ライラ「アイスクリームはスキですか」
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21:名無しNIPPER
2020/11/08(日) 09:14:24.16 ID:FQVp12gN0

 W シンギン・イン・ザ・レイン


 あいまいでも、まとまっていなくても、想いは口に出していいと思うんです。
 (大原みちる/アイドル)


 翌日はひさしぶりに雨が降った。
 軽い打ち合わせの予定を終えて、事務所で外を眺めつつぼんやり過ごすライラ。雨の街並みをゆっくり眺めている時間も好きだった。移動時に濡れてしまうのは少し不便だけど、春には春の、夏には夏の雨があったし、時の移ろいを感じられるものだった。
「ライラちゃん、新しいサインかわいいっすね」
 声のする方に目をやると、いつのまにか仕事から戻ってきた吉岡沙紀がソファに腰を下ろしていた。机に置いていたライラのサイン色紙のひとつを手に取り、ふうむ、と眺める仕草を見せている。
「かわいいですか? ふふ、ありがとうございますですよー」
 お疲れ様でございますと改めて挨拶を交わし、彼女のそばへ。自身のサインが記された色紙を一緒に覗き込む。
 丸いフォルムのアイスのイラストと、それに添うように「LAYLA」の文字。デビューしてからずっとただ名前を書いていただけだったけれど、もっとサインらしく何かあってもいいかもと思うに至り、考えた末これにしたのが最近のことだ。
「やっぱアイス好きなんすね」
 そうですねー、とっても好きですと返答するライラ。
「いざ考えようとすると、サインってどんなものがよいのでしょうかー……となってしまいまして。プロデューサー殿にアイデアを相談したのですよ」
「で、アイスはどうかって言われたんすか?」
「いえ、プロデューサー殿は『好きなもの書いたらそれがライラのサインだよ』って言ってくれました。ですので」
 名前がメインなのかアイスがメインなのかわからないけど、見てくれたファンの人々にも好評だ。それにプロデューサーが即座にいいと言ってくれたことが、ライラには嬉しかった。
「ライラちゃんはプロデューサーへの信頼が本当に厚いんすね」
 彼女の話を微笑ましく聞く沙紀。以前より喜怒哀楽が見えるようになってきた彼女の姿を嬉しく思うし、自分の想いを語る最近のライラはアイドル仲間としても素敵だと強く感じる。
「成長してるなぁ。アタシも頑張らないと」
 沙紀の言葉は本心からのものだったが、ライラは少し戸惑った。
 楽しくて、前に進んでいるようで、でもどこに向かっていくのかはまだまだわからなくて。そんな自分を暖かく支えてくれる人がいっぱいで、嬉しいけど何もできていない自分がいて。少しだけ不安に苛まれる最近。
「あまり悩みすぎないようにしましょうね」
 沙紀が優しくライラの頬に触れた。ニッと歯を見せて笑いかける吉岡沙紀の姿は珍しいかもしれない。
「さっきぼんやりと外を眺めていたライラちゃん、楽しそうだったんすよ。雨が好きとかそういうことじゃなくて、雨は雨で楽しんでいるというか。目の前の瞬間ひとつひとつを大切にしているライラちゃんなら、きっとこれからも楽しいっすよ♪」
 そう言って、鈍色の空に視線を走らせる沙紀。
「……ありがとうございますですよー。ふふ」
 言葉にしてもらえて、ライラは少し気が楽になったように感じた。ぺこり、と丁寧なお辞儀をして礼を述べる。
「ゆっくり楽しんでいきましょ。夏はライラちゃんの季節なんすから」
「夏は……ライラさんの?」
「アイスクリーム好きなんでしょ? なら今っすよ」
 口元に添えていた指を小粋な仕草でぴっ、とライラに向けた。自然に出るカッコいい動きと笑顔。フィーリングいっぱいのトークだけど、沙紀らしくて素敵だった。ライラもつられて笑みをこぼした。
 そっか、夏は自分の季節なのか、と噛みしめるライラ。何気ない言葉だけど、それはとても大切なものだったかもしれない。

 ひとしきり会話が交わされたところで、カバンに入れていたスマートフォンが振動していることに気づいた。アイドル活動をするようになってほどなく、連絡に必須だからと事務所から与えられたものだ。ふだんも使っていいよと言われているが、ライラ自身は必要な連絡用途以外ではあまり使おうとしない。使用を避けているというより、彼女なりに大切に扱っていることの現れではあるのだけれど。
 取り出して画面を覗くと「相川千夏」の文字が並んでいた。おまたせしました、と声をかけると、聞き慣れたトーンの反応があった。
「お疲れ様。唐突だけど、今週末は予定あるかしら?」
 ライブがあるのだけど、一緒に観に行かない? そう語る声の主は、いつもよりご機嫌のようだった。




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