1:URAAKA[sage saga]
2024/11/14(木) 19:07:42.54 ID:wnkKP7FO0
薄暗い店内に、カップの音だけが響いていた。店主のマスターは、今しがた注ぎ終えた珈琲を静かにテーブルに置き、常連客の目の前に差し出す。
常連客は、マスターに一礼してカップを手に取った。外の雨は強くなり、窓を叩く音が心地よく響く。まるで、この喫茶店だけが時間を止めているかのように感じる。
「……ねぇ、マスター」と、常連客がぽつりと言った。
マスターは顔を上げると、いつものように少し微笑んだ。「どうした、今日は何か悩み事か?」
常連客はしばらく黙ってカップを眺めていたが、ふと目を上げて言った。「人って、どうして同じ場所に戻りたくなるんだろうね?」
マスターは少し驚いたように、静かに目を細める。そして、ゆっくりと答える。
「戻りたい場所、か。どんな場所だと思う?」
常連客は答えを探しながら言葉を続けた。「例えばさ、何度も足を運んだ場所。自分が知らない場所でもいいけど、なぜか落ち着くんだ。そこに何か特別な意味があるわけじゃないのに……」
マスターは一息ついてから、静かに言葉を紡ぐ。
「それは、場所に意味があるのではなく、きっとその場所に『戻る自分』があるからだよ。人は、変わり続けるものの中で、自分が変わらずにいる場所を求めているのかもしれない。」
常連客は黙ったまま、マスターの言葉を噛みしめるように聞いていた。
「……でも、ずっと変わらない場所って、逆に窮屈に感じる時があるよね。変わらないことって、安心するけど、なんだか息苦しくなるような気がするんだ。」
マスターはしばらく考えた後、再び答える。「それもまた、自然なことだよ。変わらないものに囲まれていると、人は次第にその場所に依存してしまう。しかし、変わらないものがあるからこそ、人はそれを基準に変わり続けられるんだ。」
常連客は静かに頷き、カップを持つ手を少しだけ強く握った。
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