5:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:21:58.73 ID:1yPuA9ut0
魔王『なっ、なあ、王子。私たちが住むこの魔王城は誰のものだ?』
王子『ぼくたち』
魔王『そうだ。この城は、我が魔王の一族に代々引き継がれる、私たち家族の大切なお家だ』
王子『うん』
魔王『けれど、その八畳一間のワンルームは私のものではなく、お父さんのものでもなくてな。他の人にお金を払って貸してもらっていたんだ』
6:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:22:25.97 ID:1yPuA9ut0
王子『……にほん?』
魔王『ああ。素晴らしい国だぞ』ニコッ
魔王『王子は、私とお父さんが若い頃、異世界に飛ばされた話を知っているか?』
王子『すこしだけ』
魔王『そうか。なら、改めて話をしよう。大事なことだからな』
7:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:23:02.11 ID:1yPuA9ut0
魔王『あれはまだ魔界と人間界が戦争してたころ。私とお父さんはこの魔王城で戦ったのだ。魔王と勇者としてな』
魔王『けれど、お互いの魔法がぶつかり合ったとき、空間に大きな歪みが現れて私たちは吸い込まれてしまった。そして、異世界である日本という国に飛ばされたのだ』
魔王『その世界にはマギカが存在しなかった。ゼロではないのだが、こちらの世界のように満ち溢れてはいなかった』
魔王『おかげで魔法は使えないし、勇者の武器も防具も機能しない。そのせいで常軌を逸した身体能力もない』
魔王『私たちは、ただの一般人になったのだ』
8:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:23:28.85 ID:1yPuA9ut0
魔王『……なんだ、眠ってしまったか』
勇者『途中からな。まあ結構早い段階でウトウトしてたけど』
魔王『話の途中で眠るのは父親そっくりだ』フフッ
勇者『お前の話が長いんだよ、っと』コトッ
王女『』ムニャムニャ
9:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:24:16.29 ID:1yPuA9ut0
魔王『ふふ。私の可愛い天使たち。起きているときは怪獣の如くだが』
勇者『元気な証拠だろ? 確か日本のことわざでも言うじゃねーか。子供は火の子、って』
魔王『……それは大人だ。子供は風の子、だろう』
勇者『あれ、そうだったっけ?』
魔王『そうだ。子供は寒い風が吹く中でも元気に外で遊びまわるが、大人は寒がって火のそばから離れない。だから生まれたことわざで――』
10:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:24:50.19 ID:1yPuA9ut0
勇者『けどな、久しぶりに魔王から日本の話を聞いたぜ』
魔王『……そうだったか? 確かに、ここ最近は忙しかったからな』
勇者『今でも日本語喋れたりするか?』
魔王「当たり前だ。魔王の一族を舐めるなよ」
勇者『おっ、やるな』
11:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:25:19.67 ID:1yPuA9ut0
勇者『だな。ホーリーとナイトメア、もう一度ぶつけ合ってみるか?』フフッ
魔王『バカを言うな。それに、もう一線を退いているんだぞ。あれほどの魔法はお互いにもう打てないだろう』フフッ
勇者『ははっ、それもそうだな』
魔王『そうだ。何年も実戦から離れて魔法を好きに操れる者など賢者ぐらいさ』
勇者『……あの人は規格外中の規格外だからなあ』ブルッ
12:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:25:45.07 ID:1yPuA9ut0
勇者『可愛いかったぜ。女の子でな。どことなく賢者さんに似てるんだけど、旦那さんにもちょっと似てて』
魔王『そうか。抱っこしてみたかった』
勇者『俺も抱っこはしてない。賢者さんに勧められたけど、首がすわってないから怖くてな』
魔王『ふふっ。赤子を抱くのが怖いとは、あの魔王軍を蹴散らしていた勇者の発言とは思えないな』
勇者『それとこれとは話が別だろ』
13:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:26:17.97 ID:1yPuA9ut0
魔王『職場のみんなも元気だろうか?』
勇者『コロッケが絶品だった商店街の惣菜屋さんな』
魔王『ああ。未だにあそこのコロッケが夢に出てくるときがあるよ』
勇者『お前の魔界芋のコロッケも負けてねえよ』
魔王『いいや、まだまださ。お店の味には到底及ばない。サクッ、フワッ、ジュワ〜感がまだ足りないのだ』
14:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:26:54.10 ID:1yPuA9ut0
勇者『だな。せっかく俺がこっちに帰る直前に付き合ったってのに、すれ違ってなければいいんだけど――』
魔王『えっ』
勇者『えっ、どうした突然』
魔王『待て待て待てっ。えーっと、勇者が帰る直前に女と男が付き合った?』
勇者『おう』
15:名無しNIPPER
2023/06/07(水) 01:27:22.11 ID:1yPuA9ut0
王子『……うるさいなあ』
そのときの僕は、後ろで泣き叫ぶ王女と、妹を必死にあやす母と父の声を聞きながら再び眠りに落ちていった。
いつもとそう変わらない平和な一日だったのに、10年後になった今でも僕がこの日のことを妙にはっきりと覚えているのは、初めて母が日本という国の話をしてくれたからだろう。
当時3歳だった僕は母が話した日本の話のほとんどは理解できなかったが、母と父にとってその国での出来事がとても大切なことだったのだとはなんとなく分かった。
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