楓「恋と呼ぶのでしょう」
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4: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2021/01/30(土) 07:35:31.76 ID:/1fb2KCg0
「もし貴方が今楽しくないのならば、夢中になれる何かを探しているのなら、一度踏み込んでみませんか。そこにはきっと今までと別の世界が広がっています」

 この人は仕事のためかもしれない。けれど不器用なりに私との距離を必死に縮めようとしてくれている。ならば物臭な私の方からも、一歩ぐらい歩み寄ろう。

「急な話で困惑していると思います。マネージャーの方との相談も必要になる話です。ですがどうか……高垣さん?」

「はい、どうしましたか?」

「あの……何をされているんですか?」

 無表情だった怖い顔が、今は不思議そうに私の手元を見ている。

「輪っかです」

「……輪っかですね」

 指と指をつなげてつくった輪っかを見て、神妙そうな顔でうなずき返してくれた。
 
 彼のそんな反応を見て、一度目を閉じて考える。

 自分がアイドルになんてなれるわけがない。そもそもアイドルになろうなんて考えたこともない。

 アイドルは明るくて愛嬌があって、踊りもできる人がなるものでしょう。少し歌えるだけの私がなれるはずがない。

 なれたとしても、それはモデルで築いた知名度を武器にした結果だ。アイドルになるために頑張っている女の子の夢を掴むチャンスを、なんとなくモデルをやった成果で言われるがままにアイドルになる私が潰すのは間違いだ。

 でも――二度と戻らない覚悟があるのならば。別の世界で生きるために、踏み込む勇気をもってのものならば。

「えいっ」

 手で作った輪っかを、背伸びして彼の頭にかけました。ますます彼は不思議そうな顔をして、難解な哲学を前にしたように神妙な様子になってしまいます。

「……高垣さん?」

「かかりましたね」

「ええ……輪っかがかかりましたね」

「つまりそういうことです」

「……?」

 今後のモデルの仕事や周りへの説得。重要で面倒なことが次々と脳裏を駆け巡りながらも、その言葉はすんなりと出た

「わっかりました、ということです。あの、頑張りますのでプロデュースよろしくお願いします」

 その時からこの人は、私のプロデューサー。

 今でもプロデューサー。





 例え――担当ではなくなっても。


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