09 ID:nZ3oq+wSo
『オナカ……スイタノヨ。
コンナニ、クルシクテ……コンナニ、カナシクテ……キタナイ、アタシヲ、ミナイデ。
スイタノ、スイタノ、オナカ、スイタノスイタノスイタノスイタノオオおおおおおお!!』
あの『カース』の黒い泥は、その醜く、卑しく、貧相な自らの姿を隠すための物だったのだろう。
だがその外装はきらりによってすべて剥され、隠すべき姿は白日の下にさらされた。
故に、『カース』にとっては今更何も躊躇うことはなかった。見た者は全て食らって、『自分』にしてしまえばいいのだから。
これまで姿を隠すために纏っていた泥の外套はもはや必要ない。
『カース』の足元からは黒い水溜りが広がっていき、その表面が波打つ。
そこから飛び出したのは2体の獣。どちらも漆黒の泥で構成されているがその体躯は紛れもない肉食獣のしなやかさを持つ。
「く、くそっ!」
『カース』の慟哭によって奈緒の意識は引き戻されるが、以前脳内は混乱したままだ。
そこに真下から這い出てきた2体の獣は奈緒の両腕に食らいつき、首を動かして追い払うように投げ飛ばした。
「ぐっ、がっ、ああああ!」
奈緒はなされるがままにはじき返され、床に何回かバウンドしながら吹き飛ばされた。
全身を打ち付けたせいで痛みはするが、重症までは負っていないのでゆっくりと立ち上がる。
「なんで……いや、なんなんだ、よ」
だが心のほうはそうもいかない。
ぼんやりとした直感は戦闘の緊張で忘れられていたが、事実を突きつけられれば動揺は生じる。
ビルの外から吹き込んだ風は粉塵を一掃し、隠れていた『カース』の姿を現した。
299 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:14:46.07 ID:nZ3oq+wSo
その髪の毛の片房の先は、巨大な腕となっている。
「ご、ごめんねぇ……みんな」
その腕の先、握りこぶしの中にはきらりが捕えられて圧をかけられているのか苦悶の表情がうかがえる。
「が、はっ……!」
そしてもう片方の髪の房の先、つい先ほどまでは幾重にも枝分かれをし蛇の顎となっていたそれは、すべてまとめ上げられて同様の巨腕となっている。
その巨碗は大きく加速し、渾身の力で李衣菜を殴り飛ばしている光景を奈緒は目にした。
「李衣菜!きらり!」
仲間の危機に声を上げるが、奈緒の思考はまとまらなかった。
視線の先の、痩せ細った少女の姿が網膜に焼き付くたびに、心の底の何かが疼く。
『奈緒は、幸せにはなれない』
『奈緒だけを、幸せになんてさせない』
『だってあの子は、奈緒だから』
『幸せになれず、救われず、助けを乞い、狂った果ての奈緒だから』
『偶然に救われただけの奈緒、だから過去は追ってくる、追い立てる』
『偶然に幸せなだけの奈緒、羨望の視線が追ってくるぞ、逃がさないぞ』
『『さぁ……みんなで不幸になろうよ』』
300 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:15:18.35 ID:nZ3oq+wSo
***
同盟本部の裏手に回ったAPは誰に気にすることなく道端にバイクを止める。
本部表通りほどではないにしろ、いつもならば人通りのある裏道も今は閑散としている。
現在正面入り口では、ネバーディスペアが侵入した『カース』と交戦しており、その隙を縫って本部内に入ることは至難である。
「……本来ならば、部外者に任せてはおけないような状況なんですが……」
APにとってはネバーディスペアは同盟に加入していない言わば『はぐれ』のヒーローである。
それなりに同盟との兼ね合いはとっているらしいが、同盟参入には頑なに首を縦に振らないらしい彼女たちは、目の上のたん瘤ほどではないしても迷惑な存在であることには変わりがない。
そもそもAPにはネバーディスペアがなぜ同盟に加入しないのかそれさえも理解できなかった。
なぜTPを煩わせるようなことをするのか、なぜTPの役に立とうとしないのかなどと基準の歪んだ疑問が浮かび続ける。
「ただ……今回は仕方ないでしょう。不本意ですが……完全にこちらは後手ですし」
ネバーディスペアのような部外者に同盟内での戦闘を行われることなど本来は論外である。
同盟の権威の失墜にもつながるし、同盟のヒーローの防衛体制への批判もされるだろう。
だが今はそれ以上に数が足りていないのだ。
すでに本部まで攻め込まれた挙句、ほかの出張っているヒーローたちは偶然には出来すぎるほどの『別件』が生じているために手は空いていない。
おそらく同盟のヒーローというだけでマークされており、全員例外なく足止めを食っているだろう。
例外といえばネバーディスペアのような同盟に加入していないヒーロー、もしくはすでに同盟本部内にいるヒーローだ。
そして同盟本部内にいるヒーローはおそらく『結界』によって外には出られない。
または侵入者に対してすでに戦闘となっているだろう。
そういった意味でもネバーディスペアにあの場を任せることは苦渋の選択であり、最悪中の最善であった。
301 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:15:49.82 ID:nZ3oq+wSo
「……本当に、なんて失態……っ」
APは今頃駆けつけて、自らの本拠地に入って行く自らに嫌気がさす。
本来ならば守れねばならない人の近くにはおらず、こうして既に事が起こった後にのこのことと表る自分が腹立たしいのだ。
――少し、お使いを頼まれてはくれないか?
TPが大事な会議の直前に言ってきた言葉。
APの仕事は警護であり、その対象であるTPの傍を離れることなどあってはならない。
たとえその本人からの頼みであってもAPには承諾しかねることであったが、ちょうどその会議は米国のヒーロー団体との会議であり、警備は十分であったのだ。
その警備の戦力だけならば優にAP一人分などまかなえるほどのものである。結果として、TPに強く頼まれたこともあってAPはその頼みを承諾してしまったのである。
「……その結果がこれだ」
ほんの本部を離れて数十分間。たったそれだけの期間に状況は一変している。
仮にAPが居たからといって何かが変わるわけではなかったが、それでもこんな状況にTPの傍にいられなかったことこそが彼女にとって問題なのだ。
APにとってそれは護衛失格に等しい。それで許されるのならば自ら腹を捌くことすら厭わないだろう。
だがそんなことに意味はない。彼女もそれを理解しているからこそ、苛立ちながらも戻ってきたのだ。
「……行きましょうキン。入り込んだ害虫がどれだけいるのかは知らないけど、まとめて掃除すればいいだけ。
ただ……いつも通りにするだけよ」
『ハーイ』
302 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:16:22.45 ID:nZ3oq+wSo
APが乗ってきたバイクのサイドカーから降りてその後をついていくのは、キョンシー型エクスマキナ、キン。
そして本部入り口に入る直前にその形はばらけ、変形してAPに装備される。
その能力である脚力を生かして、上から入る方が手っ取り早いが、結界が邪魔をしてその手段はとることはできない。
故に、APの目先の目標はこの結界を解除することを念頭に置いていた。
「……結界系の能力者は基本的に、その強度が能力者との距離によって強化される。
これだけの結界ならば、この建物内にその能力者はいることは、想像できるはず。
それに……」
エレベーターは停止しているために使えない。よってAPは階段を一段一段上がりながら考察する。
「……これだけ強固な結界なら、おそらく元々『閉じこもる』ための結界。
そういう前提で生み出された、外界と自信を隔絶するための物」
APの脳裏に浮かぶ幼少期の記憶。
母親にいいように使われ、外の世界を知らず『閉じ込められて』きた経験が囁く同族の感。
「……反吐が出る。自ら閉じこもるなんて……」
そして階段の手すりに足をかけて上を見上げる。
その先には折り返す階段の構造上、上階の様子が一直線に見ることができる。
APは手すりに掛けた脚を蹴り、一気に上昇する。
1階から一気に5階へ飛び、それより先を阻む異物を感じたためにAPは急に反転し、その『断面』に脚をつける。
そこは傍から見れば何もないのだが、その両脚は確かに何かの存在を伝える。
そここそがこの同盟本部全体に張られている結界の下層の断面であり、これ以上、上には進めないことの現れであった。
303 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:16:54.69 ID:nZ3oq+wSo
「……多分、この階に」
――この結界の主がいる。
そう考えたAPは5階の階段踊り場に着地し、そのまま能力によるフロート移動で足音を立てないように本部5階へと入った。
元々は、通いなれた職場であったが、今は何者が潜んでいるかわからない伏魔殿だ。
そういった意味でAPは警戒を解かぬまま、無人となったオフィス内を進む。
同盟本部は巨大なビルである。
当然階層を上がる手段は単一ではなく、複数のエレベーターがあらゆる場所にある。
その中でも、APが上がってきた非常階段の脇にあるエレベーターは一番隅であり、それと対極をなすようにもう一セット非常階段とエレベーターが備わっている。
エレベーター前は、ベンチと自動販売機が備えられており休憩スペースとなっているためある程度の広さがあった。
「……子供?」
そのAPが上がってきた非常階段と対を成す場所に存在する休憩スペース。
真ん中のベンチに一人小さく座る少女の姿が見える。
この5階は結界に覆われていないために、すでに避難は完了しており閑散としている。
そのような状況の中で、この場に場違いのように存在する少女は怯えたような眼をしながら周囲を警戒していた。
もしも短絡的な思考の持ち主ならば逃げ遅れ取り残された少女だと考える者もいるだろう。
だが冷静に考えて、このビルのオフィススペースにヒーローでもないただの少女がいるはずがないし、皆が避難している中で一人だけベンチに座って怯えているだけなど鈍くさいで片づけるには無理がある。
「……即ち、敵」
普通のヒーローならば、怯えた瞳をする少女に問答無用で攻撃を仕掛けるなどということはしないだろう。
だがここにいるのは同盟トップのTPに忠誠を誓った番犬であり猟犬だ。
容貌が如何様であろうと手加減をする心など持ち合わせていない。
「……ならば排除、のみ――!」
304 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:17:33.44 ID:nZ3oq+wSo
物陰から様子をうかがっていたAPは手持ちの武器のセーフティをすべて解除していた。
あの明らかに戦闘向きではない少女の姿からAPはおそらくあの少女こそがこの結界の主であると推理する。
ならば防御力は十分であり、生半可な火力など意味を持たない。
故に初撃から高火力を出し惜しみする必要も何もないのだ。
「……消毒(ファイア)」
物陰から躍り出たAPはその両腕を直線方向先の少女へとむける。
その袖の中から覗くのはグレネードランチャーの砲身。
その量筒の中から打ち出された、火力の詰まった砲弾は一直線に少女へと向かっていく。
「……え?」
少女が自身に飛来する物体に気付いた時点で、それらは既に眼前である。
当然少女は何のアクションも起こせぬまま、グレネード弾は着弾し爆音と業火がうねりを上げる。
「……続けていく。キン」
『アイアイ!』
両腕の砲身が切り替わる。
次に覗かせるのはアサルトライフル。
間髪入れずに鉛弾を爆炎の中に叩き込んでいく。
305 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:18:01.49 ID:nZ3oq+wSo
『不意打ちとは卑怯千万、相手は騎士道の誇りも持ち合わせていないようですぞ。姫』
だが爆音の中に響く異物の声と、弾丸を縫うように正面から躍り出た影をAPは視界に捉える。
すぐさま片腕を鉤爪に切り替え、接近してくる影への迎撃態勢を整えた。
『ほう、反応は良し。だが温い!』
「――キン」
『ガッテン!』
その影は剣のようなものをAPの前で振り下ろす。
銃弾が被弾しているにもかからわらず、金属を打ち付けるような音とともに銃弾を弾くその影に内心若干の驚愕を禁じ得ないAPはすぐさま振り下ろされた剣を鉤爪で受け止めた。
「……ぐっ!?」
その振り下ろされた鉄塊の衝撃は、鉤爪を伝ってAPの全身に響く。
能力による浮力はあっけなく打ち破られ、両の足の裏は床に着いた。
片腕では弾ききれないのと、銃弾程度ではダメージを与えられないことを理解してもう片方の腕も鉤爪へと変え、剣を受け止めている片腕に加勢に入る。
両腕で辛うじてそれを弾いたAPは、正面に迫ってきたその影から距離をとるため後ろに下がった。
『ここで引くか。騎士としては敵を前にして後ろに下がるなど言語道断。
しかし戦況を見るのならばその判断は是であろう。誇りを持ちあわあせぬ汚い猟犬にはよく躾けられていると褒めてやろう』
306 :
◆EBFgUqOyPQ
[saga sage]:2016/10/18(火) 02:18:49.50 ID:nZ3oq+wSo
APは距離を取ったことによってその影の全容を知る。
2メートル近くあろうその『甲冑』は独特の意匠の物であり、創作上の騎士を思わせる風貌である。
その手には『刃』のない西洋剣が握られており、刃などなくともその重さのみで人を圧殺できるだけの重圧がある。
そして何より甲冑から常に漏れ出している、否、甲冑をも形成している不定形の光るエネルギー体は、その甲冑の騎士『自体』に中身が存在しないことを表していた。
「……『ゴースト』」
同盟のヒーローにも同じような能力者はいる。
人の心の奥底の具現であり、実体を持った幽体。
ならばさしずめ、あの騎士は自らを危険から守ってくれる近衛の騎士か。
「……メルヘン趣味が」
そしてAPは騎士よりも先、グレネード弾を撃ち込んだ先を見据える。
確かにその場は焼け焦げ、スプリンクラーが回っているが明らかに爆発に見合う被害ではない。
「……な、なんなんでしゅか?あなたは?」
そして依然『傷一つついていない』ベンチに座ったまま『無傷』の少女は、顔面から液体を流出させながら相も変わらず怯えたままこちらを見ている。
つまりは先制攻撃など無意味だったかの如くの状況であり、戦況としては姿を隠していたアドバンテージすら失ったこちらの分は明らかに悪くなっていた。
「こ、この……くるみに、なんのようでしゅか〜!?」
「……チッ」
くるみと名乗った少女は、泣き叫びながらAPへと尋ねてくる。
だがその疑問にAPは返答することなく、小さく舌打ちをした。
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