ライラ「アイスクリームはスキですか」
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38:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:30:45.67 ID:FQVp12gN0

「♪ ♪ ♪」
「はいっ、オッケーです。とても綺麗ですよ。今の感覚を大切にしてください!」
「はいです。ありがとうございますです」
 ようやくライラに笑みがこぼれる。ライブ曲に集中的に取り組んでいるここ最近。ようやく光明が差したようだった。

「このへんの音、地の声そのままは厳しそうですかね?」
 そう指摘を受けたのは数日前だった。何度か繰り返す中で、曲の一番高い音をしっかり出し切れず、変なところで息継ぎをしてしまったり、そこだけか細い声になってしまったりを繰り返していたことがやはり引っかかっていたのだ。トレーナーも、彼女自身も。
 今日もいろいろ試行錯誤していたところで、「もっと全体的に柔らかい歌い方をしてみましょうか」とトレーナーから指示をもらった。他の出演予定のメンバーのように、明るくて快活で、ダンスに負けない元気な声を出さなくては、と頑張っていたところだったのだけど、その意識が却ってぎこちなさに繋がっていたのかもしれない。
「曲の頭からもう一度、言葉を噛み締めるように、そっと触れるように。丁寧に、そして滑らかに」
 無理に声を張ろうとしないで。それよりも音をしっかり取ることを大切に。トレーナーのアドバイスを噛み締めつつ、もう一度歌い方を改めて、声を綴る。
「♪ ♪ ♪ 〜 ♪ ♪」
「あ、いいですね。もう少し繰り返してみましょう」
 他にも取り組みたいことはあったけれど、トレーナーの英断もあって今日はここに費やすことになった。今日のうちに掴んでしまいたいと感じていたライラにとっても、大切な時間だった。
「お疲れ様。とっても綺麗だし、素敵だったよ」
 休憩時、ドリンクを渡されるとともにプロデューサーから言葉をもらう。今日は冒頭から見学してくれている彼。歌い方を変えてみるという件も即座に把握してくれたし、肯定をくれた。
 それと、時々カメラを回していたのを知っている。
 以前から話していたとおり、やはりいろんな姿を記録として残して、それを示していこうということになった。練習風景にカメラが入ること自体は珍しくないものの、ライラは初めてのことだった。なるべく自然体で、と言われたけれども、やっぱり気にしてしまうもの。できるならうまく映りたいな、という意識も出てしまう。そんな中での今日の歌声のこと。内心焦りもあったライラだけれど、プロデューサーは優しい笑顔でこちらを見てくれていた。
 ひとまず及第点にまでは至ったようで、胸を撫で下ろすライラ。
 うまく決まるとライラさんの綺麗な声がしっかりと映えますよ。発見ですね、と笑みを見せるトレーナー。暖かな空気。
 そうだといいな。いや、そういうもの、かもしれないけれど。
「あの、他のみなさんに比べてライラさんの声はやっぱり弱いかもなのですが、それは大丈夫でございますか?」
 カメラを向けられていないタイミングを確認したうえで、少しだけよぎった不安をそっと言葉にしてみるライラ。
 自分だけうまくいかないのは申し訳ないし、できることなら頑張って合わせられるようにした方がいいのでは……。そんな話を切り出すライラを、トレーナーは制止した。
「弱いということはないですよ。ライラさんはもともと通る声ですし、歌い方を変えただけです。届かないなんてことはありませんから」
「……ありがとうございますですよ。ちょっとだけ、安心しましたです」
 深呼吸をひとつ。
「歌声だって大切な個性ですよ。アイドルに求められるのは、教科書の通りに歌いきることばかりではありません」
 人とのちがいは、必ずしも技術差ということにはならないですから。トレーナーは話を続けた。
「たとえば黒川さんや西川さんなら、もっと高いキーでも地声でのびやかに歌いこなすかもしれません。私もそう促したと思います。でも相川さんならちがうでしょう。東郷さんや伊集院さんもそうかもしれません」
 ライラの記憶に千夏のこの間のライブが蘇る。繊細で、綺麗で。だけど力強さも確かにあった。ああいう歌い方もあるのだ。
「ライラにはライラの魅力があるからね」
 彼女の言葉に続けるように、プロデューサーも言葉を紡ぐ。
「それは立ち振る舞いにも、ダンスにも、歌声にも。もちろん周囲と合わせるべきときもあるけど……今は、らしさも大切にしていってほしい」
 視線が重なる。
 一息おいて、はいですと快活に返すライラ。己の未熟さのようなものをまた実感し反芻しそうなところだったのだけど、今日はそうはならなかった。
「まだまだ繰り返しますよ。今日のうちに身体に染み込ませていきましょう♪」
 そう意気込む青木トレーナーの言葉は、どこか心地よかった。

「形になってきてるね。すごく素敵だよ」
「ありがとうございますですよー。えへへ、嬉しいです♪」
 同日お昼。事務所の休憩スペースで、プロデューサーと一緒にお弁当を食べつつ打ち合わせのライラ。打ち合わせと言っても、二人でライブに向けてあれやこれやと話す程度なのだけど。
「メインの流れはこの調子なら問題ないと思う。コツコツ繰り返して精度をあげるだけだね。予定表確認しながら、僕もなるべく見学に行けるようにはするからね」
 あとはアピールタイムの件かな、とプロデューサー。二人でいくつか案を出しつつ、でもまだ絞れていない状態だった。
「……ライラさん、すこし考えていることがあるのですが」
「うん」
 相槌を打ちつつも決して急がせない彼。とはいえ、その「考えていること」に対する期待は少なくない。
「明日か明後日、またお昼こうして一緒に食べられると思うんだけど、ライラはどう?」
「あ、はいです。大丈夫でございますよー」
「じゃあその時にでも、また話してほしいな」
 待つのは大丈夫だけど、そうはいっても、日は少しずつ近づいている。いつまでも、とはいかない。
「わかりましたです」
 きちんと伝えられるだろうか。わからない。でもきちんと向き合って、きちんと何かを発することは、大人の証だ。
「トレーナーさんからも気づかうメッセージは来ているけど、心配はいらない。少しずつ、ね」
「そうなのですね」
「いつだってマメだし、気配りのできる人だからね」
 心配性なだけかもしれないけど、と補足する彼。笑い合う。
 まるで関係ないことではあるけど、そうした信頼あるやりとりを普段からしている二人、という事実が少しうらやましいような、そんな気持ちを覚えていたライラ。
「……プロデューサー殿、優しいですからね」
「ん?」
「ふふ、なんでもないですよー」
 わたくしもそうならよいですね、なんて。



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